ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
Missing Link4『アイを求めて』
【筆者から皆さんへの一言】

 タイトルを変更する事になったMissingLinkシリーズ第4章。
 この話は今まで以上に時系列が複雑で読み難くなってしまうと思いますが、年表等を見ながら読んで頂くと少しは理解してもらえると思います。
 この話は本家からストーリーを拝借している部分があり、ミュウとアイの触れ合いも違ったものになっていますが、オリジナル……と割り切って読んでくだされば幸いです。

(ココは何処、私は誰……どうして私は此処にいるの……)
 培養液の中で彼女は考える。幼い体をその液体の中で揺らしながら。彼女が生まれるきっかけとなった事件の中に、その答えはあった……

【ポケモン暦52年 リューキュー ナンブシティの港】

 晴れ渡った青空の下、客船の中に1組の家族の姿があった。船のデッキから見える街並みを眺める男性と女性。
 女性は可愛らしい子供を抱いて、その子供にも街の様子が見える様にしている。
「見て御覧アイ。あそこが今日から私達が暮らす事になる街、ナンブシティだよ」
「本当に綺麗な所ね。空気も綺麗だし、ノンビリ出来そうだわ」
 男の名はフジ。エリア『日本』では知らない者がいない程の知名度を持つ遺伝子工学の第一人者。
 若い頃からその頭脳で巨額の富を築き上げたが、結婚して子供が生まれた後その金を使い日本の楽園とも呼ばれるリューキューに引っ越してきたのだ。
「今まで身を粉にして働いてきたが、コレからは家族との時間を大切にする時だ。研究生活を止めて3人で過ごしてもバチは当たらないだろう」
「貴方が研究第一で頑張っていた時……私は寂しかったのよ。娘にはそんな寂しい思いをさせたくなかったから嬉しいわ。ココでずっと幸せに生きる事が出来たら良いわね」
 船はどんどんと街へ近付いていく。彼等の期待も高まっていった。新しい生活が始まるのだ。3人のとっての新しい人生の幕開け……フジ自身そう思って疑わなかった。

【ポケモン暦55年 リューキュー ナンブシティ近くの森】

 彼等3人がナンブシティに住み始めてから3年が経過した。贅を尽くして森の側に建てた白い建物……まるで別荘の様なその大邸宅は、瞬く間に人々の知る所となる。
 温暖な気候のリューキューでもその建物付近は実に涼しいもので住み易く、散歩をするにも買い物に行くにも最高の立地条件。
 そこで育ったアイも何1つ不自由する事無く元気な少女に成長していた。
「お母さん、遊びに行ってくるね!」
「モンスターボールは持った?森の中には野生のポケモンもいるから、くれぐれも奥には入らない様にね。それと日が沈む前には帰ってくるのよ」
 母親に声をかけられた少女、アイは振り向くと笑顔で応えた。
「大丈夫!すぐ戻ってくるから!」
 森へと駆け出していったアイの姿を、父親は心配そうに見つめている。
「元気過ぎるのも困り者だな……」
「あの子を家の中にいさせて縛るのも可哀想でしょう。あの子もそんなに大きくないんだし、疲れたらすぐに帰ってくるわよ。今までだってそうだったじゃない」
「まぁ、そうなんだが……」
 2人の間に生まれたかけがえの無い命……フジは娘を溺愛していた。過保護になっている部分もあったが、それもひとえに親心あってのものだ。

「うわぁ、綺麗なお花!」
 見るもの全てが毎日毎日、幼い少女にとっては新鮮そのもので、楽しい事ばかりだった。アイは夢中になって森の中を歩いていたが、何時もと違い油断して奥へと入り込んでしまう。
 気が付けば暗い森の中、いるのはアイ1人だけだ。アイは我に返ると不安になってきた。
 (どうしよう、迷子になっちゃった……)
 晴れていた空も何時の間にか薄曇りになり、パラパラと雨が降ってきている。
「濡れちゃう……」
 駆け出したアイだが行けども行けども迷い込むばかりで埒が開かない。いっこうに自分の家に到着出来ず、大降りになってきた雨から逃れる為に彼女は洞穴の中に飛び込んだ。
「大変な事になっちゃった……お母さん……」
 モンスターボールは持たされていたが、確認してみると空だった。間違えて持ってきてしまったらしい。何もかもがマイナスの方向へと進んでいく。彼女は耐え切れず泣き出してしまった。
「オイオイ、何泣いてんだお前は」
 突然洞穴の奥の暗がりから声がして、驚いた彼女は泣くのを止めた。目を凝らして見てみると、アイと同じか少し上程の子供達が3人立っているのが解る。
「誰?」
「人にものを尋ねる時は自分から言えよ」
 紫色のバンダナを頭に巻いた金髪の少年は面倒くさそうに頭を掻きながらアイの方を見た。
「私はアイ」
「俺はオボン。こっちは俺の仲間で、ズリとザロク」
 オボンと名乗った少年は彼と同じ金髪の少女と青紫色の髪を持つ少年をそれぞれ指差す。
「初めまして。私は今紹介された通りズリって言うの。宜しくね!」
「僕はザロク……君、この辺りの子?この近くはポケモンがいないと危険だよ」
 アイはモンスターボールを取り出したが、空である事は3人にはすぐに解った。
「忘れちゃったの……」
「お前も雨宿りか?雨が上がったら送ってってやるよ」
「君ってもしかして、あの綺麗で大きな白い家の子?」
 ザロクの質問に、アイは頷いた。ズリも合点がいったと言う調子で話し始める。
「あー、あの白い家の……家の近所で話題になってたけど、貴方があの家の子なんだ。通りで随分綺麗な白のワンピース着てると思った。お金持ちの子かなとは思ったけど」
「私、自分がそんなお金持ちだなんて思った事無いけど……」
 アイの発言が少し癇に障ったのか、オボンは溜息をつきながら会話に加わった。
「親が金持ちなんだよ。親が。全く金持ちの親に生まれるのって羨ましいよな。家なんか親父がトレーナーでロクに食えないから苦労してるぜ」
「大変なんだね……」
 アイの微笑みに、思わずオボンの顔が赤くなった。
「あー、オボンったら可愛い女の子に照れちゃってぇ」
「てめズリ、そういう事言うなって!」
 賑やかな3人の会話に混ざっていると、何時の間にか哀しみが何処かへ吹き飛んでしまうのをアイは感じていた。楽しい時間は瞬く間に過ぎていく……

 2時間後に雨は止み、外は既に夕暮れ時が近付いていた。オボンはアイに向かって呼びかける。
「なぁアイ。今度遊ぶ時はお前も混ざってくれよ。遊ぶ時は大勢で遊んだ方が楽しいだろ?」
「うん、何時でも呼んで!」
「友達が増えるのって良いよね。僕達ももっと仲間が欲しいって思ってたんだ」
 ズリはオボンの方を指差しながら茶目っ気たっぷりに笑った。
「アイ、オボンは無茶な事ばっかりするから感化されちゃ駄目よ。コイツってば何時も危ない事して叱られてるんだから」
「俺の悪口ばかり言いやがって!」
 彼女を追い掛け回すオボンと、それを見ながら笑うアイとザロク。この日を境に4人は友達となり、毎日遊ぶ様になったのだった。

【ポケモン暦56年 リューキュー ナンブシティ近くの森 蒼の洞窟前】

「前から一度、皆で探検してみたかったんだよなぁ……」
 ポッカリと開いた洞窟の入り口の前に4人は立っていた。
「や、やっぱり危険だよこういうのは。止めておかない?」
「何言ってるのザロク。私はオボンやズリと同じで賛成だよ。だって面白そうじゃない!」
 初めて出会った時から1年……アイはこの近くの森だけではあるが様々な場所へ出向き、3人と共に時間を共有してきた。一緒に笑い、一緒に泣き、時には怒り……
 親友として幸せな毎日を過ごしていたのだ。そして数日前、この探検の話が持ち上がった。
『前から気になってたんだよなぁ。蒼の洞窟……探検するには持ってこいの場所だ。地底湖はそのまま海に繋がってて綺麗だって話だしな』
 言いだしっぺはオボンだったが、その計画に賛成したのはアイだった。4人で作る思い出の1つとして是非そういう事をしてみたい。ズリもその意見に同調し、実際に探検してみる事が決まったのだ。
「よぉし行くぞ。探検隊の出発だ!」
「ほ、ホントに行くの〜?」
 冷や汗を流しているザロクを尻目に、ズリもアイもオボンに引き続いて洞窟の中へと入っていく。
「危険になったら逃げれば良いのよ。そんなに怖いんなら外で待ってて」
「解った、僕も行く。行くってば!」

 外よりも洞窟の中は底冷えとしていてますます涼しい。岩だらけの場所を進んでいくと傾斜に出くわした。この先は下り坂になっている様で、奥からは僅かながら光が零れている。
「あの先にリューキュー1美しいと言われる地底湖があるのか。楽しみだぜ……」
「ホッカイの『トワの湖』にも匹敵する美しさだって話を聞いた事があるわ」
 4人は傾斜を滑り落ちぬ様慎重に先へと進んでいった。傾斜は緩やかに続き、さらに距離も長かった為かなりの体力を必要とする様だ。
「なかなかしんどいね……」
「男のアンタが私よりへばってちゃどうしようも無いでしょ。もっと頑張りなさいよ!」
 そんな掛け合いを聞きながらアイは笑っていた。
「ズリはオボンにもザロクにも厳しいけど、私には優しくしてくれるね」
「そりゃ女だからなぁ。女ってのは優しくされる事が決まってるんだよ」
 その言葉に対してズリはふくれっ面を見せながら愚痴を吐く。
「アンタ達は私に優しくしてくれないじゃない」
「ズリはどちらかと言うと男女だからね……」
「なッ、酷ッ!!仮にもまだ6歳のレディに向かって!!」
 彼等は毎日の会話が多かった為かかなり精神的に早熟していた。知らない言葉なら必死に覚えようとし、本も沢山読んでいた為ある意味大人よりも達者な口ぶりだったのかもしれない。

 長かった傾斜が終わると、既に地底湖は彼等の目の前でその輝きを見せていた。
「うわ、凄ぇ……ブルーハワイみたいな色してるな」
「綺麗な蒼……確かに蒼の洞窟と呼ばれるだけの事はあるわね」
 アイもその美しい湖の青さに言葉を失っていた。とてもこの美しさを言葉で表現する事は出来ない。空の青さや宇宙の広さを説明出来ないのと同じ様に。
「冒険……って呼べる程のモンでも無かったが、ココに来た甲斐はあったってモンだ」
「そうだね。本当に見ておいて良かったって思える美しさだよ」
 当初は乗り気で無かったハズのザロクまでもが感動しているのを見て、ズリはザロクに向かって皮肉っぽく話す。
「最初は行くの渋ってたクセに。こういう時だけ便乗するんだから」
「許してあげなよズリ。そういう事言うのは野暮だよ」
 アイがそう言うと、ズリは笑ってアイの肩を叩いた。
「まぁね」

 洞窟から出た時には既に日が落ちかけていた。夕暮れと言うよりも夜に近い按配だ。
「あれオボン。それどうしたの?」
「途中の道で落ちてた蒼水晶だ。誰かが落としたのか、それとも元からあったのかは解らねぇけど、凄く綺麗だったモンで拾ってきちまった」
 オボンがその石を西日に当てるとキラキラと輝く。ズリはその綺麗な光に見とれた。
「へぇ……光に当てると本当に綺麗ね。私も探してみれば良かったかしら」
「そう言うと思って、ジャーン!見ろコレを」
 オボンはポケットの中をまさぐり、蒼水晶の欠片を3個。合計4個の水晶の欠片を手に持つと、それぞれ1個ずつ彼等に配る。
「オボン、有難う!」
「気がきくじゃない。今回は意外と」
 オボンはザロク、ズリ、そしてアイに石を1個ずつ渡していく。
「クソ、毒ばっか吐きやがって……ホラアイ、お前の分だ」
 渡された蒼水晶はアイの掌の上で煌いていた。思わず胸が熱くなる。
 (友達って……なんて素晴らしい存在なんだろう!)
「どうしたのアイ……ホラ、涙拭いて」
「嬉しくて……これからもずっと私の友達でいてね。約束だよ……」
「馬鹿。当たり前だろうが。俺達はずっと一緒だ。万が一離れ離れになったとしても、心が繋がり合っている間はずっと友達なんだよ。忘れんなよ!」
 アイは涙を拭くと、再びにこやかに笑ってみせた。

【ポケモン暦57年 リューキュー ナンブシティ商店街】

 56年夏の地底湖探検から約半年……晴れた寒空の下、アイ達はショッピングへとやってきていた。年明け早々お年玉を使った買い物をと考えたのである。
「うわぁ、凄い!お店が沢山!」
「リューキューで一番大きな商店街だからな。広くて入り組んでるからはぐれるんじゃねぇぞ」
 はしゃぐアイを制止しながら話すオボン。ズリもザロクも初めて見る巨大なアーケードに目を奪われていた。
「オボン、早く行きましょうよ!」
「うわ、皆僕を置いていかないでよ!」
 はしゃぎ騒ぎ、我先にと駆け出す4人。それを見つめる2人の男女の姿があった。
「娘の為にと来ては見たが、ありゃ何だ」
「良いじゃないの。子供は元気なのが一番よ。羽目を外しても許される年頃なんだから好きにしてあげましょう。私達も行くわよ」
「ああ……」
 家の近くとは違い人も多い為、心配になったフジはショッピングに行くと言ったアイ達を車で送り、ついでに遠くから見守る事にしたのだ。
 年明けの為自分達も買い物をする必要があったというのも理由の1つだった。

 商店街は活気に満ち溢れ、新しい年を迎えたと言う感慨からか、人々の目には希望の光が満ちている。その中でもとびっきり希望に胸を膨らませていたのはアイ達であった。
「折角こういう所に来たんだし、服を見ないとね」
「とりあえずゲームショップへ行ってみようぜ。新発売のゲームが沢山あるらしいしな」
 ズリとオボンの意見が2つに割れ、結局2手に別れる事になった。服を見るのは女子、ゲームショップに行くのは男子だ。アイはズリと共に服屋に入った。
「ね、コレアイにピッタリだと思わない?この白いワンピース」
 ズリが指差したのはショーウィンドウの中で輝く純白のワンピースだった。女の子用にしてはかなり値段の高い代物だ。だがアイもそのワンピースを見て衝動的に購入意欲が増した。
「本当に綺麗……でも、お年玉で買える値段じゃ無いから無理ね」
「ねぇ、1人じゃ無理でも2人ならどう?」
 ズリは自分のお年玉袋を見せてニヤリと笑った。
「そ、そんな!ズリの分のお金を使ってまで買っちゃ……」
「良いのよ私なんて……それにこの服を着たアイを見るの、私自身が一番興味あるんだから」
 引き留めようとするアイを尻目に、ズリは店内に入っていく。やがて店員と交渉している様な様子が目に入ったが、やがてがっかりした表情のズリが店の外に出てきた。
「あれ店に飾っておく為のやつで、売り物は全部売れちゃったんだってさ。残念……」
 アイは少しホッとした。幾ら友達とは言え無理をさせるワケにはいかない。
「とりあえず合流しましょう。オボン達が何を買おうとしているのかも興味あるし……」

 ゲームショップで合流したアイ達は昼食に移行した。商店街の中にある食事処でクレープを購入し、座って食べる。
「美味しい!こういう所の食べ物ってしっかりしてるわね」
「そりゃ、食事でリピーターを増やせば商店街全体も儲かるからな」
 オボン達の方も期待していた程の収穫は無かったらしく、何処か気乗りしない表情をしていた。
「それにしても、買いたかったゲームが品切れだなんて残念だなぁ」
「私達もそう……やっぱり皆が欲しいものはすぐ売り切れちゃうのね」
 とりとめの無い話をしながら食事は終了し、今度は4人バラバラになって色々見て回る事に決めた。フジも遠くからそれを伺っている。
「貴方、心配し過ぎよ……最後にあの子達を送ればいいだけなんだから」
「アイはまだ子供なんだ。私は父親としてアイを守る義務がある」
 フジは一人娘と言う事もありアイを溺愛していた。過保護な部分が目立ち、ズリ達の事もあまり快くは思っていない。妻はフジのそんな態度に少し呆れていた。
「じゃあ時間になったらこの場所に集合な。その後アイの親父さん達と車で帰ると」
「何かあったら私を探してねアイ。ワンピースは買えなかったけど、私に出来る事なら手伝ったりするから……」
「うん、有難うズリ。でも大丈夫よ。ズリはズリで買い物を楽しんで」

 それから数十分……4人は思い思いに色々な所を見て回っていた。


 突然、楽しい時間の終わりを告げる様な轟音が商店街全体に響き渡る。
「な、何だ!?」
 商店街の大通りには人だかりが出来ていた。ズリは急いで音がした方へ向かう。
 (何なの、今の音は……)
 不安がよぎる。その不安を振り払うかの様にひたすら走った。
「あの子大丈夫か?」
「救急車を呼べ、誰かすぐに救急車を!」
 人だかりの中からそんな声が聞こえる。大人達の中をかきわけ何とかズリは現場に到着した。少し遅れてザロクとオボンも現場に辿り着く。

「しっかりしろアイ!すぐに救急車が来る!」
「貴方、駄目よ動かしちゃ……危険だわ」
 血まみれのアイ、抱きかかえているフジ。号泣している母親。ズリは一瞬この現実に正確に認識する事が出来なかった。
 あまりに突然の出来事に頭がパンクしてしまい正常な思考が出来ない。涙を流す事すら今のズリには難しかった。
「昼間っから酒飲んでたんだろ?そうでもなきゃ突っ込んでこねぇよ」
「可哀想に……まだうちの子とそう変わらないじゃないか……」
 大人達の視線の先には壁にぶつかって止まった大型トラックの姿があった。
 商店街に突っ込んできた暴走トラックはアイを弾き飛ばした後暴走の果てに壁に激突したのだろう。アイの他にも数人が犠牲になったらしい。
「おい……嘘だろ……?」
 呆然とした状態のままオボンが静かに呟いた。ズリもザロクも同じ気持ちだ。こんな突然の事態を誰が予想出来ただろう。傍らでは父親が娘に向かって必死の呼びかけを続けている。
「アイ、私の声が聞こえるか!返事をするんだアイ!」
「お父さん……痛い……痛いよ……」
 アイは涙を流しながらか細い声でそう呟いた。途端、我に返ったズリはアイに駆け寄り、同じ様に叫びアイの死を防ごうと懸命に足掻く。
「アイ、駄目よこんな……こんな事で終わりだなんて!まだしたい事山程あるでしょ!?」
「……だよ……」
「え?」

「……友達……だよ……私達は……ズリ……離れていても……何処にいても……ずっと変わらない……友達だから……」

「馬鹿!そんな事は当たり前でしょ!諦めないで!死を受け入れちゃ駄目!!何がなんでもアンタは生きるの!皆の為に、何よりも自分自身の為にも!!」
 だがアイの言葉はそれ以上発される事は無く、静寂だけが辺りを包んだ。救急車のサイレンの音が鳴り響く。それがだんだん近付いてきても、アイはそれ以上何も言わなかった。
「嫌……嫌ぁ……」
 ズリはアイの亡骸にすがりつき号泣した。父親は救急車の隊員と揉め、母親は立ち尽くしたまま嗚咽を漏らしている。3人とも、こんな結末を予想等していなかった。
 突然のアイの死……そしてこのアイの死が、1人の男を狂気の淵へと導くのである。

「よくもぬけぬけとココに来れたものだな!この恥知らずが!!」
 数日後……葬式の席に現れた暴走トラックの運転手の遺族にフジは思い切り怒鳴っていた。あれは確かに事故だったのだ。しかし勿論フジにそんな言葉が通じるハズが無い。
 彼にとって娘は殺されたも同然だ。既に彼の瞳には狂気の光が宿り始めていた。
「よくあんな事出来るな……アイの親父さんも」
「しめやかにアイを送り出そうって言う雰囲気だったハズなのに……喪主がアレじゃ……」
「しょうがないわよ……私達とはその重さがあまりにも違い過ぎるわ」
 葬式には3人も来ていた。結局あの後買い物を続ける雰囲気では無く、残った金の一部がこうして使われるのだから皮肉な話だ。
「止めて貴方、アイが哀しむわ!」
「くそッくそッ!アイを返せ!今すぐに返せ―――ッ!!!」
 彼を羽交い絞めにして止めようとする母親。向こう側からも聞こえる怒号。葬式はアイを弔うと言う空間を成していなかった。巻き込まれる事を恐れた3人は一旦会場を出る。

 外は冷たい夜風が吹いていた。温暖な気候とは言え、リューキューにも冬の概念がある。カントー程寒くは無いが、今の3人にはこの寒さがかなり堪えた。
「アイ……本当に死んじまったのかな。全然実感無ぇんだけど……」
「私も……何でかな。目の前で見ちゃったのに……」
 その微かな呟きが嗚咽に変わるまでそう時間はかからなかった。3人は泣いた。一生分の涙かと思われる様な量の涙を流していた。
「どうして……どうしてなの……何でアイが!」
「畜生、何であの時一緒に行動しなかったんだ!守れたハズだ……」
 涙を流し続けるアイと自分達のふがいなさに憤るオボンに対して、ザロクは静かに言葉を選びながら紡いでいく。
「今更そんな事言っても仕方ないよ……僕達に出来る事はたった1つだ」
 袖で涙を拭いながらザロクは続けた。
「僕達はずっと一緒なんだ。だから忘れない。どんな事があっても一生アイを忘れないよ。そう誓おう。残った3人決して仲違いする事無く生きていく……」
「そうだな。それがアイの望んだ事だ。間違いねぇよ」
「アイ……私達、貴方の分まで生きるからね!約束するわ!」
 3人の思いは1つとなった。

 数ヵ月後……静かにゆっくりと、しかし確実にフジは精神を蝕まれていった。あの白い大邸宅の一部は研究の為に使われる様になり、妻との仲も冷え切っていく。
「貴方……」
「見てくれ、コレを」
 フジが指し示した場所には心電図の様な画面が映し出されていた。
「アイの遺骨から採取したDNAでパルス(生命波動)を作り出す事が出来たんだ。これだけじゃ終わらない。いずれは必ずアイを蘇らせてみせる」
「変わったわね……貴方は」
 既にアイの母親は家を出る支度を整えていた。
「いい加減に気付いて頂戴。アイはもう死んだのよ。私達がそれを認めなければアイも浮かばれないわ。それにそのアイは偽者よ。私達が愛し、あの友達が必要としたアイじゃ無い」
「馬鹿な。偽者なものか。アイはココにいる。私達にはアイが必要なんだ。お前になら解るだろう。私は絶対に諦めんぞ。何としても実験を継続させなければ」
「……もう、何を言っても無駄みたいね……」
 入り口の扉を開けながら、静かに彼女は呟いた。
「さようなら貴方。もう、会う事も無いでしょうね」

「私は諦めんぞ。世の中の誰もが諦めても私だけは諦めない。アイはココにいる。違うものか。何が違うと言うんだ。絶対に続けるんだ。例え泥を被ってでも……」
 自分の資金はとうに尽きていた。この数ヶ月に渡る実験だけでである。フジは自分の研究の為に金を提供してくれる相手がどうしても必要だった。
 考えあぐねた末、彼が思いついた案は……許されるべきものでは無かったのだ。

【ポケモン暦57年 カントー ロケット団アジト内部】

 ポケモンを愛する者達にとって最も憎むべき敵、密売組織……カントーに本拠地を構えるロケット団は当時最も勢力を伸ばしていた密売組織であった。
 ポケモンの密売で稼いだ金を用い兵器等を購入。最終的な目標は『武力的制圧による世界征服』だと言われている。

 57年……その年の初めにサカキは亡くなった母親、先代総帥の跡を継ぎロケット団2代目総帥となる。
 カントーでの地盤固めを進めてきた母親の成果の甲斐あって、サカキはようやく西への侵攻を画策していた所だった。
「サカキ様、アジトの近くを怪しい男がうろついていた為ひっ捕らえて参りました」
 タマムシシティのゲームセンター地下に存在するロケット団カントー本部。捕らえられた男は何故か逆に安心しているかの様な表情を浮かべていた。
「貴様、私の縄張りを嗅ぎ回るとは……警察の手先か?」
 男は総白髪の頭を横に振ると、冷汗を流しながらも話し始めた。
「私はドクトル・フジ。遺伝子工学の全てを掴んだ男と呼ばれております」
「フジ……聞いた事があるぞ。カントーで輝かしい実績を上げ一財産作った後何処かに移り住んだと言われている男だ。貴様がそのフジ博士なのか」
「貴方がロケット団総帥のサカキ様ですか」
 笑顔を作ったフジに腹を立てた幹部が彼につっかかってきた。
「貴様、気軽にサカキ様の名前を口にしおって!」
「止めてよウォリック。いちいちそんな事で目くじらを立ててたら話が進まないでしょう」
 もう1人の女性幹部が彼を止め、再びフジ博士は喋り出す。
「私はロケット団に大いなる貢献をしたいのです。ある実験の失敗続きで財産を失い、落ちぶれる所まで落ちぶれました……しかし、私の実力はこんなモノではありません。
 私の『企画』の援助をしてくだされば、確実に利益を上げて御覧に入れましょう」
「調子に乗りおって、ふざけた事を!」
 筋骨隆々の男がフジの胸ぐらを掴んで持ち上げたが、サカキは静かにだがドスの利いた声で下ろす様に告げた。彼はしぶしぶフジから離れる。
「企画……か。どんな企画か言ってみろ。私は使える奴は使う」
 フジも不敵に笑うと、『企画』の内容を話し始めた。

「サカキ様、ポケモン密売組織であるロケット団の利益を確実に上げる為には珍しいポケモンを大量に売り捌く事が肝要であると思われます」
「それで……?具体的にどうやって珍しいポケモンを手に入れるのだ」
「なぁに、珍しいポケモンが1匹さえ見つかれば後は簡単ですよ。クローンを作って売り捌くのです。1匹の珍しいポケモンが10匹にも100匹にも増える」
「成程、遺伝子工学に秀でた貴様の独壇場と言うワケか……」
 白い鎧を纏った幹部はそう言うとサカキの方を向いた。
「確かにポケモンを増やせばそれだけ売れる。高く売れるポケモンを増やせばそれだけ組織の利益が上昇すると言うワケだ……面白い。
 だが、そのシステムを確立する為にどれだけの投資を必要とするのだ。タダでそんなクローン技術を使えるワケではあるまい」
「恐れながら……」
 フジは胸ポケットから電卓を取り出すと数値を打ち込み、それをサカキに見せた。
「!!」
 それは目の玉が飛び出る程の金額だった。カントーの闇としてようやく躍進しようとしていたこのロケット団の根幹を揺るがしかねない資金を彼は要求しているのだ。
「クローンプラントは秘密裏に作り、誰にも見つからない様な場所でクローンを作らなければなりません。施設建設の費用、研究員の確保等を入れた金額でございます。是非ともご検討を……」
「サカキ様、こんな巨額の投資……失敗したら即壊滅に繋がりかねません。コレは最早博打でございます。足場を固めてきた先代の功績も考え、ココは話に乗るべきではありません!」
 女性幹部はサカキを懸命に諭したが、サカキは薄笑いを浮かべていた。
「母が何故カントー止まりであったのか……それは挑戦をしなかったからだ。挑戦をしない者に躍進はありえない。世界征服を最終目標とする我々ロケット団も今、変革の時を迎えるべきなのだ」
「しかし……」
 尚も食い下がろうとする女性幹部を横目に見ながら、サカキはフジに向かって薄笑いを浮かべた。
「だが解っているだろうな。コレは私の博打でもあるのだ。貴様にも責任が発生する。万が一その『企画』を失敗しようものなら、貴様の首は即切り落とされるものと思っておけ」
「ははっ。資金さえ調達して頂ければ、私の企画に狂いはございません。必ずや期待に応え、最高のクローンプラントを製造して御覧に入れましょう」
 フジは高らかにそう宣言し、他の幹部は彼に対してまだ疑いの目を向けていた。

 ロケット団の『科学』面を一手に引き受ける事となったフジは資金調達により優秀な人材を確保。
 さらに辺境の場所に人工島を作る事を提案。場所はリューキューよりさらに南の場所……海のど真ん中で作られたその島は『ニューアイランド』と名付けられた。
 ロケット団の者達はその名前の意味を『新たな楽園』だと考えていたが、フジの真意は別の所にあったのだ。
 (新しいアイの島……ポケモンのクローン製造を隠れ蓑とし、私は私の野望を実現させてみせる!世界がロケット団の手に渡ろうがもうどうでもいいのだ。アイさえいてくれれば!)

【ポケモン暦58年 リューキュー ニューアイランドクローンプラント】

 ロケット団の莫大な投資により人工島『ニューアイランド』とその島に建設されたクローンプラントが完成し、完成後僅か数週間でクローンプラントの稼動は開始されていた。
「君達は私が知りうる限り最高の技術を持つスタッフ達だ。組織のトップはサカキ様だが、このプラント内では私がトップとなる。私の頭脳を駆使すれば恐れるもの等ありはしない。
 ポケモンのクローンを大量製造し、一刻も早くロケット団が提供してくれた資金を返すのだ!」
 ポケモンの遺伝子を入手し、クローンを生み出す事は容易い事であった。その成長のスピード、信じられない程の生命力。クローンもまたオリジナルと何ら変わらない能力を持っている。
「フジ博士、現在のペースならば今年の暮れには提供された資金を全て返済する事が出来るかと……来年になればロケット団の組織資金は約2倍に膨れ上がる計算です」
「流石ポケモンと言った所だな。借りを返し、コレからはどんどんと組織に貢献していこう」
「まさに博士はロケット団の鑑ですよ!」
 その言葉には応えず、フジ博士は廊下を歩き奥の部屋へと消えていった。

 巨大なクローンプラントから離れた場所にある秘密の部屋……数名の信用が置けるスタッフとフジ博士自身しか入る事が出来ない場所。殆どのスタッフはこの部屋の存在すら知らない。
 一見壁の様に見える入り口にカードキーを通すと扉は横にスライドし、中に入る事が出来る。
「博士、お疲れ様です」
「どうだ、アイの様子は……」
「赤子の状態です。クローンですので数ヶ月も経過すれば博士の望む年齢に達すると思われますが……恐らく、寿命はそこまで長いものにはならないでしょうね」
 部屋の中央には1つの製造機械があり、培養液の中では赤ん坊がすやすやと寝息を立てていた。
 (今の技術ならばクローンの短期間での成長は可能な所まで来ている。だが……人間のクローンは脆弱だ。ポケモンと違い培養液の中から出たらすぐに溶けて消えてしまう。
 それを克服しない限り私は再びアイと共に人生を過ごす事は出来ない……)
 フジ博士は人目もはばからず機械に抱きつくと嗚咽を漏らした。
「アイ……戻ってきておくれ……また私と一緒に暮らそう……何時までも……」

 クローンプラントが軌道に乗り始めた頃、エリア『ギアナ』で1つの大きな発見があった。宝石が採れると言われていた洞窟での発掘作業中、1人の団員が不思議な化石を掘り当てたのだ。
 その化石は『睫毛の化石』……ニューアイランドに運ばれたその化石はスタッフ達によって調べられ、凄まじい結果が出る事となる。
「フジ博士!本部から送られてきたあの睫毛の化石……ミュウのDNAが検出されました!」
「何だと、あのミュウか!?」
 博士はスタッフと共に巨大モニターでの検証を試みた。
「コレが人間のDNA……規則正しい螺旋構造です。ポケモンのDNAはこの螺旋が多い……特に強靭な生命力の秘密とも言えるであろう部分は現在も調査を続けています」
 スタッフはもう1つの画面を表示させDNAを比較した。
「そしてコレが、今回ギアナで発見された謎のポケモンのDNAなんですが……」
「何だコレは……」
 その構造は螺旋と言うよりも波打つ鼓動……心電図で表示される様な波形の構造をしていた。さらに1つの螺旋の長さも等しく無く、バラバラになってしまっている。
「こんな構造のDNAを見たのは生まれて初めてですよ……この特異な形状から考えるに、恐らくギアナで目撃された事もあると言うミュウのDNAなのではないかと……」
「ミュウか……あらゆるポケモンの始祖ともされ、永遠の命を持つとも言われているな」

「まさかミュウの化石だったとはな……」
 背後から声がし、反射的に振り向いた2人の視線の先にはあの男が立っていた。
「サカキ様!事前に連絡をくださればお出迎え致しましたのに!」
「そんな事はどうでもいい。フジよ……早速ミュウのクローンを作るのだ」
「今まで作っていた普通のポケモンとは勝手が違います。作れるかどうか……」
「作るのだ。何としてもな。ミュウのクローンが我がロケット団の手に入れば強大な戦力となる。その戦力を糧に世界征服を成し遂げる事も夢ではあるまい」
 サカキはゆっくり歩きながらプラントの様子を見て回っていた。
「ポケモンのクローン大量生産によりロケット団は資金を得た……それも貴様の功績だ。ミュウのクローンを作った暁には貴様を正式な幹部として認めてやろう」
「ははッ……」
 深々と頭を下げるフジに対して、サカキは冷たい瞳を向けていた。
「フジよ。そう言えば近頃、カミーユから妙な噂を聞いた……貴様が人間のクローンを秘密裏に作っているとの事……本当なのか?」
 フジは迷った。ココで嘘をついてばれてしまってはこの場所を追い出されかねない。たった1つのミスでもサカキは部下を消す事があった。
「私の道楽でございます。迷惑は決しておかけ致しませんので御了承を……」
「フン。愚かな道楽だな。人間等増やして何になる」
「しかし、死んだ人間を蘇らせるのは人類の夢ではありませんか」
「死んだ人間はそれまで……生きる価値が無かったと言うだけの事。金にもならぬ人間をわざわざ作ってそれで何をすると言うのだ。
 必要なのはポケモンだ。特に永遠の命と強大な力を持つミュウは是が非でも作りロケット団の役に立てねばなるまい」
 サカキは背を向き、入り口の方へ向かって歩いていった。
「吉報を待っているぞ……」
 サカキが去った後、フジは肩を落とし溜息をついていた。
 (まぁいい……ともかくアイのクローン製造が認められたと言う事だ。今はそれに集中する事……知識も無い馬鹿に何を言われても気にしてはいけない)

「ミュウのクローン……ようやく幼体になりましたね」
「ミュウのクローンだから2匹目のミュウと言う意味を付けよう。コイツの名前はミュウツーだ。さらなる成長にはまだ時間がかかりそうだがな」
 アイのクローンがいる秘密の部屋の中でミュウツーも育てられていた。
 フジはミュウツーの存在がクローンである『アイツー』に影響を与えるのではないかと判断し同じ部屋で製造する事を決めた。コレがアイツーとミュウツーの出会いとなる。
『ねぇお父さん、あの子は誰?』
「ミュウツーだよ。お前の弟分として可愛がってあげなさい」
『嬉しいな。弟って言うか友達だね。こんにちは……ミュウツー』
 アイのクローンである『アイツー』は既にオリジナルのアイと同じ年齢、知能を獲得していた。だが勿論記憶を引き継いでいるワケでは無い。
 彼女はあの3人の事も知らなかったし、オリジナルが交通事故で死亡している事も知らなかった。

『ココは何処……僕は誰……どうして僕はココにいるの……』
『貴方の名前はミュウツーよ』
 薄暗がりの中、ミュウツーは何者かに呼ばれ振り向いた。裸の少女が培養液の中で手を振っている。
『ミュウツー……?』
『私の名前はアイツー。人間なの』
 培養液の中では解り難かったが、彼女はオリジナルと同じ綺麗なエメラルドグリーンの髪を揺らしていた。
『にんげん…………じゃあ、僕も人間かぁ』
『ううん、違うの。貴方はポケモン。ポケモンは人間よりも力が強くて色々な種類がある生き物。地面の下にいるものや、海に住んでいるもの……本当に色々』
 ミュウツーはその言葉に魅かれ、ガラスの壁に顔を近付け、アイの顔を覗き込む。
『アイツー……もっと僕に色々教えてよ』
『私が知っている事なら、何でも貴方に教えてあげる』
 ミュウツーは窓の外から見える星空を指差した。
『アイ、あの闇に浮かんでいるものは何?』
『あれはお月様……綺麗でしょう。今日は満月だから余計に綺麗。月と太陽は何時でも私達を見守ってくれているわ』
『月と太陽……ねえアイ、この世界を作ったのは誰なのかな?』
 アイは少し困った様な顔をしていたが、やがて静かにミュウツーに向かって語り始めた。
『難しい質問ね……私が思っている事だけど、やっぱり世界を作ったのは神様なんじゃないかしら。
 やってはいけない事……秩序を作ったのは私達人間だけどね。世界の中に私達がいる。人間もポケモンも生き物は皆世界と言う枠の中で生きているの。
 助け合ってね……それって素敵な事だと思わない?』
『人間と、ポケモンが助け合う……』

 橙色に染まったそれぞれの培養液の中で、アイツーとミュウツーは会話を続けていた。
 何も知らなかったミュウツーはアイツーに触れる事で世の理を知り、アイツーはミュウツーに触れる事で今まで以上の優しさを手に入れた。だがそれも長くは続かなかった。
 人間のクローンには限界点が存在し、その時期を過ぎると体がもたなくなり溶けてしまう。数ヶ月の間交信を続けてきた2人であったが、ある日とうとうそれが訪れようとしていた。

「アイツーの限界点が近くなっています。このままでは消滅しますが……」
「人間のクローンの脆さを私は呪いたい……ポケモンの生命力の強さと比べると何と脆弱な事だ。
 だが最後の最後まで私は諦めんぞ。栄養を与え1日でも長くアイツーを生かすのだ。今進めている研究が実を結べば、彼女も培養液の中から出てこれるかもしれん」
 フジ博士とその部下である研究員達はミュウツーの育成と平行する形でアイツーを生かす為の研究を続けていた。
 生命力の根源をDNAから見つけ出す事により、それを変えればクローンも普通の人間と同じ様に生活出来ると彼は考えていたのだ。
「人は生まれてしまえばその能力を大幅に変える事は出来ん。だが私が生み出そうとしているのはクローンだ……
 受精卵の時点で手を加えれば生命力の強い、新たな力を持つ人間が生まれる事も不可能では無いだろう。もう少しなんだ、もう少しで謎が解けるかもしれない……」

『アイ……どうしたの?』
『……ごめんね、ミュウツー……そろそろ、お別れの時が来たみたい』
 ミュウツーは愕然とし、ガラスにへばりついた状態でアイツーの方を見た。彼女の足がゆっくりと、しかし確実に蝕まれ消滅していっているのが解る。
 終わりの時が来たのだ。アイツーの生命の灯が消える時が……
『私ね……とっても楽しかった。貴方に会えて、色々な事を話せて……ミュウツー、私の事、忘れないでね。私は消えても、何時も貴方の心の中にいるから……』
『嫌だよそんなの!ずっとココにいて僕と話してよ!お願いだ!!』
 涙を流して懇願するミュウツーの姿に、彼女は記憶の中に存在しないハズの『小さな友情』を感じていた。
『……何でかな。そんな事今まで無かったハズなのに、私誰かにそうやって消えるのを哀しがられた気がするわ……きっと気のせいよね。でも嬉しい……』
『消えないで、嫌だよ……アイともう会えないなんて』
 彼女は『約束』を思い出し始めていた。だからこそ、ミュウツーに対しても『約束』をしたいと強く思う。
『涙を流すのは人間だけのハズなのに……やっぱり貴方は人間に近い存在なのかもね……ねえミュウツー……貴方は生きるの。生きている事ってとっても素敵な事なんだから』
 既にアイツーの体は下半身が完全に消滅してしまっていた。
『嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!消えないでアイ。僕はまだ話したい事が沢山あるんだ!ずっと一緒にいたいんだ!ずっと一緒に……』


『貴方は生きるの。生きて、もう一度会いましょう……約束よ』


「アイツーが消滅しました……」
「くそッ、アイツーが消えてしまうなんて!だが私は諦めない。決して諦めないぞ!これからどんどん新しいアイを生み出し、アイと共に生きてみせる!私の生涯を賭けて誓う!!」

『違う……アイはもういない。僕と一緒にいてくれたアイはもういないんだ。コレ以上アイを不幸にする事は僕が許さない……!』

「ミュウツーの脳波が異常値に達しています。非常に危険です!」
「睡眠薬を流し込んで意識をシャットアウトさせるんだ。早く!」

【ポケモン暦59年 ニューアイランド研究所内 ミュウツーの培養室】

 アイツーが消えてからさらに数ヶ月が経過した。ミュウツーは意識を遮断されてしまった事により彼女に関する一切の記憶を失ってしまう。人間への憎しみ、敵意だけを残して……
「ミュウツーの成長スピードは桁違いだな……」
「通常のポケモンの成長速度と比べても抜きん出ています。戦闘力も並のポケモンとは比較になりません」
「やはりサカキの言っていた通り、このポケモンはロケット団の要となるのか……」
 幼体から成体へ。ミュウツーは進化を続けていた。戦闘マシーンとして完成された無駄の無い肉体。完璧な頭脳。圧倒的なまでの破壊力……ミュウツーは完成しつつあったのだ。

『此処は何処だ、私は誰だ……誰が私を此処へ連れてきた!』

「博士、脳波がまた異常値に達しました。ミュウツーは怒りの脳波を出しています!」
「あの時と同じ様に眠らせるんだ。培養液の中から出すにはまだ早い!」
 しかしスタッフが睡眠薬を投入する前に強化ガラスは砕け散りミュウツーが培養液から出てくる。意識を遮断された事による脳への若干の障害……ミュウツーは一部感情が欠落していた。

『貴様は誰だ……』
「私はフジ。お前を作った者だ。お前は最強のポケモンとしてこの世に生まれてきた」
 ミュウツーは激怒し、指を横に振った。その動作だけでそこにいた人間が吹き飛び、壁に叩き付けられて気絶してしまう。
 自分でも抑え切れない怒りの感情にミュウツーは完全に支配されていた。
『私は人間でもポケモンでも無い、最強の存在として君臨する!人間もポケモンも私の前に跪け!神でも今の私を止める事は出来ん、全てを破壊し尽してくれる!!』
 ミュウツーは研究所を爆破しようと掌を前に突き出した。その瞬間……

『な、何だ!?』
 突然落下してきた純白の鎧によりミュウツーは体の自由を奪われ床に突っ伏してしまう。
 もがけばもがく程その鎧はミュウツーを締め付け、激痛を発生させた。
「フフフ……人間の科学力をなめてもらっては困る。お前はただの道具であり私のポケモンなのだ。私の所有物である限りは私の命令に従ってもらおう」
 奥の暗がりから幹部を引き連れたサカキが現れ、ミュウツーの前に立った。
『貴様は……何者だ!』
「なに、貴様が言う所のつまらん人間の1人だ。だが貴様を作ったのもこうして自由を奪う事が出来るのも人間……人間はこの世で最も狡猾で野望に満ちた生き物なのだ」
『私に何をさせようと言うのだ……』
「人間が今までやってきた事をこなせばいい。破壊と侵略、そして私への服従だ。私が……いや、ロケット団が世界を支配する為の尖兵として貴様を使ってやろう。今日から貴様は私の奴隷だ」
 ミュウツーは歯噛みしたが、最早サカキに逆らう事は出来なかった。ミュウツーのエターナルパワーを締め付けるパワースーツ……その鎧はサカキが研究所にいた別のスタッフに作らせていたものだ。

「さあミュウツー、力を解放しろ!破壊を尽くしポケモンを奪い取れ!」
 カントーの人々は恐怖に震え上がった。最強のポケモンミュウツーは次々に街を襲い破壊の限りを尽くす。
 ポケモンは奪われ人々も大勢死んでいく……ロケット団の野望はジョウトにも向けられ、ジョウトもまた被害を受ける。
 絶望的な状況の中立ち上がったのは、3人の少年少女達であった。

【ポケモン暦60年 タマムシシティ ロケット団地下アジト】

「貴様……私のミュウツーに何をした!」
「ロケット団が行ってきた遊びももう終わりって事だよ。アンタの負けだ」
「よくも……!」
 少年に対して拳銃を向けたサカキであったが、ミュウツーにより壁に吹き飛ばされ気絶してしまった。
『……お前が、私を助けてくれたのか……』
「なぁミュウツー。約束してくれよ。もう人を殺したり、街を破壊したりしないってさ。誰にも見つからない様な場所で静かに暮らしてくれ。後の事は俺達に任せてくれればいいから」
『約束……か。不思議な気持ちだな。その言葉、前にも聞いた様な気がする……』
 ミュウツーの脳裏に、記憶から抹消されたハズの幼い少女の影が浮かんで消える。
「レッド、大丈夫!?」
 駆け込んできた2人の男女を見て、ミュウツーは微笑んだ。それは彼が生まれてきてから初めて見せた笑顔であった。
『忘れんぞ、お前達の事を。そして私を救ってくれた恩も……今まで私は人間を醜い者達ばかりだと思っていた。
 だが違った……お前達の様に、自分の危険も顧みず誰かを助ける為に尽力する者もいると言う事を知れたのだ……お前達の言う通り、私は静かに暮らす事にしよう』
 鎧から解放されたミュウツーはそのまま消え、後には3人だけが残された。
「危なかったぜ……もうちょっと遅かったら完全にアウトだったな」
「私達も焦ったわ……グリーンにお礼を言ってよね。私1人だけじゃコントロールルームまで辿り着けなかったもの」
「有難うな、グリーン」
 グリーンはそう言われても尚ライバルと思っているマリンとレッドに対しては尊大な態度を取り続ける。
「フン。お前を助ける為に協力してやったワケじゃないぜ。世界の危機を救ってやったってだけの事だ。
 それよりポケモンを鍛えておけよ。次の戦いはリーグでだ。お前達をぶっ潰して俺がチャンピオンになってやる!」
 グリーンは立ち去り、その後2人は暫く経ってから脱出したのだった。

【ポケモン暦68年 ニューアイランド 研究所内】

 伝説のトレーナー、レッドがミュウツーを救い出してから8年……長い年月の間フジ博士はたった1人で半ば廃墟と化した研究所内での研究を続けていた。
 カントーでのロケット団壊滅、ジョウトでの残党逮捕……ロケット団が消えても尚博士は捕まらなかった。
 警察がこの人工島に気付かなかった事、そしてロケット団のメンバーとしてのフジ博士が世間に知られていなかった事もあり、こうして研究を続ける事が可能となっていたのだ。
 しかし今までの結果は悲惨なものだった。
「アイスリーもアイフォーも失敗した……どうすればアイをこの世に蘇らせる事が出来るのだろう……」
 疲労・絶望感・逮捕されるかもしれないと言う恐怖……様々な事柄がさらに彼を蝕み、フジ博士は精神を病んでいた。クローン製造の失敗が続いた事もその狂気を加速させる一因となる。
「人間としてアイを進化させる事を続けてきたがもう限界だ……最早別の観点からアイ復活を考えねばアイが生まれる前に私が死んでしまうかもしれない。どうすれば……」
 その狂気から悪魔じみた考えが浮かぶまで、さほどの時間はかからなかった。
 (そうだ……何故こんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。私には切り札、ミュウのDNAがあるじゃないか。
 アイのDNAとミュウのDNAを強制結合させ、アイの外見とミュウの生命力の強さを併せ持った生命体が誕生すれば……アイは培養液から解き放たれ、さらには永遠の命を得る事になる!)
 遂に彼は科学者としてやってはならない禁忌へと足を踏み入れてしまった。合成獣(キメラ)を作る事……ある1人の女性科学者が手を出してしまった後にフジ博士もまたその研究を始めようとしていた。
 ハードルは高い。狂気の中にいたフジ博士であったが科学者としての知性が消えていない以上、成功する確率は極めて高かった。そして数年後、それは実現する事となる。

【ポケモン暦73年 ニューアイランド 研究所内】

『……ココは何処?私は誰?どうして私はココにいるの……』

 『彼女』が、産声を上げた。フジ博士の努力により強制結合に成功。アイとミュウの遺伝子を内包した全く新しい生命体が生まれたのだ。そして彼女が外の世界に飛び出す日も近付いてきていた…… 

■筆者メッセージ
元の物語とオリジナルのストーリーをいかに無理なく繋ぎ合わせる事が
出来るか。そこが大きな難題でした。アイの死んだ場所や彼女の出身地
等が設定では曖昧になっていたのでそこから話を膨らませる事が出来たのは
大きかったと思います。1+3人の友情物語を楽しんでください。
夜月光介 ( 2011/09/29(木) 20:08 )