金曜日 海鮮ポケモンの握り寿司と刺身の盛り合わせ
私は、物心ついた時からポケモンが嫌いだった。
大手建設会社の社長の息子として生まれ、社長の椅子を約束された人生。
父親は何時も事あるごとにこう言っていた。
『ヘイスケ。お前は選ばれた人間なんだ。一番になりなさい。
ポケモンには図抜けた怪力や優れた知能があるが、それでも『地球の支配者』は我々だ。
ポケモンを使ってのし上がり、誰もが羨む地位と名誉を手に入れるんだ』
そう、ポケモンは我々の下にいる。私にとってポケモンは奴隷であり労働力だった。
カイリキー等の格闘ポケモンをこき使った。24時間労働をさせても彼等は不平不満を言わずに働く。
仕事が満足に出来ない程疲れた奴はポケモンセンターで回復させてすぐに仕事に戻した。
ブラック企業と罵られようと利益さえ出れば私にとってそれ以上素晴らしい事は無い。
嫌いなポケモンでも私の役には立ってくれる。ヒルゼン建設は父親が指揮を取っていた時よりその勢力を拡大させていった。
『一大プロジェクトとなる『動く島』の建設を、君の所で是非頼みたい』
世界にもその悪名を轟かせる様になったヒルゼン建設に、1人の男が訪ねてきた。
男の名はリゾット。『ポケモンを食べる事で食糧危機を乗り越えよう』と言う信念のもと、島の形をした巨大な船を作ってほしいと言ってきたのだ。
私は造船会社の社長では無いので『下の部分』の建設は無理だが、『上の部分』である島の建造物は全て任せてくれと承諾した。
勿論、本当はこのプロジェクトを独り占めして建設会社としての利益を独占したかったのだがノウハウが無いのだから仕方が無い。
私はその筋の者達とも協力して作業を進め、この降ってきた巨大利権を大いに食い尽くしたのだった。
「ハッハッハッハ!ポケモン万歳だ!」
イートアイランドが完成してから数ヶ月経ったある日の夜。
私は愛人のミツコと共に個人的な祝賀会を催す為、イートアイランドの中にある日本の料亭『海鮮料理店 さくら』を訪れていた。
超大口の受注。私はリゾットの要望に全て応え、目の玉が飛び出る程の金を手に入れた。
今や私に恐れるものなど何も無い。金、女、贅沢な別荘。ポケモンを使って私は遂に大成功を収めたのだ。
「ミツコ、詳しい金額は言えんがな……今回得た利益は億なんてレベルじゃ無いぞ。
何せ10万人以上が居住出来る島の建造物を全て我々が作るんだ。一生安泰どころか私の孫の代まで左団扇で暮らせる」
「最高じゃない。私、お金を持ってる人が好きよ。お金が好きだから、貴方が好きなの」
私は還暦が近付いていたが、愛人のミツコは今年で20歳になる。
その圧倒的なまでの美貌とスタイル。さらに超難関高校を主席クラスの成績で卒業した程の才女だ。
美しさと知性を兼ね備えた女こそ私の側女に相応しい。燃える様な紅蓮のドレスがよく似合っていた。
「私が何故この仕事を受けたのか。金の事もあるが、リゾットの主張に感銘を受けたからだ。
私はポケモンを嫌悪している。我々に捕らえられて働く分際で、人間よりも優れた能力を持っていると学者が吹聴するのも嫌なものだ。
奴隷の様にただ働かせているだけでは我々がポケモンより優位な存在である事をアピールする事が出来ない。
そんな時、『ポケモンを食べる』と言う新たな選択肢が現れた。私は目から鱗が落ちる様な感覚を味わったよ。
そうだ、ポケモンを食べれば、人間がより優れた存在でありポケモンよりも上の位置にいる事を堂々と宣言出来るではないか。
奴等は人の役に立つ。それだけだ。愛玩の為のペットとか人間のパートナーとか、考えただけで寒気がする。
人間の意識を根底から変えるチャンスだ。ポケモンを『単なる人類の為の食材』と定義付ける為にもな」
艶のある美しい黒髪を私の肩に近付け、ミツコは私に抱き付く様にしなだれかかる。
「仕事を請けた動機なんて何でもいいのよ。貴方は金持ち。私はその愛人。私は金をくれる人に誠心誠意尽くしてあげるの。
難しく捉えなくても良いじゃない。普段から忙しく働いてるんだから、今日と言う日はただ食べる事を楽しみましょう」
上目遣いで私を見つめてくる彼女は宝石の様に美しかった。
彼女は私の愛人と言うだけでは無く、私の経営に時折アドバイスをくれるちょっとしたビジネスパートナーでもある。
彼女の判断が私の会社の躍進に繋がった事もあった。私にとって、彼女は無くてはならない存在となっていたのだ。
「まぁ……そうだな。自慢話をしている場合でも無いか。今は食事を楽しむとしよう」
元々机の上にはまだ冷たい日本酒しか届いていなかったが、店員が木で出来たタライに入った料理を持ってきた。
「お待たせ致しました。こちらは刺身の盛り合わせになります」
タライの中には身が透けている刺身や、純白と言う言葉で形容するのが相応しい刺身、肉と呼んだ方が良さそうな赤黒い色をした刺身が並んでいる。
「内容は?」
「はい。アズマオウ、コイキング、ハリーセン、ホエルオーの刺身となっております。
特にホエルオーの刺身は癖がありますので、生姜醤油を使用してくださいませ。
ハリーセンに関しては上質な部位を使用しているので癖が無く、ポン酢や岩塩でも美味しく召し上がって頂けます」
「ああ。寿司の方も早くしてくれよ」
「承知致しております」
横柄な態度で相手に話しかけるのは、相手に舐められない様にする為だ。
常に相手を下に見て自分が上の立場にいる事を理解させなければ、相手はつけあがる。
とにかく、自分には権威と力があるのだと言う事を伝える事が大事だった。
「凄い量ね。彩りもあって、タライの中がとても華やかだわ」
見た目の美しさに見惚れているミツコに箸を持たせると、私は何から先に食べようかと思案した。
(何しろこの刺身の盛り合わせと寿司だけで軽く1万円は超えているんだ。
女が言う所の『頑張った自分への御褒美』と言う奴だが……それはともかく、それだけの金を払っているのに楽しめなかったら勿体無い。
まず、優先順位としてはハリーセンだ。その後に白身、最後に魚と言うより肉に近い赤身を食べるとしよう)
ハリーセンはフグの様に毒がある事で知られているが、毒の無い部位を食べれば中毒死する心配は無い。
この店では高級食材として売られており、さっぱりとした味わいの為どんな調味料でも合うのだ。
「これってどうやって食べるの?」
ミツコが黒い漆が塗られている高級箸を片手に、臨戦態勢に移っている。
「まずは岩塩からいこう。それで味が薄いと思ったらポン酢を試してみればいい」
私は透明な刺身を箸でつまみ、小皿の上に乗せた後、粉状になっている岩塩の入った瓶を逆さにして中身を振りかけた。
適度に塩をかけた後刺身を口の中に運ぶと、適度な歯応えとほのかに滲み出る旨味が広がる。
「素晴らしいな。声高に主張しないが味はしっかりしている。
人に凝視される事はまず無いが実は一番大事な土台である大黒柱の様な趣があるじゃないか」
それはかつお節や昆布の様な『だしの味』が岩塩と調和した味だった。
ポン酢の場合あまりにも酢の酸味が強過ぎてだしの味を消してしまう。
私はミツコに岩塩で食べる事を薦め、彼女はその方が正解だと言った。
「でも、折角あるんだからポン酢も試してみたいわね」
ミツコは小皿にポン酢を数滴垂らし、透明な刺身に少量つけると口に運ぶ。
「あら?普通のポン酢と違うわ。とてもまろやかで、酸味が少ないじゃない」
驚く彼女の顔に反応した私は、それならばと小皿にポン酢を垂らして同じ様に食べてみた。
うむ。刺身から出るだしの味を阻害していないどころか、なかなかどうして美味いじゃないか。
そう思いながらポン酢のラベルを眺めてみると、そこには『ホウエン地方で採れたオレンの実を品種改良し人間の口に合う様にした新ポン酢』と書かれている。
「木の実を料理用の調味料に利用するとは面白い事を考えるもんだな」
「じゃあ次はコイキングやアズマオウの刺身かしら?」
ミツコはそう言うと楽しみで仕方ないと言う表情を浮かべながら箸で刺身をつまむ。
見た目が薄くて透けているハリーセンの刺身とは違い、コイキングとアズマオウの刺身は乳白色がハッキリ出ていた。
うっすらと赤い皮が付着しているのがコイキングの刺身らしい。
ミツコは先程のポン酢が気に入ったらしく引き続き使っていたが、私は王道の醤油で攻めるべき時だと思った。
最終的にホエルオーの『生姜醤油』に移行するにあたり、醤油のクオリティを事前に確かめておく必要がある。
醤油も貧乏人の様にまんべんなく浸すのでは無く、数滴垂らして刺身本来の味を潰さない様にして食べるべきなのだ。
「ハリーセンの方は醤油が無粋に感じる程だしの味が出てきたが、こちらは寧ろ使った方が美味く感じる」
あっさりしているからこそ、醤油との相性が抜群になる。コイキングは普通の白身だったが、アズマオウは若干癖のある味だと思った。
「アズマオウの方、ちょっとしょっぱいわね。何も付けない方が却って美味しいわ」
岩塩もポン酢も醤油も付ける必要が無い。岩塩とはまた違う、海のミネラルを彷彿とさせるほろ苦い塩味だ。
「海水にずっといる魚ポケモンだからな。
川に生息している事もあるコイキングと違って、海水を身が吸ってしまっているのかもしれん」
「あるいは海水に身を付ける様な調理法をしたか……そのどちらかでしょうね」
魚の臭みを消す為に濃い味を付けるのは珍しい事では無い。
最後に残ったホエルオーの刺身も、その独特の臭みを誤魔化す為に生姜醤油につけて食べる。
「鯨の味は魚より肉に近い。生で食べる場合その臭みはより強くなる。
だが、味は最高だ。食感も良い。生姜醤油で匂いを誤魔化して食べてしまえば何の問題も無いぞ」
少々見た目にはグロテスクな赤黒い切り身を生姜醤油に浸す。
誤魔化しの為につける調味料の場合は開き直って貧乏人の様につけまくれば良い。
全ては美味しく食べる為だ。ミツコにもそうする様に言った後、獣の如くかぶりついた。
「おお。粗野な食べ方が様になるワイルドな味だ。さっきまでの刺身が上品な嗜みなら、このホエルオーは原始的な生きる為の食事と言うべきか。
僅かに付着している血も味に深みを与えている。実に豪快な気分になるな」
「昔の人がもしポケモンを食べていたとしても、臭みのせいでホエルオーを食べる事は無かったでしょう。
私達は文明が進歩したからこそ食べる事が出来る。野蛮な味と聡明な知恵が融合した食べ物……と言うべきかもしれないわ」
上品な味に対して下品の極みとも呼べる味。だがそれはどちらもひたすらに美味い。
命を直接口に入れている事が伝わる様な、野生の味を私とミツコは存分に堪能したのだった。
「お待たせ致しました。こちらは寿司のセットでございます。
筋力のある肉質を持つテッポウオ、深海特有の旨味を持つハンテールとランターン、そして目玉となりますオーダイルの握り寿司をお楽しみください」
ホエルオーの刺身を食べ終わった所で、店員が4種の握り寿司が4貫ずつ入ったタライを持ってきた。
刺身が入っていたタライを即座に片付けると、新しいタライをテーブルの上に置く。
「オーダイルの握り寿司?オーダイルは魚じゃないだろう」
「確かにオーダイルは鰐肉でございます。完全な生肉の状態で御客様に提供する事は出来ません。
その為、この寿司は超高温の蒸気を数秒間当てていますので御心配無く」
「ほう……生の状態で無いと言うのなら面白い。味付けは何でも良いのか?」
「全て当店自慢の醤油で美味しく召し上がる事が出来ますが、オーダイルの寿司の場合ですと岩塩を使用する事でまた違った旨味を体感する事が出来るでしょう」
私は不遜な態度を取りつつも、店員から情報を集める事を怠りはしなかった。
食事の際に食べ方を少し間違えただけでぶち壊しになってしまう事がよくある。
確認を済ませ、店員が去った後ミツコは箸を手に取り笑顔を見せていた。
「今度はどれから食べようかしら。迷っちゃうわ」
「まぁまぁ落ち着け。オーダイルはあそこまで店員が自信を持っているのだから後回しにするとして、まずはテッポウオからだろうな」
テッポウオは白身の魚だが、先程の刺身とは違い僅かに炙られている。
表面は炙られ下層に生の部分が残っていると言う特殊な状態がどうにも気になったのだ。
それにホエルオーを食べた後口中に残った肉っぽさを一度リセットしたいと言う欲求が自分の中で強くなっている。
「よし」
私は小皿に醤油を垂らし、シャリの下部分にのみ醤油をつけて口に運んだ。
「お!これは口直しに丁度良い。炙られておりさらに身に脂が乗っているがそれが全くしつこくないぞ」
相撲取りの様な脂肪の塊の脂と言うよりは、引き締まったアスリートの脂と表現するのが適当だろうか。
脂ぎった魚を食べると胃もたれを感じるものだが、このテッポウオの寿司にはその感覚が皆無だった。
「脂があるのに、後味がさっぱりしていて美味しいわね」
舌鼓を打ちながらテッポウオの握り寿司を1貫ずつ食べ終えた後、ハンテールとランターンの寿司に手を伸ばす。
桜色の身がシャリの上に乗っているのがランターンで、テッポウオと同じ様に炙られた白身がハンテールの寿司だ。
ランターンもハンテールも深海に生息している魚の為、脂が乗っている。
ランターンは上質な大トロを彷彿とさせる柔らかさがあり、その繊細さは口の中で溶ける程だった。
「醤油との相性も良いじゃないか。ハンテールの方は……おおッ!?」
ランターンの繊細で甘さを含んだ溶ける脂も実に素晴らしいが、暴力的なまでに脂ぎったハンテールの破壊力は凄まじい。
一見白身に見えるが脂の塊と言われる『アブラボウズ』と言う深海魚がいる。
その美味しさに嘘偽りは無いが、あまりの脂の量から『数貫で腹をくだす』と言われる程身体には悪影響を与えてしまうのだ。
「笑ってしまう位美味いな。アブラボウズを軽々と越えていくレベルの高さだ」
「脂の質が全然違うから、食べ比べが出来るのも嬉しいわ」
我々がよく知っている魚の上を行く存在。魚ポケモンの実力を私は思い知らされた。
ポケモンが嫌いな私でも『参った』と言ってしまうのではないかと感じる。ただひたすらに寿司が美味かった。
引き締まった脂、上質な脂、暴力的な脂。
寿司の醍醐味である脂を味わった我々は、オーダイルの握り寿司に挑戦してみる事にした。
「いやしかし鰐とはな……全く経験が無いからどうとも言えんが」
薄桃色の身がシャリの上で己を強く主張している。先程のハンテールの寿司とは違い炙られている様子は無い。
「高温の蒸気を使っているらしいから生肉では無いんでしょうけど……」
ミツコも私も少々委縮している。今までの寿司はある程度味が予測出来た。
ポケモンも生物である以上、数段レベルは高いが味自体は似ている。
食べた事の無い『鰐』と言うジャンルに私は足を踏み入れようとしているのだ。
「とにかく食べてみよう」
私は意を決して箸で寿司をつまむと、醤油が垂らしてある小皿の上に乗せた後口の中に運ぶ。
その瞬間、舌の上で溶ける上質な脂とボリュームを感じる暴力的な脂が同時に襲い掛かってきた。
「おお、凄い!脂が主張してくるがそれでいて後味は悪くない。
味は魚と言うより少しだけ鶏肉に近いな。これはもう何に近いと言うより『オーダイル』そのものなんだろう」
この寿司を他の料理と比較したりする事はまず出来ない。私は食べた後それを強く感じた。
この特殊な肉を『何かに似ている』などと形容する事は無理だ。そしてとてつもなく美味かった。
「美味しい!もうこの言葉以外何も要らないわ」
ミツコもこの寿司に感動し、涙を流しそうになっている。この店に彼女を連れてきて良かったと私は心からそう思った。
「ハンテールやランターンの様な深海に棲むポケモンも、強靭な鱗を持つオーダイルも、調理が非常に難しいんです。
育てるのは楽でも、実際に包丁で捌くのは料理人ですから、余程の腕が無いと寿司を提供する事が出来ません。
それ相応の御代は頂いておりますが、満足して頂けたものと確信しております」
私とミツコが寿司を全部食べたのを確認した店員は我々に近付きそう言った。
「職人の技を見せてもらったよ。オーダイルの寿司はまだあるのかね?」
若干私の言葉遣いも丁寧になっている。それは勿論、素晴らしい料理を提供した職人に対する尊敬の念があったからだ。
「ええ、調理が難しいだけでオーダイル自体は用意しております。宜しければ存分にお楽しみくださいませ」
店員の言葉に甘える形で、オーダイルの握り寿司を追加注文するミツコ。
私も深く頷き、魚とも肉とも異なる魅惑の味を満喫したのだった。
「美食を満喫する事が出来るのは、金を稼ぎ出した者だけだ。
ポケモンで財を成した私が、ポケモン料理を楽しむ。実に素晴らしいと思わんかね」
海鮮料理店から少し離れた場所にあるホテル街の中でも、最高級のホテルのスイートルーム。
金で買ったのは豪華絢爛な内装と2人では勿体無い程に広いベッド、そして煌びやかな夜景だ。
ワイングラスを片手に上等なバスローブを着た私は、心の中で人生の成功に乾杯した。
「金は全てを与えてくれる。絶世の美女も、自家用機もクルーザーも、全てが私の所有物となるのだ。
私の部下が血の汗を流しながら働いた分、私が潤う。ポケモンからも人間からも搾り取れるだけ搾り取ってやるさ」
邪悪な笑みを浮かべながら私は豪華なドレスを脱ぎ捨て黒を基調とした下着姿になったミツコの方を見る。
贅沢も快楽も皆私の思うまま。望んで手に入れられないもの等この世に存在しない。
「そのお金で私と貴方が人生を謳歌する事が出来るのなら、とても素敵な事ね」
私は最近になって、生命力の漲りを強く感じていた。ポケモン料理を食べてからというもの、疲れを感じにくくなってきている。
ビジネスに邁進出来るのは非常に有難い事だった。仕事もプライベートも充実し、満ち足りている。
「そうだとも。喜びを感じるだろう?私についてこい。
どんな服でも買ってやるし、どんな料理でも食べさせてやる。勿論対価はそれなりに払ってもらうがな」
「解っているわ。それが解らない程私だって馬鹿な女じゃ無いわよ」
ベッドに向かう彼女を追いかけながら、私はこの後の『お楽しみ』を考え舌なめずりをした。
夢の中で、私はあのオーダイルの寿司の味を堪能していた。
上質なネタとシャリが皿の上で見事に調和し、最高の美食を提供している。
夢中で皿の上に置かれた寿司を貪っていると、轟音が鳴り響き目が覚めた。
「な、なんだ!?今の音は」
恐怖を感じて汗が滴り落ちる。彼女が起きていないと言う事は夢の中で聞いた音だったのだろう。
彼女は僅かに笑みを浮かべながら眠りについている。私と同じ様に寿司を食べる夢でも見ているのだろうか。
無邪気な彼女の寝顔を見ていると、急に不安を感じ、発作的に彼女を抱き締めたくなったがギリギリの所で思い留まった。
彼女を起こしてはいけない。露骨に機嫌が悪くなる。
そんな事を考えながら、私は胸中に浮かんだこの言い知れぬ不安を己の中にしまい込むしか無かった。
あの雷の様な轟音は、何を告げていたのだろう?私はふと、そう思った。