第1章 8話 『決戦!ゲンタVSユキナリ』
その後、ゲンタを崇拝しているトレーナーが数人手合わせにやってきたが、ユキナリはことごとく彼等に勝っていった。
オチとの戦いで何かが目覚めたのだろうか。ユウスケもユキナリの強さに目を見張る程だったのだから……
「ユキナリ君、随分バトルに慣れてきたんじゃない?ちょっと寂しいな、僕はユキナリ君より長くポケモンと付き合ってきたのに負けちゃったりして……」
「そんな事無いよ……たまたま運が良かっただけだって。明日、僕はゲンタ君に挑戦する……
ノーマルポケモンはどんなポケモンとも対等に戦える実力派。オチさんとの戦いが活かせるかどうか……」
ユキナリは自信が無かった。オチとほぼ互角の勝負を繰り広げていたゲンタ。オチが運を掴まなければ勝てなかった相手であったゲンタ……
そんな少年に勝てるのだろうか?ジムバッチを手にする事が出来るのであろうか……不安は心の中でどんどん大きくなっていった。
その夜、ユキナリはすぐに寝た。ユウスケもゲンタに明日、挑戦する決意を固めたらしい。
それは、ユキナリにとっても嬉しい報告だった……
翌日、ユキナリとユウスケはジムの前に置いてあった自分達の自転車を邪魔にならない様どかすと、白い廊下を通り、ジムのバトルフィールドへと赴いた。
バトルフィールドでは、ゲンタが2人を待っていた。
「昨日は結構はりきってたみたいだね。オイラの戦い方を真似てるトレーナー仲間を全員倒したって聞いてるよ……
どうやら、もうアンタはオイラに立ち向かえる実力を手に入れてるみたいだ」
「精一杯、やらせてもらいます!」
ユキナリはゲンタに頭を下げた。
「いよいよだねユキナリ君。僕、昨日は緊張して寝るのが遅くなっちゃったよ……でも、ユキナリ君に追いつきたいんだ!」
「もう1回ルールを説明するよ。ウチのジムバトルの場合、使用ポケモンは3体。ポケモンが全員倒れたトレーナーが敗者となる。別に何ら問題無いよね?」
「はい、問題はありません」
「それじゃあ……」
ゲンタはサークルボールを取り出し、ニヤリと笑った。
「存分に楽しませてもらうよ!」
「ユウスケ、悪いんだけど……」
「ん?」
ジムバトルの行方を見守ろうとしたユウスケに、ユキナリはばつが悪そうに言葉をかけた。
「外に出ててくれないかな。僕とゲンタのバトルが終わるまで。……これは、オチさん同様2人の戦いなんだ。
それに、今度はユウスケ……君もジムバトルに挑戦するから、この戦いは見ない方がいい」
ハッキリと、真剣な眼差しでそう言われるユウスケ。
「……そ、そうだよね。僕、ユキナリ君とオチさんの試合と違って……ゲンタ君にも挑戦するんだもんね……」
そう言うと、ユウスケはバトルフィールドから出て行った。扉が閉まり、ゲンタは改めて鍵をかける。
「勝負に集中したいんだよね。オイラも丁度同じ事を言おうとしてたんだ……
ユキナリは今回がジムリーダー初挑戦。緊張するのも解るけど、もうちょっとリラックスしようよ。かたっくるしい戦いは嫌いなんだ」
「ゲンタ君と戦えるの……今凄く嬉しいんだ。胸の鼓動が何時もより早く感じる……恐怖と希望。
その2つがグルグルと渦を巻いて僕に襲い掛かってくるみたいで……」
「……手加減はしないよ。オイラとの戦いで掴めるものは何でも掴んだ方がいい。勝っても負けても悔いの無い戦いにしてよね」
ゲンタはフィールドにサークルボールを投げた。純白の球は地面に落ち、閃光と共にポケモンが出現する。
ゲンタの動きと同様にユキナリもボールを投げていた。最初に選んだのは……変種ジグザグマだった。
そして、ゲンタが最初に出したポケモンは……
『コラッタ・噛める物には何にでも噛み付いてくる凶暴性の高いポケモン。家屋を倒壊させる事がよくあり、シロアリよりも家主にとっては手強い存在となっている』
真っ赤な目。凄みのある顔。尖った耳。鼠と言うにはあまりにも可愛げが足りないポケモンだ。
「ノーマルの代表格だね。ノーマルのみ。その真髄を極限まで活かすのがオイラ流ってワケ」
ユキナリは最初にノーマルが入っているジグザグマを選んで正解だと思った。これなら、互角の戦い……
いや寧ろ少し有利な展開になるかもしれない。ユキナリは特殊能力を確認した。
『するどいは・攻撃する度に相手のすばやさを下げる。時々相手をひるませる事もある』
(厄介だな……でも、ジグザグマなら攻撃を受けるリスクが少ない。偶然とは言え、ベストな選択だったのかも)
「コラッタとジグザグマのバトルか……のっけから面白い展開だね。でも、ノーマル同士のバトルならオイラの方が数倍も慣れてる!」
相手のコラッタはもう戦いを始める準備万端の様だ。ジグザグマもうなり声をあげ、相手を睨みつけている。激しい睨み合いの応酬だ。
『うーん、面白そうな奴じゃねえか。戦いがいがあるぜ』
『そっちもな。タヌキ風情が俺に勝てると思うなよ!』
ゲンタとユキナリも互いに見つめあった。これが、ユキナリにとって最初の試練となる。
勝てば、ジムバッチをゲット……何としてもこの戦いでゲンタのポケモンを倒しておきたい!
「戦闘開始!!」
コンピューターアナウンスが屋内に響き渡った。
『戦闘開始!』
バトルフィールドに設置されている機械が試合開始を告げると、コラッタとジグザグマは走り出していた。
「どちらも素早さが高いみたいだね。でも、オイラの育てた疾風のコラッタに勝てるかな?」
ユキナリは思い出していた。
コラッタは『相手に攻撃する度に相手の素早さを下げる』のに対して、変種ジグザグマは『相手に直接打撃で攻撃を当てた場合威力が高まる』……互いの特殊能力だ。
(最初にぶつかれば戦いがかなり有利になる……ここは何も考えずに攻撃をさせた方がいい!)
「ジグザグマ、アイスアタックを使うんだ!」
『その言葉を待ってたぜ!そのまま突っ走るのをよお!!』
ジグザグマはニヤリと笑うと猪突に突っ込んだ。コラッタの体のみを見つめ、そこに全力で体当たりしようとする。
コラッタもどうやら攻撃を仕掛けようとしている様だった。
「コラッタ、かみつく攻撃!」
(かみつく……確かあくタイプになった属性技だったっけ)
ユキナリはうろ覚えの知識を思い出した。
「ジグザグマ、方向転換して相打ちを避けろ!」
『俺は中途半端な命令は嫌いだ!』
ジグザグマは命令を無視して突っ走る。
(……もしかしたら、ジグザグマもハスボーと同じ様に記憶が消えていないんじゃ?)
記憶を失っているポケモンは忠実になる。しかし、これは明らかに忠実では無い。
(負ける原因になったら、困るな……)
しかしユキナリはこれも個性だと思って命令を変更した。
「じゃあ、もっと早く走って相手の攻撃を避けるんだ!」
『それならいいぜ!』
ジグザグマはスピードを上げた。
「コラッタ、ジグザグマを逃がすな!」
『俺から逃げられると思うなよ!』
コラッタもさらにスピードを上げてジグザグマに迫る。
(どっちだ、どっちが速い?)
もはやどちらのポケモンも残像の様になっていた。一瞬、止まったかの様に見え、その影は交差している。
「どうやら、コラッタとジグザグマは攻撃を当ててないみたいだね」
ゲンタがそう言った時、コラッタは素早く方向転換した。
「ジグザグマ!背後から攻撃を受けたら一方的なダメージだ!方向を変えないと負けるぞ!!」
『フン、じゃあ止まってやるよ!』
ジグザグマは後ろに振り向くと、そのまま身構えた。
「格好の標的だ、とびかかってかみつけ!」
『うおおおおお!』
コラッタはジャンプしてかみつこうとした。しかし、ジグザグマはスライディングしたのだ。
『!?な、何ィ!?』
前にスライディングされ、コラッタはつんのめって倒れる。完全に無防備になったコラッタめがけてジグザグマは振り向き、そのまま勢い良くアイスアタックを当てた。
『ぐあっ!』
胸を抑えて立ち上がるコラッタ。口の端から血が出ている。
『マスター、不意をつかれたぜ……』
「ジグザグマ、追い討ちをかけろ!」
『任せとけって!』
「コラッタ、迎撃しろ!ひっさつまえばを使うんだ!」
ひっさつまえば……この技は急所に当たりやすい一撃必殺の技。しかし、命中率はかなり低い。
かなりの手傷を負ったコラッタがジグザグマに勝つには、例え可能性が低かろうが当てるしか無いのだ。
『このおっ!』
コラッタは尖った前歯を突き出し、走ってきたジグザグマに噛み付こうとした。しかし、ひょいっとジグザグマはそれを軽々と避けてしまう。
そのまま再びアイスアタックを仕掛けた。
『しまっ……うごおっ!』
今度の攻撃は再起不能になるには充分過ぎる程の威力だった。コラッタはつんのめって倒れる。そして、痙攣していた。
「コラッタ、戻れ!」
サークルボールの回収ボタンを押し、ゲンタはコラッタをボールの中に戻した。一方ジグザグマは今だ無傷である。
(押してる……でも、全然油断は出来ない!)
「初戦は見事だったよ、ユキナリ。でも、オイラの力はまだまだこんなもんじゃないって事、その身に叩き込んでやる!」
ゲンタは別のサークルボールを取り出した。勿論、あくまでもノーマルポケモンにこだわっているのだ。
(オチさん同様、ジムリーダーもこおり属性を全く持っていない……でもそれは間違ってはいないんだよな。
リーグ本部がそれぞれに別のエリアで捕まえたポケモンを支給しているんだから……)
ボールが落ちると、閃光と共に可愛いポケモンが出てきた。
『マスター、今度の戦いはこのヒトとやってるの?』
「ちょっと今ピンチなんだよね。押し返さなきゃ……オタチ、オイラの命令、しっかり聞いてくれよな!」
『OK、大丈夫だって!』
「オタチ……」
ユキナリは早速図鑑と特殊能力をチェックしてみた。
『オタチ・素早い動きで相手を翻弄するポケモン。草叢から木の上に、また草叢に移動したりと、休む間もなく移動を繰り返している。
ポケモンファンの中では、可愛さも相まって女性に人気がある様だ』
『属性・ノーマル・ひこう……しっぽふりふり・相手の命中率がバトル開始の時少し下がる。その効果は相手が瀕死になるまで続く』
(また厄介な特殊能力を持ってるぞ……)
「じゃあ、ユキナリはそのままジグザグマを使うの?別にルールとしては、変更してもいいんだけど」
「いえ、このまま戦います」
ユキナリはジグザグマの熱い闘志を感じたのだ。このまま戦わせれば、きっといい結果が出る……そんな気がしたのだ。
『戦闘開始!』
「オタチ、空中に上がれ!」
戦闘が始まると同時に、ジグザグマの命中率が下がった。大きな痛手だが、相手の特殊能力なのだから仕方が無い。
「ジグザグマ、相手は空中にいるから攻撃は無理だ。相手の攻撃を避けた後アイスアタックをしろ!」
『そうだな。流石の俺も飛んでいる相手には攻撃出来ねえよ。飛び退いてやるとするか!』
相手は空中に浮かんだまま、次の命令を待っている。ジグザグマは相手が動いたらすぐさま飛び退く準備を整えていた。
「オタチ、かっくうを使え!」
『絶対当ててみせるからね!』
オタチは急に物凄い勢いで急接近してきた。地面にぶつかる様な急角度で、地面を抉るかの様にジグザグマがいる方向へと飛んでいく。
「ジグザグマ、避けるんだ!」
しかし、あまりにも速すぎたのか、ジグザグマはその姿をとらえる事すら出来なかった。無様にもそのまま攻撃を受けてしまう。
『グッ!』
まるで振り子の鉄球を頭にくらった様な衝撃だった。あまりの衝撃にジグザグマは一瞬目がくらむ。しかしオタチは追い討ちをせずに、また空へと上がった。
「今度は慎重に攻撃しないとね……」
「さっきの攻撃技は、何なんだ?」
ユキナリは『かっくう』の説明を見てみた。
『かっくう・命中率は100%、しかしダメージは少なめ……相手が怯む確率は極めて高い』
ジグザグマのHPを見てみると、大体1/5が失われた様だった。確かにダメージは少ない……しかし攻撃が出来ないとその少ないダメージさえ命取りになる。
「オタチ、もう1度かっくうを使うんだ!」
「ジグザグマ、なんとか避けてくれ!」
しかし命中率は100%、何処へ逃げてもムダだった。
『畜生、俺の動きに合わせて軌道を変えてきやがる!』
まるで誘導ミサイルに追いかけられている様な感覚だった。右へ行こうが左に行こうが、滑空してくるオタチはそのままジグザグマに向かって突撃してくる。
そして、またもや攻撃が当たった。
「ジグザグマ、せめて攻撃を当ててくれ!」
ひるまなければ、攻撃が出せる。ジグザグマは今度は気を失う事は無かった。しかし無情にもアイスアタックは外れ、再びオタチは空に上がってしまったのだ。
「くそ、命中率が下げられているせいなのか……」
「へへ、オイラのオタチの特殊能力は結構便利なんだよねー。……さて、さっきの屈辱を晴らさせてもらうよ。オタチ、そらをとぶ攻撃!」
オタチは空から勢い良く落ちてきた。しかしかっくう程の速さは無い。
命中率は下がるが、この攻撃が当たると2回もかっくうのダメージを受けたジグザグマが戦闘不能になってしまう。
「ジグザグマ、なんとか避けてくれ!」
ユキナリには命令を出す事しか出来ない。その命令に従えるかは、そのポケモンの技量にかかっているのだ。
『ここで負けてたまるかよ!』
ジグザグマは空からの体当たりをすんでで避け、落ちてきたオタチにアイスアタックをくらわした。
今度は無事に命中したらしい。オタチはヨロヨロと空中に上がった……
「オ、オタチ!背中にジグザグマが乗っているぞ!」
ゲンタは苦い顔をした。飛びつかれては、空中からの攻撃が出来ない。しかも、ここまで距離が縮まっていては、命中率がどうのこうのと悠長に構えていられない。
「いいぞジグザグマ、体当たりするんだ!」
『……飛びついたはいいが、体当たりすると地面に落ちるな。さて、どうしたもんか……』
『うわぁーっ、ちょ、ちょっと!離れてってば!!』
オタチは振り落とそうとするが、ガッチリと掴まれているので無駄なあがきにしかならない。
『体重をかければ落ちるかもな……』
ジグザグマはオタチに向かって全体重をかけてみた。オタチは必死に持ち応えようとする。このまま地面に激突すれば
オタチがジグザグマのクッションとなり、さらに気絶した所を攻撃されて戦闘不能になってしまうからだ。
「ジグザグマ、そのまま落とせ!」
「オタチ、持ちこたえてくれ!ここでオイラが2連敗すると、残り手持ちがカビゴンだけになっちゃう!」
『ホラホラ、どうした?』
『うう……もう、ダメ……』
オタチはもう空中でふんばっていられなかった。急に目の前が真っ暗になり、オタチは勢い良く地面に激突する。
そしてそのオタチの上に立っていたジグザグマは無傷で、そのまま気絶しているオタチに向かって体当たりした。
ユキナリがポケギアで確認すると、オタチのHPはゼロ。戦闘不能確定だった。
「あちゃー、ちょっとふざけすぎたかな……」
ゲンタは苦笑いするとオタチをボールに戻した。
「でも、ここからがオイラの本当の実力。オイラのカビゴンはノーマルタイプの王……
いや、他のタイプの王と呼ばれるポケモンにだって、絶対ひけを取りはしない。このまま逆転だって出来るさ!」
そう言うと、ゲンタはサークルボールを投げた。ジグザグマはまだ戦闘不能になっていないので、そのままバトルフィールドに待機している。
「大丈夫だ。もう出来る限りでいい……後はハスボーかコエンがなんとかしてくれるさ」
『まだだ……俺の実力だって発揮されてねえ……このまま俺が3匹全員を倒してやる……』
しかしうそぶくジグザグマの身体は確実にダメージを受けていた。痛みのせいで動きが緩慢になる。
出てきたカビゴンは、まさにゲンタのトリに相応しい貫禄を持つ巨大なポケモンだった。先程もユキナリはカビゴンを見たが、間近で見るとやはり大きい。
ユキナリの10人分以上はありそうだ。
『ぶよぶよ・直接攻撃のダメージを少なくする。持ち物・食べ残し……ターンごとに自分の体力を少しずつ回復出来る』
「食べ残し……」
「ポケモンに持たせる事の出来る道具はトーホクにも沢山あるよ。もし買える機会があったら、購入しておく事だね。
オイラのカビゴンは常に食べ残しを持たしてるんだよ」
「へえ……持たせる道具か……」
(なんだか、有利になった気がしない……カビゴンが文字通り大きく見える。生半可な戦い方じゃ勝てそうに無いぞ……)
カビゴンはHPが高い。攻撃力もある。そして、ジグザグマは直接攻撃しか使えない……
これでは、ジグザグマはまず負けてしまうだろう。しかし、逃げるワケにはいかない。ユキナリはジグザグマをそのまま続けて戦わせる事にした。
『戦闘開始!』
「いけ、ジグザグマ!アイスアタックだ!」
『おう、とにかく当ててやる!』
苦悶の表情でカビゴンに向かっていくジグザグマ。しかし対するカビゴンは起きようともしない。
『この野郎!』
ムカついたジグザグマはさらにスピードを速める。ゲンタは何も言わず、ただジグザグマの動向を見ていた。
(ゲンタには何か考えがあるんだ……でも、ジグザグマは直接攻撃しか使えない。
何があろうとも、ぶつからなければ効果は無いんだ!)
ジグザグマはカビゴンの腹に向かってアイスアタックをくらわそうとする。その時、初めてゲンタが命令を出した。
「カビゴン、のしかかりを使うんだ!」
のしかかり……ボタッコが使ってきた技だ。ノーマルタイプで、時折相手を麻痺させる事がある。
『ふあ――――あ……』
大きな欠伸をしてのっしと立ち上がると、走ってくるジグザグマに対して包み込む様にのしかかる。
「ジグザグマ、避けろ!」
しかしもう無駄な命令だった。ジグザグマは血気盛んに走っていたのでブレーキをかける事が出来ない。
そのまま勢いを殺され、無様に潰されてしまった。その瞬間、ジグザグマのHPはゼロになったのである。
「いいよ、この調子でガンガン押しまくるんだ!」
ユキナリはジグザグマをボールに戻した。
(やはりカビゴンは簡単に倒せる相手じゃ無い……とにかく特殊攻撃のみを使って、出来るだけダメージを与えなきゃダメだ……)
次に選ぶポケモンはもう決まっていた。カビゴンはまたどたっと倒れ、そのまま身動きしなくなる。
「結構面白いだろ?オイラが命令するまで、カビゴンは全然何をしてくるのか解らないんだ。いっつも寝たきりだからね!」
ユキナリは目をつぶり、ボールを投げた。
(どうか、この一戦で体力を削れます様に!)
閃光と共に現れたのはハスボーだった。ハスボーは目の前の巨大なカビゴンに言葉を失っている。
『あ、あんなのと戦うの?』
「やれるだけでいい。カビゴンには近付かなくていいから」
『わ、解った……』
ハスボーは冷や汗をかいていた。いきなりこんな巨大なポケモンと戦うとは思ってもみなかったからだ。
「じゃあ、早く始めよう。コンピューター!」
拡声器を使った様な機械の声がバトル場に響く。
『戦闘開始!』
「ハスボー、みずげいを使うんだ!」
『は、ハイ!』
ハスボーは遠くからカビゴンにみずげいを使った。ボタッコと違い、カビゴンは攻撃力の高さは上だが素早さは非常に低い。
動きが緩慢なので、相手が離れていると攻撃が出来ないのだ。
『うう……』
カビゴンのHPが減っていく。何回でも続けて出せるので、一方的に攻撃している格好だ。
しかしターンごとに食べ残しで体力を回復している為、ダメージは少なかった。それでもなんとか体力を削り、あと少しまで追い込む。
「よし、そのまま攻撃を続ければ勝てるぞ!」
「甘いよ、ユキナリ……オイラのカビゴンはタフなんだ。ねむるを使え!」
『ふあああ……ZZZ……』
カビゴンが眠ると、ポケギアで表示されているカビゴンのHPがどんどん上がっていく。そして全回復した。
「ま、まさか……」
「普通全回復すると、相手にしばらく攻撃を仕掛けられなくなるんだけど……ここからがカビゴンの本領発揮だよ!」
『ググググ……ゴーゴー……』
「いびきの発動だ!」
カビゴンの口から非常に不快な音がする。それはフィールドの何処にいても聞こえる死の音楽だった。ハスボーは突然苦しみだす。
『み、耳が痛い……』
ポケギアで表示されているハスボーの体力が少しずつ、確実に減っているのだ。
「そ、そんな!」
「早く攻撃しないと、ハスボーが負けちゃうよ?」
「クッ……ハスボー、戦える限りみずげいを使ってくれ!」
『痛い、痛いよ……』
それでもハスボーはなんとかみずげいを使う。ばら撒かれた水はカビゴンに当たる。
寝ている間カビゴンはいびきを使う事が出来るが、ねむるを使う事は出来ない。
しかし食べ残しは常時使える為、特殊攻撃でもダメージが少なくなると言う最悪のコンビネーションが披露されていた。
「そのままいびきで敵を倒すんだ!」
(カビゴンは起きている間攻撃は出来ない……が眠るを使う事が出来る。寝ている間は攻撃は出来るが眠るは使えない。常に食べ残しの効果がある……
くそ、このバランスは完璧じゃないか!)
「オイラの戦術には勝てないかな?ユキナリ……屈指のコンビネーションをじっくりと味わってもらうよ!」
結局、カビゴンのHPの3/4を削った所でハスボーは疲れ果てていた。瀕死が近い。その時、カビゴンの目が覚めた。
「よし、ここで一気に追い込むんだ!」
最後の気力を振り絞り、ハスボーは攻撃を続ける。しかし無情にもゲンタはまた命令を出した。
「カビゴン、眠れ!」
『ふあーあ……』
(やめろ、やめてくれ!)
ユキナリは絶望した。なす術も無くカビゴンは当たり前の様にまたもや体力を全回復し、いびきを使ってきたのだ。
その瞬間、ハスボーは戦闘不能になった。
『む、無理です……こんな戦い……』
ユキナリは悲痛な気持ちでいっぱいになった。
(どうすれば勝てるんだ。どうすれば!)
ハスボーをボールに戻し、しばし考え込むユキナリ。
「どうだい、これで勝負の行方はオイラに傾いてきたんじゃないかな?」
確かに、ユキナリは追い詰められている……最早コエンしか残っていない。そしてカビゴンは磐石の守りを固めている。
(本当に磐石か?何か弱点があるハズだ、崩せる可能性があるハズなんだ!)
ユキナリは答えを探す為に必死に考えていた。
残りポケモンは互いに1匹を残している。ゲンタは不利な状況を強力なポケモンで弾き返し、対する挑戦者、ユキナリはもう後が無い。
紅蓮のボールを握り締め、ユキナリは目を閉じる。コエンが最後の切り札だ。何故かそう感じていた。
(コエンなら、何か抜け道があるハズだ。考えろ。コエンが使える技は鬼火と化かすだ……化かす?
そうか、いちかばちかの作戦しか無い!)
カビゴンはフィールドでコエンが出てくるのを待っている。
「オイラとカビゴンのコンビネーション、崩せるものなら崩してみなよ!今まで、ずっとトーホクの挑戦者はここで挫折してきたんだ。
オチみたいに運で勝ってもいい。とにかく、オイラに勝てばバッチをゲット出来るだろ?」
「……勝てる自信は無いよ。でも、負ける準備はしてない。ここでふんばるしか、先へ進む道は無いから!」
閃光と共に、ボールからコエンが出現する。
『戦闘開始!』
コエンはユキナリの命令を待った。対するカビゴンはダメージは皆無なので眠るを使わず、相手が攻撃するのを待っている。
「コエン、鬼火だ!」
『随分デカイ敵ですね……でも、相手に不足はありませんよ!』
体から青い炎が噴き出し、コエンの身体を覆う。そのままカビゴンにヒットし、体力を削った。
勿論、特殊攻撃なのでカビゴンの能力は通用しない。
『うう……』
カビゴンは体力の半分程を失ってしまった。
「うーん、このままもう1度攻撃されたらヤバイかも……カビゴン、早いけど眠るんだ!」
『ふあ―――い……』
カビゴンは先程と同じ様に眠ろうとした。
「コエン、化かすを使え!」
『ハイ!』
「!ちょ、ちょっと待った、化かすだって?」
その命令にゲンタは慌てた。攻撃力も防御力も相当高いゲンタのカビゴン。しかし回避能力と素早さは普通のポケモンを遥かに下回っている。
つまりどんな攻撃でも間違いなくヒットすると言う事だ。こんらんさせる技でも同様。カビゴンは幻覚を見せ付けられ、技が出にくくなってしまった。
『?……?……』
カビゴンは眠れない。
「混乱か……コレはオイラでも対抗策が思いつかないや」
とにかく、技を出せるか出せないかは運にかかっている。
「コエン、もう1度鬼火だ!」
『あと1回出せば、倒れると思いますよ!』
コエンは2回目の鬼火をカビゴンに向けて放った。しかし当たり所が悪いのか、カビゴンは首の皮一枚残してギリギリ生き残ってしまう。
「特殊攻撃と混乱か……ユキナリ、アンタを見くびりすぎてたよ。でも、オイラは最後まで諦めない!カビゴン、眠るんだ!」
『?……ZZZ……』
「うッ!」
ユキナリは歯噛みした。カビゴンは悠々と体力を全回復してしまう。そして、いびきをかこうとした。
しかし……今度はこんらんの為にいびきが発動しない。
『ZZZ……?……』
「やったぞ!コエン、このスキに鬼火を連発するんだ!」
『ハイ、ユキナリさん!』
コエンは再び鬼火を繰り出した。一方、カビゴンは体が大きい為か、なかなか混乱が抜けてくれない。
「カビゴン、いびきを使ってくれ!」
ゲンタは焦った。いびきを使えずに寝ているのは倒してくださいと叫んでいる様なもの。とにかく何とかして起きなければならない。
『それっ!』
飛んでいく青白い炎はカビゴンの腹部に命中。またもやHPの半分程度を削る。しかしカビゴンはまだ起きれない。
しかもいびきが混乱のせいでまたもや出せない。
「頼む、混乱が収まらなきゃ負けちゃうよ……」
コエンは再び鬼火を出した。鬼火は矢の様にカビゴン目指して飛んでいく。その瞬間、カビゴンの目が覚めた。混乱も止まった……
しかしもはや手遅れだった。鬼火は容赦無くカビゴンを焦がし、カビゴンは仰向けになって倒れる。
ポケギアで確認すると、すでにカビゴンのHPはゼロになっていた。
(勝った……しかもコエンは無傷で……)
「参ったな……オイラ、連続で負けるのなんか久しぶりだよ……ユキナリ、アンタはオイラのジムを制覇した。仕方無い。これ、受け取ってくれよ」
そう言うと、ゲンタは純白の丸いバッチをポケットから取り出した。
「サークルバッチ。これを付けると、アンタが使っているポケモンの攻撃力が少しだけ上がる。それと……」
ゲンタは向こうの扉を指差した。
「あの奥の部屋に渡す技マシンがあるんだ。ついてきなよ」
「技マシン……」
『ユキナリさん、ポケモンは技マシンでも技を覚えられるって言ったでしょ?でも、技マシンは秘伝マシンではありません。
1回きりなので、よく考えて使ってくださいね』
ゲンタは倒れて動かなくなっているカビゴンをボールに戻すと、ユキナリと今回の戦いの鍵となった、コエンを奥の部屋に案内した。
バトルフィールドからさらに奥の部屋に入ると、そこは倉庫の様になっていた。技マシンが大量に置かれている。
「ジム戦勝利者は必ずこの技マシンを受け取れる。だからリーグからこんなに沢山の技マシンを貰い、ここに預けてるんだよ」
『凄い数ですね……』
ゲンタは慣れている様で技マシンの山に足を踏み入れ、数分後には技マシンを背負って戻ってきた。
「リュックみたいなんだね……」
『ポケモンに背負わせてボタンを押すと覚える事が出来るんです。その技を覚えられるかは、ポケモンの属性によって違います』
「で、オイラのジムではこの技マシンを譲与する事がリーグで決まってるんだ。はい、ユキナリこれ!」
ゲンタはユキナリに技マシンを手渡した。
「ギガインパクト……?」
ユキナリは技マシンに書いてある名前を読んだ。
「ノーマルポケモンの最強技、ギガインパクト。殆どの確率でポケモンにヒットし、大ダメージを与える。
でも、出した後1ターンは反動で動けなくなるから、長期戦向きの技では無いって事、覚えておいて」
ゲンタはユキナリの肩を叩いた。勿論、背伸びして。
「でもホント凄い戦いだったよ!オイラ、負ける気はしなかったんだけどな……コエンの戦略。最後で土壇場の大逆転!
……この先のナオカジムでも、きっともっと面白い戦いを繰り広げるんだろうね!クーッ!オイラワクワクしてきたよ!」
「ありがとう……ゲンタ君。僕、やっと一歩を踏み出せた気がする……このバッチが、僕が歩き出した証なんだ」
サークルバッチはユキナリのシャツの横側、腰の近くに付いていた。これが8つ揃った時、リーグへの挑戦権が約束される。
『じゃあ、ユウスケさんを呼びに行きましょうか』
「そうだね、ユウスケもゲンタと戦わなきゃならないんだった……ユウスケも、ゲンタに勝てるかな……」
「ま、オイラはアンタ同様、手加減はしないよ。……そうそう、ちょっとそのポケギア、オイラに貸してくれるかな。ちょっとでいいんだ」
「え?何をするの?」
「ま、いいから。ちょっと貸して」
ユキナリがポケギアを手渡すと、ものの10秒も経たない内にゲンタはポケギアを渡した。
「ジムの電話番号。ノーマルポケモンの事とかで聞きたい事があったら、オイラに連絡して。色々教えられる事は多いと思うよ」
「解った。……僕、ゲンタ君と戦えて本当に良かったと思う」
「オイラも同じ気持ちだよ……ナオカタウンはここから48番道路を通ってすぐの所だ。
オイラとも馴染みがある、ひこう使いのアオイがジムリーダーをやってる。オイラもアイツには梃子摺ったなあ……」
「ひこう使いのアオイ……」
ユキナリは次に戦うだろうジムリーダーの名前を知った。どんなジムリーダーが相手でも、負ける事は許されない。
(先に進みたいんだ!夢に向かって……)
ユキナリはコエンをボールに戻し、ユウスケを呼びに行った。
数時間後……ユキナリは戦いを見れなかったので詳しい事は解らなかったのだが、とにかくユウスケも勝ったらしかった。
ゲンタはまた苦笑いしており、ユウスケの手にはバッチと技マシンが握られていたのだ。
「ユキナリ君、センターに行って技マシンを預けてこよう。それぞれ専用のパソコンを、フタバ博士が用意してくれているハズだから」
「じゃあ……一旦、お別れだね」
「何時か、また戦う時があったとしたら、その時はまた全力でぶつかってくれよ!オイラだって意地があるんだから!」
「うん。勿論だよ!」
2人は自転車を引いてコヤマタウンのポケモンセンターに向かった。その後姿をゲンタが見送る。
「ユキナリも、ユウスケも、強いな……何時か、リーグではあの2人も敵同士だ。そう……2人の前に来た、あの男みたいに」