ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第9章 5話『四天王副将 悪霊降霊シスター VSサヤ』
『甘いねえ。そんな事でオバチャンの攻撃を避け切ったと思っているのかい?』
 背後にヤナギレイが立った事を見越した肘での攻撃。顔に命中したかと思われたその一撃は虚しく宙を舞った。
『……残念ですけど、私にはノーマル、格闘系の攻撃は一切効かないんです』
 そのまま巨大なシャドーボールが発射され、それに包み込まれたブーバーはそのまま壁に叩き付けられた。ボールの爆発と共に床に叩きつけられ、さらにダメージが加算する。
 それでも防御力の高さ故か、ブーバーのHPはイエローゾーンにも入っていなかった。
『言ったでしょ。オバチャンとは長期戦になるって……アンタがどんなに攻撃しても、オバチャンの1発とアンタの1発は大きく違うんだよ。解るかい?』
『ならば……今まで私が戦ってきた敵と同じ様に、何度でもダメージを与えるのみです!!』
 そう言い放つとヤナギレイは、口をカッと大きく開き、エアロブラストを繰り出した。凄まじい強風にブーバーの身体の炎も大きく揺らぐ。ブーバーは大きく距離を離された。
 しかし、それでもイエローゾーンに入っただけ。まだまだブーバーには余裕がある。
『耐えるだけならば耐え切ってみせてください。私はまだ全くダメージを受けていないんですよ!!』
 ムキになってヤナギレイはシャドーボールを連発する。確実にブーバーを狙った攻撃が何度も命中するも、ブーバーのHPを少しずつしか減らない。やっとレッドゾーン手前にまで持ち込めた。
『ハア……ハア……ハア……』
 攻撃する側が疲れているとは滑稽なものである。だが実際、ヤナギレイのスタミナは切れ始めていた。HPは満タンであっても、精神的には疲れが否応無しに溜まる。
 一方ダメージを受け続けていると言うのにブーバーは余裕の表情を浮かべたままだった。突然、炎の球がヤナギレイの腹に直撃する。
『グウッ!?』
『ホラホラ、疲れてきた証拠だよ。オバチャン、そろそろ本気を出そうと思っていた所さ』
『グッ……私がありったけの攻撃を繰り出したのに、まだあんなに元気だなんて……』
『オバチャン、タフだからさ』
 その瞬間、連続で体中に炎の球がぶち当たり、あまりの激痛にヤナギレイは叫び声を上げた。
『イヤァァァァッ!!』
『まだまだ、オバチャンの攻撃はこんなモンじゃ終わらないよ!』
 大きなダメージを受け、倒れ込んだ所にブーバーの拳が飛んできた。反射的にヤナギレイは腕を掴んで拳の勢いを無理やり止める。
『……あらま、止められちゃったよ』
 ニイッと笑ったブーバーの醜い笑顔にヤナギレイの顔が凍り付いた。
『ホイッ!!』
 手を開いた瞬間に炎の球が再び、ヤナギレイの顔面に直撃する。ヤナギレイのHPは風前の灯火となった。
『コレでとどめだよ!』
 ブーバーが腹にとどめの一撃を加えようとした瞬間に、ヤナギレイがカッと口を開いた。
『凄い風だね。でも、終わった瞬間が最後だよ!!』
 ジリジリと後退しながらも、拳に炎を宿すブーバー。ヤナギレイは渾身の力を振り絞ってブーバーの動きを止めようとエアロブラストを力の限り続けた。
『勢いが弱まってきたみたいだね。流石にオバチャンも疲れたよ……でも、オバチャンの勝ちだね』
『距離が少し遠のきましたからね……もう1度ッ!!』
 喉が嗄れる様な勢いで、もう1度エアロブラストを実行するヤナギレイ。無理を承知で放っているのは明らかだった。風の勢いが一番最初に放ったものより弱まってきている。
『そんな弱風じゃ、オバチャンの炎のパンチを止められないよ!』
 ブーバーの炎の拳が、風で掻き消えた。
『……嘘』
 その瞬間、ブーバーは天井近くまで一気に吹き飛ばされてしまった。身体のコントロールを失ったブーバーは地面に激突し、痙攣している。HPはゼロになっていた。
『ガハッ!ガ……ゼエ、ゼエ……』
 喉に力を入れ過ぎたせいで、嘔吐感の様な苦しみがヤナギレイを襲っていた。空気を吐き過ぎたせいで酸素不足にも陥っている。
 慌ててその場の回復をさせる為にユキナリはヤナギレイをボールへと戻した。
「ブーバーのタフネスを力で強引にねじ伏せるとは……流石、ココまで来れたトレーナーじゃワイ。作戦も良かったが、何よりもお主とポケモンの絆が勝利を呼び込んだと言えそうじゃな」
「お褒め頂けるのは光栄です、カツラさん」
「ハッハッハッハ。タフさは乗り越えたが、今度は素早さで勝負してみるかのう」
 カツラはブーバーをボールに戻すと、再びマグマボールを取り出しフィールドに投げ入れた。
『私の出番ですか?マスター』
「ギャロップは素早さに秀でておる。お主のポケモンの素早さで捉えられるものか……」
 (また、素早さで勝負を仕掛けてくるか……相手に攻撃を当てるのが困難になりそうだ。ステータスの確認と共に特殊能力の確認も行わないと……)
 ユキナリはポケギアの図鑑項目を開いた。
『ギャロップ・ひのうまポケモン。燃える鬣の美しさから『神に愛されし天馬』の異名を持つ。
 昔から遊牧民族が移動に利用しており、炎の温度を調節する事で人が乗っても平気な状態を保つ事が出来る。速度は時速240kmまで上昇し、戦う時には背中の炎が大きく燃え上がる』
 (さて、特殊能力は……)
『特殊能力・百里疾駆……体力が半分以下になると、素早さのステータスが1.5倍になる』
 (い、1.5倍!?元々のステータスがかなり高いのに、さらに高くなるって言うのか……確かに、素早さに勝負をかけているポケモンだけあるな。迎撃に専念するか……)
 ユキナリは自分のフィールドにフライゴンを出現させた。炎ポケモンへの牽制も考えた結果だ。
『安心しろマスター。蛮勇なるドラゴンポケモンの私に、炎は通用しない』
『それならば、炎以外の攻撃で攻めるだけですよ。覚悟して下さい』
 ギャロップの瞳が赤く光り、フライゴンの瞳も不気味な輝きを見せていた。
 (互いの実力を計っている……どう動けば勝てるのかを判断しているんだ……)
「うーむ。フライゴンを出されたか……炎ポケモンを愛するワシとしては、あまり出されたくなかったポケモンじゃのう。
 ドラゴンポケモンを持っているトレーナーは少ない。本当に、お主が戦いを経てきたと言う証じゃな」
『蜻蛉龍如きに、この私は倒せん!』
 ギャロップは駆けて相手に近付いた。炎タイプの技があまり効かないフライゴンには、かえんほうしゃもだいもんじも殆ど無意味と言ってしまって構わない。
 それ故に、それ以外の強力な技を持っていなかったカツラのギャロップは苦戦を強いられていた。
『どうかな。私はお前が来るのを待って攻撃するだけで良いのだぞ!』
 フライゴンは感覚を研ぎ澄ませ、相手の動きを即座に見切ってドラゴンクローを繰り出した。ギャロップの腹に大きな傷が出来、ギャロップはそのままバランスを崩して転倒してしまう。
『炎攻撃でしか相手を圧倒出来ない事が、逆に仇となったな!』
 身体を震わせ、地震を繰り出すフライゴン。ギャロップにとって地面攻撃は大敵。たまったものでは無い。先程のダメージと合わせてHPはあっと言う間に半分を切ってしまっていた。
『クソ、相性が悪過ぎるか……』
『炎タイプのポケモンがドラゴンタイプのポケモンを圧倒する事は出来ないと言う事だな』
 勝ち誇った表情を浮かべるフライゴン。だがマスターであるカツラの表情は余裕に満ちている。
 (そうだ……コレからが本当の勝負なんだ……)
 とどめとばかりに再び身体を震わせるフライゴン。しかし、地震発動前にギャロップはフライゴンを足で地面に叩き付けダメージを負わせた。『ふみつけ』は何割かの確率で相手を怯ませる技だ。
『多少のダメージでは、私の有利は揺らがんぞ!』
 フライゴンは天井近くに舞い上がり、りゅうのいぶきを繰り出した。だがギャロップはそれを簡単に避けると、身体全体を緑色の光で包み込み、大技発動への準備を始める。
『そうはさせん!』
 フライゴンは三度身体を震わせ、今度こそ地震が発動するものの、ギャロップはその攻撃を避けた。そして口を大きく開くと、狙いを定めた一撃をフライゴン目掛けて放つ。
 巨大な太い緑色の光線は地震発動の為に動きを止めていたフライゴンの腹に命中した。強力な攻撃力によるダメージは意外と大きく、フライゴンのHPはココでギャロップと並ぶ。
『ソーラービームか……迂闊だった。コレ以上相手を増長させ、とどめを刺されるワケにはいかん!』
『私の攻撃力が、お分かりになりましたか?炎タイプの技で無くても、貴方を倒せるんですよ』
 素早さが高くなっているギャロップに攻撃を当てるのは非常に難しくなっている。オールレンジだったハズの地震まで避けられてしまっては打つ手が見つからない。
 それでも、弱点を攻めるしか方法が無かった。
「もう1度、地震を繰り出すんだ!」
 フライゴンは頷くと、上空で身体を震わせ始めた。ギャロップはフィールドの周りを凄まじい勢いで駆け抜けると、床を蹴り上げて空中に飛び上がる。
『バ、馬鹿なッ!?』
『私の射程距離ですよ』
「240キロの速度で弾みを付けてジャンプすれば、高い建物も悠々と飛び越えられる。そのスピードがフライゴンがいる空中まで飛べる力となっているワケじゃな」
 ギャロップは動揺して動きを止めてしまったフライゴンの背中を踏み付けると、そのまま勢い良く地面に叩き付けた。背中から押さえ付けられてしまった為、りゅうのいぶきを出しても当てる事が出来ない。
『私の実力、解って頂けましたか?』
 そう言いながら再びソーラービームを発射する準備に入るギャロップ。一方フライゴンは強い圧力をかけられ全く身動きする事が出来ない。フライゴンは駄目もとで地震をもう1度繰り出した。
 ソーラービームの発射と、ギャロップが受けたダメージは全く同時だった。フライゴンが力尽きる瞬間にギャロップも意識を失い、重なる様にして倒れ込んでしまう。
 フライゴンの圧勝で終わると思われた試合は、両者引き分けと言う形で終了した。
「不利をも味方に付けて戦うなんて……四天王として活躍しているだけありますね」
「まあ、お主とは年季が違うからのう!経験はやはり大事じゃよ。ワシとの戦いで、学び……そしてもっと大きな存在へと成長を遂げるが良い。先に進めるかどうかは別としてな」
 カツラはギャロップをボールに戻すと、次のポケモンを選び始めた。
「さあて、今度はどれにしようかの。これ程に強いトレーナーばかりがリーグに集う事自体が珍しいでな。高揚感がなかなか消えないんじゃ。楽しくて仕方が無いワイ」
 本当に、彼は戦っている今が楽しいと言った様な表情だった。ユキナリは勿論ココに来るまでに大勢の人々とバトルをしてきたが、皆一様にその感情を持っている。
 バトルをしている最中に感じる、高揚感。会話よりも解り合える、言葉では言い表せない感覚を持っているのだ。
 ユキナリ自身も、その感覚を信じて戦い続けてきた。時には自分の信念を守り抜く為に、そして、自分の大切な仲間を守る為に。
「ユキナリ……じゃったな。お主は世間的に弱いと言われているポケモンを育てるのは好きか?」
「……どうでしょう。僕が持っているポケモンは、世間的には弱いとはされていないと思います」
「ワシは使えないと言われているポケモンを徹底的に育て上げるのもトレーナーの真価が試される行為じゃと思うておる。
 世間の常識、勝てぬと言われているバトルをひっくり返す事と基本は全く同じじゃろう」
 カツラはそう言うと、マグマボールを指先で弄んだ。クルクル回っている。
「強いステータスを持つ種族との交配。レベルが低い頃からのドーピング。厳しいトレーニングは、時として弱小ポケモンを一気にスターダムへのし上げる事がある。それを証明してやろうかの」
 カツラがフィールドに投げ入れたボールから閃光が放たれ、そして中からマグカルゴが姿を現した。
「マグカルゴか!!」
 ユキナリは先程からのカツラの言葉をやっと理解した。マグカルゴと言えば、ほのお・いわと言うタイプが極端に偏っているポケモン。
 じめん・みずタイプには非常に弱く、ステータスが異常に低い為、どのトレーナーからもまるで使ってもらえない可哀想なポケモンである。
 (そんな、幾らカツラさんだからと言って、マグカルゴがそこまで強くなるハズが無い!ドーピングをしても、マグカルゴならやっと貧弱な数値が通常に近付くだけなのに……)
「やはり、疑っておるな。まあ百聞は一見に如かずと言うじゃろう」
 カツラはユキナリが腕に装着しているポケギアを指差した。
「確認してみれば解る」
 ユキナリは半信半疑ながら、ポケギアでマグカルゴの図鑑項目を開いた。
『マグカルゴ・ようがんポケモン……火山の最深部に生息し、固まったマグマを己の殻にして防御をしているが、意外と脆く崩れやすい。
 マグマが突然変異を起こしてマグマッグやマグカルゴに変化したと仮定している学者も多い。マグマなので水には絶望的に弱い』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・マグマボディー……直接攻撃を行ってきた相手を一定確率で『火傷』状態にする』
 (ステータスはどうなってるんだろう……ん!?)
 ユキナリは信じられないと言った様子で狼狽していた。コレがマグカルゴのステータスとは信じ難い。
 
 HP405 攻撃306 防御300 特攻254 特防348 素早さ185 

 (な、何て圧倒的なタフさなんだ……HPが400クラスなんて僕の持っているポケモンにはいない。おまけに殆どのステータスが最強レベル……防御力も目を見張る高さだ!)
 素早さと特殊攻撃力はいささか低いものの、マグカルゴの数値と言われたら誰もが驚きの声をあげるだろう。攻撃力自体も本当に高い。4倍ダメージでやっとまともに戦えると言う所か。
 (HPは負けるけど、特殊攻撃力ならルンパッパの方が上……水で押し切れば勝てる!)
「驚きを隠せない様じゃな。コイツを育てるには本当に苦労したゾイ。何度も交配を繰り返し、時には異種間交配も織り交ぜながら研究を続けた集大成じゃ!」
『俺がココまで強くなれたのも教授のおかげだな。感謝してるぜ』
 ユキナリは胸に手を当てて深呼吸をすると、自分のフィールドにボールを投げ入れた。
『ほほう。マグカルゴが相手とは……これならば楽勝だワイ』
『果たして本当にそうなるかどうか……身をもって知っとけ』
 マグカルゴの溶岩の殻から、炎が噴出す。フィールド全体を照らす程の強い炎だ。
 (技によっては、苦戦する事は確実だな……ルンパッパの素早さはあのマグカルゴよりも低い。相手にアドバンテージがあるからには、ゆっくり攻めていかないと……)
『さあ、始めようぜ!!』
 最初に動いたのはマグカルゴの方だった。口からいきなり灼熱の炎を吐き出す。射程距離が長かった為、ルンパッパはそれを受けてしまった。ルンパッパには普通に攻撃が効く。
 (ルンパッパのHPが、あんなにHPが高いと思っていたルンパッパのHPが、一気に削られた……!!こ、こんなに強いマグカルゴがいたなんて……)
『どうした、かかってこねえのならまだまだ攻撃を続けてやるぜ!』
 今度はルンパッパが立っているフィールドから巨大な火柱が噴き出した。攻撃力80と言う中堅技なれど、命中率は通常ならば100%。ルンパッパは必死でその炎を回避した。
『もっと逃げてみろよ。まだ14回も使えるんだぜ!!』
 マグマの身体を震わせて笑うマグカルゴ。床に滴る液体がじゅっと音を立てて床を黒ずませる。
『ワガハイは逃げているだけでは無いゾ。攻撃も当てる!!』
 ルンパッパは大きく息を吸い込むと、思いっきり滝の様な水流を吐き出した。マグカルゴは避ける事もせず、ダメージを与えられているのに余裕の表情を浮かべる。
『4倍ダメージが何だってんだ。テメエの動きだって簡単に止めてやるよ!』
 ポケギアで確認すると、マグカルゴのHPの減り方は通常の減り方より若干遅い。並外れたステータスが4倍ダメージを大幅に軽減しているのだろう。やっとイエローゾーンに入った。
 ルンパッパが踏ん張って立っている床から再び炎が噴き出し、ルンパッパはまたダメージを受ける。しかし攻撃を止める事無く、ひたすらに相手のダメージを削る事を優先した。
『頑張るじゃねえか。なかなか肝っ玉の太い奴だ。だが、ココで終わりだぜ!』
 必死の攻撃の甲斐あって、ようやっとレッドゾーン近くまでマグカルゴの体力を減らした。特殊攻撃なので火傷の心配は無い。あとはHPがゼロになるその瞬間まで技を出し続けるだけだ。
『今度は、岩だ!』
 マグカルゴが身体を燃え上がらせた瞬間、天井から突如大量の岩石が降り注いできた。頭に当たろうとも、決して怯まずに血走った瞳を光らせ、決死の攻撃を行うルンパッパ。
 そのHPも風前の灯火である。それでも攻撃の手を全く休めない。隙を見せた時点で終わりだ。
『おいおいマジかよ。テメエの方が俺よりタフだな。何でそんなに頑張れるんだ?』
『マスターの為、ワガハイが戦う意義はそれだけ……その1つだけで充分!』
『こりゃ、無理やり止めるしか無さそうだわ』
 マグカルゴはルンパッパの攻撃に焦りを感じていた。レッドゾーンに到達し、あれ程高かったHPも危険な状態に陥っている。相性の悪さは、やはりバトルに直接反映された。
『まだ、負けちゃいねえからな!!』
 床を考えられない様なスピードで這い回り、ルンパッパの眼前に迫るマグカルゴ。ルンパッパはそこまで近付かれてもマグカルゴにハイドロポンプを当てている。
 マグカルゴはルンパッパにのしかかった。じゅうじゅうとルンパッパの体から煙が上がる。激痛が襲い掛かった。
『ウオオオオオオ……』
 白目を剥いた状態でも尚、攻撃を止めなかった。その攻撃もHPがゼロになる事でようやく終わる。
『ハッ、ハハ……俺の強さが、奴の信念の前に敗れたのか……』
 マグカルゴはルンパッパの身体に張り付いたまま意識を失った。
「な、何と……ハイドロポンプを当て続ける事で無理やりHPを削り取るとは!」
 カツラはユキナリに賞賛の拍手を送りたい気持ちだった。自分が研究の一環として育てたマグカルゴが、取り立てて何かをしたワケでは無いルンパッパに敗れたのだ。
「ルンパッパ……有難う。僕の為に身体を張って攻撃に耐えてくれて……」
 目頭が思わず熱くなり、ユキナリは慌てて顔を覆った。彼に見られるのは恥ずかしかったのだ。
「逆境を乗り越えるのは、力では無く案外心の強さなのかもしれんな……お主とポケモンの戦いを見ているとますますそれを強く感じる。お主が勝っているので尚更じゃ。
 もっとワシに見せてくれ、お主が光り輝くその瞬間を!」
 互いにポケモンをボールに戻し、そしてカツラは5番目のボールを取り出す。
「ステータスは先程のマグカルゴに劣るかもしれんが、相性を考えればあまり隙はあるまい。炎ポケモンに対して有効なポケモンだけを持っているワケでは無かろう?」
 それはカツラの言う通りだ。先程の様にステータスが高くとも、相性で敗れてしまえばそのステータスは意味を成さなくなる。
 逆にステータスが生きるのは、両者共に相手に対して有効な技を持たない時だ。その時に初めてステータスが高い・低いがバトルに大きな影響を及ぼす。
「ワシの使う5番目のポケモンは、コイツじゃ!」
 カツラはマグマボールをフィールドに投げ入れた。閃光と共に白煙が噴き出し、ポケモンが姿を現す。出てきた直後はあまりの蒸気にポケモンの姿が確認し辛かった。
『マスター、やっと俺の出番ってワケッスね!』
「ウム。ワシの為に粉骨砕身の努力をしてくれい。その為に苦労もしてきたからの」
 (さて、どんなポケモンか……)
 未だ姿が解り辛いポケモンの事を調べる為に、ユキナリはポケギアをそのポケモンの方に向けて赤外線サーチを行った。図鑑項目がすぐに出現する。
『コータス・せきたんポケモン……常に噴き上げる蒸気の力で自分のエネルギーを作り出している。
 甲羅の中で大量の石炭を燃やすと黒い煙が大量に噴き出し、それを煙幕として利用し逃げる事もある様だ。意外と縄張り意識が強く、自分の領域を侵すものに対しては激しく反抗する』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・高温蒸気……視界を遮り、ターン経過毎に自分の回避率をゆっくりと上げる』
 (回避率を上げられるのは厄介だな……だけどさっきのマグカルゴと比べれば、ステータス自体は大したモノじゃ無い。問題はやっぱり、強い技を覚えているか否かなんだけど……)
 ユキナリはほのおタイプだけのコータスと戦えるポケモンが残っている事を思い出した。
「戦ってくれ、ガシャーク!」
 バトルフィールドに投げ入れられたボールからガシャークが出現した。鋭い瞳が確実に細目の穏やかそうなコータスに向けられている。
『シャ――シャッシャッシャッ。あんな鈍重そうな奴が俺のスピードについていけんのかよ!!』
「バトルにおけるアドバンテージがスピードだけでは無い事を、お主は知っておるじゃろう、ユキナリ。つい先程のルンパッパの奮闘が良い例じゃ。遠距離攻撃ならば迎撃する事が出来るからの」
 (確かにそうだ……炎タイプのポケモンはことごとくが遠距離タイプの技を持っている……そこが厄介な所かな。コータスはルンパッパの様なタフ・迎撃型と言えそうだ……)
 バトルにおけるポケモンのタイプは大きく分けて3つに分類される。スピード・タフ・万能の3種類だ。
 スピード型は大体攻撃力に秀でており、HPの低さによって攻撃をくらうと脆く、タフ型は体力と防御力の高さを利用して相手の出方を待つ。その代わり動きが遅いので相手の攻撃をくらいやすい。
 万能型は全てのステータスが標準値程であり、どんな作戦にも柔軟に対応出来る代わりに、これと言った長所を持たない為敬遠されがちである。
 カツラが出してきたコータスはタフ型だが、特殊能力で回避率を上げる事により弱点を完璧に克服している。速攻勝負を仕掛けるしか無い。
「ガシャーク。相手の回避率が上がる前に、率先して先に動いていこう!」
『ヘッ、俺様がそう簡単に負けるかよ……マスターの命令は大体正しいしな』
『まあ、穏やかにいきましょうや。俺もアンタが苦しむ顔はあんまり見たく無いッスから』
『俺様の爪と牙で、逆にテメエの苦悶の表情を拝んでやるぜ!』
 先に動いたのはガシャークの方だった。素早く移動し、相手を撹乱しながら確実にコータスの懐へと飛び掛る。相手をポイズンクローで攻撃しようとした時だった。
 コータスの甲羅が赤く燃え上がり、口から強力な風が吹き荒れたのだ。人間が受ければ火傷は確実だと思われるその一撃で、ガシャークは吹き飛ばされて床に転がされてしまう。
『な、何だ今のは!』
『熱風ッスよ。広範囲に広がる攻撃なんで、近距離タイプのアンタにはちょっと分が悪いッスかね』
 (熱風か……!火炎放射よりも若干命中率が悪い割に攻撃力は高く、ダブルバトルでも威力を発揮する周囲全体を覆う攻撃……近距離タイプのガシャークには確かに厳しい戦いになるかもしれない)
 軽い火傷がガシャークの肌についていた。ポケギアを見てもHPがイエローまで減っているのが解る。
『それなら、遠距離攻撃すりゃ良いんだろ!』
 ガシャークは口をカッと開くと牙から猛毒の毒液を浴びせかけた。だがその瞬間コータスはガシャークを嘲笑うかの様にもうもうと白煙を噴き上げた。
 周囲に撒かれた白煙に紛れてコータスの姿が確認出来ない。
『クソ、何処だ!?』
『アンタの真後ろ!』
 その瞬間、ガシャークは背中を足で思いっきり踏み付けられ叫び声を上げた。
『いやあ、つまらない相手ッスねえ。もう少し楽しませてくれるかと思ったんスが……』
 グリグリと背中を圧迫され、さらに悲鳴を上げるガシャーク。コータスの体力はまだ全く減っていないのに、ガシャークのHPはレッドゾーンに迫りつつあった。
『アンタのリーグに賭ける情熱ってのは、案外脆いモンだったんスね。弱過ぎッスよ』
『な、何だと……!!』
 ギリギリと歯を食い縛るガシャーク。それでも全く体が動かない。背中から押さえ付けられている為に噛み付く事も引っ掻く事も出来ないのだ。コータスは余裕を見せていた。
『もっと足掻いてくれないと面白く無いッスからねえ……』
「コータス、そのまま火炎放射でとどめを刺すんじゃ!」
 コータスは言われた通りに口を大きく開けると、灼熱の炎を吐き出した。
 (緩んだ!)
 一瞬の隙をガシャークが見逃すハズが無かった。炎に当たる前に素早くコータスの身体に張り付くと、あっと言う間に首に巻きついて噛み付く。
『ガアアアッ!!』
『こうまで近付かれちゃ避けられねえよな!テメエ自身から近付いてきたのが運の尽きだ!』
「やはり、一筋縄ではいかんのう……」
 カツラはユキナリの方を向くと、白い歯を覗かせてニヤリと笑った。
 (ええ、そうですよカツラさん。僕達は、勝つつもりで挑んでいるんです!どんなに強い相手でも決して諦めずに戦い続けてきた。思いを無駄にしない為に!)
『ギャアアアア!!』
 今度はコータスが無様な悲鳴を上げる番だった。ガシャークの牙から猛毒が注入され、体が言う事をきかなくなる。勝手に甲羅から凄まじい量の白煙が噴き出した。
『見えなくなろうがどうなろうが、絶対に離さねえぜ!』

 ガシャークも相手の足掻きに耐えるのが常道だった。口から吐き出される攻撃がコータスの主戦力の為、首に噛み付かれては満足に攻撃を当てる事が出来ない。
 (かなりターンが経過してる……もう2度目の攻撃は当たらないかもしれない。そのまま相手から離れるな!離れた時点で終わりだ!)
『ウオオオオオオッ!!!』
 コータスは咆哮し、口から熱風を吐き出した。毒を受けていたコータスは己を見失い、自分に向けて熱風を吐き出す。
 勿論コータス自身が熱風でダメージを受ける事は無いのだが……問題はガシャークの方だった。確実にダメージを受けている。それでも離さない。離してなるものかとさらに牙を深く打ち込む。
『オ……オオ……』
 コータスは遂に横向きに倒れて動かなくなった。一方ガシャークの方も牙を打ち込んだ状態のまま痙攣している。またもや両者引き分けと言う結果に終わった。
「見事じゃな。コータスの攻撃における弱点を咄嗟に見出し、そして勝つとは……お主のポケモン達は賢いし、度胸があるのう。失敗を全く恐れておらん」
「カツラさんも、ポケモンを自在に操る采配お見事ですよ。僕なんか、貴方の生きてきた人生の半分、いや4分の1も生きていないんですから」
「ユキナリ、経験がお主を強くしてきた。ポケモンもまた然りじゃ」
 カツラがコータスをボールに戻し、ユキナリもそれに合わせてガシャークを戻した。
「じゃが、お主の強さは経験では計れん。何故ならば、勝利における強い執念があるからじゃ。
 忠誠心の薄いポケモン達が大勢いる中で、お主のポケモンは本気になってお主の夢を叶えようとしてくれておる。洗脳機能とは別に、きっと思う所があったんじゃろう。ワシはそれを感じておるぞ」
 いかにも博士と言った白い服装に似合わぬ、熱い心を秘めた男。ユキナリは少し前に会ったばかりの彼と、既に戦いを経て互いの思いを理解していた。
 願いはただ1つ。勝って己の道を進みたい。それが正しい道であると信じているからこそ。
「さあ、フィナーレは豪華に行くゾ!最後のバトルの幕開けじゃ!!」
 そう言い放つとカツラとユキナリが立っているフィールド外の周囲が炎に包まれた。床から上に噴き上がる炎の壁に囲まれて、周囲が熱くなる。心も熱くなってくる。
「ユキナリ!ワシも四天王次鋒であるからには全力を尽くしてお主と戦わんとな!この炎のバトルフィールドから抜け出せるのはお主か、それともワシか……
 互いの実力のぶつけ合いで決着を付ける時が来たんじゃ!!」
 フィールドに放たれたボールは2つ。ユキナリの最後の切り札とカツラの切り札。床に転がった2つのボールは同時に開き、ポケモンを出現させる。
『おお、凄え!!凝ってますね、このバトルフィールド!!』
『リーグでは観客の為にこういう事もやるのさ。今頃会場も大いに盛り上がってるだろうよ』
 エビワラーの眼前に立っていたのは蒼い炎を口から吐き出している純白の虎だった。背中の毛は青く燃え上がり、金色の瞳は対峙する者を震え上がらせる程の威圧感に満ちている。
 (何処と無く、コセイリンに似てるな……まあ、タイプが同じだから当然か)
 ユキナリは早速ポケギアでそのポケモンの図鑑項目を調べた。
『トウセッカ・おうじゃポケモン……雪山のボスとして山頂付近に生息しており、周辺のポケモンを恐怖によって統括しているポケモン。
 牙は−15℃の氷と同じで、噛み付いた瞬間に傷が凍傷へと変化する。プライドが高く、自分よりも強い相手にはそれなりの敬意を払う』
 (それで、特殊能力は?)
『特殊能力・威嚇……ターン開始直後のみ有効。相手の防御力を一段階下げる』
 (最後だけあって、特殊能力も殆どのポケモンに有効なものか……ステータスはコセイリンに近い。エビワラーの強さと相性の良さなら、勝てる相手だと思うんだけど……)
 確かにこおり・ほのおタイプにとって格闘は手強い相手だ。2倍ダメージを与えられる。しかしエビワラー自身はこおりタイプやほのおタイプに強くは無いのだ。普通に攻撃を受けてしまう。
『サッサとやろうぜ。観客をお互いに魅了させなきゃな』
『フン……貴様如き俺の相手ではあるまい。客を退屈させそうだ』
『俺がどれ程の強さを持っているか、教えてやるぜ!』
 トウセッカの咆哮からバトルが始まった。エビワラーの防御が下がり、エビワラーに不利な状況が出来上がる。それでも攻撃に秀でているエビワラーが攻めに徹すれば勝機はあるハズだ。
『フッ!』
 トウセッカを狙った完璧なパンチコントロール。それを避けるトウセッカの瞬発力。
 暫くの間打撃の雨とそれを避けるトウセッカの素早さを誇示する状態が続いたが、その状態が破られたのはトウセッカの頬に打撃が掠った時だった。
 (懐に飛び込む好機!)
 トウセッカはその瞬間に前に出ると、口をカッと開いてエビワラーの腹に噛み付こうとした。だが咄嗟にエビワラーも身を引くと、さらにステップを踏みながら距離を取る。
『確かに、俺を退屈させる様な相手では無さそうだな。なら、コレはどうだ?』
 トウセッカは思い切り息を吸い込むと、火炎放射を繰り出した。慌ててそれを回避するエビワラー。
『防御に回ると脆そうだな。攻撃が当たれば一気に崩れる』
『その攻撃が当たるかどうかってのが問題なんだよな』
 横っ飛びで攻撃を引き続き回避すると、エビワラーは炎が届かないトウセッカの背後に回った。
『いただき!』
 すかさず、トウセッカの背中にばくれつパンチを打ち込むエビワラー。確率的に命中するのが難しい攻撃であったが、運良く今回は当たってくれた。
 蒼い血を吐いてその場に崩れ落ちるトウセッカ。2倍ダメージと攻撃力の高さも相まって、一気にレッドゾーンにまで突入する。
『起き上がってこいよ!キッチリ勝負を付けようぜ!』
「エビワラー、相手はまだ倒れてはいない!油断するな。迂闊に動くと危険だ!」
『だったら、とどめを刺せば良いんでしょう?』
 倒れて動かないトウセッカに、背中から勢い良くメガトンパンチを打ち込もうとした瞬間、トウセッカの唇が歪んだ。
 じしんが発動し、自ら震源地に近付いていたエビワラーはまともにその攻撃を受けてしまった。尻餅をついたエビワラーに、すかさずれいとうビームが打ち込まれる。
 今度はエビワラーの運が悪く、氷漬け判定が出た。
『フ、グハハハ……やはり、貴様は防御が脆い……俺がここまで弱っても、たった1発の攻撃が当たっただけで負けてしまうんだからな!』
 (ま、負けた……)
 ユキナリはレッドゾーンに達しても尚、衰えを見せないトウセッカのパワーに驚嘆していた。トウセッカは傷付いた身体を引き摺り、カッと口を開くと再びれいとうビームを打ち出した。
 氷の殻が厚くなった所で地震を発動させ、氷は粉々に砕けてしまう。
『終わりだ!』
「惜しかったのう。じゃが……まだ終わっておらんよ。最後まで、勝負の行方は読めんのじゃ」
 解っている。まだ、レッドゾーンのヤナギレイが残っている。絶対諦めない。自分のポケモン達のHPが1残っていれば最後まで戦う。それがユキナリの誓いだった。
「カツラさん、勝ったとしても負けたとしても、お互い恨みは無しですよ」
「そうじゃな。ワシにココまでくらいついてきた猛者はなかなかおらんワイ。見せてくれ。お主の最後の底力を。ポケモン達と歩んできた旅の成果もじゃ!」
 ユキナリは自分のフィールドにヤナギレイが入っているボールを投げ入れた。
『最後の相手ですか?追い詰めましたね……こっちも余裕は全くありませんけど』
『俺がココまで手傷を負う相手と戦えた事……誇りに思う。だが、俺もマスターに子供の頃から育てられている。お前達と同じ様に、ただひたすら勝利を約束する事しか……』
 既に両者共に殆ど力は残っていなかった。エビワラーを屠る為に全力を出し、時折よろめくトウセッカと、最早飛べずに膝をついているヤナギレイでは、遠距離攻撃でしか決着が付けられない。
「ヤナギレイ……何とか勝ってくれ。僕達はまだ進まなくちゃいけない。約束を果たしたいんだ」
『マスターの気持ちに応えるのが……私達ポケモンの誉です。全力で行きますよ……ッ!!』
『小娘如きに……満身創痍の状態だとしても負けられるかァッ!!』
 どちらも口を開き、次の瞬間に攻撃を出していた。凄まじい風と、炎……炎は風に巻き付き、風はそれを振り払うかの様に一直線に飛んでいき、そのままどちらにも命中した。
『くそォォォォォォ!!……』
『相討ちですか……結局、コレでは……』
 (再戦を覚悟しなきゃいけないな……今、僕のポケモンとカツラさんのポケモンの数はどちらもゼロ……もう1度自分の切り札を選んで戦わなくちゃ)
「……いや、もう良い」
 カツラはそう言うと、ニッコリ笑ってトウセッカをボールに戻した。ユキナリもそれに合わせてヤナギレイをボールの中に戻す。
「ワシの負けじゃよ。若き炎を、ココで灰にするのは……ワシの思いに反する事じゃからな。見てみたくなった。お主が何処まで進めるのか……その先の光景が」
「カツラさん。僕は……」
「老将は、時代の終焉を見届けるが……若き者はその終焉を知り、自らの手で新しい風を吹かせようとする。その風の中心にいるのが、他ならぬユキナリ、お主なんじゃと思う」
「忘れません。貴方と戦った事、絶対に忘れませんから……」
「ワシはもう降参じゃ!スマンが、扉を開けてやってくれい!!」
 カツラがそう叫んだのと同時に、赤の扉が音を立てて開いた。
「さあ、行くんじゃ。あの扉の向こうに……いや、もっと遠くに、お主の辿り着く場所があるじゃろう。
 ワシがその場所を見る事が出来るかどうかは解らんが……一時でもお主と同じ土俵に立って戦った事を、一生の誇りとしたい。機会があれば、また戦おう……」
「ハイ!また、必ず……」
 ユキナリはカツラの目前に立つと、手を上げた。それに気付いたカツラが同じく手を上げ、ハイタッチを行う。
 パン!と綺麗な音を立てて2人の掌は一瞬、合わさった。そして、トレーナーは歩き出す。
 (お主は謙虚で、人の心を開くのう。皆に慕われ、そして……強くなれる者が両者対峙するか。リュウジ様、この者は本当にお強いですぞ。きっと、勝負が心地良いものになりましょう)

 ユキナリが赤の扉を抜けて紫の部屋に入ると、そこに『彼』がいた。自分が立つべきフィールドに立ち、歯噛みしているのは間違い無く……
「トサカさん……」
「ユキナリ。すまねえな……約束破っちまった。俺がまさか、破る側になろうとは……リーグはやっぱり違うぜ。泥に浸かってきた奴が越えられる場所じゃねェ……」
 トサカは涙を流してはいなかったが、悔しんでいるのは一目瞭然だった。何時も手で弄んでいたナイフが、今はケースに包まれてポケットの中に入ってしまっている。
 それは『自分の敗退』を示す、自分なりの行動だったのかもしれない。
「ココでくよくよしてても仕方無ェよな。俺は……応援する側に回るわ。勝てよ。俺の分まで……俺に勝った男だろ?お前なら……きっと前に進めるさ」
「トサカさん。僕、貴方の分まで背負って戦います。貴方の思いも受け取りたい。シズカさんの思いも、ユウスケの思いも……全部、僕が引き受けます」
「……おう。頑張れよ。シズカに勝てて、俺は嬉しかった。あいつに勝てただけでも、会えただけでも、俺自身の脆弱な心に対して決着は付けられたワケだからな」
 トサカは踵を返すと、赤の扉をくぐろうと扉を開けた。
「……お前もシズカに勝った。そこまでは俺達、同じ場所に立ってたよな。勝負ってのは非情なモンだ。何時か……ユキナリ、お前にも解る時が来る。だが……」
 トサカは扉が閉まる瞬間にこう言い残し、ユキナリの眼前から姿を消した。
「それはもっと後の話になるだろ。多分な……」

 リーグ中継の様子は全国で放映され、人々の心を大いに揺さぶっていた。既にリーグが始まってから3名が脱落。
 残るはユキナリただ1人と言う事態に、トレーナー全員が彼の一挙一動に注目していた。そしてユウスケとトサカも彼を見る側に立たされる。
『この展開は、予想出来たものでしょうか……現在、ノベロードを突破したトレーナー達がリーグに挑戦したものの善戦虚しく敗退したトレーナーは3名。
 残るはシラカワタウン出身のユキナリ少年ただ1人です!ジョバンニ先生、彼は何処まで進むと思われますか?』
『ワタシが戦った時の感想を言わせてもらエバ……彼はまさしく次の時代の担い手デース!きっと、勝ち続けるデショウ。歴史を塗り替える瞬間を、見届ける事になると思いマス』
『皆さん、お聞きになりましたか?ウオマサリーグ本戦、いよいよ予断を許さない状況になってまいりました。テレビの前の皆さん、チャンネルを絶対回さない様に。私からのお願いです!』
 誰もが見ていた。全国で計算しても視聴率は80%突破と言う異常事態を引き起こし、皆が本当にチャンネルを変えるどころか、TVの前から一歩も離れる事が出来なくなっていたのだ。
「まさか、ホクオウさんが負けるとは思ってなかったスけどね……」
「私も彼には期待していたんだけど、リュウジの強さは確かに本物だわ。先生はああ言ってるけど、ユキナリ君が勝てるかどうか……」
「勝てますよ」
 実況を終えて観覧席から見ていたマイとエイゾーの隣に、ユウスケとトサカが隣同士で座っていた。
「僕達の思いを受け取ってくれたんです。僕は……ユキナリ君が勝つと信じます」
「まあ、信じる事しか出来ねえがな」
「貴方達2人も残念だったわね。ノベロードでの戦いを見ていて、本当に今年の挑戦者は違うなって思っていたけれど……いえ、4人全員が無敗伝説を崩しただけでも大きく違うわ」

 トサカが去った後の部屋を改めて見渡してみると、部屋の四隅に燭台が立ち、部屋全体が濃い紫色で覆われていた。
 バトルフィールドの中心も描かれているのはモンスタボールでは無く、魔方陣である。薄暗い、恐怖感を煽る様な不気味さにユキナリは肩を震わせた。
「ユキナリ様、ですね……リュウジ様からお名前を事前に教えてもらっていました」
 向こう、敵側のバトルフィールドに女性が立っていた。黒い修道女の衣服に身を包み、胸にはロザリオのペンダントが光っている。水色の髪の毛が彼女の瞳を全て隠してしまっていた。
「私はサヤと申します。本当によくココまでいらっしゃいました。トーホクリーグ挑戦……そして今貴方は私の目の前にいる。リュウジ様とのバトルまで、あと1歩ですね」
 ちらと後ろを向いたらしく、その先にはエメラルドグリーンの扉が見える。あの扉の向こうに、リュウジが待っている……ユキナリは拳をしっかりと握り締めた。
「サヤさん。全力で戦います。サヤさんも僕の気持ちに応えてくださいね」
 ユキナリは自分の目の前にある回復ポッドに、6匹全てのボールを入れた。
「いえ……私の場合は、リュウジ様の様に私自身が戦うワケではありません」
「どういう事ですか?」
「私は降霊術に長けている事からスカウトされたんです。悪霊を呼び寄せ、そして私の身体に憑依させる……そしてバトルが終われば悪霊は勝手に帰っていきます。
 先程も、本当に強い悪霊を呼び寄せる事に成功しました。あの方も『彼女』に負けたのです」
 (トサカさんが相手にしていたのは、サヤさんじゃ無い……!?)
「私自身がゴーストポケモンを育てているのは認めます、ですが……私にはトレーナーとしての才覚がありません。
 そういう点から、実力はあれど連携が組めないとして私はずっと修道女としての生活を続けてきたんです。でも、本当は私も輝く場所で思いっきり戦ってみたかった……
 例えそれが私で無くても、TVに映るのは私の姿です。何より、リュウジ様への恩義もありますし」
「じゃあ、何時も強さはまちまちと言う事ですか?」
「不安定なのは事実ですね。同じポケモンを使用しても、トレーナーとの絆によって大きくバランスが崩れる事がありますから……
 それでも、私自身がバトルをすると言うのは神に背く暴力行為。矛盾はしていても……四天王副将としての役目を果たすまでです」
 (サヤさんは自分で戦う事への恐れを感じているんだろうか……だったら、可哀想だな……幾ら弱気な女性だって、勇気を振り絞って戦っている人もいるのに……)
 ユキナリの脳裏に、一瞬アオイの姿が浮かんで消えた。
「降霊はすぐに終わりますから、少しだけ待っててくださいね」
 サヤは手を組み、小声で何かの呪文らしき言葉を口にしている。その瞬間中央の描かれていた魔方陣が光り始め、影の塊が床から出現したかと思った瞬間、それがサヤの体内に侵入した。
「……サヤさん?」
「……久しぶりね。ユキナリ君……また会えてとても嬉しいわ……」
 サヤは、いや『何者か』は、いきなり両手を広げると高笑いをして髪を掻きあげた。その凍える様な氷の瞳は、ユキナリも見た事がある。ある程度の予感はあったのだが……
「ユキエさん、ですね」
「賢い坊やだ事……ええ、勿論そうよ。さっきのチンピラも大した事は無かったわね。リーグに潜り込むにはサヤの身体を使う方が都合が良さそうだったし……
 有効利用してあげようかなと思っただけ。さあ、ゲームの続きといきましょうか」
 蝋燭の炎が消え、四方が瞬間的に凍り付いて氷柱を形成した。あの時と同じ状況だ。違っているのはユキエの姿と声、そして今ユキナリが置かれている立場だけである。
「でもコレ、趣味悪いわよねえ。真っ黒の服装にロザリオなんて……神なんてこの世に存在するワケ無いじゃない……私がそれを一番良く知ってる」
 ユキナリは回復が終わったポケモン達をポッドから出した。彼女と対峙すると、ユキナリは得体の知れない畏怖感に襲われる。
 氷の笑い、嘲り、絶対的な自信。彼女は恐怖の象徴だった。あの戦いでも最後には氷の笑いを捨てて激昂した時、心の怯えが取れなかった事をよく覚えている。
「彼女のゴーストポケモンは丁度6体……ゴーストポケモンは氷と同じで本当に扱いやすいわ。闇に蠢き、闇と親しむ……
 相手を恐怖に染め上げると言う点では氷タイプもゴーストタイプも大差は無い。ゆっくり苦しめてあげる……」
 鋭い、氷の瞳が一瞬光り、口が大きく裂けた様な気がした。
「準備は出来た様ね。それじゃあ始めましょう。今度こそ、誰が最強なのか……誰が恐怖の象徴なのか教えてあげる!」
 ユキエはフィールドにオカルトボールを投げ入れた。閃光の代わりに紫色の鈍い光が輝き、ポケモンが姿を現す。最初のポケモンはまるで傘の様な形をしていた。
『ケッケッケ。夜遊びしてる童(わっぱ)は何処だ、童は何処だ♪ケーッケッケッケッ!!』
「カラカッサ……サヤより私の方が貴方を上手くコントロール出来るわ。戦局の駒としては、突撃する部隊を担うって所ね。貴方はどう出るのかしら、ユキナリ君……」
 (まずはとにかく、相手を確認するんだ……)
 ユキナリはポケギアで図鑑項目を開き、確認を行った。
『カラカッサ・げたはきポケモン……古いゴミ捨て場に捨てられた傘がカラカッサになると昔から言い伝えられている。
 夜になるとはぐれている子供を誘い、自分を捨てた子供の代わりに雨に打たせて風邪を引かせる。時には土砂降りになる事がある』
 (特殊能力は?)
『特殊能力・雨降り……カラカッサが戦闘開始したターンから倒れるまでフィールドが『雨』状態になる』
 タイプを確認してみるとカラカッサのタイプは『ゴースト・くさ』だった。
 (うーん……特殊なポケモンだな。くさタイプを保有していたら大技の『ソーラービーム』を覚えそうなものだ。でも、雨が降っていたらソーラービームの発射には3ターンかかる。
 それでも、雨が降って得なルンパッパを出せば相性的には不利……様子見しか無いな)
 ユキナリは出すポケモンを決めると、フィールドにボールを投げ入れた。
『シャ、シャ、シャ……何だか面白そうな奴だ。気が合いそうな奴だぜ……』
『ケーケッケッ!今より倒れる蛟は誰だ、蛟は誰だ♪ケッケッケッケ!』
『前言撤回。ムカつく野郎だぜ!!』
 両者舌を出して牙を出し、相手を威嚇している。基本的な性格においては本当に似ている様な気がした。ユキナリは相手の動向を見守る。
「勝ってこその駒よ。私を失望させないで頂戴」
『ケッケッケ……今日の天気は……黄昏より雨!!ケーケッケッ!!』
 カラカッサは履いていた下駄を1本しか無い足で綺麗に投げた。床に転がった下駄は裏向きになって動かなくなった。
 その瞬間にフィールドの天井に濃い雨雲が出現し、大粒の雨が降り出す。
「ガシャーク、相手はどんな手で来るか解らない。慎重に戦ってくれ」
『マスター、俺様を誰だと思ってるんだ!?何だかんだ言ってココまで走ってこれただろーが。最後まで突っ走れるに決まってんだろ!!』
『ケケケ……自信過剰は命取り、いーのちとりッ♪』
 (相性から考えて、どくタイプであるガシャークが繰り出した技は1.5倍。さらにくさタイプの相手の場合2倍になるハズ。勝てない戦いじゃ無い!)
『サッサとかかってこいや。それとも、俺様が怖えのか?』
「下らない挑発に乗るのは時間の無駄よ。貴方の試合をしなさい。カラカッサ……」
 サヤの声であるにも関わらず、カラカッサにも畏怖心を植え付ける冷たい言葉が放たれた。
『ヒッ……!』
 怯えながらも飛び出したカラカッサが先に動いた。雨の中、まずは挨拶代わりとばかりにナイトヘッドを仕掛けてくる。
 攻撃力は低いが攻撃範囲が広い為、回避が難しい。慌てて効果範囲から逃げようとガシャークが動いたが、逆にカラカッサが近付いてきた為にナイトヘッドが命中してしまった。
 黒い霧がガシャークを包み込む。
『ケッケッケ、そして……蛟を蜂の巣に!蜂の巣に!!』
 カラカッサは自身の顔である傘を開くと、頭の金属部分からタネマシンガンを発射した。凄まじい勢いで回転しながら、黒い霧の中に銃弾に見立てた硬い種を打ち込む。
 実際、この速さで発射していると銃弾の威力とそう変わらないだろう。
「相手の動きを封じてからゆっくり料理する。バトルの鉄則ね……」
 しかし、霧が晴れた瞬間、カラカッサは自分の瞳を疑った。ガシャークがいないのだ。
『た、確かに……蛟は闇に囚われたハズ……どうして……』
『鉄則ってのをもう1つ追加しとけや。『常識が通用しないのがバトル』、だろ?』
 カラカッサの背後に回っていたガシャークは彼の背中に深い傷を付ける。ポイズンクローはカラカッサに大打撃を与えるどくタイプに属していた。
「よし、怯んだ所を追い討ちするんだ!」
『やっぱマスターとポケモンが違うと、背負うモンが無えから弱ェな!!』
 今度は下駄を履いていた裸足の足に噛み付いた。そのまま毒を注入する。
『グッ……グアアアアアッ!!』
 必死に振り解こうとするが、一度噛み付いたが最後、倒れるまで離さない所はスッポンより執拗だった。足を出鱈目に振り回して抵抗を試みるものの、どんどんHPが削られていく。
「己の身体を犠牲にしても減少を食い止めなさい!駒にもなれない下種では無いでしょう?」
 カッと眼を見開いて威嚇するユキエ。カラカッサは恐怖に怯え、足を天井にぶつける事で無理やりガシャークを引き剥がした。
 天井から落下したガシャークは受身を取れずそのまま地面に叩き付けられてしまう。
「ユキナリ君、人間とポケモンを強く結び付けるのは恐怖よ。絆なんていざとなれば本当に脆い……!私は絆なんて信じない。特に貴方の様な、偽善の塊みたいな少年はね!!」
「なら、証明してみせますよ。僕とポケモンの絆は、確かに本当に確かなものかは解らないけれど……それでも僕達は必死に頑張ってきた。同じ夢を追ってきた仲間なんです。
 だから、勝たせてもらいます。貴方だけには負けられない!!」
 カラカッサは先程のポイズンクローとかみくだくの影響で既にボロボロだった。
 毒液を注入され、幸い毒状態にはならなかったもののレッドゾーンに突入している為1発くらって倒れてももう不思議では無い。内心ユキエも焦っていた。
 (確かにサヤのポケモンは強かった……ユキナリ君のポケモンはそれ以上と言う事かしら。まあそれでも、結果的には私が勝つ。彼を翻弄してあげるわ……)
『負けられない……負けられない……!!』
 カラカッサは衰弱と恐怖で必死になっていた。恐怖に縛られた力と言うものは実際恐ろしい。勝たなければと言う強迫観念が心を追い詰め、無理やり全力を出そうとするのだ。
 カラカッサははっぱカッターを滅茶苦茶に繰り出した。どれか1発でも当たり、相手が怯めば次の攻撃に繋げられると踏んだのだろう。
 ガシャークはやはり広範囲の攻撃には弱い様で、尻尾に掠った攻撃が一瞬動きを止めてしまった。
『や、やべェ……』
『蛟を殺める……殺めないと滅ぼされる……』
 カラカッサは呪詛の様な言葉を呟きながら、特大のシャドーボールをガシャークに向けて放った。逃げられなくなっていた所を当てられ、壁にぶち当たってしまう。
『ち、畜生……結構くらったな……』
 ガシャークのHPをポケギアで確認すると、イエローゾーンの前半側まで減っていた。半分より若干上、と言った感じである。ユキナリにはまだそれ程の焦りは無かった。
 (まだ大丈夫だ。精神を研ぎ澄ませて一撃を放てばそれで勝てる。問題は相手がその時間をくれるかどうかだけど……相手と同じ様に無理やり作るしか無いよな……)

夜月光介 ( 2011/08/12(金) 21:16 )