序章・神の配剤
ポケモントレーナーが鎬を削る時代は続き、レッドがカントーのチャンピオンになった年から数えておよそ200年が経過した。
全てがオートメーション化した時代。車は自動運転、歩道は全て動く歩道となり、ロボットが次々と高層ビルを建設していく。
ポケモンバトル自体は無くならなかったがバトルやコンテストだけに熱狂していた人々の趣味や嗜好は多様化し、それによって娯楽も多様化の一途を辿った。
ポケモンとの関わり方が変化していく中で、新しい娯楽を提供しようとする者が現れる。
それは、食文化にポケモンそのものを取り入れようと言う試みだった。
『会場にお集まりの皆様。今日は私の作り上げた『イートアイランド』の完成発表会に参加して頂き、誠に有難うございます』
イッシュ地方、ライモンシティに経つ高層ビルの中にある広大なホールで、大きな催しが行われていた。
招かれたのは財界の有名人、料理の世界で最高の称号を持つシェフ、ブリーダーのプロ等多岐に渡る。
その中でも一番多く集められたのが報道陣だった。記者に囲まれた男は彼等からの質問に答える。
「リゾットさん、今回世界で初めて『ポケモンを食料とする特区』を作ると言う御話を既に伺っていますが、具体的には何処に特区を作る予定なのでしょうか?」
『本当は何処かの陸地に作りたかったのですが、今回は海上に作りました。さらに移動するというおまけ付きです』
壇上に立ち、記者からの質問に答えている男は、背が高くかなり痩せていた。
ボサボサの黒髪、黄色いサングラス、口髭と顎鬚を生やし、紺色のスーツと赤紫色のネクタイとかなり胡散臭い人物に見える。
そんな風貌の男は有名な資産家の息子で、今回のプロジェクトは父親の代から始まっていたものだった。
『縮小版の模型を持って参りました。どうぞ御覧ください』
若い女性が押してきた台車の上に被さっていた布を男が取ると、報道陣から驚きの声があがる。
ガラスケースの中に収められていた模型は海面から上は巨大な島、そして海面から下は『鋼鉄の船』となっていたのだ。
『私の父が作り始め、30年と言う長い月日をかけてやっと完成した傑作です。
この物体を『島』とするならば、直径100kmの円の上に作られた人口の島になっています。
島全体を覆う特殊なガラスのおかげで気温や湿度は一定に保たれ、食用のポケモンの育成に適した環境を作る事に成功しました。
既に店や宿泊施設、飼育用の建物は建設されており、外から10万人の客を呼ぶ準備が整っています』
透明なガラスのドームに包まれた『島』の部分から、リゾットは『船』の部分に指を差す位置を変える。
『一方、『船』の方に関しても手抜かりはありません。鋼鉄で出来た船体は嵐が来ても平気な様に作られています。
さらにこの船の部分は『地下貯蔵庫』ともなっており、地上である島に食料をどんどん搬入する事が出来るのです』
楕円形の下部分のみの様な形をしている船体は、確かに大量の荷物を置いておける様に見えた。
『この特区はこの壮大なプロジェクトの皮切りに過ぎません。
世界の何処にでも出向き、ポケモン料理の素晴らしさをほうぼうに宣伝すると同時に、食材自体の安全性、味、利便性も理解して頂けると信じております。
そしてゆくゆくは世界にポケモン料理を広げ、ポケモンが一般の人々にも食べられる様になる時代を作る。
計画の最終目標はそこにあり、イートアイランドはその目標の為の布石になるのです』
リゾットは父親以上に弁論に長け、民衆を熱くさせる力を持っていた。
並の政治家以上に熱を持った言葉に人々が魅了される中、報道陣から質問が飛ぶ。
「リゾットさん、今回のプロジェクトに関しては『ポケモン大好きクラブ』の会長であるベルヌーイさんからかなり反対されたと聞いていますが」
「多くのポケモン愛護団体からも非難されていると言う噂もありますが、それについてはどうお考えなのでしょうか?」
マスコミは賛成意見より先に反対意見を取り上げる。その方が面白くなる事を彼等は熟知しているのだ。
『勿論、ポケモンを愛する全ての方々に御賛同して頂けないのは厳然たる事実です。
では、私は逆に皆さんに質問したい。何故、ポケモンを食料にする事はタブーだとされているのでしょうか?』
リゾットの問いに返答する者はいなかった。リゾットは己の主張を続ける。
『それは『道義的にいけないから』という、何とも曖昧な理由です。
ポケモンは人間のパートナーだからとか、愛玩生物を食べるなんてとんでもないとか、そんな主張ばかりなのです。
皆さん、思い出してください。人間がポケモンにしてきた事を。昔、ラプラスは背中の殻が加工が容易で丈夫な製品の材料になると言う理由で乱獲されました。
スターミーは中央のコアが美しい宝石になるからと言う理由で乱獲。マンムーは牙が高級品になると言う理由で乱獲されています。
そして今、私が名前を挙げたポケモン達は一度絶滅しています。卓越したクローン技術によって再生には成功しましたが、野生の彼等はこの世から姿を消したのです』
リゾットは拳を握り締め、そして天井に向かって高く振り上げた。
『それなのに!そんな動きを愛護団体やポケモン大好きクラブが見過ごしてきたと言うのに!何故食べる事のみが違法になるのですか!
明らかにおかしい。それは人間が勝手に決めたルールで、さらに言えば法に触れるものでは無いのです!
皆さんも知っての通り、ダイトーア戦争以降世界から戦争は姿を消し、世界は平和を存分に堪能しています。
平和であると言うのは実に素晴らしい事です。ですが世界は別の大きな問題に直面しています。
その問題とは何か。世界の総人口の増加と、飢餓に苦しむ国の急増です!』
リゾットは熱にうかされた様に喋り続けていたが、周りの人間は圧倒され、周囲は静まり返っていた。
『今や世界の総人口は120億人を突破し、数十年後には150億人を突破するのではないかと言われています。
高度な医療技術が確立された事により平均寿命はどんどん上昇し、90歳を超える人も現代では珍しくありません。
人が死なない事によって我々人類の数は増えています。人口爆発と言っても良い程です。
その増え過ぎたと言ってもいい人々に食べさせるだけの『普通の食料』が、我々にはとても用意する事が出来ないのです!』
マイクを握りながら力説する男の主張は、集まった取材陣を納得させるだけの説得力に満ち溢れていた。
『では、もう1度ポケモンに注目してみる事にしましょう。ポケモンは育てるのが実に簡単で、卵から増やすのも容易です。
我々が育てなくとも勝手に育つ逞しさとその驚異的な生命力、寿命の長さ!まさに食料としてうってつけではありませんか。
そういった愛護団体には目をつぶってもらいましょう。今はそんな美辞麗句を述べ立てている場合では無いのです。
そもそも、動物愛護団体がいても動物は結局食べられています。それしか我々人類が生きていく手段が無いからです!
人類存亡の時に、可哀想だからとポケモンを食べないと言うのは理屈から外れた行為に他なりません!!』
リゾットの主張に対して、報道関係者の者達から自然と拍手が起こり、最終的には割れんばかりの拍手の嵐と化した。
『生きていかなければならないのです!人類は、今まで己の欲望を満たす為に生きてきました。
良い服が着たい。良い部屋に住みたい。良い人と結婚したい。そして『良いものを食べたい』……
その美食の終着点こそがポケモンなのであり、我々が今後欲望の糧としていくものだと私は断言致します!
ポケモンを食べて、この人口爆発と言う未曽有の危機を乗り越えていこうではありませんか!!』
歓声が起こり、多くの者が一斉にフラッシュを焚く。リゾット自身では無く、模型にも多くの光が当たっていた。
リゾットが壇上から降り、報道陣からカメラを向けられつつも会場を後にする。
その報道陣のいる場所から少し離れた所に、白髭を生やした老人が立っていた。
濃い灰色の燕尾服とシルクハット。丈夫な杖を片手に持ち、葉巻を口に咥えている。
「このままではいかん」
老人はそう呟いた後、笑顔を浮かべているリゾットの背中を睨む様に見つめ続けていた。