第8章 4話『純潔を奪われた女 VSレイカ』
フィールドには現在ソルロックしかいない。ユキナリは自分のフィールドにルンパッパを出現させた。
『おお!そこのご婦人のポケモンとは前に戦った事があるのう!……じゃが、ちーと相手が違うみたいじゃな……まあ、ワシは頑張るだけじゃ!負けはせんゾイ!!』
「有利不利を見極める事がバトルの本質だとすれば、貴方の選択は間違っていないわ。それでも、私にだって意地がある。見ていなさい、必ずココで大差を付けてみせるから……」
レイカの自信は正しかった。効果は抜群では無いとは言え、攻撃力が高いソーラービームを何発もまともにくらえば致命傷になってしまう。この戦いは初動が大切だった。
絶対に相手のペースに巻き込まれてはならない。ユキナリも充分にそれを承知していたが、不安の方が大きかった。
(ソルロックの弱点を一方的に突ければこの戦い勝てる。ルンパッパの実力を信じないと……)
『負ケハシナイ。貴様トハ戦ッテキタ戦闘回数ニ大キナ違イガアルノダ……』
『さぁて、それはどうかのう?ワシも潜ってきた戦いには自信がある。マスターを困らせるワケにはいかん!』
最初に動いたのはルンパッパの方だった。『ハイドロポンプ』で一気に勝負をつけようとする。しかし、元々から宙に浮いていたソルロックはスッと残像を残して消え、ルンパッパの斜め前に回った。
「危ない、ソーラービームをくらうぞ!」
ソルロックはニヤリと笑うと、瞳から紫色のオーラを放出した。『サイコキネシス』だ。下手にダメージの少ない大技を出すよりも、十八番を当てていく方が勝利への道だと考えたのだろう。
『そっちか!』
ルンパッパは慌てて軌道変更し、ソルロックに何としてもダメージを与えようとそちらを向いたが、スピードに関してはソルロックの方が上手だった。
簡単にそれを避けられ、一方的にダメージを与えられてしまう。紫のオーラがルンパッパを包み込みダメージを与えた。
「やっぱりルンパッパにはスピードが足りない。回避力が足りないのは最大の弱点か……」
「力に偏れば他の能力が手薄になる。私のポケモンは常に総合戦闘力を重視して鍛えてきたわ。貴方の様に付け焼刃でココまで辿り着いたのとはワケが違うのよ!」
ソルロックの回避力は馬鹿にはならなかった。ルンパッパが攻撃を向けた時には既に違う場所に浮いてしまっている。
不毛な追いかけっこが続く中、徐々にではあるが確実にルンパッパのダメージは蓄積していった。このままでは完封負けもあり得る展開である。
(防御力と体力、攻撃に幾ら秀でていても素早さが低いと攻撃が当たらず、窮地に追い込まれる……既存の戦い方をしていてはセオリー通りに負けてしまうだけだ……発想を変えないと!)
「ルンパッパ、攻撃を当てようと考えるな!相手から動きを封じさせる様に動くんだ!」
『成程……それは一理ありますゾユキナリ殿。相手を逆に封じるか……』
ルンパッパは相手に攻撃するのを止めると、今度は体を発光させて体力を奪いにかかった。
「不味いわ。ギガドレインは大幅に体力を奪われてしまう。サッサと片付けなさい!」
『貴様ガ体力ヲ吸収スル前ニ終ワラセテヤル!』
ソルロックは再びサイコキネシスを放ち、ルンパッパのHPを削り取った。だがルンパッパのHPはレッドゾーン手前で止まっており、今度はソルロックから凄まじい勢いで体力を吸収していく。
『サ、サセルカァ!!』
狼狽したソルロックはそのままソーラービームを放った。ダメージは与えるもののその攻撃は決定打にはならない。少々体力を減らしたものの相性の良さも手伝ってルンパッパはグリーンゾーンまで体力を回復した。
『クウ……カクナルウエハァッ!!』
ソルロックはレッドゾーンからの逆転は不可能と考え、相討ちを狙う為に正面から貼りついて大爆発を狙おうと飛び掛ってきた。だがそれは逆にルンパッパの的になっている事を示している。
『こっちに向かってくるって事は、的が定まっていると言う事じゃ!動揺したのう!』
ルンパッパのハイドロポンプが改めて発射された。一転集中のウォータージェットがソルロックの体を貫く。
『ウガアアアアアッ!』
向かっていった手榴弾は寸前で鎮火された。HPがゼロになったソルロックは煙を上げて倒れ込む。一方体力を回復出来たルンパッパの方は余裕がある状態だった。
戦況の逆転を決定したのはユキナリの戦法のおかげである。圧勝を逃したレイカは歯噛みしてユキナリを睨み付けていた。
「見事、と言っておこうかしら。ポケモンとトレーナーとの息の合ったコンビネーション……私には一切不要なモノだけれど、貴方達が私に挑むには必要なモノなのかしらね……
まあ、良いわ。まだまだ手はある……私が如何に強くなったかを教えてあげるから……」
レイカはソルロックをボールに戻すと、次のポケモンを場に出現させた。このポケモンとは初見では無い。敏捷かつ技のレパートリーが豊富な侮れない戦力、エーフィだ。
『前回は不覚を取ったが今回は勝つ。私は今しか見ていない。今勝てばそれで良い』
(ダークラッシュと数々の技……現在優位に立っていても油断は出来ない。ココは様子を見ながら出来るだけダメージを確実に当てていくしか無いな……)
『まだまだ余裕ですゾユキナリ殿。何、マスターである貴方がそこまで心配される事ではなかろう。ワシもそこまで強くなれたと言う事じゃ。勝ち続けて、一気に次の場所へと向かうのじゃから……』
(通常のコンボとは一味違う、鈍いポケモン専用の畳み掛け技を見せてあげるわ……)
レイカは不敵な笑いを浮かべていた。体力に差があろうともそれを跳ね返す秘策がある。少々HPは減るが致し方あるまい……と考えている。ユキナリはそれに気付かなかった。
「エーフィ、一気に畳み掛けなさい!相手の反撃を許さず、速攻で決めるのよ!」
『了解致しました、マスター……』
先に素早く動いたのはエーフィの方だった。ダークラッシュと同時にスピードスターを放ち、仰け反ったルンパッパの間近に迫ると一気に電磁砲を放つ。
ルンパッパは殆ど何も出来ずにくずおれてしまった。だが若干HPが残っている。
「まだHPが残っているなんて……しぶといわね。早くとどめを刺しなさい!」
「ルンパッパ、とにかく生き残る事を優先して動くんだ!ココで倒れてはいけない!」
『まだまだ……ワシの方がしぶといって事を教えてやるワイ……』
倒れて動けなくなっているルンパッパの体が再び光り出した。エーフィはさせまいとサイコキネシスを放つ。それでも回復を始めたルンパッパを止める事は出来なかった。
『ひざしが強い』状態が継続している為、回復力も高まる。ぎりぎりイエローゾーンまで回復し、エーフィはダークラッシュのダメージと合わせて半分方体力を持っていかれた。
計算が合わなかった事に対する苛立ちが高まる。
『そんな馬鹿な……私の全ての力を賭けて畳み掛けたと言うのに……まだくたばらないとは!』
『よっと……何とか、動けるまでには回復致しましたゾ、ユキナリ殿……』
ヨロヨロと立ち上がるルンパッパの頭上で、照っていた擬似太陽がフッと消えた。
(ソルロックの特殊能力が完全に裏目に出た……!結果的にルンパッパが大活躍する皮肉な結果となってしまったな……レイカさんには悪いけど、決めるチャンスだ!)
「エーフィ、何を狼狽しているの!コレ以上のダメージは危険よ。一旦距離を取りなさい!」
レイカも焦りからか的確な指示を出してしまっている。エーフィは頷くとバックステップで距離を取った。
猫の様な敏捷たる動きで宙返りして動きの妙を見せる。一方ルンパッパの方は気軽にダメージを与えられるハイドロポンプを発射していた。宙返りの途中で水流がエーフィを襲う。
『フン……この程度の攻撃などッ!』
エーフィは体毛を逆立てると距離を詰めながらジグザグに動きハイドロポンプを避け、飛び掛ろうと間合いを近付けた。ハイドロホンプをくらってしまわない様、背後に回って飛び掛り噛み付く。
『素早い動きじゃのう。じゃが、それ位の攻撃は振り払う!』
エーフィの牙はガシャーク程鋭くは無い。故に噛み付いた時点でのダメージはあったものの、ルンパッパが体を振るとそのまま床に振り飛ばされてしまった。ルンパッパの体力が再びレッドゾーンへと移行する。
『このまま負ければ後が無い……何としても道を切り開く!』
発射されたハイドロポンプを避け、その避けざまに電磁砲を放つ。通電した攻撃は発射した本人、即ちルンパッパに向かって一瞬で到達する。ルンパッパは通電したダメージでついに倒れた。
「かなり不味い展開だわ……最後まで、私は諦めたりしないわよ。セイヤもホウも、アズマ様を守る為に奮戦した……あの2人より格上の私が、彼等以上に頑張らないで何時頑張ると言うの!」
(ルンパッパが予想以上の力を発揮してくれたおかげで、結果的には有利な展開を掴めてきたと言う所か……次に出すべきはやはりフライゴンだな。エスパータイプとなら互角の戦いが期待出来る……)
『規格外』の強さとは伝説級のポケモンの事だが、それに次ぐ威力を誇っているのがドラゴンタイプやはがねタイプと言った非常に打たれ強く、総合戦闘力が非常に高いタイプだ。
ユキナリがフライゴンと言うポケモンを仲間に引き入れる事が出来たのは、ある意味本当に幸運だったとしか言い様が無い。
「この上に……リーグに挑む前に戦わなければならない最後のトレーナーがいるハズです。僕はそれがアズマさんであると信じたい……だからこそ前に進みたい。貴方と全力で戦って、前に!」
ユキナリは黒焦げになったまま倒れているルンパッパをボールに戻すと、自分のフィールド上にフライゴンを出現させた。威厳と実力を兼ね備えているその姿は何度見ても美しい。
「フライゴン。相手のHPが減っているからと言って、決して油断するな。全力で挑んでほしい」
『失礼にあたる行為はせんよ。私も、あらゆるポケモンに注意を払うべきだと思っている。』
フライゴンになれたから活躍出来ているものの、ナックラー、ビブラーバの時にはユキエ戦等で常に苦渋を強いられてきた。強くなっても初心を忘れないその心には敬服すべきであろう。
一方エーフィは、出現した巨大な体躯の敵に戸惑いを隠せないでいる。少々畏怖心を覚え、いささか攻撃を躊躇っている様にも見える。レイカの方もゴーグルの奥の瞳が泳いでいた。
(前にも戦ったけれど、何とか耐えなくては……辛うじてゴーグルのおかげでぼやけているから良いものの、こんな所で嘔吐するワケにはいかないのよ。精神力を大幅に下げる様な事は……)
レイカの額には極度の緊張状態に見られる脂汗が見られた。大型のポケモンを目の前にすると条件反射的に吐いてしまう後遺症を持ったレイカには、敵のポケモンが戦闘以外でも脅威に映る。
「フライゴン、まずは遠距離攻撃で相手が近距離に持ち込むまで耐えるんだ!」
フライゴンは激しく翼をはためかせ、体を震わせると『地震』を発生させた。床が大きく揺れ、バランスを失ったユキナリとレイカは倒れ込んでしまう。
一方、させまいと組み付いていったエーフィはフライゴンに噛み付き、出来るだけ早くそれを止めようと必死になってフライゴンを押し倒した。
床に倒れ込んだフライゴンの眼前にはゴーグルを落とし呻いているレイカの姿が見える。
『大丈夫か?』
敵であるにも関わらず心配になったフライゴンが呼びかけると、レイカは目を開けて急ぎゴーグルを探そうとした。だが時既に遅く、フライゴンがまともに視界に入ってしまう。
「……あ……」
フラッシュバックする記憶。覆い被さる影、悲鳴、唸り声……
「お、おえええッ……」
レイカは耐え切れずに戻してしまった。吐瀉物が床に広がりフライゴンが慌ててそれを避ける。清掃ロボットが自動的に広い範囲での汚れを察知してそれを片付けにかかった。
『マスター、大丈夫ですか?』
エーフィが駆け寄り彼女を抱き起こそうとする。レイカはハアハアと荒い息を吐きながら、蒼白になった顔を晒してしまっていた。ユキナリも突然の出来事に開いた口が塞がらない。
「ゴーグル……取ってくれない?ユキナリ……君……」
ユキナリの立っている位置から少し離れた所まで転がっていたゴーグル。戦闘を中断した2匹を介してエーフィがそれをレイカに装着させる。レイカはまた倒れ込んだ。仰向けのまま天井を見上げる。
「……うッ……ううッ……う……」
レイカの涙が頬を流れ、水滴となって床に落ちる。既に吐瀉物は完全に撤去されていた。
(あの時から、私は私では無くなっていたのかもしれない……何故、こんな業を背負ってまで戦わなければならないのかと自分を疑った事もあった……でも、それは……)
自らが戦う理由はただ1つ。自分の様な被害者を、もう1人も出したくない。その信念だけが彼女の最後の力となって彼女の背中を押してくれていた。
獣であるポケモンを完全に駆逐し、奴隷として人間が統率すれば、2度とあの様な悲劇が起こるハズは無いと頑なに信じて……
「これでも貴方は……ポケモンを自分のパートナーとして認めるつもりなの?」
蒼い顔のまま何とか回復ポッドの柱、テーブルを掴み、立ち上がるレイカ。その涙には一片の嘘偽りも感じられなかった。ユキナリの価値観が、揺らいでいる。嫌が応にもぐらつき始める。
「レイカさん、貴方は一体……」
「獣は本能のままに快楽を求める!人間と獣が決定的に違うのは理性があるか否かよ!ポケモンは獣……私は彼等に弄ばれた事で全てを失ったわ。
私自身のプライド、友人、大切なものを全て……屈辱を受けてまで、ポケモンを愛する事なんて出来はしないんだから……」
地の底から聞こえてくる様な声。嘔吐した事により喉が嗄れたのだろうが、逆にユキナリの心を打った。レイカの魂の言葉がユキナリの胸をゆっくりと抉っていく。
「……僕が、貴方と同じ立場に立ったとしたら……僕だって今の気持ちではいられないと思います。それでも今僕は、守らなければならないものがある。善悪なんか関係無い。
ただ、昔馴染みの親友と、かけがえの無い実兄を守りたいんです!僕が貴方と戦う理由はそこにある!!」
「そうね……幾ら訴えても貴方には届かないわよね。それは、貴方が私じゃ無いから……当然の事だけれど哀しいわ……貴方の様なトレーナーが、エリアの過半数以上を占めている事も。
貴方達の目を覚ましてあげたいの……2度と、悲劇が起こらない様にする為にも!私を絶望の淵から救ってくださった、アズマ様の恩義に報いる為にも!!」
心は決して折れない。レイカの体は肉体的疲労を訴えていたがそんな場合では無かった。
(目の前にいる彼を倒さない限り、カオスは安泰ではいられない。ならば、私が倒れるワケにはいかない!)
「戦闘再開よ、エーフィ!相手の攻撃初動の前に決着を付けなさい!!」
地震の影響で既にレッドゾーン近くまで体力を減らされていたエーフィに後は無かった。ダークラッシュを使う余裕も無い。とにかく相手に攻撃をさせない様にするしか無いのだ。
『最後まで、この体力が尽きるまで全力で抗う。私は戦い続ける!』
エーフィはフライゴンに駆け寄るとそのまま背中にしがみつき、噛み付く攻撃を連発した。
『貴様、私がそれ位の攻撃で参るとでも思っているのか!?』
翼をはためかせ、相手を楽に振り払うフライゴン。床に振り落とされた所でりゅうのいぶきがヒットした。
エーフィはHPが風前の灯火になりながらも何とか立ち上がり、体力がゼロになるまで抗おうとする。
『……潔く負けを認めよ!』
突進するフライゴン。その手には鋭く尖った爪が見える。風を薙ぎ払う様に横一閃した一撃は、エーフィの腹を抉った。魂が抜けた様にすうっと倒れ込むエーフィ。戦闘不能状態となる。
「ううッ……私が、押されている?そんな……まだ、まだ負けたワケじゃ無いわよ……」
歯を食いしばりながら必死に立ち上がり、残った体力を振り絞ってエーフィをボールに戻すレイカ。いかなる状況に陥っても絶対に戦うと言う信念はどちらにもある。
ただ、息も絶え絶えになっているレイカとユキナリではトレーナーの体力が大きく異なってきていた。トレーナーの冷静な判断無ければポケモンも安心して戦う事は出来ない。
戦おうにもそろそろ限界が近づき始めていた。
「レイカさん、貴方のポケモンは?」
「言われなくても出すわよ……フン、私が諦めたとでも思っているの?フライゴンは確かにドラゴンポケモンの中でも一二を争う猛者……それでも弱点があるわ。
必ず引っくり返して見せる……どんな手を使ってでも勝利を手にするッ!」
レイカのフィールドに姿を現したのは土偶の様なポケモンだった。クルクルと回りながら沢山の瞳がフライゴンに向けられている。360度どこからでも対応出来る感じだ。
ユキナリはポケモンの特殊能力と生態を調べる為にお馴染みのポケギアを開いた。
『ネンドール・どぐうポケモン……太古の昔に栄えた帝国の壁画を見ると、神々の言葉を知る為に人々がネンドールを崇めていたと言う実態を知る事が出来る。
ネンドール自身も強いサイコパワーと地震技を備えていたので、当時の人々は神々の怒りを体現するポケモンだと信じていた』
(特殊能力は?)
『特殊能力・しんぴのひとみ……相手への命中率がアップする』
(取り立てて弱点を狙えそうな状態では無いな……フライゴンの体力も噛み付くを連発されたせいでいささか減っているみたいだし……正攻法で攻めるしか無さそうだ……)
『偶像ガ私デアリ、私ガ神ノ代理人ナノデス。如何ナル時モ私ヲ崇メナサイ……』
『失礼だが、私が崇拝している者は別にいる。ポケモンはトレーナーに対してしか忠誠を示さんのでな!』
バトルはネンドールの一方的な攻撃から始まった。口の様な部分が全体に対して4つあり、その口らしき部分が開くと沢山の黒い塊が一斉に飛び出してきた。有無を言わせず全てがフライゴンに向かってくる。
『速い……避け切れん!』
1発1発が強力なシャドーボールが連続でフライゴンに命中する。先程のダメージもそこまで易しいものでは無かったフライゴンの体力は、コレでイエローゾーンに難なく到達してしまった。
『今度は、私の番だッ!』
フライゴンは近距離攻撃は不利だと考え、りゅうのいぶきを吐く。だが宙に浮いたままネンドールはそれを真横に飛んで避けた。無機質な印象が余計にネンドールの不気味さを煽っている。
『私ハ神ノ遣イデス。私ガ見聞キスルノデハ無ク、神ガ見聞シタ事ヲ知ッテイルノデス』
最初からその攻撃を見切っていたとでも言う様に、何発吐いてもその攻撃を避けてみせるネンドール。一方素早さにはそれ程の切れが無いフライゴンにとって、ネンドールの特殊能力は恐怖である。
(フライゴンの攻撃は強力だけど同時に隙も大きい。あそこまで素早いと難なく避けられてしまう……)
「ネンドール、遊んでいないでサッサと決めなさい!私達の状況は現在不利なのよ!」
『神ノ正シサヲ知リナサイ。ソシテ敗北スルノデス!』
4つの口がパカッと開き、またしてもその部分から攻撃が行われた。紫色のオーラが一直線にフライゴン目掛けて突っ込んでくる。フライゴンはとっさに防御姿勢を取ろうとしたが間に合わなかった。
全身をオーラに包まれもがき苦しむフライゴン。レッドゾーンまでHPを削られ、体力はだんだんとゼロに近付いていく。すんでの所で逃げ仰せはしたものの、肉体は限界を迎えていた。
『グウッ……あの4つの口からの攻撃は何と強力な事か……こうなれば……』
フライゴンは最後の力を振り絞って一撃を与えようと、ドラゴンクローを繰り出してきた。ネンドールの瞳が一斉に光りだす。そして、床が凄まじい勢いで揺れ始めた。
『それは、効かんッ!』
鋭い一閃。真一文字に引っ掻かれたネンドールはそのまま床に叩き付けられる。
『攻撃を見誤ったな。最初から宙に浮いている私にはその技は通用せんのだよ!』
ゼエゼエと息を吐きながらも笑う余裕を見せるフライゴン。あの連続技をくらってまだココまでの攻撃が出来るとは、流石ドラゴンポケモンだとユキナリは痛感した。
『私ハ唯一神デウスノ人形ナノデス!』
床に伏せたまま口を開き、シャドーボールが放たれた時点で勝負は決まった。結果的には大したダメージを与えられないまま床に倒れ込むフライゴン。
コレで勝負の行方は定まらなくなってきた。ユキナリの表情にも焦りの色が浮かび始めている。
(残っているのはヤナギレイとコセイリンだけか……切り札はパラケラスだと踏んで出し惜しみしていたものの、ヤナギレイが負ければ一気に窮地に追い込まれる事になる……
ココが正念場だな。この一戦でレイカさんとの勝負、勝敗が決まってしまう……)
「ハア……ハア……コレよ!追い詰められた時の逆転、引っ繰り返す勝負の妙!私は幾度と無く最終的な勝利を手にしてきたわ……今回こそは、絶対に勝つ。
私にとってコレが最後の戦いになるかもしれないのだとしたら……最後の戦いにはさせないッ!!」
レイカは腹を押さえ若干呻いていたが、それでも勝利への執念を決して途切らせる事無く、最後の最後までユキナリとの決戦に全てを燃やす覚悟でいた。ユキナリも同じだ。
「レイカさん、次の一戦が、僕達のバトル……その状況を完全に決める戦いになるかもしれません。貴方がこのポケモンを難なく倒したとしたならば、僕の道も閉ざされる事になるでしょう……」
ユキナリはそう言い放つと、自分のフィールドにヤナギレイを出現させた。
『本当に正念場ですね……マスター。確かにあのポケモンは手強そうです。ただ、フライゴンさんでしょうか?……一撃が効いているのが嬉しい所ですね。一緒に頑張りましょう!』
そう、ドラゴンクローの一撃は大した攻撃には終わっていなかった。あの真一文字に切り裂かれた腹の傷は深く、急所にヒットしたネンドールの体力はイエローゾーン手前まで持っていかれている。
ただ、まだ不安要素はあった。ネンドールがシャドーボールを覚えている事である。
(4倍ダメージは流石に痛いな……こっちもシャドーボールで戦わなければならないから、必然的にシャドーボール対決になるだろうけど……大丈夫、ヤナギレイより速かったポケモンはそういない……)
『フフフ、相性ノ極メテ悪イポケモンガ相手デスカ。悪&ゴーストデ4倍トハ……』
『相性だけが全てではありませんよ。むしろ私の総合戦闘力が、それを補ってくれています!』
バトル開始と同時に動いたのはネンドールの方だった。早速ダメージを与えんと口からシャドーボールを吐き出す。しかし口が開いた時には隙間の盲点を突き、ヤナギレイがピタリと側にくっついていた。
『至近距離での、一撃……!』
腹に当てた手から攻撃力を大幅に高めたシャドーボールの一撃が入る。コレは流石に効いたのか、ネンドールは腹に手を当てて呻いた。
その隙を見逃さず間髪入れずに放ったシャドーボールも連続でヒットする。一方的にフライゴンを翻弄していたネンドールが、さらに強いヤナギレイに押されていた。
だがこの場合はヤナギレイが強いと言うよりも、攻撃の仕方による相性が良かったと言うべきだろう。
『これなら、1発も当たらずに済みそうですよ。マスター!』
息も絶え絶えになったネンドールの体力はレッドゾーンに突入していた。あと1発でもくらってしまえば終わりと言った様相だ。しかしネンドールが動ける限り決して攻撃を許してはならない。
『コレで、最後です!』
上空で手を上に上げ作った大きめのシャドーボールがネンドールに向けて放たれる。だが大きく作ってしまった事が災いした。ヤナギレイ自身は速くても、攻撃手段のスピードが遅いと避けられてしまう。
ニヤリと笑ったネンドールはそれを逆に接近して避けると口をパカッと開けた。
『逆ですよ。隙を作ってあげたんです』
『!?』
シャドーボールが操作されていた事にネンドールは気が付かなかった。背後に迫りくるボールに狼狽して一瞬攻撃を止めてしまったのは痛手だった。そして、背中にボールは勢い良く当たる。
『馬鹿ナ……神ノ遣イデアルコノ私ガ……』
口から煙を吐きながら床に落ちていくネンドール。一方的に攻めたおかげで何とヤナギレイはノーダメージである。これ程の快挙は滅多に無い。後は、レイカのパラケラスを残すのみである。
「それで……勝ったつもりでいるのかしら?ユキナリ君……」
「どういう意味ですか」
「気が付かなかったの?短期間でこれだけ育て上げた私の実力を。パラケラスだけは特別よ。特に念入りに調整を繰り返したわ……ゴウセツ山で戦った時とは、ワケが違うわよ!」
『ハッタリですよマスター、数日しか経過していないのにそこまで腕を上げられるワケはありません!』
「そうかしら……」
ネンドールをボールに戻すと、レイカはビッとヤナギレイを指差した。
「覚悟しなさい。パラケラスがどれだけ強くなったか、貴方との戦いで示してあげるわ!」
「フム……コレはハバナ産か……フランス産の葉巻と比べると意外に味が濃いな・・・」
『アズマ様、アズマ様!』
メインモニターを凝視していたアズマに、サブモニターからの音声が聞こえてきた。
「何だね、今度は……」
『予想以上に敵の数が多く、苦戦しております!このままではゲートが突破される危険も……早くお逃げください!アズマ様と幹部さえ逃げおおせれば、再起は幾らでも図れます!』
「逃げる?この私が?大丈夫だ。私はユキナリ君との戦いに非常に強い興味を抱いている……それにココで逃げれば君達にも迷惑をかける事になるだろう。今更退けぬよ……」
『アズマ様、我々の為にも、何卒お逃げください!』
『俺達は大丈夫です。せめてレイカと一緒に脱出を!』
セイヤとホウの声も聞こえてきたが、煩わしいとばかりにアズマはサブモニターの電源を落とした。
「……君達の意見は最もだ。だが、少年の影に怯えて逃げたと噂されては我々の大義が無い……真の悪の組織であるならばそんな卑怯な手も用いようが……私は違う。ロケット団と一緒にされては困る」
如何なる時も冷静沈着に、雅を楽しむ余裕を持つ。それがアズマの人生哲学だった。ゴウセツも側にいる。負ける要素等見つかりはしない。レイカを倒したとしても、トレーナー風情に何が出来ると言うのか。
「勝負したいのかね、ユキナリ君。ならば、かかってきたまえ……」
「さあ、宴を始めましょうか!」
蛮勇を誇るレイカに、今最後の対決を挑まんとするユキナリ。だが、レイカの言動からするに最後の戦いとはならなそうだった。ヤナギレイも心なしか緊張している。
『大丈夫ですマスター。絶対、勝ちますから……』
「無理はするなよ。深追いは禁物だ。前戦った時、僕はパラケラスの強さを思い知らされた……だから常に距離を取ってくれ。ESPには充分注意するんだ」
レイカがボールをフィールドに投げ入れ、閃光と共にパラケラスが姿を現す。
『さあ、パワーアップしたボクに挑もうとする愚か者はだれだい?』
相変わらず自信過剰な所は治っていない様だが、それでもその自信は強さから来ている事は明白だった。前の戦いで瀕死に追い込まれた時のオーラを既に纏っている。
(ヤバイな……本当に強くなってる……ポケギアで見る戦闘力からして、2体で全力を尽くして勝つか負けるかと言った所か?……いや、コセイリンだけでも何とかなるハズだ……)
『今のうちに尻尾巻いて逃げちゃえば、痛い目見ずに済むと思うけど?』
『遠慮させて頂きますッ!』
「ユキナリ君、その貴方の『覚悟』を見せてもらう事にするわ……」
「覚悟なら持ってますよ。常にね。覚悟なんて言うのはいざと言う時に持つものじゃない。常に持っていなきゃいけないものなんだ。だから……常に全力で、前へ!」
『本当にボクに勝って、前へ進めると思ってるの?』
その瞬間、背後に瞬間移動したパラケラスの足蹴りをヤナギレイは後ろ蹴りで相殺する。
『……速いじゃん』
『別に褒めてくれなくても良いですよ!』
ヤナギレイが宙返りして距離を取り、シャドーボールを放つもののパラケラスはそれを空中で爆発させた。
『こういう事も出来るんだよ。キミに出来るかな……』
『私には私の戦闘スタイルってものがありますから!』
パラケラスは手をスッと掲げると、吹雪を放出し始めた。こおりポケモンの十八番である吹雪は、攻撃が分散し当たると一気に集中する為非常に避けるのが難しい。
だがヤナギレイはそれを自慢の素早さでいとも簡単に退けて見せた。感嘆したパラケラスは思わず口笛を鳴らす。
『やるじゃん。ボクにかなう相手とは思ってなかったけど前言撤回。本気で行こうかな』
背後に回るセオリー通りの戦い方が不味かった。振り向き様にパラケラスの一撃がヒットする。
(コレで、メロメロ状態になってくれないですかね……)
防御姿勢で何とかこらえたヤナギレイはパラケラスの様子を伺ったが、別に変わった所は見られない。
『あれ?期待しちゃった?……実はボク、キミと同じ性別なんだよね。ハハハ……』
(メス!?)
『女とか男とか関係無いじゃん。あと、隙見せてるよ♪』
動揺したヤナギレイは何時の間にか自分がパラケラスのコントロール下にあるのにも気付かなかった。パラケラスが手を振り下ろすとそれに合わせて勝手に体が落ちていき、床に激突する。
『やっぱりさあ。弱いよキミ。同じエスパー同士として情けないなぁ……ハッハッハ!』
『それは、どうですかね!』
倒れたヤナギレイが放ったシャドーボールがパラケラスの頬に当たって爆発する。エスパータイプであるパラケラスには今の攻撃は痛手のハズだ。
ポケギアで確認してみると小さい今の一撃でもイエロー手前にまで持っていけている。しかし足掻きもこれまでだった。
『ボクの顔を……許さない!』
倒れ込んだままのヤナギレイに向かって冷凍ビームが飛んでいく。掌から発射された一撃はヤナギレイを貫くと凍り付かせてしまった。
運が悪かったとは言え、こうなってしまってはもうどうしようも無い。
『生意気なんだよ、キミはぁ!』
今度は本気だとばかりに両手でラスターパージを発射すると、オーラに包まれ攻撃される振動で氷が粉々に砕けてしまった。その時点でヤナギレイのHPもゼロになってしまう。
『あー、痛かった……不味ったな、ホントに……不意打ちだけには気を付けなきゃ……』
(……何て強いんだ!パラケラスよりも強い切り札を、アズマさんは持っていると言うのか……?いや、まだだ。まだ負けたワケじゃ無い。コセイリンがいる。必ず仇を取ってくれる!)
「どう?ユキナリ君……力を大幅に増したパラケラスの実力は……恐れを抱く様では、アズマ様には到底及ばないわよ……私が鉄槌を下してみせる!コレで終わりにしてあげるわ!!」
「コセイリン……大事な局面だ。僕は何度も何度も君に救われてきた……!」
ヤナギレイをボールに戻すと、ユキナリは最後の切り札であるコセイリンを出現させた。
『あの時はよくもやってくれたよね、百倍にして返してあげるよ……嬉しいでしょ?』
『僕は貴方と戦える事を誇りに思いますよ。圧倒的な力を持っている貴方と戦える……それだけで満足です。ただ、貴方が勝つシナリオだけにはしたくない!』
『言ってくれるね。ボクがどれだけ力を増したか知らないんだ……だろ?』
『……知りませんよ……勿論!』
コセイリンの周りに蒼いオーラが出現した。セイヤとホウの戦いで、パラケラスだけでは無く、コセイリンも大幅なレベルアップを果たしていたのだ。経験が彼を変えていた。
『上等だよ。ボクと何から何まで互角ってワケだ……最後の勝負には丁度良いかもね……』
『1つだけ、貴方と僕が違っている点があります……決して慢心しない事です!』
バトルは凄まじい技の応酬で幕を開けた。コセイリンの蒼い炎とパラケラスの紫色をしたオーラが互いにぶつかり合い、火炎放射とラスターパージどちらもヒットせずにいる。
「人間と、あまりにも違い過ぎる……コレが、ポケモン同士のバトルの真髄なのか……」
「綺麗な花火を見ている様ね。どちらかが先に燃え尽きてしまうワケだけれど……でも、コレで負けたら退くしか無いわ。あんなに良い表情をしてるパラケラスは初めて見るもの」
レイカもまた、ポケモンを憎みながらもポケモンの戦闘力を頼るしか無い、矛盾を内包して生きている。全てのトレーナーがそうなのだろう。決して完全なトレーナー等存在しない。
ユキナリもトレーナーとしての腕は一流に近付きつつあったが、心はまだまだ未熟だった。
(レイカさんだって、昔の自分と今の自分を戦わせている……人は、そう簡単に変われるものじゃない。僕も変われない……最強と言う2文字に固執してる大馬鹿だから……)
『燃えてるねえ!ボクも熱くなってきたよ……決着を付けようか!』
『望む所ですよ!実力を見せてもらいましょう!』
パラケラスは両手を掲げると、自分のサイコパワーを注入しさらに攻撃力を拡大させた。コセイリンも全身のオーラを掌底に集め、聖なる炎の発射準備に移る。
(どっちが、上か……!)
(どちらが戦いを制するのか……!)
最早トレーナーの領域では無い。バトルを仕切っているのはあの2匹だ。実際に戦っているコセイリンとパラケラスの独壇場だった。何も言えない。互いの存在があまりにも大き過ぎる。
『ボクの方が、キミより強い!』
『強くなれる様に、足掻く僕の力を見せます!』
互いに発射された最高の一撃はぶつかり合って爆発した。爆発の威力があまりにも大きかった為部屋全体が大きく揺れる。レイカとユキナリも爆風で吹き飛ばされた。
『……終わりだね』
爆風の中で見えたのは、2つの影だった。一方が手をもう一方の倒れた影に向けている。
(コセイリン!?)
目の前が真っ暗になった。パラケラスの言葉は間違いなく勝利の感動に満ち溢れている。
『……さあ、それはどうでしょうか?』
『!?』
倒れている方の影が手を出して一瞬早く炎を当てた。影はそのまま全身を燃やしてくずおれる。
そして……爆風が治まった部屋の中には、黒焦げになったパラケラスと、肩に手を押さえてうずくまっているコセイリンの姿があった。
『彼女にダメージがまるきり無かったら、多分僕が負けてましたよ……』
「嘘よ……嘘……そんな……私がッ!?」
レイカは燃え尽きていた。嘔吐による肉体的疲労がピークに達してそのまま蝋燭の炎が消えるかの様に倒れる。ユキナリは慌てて駆け寄りレイカの心配をした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……無様ね……昔の私である貴方に情けをかけられるなんて……」
そういうとレイカは気絶した。ユキナリは反射的にコセイリンとパラケラスをボールに戻すと、パラケラスのボールを素早く回復ポッドに入れ、即座にパラケラスを出現させた。
『マスター……ボク達、負けたんですか?……』
何を言っても気絶しているレイカには届かない。パラケラスは大粒の涙をこぼした。
『畜生……畜生―――ッ!!何で、レイカ様が負けなくちゃならないんだ……』
「パラケラス……レイカさんを、何処か落ち着ける場所に運んで……」
『五月蝿い!マスターでも無いくせに、ボクに命令する気かッ!!良い気になりやがって!うう……言われなくても、解ってる……!!』
パラケラスは小さい体で彼女の肩を掴むと、何とか足だけ引き摺って去っていく。壁のボタンを押すとエレベーターが現れ、それに乗り込みボタンを押した。
『……アズマ様。ボク達は負けました。救護室にレイカ様を連れて行きます……』
「頼んだよ。大丈夫……すぐに気を取り戻すハズだから……」
『……人間ってさ、不思議だよね。敵のアンタに励まされるのは変な気分だ』
涙を拭くとパラケラスは笑って、ドアを閉めた。エレベーターの入り口がまた解らなくなる。
「レイカさん……本当に、綱渡りの勝負でしたよ……」
『階段を登りたまえ。君にはその資格がある様だ……』
突如放送が流れ、階段が出現した。勿論4階に通じる階段だ。
(この上に、アズマさんがいる……カオスとの最終決戦……一番強い人と戦うんだ……)
ユキナリは覚悟を決めて階段を登り始めた。
レイカは救護室で目覚めていた。顔色は優れないが意識はハッキリしている。
「ユキナリ君……何処までも偽善的で、何処までも真っ直ぐで……」
認めたくない。認めたくないのに涙が溢れて止まらない。
「……何でかな……吐いてもいないのに……」
涙は捨てたハズだった。屈辱の日から一度たりとも、結成当初から今までずっと感情の涙を流した事は無い……何故、今になって涙が流れてくる?
「……強い……トレーナーとして……見れば……アズマ様よりは下……だけれど、私の心に入ってこれたトレーナーは、ユキナリ君、貴方が初めて……」
今まで偽善的なトレーナーを圧倒してきた彼女ですら、心を動かされた程の人物。彼は解っていた。偽善であると言う事、
それでも人を、ポケモンを信じ続ける矛盾を理解しながらも、懸命にただ走っている。全ては夢の為だけに……
「……行かなくちゃ……私1人、ココで寝てるワケには行かないもの……」
『駄目だよ。ボクが行く。命令無しでもやれるよ。レイカ様にもしもの事があったら、アズマ様だって哀しむもん……他の皆も回復ポッドに入れて。ボクが統率する』
パラケラスの強い決意を知り、また涙を流すレイカ。心の鎖が少し解かれた。頑丈だったハズの錠前がこじ開けられる様な感覚……
それでも、奥にある記憶は決してそれを許そうとしない。毎夜夢にまで見るあの醜悪な記憶が、それを阻止している……
「お初にお目にかかるよ。私は君の顔写真を既に見て、顔を知っていたがね」
部屋は紫色、調度品は黄金に輝き、ユキナリとアズマが立っている床の一部分は赤い絨毯が敷かれている。
初めて見る悪の組織の長の顔は、品があり、ひたすらに格好良かった。その存在感だけでも充分に彼の実力を感じ取る事が出来る。
「ずっとモニターで君の戦いを見ていた……素晴らしかったよ。3試合とも白熱したバトルが展開されていて私を飽きさせなかった……前座にしては上出来だね」
「前座……ですって?」
「フッ、君の戦い方は何処までも一直線で……信念に満ち溢れている。だが、やはりトレーナーとしての粗が目立つね。それでは、私を倒す事は出来ない……」
ユキナリは近くにあった回復ポッドにポケモンを入れると、回復を開始した。
「見たまえ、バトルを始める前に良いものを見せてあげよう」
そう言うとアズマは彼の背面にあるモニターを表示させた。大写しになったのは丁度このビルの玄関口付近の映像だ。
セイヤとホウ、そしてレイカのポケモン達が懸命に玄関口を守っている。負傷したカオスの組員達は警官達に取り押さえられていた。
戦う人の中には、シティから戻ってきたユウスケやルナ、ホクオウの姿も見える。
「今、窮地に立たされているのは我々の方だ。しかし、このバトルが終わった後君が負けていれば……君を片付け、彼等を追い散らすだけの力は充分にあると踏んでいる」
アズマは鼻にかけたサングラスを触ると、顔を歪めてみせた。
「回復は済んだかね?それでは始めるとしようか……私が出すポケモンは全て『あくタイプ』のポケモンだ……かくとうやむしタイプのポケモンを苦手とするが……君は持っているかね?」
「エビワラーを持っています」
「それは良いね。ますます我々向きの展開となってきた……この世の中を混沌から救ってみせる。その思いで私は組織の名前を『カオス』とした……
混沌に陥らせているのは君の方だよ、ユキナリ君……中途半端な実力が、どれ程私のポケモンに通用するのか見せてもらおう……」
回復ポッドに入れた6匹のポケモンが、全て回復した。ユキナリはまず、相手のポケモンを伺い、そしてポケモンを選ぶ。彼相手には一瞬たりとも油断は見せられない。
「戦ってくれ、ヤミカラス……」
バトルフィールドに登場したのは黒いカラスの様なポケモンだった。ユキナリ達の世界に動物は存在しないが、その説明の方が妥当だ。漆黒の羽をばたつかせてギャーギャー鳴いている。
『ヤミカラス・くらやみポケモン……昼間は森の奥で休み、夜になると漆黒の闇夜を彷徨う夜行性。
光るモノが大好きでそれを集めたくなる習性があり、宝石類は夜厳重に保管しておかないと盗まれてしまう。昼間眠っている時にニャースに集めた光り物を持っていかれる時多数』
(特殊能力は……?)
『特殊能力・あくまのめ……対戦するポケモンの技を知る事が出来る』
(相手はこっちの技を見通せるって事か……なら、互角であると見抜いてくれるハズ。このポケモンでなら、まずは手堅い一勝を得る事が出来るハズだ!)
ユキナリはボールを取り出すとガシャークを出現させた。
『シャ、シャ、シャ……一番手とは嬉しいぜマスター。俺様の実力を買ってくれたのか?』
『ホー、随分凶暴そうな御方だ……うちのメンバーと大差無いですな。私と戦うつもりですか……面白い。相手になってあげましょう。ただし、手加減は出来ませんよ?』
「元からそのつもりでしょう?僕達だって油断は出来ないんだ……」
「賢いね……君は。そうやって幾重もの障害を乗り越えてきたワケだ……こうして私と戦うまでに成長するまでの間に、出会いと別れを幾度も繰り返した事だろう……
それでやっと、私と互角なのだ。解るね?この違いが……私は元々、今の君程強いと言う事だよ!」
(解ってる……3人の強さが半端じゃ無かったから、その上に立つアズマさんがどれ程強いのか怖い……確かに怖いけれど、自分の強さも知りたい……僕はココで終わりにしたくはない!)
この戦いは今のユキナリにとって、ジムリーダーとの戦いを総括するものになりつつあった。胸の中には、戦った沢山の仲間との思い出が刻まれている。
ゲンタ、アオイ、ミズキ、メグミ、トウコ、オモリ、ユキエ……反目した時も、思いを同じにした時もあった……だがユキナリも仲間も本質的な思いは1つ。
誰が強いのか……そして自分は何処まで強くなれるのか。それに尽きていた。対するアズマは絶対の自信の中にいる。勝利する確信に満ち溢れている。
「君が、私と戦うと言う重み……受け止めよう。今の君ならば、私に抗う事は出来るハズだよ……例えそれが、敗北と言う形で終わったとしても……」
『要は……勝ちゃ良いんだろ?勝ちゃ!俺様の実力を教えてやるぜ――ッ!』
威勢良く飛び掛ったガシャークだったが、アッサリ避けられて壁に激突しそうになる。
『私は空が飛べると言う事をお忘れ無く……一方的に攻めてあげましょう……』
『ヘッ。今のはまぐれだぜ。俺が勝って、テメエより格が上だって所を見せてやる!』
空に飛び上がったヤミカラスは突然動かなくなった。輝きだし、力を吸収している様にも見える。今のうちとばかりにガシャークは『ねつのどくえき』をヤミカラスに当てた。
「ガシャーク、ゴットバードが来るぞ!全力で避けろ!!」
『俺の素早さをなめんなよ……サッサと来いやあ!!』
『ええ、今見せてあげますとも……神の一撃と言う代物を……』
ヤミカラスの体は白く光り、そのまま翼を広げると黄金の炎を纏って突撃してきた。ガシャークは大きく跳ねるとヤミカラスの一撃を紙一重で避けて着地する。
『さっきの一撃、効いただろ?シャ、シャ、シャ……』
『少しばかり、やり方を変えなければならない様ですね……こちらにも余裕が無くなって来ました……良い度胸ですよ。この私に『猛毒』をくらわせるとは……』
そう、毒液の当たった体は毒状態となり、確実に毒が体内を回っていく。徐々に体力が減っていく効果は絶大だ。
確実性で言うなれば間違いなく混乱状態や麻痺状態よりも使える。だが、ターンが経過しなければ意味が無い。
『奥の手を使わせてもらいましょうか……』
ヤミカラスは羽を畳めると闇の中に消えた。消えたヤミカラスに対してガシャークはかなりの狼狽を見せる。攻撃する相手が何処にいるのか解らない。
『畜生、何処だ……?』
『ココですよ』
背後から急に現れたヤミカラスが、嘴でガシャークを思い切りつつく。
『て、テメエッ!』
あまりの痛みに後ろを振り向いても、もうそこにはヤミカラスはいない。辺りを見回しても彼の姿は何処にも見えなかった。しかし狼狽している間にまたヤミカラスが出現する。
『どちらを向いているんですか?こちらですよ。こちら……』
また背後から出現したヤミカラスが風でガシャークを吹き飛ばし、今度は壁に激突させる。
『畜生……どうなってやがる……』
「だましうちだよ。攻撃力は60と少ないが必ず当たる技だ。攻撃が見切れない限り避けるのは不可能。ポケギアで見てみれば解るだろうが現在、君の方が不利だ」
確かに今の手痛い攻撃でガシャークのHPはイエロー……丁度中間辺りにまで減らされてしまった。対するヤミカラスは猛毒を負ったもののダメージ自体は大して受けていない。
『マスター、確かにコイツ……今までの敵とは少し違う!』
荒い息を吐きながらガシャークは辺りを見回した。敵もターンを稼がせたくは無いだろう。続けざまに攻撃を行い、一気に畳み掛けようとしてくるハズだ。ユキナリにもそれは解っていた。
「ガシャーク、無闇に動くな!攻撃が必中するならば、相討ちを狙うしか無い!」
『……相討ちか……』
ガシャークは心眼を研ぎ澄ませようと視界を暗闇に閉ざした。些細な音がきっかけになる。
(どんな物音も聞き逃すな……俺様の全神経をそれだけに集中させるんだ……)
「ユキナリ君……本当に面白いトレーナーだね君は。窮地に陥っても必ず的確な指示を与え、ポケモンを助ける。私とは対極に位置するトレーナーと言うワケだ。
だが、真に強いのは指示を与えなくとも動ける優れた手駒なのだよ。ヤミカラスもその一員になる……」
ガシャークの背後で物音がした。反射的にガシャークはそちら側に飛び掛る。
『フェイントですよ。』
全く違う方向から出現したヤミカラスが再びガシャークを壁に叩き付けようと翼を広げた。
『ああ……解ってる!』
反対側に出現したヤミカラスの顔面に高熱の毒液が噴射される。
『ガアアアッ!わた、私の顔によくもッ!!』
ダメージを受け、のたうち回るヤミカラスには最早、牙を見せて迫ってくるガシャークの姿を確認する余裕など残されていなかった。翼を噛まれ、再び毒を注入される。
『ゲームオーバー、だッ!』
床に倒れ込んだヤミカラスが動かないのを確認すると、ガシャークはここぞとばかりに猛毒の染み込んだ爪をヤミカラスの体に打ち込んで腹を抉った。ヤミカラスが断末魔に似た叫び声を上げる。
「ガシャーク、今のでレッドゾーンだ。そのまま反撃を許さずに決めろ!」
『ヘヘッ、戦略上手はやはり俺様のマスターって事だな。連携しなきゃ勝てねえぜ』
『クウッ……クエ――――ッ!!』
ヤミカラスの口から圧縮されたシャドーボールが飛び出し、その攻撃がガシャークの顔面に命中した。
『シャアア――ッ!!てめえ、俺の視力を……』
顔面に当たった瞬間爆発したその攻撃がガシャークの視力を奪った。だがヤミカラスも同様に先程の毒液で視力を失っている。両者は互いの肉体を探してフラフラと彷徨い始めた。
その間にもヤミカラスの猛毒ダメージは累積していく。しばらく歩いた後、電池が切れた様にヤミカラスが倒れた。
『マスター、奴は……奴はどうなった!?全然見えねえ!』
「猛毒のダメージで戦闘不能になったよ。ガシャーク、次の戦いはもう無理だ……」
『まだ……やれる!HPが1でも残っている限り、俺様が諦めるなんて無様な真似出来るか!』
アズマは余裕の表情でヤミカラスをボールに戻した。
「その戦略は敬服に値するよ……だが、最終的には私が必ず勝つ。君が幾ら努力しようと私には最強の盾がいるのだ。
逆に言えば、早く楽になった方が絶望せず、逆に幸せでいられるかもしれない……それでも、この不毛な戦いを続けるのかね?ユキナリ君……」
「勿論です。貴方に勝つか負けるかは解らないですけれど、戦闘放棄はトレーナーの恥ですから!!」
「大きく出たね。それでこそ私に挑むべきトレーナーだよ……今まで何人もの正義感ぶった若造が私に挑んだが、皆ことごとく潰された……
最強の登場を待たずして、自らの弱さに絶望したものだ……そして彼等は私の大切な幹部達の力により屈服するか消されるかした。
覚悟が必要なのだよ私と戦う為には……その覚悟を君は既に持っている。立派な事だ」
アズマは笑うと、次のポケモンをバトルフィールドに出現させた。
『グルルル……アズマ様、俺の相手はコイツですか?手応えが無さそうな蛇だ……』
灰色と黒に彩られた、地獄の番犬を連想させるかの様な佇まい。凛とした姿から溢れる闇のオーラ……2匹目にしてアズマは既に切り札に近いポケモンを使ってきている。
(な、なんて強そうなポケモンなんだ……アズマさん同様、気品と威厳に包まれている……一筋縄じゃいかない感じだ。とにかく、今は敵の情報を仔細に調べないと……)
『グラエナ・かみつきポケモン……優れたトレーナーの命令にしか従わない自尊心の強いポケモン。野生のグラエナは仲間を率いて集団で草食ポケモンを襲い、見事な連携プレーを見せる。
餌を確実に仕留める為に初速からいきなり全力疾走出来る足を持っている事も有名』
(特殊能力は……)
『特殊能力・やせいのほんのう……ターン経過毎にゆっくりと回避率上昇』
(総合戦闘力を見ると素早さと攻撃力が特に秀でている……タイプとしてはコセイリンや今フィールドに立っているガシャークに近いな。攻撃方法もガシャークに極めて近い……)