第9章 6話『あねいもうと』
カラカッサからダメージを受けたものの、何時倒れても全く不思議では無い相手等、素早さを長所とするガシャークが勝てないハズは無かった。だが、少し相手の様子がおかしい。
『相手のマスターの脅迫に怯えてやがる……早いトコ楽にさせてやらなきゃな……』
真っ向勝負は危険だと考え、ガシャークは一旦距離を取った。どんな攻撃でも当たれば勝利は確実な為、下手にダメージを受けぬ様にと熱の毒液を放つ。
しかし、後が無いカラカッサは逆に攻撃を回避して突撃してきた。面食らって動きが鈍った瞬間、はっぱカッターがガシャークの身体を切り刻む。しかしガシャークが腹を引っ掻いた為、その攻撃は止まった。
『カ、カッ……』
白目を剥いたカラカッサはそのまま倒れ込み、ガシャークの勝利が決定した。ガシャークのHPは今の攻撃でレッドゾーン手前にまで減らされたが、まだ余力は残っていると言う感じだ。
『ヘッ、恐怖を彩るのが俺様だからな。恐怖に怯えるのはテメエ達の方だ!!』
「大した自信ね……実力は全く衰えていなかった。褒めてあげるわ……でもねユキナリ君。私も獣を飼い慣らす事にかけては貴方よりも上……どう戦っても絶望しか残らない。
そんなバトルを演出してあげる。このポケモンでね!」
ユキエはカラカッサをボールに戻すと、すぐに別のオカルトボールを取り出し、フィールドに投げ入れる。出現したポケモンに、ガシャークの余裕のあった表情が凍り付いた。
『お、おいおいおい……ちょっと待てよ……』
『ぬぅぅぅぅぅ……アーッ、アーッ……』
天井にぶつかりそうな程の巨体。人間の上半身だけが床から生えてきている様だ。朱色の怪物はその巨大な両手を上空で叩いて、赤子の様に喜んでいる。
「お、大き過ぎる……」
『さあ、巨大であると言うこちら側の利点を……どうやって覆すのか、見物させてもらうわ』
(コレは……アズマさんが出してきたバンギラスよりも大きいぞ……まさかこんなに巨大だとは……)
ユキナリは相手のポケモンに脅威を感じながらも、とにかく図鑑項目を開いて相手を調べ始めた。
『ダイダラ・きょじんポケモン……昔から山彦の正体はダイダラであると信じられ、災害を起こす妖怪の類として恐れられてきた。
相手に威圧感を与える巨体から繰り出される技は破壊力に長け、最強レベルのポケモンとして公式大会でも使用されてきた。百鬼夜行のモデルの1匹である』
(特殊能力は……)
『特殊能力・破防の瞳……バトル開始からターン経過毎に相手の防御力を少量ずつ下げていく』
(どんなポケモンにも対応出来る万能能力か……タイプはどうなんだろう……)
「ユキナリ君、私が出したダイダラのタイプは『ゴースト・あく』よ。この組み合わせが何を物語っているか……貴方だったら、解るわよね?」
(!!……弱点になるタイプが、無いって事か……)
ゴースト・あくと言うタイプはどくに強く、ノーマル・エスパー・かくとうの攻撃を無効としてしまう恐ろしいタイプだ。
ただし、『みやぶる』『かぎわける』等の技を使われるとかくとうタイプの技は効果抜群となる。
(僕のポケモンは全くその技を持っていない……こうなると、出来るだけこちらも弱点を突かれない様に攻めていくしか無いか……
ガシャークに攻めるだけ攻めてもらって、そこから後の事を考えよう……)
『シャ、シャ、シャ……図体だけ無駄にデカい独活の大木がァ。俺様を倒そうなんて百年早えぜ!!』
『ぬぁぁぁ……あはっあはっあはっ……』
低い、間の抜けた大声が部屋全体に響き渡る。ダイダラはまるで赤子の様に両手を叩いていた。
『脳味噌あんのか?やっぱ俺様の方が強え!絶対潰す!!』
ガシャークは瞳を狙って熱の毒液を発射した。両手を叩いて無防備な状態となっていたダイダラは、あっさりとその攻撃を受けてしまう。ダイダラは悲鳴を上げて顔を覆った。
『どうせそんなモンだろうと思ったぜ!!』
ニヤリと笑い、今度は腹に噛み付き猛毒を注入する為、ガシャークは飛び掛った。
「甘い……」
ユキエの唇が歪んだ瞬間、ダイダラは目を開けていない事に危険を感じたのか、強烈な張り手をくらわせてきた。
『何ィ!?』
全く目視確認をしていないと言うのに、ガシャークはその張り手をまともにくらって壁に叩き付けられた。雑巾の様に埃にまみれてそのまま床に落下する。まだ意識を失ってはいない様だ。
『馬鹿な……こんな……見てもいねぇのに……』
「対象物が小さければ小さい程ダイダラは相手の位置を感覚で捕捉して攻撃を仕掛けられるわ。つまり、巨体で素早さが低いと勘違いした貴方の判断が誤っていたと言う事よ」
『そっか……俺様の判断ミスか、ざまあねぇな……』
赤い血を咳と共に吐き出し、ガシャークはダイダラを見上げて歯噛みした。
(動けねぇ……情け無ぇな。正念場だってのによ……)
視力を取り戻したダイダラは涎を垂らしながら、積み木を崩す子供の様にシャドーボールでガシャークを攻撃した。
『あっは――ッ!!あはッあはッ、きゃっきゃ……』
『マスター、コイツの弱点に気付いたろ?後は他の奴に任せるぜ!!』
巨大なシャドーボールをまともに受け、ガシャークは今度こそ意識を失った。
(解る……うん、解ったよ。ガシャーク。ダイダラの弱点が見えてきた……)
「ダイダラが切り札で無い事はユキナリ君、貴方がよく解っているハズよ。残りのポケモンはダイダラよりも遥かに強い。
早い所膝を屈すれば、精神的にも疲れないで済むわ。楽になりなさいな」
勝ち誇ったユキエの嘲笑が部屋に響き渡る。それに反応してダイダラも馬鹿笑いした。
(相手は巨体に見合わない素早さを持っている。攻撃が当たるのは前提と言ってしまっても過言では無い。その代わり、相手は巨大だ。
それ故に僕のポケモン側から攻撃する範囲は広くなる。攻撃は必中……)
ユキナリの腹は決まった。ガシャークをボールに戻すと、次のポケモンをフィールドに登場させる。
『ワガハイの出番が来たとは、もう強敵が出張ってきたと見ましたゾ!』
「うん。その通りなんだ。相手から受ける攻撃は効果抜群にはならない。慎重に戦ってくれ」
「フン……何を考え付いたかは知らないけれど、せいぜい足掻いてみせなさい。今度こそ、貴方の希望を完璧なまでに砕いて私の糧にしてあげるわ……絶対にね」
先程の攻撃でダイダラは毒状態にはならなかったものの、イエローゾーン近くまで体力を減らしていた。
1発当たったか当たっていないかだけでも大きく流れが変わる事がある。ユキナリはルンパッパのタフさと攻撃力に賭けた。
『マスターの為にも、このデカブツを何とかせんといかんナァ……』
ルンパッパは大きく息を吸い込むと、ハイドロポンプを開始した。体力と攻撃力に秀でていても、ダイダラはその巨体の為、攻撃を避ける事が困難である。
ユキナリはそこに目を付け、多少のダメージをくらっても倒す捨て駒作戦を再び選んだのだ。ルンパッパもそれしか無いと踏んでいた。
『うあーッ。あッあッあッあッ……』
腹に当たる水がなんだとばかりに、ダイダラはだましうちを発動した。ルンパッパの背後に突如闇のオーラが出現し、背中を切り裂いてダメージを与える。それでもルンパッパは攻撃を止めなかった。
『ぶぅ――ッ。あーあーあーあー!!』
攻撃を止めない事が不服なのか、ダイダラはまるでだだをこねる子供の様に床を叩いた。
今度は吹き飛ぶだろうとばかりに巨大なシャドーボールを作り出し、ルンパッパの方へと投げ付ける。爆発と同時に煙が舞い上がり、一瞬ルンパッパの姿が視界から消えた。
『コレが、当たっておらんのだから面白いワイ!』
ぶよぶよの脂肪の腹に、飛び掛った事でシャドーボールを避けたルンパッパの拳が命中した。電撃を帯びたその強烈な一撃に、ダイダラも流石に効いたのか、軽く仰け反る。
『おうおう……ぶ―――、ぶ―――……』
ダイダラのHPはレッドゾーンに突入していた。対してルンパッパはイエローゾーンの中間程。このまま攻撃を続ければ相討ちを狙える。
そう確信したルンパッパは再びハイドロポンプを開始した。
(私の好敵手なら、この強さは当然と言った所かしら。さっきのチンピラより遥かに手強いじゃない。それでも、最後に勝つのは美貌と、幸運に認められた雪の女王……私だけよ!)
『おうわ――ッ!!』
痛みを感じ発作的に激昂したダイダラは『じゃあくなはどう』を実行した。ユキナリが最後のジムリーダーであったルナから譲り受けた技マシンで覚えさせる事が出来る代物だ。
『ぐうッ!!』
ルンパッパは大きく仰け反ったが、間一髪の所で踏ん張り、隙を作らなかった。
『あはッあはッあはッ……』
にんまりと笑顔を見せたダイダラは、とどめとばかりに巨大な掌から特大のシャドーボールを放つ。ルンパッパはそれを押し返す為にハイドロポンプを繰り出した。
ぶつかった瞬間にシャドーボールの軌道が変わり、ダイダラはハイドロポンプを額に受け、シャドーボールはルンパッパの後方で爆発する。凄まじい地響きを起こしながらダイダラは倒れた。
『フウ……なかなか危ない。綱渡りをしているかの様な勝負だったゾイ……』
(何とか勝てたか……でも、ルンパッパの体力もレッドゾーン直前になってしまった……どれだけダイダラが強いのかがよく解る。次の相手は一体どんなゴーストポケモンなんだろう)
「勝負はまだ前半戦よ。気を引き締めて頂戴ね。賽の目がどちらに微笑むのか……最後に笑うのは誰か、思い知らせてあげるわ。次の相手は、コレにしてあげる!」
ユキエはダイダラをボールに戻すと、次のポケモンをフィールドに登場させた。
『ゲヘッゲヘッ……俺様に挑む度胸のある奴はいるんだろうな。ゲハハハハハハ!!』
出現したのは、キング・オブ・ゴーストのゲンガーであった。
レッドが暮らしていたカントーで最も早く発見されたゴーストタイプのポケモンであり、今尚ゴーストポケモンの重鎮として大会に使用されている。卑怯で狡い技を覚える為、ユキナリは一抹の不安を覚えた。
(トリッキーな技を使うゲンガーが出てきたか……予想の範疇に入れておかなければならない事だったけど、いざ対戦となると危険な雰囲気が漂ってきてる……やっぱり怖いな……)
ユキナリはとりあえず相手をしっかりと認識する為、ポケギアの図鑑項目を開いた。
『ゲンガー・シャドーポケモン……昔から人の魂を喰って生きているポケモンと言う恐ろしいイメージが付きまとうが、ゲンガー自体は人が死ぬ瞬間を見る事が大好きなだけである。
人の体温を奪って悪戯に殺してみたり、影に乗り移って人間の行動を操ってみたりと、残虐非道な行為を繰り返してきた。
近年、研究者によって、ゲンガーのDNAが人間に近い事から、人間の悪霊の一種なのではないかと言う意見も提唱されてきている』
(問題はやっぱり特殊能力だ……)
『特殊能力・邪笑……ノーマルタイプの技を受けるとその技で受けるべきダメージを全て相手に返してしまう』
(ノーマルタイプでゴーストと戦おうとする相手もいないだろうけど……こうなると後はどんな技を覚えているかだな……ステータスは良くも悪くも平均的って所だ)
「どく・ゴーストと言うタイプはくさ・むし・どくからの攻撃を軽減し、ノーマルと格闘を無効化してしまうわ。特殊能力に難があっても、力で捻じ伏せるだけよ。そうでしょう?」
『まあな。俺様を倒そうと思うんだったら、まとめていっぺんに来なきゃ勝てねえだろう。ゲヘッヘッヘッヘッ……』
『マスター、ずっと最高の力で戦えるポケモンは存在せぬと言う事を教えてやらなければならんゾ』
「解ってる。この戦いを制さなければ僕はリュウジさんの所へは辿り着けない。だから、勝たなくちゃならないんだ、皆の分まで!」
1人でココに立っていてもユキナリは決して1人では無かった。遠くで、そして近くで……彼を応援してくれる者達がいる。彼自身がそれを承知しているからこそ、弱音を吐かずに頑張ってこれたのだ。
「無駄よ。友情の結束力は私達には通用しないわ。孤独と殺意が最強への道と知りなさい!」
ユキエの強さは孤独感と憎悪に守られている。全くユキナリとは真逆な価値観・スタイルであるが、両者のポケモンバトルに関しての腕は激しく拮抗していた。どちらが勝っても不思議では無い。
「ゲンガー、その傷付いたルンパッパを即座に仕留めて、向こうの真打を引っ張り出しなさい!」
『ゲヘッゲヘッ。了解したぜマスター。今日は殺る気満々とは嬉しいねェ。俺様も頑張らなきゃな!!』
「ルンパッパ、1度のダメージさえ与えられれば随分違う。ハイドロポンプでHPを削ってくれ!」
ルンパッパはゲンガーの方を向くと、大きく息を吸い込んで口から水流を噴き出した。だがそれがゲンガーの真正面に向かっているにも関わらず、その勢いは無理やりに止められてしまう。
『ゲヘヘヘヘ……攻撃力の強い一転集中攻撃なんぞお見通しだぜェ。オールレンジの確実にダメージを与えられる技を繰り出せば、勝てるのは道理だよなァ。クックック……』
『グ……ウゥ……』
呻き声をあげると、ルンパッパはそのまま倒れて動かなくなってしまう。ゲンガーには一滴の水も降りかかっていない。確かにこちらは不利であったが、完全勝利とされてしまった。
「その流れを継続して頂戴ね」
『俺の強さを見ただろ?このまま押し切るまでよ。ゲッヘッヘ……』
(常に相手の弱点を見据えて動く……そうする事で僕は勝ってきた。相手がゲンガーならば弱点のタイプを探して選ぶまで……もう、迷ってはいられないんだ!)
ユキナリはルンパッパをボールに戻すと、自分の信念に従って新たなボールをフィールドに投げ入れた。ボールから閃光が飛び出し、フライゴンが顔を出す。
『もう私が選ばれるとはな……余程強い相手だろう。楽しみになってきたぞ……』
『チッ。あくタイプとじめんタイプの技を持つ事が出来るフライゴンと来たか』
(セオリー通りの戦いね……彼の戦いは常に優位を保つ事で勝利している。まあ、それを引っくり返すのがバトルの醍醐味でもあるんだけれど……フフフフ……)
「相手がオールレンジの攻撃を繰り出すのなら、こちらも地震で反撃開始だ!!」
『見せてやろう。マスターと共に歩み、研鑽されていった技の威力を!!』
フライゴンは小手調べとばかりに強烈な地震を繰り出した。ゲンガーは慌てて飛び退こうとしたが既に遅く、慢心していたが為に大きなダメージを受けてしまう。
『グアアッ、馬鹿なッ!?』
『あと1発当てれば私の勝利だ。覚悟するんだな!』
確かにドラゴンタイプであるフライゴンのステータスは他のポケモンと比べればトップクラスであり、じしんの攻撃力数値も高い為、ゲンガーは自分の最大HPの半分以上のダメージを受けてしまっている。
『ゲヘッゲヘッ。意外とやるじゃねえか。ああん?だがよ、それ位で暢気に構えられても困るんだよなァ。殺戮ショーはまだまだ始まったばかりだってのによォ!!』
ゲンガーはもう1度地震を繰り出そうと身構えたフライゴンに向かってヘドロ爆弾を見舞った。発動直前は無防備になってしまう故に、その技を簡単に受けてしまう。
『発動すれば、結局は同じ事だ……ウグッ!!』
体全体に毒が回った事に気が付くまで時間はかからなかった。運悪く『どく』状態にされてしまったのだ。
激痛を感じて蹲るフライゴンに、追い討ちのシャドーボールが当てられる。
『テメエの弱点はマイナーな技に対しての耐性が全く無い事だぜェ。チンケな技でも普通に喰らっちまう!最強の種族と言われる竜も、戦い方を見抜いちまえば脆いモンよ。ゲッヘッヘッヘ……』
「不味い……フライゴンのHP残り比率がゴーストに近付いてきている……ステータスではゲンガーを上回っているのに……フライゴン、地震以外の技で相手の動きを止めるんだ!」
キッと相手を睨み付けると、フライゴンはりゅうのいぶきで反撃するも、避けられてしまう。
『怖い面してるねェ。俺様はそういう顔が恐怖に歪む瞬間が大好きなんだよ。もっと睨み付けてきやがれ。まとめて恐怖に染め上げてやるぜェ!!』
毒は少ないが確実にフライゴンのHPを削っていく厄介な攻撃だ。どくタイプを持つポケモンは総じて残忍で陰湿とされているのは案外、その技が与える脅威と関係しているのかもしれない。
『さてと、見せてやるかァ。俺様の十八番であり、最も攻撃力の高い大技をよ!!』
ゲンガーは金色にギラつく瞳を青色に変貌させ、オーラを纏い空中へと浮かび上がった。
『貴様の独壇場にはさせんぞ!』
フライゴンは慌てて傷付いた身体に鞭を打ち、攻撃をストップさせる為に飛び上がる。
『終わりだ!百鬼夜行を喰らいなッ!!ゲヘッヘッヘッヘッヘ!!』
突然周囲が闇に染まり、視界が遮られると同時に大量の人魂がフライゴン目掛けて飛んできた。
『ウオオ……オオオッ!!』
フライゴンは何をする事も出来ず、ただその人魂の襲撃を受けてしまっている。
「ゴーストタイプ最強の技、百鬼夜行!攻撃力は120。その代わり、50%の確率で1ターン麻痺してしまう事があるけれど……この攻撃でフライゴンは倒れるわね」
「何とか持ち堪えてくれ、フライゴン!!」
(そうだ……ココで私が耐え抜かなければ……この様な愚劣な悪霊と他のメンバーを戦わせるワケにはいかない。私が決める!!)
ポケギアを見れば、フライゴンのHPがどんどん減っていっているのが解る。レッドゾーン到達まであと数秒とかからない。そしてレッドゾーンに突入。そのままフライゴンは地面に倒れ込んだ。
『ゲヘッヘッヘッヘ。もうHPなんざ残っちゃいねェだろ。俺様はやはり恐怖の体現者だァ!!』
『……地震!』
その一瞬、フィールドの床は激しく揺れ動き、振動によって宙に浮いていたハズのゲンガーは床に叩き落された。
有無を言わせず、そのままHPを大きく削り取ってゲンガーのHPをゼロにしてしまう。だが毒の効果も手伝って、フライゴンは最後の力を振り絞った後に倒れてしまった。
『んな……馬鹿……な……』
(絆の勝利と言うものだろうな。マスター……私はココまでだ。後の対戦は他のメンバーに任せたぞ)
「それでは、後半戦と行きましょうか」
ユキエの心は相変わらず読めなかった。冷え切った心、誰をも寄せ付けない残忍さと狂気が入り混じる孤独な女性……彼女に恐怖感を抱くのは何もユキナリだけの事では無かった。
「フライゴンも倒れたので、現時点では僕達一歩も譲っていませんね」
「そういう事になるかしら。貴方のポケモンの食い下がりっぷりには反吐が出そうだわ。大人しく滅していれば私を怒らせなかったのにね。私が勝ったら、貴方とポケモンの魂をキッチリ奪い取ってあげる……」
時折垣間見える氷の様な冷たい視線に、ユキナリは冷や汗をたらした。
(外は寒いと言うのに、汗が出てくるなんて……正直、このフィールドに立っているのも怖い位だ)
「次のポケモンは、コイツよ!!」
ユキエがフィールドに投げ入れたボールが閃光を放ち、ポケモンが顔を出す。
『…………』
現れたのは頭に天使の輪を付けた様な、抜け殻のポケモンだった。見た目は凄く弱そうだ。
(とにかく、確認してみない事にはな……)
ユキナリはポケギアの図鑑項目を開いた。
『ヌケニン・ぬけがらポケモン……ツチニンがテッカニンになる際に脱皮した抜け殻が何故かポケモンとしての活動を行い始めた謎の存在。
後ろに開いている切れ目からは、謎の黒煙が出てきている事から、研究者は抜け殻の中にゴーストポケモンが入っているのではないかとしている。不思議な事に効果抜群以外の攻撃を受け付けない』
(特殊能力はそれに関係しているんだろうな……)
『特殊能力・神秘の守護……相性が効果抜群であるタイプ以外からの攻撃を受け付けない』
「ヌケニンの場合、ひこう・ゴースト・ほのお・いわ・あく以外の攻撃は全て無効になるわ。まあ、そのタイプのポケモンを出されても私のヌケニンの場合は梃子摺るかもしれないわね」
(どういう事だ……)
ユキナリは引き続きポケギアでヌケニンのステータスを確認し、その意味を理解した。
(HPが1じゃない!!確か、ヌケニンのHPは必ず1だったハズ……それなのに、250近くの潤沢なHPを持っているなんて……)
「今私が身体を乗っ取っているサヤ……ポケモンを育てる腕は超一流の様ね。内向的な性格が幸いして、長期スパンでの育成を行う才能が開花したんでしょう。
勿論、それは私にとっても幸いな事なのだけれど……強いヌケニン相手に、どう戦うのかしら?」
(正攻法で攻めるしか無いさ。弱点を攻められるポケモンなら、まだ持ってる!)
ユキナリはフィールドにボールを投げ入れ、ヤナギレイを出現させた。
『対戦相手のポケモンがもう待ってますね……宜しくお願いします!』
『………………』
『喋れないんですかね……いやいや、そんな事を考えている場合じゃありませんでした。マスター、私頑張って勝ちますからね!』
「ヤナギレイ、相手は効果抜群以外の技を無効化する能力を持っている。シャドーボールか、エアロブラストで攻撃してくれ!」
『解りました。シャドーボールは何時も使っている十八番ですからね。攻めていきますよ!!』
(フッフッフ……逆に攻められるのはそっちの方よ。弱点は既に見えているわ)
『…………!』
先に動いたのはヌケニンの方だった。素早さの高さを活かして背後に回り込み、口からシャドーボールを放つ。勿論、素早さ勝負ならばヤナギレイも負けてはいない。
『後ろですね!』
振り向くよりも早いと手を後ろに回してシャドーボールを放ち、コレを相殺。爆煙で一瞬ヌケニンの視界が効かなくなった所を煙ごとエアロブラストで吹き飛ばす。
『……!?』
ヌケニンはそのまま吹き飛ばされて壁に激突し、フラフラと蛇行しながら再び空中へと戻ってきた。余裕だと思われる戦いであるが、全く油断は出来ない。
(ヤナギレイはエスパー・ゴーストと言う2つのタイプの相性が悪い為に、技は豊富に覚えるメリットと、4倍ダメージを受けてしまうデメリットがある……
今の攻撃で一気に半分以上のHPを削ったが、逆に一撃で倒されてしまう危険性もあるワケだ……)
「ヌケニン、何をボサっとしているの!相手は4倍ダメージを受けてしまう様な雑魚よ。1発ダメージを与えてしまえばそれで御終い。サッサと片付けてしまいなさい!」
『……!…………』
発破をかけられたヌケニンは再び奮い立つと、口から銀色の息吹を出し始めた。
「避けろヤナギレイ!オールレンジの攻撃を仕掛けるつもりだ!」
『攻撃で無理やり止めてみせますよ!』
ヤナギレイは手で銃の様な形を作ると、両方の人差し指から少々小さめのシャドーボールを打ち出した。威力は低いが相手の動きを止めるのに充分な威力がある。
それに当たりも早い。しかしその攻撃でも遅かった。当たっても構わず攻撃し続けた結果、ヤナギレイの周囲は渋い銀色で包まれてしまっている。
抜け出せず、その風を吸い込んでダメージを受けてしまうヤナギレイ。激しくむせ返っている所にシャドーボールが放たれた。
『ギャンッ!!』
犬の悲鳴にも似た声をあげてヤナギレイは吹っ飛ばされ、激しく壁に叩き付けられた。勿論与えられた基本ダメージはヌケニンと大差が無いが、問題はその攻撃に対する耐性が無いに等しい事である。
あっと言う間にダメージが加算され、HPはレッドゾーンに入ってしまった。
「無様なものね。たった1発の攻撃で凄まじいダメージを受けてしまうなんて。私が使っている手駒のヌケニンのダメージを差し引いても、この戦い、勝ったも同然だわ」
(やはり、相性の悪さは試合の結果に響くか……このままじゃあ……)
『マスター、私は最後までやれます……戦って、私もマスターと同じ場所へ進みたい……皆がそう思っているんです。心から、マスターの夢を叶えてあげたいから……』
『…………♪』
満身創痍のヤナギレイに容赦無く追い討ちがかけられる。シャドーボールの雨がヤナギレイの頭上から降り注いできたのだ。ヤナギレイは雨を自分のシャドーボールで打ち返した。
『まだ終われません……私の戦いは、コレからですッ……!!』
『……!?』
ヌケニンには、ヤナギレイが何故そこまでの力を出せるのかが解らなかった。絆の力を理解していないからだろう。
ユキエも精神論は嫌っていたし、あくまでも殲滅による圧倒的な恐怖こそがポケモンを強くする最高の手段だと信じて疑わなかった。
だが、目の前のヤナギレイはそれを真っ向から否定している。
『もう1度……最後まで、最後の最後まで諦めません!!』
カッと口を開くと、ヤナギレイはエアロブラストを放ち、シャドーボールの雨ごとヌケニンを無理やり吹き飛ばした。ヌケニンは突然の迎撃に成す術も無く、今度は部屋の天井に頭をぶつけてしまう。
ヌケニンのHPもレッドゾーンに突入し、どちらかの攻撃が当たれば当てた方の勝ちと言う状態になった。互いの優位も不利な部分も最早存在しない。
『勝ちましょう、マスター……負けられません。私の意地にかけても!!』
『!!!!』
ヤナギレイの鋭い瞳は、ヌケニンを萎縮させるには充分な威圧感を持っていた。勝ちたいと言う貪欲な願いは、勿論ユキエも持っている。
だがそれは、誰にも守られていない憎悪だけの願いであり、ユキナリと共に歩んできたヤナギレイとはその鋭さが違っていた。
「ヌケニン、何が何でも勝ちなさい!私が貴方のマスターを殺しても構わないのよ!!」
『!?……!!』
ユキエは恐怖によってポケモンを縛りつけ、律する。自分の本意で戦っているヤナギレイとは明らかにやる気が異なるのだ。
それでも、ヌケニンは慌てて飛び立つと、全方位の攻撃を展開した。身体を発光させ、周囲に光の粒を撒き散らす。
『例え相討ちでも、貴方を倒します!』
再び口をカッと開いて、凄まじい風を起こすヤナギレイ。両者の攻撃はぶつかり合う事無く、どちらの身体にも綺麗に命中した。そのままどちらも床に倒れ込んでしまう。
『マスター……必ず、勝ってくださいね……』
ユキナリはしっかりと頷くと、動かなくなったヤナギレイをボールに戻した。
「予想外の事態でも……慌てはしない。私は何時だって己と他人を恐怖で律してきた……今更私が臆するワケにはいかないのよ。
ユキナリ君、貴方が夢を持つ様に、私にも大きな野望がある。即ち、同じ『最強になりたい』と言う欲望が……!!」
勿論、最強となって何を成すかと言う点においては2人は全く相反する意見を持っている。
勝負においては勝ちたいと言う原始的な望みしか持てないが、少なくともユキナリは他人の為に勝つ事を望み、ユキエは己の為だけに勝つ事を望んできた。
それが偽善である事もユキナリには解っている。自分が、そういう不器用な人間であると言う事を……
(皆僕に勝ちたいと思って、結果的に僕が勝った事で夢を僕に託してきた……その思いだけは、背負ってきた罪の贖いとして叶えてあげたい。
僕が負けたら、今まで僕と戦ってきて負けていった沢山の人達に申し訳が立たない!僕は1人じゃ無いんだ!!)
「貴方が背負ってきた贖罪も、私が全部面倒を見てあげる。貴方の魂も私の前に跪き、そして屈服するのよ!私の前では如何に無力かと言う事を教えてあげるわ!!」
ユキエはユキナリにそう言い放つと、ヌケニンを素早くボールに戻し続けざまに新たなボールをフィールドに投げ入れた。閃光だけでは無く濃い紫色の煙も噴出する。
『ククク……黄泉の国へと誘ってやろう……クククッ……』
出現したのは大きな瞳と包帯を巻いた様な身体をしたポケモンであった。威圧感がある。
「このポケモンは……?」
ユキナリはポケギアの図鑑項目をすぐに開き、相手のポケモンを調べにかかった。
『サマヨール・てまねきポケモン……昔から死神として恐れられ、ある村では祭られている事もある。体の中は空洞になっており、人間を吸い込んで黄泉の国へ送る事もあるらしい。
催眠術を得意としており、相手の弱みに付け込んで自由自在に操る。赤い瞳に睨まれると誰もが怯むと言う』
(特殊能力は……)
『特殊能力・破攻の瞳……バトル開始からターン経過毎に少量相手の攻撃力が下がっていく』
(ゴーストポケモンを使ってきた事で、残りのポケモンに不安要素があるエビワラーが残っている……最後の切り札にエビワラーをぶつける事は出来ない。今エビワラーを使わなければ……)
かくとうポケモンであるエビワラーには、サマヨールにダメージを与えられる技が存在しない。このままではエビワラーを出しても一方的に攻撃され、敗北するだけだ。ユキナリは躊躇した。
「タイムを頂けませんか」
「タイム、ですって?どういう事かしら……ああ、そういえば貴方の面子、エビワラーがいたわね。ゴーストポケモンに対応する技も持っていないって事かしら。その顔は……図星みたいじゃない」
ユキナリは歯噛みした。ユキエは対等勝負を望む性格とは思えない。今更自分の不利が解り切っている状態でユキナリのタイムを許すとは思えなかった。
「でもまあ……ポケモンリーグまで来て、相手を一方的に虐めるのもつまらないわね。良いわ、5分間だけ待ってあげる。その間に準備を整えなさい。退屈は嫌よ……」
ユキナリは自分の耳を疑った。ユキエも自分と戦った後、少しは丸くなったのだろうか。急ぎ回復ポッドの横に設置してあるPCから、エビワラーが覚えられる技を探す。
PCデパートでは『パンチ系』の技が各3500円で購入出来る様になっていた。
(かみなりパンチを覚えさせた様に、エビワラーのけたぐりを忘れさせる方が良いかな……もっと強力な技があれば良いんだけど……!?エビワラーは地震を覚えるんだ!)
PCデパートでは地震は7000円と高級だったが、この値段に戸惑っている場合では無い。今のユキナリはどうしても勝ちたかったし、50万円から考えれば7000円は安いものだ。
地震を購入。エビワラーのけたぐりを消去し、地震を与えた。コレでサマヨールの様なゴーストポケモンにも地震でダメージを与える事が出来る。ユキナリはホッと胸を撫で下ろした。
「5分が経過したわ。今度こそ、準備万端なんでしょうね」
「……少なくとも、一方的な戦いは避けられると思います」
『肉弾戦が俺の売りだって言うのに、遠距離の範囲攻撃しか当たらないってのは哀しいすね……まあ、マスターの考えは間違ってませんよ。相手が悪かった。それだけだと思ってますんで』
『クハハハ……無駄な足掻きだ……我を攻撃出来る様になったとは言え、脅威になるタイプの攻撃では無い。じっくりと、時間をかけて壊してやる……』
「時間をかけるつもりは無いですよ。ユキエさんも自らの有利を確信しているんでしょう?」
「コレで対等になったとは思ってないもの……楽勝では無くなった。それだけの事よ……」
確かに、防御力の高さが目立つサマヨールを倒す為には地震を何度も当てるしか方法は無い。しかし相手は逆に地震を連発してくる事を見越しているのだ。それは大きな不利としか取れなかった。
『マスター、俺達……四天王の副将まで到達したんですよ。勝たなきゃ、意味が無いでしょう……』
「解ってる。エビワラー……頑張って欲しい。僕にはそれしか言えないよ……」
『先制攻撃と行くか……』
サマヨールは見た目とは裏腹にスピードもあった。素早くエビワラーの眼前に迫ると、エビワラーの株を奪うかの様にシャドーパンチを見舞ってくる。
『ふざけるんじゃねえよ……拳はこっちの十八番だってのに……避けてやるぜ、全部な!』
大振りな攻撃はエビワラーにとって攻撃していないのと同じだった。華麗なダッキングによってシャドーパンチを避けていくエビワラー。
しかし、技4つが全て効くサマヨールは余裕の表情を崩してはいない。ステップを取って後ろに下がると、特大のシャドーボールを放ってきた。
『チッ、危ねえな!!』
地面を蹴って飛び退り、何とか爆発から逃れるエビワラー。しかし爆発に紛れて近付いてきたサマヨールの場所が掴めず、背後からの拳をいとも簡単にくらってしまう。
『ガッ……!!』
『どうだ。やはり技を少しばかり手直しした位では我には通じん。諦めろ……』
『五月蝿え。俺は勝つんだ!今まで戦ってきた相手と同じ様に、何回だって勝ってやる!!』
気合で繰り出した衝撃波は地震によるものだった。油断していたサマヨールは足元を取られ、無様に転がりダメージを受ける。実力伯仲の戦いと言っても過言では無かった。
「エビワラーのポテンシャルは見習うべき所があるわね。素晴らしいわ……それでも、サマヨールにはまだまだ手はある。貴方と違って優秀だから……そうでしょう?ユキナリ君……」
「そちらこそ、油断をしていたからダメージを受けたんです。本気で来てください!!」
『……フン、良かろう。我の攻撃の真骨頂、見せてやるぞ……』
辺りが急に薄暗くなり、エビワラーはサマヨールの居場所を見失ってしまった。青い人魂が周りに多数出現し、エビワラーを囲み始める。エビワラーは狼狽した。
『何だってんだ……』
「百鬼夜行だ!必ず避けろ!!避けないと一瞬で負けるぞ!!」
『しゃらくせえ。囲んでくるなら受けて立つぜ!』
人魂が一斉に襲い掛かってきた瞬間に、エビワラーは再び地震を発動させた。丸く広がる衝撃波の力が功を奏し、人魂は全て吹き飛ばされ消えてしまう。
暗くなっていたフィールドが元に戻ると、サマヨールの姿が確認出来た。少々驚いている様にも見える。
『ほう……逃げずに相殺するとはなかなか賢いな。逃げた所で追尾性能を持つ百鬼夜行は追ってくるだけ……正解だったぞ。クックック……だが、コレはどうだ?』
今度はサマヨールの瞳が赤く光り、漆黒のオーラが出現する。エビワラーは金縛りにあった様に動けなくなってしまった。必死に逃げようとしても体が操られているかの様に言う事を聞いてくれない。
『我のナイトヘッドはちと強力だぞ……倒れん様にな。クックック……』
空中に持ち上げられ、オーラに包まれて息が出来ず、苦しむエビワラー。サマヨールが手を叩くとオーラがエビワラーの体内に染み込み、ダメージを与える。地面に落ちたエビワラーは四つんばいになった。
『ガハッ……アア……ゲホッゲホッ……』
オーラがエビワラーの身体を蝕んでいるのが解る。既にエビワラーの顔面は蒼白となり、息が出来なくなっていた事でむせ、完全にサマヨールのペースに持ち込まれていた。
サマヨールには余裕があっても、エビワラーのHPは既にレッドゾーンに到達している。最早これまでかと思われた。
『さあ、その牙……完全に刈り取ってくれよう……』
『ふざけんな……まだだ、まだだァッ!!!』
近付いてきたサマヨールは地震をまともに受けて大きく吹き飛ばされた。壁にぶち当たって気絶してしまう。
「な、こ、こんなハズはッ……」
思わず叫んでしまうユキエ。全てはユキエの掌中であったと思っていた試合が引っくり返されてしまうとは。
『テメエには、大事なモンが足りねえんだよ……後ろに、大切な思いが無えだろう……誰かの為に戦える。誰かの為に頑張れる。それが……力になってくれんだろうがッ!!』
もう1度、地震が当たり、サマヨールのHPはレッドゾーンに突入した。特殊能力の影響で攻撃が弱くなってきており、レッドゾーンで止まってしまったのだ。衝撃でサマヨールは目覚めた。
『遅い!』
続け様に放った攻撃を避ける術を持たなかったサマヨールはそのまま倒れた。エビワラーは全てを出し尽くしたらしく、床に倒れ込んでしまう。まともに戦える力は残っていない様だ。
『マスター……まだ、頑張れれば良かったんですけどね……もう、体が言う事聞かなくて……』
「無理をさせちゃったね……ゴメン。でも、繋いだよ。繋げられたんだ」
「……気合で乗り切るなんて……ありえない……そんな、非現実的な攻撃を……フ、フフフフフ……フ……ふざけるんじゃねえッ!!このクソガキがァ!!!」
ユキエは本性を露にし、激しく床を踏み付けユキナリに牙を剥いた。
「まあ良くココまで足掻けたモンだ……見直してやるよ。ガキにしてはよくやった……だがなァ、私が負けるとでも思ってンのか?勝てるなんて期待してやがんのか?
無駄、無理、無益!!勝てねえんだよ。テメエみたいなパッと出のトレーナー風情が!!」
ユキナリは驚きと恐怖のあまり竦んでしまい、声も出ない。
「テメエが努力とか、友情とか……青臭ェ言葉を並べると反吐が出るぜェ。所詮人間は自分が一番可愛いんだよ。
誰かを助けようとか、誰かを守ろうとか考えもしない、利己心の塊だ。私はそれで死んだ。死んだんだよ!!だから、私はテメエを信じねェ!!!」
ユキエの瞳は憎悪の炎に燃え、全身からオーラが噴き出している。部屋の温度が下がり寒さが一段と強くなった様に感じた。慌ててユキナリはさらに服を着込む。
「最後だな、ユキナリ……私はテメエを倒して自分の考えを貫く。いや、貫き通して見せる。思いの強さなら私の方が上だ……負けるハズが無えんだよッ!!」
精神論を否定しながら、自分の精神が上だと主張するユキエ。ユキナリは彼女の狂気をひしひしと感じた。手が震えている。最後のボールを握っている手が言う事をきかない。
「さあて……お遊戯の時間は終わった。ガキはサッサと負けて凍るんだな!!」
ユキエが投げたボールから最後のポケモンが出現する。エビワラーは何とか身構えた。
『ケケケケケ……どいつから俺に斬られてほしいかね……キシャシャシャ!』
『やはり、氷が混じってやがるのか……マスター、コセイリンの出番ですよ』
「氷タイプでありながら、ゴーストタイプとは……完全にかくとう・ノーマルを防いでいる。弱点を補うタイプ編成は流石だ……」
「コセイリンを出してくるつもりかァ?ハハハハ、有利だとか思ってんじゃねえぞ。カマイタチの攻撃力は血にまみれる程に強くなる。どんどん切れ味が増すんだよ!!」
ユキナリは寒さに耐えながら、ポケギアの図鑑項目を開いた。
『カマイタチ・さつりくポケモン……雪に紛れてその白い身体を動かし、巨大な鎌の如き尻尾で相手の首を刈り取ると言われている妖怪の類。
昔はかまいたち現象と言われ、強風の螺旋によって真空状態となった場所に人間が入り込んだ為に傷が付くと思われていたが、カマイタチの仕業であった事が判明している』
(特殊能力は……?)
『特殊能力・鮮血鎌……体力が半分以下になると自動的にカマイタチの攻撃力が1.5倍になる』
『尻尾と両手。どちらも鋭い鎌となってお前を切り裂く。深く、鋭くなァ……キシャシャシャシャ!!』
『マスター、最後の力、出しますよ……今、俺の体がボロボロになったって回復すりゃ治るんです!ココで出し切らないで……何時出し切るんだって感じですよね。やっぱり……』
ギラついた瞳を向け、カマイタチを威嚇するエビワラー。限界を迎えている為に睨む事でしか相手を牽制出来ない。一方カマイタチの方は余裕と言った表情であった。
『キシャ―――ツ!!』
『俺の力で……吹き飛ばしてやる!ワザワザ近付いてきやがっ……』
エビワラーが言葉を言い終える暇も無く、カマイタチはエビワラーの首を刈り取った。血が噴き出し、それがカマイタチの身体を赤く染め上げる。カマイタチは狂喜していた。
『赤い……赤い血は良い……ケケケケ……シャーッシャッシャッシャ!!』
「もっと殺れるぞ!次は、お前の天敵である狐を刈れるんだ。楽しみにしておけ!!」
ユキエも狂気に溺れ、最早恐怖の体現者以外の何者でも無かった。追い詰められた事で完全にキレてしまった様だ。
ユキナリは狂気に呑まれてしまわない様に深呼吸をしながら、エビワラーをボールへと戻した。そして、コセイリンが入ったボールを投げる。
コセイリンが出現した瞬間に、カマイタチは動いた。反射的に尻尾の鎌を避けるコセイリン。
『ユキナリさん、あれ……ヤバくないですか。どっちも目が泳いじゃってますけど……』
「カマイタチが最後のポケモンだ。倒せれば……僕達の勝ち。負けたくは無い……」
『僕、あんなのと戦うんですか。嫌だな……でも、確かに強そうだ……』
『狐の刻み方を教えてやるぜェ。お前の身体に教えてやるよ。キシャ―――ッ!!』
鎌を振り上げて襲い掛かるカマイタチを、コセイリンは軽く炎で一蹴した。
『な、何ィッ!?』
『狂気は捨てて、かかってくるんだな。僕と対等に戦いたいのなら』
『……クックック……いやはや、おかげで少し落ち着けたかな……今のダメージの分、まとめて返してやる。キキキ……キシャーシャッシャッシャ!!』
カマイタチは戦法を変えた。今度は上空からシャドーボールを落としてくる。真っ向勝負を望むコセイリンはせいなるほのおを繰り出すと、そのシャドーボールを粉砕した。
『もう1度、受けてみろ!』
特大のシャドーボールにも一切コセイリンは怯まなかった。火炎放射でシャドーボールを包み込むと、威力に任せてそのまま押し返し、カマイタチに当てる。爆発と炎で凄まじいダメージを負った。
HPが半分を切り、その瞬間にカマイタチの特殊能力が発動する。
『これからが本気の戦いかもな……キシャーッシャッシャッシャッシャ!!』
カマイタチは天井にあった氷柱を掻き集めると、巨大な鎌を作り上げた。その鎌をコセイリンが立っている床に落下させる。巨大な鎌の魔の手から何とかコセイリンは逃げ切った。
「アイスギロチンの強さが売りだからな。ユキナリ……テメエの大事な狐は首を守りきれんのか?」
ユキエは哄笑しながらこの戦いを見守っていた。自身の血によって精神を高ぶらせたカマイタチはもう1度、巨大な氷の鎌を作ってそれをギロチン台よろしく落下させる。
『逃げっぱなしと言うワケにも……いかないんですよね!!』
巨大な鎌に向けて火炎放射を繰り出すコセイリン。灼熱の炎が確実に落下してきた氷の鎌を溶かし、無力化していく。しかし、コセイリンは真っ向勝負にこだわり過ぎた。
コレを見越していたカマイタチがコセイリンの頭上にシャドーボールを作っていたのだ。
『喰らえッ!!』
「危ないコセイリン、避けろッ!!」
頭上で爆発したシャドーボールはコセイリンを大きく吹き飛ばし、壁に激突させる。この攻撃でコセイリンの体力がカマイタチと並んだ。1.5倍の攻撃力は流石に強力だ。
『ハア……ハア……卑怯ですね……まあ、卑怯だと言うワケにもいきませんが……それならこちらも本気でやらせてもらいましょう。貴方の為じゃない。僕の仲間の為に!!』
コセイリンは軽く衝撃波を出し、青いオーラを出現させた。金色の瞳が光を増す。9本の尾がまるで燃えているかの様に揺れ、口から氷の吐息が漏れ出していた。
『激炎の効果……僕の潜在能力でさらに覚醒させましょう!』
『何だ……そっちもパワーアップ出来るのか。俺と同じく……どっちが強いかな……キキキ……シャシャシャシャッ!!試してやるぞ!!』
瞬間的に背後に回ったカマイタチは切り裂く攻撃でコセイリンの体力を削り、それに反応したコセイリンが逃げようとするカマイタチに向かって火炎放射を見舞った。
両者の力は互角。しかし、若干コセイリンが押しているかの様に見える。
『クソッ、ダメージを受けてなければ逃げられたのに……』
『それはこちらも同じですよ。背後の奇襲を避けられたハズでした』
『……俺の力を誇示して勝ってやる……!!』
『応えましょう。貴方がそう言ってくれるのならば』
「何を言ってやがるんだァ!!卑怯でも何でも良い!!勝て!!勝つんだッ!!」
ユキエは狼狽し、何とかカマイタチをその気にさせようとしたが無駄だった。コセイリンの熱さに、カマイタチも感化され始めていたのだ。
「次で、決まるな……」
ユキナリは思わず目をつぶって手を合わせ勝利を祈った。今ユキナリには祈る事しか出来ない。
『アイスギロチン!!』
『火炎放射!!』
両者が同時に繰り出した大技は激しくぶつかり合い、懸命にコセイリンは耐えた。両者の体力がレッドゾーンに近い今、当てた方が勝ちである。
しかしカマイタチは前言を撤回するかの様に再びシャドーボールを作り出し、コセイリンに投げ付ける。
『卑怯でも構いませんよ……僕もそうするだけですから!』
コセイリンは火炎放射でアイスギロチンを押しのけると、シャドーボールに向かってせいなるほのおを投げ付け、相殺させた。疲労していたカマイタチに、熱湯シャワーが降り注ぐ。
『畜生……馬鹿な……俺が負けるなんて……そんな……』
HPがゼロになる寸前に放ったアイスギロチンは、シャワーの熱に掻き消されて消滅した。
『やりましたよ、ユキナリさん……勝ちました……よッ!?』
コセイリンが勝利した瞬間、コセイリンの腹に巨大な氷柱が突き刺さり、念動力でそのまま壁に打ち込まれる。コセイリンは口から青い血を流しながら瀕死状態となった。
「……ユキエさん……」
「こうなれば、もうバトルの決着等関係無いわ。貴方を殺してあげる……」
再び冷静さを取り戻していたユキエはユキナリを浮かせると、再び巨大な氷柱をユキナリに向けた。ユキナリは必死に逃げようともがくものの、金縛りによって全く体が動かない。
「ここまでして……自分の敗北を認めたくないんですか……ユキエさん!!」
「最初からこうすれば良かったわ……私のプライドに傷が付く前に。ユキナリ君、貴方には危険な何かを感じていた……それが私への脅威となる事に気付いておければねえ……」
死んだ魚の様な瞳を向けると、ユキエは自嘲気味に笑った。
「私のプライドを傷付けた事は万死に値するわ。処刑の始まりよ。そして終わり……」
飛んでくる氷柱。ユキナリは思わず目をつぶった。しかし……
「う!?ガ……アアアアッ!?」
氷柱は粉々に破壊され、ユキエは突然胸を押さえて苦しみだした。慌ててユキナリが彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
不器用な生き方しか出来ないユキナリは、命を奪おうとしたユキエですらも守りたかった。
「ハ……やっぱり……只でこの身体を貸してくれたワケじゃ無かったのね……サヤ……解ったわ。コレでお終いよ。終わり……私の復讐劇も、貴方への憤りも……もう……」
その瞬間、サヤの肉体からユキエが飛び出して、そのまま掻き消えた。ユキナリが引き続き彼女を抱き起こして揺さぶると、サヤが目覚める。
「危ない所でしたね、ユキナリさん……降霊は成功したのですが悪霊の中の悪霊だった様で……危険を察知して彼女を除霊しました。彼女の魂は天国へ旅立てたと思いますよ」
サヤの髪は再び降りており、表情を伺い知る事は出来ない。ただ、少々苦しそうであった。
「サヤさんが助けてくれたんですか?」
「勿論です。貴方を命の危険に晒してしまった事……素直に謝らせてください。彼女の心を見誤りました……まさか貴方を殺そうとする程強い憎悪を持っていたなんて……」
「……いえ、多分ユキエさんは自分を完全に見失っていたんだと思います。自分の怒りや哀しみを持っていく場所が無くて、僕を犠牲に自分を取り戻そうとした様な気がして……」
ユキナリが助け、サヤはそのまま立ち上がると服に付いている埃を払った。
「ともかく、私の負けですね。ユキナリさん……リュウジ様がお待ちかねですよ」
ユキナリはエメラルド色に染められた扉を凝視した。あの向こうに、最強者が待っている。いや、リュウジでは無い。その上にチャンピオンが待っているのだ。
ユキナリは、純粋に彼と戦いたかった。勝利する為にリーグまで来た。夢はもう現実になりつつある。
「サヤさん、今度は……貴方自身と戦いたいです。きっと、良い勝負になりますよ」
「私は……不器用ですから……それでも、戦ってくれるなら」
サヤは複雑そうであったが、唇は上がっていた。微笑んでくれていた。ユキナリはそのままコセイリンをボールに戻すと、扉を開ける。鍵は外されたのかアッサリ開いた。
「私はココで、ユキナリさんとリュウジ様の戦いを見守る事にしましょう……」
「ハイ。サヤさんとの……いえ、ユキエさんとの戦いも忘れません。絶対に!」
ユキナリは扉の向こうへと消えた。サヤはユキナリの姿が視界から消えた事を確認すると、嗚咽を漏らし髪を掻き上げる。その顔は、降霊をしていないのに先程のユキエの顔と瓜二つだ。
「姉さん……」
そのまま彼女はくずおれると何時までも泣き続けていた。リュウジとユキナリの試合中もずっと……