土曜日 オクタンのたこ焼きとカイリューの唐揚げとペロッパフの綿菓子
『いらっしゃい、いらっしゃい!坊ちゃん嬢ちゃん寄っといで!世にも珍しいカイリューの唐揚げだよ!
クローン肉じゃない卵から育てた天然モノだ。これが何とたったの500円。
ポケモンだからこそのこの価格!縁日特別価格で提供だ!この機会を逃さずに買ってくれ!』
威勢の良い声が周囲に響き渡る。この島での初めての縁日だけど、祭の雰囲気は皆を明るくさせていた。
「すいません、カイリューの唐揚げ3人分ください」
「はいよ!1500円ね。何時までも熱いままだから、慌てて食べなくても大丈夫だよ!」
細長い紙コップに入れられた唐揚げには長い串の様なものが刺さっている。
これで手を汚さずに食べろと言う事なんだろう。僕は3人分の唐揚げを受け取ると、その後ろで待機していた仲間と合流した。
「遅い!唐揚げ買うのにそんなに手間取ってどうするの」
「まぁまぁ、しょうがないって。あの屋台大盛況だよ?綿菓子の屋台より並んでるし。
待たなきゃ買えなかったっしょ……あ、クラ。御釣りは取っといて」
頬を膨らませて怒っているマリを、シンスケが宥めてくれた。
「いいの?1万円の御釣りだけど」
「どうせ他の食べ物とか買うだろ?その時に使えばいいじゃん」
「解った。有難う」
僕が通っている小学校のクラスメイトの中でも、特に仲の良い2人。
今回縁日に行こうと誘ったのは僕だったけど、その判断は間違いじゃないと思った。
お金持ちの御爺ちゃんがいて欲しいものは何でも手に入るシンスケ。
気軽に奢ってくれるし、シンスケの財布の中には常に万札が沢山入っているから突然予期せぬ事が起こっても切り抜けられる。
そしてウチのクラスで一番美人だけど気の強さから敬遠されているマリ。
すぐにイライラして怒る癖のせいで煙たがられているけれど、ピンク色の浴衣を着た姿はとても綺麗だった。
「あ、美味い!ジューシーで味が濃くて最高!」
「そう?私はさっき食べたペロッパフの綿菓子の方が美味しかったと思うけど……あ、サイコソーダ!」
カイリューの唐揚げを食べながら笑顔を見せるシンスケの肩をマリが叩いた。
「カズヤ、買ってきてよ。さっきシン君からお金は貰ってるでしょ?」
「シンスケも飲む?」
「うん、俺のも買ってきて。唐揚げは美味しいんだけど喉渇いちゃってさぁ」
何かを買うのは常に僕の役目だ。シンスケはお金を渡す役で、マリはそもそも並びたがらない。
「すいません、サイコソーダ3本ください」
「900円ね。あそこにいるのは貴方のお友達?楽しんでいって頂戴」
製氷機で作ったものよりもさらに大きい雹の様な氷が水に沢山浮かんでいる。
その中に入っていたサイコソーダを店員のお姉さんが3本取り出すと、冷え切った瓶を僕に渡してくれた。
ちょっと見にはブルーハワイと同じけばけばしい青色が目立つけれど、味は確かだ。
瓶を開けるのにはコツが要る為、僕は2人に手渡す前に蓋を開けてから手渡す。
「あー!最高にジャンクな味!家で食べる料理とは全然違うね。でもたまにこういうのが欲しくなっちゃうんだよなぁ」
シンスケはそう言いながら唐揚げとサイコソーダを交互に味わい満喫していた。
マリもシンスケ程豪快に味わってはいないが、サイコソーダの味に満足している様だった。
「オクタンのたこ焼きだってさ。クラ、買ってきてくれよ」
「3人分で良い?」
僕はマリの方を見る。マリはサイコソーダを飲みながらこくりと頷いた。
どこの屋台も人が多く並んでいる。比較的人が並んでいないのは当たりが抜かれているであろうくじ引きと技術が必要になる射的だった。
「はいはい、引いてって引いてって!1等は何と素敵、アーカラ島を満喫出来る特別旅行券だよ!
美味しい食事に豪華絢爛なホテル、様々なアクティビティまで楽しめて全部無料になる希少なチケットだ!
2等もこの島を代表する美食の宝庫、『オリオン』のフルコースが無料になるチケットを御用意!
他にもでかいきんのたまやしんかのいしを取り揃えてるよ。ハズレは無し。引けば何かしら貰えるから挑戦してみて!」
くじ引きの屋台の口上を聞きながら暫く待っていると、やっと僕の番が来た。
「オクタンのたこ焼き3人分ください」
「1500円ね。ウチは味には自信があるからもし良かったらまた買いに来て」
「はい、有難うございます!」
プラスチックの容器に6個のたこ焼きが入っている。ソース、青のり、鰹節が彩りを添えていた。
「ああいうのってさぁ。最初から当たりなんか用意してないんだよ。特に一等は当たる確率0%。
だってあんなのが当たったら売り上げがマイナスになっちゃうんだから。入ってるワケ無いんだよ」
「シン君はくじ引きで当たりが出なくったって行けるでしょうしね、アーカラ島位」
たまたま開いていたベンチに座り、僕達はたこ焼きをゆっくり堪能する事にした。
「そりゃ行けるよ、その気になれば世界一周旅行だって余裕だよ。行かないだけで。
大人になったら皆で行こうよ。ウチの爺ちゃん、サントアンヌ号を造った会社の人達と懇意にしてるらしいし」
シンスケの金持ちっぷりはあまりに凄過ぎて、僻む気持ちすら沸いてこない。
ここまで金持ちだと誘拐されてしまいそうだけど、この人工島にいる限りそんな大事にはならないだろう。
「素敵!私、サントアンヌ号に乗船してみたかったの。カズヤだって興味はあるでしょ?」
「そりゃ、興味が無いって事は無いけど……」
豪華客船を見て、溜息が漏れた事はあった。美しくて、巨大な鉄の塊。
デザイン、機能性、そして見る者を圧倒させる程の迫力と威圧感。
だけど、世界を見ようと思う程の気持ちは無い。
ポケモントレーナーとしての実力ならば、既にトレーナーズスクールで失格の烙印を押されている。
昔から僕はポケモンを好きになる事が出来なかった。ポケモン嫌いの祖父を持つシンスケもそれは同じだ。
仲間意識を持つ前に、自分よりも遥かに強大な力を持つ獣に対しての畏怖が勝った。
この人工島には殆どポケモンがいない。こうして食事として提供はされるが、見る機会が少ないのは有難い事だった。
「私ね、ポケモンを食べる文化を推進させる為に栄養学の道に進みたいの。
栄養学って言う分野がある事を知ってから、そっちに行きたい気持ちがどんどん強くなってきたわ。
ポケモンが私達にどんな恵みを与えてくれるのか知りたいの。その為には世界を知らないとね」
ポケモンの美味しさは僕もこの島に来てから理解出来た事だった。
マリはきっと素晴らしい先生になる事だろう。気の強さはリーダーシップを発揮する時に役立つハズだ。
「栄養学も大事だけど、まずは目の前のたこ焼きでしょ。さぁて、どんな味がするのかな……」
シンスケは割り箸を綺麗に割り、軽く手を合わせてからプラスチック容器に付いている輪ゴムを外した。
蓋を開けた瞬間から溢れ出す湯気。生きているかの様な動きを見せる鰹節。青のりとソースの良い匂いが漂う。
「いや、もうコレ食べる前から絶対美味しいって解るよ。コレで不味かったらおかしいって」
シンスケは大喜びでたこ焼きを箸で掴むと、口の中へと運ぶ。
僕も1個まるごと口の中へ入れようとしたが、火傷しそうな程の熱さを感じて軽く齧る程度にとどめた。
「あっふ!あふいなコレ。オクタン凄い。たこ焼きの生地と同じ位柔らかいよ。ちょっと噛んだだけで切れる」
齧った時に中から落ちそうになったオクタンの足の部分を、たこ焼きを一度容器の中に戻す事で何とか落とさずに済ませる。
また落とすかもしれないと思い、僕はオクタンの部分だけを口の中に入れた。
「あー、海の塩が混じってる様な感じがする。ミネラル成分って言うのかな。
適度な塩味で柔らかい。500円でこの味なら安いよね」
「安いよ。俺が普段食べてる料理なんか1万円クラスの豪勢なやつばっかりだけど、こういうのだって良いんだよなぁ。
料理の美味しさって言うのは値段なんかじゃ決まらないって事か」
シンスケは熱さを我慢しながら次々とたこ焼きを胃の中におさめていく。
マリの方は『味わって食べなさいよ』とでも言わんばかりの視線を向けながらゆっくりと食べていた。
「サイコソーダ、皆飲み終わっちゃったね。また買ってこようか?」
「あ、頼むわ。クラが食べ終わってからで良いけど。マリも飲み物欲しいだろ?」
「私はミックスオレをお願い。唐揚げとたこ焼きを食べた後でサイコソーダを飲んだら胸やけしそう」
少し時間が経った後、ベンチに座ったままの2人を置いて僕は飲み物を売っていた屋台の方へと戻った。
『さぁさぁ、モンスターボールすくいは如何?色々なボールを取り揃えているよ。
ただし、掬うチャンスはたったの1回。その代わり、ハイパーボールやヒールボール、ゴージャスボールもあるからお得だ!
お椀で2個いっぺんに掬う事が出来る人もいたね。とにかく1回たったの500円!お買い得だよ!』
『色違いのコイキング、たったの500円だ!ただし、この島で育てる事は出来ないよ。
購入した御客さんのパソコンに送っておくからね。青、紫、緑、黒、金色と色々な色が揃っているからどんどん買ってって!』
様々な屋台が自慢の商品を売り込んでいる。
この人工島でしか手に入らない特殊なポケモンを求めて島にやってくる観光客の数もこの日は特に多かった。
「サイコソーダ2本、それとミックスオレ1本お願いします」
「有難う、御代は950円ね。ミックスオレの蓋は結構簡単に開いちゃうから気を付けて持たないと危ないわよ」
屋台の飲み物を売っていたおばさんは僕にサイコソーダを渡しながら、隣の屋台の方を見た。
「この島にいて商売してるんだからあまり大きい声じゃ言えないけど、最近は遺伝子操作でポケモンの体色を決められるんだってねぇ。
人間様って感じでやりたい放題してるけど、私は心配だよ。今に罰が当たるんじゃないかってね」
不安そうな顔でそう言うおばさんの声を聞きながら、僕は水槽の中で泳いでいる様々な色のコイキングを眺めていた。
色の種類も豊富で、ペンキで塗った様な『偽物っぽさ』は感じられない。だからこそ僕はおばさんの言う通り不安になった。
僕達がしている事は本当に正しい事なんだろうか。自然の理に背く冒涜的な行為なのでは……
でも、僕達は日々ポケモンを食べている。今更後戻りが出来るハズも無い。進み続けるだけだと心の中で開き直った。
ベンチに戻ってきた時、マリが綿菓子を食べていたので僕は驚いた。
「マリがどうしても食べたいって言うからさ。クラに何時も頼ってないで自分で買ってきたら?って言ったんだよ。
本当に食べたいんだったら自分が買いに行くべきだって。そう言ったらちゃんと並んで買ってきたんだ」
「苦痛だったわ。私、並ぶの超苦手だから。カズヤがいたら絶対に買ってきてもらってたけど」
不満そうな表情を浮かべながら綿菓子を食べているマリに、僕は買ってきたミックスオレを渡した。
「でも、僕が何時までもマリの側にいれるかどうかは解らないよ。
自分の足で歩いていかなきゃいけない時はいずれ必ず訪れるんだ。それまでに克服しなきゃ」
「……解ってるわよ。でも苦手なのは治らない。苛々しながら並ぶのは健康に悪いわ」
ジューシーで奥深い味わいを持つ唐揚げ、奇跡的な軽さを甘さを持つ綿菓子。オクタンが最高のアクセントになっているたこ焼き。
確かに食べれば美味しい。でも、自分で買って食べればもっと美味しいかもしれないと僕は思っている。
お金持ちのシンスケとだってきっと別れる時が来るだろう。奢ってもらえるのなんて良くてあと数年だ。
だからこそ、別れる前である『今』を大事にしたい。僕はそう思った。
お金を出すシンスケ、強気な態度でリーダーシップを取るマリ、そして2人の緩衝材となっている僕。
僕達3人は今まで絶妙なバランスを取って上手くやってきた。これからもこの関係が続くかどうかは僕にも解らない。
だからこそ、この関係が出来る限り長く続いてほしいとも思うのだ。
「あ、花火だ」
シンスケの声に反応して顔を上げた僕の目に、光の花が咲き乱れる。
何故僕達は打ち上げ花火を見ると心を奪われるのだろう。その美しさと儚さは見る者を魅了していた。
「綺麗……」
「花火ってさぁ、1発6万円もするんだぜ。札束が綺麗に燃えてるのと同じなんだよ。
でも、札束が燃えてるって気はしないよな。あそこまで綺麗だと金をかける意味があるって思う」
「ちょっと!折角人が綺麗な花火を見て感動してるのにお金の話題なんか出さないでよ」
「シンスケらしいや。はは……でも良いと思うよ。どう思うのかは人それぞれだもの」
多様性が豊かさを生む。僕はそう思っている。花火を見て感動する人はいるだろうし、シンスケみたいに金勘定をする人もいるだろう。
1つの意見を全て否定する事は出来ない。その意見は人生の一部分だ。
勿論僕達はまだ小学生だけれど、それでも何年かの人生の積み重ねが感覚の違いを生んで、思いを変えている。
「でも、どんなに飽きる程見たとしても、花火を見た瞬間に感じるものは深いんだよね。
それはとても不思議な事だと僕は思う。きっと心を強く揺さぶる何かがあるんだよ。それが何なのかは解らないけど」
「私達は見て、綺麗だなって思えばそれで良いのよ。余計な言葉は要らない」
何発も打ち上がる色とりどりの花火は、先程見たコイキング達を思い出させた。
僕達は、人間はきっと多様性を求めているんだ。どんなものに対しても。ポケモンを食べ始めたのもきっとそのせいなんだ。
花火を見ながら、何故か僕はそんな事を考えていた。