ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
Missing Link5『竜の里・1つの事件』
 ポケットモンスターの世界において『伝説』とは沢山のものを指している。トレーナーであったりポケモンであったり或いは歴史上の伝承であったり……
 その中でも一際強い存在感を放っているのが『ドラゴン』なのである。あまりにも強い力を持つ為通常のトレーナーが扱う事は難しい。
 ドラゴン一本で戦う……つまり竜使いになると言う事はさらに至難の業だ。だが竜使いになりたいと願う者達は多く存在する。
 どんなにハードルが高くとも、最強と言う名の頂に登り詰めようとする者達が……

【ポケモン暦58年 ジョウト シロガネ山・山麓 竜の里】

 (遂にココまで来れたのか……僕は)
 リュウジは目の前に広がる美しい自然と、その中に建つ巨大な建造物を見つめていた。この神秘的な場所を人は『竜の里』と呼ぶ。
 何年かに一度この里の長達は優秀な竜使いの才能を持つ子供達を集め、指導し最強のトレーナーとして送り出す。彼は数多の竜使いに勝ち続けた事でようやっとこの里に入る事を許されたのだ。

「失礼致します!」
 建物の中に入るとリュウジの他に3名、先客が既に居た。皆リュウジとそれ程年齢は変わらない様に見える。この3人もリュウジと同じく戦い抜き里の長にその才能を見込まれた者達だ。
「チッ、やっと最後の奴が来たのか。遅ぇぞチビが!」
 筋骨隆々の少年は彼の方を向くとあからさまに嫌そうな顔をした。
「貴方がリュウジね。里の人達から話は聞いていたわ。私はイブキ。宜しく……」
 部屋の中で立っていた少女がリュウジに近付き握手を求めた。歳はリュウジとそれ程離れている様には見えなかったが妙な妖艶さを感じさせる。
 壁際にはもう1人の少女が居り、壁に体を預けて目を瞑っていた。

 全員が集まると4人は奥の部屋へと移動した。前々から彼等は行程を知らされていたのだ。これから彼等がどの様に修行をし、そして大成していくのかが……
『竜の里にようこそ諸君。僕はワタル。君達と同じ門下生だったが、今は竜の民として既に動いている』
 部屋の中にはモニターが用意されており、3つのモニターには竜の里をとりまとめる長達の姿もあった。
『御主達は今日まで数多のトレーナーと戦いこれを破り、技を研鑽させてきた者達じゃ。今回は何と4名ものトレーナーを選出する事が出来た。
 喜ぶべき事じゃろう……今日からこの場所で寝泊りし、御主達が16になる前に最強の竜使いとして送り出してやろうと考えておる』
 竜の里の長老格であるゲンジが『最強』と言う言葉を口にした瞬間、4人はそれぞれ顔を見合わせた。
 これから彼等は竜の里のトレーナーとして切磋琢磨する仲間ではあるが、いずれは里の称号を得る為に争わねばならない間柄でもある。つまり、競争相手と言う事になるのだ。
『儂が御主達に求める事は単純明快じゃ。強くあれ。常に初心を忘れず高みを目指し続ける事……竜使いとしての最強の称号を掴む為には何よりも実力が必要じゃからな』
 4人はそれぞれの心の中でその言葉を胸に刻んでいた。強くなければ生き残れない。強くなければ表舞台で活躍する事等夢のまた夢……
 後にそれぞれの道を進む事になる彼等であったが、この時ばかりは『最強になる』と言う決意を露にするのであった。

 そして翌日から竜の里の厳しい修行が開始された。彼等の修行を見守るのはワタル達3名。それぞれ4人は個室に出向きそこで監視の下メニューをこなしていく。
 広い個室でのトレーニングは過酷を極め、ポケモンも人間も1日でボロボロになってしまう程の行程が続いた。
『もっと動きを素早くする事じゃ!相手のトレーナーの技を全部避け切ると思って動け!!』
 リュウジもまた10歳の肉体には辛い修行をこなしていた。1日が終われば風呂に入りベットに飛び込んで泥の様に眠る。余裕は全く無い。それでも修行を続ける理由はただ1つ。
 『認められたい』一心だけで彼は頑張っていた。
「ボーマンダ、かえんほうしゃだ!」
 全身全霊でボーマンダが放った火炎放射はゲンジが送っていた対戦相手のポケモンを一発で瀕死状態へと追い込む。
『うむ、見事じゃリュウジよ。お前にはやはり才能がある』
「有難う……ございます……」
 リュウジは汗だくの状態で立っているのもやっとと言う状態だった。
『竜の里に来ようとするトレーナーはそれこそ何万人とおる。しかしココで竜使いとしての最高の修行を受ける事が許されるのは僅かに数名のみ。
 御主は既に篩にかけられたうちの1人なのじゃ。それを忘れぬ様にな』
「ハイ。これからも一層の精進を致します……」
 里の修行はまだ始まったばかりである。

【ポケモン暦60年 ジョウト 竜の里】

「それではこれより、門下生リュウジと門下生ブオウの対戦を開始致す」
 モニター画面のカムラの声に反応し、リュウジとブオウの2人はバトルフィールドに立つ。
 リュウジが初めて里にやってきた時から2年が過ぎた。2年も経つと辛い修行も慣れてくるもので、彼もまた素晴らしい竜使いのトレーナーとして開眼しつつある。
「フン、俺と戦おうなんざまだまだ早ぇって事を教えてやるぜ……」
 対戦相手はブオウ。自分が年上である事を理由にリュウジを馬鹿にし、絡んでくる事もしばしばあった。用意されたバトルフィールドには既にそれぞれのポケモンがスタンバイしている。
『2人とも、この試合が互いの研鑽の為にある事を忘れるでないぞ』
 この頃からブオウは粗暴な振る舞いが多くなり、カムラから釘を刺される事が多くなっていた。彼は勝つ事に執着する為に周りが見えなくなってきていたのだ。
『始め!』
「デュランダ、まずは手始めにかみくだくで喉を噛み千切ってやれ!」
『ガッガッガ……俺様に挑むとは命知らずも良い所だな……』
 命令を受けた漆黒の竜は空中に舞い上がると、そのまま相手のボーマンダの喉目掛けて滑空してくる。
「ボーマンダ、攻撃を避けてそのままドラゴンクローに移行しろ!」
 ボーマンダもまた上昇して相手の滑空攻撃を避けると、背後に回り爪で相手を切り裂いた。
『グアッ!』
 デュランダは振り向いたが既にボーマンダの姿は無い。上を見上げた瞬間、灼熱の炎が襲い掛かる。
 (馬鹿な……ちょっと前までは俺のポケモンに傷を負わせる事も難しかった程度の奴が、短期間で急激に伸びてきやがった……!)
『畜生、こんなハズじゃねぇんだ。こんなハズじゃ……』
『俺もマスターと一緒になってがむしゃらにやってきたからな。こんな所で挫折するワケにはいかねぇんだよ!』
 かなりの手傷を負ったデュランダに対してボーマンダは余裕の表情を浮かべている。ブオウの敗色は濃厚だった。焦りは怒りに変わり、さらに憎悪へと変化していく。
 (ワタルもそうだがコイツも気にいらねぇ野郎だぜ。上には上がいるって事を教えてやる……!)
「デュランダ、オーラを纏いダークダイブをかましてやれ!」
 ブオウがそう命令した瞬間、デュランダの目が変わり、体全体がどす黒いオーラに包まれ始めた。
「な、何だアレは……?」
 見た事も無いポケモンの状態に狼狽するリュウジ。ボーマンダも見慣れぬ事態に一瞬動きが止まる。
 その瞬間を逃さぬとばかりに凶悪な面構えをしたデュランダはボーマンダに組み付いてきた。
『ガアアア―――ッ!!!』
 組み付いた状態のまま全体重をかけて落下し、床に突き落とした後相手の腹を切り裂く。
『何だコイツ急に……グアッ!』
 先程と立場が逆転した状態になり、錯乱状態に近いのかデュランダはただ黙々と相手の腹を傷付ける事しかしなかった。
 ボーマンダが怯ませる為に再びかえんほうしゃを放つものの、相手は全く怯まない。
「クックック……勝負あったな」
 瀕死状態になったボーマンダを尻目に、ブオウは邪悪な笑みを浮かべた。

 得意満面の笑みのままブオウはその場を去り、後には倒れたボーマンダとリュウジが取り残される。
「あんな技……見た事がありません。あれは一体何なのでしょうか?」
『儂も詳しい事は知らんのじゃが、明らかな反則である事は間違いあるまい。権威ある竜の里としては、あやつを破門せねばなるまいな……』
「しかし、ブオウを野に放つのは危険です。狂犬を放置しておけば必ず災いを招きます。僕は彼をこのままにしておくのはいけないと……」
 リュウジは悪戯に事態を悪化させたくは無かったが、カムラはあくまでも早急に彼を排除しておきたかった。
『御主の考えもよく解る。じゃが奴の態度は儂等が言って治るものではあるまい。それに篩にかける期間が少々早くなっただけの事じゃ。
 里の総意として……最早奴をココに居させるワケにはいかんのじゃよ』
「……解りました」

 その夜、リュウジは部屋で今日あった試合の事を考えていた。
 (あの黒いオーラ……あれを纏った瞬間急にポケモンが凶暴になるなんて……それに戦闘力の大幅な向上。多少のダメージでも全く怯まない無痛の感覚……)
 今まで見た事が無かったポケモンの変化にリュウジは戸惑いを隠せなかった。
 (ブオウはリューキューの出身……トーホク出身である自分のポケモンと違う部分があるのだろうか。トーホクで確認が急がれている『変種』の様に……)
 考えても答えは出ず、溜息をつきながらリュウジはベットに倒れ込んだ。その時部屋を叩くノックの音が聞こえ、リュウジは起き上がり向こうに声をかける。
「起きてますよ」
「ゴメン、私……」
 声の主はリュウジもよく知っている人物のものであった。ドアを開けるとやはりリュウジがよく知っている少女が立っている。
「リュウジ、こんな時間にお邪魔しちゃって……」
「大丈夫だよ。まだ僕も寝るつもりじゃ無かったから」
 リュウジは彼女を招き入れるとドアを閉めた。

「もう知っていると思うけど、私はワタル兄さんの妹なの……」
 椅子に座ったナキリはリュウジの方を向いて訥々と話し始めた。
「兄さんの姿に憧れてこうして竜使いの修行を続けているけど、皆との差が開くばかりで辛いわ……貴方も強いしイブキ姉さんも……
 それにこの前の試合ではブオウにも勝てなかった……」
「確かに勝てなかったのは事実だけど落ち込む事は無いよ。君には才能がある。それは僕が一番良く知っている。過去に囚われず努力していかないと……」
「そうね。私はそうなんだけど……今は兄さんも苦境に立たされているの……」
「ワタルさんが?」
 ナキリの目には涙が滲んでいた。
「もうすぐリーグに3人も挑戦者がやってくるの……チャンピオンのパープルさんの話では今まで見た事も無い程の強さを持つ人達だって……
 今まで四天王大将として無敗を誇ってきた兄さんが負けるかもしれないと思うと……」
 ナキリにとってワタルは兄であり、それ以上に強さの象徴だった。その強さに憧れたからこそ厳しい修行を続ける事が出来たのだ。
 それが崩されるかもしれないと言う事が彼女にとって一番辛い事なのだろう。
「……ナキリ。ワタルさんは強いんだ。きっと勝てるさ。仮に勝てなかったとしても僕が仇をとってみせる。僕が君の指標になってみせるよ。何年かかってでもそうしてみせる」
「リュウジ……」
 ナキリはこの頃からリュウジに対しての淡い恋愛感情を持っていた。この恋愛感情も後に破綻し、2人の仲は引き裂かれる事になるのだが。

「何だと、俺が破門!?」
 翌日、リュウジの危惧した通り破門を言い渡されたブオウはまさに狂犬の如き形相をしていた。
「竜の里で一番強い門下生は文句無しにこの俺だ。ワタルだって問題外だろ。どうして最強の俺がこの里を出て行かなきゃならねぇんだよ!」
『御主のポケモンの力はまず間違いなく通常のものではあるまい。バトルは常に公正な戦いでの勝利が求められる。公式戦であの力を使えば御主は間違いなく失格となるであろう』
 昨日のバトルを眺めていたゲンジがそう言うと、他のモニターに映っている者達も頷いた。
『竜使いが最強を目指す事に異論は無い。しかし、違法な技を使用し卑怯な行為まで働いて勝利を掴むと言うのはあるまじき事だ。僕も長老達の意見に賛成させてもらおう』
「ふざけた事をぬかしやがって。勝ちゃ良いだろうが勝ちゃあ!そもそもあの技が禁止だと誰が決めた!?ダークダイブは公式戦でも登録されている技だ!禁止になるハズ無ぇだろうが!」
『ならばあのポケモンの戦闘力の急激な上昇と規格外の動きはどう説明する?』
「グッ……」
 カムラに質問され、ブオウは押し黙った。流石にそれを合理的に説明する事は難しい。
「しかし、ブオウの力は確かなものです。破門と言わず、ココは謹慎処分を下し様子を見るべきではないかと……」
 リュウジはやはりこの状態のブオウを追い出すワケにはいかないと思い提案を出したが結局却下されてしまった。まだ彼に竜の里の決定を覆す程の発言力は無い。
『ブオウ、本日付で御主は破門じゃ。二度とこの里の敷居を跨ぐで無いぞ!』

 数十分後、ブオウは荷物をまとめ、その部屋にリュウジが訪ねてきていた。
「何故俺を庇った?テメェの事だって俺は散々虚仮にしていたってのに……」
「貴方には更正の余地があると思ったからです。同じ志を持つ者同士、僕はこうして無理やりに貴方を追い出す事は避けたかった……」
「更正、か……フン。テメェにゃ悪いが俺はこの道で戦うしか他に道が無ぇのさ。出て行けって言われりゃ出て行くまでよ」
 ブオウが一瞬見せた哀しい瞳に、リュウジは反射的に目を逸らしてしまった。
 (結局僕も自分が一番可愛いんだ……あのまま食い下がっていたら僕も巻き添えをくらいかねない。ポーズを取っただけなんだ。感謝されたって困る……)
 ブオウはリュックを背負い、そのまま部屋を後にしていった。この日を最後に彼は竜の里から追放され、この場所に来る事は二度と無かったのである。

【ポケモン暦65年 竜の里 奥の間】

 ブオウは追放され『竜の屑』と罵られる様になり、さらにその日から約5年が経過した。5年間の間に様々な事が起こる。2度に渡るワタルの敗北……
 リュウジ達は成長しリュウジはトーホク四天王大将、ナキリはカントーを代表する竜の里出身のトレーナーとして名を馳せ、イブキはジョウトでジムリーダーの職に就いていた。
『レッドとゴールドに負けたワタルではあるが、またジョウトでチャンピオンに返り咲いた実績もある。今までの彼の功績を考えると、やはり彼が竜の里の長になるべきであろう』
『じゃがリュウジもまた優秀……ウオマサリーグの四天王大将に就任してから負け知らず。さらに殆どのトレーナーから慕われる優れたカリスマ性も持っておる。
 功績より戦績を見ればリュウジこそ儂達と同等の位置に立つべき竜使いだと思うのじゃが』
 この年リュウジは里の修行を1年前に終え17歳と言う若さながら活躍を続けていた。
 一方ワタルも一度は王座から転落したもののゴールドの引き抜きによって空きが出来たジョウトのチャンピオンに返り咲き、竜使いとしての名誉を充分に得ていたのだ。
 そんな2人のうちのどちらを竜の里の長として招くか……議論は連日連夜続いていた。

「流石に私達は枠から外れてしまったけれど、どうせならワタル兄さんに……」
 議論が続く中、ナキリはフスベシティでジムリーダーを務めるイブキの下に訪れていた。
「候補となっている2人の実力は拮抗しているから判断は難しいでしょうね。私としても師匠であるワタルさんに何とか長になってもらいたい所なんだけど……」
 イブキとナキリは共にワタルから教えを受けた者同士である。そしてナキリは実妹として兄の強さを誇りとしていた。彼が選ばれるのはまさに彼女の願う所でもある。

「それに実力はあってもリュウジはまだ17歳……里の者達を取り纏められる程の貫禄が足りないし、ワタルさんが選ばれるのが妥当だと思うわ……普通ならね」
「普通なら?」
 イブキはソファから立ち上がると、憂鬱そうな顔で窓の外を眺めた。
「竜の里の威信が崩れかけていると言うのが今の『普通じゃない』状態なのよ……昔なら考えられなかったわ。名のある竜使いの連戦連敗……
 ワタルさんも私も長老達も皆異常とも言うべき才能を持ったトレーナーの出現によってプライドを剥ぎ取られた状態。
 現時点で唯一竜使いとしての矜持を保っているのがリュウジ。この結果がどう反映されるか……」
 彼等にとってレッドやゴールドと言ったトレーナーの出現は予期していない事だった。彼等はあまりにも強過ぎたのだ。
 ワタルを撃破したグリーンやレッドと言った所謂『第一世代』と呼ばれる伝説のトレーナー達の出現。
 追い越せ追い抜けの精神で再びイブキやワタルを破った『第二世代』のゴールド……強力なトレーナーの活躍は皮肉な事に竜の里を危機に陥れていた。

 数日間に渡り行われた会議の結果、竜の里の長老格として選出されたのはワタルだった。
 しかし当時竜使い最強を自負していたリュウジはその結果を不服としてワタルへの直訴を図る事となる。
「私にはそれだけの力がある!ワタルよ……一度だけ、私にチャンスをくれないか?」
 自分の部屋でモニターに向かい話しているリュウジは、子供の頃とは違い既に王者の風格が漂い始めていた。
『確かに、僕が選出された以上譲渡の決定権は僕にある』
「貴方と真剣勝負がしたい。長の座を賭けて……今までの練習試合とは違う、本当の勝負を!」
『……もうすぐリーグ休暇に突入する。その時ならば何時でも受けて立とう』
「ホウエンの『翼竜の滝』が戦う場所としては最適だ。日時は互いの都合が付く時に」
 真っ暗になったモニターの前で、リュウジは1人決意を露にしていた。
 (まだ、終わりにするワケにはいかない。私が必死に耐えてきたこの数年間を無駄にするワケには……)

【同年 ホウエン サイユウシティ チャンピオンロード最深部 翼竜の滝】

 その年のある10日間……即ちリーグ休暇の4日目、ワタルとリュウジは竜の里の聖地とも言われている『翼竜の滝』へと向かった。
 ホウエンから始まり全国へ広がった竜使い達は自らの戦いの経験を若人に伝える為にジョウトの竜の里『練武館』を作り上げ、そしてワタルとリュウジがそこで修行を行ってきたのである。
「ゲンジ様の一派が元々竜使いと呼ばれる者達の始祖なんだ……3年に練武館が建設され竜の里が活動を始める前までは、殆どの竜使いがこの場所で修行をしていたと言われている」
 巨大な洞窟の中に存在する滝……まるで竜が翼を広げている状態の様な形の岩場からその名が取られた。ドラゴンポケモンを使いこなす者達にとっての始まりの場所……
 ワタルとリュウジが決戦を行うにはうってつけの場所と言えるだろう。彼等は里の者達に一切この勝負を伝えず、勝者こそ里の長になると2人の間だけで既に取り決めをしていた。
「この前、洞窟の先にあるリーグにてハギリと言う少年が制覇を成し遂げたんだ。ゲンジ様の敗北により竜の里の存在意義、根幹すら危うい状態にある。今長になるべきは強い者……
 圧倒的に強いトレーナーで無ければならない。それは解るね?」
「私もそれは心得ている」
「随分尊大になったものだね。まぁ良い……」
 年上のワタルに対しての傲慢さ……リュウジの態度の変化もワタルには解っていた。
 立場が完全に逆転していたのだ。二度の敗北を味わったワタルと現在無敗のリュウジとでは歳こそワタルが上と言えワタルの方が格下と言える状態となっていた。
「僕も君の強さは耳にしている。君が結成した四天王、そしてあのゴールド君を含む鉄壁の布陣によってこれまで一度も突破を許した事が無いと聞いているよ」
「貴方の言う通りだ。そしてこれからもその鉄壁は揺るがない」
 洞窟内に吹く僅かな風が、2人が羽織っているマントをたなびかせていた。
「僕が君との勝負を受けた理由はただ1つ。本来ならば君の提案を一蹴する事も出来たワケだが……単純に力比べがしたかったんだ。君の強さがどれだけのものか知りたかった」
「私への興味、と言う事か?」
「まぁ、そんな所だね。実際に君はそんなに強いのか……疑問に思う部分もあった。何せ君が竜の里で正式に民と認められた後、君と戦う機会は全く無かったんだから」
 リュウジは四天王大将になってから公式戦で一度も戦ってはいない。シズカが挑戦者をことごとく撃破していたからだ。
 当時それだけ強いトレーナーがトーホクで出てきてはいなかったとも言えるのだが……
「貴方に私の強さを教えたい。私が長に相応しい実力を備えた男であると言う証明をしてみせよう!」
 幼い頃、恋焦がれていた相手に誓った。彼女の指標になってみせると。それだけの強さを持ってみせると彼は約束していたのだ。両者共にこの戦いで負けるつもりは全く無かった。
「この戦いは言わば決闘だ。お互いに最も信頼し、且つ強いポケモン1匹を出し戦わせる事にしよう」
「了解だ。今すぐ初めてもこちらは全く構わない」
「……思い出すな、君と初めて戦った時の事を……」

 リュウジが10歳の頃、リュウジのボーマンダとワタルのカイリューの戦いはワタルの勝利に終わった。その後幾度も2人は戦ったが勝率は全体的に見れば2人共そう変わらぬもの……
 だからこそワタルはリュウジと戦いたかったのだ。自分が最強である事を誇示したいが為……この世界では『強いか弱いか』と言う点が人々の心を強く支配している。それに溺れた者は淘汰されていくのだ……

「やはり君は素晴らしい竜使いだね。本当にそう思うよ」
「貴方もだ、ずっと私が憧れていた人物だけの事はある」
 ワタルの切り札、カイリューと当時のリュウジの切り札であるボーマンダは互いに一歩も引かず、どちらも殆ど瀕死に近い状態だった。あと一撃、あと一度の技で勝敗が決する。
「ボーマンダ、相手の懐に潜り込んでドラゴンクローを放て!」
「させるか!カイリュー、固定ダメージのりゅうのいぶきで勝負を決めろ!」
 カイリューの放ったりゅうのいぶきはボーマンダの横を掠めて飛んでいき、ボーマンダはカイリューの腹に致命傷を負わせ勝利を辛くも拾う形となった。
「……決まったか……」
 ワタルは肩を落としつつも、笑顔を崩す事は無かった。
「正直、敗北は覚悟の上だったけど、やっぱり悔しいね……リュウジ、君こそ竜の里を継ぐに相応しい男だ。僕から長老達には話を付けておくよ」
「……有難い。恩に着る……」
 両者ともポケモンをボールに戻し、ワタルは握手を求めた。リュウジはそれに応えようと手を出しかけたが、その瞬間体が凍り付いてしまう。
「ぐふッ……」
 ワタルの胸に鈍い衝撃が走り、立っている事が出来なくなったワタルはそのまま滝壺へと落下していった。その光景をリュウジはただ呆然として見ている事しか出来ない。
「なッ……!?」
 先程ワタルの胸から確認する事が出来た出血。明らかに『撃たれた』事を示唆するものだった。洞窟内にいた何者かの手によってワタルは葬られてしまったのだ。突然に……
 (馬鹿、何を固まっていたんだ私は!助けないと……!)
 あまりにも突然の事態に全く動けなかったリュウジであったが、我に返ると躊躇せず滝壺へと飛び込んでいった。
 滝の下は湖の様に広がっており、透き通った水の中で沈みかけているワタルを発見すると、一気呵成に引き上げる。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
 ワタルは既に息をしていなかった。陸に寝かせ脈を取るが反応は無い。撃たれた場所は心臓に近く、引き上げる前に大量の出血をしていた事が命取りとなった。
 (一体誰がワタルを撃ったと言うんだ……)
 身を隠す場所は沢山あり、狙撃した後即座に逃げれば最早証拠は残らない。寧ろこのままではリュウジが犯人として逮捕されてしまう可能性すらあった。
「不味い……ナキリの事もある。何とかして死を隠匿しなければ……」
 今のリュウジの心の中はワタルの死を隠す事でいっぱいだった。あれだけワタルに全幅の信頼を置いていたナキリならば、『死』を突き付けられた場合後追い自殺してしまうかもしれない。
 (こうなってしまっては、何処かの山奥に深く埋葬してしまう他無いな……)
 実らぬナキリへの愛の為に、彼は『悪役』の汚名を着る事を望んだ。

『ワタルが、消えたじゃと!?』
「全て私の責任です。私と戦い敗北したワタルは絶望しその場を去りました。連絡が全く取れなくなったのはその翌日……何処へ行ったのか解らないのです……」
『リュウジ……御主の責任はあまりにも重いぞ!』
「承知しております。私は長にはなれぬ身……残る候補のイブキに任せます。どんな罵倒を受けても、竜使いを辞するつもりはありませんがね……」
 『行方不明』と言う嘘ではあったが、リュウジ本人に殺害の嫌疑がかかる事は無かった。警察が介入する事も無く、真実は74年になるまで封印されたままとなる。
「ワタルがいなくなったって、本当なの!?」
 イブキからの質問にもリュウジは同じ様に答えたが、イブキの疑念を晴らす事は出来なかった。
「どういう結果であれ、貴方はこれからナキリに死ぬまで恨まれる事になるわよ」
「イブキ、私も覚悟はしているよ……もうどうする事も出来はしないんだ」
 リュウジの口調は何時の間にか、敬愛していたワタルのものに似てきていた。
「貴方のその格好も喋り方も……まるでワタルさんが乗り移ったみたいね」
「……私はどうあれ何も出来なかったんだ。そう言われる事は嫌じゃない。これから是が非でも彼を越えなければならないんだからね……」
 (リュウジ……貴方がワタルさんを殺したとは思えないけれど、何かを隠しているのは間違いないわ。貴方が隠している事は……)
 イブキは頭に浮かんだその答えを強引に振り払った。ナキリに言うワケにはいかない……いや、誰に言う事も出来はしない答えだ。彼女も行方不明と言う状態を望んでいた。

「兄さんが行方不明に……!?」
「リュウジの話ではね。リュウジは長にはなれない……私が結局長になる事になったわ。全然嬉しくない棚ボタなんだけど」
「そんな……」
 心から敬愛し、また師匠としても尊敬していたワタルの失踪……もし死を告げられていたら彼女は怒りに達する事無く抜け殻の様になっていたのかもしれない。
 凄まじい哀しみは怒りに変わり、その怒りは彼女に恋心を抱いているリュウジに対して向けられた。
「許せない……絶対に許せない!兄さんの心を折ったリュウジは、私が倒してみせる!」
 復讐を誓うナキリを見ながら、イブキは心の中で溜息をついていた。
 (皮肉なものね。人生って本当に上手くいかないもの……勝負を捨ててワタルに座を譲っていれば貴方もナキリと恋仲になれていたかもしれないのに……)
 ナキリはこの後復讐心だけを糧としてカントーのチャンピオンにまで成り上がる。

 多くの謎を残して、ワタルとリュウジの対決は幕を閉じた。犯人は誰だったのか、どうしてワタルが殺されなければならなかったのか……
 覇者となったナキリはリュウジを恨み彼を倒す為だけに竜使いとしての修行を続け、68年の親善試合に繋がるのである。そして全ての真実はさらなる時を経て明かされる事になるのだった。

夜月光介 ( 2011/09/09(金) 19:53 )