第10章 1話『深まる思惑』
「それはともかく、如何な道程を辿ったとしても結局リーグチャンピオンになった事は実に素晴らしい。お主が最強たる資格を持っていると言う何よりの証になるからのぉ」
「ぼ、僕はそんな……」
カミカゼから絶賛されてユキナリは恥ずかしかった。覇者と名乗る程の勇気も、自分がそこまで強いトレーナーであるとも思えない。
彼自身、この世に自分よりもっと優れたトレーナーが沢山いる事を知っていた。目の前に立っている老紳士もその1人なのだろうか?
「そしていよいよ親善試合に挑戦と言うワケじゃな。カントーはポケモンリーグ発祥の地……即ち最も歴史の古いリーグの黄金時代を築き上げた場所じゃ。
きっと兵がお主を待っているじゃろう……その前に、是非ワシはお主と話をしてみたかったんじゃよ」
「僕の実力に興味がある、と言う事ですか?」
「ワシはお主の肩書きに興味がある。リーグ規定によれば、『チャンピオンは、リーグでの勝敗に関わらず特定の人物にリーグチャンピオンの座を明け渡す権利がある』とあるのぉ。
アレク、例の物を用意してくれんか」
「既に用意しております」
カミカゼが座っている椅子の隣にアレクが立った。手には高級そうなアタッシュケースが2つ握られている。ユキナリとユウスケの眼前でアタッシュケースが開けられた。その瞬間、眩い光が辺りを包み込む。
「嘘……」
ユウスケは言葉を失った。ユキナリも呆気に取られた表情をするしか無い。アタッシュケースの中に入っていたのは札束では無かった。ゴールドバーだ。
アタッシュケース全体に隙間無く入れられている。アレクはもう1つのアタッシュケースも開けた。黄金の光がさらに強くなる。
「アタッシュケース1つに入っているゴールドバーは金額にすれば5億円はするじゃろうな。金は幾らでも出す……チャンピオンの座をワシに譲ってくれんか。
欲しいなら好きなだけアタッシュケースの中身を君にやろう。何としてもワシはチャンピオンになりたいんじゃ」
アレクが部屋の片隅を見ると、アタッシュケースが山になっていた。まさか、あの中にもゴールドバーが入っていると言うのだろうか。凄まじい金持ちっぷりにユキナリは眩暈がした。
「ユ、ユキナリ君……チャンピオンの年収を完全に上回ってるよ……」
だが、ユキナリが望んで手に入れたチャンピオンと言う肩書きは自分の中でも揺るがない。
「丁重に、お断りさせて頂きます」
「んな!?コレでは足りんと言うのか……もっと持ってきてくれぃ!!」
「そういう事じゃ無いんです!!」
自分でも驚く程、ユキナリは自分の意思をハッキリと相手に告げられる様になっていた。
「お金とか、そういう打算で解決する問題ではありません……僕はゴールドさんから時代を担ったんです。
沢山のトレーナーの指標となり、リーグ全体を引っ張っていく責任があります。僕は常に強くなりたいと言う思いでチャンピオンになれたんです……
僕は決して誰にもチャンピオンの座は渡しません。もし僕からチャンピオンの座を奪いたいのであれば、リーグに挑戦してください。僕達は何時でも待っていますから」
ユキナリはそのまま足早にその部屋を立ち去ろうとした。正直失望していた。無敗を誇ると言っていたから強いトレーナーだと思ったのに、金に溺れた男だったとは……
「ちょ、ちょっと待ってよユキナリ君!!」
「……見事じゃ」
「!?」
背後から拍手を受け、ユキナリは思わず振り返った。既にアタッシュケースは部屋の片隅に戻されている。アレクも満足そうな笑顔を浮かべていた。
「やはり貴方様が見込んだトレーナーだけはありますな」
「ウム。その精神力、金に溺れぬ強い意志……流石はリーグチャンピオンじゃのう。許してくれユキナリ君。お主を試す為にワザとあんな事を言ったんじゃ」
「……」
ユキナリは部屋から出るのを止め、再びカミカゼと向き合った。
「僕をココに誘った真意を聞かせてくれませんか」
「何簡単な事じゃ。お主と勝負がしたい。それだけの事じゃよ」
「それなら……」
ユキナリは笑顔を見せて懐からモンスターボールを取り出そうとした。しかしアレクがそれを制する。カミカゼは言葉を続けた。
「お主とチャンピオンの座を賭けずに……1人のトレーナー同士として純粋にバトルを楽しみたい。じゃが、ワシはまだお主の実力を完全には把握しておらん。
ワシを倒すには本当の実力が必要じゃ。まだワシと戦えるレベルには到達しとらんよ」
(そんな……ユキナリ君はチャンピオンになったのに、まだ足りないって……)
「貴方が僕より強いと言う証拠は?」
小馬鹿にされて少しムッとしたユキナリは、思わずそう言い放ってしまった。
「残念じゃが、証拠はあるんじゃよ」
ニヤリと笑ってカミカゼは胸に光る金色のバッチを指差した。
「全てのポケモントレーナーの頂点に立つ証、マスターバッチじゃ。世界に5人、このマスターバッチを持つ者がおる。
ポケモンバトルの創世記となった時代に生まれた最強を示す唯一の証なのじゃよ。解ってもらえたかの?」
その強気な発言の裏に、ユキナリはトレーナーにしか解らない何かを感じた。
(この人は……生粋の戦士だ。バトルに命を賭ける……魂を燃やせる同じ志を持っている!!)
「カミカゼ様は、もうすぐ貴方が挑まれる親善試合の結果次第で勝負するかどうかを決めるとお考えでございます。チャンピオンに勝たなければ、この話は無かった事にして頂きたいと……」
バッチはハッタリかもしれない。それでも、ユキナリは余裕を見せて思いっきり笑ってみせた。
「カミカゼさん。僕は必ずこの場所に戻ってきます。勝利を手にした後……必ず!」
ユキナリはユウスケと共にカミカゼの部屋を出ていった。
「あのガキ、マジでお前に勝つつもりだぜ。どうする?」
「こっちが売った喧嘩だ。俺が勝たなきゃな……」
ユキナリ達が部屋を出た後、カミカゼは鬘と片眼鏡、白い付けヒゲを取り外した。
「トーホクで有望なトレーナーが生まれたとなれば、挑戦したいのがトレーナー心だろ」
「相変わらずバトルの事ばっかり考えてやがるんだな。昔の俺と同じだがよ……」
アレクの方も鬘を外し、針鼠の様な茶髪を触って溜息をついた。
「鬘は蒸れるモンだな。まだ変装してなきゃいけねえのかよ。何で最初から俺達2人として挑戦状を叩き付けなかったんだ?」
「俺とお前が挑戦と言う事でユキナリに余計な不安を与えたくなかった。気落ちしてしまえば本当の実力を発揮する事は出来ない。出来るだけ、俺と対等に戦ってほしかったんでな」
「……アイツ、昔のお前と同じ瞳してたな。絶対に譲れないって言う……確固たる意志を持った瞳だ。俺にはもう、あんな態度は取れねェけどよ……」
茶髪の少年は床に座り込んで大きな欠伸を漏らした。
「まぁ、前哨戦は俺に任せておけよ。俺も奴の強さには興味あるからな」
「期待してるぜ。お前が戦ってある程度ユキナリの実力を見極めてもらいたい。俺と対等に戦える相手かどうか……久しぶりに高揚感が治まらない位だ」
手を組んだ黒髪の少年は自分の勝利を確信していた。それであっても、相手がいなければ己が最強であると言う証は立てられない。
彼が目指す最強の為には、ユキナリと言う踏み台が必要不可欠だったのだ。
「ユキナリ君、あんな事気軽に言っちゃって大丈夫なの?カミカゼさんは……」
「……解ってる。マスターバッチを持っているトレーナーがどんなに凄い腕前を持っているかって事は。でも僕は売られた喧嘩を買ったんだ。もう後には退けないよ」
船室でユキナリは考え込んでいた。理想的な勝利を手にする為の必勝パターンの模索である。
(僕のチームで、勝つ為にはカントーの四天王のタイプ、チャンピオンのタイプを把握しなければならない……
むし・こおり・エスパー・かくとう・ドラゴンの順番で、相手を一方的に攻められるポケモンをその都度選ばなければいけないんだ)
「もうすぐセキエイリーグ本部近くに到着するよ。準備は出来てる?」
「6匹全員道具を持って全回復済み。技も力も申し分無い。訓練も積ませた……この戦いにおいて思い残した事は無いよ。勝つか負けるか、それだけだ」
数分後、高速船はリーグ本部入り口に通じる港で停泊した。今回は高速船の乗客達もリーグ観覧の理由で乗り込んだ為、皆が降りて親善試合が終わるまで高速船は動かない。
ユキナリ達は混乱を避ける為、1番先に下船してリーグ本部に入った。
「ウオマサリーグの本部より、一回りくらい小さいかな」
ユウスケは建物を見て思った通りの事を口にした。確かにトーホクリーグの本部と比べると豪華さに関しても見劣りしている気がする。きっと、支給金額の違いにあるのだろうと思った。
「ココが、旅の最終地点なのかもしれない。ラムダショップを見ておくか……」
セキエイリーグ本部の建物の中にフレンドリィショップがあり、2人は時間が来るまでショップに陳列されている商品を見て回る事にした。
「ユキナリ君、四天王の特別ボールと不思議な石が全部揃ってるよ」
今まで発見されていたのは炎・水・リーフ・太陽・月・雷の6種類だけであったが、このショップには新たに見つかった闇と光の石も売られていた。
普通のポケモンを闇タイプ等に変えてしまう代物だ。
(そう言えば、不思議な石にもお世話になったな。ルンパッパに進化させる時だけだったけど……)
人だけでは無く、購入してきた道具にも助けられてきた。勿論それを売っているのは人間である。ユキナリは人との繋がりを鋭敏に感じ取って生きてきた。
それ故に沢山の人々に愛される存在となったのである。自分から心を開いていかなければ、人と触れ合う事は出来ない。
(カントーの列強である四天王と、チャンピオンであるナキリさんに挑む……トサカさんだったらきっと『通過点』だと嘯くだろう……だけど、確かに今の僕にとっては残念だけど通過点なんだ)
カミカゼと戦ってみたい……薄々、彼が何者であるか解っていた。ユウスケが見せてくれたリーグ関係の本でマスターバッチを持っているトレーナー5名の名前は把握している。
レッド・マリン・グリーン・ハギリ……そしてチャンピオンを引退したゴールドの5名だ。
アレクの長身、そのアレクとつるんで行動している事……その燃える様な紅蓮の瞳……
紅い瞳は一瞬見せただけだったが殆ど『彼』に確定した様なものだ。変装していてもそれだけは隠せない。
(真の最強、全てのトレーナーを凌駕する伝説の男……戦いたい。そして僕の強さを証明したい!!)
ロビーで待っていると突然放送が入り、奥の扉が開いた。
『挑戦者である貴方を、ついにセキエイリーグに誘う時が来たわ。ルールは1匹ずつの勝ち抜き戦。
5匹のポケモンを6匹から随時選び出し戦わせる。そして回復は無し!さあ、扉を開け最初の四天王先鋒戦に挑んで頂戴!!』
恐らくはナキリの放送だろう。扉の隣にはスタッフである女性がにこやかに微笑んでいる。
「頑張ってきてね……僕の分まで!」
「うん。ユウスケの受けた屈辱……チャンピオンになれなかった痛み……それを全て吹き飛ばす様な戦いをする様に頑張るよ。ロビーで見守っていて欲しい」
最早気負いは無い。旅立った時は右も左も解らぬ若輩であったユキナリであるが、今の彼は王者の風格を漂わせ始めていた。
今の彼は親友達以外にも背負う物がある。1ヶ月かそこらで自分の信念を曲げるワケにはいかない。
スタッフに案内されて扉の向こうの狭い道を通り、そのまま広い部屋に出た。
「それでは、私はこれで……」
スタッフの女性は軽い会釈をすると、そのまま来た道を戻っていく。ユキナリは部屋の中がまるで森の様になっているのに驚いてしまった。
よく見ればこの部屋の床だけ土になっている。その土に樹木が数多く植えられているのだ。
(虫ポケモン使いだけに、虫ポケモンのポテンシャルを活かせるフィールドになっているのか……)
「ちゃんとポケモン6匹全てを回復させてきましたか?」
急に声が聞こえ、ユキナリは辺りを見回した。そして反射的に上を見ると大木の上に少女が座っている。大きなリボンが印象的で、さながら羽を広げた蝶の様だ。
「セキエイリーグ先鋒、全エリアでも初の最年少四天王、ワカバと言います。宜しくお願いしますね、ユキナリさん!」
(最年少の四天王メンバー……何だか雰囲気がユウスケにちょっと似てるなぁ……)
眼鏡、緑色の髪……確かに似通っている点はあるものの、ユウスケより幼い感じがしている。
「確か、ユキナリさんは今年で13歳になるんですよね。私は今10歳です」
(じゅ、10歳!?凄いな……ゲンタ君と同い年で四天王のメンバーなんて……)
「ユキナリさんの噂は姉さんから聞いて知っていましたよ。トーホクの中では知らない人がいないトレーナーに成長したと……カントーにも貴方の噂は入ってきていた位ですから」
「僕はまだ未熟です……それでもココまで来た。僕を支えてくれた沢山の人達の為にも、決して負けるワケにはいかないんです。四天王先鋒を任されている貴方と同じ様に」
「解っていますよ♪」
ワカバは笑顔のまま危なげ無く地面に着地した。
「私の夢は世界中の虫ポケモンの図鑑を作る事……けれど、今はポケモンバトルに魂を燃やしています。
虫ポケモンの扱いならば私はカントー1……いえ、全てのエリアにおいても並ぶ人はいないでしょう」
(僕より2歳も年下なのに凄い自信だな……それ位の実力が無いと四天王には選ばれないけど)
ワカバの手には捕虫網、肩からかけられているのは昆虫を捕まえておく為の籠だ。女の子は虫取りに興じる様な真似はしないと思う先入観があるが、彼女の場合はどうやら例外らしい。
「ルールは把握していますよね。私が選ぶ親善試合用の切り札は、この子です!」
捕虫網を持っていないもう片方の手には既にインセクトボールが握られていた。バトルフィールドはどうやらこの森の様になっている部屋全体になっているらしい。
地面にボールを投げ付けると、羽音を立てる鋭い瞳の虫ポケモンが姿を現した。
『マスター、俺の相手は?』
「ユキナリさん、スピアーに対抗出来る相手を選んでくださいね♪」
ユキナリはポケモンを出す前に相手の能力を把握する為、ポケギアの図鑑項目を開いた。
『スピアー・毒蜂ポケモン……カントーでよく姿が見かけられる虫ポケモンの典型であり、相手を状態異常にして攻める防御型のバタフリーとは違い高速移動を駆使して背後に回り、
尻に付いている猛毒が染み出す針を突き刺す攻撃型のポケモンである。群れで行動し、2本の巨大な針を攻撃もしくは威嚇用の道具として扱う』
(特殊能力は……)
『特殊能力・複眼……ターン初回のみ自分の攻撃の命中精度が上がる』
(命中率が上がり、その後上がったまま戦えると言う事か……スピアーは素早さと攻撃力で勝負してくる接近型……逆に懐に飛び込まれた方が戦い易い……)
「では、僕は旅の始まりからずっと僕を支えてくれていた、コセイリンで勝負させてもらいます!」
ユキナリはそう言い放つと、フィールドにボールを投げコセイリンを出現させた。
『親善試合1戦目ですか……チャンピオンになっても決して驕らず、初心に帰って頑張りましょう!』
「うん。何だか懐かしい気分だよ……僕とユウスケが最初に訪れた場所を思い出す」
ユキナリの脳裏に雪に包まれた『始まりの森』の風景が蘇った。ハスボーを捕まえた場所でもあるし、2人で初めてラジオを聴いた場所でもある。あの時は、あんまり深く自分の将来を考えた事は無かった。
だが今は違う。自分が走れる所まで走り抜けたい。登れる所まで登って、世の中の人々を圧倒してみたかった。ずっと追い求めていた、『最強』と言う場所に近付く為に……
「遠距離型のコセイリンとは……しかし、私のスピアーも3段進化で銀色の風を覚えていますよ。属性的には不利ですが、相手に不足はありません。必ず倒してくださいね!!」
『俺の速さについてこれるかな?』
『何時も強い相手に追いついてきましたよ。今度も同じです』
『よく言うぜ!』
バトル開始と同時に、スピアーの姿がユキナリの視界から消えた。素早さが上昇したのだ。
(感覚を研ぎ澄ませ……相手は一撃必倒の攻撃を仕掛けてくるつもりだ……今は何処から襲ってくるか見極めるだけで良い。必ず勝たなければ!!)
コセイリンは精神を集中させると、前方の大木に向かって蒼い炎を放った。
(馬鹿め、的外れだ!!)
その瞬間スピアーは隙が出来たと喜び勇んでコセイリンに襲い掛かる。両手の大きな毒針がコセイリンの首筋に迫った。だがコセイリンはその針を炎で弾くと、もう片方の手でスピアーの顔面に炎を当てる。
(グッ、馬鹿な……!俺のマッハドリルをアッサリ避けただと!?)
スピアーは後退し、自分の頬に火傷の跡が付いている事を確認すると怒りに震えた。
(畜生、たかが北のエリアを制しただけの田舎ポケモンに俺が劣るハズが無い!)
再び今度は真正面から襲い掛かり、自慢の針で相手を突き刺そうと腕を素早く動かす。コセイリンは右へ左へ、時には身体全体を屈めたりして相手の攻撃を避けてしまった。
『仮にもセキエイリーグの切り札と言うのであれば、もう少し強いかと思ったんですけどね』
『な、なめやがって……!!』
「だッ、駄目!相手の思う壺よ!」
精神的に未熟な所があったのか、スピアーはダブルニードルで相手を串刺しにしようと闇雲に突っ込んできた。コセイリンは片手から巨大な炎を出現させ、相手を包み込む。
『ギャアアアッ!!』
炎に包まれのたうち回るスピアー。コセイリンはとどめを刺す為にスピアーに近付いた。
「待て、コセイリン!迂闊に相手の懐に入るな!!」
ユキナリの指示を受け、慌ててバックステップで距離を取るコセイリン。その刹那、すれすれの位置をスピアーの毒針が飛んでいった。後退していなければ腹にくらっていた所だ。
『こんな馬鹿な……俺が簡単に……負ける……なんて……』
『僕は貴方よりも多分、遥かに多くの試練を乗り越えてきたんでしょう。だから、結果的に強くなれた。親善試合までの期間も精神、肉体共に鍛錬を怠らなかったから……この差が付いたのだと思います』
『フ……クックック……だがまだ俺は倒れちゃいないぜ……』
全身黒焦げになってもなお、スピアーの心は折れなかった。それは自身のプライドがそうさせるものなのか。HPはレッドゾーンに達し、あと1回大技を受ければ倒れてしまうだろう。
『受けろォ、俺の最強の技である銀色の風を!!』
スピアーは空中に舞い上がると、羽を激しくばたつかせ、銀色の燐粉を大量に含んだ風を起こした。虫ポケモンの代表的な技で、頼りになる遠距離技である。
「スピアー、四天王先鋒である私達の実力を今こそ見せる時です!」
『残念ですが、もうそれ位の風ならば受けても大した効果は無いんですよ』
確かにコセイリンのHPは減っている。しかし、それは微々たるものでしか無かった。
レベルを上げ、全てのステータスが向上したコセイリンには、虫タイプの攻撃は掠った程度のダメージしか与えられていない。コセイリンはスピアーに掌を向けた。
『今度戦う機会があれば、慢心を捨て大きく成長した貴方と戦いたいですね』
再び、蒼の炎がスピアーを包み込み、HPを全て奪い去った。スピアーは力を失い、地面に勢いよく落下する。落ちた衝撃で地面が少々揺れた。
「そ、そんな……セキエイリーグの先鋒を任されている私が簡単に負けてしまうなんて……」
ワカバは崩れ落ちると、幼い故か涙を流し始めた。精神的にもまだまだ未熟だ。
(自分が覇者になったと言う感覚はまだ無いけれど……僕が今まで歩んできた道があまりにも険しかっただけなのかもしれない。コセイリンも本当に強くなった……)
「ユキナリさん、確かにトーホクリーグチャンピオンの実力を見せてもらいました。もっともっと強くなって、絶対に追い抜いてみせますからね!その時はまた戦ってもらえますか?」
「……ハイ、喜んで」
ユキナリはワカバと握手を交わした。親善試合1試合目、ユキナリの圧勝である。
観客は殆ど別の場所に移動していたが、ユウスケはロビーの方でモニターを眺めていた。
(流石ユキナリ君だ。たった数週間の間に差が思いっきり開いちゃった……)
嬉しかったが、親友を思う気持ちとは反対に、自分の誇りは崩れつつあった。自分では勝てると思っていたあの大舞台で敗北し、もうすぐ尊敬すべき親友とも別れなければならない。
今の自分に一体何が残っているのだろうか。
「僕とユキナリ君は、一緒に歩いてきたハズなんだ……なのに、僕はこのザマか!」
弱い心を持つ自分自身への挑戦と思っていた。しかし最終的には自分の脆弱な精神に敗れ去った。ユウスケは、己の弱さに気付いていながら負けたのだ。
「ユキナリ君はッ……こんなにも表舞台で輝いているのに……僕は……」
「悲観する事は無いよ」
ロビーには誰もいないと思っていたユウスケは思わず驚き涙でグシャグシャになった顔をそちらに向けてしまった。そこには自分と同じ、影を残した少年が立っている。
緑色の髪、真っ白の服にエメラルドグリーンのジーンズ。背格好からしても、自分より年上であるのは間違い無い。
その哀しそうな緑の瞳は、一瞬ユウスケに涙を止めさせる程の、何か底知れぬ迫力があった。
「世界には、表舞台で生きていく英雄と、それを支える裏方がいる。僕達は輝いているトレーナーに発破をかけ、時には励ましてきた人間だ。
世界は、歴史はそう動いていくから……僕達はそれを誇りに思わなくてはいけない」
少年は軽く咳払いをするとユウスケの座っているソファの隣に座った。端正な顔立ちをしていたが、咳や見た目からして自分と同じ免疫力の少ない人間である事が解る。
「あ、貴方は誰ですか?」
「僕はミツル。ホウエン地方出身のトレーナーさ……カントーまで出向いた甲斐は充分にあったよ。君みたいな悩んでいるトレーナーに出会えた。
昔の僕を見ているみたいで放っておけなくてね……僕にも尊敬すべき人物がいたんだ」
(ミツル……聞いた事がある。ホウエン地方で昔覇者となり、バトルフロンティアにて多大な功績を残したとされる最強格の1人、ハギリさんのライバルだった人だ)
「尊敬とは言っても、憧れだけじゃ無かった。僕は彼に追いついてやろうと必死に頑張ったよ。でも、あの天性の才能には勝てなかった。
自分はトレーナーに向いてないんじゃないかって自分を責めた事もあった位さ。でも……気付く時は来る。彼にしか出来ない事があるのなら、僕に出来る事をしなくちゃいけないって」
ミツルはハンカチを取り出すと、ワザワザ丁寧にユウスケの涙を拭いてあげた。
「僕はTVで君のバトルも見た……知識と経験を活かし、最後まで諦めなかった君のバトルスタイルは立派なモノだよ。本当に君と僕はよく似ている……
まるで鏡を見ている様だった。何故だか君に無性に会いたくなったんだ」
「ど、どうしてですか……?」
「ポケモンバトルをしてみたかったから」
先程まで優しい顔をしていたミツルの顔が、突然真剣な顔になった。
「僕等は裏方だった。ずっと1番になれない存在……それでも、その裏方のどちらかは確実にもう1人を凌いでいるハズなんだ。どちらが最強か、もうそんな事は僕にとって問題じゃ無い。
最強にはなれない事は解り切っている。だけど……君と僕のどちらが強いかと言う事はまだ決まっていない」
ミツルは立ち上がると、腰にぶらさげてあったスプーンボールを手で弄んでみせた。
「今、僕にとっても君にとってもバトルを行う意味はあるんじゃないか」
ユウスケはしっかりと頷いた。
一方ユキナリの方は、全く苦戦する事なくコセイリンの体力を大きく残したまま、次の四天王が待つ部屋への通路を歩いていた。
(今頃、ユウスケは僕の戦いをモニターで見ているんだろうか……ユウスケは何を思って僕を見ているんだろう。トサカさんや、兄さんは?確かに僕は夢を叶えたけど、それと引き換えに大切なモノを失った気がする……)
仲間と笑い合えたのは、同じ夢を追いかけていたからだ。夢は叶ったが、ユキナリは他の者達にとってあまりにも遠い存在になりつつあった。
ウオマサリーグの施設は本当に立派なものである。リュウジ達が何故あれ程に強かったのかが理解出来た。素晴らしい環境が整った場所でひたすらにポケモンを鍛えれば、必ずあの力を手にする事が出来る。
まるで強いポケモンの養成専門の訓練部屋だと思った位だ。
(たった数週間、集中してトレーニングを行った結果が確かに出ている……でもそれは、ユウスケや他の皆を裏切ってはいないだろうか?本当にコレが僕の望んだ結末だったのか?……僕は……)
ユキナリは皆のおかげでココに立っている。しかし皆が辿り着けない場所にまで到達してしまった様で、とても哀しい気持ちになった。
(貴方に勝てば、何かを掴めますか……レッドさん)
今度の部屋は氷で出来た床と大きなプールがある寒い場所だった。シオガマシティジムのプールと違って、フィールドとなっているプールには流氷を模した様な氷が所々に浮かんでいる。
ココに落ちたら風邪位では済まなそうだ。
「ようこそ、セキエイリーグへ!よくココまで足を運んでくれたわね、ユキナリ君」
奥の暗くなっている通路からとても懐かしい声が聞こえ、ユキナリは思わず暗がりを凝視した。奥から誰かがこちらに歩いてきているのが解る。
その人物はプールの反対側の床にまで歩いてきた。確かに噂には聞いていたが……ユキナリは目をこすって何度もその人物の姿を確かめた。
紅蓮の髪とインテリメガネ、黒を基調としたデザインの服。紫のスカート……ユキナリが幼い頃からお世話になっている青い髪とインテリメガネ、白い研究服と水色のスカートの人物とは、何から何まで色が正反対だ。
だが顔は彼女に瓜二つだった。
(一卵性双生児だって言うのは聞いていたけど、ココまでそっくりなんだ……声だって全く一緒だったし、何だか博士と対峙しているみたいでやり難いなぁ……)
「どうやら、私と妹を比べているみたいね。確かに見た目は同じだけれど、互いの生き方は全く違うわ。挫折して研究者となった妹と、諦めずに成功した私は絶対に違う」
「挫折……!?」
「妹から聞いていなかったのかしら。フタバは元々トレーナーだったのよ。私から見ても優秀なトレーナーだったわ……でも、ある敗北をきっかけにトレーナーである事を捨てた。
私は確かに研究者である妹も立派だとは思っているけれど……ポケモンは戦わせてこそ真価を発揮する生き物。キクコさんも最後までそう言っていたわね……」
(知らなかった……フタバ博士が元々トレーナーだったなんて……だから僕とユウスケに期待を寄せていたのか……自分がなれなかったチャンピオンへの夢を弟子である僕達に託していたんだ……)
「妹も本望でしょうね。貴方は立派に役目を果たしたワケでしょう。恩師の夢を叶えて、私に一泡吹かせたんだから。貴方が覇者となった瞬間はきっと胸がスッとする思いだったでしょうね……私は腹が立ったけど」
「何故ですか?」
「妹は私にずっと劣等感を抱いていたのよ……それとは逆に、私も妹に劣等感を抱いていた。互いに足りないものがあって、羨ましがっていたわ。
でも、妹は貴方をチャンピオンに育てた時点で、それを払拭出来たみたいね」
セキエイリーグ四天王次鋒であるカンナは、ユキナリに向けて宣戦布告を行った。
「だからこそ、妹の鼻っ柱を折ってやりたいの。貴方を倒す事でね!」
妹への劣等感……カンナにもまた、思う所あって今回のセキエイリーグ親善試合に臨んでいるのだ。ユキナリもそれを聞きさらに気合が入る。
(そうだ、フタバ博士は勿論僕の師匠でもある。この世界に僕を誘い、最終的には僕の夢を掴む為の道を作ってくれた……感謝してる。
その感謝の気持ちを示す為にも、この戦いは負けられない、絶対に!)
カンナはアイスボールを取り出すと、バトルフィールドとなっているプールにボールを投げ入れた。水の中で閃光が発生し、水に溶ける様な淡い水色の身体を持つポケモンが姿を現す。
「氷ポケモンでは最強格である技巧派のクルセリオを披露してあげるわ!」
(ジョウト地方で見つかった新種のポケモン……!クルス、クレスル、クルセリオと進化する海豹型のポケモンか……!)
『マスター、私達の連携から生み出される、美しい戦いを見せてあげましょう!』
クルセリオは水の中を優雅に泳いでいた。流石氷ポケモンの中ではステータスが高いだけあって言動にも余裕が感じられる。普通のポケモンには無い貫禄も備えていた。
(だけど、ココで梃子摺っていては彼に挑めはしない。完封勝利を目指す!)
ユキナリはエビワラーを出現させると、戦いの前にポケギアで図鑑項目を確認した。
『クルセリオ・ようせいポケモン……その美しい姿から『海の妖精』と呼ばれ、シーワールドでは観客を虜にしている。
普段は己をいかに美しく磨くかと言う事ばかり考えて行動しているが、ひとたび戦闘に入るとカジキマグロに匹敵するスピードで海から飛び出し相手に致命傷を与える』
(特殊能力は……)
『特殊能力・こおりのベール……状態異常を全て無効にする』
(エビワラーのレベルは格段に向上している……大丈夫だ。進化では劣っているとは言っても絶対に勝てる!エビワラーを信じなくては……)
『マスター、アウェーでの戦いになりますが気にせず戦いましょう』
「そう、私のホームベースでのクルセリオの力は水を得た魚の如く大幅に向上する!泳げないポケモンを水の中に引きずり込んで仕留めるのよ。さあ、貴方の力を見せてあげなさい!」
バトルはクルセリオの奇襲作戦から始まった。水に潜り相手の出方を伺うクルセリオ。静かになった水面をじっと見つめるエビワラー。僅かな変化も見逃さぬ様目をこらす。
その水面が小波を立てた瞬間を彼は決して見逃さなかった。凄まじいスピードでの頭突きを当てようと飛んできたクルセリオにエビワラーの渾身の一撃が決まる。
クルセリオはそのまま再びプールの中に弾き返される。カンナの顔から血の気が引いた。
「う、嘘……」
『どんな攻撃でも来いよ、返り討ちにしてやるぜ!』
『な……私に対してそんな生意気な口をッ!!』
頬の殴られた痕を見て怒りを爆発させたクルセリオは口からハイドロポンプを放った。エビワラーはその攻撃を横っ飛びで簡単に回避してみせる。
「クルセリオ、全体攻撃よ!相手の動きが少々速くても絶対に当てられる攻撃を用いなさい!」
『美しい私の顔に傷を付けた事を後悔させてあげるわ!』
クルセリオの瞳がカッと見開かれ、蒼い瞳が光ると同時にプールの水が生き物の様に波立ち、エビワラーに襲い掛かってくる。だが逆にエビワラーは正面突破によりクルセリオの眼前に迫った。
『避けられない攻撃ならそのまま進んで、ぶん殴るだけだ!』
エビワラーのHPは確かに大きく削られていたが、彼は全く怯む事無く突進する事によってクルセリオを殴れる射程距離に入り、そのままクルセリオの腹を大きく凹ませた。
『ガッ……』
「素早く体勢を整えなさい、バックステップで一旦距離を取るのよ!」
カンナの声は聞こえているハズだ。だがエビワラーに蛸殴りにされているクルセリオには、意味を解しても実行に移す事が出来ない。乱打、蹴り、頭突き……
ありとあらゆる直接攻撃がクルセリオに向かって飛んでくる。そのスピードにクルセリオは負けていた。
『そのまま昏倒した方が楽だよな、眠り姫にしてやるぜ!』
純白の肌が確実に痣だらけの醜い姿へ変貌していく。脳味噌が揺らされて意識が半ば遠のいていた。
(わ……私は……強い……アンタみたいな……下衆如きに……)
「エビワラー、そのまま続けてくれ!クルセリオのHPはもうレッドゾーンに突入してる!」
ユキナリの声援がさらにエビワラーの力を高めた。今やクルセリオは自身の誇りの為だけにやっと立っている様な状態である。苦し紛れに放ったれいとうビームも宙を掠めた。
『俺達が目指している場所に、アンタはいないんだ。もっと高い場所に向かう為には……今ココで劣勢に立ってるワケにはいかねえんだよ!!』
もう1度放ったれいとうビームがエビワラーの拳に当たったが、エビワラーは構わず氷の拳でアッパーを放ちクルセリオを思いっきり吹き飛ばした。
クルセリオは壁に激突して戦闘不能状態となる。カンナはそのまま床に崩れ落ちた。
「な、なんてザマなの……カントー四天王としてナキリ様に期待をかけられていた身でありながら……私が負けてしまうなんて……」
「エビワラーのHPはイエローゾーンで止まっています。僕達が圧倒した形になりますね」
正直、ユキナリがそう思わずともセキエイリーグのレベルはトーホクリーグに比べて一回り劣っていた。
激しい戦いを勝ち抜き、さらに完璧にお膳立ての整った設備での厳しい鍛錬……ポケモンは身体的に向上を果たし、ユキナリは精神的に強くなれたのだ。
現時点でユキナリは上だけを見つめていた。ココでは無い、最後の場所を……
「……フタバは良い弟子を持ったわね。まさか妹が指導した相手に負けるなんて……私もまだまだって事かしら。鼻っ柱を折られた事でまた燃えてきたわ!」
カンナは紅蓮の髪を掻き揚げると笑顔を見せた。敗北を糧としようと努力する所はやはり双子だからだろうか。ユキナリはその笑顔と同じ笑顔を持つ彼女の事を思っていた。
(博士は僕に、自分が達成出来なかった夢を託した……ポケモントレーナーとして最強でありたいと言う想いを、受け取ったんだ。その思いがもっと僕を強くする。
もっと前に進みたいと思える……勝ち続けた先にある光を見てみたい!)
「良いわ、先に進みなさい挑戦者。親善試合と言えども次の相手はさらに強いポケモンを持っているのよ。せいぜい頑張りなさい……私は見物席に行くとしましょうか」
カンナはそのまま後ろ手を振りながらユキナリが進んできた道……入り口へと歩いていった。ユキナリは勿論逆方向……さらなる強き四天王が待つ扉へ進まなければならない。
(僕はもう独りじゃないんだ。旅が始まった時からそうだった……何時も僕の心には誰かがいてくれた。僕の心を常に守ってくれていた人達が……僕は皆と一緒に戦ってるんだ!)
ユキナリは自動扉を抜け、通路を渡ると、次の部屋の扉をくぐった。部屋の中は近未来的な調度品でまとめられており、紫色の炎が妖しく燭台を彩っている。
セツナの泊まっていたホテルのスイートルームの様な眩さに、ユキナリは圧倒されてしまった。
(さっきよりも随分天井が高いな……空中戦をやるにはうってつけって所だろうか……)
その高い天井には沢山の人形が糸で吊るされている。その殆どが道化の操り人形だ。
「挑戦者だね?ようこそ、我が副将のバトルルームへ!」
声のした方向を見ると、リュウジのゴーグルと色違いのゴーグルを付けた、紫色の髪の青年が立っていた。気障っぽいブラックのスーツと赤色のネクタイがよく似合っている。
「完全無敗のトレーナーと聞いていたからもしやと思ったけれど、やっぱりまだ子供だったんだねぇ。懐かしいな……5年前、僕は1人の少年と戦った……同じく四天王戦だった」
青年は頭の中で映像を思い出しているかの様に、宙を仰いだ。
「僕はその頃四天王の一番手だったが、絶対の自信を持って戦いに望んだよ。何時か来るトレーナーの為にとびきりの試合を用意しようと、世界中を飛び回って自分の強さを確かめた……
切磋琢磨してこれなら勝てると思っていたんだ……だけど負けた。当時たった10歳だった子供にだよ?」
青年は軽く歯を噛み締めた。彼もまたユキナリの様に、強さには相当固執している様子だ。
「その少年の名前はゴールドと言った。ジョウトの新米トレーナーと言う肩書きしか持っていなかった当時10歳の少年が……数週間前まではトーホクの覇者だったんだから運命って言うのは面白い」
(ゴールドさん!?)
ユキナリは決死の思いで勝ったあの瞬間を思い出していた。最も相手はゴールドでは無かったが……
「確か君は……ユキナリ君、だったかな?こっちじゃあの伝説のトレーナーと同一視されてるって噂だけど、それを聞いてワクワクしてきたよ。僕自身の屈辱を晴らせる絶好の機会だからね。
僕を倒したゴールドを倒したトレーナーとの親善試合だ。これ以上のお膳立ては無いだろう?」
青年はユキナリを指差して叫んだ。
「僕の名はイツキ!エスパー使いでは右に出る者がいない実力者と言われている……さあ戦おう、君が本当に彼の再来であるかどうか確かめさせてもらおうじゃないか!!」
中央のバトルゾーンが妖しく光った。イツキはそのまま懐からボールを取り出し、投げ入れる。閃光と共に緑色の体色が映える鳥の様なポケモンが姿を現した。
『成程、ここまで勝ち上がってきただけの事はありますね……良い目をしているトレーナーではありませんか。しかし予言しましょう。貴方はこの先へは進めない、絶対に!』
(相手の相性を考えてメンバーを選ばないと駄目だ。特に四天王副将ともなれば……)
ユキナリは素早くポケギアの図鑑項目を開いた。
『ネイティオ・精霊ポケモン……野生のネイティオは岩山の頂上で生活している。太陽のエネルギー、月のエネルギーを最も効率良く吸収出来るからである。
力を高めたネイティオの頭脳には世界中のあらゆる出来事が風に乗って届いてくるらしい。その為ネイティオに解らない事は無いと言われている』
(タイプはエスパー、ひこうか……特殊能力は?)
『特殊能力・神秘のオーラ……同じタイプの技が2度連続で当たった場合、もうその技は急所には当たらない』
(長期戦に対して有効な能力みたいだけど……生憎こっちは長期戦に持ち込むつもりは無いんだ)
「さて、君が出すポケモンは……ネイティオ、どうだろうね」
『私の弱点は確実に突いてくるでしょうね。これはゲームでは無い真剣勝負ですから当然かと……ただし、私にとって不利益になるタイプでは無さそうです。HPの凄まじい削り合いになると思います』
(確かに、その通りだ……)
ユキナリはバトルゾーンにモンスターボールを投げ入れた。閃光と共にガシャークが姿を現す。
『シャッ、シャッ、シャッ……俺の天敵、鳥野郎かよ。こりゃ嬲り甲斐のありそうな敵だぜェ……』
「ガシャーク、君も他の仲間と等しく厳しいトレーニングを積んだハズだ。リュウジさんとの戦いの時よりずっと全てのステータスは上昇していると思う。どうせなら一撃で決めるつもりで戦ってくれ!」
『解ってるぜェマスター。アンタの望みは俺の望みでもあらァな……それに見た所あんまり強そうにも見えねェし……こりゃ最初から勝ったも同然って所か』
『下劣な蛇め……私にその瞳を向けるな。汚らわしい。予言だ……3ターン後には決着が付いている。確実に、勝負は決まっているだろう』
「お手並み拝見……」
ポケットに手を入れてニヤニヤ笑いを見せているイツキに、ユキナリは軽い怒りを覚えた。
「見せてあげますよ。そんなに見たいのなら」
刹那、ガシャークは体全体をバネの様に伸縮させ、ロケットスタートを決める。
『な、何!?』
翼に思い切り噛み付かれ、ネイティオはいきなり半分以上ものHPを持っていかれてしまった。
『どうした、その翼はただの飾りかァ?避ける事も出来ねェのかよ。シャッシャッシャッ……』
『バ……馬鹿な……私に今の動きが予測出来なかっただと!?』
ネイティオは狼狽したが、すぐに瞳を赤く光らせると、サイコキネシスを放った。広範囲に効果が届くサイコキネシスはガシャークでも避けられない。2倍ダメージが待っている。
『チッ、そう簡単には勝たせてくれねェか……』
防御の体勢に入る前に吹き飛ばされ、床に転がったガシャーク。ネイティオはさらに力を蓄えたサイコキネシスを放とうとする。させまいとガシャークは再び喰らい付いた。
『クッ!』
横に避けて何とか攻撃を避けたものの、回避に気を取られた為にサイコキネシスを放つ事が出来ない。ガシャークも大分ダメージを受けているハズなのだが、おくびにも出さずに再び突進してくる。
ネイティオの額から冷や汗が流れ落ちた。
『こんな馬鹿な……私が怯えている?誰に?私は神と呼ばれしポケモンの守護の者……この様な大した強さも持たぬ蛇に負けるワケが無い。負けるワケが……』
ネイティオの意識は突然ぷっつり切れた。背後からのポイズンクローがまともにヒットしていたのだ。背中を抉られ、ネイティオはそのまま床に崩れ落ちる。
そのまま道化の様に痙攣を繰り返していた。ガシャークは歯を見せて笑う。
『確かに3ターンで決着が付いたぜ。当たるモンだな、予言ってのも……』
「そんな!まだ僕の修行不足だと言うのか……あの時から5年、さらなる力を得る為に再び諸国を放浪し、沢山のトレーナーと戦ったと言うのに……」
「貴方の敗因は自信過剰な所ですよ、イツキさん」
ユキナリはそう言い放つと、鋭い眼光でイツキを睨み付けた。既に彼の顔には王者のオーラが漂い始めている。何度も窮地を乗り越えてきた獣の瞳にも見えた。
「次元が……違うのか……僕は、また負けるのか……」
イツキは床に突っ伏して涙を流した。
「この5年間、何をやっていたんだ僕は……四天王の座を一旦返上し、5年間も鍛錬してきた……カントーの四天王に返り咲いたのに……」
「……イツキさん。僕は何時も最後まで決して諦めなかった。僕と戦ってくれた人達も……その傲慢ささえ消えれば、貴方は確かに強いトレーナーだと言えるでしょう。
精神を鍛えて、何時かもう1度僕と戦ってください。これで終わりにはしたくない……それは僕も同じですから」
「勿論だ……絶対に……何時か……頂点に立ってやる!必ず……」
悔恨の涙を流すイツキを尻目に、ユキナリはガシャークをモンスターボールに戻すと扉を通り次の部屋へと足を踏み入れた。
(……自分自身でも驚く程にメンバーのステータスが大幅に上昇している……リュウジさん達がやたらと強いハズだ……あの時僕はリュウジさんと拮抗していた……なら今の僕は……)
ユキナリも決して慢心はしないと心には決めていたが、これ程アッサリ勝利を決めてしまうと焦りが出てくる。このまま堕落してしまうのでは無いかと言う恐れがユキナリを不安にさせていた。
(まだ最強には届いていない。最強の定義は何処かで区切れるモノじゃ無いんだ。頭では解っていても、いざ戦うとなると『こんなものか』と思ってしまう自分がいる……それがたまらなく怖い……)
歩を進めながらユキナリは頬を叩いた。
(しっかりしろ!ほんのちょっと強くなっただけじゃないか僕は!悟ったつもりになったら終わりだ……今さっき戦ったイツキさんの様に溺れてしまう運命……それだけは避ける。絶対に避けてみせる!)
ユキナリは再び気を引き締めると、次の部屋へと続く扉を開いた。
次の部屋はまるで岩山の様であった。岩肌の地面はコンクリートではあるがゴツゴツとしており模倣としては完璧である。切り立った崖も奥に見えていた。
活火山を思わせる様な造形物も作られている。ユキナリは奥の暗がりから姿を現した男に目をやった。
「流石、と言った所だな……親善試合でもまさか俺の所に来るとは思っていなかったぞ」
半裸の男は、そのままどっかと腰を下ろし胡坐をかいて座り込んだ。
「お前の話はカントーにも聞こえている。トウコと戦った勝った事もな。俺は奴の親父と同期だった。まあ、ポケモンでは無く、俺自身の精神を鍛える為の修行仲間だったがな……」
ユキナリはその鋭い眼光にすくまされた。先程の自分が見せた眼光とは迫力が違う。
「俺の名はシバ。岩・格闘タイプのポケモンを扱っているリーグの猛者だ。カントー、ジョウトとリーグを渡り歩いて戻ってきたが、俺を楽しませてくれる奴が出てこなくてな。
今日の親善試合は楽しみだった……お前なら、良い戦いを見せてくれそうだ」
「僕も期待に応えられると信じています」
「フッ……まあ堅くなるな。トウコと戦って苦戦したと言うじゃないか。俺はカントーの空手王、ジョウトのシジマ、ホウエンのトウキ、そしてトーホクのケンゴと深い繋がりがある。
奴等も共にポケモンと己の修行に明け暮れた仲間だ……少年の頃からポケモントレーナーとして現役でココまでやってきた。お前が新しい光ならば俺は古きを重んじる熟練……
どちらがよりトレーナーとして優れているかその器を計らせてもらおう」
シバはそう言い放つと、懐からボールを取り出しバトルゾーンに投げ入れた。閃光と共に人間型の4本腕が逞しいポケモンが出現する。
『いよいよ大将であるマスターの出番、そして俺様の出番ってワケですかい!ワクワクしますなぁ、ガッハッハッハ!!』
「お前を選んだ理由はお前が一番解っているハズだ……鍛錬の成果を存分に発揮せよ」
『承知!』
(かくとうタイプのポケモンだな……見たままを言うならば)
ユキナリはポケギアの図鑑項目を開いて相手の生態を閲覧した。
『カイリキー……怪力ポケモン。4本の腕から繰り出される目にも止まらぬ速さは他の格闘ポケモンの追随を全く許さない。
力馬鹿と思われているが意外に頭も良く、相手の急所・弱点を見抜く能力に長けている。元々の素養もあって、ステータスは非常に高い。まさに格闘ポケモンの王者と言える』
(格闘ポケモンの王者、か……トウコさんやケンゴさんと戦ったのはつい数ヶ月前の事なのに、何でこんなにも懐かしいと感じてしまうんだろう……)
ユキナリは続けて特殊能力をチェックした。
『特殊能力・れんげき……同じタイプの技を続けて出すと命中率が上昇する』
(やはり格闘タイプならば、彼女を出すのが賢明だな……)
ユキナリはボールを取り出すとそのままバトルゾーンへ投げ入れた。ヤナギレイが出現する。
『遂に私の力を見せる時が来ましたね♪頑張りますよ!』
(問題は、シバさんがカイリキーにどんな技を覚えさせたかだけど……)
ユキナリはシバの方を見ると、シバは額に脂汗を浮かべている。
「いかん……不味い。不味過ぎる……この相手とは分が悪い……」
『……しょうがないですよね。勝負は、勝負ですから……』
カイリキーも複雑な表情を浮かべてヤナギレイの方を見た。もう、勝負は戦う前から決してしまっていたのだ。シバは己の持つ格闘タイプのポケモンに誇りを持っていた。
それ故の悲劇だったのだが……とにかく試合は始めなければならない。カイリキーは覚悟を決めると、宙に浮かんでいるヤナギレイに向かって走り出した。
(シバさんには悪いけど、コレは……どうしようも無いな……)
当たらないのだ。カイリキーが覚えているどの攻撃も絶対に当たらない。
ばくれつパンチもちきゅうなげもからてチョップも、新しく発売されたとっておきの技マシンで覚えたブラストアッパーすらも、虚しく空を泳ぐばかり。ヤナギレイの身体を通り抜けている。
『私のタイプは、エスパー・ゴーストですから……』
既にスタミナ切れを起こしているカイリキーは、体中から汗をかき、ゼエゼエと荒い息を吐いている。
『こ……こんな終わり方だけは……駄目だ!!』
技を全部使い切った後のわるあかきでもヤナギレイには効果が無い。最早どう努力しようとも勝敗は既に決していた。ヤナギレイは有り余る程の時間を使って風を集めている。
「ユキナリ……この様な無様な戦いになってしまったのは俺の責任だ。許してくれ……こうなれば、お前には是非ナキリ様と戦って……勝ってもらいたい。
この失態に彼女も怒り狂う事だろうしな。長い戦いだった……トレーナーとの戦いだけでは無かったからな……」
『うらぁぁぁぁぁぁ!!!』
最後の意地とばかりにカイリキーは4本の腕で目にも止まらぬ攻撃を披露してみせた。そのことごとくがヤナギレイの腹に当たるがすり抜けるだけで全くダメージを与えられない。チャージは完了した。
『本当に申し訳ありませんが、マスターの勝利の為、鬼にならせて貰います!』
鋭い風が一閃、カイリキーの全身を覆い、そしてその力でカイリキーは天井近くまで吹き飛ばされ、火山のモニュメントに開けられた穴に転落していった。断末魔の悲鳴が小さく聞こえ、そして聞こえなくなる。
「……決着が付いた様だな」
シバは俯いて自らの敗北を悟った。
「四天王全員が敗北なんて……どうなってるの!まあ良いわ。あの子とは戦ってみたかったし……圧倒的な力の差を、カントーリーグの誇りたるこの私の実力を思い知らせてあげる。覚悟なさい!」
ワタルのマントを模した色違いの蒼いマントを纏った女性は、この結果に憤りを感じていた。大した善戦もせずにチャンピオンとは言え少年に親善試合でココまで追い詰められたのだ。
ナキリは焦りと同時に喜びも感じていた。自分の力を計れる絶好のチャンスとも成り得るのだから。
(あの少年はリュウジに勝った……だからこの親善試合に姿を見せている。私がリュウジに勝てるのか……少年に勝てばリュウジにも勝てる。
その為にも、親善試合とは言え負けるワケにはいかないわ!)
親善試合で覇者同士が戦おうとも、地位や名声を失う事は互いに無い。だが己のプライドを守ろうとしているナキリと違い、ユキナリは最強の伝説と対峙する為に戦っているのだ。
「俺の実力を理解してほしかったが、自らのタイプに固執した為の失態だ。俺が悪い……もう一度己を見つめ直し、最初から修行をやり直す事にしよう。四天王を離脱してな」
シバはすっくと立ち上がると、吼える様な大声で叫んだ。
「お前の時代が来ている事を、証明しろ!!ユキナリ!!!」
そのままクルリと背を向けると、彼はまた暗がりの中へ消えていった。
「……僕と戦った貴方達の猛る魂も、僕の中に刻み込まれました。僕と戦った全ての人達が僕の力になってくれています。だから……僕の道に終わりは無いんです」
誰もいなくなった部屋でユキナリはそう呟くと、最後の扉に目を向けた。あの扉の向こうにカントー地方最強の覇者が待っている。
彼には勝てないと一瞬思った、リュウジと同じ竜使いの女性トレーナーが……ユキナリは大きく深呼吸をすると、決心して青の扉を開いた。