第1章 第12話 闇の一端
冷えた洞窟の壁に設置されたランプが、ロケット団員達と2人の姿を照らす。
昼間の太陽の下とは違い、相手の表情を知る事も難しかった。
「さぁ、思いっきり暴れるのよアーボ!」
レモンがボールの解放ボタンにキスを行い、その衝撃でポケモンを出現させる。
閃光と共に現れたその姿は、バザーで手に入れたミニリュウを彷彿とさせるものだった。
『シャアアッ!!俺の毒牙の餌食になりたい奴からかかってこいやァ……』
一方オオタチを倒されたアカネも相棒であるミルタンクをバトルフィールドに登場させる。
攻撃力と耐久力・そして相当多い体力を持つミルタンクの加勢はリーフにとっても有難かった。
(アカネのミルタンクは敵に回すと大変だけれど、味方なら心強い。
並のポケモンならば『ころがる』だけで相手のポケモンを瀕死に追い込む事が出来る)
ドガースとの耐久力勝負もバトルの鍵となりそうな対戦カードであるだけに、技の選択も慎重になる。
(さぁて、どないしよか……十八番のころがるでもええんやけど、ドガースには効果抜群にならへんしな。
その間に毒状態にされて消耗戦に引き摺りこまれるのも怖いわ。勝負に行く必要がある)
素早さの関係上、先に動いたのはオニスズメの方だった。
高いレベルから繰り出すつばめがえしで、アーボの早期撃破を狙う。
「オニスズメ、つばめがえしでアーボを倒して頂戴」
『こんな奴、俺が本気を出せば楽勝ですよ』
鋭い目つきで相手を睨み付けながら、素早く相手に近付き羽根で相手を斬り付ける。
かなりのダメージを与えたが、倒し切るまでには至らなかった。
「アシッドボムで相手のHPと特殊防御力を削りなさい」
『硬い岩をも溶かす俺の胃液を喰らいやがれ!!』
アーボの口から吐き出された球状の液体が、オニスズメの翼に命中する。
その緑色の液体からは白い煙が立ち上り、その危険さを示していた。
「次の攻撃はもっとよく効く様になるわよ」
ロケット団員の女性はドガースと連携し、泥沼の戦いに持ち込む計画を立てていた。
ドガースの『どくどく』でミルタンクのHPを削り、相手がころがるを使ったとしても勝つ。
ミルタンクに集中攻撃をすれば、最終的にドガースだけがバトルフィールドに残ると信じていた。
「ここ一番の勝負やで、ミルタンク!ばくれつパンチを見舞い!」
『解ってるじゃないか。私の拳で、アンタをノックアウトしてあげるよ』
普通の戦い方では勝てない。アカネはそう考え、敢えてギャンブルに身を投じる。
ばくれつパンチの命中率は50%。まさに運を天に任せるかの様な確率だった。
『んあー……そんな攻撃が当たるワケ』
しっかりと握り締めた拳を、一度身体の後ろにゆっくりと引き全体重を乗せて前へと突き出す。
思いの全てを込めた一撃が、ドガースの顔に命中した。
「ええで!まぁ、当たらんでも挑戦を続けるつもりやったけどな。早く当たる分には問題無いわ」
ころがるで蓄積ダメージを稼ぐのでは無く、ばくれつパンチの威力と追加効果を狙う。
運の良さも手伝いアカネが遂行したかった戦略は成功した様に思えた。
「そッそんな……混乱状態だなんて!命令を出しなさいよ、ライム」
「言われなくてもそうするよ。ドガース、どくどくを当てるんだ。解ってるよな?」
ばくれつパンチは命中すれば相手を確実に『混乱状態』に陥らせる。
ドガースが混乱して自傷行為をする可能性が高い為、ロケット団の男は焦っていた。
『んあ……あああ』
ドガースは自分からバトルフィールドの床部分に身体をぶつけ、自らダメージを負いに行く。
果敢な姿勢がアカネとリーフのチームの勝利を呼んだと言えるだろう。
「コレでほぼ負けは無いわ。後はウチ等がするべき事をきっちりやるだけや」
「……そうね。とどめを刺しましょう」
ロケット団員との勝負で勝利の要となったのは、レベル差により素早さでの勝負に競り勝った事だった。
ツツジのポケモンとの相性が良かったら、地道なレベル上げを行わず今の戦いで敗れていたかもしれない。
倒れる程の苦労をしたが、努力は裏切る事無く勝利と言う形で結果を出した。
(いわタイプにほのおタイプとノーマルタイプで挑むと言う無謀。
私はその為にレベルを上げてきた。技もしっかり覚えさせた。
少し遠回りしてしまったかもしれないけれど、私達がしてきた事は無駄じゃなかったのね)
最終ターン、ミルタンクは混乱状態が続いているドガースをおんがえしで倒し、
HPが減っていたアーボをオニスズメがつばめがえしで倒した。
仕留め切る力を示し、ロケット団を相手にして勝った事実は大きなものとなるだろう。
「あーあ、負けちゃった。もっと強いポケモンを奪って手駒にしなきゃ駄目ね」
「全くだ。レベルの高いポケモンを盗む必要があるぜ」
ロケット団の2人は負けても精神的なダメージは殆ど負っていなかった。
人から盗んだポケモンで負けても、殆ど努力をしていないのでバトルに心が乗っていない。
「盗んだ化石を私達に返して!」
「しょうがないわね。良い小遣い稼ぎになると思ったんだけど……持っていきなさい」
もう必要無いと言わんばかりに放り投げられた石の塊を、両手で慌てて取りに行くリーフ。
手と胸全体を使って何とか受け止め、もう片方の化石はミルタンクがキャッチしていた。
「随分素直に返すんやな」
「こんなの遊びよ。私達の本当の目的はチンケな盗みなんかじゃないわ。
化石を売るのは組織の資金を得る為の手段に過ぎない」
レモンは大袈裟に手を広げ、演説するかの様に歩きながら声を張り上げる。
「もうすぐ、あらゆる概念が私達のボスによって引っくり返る時がやってくるのよ!
貴方達も貴方達のポケモンも、皆ボスの圧倒的な力によって踏み潰される。
私達だけが富と栄光を享受する時代が、もうすぐそこまで来ているんだから」
彼女の目はガラス玉の様に輝きを失い、上司への盲目的な忠誠心を感じ取る事が出来た。
機械の様な感情を持たない笑顔に、アカネもリーフも恐れを感じ距離を取る。
「それ位にしておけ。我々の手の内を軽々しく明かすワケにはいかん」
奥の暗がりから現れた別のロケット団らしき人物が現れそう言った瞬間、レモンは慌てて御辞儀をした。
「も、申し訳ありませんランス様。つい調子に乗ってしまい……」
「撤収しろ。こんな所にもう用は無い。お前達は一旦基地に戻るんだ。
我々の計画は既に漏れてしまっている。邪魔が入る前に準備を終わらせなければ」
「了解致しました」
逃げる様にその場を去るロケット団員の背中を見つめつつ、男は片手で髪を掻いた。
「使えない屑共め。年端もいかぬ女2人に完敗するとはな。
やはり私の様な『選ばれた者』で無ければ勝利もおぼつかぬと言う事か」
その目には尋常では無い殺気が込められ、周囲の空気も冷たいものへと変わっていっている様だった。
先程のロケット団員とは、纏っているオーラが全く違う。
今全力を出して戦っても勝てる相手では無い事は明白だった。
「そこの女2人。なかなか良いバトルを見せてもらったぞ。
強いポケモンを所有している様だ。私と共に来れば、もっと強くなれるだろう」
逃げたいが、恐怖で身体が凍り付いてしまい後ろ足での一歩も踏み出せない。
だが勇気を振り絞り、リーフは力一杯首を横に振った。
「怯えているのか?無理も無い。私が持つポケモンは『特別』だからな……
お前の肌が、敏感にその気配を感じ取っているのだろう。
このまま戦っても無様に負けるだけだ。我々に屈した方が楽になるとは思わんか?
先程部下が言っていた通り、この世はあと数ヶ月もすれば我々ロケット団のものとなる。
総帥を頂点とした全く新しい世界が始まるのだ。
その傍らに立ち幸福を享受するか、今消し炭となるか……どちらを選んだ方が得か計算出来ぬワケでもあるまい」
「お断りします。私は、例えココで殺されたとしても悪に屈するつもりはありません。
私は今の温かい世界が大好きなんです。貴方達の野望を、必ず阻止してみせます」
殺されるのならば、せめて逃げ出す事無く真っ直ぐに戦って死ぬ。
リーフは死をも覚悟して大地を踏みしめ、自分の思いをぶちまけた。
「……少し前、お前と全く同じ目をして同じ様な事を言った男と女がいた。
だが、無力だった為死んだ。今は見逃してやるが、お前も我々を追えば必ずその2人と同じ道を辿る事になるだろう」
男はリーフやアカネが見た事も無い不思議な色をしたボールを握ったままそう言うと、突然背を向け凄まじいスピードで洞窟の奥へと消えた。
先程のロケット団員の2人が『走って見えなくなった』のに対し、男は『瞬間的に消えた』様にも見えた程だった。
「リーフはん、立派やったで」
アカネがリーフの肩に手を置き彼女の苦労を労う。その手や頬には冷や汗が伝っていた。
人間と会話していたのだろうか。2人はそんな事を考えていた。
あのロケット団の若い男女はともかく、その後に現れた青年は何かが明らかに異なっていたのだ。
勿論、見た目に異常があったワケでは無い。
それなのに、彼が目の前に現れた瞬間心臓が早鐘を打ち、鳥肌が立つ程の寒気がした。
何かが違う恐ろしいものだと身体や心が直感的に反応し、歯が鳴る程の恐怖を与える。
人間の形をした化け物がそこにいる様な気がして、声を出すのも一苦労だった。
「声を出そうとしても、全然出ないんや。喉が締め付けられる様に苦しくなってな……
本当に怖くなった時って、叫び声も出せないんやな。身体中の血の気が引いたわ」
「あの人は、人間じゃない。何故かは解らないけど、そう感じた。
蛇に睨まれた蛙みたいに、身体が動かなくなってしまって……
力の差だけじゃ無いのよ。何かが違うの。言葉で説明する事が出来ないけれど」
ボールに戻したポケモン達も、緊張していた様に見受けられた。
ロトム図鑑は彼の中身を解析していたらしく、画面に結果を表示する。
『人間ではあるけれど、各数値が異常ロ。視力等を含めた全身の筋力が常人の数倍。
脳で発生している電気信号の伝わるスピードから推測するに、知能指数も極めて高い。
恐らく時速50kmで1時間全力疾走したとしても汗1つかかない程の驚異的なスタミナ。
数mの段差を助走をつけずに飛び越え、拳で岩の壁を粉砕する。
もう人間と比較するより、ポケモンと比較した方が良いかもしれないロ』
人間と言う小さな器の中に収納されている凝縮された筋肉の塊。
そんな言葉が似合うのではないかと思う程、解析された男の人体は想像を絶していた。
ポケモンと対等に渡り合える力を持った怪物が、ロケット団に所属している。
その事実だけで、リーフは自分がロケット団と戦っていけるのか疑問に感じる程だった。
(きっと、あの人だけじゃない。あんな怪物みたいな人が、何人もいるんだわ。
非人道的な組織だとは思っていたけど、人体改造も平気で行うなんて……
勝てるのかしら。ううん、勝てる様にならなければいけないのよ)
リーフ1人では、ロケット団を倒せない。それは厳然たる事実だ。
だがポケモンがもっと強くなって改造された人間を超える事が出来れば、ロケット団と戦う事も不可能では無い。
自分とポケモンの努力次第で運命は変えられる。彼女はそう信じるしか無かった。
化石を両手に抱えてやってきたリーフとアカネの姿を目にした作業員達は、彼女達に惜しみない賛辞を送った。
「有難う!助かったよ」
「俺達も一生懸命頑張って手に入れたものが奪われたら困るからなぁ」
2人に向かって拍手する彼等の笑顔を見て、リーフは自分がやった事は無駄では無かったと思い、心から安堵した。
ヒョウタは化石を返してもらった後、傷が無いかどうか確認しそれを地面に置く。
「君達のおかげで化石が奪われずに済んだよ。僕からもお礼を言わせてもらう」
「そう言われると、私達も頑張った甲斐がありました」
ヒョウタは持っていたスコップを重機に立てかけた後、2つ横に並んでいる化石の中央に立った。
「化石を取り返してくれた君達に御礼がしたいんだ。この2つの化石……
『かいのかせき』と『こうらのかせき』の内、1つを君達にプレゼントしよう」
返そうとする一心だけで持ってきた化石を『プレゼントする』と言われ、リーフは戸惑う。
「そんな、良いんですか?貰ってしまったりなんかして」
「そもそも君達がいなければ2つとも無くなってしまっていたものだからね。
それに君達が僕達の為に努力してくれたと言うのに何もしないなんて僕の気が済まないんだ。
どっちでも良いよ。好きな方を選んでくれ」
先程まで他人の大事な物だと思っていた重い岩が、自分の所有物になると言う現実に頭が追いついていない。
断り続けるのも彼等の好意を無駄にする事になってしまう。
リーフは熟考するのも違うと思い、自分から見て右側にあった化石を選んだ。
「この化石をください」
「かいのかせきだね。この化石からオムナイトを復元する事が出来る。
ただ、特殊な機械が無いと復元する事が出来ないから、その時が来るまで最寄りのポケモンセンターに預けておくのが良いと思うよ。
僕が知っている限りでは、ヤマブキシティに化石を復元する機械があったハズだ」
バレーボール大の重い石を受け取り、再び両手で抱えるリーフ。
アカネの自転車にはカゴが付いていない為、自分で持って歩くしか方法が無さそうだった。
「そろそろいこか。重くて疲れたらウチが代わりに持つわ。その時は自転車を押してもらうけど」
「有難うございましたヒョウタさん。またいつかお会いしましょう」
作業員達とヒョウタに見送られながら、また己の足で進む旅が始まる。
「僕達もまた君達に会える日を楽しみにしているよ!」
「嬢ちゃん頑張んなよ。俺達も応援してるぜ」
別れの瞬間は寂しいが、必ず次の出会いがある。
次の街での新しい出会いに胸を膨らませながら、2人はハナダシティに向かって歩き出した。
洞窟の最深部はまだリーフもアカネも見ていない未知の世界だった。
「おー、ピッピが楽しそうに踊ってるわ」
細い道の横に開けた小部屋の様な場所があり、数匹のピッピが楽しそうに飛んだり跳ねたりしている。
『月の石と共にピッピもこのお月見山に現れたと言われているロ。
満月の夜になるとピッピが集まって月を見つめながら不思議なダンスを踊る。
その因果関係は不明で、生態にも謎が多いポケモンとされているロ』
相手が危険かそうでないかを察知する不思議な力を持っていると言われるピッピ。
リーフ達の姿を確認した1匹のピッピが挨拶の様に笑顔で手を振った。
その瞬間、桃色の粉の様なものが2人に降りかかる。
「これは?」
『手持ちのポケモン達が回復しているロ!
ピッピの癒しの力の一端かもしれないロ』
傷付いたポケモンをそのままにはしておけない。
そんな考えがピッピ達にはあったのかもしれない。
「先を急がなあかんから、また今度な」
アカネがそう言うとピッピは彼女の言葉を解したかの様にぺこりと頭を下げ、再び踊りの輪に加わる。
リーフもピッピ達の踊りを見ていたかったが、化石の重みから早く解放されたかった。
ピッピ達が踊っていた場所を通り過ぎてから約数十分。
2人はようやく洞窟を抜け、日の光が照らす草叢に足を踏み入れた。
「やっと4番道路に到着や。この道路を抜ければハナダシティに着く。
化石も含めて、荷物を一旦宿舎に置きたい所やな」
「そうね。もう日も傾き始めているし、急ぎましょう」
午後3時。青空から茜色の空へと変わり始める時間帯。
そんな2人の目の前に、リーフが知っている人物が姿を現した。
「よぉ!奇遇だな。こんな所で会うなんてよ」
黒いTシャツに紫色のジーンズ。その特徴的な形の髪型は変わっていない。
「グリーン」
「お前達もニビシティでバッチを手に入れたのか?
俺はお前がトキワでもたついてる間にゲットしたけどな。
ハナダシティのバッチも手に入れたぜ。ま、俺の実力からすりゃ当然だが」
高圧的な態度で接してくるグリーンに、アカネは嫌な人間と言う第一印象を持った様だった。
「知り合いなんか?」
「ええ、ちょっとね。悪いけど、私達も先を急いでいるから」
「ちょっと待てよ。お前達がどれだけ強くなってるのか俺が試してやる。
俺と3vs3でバトルしようぜ。ちょっとは手加減してやるから」
溢れる自信と尊大な態度。そのプライドを折りたくなったリーフは、アカネに一旦化石を渡す。
「逃げるワケにはいかねぇよなぁ」
「逃げたりなんかしないわ。どっちが強いのか知りたいんでしょう?
相手をしてあげるわよ。私だって、確実に成長してるんだから」
他のトレーナーの邪魔にならぬ様移動し、草叢の中にバトルフィールドを作り対峙する。
グリーンもリーフと同じ様にポケモンを集め、戦っている様だった。
「俺はチャンピオンを目指す男だ。お前如きに負けてられねぇんだよ」
「なら私だって、貴方に負けるワケにはいかないわ」
お互いの積み重ねてきたものを賭けたトレーナーとしてのバトル。
一歩も譲るつもりの無い、火花を散らす戦いが始まろうとしていた。