ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第8章 6話『淘汰されるべきは』
「……何ですって?」
「君の最後の切り札であるそのボールの中に入っているであろうポケモンを解放してみたまえと言っているんだ。心から、本当に君の事を、そのポケモンが守ろうとしているのかをね」
 アズマはユキナリに、ボールの解放ボタンを押せと迫っているのだ。コセイリンは元々フタバ博士が持っていたポケモンだが、野生に帰ればユキナリに襲い掛かってくるかもしれない。
 ユキナリの頬を冷や汗が伝った。伝う汗も冷たくなっていく。何もかもが冷えていく。
『それはいいな。知能を持つ我とは違い通常の獣は喋る事すら出来ん愚鈍な連中よ。ユキナリ、獣となったお前の仲間に命乞いでもしてみるが良い……』
「違う!僕とコセイリンは……」
 追い詰められていた。ユキナリには術は残されていない。この八方塞の中で……せめて、自分と彼の絆を証明したかった。自分の考えを、それを理解していても曲げられない信念の為に。

「何だ……雪か!」
「急に降り始めましたね、不吉な……」
 入り口を無理やりにでも蹴破ろうとしている者がいるらしい。ホクオウとルナの部屋は1階だ。自動扉ではあるのだが一旦閉まればよほどの力が無いと突破出来ない様になっている。
「嫌な予感がする。ユキナリに、とてもない危機が迫ろうとしている様に思える」
「で、でも、私達じゃどうする事も……」
「不甲斐ないな。俺はあいつの兄だと言うのに、こんな所で油を売っている。扉の向こうの奴等と一緒になってカオスの団員を倒す事も、4階に向かってユキナリを救う事も……出来ない」
 自分の実力が足りないと言う事を、ホクオウは思い知らされていた。ユキナリには及ばない。
 何時の間にかユキナリが自分にとって遠い存在になってしまった事が兄としての誇りでもあり、また自尊心を傷付ける結果にもなっていた。どちらが彼にとって幸いなのかは解らない。

「もう終わりだ。銃を捨てろ」
 吹雪の中、彼等はついにカオスの団員を制圧した。ポケモンがあまりの寒さの為に動きを鈍らせた事も警官隊にとっては願っても無いチャンスだったのだ。
「アズマ様さえご無事であれば、幾らでも再起は果たせる!俺達は何度でも逃げてみせる!」
「……ゴウセツが覚醒したか……最早奴であろうとも、止める事等叶わん。ゴウセツの戦闘力はエリア中のポケモンを敵に回しても揺るぐまい。我々の理想を果たす為に戦ってくれている……」
 ポケモンも団員も捕縛され、後は扉を蹴破って中の人間を救出するだけとなっていた。
 ユウスケは気ばかり焦って何も出来ない自分に不甲斐なさを感じると共に、ユキナリを助けたいと言う純粋な思いが、これだけ多くの人々を動かしたと言う事に驚きを感じていた。
 (待ってて。もう大丈夫だから……絶対助けるよ。僕達友達でしょ?)
 硬い扉の向こうに彼等が知らない魔物が待ち受けている。誰もそれを知らない。

『アズマ、下の連中が捕まっているぞ。少し力を解放し過ぎたか……』
「構わんよゴウセツ。ユキナリ君とのバトルが終わればすぐにでも救助に向かえる。お前の力があればお釣りが来る位だろう。もう、のんびりしてもいられまい……
 我々の理想が明るみに晒されてしまった以上は、犠牲を少なくで平和を得る事は難しくなった。今こそお前の力を発揮してエリアに平和をもたらさなくては……」
 (僕だけが、砦なんだ……最後の砦なんだ……僕が負けたら……誰がこんな奴に勝てるんだ?誰も勝てやしない……足掻いてみせる……足掻いてみせるッ!)
 ポケットから取り出したシャープペンシルの先を、隠されている解放ボタンに向ける。チキチキと芯を出し、ボタンが押された。
 (奇跡が、起こって……くれれば……)
 ユキナリの精神力はボロボロだった。ただでさえ3幹部との連続対戦で神経をすり減らしていたのにも関わらず、アズマとの戦い、たった今ゴウセツの登場により絶望感を感じている。
 寒さも彼の体力を確実に奪っていった。
 (眠い……このまま眠ってしまえば自らの命も途絶える……なのに、もう、どうでも良いと言う思いもある。楽になってしまえたら……)
 そのままユキナリはボールを投げると、意識を失い仰向けに倒れ込んでしまった。
「限界だったようだね。すぐに楽になる……私に逆らうと言う事が、どれだけ愚かな事だったのかを理解して、あの世へ旅立ちたまえ。君の理想は我々が引き継いであげよう……」
『矛盾を内包して生きるよりかは、我の様に世界を見つめ、より良い環境保全の為に動け。人間も獣も淘汰されるべきなのだ。生き残るべきは、我々の様な神に愛された者だけよ!』
『……淘汰されるべき者ねえ……俺は思うぜ。それは、アンタ達の方だ』

『何だ……貴様は……』
 ボールから解放されたコセイリン『だった者』は、金色の毛並みを風に揺らしていた。全身を蒼のオーラで包み込み、その体格もゴウセツと変わらない程になっている。
『俺は……いてはならない者だ。お前達とは違い、俺は自然に生まれてきたワケじゃない。力を求めるが故に生み出された獣と言うべきかな?
 確かに……お前の力は並外れてるが、俺はそれ以上だ……!!』
 それは咆哮すると全身のオーラ、いや蒼い炎を全身に燃え上がらせた。すると凍り付いていたハズの床があっと言う間に溶け出し、部屋は元の暖かさを取り戻し始める。
 ユキナリも凍死の危機を免れた。だんだんと、暖かいと言うより暑くなってきている。
『ふざけた事をぬかすな。我にかなう輩など、この世界には存在せんわ!』
 ゴウセツは背中の氷柱をそれに向けて発射するものの、全て寸前でじゅっと溶かされてしまう。
『俺は反則級だ。いかなる相手がいようとも、それを越えるべく開発された』
『……クッ、ほざけ――!!』
 飛び掛ろうとしたゴウセツに向かって巨大な炎の球が口から飛び出す。それをまともに受けたゴウセツは大きく吹っ飛んで壁に叩きつけられた。今度は逆にゴウセツの方が赤子扱いをされている。
『俺の名はリンギツネ。フタバ博士のチームによって開発された2体のうちの1体。
 あらゆるポケモンのDNAの……良い部分のみを抜き出し、戦闘ロボットの様に改造を加えられて培養液の中で誕生した。
 お前がいかに伝説のポケモンであろうとも、お前が淘汰されるべきと謳う人間の科学力には敗北すると言う事だ。上には上がいると言う事を知れ』
『グアア……馬鹿な、我は最強の存在としてこのエリアに君臨するべき存在……アズマと共に全てを変える。生態系を狂わせ人類と獣のバランスを……埋めるべき存在なのだァッ!』
 ゴウセツの口から吐き出された吹雪も、リンギツネの吐く火炎放射でことごとく掻き消え、アズマはその成り行きを呆然としながら見守る事しか出来なかった。
「こんな……ハズでは無かった……私は……何と言う馬鹿な事を……」
 アズマがこんな事を言わなければ、コセイリンは覚醒する事無く、圧倒的なゴウセツの力の前に屈したハズだった。だがもう遅い。力の差は歴然としていた。ゴウセツがダメージを受けつつある。
『退け。お前は回復する術を持たない。人間に飼われていないお前では回復ポッドには入れない……幾ら底知れぬ回復力を持っているとは言っても、ポケモンは不死の存在には成り得ないのだ。
 一部の者を除いてな。潔く自らの力を自覚し、ココから去ってくれないか?』
『認めん……我は……破壊の化身だ……神に愛されし最強の……』
 何時しかゴウセツの体は火傷が増え始め、フラフラと体を揺らし始めている。そして……
『……ガハッ……』
 ゴウセツは蒼い血を吐くとそのまま床に倒れ込んでしまった。
「嘘だ!こんなのは夢だ、幻だ!私が負けるハズは無い!カオスは最強の組織なのだ……ゴウセツが、他のポケモンに敗れる等と言う事があるハズが無いんだ!」
 思わずアズマは立ち上がり、そう叫んでいた。今までの自信は立ち消え、完全に狼狽している。
『アズマ、力を利用しようとした者はその力に滅ぼされる。お前がゴウセツを利用している様でその実は、お前が利用されていただけだ。
 邪な心を持ったゴウセツとでは、お前が望む平和は永遠に訪れない。もっと違う形で、平和への道を開くべきだったな』
「あ……ああ……」
 アズマはそのままくずおれると涙を流して床に突っ伏した。子供の頃に戻ったかの様に号泣する。リンギツネはユキナリを起こし、ペチペチと頬を叩いてマスターの意識が戻るのを待った。
「……う……うう……」
『気が付いたか?ユキナリ。俺が何とか奴を倒した。お前はもう大丈夫だ』
「え……君は……誰?」
『コセイリンだよ。まあ言うなれば、お前の真の窮地に呼応して、変身した様なモンだ。誰か来る前に早い所俺をボールに戻してくれ。俺の姿が他の奴の目に付くと面倒な事になる』
「……?う、うん。解ったよ……」
 ユキナリは起き上がると、リンギツネに向かってボールを投げた。彼は元の場所に帰り、そのまま捕まり元の姿に戻る。アズマはサングラスが床に落ちている事にも気付かずに泣き続けていた。
「こんな……ハズじゃ無かった……幹部達にどう言い訳すれば良いんだ……私は……」

 その時、階段が開けて登ってくる一団の姿があった。拘束されたセイヤ達がリモコンを使って階段を出現させたのだ。警官隊の一部とホクオウ、ルナ、ユウスケ達の姿もあった。
「アズマ様!ゴウセツは……一体……誰にやられたと言うのです!」
 セイヤは傷付き倒れ込んでいるゴウセツの姿を認め自分の瞳を疑った。あのゴウセツが倒される等全く想定していなかった事……最後の砦が陥落した事を示している。
「ユキナリ君……貴方が倒したと言うの……」
 呆然としながらも、レイカは彼の実力でゴウセツは倒れたと言う事実を認めざるを得なかった。同時に、彼等の夢が潰えた事も解る。
 レイカはまだ体調が優れなかったものの、しっかりと立ったままユキナリを見つめた。ユキナリもそれに気付き目を合わせる。
「……私達は……完全敗北を喫したのですね。アズマ様……」
「立つんだ、おい!」
 警官隊に抱え上げられ、アズマは放心状態のまま手錠をかけられた。
『たった今、組織のリーダーと思われる男を確保しました。今すぐ下に戻ります!』
 セイヤもホウもレイカも……皆泣いていた。敗北を認めたくは無かったが、もう後は無い。アバシリー刑務所に送られ、囚人として人々から非難を浴びる事になるだろう。
「ユキナリ……よく頑張った。お前1人で、悪の組織を壊滅させたんだぞ……」
 ホクオウは再びユキナリの事を強く抱き締めてやった。安心したのか、ユキナリはまた意識を失い倒れ込んでしまう。
「ユキナリ君!」
「大丈夫、気絶しただけだ。またすぐに意識を取り戻すだろう。しかし、このポケモンはどうなるんだ……警察の管理下に置かれるのだろうか。少なくとも、捕まえておかないとリスクは高いだろうな」
「でも、そう簡単に目を覚ます事は無さそうですね」
 ルナはやっと街を取り戻せた事に喜びを隠せなかった。これで街の皆もルナも救われる。誰もが幸せになれた展開では無いが、少なくともユキナリにとっての平和は戻ってきた様だ。

『……ウウ……』
「!?」
 ゴウセツが呻き声を上げた。慌てて警官隊がポケモンを出現させる。幾ら弱っているとは言えまだまだゴウセツは危険な存在だ。一刻も早く確保しなければ人々が危険に晒される事になる。
『我の負けか……我が頂点に立てなくなった今、野望を持っても意味はあるまい。これからはまた山に篭り、己を見つめ直そう。何故か解らんが、負けたと言うのにとても清々しい気分だ……』
 立ち上がり、ヨロヨロとした足取りでその辺りを歩いていたが、突然凛とした表情を浮かべると渾身の力で強化ガラスをぶち破り、外へ飛び出していってしまった。
 警官隊は唖然とした表情でその成り行きを見守る事しか出来ずに立ち尽くしている。
「なんて奴だ……あれだけのダメージをくらっていたと言うのにまだあんな力が……」
 伝説のポケモン、その精神力は他のどのポケモンよりも高い。そしてゴウセツもまた、彼より強い力によって倒される。雪はまた止み、少し暖かい位だったが、彼等の不安を拭うには至らなかった。

「何故だ……さっきまで心をどす黒いものが覆っていた様だったのに、何時の間にか、穏やかな心で満たされている……完膚無きまでに負けたからなのか。解らん……」
「俺もだ。何でだろうな……涙の種類が違う様な気がしてならん」
 パトカーに乗り現行犯として拘置所に護送されるカオスの団員達。幹部も長も全てが、何か憑き物が取れた様な気持ちを感じていた。暖かい心にほだされて、涙が落ちていく。
 彼等はそのまま裁判を受けた後、その刑期をずっとアバシリー刑務所で過ごす事になるのだ。

「ゴウセツには逃げられたが、君の功績は非常に偉大なものだった。君のPCに後日表彰状を送る事にしよう。我々の仕事に貢献してくれた謝礼も含めてね」
 最後のパトカーが走り去り、ルナ達が残されると、彼等はほうっと溜息をついた。
「まあ何にせよコレで一連の騒動は幕を閉じたワケだ。ユキナリのお手柄だな」
「ユキナリ君……凄いや。僕には全然真似出来ないよ。尊敬しちゃうな……」
「私達にとっても英雄ですもの。感謝の気持ちとして今すぐバッチを受け取ってほしい位だわ」
 ユキナリはホクオウによって建物の1つ、その中のベットですやすやと寝息を立てていた。あまりの疲労の為、そのまま深い眠りに落ちたのだ。今は彼を休ませるべきだと皆が思っていた。
「それじゃあ……ホクオウさんとユウスケ君。ユキナリ君が眠っている間に私と勝負を」
「望む所だ。バッチを獲得して一緒にノベロードに向かうつもりだからな」
「きっとトサカさんも来るよ!僕達全員でリーグに挑戦するんだ!」

 ユキナリ達がカオスと戦い、勝利した頃……
「リュウジ様、吹雪が突然起こり、また止んだこの気候の変化は、ゴウセツによる一時的な気候の変化だと報告がありました。そのゴウセツも少年トレーナーによって倒されたとも」
「そりゃ凄いワイ。どんな少年が、そんな偉業をやってのけたんじゃろう」
「まあいずれ戦う事になるだろうな。その時に私達が戦えば良いのだ。サヤ君、リーグ挑戦者は何人になると推定されるんだい?」
「……そうですね。その少年トレーナーとその人物の友人と兄、それとシズカ様から報告がありました暴走族のリーダー……4人がこのウオマサリーグに挑戦してくると思われます」
 1つの部屋に集った4人の猛者。四天王リーダーであるリュウジと、モニタールームのチェックを任されているサヤ、そして彼の忠実な部下でもあるカツラ教授とシズカの4名。
 彼等はこの数年間、リュウジがリーダーとなりこのメンバーとなってから1度もチャンピオンの登場を許した事は無い。
 多くのトレーナーがノベロードで挫折し、やっとの思いでリーグの扉を叩いた者も、一番格下の存在であるシズカに敗北した。
 リーグで敗北を喫するとまた1からやり直しとなる為、挫折してそのまま消えていくトレーナーも多い。
「今回は何人がこの扉を通る事になるだろうか……シズカ君、君はどう思う?」
「……1人は確実に扉を通るかと。彼ならばきっと、こちらに辿り着いてくれるハズです」
「確か、シズカさんの幼馴染でしたよね?結構、贔屓するんですね、シズカさんでも……」
「いやいや、案外好いているんじゃないか?ワシはそう思うが、本当の所はどうなのかね?」
「そんな関係じゃ……ただ、ずっと再起を心から願っていましたので……」
 エメラルドグリーンの服を着て純白のマントを羽織っている男は、腕を組んで笑った。
「まあまあ2人共。シズカ君の事を詮索するのは止めておこう。我々がやるべき事は1つ。チャンピオンを守り抜き、このウオマサリーグの武名を世界に轟かせる事だ。そうだろう?」
 3人はしっかりと彼を見て頷いた。
「楽しみになってきたよ。この私に挑もうとする勇者の登場が待ち遠しいね……」

「……あ……」
「ユキナリ君、大丈夫?ホラ、コレユキナリ君のバッチと技マシン。ルナさんが一緒に持たせてくれたんだ」
「お前が歩ける様になったらすぐにノベロードに向かおう。ミサワタウンを出てすぐの所にある……そこを越えさえすればウオマサ高原、トーホクリーグへの挑戦権が獲得出来るんだ」
 既に、ユキナリが目覚めた時には朝を迎えていた。アズマと勝負した時とっくに夜になっていたから、そのまま眠ってしまった事になる。その間にユウスケとホクオウはルナとの勝負を終えていた。
「やっぱり強かったわよユキナリ君。2人共……だけど貴方が一番だと思うわ。
 戦わなくても私はもう負けるに決まってる。私じゃとてもかなわない連中を倒して私達を……いえ、世界を救ってくれたんですもの」
 (僕が、世界を……?)
「あのままゴウセツとカオスを放っておいたらいずれ世界が混沌に包まれる事になっただろう。お前の功績は称えられるべきだ。
 お前にしか成し遂げられなかった……俺はお前と言う弟がいる事を誇りに思う」
 (そうか……もう、そんな所まで来たんだ……僕達は。もう目の前に夢が見えている……後は、突き進むだけだ。
 僕も、ユウスケも、兄さんも、トサカさんも全力で走ってきた。後はその全力で戦うしか無い)
 覇者になる。ユキナリはその夢を追いかける為にココまで来た。紆余曲折してカオスとも戦ったが、本当に彼がやりたかった事はそれだけでしか無い。
 カオスが壊滅した今、最早ユキナリを阻んでくるのはリーグの壁だけでしか無いのだ。その、強大な壁に挑もうとする気持ちは固かった。
「皆お礼の気持ちとして食料を少しずつ渡そうって……旅の終わりは近いでしょうけど、もしもの事があったら大変だろうと思っているの。皆が貴方に心から感謝しているのよ。
 チャンピオンになってほしいとも思ってる。だから……頑張って。リーグを制覇してきて!」
 ダークバッチと『邪悪な波動』……コレでバッチは8個全て揃った。フタバ博士が望んだ夢の半分は果たせなかったけれど、それでも、自分の本当の夢が向こうにあるのならば、そこに進みたい。
 ユキナリはそう感じていた。仲間も同じ思いを抱きつつ、戦う事になるであろう事実を素直に受け止めていた。4人全員夢は同じ。けれども椅子取りゲームの椅子は1つしか無いのだ。

 ユキナリ達は最後の出発に向けて準備を進めた。シャワーを浴び服を着替え、朝食を取りバッチの数を確認する。荷物もPCに預けられる物は全て預け、出来るだけ身軽にした。
 ココから先はカオスの者達と戦った様に連戦になる。四天王とチャンピオンに挑むのだ。
 それだからこそ最終準備は確実に済ませなければならなかった。3人はミサワタウンの街の出口に立つ。住民達とルナが一時の別れを告げに集まってきていた。
「カオスが作り変えた街を元に戻すのにはかなりの時間がかかると思うけど……平和な街並みが戻ってきたらまた何時でも来て頂戴。歓迎するわ!」
「はい、リーグが終わったら……いずれ、お世話になったジムリーダーの所へお邪魔しようと思っています。御礼を言い足りない位に……全員に感謝していますから」
「そんなに慌てなくても良いのよ。本当にチャンピオンになったら、そんな事にも構っていられなくなるから……勝てば解るわ。きっと貴方ならチャンピオンになれる。確信しているの……」

 3人はミサワタウンを出て、一路ノベロードを目指した。とは言っても15分程度で到着する距離にノベロードは存在している。3人は歩きながらリーグのルールを確認していた。
「まず、ノベロードで本当に俺達がリーグ挑戦者に相応しいかどうかのテストが行われる……テストのルールは挑んだ者にしか解らん。
 そうしてテストに合格した者がリーグに挑めるワケだ。ルールは変わらん。6VS6バトルが5回あると思えば良い。つまり30匹ものポケモンと戦う事になる……
 特に四天王大将のリュウジは他のエリアでも有名になっている最強の竜使い。少しの油断も見せられない長丁場になるから、しっかり気持ちを持っておくんだぞ」
「うん……大丈夫だよ兄さん」
「最後は戦闘力云々では無く気持ちの問題だ。気持ちが折れた奴は負ける……だが、お前はきっと俺と同じ場所にまで辿り着いてくれると信じている。最後はお前と戦って決着を付けたい」
 そう、先に誰かがチャンピオンを倒した場合暫定チャンピオンが確定し、ユキナリはその暫定チャンピオンと戦う事になる。最終的に戦うのは3人のうちの誰かになるのかもしれないのだ。
「僕も、実力を示したい……ユキナリ君と戦って……出来るならチャンピオンになりたいよ」
「見えてきたぞ、あれだ。あれが……ノベロードの入り口だ」

『お茶の間の皆様、こちらトーホクラジオ塔からの臨時ニュースです。ただいま入った情報によりますと、リーグ挑戦者が4名、ノベロードに到着したと言う事です。
 引き続きテレビ中継は私クルミと、ジョバンニ先生との実況解説でお送り致しますので、今すぐテレビを付けて下さい。生中継です!』
「来たわよ、さっ早くカメラを回して!」
「もう準備万端ッスよマイさん。何時でも映せます!」
「チッ、ニュースリポーターとカメラマンかよ。うざってーな。早い所先に進ませてくれねーか?」
 唐突に放映されるこの番組は、全てのテレビ番組を中断して行われる生中継だ。リーグ挑戦者がノベロードに到着するのは非常に不定期故、何時放送が始まるのかは解らない。
 だが事前にラジオ塔のスタッフやマイ、エイゾーの様なキャスター、カメラマンはそれをいち早く察知して準備を進める。既に入り口には彼等2人と、ミサワタウンの住民達が集まってきていた。トサカの姿も見える。
「トサカさん……来てたんですね」
「当たり前だ。テメエを倒さないで、逃げるとでも思ってんのか?覚悟しろよ……リーグ制覇の為にはユキナリ、テメエが邪魔なんだ。絶対に暫定チャンピオンになって、テメエが来るのを待つからな」
「勿論です。その時が来たら全力で戦いましょう!」
 (……危機感ってやつが無えのかねコイツは……不思議なヤローだ。俺がどんなに邪険にしても真面目に返してきやがる。まあ、実力は充分にあるから当然っちゃあ当然か……)
『皆さん、いよいよ……いよいよです!ココウオマサ高原に続くノベロードの入り口に立っているのは、8人の強豪ジムリーダーを倒してきた兵ばかり!
 彼等4名が今まさに、このノベロードで篩にかけられようとしています!課題を見事クリアし、リーグの扉を叩く者は現れるのでしょうか!?』
「マイさん、やけに張り切ってるねえ……」
「大仕事だからね。何時もより気合が入るのは仕方ないよ。僕達はとにかく集中しよう」
「そんな暢気な事言ってないで。カメラの前でインタビューに応えてもらうッスよ」
「え、ええ―――ッ!?」
「元からその為に俺とマイさんが出張ってきてるんスから、それ位の事は引き受けてもらわないと困るッス。まあ、簡単なコメントでお茶を濁しても大丈夫スから……こっちでフォローするッスよ」
 カメラをマイの方に向けているエイゾーがそう呼びかけると、2人は頬が紅潮していくのを感じた。
「サッサと通せってんだよ。かったりーな……インタビューだの何だの俺達には関係無えぜ」
「まあそう言うな……一応応えてやれば良いだろう。彼等も仕事で来ているのだ」
「ヘッ、そんな義理が俺にあるかってんだ……とにかく、先に進ませろ……」
 トサカがそう叫ぼうとした時、入り口近くに立っていたスピーカーから声が聞こえてきた。
『ごきげんよう、トレーナー諸君!ココまで辿り着いた事を誇りに思いたまえ!今から君達には本当に我々四天王……そしてチャンピオンに挑むべき者であるのかと言う事をチェックさせてもらう。
 こちらのスクリーンに映る画面を見てくれたまえ』
 声がそう響くと近くの壁に幻灯が映し出された。壁に映った画面は丁度ノベロードとリーグ本部の画面を映し出している。
『今からバッチを提示してもらい、くじ引きを行ってもらおう。それで順番を決め、決められた時間に4人が1人ずつ歩んでいってもらう。
 ルールは単純明快。8つの部屋がありそこで1VS1の真剣勝負を8回行ってもらうだけの話だ。8人のトレーナーは部屋で君達の到着を心待ちにしているだろう。
 そこを抜ければいよいよリーグと言う訳だ。4人全員がそこを突破した場合、今からするくじ引きの順番とまた同じ順番で四天王と順番に戦うワケだ。飲み込めたね?』
 ユキナリ達は全員頷いた。トサカは一応頷いたが心の中で唾を吐いている。
 (面倒くせーテストさせやがって……まあ良い。俺は絶対に篩にはかけられねーぜ)
『それでは、マイさんとエイゾーさんのインタビューに応えてもらった後、くじ引きを行おう……頼むから2人共、あまり時間をかけないであげてくれよ?対戦相手が待ちくたびれてしまうからね』
 放送はそこで切れた。マイとエイゾーは早速ユキナリに対してマイクを向け、質問を開始する。

『とりあえず、今リーグに挑むと言う心境と、気概を皆さんに伝えてあげてください。正直な感想をお願いします』
「え、えっと……」
 カメラの前で喋ると言う事すらも初めてであるユキナリは口篭ってしまった。しかも世界中が今彼の顔をTVを通して見ているのである。緊張するのも仕方が無い事だろう。
「……ココまで来れたのも、全ては……僕だけの力じゃありません。ココにいるユウスケと兄さん、トサカさん……それにジムリーダーの方達や僕を助けてくれた人……
 そういう人達がいるからこそ、リーグに挑戦する事が出来たのだと思います。戦うからには、全力を尽くして悔いの残らない戦いをしたいです!」
『成程。人の力あってこそ、貴方の実力が育まれたのだと思うのですね?』
「はい。戦っていく事で僕もパートナーも、ゆっくりと、でも確実に実力を上げていけたのだと思います……
 戦う相手であるにも関わらずレベル上げの相手を斡旋してくれたゲンタ君、暖かく僕等の到着を迎えてくださったアオイさんとフルサトさん、ミズキさん、メグミさん、トウコさん、オモリさん……
 挙げればキリが無い程にお世話になりました。この場を借りて、有難うと言いたいです」
『何処までも真面目で一本気な少年、ユキナリ君のコメントでした。次は……ユウスケ君』
「はッ、はい!」
 ユキナリよりも真面目でバトルに関しての知識も豊富。この旅においてユキナリを最も強くサポートしてきた少年……ユウスケ。
 その旅ももうすぐ終わりになるのかと思うと、少し切ない気持ちになる。
「僕はずっとユキナリ君の後を追いかけてばっかりで……正直ユキナリ君の強さに憧れてます。でも、それだけじゃないぞって……
 僕だって頑張れるって事を、エリア中の気弱な人に伝えられたらなって……そう思います。夢はやっぱりリーグ制覇です。ユキナリ君と戦って、出来るならば勝ちたいと思っています!」
『貴方にとっての憧れがユキナリ君であると?』
「僕なんかよりも遥かに強くて、芯がちゃんとしているトレーナーですから……僕が思う限り、今エリアで最も強く輝いているトレーナーだと思います。だからこそ、親友としてユキナリ君を越えたいんです」
『親友越えを果たそうと気合充分のユウスケ君でした。さて、次は……』
「俺は良いって言ってんだろ。サッサと先に進ませろ!」
『とにかく、何か一言でもコメントをお願いします』
「チッ、しゃーねえなあ……」
 トサカは向けられたマイクをマイの手からひったくると、ウオマサ高原の方向に向かって叫んだ。
『おい、シズカ!見てんだろ?この俺の勇姿を!お前との約束を果たす時が来たぜ!!絶対に潰してやるからな!お前が尊敬してるリュウジって野郎もだ!
 そして俺が、必ず覇者になってやる!この中の誰よりも強いのが俺だ。俺がこのリーグを牛耳るんだ!!』
 耳にガンガン響く程の声を響かせた後、トサカは何事も無かったかの様にマイクを手渡した。カメラを抱えていた為耳を塞げなかったエイゾーはちょっとフラフラしている。
『ちょ、ちょっと過激な発言でしたけど、意気込みは充分に伝わってきましたね……それでは、最後に……』
「やあ、久しぶりマイさん」
『ええ、本当ね……貴方にインタビューをするのは久しぶりよ。皆さん知っての通り、この挑戦者の中の1人であるホクオウさんは、有名な登山家としてずっとTVや雑誌に引っ張りだこだった御方です。
 ですが突然、こうしてリーグ挑戦をする事になったワケなのですが……そこの所の経緯を教えてもらえませんか?』
 不謹慎ではあるが、ホクオウは気を落ち着かせる為にカメラの前で堂々とライターと煙草を取り出し、それを実に美味そうに吸い始めた。煙草の煙と共に彼の言葉が放たれる。
「現在俺は24歳。6年にも渡って全国のエリア何箇所もの山を、ひたすらに高い山を制覇してきた……その俺に腹違いの息子がいる……ココにいるユキナリだ。
 12歳も歳が離れていながら、俺よりも高い才能を持つ。天賦のモンだろう。だが、そんな弟を持ち誇りに思う気持ちと、兄としての自尊心との葛藤が続いた……
 弟を認めてやれなかった。幼稚だと自分でも思うが……だが負けられない。そういう理由でリーグ挑戦を決意し、8個のバッチを集めきったと言う理由だ……」
『弟さんへの敵愾心が働いたと言う事ですね?』
「最強のライバルだと思っているよ。弟とて油断も容赦もしない。バトルにおいては敵同士だ。負けるにせよ勝つにせよ絶対に、もう1度だけ弟と戦いたい。それが俺の願いだからな」
『ううん。渋いですねえ……インタビューはこれにて終了とさせて頂きます。あんまり長いと視聴者の方々を飽きさせてしまう原因にもなりかねませんので……それでは♪』
 マイはエイゾーと共に彼等から距離を置いて、再度実況を開始した。TVの前にいる数多のトレーナー達を、得意の話術で虜にしているのだろう。
 そう、今彼等はエリア全てのトレーナーが憧れる聖地に立つ事を許されているのだから。しかも、いっぺんに4人もの優れたトレーナーが。
「やっとバッジを提示してリーグってワケか。待たせやがるな……まあ、それもまた待ち遠しいけどよ」
「はい、僕もです!特に8人の凄腕トレーナーと戦えると言うのも嬉しいですよ」
「ユキナリ君、昨日は嬉しくてなかなか寝付けなかったもんね。いや、僕もだけど……」
「おいお前達、エミが来たぞ。くじ引きの時間らしい……」
 ホクオウの言葉に反応して他3人がノベロード入り口を見ると、ラジオ塔で出会ったポケモンくじ担当DJのエミがこちらの方に向かってくる。その後ろには他のDJメンバーも集っていた。
「え……えっと……皆さん、お久しぶりですね……とりあえず、バッチ8個を提示して頂いてからそれを回収し、くじ引きの権利とさせて頂きます……どなたからでも構いませんよ」
 おどおどしながらも、エミは箱を差し出した。先陣きってトサカが箱の中に手を突っ込む。もう一方の手にはバッチ8個が入った箱が他のメンバーに渡されていた。
「サークルバッチ、バードバッチ、マリンバッチ、ドリルバッチ、キックバッチ、エージングバッチ、オーロラバッチ、ダークバッチ……OK、全部あるよ」
 ユタカがそれを確認すると、確認したバッチを全てセカイに手渡した。勿論、リーグ失敗の際にはもう1度ジムリーダー全員と再戦し、バッチを取り戻してリーグに挑まなければならない。
 挫折するトレーナーが続出するのも無理は無い話だ。自尊心を粉々に砕かれて、もう1度格下の相手と戦わなければならないのだから。
「トサカさんは……2番目ですね。とりあえず全員のくじ引きが終わるまでお待ちください……」
 トサカの取り出したボールにはキッチリと数字の『2』が書き込まれていた。その要領でユキナリ達もボールを1個取り出し、バッチを全て渡すとセカイがそれを受け取ると言った作業が3回続いた。
「じゃ、このバッチはリュウジさんに渡してくるわ」
「ああ、そうしてくれ。エミ、順番は?」
「ユキナリさんが4番目……ユウスケさんが3番目、ホクオウさんが……1番目ですね……」
「それではまず、ホクオウさんからノベロードへ。入るタイミングは放送でお伝えしますんで……」
 ユタカ達はそう言うと、ボールを渡したままリーグの方へ戻っていった。先程通ってきた下り階段を封鎖し、挑戦者達が通るべきエスカレーターに乗って登っていく。
「では、まずは俺の番だな……大丈夫だ。きっと俺達はリーグに進める」
 ホクオウはユキナリの肩をポンと叩くと、そのまま同じ様にエスカーレーターに乗って上に登っていってしまった。残された3人は入り口で放送を待つしか無い。
「順番ってのが腹立たしいぜ。俺が待たされんのが何より嫌いなんだ……畜生、外で待たせやがって……自販は無えのか、自販は!熱いコーヒーの缶くらい用意してくれてたってバチは当たらねえだろ!」
 雪は降っていないものの、少々肌寒いのは確かである。ユキナリは軽くくしゃみをした。
「本当に寒いですね。ただ、一旦エスカレーターに乗ってしまえばリーグまでほぼ屋内ですから」
「そうなの?ユウスケ」
「うん。確かエスカレーターで8つの部屋を通った後は、そのままウオマサ高原に辿り着けるハズだよ。この関門は同時に高原への道になっているからね。
 山道を登るのは辛いだろうと、リーグ責任者のリュウジさんが建設を依頼したハズだけど……ウオマサリーグはとにかく連戦連勝だからね。
 今の四天王になってから今の今まで、最高でも四天王の1人目で追い返してるらしいから」
「凄い強いんだね……まあ、物怖じしてるだけじゃダメなのは解ってるけど……まずは絶対8人のトレーナーを打ち破って、リーグ挑戦権を得るんだ!」
 トサカはその2人のやり取りを見ながらニヤリと笑った。
「えらく張り切ってるみたいだが、張り切り過ぎんなよ。こんなトコで精神力を使い果たすと後が持たねえぜ。しっかし卑怯な連中だよな。
 8連戦やらせて、次は30連戦か、良い根性してやがるぜ全く……他のエリアでもそんな感じなのか?シズカが負け無しなのはそれも絶対あるんじゃねえか……」

『ホクオウ君の第一バトルが終了した。続いてトサカ君、入場してくれたまえ』
 10分程経過した時だろうか。リュウジの放送が入り口付近に立っている3人に聞こえてきた。
「よぉし。サッサと終わらせるか……向こうで待ってるぜ、ユキナリ」
「ハイ、リーグで絶対戦いましょうね!」
「おう。こんな所で負けてたまるかよ。俺の最終目標はまだ見えてねえ……」
 トサカは拳と掌をパンと音を鳴らして合わせると、気合充分と言った様子でエスカレーターに乗った。
「あとは、僕達だけか……長かったねえ。ココまで」
「この旅が終わっても、どう転んでも僕達ずっと友達だよね、ユキナリ君」
「勿論だよ。どうなったって僕達はずっと友達さ。ただ、リーグでは手加減しないだけだもの」
 幼い頃からずっと2人は一緒に歩いてきた。家が近く歳も同じな為馴れ合うのも早く、この旅でも阿吽の呼吸で数々の障害を乗り越えてきたのだ。ユキナリにとっては無二の親友である。
「色んな事があったねぇ。カオスの人達とも戦ったし、神器を奉納したり……」
「出会いと別れも沢山あったよ。旅が終わっても……沢山の人と友達になれた事には変わりが無い。だから……後悔はしない。どんな結果になったとしても全力を出し切った結果だから」
 そうやって談笑しているとまた放送が聞こえてきた。
『トサカ君の第一バトルも終了だ。次はユウスケ君、君の番だね』
「じゃあ、行くよ……ユキナリ君も頑張って!必ず僕はリーグに辿り着いて見せるから……」
「僕も行く。絶対ユウスケともう1回戦う為に。リーグ挑戦権を得る為にも!」
 ユウスケは微笑むと手を振りながらエスカレーターに乗って登っていった。
「僕1人になっちゃったなあ……」
 振り向けば大衆がユキナリに何やら喋っているのがよく見える。だがその声は実況を続けているマイの声に掻き消されてよく聞こえなかった。
 ミサワタウンの人達ばかりで無く、欲を言えば沢山の人達に見送ってもらいたかったが、それは虫が良すぎると言うものだろう。
「母さん、父さん……僕ココまで来れたんだよ。本当に無謀な挑戦かもしれない。でも、絶対故郷に錦を飾ってみせる。だって……僕は父さんと母さんの息子なんだから」
 ユキナリの母親もきっと、フタバ博士に聞かされてこの状況を知っているだろう。いや、既にTVを見ているかもしれない。この放送を見てユキナリの母親は何を思っているのだろうか。
 そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。喜んでくれているのだろうか……もしユキナリが優勝すればそのまましばらく故郷には戻れなくなる。当然母親と直接会う事も許されない。
 それを素直に母親が喜んでいるとは到底思えなかった。ユウスケにも、ホクオウにも……

『ユキナリ君、いよいよ君の番だよ。精一杯戦って成果を挙げてくれたまえ』
 ユキナリは重いながらも力強い一歩を踏み出した。迷いは無い。自分が進むと決めた道だ。夢が、自分の夢が今目の前に出現しようとしているのだから、何を躊躇う必要がある?
 ユキナリはそう自分に言い聞かせるとエスカレーターに乗った。そのまま上へ上へと進んでいく……

 エスカレーターは5分程進んだ所で止まり、1つのバトルフロアに到着した。バトルフィールドはそこまで広くは無いがかなり立派なもので、回復ポッドとPCが置かれている。
「……モニター?」
 対戦者の側にある壁には大きなモニターが設置されていた。その横にはさらに上に向かうエスカレーターが見えているが、勿論そこを通るにはココで誰かと戦わなければならないワケだ。
 (モニターで通信を行い、ポケモンを使いこなすと言う事か……そんな芸当が出来るトレーナーが何人もいるとは思えないんだけど……待てよ、8人?8人のトレーナーだったよね?)
『やっほー、ユキナリ!どう、元気してる?』
「ゲンタ君!やっぱりそうだったのか!」
『さあ、どうかなぁ。オイラがいるからって素直に8人全員が出てくるかどうか……ま、とにかく1回戦の対戦相手はオイラだよ。
 もう3人共勝ち進んじゃったから、ユキナリが負けるワケにはいかないよねー。んじゃ、まずは簡単にルールを説明するよん』
 ゲンタの背後に映っているのはコヤマタウンジムだ。そこから通信を行っているのだろう。沢山のコヤマタウンの住民がゲンタを応援しているのが確認出来た。自然と気も引き締まる。
『8回の対戦で使用するポケモンは基本的には1匹。例外もあるかもしれないけどそん時はその対戦相手に聞いてよね。
 まずは6匹全てを使い切って、その後の2回戦では決められた数だけポケモンを回復ポッドに入れる事が許されてる。
 その辺りのチョイスも勝負の分かれ目だからしっかりやらないとダメだよ……まあ、こんなトコなんだけど』
「解ったよ。それで、君のポケモンはどうやってフィールドに出すの?」
『いやいや、こういう時だけリーグで預かってオイラが教育してるとっておきの切り札が保管されてるのさ。それを使わせてもらうよ。
 勿論最初に戦った時に使ったポケモンとは別物だから、油断しない方が良いと思うなー』
 ゲンタはVサインを出して笑った。全く変わっていない。何時ものゲンタだ。
「それじゃあ、再戦だね……正直、もう1度ゲンタ君と戦いたいと思ってた……こういう形で実現したのは嬉しいよ。僕がどれだけ成長したのか見てもらえるし」
『オイラだってあの時のオイラとは使ってるポケモンのレベルが違うからね。リーグ用にとっておいた本物の……切り札をユキナリとの対戦に使えるなんて夢みたいだ。
 言っておくけど手加減無しだからね。本気で戦うよ!』
「勿論!全力で戦って、ゲンタ君に勝つ。そして僕は先に進むんだ!」
『OK!それじゃ、オイラのとっておきを出すよ!カモーン!!』
 ゲンタの目の前にある台。その台に設置されているボタンを押すと、パイプの様になっている壁から突き出た場所からボールが転がって中からポケモンが出てきた。
『4人目ですかぁ……随分今回のリーグは盛り上がりそうですね。だって、私を倒したトレーナーが3人もいるんですから。それで、4人目はどうでしょう?』
 出現したポケモンは真っ白な毛並みに覆われた白いウサギの様なポケモンだった。時折長い耳を畳んだりまた伸ばしたり、欠伸をしながら大きく腕を広げたりしている。
「まずは、とにかく情報を集めなきゃ……」
 ユキナリは早速ポケギアの図鑑項目を開いた。
『ユキフサギ・びんかんポケモン……フサギ、ミミフサギ、ユキフサギと進化するトーホクの名物ポケモン。愛くるしい姿と耳を塞ぐ姿が非常に可愛いと評判でグッズになったり映画に登場したりと引っ張りだこである。
 だが実際は非常にバトルのセンスが高く、実戦で使用しないトレーナーが多い事が悔やまれている。あらゆる音を敏感に察知したり、また防御したりする為、轟音を繰り出すバクオングとは非常に相性が良い』
 (特殊能力は?)
『特殊能力・ぼうおん……あらゆる音波系の技を無効化する』
 (ちょうおんぱやハイパーボイスは効かないって事か……まあ、それ位なら能力で心配する事は無いだろう。問題はゲンタ君の持ちポケモンと言う所だ……
 ステータスで見れば体力の高さが目に付く。タフで長期戦に持ち込ませると強いのが特徴だから、何とか早くに決着を付けないと……)
『考えてるねえ。まあそんなに深く考えて計算で戦うと負けちゃうよ。最終的にはやっぱりポケモンとトレーナーの努力と根性が実を結ぶんだからさ。そうだろ?ユキフサギ』
『その通りですよ。打算で勝負する人は私気に入らないです……まあ、マスターと戦うとなるとある程度慎重にならざるを得ないんじゃないですか?マスター凄い強いですから』
『流石オイラのポケモン!持ち上げるのが上手いねぇ。でも、ユキナリの方も強いから……』
 (タイプはノーマル・こおりか……2つのタイプで相性有利となれば、このポケモンしかいないな……)
 ユキナリは決心すると、自分のバトルフィールドにボールを投げ入れた。
『マスター、とうとうリーグ挑戦ですか。気合入れて行きましょう!』
 やる気充分のエビワラーは既に臨戦態勢に入っていた。何時ものシャドーボクシングにも磨きがかかっている。
『エビワラーか。そう言えばオイラ、ユキナリがメンツを集める過程も、ココまで来れた実力も把握してないんだよなあ……まあ良いや。相手がエビワラーであっても全力で戦えば良いんだからね』
『マスターの言う通りだと思います!私、精一杯頑張って、防衛しますね!』
 (確かに強そうだけど、取り立てて強いとも思えない……ココはゲンタ君には悪いけど早くに終わらせて、次に進まなくちゃ。僕自身を疲弊させる罠に引っかかるワケにはいかないし……)
 ユキナリとゲンタの再戦は正直ユキナリも期待していたが、それでも長引かせる事は全体の勝利から大きく遠のく事を意味していたので、拘泥させるワケにはいかなかった。
 それで無くても彼の強さは戦って充分承知している。1番目のジムリーダーであったとしても油断は全く許されない。
「エビワラー、まずはけたぐりで先制攻撃だ!相手の体力を測りながら最後にばくれつパンチを決めろ!」
 最初に動いたのはエビワラーの方だった。ステップを踏みながら軽いジャブを繰り出し、引こうとした所に足を出して相手を地面に叩き付ける。だが実際のバトルは絵に描いた様には運ばない。
『まずは、その動きを封じた方が良さそうですねぇ……』
 ユキフサギの口から冷たい風が吹き出し、その風がエビワラーにダメージを与えつつも動きを鈍らせていく。眼前に迫ったエビワラーが足を出そうとしてもその足は空しく宙に舞った。
 反対にエビワラー自身が倒れ込んでしまう。その隙を突いてユキフサギはおうふくビンタを見舞った。
『ガフッ、ガフッ、ガフッ、ガフッ!』
 強烈な張り手が頬を襲う。その一撃はエビワラーの脳味噌を揺さぶる程の衝撃だった。エビワラーの意識が揺らぐ。間髪入れずに今度はメガトンパンチを腹に叩き込まれた。エビワラーの口から血が吐き出される。
『おがあッ!!』
『あれぇ?こんなモノですかぁ?てっきりココまで来る位の人ですから強いポケモンを持っているのかと思いましたが……見当外れだったみたいですねぇ』
 (そんな馬鹿な……相性的にも有利なハズなのに……当たればの話か。当たればの……だけど実際に減っているHPはそんなに大きなものじゃない。
 メガトンパンチも普通に効いているけど……それでもまだ大丈夫だ。問題はエビワラーの心が折れていないかだな……)
『ハア……ハア……』
 マウントポジションを取られ身動きの出来ないエビワラーに、再び非情の一撃が叩き込まれる。
『どうしたんですかぁ?コレで終わりですかぁ?』
 嘲笑の中に攻撃が追加される。だがもう1度繰り出そうとした腕がエビワラーの手によって止められた。
『な……めるなぁ!!』
 掴まれたユキフサギは次の一瞬、自分がどの様な状況下に置かれているのかが理解出来なかった。
 自分がマウントポジションを取っていたのにも関わらず腕を掴まれて自分の体が振り回され、床に思いっきり叩き付けられたのだから。今度は背中に喧嘩蹴りを追加される。
『吹き飛べ!』
 ガラの悪い蹴りをまともに喰らったユキフサギはそのまま無様な格好で床を転がる羽目になった。
『え……?いや、ちょっと待って……私が有利だったハズですよねぇ……?』
『有利不利だと……そんなの関係ねーよ。守るべきものがあるか、無いか……それに尽きる』
 その一瞬で勝負は殆ど決まってしまった。エビワラーと戦う事に恐怖を感じたユキフサギはジリジリと後退する。その瞳にはハッキリと恐怖に怯えている事を示す涙が流れていた。
『お前は俺を怒らせた……俺は、ココで終わるべき存在じゃねえ!!マスターの為に忠節を尽くし、そして勝つ!何時もそうだった。そしてこれからもだ!この俺をなめるなぁ!!』
『ヒッ……!!』
 折れた心にはもう力は出ない。だがエビワラーも明らかに弱っていた。腹に2発もくらったダメージは意外に大きく、こごえる風の影響でステップも完全なものでは無くなってきている。
『ハー……ハー……こ、こんな事で私が負ければ、マスターに申し訳が立ちませんよぉ……それに、貴方だって意外とダメージを受けてるじゃないですかぁ。怖がらせても、無駄ですからねぇ……』
 ユキフサギは再度こごえる風を放った。動きの鈍った足はそれを避ける事が出来ない。ただし、足がいくら遅くなろうとも踏みとどまれる力が残っているならば確実に最高の一撃が放てる。
 (ばくれつパンチに、賭ける・・・!師匠とマスターが教えてくれたバトルのあり方と言うものを詰めて、奴に放って勝ってやる!)
 両者のHPはそれ程離れてはいない。床に叩きつけ背中を蹴り飛ばしたダメージと、エビワラーが受け蓄積されたダメージは量から言っても殆ど同じだ。ユキフサギにも勿論意地があった。
『な、ならば……近付けさせなければ良いんですよねぇ?フフフ……コレならどうです!』
 口から放たれる氷の光線がエビワラーの腹に当たった。だが委細構わずエビワラーは進軍する道を選んだ。とにかく足を動かす。出来るだけ速く、出来るだけユキフサギの近くに寄らなければ。
『動じてない……!?な、何で……』
『お前には、足りないモンがある……純粋なパワーに頼らず、常に優位な状況を保とうとした事で俺は気付いた……
 絶対的なパワーを自分が持っていると思っているのなら、そんなセコい戦法を取るハズは無えとな……なら、どうして自分を優位に立たせたいのか……』
 ユキフサギはへたれ込んでしまった。その眼前にエビワラーが立っている。
『さてと……射程距離だ。』
『ならば、こちらも射程距離ですよねぇ!』
 だが頬を思いっきり殴られたユキフサギは、れいとうビームを再び繰り出す事も叶わずに床に倒れ込んでしまった。体全体が痙攣している。
 エビワラーはまだ体力が残っている事を確認すると、躊躇わずに足を振り下ろした。
『遅ぇよ。馬鹿が』
 冷酷でありながら、それでいて信念に基いた一撃。エビワラーの体力もそれ程残っていなかったので、そうしたのも無理は無いだろう。第1戦はエビワラーの辛勝で幕を閉じた。
『ハァ……ハァ……4倍ダメージだってのに、ココまで粘るとは、キツかったですよ、マスター……』
「凄いタフなポケモンだ……エビワラーを追い詰める程のパワーを、ノーマルポケモンでありながら持ち合わせているなんて。やっぱりゲンタ君は凄いよ……」
『いやいや、負けちゃったら弱いのと同じだって。どんな勝負だって勝てば官軍なんだから。だからユキナリには先に進んでもらって、あわよくばリーグ制覇って言う願いを叶えてもらおうかな』
 ゲンタのポケモンは再びボールに戻された。ユキナリもエビワラーをボールに戻す。
「ゲンタ君……」
『オイラより遥かに強くて、そうやって挑むに値するトレーナーって……正直アンタが羨ましいよ。オイラ達はずっと踏み台だからね。それでいても自分の誇りは守りたいけど……
 まあココまで来たらさ、オイラにはもう応援しか出来ないワケよ。ぶっちゃけた話……だからさ、思いっきり頑張って、勝ってきなって!ずっとオイラ達もTVの中継で見守ってるからさ!』
「うん……僕も頑張るよ。ゲンタ君の思い受け取ったから、もっと先へ進めると思う……こうやって君や、沢山の人達に支えられて強くなれたんだから……言うなればゲンタ君だって僕の師匠だよ?」
『師匠かあ。何時の間にかオイラにも年上の弟子が……いや、やっぱりアンタの実力だって。ホラ、道が開いてるからもう行った方が良いよ……それじゃ!』
 モニターの映像が消えて、エスカレーターでさらに上に進める様に扉が開いた。ユキナリはゲンタとの戦い、ゲンタから貰ったものを思い返しながら再びエスカレーターに乗る。

夜月光介 ( 2011/07/31(日) 17:43 )