第9章 3話『四天王先鋒 バンカラ電撃娘 VSシズカ』
モニターの電源が落ちた後、ユキナリは言われた通りに回復ポッドにポケモンを入れると暫し待った。回復を終えた後それを待っていたかの様に最後の扉が開く。
(このエスカレーターの先に、夢にまで見た場所がある……!)
幼い頃からの夢だった。本来ならば他愛も無いただの夢で終わっていたハズなのに、今自分はその途轍もなく大きな夢に向けての一歩を踏み出そうとしている。
沢山の人がユキナリを支えてくれた。心から彼を応援して、戦いの場へと送り出してくれたのだ。
(皆が待ってる。行かなくちゃ……!)
ユキナリは今、未来に向けての大きな一歩を踏み出した。
その頃、シラカワタウンのヒョウガ邸ではユキナリの母親がTV画面を凝視していた。
(信じられないわ。私がお腹を痛めて産んだ我が子が、エリアの最強者となる為の関門を突破し、リーグに挑もうとしているなんて……)
「現実なのよね……今私が見ている光景は」
フタバ博士やホンバ助手に言われてずっと見ていたリーグ中継も、ユキナリが最後の難関を突破した事で途切れていた。
この後そのままウオマサリーグに挑む全挑戦者の中継が執り行われる。勿論、自分の息子が覇者になる可能性がゼロでは無い。
(ちょっと、外の空気でも吸って落ち着かなきゃ……)
頭を押さえて立ち上がったユキナリの母親は、一旦家の外へ出ようと玄関に向かった。玄関へと通じる廊下へと出た瞬間にユキナリの母親は再度自分の瞳を疑う。
「……ただいま」
雪崩に巻き込まれて行方不明となり、生存は絶望的と言われて死亡届まで出し、葬式まで行ってしまった自分の夫が、照れくさそうな顔をして立っているではないか。
「あ……あなた?」
「……ユキナリに諭されてな。戻ってきてしまった。いや、長居はしない。ただ、俺が生きているって事をちゃんとお前に伝えて欲しいと……」
ユキナリの母親はそのまま気を失って倒れ込んでしまう。
「ちょ、おい、大丈夫か!?」
アオヤマは必死に彼女を揺さぶったが、彼女が目覚めるには数分を要さねばならなかった……
エスカレーターの出口は、雪が積もる高原の頂上に通じていた。目と鼻の先に巨大な建物が見える。金色の装飾品で埋め尽くされた、贅沢極まりない建物だ。
「アレが、ウオマサリーグの会場なんだ……」
ユキナリは雪に足を取られながらも走った。心の中の高揚を抑える事等出来はしない。ただ嬉しかった。ココに来れた事が。
今から最強を決める戦いに参加出来る事への喜びが、疲れても尚彼の原動力となっている。自動ドアの大きな扉を抜け、ロビーに駆け込んだ。
「遅ぇぞ!待ちくたびれちまったぜ。全く……」
「やはりな。お前も当然来ると思っていた……」
「ユキナリ君。やったね!僕も何とかノベロードを突破出来たんだよ!他の皆も!!」
待合室で煙草を吸っていたトサカと、1人柱に寄りかかって目を閉じていたホクオウ、リーグ待合室にしか置かれていない書物を読み漁っていたユウスケが一斉にユキナリの到着に反応した。
ユキナリは彼等と再び合流出来た事に再び安堵の表情を見せる。
「よし、今からリーグ四天王が準備に取り掛かっているこの数十分の間に、出来る事をしておくんだ。ユウスケと一緒に色々見て回ると良い。
このフロアには珍しい商品を取り扱っているカッパショップ、ポケモンセンター、リーグスタッフ常駐の受付がある。お土産だけで無く、強力なアイテムがあったら迷わず購入しておけ。
ココが正念場だ……今何をするかで勝ち進めるか否かが決まると言っても過言じゃないからな」
「解ったよ兄さん……ユウスケ、一緒に行こう」
「そうだね。僕もまだショップは見てないんだ。母さんや父さんにお土産も買わなくちゃ……」
相変わらず暢気なユウスケと共に、ショップの方へ歩いていく2人。それをトサカは煙草を吸いながら黙って見送っていたが、やがてホクオウの方に向かって話し始めた。
「自慢の弟って所か?」
「……まあ、そんな所だ」
元々口数の少ないホクオウなので、会話は大して長続きしないが、この時は違った。
「……今では俺を追い抜いて、随分立派なトレーナーになったと思う。アイツは幸せ者だ。強さと言う観念を純粋に捉えているからこそ、皆が味方してくれる。それが糧になる。
孤独だからこそ強くなれる人間もいるが、ユキナリは誰かがいるから強くなれるんだ……まあ、そんなに強くなられると俺は俺で少し哀しい気もするが」
「そりゃ、アンタの弟だからな」
「……お前には、大切な人間はいないのか?」
「1人だけいる。幼馴染だけどな……俺は奴に勝たなきゃ何も得られねえ。それをアイツが思い出させてくれた……その点では感謝してるさ。
だが、アンタもあいつ等も最終的には俺が潰す。頂点に立つのはこの俺だ!」
ホクオウは自信を持ち過ぎて出鼻をくじかれ、堕ちていった者を何人も見てきた。だが、彼は違う。堕ちた所から這い上がれた者は、再び堕ちていく事を拒むだろう。
芯の強い男だと思った。勿論、それはホクオウが彼を見て感じた感想にしか過ぎないが。
カッパショップは、店と言うよりも観光地の御土産物売り場の様相を呈していた。
様々なリーグ関連グッズが所狭しと並べられている。人形やペナント、キーホルダー等……
「こういう商品の売り上げが、そのままリーグ収益金の一部になるんだってさ。
収益金は、主にリーグ運営団体から防衛回数に対してより多く与えられる資金と、中継等で得られるラジオ局、テレビ局の視聴率貢献に対するリベート金とか……」
エレキボール、マグマボール、オカルトボール、エメラルドボール、ゴールドボール……四天王とチャンピオンの使うポケモンのタイプを模したボールも売られている。
全ての商品を見てみても、やはり実戦で効果を発揮する様なアイテムは見つからなかった。
「とりあえず、記念は記念だからなあ。適当に買っておこうか……」
人形、キーホルダー数点、マグカップ、湯飲み、ゴルフボール……とにかく母親にと買ってみたら総額は1万円を越えていた。
50万円と言う金からすれば大した事は無いが、それでも12歳の少年が普通に買える量では無い。全てをPCで保管してもらい、ユウスケと共に一息をついた。
レジでは人間がおらず、機械が受付と料金の確認を同時に行ってくれる。
「父さんと母さん、喜んでくれるかなぁ……」
「きっと喜んでくれるよ。後はリーグの受付に行って、ルールの確認をしておこう」
リーグ四天王が待機する部屋の手前、受付にいる女性にユキナリは話しかけた。
「あの、リーグ挑戦者のユキナリとユウスケです」
『どうも初めまして。私、接客用ドロイドのタカネと申します。何の御用件でしょうか?』
「ドロイド!?人間そっくりのロボットなんだ……」
『ドロイドとは人間に模して作られたロボットが多いんですよ。私の様に人間そっくりと言うドロイドはなかなか珍しいんですけどね。ウオマサリーグの資本力の賜物です』
「確かに、資本力の多さは現在ウオマサリーグがダントツでトップだからね……」
「あ、それはそうと……リーグ四天王とチャンピオンに挑む過程を教えてください」
『かしこまりました。バトルは6VS6の勝ち抜き方式となります。ポケモンが1匹でも残った方の勝利となり、その後回復ポッドで全てのポケモンを回復する事が出来ます。
敗北してしまった場合は、その時点で挑戦権を失った事になり、再び各地のジムリーダーを倒してリーグ挑戦権を得ると言う行程を繰り返してもらう事になりますが、コレはあらかじめ聞いている事と思われます。
チャンピオンも同じです。5人連続で30試合を勝ち抜き、チャンピオンを倒した際には新しいチャンピオンとして殿堂入りし、このリーグの運営を行っている四天王の処分を決める事が出来るのです』
「運営している四天王の処分……」
「責任を取って解散させるか、存続させるか選べるんだよ」
ユキナリにはそんな話初耳だった。勿論そんな事は勝ってからの話である。今の彼にはそんな事を考えている余裕は無かった。
まずは、前へ、出来るだけ前へ勝ち上がらなければならない。3人もの強者がこの場所にいるのだ。全員、その強さはしっかり把握している。
それからどれ程の時間が経過しただろうか、ロビーで待ち続けているとアナスンスが聞こえてきた。
『準備が完了したので、君達には先程と同じ順番、つまりホクオウ君から順番にその扉をくぐってもらう。私の所まで辿り着ける兵の登場を心待ちにしているよ!』
「いよいよか……」
ホクオウはユキナリの肩を優しく掴むと、ユキナリの顔を凝視した。
「絶対に諦めるなよ。勝利の女神は諦めない者にチャンスを与えてくれる。俺も諦めずに邁進してきた……今が全力を尽くして戦う時なんだ。頑張れ……」
「兄さんもね……」
ホクオウは微笑むと、そのまま踵を返して扉の前へと向かった。流石に緊張しているのか、ホクオウの肩が若干震えている。
表情も険しい。心の重圧はいかばかりかと思うが、ユキナリもこれから同じ思いを味わう事になるのだ。
『まずはエントリーNO.1、ホクオウ君。入場してくれたまえ』
純金の枠に縁取られた黄色の扉が開き、ユキナリの兄は吸い込まれる様にドアの向こうへと消えていった。彼が入ると扉が何事も無いかの様に閉じられる。
「次は俺か……何年ぶりかな、アイツの顔は島を出てから一度も見てねェ……」
トサカの思い出の中で輝いている彼女の顔は12歳の時のまま時が停止している。彼が島から出た時のままだ。彼女がどんな姿になっているのか、未だ彼は知らない。
「トサカさんの幼馴染なんですよね……」
「ああ。正直本当だったら何時でもリーグへの挑戦は出来たんだが……逃げてたんだな。現実から。恐れや、躊躇いがあったから来れなかった。だが今は違う。
過去と向き合ってそれを未来に変えてみせるぜ。それが……アイツに対して俺がしてやれる唯一の償いだ」
煙草の煙を吐きながら、トサカは遠くを見ていた。過去の思い出が頭の中でフラッシュの様に光り、断片的に交錯しているのだろうか。
ユキナリも、ノベロードにいる間ずっと思い出を思い返していた様な気がする。それも、彼の様にそこまで昔の事では無い……
ユキナリは極度の緊張状態にあったが、他の2人も大差は無かった。トサカは何時もとは全く違い覇気があまり感じられなかったし、ユウスケは冷や汗を流しながら歯をくしばっている。
(そりゃ、そうだよなあ……ユウスケだってトサカさんだって、重圧を目一杯感じてるハズだ。僕だって……ココまで来ると、単なる敗北じゃ無くなるもの……)
負ければ今までの旅路、努力は全くの無に帰す。それに全国中継されているのだ。大衆の面前で敗北する事程不名誉で恥さらしな事はあるまい。帰ってみれば良い笑い者だ。
(皆で勝つんだ。そして最後は……僕達の勝負を!!)
ユキナリは四天王の実力を知らなかった。彼が思っている以上にトーホク四天王が強豪揃いだと言う事に……四天王大将がエリア全土を駆けずり回って集めてきた精鋭達なのだから。
「まあ、ざっとこんなもんだろう」
リーグ初戦を何とかこなしたホクオウは大きな伸びをした。準備運動をした事で自分の実力が十二分に発揮出来そうだと感じている。対する先鋒の女性は苦い表情を浮かべていた。
「こんな……結成当時から負け無しの私達が……アッサリこの扉を通してしまうなんて……」
「強かった。確かにお前が強かったが、俺にも意地があるんでな。勝たせてもらった」
「……通りなさい。リュウジ様の所に辿り着けたら、褒めてあげるわ」
紅蓮に彩られた扉が開き、ホクオウはニヤリと笑った。
「そりゃいいな。お前みたいな綺麗な女性に褒められるのは嫌じゃない」
その後姿を見送りながら、山吹色の長髪をなびかせる女性はぽつりと呟いた。
「……今年の挑戦者は一味違うわね。アイツだけじゃないんだ。私より強いトレーナーは」
『ホクオウ君が初戦の勝利を見事に飾った様だ……困ったなあ。結成から4年間も続いてきた無敗神話が崩れ去ってしまった。それが結構な自慢だったのに……
さて、次はトサカ君、君の番だね』
アナウンスの後、扉が音を立てて開き、トサカがそちらの方へと歩いていく。
「俺に勝った実力を見せてやれよ!どうせなら、最後は俺との一騎討ちでやろうぜ!!」
後ろ向きのままトサカは手を振ると、扉の奥へと消えていった。
「……また、僕達2人だけになっちゃったね。僕等の父さん母さんも、中継の様子を見てるのかなあ……」
「父さんも見てるかな。母さんに必ず会うって約束はしたけど、本当に守るかどうか……」
ユキナリは父親の強さを知っているからこそ、この戦いを見てほしいと心の底から願っていた。今、自分と戦いを経て心が通じ合い、共に笑った人々が、TVの前に座っている。
主役は……勿論彼等なのだ。
稲妻の形になっている彫刻が四方に配置され、フィールドの装飾も黄色や橙で統一されている。
それぞれの立つべき位置に2人は立っていた。どちらとも話しかけるタイミングを伺っている……顔を合わせるのは6年ぶりだからだ。
「……トサカ、随分男前になったわね。噂には聞いていたけれど……」
「お前こそ、半分男みたいだったのが綺麗に磨かれたモンだ」
トサカはナイフを弄びながら笑っていた。
「もう、会えないと思ってた……会うチャンスなんて2度と巡って来ない。私が自分のエゴでこの道を選んだ時から覚悟はしてたけど……今凄く嬉しいの」
「感慨深いぜ。船で出発した時の顔は忘れてねえ。道を外れた時もお前の写真見て、昔の思い出に浸る時もあったが……こうやってまた出会えたんだからな」
トレーナーと挑戦者の枠を越えて、2人は深い絆を持っていた。あの時離れ離れになるまで決して離れず、互いを支えて毎日を送っていた。
家が隣同士で同年齢だった事もあるだろうが。
「トサカと戦える日を待ってた……全力で戦いたいって。四天王先鋒として扉を守り続ける仕事を選んだあの時から夢を見続けていたけど……叶うのよね。それが」
「ああ。正直お前がどれだけ強いのか楽しみだ。唯一俺が心を許していた相手……俺が生涯で必ず乗り越えなきゃならない相手でもある。だから、妥協はしないぜ」
「望む所よ!」
四方の装飾が蒼い稲妻を放ち、2人の心を奮い立たせる。
「かかってきなさい!アンタが我に帰る間にも、私はずっと戦って、勝ち続けてきたのよ!そう簡単にリュウジ様の所へは行かせないわ!」
「上等だぜ。シズカ、お前すら俺にとっちゃ通過点の1つ……リュウジもそうだろうよ。俺に唯一対抗できる相手はユキナリだけだ!それを解らせてやる……!!」
互いの手の内は読めている。それだからこそ、油断は出来なかった。楽しく暮らしていたあの頃、別れてからの数年間が脳裏をよぎる。2人だからこそ、最高の試合になる。
「親友であり、私にとって最高の好敵手……アンタ以外にはいない。だから、この一時を楽しみましょう!空白の時間を埋める為にも!」
互いの姿が変わっていても、魂で分かり合える。それが友情と言うものだ。2人はそれを誰よりもよく理解していた。戦いが、今まで解けていた絆を結び直してくれるであろうと言う事も。
「トサカさんと四天王の1番手が戦ってるみたいだね……」
「シズカさん……だったっけ。日記に書かれていた名前の、トサカさんじゃ無い方」
トサカの親友……最初の相手は彼女なのだろうか。きっと彼女はトサカ並に強い……いや、ずっと暴走族として出口を見失っていたトサカより実力は上なのかもしれない。
「……僕達もその人と戦うんだね。まだ……実感がわかないや」
「僕も……何て言うか、ココにいる事自体全然現実味が無いんだ」
「それ解る。夢が突然叶えられたら、まず人は喜ぶよりも驚くよ。自分で現実にしていってもね」
ユキナリの隣には、彼にとっての『親友』がいる。どんな時も一緒に笑って泣いて、互いを励ましあいながらココまで来た大切な親友が……
何時かは、トサカの様に別れる時が来るのだろうか。その時、再びトサカ達の様に再会する事が出来るのだろうか?
(ユウスケは僕にとっての……かけがえの無いパートナーの1人だ。友達である事を誇りに思ってる。この戦いの後……何かが変わってしまう。
負けても勝っても。それでこの関係も変わってしまったら……寂しいな。そんなのは嫌だ)
不安は不安を呼ぶ。ユキナリは頭から不安を無理やり追い払った。
(センチな気分になってる場合か!僕は……とにかく今はリーグで勝つ。その一点を考える。僕の人生がかかってる大事な局面なんだ。負けられない……勝ちたい!!」
その時、ユキナリのポケギアから電話がかかってきた。慌てて受信ボタンを押す。
『ユキナリ君。緊張しているかと思って……ほぐれるかどうかは解らないけど、励ましの電話よ』
「博士……」
そうだった。彼女もまたユキナリにとって大切な存在。真の意味での師匠だ。
『僕も今シラカワタウンに戻って博士と一緒にTVを見ていたんだけど、やった!!って博士と一緒に大喜びしちゃったよ。まるで自分の事みたいにさ。博士なんか涙まで流しちゃって……』
『ホンバ君、それ以上言ったら減給するわよ』
『じょ、冗談でしょ。勘弁してくださいよ……』
ホンバ助手も元気そうだ。ユキナリも緊張が和らいで、肩の力を落として笑ってしまった。
『……大事な戦いだけど、もう私から何もアドバイス出来る事は無いわ。貴方は私の想像を遥かに越えるトレーナーになってしまった……今の貴方でも私にとっては雲の上よ』
「そ、そんな事は……」
『今世界中のトレーナーが貴方達の一挙一動に目を輝かせている。全ては貴方達が新しい時代の風になるかもしれないから。何時もそうだった。レッド君だって当時は新風と言われていたのよ。
古い世代が新しい世代に流されていくのはどんな世の中も同じ……だから落ち着いて、自分を信じ切れば必ず光は差すわ。私は信じてる。貴方達の誰かが必ず覇者になるって』
「フタバ博士……有難うございます。ユウスケと一緒に、最後まで頑張りぬきますから!!」
『ええ……本当に情けないわね。教え子の成長を目の当たりにして涙を流してしまうなんて。姉さんと違って私はまだまだ未熟だわ。私も貴方達の様に成長しなくちゃ……』
フタバ博士の頬に涙が伝っていた。泣きはらしたのか、瞳も若干充血している。
『それだけ、君達にかけていた期待は大きかったし、実際君達はその期待以上の活躍をしているからね……頑張ってくれよ2人共!他の2人の挑戦者に負けない様にしてくれ!』
ポケギアのTV電話画面が真っ暗になり、再び2人は視線を大きな扉の方へと向けた。
「負けちゃった……」
シズカは泣いていた。それは心からの嬉し涙だった。
「あの時までずっと貴方の事を探してた。風の噂を聞いて少しでも貴方の目に留まろうと暴走族に対抗する組織を作ろうともした……
見つからないで本当にやさぐれていた時、リュウジ様が私を拾ってくれたの。だから……その期待に応えようと必死だった……」
「泣くんじゃねえよ。みっともねえな……綺麗な顔が台無しだろーが」
「……ユキナリ君、だったっけ?」
「俺の目を覚まさせてくれた野郎だ。礼を言ってやれよ。俺がココに来たのはアイツのせいだ。アイツがいなかったら俺はまだあそこにいた」
「解ってる……うん、解ってる……」
ハンカチで涙を拭いながら、シズカは笑っていた。彼の実力が自分より上で……悔しい気持ちよりも、嬉しい気持ちの方が大きかった。彼が、本当に立ち直った事を理解したからだ。
「トサカ……リュウジ様に勝てるの?」
「やってみなきゃ解んねーだろ。そんなのはよッ!!」
トサカはナイフを振って大見得を切ってみせた。
「勝てるとか勝てねえとか、そんなんじゃ無えんだよ。俺は勝ちてえ。それだけだ。俺はもう迷わねえ。進むべき道に進む!」
紅蓮の扉が見えている。トサカはその前に立った。
「……トサカ……頑張ってね。出来るなら……リュウジ様に勝って!!」
四天王としては殆ど職務放棄の様な発言だったが、シズカは迷った末にこの言葉を発した。自分を救い上げてくれた男と、誰よりも絆が深い親友……
どちらを取るべきか迷っている。でも、黙っていたくは無かった。自分に嘘をつきたくは無かったからだ。
「言ったろ。通過点だって……大丈夫、お前の敗北を無駄にはしねえさ」
『トサカ君もどうやらシズカ君を倒した様だ。神話が崩壊した後も、やはりやってくれるね彼は……シズカ君と実力伯仲と言うのは当たっていたワケだ。
とにかく、次はユウスケ君の番だったね。自分の実力をフルに出し切って戦ってくれたまえ!!』
ユウスケは立ち上がると、扉の前に立った。
「……ユウスケ、頑張ってね」
「ユキナリ君、必ず……同じ舞台でもう1度戦おう!最後に戦うのは僕達だよ!!」
弱気だった彼も、旅を通して変わってきた。相変わらず体は丈夫では無いけれど、心は本当に強くなっている。
ユキナリをずっと見て、誰よりも強さをしっている少年は、今彼を越える為に戦う。彼の姿も扉の奥へと消えていった。
(約束だよ。ユウスケと僕との約束だ。絶対に……覇者を争うんだ!)
四天王も覇者も関係無い……その後に待っている人との戦いでこの旅を締め括りたい。それが、ユキナリにとっての嘘偽り無き思いだった。もう、時は近付きつつある。
「シズカさん……泣いていたんですか?」
ユウスケの言葉にシズカは頷いた。
「みっともない所を見せてしまったわね……リーグで涙のご対面、とは思わなかったわ。もう、奇跡が起こって会えたとしても別の場所でかと思ってた……」
「良かったですね。大切な人に再会出来て……」
シズカは袖で涙をぐいっと拭くと、何時もの勝気な表情に戻った。
「そんな気分には浸っていられないわ。これ以上リュウジ様の為にも負けられないもの。さてと……貴方は、ユキナリ君って子の知り合い……かしら?」
「ハイ、シラカワタウンから来たユウスケと言います。最初に来たホクオウさんも、ユキナリ君のお兄さんなんですよ」
「あら、そうなの……一言何か言っておけば良かったかしら。私ね、今凄く吹っ切れた様な……爽快な気分なのよね。ずっと心の底で思っていた大切な人が……
戻ってきてくれたから。まあ、アイツは気分屋だからずっといるとは限らないけど」
「……解る様な、気がします。僕にも大切な親友がいますから」
「トサカの時と同じで、手加減は一切無しよ!さあ、貴方の力を見せて頂戴!!」
『ユキナリ君。ついに君の番が来たよ……ああ、こりゃ全員突破されちゃうかな……特に君が一番強いと聞いていたからね。3人ともシズカ君に勝っちゃったんだよ。
4人全員シズカ君に勝たれると、リーグの威信が……おっと、お喋りが過ぎた様だ。それでは扉の先へと進んでくれたまえ』
ユキナリは立ち上がると、もう2度と見る事が出来ないかもしれないリーグのロビーを見渡した。もう、先にしか進めない。いや、絶対に退きたくない。
(強豪……本当の意味での強豪である四天王に勝って……チャンピオンに、勝つんだ!絶対……もし叶うなら、4人全員勝ち進んでいてほしい!!)
覚悟を決めて、少年は扉を開けた。
目にも鮮やかな黄色と橙の内装に、ユキナリは目を見張った。美しい装飾品の数々がバトルフィールドを引き立てている。主役はあくまでも彼等である事を暗示している様でもあった。
「ユキナリ君……初めまして。私の名前はシズカ。トーホクを代表するウオマサリーグの四天王、先鋒を任されているわ……それは良いんだけど、3人に負けちゃうと少し凹むわね……」
山吹色の髪に合う緑色を基調とした高校の制服。トサカは18歳なので、シズカも同じ18歳だと推測出来る。スカートの丈が長く、靴が見える程度。
我々の世界で言うなれば、一昔前の不良少女の様な風体だ。彼女にはその格好がとてもよく似合っていた。世に言う『バンカラ』スタイルであろう。
「貴方と戦う前に……まずはお礼を言わなくちゃいけないわね。トサカの目を覚ましてくれた事……本当に有難う。貴方がいなかったら、トサカはココには来なかった……」
「そ、そんな!僕はそんな大した事はしてません。あの戦いはトサカさんから偶然吹っかけられた喧嘩の様なバトルでした。僕は必死に戦って、結果的に勝っただけです。お礼なんて……」
「トサカ曰く『反吐が出る位糞真面目な奴』って言ってたけど……確かに真面目ねえ。まあ、純粋だからこそどんな状況にも順応出来て、勝ち抜いて来られたのかもしれないけれど……」
シズカは微笑むと、黄金色に輝くモンスターボールを取り出してユキナリの前に突きつけた。
「もう、準備は出来てるかしら?」
「ハイ、ジョバンニ先生に言われて、全てのポケモンの回復を済ませています」
「四天王になれて初めて感じた、勝利の高揚……貴方も、それを感じた事があるでしょう?でもね、本当は戦っている時が一番興奮する。自分の実力を……
『私』を全部相手に見せ付けるから。バトルはそのトレーナーの鏡だわ。だから……貴方の本気も私に見せてほしいの!」
ユキナリはしっかりと頷くと、モンスターボールを取り出した。
「シズカさんの気持ちを損なわない様に……最後まで絶対に戦い抜いてみせます!」
「トサカは私を越えて先へ進んだわ。貴方がトサカ以上だと言う事を証明して頂戴」
シズカは自分のフィールドに勢い良く最初のボールを放った。床に落ちると閃光と共にポケモンが姿を現す。
青い姿をしたそのポケモンの頭には発光体があり、それがフィールドをますます明るく照らしていた。ユキナリはポケギアを使い図鑑項目でチェックを行う。
『ランターン・ライトポケモン……深海に生息し、小魚ポケモン等を捕食している。
頭の上に輝く光はランターンのエネルギーを消費して輝いている為、長い間獲物が見つからないと照らす事が出来なくなる。最近では海底捜索のパートナーとして実用的に飼われている事が多い』
(特殊能力は……?)
『蓄電・電気タイプの技ダメージを受けると自動的にHPが回復する』
(電気タイプの技で攻撃しなければ良いだけか……相性的にはかなり厳しい。水と電気と言う特殊なタイプで、ダメージを与えられるポケモンを選ばないと……)
ユキナリは少しの間逡巡していたが、やがて決心するとモンスターボールを取り出した。
「僕は、このポケモンで貴方のランターンに挑ませてもらいます!」
フィールドに落とされたモンスターボールから閃光が飛び出し、ユキナリの相棒が姿を現す。
『ランターン……か。私の力がいきなり必要になるとは、流石四天王との戦いと言っておこう』
翼を広げ、相手を見つめるフライゴン。一方ランターンの方はニヤニヤ笑っている。
『マスター、久しぶりの対戦相手が皆手強かったですが、今回は勝てそうですよ』
「油断はしない事。ユキナリ君は……彼に勝った男だから」
シズカ自身、トサカの強さは承知していた。別れ離れになってしまってからも、彼が誰を倒したとか、そんな噂をよく聞いた……目的を見失い彷徨していた時も、彼の強さは変わっていなかったのだ。
彼女は自分の成功の為に大切な親友を見殺しにしたも同然だった。その事がずっと彼女の胸を締め付けていたのだが、ユキナリが解放してくれた。
それに感謝はしているが、今は対戦相手である。強い相手である事は充分に解っていた。
(ランターンは弱点が少ない……それでも弱点をキッチリ見つけてくるのは流石と言う他無いわ。
ランターンにとってもフライゴンは戦いにくい相手……様子見にしては、こちらが不利ね……)
「フライゴン、出来る事ならHPを残して、次の対戦相手に備えておいてほしい」
『確かにマスター、お前の言う通りだ。私は攻めに専念しよう。大したダメージは与えられまい……』
事実、ランターンの覚えている技はみずタイプとでんきタイプのみ。ドラゴンタイプと言う壁は大きく、みずタイプの技でしかダメージを与える事が出来ない。
シズカは2つの技でしか攻められない事に歯噛みした。向こうはじしんと言う決定打も持っている。
「ランターン、ハイドロポンプでフライゴンの動きを止めなさい!」
バトル開始と同時に焦って動いたのはランターンの方だった。キッとフライゴンの浮かんでいる宙を見つめ、口から凄まじい水の砲撃を行う。
だが回避には慣れているフライゴン故、アッサリとその攻撃を避け、お返しとばかりに強烈な地震を浴びせてきた。
『グウッ……!』
本来水タイプは地面タイプを苦手としないものだが、なまじ特殊な電気タイプ保有と言う所が災いした。
攻めにくいポケモンであるハズなのだが、相性とバトルでどう動くべきかと言う大切な事を、ユキナリとポケモン達はしっかりと学んでいたのだ。
「クッ……!やはり出来るわね。トサカ以上と思っていたのは本当に間違いじゃ無かったわ。相性の選択も見事と言う他無い……
それでも、四天王先鋒を任されているからには、簡単に貴方を通すワケには行かないのよ!」
ランターンの狙いすましたハイドロポンプが、今度はキッチリフライゴンの腹に命中した。
『ウオッ!?』
衝撃で身動きが取れず、そのまま天井まで吹き飛ばされるフライゴン。天井に叩き付けられ、通常ダメージとは言えかなりの傷を負った。
一方地震で2倍のダメージを負ったランターンは、既にレッドゾーン手前にまでHPが減っている。
2倍ダメージとは言え四天王のポケモンにコレ程のダメージを与えられると言うのは、相当にポケモンが成長している証と言えるだろう。
(フライゴンのHPはイエローゾーン突入。もう1回地震を繰り出せば否応無しにこっちの勝ちが決まる……
とにかく、出来るだけこちらのポケモンの体力を温存しないと、どんな切り札が飛び出すか予想も付かないからな……)
「ランターン、フライゴンの地震発動を止めなさい!」
『了解。頑張りますよー!』
威力は少ないものの、広範囲にダメージを伸ばし、確実に相手を仕留める波乗りが発動された。床がいきなり海原と化し、大波が天井付近から降りてきたフライゴンを襲う。
「フライゴン、回避に専念して、避け切った所で地震を使うんだ!」
『漣の様な攻撃だな。それでは私に攻撃を当てる事は出来んぞ!』
『どうかな……俺は当てられるって思ってるけど。ビックウェーブはこの後だからね』
荒れる水がさらに高い津波の様な高波を打ち出してくる。フライゴンは素早さがそれ程秀でているワケでは無い。
特に一点集中攻撃よりも追尾力が高い波乗りでは当たってしまう可能性の方が高かった。フライゴンは高波に張り手打ちをくらったかの様に吹き飛び、床に倒れ込んでしまう。
ランターンは勝ち誇った顔で狙いを定めた。
「相性だけじゃないわ。技量が全てを決める事だってある。最初のバトルは白星を取らせてもらおうかしら……ごめんなさいね、ユキナリ君」
『謝るのは私の方だ!』
床がグラグラと勢い良く動き出し、ランターンが放ったハイドロポンプは大きく逸れた。
『そ……そんな……俺の負け?』
ランターンは衝撃を受けてHPがゼロになり、そのまま気絶してしまった。一方ダメージは受けたもののまだ幾らかの余裕があるフライゴンは何とか立ち上がり、勝ち誇った表情を浮かべている。
(まずは手堅く1勝か……勿論、シズカさん相手に一時も油断する事なんか出来ないけど……)
「まさか、初戦でこうもアッサリと片付けられてしまうなんて……予想出来なかったわね。ユキナリ君、確かに貴方は素晴らしいトレーナーだわ。
的確な判断とテクニックは、トサカ以上かもしれない……トサカを超える者がいるとするならば、それはきっと貴方よ」
「四天王先鋒の貴方に褒めてもらえるのは嬉しいですよ。でも、僕なんかはまだまだ未熟で荒削りです。シズカさんと戦う事で、もっと自分の腕を磨けると思っています」
純粋に戦いを楽しんでいた。何処までも戦う事にこだわり、そして相手を思いやる暖かい心が溢れている。シズカはユキナリに、幼い日のトサカの姿を見た。
(そう、12歳で旅立ったアイツは、今の彼と全く同じ志と、その瞳を持っていた。不思議な気分ね……きっと負けてワクワクしているのは、昔に戻って戦っている様な気分だからだわ)
シズカは微笑むと、次のボールを取り出し、高く掲げてみせる。
「次のポケモンはユキナリ君、貴方でもそう簡単には倒せないわよ!」
フィールドに放たれたボールは強く光り輝き、ポケモンが金色のオーラを纏って出現した。
『ターゲットロックオン、命令拝受直後交戦開始……ジジジジッ……』
よく見ると、そのポケモンの金色のオーラはバチバチと散っている高圧電流が全体を覆っている為に発生しているものだ。凄まじい電流は、触れれば一瞬で黒焦げになる事を示している。
「このポケモンは……?」
ユキナリはオーラに隠れて目視確認がし難いポケモンのデータをポケギアで確認した。
『レアコイル・磁石ポケモン……3匹のコイルが磁力によって連結し、強力なパルスと電気を発生させている。
レアコイルの電気とパルスは強力で、落雷以上のパワーを発揮し都心一帯を停電させたり、パルスが影響して地震雲が生まれ、それを多くの科学者が本物の地震雲と勘違いし、大変な騒ぎに発展した事もあった。
磁場が広範囲に広がり、テリトリーに近付いたポケモンは引き寄せられ、あっと言う間に餌食になってしまう』
(さて、特殊能力が問題だな……)
『特殊能力・電磁力……電気タイプの技を使うとその都度レアコイルの回避率が少量上昇する』
(厄介な特殊能力だな……下手に攻撃を何度も許せば攻撃が当たらなくなってしまう。ココは短期決戦で決めないと。フライゴンは鋼に弱いから交代させよう……)
ユキナリはフライゴンをボールに戻した。四天王戦はどちらかのポケモンが全てHPゼロとなった時点で勝敗が決する為、軽はずみにポケモンを続けて使う事は許されない。
(コセイリンは切り札としてまだとっておきたい……となれば、やっぱりエビワラーか。鋼にも強いし瞬発力にも秀でている。問題は、近距離が届くかと言う所だけど……)
ユキナリはエビワラーの入っているボールをバトルフィールドに投げ入れた。閃光と共に彼が顔を出す。
『いよいよ四天王戦ですかマスター。今まで以上に気合入れて頑張りましょう!』
『相手ノ戦闘力ヲ分析……戦闘力ト移動ガ極メテ高ク、体力ト防御ハ平均……実力伯仲』
「レアコイルは全てのステータスを平均して高めた戦いのスペシャリストよ。弱点と言えば、秀でている所が無い分付け込まれ易いって事だけど……まあ、大丈夫よね」
『準備完了。交戦可能。命令待機……ジジジ……』
『こっちは何時でも良いぜ。サッサとかかってきな!!』
「エビワラー……選択のミスは無いわね。なまじ私の様にタイプを絞り、その道のエキスパートを目指そうとすれば必ず不利になる……それでも、私達は4人のチーム。
リュウジ様もカツラさんもサヤもいるのよ。ココで負けても、トータルでは必ず相手を圧倒してみせるわ!」
シズカが相手のエビワラーを指差すと、待ってましたとばかりにレアコイルが動き出す。挨拶代わりとばかりにいきなりエビワラーに向かって突進し、硬くなって体当たりを見舞いにきた。
『ビリアードのボールみたいだな。そのまま拳で殴り飛ばしてやるぜ!』
エビワラーは拳を突き上げて構えを取ると、超スピードで接近してくるレアコイルを待ち受ける。直前で後ろに回り込むレアコイルの動きも計算済みだった。鋼の装甲と拳がぶつかり合う。
『ハッ、見えてるんだよ!テメエの動き位……なッ!』
双方のエネルギーは殆ど等しく、ダメージを互いに与え合ってフィールドの端まで吹き飛ばされた。
「エビワラー、体勢を立て直して爆裂キックだ!」
「そうはさせないわ。レアコイル、10万ボルト!」
『了解。ターゲットハ射程距離内。命中確率、74%……』
電気の塊が巨大な球体となって、レアコイルの体から放出される。スピードは先程のメタルアタックの速度に近く、隙を作ってしまったエビワラーはその攻撃から逃れる事が出来ない。
『うおおおおおおッ!』
そのまま球体に飲み込まれ、電力でのダメージを受けてしまうエビワラー。チャンスとばかりに再び電気の充填を始めるレアコイルを見据え、効果が切れた所で再び走り出した。
『電磁砲発射準備完了。ターゲットニ命中スル確率ハ48%……』
エビワラーはHPの半分以上を削り取られていたが、対するレアコイルも2倍ダメージが幸いし、現在の所はそれ程差を付けていない。
エビワラーは走って間に合わないと感じると本能で動きを変え、スライディングキックを見舞った。
『予想外ノ行動。戦闘データニ収録サレテイナイ。極メテ危険……』
『バトルはプログラム通りに動くモンじゃねえ。大番狂わせもあるから面白えんだ。そうでしょ?マスター!』
転んだ瞬間、黄金のエネルギー波がレアコイルの瞳3つから放出された。ビリビリと大地が震え、3本のビームは大きな砲撃となって天井に着弾する。
「レアコイル、雷を使って!」
『遅い!』
エビワラーは瞳を光らせ、雷を落とそうとしているレアコイルを思い切り殴った。ゼロ距離だったので攻撃が当たる確率が少なくともしっかり当たってしまう。
『ガガ……危険……危険……HP、極メテ少量……』
「かみなりの当たる確率は雨が降っていない場合75%よ!必中とまではいかなくても、エビワラーを何処までも追いかけて攻撃するわ!」
上空に何時の間にか雷雲が出現し、エビワラーの頭上に移動している。
「エビワラー、レアコイルにとどめをさせ!」
『おらよッ!』
エビワラーが軽く『けたぐり』を当てた瞬間に、レアコイルは戦闘不能状態となった。しかし殆ど動いてもいない為、雷の直撃をまともに受けてしまう。
エビワラーのHPはレッドゾーンの後半で止まった。ゼロになってもおかしくなかったが、気力で耐えたのだろう。
『残りHPは13ですね、マスター……頑張り過ぎましたか……』
「全然問題無いよ。エビワラー……少しでも体を休めておいてくれ」
エビワラーとレアコイルはそれぞれボールに戻された。シズカは意外そうな顔をしている。
「私のレアコイルをあっと言う間に……只者では無い事はもう解っていたけど……予想以上だわ。貴方の強さは。トサカが貴方に対抗意識を燃やす理由がよく解る」
その屈託の無い微笑の中に、ユキナリは何故か深い哀しみを感じた。
(何故だろう……シズカさんがとても哀しい人に見える。トサカさんと再会出来たのに……恐れがあるのかな。また、いなくなってしまうんじゃないかと言う恐怖が……)
「さてと、これで私の残りポケモンは4匹ね。まだまだ強いポケモンが残っているわよ。知略と体力、精神を最大限に活かして戦えば勝利の光が見えるかもしれないわ」
シズカはエレキボールを1個取り出すと、自分のフィールドに放り投げた。閃光と共に姿を現した3匹目のポケモンは、モンスターボールの様な姿をしている。
『ありゃ?また出番ですかマスター。今日は随分呼び出されますね。強いトレーナーばかりって事ですか。久しぶりに動くんでやっと本調子が出てきた所ですよ』
巨大な球体……マルマインだ。ユキナリはポケギアでマルマインの項目をチェックした。
『マルマイン・ボールポケモン……巨大な爆弾ポケモンであり、少しの刺激で大爆発してしまう事から、テロリストが用いたりする。
常に強力な電気を撒き散らしており、発電所の近く等、電気が発生する場所に集まってくる性質を持つ。体の構成物質は地球上に存在しない物体と定義されており、未だその生態には謎の多いポケモンである』
(特殊能力はどうかな……)
『特殊能力・放電……でんきタイプの技を使うとその都度相手に少量の追加ダメージを与える』
(確認してみると、どうやらリッパーさんの使っていた爆弾タイプを持っている電気タイプのポケモンみたいだ。みず・ほのお・じめんに弱くて、いわ・ひこう・こおり・はがねに強いんだな……)
水に弱いとなればこのポケモンを使うしか無いと、ユキナリはボールを選んだ。
「爆弾タイプのポケモンは少し前に発見された新種のタイプよ。マルマインも最近爆弾タイプを保有している事が解ったの。攻撃に癖があって、対戦相手には敬遠されるけど……強いって評判なんだから」
「僕は、ルンパッパで戦わせてもらいます!」
ユキナリはボールをフィールドに投げ入れると、ルンパッパを出現させた。
互いのタイプを相殺し、むし・どく・ひこうしか効果抜群で無いルンパッパは、逆に相手を水で追い詰める事が出来る。戦わせるポケモンとしては文句の付け様が無い選択だ。
『俺の相手としちゃあ不足だな。もうちっと骨がありそうな奴が良かったんだが』
『我輩としても、力を出せる相手が良かったかのう。マスターの意向に従うだけじゃが』
マルマインのステータスを見ると目を引くのは体力の多さだ。爆発ポケモンだけに相手に強大なダメージを与える爆発を、使って耐えられる様に育てられている。
ただし、防御力も攻撃力も先程のレアコイルと比べてみればかなり抑えている気がしないでも無かった。体力の多さならばルンパッパも負けてはいない。
それに素早さこそ低いものの驚異的な攻撃力でそれを補う事は充分可能だ。ユキナリは指示を出した。
「ルンパッパ、ハイドロポンプで一方的に攻めるんだ!相手の反撃を許すな!」
「マルマイン、手数の多さで相手に与えるダメージを出来るだけ多くして頂戴」
ルンパッパは大きく息を吸い込むと、お得意のハイドロポンプを思い切り吐き出した。鉄砲水の様な水流がマルマイン目掛けて飛んでくる。
マルマインはそれに怯まず、当たる覚悟で『10万ボルト』を繰り出した。電気は水を媒介し、体に電気を纏ったマルマインにハイドロポンプが当たった瞬間、自動的にルンパッパにもダメージが来る。
『こりゃ、面白くなってきたゾイ!』
『たかが爆弾と、なめんなよ!まだまだお楽しみはこれからだぜ!!』
マルマインも口から電磁砲を放出した。相手の攻撃をなかなか避ける事が出来ないルンパッパにとってこの攻撃を受けるのは辛い。
早々とハイドロポンプを中止し、ワザと転んで攻撃を回避した。
『マスター、こちらの思う壺って所ですか!』
「ええそうね。相手に近付いて、大爆発を敢行しなさい!」
マルマインは体を回転させると、床を前転して移動し、あっと言う間にルンパッパの近くまで到達した。ニヤリと笑うとそのまま大爆発を行う。
『な、何と……!』
凄まじい爆煙が上がるが、ルンパッパは持ち前のタフさで踏み止まり、大してマルマインの方はレッドゾーン手前にまで体力を減らしていた。それでもマルマインの方が若干HPに余裕がある。
(大爆発をしてHPがゼロにならないのは流石としか言い様が無いな……シズカさんのポケモンは相当に鍛えられている……相手も相討ちを狙ってはいないだろう。
電気タイプの技で相手を倒して、次のポケモンに交代した直後、大爆発をしてフィールドから消えるハズだ……)
「ユキナリ君。貴方の考えている事は私にも解るわ。爆発を行う事が出来るポケモンがどれだけ強力か理解出来たでしょう?ただ、作戦に関しては読めない部分があったみたいね」
マルマインは再び吹き飛ばされたルンパッパの元へと転がりだす。
(そんな!とにかくルンパッパを確実に倒す為にもう一度爆発するつもりなんだ……)
ユキナリは歯噛みした。強力な技を受けて動けないでいるルンパッパに反撃するチャンスは残っていない。ココでマルマインと引き分ければ、不利にはならないものの相手のペースに持ち込まれる事になる。
「確実に倒しておかないと面倒な相手になりそうだから、こういう判断も必要なのよ。ただ、ユキナリ君はポケモンの数がまだ私より上回っている……コレを解消しなくちゃね」
迫り来るマルマイン。相討ちを許してしまうのかと思われた瞬間、うつ伏せに倒れ込んでいたルンパッパが顔だけを上げると、精神を研ぎ澄ました一撃を放った。
口から吐き出される狙い済ました水の砲撃は、マルマインの体に当たって体力を綺麗に奪い取る。
『まだ……そんな力が……残っていただと!?』
HPがゼロになったマルマインはルンパッパの寸前で停止し、完全にその動きを止めてしまった。一方ルンパッパはエビワラーと同じ様にレッドゾーンで倒れる寸前である。
大してシズカとの差が開いているワケでは無い。勿論、シズカにとっては残りポケモンの数が多い程脅威となるワケだが……
「前半戦終了って所ね。やっぱり貴方は素晴らしいトレーナーだわ。結成からずっと負け知らずで、カツラさんにすらトレーナーを会わせた事の無い私が押されている……
それでも、四天王先鋒の意地は貫かなくちゃ……」
ユキナリは不思議と緊張を感じていなかった。こんな大舞台に立っていると言うのに、今までのジムリーダーと戦っていた時の様な高揚感すら感じる。バトルが純粋に楽しくて楽しくて仕方が無いのだ。
(強い……!シズカさんは確かにジムリーダーの実力を凌いでる。だからこそ……勝ちたい!何処まで僕が通用するのか確かめたいんだ!)
互いのポケモンを手元に戻し、一息ついた所でシズカが話し掛けてくる。
「ユキナリ君……電気タイプのポケモンが持つ大きな特徴は知っているかしら?」
急にシズカに質問され、ユキナリは戸惑いながらもそれに答えた。
「ステータスで言うなら、やっぱり素早さだと思います。攻撃力の高さにも定評があるハズです」
「そう。素早さ……電気タイプの真骨頂ね。勿論、そのタイプだけが電気タイプと言うワケじゃ無い。マルマインの様な体力重視。レアコイルの様な防御重視のポケモンもいる。
けれど、魅力的と言えるのはスピード。戦い方の美しさで基準を図るならば、素早さ重視は相手を翻弄し、そして疲弊させた所を叩き潰す。私が次に出すのはそんなポケモンよ」
シズカはそう言い放つと、エレキボールをフィールドに投げ入れた。
閃光と共に出現したポケモンは、確かに見た目素早さに秀でていそうである。鋭い眼差しで見つめる視線の先には、勿論ユキナリの姿があった。
『俺を超えていく者は、運を持っていても勝てぬ。必要なのは実力だけだ!』
威厳に満ちたその姿は、確かに他のトレーナーを魅了する輝きを放っている。ユキナリはポケギアでこのポケモンの確認を急いだ。
『ライボルト・放電ポケモン……古代より稲妻の化身として恐れられてきたポケモンで、その速度は目視確認が出来ない程。相手は誰にやられたのか解らないまま倒れていく。
原因不明の山火事を引き起こし、周囲の自然に大きな災いをもたらす事も、ライボルトが人々に敬遠される理由の1つとなっていた。バトルではその圧倒的なスピードで相手を翻弄する』
(特殊能力は……?)
『特殊能力・疾風迅雷……ターン毎に素早さが1段階ずつ上昇していく』
(ステータスを見ても素早さが異常に高いな……先手必勝を旨とするポケモンか。他のステータスは四天王レベルだな。
突出しているのはやっぱりスピードだけだから、それについていけるポケモンを選ばないと……過去のバトルから考えると、やっぱり戦えるのは……)
ユキナリは暫し逡巡した後、モンスターボールを取り出し、自分のフィールドに投げ入れた。
『マスター、いよいよ四天王戦じゃねえか!張り切って殺ろうぜ、シャ、シャ、シャ……』
『ほう……貴様も素早さに秀でていそうだな。果たして俺の好敵手と成り得るか……』
「ガシャークとはまた、思い切った選択をするわね。攻撃力と素早さが高いけれど、スピードは私のライボルトには及ばない。見せてもらおうかしら、その実力を……」
「ハイ、宜しくお願いします!」
屈託の無い笑顔で勝負をするユキナリを見て、シズカは笑った。
(ああ……そう言えば、私にもこんな時があったっけ。背負うものも無く、ただバトルを楽しんでいた時が……
今の私は勝利に執着する為に、こうして純粋にバトルを楽しむ事が出来なくなっている。寂しいわね……貴方が羨ましいわ)
互いに実力を承知している。強い相手であるからこそ、負けられない。一瞬たりとも気が抜けないこの場所で、戦っているこの瞬間こそが、トレーナーの触れ合いなのだろう。
「まずは先制攻撃よ、ライボルト、スピードスター!」
『恐怖と言うモノを叩き込んでやろう。大海を知らぬ童風情が……』
ライボルトは体中の毛を逆立てると、その毛から光の粒を大量に放出した。光の粒は空中でまとまり、そのままガシャークの周りを囲んで体当たりを仕掛けてくる。
『畜生、逃げられねえ攻撃か!』
回避出来ない。先制攻撃が確実に行える。確かにライボルトは素早さに秀でている事で確実に相手へダメージを与える事が出来る。脅威以外の何物でも無い。
『馬鹿にしやがって……コレでも喰らいやがれ!!』
猛毒が仕込まれているガシャークの牙から、禍々しい紫色の毒液が吐き出される。しかしライボルトは余裕でそれを避けると、背後に回り込んでスパークを見舞った。
『グオオオッ!!』
あのガシャークが相手を捉えられていない。攻撃を満足に当てられていない。
「コレが、素早さを限界まで高めたポケモンの実力よ。足掻けば足掻く程、ターンが経過して余計にライボルトは強くなる。ライボルトを止められるポケモンはそうはいないわ……
ユキナリ君、貴方のポケモンは私のライボルトに勝てるのかしら?」