第9章 4話『四天王次鋒 熱血爆炎教授 VSカツラ』
(な、何て速いんだ……僕ならともかく、ガシャークにも見えていないなんて……一方的にダメージが与えられていく……何とかしないと……)
『俺様をなめるなよ!』
『格下とは思っていない。寧ろ、対等な敵だからこそ全力で潰すのみだ』
ライボルトはそう言い放つと、背後からスパークを浴びせたばかりだと言うのに真正面から飛び掛ってガシャークを押し倒した。噛み付こうとしてくる。
『糞野郎!』
牙から抽出された猛毒が、今度はライボルトの額に命中した。高熱の毒がライボルトの体力を奪い取っていく。
『クッ、俺とした事が……油断したか!』
マウントポジションを取った事で心の余裕が生まれてしまったのが原因だろう。スピードスター、スパークを連続でくらったガシャークの息はかなり荒くなっている。
対してライボルトも毒状態となり、じわじわとダメージが加算されていく。
「素早さは圧倒的に貴方の方が上よ!一気に畳み掛けなさい!」
『了解した……』
ライボルトは無理をして雄々しく立ち上がると、体全体に黄金の電撃を纏った。
『受けてみよ、俺の最強の速度で繰り出される電光雷撃を!!』
ライボルトは瞬間的にガシャークとの距離を詰めると、ガシャークに強烈な頭突きを見舞った。その瞬間に纏っていた電気を全てガシャークに送り込む。
ガシャークは弾き飛ばされて床に叩き付けられた。HPもレッドゾーンに達している。
『無様だな。所詮貴様は俺の動きにはついてこれない……』
(ライボルトにはまだまだ余裕がある……イエローゾーンに達したばかりだ。でも、窮地に陥った時のガシャークの粘りがあれば、まだ解らないハズ……)
『マスター……俺様の強さはこんなモンじゃ無いぜえ。シャ、シャ……』
ぶすぶすと黒煙がガシャークの体から立ち昇っている。傷だらけ、まさに満身創痍だ。対するライボルトはガシャークによって体内に仕込まれた毒が、動きを若干鈍らせ始めていた。
『もう1度受けてみろ、俺の電光雷撃からは逃げられんぞ!』
稲妻の如きスピードでガシャークに襲い掛かるライボルト。背後に回り込むとガシャークにとどめの一撃を刺そうと体当たりを……
『オイオイ。困った野郎だな。俺様の背後にはちゃーんと瞳があるんだゼェ?』
ガシャークは最早心眼に頼るしか無いと目をつぶっていたのだ。
感覚でライボルトの動きを掴んだガシャークはそこに立ったままハッタリで揺さぶりをかけると、一瞬動揺したライボルトの腹に斜め一文字の深い傷を付けた。ポイズンクローだ。
「ブラフをかけてライボルトの進撃を無理やり止めるなんて……凄い知恵ね!」
シズカは対戦相手のポケモンの動きに、感心してしまった。本当は感心している場合では無いのだが。
『貴ッ様ァ!!』
激昂したライボルトは痛みをこらえてスパークを放つ。しかし精神を崩せば真の実力を発揮する事は出来ない。窮地に立たされた方こそが、相手を翻弄し勝つ事が出来る可能性を秘めているのだ。
『くらえ―――ッ!!』
避けられない攻撃である事は解っていた。ならばと肩口にしっかと噛み付き、相手のHPをゼロまで削り取る。スパークが当たったガシャークも笑顔を作りながら倒れた。
(何とか、相討ちを狙えたか……本当に強い。シズカさんのポケモンは僕のポケモン以上だ!)
「ステータスでは下でも、食い下がる力は上……貴方のポケモンの強さの原動力は、思いなのね……そういう点ではトサカと貴方の戦い方は似ているわ。
貴方が目指して追い抜こうとしているモノは私には望めないモノ……それでも、貴方の前に立ち塞がっている壁は間違い無く私なのよ」
長い前髪に隠され、彼女の瞳は片方しか見えていない。鋭い眼差しからだけでは、勿論彼女の思いを感じ取る事は出来なかった。それでも、ユキナリは思いに応えようとボールを握り締める。
「シズカさんに後悔させたくはありません……絶対に全力を尽くして、貴方に勝ちたい!僕の戦いを見せ、そして前に進む。僕にはそれしか出来ませんから……」
シズカは頷くと、エレキボールを再び取り出し、フィールドに投げ入れる。閃光と共に出現したのは、体格の良いいかにもな電気ポケモンだった。
『腕が鳴りますぜ、マスター。俺が電気タイプポケモン随一のエキスパートって所を見せてやりましょうや!』
(さて、今度のポケモンは何だろう……)
ユキナリは定例となっているポケギアでの図鑑項目閲覧を行った。
『エレブー・でんげきポケモン……電気を主食とし、電気エネルギーを自らの力や運動に変えている。
スピードのレアコイルパワーのエレブーと並び評される様に、並外れたパワーとタフさが売り。
その実、相手の攻撃を受け易いと言う脆い部分もある。空気中から電気を作り出し、自家発電を行う事も可能。充電器を買わなくても助かると自動車を持っている家族には大人気だ』
(特殊能力は……?)
『特殊能力・電熱蓄電……でんきタイプの技を使うとその都度攻撃力が少量ずつ上昇する』
(パワーに磨きをかけてくるってワケか……ステータスで見れば防御力は普通で、体力がかなり高い……パワータイプのポケモンじゃ力負けする危険も充分にある)
いずれにせよ、四天王の切り札に付くタイプが解りかけていたユキナリにとって、コセイリンは絶対に残しておかなければならないポケモンだ。ヤナギレイに粘ってもらうしか無かった。
「食い下がって、何とかエレブーを倒してくれ、ヤナギレイ!」
フィールドに出現したヤナギレイは自信満々と言った表情で相手を見据えている。
『今回ばかりは良い所を見せて、マスターの信頼を確固たるモノにしたいですね♪』
『おや、俺の相手はお嬢さんかい。生兵法は怪我の元だぜ。痛まない様に片付けてやるからな』
『そう、簡単にはいかないですよ。見ててください。私は貴方より格段に速いんですから!』
先に動いたのはヤナギレイの方だった。空中に素早く舞い上がると、十八番のシャドーボールを連続でエレブーに当てていく。凄まじい攻撃にフィールドは一瞬爆煙で見えなくなった。
「ヤナギレイ、相手はさほどHPを減らしてはいない。油断せずに攻撃を続けるんだ!」
「エレブー、相手の攻撃が蚊が刺した様なものよ。気にせず制圧前進しなさい!」
エレブーは身軽な動きこそ出来ぬものの、攻撃に耐えるタフさは見事と言う他無い。シャドーボールを何発も何発もまともにくらいながら、1度も怯む事無く射程距離へと近付いていく。
『地獄車!』
そう叫んだ瞬間、エレブーは前転からいきなり高速回転し、そのまま飛び上がってヤナギレイに襲い掛かってきた。
突然の出来事に体が硬直してしまったヤナギレイは、足掻く事も出来ずにその回転に巻き込まれ、エレブーと共に地面に叩き付けられる。
『ガッ……!』
青い血を口から吐き出し、その口を拭いてエレブーを睨み付けるヤナギレイ。だが、あまりの衝撃と激痛で空中に逃げる事が出来ない。我が物顔でエレブーが近寄ってくる。
『詰めた距離を一気に引き離せば良いんでしょう!』
ヤナギレイの口から吐き出された風の渦がエレブーを包み込む。通常のポケモンならばココで吹き飛ばされてしまう所だがエレブーはアッサリと耐えてみせた。それでもダメージは受けている。
『何度でも、当てますよ!』
エレブーの動きは確かに遅い。カビゴンが歩いている程度のものだ。それでも尋常では無いタフさで攻撃を受けても全く怯まない。仰け反りもせずに我慢しながらターミネーターの如く迫ってくる。
「エレブーのHPはレッドゾーン手前だ!そのまま一気に押し潰せ!!相手のブラフに乗るな!」
動けない。迫ってくる。動揺せずにただ、彼女を殴る為だけに近寄ってくるエレブーにヤナギレイは恐怖を感じた。涙が止まらない。口がパクパク開閉する。手が震える。
『ひッ……嫌ああああッ!!来ないでェェ!』
『言ったろ?生兵法は怪我の元だって……サシの勝負ってのは非情なモンだ。実際に助けてくれる奴は1人もいない……
だが、俺達は幸せだ。何度死に掛けてもあっと言う間に回復する事が出来るんだからな』
射程距離。エレブーはヤナギレイの鳩尾に強烈なかみなりパンチを見舞った。
『ひうッ……!』
激痛と恐怖で動けない。威圧感に圧倒されて全く反撃出来ない。かみなりパンチを頬や腹に数発くらった時点で、ヤナギレイのHPはレッドゾーンに突入していた。
『さて、そろそろラスト行くぜ!』
エレブーがとどめとばかりに思いっきり拳を振り上げた瞬間、ユキナリは叫んだ。
「ヤナギレイ、勝ってくれ!僕達が前に進む為に!!君は1人じゃ無い!!」
その瞬間、放たれた拳をヤナギレイは受け止めていた。それを包み込み、ゆっくりと起き上がる。今度は逆にエレブーが動揺する番だった。
『バ、馬鹿な……動けもしなかったお前が……今になって何故動ける!?』
『恐怖に囚われていては勝負には勝てない。そう、確信したからです。貴方が私に与えた恐怖よりももっと恐ろしい恐怖は、敗北する事……
私は勝利する為に己の心を信じて戦います。貴方よりももっと強い相手と出会う為に!』
握っていた手を離した瞬間にヤナギレイのシャドーボールがエレブーを包み込んだ。巨大なエネルギーに翻弄され、このバトルで初めてエレブーがじりじりと後退する。
『マスターに認められた腕を持つ俺が負けてたまるかッ!』
無理やりにエネルギーから抜け出し、再びかみなりパンチを見舞おうとするエレブーの眼前に、氷の様な視線を向けているヤナギレイの笑顔があった。
『私の勝ちです』
(顔が笑ってねえ笑顔……怖ェェェェェ!)
恐怖は体を硬直させ、大きな隙を作り出す。ヤナギレイの放ったエアロブラストがやっとエレブーを吹き飛ばし、壁に叩き付けた。その瞬間、白目をむいてエレブーが倒れる。
『やりましたよマスター、勝ちました……♪』
エレブーを倒したとは言え、余裕の勝利では無かった事は事実だ。ヤナギレイのHPは非常に少なく、これ以上戦力になるとは考え難い。
だが、彼女がいなければコセイリンに負担をかけてしまう可能性がある事もまた事実だ。
(残りポケモンで勝負をかけるしか無さそうだな……イエローゾーンのフライゴン。レッドゾーンのエビワラー、ルンパッパ、ヤナギレイか……
勿論体力があるのはコセイリンだけど……まずはヤナギレイとシズカさんのポケモンを戦わせて様子を見てみよう)
「とうとう、最後のポケモンを出す所まで来てしまったのね……ユキナリ君、貴方は凄いわ。
素晴らしく強いポケモントレーナーよ。もしかしたら、貴方が今一番リーグの頂点に近いのかもしれない……それでも、私は全力で貴方の勢いを止めてみせる!
それが、リュウジ様の恩義に報いる為の唯一の手段ですもの!」
最後のボールがフィールドに投入され、シズカの切り札であるポケモンが出現した。
(人間に近い……2足歩行のポケモンで、体型も近いぞ……)
『御用ですか、マスター』
「また貴方の出番が来てしまったの。相手のポケモンは皆手強かったわ。頑張って勝って頂戴」
『おやおや、今年は随分お強いトレーナーばかりが参加してきたのですね。私も、少しばかり鈍っていたのですがようやく戦闘の感覚を取り戻してきた様です。
誇りと共に、相手を完膚無きまでに屠ってみせましょう』
水色の皮膚の外側でスパークを発生させているが、そのスパークは先程から相手にしてきた電気タイプのポケモンとは若干異なるものになっている。吐く息もダイヤモンドダストの様だ。
(とにかく、相手を知らなければ勝利する事は出来ないか……)
ユキナリは素早くポケギアの図鑑項目を閲覧した。
『ワットン・ひょうでんポケモン……粒子の様な雪の結晶が空気中で激しく摩擦する時に発生する電気を体外に排出する事で、威嚇や攻撃を行う。
相手にもよるが人間への忠誠力が高く、優れたトレーナーには一切反論しない。
夜の山で激しく光るワットンの群れは非常に美しく、特に冬になるとますますその光が強くなる為、多くの登山家・カメラマンに愛されている様だ』
(特殊能力は……)
『特殊能力・氷解……電気タイプの技を使っても1割氷漬けの判定を持つ』
(コセイリンなら脱出出来るけど、他のタイプは無理だ。まあどっちみち4倍ダメージを受けるフライゴンと、瀕死に近いエビワラー達じゃ氷漬けになる暇も与えられないと思うけど……)
『相手は凄く……強そうですよ。マスター……』
まだ口から青色の血を垂らしながら、腹を押さえているヤナギレイ。こうまで体力を減らされ、こんなステータスが全体的に高いポケモンに挑むと言うのは酷な話だ。
それでも、出来るだけ相手のHPを減らさなければならない。
「ヤナギレイ、とにかく攻撃を行うんだ。防御なんて考えなくて良い。相手に当たる確率をなるべく上げてくれ。倒されるまで攻撃の手を休めちゃダメだ。解ったね?」
『了解しました……でも、本当に余裕じゃ……いられないですね……』
『それで私に挑もうとするとは無様なモノですね。数秒で片付けてあげましょう』
ヤナギレイはキッと相手を睨み付けた。その鋭い眼光にもワットンは全く動揺の色を見せない。
「タフさを全面に押し出して育てたエレブーを退けても、戦いのエキスパートたるワットンはそう簡単には倒せない。私からの最後の試練だと思いなさい!」
「解っています。シズカさんとの戦いでも……僕は全力を尽くして勝たなければならないんだ!!」
今、ユキナリの願いは1つ。先へ進み、仲間との決着を付ける事。そして、自分がこの世界でどこまで通用するのか知りたいと言う事だけである。それ故戦いに多くの言葉は要らない。
バトルする者達には、その2人にしか解らない何かが確かに存在しているのだ。
「ヤナギレイ、防御は必要無い!ダメージを与える事だけに集中しろ!」
『1発でも多く……出来るだけ多く、当ててみせます!』
ヤナギレイは傷だらけの体を何とか奮い立たせると、片方の手で口の血を拭いながら、もう片方の手でシャドーボールを放った。精神力全てを使い切った魂の一撃である。
だがワットンは10万ボルトでそのシャドーボールを相殺させ、アッサリととどめを刺してみせた。
『私のシャドーボールよりも、威力の高い一撃で……仕留める……なんて……』
攻撃範囲が広い10万ボルトは、威力こそ少々雷に劣るものの、相手のHPを確実に削りたい時には非常に便利な技である。ユキナリはヤナギレイをボールに戻し、次のポケモンを用意した。
「頑張ってくれ、エビワラー!」
『チッ、やっぱり楽には勝たせてくれませんね……向こう側も必死になりますから』
『誰が出てきても同じです。マスターの為、貴方には退いてもらいましょうか』
冷たい氷の瞳がエビワラーの体を竦ませる。満身創痍の彼を戦わせている事自体が酷な事なのだが、その体でワットンと対等に戦うと言う事自体も酷な事であった。
無謀としか言い様が無い。相手のステータスは全てにおいて平均値を上回っているのだ。
「遠距離攻撃は相殺される。一気に近距離へと持ち込むんだ!」
エビワラーは上手く動かない足を懸命に動かし、何とかステップを踏んで相手に近付こうとした。だが無情にもワットンのれいとうビームが彼の腹を貫き、殆ど何も出来ずに倒れ込んでしまう。
(元々、無理を承知でやっている事……それであっても、流石に強い!シズカさんの切り札だけはある……ステータスだけ見ればトサカさんと実力は伯仲。いや、前のトサカさんと比べれば遥かに上だ!)
それでも、トサカはシズカを倒したのである。トサカのトレーナーとしてのレベルが向上している事が良く解る。ユキナリは深呼吸をすると、エビワラーをボールに戻しシズカの方を見た。
「その真っ直ぐな瞳を見ていると……やっぱり貴方はトサカに似てるって思う。丁度、トサカが島を出たのが12の時だったから、背格好も何処となく似てる……何だかちょっと戦い辛いわね」
冗談めかして言った言葉なのだろうが、シズカは確かに、ユキナリとの戦いに昔の思い出をダブらせていた。何度戦っても全く勝てなかった、トサカとのバトル。彼に憧れた。彼を越えたいと願っていた。
ただ、一途に彼の帰りを待っていた……彼を、救い出してやりたかった。
「ルンパッパ、最後の力を見せてくれ!」
フィールドにボールが投げ入れられ、ヨロヨロと立ち上がるルンパッパの姿が見えた。
『動けませんな……コレでは。こうなれば相手にダメージを出来る限り与えなければ……』
『誰であっても同じと言ったでしょう?』
ワットンはルンパッパの視界から消えて、そのまま背後に回り込むとれいとうビームを放つ。だがそのビームはルンパッパの体から若干逸れた。
いや、ルンパッパが必死に回し蹴りをした結果、ワットンの顔がずれただけに過ぎない。ルンパッパは一旦距離を取ったワットンからギガドレインで体力を吸い取り始めた。
だが通常で吸い取れるHPなどたかが知れている。それでもワットンの体力は初めて減った。
ルンパッパはレッドゾーンからイエローゾーンまで回復し、ワットンはまだグリーンゾーンの範囲内である。ワットンは食い下がるルンパッパに苛立ちを感じた。
『勝敗はもう決しているのです!格下のポケモンが何匹集まろうと、抗う事は出来ません!』
再びギガドレインを開始しようとしたルンパッパの動きを止める為に、ワットンはかみなりを発動した。上空に突如黒雲が出現し、動かないルンパッパの頭上に雷が落とされる。
このダメージは大きく、ルンパッパの残り体力を全て奪い取る結果に終わった。ルンパッパは黒焦げになって倒れ込む。
(削れた……今初めてワットンの体力を削れた!コセイリンも残っているしまだ戦える!チャンスは見えてきた。絶対勝つんだ!)
『私に歯向かう等100年早い。少なくとも、対等に戦える敵など存在しませんよ。徒党を組んで来られては……少々厳しい様ですがね』
1VS1のバトルならば負けないと言うワットン。既に3人がこの場所を通過している事実は否めない。自信もプライドも崩れつつあった。最強と言う言葉が通用しなくなってきている。
「ワットン。どんなに無様な姿を晒しても構わない。勝ちなさい。それだけで充分だから」
『……承知しております。マスター……』
惨めな姿を前の3人との戦いで見せてしまったのだろうか。ワットンの表情が一瞬暗くなった。
(フライゴンの地震はオールレンジ……広範囲に攻撃が広がり絶対にダメージを与える。おまけに電気タイプを持つワットンには効果抜群の技。一気に差を広げる可能性が出てきたかな……)
フィールドに出現したフライゴンはイエローゾーンで少し余裕があると言った所だった。対するワットンはこおりタイプの技を持っている為、短期決戦は確実。
フライゴンに課せられた使命は勿論相手の体力を削り取る事である。
『……相手はなまじ力があるばかりに咄嗟の攻撃には脆そうだな。マスター……』
『良いでしょう。その攻撃とやら、拝見させて頂きましょうか』
「ワットン、相手は地震攻撃を持っているわ!それでもこおりは4倍ダメージ。当てれば即相手のHPをゼロに出来る!ココが勝負所ね」
互いに睨み合い、隙を伺う2匹。どちらの些細な動きも見逃せない。緊張感が漂う中、焦れたワットンが先にれいとうビームを放った。だがそれが当たる前に地震が発動する。
「は、速い!」
シズカはフライゴンの瞬発力の高さに驚愕した。あのれいとうビームの速さならば、発動を止める事が充分可能であると踏んでいたのだ。
それをアッサリ覆され、フライゴンは倒れたもののワットンは深い傷を負ってしまう。ステータスを確認するとHPは半分以下にまで減っていた。
「な、何て攻撃力なの……私の切り札の防御力を遥かに上回っていると言う事……それでも、貴方の最後のポケモンにようやく追いつけた……ココから挽回しなくてはね」
ワットンはかなりの傷を負っていたが、それでもまだまともに戦えない程体力を減らしてはいない。最後のコセイリンとのバトルでワットンが意地を見せれば、シズカにもまだ充分勝利のチャンスはある。
(コセイリンの炎は勿論2倍ダメージ……連続でも、いや1発でも大技が決まれば勝てる。絶対に退けない……退けないんだ、最後まで諦めない!)
「貴方が優位に立っているからこそ、逆にその隙を突く事も出来る。劣勢こそ相手の力が最大限に発揮されると言う事を学びなさい。そして……貴方にだけは勝ってみせる!」
片方しか見えていない緑色の瞳の輝きが、激しい闘志を燃やしている事を示していた。あの頃に戻ったかの様に、ただ戦いを純粋に楽しんでいた少女の頃の自分に戻れたかの様に……
「コセイリン、最後の戦いは君に託すよ!」
フィールドに出現したコセイリンは、大きく息を吐くと相手の方を見据えた。
『ユキナリさん。僕達が終わるのはまだまだ先の話です……僕もユキナリさんも負けたくない。そうでしょう?気持ちは一緒です。ならば結果は1つしかありえないですよね!!』
蒼い炎がコセイリンの体から噴き上がった。リンギツネに覚醒した時から、全体的に戦闘力の向上が目立ってきた様な気がする。それでも勿論一般のポケモンより強い程度のハズなのだが……
隠されている本当の力が、漏れているのかもしれないとユキナリは思っていた。
『フ……フハハハハハハ!相応しい!最後の相手には充分相応しいですよ!それでも私が笑うのです。この状況下で勝てないと思う者は只の愚者……私は違いますよ。強いんですから』
コセイリンは精神を集中させ、哄笑したワットンは薄ら笑いを浮かべながら構えを取る。バトル開始と同時にワットンはコセイリンの目の前で堂々とれいとうビームを放った。
コセイリンはステップでそれを避けるものの、もう1度繰り出されたれいとうビームに当たってしまう。
『凍りましたね。さあ、溶ける前に殴ってあげましょう!』
しかしコセイリンはせいなるほのおを使い、氷を一瞬で溶かすと、その炎をワットンに向けて放つ。油断していたワットンはその攻撃をまともにくらってしまった。
HPが一気にレッドゾーンにまで落ち込む。床に倒れ込んだワットンの眼前に、掌を突き出したコセイリンが立っていた。
『僕の勝ちです』
『……早計ですよ。勝ちに逸る気持ちは解りますがね』
何時の間にかコセイリンの頭上に生まれていた黒雲から、急転直下で雷が落とされる。あまりの威力に怯んだコセイリンに、今度は10万ボルトの電撃が加えられた。
コセイリンのHPもイエローゾーンにまで追い詰められる。
『ハッハッハ!貴方が思っている以上に、私は強い!!貴方より遥かに強いんです!劣勢を覆すこの攻撃力!4匹を相手にしてこのHP残量!私は完璧に近い。いや、完璧な戦闘種だ!!』
コセイリンは肩で息をしながら立ち上がった。両者の攻防はコセイリンが終始優勢で終わるのかと思いきやワットンの圧倒的な攻撃力と素早さによって振り出しに戻る。
それでも尚、若干コセイリンの方が優位。1発くらえば倒れてしまうワットンには後が無い。
『僕も……戦闘種と言う言い方をするならば……最強とは言い難いですね。それでもその完璧を打ち破るのは心です。身体能力の高さだけじゃ無い。心がそれを打ち砕きます!』
『4度の負け等許されない、滅ぶべきは貴方です!』
ワットンは攻撃をさせまいとれいとうビームを立て続けに放った。コセイリンはそれを避けながら、確実に攻撃がヒットする間合いへと近付いていく。
油断して遠くから攻撃を出せば、その間にダメージを受けてしまう恐れがあるからだ……バトルの終了が近付いていた。
(覚えている……この高揚感。忘れてしまっていた……長い間。私の心の中に眠っていた闘志……揺さぶり、目覚めさせてくれた貴方には感謝しているわ、ユキナリ君……
終わりにしましょう。次の一撃で、決まるわ)
『取った!』
「行け―――――ッ!!」
力強く叫んだユキナリの姿が、あの時のトサカの姿と綺麗に重なった。
「何度やっても、トサカには勝てないわね……相性が悪いのかしら」
「バーカ、違えよ。そんな事で勝てねえと思ってんのか?」
「……じゃあ、何で貴方は私に勝てると思うの?」
「理論で語るな……理想も夢も全ては心の中で育まれる。最終的にはそいつの思いが勝つんだ。
俺の思いは……リーグに向けて動いている俺の思いは今の所お前より上なんだよ……多分な」
「強い、思い……」
過ぎ去った思い出の断片が、一瞬、フラッシュバックした。その言葉だけが印象に残っている。『思いが強ければ勝つ』と言う言葉が……
「……私の思いは……貴方より強くは無かったのね。トサカ……」
フィールドに立ち、動かなくなっていたワットンを見つめていたコセイリンは、ユキナリと目が合うとフッと笑った。ユキナリもそれにつられて笑う。
『ね、何とかなったでしょ?ユキナリさん』
「そうだね。やっぱり何とかなるものだよ。勝てると思えば勝てるから!」
シズカは暫し黙ったまま、コセイリンとユキナリの笑顔を見つめていたが、それに合わせるかの様に微笑して、ワットンをボールに戻し、ユキナリを見た。
「ユキナリ君……人の思いは時に歴史をも動かすわ。強い思いが世界を変えていく……そんな話をした事があるの。私にとってとても大切な人とね。子供の頃の話だけれど……」
「トサカさん……とですか」
「あーあ……やっぱり私はトサカに2度負けた様なものね。バトルの最中。何故か貴方とトサカが被って戦い辛かった。逆に終わってホッとしている自分がいるんですもの。
それじゃ勝てないわよね。トサカの思いも、貴方の思いも本当に強い。私には眩し過ぎる」
シズカの頬に涙が光っていた。悔しさからの涙では無い。何故だか、嬉しい。負けたのにそれが苦にならない……トサカに負けた先程の戦いでもそうだった。
暖かい心が癒してくれている様な気がした……長い長い眠りの後、やっと目覚めた。
(……眠っていた……私の志も、理想も……逃げていた。トサカがそれを教えてくれて、ユキナリ君が解き放ってくれた……もう逃げなくても、場所はココにあるのよね)
親友として、憧れていた。慕っていた。それでも、自分が認められたいが為に四天王のスカウトを引き受けた。実力と引き換えに、ずっと大事なものを失っていた……たった今、取り返せた。
「有難う。私と戦ってくれた事……大切なバトルになったわ。絶対に忘れない」
「僕もです……シズカさんと戦えた事。それが僕の次のバトルの糧になります。今までもそうでした。背負った分だけ頑張れる。シズカさんに勝ったからには、最後まで貫き通したい……
そう、思っていますから。最後には、トサカさんと勝負する事になるかもしれません」
「見てみたいわね……貴方とトサカの戦いを。18になったトサカと12のままの、光り輝いていたトサカの戦いに近い……勝つのはどちらかしら?経験……あるいは、思い……」
ゲートが開き、次の場所へと誘われている。ユキナリは、扉の向こうへと歩き始めた。
「……また、戦いましょう。今度は気負い無しで……一介のトレーナーとしてのシズカさんと」
「目指すは遥か高みね。私には見えない頂点だから……貴方とトサカに託すわ。頑張って……」
「……ハイ。皆から託された思いを無駄にはしません!」
扉が閉まり、ユキナリの姿がシズカの眼前から消えた。まだ涙は瞳から流れているままだ。
「あの時私は……トサカと同じ思いを持って旅立った。貴方が羨ましいわ、ユキナリ君。信念に従って生きていける強い実力を持っている。私には、夢に見合う程の実力は無かった……」
シズカは逆の扉を出て、施設のロビーへと戻っていった。彼等の夢の続きを彼女自身の瞳で確かめる為に……
紅蓮に彩られた部屋……4隅には炎を意識した彫刻が4体、全く同じ物が鎮座している。そのバトルフィールドに立ち、涙を流していたのはユウスケであった。
「ようココまで来た……ワシ相手によく頑張った……お前さんは本当に偉いよ」
ユキナリは言葉が出なかった。哀しくて喉が詰まる。声を掛けてやれない。
「有難うございました……精一杯戦って負けたんです。悔いはありません」
「お前さんはまだまだ伸びるよ。ワシと違って輝ける未来がちゃーんと待っとる。ワシにはもうそこまで時間は残されておらん……自分に負けてはいかん。それを、忘れずにな」
「ハイ……」
本当は、嗚咽だけで哀しみが消えはしないだろう。耐えている。目の前にいる強敵に対して、申し訳が無いので立ち続けているだけだ。ユキナリはその場から動く事が出来なかった。
信じたくなかった。ユウスケの旅は……ココで、終わりを告げたのだ。
「ユウスケ……」
嗄れたか細い声……やっと喉の奥から絞り出した小さな声。ユウスケはハッと気付いて振り返り、背後にいる大切な親友の姿を認めた。
「ユキナリ君……カツラさんは本当に強かったよ。完敗だった……僕も結構頑張ったんだけどさ。やっぱり炎タイプのポケモンとは相性が悪くて……」
必死に涙をこらえて笑ってみせるユウスケ。無理をしているのは見てすぐに解る。彼の努力は、今まで共に笑い、走ってきた道は何だったのだろう。
ユキナリは四天王戦で脱落する相手がいてほしくは無かった。それでも、自分が運命を変えられるワケでは無い。ユウスケが負けたのならば、先に進むしか無い。
「……大丈夫。ユウスケ……僕がユウスケの分まで背負うから、仇を取って先に進んでみせるよ。僕の戦いを見てほしい、絶対に勝つ。約束するから……」
「わああああ―――ッ!!」
抑えていた感情が一気に弾けてしまい、ユウスケは恥を忘れて床に突っ伏し号泣した。涙が床に落ちていく。滝の様に流れていく。
ユキナリは励ましの言葉もかけられずに、ばつの悪い表情をしている事しか出来なかった。それがたまらなく悔しい。
「……ユウスケの分まで僕が背負って貴方との戦いに勝ちます!」
「ウム。良い友情を見せてもらったぞ……その少年もなまじくさタイプで無かったらワシに勝っていたであろう実力じゃった。
いや、それでも少々追い詰められた局面もあったから、もう少しと言った所じゃ。さらに精進すれば何時かはまた来れる。ワシ達は待っておるよ。お主が再びこの場所にやってくる事を……」
「……ハイ……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を何とか元に戻そうとしても、この大きな挫折感から逃れる事が出来ずに、ユウスケはしばらく息を吐いて涙を止めようと必死にもがいていた。
数分後……落ち着きを取り戻したユウスケは赤くなった目を擦り、ユキナリの方を向いた。
「僕の分まで背負ってくれるってユキナリ君が言ってくれた事……本当に嬉しいよ。ユキナリ君ならきっと出来る。僕は自分の目で何度も見てきたんだ。ユキナリ君の活躍を……」
「ユウスケ。待ってて……もう少し時間がかかると思うけど、今度は嬉し涙での再会にしよう。僕は絶対にリーグチャンピオンになって、皆の期待に応えてみせる。約束するよ」
「うん。待ってる……ロビーで、ユキナリ君の戦いを見守ってるから……」
ユウスケはそう言うと、シズカがいた部屋への扉を開けて、ユキナリの前から去っていった。
「……ごめんなさい。迷惑をかけてしまったでしょう?」
「いやいや。あの歳で泣くなと言う方が酷じゃろう。ワシも昔はああじゃったよ。何度も挫折した……折れかかって、お前さんの様な奴がいて……立ち直れたんじゃ。
何時の時代も、基本的には何も変わっておらんよ。じゃが、誰が淘汰されるか、生き残るかは時代にも影響される」
黒いサングラスをかけたスキンヘッドの老人は、白い口ヒゲを触り、はにかんだ様に笑った。
「ちいと湿っぽくなってしまったが、仕切り直しと行こうかの。お前さんで最後じゃったな。ポケモンの回復もそう急かんから、ゆっくりやれば良い。ワシは気が長いんじゃ」
ユキナリは炎のフィールドに用意されていた回復ポッドに全てのボールを入れた。
「まずは自己紹介と行こうかの。ワシの名はカツラ。元々はカントーでジムリーダーをやっておったんじゃが、色々あって今はウオマサリーグの四天王を務めておる。よろしくな」
齢82の老人は、歳の割には本当に元気そうで、実年齢よりも若く見える。炎タイプのトレーナーであるが、ユキナリと対峙している彼はポケモン科学者が好んで着る研究服を着用していた。
「あれ?何で、研究服を着ているんですか?」
「ワシは四天王の一員でもあり、ミュウの研究者でもあるんじゃ。炎ポケモンも最初は研究しておったんじゃが、永遠の命を持ち最強の力を持つミュウに魅せられてしまってのう。
今は2足の草鞋じゃ。まだまだこの世界には解らん事がいっぱいある。ワシの研究はその断片にしか過ぎんからな」
「ミュウ……永遠の、命……」
ユキナリはスフィアとスイヨウの姿を思い出した。生き続ける事で世界に恵みをもたらすスフィアと、命に固執し最後まで帰還を望んでいたスイヨウ……ミュウは、彼女達に関係しているのだろうか。
「リーグ本部に研究室まで作ってもらえてな……本当にリュウジ様には頭が上がらんよ。
ジムリーダーをしていた頃、カントーにはグレンタウンと言う島の街があったんじゃが、火山の爆発により街全体が壊滅してしもうた。
ワシは双子島と言う場所でジムリーダーを続けようと足掻いたんじゃが、その島も海底火山の活発化によって沈んでな……
途方に暮れていたワシを拾い上げてくれたのがリュウジ様だったんじゃ。『貴方の才能をココで朽ちさせてしまうのはあまりにも惜しい』と言ってくれてな」
「そうだったんですか……」
「お主が友の為に力を尽くすと言うのなら、ワシは恩義があるリュウジ様の為に力を尽くす所存じゃ。どちらの信念が強いか、ココで確かめなければいかんのう」
ユキナリのポケモンの回復が完了し、ユキナリは全てのボールをベルトのケースに取り付けた。
「さてと、そろそろ戦うかね?」
「望む所です。カツラさんと僕の信念……背負っているモノに対して何処まで力を示せるか……ユウスケに見せてあげたい……その為には負けるワケにはいきません!!」
「まあそう気張らんでも良い。熱くなり過ぎると逆に見えなくなるモノもあるからの。お主は……ワシの若い頃によう似ておるよ。熱くなる所もそっくりじゃ。
バトルで人は己の誓いを果たそうとする。勝負でしか決まらない事もある」
カツラはフィールドにボールを投げ入れ、最初のポケモンを出現させた。
「まずはワシの相棒、ウィンディと勝負してもらおうかの。コイツも血気に逸り易いが、それでも充分な実力を備えておる。ワシにお前さんの実力の一端を見せてくれ」
(ウィンディか……!!炎タイプの中では伝説級に匹敵すると言われるバンギラスと同じクラスの強力なポケモン!!……いきなり、勝負を仕掛けてきたか……どうする?)
『ガルルル……さっきの眼鏡小僧よりか、まともな相手と戦わせてくれよ。トレーナー……』
ユキナリは心を落ち着かせる様に努めると、ポケギアで相手の生態を確認した。
『ウィンディ・伝説ポケモン……中国の故事に載っている『神狼』とはウィンディの事を指す。草原を風の様に駆け抜け、口から吐き出す巨大な火炎で全ての相手を焼き払う。
普通に捕まり育てると極端に強くなるバンギラスと似ているが、バンギラスと違い防御力には優れていない』
(それじゃ、特殊能力は……)
『特殊能力・威厳……バトル開始初回ターンのみ、相手は怯んで攻撃出来なくなる』
(厄介な特殊能力だな……その怯みから来る一撃が大きなダメージになる可能性は否定出来ない。炎タイプの重鎮だけあって炎タイプの技も多彩だろうし……やっぱり、出すか)
ユキナリは決心すると、自分のバトルフィールドに選んだボールを投げ入れた。
『ユキナリさん……ユウスケさん、本当に残念でしたね。可哀想です……』
「見てたのか……コセイリン。悔やんでももうどうしようも無い事だよ。それより今はカツラさんのウィンディに勝つ事だけを考えよう。ユウスケもこのバトルを見てるんだ」
「ほほう。変種ポケモンのコセイリンか。フタバ君の所で初めてお披露目されたポケモンじゃな。連盟の会議でレポートを読ませて貰ったが……君が持っている1匹以外のコセイリン、
いやコエンもコシャクも野生では見つかっていないらしい。それもワシが解明したい謎の1つじゃ」
(か、カツラさん!?……不味いな。僕が改造ポケモンだって事が露呈したら、失格になる危険性もある……どうしよう。ユキナリさんには迷惑をかけたく無いんだけど……)
コセイリンはコエンだった頃、フタバ博士の研究成果発表の場で紹介され、カツラに会った事がある。あの時カツラは既に教授の座についていた。コオリヌマ教授以上にポケモン研究に貢献していたからだ。
「突っ込んだ詮索は無しにしよう。見た所ステータスだけ見れば通常のポケモンの域を出ておらんわい……それでも、ワシのウィンディと対等に戦えると言うのは脅威としか言い様が無いがな……」
コセイリンは冷や汗をたらしながら溜息をついた。とりあえず秘密はまだ暴かれてはいないらしい。覚醒しなければ通常より強いポケモンクラスなので、まさか改造されているとは思われないだろう。
『教授、コイツ……そんなに強いんですかい?見た目は弱そうな奴ですけどね……』
「育て方が良ければ弱いポケモンも強くなる。ドーピングすら育成方法として容認されておる昨今じゃ。特にお主の様な志を持つ立派なトレーナーには、ポケモンがしっかり応えてくれるのじゃろう」
『そりゃ楽しみだ……俺に匹敵する強さのポケモンにはなかなか出会えないからな……』
『ユキナリさん。カツラさんとの最初のバトルです。気を抜かずに行きましょう!』
「そうだね……コセイリン。相手は炎技のエキスパートだ。通常通りの攻撃を受けるから、こっちも効果の薄い氷タイプの技を使わずに、炎タイプで真っ向勝負を仕掛けよう。力押しだ」
カツラは自信満々の笑みを浮かべていた。ユウスケを倒した実力を考えれば、確かに油断出来る様な相手では無い。それでも、トサカとホクオウが先に進んだのであれば、絶対に勝ちたかった。
「まずは相手が特殊能力で怯んだ所を火炎放射で襲うのじゃ!」
バトル開始と同時に雄叫びを上げるウィンディ。その衝撃がダメージこそ与えないものの、コセイリンの動きを一瞬止めてしまう。隙を逃さずにウィンディは灼熱の火炎を放った。
『炎タイプが炎タイプの技を使えば1.5倍のダメージになるって事ですね……』
それでも炎タイプを持っているコセイリンには、実際のダメージと比べると身体へのダメージは極めて少ない。HPは多少減ったもののグリーンゾーンを越えてはいなかった。
『まあ、それは僕も同じ事ですけど……!!』
『!!』
コセイリンも対抗するかの様に紅蓮の炎よりも温度が高い、青色の火炎を口から放出した。攻撃力の高いコセイリンから受けるダメージは高く、ウィンディはイエローゾーンに入ってしまう。
『攻撃力はアンタの方が上か……まあ俺にはそのハンデをものともしない必殺技があるんだが……』
ウィンディはニヤリと笑うといきなり足を踏み出した瞬間に加速してコセイリンに頭突きをくらわせてきた。
『うッ!?』
腹に一発くらったコセイリンは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられる寸前で何とか立ち直った。
『な、何て重い一撃なんだ……それでいて速い。今の攻撃が全く見えなかったなんて……』
「ワシのウィンディの必殺技は『神速』じゃよ。攻撃力80。ノーマルタイプの技ながら必ず先手を取れると言う素晴らしい効果を持つ。お前さんのポケモンが技を繰り出す前に攻撃が当たる寸法じゃ」
(し、神速!?伝説ポケモンに見られる最強クラスの技の1つ……ウィンディがそれを覚えられるのもバンギラス級のステータスを誇っている故か……厳しい戦いになってきたな……)
『今の攻撃は本当に効きましたよ。まだ腹がズキズキ痛んでます』
『だったら、その痛みも感じさせない様に気絶させてやるよ。俺の勝ちだ!!』
ウィンディはまた加速したが、攻撃を避ける事に集中したコセイリンは瞬間的に横っ飛びを繰り出してそれを避けた。
勿論、遠くから一瞬で相手の懐に侵入するウィンディの速度とは比べ物にならない位のお粗末なスピードである。スピードに秀でているハズのコセイリンが狼狽するのも頷けた。
「コセイリン、技の出が速いせいなるほのおで相手の動きを止めるんだ!」
コセイリンは素早く周囲の鬼火を掻き集めると青い炎の球をウインディに向けて放った。
『遅いぜ。欠伸が出ちまう……』
背後でウィンディの声が聞こえた時にはもう遅かった。背中を爪で思いっきり引っ掻かれて呻き、倒れ込んでしまうコセイリン。とどめとばかりにウィンディは片手を振り上げた。
しかしウィンディの攻撃は天井から降ってきた熱湯の雨によって中断される。蒸気が噴出する程の熱い雨に、悶え苦しむウィンディ。
「な、何と!ウィンディに悟られぬ様にもう1つの技を発動しておったとは……」
『ぬかったぜ……攻撃の遅さを手数でカバーしやがるとは……』
『ハア……ハア……このダメージは……痛いですよ、流石に……』
神速とブレイククローをまともにくらって、コセイリンのHPは既にレッドゾーンに突入している。一方ねっとうシャワーで火傷状態となったウィンディは半分以下までHPを減らしていた。
まだコセイリンに比べれば余裕があるものの、かなりのダメージを受けて動きが鈍ったのは間違い無い。
「コセイリン!相手も傷を負ってる。反撃を許さずに一気に倒すんだ!!」
『例え貴方が幾ら強くても、僕はマスターの為に戦っているんです。負けは許されません!』
『へッ、今の攻撃程度で俺の神速が鈍るとでも思っていたのか?お門違いだな!』
そう言い放つとウィンディはまたもやコセイリンの視界から消えて、凄まじい速度で突っ込んできた。
『神速にも弱点はありますよ。それは、必ず僕の射程距離へと近付いてくる事です!』
近距離攻撃である神速を避ける方法は先程学んだ。横に素早く飛べば回避は出来る。だがそれを攻撃にそのまま移行出来る方法を学べた。コセイリンはその場からジャンプしたのだ。
全神経を集中させ、紅蓮の影に飛び移るコセイリン。真上からの攻撃は非常に避け辛い。
『く、くそッ!テメエ、離れろッ!!』
『そんなにフサフサした毛を蓄えていては、逆に振り解く方が難しいですよ。ゼロ距離からの攻撃、耐え切れますか?』
長い毛を持ったままウィンディの背中で立ち上がり、火炎放射を口から放つコセイリン。身体を覆っていた炎と混ざり合い、巨大な火炎となってさらに激しく燃え上がる。
『ウオオオオッ!!』
白目を剥き、完全に怒りに身を委ねたウィンディはようやくコセイリンを床に叩き落した。
既にウィンディの身体からは湯気が立ち昇り、その凄まじい蒸気の中ウィンディは舌を出してハァハァと荒い息を繰り返している。立っているのがやっとと言う状態であった。
『ココまで……追い詰めてきやがったか……面白え……アンタ、最高に面白えよ!!』
蒸気が一瞬で蒸発し、地獄の炎の様な火柱がウィンディの身体を覆い尽くした。
『だがなぁ……俺の勝ちは揺るがねェ!!炎ポケモンの最強者はこの俺だァッ!!!』
ユキナリ側からはコセイリンの背中に残る、傷跡が生々しく映っている。コセイリンも限界を突破してウィンディと決戦する構えを取った。巨大な青色の炎が噴出する。
『応えましょう。僕の全身全霊の一撃を持って……どちらが互いのマスターを上へと導く事が出来るのか決める時です!』
『ウガァァァァァァァ!!』
『フンッ!!』
炎を纏って突進してくるウィンディと、巨大な蒼炎を片手に集中させて放つコセイリン。2つの炎は寧ろぶつかり合う事は無く、互いに交じり合って巨大な火炎へと変貌した。
『まさかッ……!!』
2匹はそのまま炎の中に巻き込まれ、それぞれが繰り出した技よりも大きなダメージを受けて力尽きる。そして両者共黒焦げの状態で炎の中倒れ込んだ。今までと同じ壮絶な相討ちである。
「確かに、今年の挑戦者は骨がありそうじゃのう……!」
カツラのサングラスの奥の瞳が、期待に満ちた光を宿した。
両者共にポケモンをボールに戻した後、カツラはユキナリに話し掛けてきた。
「さて……最初の戦いは見事じゃったな。戦略・攻撃共にまっこと素晴らしい戦いじゃった。トレーナーとして幾多の戦いを経験してきたのじゃろうが……
正直今ワシが戦った4人の中では、最も輝く可能性を秘めておると断言しても良かろう」
「ありがとうございます。カツラさん」
「ハッハッハ……しかし、ワシも昔は炎の鬼と恐れられた科学者。そう簡単に若い者に時代を明け渡してはつまらんワイ。
御主達が強い志を持ってこの場所へ来ているのは充分承知の上でそう言っておるのじゃ。越えてみせてくれ。ワシや、あわよくばリュウジ様を。そして、時代の鍵を握る覇者を!!」
炎のバトルフィールドに設置された像から炎が噴き上がった。赤く照らされたカツラの顔は、強いトレーナーと真剣勝負が出来ると言う感動に満ちた、笑顔になっている。ユキナリも笑った。
(コセイリンを、あそこまで翻弄した……圧倒的な攻撃力で蹂躙した!何て強い、素晴らしい相手なんだ!!
カツラさん……貴方を超えたい。そして、もっと先にある何かを……この手に掴みたい!)
「さあて、次のポケモンは……コイツじゃッ!!」
カツラがフィールドに投げ入れたマグマボールから、閃光と共にポケモンが出現する。
『あら、オバチャンの番なの?いやだねぇ、折角今シオガマデパートの特売品のチラシを見てた所だったのにさ!』
赤い炎を体中に宿しているポケモン……嘴を持っているが、どうやら鳥ポケモンとして飛べはしない様だ。
(さて、調べるか……)
ユキナリはポケギアで図鑑項目を開いた。
『ブーバー・ひふきポケモン。火山の火口付近に生息しており、周りの温度が高ければ高い程活発に動き回る。野生のブーバーは溶岩風呂に入り身体の傷を癒す。
防御力に優れており、身体を溶岩の様に硬くして身を守る。口から吐き出す炎はバーナーの炎よりも遥かに高い』
(特殊能力は……)
『特殊能力・マグマバリアー……炎タイプの技を使うとその都度防御力が少量上昇する』
(短期決戦が望ましいが……そう簡単に水タイプを持つポケモンを出すワケには行かないな……純粋な炎タイプであれば対等に戦えるポケモンを出した方が得策だろう。
カツラさんがこの先どんなポケモンを使ってくるか、読めないんだ……慎重に行くしか無い)
ユキナリはそう考えると、フィールドにヤナギレイが入ったボールを投げ入れた。
『どうも、初めまして♪私、マスターであるユキナリさんの相棒、ヤナギレイと申します』
『あら、可愛い娘さんだこと。よろしくね。オバチャンこう見えて、身体が硬いんだよ。長期戦になるかもしれないから、最初にその事は謝っておかなくちゃ』
「ふむう……エスパー・ゴーストのヤナギレイを使ってきおったか。技のレパートリーが多い分、弱点を突かれると極端に脆いと言う弱点を持っておる。しかし、侮り難い相手じゃ」
(ブーバーの攻撃力を出来るだけ早目に削っておかないとな……幸いな事にブーバーは空を飛べない。空中からの攻撃に秀でているヤナギレイなら、きっと相手を圧倒出来るだろう……)
『負けても、恨みっこ無しだよ。オバチャン強いからね』
『私だって、マスターの為に頑張ってるんです。見くびらないで下さい!』
先に動いたのはブーバーの方だった。地上付近にいたヤナギレイに、挨拶代わりのサイコキネシスを見舞う。広範囲の攻撃だったが、ヤナギレイは天井近くまで上昇してその攻撃を避けた。
(ヤナギレイはエスパーの攻撃には強い!やっぱり有利か……)
『うーん。そんなに高い所に飛ばれちゃ攻撃出来ないよ……』
だがそれはブーバーの仕掛けたブラフだった。次の瞬間ブーバーの拳から炎の球が飛び出し、凄まじい速度でヤナギレイ目掛けて飛んでいく。ヤナギレイは慌ててそれを避けた。
『と、思ったかい?』
『いいえ……全然。マスター、今のは速かったですけど、何とか避けましたよ♪』
「ヤナギレイの速度はブーバーよりも遥かに上か……まあ、防御重視のブーバーに素早さを求めるのは酷じゃったな。攻撃の速度で引き続き攻めるんじゃ!」
『教授がああ言ってるからねえ。コレも仕事だから仕方無いよ。アンタみたいな可愛い娘を攻撃するのはちょっと気が引けるけど……』
ブーバーはそう言いながらも、拳を突き出して両方の手から炎の球を飛ばした。ヤナギレイを狙うのでは無く、どれか1つが当たれば儲けものと出鱈目な攻撃を繰り返す。
『速い……これじゃあ、私が攻撃を仕掛けるチャンスが出来ません!』
避ける事で相手に反撃する事が出来ない事に、ヤナギレイは狼狽していた。これでは疲れてきた所で必ず一撃が入り、怒涛の連続攻撃をくらいかねない。
その間にもブーバーの防御力は少しずつ上昇していくのだ。ヤナギレイはブーバーが打ち出す炎の球の死角を探した。
「ヤナギレイ、逆に近寄れ!遠距離攻撃を一旦封じるんだ!」
ヤナギレイは頷くと、炎を避けながらあっと言う間にブーバーの背後に回り込む。