第9章 1話『一期一会の再会』
(あの時……正直勝てないとまで思ったカビゴン戦……僕達を励ましたり、アドバイスをくれたり、支えてくれた……
ゲンタ君、君は僕にとっての大切なトレーナーの1人である事には変わりが無いよ……)
様々な人から支えられて、教わって、窮地を乗り越えて、立っている。決して自分が強かったからココまで来れたワケでは無い。
それを理解しているからこそ慢心も無くユキナリはこの場所に立っていられる。自分で思っても奇跡みたいなものじゃないかと疑いを隠せない部分もあった。
運に頼った時も、敗北を覚悟した時も1度や2度の事では無い。だが結果的にユキナリは夢を掴める位置にまで到達している。
(僕の為じゃない。皆の為に勝ちたい……!!)
エスカレーターは次の部屋へとユキナリを案内し、そのままユキナリは部屋の中へと入っていった。小部屋のバトルフィールドである事には変わりが無いが、真っ白では無く、壁の色が空色に変わっている。
(やっぱり……)
モニターの電源がONになり、今度もユキナリがとてもお世話になった人物が画面に姿を現した。
『やあユキナリ君、元気に旅を続けていた様だね。私にとっても嬉しい事だよ』
『ユキナリさんにまた出会えるなんて夢みたいです!勿論、この場所で出会える事も!』
「アオイさん、フルサトさん!」
ナオカタウンジムのフィールドにカメラを設置しているのだろう。その画面にはにこやかに笑いかけるフルサトと、若干緊張気味なのか口を結んでいるアオイの姿が見えた。
恐らくTV放映されている事を知っている為に緊張しているのだろう。バトルをこれから始めるので緊張しているのでは無さそうだ。
『しかしまさかココまで来るとは……私もアオイ君も正直驚いているよ。ただ、君からすれば当然と言った所かな?まあ、まだリーグに挑んでいないから、名を残せてはいないけれどね』
『私は……もう1度ユキナリさんと戦えると信じていました……やっぱりユキナリさんは相応の実力がある人です!私なんかよりずっとずっと凄い!その勢いでリーグに進んでほしいんですが……』
アオイはモニターの前で腕を組み、似合わない仁王立ちを決めてみせた。
『私も兄さんの血を受け継ぐ鳥ポケモン使いです。ジムリーダーとしての意地があります。命令では無く、純粋に貴方を倒してみたいと言う欲も出てきました……もう1度、戦ってくれますよね?』
『ま、規則は規則だからね。君がココで涙を流す姿を見たくは無いが……アオイ君はあの時よりもっと強くなっているぞ。特にノベロードで使う鳥ポケモンは高原の寒さに耐えうる兵だ』
ユキナリもアオイも、ただ己の実力を見極めたいだけだった。単なる門番では無く、互いの動き方を見切り、そして親睦を深めた友である。それ故に全ての戦いを避ける事は出来そうも無かった。
(ルールとかじゃ無く……アオイさんとも戦ってみたい。あの時よりもっと強くなっているならば……僕はその上を行きたい!そして、アオイさんの喜ぶ姿を見てみたいんだ!)
アオイは誰よりも優しく、慈愛に満ちた女性だった。人の幸せを自分の幸せの様に感じる少女……フルサトも同じ様に、ユキナリと真摯に接してくれた。その思いを自分の形で表現したい。
今のユキナリには夢があった。曲げられない信念の為に誰かが犠牲になるとすれば、その犠牲を自分の勝利と言う形で払拭したい。偽善なのは解っていた。だがユキナリにはその道しか無いのだ。
『アオイ君、バトルフィールドにナガルルーを転送するんだ』
『楽しみです……手塩にかけて大事に育て上げた切り札を、ユキナリさんの前に披露する事が出来るんですから。ユキナリさんが私の見ていない間にどれだけ成長したのかも知りたいですし』
3人全員突破した様だ……ならば余計に負けられない。ユキナリは拳をしっかりと握り締めた。
配管の出口……丁度ラッパの音が出る部分の様な場所からボールが転がり落ち、閃光と共に純白の羽毛に包まれた、何とも美しい鳥ポケモンが姿を現す。
『あら、御免あそばせ……オホホホ……』
鋭く尖った長い嘴、自信に満ち溢れたその表情はとても美しい。少しの間ユキナリは溜息をつけない程にそのポケモンを見つめていた。やがて我に返り、慌ててポケギアの図鑑項目を開く。
『ナガルルー・ひしょうポケモン……夏が近付くと群は一斉に飛び立ち、寒い場所を目指して旅をする。
その寒さはナガルルーにとって適度な寒さで無くてはならず、毎年毎年同じ月の同じ日に移動を開始する為『夏を告げる鳥』として有名。死ぬと羽根が雪に変わるとも伝えられている』
(特殊能力は?)
『特殊能力・はねをひろげる……ゴッドバードの溜め最中にダメージを受けると、受けたダメージの半分のダメージを相手に返す』
(ゴッドバードはひこうタイプ最強の技……その弱点を克服する特殊能力とは厄介な相手だぞ……迂闊に攻撃すると手痛いしっぺ返しを喰らいそうだ……戦うポケモンはどうする?)
鳥ポケモンに極めて強い敵愾心を持つポケモンをユキナリは良く知っていた。本来ならば捕食される立場にある彼が、幾度と無くその食物連鎖の掟を打ち破ってきた。そのパワーに期待をかけたい。
「頑張ってくれ、ガシャーク!」
ユキナリはモンスターボールを地面に投げた。落ちた瞬間にスイッチが入り、ポケモンが飛び出してくる。
『シャ―――ッ!!俺様の毒牙にかかりたい奴は何処のどいつだぁ!?シャ、シャ、シャ……』
『あら、無礼な殿方です事。私、貴方の様な田舎者には用がありません事よ。どちらかと言えば、もっとシャープで繊細な心を持った美しいお相手と雌雄を決したかったのですけれど……』
『ナガルルー!文句を言うのは止めてください!……すみませんユキナリさん、ナガルルーはかなり高飛車な性格で……気分を害さないでくださいね。何度も言葉に気を付ける様説得しているんですが……』
『マスター、言葉に気を付けるのはあちらの無礼な醜い爬虫類の方では無いのかしら?』
『ナガルルー!!』
フルサトも叫ぶがナガルルーは涼しい顔だ。鉄面皮と口の悪さはタイプこそ違えど似通っている。
『御託は勝ってから並べりゃ上等だ。どちらが正しいのかはバトルで決める、単純だろ?明快な答えで結構じゃ無えか。テメエだってそれを望んでるハズさ。違うか?』
『……フン。私に勝負を挑むその無謀な勇気だけは褒めてさしあげますわ。それでも、貴方のその勇気は私に言わせれば偽りのモノ。少々痛い躾が必要の様ですわね』
『そっちもな、口の減らねえブルジョアさんよ!』
先に飛び掛ったのは血気盛んなガシャークの方だった。足も無いのに器用な芸当を軽々とやってのける。尻尾を床に垂らし反動を付けて弧を描き対象物に噛み付く。
ワンパターンだがそれでいて攻撃の基本である為なかなか避けるのが難しい。だがナガルルーは上空に舞い上がってそれを軽くあしらうと、上空から滑空し体当たりでガシャークを仕留めようとした。
『空中からの迎撃は慣れてるぜ、テメエの動き位簡単に見切ってみせる!』
「ガシャーク、気を付けるんだ。ナガルルーの滑空速度はピジョットより遥かに上だぞ!」
『一旦舞い上がってそれから滑空。単なる強襲にせず、相手をぐらつかせてください!』
左右に揺れて相手の噛み付きを阻害する。アオイがユキナリとの戦いで学んだ戦術の1つだ。ユキナリは多くの人々に自分の足りない部分を見つけさせた。
ユキナリが勝った事によって彼等の実力が増したと言っても決して過言では無いだろう。
『いやいや流石に、ジムリーダーと一流トレーナーのバトルは白熱するねえ!私も長年アオイ君のバトルを見守ってきたが、これ程実力伯仲の試合はそうそう滅多には見られないよ!』
ブラフを見せる事で相手の攻撃から逃れられる反面、自分も狙いを定めにくくなる。一方ガシャークの方はどのタイミングで相手に噛み付くべきか非常に迷っていた。
『私の方が……貴方より優れていますわ!』
『ふざけんな、たかが一羽の鶴に何が出来やがる!俺様の命中精度を見くびるなよ!』
追いかけられながら、ガシャークは動きを一瞬止めて空に舞い上がった。
一方不意の飛び掛りを見せ付けられたナガルルーは噛まれない様に低く屈むとそのまま空中に飛んだガシャークの牙を避け、滑空して再び天井近くまで舞い上がる。
『空中では貴方の動きは赤子と同じ。私の目にも止まらぬ速さでその胸を貫いて差し上げますわ!』
ナガルルーの嘴が回転を始めた。ドリルくちばしだ。そのまま空中に舞い上がったガシャークを狙うつもりなのだろう。
だが勿論ガシャークも負けられないと、今度は地面に素早く着地して逆の立場を取りナガルルーを見送った。
僅か数秒間の出来事だったが、両者ともあまりの強さにユキナリは空いた口が塞がらなかった。アオイもフルサトも呆然としている。
『……フルサトさん。私のナガルルー……自分で言うのも何ですがこんなに速度出ましたっけ?』
『互いの嫌悪感が相手を倒したい欲望となって潜在能力を引き出したのかもしれないね……いずれにせよこの勝負、きっかけを先に作った方が勝てそうだ。これからどう出るか……』
優雅に着地したナガルルーと、歯軋りをして悔しがるガシャーク。
『畜生、テメエの頭に歯形を付けてやりてえ!』
『私も、貴方の腹に風穴を開けて差し上げたい所ですわ。マスター、このまま悪戯に時を進めるのは私の美意識に対して恥じる行為。奥の手を出しても、宜しいですわね?』
『え、ええッ!?……解りました。確かにユキナリさんにも悪いですからね……だらだらと長続きさせてしまったのは、これから先の戦いでユキナリさんを困らせる事にもなりかねませんし……』
ユキナリは知っていた。アオイの心は2つの思いで揺れている。1つは自分の勝利により兄に自分の強さを見せつけ、最後の意地を果たす事。
もう1つは、ユキナリを勝利させ新たな伝説が刻まれる瞬間を見届けてみたいと言う好奇心から来る願いである。根が優しい彼女は相手を苦しめる事が出来なかった。
誰かの為に頑張れる……ユキナリと同じタイプであるが為に悩んでいる。だがユキナリの心は1つ。どう足掻いても勝ち進みたい。欲張りだがその夢しか無かった為覚悟の違いが歴然だった。
『チッ、構えを取りやがった。どうするマスター、迎撃するか、それともダメージ覚悟で突っ込むか?』
(あの速度で一直線に来られたらマズイ……一方的にダメージを与えるよりは、ダメージを受ける事を承知の上で攻めるしかないか……何しろ相手はアオイさんの切り札だからな……)
「ガシャーク、なるべく大きなダメージを与えてくれ!お前が受けるダメージなんか気にするな!」
『ヘッ、それでこそ俺様の偉大なるマスターだぜ!言う事が違うねえ!制圧前進あるのみってか!!』
ガシャークは笑うとそのまま羽根を広げて精神力とパワーを溜めている無防備なナガルルーの羽根に思いっきり噛み付いた。
噛み付いた時のダメージは半分受けたものの、後から来る毒のゆっくりしたダメージは受けなかった。しかしナガルルーは眼をつぶったまま余裕の表情を浮かべている。
『やはり考えの無い浅はかな戦法ですわね……実に田舎者らしい選択でしたわ。少々のダメージを受けた所で、私のゴッドバードを受けてしまえば勝ったも同然。
私は最後まで美しく、そして優雅に決めてみせますわ……貴方とは育った環境からして違いますのよ』
『マスター、ポケギアをよっく見てみな!かなりのダメージを与えたハズだぜ!』
反射的にユキナリがポケギアを見つめると、ナガルルーの残りHPが半分程度になっているのに対して、ガシャークはその半分しか受けていない為イエローゾーンに達した程度にしかなっていない。
だがナガルルーの言う通り戦闘力の異常に高いゴッドバードをまともに受ければ一撃で敗北する危険性は充分にあった。
『果たして、そのまま牙を私の羽に突き刺していられるものか、見物ですわね……』
『うーん。どちらを応援したものか……最後まで勝負の決着が見えない戦いだねえ』
『フルサトさんは中立の立場を取ってください。私……私が勝ってもユキナリさんが勝ってもきっと笑顔でいられるでしょうから。ユキナリさんも、頑張って……私を倒してください!』
相手に励まされる……越えてみろと言う挑戦状。それでもユキナリは素直にその言葉を受け取れた。だが本当に戦っているのはユキナリとアオイでは無い。
互いの息がかかったパートナー同士が雌雄を決しているのだ。忘れてはいない。そして、両者の決着は……ユキナリにとってベストな終着になってもらいたかった。全力を尽くして、そして、得るべき物が必ずある。
『吹き飛びなさいな!』
黄金の光に包まれたナガルルーは、超高速で飛んで羽根を振ってガシャークを振り払いそのまま壁に激突させまいと飛び立った。だがこの時、体内では既に悲鳴が聞こえ始めている。
(クッ……この醜い爬虫類如きに、私の穢れない肉体が蝕まれているなんて……屈辱ですわ……)
毒の回りは予想以上に早く、ナガルルーの瞳の焦点は定まらなくなり、頭も激痛を訴え始めていた。それでも力を振り絞り、何としても勝とうと旋回を続ける。
一方ガシャークの方は熱を持った黄金のオーラの熱さに耐えながら、お得意の牙打ちで絶対に吹き飛ばされない様噛み付いたままナガルルーから離れようとしなかった。持久戦に持ち込めば相手の体力は尽きていく。
『こんな……所でッ!!4回も負ける等と……私のプライドがッ!!許しませんわあッ!!』
ナガルルーは何とか勢いを付けてガシャークを振り払った。牙が外れ、ガシャークはそのまま壁に叩き付けられ地面に落下する。気絶したガシャークは受身も取らずにダメージを多く受けた。
『ハアッ……ハアッ……ハアッ……私が……負ける等と……』
猛毒のダメージは確実にナガルルーを蝕んでいる。既にナガルルーの残りHPはレッドゾーンに達していた。地面に伏せて動かないガシャークもイエローゾーンの中間まで体力を減らしている。
互いの実力は均衡を保っている様に見えるが、もうナガルルーには余裕等残されてはいなかったのだ。
『ナガルルー、相手は気絶したまま動いていません!オーロラビームで遠距離攻撃を!』
長い嘴が開かれ、喉から七色の冷たい光が放たれた。その光はガシャーク目掛けて飛んでいく。その光が命中しガシャークのHPは風前の灯火となった。
しかしその冷気でガシャークは我を取り戻し、ゆっくりとではあるが何とか立ち上がる。2匹ともボロボロでまともに戦える状態では無い。
『来いよ……決着を付けて……やるからよお……』
『貴方の様な……屑ポケモンに……下級の獲物に私が……負ける等ありえない……私が勝つ……どんな手段を使ってでも勝たなければ……マスターの為……わたくしの……た……め……』
だが白目を剥いたナガルルーはフッと意識を失って床に激突した。毒が完璧にナガルルーを制圧したのだ。如何に飛行能力で優れていようとも、自慢のスピードを失っては最早勝ち目は無い。
『勝った……のか……』
ガシャークも何とか意識を保っている状態だが、それでも最後の力を振り絞って立ち上がるとニヤリと笑ってみせた。ユキナリはそれに応えて涙を流し笑った。
「うん。勝ったんだよ……アオイさんにもう1度、勝てたよ……」
『……完敗でしたね』
『だがアオイ君。不思議と悔しくないだろう?その結果に心から納得しているからだよ』
フルサトの問いにアオイはしっかりと頷いた。
『そうかもしれませんね……でもまた何時か、戦える時が来ますよ。こういう大舞台で無くとも……私は今以上の地位や名声を望んでいるワケじゃありません。
ただ、ユキナリさんに勝ちたかっただけですから。だから……何度でもチャンスはありますよ』
アオイも涙を拭っていた。ユキナリにはそれが悔し涙では無く、嬉し涙だと言う事が見て取れる。
『ユキナリ君……本当に素晴らしいトレーナーだよ君は。果てしない夢、諦めない強さ……そうやって沢山のトレーナー達が追いかけて辿り着けなかった場所を懸命に目指している。
驕りが無いからこそ、強いのだろう……と思うよ。心から、君を祝福しよう。おめでとうユキナリ君……』
『ユキナリさん!私……今からフルサトさんと一緒にTVを見ます!ユキナリさんの勇姿を絶対に見逃しませんからね!……私と戦って勝ったんですから、リーグまで無事に進んでくださいよ?』
感謝の言葉も出てこなかった。2人はユキナリに戦う事を意味を教えてくれた。短い間だったけれども親兄弟の様に暖かく接してくれた事が有難かった。そして今、送り出されようとしている。
ユキナリのポケモンとアオイのポケモンがボールに戻されると、再びさらに上に向かうエスカレーターが出現した。
多分上には……最も信念の為に生き、常に強さの見本を目指している男が待っているのだろう。
「有難うございます、アオイさん……フルサトさん。僕は、リーグまで行きます……絶対、チャンピオンになって……アオイさんとの戦いで勝った事を無駄にはしたくありません!!見守っていてください!」
『それじゃあ私達は……リーグ観戦に移るとしよう。リーグ休暇の時には絶対にお邪魔させてもらうからね。私は君が、チャンピオンに一番近い存在だと信じているよ。また会おう!』
『ユキナリさん、出来るなら……兄さんより強くなって、大空へ羽ばたいてくださいね……!!』
モニターの電源が落ちた。灰色に戻ったモニターを見つめ、そしてユキナリは上りのエスカレーターに乗る。
(アオイさんも僕にとって……いや、フルサトさんがアオイさんを大事にしているのと同じ位……大切な存在だと思う。
正直に言えば、あの時僕には存在しない姉の存在を幻で見た様な……そんな気もする……)
ゲンタはお調子者で何でも屈託無く話せる友達と言った感じだったが、アオイとフルサトには包容力があった。
暖かい心と出来る限りのもてなしで、挑戦者を歓迎し、決して弱音を吐いたりせずに全力でぶつかってきてくれる。
そういう人が、本当は一番強いのだと言う事をユキナリは知っていた。バトルの結果が全てじゃない。自分に……結果的に敗北した人達全員が、今でも自分より遥かに強い存在である事をユキナリは悟っていた。
(僕が目指す場所は……ジムリーダーの皆が挑戦出来ない場所……だからこそ、勝って……夢を見せる。僕が歴史を変える……覆す……絶対に止まらずに先へ進みたい!僕の為に、皆の為に!!)
エスカレーターはユキナリをマリンブルーで彩られた部屋の中に案内した。バトルフィールドの向こうにはまたモニターが用意されている。
誰が画面の向こうに出るかは解り切っていたが、ユキナリはそれでも期待をしている自分に気付いていた。敬愛すべき人物が、また全力で僕と勝負してくれるのだと……
『ようユキナリ、元気にしてたか?達者で何よりだ。ハッハッハッハ!!』
『貴方達がカオス壊滅に一役買ったって号外に出てて、ビックリしたわ。まさかそんな事まで……正直ミサワタウンにカオスの本部が置かれたって噂が出た時本気で貴方達の身を案じたんだけど……』
『ハハ、姉さん心配性だよね。ユキナリがカオスなんかに負けるワケ無いじゃん。僕達を負かして父さんにも勝ったんだよ?僕にはユキナリがココに来る事、ちゃーんと解ってたんだ』
『減らず口を叩くんじゃないの!』
『ベーだ。そんな事言ったって、そう簡単には直らないもんねー』
モニターの向こうにいたナギサとカイトは私服姿だった。カイトがナギサの胸を軽く叩くとナギサは赤面して激昂し、カイトを追い掛け回す。
小さいカイトは追われる事に慣れているのか、ちょこまか走り回って捕まえられまいとプールサイドの端を逃げ回っていた。
『コラ!みっともねえぞお前達!!TVに映ってるって言う自覚はあんのか!全く……すまねえなユキナリ。あいつ等の醜態なんぞ見たくは無えだろ。まあ、何時もの事だから慣れっこなんだがな』
ミズキは紺色の海水パンツ、海に溶ける様な美しいマリンブルーの水泳帽を被っていた。気合充分と言った様子で貫禄たっぷりに構えている。モニターの向こうではまだ2人の追いかけっこが続いていた。
『……まずは礼を言っておかねえとな。おかげでミサキとの思い出を俺の心の中に再び刻めた。あの海は俺とあいつの出会いの場所なんだ。
あいつと出会わなかったら、五月蝿いけれど愛すべきこいつ等も生まれてはこなかった……俺の胸の中でだけ眠る思い出になっちまったがな……』
ミズキは少し寂しそうに顔を下に向けた。若い頃に結婚して、カイトが生まれた後、蝋燭の炎が消える様に彼の前から消え去ってしまった妻の事を、ずっと忘れられないでいるのだろう。
『お前は将来、大人になったら結婚しようとか、考えた事はあるか?』
「……考えた事もありません……」
『そうか……結婚は良いぜ。お互い何でも分かち合って生きていけるんだ。楽しい事も哀しい事も全部あいつと俺で完璧な思い出になる。
それ故に別れる時は辛かったが、それでも俺はあいつと一緒に生きてきた事を後悔した事は1回も無え。それに今は、頼れる後継者がいて、大分賑やかにはなったがな……』
ミズキは2人を見て微笑むと、戦う男の表情へとその顔を変えていった。
『リーグの掟は絶対だが、不思議なもんだな。お前は、嫌そうな顔をしてねえじゃねえか』
「ミズキさんともう1度戦えるのが嬉しいんです。僕にとってミズキさんは尊敬すべき人生の大先輩ですし、貴方から学んだ事も色々あります……特に、ミズキさんの家族愛は見習わなくちゃなって」
『お前も結婚したらそうなるさ。俺と同じで誰かに愛を注げるからな。お前は赤の他人でも、そいつが窮地に陥っている時に助けてやりたくなる奴だ。正義の塊って奴かな?
まあ俺にとっちゃそれが一番強い男のあり方だ。俺もお前から学んだ。それを、今からバトルで教えてやるぜ』
ミズキはそう言うとユキナリが立っているバトルフィールドにボールを転送させた。転送されたボールはミズキ側のフィールドに落ちてポケモンを出現させる。立派な牙を生やした、巨大なポケモンの登場だ。
『姉さん、ユキナリと父さんのバトル、始まるみたいだよ!』
『あら、本当だわ……とりあえずお仕置きはリーグ中継が終わった後にするからね』
ナギサはカイトのシャツの襟元を捕まえて彼を軽々と持ち上げていたが、溜息をつくとカイトを離してやった。カイトは瞳を輝かせてバトルの成り行きを最初から最後まで見ようとしている。
『ユキナリ君、父さんのトドゼルガ……もう見た感じ強そうでしょ?実際にも強いんだけどね』
『僕等のポケモンじゃてんで歯が立たないもんね。逞しいポケモンの代表格って感じかなあ』
確かに風格のあるポケモンだった。その体躯から感じる威圧感とは別に、修羅場を潜り抜けてきた猛者のオーラも漂っている。それは体のあちこちに刻まれた無数の傷が示していた。
『俺のトドゼルガは厳しいトレーニングと、強い相手との戦闘で常に傷を増やし、その傷は回復ポッドに入れても直らねえ程だ。今のお前のポケモンと、確実にガチで戦える能力を持っているだろうぜ』
(確かに強そうだ……みず・こおりタイプだと推測出来るけれど、そのタイプと戦える敵と言えば……やっぱりルンパッパだな。とにかく今は出来るだけ倒れないポケモンを選ばなきゃ……)
ルンパッパとトドゼルガは戦い方も同じだった。動きが鈍いが一撃必殺に全てを賭けるパワータイプのポケモンである事……つまり、このバトルは凄まじい技の応酬は避けられないと言う事になる。
『ほう……マスターが言っていた通りの良い面構えだ……我々を育て、愛情を持って接しているのだろう……我輩に実力でかなう者を、出してほしいのだが』
ユキナリは心を落ち着かせた。深呼吸をして、相手を冷静に見つめようとする。焦りは敵だ。ボールを取り出し投げる。ルンパッパが登場した後でポケギアを開き、図鑑項目を見た。
『トドゼルガ・こおりわりポケモン……氷柱を砕いて頭蓋の硬度を上げ、氷の張った冷たい海を素早いスピードで動いて冷たい痛みに耐え抜く。
そうして最も強くなったトドゼルガが群のリーダーになり、優れた統率力で獲物を捕らえていくのだ』
(特殊能力は?)
『特殊能力・あらくれもの……打撃系の攻撃ダメージが軽減される』
(ルンパッパなら攻撃は特殊攻撃になる……この特殊能力は無効だ……)
特殊能力が脅威で無くとも、ユキナリにとっての脅威がそれだけでは無い事は明白だった。
『あん時のハスブレロか。随分レベルを上げたな、雰囲気で解るぜ……だが、俺のトドゼルガに勝てるかどうか、見物だな。四天王の監修のもと育てられた兵の中の兵だぜ』
時折吐き出す白い息が余計に強さを、存在感を醸し出している様に感じられる。ユキナリはルンパッパに命令を下し構えさせると、戦わなければならない相手を凝視した……
ルンパッパが戦うべき相手は想像を超える巨体を誇っている。ルンパッパと同じく、いやそれ以上に動きが鈍そうだと踏んだ。
相手の一撃を避けて、特殊攻撃を叩き込むしか道は無い。ユキナリは試合開始の合図を出した。
「ルンパッパ、相手は一撃必殺を狙ってくる。僕等の方はまだ動けるから、積極的にかみなりパンチを当てていこう。避けるのを優先して、確実にダメージを与えていくんだ!」
『了解ですぞユキナリ殿。ワシの動きとパワーを、奴に見せ付けてやるゾイ!』
パワーでは劣っていても回避力ならば勝る。攻撃が当たるか当たらないか。勿論それが直接勝敗に結びつくワケだからそれにトレーナーがこだわるのも当たり前だ。
『多少のダメージなんか気にすんな!最終的に俺達が勝てば良い!肉を斬らせて骨を断て!』
『我輩に挑むその勇気は認めよう。しかし、実力の差はステータスとして表示されておる』
トドゼルガの先制攻撃からバトルは開始された。水タイプの技を持っているトドゼルガだが、ルンパッパ相手に効果が無いと理解している為のしかかりで襲い掛かってくる。
巨体を無理に動かしてルンパッパを押し潰そうとしてくるも、ルンパッパの動きは辛うじてそれより早く、逆に懐に潜り込まれてしまっては相手にダメージを与える事が出来ない。
『近距離には対応出来ん様ですな!』
拳に電撃を宿し、それを渾身の力を込めて相手の横っ腹に叩き付ける。殴られたトドゼルガは大きくよろけた。鈍いポケモンはダメージを受けて仰け反っている時間も長い。
「よし、そのまま連続でダメージを与えるんだ!相手の反撃を許すな!!」
『了解致しましたゾ』
しかし緊急回避においてはトドゼルガの方が一枚上手だった。これ以上のダメージを避ける為には属性の悪い技であっても発動が早い方が優先される。
『身の程を知れい!』
ルンパッパは勢いよくハイドロポンプで吹き飛ばされ、そのまま後退して止まった。ルンパッパには殆ど効果の無い属性の攻撃ではあるが、チャンスを逃してしまったルンパッパは悔しそうな顔をしている。
『どうだユキナリ、戦っている瞬間、一瞬一瞬が楽しいだろう!俺達は戦う事でお互いの心を見る。そして学ぶ!この瞬間の高揚だけは、他のどの体験よりも激しく、燃え上がるぜ!!』
自信たっぷりにミズキはユキナリを挑発した。ユキナリもそう思う。戦っている間にしか解らない事がある。言葉よりも伝わるもの。この一瞬にしか存在しないものは、確かにあるのだ。
『ユキナリのポケモン、結構押してるよね……父さん、大丈夫かな……』
『まだまだ始まったばかりじゃない。そんなに悲観する事無いわよ。それに……』
再びルンパッパの前に立ち塞がったトドゼルガは、巨大な氷球を出現させ、それを投げつけてきた。
ルンパッパはそれを避けるが、氷球は壁に激突せずにルンパッパを捉え、またこちらに向かって突っ込んでくる。
「ロックオンされているぞ、逆に相手を自滅させるんだ!」
動きのさらに鈍いトドゼルガの事、ルンパッパは簡単にトドゼルガの背中に回った。
『自分で自分の技をくらうが良イ!』
『フハハハ、我輩がその程度の貧弱な作戦に屈するとでも思っているのか?』
トドゼルガの瞳が青く光ると、トドゼルガの眼前目掛けて飛んでいたハズの氷球が、逆に迂回してルンパッパの背中に命中する。
ルンパッパはその痛みに耐える事が出来ずにしがみついていた手を離して膝をついてしまった。チャンスとばかりに再びトドゼルガがのしかかる。
『うーん……父さんの展開になってきたけど、若干不安が残るわね……』
『何てったって、相手があのユキナリだもんね』
『安心しろ2人共。今回こそは俺が止めてみせるぜ。お前の快進撃もココまでだ!』
トドゼルガの巨体は想像以上に重い。間一髪で巨体を押さえたルンパッパであったが、その体の違いでは勝ち目は無かった。ゆっくり確実に押し潰されていく。
『ウウウヌ……』
『いい加減楽になったらどうだ。潔く負けを認めるのも大事な事だぞ』
『可能性が残っている限り、足掻くのがワシとユキナリ殿の本懐じゃあ!!』
ルンパッパの拳に電撃が走る。
『ワシは……先に進まなければならんのじゃ!ユキナリ殿の思いを、一時たりとも無駄にさせるワケにはいかん!!』
片方の手を離し、その一瞬に電撃を走らせ、雷の拳をトドゼルガの腹に命中させる。トドゼルガはバランスを失って後ろ向きに倒れてしまった。
バタバタともがくものの、その両手は虚しく宙を舞うばかり。最早ルンパッパの姿を目視確認する事も出来ない。
『……ヤベエな……』
ミズキはばつが悪そうな顔で後ろ頭を掻いた。巨体から繰り出される圧倒的な攻撃力は認めているものの、一旦その巨体が倒れてしまえばそう簡単には起き上がれない。
『う、動け!まだ我輩は戦える、戦えるぞ!』
『フウ……ワシでも動かせない程の重さとは驚いたワイ。決めるしか無さそうじゃな』
『む、無念……!』
再びかみなりパンチを横っ腹に当てた瞬間にトドゼルガのHPはゼロになった。ルンパッパもアイスボールとのしかかりで喰らった負荷が相当きつかったらしく、肩で荒い息を吐いている。
ユキナリはルンパッパをねぎらい、そしてボールに戻した。
『……結構期待してたんだがな……ガッカリだ。ま、しょうがねえやな……』
『だから、トドゼルガじゃなくて、もっと動きの素早い水ポケモンにすればって言ったじゃない!』
『五月蝿えな。娘に指図されたくねえよ。この戦い方が俺のポリシーなんだ』
「……お手合わせ有難うございましたミズキさん」
『おう。正直お前の強さには驚いてる……俺も俺の大事な娘達もな。色々世話になった時もあったが……コレで許してくれるか?八百長したワケじゃ無えんだけどな』
ミズキは豪快に笑った。何回会ってもユキナリは、彼を豪胆な人間だなと思う。確かにこの戦いは自分が勝った。それでも、人間の器で言うなればまだまだ自分は彼に遠く及ばないだろう。
本気で恋をして、子供をたった1人責任を持って育ててきたのだ。ユキナリは自分がその立場になれないであろう事を自覚していた。彼はまだ、異性を本気で愛した事が無い。
「また、機会があれば戦ってくれますよね?」
『何時でも来いよ。歓迎するぜ。ナギサもカイトもだ。そうだよな?』
『勿論だよ、僕だってまたユキナリと戦ってみたい!』
『ユキナリ君……リーグ制覇は本当に厳しい道よ。私やカイト、父さんがどんなに頑張っても到達出来ない場所。貴方に沢山の人達の夢が託されているんだからね。頑張って勝って!』
(夢……)
今、ユキナリの一挙一動が全国に放送されている。テレビカメラが戦いの様子を逐一見ていた。
沢山のトレーナーがユキナリを見ているのだ。ある者は羨ましがり、ある者は妬み、そして大多数の人物が、チャンピオンと挑戦者の戦いを見たいと望んでいる。
強者同士の戦いほど、観客を興奮させるものは無い。ユキナリも勿論その挑戦者の1人だ。
『お前に皆が注目してる。俺達だけじゃねえ。全国の、お前と夢を同じとするトレーナー、民間人だ。この道を選ばねえ者にとってはただの娯楽に過ぎねえが……
それでも、注目しないワケが無え。それを忘れるな。お前は今、全世界の羨望の瞳を浴びてるんだ』
(僕が……トレーナーのこの僕が?)
信じられなかった。何度も挫けそうになりながら、必死で食い下がり、薄氷を踏む様な勝利を繰り返してきた。そして、今ココに結果的に立てているだけだ。
そんな自分を皆が見ている……注目しているなど、ユキナリには到底信じられない。
『さてと、俺等もモニターのチャンネルをサッサと切り替えるぞ。俺達も観客の仲間入りだ』
『ユキナリ君……今から私達も貴方を見守るわ。リーグ制覇の夢を絶対果たしてね』
『ユキナリなら出来るよ!実力は僕だって認める位だもん!!』
トドゼルガがボールに戻ると、モニターの電源が落とされた。灰色のスクリーンに戻る。そして、さらに上に登るエスカレーターが出現した。
(貴方に会えて良かった……ミズキさん。貴方の誰にも屈しない。考えを曲げない頑固な所、その信念を貫く心に深い感銘を受けています。
貴方は強い。少なくとも、僕には真似出来ない志と、深い愛情に包まれているんですから)
ユキナリはまたエスカレーターに飛び乗った。次の対戦相手も、ユキナリに大事な事を教えてくれた人生の教師だ。ゲンタやアオイが友人であるならば、ミズキや彼女は教師なのである。
(ミズキさんと……貴方は似ている。考え方、性別、見た目こそ違えど、1つの信念に基いて戦い続ける所はそっくりです。かなり、頑固な所もね……
トレーナーの殆どがそういう頑固な所があって、概して同じなのかもしれないですけれど)
次の部屋の色は黄土色だった。やはりと言うべきだろうか。
「メグミさん、ですね」
『正解だよ。なかなか賢いじゃないか。この展開が続けば嫌でも解るんだろうけどね。アンタ達、アタイを応援する準備は出来てるかい?』
『姐さん!絶対勝ってくださいねー!!』
見慣れているイミヤタウンジムの中は大変な事になっていた。工事現場で働いていたメグミの部下達が大挙してジムの中でメグミを応援している。
メグミの後ろはまるで観客席の様だった。ユキナリはトサカと初めて会った時の風景に似ているなと、心の中で笑う。
『アタイと初めて会った時より、大分精悍な顔つきになったんじゃないかい?大人の顔だね。そういう顔はアタイ嫌いじゃないよ』
「僕は、貴方と出会って学ぶ事が沢山ありました。もう1度戦いましょう……僕が何処まで成長したか、確認してくれますよね?」
『勿論。1度負けただけでへこたれるアタイじゃ無いし。何回だって喰らいついてやるよ。往生際が悪いのさ、アタイは。そうじゃなきゃジムリーダーなんてやってられないからね……』
褐色の肌、ヘルメット……働く女性の姿は美しいと言うが、戦う女性の姿もまた美しいものだとユキナリは素直にそう感じていた。
今から彼女と勝負して絶対に勝たなくてはならない。負けられない。
『色々悩んだんだよ。リーグ挑戦者を足止め出来る様な強いポケモンを選ぶのにさ。アタイの地面ポケモンの脆さもあるから、それを払拭出来る様な属性を選びたかった』
配管からボールが落ちて、その衝撃でスイッチが入り、相手のポケモンが出現した。
『……ンー……ZZZ……』
『ちょっと、たるんでんじゃないよ!!』
『!?……ンー……ンムー……』
リーグのポケモンはやはり大きさを気にしているのだろうか。メグミの使用ポケモンもかなりの巨体だった。ユキナリはポケギアの図鑑項目を開く。
『イノムー・いのししポケモン……普段は氷柱のある洞窟で眠っているが、危険を感じると体毛が逆立つ。相手と戦う時も体毛を逆立てて威嚇する。
北国ではイノムーを数匹捕まえてソリを引かせると言う風習があり、その地方のクリスマスではサンタがオドシシでは無くイノムーにソリを引かせてやってくる事になっている。
大好物はサギー・テッポウオ等の小魚』
(特殊能力は……)
『特殊能力・マイペース……『混乱』『ねむり』『メロメロ』状態にならない』
(ヤナギレイの天使の美貌は役に立たないか……さっき体力をかなり消費したルンパッパでは勝てないし……相性を犠牲にしてもココはタフで体力と攻撃力の高いポケモンを選ぶべきか……)
モニターの中で笑うメグミの姿が、今は何故かとても懐かしく感じる。冒険は何ヶ月も経過していないと言うのに、自分の中では何年も経過している様に感じる事が奇妙だ。
「僕は、このポケモンで勝負させて頂きます!」
『全力でかかってきな。勝負には妥協しないからね。アンタの本気が見たいんだよ!!』
ユキナリの投げたボールが床に落ち、バトルフィールドにフライゴンが出現する。
『この相手は……油断、出来ないか……』
『ンムー……』
フライゴンを必ず出さなければならないのは解っていた。こおり属性を持っているイノムーとフライゴンでは分が悪い。
相手が攻撃をする前に動きを止めてラッシュをかけるしか勝つ方法は無かった。ユキナリはしっかりと命令を下す。
「フライゴン、相手に攻撃する事よりも、相手からのダメージを受けない事が先決だ!守りの勝負に徹して、チャンスを掴め!!」
『随分消極的な指示だね。アンタらしくも無い……それじゃあ、アタイは攻めの一手を取らせてもらおうか!イノムー、こごえるかぜでフライゴンの動きを封じな!!』
先に動いたのは具体的な指示を与えられたイノムーの方だった。大きな体を震わせると、口から雪の混じった冷たい息を吐きかける。それが風となってフライゴンの方へと向かってきた。
『これしきの攻撃等ッ!』
フライゴンは空に舞い上がって風を避けた。間髪入れずにそれよりもっと強力で範囲の広い吹雪が襲い掛かってくる。フライゴンはそれも寸前で避けきった。
(遠距離攻撃がこおりタイプの信条ならば、ドラゴンクローで接近戦を試みるのも手だな……)
守る戦いに発展すれば遠距離攻撃同士の戦いになる。そうなれば必ず隙を突かれてダメージを受けてしまうだろう。こおりに対しては4倍ダメージと言うのが辛い所だ。
「フライゴン、相手自体は素早い動きは出来ない!相手の攻撃を避けて、接近戦に持ち込め!」
『やはり、マスターには攻める戦いの方が似合っているな!』
2回目の吹雪を前進して避け、フライゴンは近距離攻撃の射程内に入った事を解した。
『くらえッ!』
だが爪が触れると思われた瞬間、ボコッと床が崩れ、イノムーは地面に潜り込んだ。
『このノベロードはウオマサ高原の山腹を削って作られた建物だからね。床さえ壊してしまえばその下は柔らかい土になっているのさ。それに……』
メグミはユキナリに向かってとびっきりのガッツポーズを決めてみせた。
『地面タイプの醍醐味は奇襲、不意打ちにあるんだよ!!』
イノムーを見失っていたフライゴンの背後から吹雪が発動した。
『フライゴン、避けろ!!』
『なッ……!!』
フライゴンは慌てて飛び上がったが、避けるのが遅く、攻撃を軽く受けてしまう。体に掠った氷の代償はあまりにも大きかった。
少々のダメージがフライゴンには強力なダメージとなって還元されてしまう。
『ンムーー……ンムーー……!!』
『流石に、ジムリーダーの兵だけあるか……初めてマスターと共に戦ったのも、メグミの相手とだったが……鍛えられている。あの時とは確実に違う……』
『そういえばそうだったね、フライゴン。あの時の戦いは見事だったよ。まあ、アタイも素直にこの道を開ける気はさらさら無いから……そろそろとどめと行こうか!』
メグミの瞳がキラリと光った。サポーターである後ろの部下達の感情もヒートアップする。
『イノムー、もう1度地面に潜って相手の死角に回り込み、吹雪を放つんだよ!』
『ンムー!』
イノムーが再び地面に潜った瞬間にフライゴンはチャンスを掴んでいた。
『マスター、この時を待っていた!相手が戦功に焦って墓穴を掘る瞬間を!!』
フライゴンは体を大きく震わせると、地震を発動した。空気がピリピリと震え、大地が振動する。メグミは地震が発動された瞬間、呆気に取られた顔をしていた。
『な……それは……』
「勝負を急ぎ過ぎましたね、メグミさん。フライゴンも地面タイプ。同じ地面タイプに対しての備えはあります。
フライゴンの攻撃力の強さを考慮に入れた結果でしょうが、結局は……逆にその作戦が失敗したと言う事に」
『あーッもう!!やっちまったよ!アタイとした事が!!』
メグミは頭を抱えて自分を責めた。地面タイプのジムリーダーである彼女が、地面タイプの攻撃にしてやられると言うのは痛い。自分のプライドに大きな傷が付いてしまった。
『姐さん……ちょっと不味いんじゃないですかい……?』
『アンタ達に言われなくても解ってるよそんな事は!イノムー、サッサと出てきな!!』
内心メグミは冷や汗をかいていたに違いあるまい。1.5倍のダメージをまともに受けたイノムーが、無事な姿で顔を出せるとは思っていなかった。
穴の中で気絶している可能性だってある。
『地面に潜れば4倍ダメージの危険は薄まる!ココは虎穴に飛び込むしか無い!』
「そうだねフライゴン、穴の中に飛び込んで決着を付けよう!」
フライゴンはイノムーが開けた大穴の中に飛び込んでいった。メグミの部下達もこのバトルの決着を、固唾を飲んで見守っている。メグミも命令を出せずに、苦悶の表情を浮かべていた。
(流石に穴の中にカメラがあるワケじゃないからね……それにアタイのフィールドならともかく、離れた場所のイノムーの場所を特定する事は、アタイにだって無理だ……)
アオイやメグミの様に、直接ジムリーダーがポケモンに加勢するタイプは、こういった転送バトルを不得手としている。相性で勝っていても、地の利では確実に負けていた。
穴の中から切り裂く様な音が響いてくる。フライゴンがドラゴンクローを当てているのだろうか。対してイノムーの攻撃と思える音は全く聞こえてこない。やはり気絶しているのか。
「ポケギアを見れば、解るかもしれない……」
腕にはめられたポケギアで互いのHPをチェックする。先程の一撃でHPを半分以上も減らされていたフライゴンよりもさらに深いダメージが、イノムーに与えられていた。瀕死寸前である。
『イノムー、目を覚ますんだよ!!こんな所でアッサリ4回も負けるなんて、洒落にならないじゃないか!!アタイの立場はどうなるんだい!!』
メグミの叫びも虚しく、イノムーのHPはゼロになった。戦闘終了だ。穴からイノムーを引き摺って傷を負ったフライゴンが這い出てくる。メグミはヘルメットを床に放り投げた。
『……脱帽……ってね。やっぱりアンタは凄いよユキナリ。そこまで育てるのに苦労したんじゃないのかい?』
「ただ……必死になって戦っていただけです。メグミさんより僕の方が強いなんて思った事はありません。それでも……勝たなければ、僕の夢は頓挫してしまう。それは、嫌ですから……」
『ハッハッハ!!やっぱり、それだよ。その謙虚な心がアタイには無いからね。本当に強い奴は自分の事を強いとは言わないのさ。アンタこそ、今最もリーグに近いトレーナーだよ』
部下達もメグミの健闘を力強く称えた。同時にユキナリにも拍手を送っていた。相手の味方に称えられるなんて事は滅多に無い。それも、ユキナリの心の優しさを物語っていたのだろう。
互いのポケモンが元の場所へ戻り、ユキナリはメグミを見つめた。彼女はバトルが終わっても、問題が残る計画を進めていかなければならない。
今最も忙しく、そしてそれでも負けない強い女性が彼女であろう。ユキナリにとっても彼女は、尊敬すべき人物であり、彼女と出会えたと言う事が誇りでもあった。
『今日は部下達もアタイも仕事を一時中断さ。アンタの雄姿を見せてもらわないとね。リーグでの活躍を期待してるよユキナリ。出来るなら……勝って帰ってきな!!』
「ハイ、僕もそのつもりです。メグミさん達の期待に応えられる様に頑張ります!」
『約束だよ、アタイは信じてる。アタイを出し抜いた4人の中で、一番輝いてるのがアンタだからね……きっと勝てるさ。頑張れば、覇者に近付けるかもしれない……』
モニターの電源が落とされ、次のエスカレーターが姿を現す。道が開けた。
(とりあえず、4人突破か……山場を迎えたかな……)
予想も何も戦うトレーナーは見えている。トウコ、オモリ、セツナ、ルナと戦って勝てばノベロードを脱出出来るハズだ。その後には勿論、リーグ四天王との熱い戦いが待っている。
(メグミさん達よりも遥かに強い、人達が待っている……)
ユキナリにはまだ自分の実力が計れていないのかもしれないが、実際ユキナリの持ちポケモンは既に四天王対戦で充分な実力を発揮出来る実力を備えていた。
だが、やはり相討ちも狙えずに勝ち進んでいくのは厳しい。それが、対戦相手をより一層有利にしていた。エスカレーターに乗り、次の対戦相手の場所を目指す。まだ、夢のスタート地点にも立てていないのだ。
「いやあ、破竹の勢いですね。ユキナリ君の事ですからそう簡単に負けはしないと思っていたんですが」
シラカワタウンの研究室のTVの前では、フタバ博士とホンバ博士が彼等の戦いの様子を見守っていた。
他の3人も順調な勝ち上がりを見せている様である。この分ならば全員がリーグ挑戦権を得ても全く不思議では無かった。
「ホンバ君。確か、リーグ挑戦者が一度の大会で4人選出されれば、それが初めての快挙になるわよね?」
「ええ、そうだと思います。それに……シズカさんに勝てたトレーナーも今までいなかったワケですから……」
リュウジが四天王大将となり、集めた四天王は完全無敗を誇っている。数年前に彼がこの地に訪れてから、リーグの難易度が格段に上昇した。
トーホクのトレーナーが何度も挑戦し、そして挫折を経験している。
「ココで負けたトレーナーは折れるわ。多分、次にリーグ覇者になる事は不可能でしょうね」
「人生の勝負は1度きりって事ですか。厳しい現実ですね……」
「決まっているワケでは無いけれど、自分の実力を思い知らされ、自分と向き合う事になったトレーナーが、這い上がるのは大変な努力を必要とするわ。私もかつて挫折して、その座を姉に譲っているもの」
フタバ博士の脳裏に、あの苦い思い出が蘇った。自分が姉に勝てない事を悟った時、彼女は潔く自分の出来る道を選んだ。
それは決して間違った判断では無かったが、あの時から自分のトレーナーとしての誇り、記録を全て破棄した。彼女が元トレーナーであった事を知る者は、今では少数しかいない。
「だから私は、3人に思いを託したかった……私が逆立ちしても無理な偉業を達成してもらいたいの。その時、私は彼等の育ての師匠として、少しは己のプライドを取り戻せる様な気がするから……」
醜いエゴだったが、誰しもそんなものは持っている。ホンバ助手だって、フタバ博士の下で働いていれば何かのチャンスが掴めるかもしれないと思っているのだ。人は皆打算的に動いている。
「ただ……ユキナリ君には、そういう思いは無いですよね。誰かの為に戦える子だ」
「ええ。彼の心は透き通っているわ……誰よりもね。その心が人の思いを動かして、彼自身を強くしていった。淘汰される事無く……私の様な欲望を求めなかった事で今あそこにいるんですもの」
「……コーヒー、淹れましょうか」
ホンバ博士は空気を変えたいと、立ち上がってヤカンをコンロの上に乗せた。
「お願いするわ」
それに同調する様にフタバ博士も溜息をつき、窓の外を眺める。雪が降っていない。
(奇跡は2度起こるのかしら?)
エスカレーターは次の部屋へとユキナリを運んでいた。そのままユキナリは橙色に染められた部屋へと足を踏み入れる。どうやら間違い無さそうだ。
「トウコさん……ですよね?」
モニターの電源が付き、ザキガタシティジムの様子が映し出された。トウコ、エンカイ、ジサイ、ユカリ……さらに後ろにはスイセン会長やコユキの姿も見える。
『久しく会っていなかった気がするな。だが先程までココにいた様にも思える……不思議な気分だ。お前には人を魅了させる何かがあるのかもしれぬ』
トウコは優しくユキナリに語り掛けてきた。だがその凛とした表情は相変わらず変わってはいない。それが、父親に対しての気概であり、無理をしている様にも思えた。
(トウコさん、負けを重ねて気落ちしてるからな……)
『トウコ、ココでユキナリを倒す事が出来れば、お前の屈辱も晴らせよう。これ以上先祖の名を傷付ける事は許されん。全力で挑むのだ。良いな』
『解っております、父上……今回こそは負けられませぬ』
気合の入り方があの時とは違う。思いつめた様な表情を浮かべているのがユキナリには哀しかった。厳格な家庭が、プレッシャーが彼女を追い詰めている。
逆に、彼女の実力を削り取っている気がしてならなかった。メグミの様に奔放であれば、自分の好きな様に戦えるものを……
ユキナリも縛られなかったからこそ勝ち続けてこられたと思っている。
『今回こそは、姉様の圧勝ね!アンタなんか……最初から運で勝ててた様なモノよ!!』
重い空気。周囲の期待。ユキナリは、この戦いを彼女のプレッシャーで潰したくは無かった。
「トウコさん、大丈夫ですよ。落ち着いてください。貴方の実力を出し切れば良いんです」
『……すまない。お前に諭されてしまうとは私も修行が足りんな……』
笑顔もまた本当の笑顔とは違う。あの時の涙、挫折から立ち直れていないのだろうか。
(勝たせてあげたいけれど……僕だって夢が懸かってるんだ。負けられないよ……)
既に出すポケモンは決まっていた。トウコに勝てるポケモンはまだHPを減らしてはいない。
『私もあれから修行を積んだ……精神的な鍛錬をな。如何なる時にも平常心を保っていられる様に……ポケモンも同じだ。研ぎ澄まされた精神と力が無ければ、勝てぬ……』
配管からボールが飛び出して床に転がり、閃光と共にポケモンが姿を現す。