鈍色の残光
第1章 第9話 VS華麗なる女教師ツツジ2
 勝つ為だけに、考えてきた。
 ほのおタイプ1匹、ノーマルタイプ2匹と言う状況の中で、いわタイプのポケモン3匹に勝つ。
 レベル上げだけでは、充分では無かった。あらゆる可能性を模索し続けた。
 トレーナーと戦っている最中も、ベッドの中で微睡んでいる間にも、ひたすら考え続けてきた。

 (コレが、ツツジさんに勝つ為の最適解。
 勿論、相手がいわ・じめんタイプやいわ・はがねタイプのポケモンを用意していればそれで終わり。
 あまりにも脆い、まるで一本の糸の様な拙い策だけれど……今の私に出来る事はコレしか無い!)

 リーフはオニスズメとイーブイと言う2つの選択に対し、イーブイを選んだ。
 どちらもいわタイプに対して不利なノーマルタイプのポケモンであるが、素早さと攻撃力は相手のポケモンを上回る。
 防御力に秀でている相手のポケモンを倒すには、イーブイと言う選択しか残されていなかった。

「イーブイ……素早さに関しては私のポケモン達が太刀打ち出来ないポケモンですわね。
 でも普通の技では、ノズパスの半分残っているHPを一撃で奪う事は出来ませんわよ?」

 周りで必死に応援しているトレーナーズスクールの生徒達も、アカネにもそれはよく解っていた。

 (スピードスターもでんこうせっかも効果は薄い。リーフはんはイーブイにどんな技を覚えさせたんや?)

 アカネもミルタンクや他のノーマルタイプのポケモンにいわタイプやかくとうタイプの技を覚えさせており、不利な状況を覆した。
 イーブイも同じ様に別のタイプの技を覚えさせていなければ、相手に攻撃の機会を与えてしまう。

「私の用意した答えはコレです。イーブイ、アイアンテール!」

 イーブイの尻尾が硬質化し、その銀色に輝く尻尾を振り回して相手の顔に当てた。

『マスター、僕上手くやれたよ!凄いでしょ』

『こ、こんな所で私が屈してしまうとは……ッ!!』

 アイアンテールをまともに喰らったノズパスは倒れ、イーブイが場に残った。

 (勝つ為に導き出した最善の策……ゾクゾクしますわね。私もそうだった。
 何故勝てないのか解らなかった時、がむしゃらに動くのでは無く、頭脳を駆使する事を学んだ。
 だからこそ勝てた……リーフさん、それで良いんですわよ、正解ですわ)

 ツツジは自分に勝とうと懸命に努力を重ねてきたであろうリーフの苦労と本気を感じた。
 ただ有利なポケモンを並べて彼女に勝とうとし、努力を怠ったせいで散っていったトレーナーは山程いる。
 大切なのは、本気でリーグに挑みたいと言う覚悟があるかどうか。
 リーフは見事にその覚悟を見せ、ツツジと互角の戦いを繰り広げていた。

「リーフさん、成長しましたわね……はがね技を習得させ、不利な相性を覆す貴方の戦術、見事としか言い様がありませんわ。
 ノーマルタイプとほのおタイプと言う不利なポケモンだけを使って勝とうとしているトレーナーは貴方が初めて。
 そろそろ、決着の時が近付いている様ですわね。それでは……」

「待ってください」

 倒れたノズパスをボールに戻し、新たなポケモンが入ったボールを握り締めるツツジ。
 そのボールを投げようとする直前でリーフはツツジの前に広げた手を突き出した。

「どうしたんですの?」

「ポケモンを交換させてください。ジムリーダーとの対戦では、挑戦者のみにポケモンの交換が認められています。
 権利として行使させてもらう事に何ら問題はありませんよね?」

 少しだけ場がざわつく。この会場の盛り上がりがピークに達している状態で水を差すかの様な行為。
 しかし、ツツジは素直にその『待った』を受け入れた。

「ええ、構いませんわよ。
 ポケモンの交換が認められるのは対戦中、もしくは対戦相手のポケモンが1匹倒れ次のポケモンが場に出る間と定められていますわ。
 イーブイでは無く、別のポケモンで戦うと言う事で宜しいんですわね」

「そうさせてください」

 イーブイをボールに戻し、別のボールを取り出すリーフ。
 アカネはこの『変化』にも何らかの意味があるのだと考えていた。

 (つまり、イーブイ→オニスズメより、オニスズメ→イーブイの方が勝つ可能性を上げられると言う事。
 その順番の違いは一見大した事が無い様に見えるけど、実は大きい。
 そういう事なんやな。ウチにはまだ、その全貌が見えへんわ)

 トレーナーズスクールの生徒達も怪訝な表情を浮かべている者が数名いる。

「イーブイを残しておく必要があるって事だよね」

「つまり、イーブイでとどめを刺すプランがリーフさんの頭の中にあるって言う事よ。
 その為に温存した。ココで初めて交代を宣言するって言うのも珍しいけどね」

 ポケモンの交代自体はジムリーダーとの戦いにおいて珍しい事では無い。
 傷付いたポケモンを交代させ、弱いポケモンと戦わせている間に回復させる。
 そういった戦法も認められている。だがこの交代にはその様な作戦以外の何かが感じられた。

「改めて、私のポケモンを紹介させてもらいますわ。圧倒しなさい、ゴローニャ!」

 リーフはオニスズメをバトルフィールドに出現させ、ツツジはゴローニャを場に出す。
 黒い髭の様なものを生やしている今まで見た事も無いゴローニャの姿にリーフは戸惑った。

『あれは『アローラゴローニャ』ロ!南国の楽園と言われるアローラ地方でのみ捕まえる事が出来る特殊なゴローニャロ。
 タイプも『いわ・じめん』では無く『いわ・でんき』に変わっているロ!
 そして最も特徴的なのがアローラゴローニャの特性ロ!』

「特性?」

「このアローラゴローニャの特性は『エレキスキン』。ノーマルタイプの技が威力1.2倍のでんき技になると言う特性ですわ。
 つまり、タイプ一致1.5×1.2で、相性が不利で無ければ1.8倍のダメージを与えられますの。
 高威力のノーマル技、特に『だいばくはつ』の威力が飛躍的に上昇しますわよ」

 ノーマルタイプのポケモンはでんきタイプの技に対して効果抜群にはならないが、効果はいまいちにもならない。
 その恵まれた防御力と攻撃力はツツジのパーティの中でも群を抜いており、一番の強敵と言って差支えが無かった。

『ウォッホッホッホ!ワシの相手はこの小さな童じゃな。宜しく頼むぞ』

『巨象だって、足元を崩されたら弱いんだよ。侮っていると痛い目を見るぜ?』

 確かに両者の大きさには随分差がある。オニスズメが赤ん坊ならば、アローラゴローニャは巨漢の大男だ。
 勿論、バトルにおいて大きさは関係無い。リーフはオニスズメとイーブイで勝利しようとしていた。

 (最初から解っていた事……オニスズメはノーマル・ひこうタイプ。いわタイプの攻撃を受ければひとたまりも無い。
 でんきタイプも同じ。アローラゴローニャだとは思っていなかったけれど、結果的に私の判断は間違っていなかった)

 オニスズメを捨て駒にする。非情な判断だがそれしか勝つ道は無かった。
 オニスズメが決して他の2匹に劣っているワケでは無いのだが、この最終局面におけるメインアタッカーにはなりえない。
 オニスズメが相手を弱らせ、イーブイがとどめを刺す。リーフは事前に思い描いていたプランを確認した。

 (ここからの流れは単純。オニスズメでゴローニャの防御力を減らし、イーブイでアイアンテール。
 ノーマルタイプのハイパーボイスはタイプ一致だけれどゴローニャには効果が薄い。
 シャドーボールはアイアンテールに比べて威力が低いし特殊技だから防御力低下の恩恵を受けない。
 問題なのは、さっきは当たったけれどアイアンテールは命中率が低いと言う事と、効果抜群が取れないと言う事。
 防御力一段階低下のみで一撃撃破を狙うしか方法が無い。急所は望み薄だし……)

 盤石な勝利等と言うものは存在しないのだ。負ける確率の方が高い以上、賭けるしか方法が無い。
 疲労がピークに達しつつあるリーフに迷っている暇は無かった。

「オニスズメ、にらみつける!」

 オニスズメの目が怪しく光り、アローラゴローニャの防御力が低下する。

 (この為のポケモン交代……!全ては、イーブイに最後の一撃を委ねる為!)

 ツツジも、やる事は1つしか無かった。迅速にオニスズメを処理する事。それだけである。

「ゴローニャ、エレキスキン仕込みのすてみタックルを当てなさい!」

 特性によって、でんき技へと変化したゴローニャの一撃がオニスズメの体力を一気に削り取る。

『コレが、ワシの実力じゃあ!』

『俺の睨みつける、無駄にしないでくださいよマスター……』

 球体にぶつかり弾き飛ばされたオニスズメは瀕死となり、リーフによってボールの中へと戻された。

「いよいよ、決着の時が迫ってきましたわね。私が上なのか、それとも貴方の努力と根性が道を切り開くのか。
 その答えがこの1ターンで示されますわ」

 単純明快な決着の付け方だった。アイアンテールでゴローニャが倒れればリーフの勝利。
 アイアンテールを耐えられたらツツジの勝利。
 リーフはまだ知らなかったが、ゴローニャは軽い相手を押し潰すヘビーボンバーと言う技を覚えている。
 相手にターンが回ればそのまま全てが終わってしまうだろう。

「素早さと攻撃力が勝つか、防御力と攻撃力が勝つか……どちらが正解なのか、ハッキリさせましょう。
 少なくともこの試合においては、先手を取るのが大事である事を証明したいです」

 イーブイを交代させ、オニスズメを犠牲にして勝率を上げた。
 やるべき事は全てやった。後は勝利を祈るだけである。

「頑張って、リーフさん!先生に勝って!」

「先生も頑張れ!リーフさんに負けるなー!!」

 トレーナーズスクールの生徒達も声を張り上げ、懸命に応援を行っている。
 その声が2人に届いているワケでは無い。だがその熱気は確実に伝わっていた。

 (ウチはもう何も言わんわ。黙って、全てを見届ける。
 信じるわ……この時の為に頑張ってきたリーフはんの努力はウチは一番よう知っとる。
 絶対勝てるで。ココで勝って先に進むんや)
 
 リーフはイーブイを信じ、ツツジはゴローニャを信じる。
 鋼の矛が勝つのか、頑丈な岩の盾が防ぐのか。運命の瞬間が迫っていた。

『どんな結果になったとしても、僕は悔いが残らない様にするよ!』

「そうね、イーブイ。例え負けたとしても、こうだったら良かったとか思いたくない。
 顔を上げてもう一度ツツジさんに挑む覚悟は出来ている。何回でも貴方に挑みます」

「この戦いが終わってもいないのに随分と弱気ですわね。
 勝ちたいと思っているんじゃありませんの?」

「ええ。勿論それはそうです。でも今……貴方と戦えているのが嬉しくて」

 リーフの言葉が、ツツジに昔の記憶を思い出させた。

『どうしてヒョウタ兄様は、私に勝てなくなってもポケモンバトルを続けるんですの?
 負けたら悔しいし、勝てる相手に挑むのが普通ではなくて?』

『すっかり追い越されちゃったけど、僕だってまだまだトレーナーであり続けたいんだ。
 ツツジに勝てないのは悔しいよ。だけど……お前と戦っている事に意味がある。
 楽しいんだ。お前と戦っていると』

 あの時は、全く意味が解らなかった。敗北濃厚の試合を楽しむと言う言葉の意味が。
 勝利するからこそ楽しい。勝利を追い求めるからこそ楽しいのだと思っていた。
 だが今ならばツツジにもヒョウタの言葉の意味が解る。彼女はその言葉の意味を知った。

 (強い敵に挑み、全力を尽くしたうえでの惜敗だったのならば……
 それは意味の無い敗北では無い。リベンジして、勝つ為の始まり。
 そういう意味で、ヒョウタ兄様は私にあんな事を言ったのかもしれない)

 ツツジも、試合の結果がどう転んでもその結果を認める覚悟を決めた。
 先手はイーブイ。これは揺るがない。初手の一撃に全てを込める。

「イーブイ、アイアンテール!」

 イーブイの尻尾が銀色に光る。最初の関門は攻撃が命中するのか否か。
 命中した。さらなる関門は一撃で全てのHPを持っていけるのか否か。

『ゲージを表示するロ!』

 ロトム図鑑のモニターに映るアローラゴローニャのHPゲージがゆるやかに減っていく。
 ただ、手を組んで祈った。ゲージが少しでも残ってしまえば、勝機は無い。

 (大丈夫、私のゴローニャの頑丈さならば、赤にはなっても一撃で沈む事は無いハズ!
 効果抜群の攻撃では無いのだから絶対に耐える!耐え……)

 モニターに表示されたのは『急所』の二文字。
 この土壇場で運命の女神はリーフとイーブイに微笑んだ。
 急所に入っていなければ、恐らくアローラゴローニャは耐えただろう。
 低確率の幸運がリーフを救った。最も大事な攻撃で運を味方に付けたのだ。

『こ、こんな……こんな童にワシが負けるとはッ……』

 ゴローニャは倒れ、リーフの勝利が確定した。

 (数%……数%の奇跡に私が屈する事になろうとは。でも、これは単なる奇跡ではありませんわ。
 この奇跡を起こす為に全力を尽くし、この一撃に賭けるまでに辿ってきた道のりの重さは、私が一番理解している。
 私の無茶な宿題にも応え、勝つ為の非情な決断、並々ならぬ努力、冷静な判断力でこの大一番を乗り切った。
 完敗ですわね……私もまだまだ実力不足。もっともっとジムリーダーとして上を見ていかなければ)

 ツツジの目には涙が滲んでいたが、不思議と悔しさは無かった。
 清々しい気持ちと、全てを出し尽くした満足感が溢れていた。

「リーフさん、遂にやり遂げましたわね。私に勝って、夢の一歩を踏み出しましたわね。
 ここから先は、貴方だけの道。私の関わらない辛く、険しい道が待っていますわ。
 それでも貴方ならばきっとどんな困難な道でも乗り越えられる。
 断崖絶壁でも登れる強さがあるハズですわね。まずはおめでとうを言わせてくださいまし」

 一方リーフの方は勝ったと言う事実をまだ受け止める事が出来なかった。
 負ける気がしていたのだ。ここまでやっても、まだ何かが足りない様な気がしていた。
 その『足りない何か』が解る前に強運で相手を倒してしまったせいで、リーフは少しだけ違和感を感じていた。

 (本当に……私が勝ったの?信じられない。ツツジさんは強かった。
 勝てる相手じゃないと思わされた。でも、私は祝福されている……どうして?)

 ぐらりと地面が歪んだ気がした。急速に眠くなっていく。
 立っていられなくなり、膝から床に崩れ落ちる。そしてそのまま倒れ込んだ。

「リーフさん、リーフさん!?」

 イーブイがリーフに駆け寄り、心配しながら何も出来ない為オロオロしている。
 ツツジはリーフが完全に気を失っている事を確認すると、外にいる生徒達にバトルフィールドを解除する様命じた。

「は、はい!今やります!」

 身振り手振りで事態を察した生徒の1人が、急いで壁に設置されたバトルフィールドの解除ボタンを押す。
 リーフの身体を抱え上げたツツジは、すぐに救急車を呼ぶ様生徒達に呼びかけた。

「とにかく、病院に急いで搬送しなくては。担架が来るまで、救護室のベッドに寝かせる様に」

「解りました。皆、手を貸して」

 びっしょりと汗をかき、呼吸の間隔が早い。恐らく、無理がたたって倒れたのだろう。
 過労が原因ならば、無茶をさせたツツジにも責任がある。彼女はそれを痛い程感じていた。

 (私も貴方に無理をさせてしまいましたわね……僅か数日で私と対等に戦えるまでに成長した。
 でもその成長は貴方の体力を奪ってしまった。バトルが終わっても、私の役目は終わっていない様ですわ)

 救急車で街の病院へと運ばれていくリーフ。アカネは彼女の無事を祈るしか無かった。

 (ああ、あの時ウチが無理をしているリーフはんを止めていたらこないな事にはならんかったのに。
 止めていたら……きっと今の試合、勝ててへんわな。複雑な気持ちや……)

 僅か10歳の少女に、ツツジと言う大きな壁が立ちはだかった。
 その壁を登る為にリーフは高く飛ぼうとした。その無理なジャンプは身体を壊してしまうものだった。
 勝利と言う最高の結果を得たが、その代償はあまりにも大きかったのである。

■筆者メッセージ
トレーナーがバトルで平然と勝ち続ける姿。
現実世界においてはそれはありえない事だと思っていました。
今まで自分が描いてきた主人公は立ち上がるだけの強さを持っていましたが、
アランさんが思い描いた『リーフ』と言う主人公はそうでは無いと
感じ、こういった流れになりました。託されたキャラクターを
動かしている間に、そうなった一例だと思っています。
夜月光介 ( 2018/12/13(木) 19:14 )