ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ− - ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
Missing Link2『2人の道標』 前編
 2人の思いは交錯し やがて1つになる

 ホワイトの物語から丁度6年前にあたるポケモン暦62年……
 世間では歴代最強のチャンピオンとも謳われたレッドが行方をくらまし、彼の思惑を探るべく連日の様にニュースでその事が報じられていた頃である。
 何人ものトレーナーが第二のレッドを目指しリーグに挑んだ。そしてその熱気はトーホクの最北端にある小さな島、ホッカイにも届く事となる。

「待ってよ兄さん!」
「ヘッヘッヘ、こっちまで来いよカズヤ!」
 雪が降る砂浜を駆ける少年達は寒さも気にせず毎日外で走り回っていた。遊ぶ事、そしてポケモンバトルに人生の重きを置いていた何処にでもいる普通の少年……
 それが若き日のトサカだったのだ。
「ハァ……ハァ……やっぱり兄さんは速いね。全然追いつけないよ……」
「お前ももっと体を鍛えろよ。そうすりゃもっと走れる様になるさ」
「あー、こんな所にいたのね!」
 砂浜で荒い息を吐いていた2人のもとに1人の少女が駆け寄った。エメラルドグリーンの髪は長く、あまりの長さ故に片目を隠してしまっている。
「駄目でしょトサカ! カズヤ君はあんまり体強くないんだから……」
「大丈夫だよシズカ姉さん。今日は体調が良いから外に出たんだし」
 可愛らしい少年は微笑み、シズカは仕方ないとばかりに頭を掻いた。
「ともかく、私だってトサカのお母さんに頼まれてるんだから、絶対に無理させちゃ駄目よ。元々アンタがお兄さんなんだから面倒みる立場にならなくちゃ」
「解ったよ。いちいち五月蝿えなー……」
「兄さんはお小言を姉さんに言われるの大嫌いだもんね」
 2人は笑い、トサカはふくれ顔で黙ってしまった。

 ホッカイに住んでいた頃のトサカとシズカは毎日を気楽に過ごしていた。トサカの弟カズヤは素直で優しく、シズカの事も『姉さん』と呼んで慕っている。
 このまま2人が島に残り続けていたのなら、運命は大きく変わっていたのかもしれない。だがトサカにはポケモントレーナーとしての夢があった。誰もが見る夢が……

「旅に出る?」
 ある日の夜、トサカの家の2階にあるトサカの自室でシズカはその話を聞いた。
「ああ、俺もトレーナーとしての実力を結構付けてきたし……早いに越した事は無ェだろ。トーホク本土に渡ってリーグを目指す。1年か、あるいは2年はかかるだろうがな」
「両親は納得してくれたの?」
「お袋は最後まで渋ってたけど折れてくれたよ。親父が『自分の生き方を貫け』って言ってくれたのも大きかったんだろうが」
「そう、なんだ……」
「お前も一緒に来るか?」
 トサカに誘われ、一瞬シズカは戸惑った。
「私は……そんなにトレーナーとしての才能も無いから……トサカの足手まといになっちゃうだけだと思うの。だから……無理よ」
「そうか……まぁ仕方無ェよな。なるべく早く帰ってくるから」
 トサカが心配していたのはカズヤの事であった。実弟であるカズヤはあまり体が丈夫な方では無い。今までは2人のサポートで助けていた部分もあったのだ。そこはやはり心配の種だった。
「カズヤ君の事は大丈夫。トサカのご両親もいるんだし、私も面倒見る事が多いから」
「あぁ、そうだよな……有難うシズカ」
 暫くシズカは押し黙っていたが、不意に涙を流しそのまま訴える様にトサカの手を取った。
「トサカ、絶対帰ってきてね。そして……強いトレーナーになって!」
 シズカは持っていたバッグから雪綿花の首飾りを取り出しトサカの首にかける。
「私の事……皆の事忘れないで。忘れないでね……」
「解ってるって、泣くなよ……」
 何か得体の知れない不安がトサカを襲ったが、トサカは気のせいとそれを払いのけた。

 翌日の朝……大きなリュックを担いだ彼を船着場まで2人は見送りに行った。
「兄さん、頑張ってね!」
「ああ、必ずリーグチャンピオンになって帰ってくるからな!」
 一抹の不安こそあったものの、トサカにとってリーグ制覇は子供の時からの夢である。もっと早く旅立ちたかったと言うのが本音である位だ。
「トサカ、リーグに挑戦する時は全国にテレビ放映されるんだからちゃんと身だしなみ位整えないと駄目よ。あと、その時は島民総出で応援すると思うわ」
「ハハ、今からそんな事考えても始まらねェさ。大丈夫、吉報を待っててくれ」
 笑いながら乗船するトサカの首には、あの雪綿花の髪飾りがしっかりとかかっていた。

 船がゆっくりと、しかし確実に遠ざかって見えなくなっていく。シズカとカズヤはトサカの姿が豆粒の様になり、そして消えるまでずっと手を振り続けていた。
「行っちゃったね……」
 カズヤはシズカの方を見ながらそう静かに呟いた。
「誰にだって夢はあるのよ。その夢を実現させる為に皆頑張ってる」
「シズカ姉さんにはどんな夢があるの?」
 シズカは暫く考えた後、笑いながらこう答えた。
「トサカが立派なトレーナーになってくれる事……かな」
「何それ、姉さんが頑張らなくても良い夢じゃないか!」
「そうね、ちょっと違うかな」
 2人は笑ったが、3人で笑い合っていた時の事を思い出し涙が滲んだ。それでも引き止める事は出来なかった……
 トサカの夢は彼自身が選択し心から望んでいた事、それを友として止める事等出来るワケが無い。

 船は数時間かけてシオガマシティに到着した。トサカはココからコヤマタウンへ下り、それから通常のルートを辿り直して北上すると言うコースを取る事になる。
 既にトサカは後に終生のパートナーとなるゴクリン(マルノーム)やドガース(マタドガス)、アーボ(アーボック)の3匹をホッカイで捕まえ持っていたが、
これからもっと強いポケモンをトーホクで捕まえ育てていかなければリーグには挑めない事も解っていた。
 (シズカ……カズヤ……俺を見守っていてくれ。絶対に強くなって帰ってくるぜ!)
 トサカは握り拳を作りながら青空の下そう誓った。

 トサカのトレーナーとしての実力は実際非常に高く、破竹の勢いでジムを次々突破していった。
 その度にトサカは手紙を書いてシズカに送り自分がどれだけ強くなっているかを報告し、シズカも喜びの返事を書く。それが数ヶ月に渡って続いた。だが突然、それが止まってしまったのである。
 原因はリーグへ挑む事へのプレッシャーだった。最後のジムリーダーは若くしてあくタイプの使い手となったルナであったが、彼女相手に辛勝してから急にリーグに挑むのが怖くなってしまったのだ。
 (負ければ全てを失うリーグ……俺は本当に勝てるのか?)
 今こうしてトサカの手元には数ヶ月間頑張って取得した8つのバッチがある。リーグで負ければ全てを失いもう一度やり直さなければならないのだ。
 人より人一倍プライドの高いトサカにとってその屈辱は計り知れないものとなる。かといってリーグに挑まなければココまで頑張っていた意味すらも無駄になる。矛盾に悩み、トサカは結局答えを出す事が出来ずにいた。
 (俺は何をやっているんだ……)
 恐怖、悔恨、非哀……様々な感情がトサカの心を蝕み続ける。ココで終わっていいのかと言う思いとココで負けたら夢が終わると言う思いが交錯し……堂々巡りを繰り返す。
「畜生、俺はどうすればいいんだ!!」
 トサカにはユキナリの様な覚悟があまりにも足りなかった。それでいてグリーンの様な愚かなプライドもあった為彼は何時しかその悩みを忘れる為に奈落の底へと堕ちていく事になる。

 一方シズカは1年が経過した時からトサカの安否を気にしていた。
「姉さん……手紙、来た?」
 カズヤの尋ねにシズカは何時もと同じ返事を返す。
「来てないわ」
 彼女自身も違う返事を返せればどれ程有難いかと考えていた。約半年間続いた手紙のやり取りは途絶え、何の連絡も入らずにいる。
 リーグに挑戦した少年の事を新聞で見て一瞬期待したが、それは別人のものだった。
「カズヤ君の両親も心配してるでしょう」
「うん……もしこのまま帰ってこなかったらどうしようって何時も話してる」
 (……そんなハズは無いわ。トサカはそんなにやわな奴じゃない。待つのよ。もうちょっと、もうちょっとだけ……)
 結局2人は更に1年トサカの事を待ったが、その1年は無駄に過ぎ去った。

「リーダー、どうしたんですかい?」
 物思いに耽っていたトサカに対してメンバーの1人が話し掛ける。
「いや……何でも無ェよ」
 トサカは彼等を先導しながらバイクでひたすらに走り続ける……
 トサカは無頼を求めた結果暴走族と諍いを起こし、リーダーとのポケモンバトルで勝利し族のヘッドに成り下がってしまっていた。子供でありながら酒の味を覚えた。
 族に入っていた女達と遊び快楽も学んだ。そうやって溺れる事で全てを何時の間にか忘れてしまっていたのだ。逃避はシズカとの思い出も、カズヤの笑顔も消してしまっていた。
 (もう、どうでもいいんだ。どうでも……)
 あの雪綿花の首飾りはとうに捨てていた。彼は全てを捨てたのだ。

 トサカが旅立ってから2年が経過したある日、シズカはシオガマシティに到着していた。両親と話し合った結果、彼女も踏ん切りを付け旅に出る事を決めたのだ。
 リーグの事を気にしてはいたが目下の目標はトサカを探し出す事……一刻も早くトサカを両親とカズヤに会わせる事だ。シズカの瞳は燃えていた。
 (トサカは絶対に生きている……何かがあってトサカは便りをよこさなかったのよ。私は必ずトサカを……引っ張ってでも連れて帰るわ。絶対に!)
 しかしその目標も、最終的に果たされる事は無かった。

 シオガマシティに到着したシズカは、まず街での聞き込みを始めた。皮肉な事にトサカの悪名はトーホクのエリア一帯に轟いており、すぐにトサカが無頼に走った事が解ってしまう。
「バトルに負けたら金目の物は全部奪われちまうんだよ。全く酷い奴等だ」
「それでもバトルの腕は一級品よ。彼が負けたなんて話全然聞かないもの」
 シズカは悩んだ。大勢の手下に囲まれた暴走族のヘッドであるトサカと直接対面するのは非常に難しい。
 門前払いどころか自分の身すら危うくなる。どうすれば彼と対等な位置に立てるのか……
 (こうなったら……私も派閥を作って対抗するしか無いみたいね)
 組織を持つ相手には組織……どんな手段を使ってもシズカはトサカを救いたかった。そしてその為にやるべき事は解っていたのだ。

 ポケモンアカデミーと呼ばれる学校がある。ポケモンについての知識を深めたいと思う者達が集う学び舎だ。
 しかしアカデミーの乱立により風紀の悪化が目立つ学園が増加。必然的にその様な学園にはドロップアウトした様な生徒が入ってくる。
 前述の暴走族崩れの人間や所謂不良。任侠の予備軍等も中には存在していた。シズカは自分の為に動いてくれる仲間を集める為そういう類のアカデミー、女子校を選択。
 上下関係に厳しいバンカラ達にとって格上格下を決めるのは全て自分の実力次第。
 入学した彼女は当初こそ芽が出ず下っ端として動いていたものの、トサカを連れ戻したいと言う強い執念からバトルの実力を着実に身に付け、学園を徐々に掌握していった。

「それにしても姐さんの記録は物凄いですよね。この所連戦連勝ですもん」
「上級生にも勝って、下級生でありながら番長になるのも目前ですよね!!」
「まだまだ……コレで満足してちゃいけないわ。アイツより力を付けなくちゃ……」
 何時の間にかシズカには取り巻きが出来ていた。同じ学年の女生徒である。
 特にこのスミレとマサミのポケモントレーナーとしての腕は高く、取り巻きと言うだけでは無く幹部としての実力も充分に備えていた。
「アイツって……誰なんですか?姐さん」
「私にとってとても大切な人……どんな事があっても絶対に会わなければならない人なの」
「姐さんも隅に置けませんね。恋人って奴ですか?」
「そうね……そうなのかもしれない」
 シズカは自分の中でも何時しか恋慕の感情の様なものをトサカに抱いている事を感じていた。ずっと会いたかった相手……会えないが故に思いは募る。会いたい気持ちが強くなる。
「私達、姐さんの為なら例え火の中水の中ですよ!」
「姐さんの夢、絶対叶えましょうね!」

 2年後、学園を完全に掌握したシズカは16歳になっていた。
 彼女に従い行動を共にすると誓った部下の女生徒は200名を越え、トサカがリーダーとなり活動を続けていた暴走族組織『ポイズンロッド』の人員180名を上回る規模となる。
 この時から彼女はこの勢力を暴走族にぶつけようと画策していた。全員が全員と対峙すれば必ず自分はトサカに会える。それだけを励みにして頑張ってきたのだ。出陣の準備は迫ってきていた。
「いよいよ一週間後ですね姐さん。連中も簡単に挑発に乗ってきましたよ」
「抗争を行うからには全員が無傷とは限らないわ……それでも何とかアイツに会って……いえ、出来る事なら暴走族のチームそのものを壊滅させたいの」
「任せてください。私達はあんなやわな連中に負けやしませんから」
 シズカは黙って頷いた。その時……
「姐さん、大変なんです!」
 スミレが体育館内に荒い息を吐きながら入ってきた。全速力で走ってきたのか汗塗れの姿である。
「どうしたの、まさか族側が先に仕掛けてきたとか……」
「いえ、違うんです。し、信じられない人が姐さんに会いたいってこっちに……」
 スミレの声を遮るかの様にその後を追って男性が体育館内に入ってくる。その男の姿を見た瞬間女生徒達は凍りついた。彼女達がどんなに頑張っても会えるハズの無い人物、トーホクの憧れ……
「シズカ君はココにいるのかな?」
 ハッキリとよく通る声は体育館内に響き渡った。逆立った髪、エメラルドグリーンのマント、美しい装飾が施されたゴーグル……シズカもまた呆気に取られその人物を見つめていた。
 (……ト、トーホク四天王大将のリュウジ……!)

「お初にお目にかかる。私の名はリュウジ。ウオマサリーグ四天王大将を務めているよ」
 (う、嘘でしょ……私達じゃ逆立ちしたって勝てない相手じゃない)
 (どういう事なの、ココに訪ねてくるってのは……)
 憶測が彼女達の間で乱れ飛ぶが、リュウジが発した言葉でそれは一掃された。
「今日私が来たのは他でも無い。シズカ君を四天王先鋒として迎えたいと思って来たんだ」
「わっ、私が……!?」
 壇上にいたシズカが声をあげると、リュウジは彼女の姿を認めじっと見つめた。
「トーホク四天王元先鋒の電気使い、デルタ君がお父上の病状を気にして下野されてね。カントーに戻りジムリーダーとして活動する事になったんだ。
 その為四天王先鋒に空きが出来た。新たに迎えるトレーナーはとびきり優秀な女性がいい。デルタ君と同じ様な強い女性がね」
「な、何で名も無い女子高生の私を……?」
「いや、君の戦績はよく知っているつもりだよ。この学園に入ってから女生徒相手に立ち回り、連戦連勝を果たし続けてきた。
 様々なタイプを持つ生徒が多数いるこの学園の番長になると言うのは凄い事だ。しかもその若さで……私は君の様な人材をずっと探していたのかもしれない」
 (わ、私が四天王……)
 シズカは胸が高鳴った。確かにこの学園で勝ち続けてはきたものの、所詮考えてみれば井の中の蛙……とても四天王になれるレベルとは思えない。だがリュウジは言葉を続ける。
「電気使いとしての君の力量は私から見ても相当高い。それに更なる成長も伺わせる……今からリーグの施設で修行を積めば更に伸びるだろう。私と一緒に夢を見てみようじゃないか!」
 そう、普通に生きているトレーナーならばまず無理であろう四天王就任……まるで宝くじに当たったかの様な幸運である。だが気がかりな事が残っていた。
「……一週間後、抗争をしなければならないんです。私には大切な友達がいて、彼を救う為にはどうしても私が指揮を取る必要が……」
「シズカ君。君は知っているかな、幸運はすぐに掴まなければ逃げていくと言う言葉を。私はリーグ本部にすぐ参じて協力してくれるトレーナーを求めている。候補はまだいると言う事だ」
 シズカの心は揺れた。トレーナーとしての夢を取るか友人を助ける道を選ぶか……抗争を行っても助けられるとは限らない。それに四天王になれさえすれば新たなトサカ救出の道が開けるかもしれない。
「……解りました。私は貴方に従ってリーグに行きます」
「君ならそう言うと思っていたよ。すぐに支度をして私についてきてくれ」
 その瞬間女生徒達の間から大歓声が上がった。この学園から四天王が誕生する等前代未聞の快挙である。
「姐さん、私姐さんに一生ついていきます!」
「私達、姐さんがいなくても頑張って戦いますから!!」
 抗争を止めるワケにはいかない。既に小競り合いを繰り返し両軍勢の溝は埋まる事は無かった。シズカが抜けると言う事はリーダー不在のまま戦わなければならないと言う事である。
 それであっても彼女達はシズカを責めはしなかった。それどころか歓迎すらしたのだ。

 リュウジの提案により、シズカの側近であったスミレとマサミはリーグ運営の手伝いをするスタッフの一員として招かれ、シズカはそのまま滞りなく四天王入りを果たした。
 厳しい施設内での修行によってシズカの才能は開花し、リュウジの思っていた通り防衛に貢献。シズカの活躍はトーホク内全てに轟く事になる。
「リーダー、最近新しい四天王がリーグ防衛してるって話ですよ」
「誰だそいつは。相当強い奴なのか?」
「ええっと……新聞は何処だ……ありました。セイランシズカって奴ですね」
 その瞬間トサカの顔色が変わった。大分動揺を見せていたが酒をあおり無理やりにその動揺を隠そうとする。そんなトサカの態度を見て部下達は不審に思った。
「リーダー、コイツの知り合いなんですかい?」
 そう言って部下が見せた一面の写真は間違いなくシズカの顔だった。あの時から既に4年もの月日が流れている。白黒の顔写真……その表情はトサカがかつて抱いていた『決意』を感じさせるものだ。
「俺は……敗れたんだ。その話は止めてくれ」
 そう言ってトサカはその場を後にした。残された部下達は強いリーダーの弱さを知り、その弱さが彼自身を苦しめている事を内心哀しんでいた。
 (リーダーの実力なら四天王にだって勝てるハズですよ……)

 一方リーグ入りを果たしたシズカもまた悩んでいた。
 番長不在での暴走族との対決は失敗に終わり結局トサカに近付く事さえ出来ず、自分は本部に常駐していなければならない為四天王として動く夢も立ち消えた。彼女の願いは届かなかったのだ。
「結局、私は夢を叶えたけれど……最初の目標は達成出来なかったのね……」
 自室で彼女は涙を流していた。自分のエゴでトサカが堕ちたままと言うジレンマから抜け出せない。名声が上がるのと比例してその苦しみも強くなっていった。会いたいのに会えない。
 昔は会うのに5分もかからなかった。家が隣同士にあったのだから。しかし今は……
「シズカさん、入っても宜しいでしょうか?」
 不意にノックの音が聞こえ、彼女は涙を拭き立ち上がった。
「どうぞ」
 リーグ本部のメンバーが持っているカードキーを差し込むとそのドアは横にスライドして開いた。中に入ってきたのは四天王副将、降霊シスターのサヤである。
「大分お疲れの様子ですね……」
「いえ、大丈夫ですよ」
 シズカはリーグ本部のメンバーに対しては努めて明るく振舞っていたが、サヤは彼女の涙の跡を見逃しはしなかった。
「シズカさん、貴方にも会いたい人がいるんでしょう。私と同じ様に」
「……」
「私には雪山で遭難した双子の姉がいます……生きているにせよ死んだにせよ、もう一度会いたい……会って屈託の無い話を思う存分したいと考える。大切な人を持っているのならば、誰もが思う感情です」
「サヤさんは……その辛さ耐えられるんですか?」
「私は……信じていますから。姉は昔から芯の強い人でした。相手を信じなければ苦しみは増すばかり。相手を、そして自分を信じなければ未来は無いんです」
 (信じる……)
「今はただ、待っていてください。私には見える気がします。貴方の最高の笑顔が……」
 サヤは微笑んだ様であったが、長い前髪のせいで表情を読み取る事は出来なかった。

 その後……ユキナリによって目を覚ましたトサカはリーグに挑み健闘した。ずっと彼女が願っていた夢は遂に現実のものとなったのである。
 (良かったわ……本当に良かった……)
 ユキナリがチャンピオンとなった日の夜、疲労が溜まっていたトサカは本部の施設に宿泊し、シズカは泊まっている部屋に訪れていた。彼女はこの『奇跡』を決して逃すまいと思っていたのだ。
「本当に素晴らしい戦いだったわ。貴方は意地を見せてくれた」
「褒めるなよ……俺は負けたんだ。どんなに頑張っても負ければ意味は無ェ」
 肩を落とし疲れた様子で座っている彼の姿は、酒に溺れ自分を見失っていた昔の彼自身を彷彿とさせた。シズカは彼をもう失いたくは無い……それだからこそこうしてトサカと一緒にいる。
 (この時をずっと待っていた……この話を貴方にする時を……)
 暫く押し黙っていたトサカに対して、シズカは優しくそしてハッキリとその言葉を告げた。
「……トサカ、戻りましょう。里帰りするのよ。皆が待ってる」
「…………」
「数ヵ月後にリーグ休暇があるわ。1年に1回10日間……この間なら2人で帰れる。充分な時間があるのよ。貴方だってカズヤ君の事が心配でしょう?」
「今更どの面下げて行けるってんだ。親父やお袋になんて言えばいい……帰る事なんて出来ねェよ」
「何を言ってるの!貴方は充分頑張ったじゃない。私は四天王になって貴方は私を倒した……自慢出来る事だわ。今帰らなかったら一生後悔する。帰りましょう、私達の故郷へ」
 伝えるべき事は伝えた。コレが事実上のラストチャンスになるかもしれないとシズカは感じている。ココで彼が首を横に振ればまた2人は離れ離れになってしまう可能性が高い。
 心の中で祈り続けるシズカに対して、トサカはゆっくりと口を開いた。

「見えてきたわね、何年ぶりかしら……」
 4ヵ月後、シズカは船に乗りトサカと共にホッカイへの里帰りを果たしていた。
 この間に実に様々な事が連続して起こり、疲労はピークに達していたものの、シズカは約束の場所に戻ってきた。絶対に里帰りを断念するワケにはいかなかったのだ。
「帰ってきたのは良いんだけどよ、ちっと照れ臭ェな……」
「私も負い目があったから、連絡は全然取ってなかったけれど……こうしていざ目の前に故郷が見えると感慨深いわね。私達の活躍もきっと見てくれていると思うわ」
 新聞でもテレビでもリーグの結果は提示されていたハズである。そう思うとシズカは胸を張りたい気分であった。きっと自分達の努力を認めて嬉しがってくれる……
 彼女はそう信じて疑わなかった。
 船が港に着くと2人は真っ先に隣同士である自分達の家へと向かう。緊張と喜び、そして少しの不安を胸に抱きながら。だが実際に家に着いてみると不安は一気に大きくなった。
「……どういう事だ、コレは……」
 トサカとシズカの家にはどちらも玄関口に『売家』の表札がかかっている。鍵はかかっておらず、入っても全く人の気配は感じられない。部屋の中は綺麗であったが人の姿は見当たらなかった。
「父さんと母さんは一体……それにカズヤ君も……」
 2人は狼狽していた。こんな事態に陥っている等全く思っていなかったのだから……

 自分達の家から離れ、2人はツンドラタウンの住民から情報を得ようとポケモンセンターに足を運んでいた。
 心の中で不安は広がるばかりだ。ココへ向かう途中も閑散とした町の様子が明らかに不自然だった。
 (おかしいわ……以前より人の数が少ないってどういう事なの……)
 センターの中にいる人々も少なかったが2人の知っている人物がいた。
「ケイゴク叔父さん!」
 シズカに名前を呼ばれた中年男性は振り向くと、驚いた顔をしてシズカを見つめた。
「まさか……シズカちゃんかい?もう戻ってこないものかと……」
「親父とお袋の身に何かあったのか?」
 シズカの後ろにいたトサカの存在に気付くと、中年男性は俯き申し訳無さそうに肩を落とした。
「トサカ君も戻ってきていたのか。本当にお気の毒だよ……君達のご両親は亡くなったんだ。私も妹が亡くなったのは非常に辛い……」
「そんな……嘘よ……」
 シズカは愕然とし、膝をついたまま暫く動く事が出来なかった。

 まだ呆然としてその事実を受け入れられないでいる2人に、中年男性は経緯を話した。
「シズカちゃんがこの島を出てから数ヵ月後の事だった……突然1人の島民が高熱を出して倒れたんだ。
 家族は必死に看病を続けたが治る気配は無く数週間後に亡くなった。その後その家族が発症。そして次々に感染者が……怒涛の勢いだったよ。
 結局何らかのウィルス性伝染病の類なのだろうと言われたが治療法が全く解らず被害は増える一方……島から抜け出そうにも凄まじい吹雪が続いてそれも出来ない。
 私も何とか助かった様なものだ……島民の半数近くもの人間が死んでしまった……」
「父さんも、母さんも……亡くなったんですか?」
 嗚咽を漏らしながらか細い声でシズカは尋ねた。
「カズヤ君も本当に可哀想だったよ。聞けば最後まで『兄さんが助かって良かった、姉さんが助かって良かった』とうわ言の様に呟き続けていたそうだ……
 私は君達が戻ってこないものと思ってあの家を売りに出したんだよ。君達の御両親の希望でもあったからね」
「カズヤ……」
 トサカは歯を食いしばり両の拳を握り締めた。あまりにも辛い宣告に2人とも動揺を隠せない。
「君のお母さんは先程も言ったが私の妹でもあるからね。私の周りの大切な人々が亡くなった事は筆舌に尽くしがたい事だ……それでも何とか耐えるしかなかった」
「……親父とお袋の墓は、共同墓地にあるのか?」
「ああ、そうだよ……行って、花でも供えてあげればきっと喜ぶんじゃないかな。私はもう捧げたけどね」

 共同墓地にある墓の数は確かにあの頃よりも増えていた。2人は墓を探していたが、ココでも隣同士であったハズの墓を見つけ、そのまま立ち止まる。
 2人とも言葉を交わす余裕すら無かった。
「カズヤ君は……最後まで私達の事を……」
 2人とも涙が止まらなかった。トサカは泣く事を拒んでいたが、いざ墓の前に立つと涙腺が崩壊してしまう。
「ごめんな、カズヤ……本当にごめん……」
 トサカは地面に突っ伏し、暫くの間そこから動く事が出来ずにいた。突然突きつけられた『別れ』は、2人に後悔と絶望を与える事になってしまったのだ。

 売家になっていたのはトサカとシズカの身に何かがあった場合、金で解決出来る事ならば家を売ったお金で……と言う両親の配慮だった。
 シズカにはどちらの家も購入出来る程の金を既にこの2年間で稼いでいたが、気持ちは全く晴れなかった。それよりも取り戻せるものならば金で命を取り戻したい気持ちであった。
「あの頃のまま、この家は時間が止まってしまったみたい……」
 疲労困憊の中強行軍でこの里帰りを敢行したシズカであったが、肉体も疲労もショックにより限界をとうに超えてしまっていた。ただ、この哀しみから逃れたい……
 それだけの一心しか今の彼女には無かったのだ。
「親父もお袋も、カズヤも……皆いなくなっちまったなんて、信じられねェよ……」
 トサカも必死で平静を装うとしていたがシズカと同じ位現実逃避がしたかった。お互いに何もかも忘れられたら……全てを忘れる為に、2人は1つの『行為』に及ぶ。
 夜、トサカの家で行われたその行為は、2人を繋ぎ止める絆を作る事となった。

 翌朝……トサカはベットの中で起床した。シズカは疲労がピークに達していた為か、既に10時になっているにも関わらず軽い寝息を立てている。
 (……ガキの頃はこうなるなんて考えた事すら無かったぜ……一緒に風呂に入るとかはあったけどよ……)
 シズカの目には涙の跡が残っていた。ひたすらに彼を救う為に奔走した女性……トサカよりも遥かに強い意志を持って生きていた彼女であったが、脆い女性である事もまた事実なのだ。
 (俺が初めての相手だったみてェだが……獣みたいになっちまって情けねェなぁ……)
 昨日の事はあまり覚えていなかった。酒で我を失ったワケでも無いのに、何故か記憶が曖昧としている。恐らく本当に『現実逃避』の一環として行為に及んだ為記憶が欠落してしまったのだろう。
「なぁ……シズカ、俺達が新しい『家族』になるって事は……無ェのかな……」
 眠ったままのシズカに向かって、彼は静かにそう呟いた。

 その後2人は帰りの船の中で真剣に自分達の将来について話し合った。トサカもシズカも『結婚』と言う言葉を意識し始めていたのだ。
 しかし実際に2人が結ばれる為には1つの問題があった。
「四天王はプライベートを制限される……普通だったら結婚は出来ないわ。ただし、条件さえクリアすれば私とトサカは結婚出来ると思うの」
「条件?その条件ってのは何だ」
「……貴方が四天王になる事よ」
 (俺が、四天王に……)
 四天王同士での婚姻は例外的に認められている。確かにトサカが四天王になれば問題は解消されるハズであった。そして2人にとっても幸運な事が既に起こっていた。
「本当は喜ぶなんてとんでもない話なんだけど……貴方も戦って勝利した四天王次鋒のカツラさんがこの間亡くなったの……
 前後に色々あったけどともかく今現在リュウジ様が候補を探してる最中で……私の方から話してみればきっと四天王になれるわ」
「そんなに簡単にいくモンかねぇ……」
「大丈夫よ。貴方は実力を充分見せていたわ。きっとリュウジ様も解ってくれるハズ……」
 絶対の保障は無かったが若き才能を発掘する事に関して天性の才能を持つリュウジならば、必ずトサカを候補に出せば了解してくれるとシズカは信じて疑わなかった。

 2人は哀しき里帰りからリーグ本部に帰還すると、リュウジに四天王候補の件を話した。
「トサカ君か……確かにカツラさんを倒す程の実力はあるし、次鋒としては申し分ない。シズカ君から推薦されるとは思わなかったけれどね」
「リュウジ様、どうでしょうか……」
 リュウジは暫く腕組みをして考えていたが、やがてトサカの方を向きこう告げた。
「確かに君には光輝く程の才能を感じる。しかし、何かがまだ足りない……そう、実績だ。シズカ君の様に連戦連勝の記録を残しているワケでは無いからね。
 そこで、君に試練を与えよう。この写真の人物とバトルをしてきてほしい」
 リュウジは1枚の写真を取り出した。トサカは写真の人物をじっと見つめている。
「アバシリー刑務所の刑務官には私の方から連絡を入れておこう。セッティングは整えておく。彼に勝つ程の『戦績』があれば、四天王入りを反対する者はいないだろうね。この私も含めて」
 トサカは彼の事をよく知らなかった。新聞で見た位で、実際にどんな悪事を行ってきたのか、それすらもよく解らない。だが彼に勝てさえすれば自分とシズカは新しい道へと進めるのだ。
「コイツに勝てば良いんだろ?じゃあ行ってくるぜ……」
「トサカ、頑張ってね……」
 部屋を後にするトサカに、シズカは精一杯の励ましの言葉をかけた。リュウジはトサカが部屋を出た後、机の上に置いてあったリーグ規範のノートを持ち、それを広げる。
 シズカには彼が何を思っているのかよく解った。
「……リーグ規定では、四天王の婚姻は認められていない。ただし、特例として四天王同士の婚姻は認める……君は……彼の事が好きなんだろう?」
「リュウジ様には……愛する人はいないのですか……?」
「……いたと言う表現が正しいのかな。綺麗な人だったよ。竜の里で修行をしていた時からずっと淡い恋心を抱いていたが今じゃ私は彼女にとって憎悪の対象でしか無い。
 運命は皮肉なものだね……だからせめて君達には、幸せになってもらいたいよ」
「有難うございます」
 リュウジにもかつて愛した人がいた。それを聞きシズカは心から安堵した。強き者にも愛する心がある。共感出来るのならば、トサカが四天王になるのもそれ程難しい事では無いと思ったからだ。

「トサカさん!」
 リーグ本部の入り口を出ようとした所で、トサカは声をかけられた。振り向いた視線の先には、彼が追い抜こうとし、そして遂に追い付く事さえ出来なかった小さな少年の姿がある。
 だがその少年の瞳には、絶対に負けないと言う強い意志が感じられた。
「ユキナリか……」
「四天王入りを熱望しているってスミレさんから聞きましたけど……本当なんですか?」
「ああ、本当だ。カツラの後にこの俺が入る。負けられねェんだ……今回だけは」
 彼に助けられて自分はココにいる……トサカは心の中で彼に感謝した。
 (お前と色々あったが、結局お前のいる場所には辿り着けなかったな……だが、それで良いのかもしれねェ。俺は俺だ。だが……超えられねェ壁は……)
 その後の言葉が出なかった。自分は敗れたのだ。だがその敗北が人生を正しい方向へと導いてくれた。
 もし彼に勝ってしまっていたら、自分も彼ももっと深い絶望へと向かって進むしか無かったのだろう。
「トサカさん……貴方の強さは本物だ。何処でだって通用しますよ。勿論ココでだって……」
「有難うな……じゃあ、俺は行くぜ」
 その感謝の一言に全てを込めて、トサカは新しい挑戦への第一歩を踏み出した。迷った事もあったが、もう迷わない。大切な人がいる。彼女の為に、自分は生きたいと思ったのだ。

 トーホクの北方にある島ホッカイ……その近くに存在するさらに小さな島クナ島。
 風光明媚な観光地である事が知られているが、その島は『エリア日本の監獄島』とも呼ばれている。
 全エリアを代表する刑務所、アバシリーが存在しているからだ。アバシリー刑務所には重大な犯罪を犯した特Aクラスの犯罪者達が収容されている。
 かつて世間を騒がせたカオスの幹部や総帥もアバシリー刑務所の中にいた。そしてカントーで逮捕された『あの男』もまた、この刑務所で余生を送る事になったのだ。
「話はトーホク四天王大将のリュウジ様に伺っております。貴方がトサカ様ですね?」
 無機質な印象を持つ刑務官はトサカを特別対戦室へと案内していた。
「囚人との対戦を求めるトレーナーの方は多いのですが、貴方がご所望された相手は『最強の地面タイプトレーナー』を自称しております。正直勝つのは難しいかと……」
「俺が勝つさ……最強の名は俺が貰う。奴の『武名』も今日限りだ」
 長い廊下を通り、刑務官は一面が水色に染まった広い部屋へとトサカを連れやってきた。
「今対戦相手が来ます」
 奥にある別の扉から囚人服を着た短髪の男が現れた。腕や足には鉄の枷が付けられている。
「あれは囚人の脱走を防ぐ為の枷です。スイッチ1つであの枷は質量が増大し、走る事はおろか一歩も動けなくなるのです。
 無理に外そうとすればあの枷自体が爆発し、四肢が失われる事になるでしょう」
 (流石脱獄者を一度も出した事が無ェ刑務所だけあるぜ……非人道的な扱いも平気でするとはな)
 トサカは寒気がした。囚人服の男の後ろにはまた別の刑務官が待機している。

『貴様ガ俺ノ対戦相手カ……』
 短髪に無精髭が目立つ囚人の喉の奥から、機械音声の様なキーキー声が聞こえた。
「カントーで彼の身柄を確保した際、彼は声が出せなくなっていたんですよ。しかし世紀の大犯罪者と呼ばれた彼から事情を聞かなければならない。
 そこで我々は喉に声を出す事が出来る機械を埋め込んだのです」
「精神的ショックか何かなのかねェ……まぁ俺の知るべき所じゃねェかそこは。俺はトサカ。かつてアンタと同じ様に『最強の毒ポケモントレーナー』を名乗っていたぜ」
『ホウ……ソレハ面白イ。オ互イニドチラガ真ノ最強トレーナーナノカ、勝負トイコウデハナイカ』
 機械音声と彼自身の見た目により凄まじい威圧感と、人に与える恐怖感も強くなっていた。
「俺が望んだ勝負だからな。当然だ!シズカから貰ったこの最新鋭のポケギアで俺もユキナリと同じ様に戦い抜き、そして勝利を掴んでやる!お前に勝つ事で俺は表舞台に行けるんだ!!」
 リーグで稼いだ金を使いシズカがプレゼントしたその紫色のポケギアは、意思の疎通を可能にしトサカのトレーナーとしての才能も高める力を充分に持っていた。
 そう、ポケモンとのコミュニケーションを取る事は必須になってきていたのだ。試合に勝つ為に。そしてポケモンをコントロールする為に……
『タカガイッパシノトレーナー風情ガ調子ノ良イ事ヲ言ッテイルナ……俺ハ深キ絶望ヲ味ワイソシテ復讐ヲ誓ッタノダ。
 今ハコウシテコノ暗闇ニ甘ンジテイルガ、必ズヤ蘇リ、再ビ貴様達ヲ恐怖ノ淵ニ陥レテクレル……』
「始めようぜ。6VS6だ」
 両者は互いにフィールドに立ち身構えた。トサカのバッグには6個のボールがしっかり用意されている。

 それぞれが刑務官2人による監視の下繰り出したポケモンは、マルノームとペルシアンであった。
 (ペルシアンか……地面タイプのポケモンだけ使うかと思ったらノーマルタイプも使うのかよ。まぁ俺にとっても好都合だがな……)
『コイツハロケット団ノ結成当時カラ私ニ尽クシテクレテイル相棒ダ。強サモ折リ紙付キダゾ、クックック……』
 サカキはペルシアンに対して全幅の信頼を寄せている様であったが、トサカは必ず穴がある筈だと考えている。
 (どんな奴だろうと、隙と弱点は必ずある。そこを見つけて潰していかねェとキツいかもしれねェが……)
 トサカはポケギアで早速相手の情報と特殊能力を調べる事にした。
『ペルシアン・シャムネコポケモン……プライドが非常に高く、優れた実力を持つトレーナーにしか懐かないと言われている扱いが難しいポケモン。
 鋭い爪で相手を押さえ込み、一気に畳み掛ける戦法を得意としている。進化する前の名残なのか貴金属や宝石が大好き』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・金属収集……技『ネコにこばん』を使用する度に攻撃力が増す』
 (特殊能力は攻撃力を高めるモンか。長期戦に持ち込ませるワケにはいかねェな……)
『ペルシアン、動揺スル必要ハ全ク無イ。普段通リ攻メレバ勝テル相手ダ』
『はいマスター……フフフ、アタシの相手をする事になるとはアンタも運が悪かったねぇ』
『皆ダンディダンディと褒め称える位俺は強いんだ。解り易く言えばダブダンって奴だろうな』
「…………」
 マルノームはトサカが幼い時から育てていたパートナーの1匹であったが、アクの強い性格の為使い辛いとも思っている。
 今回も実力の高さには期待を寄せてはいるのだが、暴走しない様にと祈るしか無い。
『ペルシアン、正攻法デ攻メルノダ。相手ヲ切リ裂キ悲鳴ヲアゲサセロ!』
『了解致しました。フフン、鈍そうな相手じゃないか。アタシのスピードについてこれるかい!』
 試合開始と同時に動いたのはペルシアンの方だった。圧倒的なスピードでマルノームの眼前に迫る。
 対するマルノームの方は動きこそ鈍いものの体力と防御力に優れ、持久戦に向いているタイプのポケモンだ。
『見えてるぜ子猫ちゃん!』
「しっかり喰らってんじゃねーか!」
 トサカがツッコミを入れた様にマルノームはきりさくのダメージを受けていた。防御力の高さは確かに折り紙付きだがきりさくは急所に当たる事が非常に多い。
 今回も例外では無く、致命傷とまではいかないにせよHPはイエローゾーンにまで達している。
『ノロマな奴だね!楽勝かもしれませんよマスター!ウッ……!?』
 勝ち誇るペルシアンは自分のHPが削り取られているのを実感した。得体の知れない空気が漂っている。
 (マルノームの特殊能力を活かす為に使っている黒いヘドロの効果が出たな!
 俺のマルノームは黒いヘドロを持たせていると毎ターン相手に少量のダメージを与え、そしてマルノーム自身は毎ターン少量回復するんだぜ!)
 ゲンタのカビゴンと同じ様に、耐久力と体力に優れているポケモンは回復こそが重要なポイントである。
 幾らHPが高くてもただ一方的に負けるだけでは何にもならない。体力回復の策を練る事が勝利の秘訣に成り得るのだ。
『オー、ベリベリストロングマンネ……』
 相手を挑発するマルノームの態度がペルシアンにとっては不快に映る。一刻も早く相手の体力を減らしたいと思った。
『このアタシを虚仮にした事を後悔しな!』
 マルノームは体力こそ高いが素早さが低い。即ち回避も満足に出来ないと言う事だ。近接戦闘を得意とするペルシアンにしてみれば最も戦い易い相手である。
 完全に相手を見くびっているペルシアンは威力こそ低いものの特殊能力の効果で攻撃力の上昇が期待出来るネコにこばんを連発した。
『鈍速丸8個分のビタミンC』
 だがマルノームは動じる事無くレッドゾーンに突入した自分の体力をいたみわけを使って回復する。
『!?』
「マルノームの体力を減らそうと躍起になったのが裏目に出たな!俺のマルノームはトリッキーな技を数多く持ち相手を混乱させる戦法を得意としている!
 お前みたいなただ殴る事だけに集中している様な馬鹿じゃ簡単には勝てねェんだぜ!」
 さらに少量回復したマルノームはグリーンゾーンまで体力を回復し、のろいを積む。
 のろいはゴーストタイプ以外のポケモンの場合素早さが低くなるが攻撃力と防御力が上がると言う効果を持っているのだ。
 この技によりただでさえ高い防御力がさらに高くなる。あくびを放って相手を牽制する事にも成功した。
『クッ!無闇ニターンヲ消費シタ事ガ裏目ニ出タカ!シカシ私ノペルシアンモ攻撃力ノ上昇ガ著シイ。
 貴様ノポケモンガドレ程防御力ヲ高メヨウト同じ事ダ。欠伸等気ニセズ一気ニ片付ケテクレル!!』
 ペルシアンのきりさくが命中するものの、マルノームはレッドゾーン手前で踏み止まり、ターン終了と同時にペルシアンは欠伸の効果を受けて眠ってしまう。
 その隙にマルノームは2回も攻撃力の上がったダストシュートを命中させ、ペルシアンを瀕死に追い込んだ。
『俺の様なハンサムは逆境にも、サロンパスを剥がす時の嫌な痛みにも強いのだよトサカ君!』
「お前が貼った事なんて無ェだろ!……まぁとにかくよくやったマルノーム。
 体力も少量とは言え回復してイエローまで戻ったし、のろいももう上がらねぇって所まで上がったからどんどん攻めていこうぜ」
『攻撃力ダケ上ガッタペルシアンデハ勝テナカッタト言ウ事カ……シカシ、マダ終ワッタワケデハ無イ!今度コソ貴様ニ地獄ヲ見セテヤロウ!』
 サカキはペルシアンをボールに戻すと、次のポケモンが入っているボールをバトルフィールドに投げ入れた。
 閃光と共に次のポケモンが顔を出す。現れたのは地面から顔を出しているもぐらポケモン、ダグトリオだ。
『3人寄れば文殊の知恵!どんな相手が来ても勝ってみせますよマスター!』
『フン、私ヲ失望サセルナヨ……』
 (チッ、地面タイプのポケモンは毒タイプと相性が悪ィ……恐らくリュウジの野郎がコイツと戦って勝てと言ったのも不利を跳ね返す実力を見せろって意味だろうな。
 マルノームの奴は毒タイプの攻撃技しか持ってねェがバトンタッチもままならねェ以上、このまま使うしか無ェだろう……)
 トサカは相手のバトルスタイルを探る為、ポケギアを使い相手の特殊能力を調べた。
『ダグトリオ・もぐらポケモン……時速100kmでどんな堅い土でも掘り進め、砂漠を緑溢れる場所に変える程の土壌浄化能力を持っている。
 最初が1匹なのに進化すると何故3匹に分裂するのかは不明。ドードリオと同じ様に謎が多く、研究の対象になる事も多い』
 (特殊能力は何だ?)
『特殊能力・潜土重来……ダメージを受けた後に地面に潜ると防御力が増す』
 (穴を掘るを間違いなく使ってくるな。ターン消費にもなるからマルノームも少し回復するが、厄介な相手には違いねェ)
 トサカとしては攻撃力と防御力が限界まで上がっている状態を維持しつつ不利な戦いを制したいが、じめんタイプのポケモンは非常に強力な技を数多く持っている。
 不利な局面でこそリードしておかなければ勝利する事自体が難しい。ココは一種の賭けだった。
『クックック、地面タイプヲ多用スルコノ私ガ毒タイプヲ使ウトレーナー等ニ負ケルハズガ無イ。スグニケリヲ付ケテヤル……』
『行きましょうマスター、我々の結束力の高さを思い知らせる為にも!』
 防御力が強くなっている相手だからこそ油断は出来ない。おまけに先程の戦いで相手がいたみわけを持っている事を知った以上、追い詰めるのでは無く一撃で決着を付ける必要があった。
 セオリー通りに攻めていては勝てないのだ。ダグトリオはだいちのちからを発動し、特殊技での一撃を試みる。
「やべェ、幾ら防御力が上がっていても、特殊防御は低いままだ!」
『パッキャマラード……』
 マルノームはその攻撃を何とか耐えた。奇跡的とも言える踏ん張りを見せ1桁台で止まると、再びいたみわけを使用する。両者のHPが半分ずつとなった。
『これ以上はさせるものかッ!』
 ダグトリオは怒り再びだいちのちからを使用する。奇跡の踏ん張りは2度は続かず今度こそマルノームのHPはゼロになった。
 (よし、この削りは有難ェ……少しでも有利になったんだからココは素直に喜んどくべきだな。毒タイプ以外のポケモンを持ってねェから不利なのは変わらず……今は耐性を持ったポケモンを使って差を広げる時か)
 トサカはそう判断し、マルノームをボールに戻すと今度はユキナリとの戦いでも使用したマタドガスを出現させる。
『トサカぁ……俺の出番が来たって事かぁ?ふあっはっはっは……』
「奴は攻撃力と素早さは高いが脆い。攻撃さえ何とか耐えれば反撃のチャンスは充分にあるハズだ」
『いいえ、誰がどう立ち向かおうとも俺達には勝てませんよ!この6つの瞳はどんな動きも見逃しません!』
 マタドガスはマルノームとは違い、ジャイロボールとシャドーボールを持っている。それに加えて相手のHPを削る特殊能力を持っている為、相手にとっては戦い難いポケモンと言えるだろう。
 先制攻撃はダグトリオが繰り出した。様子見も兼ねて再びだいちのちからを使ってくる。
 一撃で半分以上のHPを持っていかれたが、マタドガスの攻撃力も高い為反撃として出したシャドーボールは相手のHPをレッドゾーンまで削り取った。
 特殊能力の効果もあって崖っぷちに追い詰められる。HPで見れば追い詰めているのはマタドガスの方だったが、一発当たれば即死状態になる為どちらも危ない。
『よし、マタドガス。ココで眠っちまえ!!』
『ふぁぁぁ……ZZZ……』
 マタドガスは眠って体力を回復し、カゴの実所持により1ターンで目覚める。ダグトリオもただ黙ってそれを見ていたワケでは無い。
 1発で勝負を決める可能性があるマグニチュードに切り替えた。しかし運悪くマグニチュード1が出てしまう。
『こ、こんな……この俺達が天に見放されるなんて……』
 効果は抜群ではあるものの大したダメージは受けていない。マタドガスはシャドーボールでダグトリオを瀕死に追い込んだ。
『もう眠るは使えないなぁトサカぁ』
「なぁに、時間稼ぎにはなる。相手を少しでも疲弊させるって意味でも有効ではあるさ」
 サカキは悔しがりながらダグトリオをボールに戻した。
『馬鹿ナ……コノ私ガコンナ若造ニ翻弄サレル等有リ得ン!絶対ニ許サンゾ……!!』
 次のポケモンがバトルフィールドに向けて放たれる。閃光と共に出現したのはケンタロスだった。
『ウオオオ!この俺と殺り合いたいのは誰だァ!!』
 攻撃力の高さでは群を抜くと言われているケンタロス。さらに攻撃力の高い技も覚える為相手を一撃で負かす時すらあると言う。
 (ねむるが使えねェのは百も承知。こうなりゃ出来るだけHPを削っていくしかねェな……)
 トサカはポケギアを使い相手の情報と特殊能力を調べた。
『ケンタロス・あばれうしポケモン……気性が荒く、少しの事でも激怒して破壊力のある突進を使ってくるのでトレーナーであっても注意しなければならない。
 ケンタロスの群れが暴れ始めると全く手が付けられず、街1つがケンタロスの群れの暴走により壊滅した事もある』
 (特殊能力は?)
『特殊能力・憤怒突撃……とっしん系の技を繰り出すと攻撃力が大きく上がるが混乱状態になる』
 (諸刃だな……上手くいきゃ一撃だが下手すりゃ自爆……コレを使ってくる可能性もあるにはあるが)
『お前の様な形も満足に成さないガス等俺の鼻息で吹き飛ぶ程度だろ!一発でケリを付けてやるぜ』
『トサカぁ。とにかく技が1回でも当たればいいがなぁ……』
 ケンタロスもダグトリオと同じ攻撃と素早さに優れたアタッカーである。裏を返せば、防御力では脆く潰され易いと言う事でもあるのだが。
『相手ノ反撃ヲ許サズ一撃デ奴ヲ仕留メルノダ!』
 サカキの叱咤に反応したのか、先に動いたのはケンタロスの方だった。勝ちを逃さぬ様にとあばれるを使用する。
『ウオオオオオ!!全部ぶっ壊してやるぜぇ!!』
 攻撃力120で攻撃の高いケンタロス。マタドガスも防御力に関しては非常に高い。1発目の攻撃は命中したものの、マタドガスはレッドゾーンで耐え抜いた。
 相手を確実に混乱状態にする為マタドガスは眠るを使う。これによりケンタロスが混乱する事が確定した。
『ウガアアアアア!!!』
 2発さらに当てた所でマタドガスは倒れたものの、ケンタロスは混乱状態になってしまう。この状態は勿論トサカにしてみれば願ってもいない展開だ。
 (耐えたのは大きかったぜ。ココは奴より早いアタッカーを出して動きを封じるのが得策……!)
 トサカはマタドガスをボールに戻すと、今度は素早さに秀でるクロバットを出現させた。

夜月光介 ( 2011/08/29(月) 10:47 )