ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
Missing Link3『ミュウを探しに』
 トサカとシズカがホッカイに里帰りしたリーグ休暇の期間の丁度2ヶ月前……トーホク四天王として活動していたカツラは突然倒れ、病院に搬送された。
 病名は心筋梗塞……突然の訃報に驚愕したホウエン四天王のアスナは周囲の反対を押し切って規定を破り、病院に直行する事となる。

「爺ちゃんは……どうなるんですか?」
「今だ教授の容態は予断を許さない状況です。最悪の可能性も視野に入れておいて頂きたい」
「……突然の事で、私自身頭が回らない状態ですけど……」
 炎タイプ使いのアスナは今年で18になる。ミュウの研究に没頭していたカツラはアスナの祖父にあたり、彼女は幼い頃から彼の事を尊敬していた。
 救急治療室の前、置いてあるソファの上に腰を下ろし自らの心を落ち着けようとするものの、彼女の動揺は全く治まらない。
 (確かに爺ちゃんは82歳……お迎えが来てもおかしくは無い年齢ではあるけど早過ぎる!まだやりたい事は沢山あったハズなのに……神様、どうか爺ちゃんを助けて……)
 蚊帳の外にいるアスナは、ただ涙を流し祈り続ける他手段が無かった。

 一方ウオマサリーグの関係者達も突然の出来事に困惑していた。
「朝方まで徹夜で研究を続け、我々と共に朝食を摂り自室に戻った所で発作が起こった……」
「すぐ発見出来たのは良かったですが、どうなるのか……」
 リーグスタッフの一部と四天王・チャンピオンは会議室に集まり、今後の対応を協議していた。リュウジにしてみれば頼りになる四天王メンバーの離脱は避けたい所である。
「リュウジ様、万が一カツラさんが亡くなってしまった場合は……」
「その時は候補を探すしかないと言う事になる。幸いな事にリーグに挑むレベルのトレーナーがチャンピオンの挑戦以降全く出現していないから、数ヶ月は猶予があるだろうね」
「候補、ですか……」
 同席していたユキナリの脳裏には大勢の兵達の姿が浮かんでいた。
 (単純にカツラさんに勝利したトレーナーを考慮するとなるとトサカさんか兄さんか……ただ、2人は四天王に甘んじる様なタイプの人達じゃ無いけれど……)

 懸命の治療も虚しく、その日の夕方カツラは息を引き取った。研究者としては長命であったものの惜しまれるべきトレーナーであった事は間違いない。
 アスナは悲痛な気持ちのまま病院を後にし、その足でウオマサリーグ本部へと向かった。彼女には知りたい事があったのだ。
 死の直前まで祖父が追い続けていたのは一体何だったのかと言う事実を……
 (爺ちゃんは倒れるまで研究を続けていた……その研究が頓挫してしまった今、孫である私が何としても引き継いで、結果を残してあげないと!)
 カツラの為に作られていた研究室は特段の散らかりも無く、薬品等が棚に綺麗に収まった状態のままであった。彼女は机の上に広げられていたノートを手に取る。
 (爺ちゃんの研究ノート……?)
 文章になっているものは少なく、殆ど乱雑な単語の羅列であったが、気になったフレーズは何箇所かあった。文章になっている言葉と一緒にして彼女は考えてみる。

『ミュウ 永遠の命 全てのポケモンの源流?』

『生命パルス 生けるもの全てに存在する電磁波に近いオーラ』

『同じパルスに反応の可能性 ミュウに遭遇する機会を得る』

『完成 2ヵ月後に現地に赴く』

 最後の単語は恐らく朝方に書かれた最後の執筆であった事と推察された。リーグ休暇を使ってカツラは何処かに出向こうとしていたのだ。完成した『何か』を持って……
 (電磁波に近い……電磁波を放出する?爺ちゃんはずっとミュウの研究を続けていた……ミュウの目撃情報があったのは南米のエリア『ギアナ』……そこへ行こうと……)
 研究室の机の上に置かれていたリュックの様な機械……背負う事が出来るその機械をアスナは暫く眺めていたが、決意に満ちた表情でそれを背負うと研究室を飛び出した。

「爺……いえ、私の祖父は生命パルスの研究を続けていました」
 アスナの呼びかけにより会議室に集まった者達は、皆口を挟む事無く、彼女の話を聞いていた。ホワイトボードに書かれる文字は全てノートに書かれていた言葉ばかりだ。
「ミュウの研究成果を確かなものとする為にも、祖父はミュウに会うつもりだったのだと思われます。擬似生命パルス発生装置とでも名付ければ良いのでしょうか。
 この機械でミュウに遭遇する事が出来る……かもしれません」
 正直装置の実験すらもしていない状態では彼女自身も半信半疑であった。しかし、このまま祖父のしてきた事を無駄にしてしまうのはあまりにも惜しい。
 その思いで今回の提案をウオマサリーグの関係者に出したのだ。
「2ヶ月後のリーグ休暇を利用して、私はギアナに渡ろうと思っています。ですが私1人だけでは成せない事……皆様の協力が必要なのです!」
 話を聞きながらもずっと黙っていたリュウジは、この時になって初めて口を開いた。
「ウオマサリーグにてカツラさんは偉大な功績を残された方だ。その恩義に報いる為にも、ギアナ遠征に手を貸さないワケにもいかないだろうね」
「ほ、本当ですか!」
 若干曇っていたアスナの表情が一気に明るくなった。リーグ関係者の支援があればギアナ遠征も容易となる。
「私は自家用のクルーザーを貸そう。最新鋭の設備・機能を搭載している。1日走り続ければギアナに上陸する事が出来るだろう。
 リーグスタッフとして運転をしてもらう事もあるスミレ君とマサミ君は彼女の旅に同行してもらいたい」
「了解致しました、リュウジ様」
 名前を告げられた2人は立ち上がると頷き、アスナの方を向き彼女を見つめた。
「食料や遠征に必要な道具は全て支給させてもらう。元々リーグにとってもミュウの発見が成れば大きな話題となるからね。
 それに私自身もミュウに対しての興味がある。是非遭遇してきてほしいものだ……健闘を祈るよ」

 会議室での決定から2ヶ月が経過した。アスナは2ヶ月の間に準備を整え、また他のエリアから遠征に参加したいと名乗りを上げる者が出てきた為、その者達との話し合いも進められた。
「俺もミュウには是非会ってみたかったからな」
 ミュウ遭遇への興味を持ったのはミュウツーと邂逅した経験を持つ最強者を含む面子、即ちレッド・グリーン・マリンと言ったトレーナー。
 そしてアクア平和グループからの命令を受けたカスミもまた参加する事が決まった。単なる参加者としてだけでは無く、未知の大陸を歩くうえでの用心棒と言う意味合いも強い。
「ミュウツーはずっと悩んでいた様だった……最強の存在として生まれてきた意味をずっと模索していたが、結局俺達は奴を助け出す事しか出来なかったな」
 海の上を走る大型クルーザーの甲板上には、既に彼等の姿があった。シオガマシティの港から出航して既に数時間。
 一昼夜走り続ければ到着となる為ギアナに辿り着くのは明日の朝であると思われた。クルーザーを動かす事が出来るのはリーグスタッフの2人とカスミのみ。
 走り続ける為には交代で船を動かす必要がある。
「私は爺ちゃんを尊敬してはいましたが、実際に会う事が少なくなってからは研究内容も把握出来なくて……爺ちゃんの人生が意味あるものであったと証明する為にも、この機械でミュウに会いたいんです」
「訃報を聞いた時はショックだったよなぁ。82だったっけ?」
「私達も色々お世話になった人だったものね。かなり手強いジムリーダーだったわ。トーホクに移ってからは結局アスナさんと同じ様にカツラさんとは疎遠になってしまってけれど」
 彼等はそれぞれ内容こそ違ってはいたが、過去を思いそして溜息をついた。誰でも過去を思い出すと言う事は辛い。現在において死んでいる人間の過去を思い出す時は尚更だ。
「ミュウの生態研究は祖父さんも興味があったテーマらしくってな……祖父さんが死んじまった今、そのテーマを孫である俺が扱おうとしてるってのも奇妙な縁を感じさせるぜ」
 グリーンもまた、アスナと同じ様に死んでしまった祖父のノートを持参してきていた。
「単純な一生命体として見る事も出来るだろう。クローンを作る事が出来たと言うのがその証拠の1つだ。ただし、生命体としては考えられない程の再生力、それに圧倒的な破壊力と永遠の命……
 色々な科学者がミュウを追い続けている。ま、その理由はハッキリしてるがな」
「不老不死ね」
「そう。ミュウの生命力を人間に応用する事が出来たならばその人間はミュウと同じ様に永遠の命を手に入れる事が出来る。
 ただし現時点ではポケモンのDNAと人間のDNAは構造が違い過ぎて合わせる事は出来ないがな。それが出来れば難病からの生還も可能になるかもしれない」
「確かにミュウツーは凄かったからな。木っ端微塵になったとしても細胞レベルでの復活が可能かもしれないと思ったが……実際の所はどうなんだか解らないけどな」

 ミュウに関する議論は尽きなかったが、時間は過ぎ船は確実にギアナに向かって進んでいく。
 出来得る限りのスピードで飛ばし続けた結果、予定通り何とか朝方にはギアナに到着する事が出来た。
「あれがミュウの目撃情報が多発したと言われるテーブルマウンテンか……」
 砂浜を抜けると密林が広がり、さらにその奥に巨大な山が聳え立っている。その山はさながら切り取られた後の樹木の様な形をしていた。無論切れ目に見える部分が頂上となる。
「麓に到着するだけでもかなり時間がかかりそうだな。俺達がテーブルマウンテンに向かう間、船を停めておく奴が最低1人は必要になる。ギアナは完全な未開の地じゃ無いからな」
 ギアナ周辺は無人であるものの、昔ロケット団が洞窟に侵入した様に人が近くにいる可能性は否定出来ない。万が一船を奪われてしまったら賠償しなければならない為、盗難は避けなければならなかった。
「護衛の為のポケモンは私達も持ってきています。その役目は私達にお任せください」
 留守番に名乗りを上げたのはリーグスタッフの2人であった。元々アスナの旅のサポートとして参加している以上、でしゃばるワケにはいかない。ミュウに会う旅に同行する事は出来ないのだ。
「有難う。帰るのが何時になるのかハッキリとは言えないけれど、なるべく早く戻ってくるわ」
 総勢5名のトレーナー達は船を降り、そのまま広がる密林へと歩いていった。

 遠くから見れば一目瞭然であったテーブルマウンテンも、一度ジャングルの中に入ってしまえば見えなくなってしまう。
 その為彼等は地図と方位磁石、更にはポケギアでのGPS機能を用い最善のルートを進もうとしていた。
「しかしデカい木ばっかりだな。俺達の身長を遥かに越える木がそこら中にあるぜ」
「こういう密林は目印が無いから迷いやすいのよね。それに野生のポケモンが生息しているから充分に気を付けないと危ないわ。はぐれない様にして頂戴」
「お姉ちゃん、なんか何時もの様にリーダーぶってるみたいだけど、そこはアスナさんに譲ってあげてよね」
「全くだ。今回の旅はアスナさんがいなかったら全く意味の無いものなんだしな」
「いえ、別に良いんですよ私は……」
 試行錯誤しなからも何とか進んでいくと、突然木の上の方から広範囲に響き渡る唸り声が聞こえてきた。
「おっと、こりゃ俺達の出番か?」
「オコリザルか。どうやらテリトリーに入ってきた俺達を排除しようとしてるらしいな」
「暢気に言ってる場合?少なくとも30匹はいるでしょこの数……」
 暗がりから見える姿から判断して、包囲されている事は確実だった。
「とりあえずアスナさんとカスミは先に行っててくれ。後は俺達3人で片付けるから」
「ルールの無い戦闘ってのは楽で良いよな。ポケモンを戦わせるのも久しぶりだ……」
「私達がどれだけ凄いトレーナーなのか、しっかり教えてあげないとね!」
 カスミとアスナが走り去った後、3人はそれぞれモンスターボールを取り出していた。グリーンも科学者としての道を歩みだしたとは言え、自分の相棒を捨てたワケでは無い。
 トレーナーとしての矜持は捨てたが今だ彼の強さ自体は健在である。
「見せてやるぜ、人間に敵意を向ける野性の獣と、洗脳により人間と協力し合う様になった『ポケモン』の格の違いって奴を!」
 一斉に木の上から飛び掛ってきたオコリザル達を三法から光の砲撃、紅蓮の炎、水の波動が阻み、あっと言う間に吹き飛ばしていく。
 トレーナーのポケモンに比べれば実力を持っていない野生のポケモンは非常に脆かった。

「ざっとこんなモンよ。俺達に勝てるなんて思うのが間違いなんだ」
「それは良いけど、早く2人に追いつかなきゃ不味いでしょ。先に走ってもらってるけどはぐれたら意味が無いんだからね!」
 僅か数十秒で黒焦げになったオコリザル達の群れ。水を浴びたものは密林の外はおろか海まで吹っ飛ばされた模様である。
 確かに彼等3人の腕は他のトレーナーとは明らかに違っていた。3人は急ぎカスミ達に合流する為、走り出す。

 一方オコリザルの群れから逃れテーブルマウンテンの麓に辿り着いていたカスミとアスナは、走る彼等に気付き追ってきたケンタロスと対峙していた。
 ギアナは聖地と呼ばれるだけあってポケモン達の楽園と化している。それ故に侵入者はテリトリーを荒らしたとして排除の対象になってしまうのだ。頂上までこの襲撃は続きそうだった。
 (それにしてもどうもおかしいわね。野生のポケモンが獰猛なのは解るけど好戦的過ぎるフシが感じられるなんて……強大なオーラに怯えて興奮している様な気がするわ)
 カスミは反射的に上を見上げた。険しい山道を制覇すれば頂上……その頂上付近の空の色が虹の様に様々な色へと変化している。オーロラの様な美しい、けれど異質な自然現象だ。
「カスミさん、レッドさん達の到着まで、私達2人で持ち応えましょう!」
 襲い掛かってきたケンタロスを阻む形でスターミーが出現し、ハイドロポンプを見舞うとケンタロスは飛ばされ、吹き飛んでいった。だが他のポケモンも集団で押し寄せてくる。
「まさか、アスナさんが背負っている機械から既にパルスが放出されているんじゃ?」
 カスミはアスナに背中を向けさせ、機械を調べたがスイッチは入っていなかった。
 (とすれば……既に本家がこの近くにいるって事かしら)

「何なんだあの空は!急に輝き始めやがったぞ!」
「急ぎましょう、何かの兆候かもしれないわ」
 カスミとアスナに合流する予定であった3人であったが、襲撃を退け走っている間に2人の道筋を見失っていた。既に山道には入っていたが2人の姿は見当たらない。
「こりゃ、探している暇も無さそうだな……一旦山頂まで駆け抜けるしか無いか。山頂は他のポケモンのテリトリーじゃ無いらしい」
「逆を言えば、『ミュウの縄張り』だから他のポケモンが手を出してこないとも言えそうね」
 分かれはしたが、2つのグループは順調に山道を突き進み、山頂まで急ぐ。テーブルマウンテンの山頂は富士山ほど高くは無いが、それでも標高は約2500m。
 樹木で言うと丁度年輪が見える巨大な円状のフィールドが広がっているハズだった。
 麓に着いてから踏破まで3時間弱。高い所も歩き慣れているレッドは余裕の表情であったがマリンやグリーンはかなり疲労が溜まっている。
 何とか頂上に到着した瞬間2人は倒れ込み荒い息を吐き続けていた。
「くそ……結局合流は出来なかったか……」
「ハァハァ……しんどい……何て高さなの……」
「情けねえなぁお前等。こんなのより高い山なんて幾らでもあるんだぜ?」
 頂上は涼しい風が吹き渡り、岩剥き出しの大地が広がっている。それから遅れてカスミとアスナが到着した。2人もまた疲労困憊の極みにある。
 特にアスナは機械を壊さぬ様にと戦うにも必死であった。
「アンタ達全然役に立たないんだから、もう!」
「お姉ちゃんそういう言い方無いでしょ……私達だって……余裕無かったんだから……」
「帰りも強行軍か。参っちまうなぁ・・・」
 合流した5人は暫く休んでいたが、体力を回復させると機械のパルス放射準備に取り掛かった。
「爺ちゃんの研究の成果が確かなものなら、この擬似『生命のパルス』でミュウが吸い寄せられるハズなんだけど……」
「パルスって、ミュウツーが発していた『紫のオーラ』みたいなモンなのか?」
「生命の根源的なモノよ。物質の形としては電磁波に近いものだけど、どんな生命にもそれはある……生きているものなら全てに。私達にもポケモンにも」
 カスミはそう言うと、地面に転がっている石を拾い上げた。
「石はパルスを放出しない……何故ならば『生きていない』から。生きているものには心臓の鼓動がある。その鼓動とパルスには密接な関わりがあるらしいの。
 カツラさんはその謎に迫り、確証を得られないままこの世を去った……けれどこの機械でミュウを呼べたら、その謎が謎じゃ無くなるかもしれないわ。私達には理解出来ないでしょうけどね」
「祖父さんが生きていたら、それが暴けたかもしれないんだけどな……」
 グリーンは俯き、今は亡き博士を想った。オーキド博士もカツラ教授と同じ様にミュウに魅入られた男の1人である。
 ミュウの純粋なクローンであるミュウツーと邂逅した3人から色々と話を聞きたがった事を、彼等は忘れてはいない。
 (博士……教授……貴方達が出来なかった事を、今俺達が受け継いで形にしますよ……)
 レッドはアスナと共に機械の調整を手探りで行っていたが、遂に波長を合わせる事に成功した。
「ラジオの周波数を合わせるのと基本は一緒だな。合った事が解るのも同じだ」
 その瞬間空気の波が機械を取り囲んでいた5人を通り過ぎていくのが解った。地面に転がっている沢山の小石が振動し、ドーム状にその波は広がっていく。
「見えない事に真実が隠されているとはよく言ったものだけど……」
 マリンは立ち上がりたった今感じた『何か』を表現する言葉を探したが、結局言葉は出てこなかった。だが普段とは決定的に違う雰囲気を肉体は敏感に感じ取ったのである。
 普段接している都会の喧騒とはまるで違う不可思議な空気、その中に立っている自分……

「空の色の変化も激しくなってきたな」
 オーロラの輝きを保っていた空が、色の明滅を始めた。それが徐々に早くなっていく。
「何か来る……近付いてくる……俺達はこの感覚を覚えているぜ。あいつと遭遇した時と全く同じだ。空気が震え、背筋が寒くなる様なこの感覚を……」
 5人はそれぞれ別の方向を見て今か今かと待ち構えていたが、不意に北の方角辺りを見つめていたマリンが頓狂な声を上げた。
「あッ……来た!近付いてきたわ!!」
 その機械から発せられているパルスに導かれたのか、『彼』がゆっくりと近付いてきた。
 薄紫色の体を持つその生物は、神話にも登場し古代遺跡の壁画にもその姿を残している程の伝説のポケモンである。
「ミュウ……!」
 皆一様に驚いていたが、アスナにはその驚きと同時に涙もこみ上げてきていた。祖父の研究が実を結んだ瞬間……
 祖父がやってきた事は正しかった。機械も役立った。それがハッキリと証明されたのだ。
『僕を呼んだのは、誰?』
 ミュウツーと同じ様に、ミュウは5人と一定の距離を置いた状態で話しかけてきた。いざとなれば虚空に掻き消えてしまう事もこのポケモンならば容易であろう。
 あらゆる技を覚え人語を解し、人間の生まれる前から悠久の時を過ごしていたとされる謎めいた存在……そんなミュウと、5人は話すチャンスを得たのだ。
「俺達だ。アンタの生命パルスに似たものを放出してアンタを呼んだが敵意は一切無い。ただ、会いたかった……会ってみたかっただけなんだ。本物にお目にかかりたかった」
『本物……?』
「完全な偽者ってワケじゃ無いわ。貴方のクローンと私達は出会い、それを助けた……圧倒的な力を持っていた彼でさえ人間の科学力には敵わなかったわ」
『ああ、僕もそれは感じていたけど……優劣はどうでも良かったな。『彼』に実際に会った事は無いけれど、『敵意』は感じたよ。僕と彼、彼は優劣を決めたがっていた……』
 ミュウは上空に舞い上がると、両手を大空に向かって高く上げ、美しい声で言葉を続けた。
『君達人間が知恵の象徴ならば、僕は命の象徴……僕は何処にでもいるよ。君達が普段見慣れているもの……全てに僕の生命の息吹が宿っている。
 太陽にも、月にも、海も陸も空も、宇宙も全て僕と同じ。世界は、時間は、空間は、合わせて1つの巨大な生命体なんだ』
「1つの、生命体だって……?」
『本当に生きているワケじゃないよ。でも僕達は1人1人が違う意見を持っている様に見えてその実、沢山の人達がいるから生きていられるんだ。
 僕と君達が違う所……それは永遠の命を持っているかいないかの違いでしかない。僕も君も宇宙の一部。でも哀しい事じゃない。寧ろ喜ぶべき事さ。それは皆が仲良くなれるって事なんだから……』
 ミュウは笑い、5人はその言葉の真意を掴めずにいた。いや、世界中の誰もがその本当の答えに辿り着く事は無いだろう。ミュウだけがその答えを知っている……
 宇宙の真実に到達したに違いあるまい。永遠の命を持っている彼だけが……
『僕は何時でも君達の側にいるよ。君達が普段過ごしている何気ない日常の風景の中にも僕はいる。でも誰も気が付いていないだけなんだ。それを、忘れないで。
 君達が『間違った道』に進みそうになっても、必ず止めてあげるから……』
 ミュウは最後にそう告げると、そのままゆっくりと遠ざかっていく。呆気に取られただ彼を見つめていた5人であったが、アスナは最後に我に返り叫んだ。
「有難うミュウ!爺ちゃんと貴方を会わせてあげたかったわ!!」
 ミュウはその言葉には応えなかったが、見えなくなるまで微笑みながら手を振り続けていた。

「撮影機器、持ってくりゃ良かったかな……」
 ぽつりと呟いたグリーンの言葉に、マリンは溜息をついた。
「持ってきたって映らないでしょうし、第一来てくれなかったわよきっと。それにこの機械の事を公にすればこの聖地ギアナが穢される原因にもなりかねない……
 研究が成功したって事を話していい人間にだけ話して終わりにしましょう。第二・第三のロケット団が出現するのを食い止める為にもね」
「あら、たまにはアンタも良い事言うじゃない」
「なッ……人が感傷に浸ってる時に茶化さないでよお姉ちゃん!」
「まぁまぁ2人共……とにかくミュウには会えたんだ。それで充分だろう。アスナさんはどう考えてる?」
 アスナは機械を背負うと、にこやかに微笑んだ。
「コレで……爺ちゃんも喜んでくれたと思います。私が責任を持って保管し、何時か、純粋な気持ちでミュウに会いたいと思う人が出てくる時まで持っておこうかな……と」

 帰りの船の中では、全員殆ど何も喋らなかった。疲労の極みにあったのも確かだが、それだけで無く、余韻を出来るだけ長く残しておきたかったせいもあったのだろう。
 時代を知る者達とミュウの出会いは、また1つ、歴史に新たなページを加えたのであった。

■筆者メッセージ
ミュウの存在と『パルス』は後々出てくる事になる単語です。
人間とポケモンの合成獣、『キメラ』の存在にも注目しておいてください。
夜月光介 ( 2011/09/05(月) 19:36 )