第10章 2話『最強者を追い続けた男 VSグリーン』
青の扉の向こうには海の底が再現されていた。妖しく光るライトは蒼く輝き、海の底のさざなみを表現する様に光が明滅し揺らめいている。
さらに奥には強化ガラスの水槽が見え、その向こうには美しい水が溜められていた。泳ぐ魚ポケモンの姿も見える。
「最強の竜とは何か……」
蒼いマントを羽織った群青の髪の女性はユキナリの目の前にいた。水槽を前にして大きく手を広げる。そのポーズは彼女の兄が好んで使っていたパフォーマンスの一環であった。
「氷と言う弱点を払拭する、水の属性を持つ竜こそ最強の竜と呼ぶに相応しい。ステータスが高く、少々の攻撃などモノともしない驚異的な体力を併せ持つ……」
ユキナリはチャンピオンであるドラゴン使いの為にとっておいたポケモンを既に持っていた。
「その竜で、挑戦者である貴方を倒す!リュウジとの前哨戦とも言うべき試合で勝利を飾るわ!」
彼女にはユキナリ等眼中には無かった。竜の里を飛び出し、自分の兄を失墜させ行方不明になるきっかけを作ってしまったトーホクリーグ四天王大将、リュウジしか見えていなかったのだ。
兄を尊敬していた彼女にとって、兄を奪ったリュウジは復讐の対象でしか無い。その為にユキナリをカントーのセキエイリーグに招いたのだ。今の実力を誇示し、トーホクでの親善試合を得る為に……
「貴方がリュウジさんを恨んでいる事は知っています……ですが、今の僕にとってはリュウジさんは力を与えてくれた第二の師匠。その強さを受け継ぐ者として、絶対に負けられません」
「リュウジの後継者を気取るのも今日限りよ。最強者はこの私……最強の竜を司る百の鬼、百鬼(ナキリ)だけですもの。鼻っ柱を圧し折ってあげるわ!」
ナキリはバトルゾーンにボールを投げ入れた。閃光と共に『最強の竜』が姿を現す。
『わらわに挑むとは愚かな奴じゃのぉ。実力の差と言うものを知るが良い……』
青の部屋に映える水色の体、タツノオトシゴを連想させる様なひょっとこ口……
(……成程。キングドラが彼女の切り札か……)
ユキナリはポケギアで図鑑項目を開き確認を行った。
『キングドラ・ドラゴンポケモン……生命体の少ない深海の海底でひっそりと生きている為、生息地を見つけるだけでも随分時間がかかった。
激しく激昂し暴れ回ると、キングドラにいる真上の海上は凄まじい渦を巻く』
(特殊能力は……)
『特殊能力・あめふらし……戦闘中フィールドが『雨』状態になる』
(単純な特殊能力程そのポケモンの強さを際立たせるものだ……それにキングドラなられいとうビームを覚えているのは確実……タフとは言え、4倍ダメージの追撃に耐え切れるだろうか……)
だがユキナリにはそれしか選択肢が無い事も解っていた。もう後戻り等出来る筈が無い。この数週間、施設でポケモン達を必死に育て、鍛え上げていた時の思い出が脳裏を掠めた。
「さて、キングドラ相手にどんなポケモンを出してくれるのかしら?」
ナキリは既に勝利を確信しきっていた。高レベルのキングドラはミロカロス以上の攻撃力を持っている。殆ど弱点が無い、弱点のポケモンに対応出来る技の豊富さ……彼女にとって最早勝利は必然だったのだ。
「……僕は、全てをフライゴンに託します」
バトルゾーンに投げ入れたボールからフライゴンが出現すると、ナキリはニヤリと笑った。
(竜を持ってくるのは流石と言った所かしら……並のトレーナーでは捕まえる事すら難しいナックラーから育て上げたのは褒めてあげたい所だけど、貴方の負けよ)
『私はあの時のフライゴンとは違う。マスター、それを証明してみせよう……』
『ほっほっほ……わらわに竜で挑むとはまっこと下策。殴り合いにも発展せんわ』
キングドラは挨拶代わりとばかりにれいとうビームを放った。だがその瞬間フライゴンは背後に回り込み、キングドラの首を軽く絞めてみせる。
『仕合は始まっているのか?ならば始めさせてもらおう』
頚動脈を圧迫し、軽く気を失った所で背中をドラゴンクローで攻撃し、床に放り投げる。その攻撃だけでキングドラは床に倒れ込み、痙攣を繰り返していた。
「え……?」
ナキリは目の前で起こった事実を認める事が出来なかった。何時の間にかユキナリの次元は、チャンピオンから最強者に挑戦する者へと変化していたのだ。
彼女のトレーナーランクがSだとするならば、既にユキナリはレッドと対決するに相応しい極Sの実力を備えている。
『バ……馬鹿な。わらわがこの様な下賎の者に背後を取られるなど……』
キングドラは激昂し再びれいとうビームを放つものの、攻撃全てが見切られ、回避されてしまう。
『わ、わらわの攻撃は大ダメージ確実じゃと言うに……!』
『当たればの話だろう?』
フライゴンは再び接近すると、キングドラを掴み上げそのまま奥の強化ガラスに叩き付けた。強化ガラスはビクともしなかったものの、キングドラは傷付き、軽く吐血する。
『こ……高貴な、最もこの世で美しく強いわらわの顔に傷を付けおって……許すまいぞ!!』
『どう許さないと言うんだ。反撃もままならないと言うのに……』
『下衆がァ……わらわを下に見るで無い!!』
キングドラは同じ様に傷を付けようと激昂してフライゴンに飛び掛ってきた。
「駄目よ、怒りに身を委ねては相手の思う壺だわ!」
フライゴンは蒼い炎を吐いたがキングドラはそれを甘んじて受け、そのまま頭突きをくらわせた。腹に一撃を受けフライゴンはそのまま床に叩き付けられる。
『しめた!』
キングドラはチャンスとばかりにれいとうビームを連発した。倒れているフライゴンに向かって沢山の氷が飛んでいく。埃で何も見えなくなる程に床が破壊された。
『フ……フフフ……ホーッホッホッホ!だから言ったであろう!最強の竜はわらわであると!』
キングドラは高笑いし、ナキリもようやく胸を撫で下ろした。
「まぁ、危なかったけれどあれならば致命傷は確実ね。よくやったわ、キングドラ……!?」
ナキリは呆けた様に口をぽかんと開けていた。フライゴンが傷だらけではあるものの、宙に浮かんでいたのである。4倍ダメージの氷を受けたにも関わらず……
『ダメージは1発だけ受けた。あとは全部避けたがな。コレで満足か?』
ポケギアを確認するとフライゴンのゲージは赤にすらなっていない。成果は出ていた。
『……クッ!』
再びれいとうビームを放とうとしたキングドラの意識は突然断ち切られた。特大の蒼い炎がキングドラの全身を包み込み、そのまま床に倒れさせたのだ。
その速さはマスターであるユキナリにすら目視確認出来ぬ程の速さだった……
『勝ったな、マスター』
「うん。フライゴンのおかげだよ、本当によく頑張ってくれた」
ユキナリはフライゴンの苦労をねぎらうと、そのままフライゴンをボールに戻した。一方ナキリは敗北が信じられず、心の平静を失っている。
「そ……んな……嘘よ……私が負けるなんて……」
「最後に言っておきたい事があります……少なくとも、リュウジさんの実力は貴方と互角、殆ど優劣は付けられないでしょう。リュウジさんに勝つ事は不可能では無いと思いますよ」
「そんな事を今聞きたいんじゃない!!」
ナキリは涙を流して絶叫した。
「私が聞きたいのは……キングドラの勝利の咆哮だけなのよ!!」
ナキリは黒焦げになっているキングドラに駆け寄ると、抱擁して泣き続けた。ユキナリはどんどんと冷めている自分が信じられなかった。
この程度のレベルならばまだトーホクのジムリーダー勢の方が強かったとすら思える。あの時は全ての戦いが拮抗していた……負けない様に努力していた。だが今は殆どのトレーナーを超えてしまっていたのだ。
(僕は……何処へ向かおうとしているんだろう……当初の誠実な思いも消えて……最強に固執する為に友との笑いを犠牲にして……でも、僕は……)
無様な姿だけは見せたくなかった。ユキナリが今自分の存在を確認出来る場所はバトルゾーンにしか無い。勝利する事……
勝ち続ける事は今のユキナリの存在意義であり、そして負ける事は今の強くなった自分を否定する出来事でしか無い。負ければナキリの様に自信を失い、淘汰されてしまうだけだ。
(そうだ、負けたくない……僕は旅の始まりからそう思ってきたじゃないか。負けても良いと思った事なんて一度だって無い。負けられない戦いもあった……窮地も乗り越えてきた。これからだってそうだ……)
親善試合の勝利の証明は、リーグ公認の証書によって確固たるものとなる。ナキリは証書にサインすると、それをユキナリに渡してサインする様言った。
「それはセキエイリーグ制覇の記念としてずっと持っていて頂戴。今度は私が、その証書を受ける時まで……」
負け惜しみであったが、ナキリの顔は険が取れ、随分明るくなった様な気がする。最強者と言う肩書きは凄まじい重圧を強制する。彼女は脱落し、その重圧から逃れる事が出来たのだ。
ただユキナリはその重圧さえ甘んじて受け、戦いの修羅の中に身を投じようとしていた。この勝利は本当に前哨だったのだ。
「僕は、貴方達5人と戦った事を忘れません。自分を見失いかけていましたが……今、やっと気付きました。運命ならば、運命として受け入れそしてそのまま必然にしていこうと……」
勝つ事が目標……ポケモントレーナーは誰もが最強者になる夢を見て走り続けている。チャンピオンが最終地点だと言う者もいれば、伝説のトレーナーと呼ばれる事こそ最終地点だと言うものもいる。
彼はそんな父親の息子であり、そしてチャンピオンとなった。残る目標は……本当の最強者と戦う事だけだ。
ユキナリとユウスケは、それぞれ吹っ切れた様な表情を浮かべていた。2人共悩んでいた事が自分の中で解決したのだ。セキエイリーグ本部の建物の入り口で、ユキナリはもう1度全景を見ておこうと振り返った。
(チャンピオンになる前にこの入り口を通っていたら、結果は随分変わったものになったかもしれない。でも、IFを考えている場合じゃ無いんだ。やれるか、じゃ無くてやらなくちゃいけない。
挑むんだ。8年前にこのリーグで覇者となり、伝説となった彼と戦って……必ず勝つ!!)
「ユキナリ君、何ていうか……随分大人びた気がするよ」
「ユウスケも自信がついたみたいだね。何かあったの?」
「うん……僕はユキナリ君にはなれない。当たり前の事を教えてもらったんだ」
港から高速船アクア号に乗り込み、どんどんと遠ざかっていくセキエイ高原を見つめると、何故だか無性に哀しくなってユキナリは涙を拭いた。
自分と戦った5人の悔恨の表情が敗北の味を教えている様な気がしたからだ。負ければ名誉も、自信も、そして力すらも失ってしまう弱肉強食の世界……それでも、敗北を恐れず戦う者がいる。
ユキナリは自分を支え、励まし大きくしてくれた者達の顔を思い浮かべていた。
(ゲンタ君、アオイさん、ミズキさん……メグミさん、トウコさん、オモリさん……ユキエさん、アズマさん、セツナさん、ルナさん……)
快活に笑うジムリーダー達や、悪であったけれど強敵であった者達。
(トサカさん、兄さん、シズカさん、カツラさん、サヤさん、リュウジさん……)
強きライバルと、今では家族同然の四天王の面子。
(……僕は皆を超えようと必死に頑張って、何とか這い上がってココまで来ました。今から、本当の最強者と戦ってきます。僕の実力を全部受け切ってくれる人に……)
傍らにはずっと一緒だった幼馴染の親友がいる。もう迷わない。
「行こうか」
「うん!ユキナリ君なら、もう誰にだって勝てるよ!」
ユウスケの励ましが何度自分を救ってくれた事か。その言葉に後押しされる様に、2人はあの扉の前に再び立っていた。そしてノックを……
「失礼。ユキナリ様……この度はセキエイリーグ親善試合制覇、おめでとうございます」
後ろから突然呼び止められ、振り返るとそこにはアレクが立っていた。
「カミカゼ様から言伝を預かっておりまして、まずは私と戦って頂きたい。私に勝てれば相手をする……と仰っておられます故……」
「貴方に勝てば、今度こそカミカゼ……いえ、レッドさんと戦えるんですね」
「…………」
ユキナリの言葉に暫くアレクは押し黙っていたが、やがてニヤリと笑うとヒゲを取ってみせた。
「何だ、とっくにバレてたのかよ。こりゃ本当に失礼だったか……」
「ヒッ、グリーンさん!?」
ユウスケはヒゲとカツラを取った彼が何者なのかを良く知っていた。最強者と呼ばれるレッドの宿敵であり、リーグで伝説の戦いを繰り広げた実力者、そしてオーキド博士の孫……
「レッドや俺が相手だと解っても怯む様子はまるで無いみたいだが、何か掴んだのかな?」
「……きっと僕と戦ってくれれば、掴んだモノは何なのか解ると思います」
「自信アリ、か……俺も人生負けっぱなしじゃ締まりが無いし……こっちに来てくれよ。前哨戦とは思うな、戦いはすぐに終わる」
グリーンに通された船室にはバトルゾーンが用意されていた。思いっきり暴れても壊れない様に万全の備えが施されている。グリーンはスーツの下に黒いTシャツを着込んでいた。
スーツを脱ぐと紫のリストバンド、黒のTシャツが映えて見える。橙色のハリネズミ頭は彼の特徴であり、最強のトレーナーを目指す者なら誰もが知っている男の髪型であった。
「何だか懐かしいな。祖父さんが生きてた頃、丁度あの頃を思い出す……奴と戦ったセキエイリーグでの戦いだ。お前の目はよく似てるよ……
信念の為に全てを犠牲にすると誓った瞳だ。失う物が見えてるんだろ?そして俺に勝って得る物も」
ユキナリはしっかりと頷いた。
「3vs3バトルだ。3匹全部戦闘不能になった方の負け。もうルールは承知したな?」
「はい、僕はそれで構いません」
(ユキナリ君と、グリーンさんの戦いだなんて……こんな所で戦ってるのが勿体無い位だよ。僕は今、歴史が移り変わる瞬間を見る事が出来るかもしれない)
ユウスケは正直震えが止まらなかった。ワクワクしている自分がココにいる。あの戦いでミツルに勝利したものの、ミツル等とはまるでレベルが違うのだ。
自分達のレベルの外にいる2人のバトルが白熱する事は明らかであった。
ユキナリが心強い仲間であるポケモン達を回復させると、2人はバトルフィールドの定位置に付き身構えた。ユキナリの方に比べて、グリーンの方が精神的に余裕を持っている様に見える。
「ココで俺が試すのは、お前の持っているポケモンの基本的な戦闘力が通用するかと言う事……それだけに、スタンダードな属性を持つ3匹のポケモンを今回の勝負に使わせてもらう」
グリーンはニヤリと笑うと、紅蓮に燃えるデザインのボールを取り出した。
「まずは基本属性、炎を持つバーナベアを繰り出すとするか!!」
フィールドに投げ入れられたボールから閃光が放たれ、そのまま巨大な熊が姿を現した。体全体が炎に覆われており、体毛は黒く口からは炎が常に噴出している。
『テメェが相手のマスターか、ガキが……幾らでも強い相手を出してこいよ。潰してやるぜ……』
瞳も黒い眼球に通常黒目の部分が金色であった。残忍そうな顔、オーラそのものが悪の真髄である事を示している。ユキナリは情報収集の為にポケギアを開いた。
『バーナベア・暴虐ポケモン……ヒグマ・ホノオグマ・バーナベアと進化する。ほのお・あくタイプ。
破壊衝動のままに好き放題街を破壊する野生のバーナベアが急増している為、警察の使うカイリキーでも数匹がかりで抑え込まなければならない。
群れは作らず1匹狼で行動しており、体から噴出する炎は激情にかられるとますます激しく燃え広がる。主食は炎そのものである為度々山火事を発生させる様だ』
「特殊能力は……」
ユキナリは最早常となっている特殊能力の確認を行った。
『特殊能力・ヒートアップ……体力がレッドゾーンに突入すると攻撃力が1.5倍になる』
(流石正統派の炎ポケモン……小細工を弄しはしないが、基本を踏襲する脅威の能力だ)
(今までユキナリ君が戦ってきたどのトレーナーよりも、遥かに強い。その昔は世界に通用していたカントー・セキエイリーグの覇者にまでなった人……そしてさらにその上があるなんて!)
「お前が今まで戦ってきた全てのバトルにおける力を、俺は今試そうとしてるんだ。最初から全力で来いよ。手加減してると、あっと言う間に負けちまうぜ?」
「解ってますよ。僕も手段を選んではいられません。とことん相性重視で攻めます!」
ユキナリはバトルフィールドにボールを投げ入れ、フライゴンを出現させた。
『セキエイリーグでは最後を任されたが、いきなり先鋒とは……成程、余程私の力が必要と見える。事態が切迫しているのが伺えるぞ。面白くなってきた……』
『あァン?何が面白いんだ屑がァ!!この俺様に勝てるとでも思ってやがンのか!!』
熊と言うよりか炎を纏った虎の如き憤怒の表情に、龍が応える。火花が散らされる。
「おうおう、何時も態度が悪いバーナベアがさらにイラついてるとは。少々怯えがある様だ……こりゃ楽しみになってきたぜ。お前もワクワクするだろ、ユキナリ!」
確かに、ユキナリはバトルの時常に高揚感を感じていた。自分のプライド、今の目標を投じて挑む戦いは一種の博打である。博徒と化したユキナリが喜びを感じるのも当たり前の話だった。
そして、その思いを抑え切れなくなり言葉にぶつける。
「フライゴン、一気に叩き潰せ!地震だ!!」
先手必勝とばかりに地面がうねり、バーナベアは防御姿勢を取る。うねりはバーナベアを押し出すと壁にぶち当てた。だが相手はてんで平気とばかりに身体に付いた埃を払う。
『何だ、この程度かよ。ちっとは期待してたんだがな。攻撃ってーのは……こういうモンだ!』
カッと口を開くと、ドス黒い炎が巨大な球体となって吐き出され、フライゴンに命中する。回避に専念しようとしたフライゴンだったが、あまりの大きさに避け切れずダメージを受けてしまった。
(コレが、当時無敵と言われたセキエイリーグを壊滅させた実力……!!)
背筋が震えた。地震で受けるダメージはバーナベアの場合2倍、対してバーナベアの出した攻撃、ヒートバーナーでフライゴンが受けるダメージはクォーターとなる。
それなのに各々が受けたダメージ量はさほど変わっていない。何と言うタフネス、攻撃力の持ち主なのだろうか。
『オイオイ、お前のマスター背筋が震えてるぜ。やはり俺様の実力を知って怯えてやがる』
『ならば、何度でも攻撃を当ててみせるのみだ!』
一度相手に防御された技を使っても避けられてしまう割合が高い。そして数の暴力に切り替えたフライゴンは、相手の懐に飛び込んでドラゴンクローを見舞った。
何度もバーナベアが切り刻まれる。だがそれが痒い程度だと言わんばかりに、バーナベアは炎に包まれた尻尾と拳でその爪を薙ぎ払った。
予期せぬ反撃を受けバランスを崩したフライゴンに、今度は全身から噴出した黒い炎がフライゴンを包み込む。フライゴンは暫くその炎の餌食となり、必死でその炎から逃げ出した。
だんだんと、フライゴンとバーナベアのHPに差が付き始めている。
(コレだ……僕が求めていた戦いは……負けるかもしれないと思わせる程の強大な相手……圧倒されている自分……バトルは……こうじゃなくちゃいけない)
ユキナリは負の流れを今まで何度と無く引っ繰り返してきた。逆転勝利は歓喜となり、それがさらに仲間の力と自分の力となる。
互角以上の相手と戦ってきた事等今回が初めてでは無い。ずっとずっと、ユキナリは強い相手との戦いを望んでいたのだから。
「よぉし、バーナベア。相手も疲弊してきた様だ……差を付けるぞ。相性が何だ。力で捻じ伏せれば文句は無いだろう。そのままブラストバーナーでケリを付けろ!」
『解ったぜマスター……どうだ、解ったか?所詮ルーキーがマスターに挑んでもあっけなく叩き潰されちまうって事がよォ。サッサと逝きやがれ!』
バーナベアの黒い炎が今度は紅蓮の炎に変わった。周りの温度が一気に急上昇し、部屋全体が蒸し風呂の如く蜃気楼で揺れる。両手に溜めた炎を一気に解き放った。
『消えろッ!!』
掌底から噴出した炎はそのまま凄まじいスピードでフライゴンの所へ向かう。だが逆にその一瞬でフライゴンは懐が甘い事に気付いた。
空中から瞬間的にスライディングを決め、爪でバーナベアを転倒させる。頭を打って怯んだバーナベアに、エメラルドの炎が何度も当てられた。
「りゅ、りゅうのいぶきか!やばい、早く目を覚ますんだバーナベア!」
だが体重の重いフライゴンの方が、ガッチリとバーナベアを押さえ付けて離さない。両手がバーナベアの炎に擦れてブスブスと黒い煙を上げた。手の激痛等お構い無しにフライゴンは炎を吐き続ける。
『お……俺様の身体に触れ続けながら攻撃とは……馬鹿な……』
『マスターと違って私は何度でも蘇るのでな。激痛等一瞬の痛みに過ぎん。大切なのは、共に戦い、夢を見てきたマスターに敗北の痛みを教えぬ事だけだ』
(コイツ……俺様より腹ァ括ってやがる……どンだけ修羅場潜ってきやがったんだ?)
勿論両手両足を封じられていてもフライゴンと同じ様にバーナベアも口から炎を出す事が出来る。カッと炎を出したバーナベアの攻撃にも、怯む事無くフライゴンは攻撃を当てた。
蟻の歩みでも構わない。僅か60のダメージだろうが何だろうが、勝利だけが大事なのだ。
「フライゴン……僕の為に……戦ってくれている……皆の思いに応える為にと気張っていたけど……そうだ、一番大切なのはパートナーの思いを無駄にしない事じゃないか……」
ユキナリの頬を涙が伝った。グリーンもそれを見て暫し過去を思い出す。
(あの時……レッドの奴も泣いてたっけな……俺と初めて戦った時、僅差で俺が負けたのに泣いているから理由を聞いた。『ポケモンが傷だらけで可哀想だ』と言っていたんだ……
だが……そんな事で涙を流せる奴の方が、案外強いのかもしれないな……)
顔が黒焦げになっても尚、炎を吐き続けたフライゴンが辛くも勝利を手にした。
改めてゲージを確認してみればフライゴンのHPはレッドゾーンどころか、風前の灯火となっていた。
組み付いて固定ダメージを与えていなければ、間違いなく力負けしていた事だろう。それであっても、バーナベアに相当のダメージを与える事は出来ただろうが……
(優位になんか立てない。この1回1回の勝利を大切にしよう。今の戦いを精一杯こなす。それだけでバトルの流れは最終的に僕等のものになるんだ。信じるしか無い。僕自身と、ポケモンの力を……)
「まずは1匹……そっちも楽勝ってワケにはいかなかったみたいだが、俺もまさかバーナベアが倒されるとは思ってなかった。お互いに理想とする場所へは届かない……
互いに理想を追い求めて全力でバトルしてるんだから当然だよな。だが、必ず決着は付く。最後に笑うのは俺1人で充分だぜ!」
グリーンはそう言い放つとバーナベアをボールに戻し、群青色のボールを新たに取り出した。
「ユキナリ……お前に最強の水ポケモンってのを拝ませてやるよ。ガーガッツ、お前の出番だ!!」
バトルゾーンに投げ入れられたボールから閃光と共に巨大な鰐が姿を現した。
『マスター……俺の相手は奴ですか?随分傷を負っている様ですが……』
「バーナベアに辛くも勝った相手だ。出来る事ならサッサと倒して次の相手を引き摺り出せよ」
『了解……』
ニヤリと笑うその口から鋭い牙が垣間見えた。爬虫類特有の鋭い瞳も畏怖心を誘っている。
(今度は水タイプのポケモンか……グリーンさんはとことん基本で勝負を決めたいらしい……
なら、僕も応えますよ。出来るだけ貴方より強く、貴方のポケモンのHPを少しでも多く削ってみせます)
ユキナリは素早くポケギアにてガーガッツの図鑑項目を参照した。
『ガーガッツ・凶悪ポケモン……ミズワニ・ヌマワニ・ガーガッツと進化する『湿地帯の悪魔』。
元々は外国のエリアからの外来種だったのだが、リューキューの温暖な気候に影響されさらに大きさと力が強くなった。
テッポウオを主な食料とし、酷い時には幼いポニータを自分のテリトリーに引き摺り込んで丸呑みにしてしまう。奥歯からは獲物を麻痺させる猛毒が分泌されるのだ』
(特殊能力は……?)
ユキナリは図鑑項目の中にある特殊能力の項をチェックした。
『特殊能力・するどいきば……自分の攻撃が急所に当たる確率が通常の1.2倍になる』
(嫌な能力だな……迂闊に攻撃を連続で受けると命取りになりかねないぞ……下手に接近戦を挑むのは自殺行為だ。だが逆を言えば効果的な近距離攻撃ならば怯ませる事は出来るか……)
「ユキナリ君。相性で有利に立てば多少の不利は軽減される。前に出る事を考えなきゃ!!」
「そうだね……まずは疲弊しきっているフライゴンで、どこまで相手のHPを削れるかだ……」
『動きの遅そうなデカブツだな……それならば……私の十八番である遠距離攻撃で戦うだけだ……』
グリーンの唇の端が少しだけ吊り上がったのを、ユキナリは見逃さなかった。
(一筋縄では行かないよな……そりゃ、グリーンさんを相手にしてるんだから当たり前か)
「ガーガッツ、まずは飛び掛ってフライゴンを瀕死に追い込め!」
その言葉に反応してフライゴンは距離を取ろうと反射的に飛び退いたが、その軌道を読んでいたとでも言わんばかりにガーガッツはピンポイントで喉笛に噛み付いてきた。
だが噛み付かれた瞬間、それを振り払うかの様にフライゴンは爪でガーガッツを引っ掻いた。
重い一撃で一瞬ガーガッツの顔が歪むものの、そのままフライゴンは床に倒れてピクリとも動かなくなる。ユキナリは健闘を称えながらフライゴンをボールの中へと戻した。
(よく頑張ってくれた……今の一撃は大きかったよ。絶対に繋げてみせるからね)
「お前とポケモンはまさに一心同体なんだな。俺も見習いたいモンだ……くらったダメージは大きい。次に出してくるポケモンが何かで流れが変わってくるだろう」
ユキナリは頷くと、次のボールをバトルフィールドの中に投じた。
眩い閃光と共にルンパッパが姿を現す。ユキナリの手持ちには既に基本の属性に有利なポケモンが揃っていたのだ。最後がくさだとすれば最後まで優位に立てるハズだった。
(リューキューの代表的なポケモンばかりが出てきてる……と言う事は、最後はくさ・あくのアクマガオになりそうだ。大丈夫、ユキナリ君のポケモンなら勝てるよ!)
こうして見守る事しか出来ない事が悔しかった。ユウスケは既に最強を決める戦いから外れ完全に蚊帳の外にいる。自分がそこにいれない悔しさより、無二の親友を助けてやれない事が何よりも悔しい。
旅の途中に何度も助けてもらった借りがあるにも関わらずだ。
『随分獰猛そうな相手じゃのう。もう少し良い笑顔が出来んかな?』
『お前を喰らったら、最高の笑顔を見せてやるぜ。それまで待つんだな』
(急所狙いのガーガッツだけど、みず・あくの技を使ってくるとすれば2倍ダメージにはならない。ルンパッパの属性ならば尚更だ。そしてこっちは雷技を使う事が出来る!
相手の術中に陥らなければ勝てるハズ……信じるしか無い!)
「それじゃあ、こちらから戦らせてもらうぜ。ガーガッツ、かみくだく攻撃!」
命令を受けた瞬間、まるで鉄砲の弾丸の様に素早く飛び掛るガーガッツ。瞬発力の高さはとてもルンパッパの叶う所では無い。
だが相手と競らずとも、ルンパッパなりの戦い方が逆に相手を圧倒する事もある。迎撃がまさにルンパッパの十八番であった。
『そぉりゃァ!!』
一直線に向かってきたガーガッツの顎に電撃を纏った拳が命中し、その勢いのまま弧を描いて相手を吹き飛ばす。ガーガッツはそのまま床に勢い良く叩きつけられた。
(や、やった!素早さのガーガッツに攻撃力のルンパッパが勝ってる!)
『チィッ……確かに一筋縄じゃいかない相手の様だ。今の拳は効いたぜ……だが、一直線に飛んでいくだけだと思ったら大間違いも良いトコだ』
「ガーガッツ、ハイドロカノンで相手を吹き飛ばせ!」
カッと口を開けたガーガッツの喉の奥から、凄まじい勢いの水流が飛び出してきた。螺旋を描く竜巻の様な鉄砲水は、そのままルンパッパに向かって飛んでいく。
「ルンパッパ、ハイドロポンプで持ち堪えるんだ!」
ルンパッパもハイドロポンプを放つが、攻撃力の極めて高いハイドロカノンに負けるのは自明の理。ぶつかった後ジリジリと後ろに押されていく。
スタミナが切れた方がそのまま壁に叩き付けられる事は解り切っていた。スンパッパも必死でその想像を絶する力に耐え抜こうとする。
『ハイドロポンプなのに……俺のハイドロカノンを凌いでいるだと!?ど、どれだけスタミナがあると言うんだ奴は……マスター、奴のスタミナはどれだけある!』
「……HPだけ見れば相当なモンだな。お前より2割程多いかもしれない」
『仕掛けたこっちが参ってしまいそうだ……あ、あともって数秒……』
だがココでルンパッパが力尽きた。水が止まりその勢いをまともに受けて壁に叩き付けられる。ガーガッツは仕掛けた側であるにも関わらず、スタミナを消費し過ぎて動く事が出来なかった。
結局ガーガッツが荒い息を吐いている間に、ルンパッパが立ち上がってしまう。
『ち、畜生……スタミナに差があったとは……この俺が総合ステータスで負けるなんて……』
『いや、今のはなかなか効いたワイ。じゃがさっきのフライゴンの一撃がじわじわ効いてきておる様じゃな。お前さんの敗因はそこじゃよ。ワシ等をあまりにも舐め過ぎたんじゃ』
ルンパッパは動けずにいるガーガッツに近付き、間合いに入った。それを見計らって腕を噛み砕こうと飛び掛るその反撃のタイミングを読み、逆に横っ腹に電撃を押し当てる。
『グォォォ!!』
咄嗟に横に回転して電撃から身をかわすと、再び素早く突っ込んで身体に噛み付くガーガッツ。今度の反撃は流石に近過ぎてルンパッパも避ける事が出来なかった。
「よし、そのまま持久戦を展開しろ。絶対に相手から離れるなよ」
(不利と見てさっきのフライゴンと同じ戦法を取ってきた……やっぱりグリーンさんは戦い慣れている。状況を正確に判断してその分析から的確な指示を飛ばしているんだ……!)
『猿真似をしようとも、ワシの間合いは遠距離だけでは無いんでな。それはもう解っておるんじゃろ?』
ルンパッパは再びかみなりパンチを見舞おうとしたが、その腕も自分の腕で掴み封じてしまう。
『ご自慢の拳を掴まれて、技が出せないときた。さあ、どうする?』
『拳と体とくれば、後は口しか残っとらんなァ』
ルンパッパが口を開くと、ガーガッツも口を開いた。
『ココで身体を引き剥がされるワケにはいかないんでな』
その瞬間、全身を引き裂かれる様な激痛がルンパッパを襲い、ハイドロポンプは不発に終わる。
「トゥースギロチンの攻撃力はかみくだくを遥かに凌ぐ。噛み砕くと言うよりか、噛み千切ると言った方が適切だな。骨まで噛み切る威力を思い知っただろ」
ルンパッパのHPは今の攻撃が急所にヒットした事もありあっと言う間にレッドゾーンに突入した。しかしかみなりパンチを何度も受けたガーガッツも有利と呼べる状況では無い。
『もう1回!』
カパッと口を開けたガーガッツの喉の奥に、ルンパッパのもう片方の腕が入った。
『まだ余っておったな、ワシの力が!』
まさに相討ちと呼ぶに相応しい幕切れだった。ガーガッツは腕を食い千切り、その拳が一瞬にして高圧電流を流して体の内側からガーガッツを襲う。
2匹は共にグロテスクな姿を晒して倒れ込んだ。どちらのHPも同時にゼロと化す。
「す……凄ぇ……」
グリーンは呆気に取られて暫くその光景から目を離す事が出来なかった。今の攻撃で相討ちになるとは考えていなかった。
相手が電撃を出すより先にガーガッツが腕を食い千切って戦闘不能にするものと思っていたのだ。素早さの低いルンパッパがそこまで粘るとは夢にも思っていなかった。
(ルンパッパ、無駄にはしないよ……君の頑張りは絶対最後まで繋げてみせる。次が最後だ。グリーンさんとの決着は次の勝負で決めよう!)
ユキナリはルンパッパをボールの中に戻すと、グリーンに笑って声をかけた。
「こんなに胸が高揚するのは久しぶりです……楽しい。純粋に楽しいです。貴方の様な強いトレーナーと戦えるのは。感謝してますよ、グリーンさんとバトルが出来て……」
「俺もだよ。ココまで追い詰められたのはコレで3回目だ。その度俺は涙を流してきた……所詮俺は他のトレーナーと同じく踏み台に過ぎないのかと……
だが今日でその踏み台から脱却し、俺は俺の道を歩み始める!ユキナリ、お前はその為の相手なんだぜ!!」
グリーンは自信過剰な少年であった。人より優れていたばかりに他者を見下し、否定してきた。その慢心が彼自身の心を蝕み、レッドとの大勝負に敗れ去ったのだ。
その後自分が間違ってはいないと思い込み、ジムリーダーとなってもなお己の力を過信していた為にゴールドにも敗れた。プライドを完全に折られた彼は堕落し、自分を暫し見失っていた……
だが仲間達はそこにいた。自分を必要としてくれる友や、姉がいた。
『己の欲望や頂点の為に戦うんじゃない。これからは守りたい者の為に戦う!』
守りたい『モノ』……それは哀しくも、決して逃れる事の出来ない『プライド』と言う名の鎖である。強さと言う固定観念の為に人生を捧げる男……それがグリーンと言う青年の全てであった。
(僕なんか、もう足元にも及ばない……2人になんかとてもじゃないけど並べない!予想を遥かに超える戦いだ。どっちが勝ってもおかしくない……
でも、ユキナリ君なら勝てる!勝てるハズなんだ!今までだってそうだった!!)
ユウスケは旅の途中、何度もユキナリと言う親友の強さに憧れた。足手まといと自分をなじった事もあったが、今は純粋に応援する事しか出来ない。
出来ない事をしようとしても無理なのだ。ユウスケもまた、吹っ切れた様にその戦いを見守っていた。
「俺が出す最後の相棒は……コイツだ!」
3個目のモンスターボールがバトルフィールドに投げ込まれる。閃光と共に現れたポケモンは、棘の生えた蔓草を周囲に広げる、妖しい花であった。
(やっぱりアクマガオだ!この勝負ユキナリ君が勝った!)
『おやおや、随分可愛いおチビさんだねぇ……マスター、私の相手は何処にいるんだい?』
「今相手が出す所だ。いたぶるのは程々にしておけよ?俺達は勝負に勝ちさえすりゃ良いんだからな」
(見た所くさタイプ……あくタイプも混ざっているのか……)
ユキナリは素早く腕のポケギアにて情報収集を行った。
『アクマガオ・ようかポケモン……リューキューに咲く自然型のポケモンで、巨大なものでは体長3mを超える個体も確認されている。
捕食するのはキャタピーやトランセル等の幼虫やバタフリー・モルフォンの様な成虫。棘の蔦を鞭の様に操り、獲物を叩き落して仕留めるのだ』
(特殊能力は?)
『特殊能力・くるいざき……『ひかり』タイプの技を受けると攻撃力が1.5倍になる』
(特に気にする能力じゃ無いな……ただ、グリーンさんの切り札と言うだけあって強そうだ……こっちも運良く相性が良いポケモンを持ってる。遠慮無く使わせてもらいますよ!)
ユキナリは自分側のフィールドにモンスターボールを投げ、コセイリンを出現させた。
『グリーンさんとの対戦ですか……とうとう、ユキナリさんにも見えてきましたね。トレーナーとしての頂点が……勿論僕も、ポケモンとしての頂点、極めますから!』
『フフン……自信アリって所かい。生憎私も極めようと思ってるんでね、強さの頂ってヤツをさ。アンタはマスターにとっても私にとっても邪魔だよ!!』
両者はフィールドの端で身構え、臨戦態勢を取った。静かな、それでいて張り詰めた空気が漂い始める。殺気がフィールド全体を覆い、グリーンもユキナリもその空気をハッキリと感じた。
(コセイリンが緊張してる……大一番の戦いだからかな。それとも……)
「アクマガオ、まずはこわいかおで相手の動きを封じるんだ!」
先に動いたのはアクマガオの方だった。手に蒼い炎を宿して襲い掛かるコセイリンに対して牙の連なる口をカッと開き、邪悪な瞳でコセイリンを怯ませる。
『!!』
恐怖から動きが鈍った瞬間、コセイリンの上半身はしっかりと蔦で巻かれ、身動きが取れなくなっていた。懸命に脱出しようとするものの、逃れる事が出来ない。
『私のまきつく攻撃は効くかい?ケッケッケ……棘が胸に食い込んで痛いだろう。締め付ければ締め付ける程、アンタがもがけばもがく程蔦は締まっていくのさ!』
強烈な締め付けで胸に沢山の傷が作られ、激痛にコセイリンは悲鳴を上げた。
『グゥゥ……ガァァァッ!!』
「コセイリン、何とかそこから抜け出すんだ!」
「アクマガオ、そのままソーラービーム充填。キツイ一撃を喰らわせてやれ」
『たっぷりお日様の光を浴びな!ただし、超強力に圧縮した一撃だからね、熱線に等しい温度……狐一匹がどれだけ耐えられるモンか、見物だねぇ……』
アクマガオはエネルギー充填の為、自分の顔、すなわち花の部分を空中に向け、顔から光を吸収し始めた。このターンの間に逃げなければビームの餌食となってしまう。
コセイリンは両手から何とか炎を出し、激痛に耐えながら身体に巻きつく蔦を焼き切った。
『遅かったね!』
だが充填完了したソーラービームは距離を取ろうとする前に発射され、コセイリンはまともにその攻撃を受けてしまう。あまりにも強力な光にユキナリは目が眩んだ。
(コ、コセイリン……!)
だが、その光が消えた時、目の前には信じられない光景が映っていた。両者共に焼けてダメージを受けていたのである。しかもアクマガオの方が手痛いダメージを受けていた。
『こ、このガキ……光が私の視界を遮ったあの一瞬の間に、火炎放射を……しかもダメージを受けている最中だったってのに……!!』
「……嘘だろ……?」
グリーンは自分の見ている目の前の光景を信じる事が出来なかった。完璧な命令の出し方だと思った。アクマガオにも全く落ち度は無かった。大きく差を付けたと思ったのに……
(あの時もそうだった……!)
グリーンの脳裏に、あの時の思い出がフラッシュバックした。
「ま、所詮こんなモンだよな」
弱冠10歳にして彼は時代の頂点に立ったと信じていた。満身創痍のリザードンとそれを迎え撃つフシギバナ。
相性としては不利とは言え、あれだけのダメージがあるリザードン相手ならば楽勝、とたかをくくっていたのだ。
「俺は最後まで諦めない。どんな時だって、懸命に勝つ為の道を探してきた!」
レッドのリザードンはカッと口を開くと、凄まじい技を繰り出してきた。火炎放射と言うより、炎の竜巻が横向きに向かってきたと言える勢いである。
「馬鹿なッ……ブラストバーンだと!」
「行動不能は覚悟の上だ。お前のフシギバナが耐え切ったら俺の負け……潔く諦めるさ。だが俺のリザードンがフシギバナのHPをこの一撃でゼロに出来たら……」
「ふざけるな!HPでもフシギバナは最強!急所にでも入ってなきゃ、撃破出来るものか!!
その炎の竜巻に巻き込まれたフシギバナは、黒焦げのままうつ伏せになって倒れた……
(あの時も……くだらない精神論なんかを持ち出されて負けたんだ!そうだ、運を味方に付けるやり方じゃ勝てない!力が全て、全てを凌駕する力さえあれば……)
自分が敗北したと言う事実を認める事が出来ず、八つ当たりを繰り返したあの日々……心で負けていた。勝ちたいと言う思いで負けたと思い、さらに修行を重ねた。
ジムリーダーと言う地位に立っても、身の程を知らず高く飛びたいと願い続けた。それしか自分の存在価値が無いと思っていたからだ。強くなければ、何の為にポケモントレーナーになったのかと……!
「勝て――――ッ!!アクマガオ、勝つ事だけ考えろ―――――ッ!!!」
グリーンの絶叫は最早魂の叫びに等しかった。今まで生きてきたこの10年間が、全て一言だけに集約されている。『勝利』が彼がずっと望んできた人生の答えだったのだ。
『私を……ココまで追い詰めるなんてねぇ……!見せてやるよ、とっておきの攻撃……』
『僕も、この一撃に全てを込めます。そして、絶対に貴方を倒します!!』
互いに身体に蓄えられていたエネルギーを一点に集中し、アクマガオは蔦に、コセイリンは両手に力を込める。両者の攻撃は殆ど同時に繰り出された。
『ハードプラント!!』
『ふぶき!!』
緑色の巨大な下怪光線と、強い風と雪が互いを襲い、そして消滅した。2匹とも立ち尽くしたまま動かない。グリーンは勝利を掴んだと思った。
(よし、ハードプラントの後の硬直に反応出来ない程ダメージを受けた!コレで俺の……)
その瞬間、硬直状態のアクマガオに蒼い炎が当たり、今度こそアクマガオは倒れた。傷を負っていたものの、コセイリンは何とか耐え切れたのだ。強烈な一撃を受けながら……
「……ッ……!!」
「ユキナリ君!や、やったよ!グリーンさんに勝ったんだよ!!」
「僕が……勝った……」
緊張からか、ユキナリは肩で息を吐く程に疲弊していた。ユウスケが手を握って大喜びしている間も、コセイリンが歩いて近付いてくる間も、数秒間頭の中は真っ白だった。
『今度こそ、駄目かと思いましたよ……相手の攻撃の方がダメージ量としては上でしたからね。気合で勝てた気がします。どちらかの攻撃が急所にでも入っていたら負けでしたし』
「……ちっくしょう……畜生――――ッ!!!』
ユキナリはハッと我に返り、絶叫して床に手をつき、大粒の涙を流すグリーンの方を見た。
「何時もそうだ……勝ちたいって心から願った時に、幸福が俺の手から離れていく……勝ちたいと心から願った時に限ってだ!どうして俺は負けるんだ!どうして!!」
何度も床を叩き、砕けた腰を立て直そうともせずにグリーンは人目をはばからず号泣していた。ただひたすらに強さを追い求めてきた彼の終着点……それは傲慢さ故の『敗北』であったのだ。
「グリーンさん……」
「くそ……何でなんだよ……俺は、喜べないのかよ……ずっと間近でアイツが喜ぶ所を見てきた……ゴールドもそうだ。俺は、俺は何時素直に喜べる試合をした!?
結局、俺は本当の強者の為に用意された踏み台でしか無かったのかよ!!」
橙色のハリネズミ頭の青年は、3度目の敗北を望んではいなかった。自分に約束していた。この3度目で負ければこの戦いの螺旋から手を引こうと……
実力が無かったと諦め、大人しく祖父の意思を継いで研究者になろうと……コレが本当のラストチャンス。そう思ってこの戦いに臨んだのだ。しかし……結果は彼の望むものとはならなかった。
「僕だって……敗北を心から恐れてます。でも、負けてこなかった。運とかでは無くて、実力でだって、這い上がってきたんだと信じてます。
仲間達が強くて、僕を信頼してくれた上での勝利だから……どんなに相手が強くても、先に進みたい。それだけです。貴方は、とても強かったですよ、グリーンさん……!!」
(僕がかなう相手のレベルとかじゃ無い。もう、トサカさんだってホクオウさんだって今のユキナリ君には勝てないよ……随分遠くに行っちゃった……
でも、何時もユキナリ君は、自分を強いなんて自慢してなかった。だって、常に自分より強い人間が何処かにいるんだって解ってたから……!)
グリーンは腕で涙を強引に拭うと、立ち上がってユキナリの方を見た。
「正直言うと、この戦いで負けたら、祖父さんの跡継ぐって、決めてたんだよね、俺……トレーナーとして未熟なまま戦い続ける事が、お前の幸せに繋がるのか?ってアイツに言われて……
実際その通りだ。悩み続けて、苦しみ続けて……俺はトレーナーで良かったと思える出来事が結局作れなかった。だから、潮時……ココが潮時なんだよな、本当にそう思う」
グリーンはユキナリに握手を求めた。ユキナリもそれに応えて手を出す。
「……有難うな、俺の最後の勝負に全力で付き合ってくれて……」
「貴方の思いも、受け取りました。僕は、僕だけじゃ無く、僕と戦ってきた全ての人々の思いを受けて戦っていきます。これからも、ずっと……」
「お前の後ろに、何十人もいるのかよ。そりゃ、勝てないか」
自嘲気味に笑うと、グリーンは奥の扉の方へと歩いていった。この部屋の奥にさらに船室があったのだ。
「……俺が負けた。相手してやれよ。きっと、楽しい試合になると思うぜ」
「負けたのかよ。お前が?……はは、ワクワクしてきたぜ。こんなに魂が震えるのは何年振りだろうな。
ゴールドと戦った時ですら、10歳の時にお前と戦った程の高揚感は得られなかった。なのに……今ちょっと怖いんだよ。足が震えてる」
それは、ユキナリがずっと追い求めてきた頂点の称号を持つ男の声だった。
グリーンが誘う様に扉を開けると、もう1つのバトルフィールドが用意された船室が見えた。高速船アクア号のVIPルーム、それは選ばれたトレーナーしか入る事が出来ない聖域でもある。
レッドが待つ場所……ユキナリが旅の前からずっと夢見てきた最強と言う名の頂……ユキナリはユウスケと共に船室に入り、扉が閉まると大きく深呼吸をした。
(不思議と……恐怖は感じない。敗北しても、失うものが無いからなのか……アズマさんとの戦いではこんなに落ち着いた態度なんか取れなかったのに)
「ガキの頃からずっと、俺は幼稚で負けず嫌いな奴だったよ」
レッドは感慨深げにそう呟くと、ユキナリの方を向いた。
「俺が最強者と呼ばれ、大勢のトレーナーから賞賛されるに至るまで、お前以上の苦労があったと思ってる。
ただひたすらに強さを求め、ジムリーダーと戦い、己とパートナーを研鑽させていった……今思えば、グリーンの様なライバルがいなかったら俺がココまでの器になる事は無かっただろう。
それは、お前も同じだったんじゃないか?」
ユキナリはモンスターボールを回復ポッドに入れ、ポケモンを治癒している最中に、レッドからの言葉を受けその思い出を頭の中で思い返していた。
「……確かに、ライバルと呼ぶべき人がいなかったら、その人より強く、その人より高みに……とは思えなかったと思います。レッドさんと同じ様に、その道を歩いてきました。
トレーナーとしての全てを、貴方に見せて勝ちたいと思っています」
「俺に勝つ、か……生涯一度だけ、俺は惨敗を喫した事がある。精神と肉体を鍛錬する為に篭っていたシロガネ山で、あいつと出会った……
正直驚嘆したよ。俺以上の実力を持ったトレーナーが誕生したんだなって……そうやって、時が残酷に次々と新しい最強者を生み出していく。ゴールドを倒したお前もまた、新たな風なんだろう……」
グリーンに勝利してから、8年もの月日が過ぎていた。チャンピオンの肩書きを捨て、エリアをあても無く放浪し、強いトレーナーを求めていたあの頃を思い出して、レッドはユキナリを見つめている。
現時点で齢こそ離れているものの、まるで自分自身を見ている様だ。
(そうやって……追い抜かれていくのが怖かった。忘れ去られるのが嫌だった。18歳で最強者を争う戦いから弾かれるのを恐れて、今まで以上に訓練を重ねた。
メンバーもバランスを考え、最強たるポケモンを揃えた……俺は、この戦いでユキナリに勝利し、自分が最強者の資格を持っている事を証明してみせる!!)
ユキナリがどれ程強い相手と戦い、勝ってきたのかは充分承知している。かつてのライバルであったグリーン、劣っても尚自分と同程度の力を持つグリーンに勝っているのだ。
自分が過去戦ってきたどのトレーナーよりも強い……そして、今までの試合よりもより有意義な試合が出来そうだと踏んだ。
「お手合わせ、宜しくお願い致します」
ポケモンの回復が終わり、ユキナリは6個のモンスターボールを自分の手元へ戻した。
「スタンダードルールの6vs6を行う。2匹以上の状態異常、及び手持ちが1匹になった時の自爆系の技は禁止。6匹全てが倒れるまでバトルをして決着を付ける。異論は無いか?」
「いえ、それで結構です」
椅子から立ち上がり、レッドが戦闘態勢に入ると、周りの空気が殺気を帯びてくる様な気がしてユキナリは少々身震いした。だが恐怖での震えでは無い。レッドと同じ高揚感を感じている。
(僕も、ユキナリ君のライバルであったと思う……けれど、この2人の戦いに割って入る資格すら無い。それが悔しい……でも、この戦いを最後まで見届けるのも僕の役目なんだ。きっと……!)
「ココで戦うのも随分久しぶりだ……本気で戦いたいと思った相手にしか俺は声をかけない。お前は俺に選ばれた。俺と互角に戦える男だと……頼むから、失望させないでくれよ?」
「僕は全力で応えるまでです。皆が僕を支えてくれた……だから、僕が皆の為に戦うんです。誰にも負けない事が、今まで戦ってきた人への答えですから!!」
レッドは暫く手でボールを弄んだ後、自分のバトルフィールドにボールを投じた。白い閃光と共にポケモンが姿を現す。
『ふあーあ……何だ、俺の出番かぁ?最後に戦ったのは何時だったっけか……ふあ〜……』
大欠伸をしながら出現したのは濃い藍色の毛に覆われたカビゴンであった。巨大な身体は動く度にブルブルと震えて、運動不足も甚だしい状態である事を如実に示している。
(カビゴン!レッドさんとのバトル……先鋒はカビゴンなのか……)
最初のジム戦で苦戦した、ゲンタとのカビゴン戦を思い出し、ユキナリは緊張した。カビゴンのコンボが如何に強烈で用心しなければならないモノであるかと言う事は嫌と言う程承知している。
(ただ違うのは僕の陣営が変わっていると言う事……カビゴンに対抗出来る相手が僕の手持ちの中にいる。用心しないにこした事は無いけれど……恐れ過ぎるのも良くない)
ユキナリはカビゴンの特殊能力をポケギアで確認した。ポケモンには個体種ごとに特殊能力が違う事が多々ある。特殊能力が違うだけで苦戦する事も珍しい事では無いのだ。
『特殊能力・たいしょくかん……道具『食べ残し』を持っている場合、食べ残しでの回復力が通常の1.2倍になる』
(コレはもう、食べ残しを持っていると見て間違い無いだろう。ゲンタ君の持っていたカビゴンも食べ残しが効いていた……長期戦に持ち込まれない様に叩くしか無いな……)