第9章 8話『旅の終わりと新たなる戦いの始まり』
あられのダメージでエビワラーもイエローゾーン近くまで体力を減らしている。まともに当たればエルシールは1ターン動けない。それでもエビワラーを葬れるハズ……最早賭けだった。
(ユキナリ君のエビワラーが強過ぎるんだ。私とてココまで追い詰められるとは完全に予想外だった……しかし、エルシールの破壊光線は通常の破壊光線より遥かに威力が上……当たれば勝てる!!)
『くらえ――――ッ!!』
エルシールの口から黄金に輝く太い光線が発射された。エビワラーの身体に命中する。
『や、やった!!』
巨大な爆発と共に部屋全体が大きく揺れる……しかしエビワラーは破壊光線直撃にも関わらず生きていた。体力をレッドゾーンに減らしても尚立っている。
『な、何故だ……私の破壊光線が直撃したんだぞ!?立っていられるハズが無い!!』
『解らねェかな……アンタも知ってるだろ?人の思いは伝播するんだよ……誰かの為に戦ってんだ……それ以上でも以下でも無ェ……命を賭けて夢を叶える!!』
ユキナリの背後から声が聞こえてきた。その声は確かに聞こえる。幻聴では無い。
『オイラの分まで負けるな、ユキナリ―――ッ!!』
『頑張ってください、ユキナリさん!!』
『俺達も応援してるぜ。もう一頑張りだ!!』
『アタイに勝ったってのに、そいつに負けたら承知しないよ!!』
『勝利しろ……私に構わず!お前は今、世界の希望となった!』
『君が……勝つんだ。ぼ、僕には解る!』
『私達も見てるわ。兄さんに勝ったんでしょ?もう少しよ!!』
『ユキナリ君、あとちょっとで勝てるよ!僕の分まで頑張って!!』
『ユキナリ、一発かませ!!勝つんだろ、俺に約束したじゃねえか!!』
背後の壁が、スクリーンになっていたのだ。断片的に、皆の声がハッキリと聞こえてくる。ユキナリは敢えて振り向かなかった。それが今の彼等の望みだから……
「兄さん、ユウスケ、トサカさん、皆……僕は……勝つ!!」
「最後の一発……コレで終わる。1ターン以内で仕留められるかな?私のエルシールを……いや、君なら出来るか……」
『マスター、まだ!!まだです!!私なら殺れます!!こんな、雑魚1匹……』
『悪いが、俺も余裕無いんでな。あられのターン経過までに倒すしか無ェんだよ!!』
エビワラーは駆け出した。発動の硬直でエルシールは動けない。全世界の声援とユキナリの思いが1つとなった。今、彼は王者を越える。
『ユキナリ、母さんもお前の優勝を望んでいるよ。勿論、父さんもだ』
『フッ!!』
腹に決めた最高の蹴りが、エルシールのHPを削り取り、そして倒れさせた。エビワラーもあられのターン経過と共に崩れ落ち、倒れ込む。それでも、HPはかろうじて残っていたのだ。
「勝った……僕が、勝った……!!」
「……お見事」
リュウジは今まで頑なに外さなかったゴーグルを外した。端正な顔が露になる。
「リュウジさん……」
「嫌なものだね。敗北ってのは……でも、今は素直に喜ぼう。新たな英雄の誕生が、あと1歩と言う所まで迫ったのだから。私に勝利した事に拍手を送るよ、ユキナリ君」
リュウジはポッドを床スレスレにまで下げ、ポッドから降りると握手を求めた。ユキナリもそれに応じて握手を交わす。そして、リュウジは扉の方に指を向けた。
「トーホク全土、いや……世界中の諸君!今、ユキナリ君は私に勝利した!四天王筆頭である私……四天王全員を倒した事により、チャンピオンへの挑戦権が与えられる!!」
重い音を響かせ、扉が開く。黄金に彩られた鉄の扉が……
「君が、この世で一番会いたかったであろう兵があの扉の向こうで君の挑戦を待っている。行ってきたまえ。私もモニタールームで君の戦いを見守ろう。
まずは、ポッドにポケモンを入れて回復を行ってくれ。あの部屋には回復用のポッドが無いからね」
ユキナリはエビワラーをボールに戻すと、6個のボールを回復用ポッドに入れた。リュウジもエルシールをボールに戻し、一息入れる。
「僕は……ココまで来れるなんて最初は考えていませんでした……でも、沢山の人達が僕を支えてくれたからこそココにいられると思うんです……
だから、僕の頑張りだけじゃない。そういう人達こそ、今リーグにいてほしい!!そう、思っています」
「謙虚だね……君は。まあ、チャンピオンも最初はそう思っていたかもしれないな。君と同じ右も左も解らぬ素人トレーナーの少年だった……しかし今は誰もが認めるエリートだ」
「一体……誰なんですか?」
「今は言わないでおくよ。君の楽しみが減るといけないからね。だが、きっと君は彼の事を知っている。彼もまた、チャンピオンの部屋で君の戦いを見物していたハズだ」
(解らない……勿論、リュウジさんのポケモンより強く、オールマイティに攻めてくるハズだ……黄金色の扉がそれを示している……黄金?ゴールド……ゴールド!?)
ユウスケが前に見せてくれた事がある。チャンピオン名鑑……今まで覇者になった者達の防衛成績を載せた雑誌。パープル、レッド、ゴールド、ハギリ……
名立たるチャンピオンの中に確かにその顔写真はあった。自分と同じ、決意に満ちた表情をした少年の顔が……
「ポケモンの回復が済んだ様だね」
リュウジはユキナリの肩を軽く叩くと、彼を後押しする様に扉まで付き合った。
「勿論、君達の邪魔をしない様、最低限のカメラしか部屋の中には入れていない。声を拾うだけで中は防音構造だ。外の声が聞こえてくる事は無いから安心したまえ。それでは、幸運を!」
ユキナリは扉の奥に消えた。黄金色の鉄の扉が、ゆっくりと音を立てて閉まる……
「今年のトレーナーは違う。全員がそう言えるだろう。挑戦してきた者達全てが兵であり、守り切れなかった我々もまた、それを思い知らされた。
そして……今、本当の決戦が始まろうとしているんだな……」
リュウジは自分に言い聞かせるように呟くと、モニタールームに向かった。既に部屋の中には敗北した他の四天王……シズカ、カツラ、サヤがスタンバイしている。
機器管理を任されていたのはサヤであった。
「サヤ君、映像を」
「解っております、リュウジ様。既に映像受信の準備は整っておりますから……」
「最後まで残ったのはユキナリ君じゃったか。まあ、あらかじめ予測出来た範疇かのぉ」
「私が全員止めるべきでした……申し訳ありません。情で力が鈍ってしまったかと……」
「いや、シズカ君は全力を出していたよ。彼等が強過ぎたのさ。過ぎてしまった事は致し方無い。今はチャンピオンとユキナリ君の戦いを見守る事しか出来ない。
偉大なる歴史の証人になっておこうじゃないか……正直この戦いは楽しみだ。期待してるよ、私自身もね……」
チャンピオン……ジョウトリーグを制覇し、レッドに勝利し、世界から認められている最強者の1人。まだ15歳である少年が、トーホク出身のトレーナー、ユキナリと戦うのだ。
勝利した方が世界中から絶賛されるチャンピオンとして認められる。本当にこの決戦で歴史が動くのだ。
(チャンピオンには悪いが、ユキナリ君が優勢かな……あそこまで捨てる物が無い、力に溺れないトレーナーは初めて見たからね……永遠に強くなっていく。まさにそんなタイプだろう)
(あの……人か。僕の相手になってくれるチャンピオンは……)
眩いばかりの黄金に彩られた部屋の奥に立っている少年。やはり彼はゴールドに間違い無い。モンスターボールを片手に立っている。
帽子を深く被っている為に表情を読み取る事は出来なかった。
「今まで僕の戦いをずっと見ていたと思います……僕は、皆の思いを背負ってココまで来ました。チャンピオンを目指し、果たせなかった沢山の人の分まで頑張って、僕は勝ちたいんです!!
全力を尽くします。貴方の本気を見せてください!!」
ゴールドはニヤリと笑うと、指を斜めに振った。その瞬間、部屋の中に設置されていたカメラが音を立てて爆発する。
「な、何だ!?」
モニタールームの4人は狼狽した。精密機器であるがこんな局面で突如爆発するものか?さらにゴールドが手をバン!と合わせた瞬間、部屋内のカメラ残り5台が一斉に爆発した。
「映像が全て見えなくなりました!……音声も全く拾えません。異常事態です!!」
「ど……どういう事なんだ。一旦中止だ、中止!試合を中止する!!」
リーグ中継も突如ストップし、観客席はザワザワと不安な言葉が飛び交う。
「どうしたんだ。あの少年が何かしたのか?」
「リュウジの野郎のパフォーマンスとも思えねぇな。ふざけ過ぎてる」
「ユキナリ君……だ、大丈夫かな……」
3人は観客席から離れると、モニタールームに向かう為一旦ロビーへと戻った。
『ギシシシ……コレデ良イ。邪魔ハモウ入ラナイ……』
ゴールドの口からヒュウヒュウと、風の様な声が聞こえてくる。
「ゴールド……さん!?」
『アア、コイツカ?確カニコイツハゴールドダロウヨ。タダ、チョイト身体ヲ借リサセテモラッタダケダ。大ッピラニ動クト面倒ダカラナ……』
「ゴールドさんじゃない!?……じゃあ、貴方は一体誰なんです!」
帽子のつばを上に上げた彼の目は紫色に光り、肌は水色に変わっていた。まるで死人の様な顔つきをしている。
口が裂ける勢いで笑うと、彼の体内から黒い影が飛び出してきた。その魔物の影には見覚えがある。
『私ハコノ地ヲ統ベル氷ノ王……ヒョウテイト呼バレテル……クックック、カーッカッカッカ!!』
魔物の影は天井近くまで届く巨大なものとなり、姿がハッキリ見える様になった。
(ユキエさんの様に人間に憑依しているのか。でも、どうしてこんな事に……)
「オイ、ユキナリはどーした!!観客も視聴者も不安がってるんじゃねェか!?」
スタッフを引き連れて、トサカ、ユウスケ、ホクオウの3名がモニタールームになだれ込んでくる。
「リュウジ様、自動扉のロック装置が破壊されています。これでは無理やりで無いと開きません!」
「馬鹿な。あの鉄の扉は無理やりに開けられる代物じゃない。何人がかりでだって開かないんだぞ!?」
「リュウジ。とにかく扉を開き、チャンピオンとユキナリを一旦外へ連れ出すんだ。話はそれからだろう」
「わ、解っているんだ。そんな事は……それが出来ないから困ってるんじゃないか!!」
リュウジは焦っていた。どうしてこんな事になってしまったのか皆目検討がつかない。
「嫌な予感がします……直感的に思うんです。コレはただの故障じゃ無いって……」
「シズカ、もうポケモンは回復させてるんだろ?俺と一緒に来い。あの扉をぶっ壊す!!」
「そうね、そうしましょう」
「お、オイオイ。あの扉を壊すって……幾らかかったかシズカ、お主も知っておろう!?」
「カツラさんも手伝ってください。緊急事態なんですよ。そんな事より人命優先。でしょう?」
「そう、だな……それしか無いだろう。シズカ君、他の皆と一緒に扉の前へ」
「リュウジ様は?」
リュウジはモニターを睨んでサヤの方を見た。
「私はもう少し、ココで格闘してみるよ。システムに詳しいのは私とサヤ君だけだ」
「解りました。カツラさんを連れて行っても構いませんでしょうか……」
「頼む。早く会場の人達を安心させないといけないからな……」
カツラとシズカ、そしてホクオウ、トサカ、ユウスケの挑戦者組は黄金に彩られた扉の前に集まった。
「シズカさん……だったかな。この鉄の扉はどれ位の厚みがある?」
「概算で50cm。それより少し厚いかもしれない……マルエージング鋼とコンクリート、鉄板で何十にもコーティングされているわ。強度と耐久性を上げる為なんだけど」
「ふざけやがって……そんなんで閉じ込められたら出れねェだろ。少し考えてみやがれってんだ」
「普段はモニタールームで全ての扉が制御され、自由に開いたり閉じたりするハズじゃ。その装置が故障しては、ワシの炎ポケモンで無理にでも溶かして開けるしかなかろう」
カツラは懐からモンスターボールを取り出すと、ウィンディを出現させた。
『この俺に用ですか。マスター……疲れちまって、今日は早めに寝ようと思ってたんですけどね』
「悪いが、そうも言ってられなくてのぉ。灼熱の炎で、サッサと溶かしてほしいんじゃ」
『こんな扉、数秒もありゃすぐドロドロですよ。下がっててください』
カツラは他のトレーナーを後ろに下がらせると、OKのサインを出した。
『グルルル……ゴア―――ッ!!!』
低い唸り声の後に叫び、その咆哮と共に灼熱の炎が口から飛び出す。確かに、ウィンディの炎はバーナーの炎よりもずっと高温だ。数秒でカタが付くだろう……しかし……
『ど、どうなってんだ!?全然赤くなりゃしねぇ!!』
炎を止めたウィンディは急いで扉に触ってみた。その瞬間驚いて飛び退く。
「どうした、ウィンディ!」
『マスター、冷たい……人間が触ったら逆に一発で凍傷になっちまいますよ。どうなってやがる……』
全員の背筋が凍り付いた。得体の知れない何かの力が、扉に働いている。それは間違い無い。
「扉じゃ無くても構わねぇよな。壁さえぶち抜ければユキナリは脱出出来るんだ。一緒にやろうぜ」
「昔の血が騒ぐわね。コンビを組んで馬鹿やってた頃に戻れた気分よ……派手に行きましょう!!」
ずっと前からそうだった様に、2人はパン!と手を合わせると、モンスターボールを同時に投げ入れた。
『マスター、今度は一体……』
『暴れられんなら、俺は何時呼ばれても構わねェけどな。ケッケッケ……』
「アーボック。バトルじゃねえぞ。テメエの目の前にある壁を、噛み付いてぶっ壊せ!!」
「雷撃と爪で、壁を破壊して頂戴。一転集中すれば必ず壊せるわ!」
しかし、壁も不思議な力に守られているのかキズ1つ付かなかった。欠片すら飛び散らない。
「やべェな……こりゃただ事じゃ無ェぞ……」
「……リュウジ様のモニタールーム復旧を待つしか……」
「他にチャンピオンの部屋に行く道は無いのか?」
「防音構造で空気は天井から送っておるからのぉ……この扉を閉めてしまえば完全な密室じゃ。天井を壊そうとしても、結局同じ結果になりそうじゃわい。どうしたモンか……」
「ユキナリ君……」
ユウスケは親友の安否を知りたかった。不安で胸が押し潰されそうになっている。
(大丈夫。必ず助かるから、信じて……)
『愚カ者共ガ……私ノ魔力デ最早コノ部屋ニ入ル事ハ不可能トナッテイル……』
笑い顔の悪魔はさらに満面の笑顔を浮かべると、ユキナリの方を見た。
『コウシテゴールドトヤラノ身体ニ憑依シタ甲斐ハ充分ニアッタナ。海神ノ巫女ヲ欺キ、シンリュウヲモ油断サセル事ニ成功シタ。私ノ邪魔ヲ出来ル輩ハモウイナイ』
「一旦何が目的なんだ。ゴールドさんの身体に憑依して、何を企んでいる!!」
ゴウセツと対峙した時の様に、ユキナリはゾッとする程の寒気を感じていた。黄金に彩られていたハズの部屋が、何時の間にかまるで雪山の様な氷と雪の内装に様変わりしている。
『私ノ事ヲヨク知ラナイ様ダナ、小僧……古代ヨリ私ハ人々ノ負ノエネルギーヲ貪ル事ニヨリ力ヲ増シテキタ。奴等ハ私ヲマンマト欺キ、洞窟ノニ閉ジ込メタ。
何千年モノ時ガ経過シ、守ノ一族ノ子孫ハ1人、マタ1人ト姿ヲ消シテイッタノダ。ソシテ、私ハ復活シタ……』
不気味な笑い声が防音構造となっている壁に反射して、木霊を悪戯に繰り返す。
『シカシ、復活シタ私ノ力ハトーホクヲ、イヤ世界ヲ統ベルニハ足リナカッタ。閉ジ込メラレテイタ事デ弱体化シテイタノダカラナ……私ハポケモンヲアル程度コントロールスル事ガ出来ル。
ソコデ大キク外ヘハ出レナイ私ハ策を練ッタ。シンリュウノ目ニ付ケバ力ノ足リナイ私ハ抹殺サレテシマウ。人間ノ負ノエネルギーヲ吸イ取ルニハ人間ノ同士討チガ必要ダッタ……』
「同士討ち……」
『ソウダ。ポケモンヲ操ル事デ結果的ニハ人間ヲ支配スル。私ハ有能ソウナ4人ノ男女ニ目ヲ付ケタ。マズ、1人ノ男ノ恋人ヲオニドリルニ殺サセ、モウ1人ノ男ハソイツノ故郷ヲ襲ワセタ。
女ノ心ヲ壊スニハ陵辱シテシマウノガ手ッ取リ早イ。ソシテ、最後ノ男ハ半死半生ノ状態ニ追イ込ンデ家族ヲ皆殺シニシタ。後ハポケモンヲ憎ンダ彼等ガ組織ヲ作ルオ膳立テヲ整エテヤルダケ……』
(カオスの幹部メンバーと……アズマさんの事じゃないか!!)
『クックック……人間トハ本当ニ脆イモンダナ。
カオスト言ウ組織ヲ目論ミ通リニ作ッテクレテ、彼等自身ノ『憎悪』『怒リ』『哀シミ』『苦シミ』ノエネルギーヲ頂戴シ、大勢ノ被害者カラモエネルギーヲ頂戴シタ……
予定通リト言ッタ所ダ。ダカラ人間ッテ奴ハ単純デ面白イ』
(こ……コイツが、諸悪の根源。全ての元凶だったのか!!沢山の人間の人生を狂わせて、愚弄して……許せない。絶対にこんな奴は、許せない!!)
皮肉な話だった。今まで自分が擁護してきたポケモンこそが、全ての事件の元凶だったとは……
しかし、それならばヒョウテイを許すワケにはいかない。ユキナリは生まれて初めて激しい怒りを感じていた。その怒りもまた、ヒョウテイのエネルギーとなってしまう。
『私ガココニイルダケデエネルギーヲ吸収出来テイルワケデハ無イ。私ハ、私自身ガ誘発シタ負ノエネルギーシカ食ベル事ガ出来ナイノダ。
シカシ、カオスノ大キナ事件ニヨッテ、私ハ腹イッパイニナル程沢山ノエネルギーヲ吸イ取ル事ガ出来タ……最後ノ一押シガマダダガナ』
「最後の一押しって言うのは何だ、答えろ!!」
『貴様ヲ殺ス事ダ。ユキナリ……トーホク、イヤ世界中ノ期待ノホープヲ殺害スル事ダヨ』
ユキナリは呆然とした。全てこの化物の掌の上だったとでも言うのか。そんな馬鹿な!
『カーッカッカッカッカ!!驚イタダロウ。ダガ、私ハ賢イ。全テ読ンデイタ。貴様ガカオスヲ倒ス事モ、ソノ間ニ貴様ヲ殺スニハ充分過ギル程ノエネルギーヲ得ル事モナ!
全世界ガ貴様ノ死ヲ見テ哀シムダロウ。憤リヲ感ジルダロウ。ダガ、ソレコソコチラノ思ウ壺ナノダ』
(ヒョウテイ……本当に実在していたなんて。セツナさんの言う通り、油断していたのか僕は……生身の人間が邪神に勝てるハズが無い。僕は、終わりか……)
『マア、諦メルノハ後デ良イ。ゲームヲ楽シモウジャナイカ。ゲームヲナ、クックック……』
ヒョウテイはそう言うと、再びゴールドの身体に戻り、彼を操り始めた。
「ようこそ、チャンピオンルームへ……ってまあ、そんな事を今更言ってもしょうがないけどさ」
「ヒョウテイ……!!」
「この体、入ってても違和感無いんだよね。人類殺戮の後は、僕の器として使っても良いかな。コイツの意識は全然無いし。事後承諾をする必要も無いから楽で良いよー」
「何て、酷い……!何処まで腐ってるんだ……」
「怒るなよぉ。そんなに怖い顔をしても全然怖く無いぜ?だって、僕が追い詰めた側なんだからさ。バトルは6vs6だったよね。サッサとポケモンを出してよ。覇者vsトレーナーと行こう」
(ヒョウテイは、遊んでいる……全てを暴露した上で、こんな余裕まであるのか……)
ゴールド、いやヒョウテイはニヤニヤ笑っている。不敵な笑みを浮かべ、生殺与奪はこちらにあるとたかをくくっている。馬鹿にされなめられているのだ。ユキナリは感情を鎮めた。
(落ち着け……ココで激昂すれば、さらに相手は強くなる。落ち着くんだ。僕が熱くなっちゃいけない。絶対に……最後まで諦めないって自分に誓ったじゃないか!!)
「さてと、ポケモンを扱うのは初めてじゃないよね?当然。実は僕もとびっきりのポケモンを持ってるんだ。言ったろ?ポケモンを自由自在に操れるって。例えば飼われているポケモンでもさ……」
『!?』
「おい、どうしたアーボック!」
『ガ……』
「ちょっと、どうしたのライボルト!!」
更なる異変が扉の向こうでも起こっていた。突然アーボックとライボルトの瞳が赤く光り出し、暴れ始めたのである。アーボックは人間に襲い掛かり、ライボルトはウィンディに噛み付いた。
「シズカ、どうなってやがんだ!言う事全然聞きゃしねェぞ!!」
「私が知るワケ無いでしょこんなの!仕方無いわ、戻りなさい、ライボルト!!」
しかし、戻るボタンを押しても何故かライボルトは戻れない。カツラはウインディを元に戻したが、今度はライボルトの瞳がユウスケ達を追い回しているアーボックの方に向いた。
「止めろ、止めてくれ……」
膝をついて懇願するも、アーボックはトサカの命令を無視してホクオウに噛み付こうとする。
「正当防衛だ。許せよ!」
ホクオウはバックを掴むと、アーボックの頭にそれをぶつけて昏倒させた。ライボルトはチャンスとばかりにアーボックに襲い掛かる。シズカはそれを必死に止めた。
「忘れたの、ライボルト!貴方と一緒に遊んでいたトサカのアーボなのよ!?止まって……止まって―――ッ!!!」
ライボルトはシズカを弾き飛ばすと、アーボックの首に深く噛み付き、致命傷を与える。何度も、何度も……
「ど、どうなってるんだ……一体、どうして……」
ホクオウはこの光景を信じる事が出来ず、ただ立ち尽くしている事しか出来なかった。
「扉の向こうの連中が五月蝿いから、ちょっと黙っててもらった。大丈夫、殺してないよ♪」
「げ……外道……僕は、絶対に君を許さない!!」
感情が弾けてしまった。如何に自分ではかなわない相手とは言え、黙ってはいられない。自分に流れる正義の血がある限り、死ぬまで悪には屈しない。戦って、勝たなければならない。
「善悪なんか関係無いよ。僕が強いから皆弱いんだ。大抵物事はそうだと思うよ。どんなに愛を叫んでも、悪を崇めても……
結局はソイツが弱けりゃ死ぬし、強ければ自分の意見を押し通せるんだ。要は弱肉強食だよ。今、生殺与奪を握っている僕の方が遥かに強いけどね」
「ポケモンバトルをするんならするよ。君が望むなら」
「おっと、殺る気になってくれたんだ。嬉しいなぁ。じゃあ、僕はコイツから行こうかな……」
少年は金色のボールを取り出すと、バトルフィールドにボールを投げ入れた。
『ミュウ……ミュウ―――……』
閃光と共に姿を現した薄紫色のポケモン・・・ユキナリはその姿を見て唖然とした。
「ミュ……ウ!?」
カツラ教授が調べていたと言う伝説のポケモン。その戦闘力は未知数とまで言われている。
「言ったろ。僕はどんなポケモンでも自在に操れるって……さぁ、始めよっか♪」
ユキナリは圧倒的な力の差に愕然としながらも、ポケギアでミュウの事を調べた。
『ミュウ・伝説……詳細不明……詳細不明……戦闘力未知数……』
その瞬間、ポケギアの電源が勝手に切れてしまった。
「壊してないから心配しなくて良いよ。どう?僕の力は。万能って言っても過言じゃ無いよね」
(その驕りが、命取りになるんだ……勝てる。勝てるさ!!)
自分を信じた。パートナーを信じた。最早、賭けるしか無い。
「頑張ってくれ、ガシャーク!!」
閃光と共にガシャークが出現した。その瞬間、ミュウが動く。
『ミュウ!』
『ガッ……』
サイコパワーが発動したのだ。衝撃波によって飛ばされ、壁にぶち当たるガシャーク。
「もう始まってるのになぁ。欠伸でもしてたの?アハハハッ……」
『グゥ……』
「ガシャーク、頼む。ミュウに……勝ってくれ……」
無駄な事は解っていた。挑んでもミュウには勝てない。それはユキナリの哀しき願望でしか無い。弱かった……自分自身は脆く、ただの1人の少年でしか無かったのだから。
(嘘だろ。反則……マスター、俺……今生まれて初めてビビってますよ……)
ミュウの紫の瞳が光ると、今度はユキエの様にテレキネシスが発動し、ガシャークは天井の氷柱に向かって飛んでいった。氷柱がガシャークの腹を貫き、あっと言う間にHPをゼロにする。
(か……勝てねェ……マスター、コイツばかりは……不味いぜ……逃げ……)
「あ……ああ……」
ユキナリは恐怖に全身が震えていた。勝てるハズが無い。勝てない。こんな相手に……
「言っただろう?どんな奇麗事を並べても、弱かったら意味が無いんだよ。もっと哀しんで。もっと苦しんで。そうなればなる程、僕のエネルギーになってくれるんだからさ」
涙が溢れて止まらなかった。恐怖、ガシャークへの申し訳無さ、怒り……全てが感情のリミッターを突破していた。ストレスが過度に溜まった時、人は涙を流さずにはいられなくなる。
「もっと楽しもうよ。時間はまだまだ沢山あるよ。次はカイオーガにしようか。グラードンにしようか……そうだ、ルギアってのも良いな♪アハハハハハ……」
(勝てない……勝てないよ……父さん、母さん……助けて……)
『まだ諦めるな、チャンスはある。俺がココにいる。お前を助けてやる!!』
ユキナリの心の中で声がした。この声は、1度聞いた事がある。
『幸い、向こう側にもバレねえ。俺が出現しても思いっきり暴れられるだろう。俺なら奴に勝てる!ああ見えて奴も本調子じゃねえ。奴にもまだエネルギーが必要なんだ!!』
(コセイリン……いや、リンギツネ……!!)
『時間を稼げ。俺以外のポケモンを全て場に出し、死角を作ってその隙に解除ボタンを押すんだ!奴に気付かれでもしたら終わりだぜ。絶対に失敗するんじゃねえぞ!!』
(解った。信じるよ……僕は君を信じる。絶対に勝ってくれるって信じる……)
「もう、ゲームオーバーかな?もっと足掻いてほしかったんだけど……殺しちゃうよ?」
ヒョウテイは勝ち誇った顔でユキナリを思いっきり嘲笑ってみせた。
「まだ……まだ、やります!!」
「チェ、しつこいなぁ……時間稼ぎのつもり?結局僕からは逃げられないんだからさぁ……」
ユキナリは手筈通り、4つのボールを場に出す瞬間、素早くもう1つのボールを隠して出した。他のポケモンもリンギツネの言葉を聞いていたのか、ユキナリを守る様に寄り集まる。
(良いでしょう。マスターを守る為なら……私はどんなに苦しい思いをしても構いませんよ)
(私はお前の心の強さを誰よりも知っているつもりだ……大丈夫だ。負けはせん)
(最後はお主に託すぞ、リンギツネ……我輩もそう、上手くは動けんからの)
(マスター、マスターの為になるってんなら……どんな痛みにでも耐えますからね!!)
「へえ、ポケモンのSPとは洒落てるね。でも、僕には無力だって言ったろ?」
少年はミュウをボールに戻し、今度はラティアスとラティオスを出現させた。
「お遊びはこれ位にしようか……2匹共、ユキナリ君ごと皆殺しちゃってよ。手加減しないで良いからさ……ね、結局最後に笑うのは僕だったでしょ。アッハッハッハ……」
紫色の瞳がユキナリのポケモン達を囲む。その間に、ユキナリは死角となっている事を利用してシャーペンを取り出し、解除ボタンを押す事に成功していた。出てくるのに数秒かかる。
「ラスターパージ!!」
ラティアスとラティオスの口から紫色の波動が飛び出す。それは4匹のポケモンに見事命中し、爆発した。凄まじい爆煙が周囲に広がる。
「ハーッハッハッハッハッハ……ん?」
『さっき貴様が言っていた事をそのまま返してやるぜ……どんなに思いが強かろうと、最後に勝つのは強い奴なんだろ?じゃあ、貴様の負けだな』
4体の倒れたポケモンの後ろ、ユキナリを守るかの様にリンギツネが立っていた。
「何を言ってるんだか……片付けてくれる?自分の実力も解らない屑がいるから困るよ」
少年に応える様に再びラスターパージを放とうとする2匹をリンギツネがキッと睨み付けると、霧の様に溶けて2匹は消え去ってしまった。
ユキナリも慌てて目をこするがもうそこには影も形も見当たらない。ヒョウテイの頬に汗が伝った。
『まったく、幻影とは……くだらぬ手品だ。すぐ見破れたぞ……そもそも、貴様が完全にエネルギーを集めていない今、ミュウ達を操れる力は無い、全て貴様の実力だろう』
「だから何だって言うんだい?さっき倒れた君の仲間と戦闘力は大差無いだろ。どちらにしたって同じだ。僕が勝つ……僕が勝たなければ……世界を掌握する事は出来ないからね!!」
ゴールドはそのまま倒れ込み、再びヒョウテイが実体を表してリンギツネの前に現れた。
『カカカカ……怯エテイルノカ?スグニ私ニ歯向カッタ事ヲ……』
リンギツネは何も言わず、ただボディーに拳を思い切り叩き込んだ。
『グアッ……!?ガハアッ……何故、コンナ……嘘ダ……』
『お楽しみはコレからではない。貴様のお楽しみは終わりだ』
『フザケルナ、私ヲ嘲ル権利ヲ持ツノハ神ダケダ!!』
ヒョウテイが氷の息吹を放つが、それはゴウセツの時と同じ様にリンギツネの眼前で掻き消えた。
『では、人間と言う神が8日目に作り上げた合成獣の力を見せてやろう』
『小癪ナ事ヲ……私ハ人ガ生マレル前カラノ、生マレツイテノ悪ダ!!』
ヒョウテイの爪を、リンギツネは赤子をあやすかの様に華麗に回避していく。両者の力の差はあまりにも離れていた。それでも、ヒョウテイは何をしでかすか解らない。
一気に勝負を決めようとリンギツネが口をカッと開けた、その時……ヒョウテイが全身全霊を込めて放った闇の波動がリンギツネの腹を抉った。
『グッ!!』
一瞬怯んだその隙を突いてヒョウテイの回し蹴りがリンギツネの腹に命中し、壁まで吹き飛ばす。
壁にぶつかったリンギツネは手をついて青い血を吐いた。
『フン、邪神ハ人ガ作リ上ゲタ幻影ノ獣ニハ負ケン。ヤハリ私ノ敵デハ無イナ。クハハハハハハ!!』
(いかん。予想以上にヒョウテイはエネルギーを得ていた……このまま俺が負けてしまったら、ユキナリは絶対に助からん。リーグの者達……いや、世界中が暗黒に包まれてしまう!)
『トドメト行クカ!』
グアッと爪を大きく振り上げ、ヒョウテイが致命傷を与えようとした、その時……
『ウ……ウウウッ!?』
(何だ、何を苦しんでいる?まあ良い。チャンスである事には変わりが無い!)
リンギツネは気力を振り絞って立ち上がると、蒼き炎をヒョウテイに向けて放った。
『グアアアアアッ!!』
灼熱の炎をまともにくらい、無様に床を転がり回るヒョウテイ。だがそのダメージとは違い、ヒョウテイは頭を抱えてその激痛と戦っていた。凄まじい痛みが脳天を貫く。
『ギャアアアアアア!!』
「闇の子よ……無に帰りたまえ。我が一族の全霊を込め、闇の力を封じたまえ……」
ザキガタシティの小屋の中では、コユキが『守の一族』の使命を果たす為に、強く感じていた邪気を封じ込める祈りを捧げていた。
遥か高い空の上では、シンリュウが咆哮しながら舞っている。人間とポケモンが互いに協力しあい、ヒョウテイの力を感じた時はそれぞれが役目を果たす事となっていたのだ。
コユキはユキナリ達の無事を祈りながら相手を封じる呪詛を唱え続ける。ヒョウテイが姿を現した時には、世界を守る準備は全て整っていた。
『オノレ、タカガ守一族ノ分際デ……邪神全テヲ葬リ去ルツモリカ!!』
ヒョウテイは激痛をこらえ立ち上がると、頭を抱えながらよろよろとリンギツネに近付いていく。
『貴様サエ……貴様トコノ小僧サエ消エレバ……守一族ノ呪詛ナド最早役ニハ立タン!!』
ヒョウテイは腕を伸ばし、ユキナリに襲い掛かったがそれをかばったリンギツネが肩に傷を作った。
『健気ダナ。ソコマデシテ自分ノマスターデアル人間ヲ庇ウカ……愚カナ生キ方ダ!!』
『俺は俺自身の生き方を無様だと思った事は1度も無い。むしろ己の生き方を誇りに思っている。人間もポケモンも誰かを守る為に生きている。大事なものを守る為に……生きる!!』
再び放った蒼の炎がヒョウテイに命中し、ヒョウテイはよろめいて後退した。
『ヨク頑張ッタト褒メテヤロウ……ダガ、最後ニ笑ウノハコノ私ダァッ!!』
ヒョウテイは自らの周りに邪悪なオーラを纏い、そして体から出てくるオーラを全て掌に集めた。
『貴様ト人間一匹ズツ、マトメテアノ世ニ旅立テェ!』
『俺は命燃え尽きるまで、ユキナリを守る!俺には……そういう生き方しか出来ない!』
波動を繰り出そうとしたヒョウテイを蹴り飛ばし、リンギツネはユキナリの前に立ち塞がった。
『やるならやれ、俺のHPがゼロになろうとも、ユキナリの命は守られる!』
『グ……グアアアアア―――ッ!!』
激昂したヒョウテイが再度オーラをぶつけようとした、その時……ヒョウテイの立っている床に突如五芒星の魔方陣が出現した。
そこから光のシャワーが降り注ぎ、ヒョウテイを包み込んで小さくなっていく。包み込まれたヒョウテイは脱出を試みるものの、最早打つ手は無かった。
『畜生……守一族ノ生キ残リヲ捨テ置イタノガ間違イダッタノカ……』
どんどんと収縮していくヒョウテイがもがいているのが解るが、まだ少しも油断は出来ない。リンギツネは腕で口から出た血を拭うと、キッと黄金の瞳で相手を睨み付ける。
『私ガ……コノ私ガ……屑ドモ如キニ負ケルノカ……嫌ダ、嫌ダ―――ッ!!』
バチバチと縮んでいく光が大きな火花を出しているのがハッキリ見える。ユキナリは危惧感を隠せなかった。もしあのまま光の牢獄を破って出てくる様な事になれば……
(祈って……皆祈ってくれ!コイツを消滅させなければ……世界が終わってしまう!!)
「足りない……私の力だけでは……邪神には勝てない!」
『コユキヨ、私ガ皆ニ呼ビ掛ケヨウ。1人1人ノ正義ガ集マレバ、イカナ邪神トハ言エドモ消滅スルシカ無イ。心ニ訴エレバ、皆ガ応エテクレルハズダ』
レジダイヤは大勢の民に呼び掛けた。今閉じ込められているユキナリが危ない。彼の為に祈ってくれと。彼等の心は1つとなって負のエネルギーに打ち勝った。
『屑ガ……私ヲ倒スダト……!?認メン、認メン……!!』
電撃は消えずにいたが、ヒョウテイの力が確実に弱まってきているのは解った。ユキナリは呆然と、ただその場の雰囲気に呑まれて立っている事しか出来ない。
『ギャアアアアアア!!!!』
断末魔の悲鳴が聴こえたのがヒョウテイの最期だった。光が点となり、ヒョウテイも光の粒と化しそのまま弾けて消えてしまう。五芒星の魔方陣もそのまま溶ける様に消えていった。
「お、終わった……」
ユキナリは呆けた様に涙を流しながらその場に倒れ込む。
「終わったんだ……良かった……良かった……!」
『俺だけの手柄じゃ無いな。きっと……沢山の人々が俺達に力を貸してくれたんだろう。世界を救った英雄だぜ、ユキナリ。あ、それと急いで俺をボールに戻してくれよな』
リンギツネはそう言うと、笑って床に倒れて動かなくなった。もう、立っている気力も無くなっていたのだ。ユキナリは何とか起き上がると、リンギツネをボールの中に入れた。
「う……うぅ……」
ユキナリはその呻き声を聞いて、ゴールドがいた事を思い出した。彼もまたヒョウテイに身体を乗っ取られていた犠牲者だ。慌てて彼に駆け寄ると、彼の無事を確認する。
「ハァ……ハァ……ずっと見てたよ。ユキナリ君、だったよね……本当に凄いよ。僕が勝てなかったあの怪物を、消滅させてしまうなんて……君は世界の英雄だ」
「そんな……僕は、結局成り行きでこんな事になってしまっただけで……」
「関係無いよ、僕の命の恩人だしさ。ずっと、操られていた……殺されるんじゃないかって意識があったからずっと怯えていた……だから、本当に嬉しいんだ。自由になれて……」
その時、扉が開いてホクオウ達が一斉に飛び込んできた。
「ユキナリ君、大丈夫か?」
「リュウジさん……何とか、平気みたいです」
「ッたく、心配させやがって……俺との決着を付ける前に逝くんじゃねえって言ったろうが」
「本当に無事で良かった。俺も両親に会わせる顔が無いからな。ハハ……」
「ユキナリ君、怪我は無い?心配になったから救急道具持ってきたんだけど」
心配してくれる仲間がいてくれる。それだけで……幸せだ。ユキナリは安堵すると、意識を失ってしまった。
数時間後、目覚めたのはリーグの救護室であった。隣のベッドにはゴールドが寝ている。
「リュウジ様、ユキナリ君の意識が戻りました!」
周りには先程リーグで戦った四天王の面々と、ホクオウ、トサカ、ユキナリ……そして、急いでリーグ本部に駆け付けたフタバ博士とホンバ助手の姿もあった。
「どれ位眠っていたんですか、僕は……痛ッ!」
「まだ休んでいた方が良いわ。貴方達2人とも随分衰弱していたから……」
「ユキナリ君が起きる前にゴールドさんの意識が戻って、四天王の人達と話し合ってたんだよ」
「ユウスケ……それで、何の話をしてたの?」
「僕から話すよ」
隣で寝ていたゴールドがユキナリの方に顔を向けると、決意に満ちた表情で言葉を発した。
「おめでとう、君が覇者だ」
「え……!?嘘、でしょ?僕は……」
「考えていたんだ。僕はあの化け物と互角に戦うどころか、身体を乗っ取られてしまっていた……だけど君は化け物を倒した。僕はこの瞳でハッキリ見たんだ。素晴らしいトレーナーだと思った」
ゴールドははにかんだ笑みを浮かべながら続けた。
「僕は、覇者を引退するよ……もう、続けられそうに無い。化け物にエネルギーを取られて、精神的にも参っているんだ。ゆっくり休んで、また再起を図りたい。
だから今は……君に王座を明け渡したいんだ。僕の素直な気持ちだ。頼む、リーグチャンピオンになってくれないか?」
まだ自分は夢の中を彷徨っているのでは無いかと思った。あまりにも現実とは思えない申し出だ。
「僕は貴方とは結局戦えていません。それで僕が覇者になるのは……」
「リュウジとも話し合ったんだ。君なら、リュウジ達4名を束ねて、団結してリーグを運営していける。
リーグチャンピオンは確かにポケモンの強さもあるが、頭の良さも必要だからね……君になら任せられる。次の時代を担って戦える。苦渋の決断だった……コレは僕からの願いだ」
頷きさえすれば僕は覇者になれる。信じられなかった。まだ、数ヶ月も経過していないと言うのに、自分がトーホクのトレーナー達、いやジムリーダーと四天王を統制するチャンピオンになると言うのか。
(何を迷ってる。僕の悲願、夢だったんじゃないか。何故迷う必要がある。僕がココまで来た理由は何だ。何処まで自分が強いか知る為、そしてリーグチャンピオンになりたい一心で来たんだろう?)
腹は決まっていた。ユキナリは四天王もいる部屋の中で、ハッキリと自分の心を告げる。
「……やります。やらせてください」
「新チャンピオンの誕生を祝って胴上げだ。そーれ!!」
リーグ会場に戻ってきたユキナリは、凄まじい拍手の嵐に迎えられ、トサカの音頭で生まれて初めての胴上げを経験した。される側になるなんて、本当に信じられない。
遠くではゴールドが笑いながら拍手を送っていた。その隣にはリュウジの姿が見える。
「チャンピオン、いや……元チャンピオンと言うべきですか」
「リュウジ、僕は後悔してないよ。むしろ、嬉しいんだ。僕を越えるトレーナーが僕の目の前に姿を見せてくれた事がさ。逆に安心して引退出来るからね」
「私も、彼が覇者になるんじゃないかと思ってましたよ。私が負けた時からですが」
「相変わらず負けず嫌いだね。勿論、そうじゃなきゃ四天王大将は務まらないか」
ユウスケは涙を流してユキナリに抱擁を求め、トサカとシズカは笑いながらそれを見ていた。
フタバ博士は涙を流しているホンバ助手をなだめ、ホクオウは遠くから煙草をくゆらせそれを見ている。皆泣いていても笑っていた。笑っている者は心から笑っていた。
「ユキナリ、凄いよ……本当にチャンピオンになっちゃったんだねぇ」
「私は解ってましたよ。ユキナリさんは本当に凄いトレーナーだって」
「本当かどうか怪しいモンだ。おいナギサ、カイト!今日は刺身でパーティ開こうぜ!」
TVのモニターを通しても、ユキナリは皆に戦う勇気を教えてくれた。皆がユキナリの健闘に支えられ、一喜一憂し、そして素直に彼が覇者になった事を喜んでいたのだ。
遠く、シラカワタウンの両親もユキナリがリーグチャンピオンとなった事に驚きを隠せないでいた。
「貴方も戻ってきてくれたし、私の息子がトーホク1になるなんて……私は最高の幸せ者ね」
「私も負けてられんな。また旅を続けるよ。必ず息子を追い越してみせる。今度の目標は我が子に勝つ事か……少し情けないが、それもまた面白い」
刑務所内では、アズマが看守から試合の結果を聞き、自嘲気味に笑っていた。
「やはりな。ゴウセツに勝った者がリーグの連中如きに負けるハズが無いと思っていたよ。これからは追われる側になると言う事か。せいぜい頑張りたまえ、ユキナリ君……」
その夜……リーグ宿舎に泊まる事になったユウスケの部屋に、運営の事項を聞いてきたユキナリがやってきた。ユウスケは笑顔でユキナリを出迎える。
「それで、大変そう?リーグの運営って」
「うん……チャンピオンの権限で四天王4人を解雇する権利があるんだけど、僕はそれを断った。あとはひたすら負けない事、運営資金の使い方は皆で相談する事……位かな」
「そっか……夢にまで見たチャンピオンになったんだから、頑張れるよね!ユキナリ君」
「あと、ホームシックにならない事……基本的にリーグチャンピオンは挑戦者を受け入れる為にリーグ本部の周囲しか歩けない。1年間に10日間のリーグ全体休暇以外は、缶詰状態にされるんだ」
「!!……それって、僕とも気軽には会えなくなるって事?」
「うん……そうなるね」
ユキナリの瞳には涙が浮かんでいた。あれだけ一緒に頑張ってきた親友だと言うのに、今やチャンピオンと普通のトレーナーと言う格差が出来てしまっている。もう、何時も一緒にはいられない。
「でも……もう会えなくなるワケじゃ無いよね?」
「うん。暇が出来れば絶対会いに行くよ。友達だろ?ユウスケと僕は」
「我慢するよ。やっとユキナリ君の夢が現実になったんだから……我慢、するよ……」
ユウスケも泣いていた。結局、リーグで負けた事よりもユキナリと離れてしまう事の方が辛い。当たり前だった事が、突然当たり前の事では無くなってしまう。コレもまた現実だ。
「ゴメン、今日はもう寝るよ……」
ユキナリは部屋を出た。取り残されたユウスケは号泣しながらベッドに倒れ込む。
(ユキナリ君の幸せの為なんだ、親友じゃ無くなるワケじゃない。絶対そうじゃない……)
部屋を出たユキナリも泣いていた。ユウスケの声が聞こえ、胸が苦しくなる。
(犠牲はある……でもそれを糧にしてでも、僕はなりたかったんだ……覇者に。やっと叶った夢……それを少しでも長く、長く夢を見ていたいから……)
彼等2人は眠れなかった。明日は一旦、ユウスケもリーグ本部から家に帰らなければならない。
翌朝……これからユキナリの周囲に何時もいるのは、リュウジ達四天王のみと言う事になる。
ポケギアの使用は許されている為、挑戦者がいない時には自由にTV電話機能も使えるが、それだけでは埋まらないモノはあるだろう。
それでも、ユキナリは覇者になった誇りを持ちたかった。
「電話するよ、帰ったらすぐに……他の人達もユキナリ君と話したいんじゃないかな」
「うん、待ってる……ユウスケ、ココで離れ離れになっても、僕達は一生友達だからね」
2人はガッチリと握手を交わすと、互いに手を振りながら別れを告げた。
「約束だよ、また一緒に冒険しよう!!」
「解ってる。何時かまた……絶対に会えるよ!そんなに遠い話じゃない!!」
ユウスケを見送り、彼が見えなくなった所でユキナリは溜息をついた。
「チャンピオン、確かにそんな遠い話じゃないよ。いや、逆に近い内に会える」
「リュウジさん……どうしてですか?」
「親善試合が控えているからね」
親善試合……新しいチャンピオンとなった者が挑まなければならない、通過儀礼。チャンピオンバッチを手に入れた者のみ、1ヶ月以内に別のエリアのチャンピオンと戦わなければならないのだ。
四天王とチャンピオン1匹ずつ、計5匹。自らの実力を誇示する為に戦う。勿論親善試合なので敗北してもその戦いでチャンピオンの資格を剥奪されるワケでは無い。
しかし、この試合はチャンピオンの名声、運営資金を大幅に上げる大きなチャンスでもあるのだ。リュウジは勿論ユキナリの勝利に期待を寄せていた。
「チャンピオン、対戦リーグはセキエイに決まった。ナキリが是非君と戦いたいと熱望していてね」
1週間後、リュウジがユキナリに相手の名前を告げた。それはワタルの実妹の名前だ。
「ナキリさんって……ワタルさんの妹だって貴方から聞いていましたけど……」
「私を心から憎んでいるんだ。ワタルが行方不明になった原因を作ったと激昂し、私と同じ舞台に立つ為にリーグチャンピオンにまで上り詰めた。
恐らくは君に勝って、私に勝てる事を証明したいのだろう」
「そういう事ですか……それで、何時カントーに出立すれば良いんです?」
「今から丁度2週間後、カントーのセキエイリーグ本部にて親善試合を行うと言ってきた。アウェイの戦いになるが、2週間もあればポケモンをさらに鍛える事も可能だろう。
本部にはポケモンを鍛え上げるプログラムが多数用意されているからね。頑張ってくれたまえ!!」
「ハイ!!」
同行者を1人、連れてきても良いと言う条件で、ユキナリはユウスケを希望した。チャンピオンになっても、まだ旅は終わらない。終着地点は、もう少し先にあるのだ。
「ナキリ様、トーホクのリーグチャンピオンとなったユキナリがこちらの挑戦を受けましたぞ」
「やはり、喰い付いてきたわね。中継は見ていたけど、確かにあの強さならリュウジを倒して当然。彼を倒せるとなれば、リュウジとの差もグッと縮まる。勝てる自信を得る事が出来る!!」
カントー、セキエイリーグ本部ではカントー四天王とナキリが揃い、作戦を立てていた。
親善試合では1匹しかポケモンを出せない為、切り札を全員が披露する事になる。それで負ければ自分達の面目は丸潰れだ。何としても最初の1人でユキナリを倒す必要があった。
「ワカバ、カンナ、イツキ、シバ。貴方達4人の働きに我等がセキエイリーグの威信が懸かってるのよ。何としてもリーグ優勝者のユキナリを撃破して、我々の力を世界に見せ付けなければならないわ!!」
「承知しております、ナキリ様!」
4名が頭を下げ、ナキリは笑って群青のマントを翻した。その表情は自信に満ち溢れている。
(私があんな12歳の少年に負けるハズが無い。リュウジもヤキが回ったものね……リュウジが腕を落としたとしか考えられない。いや、ユキナリが強かったとしても、今の私になら絶対に倒せる!!)
それぞれの思いが交錯していた。彼がリーグチャンピオンとなった事で大きく時代が動いた。
「俺はまだ諦めちゃいねえぞ。必ず……ユキナリ、テメエに勝つ!」
自らの敗北を認め切れず、新たな目標に到達しようと足掻き続ける者。
「また、旅の始まりだ……今度こそ、決着を付けよう。ユキナリ……兄の誇りに賭けて」
自分の道を貫いて、あくまでもチャンピオンとの決戦に闘志を燃やす者。
「ユキナリ君から直々に誘われるなんて……カントーってどんな所なんだろう?」
ただ、親友との旅に期待を寄せる者……多くの人々が1人の少年に振り回された。
トレーナーは勇気だけでは無く、またリーグへ挑戦する意欲を与えられて燃えていたし、ジムリーダーはその挑戦者であるトレーナーを倒し続ける為に張り切ってまた己を鍛え始めた。
沈静化の兆しを見せていたバトルの火種が、ユキナリによって激しく燃え始めたのだ。
そして、親善試合前日……ユキナリはその為の特別休暇を3日間程貰い、四天王達の声援を受けながらユウスケと共に一路シオガマシティまで戻ってきた。
「ユキナリ、高速船アクア号はカントーとトーホクを結ぶ船だ。ま、船に乗ってりゃ2時間程度でカントーに到着するだろ。頑張って四天王とチャンピオンを撃破してこいよ!」
「私達も応援してるからね、ユキナリ君!」
港ではミズキとナギサ・カイト姉弟が見送りに来てくれていた。ユキナリはそれに応えるとリュウジからあらかじめ渡されていたレインボーパスを渡して乗船する。
「ミズキさん、機会があればまた、戦いましょう!ナギサさんや、カイト君も!」
「おう、何時でもお前達は歓迎するぜ!戦った後にはまた刺身でも食おうや。ガハハハ……」
「ユキナリ、僕達トーホクリーグ全体がユキナリを応援してるからね――ッ!」
「とにかく、勝っても負けても悔いの無い戦いにしなきゃ駄目よ!良いわね!」
「ハイ、必ず!自分の全力を出して、勝ちます!」
ユキナリの胸には、黄金に輝くチャンピオンバッチが付けられていた。それは彼の勲章だ。
「そろそろ、船が動き出すみたいだよ!」
ミズキ達が見える位置から、3人が見えなくなるまでユウスケとユキナリは手を振り続けていた。
高速船アクア号には、各界のVIPが多数乗船している、いわば限られた者しか乗れない船だ。乗船する為の乗船券は滅法高く、何時でも乗れるレインボーパスはリュウジが持っていた物である。
今回は2人分のレインボーパスをリーグ運営資金から捻出するのはもったいないと、ユキナリの分は借り物なので、絶対に紛失するワケにはいかない。
盗難の危険性からユキナリ達は少しも油断出来ない船旅を余儀なくされていた。しかし、何時までも船室にいるのは退屈だと、ユウスケの提案により他の船室を見て回る事にしたのだ。
「お金持ちばかりが乗ってる船だからねぇ……緊張しちゃうな……」
「チャンピオンになると数年防衛しただけで大金持ちになれちゃうみたいだよ。だから、ユキナリ君もその候補。きっと他のVIPも快く挨拶してくれるって」
ユキナリはそれを聞いて陰鬱な気分になった。どんどんユウスケとの距離が遠くなっていく気がする。チャンピオンになった事でここまで自分の人生が変わってしまうとは思っていなかった。
(僕は一体何処へ向かっているんだろう……何処へ辿り着こうとしているんだろう?)
夢が叶って嬉しいハズなのに、ユキナリの心の靄は晴れてはくれなかった。
「失礼ですが……ユキナリ様ではございませんか?」
船内を歩いている最中、突然ユキナリは呼び止められて振り向いた。気品漂う白髪の老人は、長いヒゲを弄びながら優しい声で話し掛けてくる。
「ハイ、そうですけど……」
「やはりそうでしたか。私、カミカゼ様の執事をしております、アレクと申します。私の主人であるカミカゼ様が是非ともユキナリ様にお会いしたいと申されまして……向こうの部屋にて待っておられますよ」
実像が見えてこない老人だった。ヒゲと眼鏡によって顔全体がよく見えない。何と言うか、いかにも怪しいと言った風情だ。ユキナリは慎重に言葉を選んだ。
「その、カミカゼと言う人は……どういう人なんですか?」
「カミカゼ様はVIPの中のVIP、最高のジェントルマンでございます。
ポケモンバトルにも興味がございまして、連戦連勝、まさに無類無敵の腕前、それ故に現在無敗の貴方様に是非会ってみたいと言っておられるのです」
(ユキナリ君、この人凄く怪しいよ……)
(うん。確かに怪しいけど、何か秘密がありそうだ。懐に飛び込んでみないと相手の考えは解らない。僕はちょっと会ってみたいな)
(勇気あるねぇ……)
「どうなされました、何か不都合でもおありですか?」
「いえ、是非僕も会ってみたいです」
アレクはにこやかに微笑むと、ユキナリ達を奥の船室まで案内した。長い廊下の奥、船長室の隣の部屋に赤い扉が見えている。
『最強者』と書かれた扉をアレクはノックし、返事が聞こえるとドアを開けた。
中は広いバトルフィールドになっており、その奥に黒革の椅子に座った老紳士がいた。アレクが言っていたカミカゼ本人であろう。
「貴方が、カミカゼさんですか?」
「左様、ワシがカミカゼじゃ。お主がユキナリであろう?そして、その隣にいるのがずっとお主を支え続けていたと言う親友のユウスケじゃな」
「ぼ、僕の事も知っているんですか?」
「ハッハッハ、四天王まで行った少年じゃ。当然チェック済みじゃわい。ユキナリがそこまで行けたのも、お主の様な支える人間がおったからこそじゃ。そうじゃろうが」
ユキナリは心の中で頷いた。彼等がいなければ、今の自分はココに立ってはいなかっただろう。