ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第8章 5話『家族を喪った男 VSカオス総帥・アズマ』
『アズマ様、コイツサッサと喰っちまっていいスか?俺、退屈な相手は嫌いなんスよ』
「構わんよ。手負いの相手等君の実力を引き出す事は出来んだろう……倒してみせてくれたまえ」
『た、退屈な相手だと!?上等だ、テメエを逆に喰らってやらあ!!』
 ガシャークは頭に血が上りやすい性格だった。好戦的で有利な部分もあるが、大抵は激昂する事によって集中力を欠き、それによって敗北する危険の方が高い。
 だが、ユキナリは先の戦いで視力を失ったガシャークとグラエナでは、既に勝負が決してしまっている事を理解していた。
『ハアハア息が五月蝿えんだよッ!場所が丸解りだぜェ!シャア――ッ!!』
 目を潰されたガシャークが頼りにするのは音だけだった。その方向には確かにグラエナがいる。だがグラエナは相手の襲撃を楽々避けてみせると、ガシャークの腹部分に噛み付き、体を食いちぎる。
『シャ……』
『体力も充分じゃ無えくせに、俺に向かって吠えるんじゃねえ!雑魚が……』
 (い、今の攻撃を容易く避けて、カウンターを見舞った……何て動体視力なんだ……だけど、僕にはグラエナに対抗出来る者がいる……今、出すしかない!)
 ユキナリは動かなくなったガシャークをボールに戻すと、別のボールをフィールドに投げ込んだ。閃光と共に今回悪タイプと戦うに相応しい、エビワラーが顔を出す。
『エスパータイプとの戦いでは苦戦しましたが……マスター、悪タイプであれば俺が一方的に叩きのめせます!見ていてください!!』
 既に臨戦態勢を整えているエビワラーは、相手との距離を伺いながら攻撃の機会を見極めようとしている。一方グラエナの方は相性的に不利なポケモンが出てきた事に歯噛みしていた。
『本気で殺ってやるぜ、手加減はしねえ……』
「随分見応えのある戦いになりそうだね。コレは楽しみだ……」
 アズマは葉巻を吸いながら、赤ワインの入ったグラス片手に観戦状態に入っていた。まるで他人事の様な台詞は、この試合がどうなろうが自分は勝てると言う絶対の自信に満ち溢れている様に見える。
 (アズマさんは、とんでもない切り札を隠し持っているに違いない……だから、あれだけ余裕をずっと見せていられるんだ……セイヤさん達3幹部は皆一様に1匹1匹が倒れる度に一喜一憂していた……
 アズマさんにはそれが無い。全く感じられない……グラエナが敗北しても気にならないんだ……)
『行くぜッオラアッ!!』
 先に動いたのはグラエナの方だった。俊敏な動きでステップを踏みながら飛び掛るチャンスを伺う。
 一方飛び掛ってくるグラエナに合わせてカウンターを見舞うべきエビワラーは、臨戦態勢に入っていてもその場から動く事無く、相手の出方をひたすら凝視していた。噛まれるか、当てるかの二択でしか無い。
『見えてるぜ!』
 正面きって飛び掛ってきたグラエナの腹に、凄まじい一撃を加えて壁へと吹っ飛ばす。コントロールを失ったグラエナは無様な格好で床に転がった。だが大したダメージを受けている様子は見られない。
『ヘッ、テメエのカウンターはあくまでもノーマルタイプでの攻撃だ。メガトンパンチ風情でダメージをくらうかよ……』
 口を切ったらしく牙から血が垂れていたが、それでも現時点では圧倒しているとは言い難い。
『何度でも飛び掛って来い。その都度一蹴するだけだ……俺の拳の前に散れ!』
 エビワラーはそう言い放つと、グラエナを挑発する様に手招きをして彼をからかった。
『後悔するんじゃねえぞ、ボクサー如きが……生意気な口を叩きやがって!』
 グラエナの方もただ飛び掛るだけでは能が無いと思ったのか、再び雄々しく立ち上がると雄叫びを上げた。
 (ん?あれも技なのか?)
 訝しがるもユキナリにはグラエナの真意が読めなかった。
「相手は何か企んでるぞ、気を付けろエビワラー!」
 (とおぼえによる命中率低下で、一気に攻めかかるつもりだね……マウントポジションさえ取ってしまえばこちらのものだと思ったのだろうが、グラエナ……やはり君は私の期待に応えてくれる……)
 殆ど観戦者の様な気分で試合を眺めているアズマにも、グラエナの作戦は読めていた。致命傷さえ与えてしまえばエビワラーも先程の様な強い一撃を見舞う事が出来なくなる。
 勝負とは誰が強いから勝つと言う事では無い。相手が弱ればかなわない相手だったとしても勝てるのだ。
『次の一撃は本気で行くぜ……!』
 再び真正面からの飛び掛りを敢行するグラエナだったが、エビワラーに対してそれはあまりにも無謀過ぎた。本来ならば。だが遠吠えにより勘が鈍ったエビワラーは、見当違いな場所に拳を打ち込んでしまう。
『なッ、どうなってるんだ畜生!』
 次の瞬間、肩口に噛み付いたグラエナが渾身の勢いで体重を乗せ、足元がふらついたエビワラーを一気に押し倒し、拳の出せない状況を作り出す。かみくだくを喰らったエビワラーは一瞬怯んだ。
「エビワラーッ!」
『さっきの一撃、百倍にして返してやるよ……利息も含めてなッ!』
 エビワラーの上に跨り、抵抗出来ない状況を作り出したグラエナは勝利を確信していた。
『スッパリ斬れちまえ!馬鹿野郎――ッ!!』
 そのままジャンプをすると尻尾を鋼の様に硬くさせ、胴体ごと真っ二つにする様な勢いで落下してくる。
『アイアンテール』を喰らうのは痛かった。かみくだくのダメージでかなり体力を消耗している。
『手が出せないからって、俺が負けると思うな!強靭な拳は体を支える事も出来る!』
 エビワラーは床に仰向けになって倒れている状態から足を上げると、手を使って床を叩き飛び上がった。
『そんな、攻撃が……』
 飛び掛ってきたグラエナの背中を、両足が襲いそのまま壁に叩きつける。飛び魚が海から跳ねる様な、人間離れした動きだった。ユキナリも開いた口が全く塞がらない。
『ちっと変則的なばくれつキックだったが……マスター、俺は立派に役目を果たしましたよね!』
「ポケモンって言ったって、そんな無茶苦茶な動きが出来るなんて思ってもいなかったよ……流石ケンゴさんの持っていたポケモンだ。鍛え方が全然違う……」
『ウウ……まだ、終わってねえ……終わって……ねえ……』
 グラエナもタフであった。かくとうタイプの大技をまともにくらい、尚且つ壁にぶち当たったと言うのにまだ意識が残っている。
 フラフラになりながらも、傷だらけとなった体を地面に這わせ執念を見せ付けていた。
『おいおい、まだHPが残ってるのかよ。敵ながら見事な奴だな……』
 肩口の傷が痛み、エビワラーも拳をフルに使う事は最早不可能と思われた。全体重のかかったのしかかりも加わっており、エビワラーが有利な状態でいるもののどちらかが倒れるまで全く油断は出来ない。
 (グラエナの動きは非常に速かった……!それでいて考えられないポテンシャルを見せるエビワラーが今グラエナをあそこまで追い詰めている。
 僕が思っている以上に、エビワラーは大きな存在になってくれていたんだな……)
『終わらせてやるよ……今度は、こっちから行ってやる!』
 駆け出すエビワラー。飛び掛れもしないグラエナのHPをゼロにして試合を終わらせる為には確かにエビワラーから動くしか無い。
 だがそれは同時にカウンターと言う彼の持ち味を生かせないバトルスタイルに持ち込まれたと言う事でもあった。自らの持ち味、自分の領域に相手を追い詰める事もまた戦略の1つである。
『かかったな、ボクサー野郎!』
 近付いてきたエビワラーを牽制する様に鋼鉄の尻尾を振るグラエナ。動きを止めたのが幸いし、紙一重の所でその一撃を避ける事が出来た。
 そしてそのまま懐に飛び込むと強烈な一撃を見舞う。左手でのパンチでも充分な効果があった。
『ア……アズマ様……俺は……』
 白目を剥いて倒れ込むグラエナ。辛勝であったが、次の戦いは実力を発揮出来そうも無かった。
 右肩を噛まれたのが非常に痛く、これでは利き腕での拳の威力が大幅に鈍ってしまう。次のポケモンの出方次第とも言えよう。
「私の側役を務めているグラエナを倒すとは……なかなか君もやるじゃないか。手駒としては結構な力を持っていると見込んでいたのだが……君の方はそれより上と言う事になる。
 初めてだよ、これほど強いトレーナーに巡り会えたのは……正直ワクワクしてきた位だ……」
 アズマは座ったままグラエナをボールに戻すと、ちびた葉巻を灰皿に置き、新しい葉巻を加えると黄金の装飾が施された美しいライターで火を付けた。こうして見ていると仕事が出来るワンマン社長にも見える。
「貴方がどれ程強いポケモンを持っていたとしても、僕は戦わなければなりません……僕だけが戦っているワケじゃありませんから……
 皆の気持ちを背負っているからこそ、負けられません!大切な人達を守る為に!」
「君の抱負など別に気にはしていないよユキナリ君……勝負とは刹那だ。あらゆる人生の業が勝負に集約されている……
 誰もがこの世界で勝利を求めて戦っているのだ。君も私も、全世界の人間がくだらない自尊心の為に命を削る!」
 アズマは次のモンスターボールを手に持っていた。ワインのグラスは近くにあったテーブルに置かれている。
「ならば私はただ勝つのみ!君とはレベルが違うと言う事を思い知らせてあげよう!」
 投げられたボールから、巨大な生物が出現した。先程戦ったグラエナよりも遥かに大きく、強大な存在感を漂わせている。エメラルドグリーンの肌がフロア全体の雰囲気をガラリと変えた。
『ウウウ……ガアアアアッ!!貴様か、俺の相手は―――ッ!!』
 (バ、バンギラス!?……悪タイプのポケモンの中では最強クラスと言われている相手が、もう……!?)
『ヤバイですねマスター。相性的には特段有利なんでしょうが……こんなにデカくちゃあ……』
 エビワラーが人間程の大きさ程しか無いのにも関わらず、バンギラスの体型は天井に頭が届くのではないかと思われる巨大さだった。
 このフロア自体が非常に広く、天井も極めて高い位置にあるのにこの迫力である。フロアの大半をいきなりバンギラスが占めた様な格好になった。
 (エビワラーが1m80cmだとしても、その5倍以上はあるんじゃないか……!?なんてデカいんだ……)
『まあ良いッスよ……肩をやられましたが、HPを半分ばかし持っていかれただけです。俺が本気を出せば、あんな怪物、俺1人でも充分倒せますよ』
『ガアアア……俺に勝てるとでも思っているのか?甘い奴だ……後悔するなよ――ッ!!』
 (落ち着け、焦るな……焦りは敗北の要因になる……絶対に用心するんだ。自分のすべき事を見失ってはいけない。相手の思う壺だからな……セオリー通りに行動するんだ……)
 ユキナリは深呼吸を繰り返すとポケギアを開き、何時もの様に図鑑検索を始めた。
『バンギラス・きょうあくポケモン……巨大な体躯のバンギラスが大昔に砂漠を広げ、カイオーガやグラードンと共に封印されたと言う逸話が残っている程に強い。
 並のポケモンでは歯が立たず、強力な技を習得するのでさらに厄介。気性が荒く、暴れ出すともう誰にも止められない』
 (……特殊能力は……)
『特殊能力・すなおこし……登場した瞬間から『すなあらし』状態になる』
「すなあらし状態はじめん・いわ・はがねタイプ以外のポケモンに毎ターン少量のダメージを与えていく天候状態を指す。つまり、君のエビワラーはそのダメージを喰らってしまうと言う事だ……」
 バンギラスの体から細かい砂が放出され、フロア全体が霧の様な砂に包まれた。途端に激しい風が巻き起こり、砂粒がエビワラーの体を確実に傷付けていく。ユキナリは目を開けている事も出来なかった。
「このゴーグルをかけたまえ。デボングループ製だが非常に出来が良い……」
 飛んできたゴーグルをキャッチしたエビワラーがそれを手早くユキナリに渡す。ゴーグルをかけたおかげでようやっと戦いを見る事が出来た。
 バンギラスの姿が砂嵐に隠れ、影だけになり瞳だけが光っているのが余計に恐ろしい。
『あれじゃあ、俺の拳も普通に鈍るかもしれませんね。マスター……全力でかからないと……』
 鉢巻を締めなおし、エビワラーはガードで構えた。バンギラスの姿はゴーグルをかけていてもよく見えない。
『うおりゃあああ!!』
 砂嵐の中に飛び込んでいったエビワラーの姿も影となり、その影が重なると凄まじい音が聞こえてきた。
『チビのくせに、俺に刃向かうとは良い度胸してるな―――ッ!!』
 ゴオッと口からバンギラスが炎を吐くのが見えた。『かえんほうしゃ』を覚えているらしい。とにかくバンギラスは覚える技が豊富なので有名だ。何が飛び出すかサッパリ解らない所も怖い。
「エビワラー、お前の体力を考えるとチマチマやってられない!いちかばちかばくれつパンチを見舞え!」
『解りましたよ、マスター!行けええええッ!』
 飛び掛るエビワラーの上空から岩が降ってきて、それがまともに彼の背中に直撃した。
『おぐッ……』
 激痛に倒れ込んだ所で再び火炎放射が繰り出され、うつ伏せになったエビワラーはコンガリと焼かれてしまう。
『グアアアア!俺が負けるか―――ッ!!』
 腕を広げて雄叫びを上げるその姿はまさに怪獣、伝説のポケモンにひけを取らない強さの象徴だ。ユキナリは黒焦げにされたエビワラーのHPが0になっている事を確認すると、俯いて彼をボールに戻した。
 (視界の悪さも、奴の強さも最悪だ……!勝てるのか、あんなポケモンに……)
「コレで形勢逆転と言った所かな?蛮勇を誇ろうとも力の前では君の様なトレーナーも脆いものだよ。フハハハハ……それとも、バンギラスに勝てるポケモンがいるとでも言うのかね?」
 (いや、いる……たった1匹だけ、バンギラスと実力伯仲の相手が……!)
 この砂嵐をものともせず、戦える強者がユキナリのチームにはいた。しかも、チームの要と言っても申し分無い実力と体格を併せ持つまさにバンギラスに戦うに相応しい者が……
「頑張ってくれ、フライゴン!」
 砂塵舞うバトルフィールドにボールを投げると、猛々しい龍が現れた。砂漠の精霊と言う渾名の通り、砂嵐の中は楽勝、いやそれこそが彼の独壇場と化す。むしろフライゴンにとっては有利な天候だった。
『私ともあろうものが興奮している……!倒すべき最高の相手が見つかった事への興奮が抑えられぬ。素晴らしいぞ……まさに私が探し求めていた兵ではないか。この悪魔、滅ぼしてくれよう!』
『ガアアア……砂漠の精霊……貴様も所詮は俺に倒されるのだ。例外は無い―――ッ!!』
 咆哮するバンギラスが両手を広げると、宙にまた沢山の岩石が出現した。もう1度雄叫びを上げるとその岩石がフライゴン目掛けて飛んでいく。フライゴンは余裕でその攻撃を避けてみせた。
『例外もあるのだ……破壊の権化よ。私の方がお前より遥かに勝っている!』
 未だユキナリには互いの姿が影としてしか見えていない。両方のポケモンの瞳が砂嵐の中で真っ赤に輝き、互いが互いを威嚇しあっているのがよく解る。風がだんだんと強さを増してきた。
『哀しむべきはお前の相性だ。覚えている技は地面ポケモンの使う技であるのに、お前のタイプはじめんに弱い!故に、使うべきはこの技だろう!』
 砂嵐を掻き消す様な勢いの透き通った声。木管楽器の音色にも似た高い音は床をビリビリと震わせた。そのまま地震攻撃へと移行していく。
 バンギラスはその巨大な体格故に強烈な振動に弱かった。揺れに耐え切れず、仰向けに倒れ込んでしまう。HPも凄まじい減りを見せた。
『どうだ、お前には致命的な弱点があった!だがお前には私の弱点は突けまい!』
『俺が……負けるワケが無え―――ッ!!』
 ドラゴンクローを繰り出そうと飛び掛ってきたフライゴンに、火炎放射の一撃が覆い被さってきた。怯んだ所で大岩が先程のエビワラーよろしく背中に直撃する。
 ガックリと倒れ込んだ所で再びバンギラスが地震を発動した。地面に寝そべった状態のフライゴンにはその揺れがダイレクトに
 フライゴンのHPを削っていく。連続攻撃の威力はあっと言う間に体力を半分以上減らしていた。
 (クソ、やっぱりフライゴンでも駄目なのか……あんなにタフで攻撃力の強い相手なんて……)
「多少のダメージ等バンギラスの攻撃を鈍らせる要因にはならんよ。HPがゼロになるまで常に実力を発揮していられる。それが君のポケモンと私のポケモンとの決定的な違いなのだ」
『ハア……ハア……だが、マスターには忠節を尽くす……最後の最後まで私は足掻く……言っただろう、圧倒的な力の差を思い知れと!今それを見せてくれる!』
 ヨロヨロと空中に戻ったフライゴンに再び大岩の群れが飛んでいく。フライゴンは再び地震を発動した。バンギラスが何処にいようと地面に立ってさえいれば攻撃が命中する。
 鈍重なバンギラスは攻撃力こそ極めて高いものの、その回避力が極端に低い事が仇となった。揺れのダメージに耐える事無く、大ダメージをくらったバンギラスはうつ伏せに倒れこんでピクリとも動かなくなった。
 フライゴンに命中する直前で岩も掻き消えてしまう。フライゴンは少々負傷した羽を庇う様な格好でかろうじて浮いていた。
「見事だよユキナリ君。形に囚われぬ戦い方見事だ。勝つ為には相手の弱点を突く……それに執着する戦い方もまた一興……だが、その普遍的なバトルスタイルも利用されてしまえば脆いものだからね」
 ゴーグルを付けたままアズマはボールをフィールドに投げ入れた。すなおこしの特殊能力はバンギラスがフィールドから消えた後でも数ターンは続く。それ程の影響力を持っていたポケモンだったのだ。
 (水タイプか!厄介なポケモンが出てきたものだなあ……)
『チッ……何だよこの相手は。俺外しちまったかな?ガッガッガッガ……』
 相変わらず砂嵐のせいで具体的な姿は確認出来なかったが、ザリガニの様な姿から水タイプだと言う見立ては付く。ユキナリは確認を取る為再度ポケギアを開いて図鑑確認を急いだ。
『シザリガー・ならずものポケモン……外国で繁殖を続けていたヘイガニが大量にエリアに搬送され、シザリガーとなってエリア全体のポケモンの生態系を狂わせている。
 小さな魚ポケモンが犠牲となり絶滅の危機に瀕している為、現在はシザリガーを捕獲して数を減らす保護活動が行われている程』
 (特殊能力は?)
『特殊能力・ハサミチョップ……『クラブハンマー』の攻撃力が上昇する』
 (水タイプのポケモンではフライゴンとの相性は悪い……でも弱点を突ける程じゃ無いな。ココはフライゴンが砂嵐の影響を受けない事を考えても押し切った方が有利に戦闘を進められそうだ……)
 ユキナリはフライゴンがまだ充分戦えると判断し続行を決断した。しかしアズマの術中にはまった事を気付いていない。アズマもまた、相手との相性を考えてシザリガーを選んだのだから……
「私と君との差は僅かなものだ。現時点ではね。それでも、私は絶対的に勝てる自信がある。君が今まで戦ってきたトレーナーの誰よりも私は強く、それでいて表には姿を現さない!」
 戦いはフライゴンの先制攻撃から始まった。水タイプに地面タイプの攻撃は効き難いと解っているフライゴンは攻撃をりゅうのいぶきに切り替える。
 だが放たれたエメラルドグリーンの炎はシザリガーに飛び退かれて当たらなかった。その飛び退き様にれいとうビームが発射される。
 (しまった!その攻撃も覚えるのか!!)
 時既に遅し。腹に命中した一撃は急所に当たり、フライゴンのHPを削るには充分な威力を誇っていた。相性の悪さも手伝って、あっさりとフライゴンは倒れてしまう。
 強いドラゴンポケモンも氷タイプの技にだけは抗えない。それがドラゴンタイプと言うポケモンの宿命だ。
『そんな馬鹿な……マスター……私はまだ……』
 崩れ落ちて動かなくなったフライゴンをボールに戻すと、だんだんと視界が晴れてきた。もうすぐ効果が切れる。ポケギアで相手のHPを確認すると、すなあらしの影響でシザリガーのHPも少量だけ減っていた。
 (迂闊だった……不用意にシザリガーとフライゴンをぶつけて……とにかく、今シザリガーと相性的にも良く、もしくは同等に戦えるポケモンを選ばないと……どちらかと言えば、鈍重そうだな……)
 残っている仲間から照らし合わせれば自ずと答えが見えてくる。ユキナリはフライゴンをボールに戻すと、新しいボールをフィールドに投げ入れた。中から出てきたのはルンパッパだ。
『おう!ワシと同じみずタイプのポケモンとは、縁起が良いゾイ!ガッハッハッハ!』
『ルンパッパだと?なめやがって。たかが蓮に何が出来るってんだ。笑わせるな!』
 シザリガーは両手の鋏をガチガチと鳴らした。ルンパッパも体格は良い方なのだが、シザリガーはそれより身長が高く、威圧的な態度を取っている。高校生に睨まれた中学生の様だ。
『まあ、やるだけやってみれば良い事……マスター、ワシの戦いぶりをとくと照覧あれ、じゃ!』
「互いに砂嵐のダメージを受け続ければ、戦いの決着は早く着く。退屈なバトルの終焉を期待しているよ、ユキナリ君……私としては、なるべく早く君が絶望する顔を見てみたいからね」
 酷薄な顔を浮かべ、笑うアズマ。今までの3幹部も見せていた表情だが、その表情からは敗北に対する恐れも見えていた。だが彼にはそれが全く見られない。この圧倒的な自信と存在感はまさに総帥に相応しい表情だ。
 (何があると言うんだ、何が……恐れるな。前を向いて戦うしか無いんだ!)
「ルンパッパ、相手の弱点を突け!かみなりパンチだ!」
 腕を数回回して電撃を溜め、その電気と共に拳を放つ。防御の姿勢を取ったもののシザリガーは衝撃を受け大きく後退した。その一撃の重さからかシザリガーの額にも冷や汗が浮かんでいる。
 (何なんだコイツは……本当にルンパッパなのかよ?攻撃力が半端じゃねえ……)
 2回目の砂嵐ダメージが互いに齎された後、砂嵐はようやっと止んだ。完全に視界が開け、ユキナリはゴーグルを外す。砂嵐のダメージも追加されシザリガーの方は半分近くまでダメージを受けていた。
『今度はこっちの番だ、受けてみやがれ!』
 素早く体勢を整えたシザリガーは両手の鋏を大きく開くと、そこから紫色の球を次々と放出し始めた。それはルンパッパの方へ飛んでいき爆発する。紫色の汚泥に包まれたルンパッパはダメージを受けた。
『ヘドロばくだんか。お主色々な技を覚えておるのう……マスター、今度はどうすればよいかの?』
「怯まずに攻撃してくれ!もう一度かみなりパンチだ!」
『させるかァッ!』
 飛び込んでいったシザリガーの鋏とルンパッパの拳がぶつかり合い火花を立てる。数秒膠着していたがやはり相性的にはルンパッパの優勢。
 そのままシザリガーは壁に弾き飛ばされ、背中からぶつかって尻餅をついた。
『ッてえ……畜生ッ!こんな馬鹿なハズが無えんだ。ノロマなルンパッパ如きに俺が……!』
 防御が無かった事もあり、シザリガーの体力は早くもレッドゾーンに。だがルンパッパも結構な傷を負っている。イエローゾーンの中間辺りであろうか。殆ど勝負は見えている様に思えた。
『凍らせてやるぜッ!』
 シザリガーの鋏から再びれいとうビームが発射される。ルンパッパの最大の弱点は攻撃を避けるべき素早さが足りない事だ。どんな攻撃でも攻撃で打ち消さない限り当たってしまう。
 だがその時既にルンパッパは体を大きく広げ、ギガドレインの準備に移っていた。
 体力を吸い取られたシザリガーは崩れ落ちるが、れいとうビームをまともにくらったハスブレロもまた、レッドゾーン直前まで体力を減らされてしまう。
 レッドゾーンのシザリガーから体力を大して吸い取れなかったからだ。
 (どく状態にもこおり状態にもならなかったのは運が良かったなあ……あと2匹か……アズマさんが持っているポケモンは……このまま一気に突き進めば絶対に勝てる!僕だって皆だってそう思ってるハズだ!)
「今まで、いや……カオスを旗揚げしてから1度たりとも、ハリキングにまで到達するトレーナーは私の前に現れてくれなかった……君がそれだけ強いと言う事だろう。
 その7個のバッチは飾り物では無さそうだ。君は素晴らしい。君がもう少し賢くて年が行っていれば、カオスの幹部になれただろうに……」
 アズマは砂で飲めなくなったグラスの中のワインを側にあった清掃ロボットの持っているゴミ箱に入れると、それを薄布で綺麗に拭き取り、新しいワインを注ぎ入れた。新しい葉巻も取り出しくわえる。
「これからが君の頑張り所だよ。せいぜい楽しませてくれたまえ……」
 アズマはようやく新しいボールを取り出すと、そのまま床に投げ入れた。床に落ちた瞬間に閃光が発生し、体毛が黒い、凶悪そうな顔をしたポケモンが出現する。
『グルルル……まさか、俺の出番が来るとはな……よほど強い奴がいるって事か……』
 先程のバンギラスより高くは無いが身長は3m近くありそうだ。やはりルンパッパと比較すると威圧感がある。
 (こ、このポケモンは……!?)
 ユキナリは急いでポケギアの図鑑項目を開いた。

『ハリキング・よるがたポケモン……昼間は洞窟の中でじっと夜になるのを待っているが、夜になると突如元気になり周辺を駆け回る元気なポケモン。
 気性が荒く非常に攻撃力が強いが、その強さ故かプライドが高く、普通ならば犯さないミスをアッサリしてしまう事も……』
 (特殊能力は?)
『特殊能力・やこうせい……『ひざしがつよい』状態になると2ターンに1回しか動けなくなる』
 (この能力を逆手に取れないのが残念だ……僕の仲間にはにほんばれの様なひざしを強くする技を持つポケモンがいない。勿論、そうなれば正攻法で倒していくしかないが……)
『ヘッヘッヘ……如何にも弱そうな輩じゃねえか。俺の全力を見せるまでも無さそうだ。1発で沈めてやるぜ。覚悟しろよチビ!』
 漆黒の体に包まれた羽毛の下には筋肉質な本体が垣間見える。鍛え上げられた肉体はまさに鋼。
 あく・かくとうと言う2つのタイプを併せ持っていると、極端に弱点が相殺されて少なくなるのが特徴だ。加えてかくとうの一番苦手なエスパータイプを全く受け付けなくなる。
「かくとうやひこうと言ったタイプでしか効果的なダメージを与えられず、尚且ついわ・ゴースト・あくに強くなる。さらにエスパータイプの攻撃は全く効かない。
 そして戦闘力の高さが……ハリキングを最強に次ぐ存在である事を示唆しているだろう。さあ、足掻いてみるかね?」
『そうとも、俺はアズマ様のチームの中ではナンバー2の側近だ!グラエナも側役だが、あんな弱っちい奴と一緒にしてもらっちゃあ困る。攻撃力の高さは段違いだぜ……』
 (確かに、全てのステータスに全く隙が見当たらない。相性的にもかなり強く、総合戦闘力はさっきまでの相手とは大違いだ……バンギラスが可愛く見えてきたよ……)
 唯一の弱点である特殊能力を利用する事も叶わず、ユキナリはこれ程の怪物とパートナーを戦わせると言う事に危惧感を抱き始めていた。こんな相手に、勝てるのだろうか?
『マスター……貴方が怯んでいてはワシも動けませんぞ。勇気を出して、前へ進むのが男じゃろう。それに、今下ではマスターの仲間が同じ様に戦っている。その気持ちに応えんといかんのでは?』
 (……そうだ。僕は1人じゃない。僕だけがこうして戦っているワケでも無いのに、ココで挫けたら駄目だ。今まで僕が歩んできた道を否定する事になる。それだけは……出来ない!)
『マスター、良い目をしとるよ。ワシを最初に拾い上げてくれた頃によう似とる……マスターの優しさを汲み取って、ワシ達は常に全力で戦ってきたんじゃ。その瞳を忘れてはいかんゾイ!』
 既にヨロヨロの状態であったルンパッパは無理をして立ち上がり、そのまま仁王立ちになってハリキングを睨み付けた。ハリキングは思い切り睨み返す。
『ああ?俺にかなうとでも思ってるのかよ。所詮は新米トレーナーのポケモン。ヒヨッ子風情が熟練者に勝てるワケ無え。その実力の差も解らねえとは、理解に苦しむぜ!』
 その瞬間、ハリキングはルンパッパに飛び掛り一撃を加えた。ブレイククローだ。攻撃する間も無くそのまま腹を切り裂かれたルンパッパはうつ伏せに倒れて動かなくなる。
(速い……ッ!!)
『どうだ?俺の実力を思い知ったか!グフフフ、ガーッハッハッハッハ!!』
 (なんて強さなんだ……体力をレッドゾーンまで減らされていたとは言え、そんな簡単に……!)
「君のポケモンも悪くは無い強さを持っているが、ハリキングに勝てるかと問われれば微妙な戦闘力だろう。だからこそ、私はハリキングの強さに誇りを持っている」
『手駒であろうと何だろうと、お役に立てりゃ俺達ポケモンは幸せだからな!ポケモンの幸福はマスターの幸福を掴める事だ。まあ、お前もそうだろ?新米トレーナー』
 ユキナリの残り手持ちもあと2匹。ハリキングに対抗出来る強さを持つポケモンならば、ココはヤナギレイを選んでおくべきだ。ヤナギレイには『エアロブラスト』がある。
 ユキナリは躊躇う事無く、ヤナギレイの入ったボールをバトルフィールドに投げ入れた。

 その頃、カイザーシティからユウスケの救援を受けて立ち上がった警官隊とカオスの下っ端達はだんだんと勢力が一方に傾きつつあった。
 他からも続々やってくる警官隊と元々数が決まっているカオス団員では勝負が決まっている様なものだ。
 だがしかし、依然強い幹部が入り口をしっかり守っていた為、ユウスケ達が建物に入りユキナリ達を救助するのは不可能だった。
「レイカはまだ来ないのか!こんな時に彼女が直接動かんでどうする!」
「今こそアズマ様への大恩を果たすべき時だと言うのに……畜生、早く参戦してくれ!」
 パラケラス達ポケモンはいたがもっぱら警官隊のポケモンに気を取られ、人VS人の図式になっていた為、セイヤとホウはレイカの登場を心待ちにしていた。
 建物の中ではホクオウとルナが天井を見上げている……
「表の騒ぎも大分治まって来たな。もうすぐ奴等も逮捕されるんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。でも私、ユキナリ君が心配で……」
 年上であるホクオウに気を遣って敬語で話すルナ。
「しかし、問題はユキナリの方だ。下手にアズマを刺激させてユキナリを人質にでも取られたらと思うと恐ろしいな……決着が付くまで、派手な動きをしないでもらう様願うしかないか……」
「ユキナリ君……貴方なら頑張れるはず……絶対に勝てる!」
「ユキナリ君、もうすぐだよ。皆が助けてくれるから……待ってて、ココを突破しなきゃ!」
 外にいるユウスケもユキナリを助ける為にと相棒と共に戦っていた。最も少年であるユウスケ自体が戦力になるかと言われればそれは否なのだが……

『それじゃ、私の実力を見せてあげましょうよ!マスター。最後の扉を開きましょう!』
 一方、バトルフィールドでは臨戦態勢のヤナギレイとハリキングが睨み合いを続けていた。両者一歩も譲らず、その戦闘力の高さに対してもヤナギレイは怯まない。退いた方が負ける事を心得ている。
 (ハリキングは確かに強大な敵だけど、ヤナギレイのエアロブラストは効果抜群……あの速さならよほどの事が無い限り避けられる事は無いだろう。このまま一気に、最後のポケモンを引っ張り出す!)
「君の本当の実力の……お手並み拝見と行こうか。単なる前座が去った今、ハリキングのパワーとその溢れるばかりの野性に恐怖してもらいたいものだね。例え君達が勝つつもりでいたとしても……」
『冗談でしょう?アズマ様。こんなひ弱そうな娘風情に俺が負けるとでも?……甘いぜお譲ちゃん。テメエの考えがどれだけ甘いものかって事を、思い知らせてやるぜ……』
『私の実力を、知らないからそんな事が言えるんですよッ!』
 先に動いたのはヤナギレイの方だった。最初から手加減などしていられない。いきなり口から旋風の衝撃波が飛び出してくる。このエアロブラストがまともに当たれば勿論ハリキングであっても無傷では済まない。
『蝿が止まってるぜ……!』
 ハリキングはエアロブラストを軽々横っ飛びで避けてみせると、そのまま横転を繰り返してあっと言う間に間合いを縮めてきた。
 打撃メインのハリキングに間合いを取られる事は敗北を意味する。ヤナギレイもそれを察して急遽シャドーボールの連発に切り替えた。だがハリキングはタイプの相性が悪い事を見抜いている。
『痒い程度の攻撃にビビってられるか!多少のダメージは受けても一撃見舞えばそれで勝てる!』
 ハリキングはあく・かくとうタイプ。あくの技を持っていた場合、ヤナギレイはそのタイプの攻撃に対して4倍ものダメージを受けてしまう。
 打撃系のポケモンは一撃一撃が非常に強力な為、本当に1発くらって終わりと言う可能性の方が格段に大きかった。ヤナギレイもそれを理解しているから故に間合いを許しはしない。
『貴方が攻撃を受ければその一瞬足止めが出来ます。それでなくとも貴方の速度自体が若干鈍くなる。その隙を突けば絶対に私の間合いを許す事はありません!』
『クソッ!逃げ足の速い野郎だ。このままじゃ埒が明かねえ!1発で良いんだ!1発当たれば!』
 皮肉にもその戦闘力の高さが全く役に立っていない。シャドーボールは連発が効く為、逃げられれば逃げられる程ハリキングの体力がじわじわと、僅かだがそれでも確実に削られていく。
 (ハリキングの体力も半端じゃ無いけど、彼だって無敵のソルジャーじゃない。HPがあるのならば確実な攻撃の蓄積で、必ず倒す!勝負の勝ち方は絶対に1つだけじゃない!)
「ほう……窮鼠の噛み方も心得ていると言う事か……君なりに考え抜いた結果の1つなのだろうが……それでもその逃げ方には重大な欠陥がある。それは……背後の守りは皆無に等しい事だ!」
 アズマがそう言うとハリキングはニヤリと笑ってコンクリートの床を掠め取り、粉末状になったコンクリートの砂をヤナギレイに向かって投げつけた。即席の目潰しと言った所だろうか。
『あうっ!!』
 回避に専念していたヤナギレイはその咄嗟の攻撃に対応する事が出来ずに、目を覆って俯いてしまう。チャンスとばかりにハリキングは拳を固め、彼女の腹に一撃を見舞おうとしたが……
『で、出来ねえ……何だ……コレは、恋の芽生えって奴なのか……?』
『ううッ……天使の美貌が効いたみたいですね。ラッキーでしたよ、本当に!』
 彼女は目を覆ったまま、ハリキングの声がした方に向けて再びエアロブラストを発射した。
『この胸のときめきは何なんだ……解らねえ……ああ、胸が痛む……』
 恍惚状態に陥っていたハリキングに、エアロブラストを回避すると言う選択肢は無かった。そのままその即席竜巻に巻き込まれ、壁に激突して床に叩きつけられる。
 それであってもまだ、体力はレッドゾーンで残っていた。何十発ものシャドーボールと、渾身の一撃であるエアロブラストをくらってもなお立っているのだ。
 (な、タフにも程があるぞ……あれだけのダメージを受けているのに、まだ立てるなんて信じられない……)
「特殊能力で危機回避とは見上げたものだ。まさに神に恵まれている……最も、真に神に恵まれている者がいるとするならば、それはユキナリ君……少なくとも君では無いがね」
『畜生、胸がズキズキと痛みやがる……俺が、こんな事で……偽りの苦しさで負けるってのか……認めねえ!俺は、最強の格闘ポケモンだ!誰にも負けやしねえんだ!ウオオオオ―――ッ!!』
 ハリキングの漆黒の毛が逆立ち、額の髪と瞳の色が黄金の輝きをさらに増した。自身の誇りを賭けて最後のアタックを敢行する。それでいても、メロメロ状態である事には変わりが無い。
『本当にすみません……でもコレもまたバトルの習い。また会った時も全力で戦い合いましょう!』
 余裕が無いハリキングに、そのエアロブラストを避けろと言うのが酷な話だった。再び宙に舞い上がり、そして床に叩きつけられ動かなくなる。ポケギアで確認してみるとHPはゼロになっていた。
 (やった……ハリキングに勝った……ヤナギレイが、無傷で!これなら……勝てる!突っ走れる!)
「嬉しそうな顔をしているじゃないか、ユキナリ君……だがこれまでだ。ハリキングは確かに手塩にかけて育て上げた手駒……しかし、通常のポケモンの戦闘力よりは上と言うだけだ。
 今から君が……いや、君のポケモンが対峙しなければならないのは、通常のポケモンの戦闘力等とはおよそ比べ物にならない戦闘力を持つ……いわば最強のポケモンなのだよ」
 奥の暗がりから、ゴウゴウと言う吹雪の様な吐息が聞こえてくる。先程からずっと気になっていた、アズマが座っている場所の背後にある紫色のカーテンの向こうには部屋があった様だ。
 (モンスターボールの中には入っていないのか……?)
「よく頑張ったハリキング、体を休めてくれたまえ……さて、とうとうお前の番が来てしまったぞ。正直嬉しいだろうゴウセツ。
 私の唯一無比のパートナーであるお前が望んでいた相手との、戦いなのだから……私もこうなるであろう事を考えてはいたよ」
『お前が望むのならば、力を見せよう……互いの野望の為に結託すると誓い合ったのだからな』
 その吹雪の様なゴウゴウと言う音に混じって聞こえる冷たい声は、ポケギアから聞こえてくる機械音声とはまた別のものだった。急に、このバトルフィールドの中が寒くなってくる。
 アズマがハリキングをボールに戻し、後ろを見た刹那だった。ドスンドスンと響く足音と共に巨大なポケモンが姿を現す。
 バンギラスよりも大きなその4つ足の獣は、バトルフィールドの中央まで歩を進めるとユキナリを見つめた。顔の奥で光る蒼い瞳がユキナリの一挙一動を監視している。
『予感はしていた……こうなるであろう事はな。優れたポケモントレーナーであるお前が、いずれアズマの障害になるであろう事は……こうなってしまったからには我も引くわけにはいかん。
 雌雄を決するとしよう。例え象が小動物を踏み潰す様な結果になったとしてもだ……』

「雪……?」
 シンリュウの登場後、ピタリと止んでいたハズの雪が再び降り始めた。カオスの団員も警官隊も、一瞬動きを止めてその雪を凝視する。
 だんだんと風が舞い起こり、吹雪になりそうな降りへと確実に変化していっているのが解った。
「アズマ様がついに切り札をお出しになられたと言う事か……」
「ユキナリには酷かもしれんが、コレでアズマ様の勝利は確固たるものとなった!」
「……アズマ様に逆らったりしなければ、地獄を見る事も無かったのに……」
 3幹部の思いは1つになった。最早万に1つもユキナリが勝利する事はありえないと。
「ジャンパー、パーカー、防寒着を急いで着込まなくちゃ……」
 ユウスケは急いで吹雪いた時の為にと服をリュックから出し始めていた。警官隊も団員も同じ人間だとばかりに争いを止め、自分が生きる為の方法を実践する事を選ぶ。
 極限状態に陥れば敵も味方も存在しないのだ。ただ自分の瞳に映るのは己だけとなる。

 強化ガラスが、音をガタガタ立てている。風が強くなってきている事を感じる。部屋の温度も、ゴウセツがいるせいで低下の一途を辿っていた。ユキナリもアズマも既に防寒着を羽織っている。
『我に挑む勇気があるだけ立派だと褒めてやろう。幾ら無謀であったとしても……』
 フー、フー、と吐く息が瞬間的に薄い氷の塊へと姿を変えていく。周囲には七色に色を変えるオーロラアンノーンが飛び交っていた。背中に多数生えている氷柱が大きくなってきている。
 (は……は……こんなの、どうやって倒すって言うんだ……強大……過ぎる……)
 一言で言えば卑怯。それに尽きる。アズマの切り札がゴウセツだと言う事を知り、既にユキナリは絶望感を隠し切れないでいた。次元が違う相手と、どう戦えと言うのだろうか。
「だから君の負けだと言っただろう。運命を変える事は出来ない。潔く降参したまえ……命ばかりは助けてやろう。
 私に立ち向かった敬意を表して、君のポケモン全てを、我がカオスの為有効活用させてもらう。異存は無いかね?フフフフ……フハハハハハッ!』
 アズマの高笑いがフィールドに響き渡った。頭に来たヤナギレイがエアロブラストを放つが、フッと息を吐いた瞬間にその攻撃も掻き消されてしまう。
『そ、そんな……』
『抗うな。お前のその微小な力では、何をしても無力だ』
 再び吐息を吐いた瞬間に、ヤナギレイは固まって床に落ち、砕けてしまう。
「はぁ!?」
 ユキナリが呆気に取られるのも無理は無かった。数秒しか経っていないのにもう相手の一方的な勝利に終わってしまったからだ。
 先程ハリキングに対して運と時間稼ぎで勝ったのとはワケが違う。ユキナリの目の前が真っ暗になった。
『不運だったとしか言えないな。我とアズマが組んでいる事を知っていれば、こうまでして逆らう事も無かったであろうが……敗北を悟るが良い。もうお前の負けだ』
 (……ココで僕が負けたらどうなる……カオスは勢いを取り戻し、アズマさんがゴウセツを使ってエリアを恐怖で統治する。ポケモンも人間も抑制された人生を送る事に……
 ポケモンは人類の奴隷となり、世界は平和に……そんなの間違ってる!ポケモンと人間は今まで共に歩んできた!それにユウスケや兄さんの命だって危うくなる!
 ポケモンを愛している全ての人達が危険にさらされる事に……駄目だ。負けを認めるワケにはいかない!)
 何とか時間稼ぎがしたかった。このままコセイリンとゴウセツを戦わせても開始から数秒足らずでヤナギレイと同じ運命を辿る事は目に見えている。
 ユキナリは砕け散ったヤナギレイをボールに戻すと、決着を付けたがっているアズマの心を他の部分へ向けようとした。
「何故なんです!ゴウセツと結託してまで……そこまで貴方がポケモンを憎み、奴隷にしたがっているワケを教えてください!……解らない、どうしてココまで僕達を苦しめるんですか?」
「ゴウセツと私の理想は同じ……ポケモンが、賢くない野生のポケモン達が我々人間の管理下に置かれ我々の人生に対して貢献する事。最早ペットでは無い。動物とも扱わない。彼等は資源なのだ。
 資源が枯渇してきている昨今、ポケモンを野放しにするのでは無く、資源として有効活用する事こそが人類の未来にとって大切な事なのだよ。セイヤ君やホウ君、レイカ君からも聞かなかったかね?」
「そんな事じゃありません!貴方の……過去を教えてください!」
「過去……か」
 アズマの心の奥に眠っている記憶。思い出したくも無いあの辛い出来事が脳裏を過ぎり、アズマは体を震わせた。
「……君になら、話しても良いだろう。そうだ、あれはまだ私が幼かった時の事だ……」

 小学生だったアズマはクラスの中でも体が弱く、それでいて身長が低かったと言う事もあり、格好のいじめの対象となっていた。
 当時ポケモンも持っていなかった彼にとってポケモンとは、自分に害を成す最低な生物としてしか映っていなかった。
 いじめっ子のポケモンに蹴り飛ばされ、殴られ、死なない様に加減されながらいたぶられる。そんな事が何年間も続いた。
 そんなある日の事、アズマは学校行事のキャンプに参加する事になった。
 勿論親の目が届かないと言う事もあって、アズマはそれを頑なに拒否したが、いじめの実態を把握していない両親はそれを認めず、結局彼はキャンプに参加する形となってしまった。

「なぁ、あいつを野生のポケモンがワンサカいる森に迷い込ませてみないか?」

 心の無い上級生と、クラスメートの策略によりアズマは、何時しかキャンプコースを外され森の中を彷徨う羽目に陥っていた。
 ポケモンを捕まえる術を持たない彼にとって守ってくれる存在など無く、結局眠れぬ一夜を過ごす事になった。そして……

「朝、ボロボロになって倒れていた私を近くに住む老夫婦が発見して救急車を呼んでくれてね、私は病院で生死の境を彷徨い続けた。1ヶ月もの間昏睡状態から覚醒する事は無かったんだ。
 その間に彼等の狂気は私の両親に向けられていた。クラスメイトは事もあろうと野生のポケモンを用いて私の家を襲撃したんだ。そして両親は……崩れた家の下敷きになって死んだ。
 幼い妹も犠牲になった。あの時の恐怖と、憤りを……私は今になっても決して忘れる事は出来ない」
「そ……そんな事が……」
「飼われているポケモンであっても人間の命令を聞くただの操り人形だ。マスターが敵意を持てば命令通りポケモンは人間を襲う。ポケモンと人間との間に隔たりがあるのはその為だよ。
 私はポケモンと言う存在が許せないんだ。ポケモンさえ存在しなければ、私の両親は死ななかったし、私も生死の境を彷徨わずに済んだ。森の中にポケモンがいなければ!!」
 アズマのサングラスの奥に映る瞳が、3幹部と同じ様に憎悪の炎で燃え上がっているのをユキナリは見た。それは哀しみを帯びた、怒りの表情だ。もう元に戻らない事に対しての問いかけでもある。
「君は幸せだよ……両親も健在で、仲間もいる……調べでちゃんと解っている。片親であろうとも、もう片方の父親が事故死ならばまだ幸いだ。私に言わせればね。
 君にはポケモンの野蛮さが、恐ろしいまでのパワーがまるで飲み込めていない!君の為にと戦ったポケモンの矛先が万が一にも君の仲間に向けられる事になったなら、君はその仲間にどうやって償いをするつもりかね?」
「…………」
 言葉が出なかった。反論出来なかった。悔しいが……彼の言う事が間違いであるとは、言えない。言い切る事等出来はしない。
 自分はポケモンの何を知っていたのだろうと思うと、ユキナリは熱いものがこみ上げてくるのを感じた。泣いていた。だがその涙も床に落ちる前に凍った。

「我々は平和の為に戦っていると言ったね。多少の犠牲を払ってでも、我々は……そんな悲劇がこの世の中に2度と起きない様にすると誓って戦ってきた。
 理想を、誰も理解してくれようとはしない。ただ我々を異物とみなして排除しようとする。だが君は違う」
「解っています……人間は矛盾を内包して生きている事を。僕だって我侭な部分はありますし、ポケモンがそういう事をしたと言う事を嘘だとも叫べない。
 それでも……そう、僕が貴方と戦うのは我侭だからなんです。守りたい人がいるから、守りたいから戦おうとしている。本当に守りたい人が1人もいなかったら、僕はココまで来れなかった……」
「君は我々を半分理解している。現状を知り、同情はしてくれるが……底の部分では一切相容れない存在だ。
 まるで鏡の様に反発しあい、そしてどちらかが砕け散るまでその反発は続く。そろそろ、君の鏡を粉々にする時がやってきた様だ……」
「ゴウセツ!貴方は何故アズマさんに応えようとするんです!同じポケモンの貴方が何故!」
 もう時間を稼ぐしか無かった。逃げるワケにはいかない。誰かにこの試合を止めてもらいたかった。長引けば警官隊の突入により何らかの活路が開けるかもしれない。
『我はもう嫌なのだ。他の無能な獣が人類に迷惑をかける事をな。人類は人類で殺し合って滅びるべき種族。それを獣が阻害している。
 目先の利害は一致しているからこそ我とアズマは手を組んだ。我の知能も持たない愚かな種族を淘汰し、人類に束の間の安らぎをもたらす。
 その後どうなるのかは知らんがな。我の見立てでは、道具となった獣を使い合い、人類は攻撃しあって死んでいくのだと思うが……そんな事、我の知るべき未来では無いからな』
 (ゴウセツは、アズマさん達の怒りを利用して人類を破滅に導こうとしているんだ……!アズマさんは計画に加担していると思っているけど、違う……!
 逆にゴウセツが人間を利用して邪魔な人間を淘汰しようとしているんだ!じゃあ、まさかゴウセツの狙いは……)
『ユキナリよ、我は獣が望む世界を作ろうとしているワケでは無い。ただ、愚かな生物があまりにも多過ぎる為、介入してやらねばならぬと思っただけだ。
 我がこうして世界をかき回した後どうなるのかは我にも解らぬ。しかし、現状の打破だけは何としても成し遂げたい。腐った世界に切込みを入れる事で世の中を動かすのだ。我だけが可能とする特権であろう』
 (アズマさんは平和を考えているけど、ゴウセツの心の中は冷え切っている。完全に……その圧倒的な実力がゴウセツの心を冷やしてきたんだ。どうすれば……勝てる?)
「そろそろ話も終わりにしよう。君とのラストバトルが控えているからね」
 ユキナリは覚悟を決めてコセイリンが入っているボールを取り出した。
 (負けるなら、せめて全力で戦ってから負けよう……殺されるかもしれない。だったら僕の身を挺してでも止めてみせる。止めれなくとも意地だけは絶対に見せてやる……!)

「君はポケモンを心から信頼しているのかね?」
 アズマの言葉に、思わずユキナリは顔を上げた。
「はい。僕はポケモンを……いえ、僕の仲間を信頼しています」
『フハハハハハ。偽りの仮面で、よくぞ満足してきたものだな』
「……ユキナリ君、君は大きな勘違いをしている。ポケモンはボールに入ると完全に自我を失い、マスターの忠実な僕と化すのだ。つまり君の専属奴隷だ。
 君が幾ら我々を非難しようとも、現状は大して変わらないとは思わんかね?我々の場合、感情や戦闘能力までも完全に制御下に置くと言うだけの違いでしか無い。所詮君の仲間とやらも、幻想に過ぎぬのだよ」
「違う!……僕が例え野生の彼等と出会っていたとしても、必ず助けてくれる!」
 意地を張っているだけなのは解っていた。だがユキナリは自分の考えを曲げられない。
『ポケモンはボールに閉じ込められると記憶を操作されて、自我を失ってしまうのよ……』
 フタバ博士の言葉が脳裏を過ぎった。そうだ、ポケモンは結局幾ら偽善ぶった所でトレーナーの道具である事は否めない。
 それが正義に使われるか否かと言う違いでしか無く、そしてポケモン達の自由が阻害されていると言う事実に変わりは無いのだ。
「君がそこまで言うのなら……君の意見を実践してみるかね?」

夜月光介 ( 2011/07/29(金) 04:54 )