鈍色の残光
第1章 第3話 歩みを止めずに
 ココはトキワシティ トキワはみどり えいえんのいろ

 自転車を押しながらリーフと並んで歩くアカネ。
 笑顔を絶やさず相手を和ませようと喋り続ける。だがリーフは不思議とそのマシンガントークが嫌にはならなかった。

「ウチな、元々ジョウトに住んどったんよ。両親の都合でこっちに来てトレーナー始めたんやけど、こっちも賑やかやね。
 観光感覚で街だけ巡って、まだ1つもバッチを手に入れてないんや。お前は何を遊んどるんやって話やなぁ、ははは」

 ピンク色の髪は左右で結ばれツインテールになっており、袖にピンクのワンポイントが入った純白の服が太陽に当たって輝いている。

「勿論トレーナーとして成功したいって気持ちはあるんよ。ただ自分だけで頑張っていても限界ちゅうものがあるからな……
 目標を持って上昇しようとしてるリーフはんみたいなトレーナーに巡り合えたのはラッキーやったで」

 1人で旅を続ける事が寂しかったのだろうとリーフは思った。

 (怖い人じゃないと思うし……何かあった時に協力して戦う事も出来ると思えば悪くない選択よね)

 ロトム図鑑も2人の周囲で浮遊しながら仲間が出来た事を喜ぶ。

『マスターの御友達になってくれそうな人ロ!』

「喋るポケモン図鑑みたいなものだと思ってくれればいいわ」

 リーフの言葉に対して頷きながら、アカネは興味津々と言った様子だった。

「あー、コレがポケモン図鑑なんや。普通のトレーナーは持ってへんレア物やね」

 そのまま雑談を続けつつ道なりに進んでいくと、ポケモンセンターが見えてくる。
 リブ島にいた時は見た事も無い巨大な施設がその奥に鎮座していた。

「トキワシティのジムが見えてきたで。7つのバッチを集めたトレーナーだけに挑戦権があるっちゅう話や。
 この街で旅の支度を整えたら、ニビシティに行くのがええと思うけど」

 トキワシティで人と会う約束をしている事を、リーフはまだアカネには話していない。
 話すべきかどうか迷ったが、日時と場所の指定があった為打ち明ける事にした。

「邪魔になるんやったらその時は待っとくわ。日曜日……あ、明日は日曜日や。
 街で野宿するワケにもいかんから、宿舎にチェックインして荷物と自転車を預けた方がええな」

 アカネはトレーナーとしては若干先輩だった為、旅のノウハウを心得ていた。
 トキワシティのジムに挑戦する事が出来ないトレーナーでも、宿舎が空いていれば宿泊する事は出来る。
 トキワシティもポケモンセンター、フレンドリィショップ、トキワシティジムを除けば数軒の住居しか無い小さな街だった為、宿舎にはすぐ辿り着けた。

「ココが宿舎……泊まっている人はいないみたいだけれど、どうやって受付を済ませればいいの?」

「ジムリーダーに直接話して許可を貰えればチェックインは完了や。ジムに出向けばジムリーダーはおるやろ」

 宿舎の入口を見つめていたアカネとリーフの背後に、背の高い男の姿があった。
 急に2人の肩に手が置かれた為、驚いて振り向くと男は大口を開けて笑う。

「驚かせちまったかな、グハハハハハ!新米トレーナー諸君、トキワシティへようこそ」

 鷹の様な鋭い目、赤紫色の髪。男は袖の無い白のランニングシャツに黒いマントを羽織っていた。
 がっしりとした筋肉質の体型は力仕事に励んでいる姿を容易に想像させる。

「貴方は?」

「俺の名はトウガン。人呼んで『鋼鉄の肉体を持つ男』!トキワシティのジムリーダーを務めてる。
 7つのバッチを持っているトレーナーはすぐに俺の所に来るんでな。
 まだお前達はトレーナーになってから日が浅いんじゃねぇかと思ったワケだ」

 見た目は少し怖いが、悪い人では無さそうだとリーフは思った。
 アカネは早速宿舎に泊まる許可を貰い、手に持っていた自転車を宿舎の裏手に停める。

「宿舎は最低限のスペースしか無いんでな。荷物はそこのロッカーに入れて保管してくれ。
 トイレとシャワーは宿舎に泊まるトレーナー全員が共同で利用するから人が多い時は時間帯を決めるとかして対処する様に」

 リーフは背負っていたリュックから必要最低限のものだけをポケットに入れ、残りを全てロッカーの中に入れ鍵をかけた。
 宙にふわふわと浮きながら楽しそうにしているロトム図鑑と共に部屋の中を確認する。

『おお〜……まさにシンプルイズベストって感じロ。枕と敷布団・掛布団のある2段ベッド。
 他の家具は机のみ。泊まる以外の用途が全く無いのは潔いロ』

「ま、1つの部屋を狭くしねぇとトレーナーが困っちまうからな。長期滞在もNGだ。
 ウチの宿舎は1部屋に2人ずつ、計10名まで泊まれる様にしてある。
 街の規模がでかいと20人30人泊まれるのは当たり前の話になるんだぜ」

 ふわふわの状態に仕上げられているベッドに寝転んでみるリーフを横目に見ながら、アカネはトウガンと話し合った。

「チェックアウトは明日か明後日になると思うんですけど、大丈夫ですか?」

「他のトレーナーが泊まっててキャンセル待ちって状態ならともかく、今はガラ空きだからなぁ。
 それ位なら心配いらねぇよ。ニビに行くには森を越える必要があるから今の内に食料を買っておいた方がいいぜ」

 チェックアウトの際に必ず声をかけると言う約束を交わした後、トウガンはジムへと戻っていった。

「ジムリーダーも色々仕事があって大変なんやろな……」

 壁に背中を寄せ一息つくアカネ。リーフはベッドから起き上がると近くにいたロトム図鑑に呼びかける。

「どんなものを買っておいた方がいいのかしら」

『食べ物や水、替えの衣服は勿論としてきずぐすりやピーピーエイドを購入しておくといいロ。
 モンスターボールは10個あるけど、大きな街に行けばスーパーボールやハイパーボールもあるから買うのがオススメロ』

 リーフは博士から渡された1万円だけでこの先やりくりしていけるのかどうか不安になった。
 その不安な気持ちを察したのかアカネはお金が手に入る方法を彼女に教える。

「トレーナーやジムリーダーと戦って勝つと、負けた相手がお金を渡してくれる決まりになっとるんよ。
 相場は子供が100円〜500円、大人が1000円〜2000円、ジムリーダーが5000円〜10000円位やね。
 相手の気前の良さによっては一気に5万円位貰える事もあるらしいんやけど、世の中そう甘くは無いわな」

 勝利こそ旅を続ける為の鍵。その為にはポケモンを育てて強くしていかなければならない。
 レベルアップが急務である事を悟ったリーフはバトルが出来る場所を探す必要があると思った。

「ポケモンバトルで、ヒトカゲ達のレベルを上げないと……」

「せやったら草叢から飛び出してくる野生のポケモンとのバトルから始めた方がええで。
 トレーナーはレベルの高いポケモンを持っとる事もあるからな」

 宿泊場所の確保が済んだ事もあり、リーフとアカネは一旦別れてそれぞれやるべき作業を片付ける事にした。
 アカネはフレンドリィショップに出向き必要なものを買い揃え、リーフはポケモンセンターでモンスターボールを回収する。
 一応メールの送り主がいないかどうか周囲を見渡したが、それらしい人物を見つける事は出来なかった。

 (やっぱり明日の10時じゃ無いと会えそうに無いわね)

 アカネは野宿に必要な最低限の道具を既に持っており、彼女と一緒にいれば今後の苦難も乗り越えていけそうだったがそれでも不安要素は山積していた。
 その不安を打ち消す為にはポケモンを育て、窮地に陥った時でも慌てずに立ち向かえる力を手に入れるしかない。

 (ポケモンセンターと草叢を往復しながら、地道にヒトカゲ達の経験値を上げていきましょう)

 早朝のフェリーでリブ島からマサラタウン、マサラタウンからトキワシティに移動すると言う濃密な1日だった。
 そして夜まで草叢から飛び出してくるコラッタやポッポと戦い続け、ヒトカゲとオニスズメのレベルを10まで上げる事に成功する。

「随分疲れが溜まっとるみたいやね」

 重いリュックサックを背負っていない状態ではあったが、草叢とポケモンセンターを機械的に往復するのは流石に苦痛だった。
 今後の為とは言え足が棒の様になり膝が笑っている。下のベッドに腰を降ろした後ようやくリーフは一息ついた。

「アカネさんは……結構育てているんですか?」

「嫌やわ、他人行儀な言い方せんでもええよ。呼び捨てでええから……
 ウチは今4匹持っとるんやけど、そこそこ育っとるんやないかなぁ。多分20前後位はあると思うで」

 リーフが所持しているポケモンはまだ2匹。ジムリーダーに挑めるレベルでは無い。
 ココから上を目指すにはさらにポケモンを育てる必要がある。
 そんな事を思っていたリーフは、そんな考えに浸っている自分自身がおかしくて笑ってしまった。

「私、セキエイリーグに挑むなんて夢のまた夢……考えた事すら無かったのに。
 何時の間にかそこに立っている私を想像してしまってる。不思議なものね」

「夢を持つのは誰にも邪魔出来へん特権やからな。その夢に向かって努力していけばええんよ。
 落ち着いたらシャワーを浴びとき。野宿やと川で髪を洗うのが精一杯やし」

 家の中にいたリーフにとって、外で食べたり寝たりする事など考えられなかった。
 それでも、人間は経験を積む事で環境に順応していく生物である。
 リーフはこの生活に慣れなければならないと自分に言い聞かせた。

 疲れて火照った身体を冷まし、クールダウンさせると言う意味でも冷たい水のシャワーは効果的だった。
 現代社会においても身体を冷たいミストで包み込み癒やすと言う施設が存在している。

「アカネは浴びないの?」

「ウチはリーフはんが帰ってくる前に浴びたから大丈夫やて。今ルートを模索しとった所なんよ」

 アカネはロトム図鑑が映し出すタウンマップを見つめながら、液晶画面に指を近付けた。

「明日か明後日にはトキワシティを出て、ニビシティに向かうんやけど……
 トキワの森を半日で越えて、ニビシティに到着。お月見山では1回野宿する必要がある。
 それで、文明の利器である電子頭脳にも意見を伺っとった所なんよ」

『お月見山は山と言うより巨大な洞窟に近くて、新しいルートを開通させる為の工事が行われているロ。
 夜になっても騒音が鳴り止まない可能性が高いから、ボクはお月見山の外で野宿するべきだと思うロ』

 トキワの森には虫ポケモンが多く出現する為、炎ポケモンであるヒトカゲの育成ポイントとしては申し分無い。
 だが街を拠点として活動を行った方が楽なのは間違いない為、リーフも森を抜ける事に専念すべきだと思った。

「お月見山を抜けるには丸々1日かかるし、どうしても1回は野宿する必要があると思うんや。
 山を抜けた後夜に道路を歩くのは危険やしな」

「急ぐ必要も無いし、それで良いと思うわ。私もそのプランで問題無いと思う」

 ニビシティへの旅路が当面の目標となったアカネとリーフ。
 ニビシティジムリーダーに勝つ事も目標の1つだが、まだそれを考える状況では無かった。

 2段ベッドの下にリーフ、上にアカネが寝る事になり、リーフはアカネがベッドに寝た後部屋の電気を消した。
 そんなに賑わっている街でも無い為、電気を消すと薄気味悪く感じる程の暗闇が広がる。

「トキワの森を越えてニビシティに着いたら、そこで充電してもいいかもしれないわね」

「ニビシティにはトレーナーズスクールや博物館があるから、観光として寄るのもええんちゃう?
 特にウチ等みたいな新参者はスクールで学ぶべき事も多いハズや」

 ロトム図鑑の明かりを頼りにベッドに潜り込むと、リーフは図鑑の電源を一旦落とした。
 大きく伸びをしながら欠伸を漏らすと、そのままベッドに倒れ込む。

「おやすみなさい」

「ああ。互いにええ夢をな」

 疲れていたせいか、下のベッドからはすぐに軽い寝息が聞こえ始めた。

 (ウチもリーフはんの様に、頑張らんといかんなぁ……
 もっと高い目標を持つべきや。一緒にどんどん大きくなっていければ)

 アカネも睡魔の誘惑には抗う事が出来ず、何時しか夢の世界へと誘われていく。
 何も見えない真っ暗な闇の中で、2人の寝息だけが響いていた。


「それにしても、生きているのが不思議な程の大怪我でしたよ。
 身体中に火傷を負っていたんですから……彼女は一体何者なんです?」

 その頃、ハナダシティの病院では1人の女性が看護婦と会話をしていた。

「私もまだ解らないんです。名前を聞いていなかったもので……
 治療費は必ずお支払いしますから、彼女がこの病院にいる事は内密にしてください」

 乳白色のニット帽を被り、青みがかった黒髪は肩まで長く伸びている。
 その女性が看護婦に何枚かの万札を渡すと、看護婦は不安そうな顔をしながらも金を受け取った。

「出来る限りの事はしますが、完璧に隠し通すのは難しいですよ。
 入院している期間が長くなればなる程、病室に人がいないと言い張るのは厳しくなりますから」

「解っています。ただ彼女は回復力が桁違いだと思うので、数日もあれば退院出来るでしょう。
 こちらとしてはその間だけ隠してくれれば充分です」

 確信を持ってそう言い切った彼女の言葉に対して、看護婦は目を丸くする。

「生死に関わる程の大怪我だったのに、数日で回復するなんて信じられません」

「私も彼女の存在を知るまでは信じられなかったんですけど……
 彼女は普通の人間とは違うんです。だからこそ、居場所が知れれば命を狙われてしまう」

 本当は怪我をした女性についていたかったが、彼女には人と会う用事があった。
 明日の朝は彼女の容態を気にしながらも病院を離れなければならない。
 世界の運命を変える為には、どんなトレーナーであろうと味方に引き入れたかったのだ。

「貴方も私と一緒に戦って頂戴」

 意識を取り戻していない女性の頭を撫でながら、彼女は『闇の組織』と戦う決意を固めていた。

■筆者メッセージ
まだ物語の導入部分なので明かせない所が多々ありますが、
徐々に面白くなっていくと思います。この話は繋ぎみたいなものですかね。
飛ぶ為の準備にあたる感じと考えてもらえればいいと思っています。
夜月光介 ( 2018/07/12(木) 23:01 )