ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ− - ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第9章 2話『最後の敵は自分自身の心』
『オッシャ――ッ!!俺の戦いを見せてやるぜェ!』
 出現したのは海水パンツの様なモノをはいた筋肉隆々のポケモンだった。体色が水色と灰色の中間。牙を見せる顔は猛禽類を彷彿とさせる。金色の毛が頭から背中にかけて生えていた。
「このポケモンは……?」
 ユキナリは見慣れぬこのポケモンを調べる為、またポケギアの図鑑項目を開いた。
『カスイマー・ごうすいポケモン……冷たい滝に打たれ、全身の筋肉を常に引き締めているポケモン。
 零下30度を超える寒さの中でも平気で活動出来、災害時の救助活動等に使われている。戦う際には全身の筋肉を膨張させ、全てのエネルギーを一瞬にかけ、リミッターを外す事も可能』
 (特殊能力は……?)
『全力開放・『急所に当たる』確率がターン開始からゆっくりと上昇』
 (相手の接近を許さず、早くに終わらせるしか無い……か)
 かくとう・こおりタイプのポケモンに対抗出来るポケモン……回復ポッドでの回復を許可されていない為、残りの手持ちは2匹しかいない。この場合、選ぶべきポケモンは決まっていた。
「僕は、ヤナギレイでトウコさんのポケモンのお相手をさせて頂きます!」
 ボールが床に転がり、すっかり見慣れたヤナギレイが姿を現す。
 ヤナギレイも最初は素早さのみがとりえの様なポケモンだったが、リーグ挑戦に対しての気概が感じられる、風格のあるポケモンへと成長していた。自然と相手側の方も気合が入る。
『この場所へ到達したからには……絶対に負けるワケには行きませんよね、マスター』
 (ヤナギレイは不安要素も多々あるポケモンだけど、トウコさんのポケモンのタイプからすれば一方的に押していけるハズ……問題は、特殊能力だな……)
『……それでは、参る』
 トウコの合図と同時に先に動いたのはカスイマーの方だった。構えを取り、走ってヤナギレイに近付くと正拳突きを放つ。研ぎ澄まされた筋肉隆々の腕から繰り出される力は計り知れない。
 勿論、それを上空に逃げて避けられてしまっては意味が無いのだが。
『チッ、面倒なタイプだ。空も飛べんのか!!』
 歯噛みして悔しがるカスイマーの眼前に、空気の渦が迫ってきていた。慌てて防御の姿勢を取るものの、あまりの衝撃に防御さえ崩されてしまう。吹っ飛ばされて壁にぶち当たり、そのまま床に落下した。
『エアロブラスト、かなり効いたみたいですよ!マスター』
 (トウコさんのポケモンの最大の欠点は、近距離の攻撃範囲……遠距離の攻撃に対抗する技が全く存在しない事だ……かくとうタイプのポケモンだから、仕方が無いかもしれないけど……)
『まだだ。カスイマー、れいとうビームで相手の動きを封じろ!!』
 素早く体勢を立て直すと、カスイマーは口から絶対零度のビームを放った。拳のスピードにも匹敵するその速さに、流石のヤナギレイもまともにその攻撃を受けてしまう。
『肩が……ちょっと、不味い展開になってきましたね……』
 ポケギアで確認してみると、やはりカスイマーに与えたダメージの方が大きかった。相性抜群の差はある。それでも、ヤナギレイに与えられたダメージを考えるに、油断出来る相手だとは思えない。
「ヤナギレイ、サイコキネシスでとどめを刺せ!」
 ヤナギレイの瞳が紫色に光り、カスイマーの方向に向けられた掌からオーラが放たれる。エアロブラストよりか避けやすかったのか、カスイマーは逆に上空で苦しがっているヤナギレイの懐に潜り込んだ。
『姉様、やっちゃえ!!』
「ヤナギレイ、避けろ!」
 願いも虚しく、れいとうパンチがヤナギレイの腹を抉った。ヤナギレイは呻いて無防備な状態になってしまう。ポケギアで見てもヤナギレイのHPはかなり減らされていた。
『所詮はこんなモンだろ、エスパータイプのポケモンと言ってもよお!!』
 後退ったヤナギレイに、とどめの一発が見舞われる。だがその攻撃は、肩に傷を受けなかったもう片方の手から放たれたシャドーボールによって止められた。
『チイッ!!』
『マスター、覚えていますよね。初めて私と会った時に……私が貴方の願いを叶えたいと言った事を。共に高みを目指して、何処までも一緒に駆けていこうと!!』
 シャドーボールは額に命中し、カスイマーは反射的に顔を押さえてうずくまってしまう。
『痛ェ……なめた真似しやがって!俺を愚弄する気かよ!!』
 それでもまだ視界が回復していないにも関わらず、反撃の拳を振るうカスイマー。その拳は虚しく宙を舞い、見当違いの方向へと飛んでいくだけだった。
『申し訳ありませんが、マスターと私が目指している道はまだ遠いんです。こんな所で足止めをくらっているワケにはいきません。退いてくださいッ!!』
 勝負は決まった。今度こそサイコキネシスが彼の体を包み込み、そのオーラがカスイマーの体力をゼロにした。そのまま気絶したカスイマーは無様に床へと倒れ込む。
『ねえ……さま……』
 モニターの映像ではユカリは涙を流し、ジサイがそれをなだめていた。
『私がこれ程に、お前の実力を羨み、そして力を渇望した事は今まで一度も無かった……私の全力に勝利したのだ。最早私では、お前を止める事は出来ぬのだな』
「いえ、トウコさんは僕に無いものを持っています。逆に僕は貴方の方が羨ましい……僕は逆に力以外のものを渇望していますから」
 今まで戦ってきた相手は全て、ユキナリが羨む力を備えていた。力だけでは無く、想う気持ちや覚悟の決まった表情からもそれが伝わり、彼は自分が相手より弱い存在である事を知る。
 それでも、結果的に心が全てを決めた。欲望が勝利を掴み、前進する力を与えてくれるのだ。
『ユカリ、我々はトレーナーの未来を潰すだけでは無い。トレーナーを導かなければならないのだ。彼等の人生の踏み台になる時もある。それでも……私は前を向いていなければならない。
 ユキナリの様な信念を持った者と戦う為には、気丈な心を持っていなければならないからな。勿論、お前もまた同じ信念の強い者だ……』
 トウコは微笑みながら涙を流していた。ジムリーダーとして味わう挫折感。彼女は一体何度その屈辱を受け入れなければならなかったのだろうか。
 ユキナリは未だ彼女の思いを完全には理解しきれていない。敗北を経験していないからだろう。
「ユカリさん、必ず……もう1度戦いましょう。また会いに来ますから!」
『……姉様の仇は私が討つッ!それまでアンタ、誰にも負けるんじゃないわよ!!どうせなら、覇者になっちゃいなさいよ。
 そうなったアンタを私が倒して、最大級の敗北感を与えてあげる。だから……勝ち進んで……』
 幼いユカリにはまだ、目の前の現実を受け入れる余裕が無かった。強さの象徴と憧れていた人物が目の前で負ける姿を、もう3回も目にしている。
 それでも彼女がトウコを信頼する気持ちは変わらないだろう。人は何事も簡単には割り切れない。ユキナリとて、その気持ちが折れないからこそ、沢山の強敵と戦ってこの場所まで進んできたのだ。
「トウコさん、僕は……」
『解っている。お前の笑顔を見てみたいものだ。最高の笑顔をな……』
 モニターの電源が落ち、気絶していた相手のポケモンが回収された。ユキナリもヤナギレイと目を合わせてニコリと笑うと、彼女をボールへと戻す。
『また何時でも御用の時には呼んでくださいね。晴れの舞台なんですから張り切りますよ♪』
 ユキナリはボールを握り締め、しっかりとした足取りで次の部屋へと歩を進めた。

「見事な勝負であった。お前は既に私を超えている……ユキナリがお前の想像を遥かに超える成長を遂げていたからこそ、結果お前が敗北しただけに過ぎぬ」
 道場ではエンカイとその弟子達、そしてジサイ、ユカリ、トウコの道場関係者全員がTVに視線を向けていた。その中には勿論、彼女の姿もある。
「流石ですね、ユキナリさん……この調子でリーグ挑戦も余裕でしょうか」
「どうでしょうね……リーグの前にも猛者はまだいるでしょうから、ユキナリ君と言えども、楽に通れる道では無いでしょう。
 それでも、私が彼がその苦難を乗り越えていくと信じて疑いません。彼の心は予想以上に強くて、そして大きな志がある」
 椅子に座っている老紳士と17歳の少女は、大写しになっているユキナリの顔を見つめていた。

 (バトルだけではトレーナーの器は計れない……それでも皆がこの先にある1つの肩書きに魂を奪われる。
 『チャンピオン』と言う名の巨大な肩書きが、きっと沢山の人の夢を飲み込んできたんだろう。人生を狂わされた人だっているに違いない……でも、何故だろう。
 今は不思議とそんな危機感が無い。不謹慎なのかもしれないけど、高揚を感じるんだ。もう1度僕が心から尊敬している人達と戦う事が出来る。それが嬉しくて……)
 ユキナリは純真故に人の心を捉える。戦いに負けた相手をも幸せに出来る事もある。彼は今自分が勝ち進んで、未来にどんな結末が待ち構えているのか知らない。
 自分がこの戦いにおいてどんな立場に置かれるのか……解らなくとも、自然に導かれていた。夢と言う無形な物に対して曖昧な憧れを持ちながら。
 (負けたくない。ココまで来て、負けるワケにはいかないんだ!)
 エスカレーターの行き着いた先には、銀色に塗られた壁……銀一色の部屋が待っていた。
「オモリさん。貴方ですよね?」
 奥にあるモニターの電源が入り、スクリーンに彼の姿が映る。
『ユ、ユキナリ君……だったよね。ぼ、僕は……き、君ともう1度戦いたかった。ど、どうしてもあの決着にな、納得がいかなかったからね……
 だ、だからこうしてまた戦えると言う事に……よ、喜んでいる僕がいるんだ……』
 ジムの暗がりの中、バトルフィールドにたった1人で立っている彼の姿は異質だった。長い漆黒の黒髪の間で光る、眼鏡の奥の鋭い瞳がユキナリを奮い立たせる。
 (本気で来てくれるみたいだ……なら、僕もその本気に応えなくちゃいけないな……)
『き、君の強さは、は、半端じゃない……そ、その攻撃力も凄まじいものがあるからね。だ、だから……僕はあくまでもそれを防ぐ、さ、最強の鉄壁と言うものを見せてやる……』
 メグミやトウコの時と違って声援は一切聞こえてこない。純粋に、彼との一騎討ちである事を嫌でも理解してしまう。この静寂が、ユキナリにとっては辛い時間であった。
 (暗いな……とにかく、オモリさんのタイプからして、残しておいたコセイリンを使えば、比較的容易にこのバトルは終わるだろう。あと、コレを入れて3回か……)
 配管からボールが床に落ちて転がり、中からオモリのポケモンが顔を出す。
『ヒューン。ヒュ―――ン……』
 現れたのは氷の結晶体が巨大化したかの様な美しいポケモンであった。部屋の光に当たると純白の体がプリズムで七色に光る。その美しさにユキナリも一瞬見惚れてしまった。
『ひ、ヒョウケツは元々防御力が高いんだけど、ぼ、僕はさらに他のステータスを犠牲にしてぼ、防御力を強めたんだ。だ、だからと言って他の値が酷過ぎるって事は、な、無いけどね……』
 (ポケギアで確認しなくちゃな……)
 何回となく反復的に繰り返している動作なので図鑑項目を開くのもかなり素早くなってきた。
『ヒョウケツ・けっしょうポケモン……氷山と同化して、鋼の様な塊へと成長していく。その硬度は車に跳ねられても全く形が崩れない為、非常に硬い。
 その実ダイヤモンドの様に脆くなく、細胞が常に接着する事で安定を保とうとするので、ダイナマイトで爆破されてもピンピンしている』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・てっぺき……鋼タイプの技を繰り出すとその都度防御力が上昇する』
 (肝心のステータスはどんな事になってるんだろう……うッ!?)
 防御力と特殊防御のステータス値が300程度ある。そして攻撃する度に防御力が上昇するのでは凄まじく硬くなる事は必死だ。コセイリンの4倍ダメージでも簡単に倒すのは難しくなる。
 だが、その他のステータスは度外視されているせいか、最低では150を下回っている項目もあった。
 (コセイリンの攻撃力は流石に300はいかない……それでも、あちらの攻撃力が低ければ充分に勝機はあるだろう。タイプ相性を考える辺り、2分の1とはいかないだろうけど……)
 コセイリンはほのお・こおりである為、強力な技を多数覚えるが同時に鋼タイプからのダメージは普通に受けてしまう。しかし、攻撃力は低い為にダメージをそこまで受ける心配は無いだろう。
『ふっふっふ……す、ステータスだけで、は、判断するのは良くないな……ぼ、防御に徹するからには、と、特別な考えがあるって事を、か、感付かなければ一流のと、トレーナーとは言えないよ……』
 (策有りか……相手の作戦を潰しに掛からないと!)
 ユキナリはコセイリンを出現させると、先手必勝のセオリー通りに命令を下した。
「相手の攻撃力は低い!高い防御力も炎の一撃で吹き飛ばすんだ!!」
『4倍ダメージとは言え、防御力の高さは否めませんね……どうしたものでしょう』
 コセイリンは相手に電光石火の早業で近付くと、蒼炎の塊をヒョウケツにぶつけた。間髪入れずに口から灼熱の炎を吹き出す。全身を包み込みヒョウケツを燃やすものの、ヒョウケツは微動だにしない。
『ユキナリさん、相手のHPは減りましたか?』
 百戦錬磨の兵であるコセイリンの連続攻撃である。防御力の高いヒョウケツでさえも手痛いダメージを受けた。それでもまだやっとイエローに達したばかりである。非常に硬い。
 思ったよりもヒョウケツがダメージを受けている事に彼は焦った様子だった。覚醒モードに入るとどんよりとした空気が嘘の様に消えていく。鋭い目つきになったオモリは命令を出した。
『破滅の願いで相手のHPを削れ。発動前にコメットパンチを連続で出せばさらに防御力も上がる』
『ヒュ―――ン。ヒュ―――ン!!』
 ヒョウケツは天井を見上げ、何かを呟くと天井に突如星空が出現した。火炎放射を止めずに当て続けているコセイリンを一瞥すると、今度は渾身の体当たりを決めてきた。
 不意の一撃にコセイリンは大きく吹き飛ばされる。それでもダメージ自体は大したものでは無い。
『もっと連発しろ。当たるとか当たらないは二の次だ。防御力の上昇に集中するんだ!!』
 壁にぶち当たって床に転げ落ちたコセイリンだったが、掠り傷である事を知ると再び火炎放射を繰り出した。甘んじてその攻撃を受け、気にしないとでも言う様にそのままコセイリンに激突する。
『痛ッ……僕の攻撃をまともに受けても平気で攻撃してくるなんて……』
 それだけでは無かった。連続ではがねタイプの技を繰り出した事により防御力がどんどん上昇している。火炎放射2回分のダメージがあったハズなのに、体力はやっと半分程まで減らした程度だ。
『攻撃等どんどんしてくるが良い!僕のヒョウケツはその硬さが自慢だ!強力な技の攻撃力で元々の攻撃力をカバーし、最終的には勝利する!……防御こそ最強の攻撃になるんだよ!!』
 だがコセイリンの体力も並では無い。コメットパンチの全力を受け止めて緑色のままである。勿論それはヒョウケツの攻撃力が低く、上昇もしていないからでもあるのだが。
『ヒョウケツ、向こうも思いのほか体力が高い!相手の攻撃を無理やり止める位の根性でぶつかれ!消耗戦になるが、最後に勝つのは僕達だ!』
 その時、鋼の星が天井から降ってきてコセイリンの頭に命中した。頭を押さえてうずくまる所をヒョウケツのコメットパンチが襲う。もう一度コセイリンは壁にぶち当たった。
『なんて相手なんだ……僕の与えたダメージがまるで効いていない……』
 遠くからの火炎放射がヒョウケツを襲うが、さらに防御力を増していくヒョウケツには大して効果が無い。ダメージを甘んじて受け、もう一度渾身の体当たりが命中した。
 (か、回避しようにも……動きが予想以上に速い!いや、どっちみち避ければ相手の思う壺だ!出来るだけ相手が技を繰り出す前に攻撃を当てなければ、僕の方が負けてしまう!!)
『ユキナリ君、追い詰められているのを感じるだろう?僕は君のポケモンを1つの戦法へと追い詰めている。即ち消耗戦だ。だが、消耗戦ならば結局は防御力の高いこちらが有利……
 解っているだろうけどヒョウケツの防御力は今の攻撃で350程に達したハズだ』
 (迂闊だった……この人がそう簡単に勝たせてくれるハズも無かったか……だんだんコセイリンのダメージが向こうに与えているダメージに近付きつつある……いや、抜かれる!)
『ハア……ハア……まだ、ですよ……まだ、終わってません……』
 ヒョウケツの防御力の上昇にも限界値がある。ヒョウケツの防御力はもう上がらない。しかし、限界まで上げられてしまったと言う衝撃は大きかった。
 1発の攻撃が見えるか見えないか程度のダメージしか相手に与えないのだから。それでも、ヒョウケツのHPはレッドゾーンに近付いていく。
『ヒュ―――ン!!』
 ヒョウケツも次第に焦りを感じつつあった。ダメージを与えても与えても、自分と同じ様に平然と立ち上がり、確実に攻撃を当ててくる。HPも今やっと並んだ。
 これ程梃子摺る相手と戦う事が初めてであった。汗が滲み、ふつふつと恐怖心が鎌首を擡げてくる。
『絶対、勝ちますから……見ててください、ユキナリさん……』
 自分の持てる力を全て出し切り、巨大な蒼炎を出現させ、それをヒョウケツに投げつける。その渾身の一撃に恐怖を感じていたヒョウケツが初めてよろけた。
『!?馬鹿な、ヒョウケツが攻撃で仰け反っただと!?』
『今だ、チャンスを逃さず叩き込め!』
 コセイリンは全身を紅蓮の炎で包み込むと、その熱を上空に出来た雲に送り込んだ。そのまま倒れたヒョウケツに、高熱の雨が勢い良く降り注ぐ。
『ヒュ、ヒュ―――ン!!ヒュ―――ン!?』
 その瞬間、ヒョウケツのHPがレッドゾーンに突入した。まだ油断は出来ないと、倒れたヒョウケツにそのまま火炎放射を被せる。怒涛の連続攻撃で相手に起き上がる隙を与えない。
 (僕が負けたら、他のメンバーの努力が水泡に帰すんだ……負けてたまるか!!)
 そして、精神力を使い果たしたコセイリンが膝をついた時、ヒョウケツのHPはやっとゼロになる。コセイリンのHPもレッドゾーンに達していた。まさに消耗戦に相応しい決着である。
『あ……ああ……そんな……』
 膝をついたのはコセイリンだけでは無かった。オモリもまたガックリと膝をついて涙を流す。
『今までどんな思いでコイツを育ててきたか……君に負ける逸材では無いと思って育ててきたのに……負けた……消耗戦に追い込んだのに負けた……』
「オモリさん……ハッキリ言って勝てたのは偶然です。それに防御力が何時までも伸び続ける様ならば、僕には勝ち目がありませんでした」
『それでも……君の勝ちには違いないだろう。次に進んでくれ……』
 モニターの電源が落ちた。ボールに戻ったヒョウケツが回収されていく。ユキナリはコセイリンに素早く駆け寄ると、彼の健闘を称えた。
「君じゃ無かったら負けてたよ。本当に有難う……」
『ユキナリさんだけの夢じゃありませんよ。僕達だって殿堂入りを果たせば歴史に名を刻んだポケモンとして末代まで語られる事になるんです。
 それに……ユキナリさんの夢は単純に考えて僕達の夢でもあるでしょう?』
 ユキナリはコセイリンの手をしっかりと握り締めた。
「ココまで来たからには絶対に負けられないよね。リーグまでだってあと少しだ。こんな所で止まっているワケにはいかない。行こう!」
『ハイ、ユキナリさん!』
 満面の笑みを浮かべてみせるコセイリンをボールに戻すと、ユキナリは出現した扉を開けて再びエスカレーターに乗り上を目指した。

 (オモリさんの鉄壁戦法は見事だった……勿論、トサカさんや兄さん、ユウスケもオモリさんと戦って勝ったって事になる。僕が言うのも何だけど、本当に凄いなあ……)
 認めている。3人の強さはこの瞳、記憶が知っている。圧倒的な力でユキナリを追い詰めたトサカ。2度の戦いで互いの実力を計った事、味方となる事でも強さを知ったユウスケ。
 たった1度の直接対決ながら、父親に負けぬ貫禄を見せ付けた兄ホクオウ。3人全員恐らくリーグ挑戦権を獲得してみせるだろう。それならば、自分も退くワケにはいかない。
 だが次の部屋に入った時、ユキナリは自分の目を疑った。部屋の色が中央で分かれている。1色は水色、もう1色は紫色だった。と言う事は……
『ユキナリ君、久しぶりだね。今度の相手は僕達だ』
『そういえば貴方と戦うのは兄さんと同じで初めてなのよね』
 モニターも2分割されており、それぞれカイザーシティジムとミサワタウンジムなのが解った。7回目のバトルは……ダブルバトルと言う事か!?
 (待てよ……セツナさんとルナさんが相手って事は、最後にもう1人いるって事だよな……誰なんだ、その最後の相手は……)
 セツナとルナの背後に、巨大な影が見える様な気がした。無論ジムリーダーが2人がかりでダブルバトルを挑んでくる事等初めての経験である。しかも、1度も戦った事の無い相手が2人。
『前の挑戦者にもルールを説明しておいたけど、このバトルで2匹ポケモンを回復させる事が出来る。ダブルバトルの場合は2匹中1匹でも生き残っている方が勝ちだ。
 好きなポケモンをよく選んで、回復ポッドに入れてくれ』
『私達が使うポケモンのタイプは固定されているわ。それぞれ1種類。すぐ解るでしょ?』
 セツナはこおりタイプ、ルナはあくタイプのポケモンの使い手だ。それぞれを牽制出来る、相性の良いポケモンと言えば、コセイリンとエビワラーだろう。
 (特にエビワラーはこおりにもあくにも対応出来るこのバトルでの重要な鍵になるな……積極的にこおりポケモンを狙って2対1の展開に持っていければ良いけど……)
 ユキナリは躊躇わずに2個のモンスターボールを回復ポッドの中に入れた。
『……君の実力は嫌と言う程知っている。僕さえもかなわなかったユキエを倒したり、妹の窮地を救ってくれたりもした。
 たった1人でカオスを壊滅させた功績は、あの伝説となったトレーナーの事を思い出させてくれる。君は、案外彼に最も近い存在なのかもしれないな』
『それでも、私達のコンビネーションは油断しない方が良いわよ。シングルバトルとダブルバトルの違いはトレーナーとの連携が顕著に戦況を変える事!息の合った作戦が有利不利を決めるんだから!』
 初めて出会った時の様に、セツナはにこやかな笑みを浮かべながらも、冷静さを全く失っていない。ルナも自信過剰な節こそあるものの、脅威となる相手である事は間違いなかった。
「セツナさんとルナさんと同時に戦える事……正直嬉しいです。御二人の実力を僕自身の力で確かめる事が出来るんですから。超えなければ、この先にも進めはしないですし……」
『まだまだ。僕等を突破したとしても、最後に1人とっておきの相手が君の到着を待っている。彼はあらゆるポケモンのバトル戦略に通じていて、バトルの世界では師匠と謳われる存在なんだ』
 (あらゆるバトルに通じている師匠……つまり、知識に秀でていると言う事なのかな……?)
 ポッドの回復が終了し、コセイリンとエビワラーのHPが完全に回復した。それを取り出すと、向こう側のバトルフィールドに2個のボールが出現し、床に落ちる。
 閃光と共に姿を現したのは、非常に見た目が対照的な2匹の4つ足ポケモンだった。
『グルルル……殺られてェ相手は何処だ?まとめて叩き潰してやる!』
『落ち着け。常に心を静めていなければ勝てる相手にも勝てぬぞ』
 粗野な印象が目立つセツナのポケモンと、凛とした表情を浮かべているルナのポケモン……ユキナリはコセイリンとエビワラーを出現させた後、ポケギアで確認を行った。
『サーベル・きょうあくポケモン……氷漬けになっていた化石のDNAから再生された。
 俊敏な動きと鋭い牙で獲物を仕留めていたが、氷河期の頃には獲物が少なく、栄養を充分に摂取出来なかったせいで絶滅してしまった。
 牙の大きさが仇になったと言う説もある。氷の上でも生活出来る様に爪が鍵型に進化した』
「特殊能力は……」
『特殊能力・いかく……バトル開始ターン1回のみ、相手側の攻撃力を下げる』
 (もう1匹も調べなきゃ……)
『アブソル・わざわいポケモン……自然現象を的確に捉え、災害を予知する事が出来るポケモンなのだが、昔から災いを呼ぶポケモンだと誤解されて忌み嫌われてきた。
 大規模な地震や津波が発生する時には、その数時間前に必ずアブソルが姿を現すと言われている。人間への警告と言う説が有力』
 (特殊能力は、と……)
『特殊能力・あしらう……バトル開始ターン1回のみ、相手側の防御力を下げる』
 (ダブルバトルの場合、この効果は僕側のポケモン2体どちらにも効果を及ぼす……つまり、開始と同時に攻撃力と防御力を同時に下げさせられるワケか。バトルの要から崩されるのは厄介だな……)

 サーベルもアブソルも、基本的なステータスはよく似通っている。素早さが高い点、特殊攻撃力に優れている点等である。だがサーベルもアブソルも、肝心の防御力に関しては少々平均より下の数値になっていた。
『サッサと始めようや。待たされるのは嫌いだ……』
『お前達の実力、我々の全力で試させてもらうぞ』
 どちらの瞳も氷の様な冷たい視線をエビワラーとコセイリンに投げかけている。
『まずはあの牙からやっつけようぜ。先に1体にしておけば後が楽だろ』
『それが出来れば、良いんですけどね……相手はそれを承知の上でしょう。何か初手の防御と攻撃の下げだけでは無い、策を感じます。あのダブルバトルを思い出してください』
 (アキコさんとマナブさんの時か……)
 ダブルバトル初経験で、色々と勉強になった戦いだった。ダブルバトル特有の『コンボ』は非常に強力で、大いに苦しめられたのをハッキリと記憶している。
 (解ってる。あの2人よりセツナさんとルナさんは経験豊富で、より強力な相手だ……僕1人でコセイリンとエビワラーを協力させてこのバトルに勝利するしか無い!)
『覚悟が決まったトレーナーの表情って、何度見ても惚れ惚れするわ』
『その君の覚悟が本物かどうか、僕達が見定める。行け、サーベル!!』
 先に動いたのはセツナのサーベルだった。初回ターンの特殊能力が適応され、1段階ずつ2匹の攻撃力と防御力が下降する。それでもサーベルを狙うならばほのおもかくとうも2倍ダメージだ。
『まずはサーベルを狙っていきましょう!各個撃破がダブルバトルの基本です!』
『そうさせてもくれねえって……とりあえず俺はコイツと戦う。コセイリンはあっちを頼むぜ!』
 サーベルを庇うかの様にアブソルが前に出る。エビワラーはどけとばかりにアッパーを繰り出して相手を牽制した。アブソルはアイアンテールでエビワラーに攻撃を仕掛ける。
 後方ではサーベルとコセイリンが戦っていた。ダブルバトルでの混戦は避けられない為、2匹に注意を向けなければならないユキナリにとってこの戦いは不利となる。
『サーベル、きりさくで急所を狙え!』
『おらよッ!!』
 斜め一文字に繰り出される鋭い爪の一閃を、コセイリンはバックステップで回避した。
『チッ、なかなかやるじゃねえか。今の一撃を難なく避けてみせるとは……』
『場数が違いますからね。僕も最初は、弱かった。弱かったからこそ、ユキナリさんと協力して強くなれたんです。勿論、攻撃に至ってもどの様な攻撃を繰り出せば当たるか解っていますよ!』
 コセイリンの掌から燃え盛る蒼の鬼火が出現すると、バトルフィールドの床が炎に包まれた。
『床が軸になっている獣戦士型のポケモンは、床にぶちまけられた炎を避けるのが困難になる。貴方の様に這って動くポケモンは特にその傾向が顕著でしょう』
『たかが炎だろ?俺の機動力を甘く見んなよ。俺は既にテメエを射程距離に入れてるんだぜ!』
 サーベルはそう言い放つと、初速度だけで高く舞い上がった。助走も無しにジャンプしても通常はせいぜい1mがやっと。だが5mの先にいるコセイリンの肩に体重を乗せると、そのまま一気に押し倒した。
『近距離で押さえちまえばコッチのモンよ。さっき当てられなかった自慢の爪を味あわせてやるかな!!』
 サーベルは手を上に上げてニヤリと笑った。
 しかしその瞬間、エビワラーの拳が頬に当たってサーベルは吹っ飛んだ。そのまま壁にぶち当たって手痛いダメージを受けてしまう。アブソルとの戦闘の間にも、仲間の動向を常に伺っていたのだ。
『あ、有難うございます』
『良いって。俺達マスターの夢を糧とする仲間だろ?気にする事無えよ』
『オイ、奴を足止め出来なかったのか!?』
『意外と足が速くてな。こちらがダメージを受けぬ様にするので必死だった』
『チィィ……俺達以上の連携ってワケかよ……まあ、不意打ち程度の攻撃なら大したダメージじゃねえ。仕切り直しと行こうぜ、狐さんよ……』
『望む所です!』
 再び、両者一歩も譲らぬ攻防が始まった。相手の隙を伺いながらも、決して隙を見せない様最善を尽くした為、ダメージをなかなか与える事が出来ない。
『サーベルの速度に追いつけるなんて、並みのポケモンでは考えられないね……』
『兄さん、ユキナリ君が普通のトレーナーなワケ無いじゃない。あのカオスをたった1人で崩壊させたのよ?私達がこうして戦っている事自体が、名誉って気がしてきたわ……』
 (エビワラーの一撃も半分削れていないか……コセイリンを庇う為の一撃だったからな……体力的には両者互角……このまま拘泥するのは避けたいけれど……)
 ユキナリはこちらが勝つと固く信じていた。勝ってくれると信じていたが、不安は残る。相手の動きは予想以上に素早く、こちらにも不利になる技を持っている可能性は否定出来ない。
『全方位の攻撃を避けてみるか?』
 アブソルは体を大きく震わせると、全身から電撃を放出した。青いプラズマが広がりを見せて、取り囲む様にエビワラーを追い詰めていく。
 それが集合する直前に、エビワラーは飛び上がって攻撃を回避した。前に向かって突進し、アブソルにばくれつパンチを浴びせようとする。
『危ねえッ!』
 サーベルは後ろから飛び掛ろうとしたが、背後から火炎放射を浴びせられ、そのまま倒れ込んだ。
 一方その攻撃を避けるとアブソルは紫色のオーラと共に背後に回り、エビワラーをだましうちで吹き飛ばした。腹に痛そうな爪傷が見える。
 ユキナリはエビワラーに体勢を立て直す様に命令を下した。
「コセイリン、倒れたエビワラーのサポートに回ってくれ!」
 だがそれを邪魔するかの様にアブソルが立ちはだかり、再び10万ボルトを繰り出した。至近距離での一撃は流石に避け切れず、それでも火炎放射で両者ともダメージを受ける。
『畜生……ハア……ハア……梃子摺るとは……舐め過ぎたか?』
 サーベルは当たり所が悪かったのか、既にレッドゾーンまで体力を減らしている。一方殴りと火炎放射のダメージを受けたアブソルはイエローゾーンで止まっていた。
 コセイリンも半分程、エビワラーはまだまだ余裕と言った所だ。
『やはり、だましうちではそれ程のダメージは見込めないか……』
『でもアイアンテールや10万ボルトは隙が目立つわ。兄さんのサーベルはまだ戦える。相手を凍らせてしまえばまだチャンスは充分にあるもの!』
 サーベルは大きく息を吸い込むと、口かられいとうビームを発射した。エビワラーは慌ててそれを避ける。
『もう後が無えんだよ!!黙って喰らっておけやぁ!!』
 体力がそれ程減っていないエビワラーに集中砲火を行う。何度も発射されるビームはエビワラーを回避だけに専念させる事になってしまった。
 コセイリンもアブソルに邪魔をされ、エビワラーの救助に向かえなくなっている。ついに狙いを定めた一撃がエビワラーの腹に命中した。
『くそオオ……ッ!』
 傷に命中した激痛から膝をついてしまったエビワラーに、サーベルが襲い掛かる。彼を押し倒したサーベルは肩に思いっきり噛み付いた。
『グアアア!!』
『ヘッ……俺達を甘く見るからだ。一足お先に寝とくんだな!!』
 とどめとばかりにカッと口を開けた瞬間、コセイリンの聖なる炎がサーベルの体に命中する。
『ガ……アアアア……ア……』
 黒焦げになったサーベルはうつ伏せの状態でついに戦闘不能状態となってしまった。
『あららら、ヤバイんじゃないの?兄さんの方、やられちゃったわよ』
『いや、手負いの状態ではまだ分はあるさ。先にエビワラーさえ倒せれば、有利不利は無くなる』
 半分より少し下と言った所だろうか。まだまだアブソルは充分に戦える。エビワラーは満身創痍の状態でレッドゾーン。最早まともに戦える状態では無い。
 現在の所コセイリンとアブソルのHPは殆ど同じ数値だ。
「エビワラー、とにかく少しでも構わないからアブソルにダメージを与えてくれ!」
『ああ、解ってますよ……まだ大丈夫です。ファイティングポーズだって取れるんですから』
 グローブの上に垣間見える瞳は熱く燃え盛っていた。まだエビワラーは精神面でも倒れていない。
『そうなってしまっては、私と対等には戦えまい。再び電撃を受けてみるか?』
 アブソルは体を大きく震わせると、電撃を放つ体勢に入った。そうはさせまいと渾身の力を振り絞って走るエビワラー。速い一撃を避け切る体力など残されていない。ならば放たれる前に殴るのみ。
『エビワラーさん!』
 コセイリンの放った炎がアブソルに当たり、一瞬アブソルの動きが鈍った。
『小癪なッ……!』
『うおおおおおおお……』
 アブソルの頬に拳が飛ぶものの、その拳はアブソルの頬を掠めて虚しく宙を切る。その腕にアブソルが噛み付き、体力をゼロにされたエビワラーはそのまま倒れ込んだ。
『マスター……俺は……』
『今の一撃は危なかった。狐、お前も随分と強いらしい。今の炎だけで体力を赤まで持って行かれてしまったからな……掠った分も含めてだろうが』
『まあ、正直負けられませんから……ユキナリさんを哀しませたくはありません。僕達が目指す場所はココよりもっと上……高い場所にある。挫けるワケにはいかないんです!』
『言うな。私もお前の様な強い心とやら、持っているぞ……お互いにマスターを敬愛し、深く信じていればこそだ。だがどちらの信念が強いかは、我々ポケモンの実力にかかっている。
 マスターの心の強さ等、本来はどうでも良い事だ』
 アブソルはステップでコセイリンに近付くと、近距離でアイアンテールを放った。敢えて自分から尻餅をつく事でそれを避けると、完全に隙を作ってしまったアブソルに蒼炎を当てる。
『それでも僕は、ユキナリさんの強さを信じています。一緒に戦ってきたからこその絆の強さを』
『それもまた、一興では……あるな……』
 アブソルは倒れ、これでダブルバトルの勝利が確定した。
『兄さん……負けちゃったけど……』
『それはそれで仕方無いさ。過ぎた事を悔やんでも戻らない。じゃあこれからどうするかが問題なんだよ。そうだろう?ユキナリ君』
「……ハイ。でも、過去を捨て切れない人がいるのも事実です」
『カオスの事だね。過去の傷が疼く為に犯罪を犯してしまった集団だ。彼等もまた、大切な過去を守る為に戦っていた。
 未来の為と言っても、結局自分達の正当性を訴えたかっただけなのかもしれないが……』
『こういう戦いは人生から見れば一瞬。でも私達2人はきっと忘れないと思う。貴方がもし忘れてしまったとしても、貴方の勇姿はきっと沢山の人達に覚えられて、伝えられていくんだと思うわ』
 (一瞬か……確かに、数ヶ月の旅も結局走馬灯の様に流れていった。人生だってきっと大きな何かから見ればアリの人生程なんだろうけど……それでも生きている間は夢を見る。走り続ける……)
 ユキナリもそれは解っていた。誰もが夢、最強である事を現実に変える為に動いている。大小あれど、人は勝利する人間に希望を見出すものだ。ユキナリは勝ち続けている。
 羨望の眼差しで捉えられている事も薄々感付いていたが、それでも自分がそういう目で見られている事自体が信じられなかった。
「セツナさんやルナさんより、僕が優れているとは思いません。いえ……今まで戦っていた全ての人々がそうでした。僕よりも強い、大切な場所や人を抱えて生きている。
 運も手伝ってココまで来れたんです。それでも……与えられたチャンスがあるならば僕はそれに縋りたい。何としてでも!」
『僕達も、君達を応援するとしよう。ルナ、TVを付けておいた方が良い』
『兄さんもね。久しぶりに兄さんとダブルバトルが出来て嬉しかったわ。ユキナリ君だけじゃない、トサカ君もユウスケ君もホクオウさんも……皆強かった。上には上がいるって事を理解出来たし』
『また機会があったらカイザーシティにも、ミサワタウンにも寄ってほしい。何時でも待っているよ』
『私達はトレーナーとジムリーダー、戦う事で互いを理解し合う間柄だものね』
 モニターの電源が切れ、サーベルとアブソルはボールへと戻された。ユキナリもコセイリン、エビワラーをボールに戻して溜息をつく。
 (そう簡単には通してくれないな……8人全員が腕を上げてて、負けるかもしれないと何度も思った。最後の1人は一体誰なんだろう……?皆よりも強いトレーナーなのかな……)
 壁が開いてエスカレーターが姿を現す。ユキナリはそれに乗り込んで上を目指した。

 上の部屋に到着すると、ユキナリはその部屋の眩しさに一瞬目が眩んだ。虹色に彩られた部屋が眩いばかりの閃光を放っている。
 慣れてくると、やはりバトルフィールドとモニターが設置されている部屋なのだと言う事が理解出来た。
 (誰だ……?)
『フッフッフッフ……最後マデよくぞ辿り着きマシター。君は本当に素晴らシイトレーナーですネー』
(!?この声……何処で聞いた?聞いた覚えがあるぞ……)
 記憶の糸を手繰るが、答えは出てこない。エセ外人の様な独特な喋り方……旅先でユウスケと共に聴いていた……そう、ポケギアのラジオで流れていた声と同じだと気付いた。
 (じゃあ、まさか……)
『そうデース。最後に貴方ガタトレーナーの前に立ち塞がる最後の関門は、私なのデース!!』
 モニターの電源が付き、カールされた黒ヒゲをいじくる男性の姿が目に映った。
 (ジョ、ジョバンニ先生!?)
『ユキナリ君でしたネ。今私は丁度、貴方がいる場所のスグ上、ウオマサ高原にいるのデース!何故かと言えバ、貴方達のリーグでの試合、TV中継の解説役を任されている為デース!』
 彼の背後には、トーホクラジオ塔のメンバーの1人であるヨーコもいた。
『お久しぶりね!貴方達には聞こえない様になっているけど、私が試合の実況、先生が解説を担当するのよ!TVを見ている沢山のトレーナー、トーホクの人々の為に頑張らなきゃ!』
『私が今回のノベロードスペシャルトレーナーデース。私に勝てバ、その時点で貴方のリーグ挑戦権が確定サレ、晴れてリーグに挑める事になりマース!』
『さっき貴方が使ったコセイリンとエビワラーを除外して、自分が自身を持って選べるポケモンを回復ポッドに入れて頂戴。先生のポケモンは手強いわよー!』
 (ポケモン塾講師……ポケモンバトルを知り尽くした男……確かに最後の相手としては充分みたいだ。いや、充分過ぎるかな……一筋縄ではいかなそうだ……)
 ユキナリは覚悟を決めると、回復ポッドにモンスターボールを1個投入した。
『私はあらゆるポケモンのタイプ相性を知っていマース。それだけではナク、クリティカルヒットの確率ヤ勝率ヲモ計算する事が出来るのデース。貴方トノ戦いでの勝率は50%……
 ハッキリ言って私デモ勝つの難しいデース。あまりにも強過ぎるからデスが……』
「僕が……強い?」
『精神面でも肉体面でも、他のトレーナーヲ遥かに凌駕してマース。貴方みたいなストロングボーイは久しぶりですネー。チャンピオンの若い頃を思い出しテ、ちょっと興奮してマース。
 君みたいな素晴らしいトレーナーと戦える事にワクワクしている自分がいるのデース』
 (ジョバンニ先生が、僕の事を褒めている……とにかくそんな事よりも、先生が出してくるポケモンは読めない。オールラウンドに攻められる相手を選ばなくちゃ……)
『ユキナリ君、先生はとても面白いバトルを考えているのよ。最後の敵は自分自身。己の心技体に打ち勝ってこそ、初めて新たな場所への扉を開く事が出来るんですって』
『コラコラヨーコクン。それは戦いが始まってからのお楽しみデース!今のうちに楽しみを取ってもらっちゃ困りマース!……そう、相手と戦う事も何より重要デースが……
 本当に大事なのは君とポケモンの絆デース。それを確かめるバトル相手を用意させて貰いマーシタ……』
 ジョバンニ先生はそう言うと、回復ポッドからモンスターボールを取り出すユキナリを見てモンスターボールを握り締めた。
『それデハ、同時に出現させマショウ。さあ、行きますヨ……』
 (相手がどんなポケモンであろうと、僕は……先へ進みたい!とうとうリーグ直前まで来たんだ。ユウスケも待ってる。トサカさんも待ってる。兄さんだって待ってる。
 僕が、ココで負けるワケにはいかない!)
 配管から転がり落ちたモンスターボールからポケモンが出てきたのと、フライゴンが出現したのは同時だった。閃光と共に2匹のポケモンが姿を見せる。しかし……
「え……?」
 フライゴンの前に姿を現した相手のポケモンは何とフライゴンだった。全く同じ姿をしている。違うフライゴンと言うよりかはユキナリのフライゴンの複製だ。
『フッフッフ……私の選んだポケモンはフライゴンではありまセーン。トレーナーの心を映す鏡の様なポケモンデース。どんな相手にも姿を変え、タイプと技まで盗んでシマウ……』
 (メタモンか!!確かに、このバトルは己の出したポケモンとの戦いになる!)
 ポケギアを開いてユキナリはさらに驚いた。通常のメタモンでは考えられない程の精度を誇っているのだろう。全てのステータス、性格まで同じになっている。
 (と、とにかく調べよう……)
 ユキナリはセオリーとなっている図鑑項目を開く作業を行った。
『メタモン・ものまねポケモン……体中の細胞を自在に変化させ、相手そっくりに変身する事が出来るポケモン。
 メタモンも完璧な変身が出来るものとそうでないものがあり、そうでないものは顔が元のままだったりする。人間にも変身出来る為、大統領の影武者等、広い範囲での活躍が目立っている。
 貴方の身近にいる人も、もしかしたら人間社会に紛れ込んだメタモンかもしれない……』
 (特殊能力は……?)
『特殊能力・メタモルフォーゼ……相手のポケモンそっくりに擬態する。ステータス、タイプ、見た目をそっくり引き継ぐが、特殊能力を変える事は出来ない為、相手の特殊能力をコピーする事は出来ない』
 (特殊能力のエメラルドの風はコピーしていないのか……勿論メタモンはドラゴンタイプであるフライゴンに変身しているから、若干有利にはなるけど……何せタイプもステータスも全て同じだ。
 2倍ダメージだし、慎重にいかないと不味いぞ……落ち着け、冷静な対処を行う様に努めるんだ。うろたえるな……)
『フライゴンとは思い切ったポケモンを出しましたネー。短期決戦も充分可能デショウ。ただ、ステータスを見るとつくづく彼の育て方が上手い事を思い知らされマシタ。ビックリデスヨ』
 攻撃力と体力、素早さには自信がある。とは言えど相手は全く同じ姿と技とステータスを持っているから全く意味が無い。同じ素早さ故に避けるのも当てるのも困難となる。
『私に擬態するとは全く愚かな。真の実力と言うものを教えてやろう』
『ぬかすな若輩者が。同じ条件の上で何が変わると言うのだ。私もお前も実力を尽くして戦い合えば、結局は何も残らん。だが、相討ちでも先へは進めんぞ?』
 (いや、攻撃力上昇による2倍ダメージの差は非常に大きい。メタモンがそれを擬態出来なかったのはこっちにとってラッキーだったな。あとは如何に同じスピードを持つ相手に当てられるか……)
『先生、特殊能力の欄を見てみると、案外先生が勝つのは厳しいんじゃないですか?』
『コレはちょっと計算違いデシタネー。まさか同じタイプ同士でダメージを多く出来るドラゴンタイプを選んでくるトハ……ユキナリ君は実力だけで無く運にも恵まれていると言う事デショウ』
 (大丈夫、僕はココまで何とかやってこれた。このバトルにさえ勝てれば、リーグへの夢が繋がる……勝つんだ、絶対に!)
「フライゴン、相手の攻撃力は若干お前より低い!気にせずドラゴンタイプの技で攻めろ!」
『了解だマスター。私の力が優れている事を証明しよう』
 遠くから思い切り息を吐き、りゅうのいぶきを行うフライゴン。偽フライゴンは旋回してそれを避け、距離を縮めてドラゴンクローを放った。それに合わせてカウンターの様に同じ技が放たれる。
『グウッ!!』
『ギャウッ!!』
 同じ部位を互いに傷付け、睨み合う2匹。ユキナリにはどちらが自分のパートナーであるフライゴンなのか解らなくなってきた。それほど本当によく似ている。
『マスター、命令を!』
『私に命令を下してください!!』
『サーテ、どっちが君のフライゴンなんでしょうカネ。真実を見極める事が出来ますカナ?』
 (ど、どっちだ!?声も姿も同じじゃ、どっちに命令を出すべきか解らないぞ……間違った方を選べばフライゴンもモチベーションが下がってしまうだろうし……)
 コレは勿論ユキナリに課せられた最後の試練だった。自分とポケモンの絆が本当に優れているかどうかをジョバンニ先生が試しているのである。2匹が2匹とも自分が本物であると主張した。
『当ててみてクダサーイ。バトルと直接は関係アリマセンが、貴方の本気を私知りたいんデース』
『こういう事よユキナリ君。先生の問題が見事に解けるかしら?』
 (どちらが……究極の二択か……ハッキリ言ってどちらか全然解らない。どうすれば……そうだ。過去の話をすれば片方は擬態しているだけ。ボロを出すハズだぞ!)
『僕達が最初に出会った場所は何処だったっけ?』
 2匹のフライゴンは同時に『イミヤタウン!!』と叫んだ。
『なっ、何で!?』
『そんな事でバレちゃちょっと面白くないデース。このメタモンは私が育て上げた究極のメタモン。相手の擬態をする事によって記憶まで読み取り、本物と変わらぬ判断を取る事が出来るのデース』
 ユキナリは迷いに迷った。簡単に答えを出すワケにはいかない。間違えればずっと世話になったフライゴンの努力を無駄にしてしまう。絆が無いと思われるワケにはいかない。
 (フライゴンである事の証明じゃダメだ。偽フライゴンに偽である事の証明をさせる為には……)
『……フライゴン。本物だと言うのなら相手をドラゴンクローで攻撃してくれ』
 (ホウ……考えましたネ)
 ほぼ同時に両方がドラゴンクローで攻撃するが、ユキナリはポケギアを凝視し、HPが多く減った方のフライゴンを確認した。そちらが偽者だ。
『僕から見て右側にいる方が本物です!』
『……正解デース。君の絆確かに本物と知りました。頭脳も明晰デスネ。作戦を組み立てる能力、咄嗟の事態に対応する判断力、そしてポケモンを思いやる気持ちがある事が解りマシタヨ。
 君はリーグに挑むに相応しいトレーナーデース。でもまだ、HPは残ってマース』
 HPはフライゴンが辛うじてイエロー、偽フライゴンがレッドゾーンに達していた。両者のHPの違いは2度の大技でハッキリしてきている。もう1度ドラゴンクローを当てさえすれば勝てるのは確実だ。
『……お前に聞きたい。お前は本当にマスターを信頼し、夢を共にする事を願うのか?』
『愚問だ。マスターの恩義に応えるのが私の使命。最強のポケモンとして殿堂入りし、歴史に残る事もまた素晴らしい功績となる。マスターの夢がそこにあるのならば、是が非でも叶えてやりたい』
『……マスター。彼等に道を開いてやっても宜しいでしょうか』
『メタモン、君がそう言うのナラバ……いや、私も同じ様な事を考えていマシタ。ココでこんな余りある才能を持ったトレーナーを潰してしまうのは実に惜シイデス。私達はこの先を見てミタイ。
 ユキナリ君が果たして本当にリーグを制する人物なのか、この眼で見届けてみたいのデースよ』
『私も……そう思います』
 偽フライゴンは無防備な姿勢になるとフライゴンを見つめた。
『乗り越えていけ。そして私に、その信念の姿を見せてほしい。それが偽りで無いか、マスターも私も確かめたくて仕様が無いのだ。お前達の真の実力が知りたい』
『マスター……どうします?』
「本当に宜しいんですか?ジョバンニ先生……」
『構いまセーン。元々このバトルは己に打ち勝てる人物であるかどうかをテストするモノでしタ。君はそれには既に合格してイマース。
 強い心と正義の気持ちを忘れなければ、きっとこの先に待つ大きな夢を掴めるデショウ。私はユキナリ君、君を応援していマースよ!!』
「……フライゴン、メタモンにドラゴンクロー!!」
 一閃。地面に落ちた偽フライゴンはメタモンに戻った後、バッタリと倒れてしまった。ボールに戻り、フライゴンもまたボールに戻される。
『ユキナリ君。念の為に全てのポケモンを回復しておいてくだサーイ。四天王戦は6匹全ての総当たり戦デース。
 1バトルごとにポケモン全メンバーを回復しますガ、もし万が一にも最初の相手でHPが減っていたりシタラそのまま戦う事になってしまいマスからネ』
「解りました。ココで回復を済ませておきます」
『実況は君の耳には入りまセーン。君の神経を乱すといけまセーンからね。私とヨーコ君はこれから別のモニタールームに入り、君達の試合の様子をしっかりリポートしたいと思っていマース!』
『放送は生中継だけれど、1週間後にも再放送として放映されるから、中途半端な気持ちで戦ったら全エリアの恥になっちゃうから気をつけてね。それじゃ、また会いましょうね♪』

夜月光介 ( 2011/08/06(土) 09:12 )