ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第1章 7話 『オチとの対決』
 ポケモンセンターで一旦互いのポケモンを回復し、2人が施設の前に戻るとそこには彼がいた。
「すまんな、先程の君達の戦い、物陰から鑑賞させてもらっていた……見応えのある戦いだったよ」
「お、オチさん!」
「ユキナリと言うのか……君の名前は。ギリギリの勝利。身を切られる様な勝負の果てに掴む高揚……
 私も君もそれを望んでいるのかもしれない。私と君は、同じ『ポケモントレーナー』なのだからな……」
 オチは先程と同じ服装でユキナリ達を待っていたらしい。
「回復は済んだのだろうな。……ユキナリ、私は君と勝負がしたい。受けてくれないか」
「ええ、そんな……僕はまだ貴方に挑める程の腕はありませんよ!」
「君は立派に友人に勝利した……あの戦いで私は確信している。ここのジムリーダーより、君はもっと輝ける才能があると言う事を。それならば……」
 オチは自分のマントを翻した。
「私は君と戦いたい、私はあの方の為、もっと強くならなければならないからだ!!」

 粉雪は相変わらず降り続いていた。ユキナリは突然申し込まれたポケモンバトルにまだ戸惑っている。
 (そ、そんな……今僕がオチさんと戦っても、負けるのは目に見えてる……)
「君は私の願いを聞いてくれないのか?トレーナーたるもの、他人からの挑戦は受けるが運命!
 私と戦ってくれ、君の可能性を信じているのだ……」
 オチは真剣な表情でユキナリを見据えていた。その言葉に、嘘偽りは微塵も感じられない。
「ユキナリ君、どうするの?」
「……精一杯戦わせてもらいます」
 ユキナリは敗北を覚悟した。敗北する事を予感しながら申し出を受ける事は辛い。しかし、オチを落胆させたくは無かった……
 男なら、前を向いて正々堂々勝負するべきだ!そう、思ったのだ。

 ユウスケは手袋を自分の頬に当て、寒がった。
「ねえ、ジムに戻って勝負した方がいいんじゃない?」
「その必要は無い。我々はここでバトルを行う」
 オチは蛍光色に光るモンスターボールを取り出していた。
「ユウスケ、見守ってて。僕……出来るだけの事はするよ」
「ユキナリ君……」
 ユウスケも解った。ユキナリは負けるのを承知でこのバトルに挑戦しようとしているのを。
「私のポケモンもパワーベルトを装着してある……レベルの高さ低さは、何ら遜色は無いハズだ」
オチはクスリと笑うと、そのまま構えた。
「さあ、存分に君の強さ……確かめさせてもらうぞ!」

 地面に2個のモンスターボールが落ち、そして閃光と共に再びポケモンが2体向かい合っていた。
 ユキナリが先鋒に起用したのはハスボーだ。先程の勇気を買い、出来るだけ粘ってもらえるだろうと敢えて先鋒にしたのだった。
「ハスボー、また戦った事の無いポケモンだ。気合を入れて挑んでくれ!」
『解りました!』
 ハスボーはまだ少し迷い、怯えもある様だが、逃げる気は全く無かった。自分の『弱さ』を克服したい。
 親から離れて、ハスボーは自分の道を見つけた。もう後には戻れない……
 (とにかく、負けたくない。とことん抗って、勝ってみせる!)
『マスター、この者は誰です?』
 ハスボーと対時しているのは、光の輪を頭に付けた天使の様なポケモンだった。純白の羽がオチのマントの色に酷似している。
「勿論、トレーナーだ。私は彼に輝きを見た……彼と戦う必要が出てきたのでね」
『解りました。仰せの通りに従います』
「ひかりタイプのポケモンなのか……?」
 ユキナリはまたポケギアの図鑑をチェックした。
『ホーリー・神聖ポケモン。その昔、大群で現れて暗黒に閉ざされていた世界を光で照らしたと言う伝説が残っている。
 頭の輪から強力な光を放っており、その光は時として人間を襲う程の威力を誇っている』
「特殊能力は?」
『せいなるまもり・どく・まひ・やけど・ねむり・こおり状態にならない。その他の状態異常も一切効果が無い』
「やけどにならない……」
 しかしハスボーならただ攻撃するだけで充分だ。ユキナリは属性と技もチェックした。
『ひかり・ひこう……『プラズマ』『エレキテル』『さばきのひかり』を覚えている』
 (そう言えば、さっき見た『ストーム』もこおり属性が入っていなかったな……もしかしてオチさんはこのエリアの人間じゃ無いのかもしれない……)
「それでは、始めるとするか……」
「戦闘開始!」
 ユウスケの声と共に、一斉にポケモン2匹は動きを見せた。ホーリーは浮き上がり、ハスボーは地面を走る。
「ハスボー、浮いているホーリーに体当たりを当てるのは難しい。さっきのボタッコ戦だって奇跡みたいなものだったんだ。
 みずげいで相手を攻撃した方がいい!」
『はい、やってみます!」
 ハスボーは『みずげい』を始めた。周囲に水が飛び、ホーリーに水が思いっきりかかる。
 しかし、体勢を少し崩しただけで、また何事も無かったかの様にホーリーは浮いたまま相手を睨みつけた。
『マスター、先手を取られるとは……相手を甘く見ていた様です。何なりとご命令を!』
「ホーリー、まずは『プラズマ』で相手をマヒさせるのだ!」
『承知致しました』
 ホーリーは青い光を羽から出し、ハスボーを照らす。ハスボーは全身がビリビリと痺れるのを感じていた。
『体が……痺れてます……』
 ユキナリはハスボーの状態をチェックした。どうやら『プラズマ』は相手をまひさせる為だけに使う技らしい。
「次は『エレキテル』で追い討ちをかけろ!」
 ホーリーはまた羽から黄色い光を出した。ハスボーは懸命に飛び退こうとするが体が言う事を聞いてくれない。
 あっけなく当たってしまい、HPの1/3が減ってしまう。
「ハスボー、ホーリーと距離を取るんだ!」
『で、でも全然動けないんです……』
 ハスボーは涙声で答えた。全身の自由が効かない。体が火の様に熱くなったり、氷の様に冷たくなったりした。
「とどめだ。『さばきのひかり』で終わりにしろ!」
『はあああ……』
 ホーリーの頭の輪が突然激しく輝きだした。どうやら力を溜めているらしい。
 普通ならこの時スキが生じて攻撃をする事が出来るのだが、ハスボーはマヒしていた為、光を溜めているホーリーを見ている事しか出来なかった。
「ハスボー、なんとか動くんだ!前でもいい、横でもいい。とにかく少しでも動けたら……」
 しかしユキナリの思いは木っ端微塵に打ち砕かれた。ホーリーは輪をハスボーの方に向け、クリーム色に光る美麗な光線を放ったのだ。
 ハスボーはなす術も無くその場に倒れこんでしまう。勿論、瀕死状態になってしまっていた……

「そ、そんな……1回も攻撃出来なかったなんて……」
 ユキナリは開いた口が塞がらなかった。オチはホーリーをフィールドに出したまま、静かな瞳で次のポケモンが出てくるのをじっと待っている。
「ユキナリ君、とにかく次のポケモンを出さなきゃ!」
「わ、解ってるよ……」
 ユキナリは紅蓮のモンスターボールを取り出した。中にはユキナリの最も信頼すべき相棒……コエンが入っている。
 (ここで挽回を望むとしたら、コエンしか戦況を逆転出来るポケモンは持っていない!)
 ユキナリは迷う事なくモンスターボールを投げた。地面に落ちたモンスターボールからコエンが出てくる。
『この人は……誰ですか?』
「ポケモントレーナーのオチさんだよ。今戦ってるんだけど、今相当不利な状況に立たされてる。ピンチなんだ……」
『どうやら、最近フタバ博士が発見したひかりタイプのポケモンみたいですね……とにかく、やるしか無いでしょう。命令を出してください!』
「戦闘開始!」
 再び先に動いたのはオチの手持ちポケモン、ホーリーだった。
「ホーリー、先程と同じプラズマで相手を麻痺させろ!」
『承知致しました……』
 羽を広げ、青い光を放つホーリー。しかしコエンは反射的にその光を飛び退いて避けていた。
 ハスボーと違い、まだ近付いていなかったので光を避ける事が出来たのだ。
「コエン、相手の羽から出る光の射程から離れるんだ!」
 ホーリーが羽から出す光線には射程距離がある。そこから離れて戦えば全ての光線を避ける事が可能だ。
 コエンはバトルフィールドの端のラインまで距離を取り、相手の動向を伺った。
 ホーリーはひたすらオチの指示を待っている。
「……そう、確かにホーリーには攻撃の射程距離がある……しかし、近付けば何ら問題は無い。
 ホーリー、射程距離まで一気に迫るんだ!」
『了解致しました』
 ホーリーは羽を広げてさらに上に浮かぶと、そのまま身体を傾け、滑空してコエンに迫ろうとした。
「今だコエン、射程距離まで近付いたホーリーに鬼火を使え!」
『そ、そうか!』
 コエンはハッと気付き、滑空してきたホーリーに鬼火を放った。
 鬼火は油断していたホーリーの急所に当たり、羽を焦がしていく。
『ま、マスター……』
「そのままふんばれ、お前はその程度で倒れるワケが無い!」
 全身を包む青白い炎。そのままホーリーは悲鳴をあげ逃げる事も出来ずに悶え苦しんだ。
 属性的には向こうの方が有利であったのだが、コエンの攻撃力と急所への命中が痛手となる。
 オチは戦いを長引かせるのは不利と考え、ホーリーをボールの中へ戻した。
「……これ以上はホーリーの体が持たない。今意固地をはっていたら、間違いなくホーリーは瀕死となっていた。
……見苦しい戦いは私の本懐では無いからな。この戦いは私の負けだろう」
 オチは下を向いて悔しがった。しかし、ポケモンを思いやっている。ユキナリはやはりオチは尊敬に値する人物だと本気で思った。
「け、形勢が元に戻った……」
 ユウスケは不利な状況を跳ね返したユキナリに驚きを隠せないでいた。ユキナリの様な戦いが出来るかどうか……全く、自信が無かった。
「では、今度は私が次のポケモンを出すとしよう……」
 オチはボールを投げ、次のポケモンをフィールドに出す。姿を現したポケモンは、……目視確認する事が出来なかった。
「えっと……オチさん、相手のポケモンは何処にいるんですか?」
「君のポケギアを見たまえ。図鑑が反応するハズだ……」
 オチに言われるまま、ユキナリは図鑑を見てみる。
『ウミホタ・人間の目には見えない小さな発光体。1つ1つでは見えないが、集団で浜辺に集まる事があり、それを見ると青い光を放っている事が解る』
 ポケモンの映像を確認すると、どうやらウミホタはプランクトンの様な姿をしており、暗闇では青く光るらしかった。
 雪が降っているこの曇り空ではそれは全く確認出来ない。
『オチさん……どうやって見えないポケモンと戦えばいいんですか?』
「心配は無用だ。バトルの項目には『レーダー』もある。トレーナーがそれを見てポケモンに指示を出せば良い。それで解決出来ると思うが……大丈夫か?」
「レーダー……?あ、ありました!」
 ポケギアの画面が緑一色になり、裏側の一部分がスライドしてカメラのレンズが姿を現した。
 レンズをフィールドの方に向けると、確かにコエンとウミホタがハッキリ見える。
 小さいのは同じなのだが、青く光って見えるので位置がよく解った。
「大丈夫だと思います。特殊能力は……」
『ミニシールド・相手の直接攻撃を受け付けない』
 (そ、そりゃそうだよね……)
 ユキナリはタイプも確認した。
『ひかり・みず』
 (やっぱりそうだ……オチさんはここのエリアの人間じゃ無い。何かの理由で、トーホクにやって来たんだ……でも、何の為に?)
「早く始めてくれ。私とウミホタもさっさと勝負を始めたがっている……」
 (表情も解らないんですけど……)
 ユキナリは汗をかいた。こんなバトルは初めてだ。相手の顔、どう動くかの予想が全く出来ない……
 厳しい戦いになりそうだった。
「戦闘開始!」

 バトルが始まった……が肝心のコエンは自分から攻撃をしかける事が出来ない。
「コエン、鬼火で先制攻撃をしかけるんだ!」
『ど、何処にいるんです?』
「左の方だ、攻撃される前に出来るだけダメージを与えてくれ!」
『とにかく、ダメージを与えればいいんですね!辛いバトルですが……何とかやってみます!』
 コエンは左方向に鬼火を繰り出し、攻撃した。ポケギアで示されているウミホタの位置が移動し、鬼火を避けてしまった事が解る。
「右だ、コエン!」
『逃げられましたか……ユキナリさん、このバトルは厳しいですね。相手の位置が解りませんよ……』
 コエンは歯をくいしばって再び鬼火を繰り出した。しかしウミホタは体が見えない程小さい為か難なくそれを避けてしまう。
「コエン、また左に、いや右に……クソ、速すぎて見えない!」
『ど、どうすれば攻撃が当たるんですか?』
「ユキナリ君、これじゃウミホタと遊んでるみたいじゃないか!」
「わ、解ってるよ!……けど、これじゃあ……」
 ユキナリは自分のふがいなさに気持ちが暗くなった。
 (命令も満足に出せない……ポケモンが見えないだけで、機械に頼ってコエンを困らせてる……機械に頼って……?)
 ユキナリは勝てる可能性を見つけた。このままでは確実に負ける。もうコエンの心眼を信じるしか無い。
 レーダー機能をOFFにし、コエンに命令する。
「コエン、いると思った所に鬼火を当ててくれ!」
『己の勘、ですか……』
 コエンは目をつぶった。

「こんな事で梃子摺っていては、私に勝つ事は出来ない……見つけたまえ、可能性を!1つでもあるならば迷わずに使うのだ!
 私を落胆させないでくれ……」
 オチはじっとコエンを見守っているユキナリを見つめる。彼の目に、諦めの色は出ていなかった。
 最後まで、戦う気力を失ってはいない。
 (私が他のトレーナーに目を向けるとは、一体どうした事だろう……ユキナリは私に不思議な感情を与える……
 それは、期待だ。私と互角の勝負を繰り広げている彼に期待しているのだ……そう、私を超えるのでは無いか、そう、思う故に……)
 コエンは暗闇の中、ウミホタの存在を認知していた。激しく動き回るその素早い移動が、解る……神経を極限まで尖らせて、攻撃を当てなければ!
『見えた!』
 コエンは目を見開き、空中に向かって鬼火を発射した。その青白い炎はウミホタに直撃し、ダメージを与える。
 しかしウミホタの属性は『ひかり・みず』……属性が『ほのお』の鬼火では、通常の4分の1のダメージにしかならない。
「ウミホタ、みずでっぽうでコエンを倒せ!」
 オチの命令通り、技を出してスキが生まれたコエンの頭上から水が降ってきた。全身に付着し、大打撃を与える。
『クッ……!』
 コエンは全身の震えと痛みで、反撃が出来なかった。
「コ、コエン!」
「とどめだ。もう1度みずでっぽう!」
 また見えないウミホタからみずでっぽうが発射されたが、少し位置がずれたのかその攻撃は外れてしまった。
「コエン、もう1回鬼火を出すんだ!」
『ユキナリさん……最後の攻撃です!』
 コエンは痛みに耐え、先程みずでっぽうが発射された位置に向かって鬼火を出した。
 そのまま炎は一直線に相手に向かって飛んでいく。そして……着弾した。
 (頼む、凍ってくれ……!)
 ここで負ければジグザグマと交代。直接攻撃しか出来ないジグザグマでは、そもそも勝負にならない事は目に見えていた。
 (コエン、僕は……最後までオチさんと戦いたいんだ!)
 そして、オチは再度命令を出した。もしウミホタが凍ったのなら、みずでっぽうは出せない。
「ど、どっちだろう……」
 ユウスケも不安な表情でこの場を見守っている。
「……ウミホタ、みずでっぽうでトドメをさせ!」

 沈黙の後、ウミホタがみずでっぽうを出す事は……無かった。
 ユキナリが急いで『バトル』の『相手のコンディション』をチェックすると、すでに『こおり』状態になってしまっている事が確認出来る。
 こおり状態から抜け出す事が出来ないトーホクのフィールドでは勝利が確定した。
「ミスか……痛かったな」
 オチはウミホタをボールの中に戻した。
「ユキナリ君……勝ったよ」
「うん……僕も勝てるとは思ってなかった」
『ユキナリさん……奇跡が、起きましたね……』
 ユキナリはボロボロのコエンをボールに戻した。
「ふう……遂に私の切り札を出さなくてはならないのか……いや、ユキナリ。君との戦いにこそ、相応しい。
 私は君に私以上の輝く光を見た。その光が本当に輝くかどうかは、君次第だ。私を倒す気で、最後の勝負をしてくれたまえ……さあ、ポケモンを出すんだ」
 ユキナリは最後のポケモン、ジグザグマを出す。オチが出すポケモンは解っていた。
 ゲンタに勝ったあのストームだ。勝てるかどうか……正直自信は全く無い。
 しかし、ここまで来たからには、オチさんに勝ちたいと言う思いは格段に強かった。
 (自分との戦いなのかもしれない……オチさんに勝つと言う事は)
「じゃあ、ユキナリ君……オチさんと一緒に、最後のポケモンをフィールドに出そう」

 ボールが粉雪の降る地面に落ちると、また閃光と共にジグザグマと先程カビゴンと戦っていたストームが出てきた。
『おい、アイツ宙に浮いてんのか?』
「うん。オチさんの切り札だよ……」
 ユキナリはストームの特殊能力を確認した。
『ひかりのいちげき・相手があくかゴーストタイプの属性のポケモン、もしくは2属性のうち片方がそのタイプだった場合、
ストームがバトルに出た瞬間に相手に一定量のダメージを攻撃をせずに与える』
「へえ、でもジグザグマはノーマルだから問題無いかな……」
「ユキナリ君、さっきの戦いではジグザグマの特殊能力を確認してなかったよね。ちゃんと確認しておいた方がいいよ」
「そうだね」
『ささくれのからだ・直接攻撃をした際、相手が受けるダメージが通常のダメージより少し上がる』
「さてと……もう互いの手の内は解ったのか?始めるとしよう……私にはそれ程時間の余裕は無いのだ」
 オチはジグザグマに向かって指をさした。
「戦闘開始!」
「ストーム、バリアーで相手の通常攻撃のダメージを抑えるんだ!」
 始まってから数秒で、ストームは金色の光に包まれた。
『チッ、あがきやがって!』
「バリアー?」
「ユキナリ君、相手が出してくる通常攻撃のダメージを少なくする攻撃だよ、でもスキも生まれ易いね……」
「そうか、ジグザグマ。アイスアタックだ!」
 アイスアタックはこおりの属性判定を持っているが、通常攻撃扱いとされている変種ジグザグマお得意の攻撃だ。
 宙に浮いたまま、バリアーを張るのに精一杯のストームは逃げる事が出来ない。そのままアイスアタックを受けてしまう。
「バリアーが終わるまで、何回でもアタックするんだ!」
 ジグザグマは動きが素早いのでオチの予想を遥かに超える動きを見せた。何度も連続でアイスアタックを繰り出す。
『マスター、バリアーを張っていますが……このままではHPが減るばかりです!』
「バリアーを張ったのが裏目に出たか……」
 だがオチは『バリアーを解け』とは言わなかった。その後、ストームは完全にバリアーを張り、ジグザグマを突き飛ばす。
「HPはどれ位減ったんだ?」
 ユキナリは相手のHP残量を確認するが、バリアーの為、全体の1/4程しか減っていない。
(これじゃ、満足にダメージを与えたとはとても……)
「ストーム、こうはだんでダメージを与えるんだ!」
『解りました、マスター!』
 カビゴンとの戦いで見せたあの無数の光の粒が、ストームから放出され、突き飛ばされたジグザグマにクリティカルヒットする。
『クソッ、まだ負けちゃいねえぞ!』
 ジグザグマはユキナリが命令もしていないのに駆け出す。
「待て、ジグザグマ!相手の準備が整っている時に飛び出すのは倒してくださいと言っている様なものだ!」
『五月蝿えな、俺は俺のやり方でケリをつけてやる!』
「ストーム、こうはだんを連続で放て!」
 ジグザグマが射程距離に入る前に、ストームは再び光の粒を撒き散らしていた。攻撃しようとする事に集中していたジグザグマは、簡単にその攻撃を受けてしまう。
『グッ……』
「じ、ジグザグマ!」
「ユキナリ君、HPがもうちょっとしか無いよ!」
 ジグザグマはヨロヨロと立ち上がると、駆け出した。その表情には鬼気迫るものがあり、ストームは怯む。
「相手の体力はもはや風前の灯……ストーム、それ以上苦しませてはならん、決着をつけてやるんだ」
 しかし、あまりの形相にストームは怖くなり、攻撃をする事が出来ない。
「何をしている!」
『す、すみませんマスター……どうしても攻撃出来ないんです!』
「ジグザグマの執念が、相手のストームを怯えさせているんだ……怯んで当然だよ。」
「ユウスケ、ここで立ち上がらなきゃジグザグマと僕は負ける……チャンスを、活かすしか無い!」
 ユキナリはその瞬間を見据えた。ジグザグマが射程距離に入った時、迷わずに命令する。
「もう1度、アイスアタックだ!」
『うおおおおお!!』
 氷の様に固く冷たい頭が、ストームに直撃した。その破壊力はバリアーを粉砕し、ストームをねじ伏せる程強力なものだ。
 ジグザグマの真価はここにある……ユキナリはそれを実感した。
『マスター……』
 血を吐き、悶えるストーム。オチが勝つ為には……方法は2つあった。
 ジグザグマを倒し、重傷のコエンと勝負する。そしてもう1つは……
「ストーム、てんからのむかえを使うんだ」
『マスター、そんな事をしなくても……』
 ストームは見た。マスターであるオチの穏やかでいて、哀しいその顔を。微笑んでいる……悟った。
 負ける覚悟での命令なのだ。ジグザグマを倒し、ほぼ瀕死に近いコエンと戦えば、ひかり・いわタイプであるストームは勝つだろう。
 しかし、オチはそれを投げていた。何故だ……それも解った。この闘志だ。
 ジグザグマは動きを見せればすぐアタックしてくるだろう……
 自分とほぼ同じダメージを受けているにも関わらずだ。オチは自分に『こうはだん』を出せと命じる事が出来ない。
 まともな攻撃をしようとすれば気力を振り絞ったジグザグマのアタックが襲い掛かる。ならば、勝つには……
 てんからのむかえで無理やり相手を下すしか無い!オチは信じているのだ……またストームがHPを1残すであろうと。それが、最後の望みなのだと。
 (マスター……HPが1残るか倒れるかは、私にも解りません。でも、勝つ可能性を掴むには、これしか無いのは解っているんです……やらせてもらいます!)
 いきなり、ストームはジグザグマの攻撃が絶対に届かない空中に上がった。ジグザグマはなす術も無く立ちつくす。
 ユキナリはストームのHPが残らない事を期待した。
 (ジグザグマの執念が、ストームを怯えさせた……もうストームにはジグザグマに向かって攻撃する程の闘志は残っていない。
 もう、オチさんが出来る命令はこれしか無かったんじゃ……)
「ストーム……」
 オチは光を放っているストームを見つめた。ジグザグマは瀕死状態になり、ストームがHPを残すのか、それとも負けるのか……
 その2つしか無かった。3人は空を見上げたまま、しばらく何も喋らず、ストームの動向を確認しようとしていた……

「ユキナリ君、降りてくるよ!」
 3人が見守る中、なんとまたストームはHPを1残して降りてきたのだ。奇跡の生還だった……
「まだ勝負はついていないだろう……ユキナリ、君のコエンをフィールドに出したまえ。最後の決着をつけよう」
 ユキナリはコエンが入っているボールを見つめた。
(どちらかのポケモンが全員戦闘不能になった時点で戦いは終わる……
 コエンだってあと1発でも攻撃を受けたら瀕死だ。もう、どれだけ速く攻撃出来るかしか無い!)
 粉雪はほぼ瀕死状態でヨロヨロとなんとか浮いているストームを苦しめていた。HPが1しか残っていないのに戦いを強いられる事は滅多に無い事だろう。
『ま、マスター……早く、命令を……』
「ユキナリ君、ストームのHPが残っている以上、コエンと戦わせなきゃならないんだ!」
「わ、解ってる……」
 (コエン、本当にゴメン……でも、戦うしか……!)
 ユキナリは紅蓮の色をしたボールを地面に投げた。

『ユキナリさん……どうやら、まだ勝負がついていないみたいですね……』
 荒い息で立つのもやっとだと思われるコエンが姿を現した。ストームも条件は全く同じである。
「ストーム、もう相手のポケモンが出たぞ。……ユウスケ君。早く戦闘開始の合図を!」
 (コエン……ここが、最後のふんばり所だ!)
「戦闘開始!」
 その瞬間、ストームもコエンもトレーナーの命令が始まる前に勝手に動き出していた。
 もう命令を聞いているヒマなど無い。相手よりいかに早く攻撃するか、それしかもう考えられなかった。
「コエン、無茶はするな!」
『ダメです、ここで負けたくはありません!』
 走りながら鬼火を携えるコエン。一方ストームはこうはだんを行う為、光を吸収していた。
「ストーム、そのまま一気に行け!」
『はい、マスター!!』
 最後の気力を振り絞って、ストームはこうはだんを発射した。しかしコエンはもう鬼火を出していたのだ。
 気圧される程の一瞬だった。光の粒がコエンに命中した時、全く同時に鬼火がストームを包んでいたのだから……
 ストームのHPは1しか無かったので、当然属性の有利不利は関係無い。コエンもほぼ同じ条件だった。
 2匹はそれぞれの攻撃をまともに受け、その場に倒れた。全く同時に意識を失い、戦闘不能に陥ってしまう……

 壮絶な、引き分けだった。オチもユキナリも、それが当然の様な顔をしている。
 お互いに実力を認めあい、そしてまだ決着をつけるべき時では無いと思っていたからだろう。
「見事だ、ユキナリ君……トレーナーとして旅を始めたばかりとは思えない程の強さを持っているよ。しかし、結果は相打ち。
 それならば、私と君との間の決着は、まだついていない。何時か、また戦う機会がめぐってきた時……
 それは、私がもっと強くなって君の目の前に立ち塞がる時にしか他ならない事を、覚えておきたまえ……」
 オチは焦げているストームをボールに戻すと、その場からすぐに立ち去っていった。ユウスケは呆然として、今の状況がまだあまり把握出来ずにいる。
 (オチさんに勝ちたかった……だけど、負けなかっただけ良かったんだと思う……
 それに、今はまだオチさんに勝てる実力を持ってるワケじゃ無い!)
 それはハッキリ解っていた。ジムリーダーを全て倒し、四天王も撃破し、チャンピオンに勝利するその日まで、ユキナリはオチに挑戦する権利は無いだろうと信じていた……

夜月光介 ( 2011/04/10(日) 22:35 )