第8章 3話『魂を貫く一撃』
カブトプスのダメージは蓄積されて始めて大きなダメージとなるが、ガシャークが受けたダメージは1発当たればそれだけでHPが大きく減ってしまう。
両者は一歩も譲らず、HPの削り合いは熱を帯びてきた。こうなってしまうともうどちらも止められない。
『ウウウウ……キシャアア――ッ!』
『五月蝿え!さっさとくたばりやがれ!』
毒の楔はしっかりと打ちつけられており容易には引き剥がせない。だがコレは逆に近距離の攻撃を信条とするカブトプスにとっても有利な展開になっていた。
『シャウッ!』
腹にしっかりと噛み付いているガシャークに鋭い鎌が振り下ろされた。腹を抉り、手痛いダメージを与える。ガシャークは激痛に耐えながら逆にポイズンクローを放った。
『雑魚が……ノロマな水ガメが、俺様に勝てると思ってるのかッ!!』
『キッ……シャ―――!!!』
両者のHPは確実に減ってきている。だが抜きつ抜かれつのデットヒートが続いていた。どちらが先に倒れてもおかしくは無い。接近戦で勝負を挑んでいるのだから尚更だ。
「チッ、もう少しふんばりやがれカブトプス!誰がお前を俺の大事な手駒にしてやってると思ってるんだ!」
ホウの呼びかけに応える様に、カブトプスは『かまいたち』でガシャークの体を滅茶苦茶に斬った。
『放さねえ……絶対に放すもんか……俺様が、誰よりも強いんだ!マスターの為に勝ってやる!』
カブトプスの動きも毒のせいで鈍ってきていた。腕の動きがだんだんと遅くなる。足元がふらつく。しかし先に倒れたのはかまいたちの強烈なダメージをまともにくらったガシャークの方だった。
首の皮一枚残してカブトプスがフィールドに立ち、雄叫びを上げる。それでも大した差は無かった。
「健闘したな……コレでまだ解らなくなってきたワケだ……俺とお前の差は決して開かない。最後には俺がお前を屈服させてみせるぜ。負けたセイヤの悔しさを、味あわせてやる!」
ユキナリはガシャークをボールに戻すと、呼吸を整えて今自分の置かれている状況を確かめた。
(バトルの前半戦はココで終了したと思って良い……接近戦を得意とするカブトプスはもう満足に戦える状態じゃ無いだろう……こうなれば長距離のエキスパートを出して次のポケモンに繋ぐしか無いか!)
ユキナリは頼りにしている仲間が入ったボールをフィールド上に投げた。自由奔放でおてんばで、ちょっと大人の色香を漂わすヤナギレイの登場だ。
『あれ、あの相手はもう既に他の人と戦っていたんですか?』
「ガシャークがHPを14まで減らしてくれた。カブトプスの素早さも大分鈍っているハズだ。毒状態にもなってるから次のポケモンとの戦いに全力を尽くしてくれ」
『じゃあ、張り切っていきましょう!頑張ります♪』
「カブトプス、相手は女だ。女にお前が引けを取るハズは無え。全力で飛ばせ!」
『キ……キイイイ……』
開始前から既にカブトプスは満足に戦える様子では無かった。今立っているのも自尊心と魂が体を支えているからである。
何とかガシャークに勝利したカブトプスには既にさらなる戦いに挑む気概が失われていた。だがホウが発破をかけると何とか動こうと必死にもがき始める。
「試合開始で宜しいですか?ホウさん」
「フン、次で巻き返せば良いんだろ。好きにしろ……」
少しふてくされた表情をしながらホウはそっぽを向いた。
(本気でやってるってのに何てザマだ……俺は所詮二流なのか?セイヤと同じ運命に立たされてんのか?……馬鹿な、俺は奴とは違う……リターンマッチに後は無えんだ!!)
ホウはセイヤと違い直情的になる癖があった。心の闇の中に本性を隠すセイヤとは違って彼が苛立っているのが傍目から見てもしっかり解る。動揺を隠せない様だ。
「いけ、ヤナギレイ!シャドーボールでとどめを刺すんだ!」
『解りました、マスター♪お役に立って見せますからね!』
軽く掌を振った瞬間に紫色の球体が相手の動きに合わせて飛んでいった。よろめきながらも何とか近付こうとするカブトプスはその直撃を受けてバッタリ倒れる。
『予定通りですね♪』
「やべえ、落ち着け……落ち着け……ココで焦っても得にはならねえ……」
互いに動揺は禁物である。だが今まで数々の戦いを潜り抜けてきたユキナリとホウでは、戦歴の差が大きく出ていた。精神力では完全にユキナリが彼を上回っている。
(勿論、ホウさんのポケモンは今の僕のレベルと同じ……いや若干あちらが上だ……油断するな、油断して良い相手じゃないんだ。弱いからこそ今まで足掻いてこれた……)
ユキナリの前に投げ出されたボールの中から4匹目のポケモンが顔を出す。
『フュルルルル。フュルルル……フヒュヒュヒュ……』
オムスターだ。先程フィールドに出現していたカブトプスよりも素早さは劣るが、技のレパートリーや全体で見る戦闘力は決して侮れない。またみず・いわだ。
「いわの弱点はみずだ。その弱点を補うポケモンは決して大きなリードを許す事は無え。ゆっくりと相手のダメージを削っていくってワケだ。フフフ……」
(ヤナギレイの技では有効なダメージを与える事は出来ないな……対等に戦えるサイコキネシスやシャドーボールで戦っていくしか無さそうだ……ポケギアでチェックしなきゃ……)
『オムスター・うずまきポケモン……太古の昔、ベルム紀の頃には一大勢力を持って世界に君臨していたとまで言われている。鋭い牙と強靭な顎で魚や小さい貝を捕食していた。
触手は自由自在に伸び縮みし、近寄ってきた魚を粘着質になっている先端で捕獲して食べていたらしい』
(特殊能力は……)
『特殊能力・するどいきば……かみくだくを使った場合急所に当たる確率1.5倍』
(厄介な特殊能力でも無さそうだ……かみくだくがそう簡単にヤナギレイに当たるとは思えない。でも用心してかからない事には……)
『何か見た目とても気持ち悪い顔してますね。凄く失礼ですけど……』
『フヒュヒュヒュヒュ……』
『……笑ってるんですかね?こっちの言葉理解してるんでしょうか……』
「少なくともホウさんの言葉は理解してるみたいだよ。命令は出さないから意味は無いけど……」
「このオムスターも組織のトレーニングルームで強化し、適度な食料と薬物で鍛え上げた最高の手駒だ。俺は絆は信じない。野生の獣は、鍛えてこそ真価を発揮するからな!」
何処までも、あの時の屈辱を片時も忘れる事無く、ひたすらポケモンを奴隷と卑下する事で世界征服へと突っ走ってきた。
全ての人間がポケモンの影に脅える事無く暮らしていける世界を夢見て。ユキナリと全く相対する故に、2人は今ココで戦っているのだ。
「ホウさんの気持ちは理解出来る……だけど、僕は退けない!兄さんの為にも、ユウスケの為にも……何より、愛情を持ってポケモンと接している沢山のトレーナー達の為に!」
「たった1人で世界を背負うのか?傲慢だな。俺達は大勢で世界を変えてみせる!もう誰にも、俺達と同じ辛い思いをさせたくないからな……破滅する前に救ってやるんだ!」
先に動いたのは何本もの触手を持つオムスターだった。相手を捕らえて接近戦に持ち込まんと触手を伸ばして相手を追尾する。だがヤナギレイの素早さは空中でならガシャークより速い。
上手く相手を翻弄すると触手同士を絡ませて動けなくさせてしまった。
『フューッ!』
唐突に叫ぶとそのオムスターの口からハイドロポンプが放射された。強い水流がヤナギレイ目掛けて飛んでくる。それを避けた所で触手の1本に触れてしまった。
『ど、どうしましょう……』
あっと言う間に触手はグルグルヤナギレイにまとわりつき、何やらいやらしい雰囲気を醸し出している。目を細めるとオムスターはヤナギレイを引き寄せ始めた。
「かみくだく攻撃を使うつもりだ!何とか抜け出せ!」
『気持ち悪いですね……このベタベタしたの。千切ってしまいますよ!』
簀巻きにされたヤナギレイの掌底から放たれたシャドーボールはぶちぶちと連鎖的に触手を破壊し、難なくヤナギレイは脱出する事が出来た。
反撃開始とばかりにヤナギレイはシャドーボールを放つ。だが解けた触手の束がそれを弾いてしまった。
「迂闊に動けない相手だな……戦略の幅が広そうだ。とにかく今は、相手の隙を伺っていかなきゃ……ヤナギレイ、距離を取ってサイコキネシスを放ってくれ!」
『解りました、マスター♪』
距離を取ったヤナギレイに対して触手とハイドロポンプの2重攻撃が続く。要領を掴んだヤナギレイはどちらもすいすい避け、そして両手から紫色のオーラを放った。
『幾ら何でも、コレは弾き返せませんよ!』
触手は伸ばせても、動きが大変鈍いオムスターには攻撃を避ける術が無い。おまけに弾き返せる類の攻撃では無いのでその攻撃をまともにくらってしまった。
「何をやってやがるんだ!あんな小娘、お前にはどうって事無いだろ!!」
オムスターはやっと解けた触手をまた伸ばして襲い掛かってきた。もう慣れたと言った風情で軽く避けてみせるヤナギレイ。もう1度サイコキネシスを放ちダメージを与える。
『フヒュルルルル……フヒュルル……』
オムスターは自分の立場が悪くなった事に焦りを感じている様だった。いくら触手を伸ばしても巻きつけない。巻き取れない状況が続く。
何時の間にかオムスターのHPはレッドゾーン手前にまで追い詰められてしまっていた。ヤナギレイは余裕で攻撃を回避している。
『ハイドロポンプもその気持ち悪いのも、簡単に避けれますね♪』
「相手の反撃を許さずに一気に攻めるんだヤナギレイ!油断は禁物だ!」
『フヒューッ!』
その油断はまさに命取りとなった。ヤナギレイを囲むかの様に触手が包囲網を組み、徒党を組んで襲い掛かる。幾ら素早いとは言えど、網にかかってしまえば元も子も無い。
『フュルルルルル……ヒュ、ヒュ、ヒュ……』
さらに目が細くなったオムスターはヤナギレイを触手の網で締め付け、先端の粘着質の部分からヤナギレイの体力を奪い始めた。『きゅうけつ』である。
『何か……体中が痺れる様な感覚がします……』
動きを封じられ成す術も無いヤナギレイ。一方少しずつではあるが順調にオムスターの体力は回復し始めている。これ以上体力を奪われてはたまらない。
「ハイパーボイスの衝撃で抜け出すんだ!声は出せるだろう!!」
『そ……そうですよね。それじゃ……ウワ―――ッ!!』
声の衝撃と言う物があるとすればまさにコレだ。目に見える衝撃が網を破壊していく。
声の伝わりと言うのは水溜りの波紋と同じ広がり方をするが、それもまさに同じで、ユキナリもホウも鼓膜が破れんばかりの絶叫に思わず耳を塞いだ。
オムスターはいわタイプを持っているのでそれ自体のダメージは薄い。オムスターとヤナギレイの体力はこれで並んだ。またどちらかが自らのペースに運んでいく展開になる。
『マスター、大丈夫ですか?』
「うう、ちょっと耳が痛い……でも大丈夫。オムスターには効果が薄いから僕に構わず攻め込まないと。すぐまた触手が再生して捕まえようとしてくるよ……」
「あんな技まで持ってやがったのか……忘れてたぜ。ヤナギレイは技のレパートリーが非常に豊富なんだ。それでいて逆に相性は最悪なんだが……」
ホウは耳の痛みを堪えながらも、絶対にフィールド上から目を離す事は無かった。オムスターは破壊された触手を再生し、再び襲い掛かろうとする。
どうやら捕まえた後の効果的な攻撃を思いついたらしい。少々顔がにやけている。
『ヒュヒュヒュヒュ……』
『ならばこちらも数打ち戦法で行きますよ!』
ヤナギレイの最も得意な技、シャドーボールは溜め打ち、乱発が可能な優れものである。
時間が無い故攻撃を溜めるのは難しいが、小粒のシャドーボールを何度も当てていけばダメージ蓄積により勝利出来る。ヤナギレイはそう考えたのだ。
『たああああ――ッ!!』
両手から別々に、小さな球体が発射され、触手を破壊したり本体のオムスターに当たったりした。無茶苦茶に放っている為逆にオムスターもその攻撃に対応する事が出来ない。
暫く続いた所で一気にレッドゾーンまで体力を削る事に成功した。だがヤナギレイも体力の半分を既に持っていかれている。最後まで決して油断するワケにはいかない。
『これで、終わりです!』
サイコキネシスを放とうと身構えたヤナギレイの背後から触手が背中に付着した。背後の防御が手薄になっていたヤナギレイは凄い勢いで壁に叩き付けられる。
間髪入れずにハイドロポンプがヤナギレイの体に命中した。止まっている的への命中精度は抜群で、ヤナギレイもほぼ瀕死の状態に陥ってしまっている。
「よし、よくやったオムスター、とどめを刺せ!」
オムスターはここぞとばかりに触手を床に付け、その反動による勢いを利用してまるでバネの様に飛び上がり、ヤナギレイの近くまで一気に移動した。
触手でヤナギレイを再び簀巻きにし、鋭い歯で頭に噛み付こうとする。
「ヤナギレイ、目を覚ますんだ。危ない!」
ヤナギレイはすんでの所で覚醒し、口からハイパーボイスをお見舞いした。
だがダメージを受けているにも関わらず無理やりに頭を噛み砕いたオムスターが、そして彼の体内に衝撃波を送ったヤナギレイも同時に戦闘不能状態になってしまったのだ。
「一歩も譲らねえな……まあそれでこそ倒す価値があるってモンだ……」
ホウはヒゲ面の顔を少し歪めると、また何時もの寂しそうな能面の顔に戻った。今まで戦ってきた幹部は全てそんな顔ばかりしている。
ユキナリはまだ見た事の無いアズマの顔に思いを巡らせた。彼もまた、そんな顔をするのだろうかと。
「あと2匹か……こっちもお前も互いに2匹。ここまで俺達は全く互いに退かず、戦ってきた。どっちかが勝つのは解ってる……だが、俺が負ける未来にはしたくねえな。
この戦いはお前の精神力を疲弊させる役割も持っている。ココで俺が万が一倒れたとしても、レイカと、アズマ様が仇を取ってくれるだろう」
実際、ユキナリは4連戦等初めての経験だった。必ず間があり、自分を見直す余裕も出来ていた。だが今はその余裕などありはしない。
常に勝利のプレッシャーに押されて追い詰められている。負けるワケにはいかない戦いなのだ。全ての戦いが。
(まるでリーグの人達と戦っているみたいだ……擬似四天王戦と言えば良いのだろうか。こんな強い人達と戦って、僕はまだ互角でいる……
きっと、本当の四天王はそれより遥か上の場所に立っていると言うのに……尚更、負けられない!!)
「最後に笑うのはカオスか、お前の様なトレーナー達か。それがどちらなのかを教えてやるぜ!」
ホウは土色のボールを投げた。閃光と共にポケモンがフィールド上に姿を現す。
『ゴアアア―――ッ!!ギャオ――ス!!』
「アーマルドか……!」
あの時と同じ巨大な体躯。大きさは変わらないが戦闘力は前と比べて格段に向上している。
「手駒として言うなれば王を守る金将って所か。6匹の中では切り札の次によく育った……」
『ゴアアアーーッ!ヴヴ、ヴヴヴ……』
唸りながら向こう側のフィールドを凝視するアーマルド。それに応える様に、ユキナリもフィールドにポケモンを出現させる。切り札として残しておくべきはコセイリンだ。ならば……
『これはまた何と巨大な……私の相手として不足は無い。そうであろう、マスター……』
出現したフライゴンも負けず劣らずの巨体である。2体の決戦はまるで怪獣映画の様だ。
「ドラゴンタイプのポケモンか……弱点を攻められねえ所は向こうも同じだ。気合入れて殺れ!」
『ゴオオオオ……ヴガッ!!』
『醜悪な怪物め。今私が楽にしてやる……』
互いに睨み合い、一触即発のムードが漂う室内。ホウの表情も何処と無く引き締まっている様な気がする。どちらも相手の弱点を突けないのは解る。そうなれば、後は実力勝負だ。
『ガア――ッ!』
空中に突如巨大な岩石が出現し、アーマルドはそれを掴むと即座に投げつけた。
『クッ!舐めた真似を!!』
岩石はフライゴンには当たらず、壁に当たって粉々に砕け散った所で消えた。
(特殊能力のヘビータックルの事もある……直接攻撃の与える威力は半端なモノじゃないだろう……)
ユキナリは息を呑んだ。一発一発の攻撃力が極端に高いアーマルドの事だ。動きは多少鈍いが当たればひとたまりも無い。この戦いは絶対に油断出来ないのだ。冷や汗が流れ落ちた。
『今度は私の番だ!』
巨大な爪がアーマルドの装甲に傷を付ける。まるで甲冑の様な皮膚のアーマルドにもドラゴンクローは効くのだ。防御に若干の問題があるアーマルドのHPはかなり減った。
「へっ、多少減った所でそれがどうしたってんだ。アーマルドの馬力は最後まで残る。何発ダメージが当たろうと、最後に1発デカイ当たりを見せればそれで良い!」
『ゴオオオ……ゴアアアア――ッ!!』
アーマルドは雄叫びを上げると口から凄まじい勢いで泥水を噴射した。じめんタイプを持っているフライゴンは例えドラゴンタイプであってもみずタイプの攻撃を普通に受けてしまう。
『ばっ、馬鹿な!速い……!!』
壁に叩き付けられ、地面に落とされるフライゴン。その隙を見逃す事無く、再び大岩が頭上から落下してきた。最早こうなると避けようが無い。頭に直撃したダメージも追加される。
「チッ、タフな奴だ。どちらも直撃だったハズなのにまだ半分も減ってねえ……」
体力の多さに関してはフライゴンがチームのトップを張っていた。ドラゴンタイプは全ての能力値が満遍なく優れているエリートポケモンである。
それにフライゴンの場合はいわもみずもそれ程大きなダメージにならない。いわ等はダメージを受ける量が半分になる位だ。
『ゴウウウウ……ギャオ――ス!』
アーマルドも自分の攻撃が大して効いていない事に対してかなり立腹している様だ。苛立ちを隠せずに興奮しているのがすぐ解る。フライゴンはまた上空に舞い上がった。
『反撃開始といくか……』
空気を震わせるとアーマルドが立っている床がグラグラと激しく揺れ動き始めた。立っている限り何処にいても攻撃をくらってしまう。アーマルドは立っていられず、滑って頭を思いっきり打った。
「良いぞフライゴン!相手の反撃を許さずに、一気に攻めるんだ!」
『仰せのままに、マスター……』
憤怒の表情を浮かべながら立ち上がろうとしたアーマルドの腹に緑色の炎が噴射された。その炎はアーマルドの腹を焦がしHPを減らしていく。既にアーマルドとフライゴンのHPの差は歴然だった。
(あのアーマルドがここまでHPを簡単に失ってしまうなんて……フライゴンは強い!強過ぎる!)
「アーマルド、お前の実力はそんなものか?いわポケモンの誇りを見せてみろ!!」
『ゴウッ!!』
発破をかけられたアーマルドは雄々しく立ち上がると、再び泥水を出現させ、波にするとそのまま放った。汚れた水が大波となってフライゴンに押し寄せる。
荒れた水に抗う術も無くフライゴンはそれに巻き込まれてしまった。泥水はそのまま渦を描きフライゴンのHPを削っていく。
『ガア――――ッ!!!』
(あ、あんな必殺技を隠し持っていたのか……!いや、それでもまだ手は打てる。フライゴンのHPも減っているけどアーマルドにあと1回、大技をぶつければ勝ちだ!こっちが勝てる!)
「反撃をさせるな、一気に押し潰せ!!切り札を出すまでも無えぜ。ハハハハ……」
ホウは笑いながらこの戦いを見ていた。技と技のぶつかり合いに全く目が離せない。
『私がこんな化物に負けると言うのか……否、ありえん!!』
フライゴンは必死にもがき、水中をひたすら蹴ったり手を振ったりして顔を出そうと懸命に泳いだ。だが渦の引き込む力は強く、洗濯機の中の様に揉まれて息が吸えずにダメージだけが加算していく。
「まだだ、まだ勝負はついちゃいない。最後の最後まで僕はパートナーであるポケモンを信じる!」
「アーマルド、さっさと片付けてコイツの最後のポケモンを拝んでやれ!」
その時、やっとの思いで渦から顔を出したフライゴンが発射したりゅうのいぶきがアーマルドの額に命中した。
あまりの熱さに集中力を乱して渦の力が弱まった瞬間に、フライゴンはその隙を突いて泥水の中から飛び出した。そして最後の力を振り絞って急降下し、そのまま頭に噛み付く。
『ギャオ――ス!ギャオ――ス!!』
何とかフライゴンを引き剥がそうと頭を振るものの、ナックラーの頃から染み付いていた根性は健在だった。そのまま頭蓋を噛み砕き、重たい体を床に叩き付けさせる。
『マスター、この様な醜悪な輩に反撃を許すなど、不覚を取りました事、お詫び申し上げます……』
「何とか勝てた……心臓に悪いよ。毎回毎回薄氷を踏む様な、綱渡りを繰り広げてるんだもん……」
「クソッ!やはり一筋縄じゃあいかねえか。ココまで追い詰められるとはな……だが、俺にもプライドってモンがある。今度こそ勝って、アズマ様に俺の強さを見てもらう絶好の機会ってヤツだ!」
床に倒れているアーマルドをボールに戻すと、ホウは不敵な笑いを浮かべてユキナリの方を向いた。
「見事な戦いだったぜ。俺の育てた優秀なる手駒を次々と倒しココまで来た……しかし!ココがお前の墓場になる事実は絶対に揺るがねえ!俺が倒さなきゃ意味が無えんだ!絶対に潰す!!」
ホウは確信に満ちた表情を浮かべると最後のボールを取り出した。
「ユキダルマもレベルを上げるのには苦労したぜ……お前との距離を縮めるにはセイヤ以上の努力と時間が必要だった……奴以上に訓練させた。総合戦闘力のバランスも考えた。
いわポケモンの最大の弱点である素早さも克服した。いわば欠点の無い、完全無欠のいわポケモンが俺の最後の切り札だ!
残り少ないHPのフライゴンを料理して、そしてメインディッシュとなるコセイリンもコイツが叩き潰してくれる……泣いても笑っても俺との勝負はコレで終わりだ!」
ホウはキッとフィールドを凝視すると、自分を納得させるかの様に頷いてボールを場に投げ入れた。落ちたボールから白煙を上げてポケモンが出現してくる。
『ゴフルルルル……ウオ――――ン……』
「ユキダルマ……ゴローニャ変種……いわとこおりと言う鋼並みの防御力を持つポケモン……」
HPがレッドゾーンになっているフライゴンではまるで勝ち目が無かった。一発当たればもうそこで終わりである。最後のポケモンが相棒コセイリンである事も若干心許ない。
コセイリンの炎攻撃がいわタイプ含有のせいで効果を発揮しないのだ。だが逆に相手の氷攻撃も普通になる。
『マスター、潔く散ってきます……ですが、私にも竜としての誇りがある。せめて一太刀は……』
「無駄だ無駄だ!お前の攻撃なんか、ユキダルマには蚊が吸った程度にしか感じねえぞ!」
フライゴンを嘲笑うホウ。ステータスを見てもその余裕の理由がよく解る。あのイレギュラー的に強いコセイリンと比較しても総合的な戦闘力に遜色は無いからだ。
あれから空白の時間が続いたが、その間にこれ程まで強くしていたのかと、焦りを感じずにはいられない。
『私の心は折れん!ココで負けても、仇は必ず仲間が取ってくれる!!』
フライゴンは翼をはためかせ、遠くからりゅうのいぶきを放った。だがその攻撃は凄まじい吹雪によって掻き消されてしまう。
それを避けた所で強力なスピンがかかったアイスボールが腹に命中し、そのまま力尽きて倒れた。ユキナリは俯きながらフライゴンをボールに戻す。
(何時もこうだ。一進一退の攻防の末に、追い詰められて絶体絶命の窮地に追いやられる……それでも何時も僕は諦めなかった。
最後の最後、HPが1になっても粘るその往生際の悪さで、勝ち抜いてきた……だからホウさんとの最後の戦いも……絶対に負けない!)
ユキナリは覚悟を決めるとボールを投げ、切り札であるコセイリンを出現させた。
『ホウさんとのラストバトルですね。ユキナリさん……僕を頼ってくれると信じてました』
『ゴフッ?……ウウウ……ウオオオ―――ン……』
まだ会った事も無い強敵と対峙する喜びか、果たして自分を倒そうとしている者への怒りなのか、ユキダルマはかなり興奮している様子だった。ドスドスと地面を足で何度も踏み付けている。
『あそこまで強そうな相手と戦うのはやはり何回やっても緊張しますね……でも、ユキナリさん……僕等は何時も勝ってきました。決して折れず諦めず、ココまで来れたんですから!』
『ウオオオオ……』
人語も忘れているのか、ポケギアを介してもユキダルマの口からはまるで吹雪の様な音しか聞こえてこない。本能のまま、ただ目の前の相手を倒す為に生まれてきた殺人マシーンの様だ。
「よーしよし、落ち着け……まだだ……もうすぐ狩れるから大人しくしてろ……」
(解ってる……前回の戦いで戦いを長引かせるのは危険だと解ってるから、早い段階で優位に立っておかないと……素早さならコセイリンの独壇場だ。
幾らパワーアップしたとしても、それ以上に大幅なレベルアップを果たしたコセイリンが負けるハズは無い……そう、信じたい……!)
「……よし、覚悟は良いか?殺れ!!」
『ヴオオオ―――ッ!!』
バトル開始と同時に動いたのはユキダルマの方だった。いきなり小手調べとばかりに強力な地震攻撃を見舞ってくる。
こおりとほのおと言うタイプと、イレギュラーなまでの攻撃力で言えば、確かにコセイリンのバランスは取れていた。互いに相性が弱点を包まず、沢山の弱点を生んでいる。
じめん・いわ(4倍ダメージ)・みず・かくとうがよく効いてしまうのだ。そうなるとゴローニャから派生したユキダルマがじめん・いわタイプの攻撃を持っていても全く不思議では無い。
『くッ……!』
腕をクロスさせて身を固め、防御の姿勢を取り強大なダメージを避けようと必死になるものの、元々一発の攻撃力が大きいユキダルマから受けたダメージが少なくなるハズが無かった。
防御力も高いコセイリンが、その一発であっと言う間に半分のHPを削り取られる。
「ハハハ、手も足も出ねえのか?ホラ、もっとやっちまえ!」
『今度はこっちの番ですよ!』
コセイリンは両手を合わせるとその両手をそのまま空に掲げ、熱湯が降りかかる雲を作り出した。
『貴方に勝つ為には、さっきの様な大技を撃たせる前に決めるしかありません!』
その瞬間ユキダルマの頭上から大粒の熱湯雨がバケツをひっくり返した様な勢いで降り注いできた。ユキダルマの表面がじゅうじゅうと溶けていく。そのあまりの熱さにその場から動く事も出来ない。
「くそっ!あんな技、何時手に入れやがった……計算外だな……」
今度はホウが焦る番だった。いくら強大な攻撃力を持っていようと、発動出来なければそれは意味を成さない。
『何回でも、浴びさせてあげますよッ!』
今度は両手を前に差し出し、掌底から青色の炎を放つ。『せいなるほのお』だ。火炎放射に匹敵する攻撃力を持つこの攻撃が、熱湯に打たれて苦しんでいるユキダルマの顔にヒットする。
『熱湯であろうとも、僕の攻撃が僕の攻撃によって打ち消される事はありませんからね。』
『ヴヴヴヴ……ヴガアアア――ッ!!』
「落ち着けえッ!こんな大事な時に精神を乱すんじゃねえ!サッサと脱出しろ!」
ホウの呼びかけも最早ユキダルマには聞こえていない。ダメージが蓄積して逃げられない。フラフラの状態になりつつある。
ポケギアでチェックしてみると、この相乗攻撃でHPはレッドゾーン手前にまで差し掛かっていた。
(コセイリンの攻撃でさえもコレで抑えてしまうのか……並のポケモンだったらせいなるほのおをくらっただけでも危なくなるって言うのに……防御力が半端じゃない。
下手にHPを残すのは危険だ。早く決着を付けなきゃ!)
「聞こえねえのか、そこから脱出しろって言ってんだ!早く!!」
セイヤと同じ様に無頼を気取っているハズのホウが狼狽して何時もの冷静さを完全に失っている。必死になって呼びかけても、その大雨の中では声自体が雨に掻き消されて聞こえなかった。
『ゴフルルル……殺ス……絶対、殺スゥッ!!』
自暴自棄になったユキダルマはその巨体を発光させると、大爆発の準備を始めた。
「や、止めろッ!その位置では大爆発しても奴に大したダメージを与える事は出来ねぇ!!」
『ココで大爆発させるワケにはいきませんよ……もう、一押しですからね、ユキナリさん!』
コセイリンは息を大きく吸い込むと、口から青い炎を吹き出した。バーナーの如き勢いで噴出した炎はユキダルマの溶けた体にさらなる追い討ちをかける。雪が溶け、岩の部分が露出していた。
こうなってしまうと見た目はゴローニャと殆ど変わりが無い。ポケギアで相手のHPを確認すると既にレッドゾーンに突入していた。あと少しでユキダルマは倒れる。
『ヴ……ヴ……ブッ、殺スウッ!!!』
ユキダルマは手足を引っ込めるともの凄い勢いで回転し始めた。床に出来ている水溜りをその回転の速さで飛び散らせている。その回転で落ちてくる雨をも弾き始めた。
『ゴフルルルル……ヴオオオッ!!』
『ま、不味いッ!距離を……』
その瞬間、発射された巨大な球体は白く光りながらコセイリン目掛けて突進してきた。爆発は秒読みまで迫ってきている。
咄嗟に横っ飛びで避けるものの、それを見越したかの様に壁の寸前で激突せずに強引に軌道を変え、再び体当たりして自爆しようとしてくる。
『……こうなったら、衝撃で爆発してしまう体になっている事を利用するしかありませんね……』
コセイリンはすうっと息を吸うと、向かってくるユキダルマに向かって吹雪を吐いた。吹雪の勢いが軌道をずらし、そして粉雪が当たってユキダルマの爆発を誘う。
だがあくまでも近くで爆発しなければ相討ちは失敗に終わる。ココで再戦に持ち込む為にも、ユキダルマは是が非でも体当たりしなければならないのだ。それでももう残り時間は数秒しか無い。
『ガアアア――ッ!!!』
まるでフラフープが戻ってくるかの様に、ユキダルマは大きくジャンプすると回転している方向を無理やりに変えて突進してきた。
不意に背後から向かってきたユキダルマの動きに対応出来ず、コセイリンに当たる直前でユキダルマが爆発する。
「やったぜ!」
カッと部屋全体が白く光り、凄まじい眩しさと同時に耳を塞ぎたくなる様な爆音が鳴り響いた。その爆風でホウもユキナリも足元が少々ぐらつく。風が彼等の衣服をはためかせる。
「……よし、コレで再戦決定だな……」
白煙が立ち上り、何が起こっているのか、どうなっているのか解らない。ユキナリは反射的にポケギアを見た……コセイリンのHPは残っているのかどうか。
『ユ……キナリ……さん……』
か細く聞こえてきたコセイリンの声に、ホウは自分の耳を疑った。
「なん……だと……!?俺が……馬鹿な……」
ヨロヨロと、倒れそうになりながらも爆発の威力でボロボロになった、黒焦げのコセイリンが歩いてくる。傍らには木っ端微塵に砕けたユキダルマの体の破片。
まさに最後まで薄氷を踏む様な勝利であった。HP残り6。ユキナリの勝利確定である。
「畜生―――ッ!!この俺が、カオスの大幹部であるこの俺が、何故だあ――ッ!!」
ホウは頭を抱えうずくまると、地獄の底から聞こえてくる様な声を部屋全体に響かせた。
「畜生……あれだけ、打倒ユキナリの為に奴等を育ててきたってのに……アズマ様に会わせる顔が無えよ……こんな、こんな馬鹿な事が……負けたのか、俺が?」
そのまま床に手をついて呆然とするホウ。自分が負けたと言う事実は目の前にあると言うのに、その事実を実際に認める事がどうしても出来なかった。
自分が立っている場所が崩れていく様な感覚が彼を襲っていたのだ。ユキナリはコセイリンをボールに戻した。
「くそ……そうだよな……やっぱり、真打はアズマ様以外にいねえよな……俺如きが、こんなトレーナーに立ち向かうのがお門違いだったのか……」
「そ、そんな事はありませんよ。貴方は凄く強かった。最後まで気を一瞬たりとも抜く事は出来ませんでした。本当に強かった……敵とは言え、貴方を尊敬しています」
「……階段の先にレイカがいる。戦ってこい。俺は、下に降りてセイヤの加勢に入る……本当に、ポケモンと人間のユートピアを望むのであれば、お前が勝って道を切り開け。
俺達がどんなに足掻こうとも、負ければその夢は水泡に帰す。どんな思いも……」
ホウは立ち上がると、リモコンで床を動かし、上の階段と下の階段を出現させた。
「強かったぜ、ユキナリ。だが、お前の悪運もレイカが断ち切ってくれるだろうよ。万が一、レイカが倒れたとしても、アズマ様にはかなわんさ……
最強のポケモンには、いかなる思いも、お前の希望も役には立たねえからな……」
ホウは捨て台詞を吐きながらバラバラになったユキダルマをボールに戻すと、ゆっくりと階段を下り始める。ユキナリはその背中が、とても哀しそうだと思った。
(アズマ様なら……こんな奴に、負けるハズが無えんだ……俺達には力が足りん。だからこそ無法者をのさばらせてしまうんだ。正義だと!?俺達が正義側なんだ。
この世界の崩壊を防ぐ為に、戦ってるんだぞ!それが何故解らねえ……)
「フーム……ホウ君が負けるとは、我が組織に相応しい展開となってきたね。まさに混沌だ」
アズマは映像を見つめると、軽い溜息をつき、3階の画面に切り替えた。そこにはレイカが立っている。3幹部最後の砦である、アズマ推薦の最強幹部が……
「レイカ君ももう少し時間があれば満足にポケモンを育てられたものを……この勝負は既に見えたな。後は私1人だけか……フン、私に勝てるトレーナーがこの世にいるものかな?」
髪と服のコーディネートを無視するならば、エリートサラリーマンの様な服装。葉巻を吸い、ワインを嗜む姿はとても悪の組織の長とは思えない。ずっしりとした貫禄を感じさせる。
「下の様子はどうなっているのかな……」
アズマは椅子によりかかると、目をつぶって幼い頃の記憶を思い出し始めていた……
階段を上がり、3階に到着するとその途端にまた階段が閉ざされた。
「逃げ道なんか、実際にあった所でもう使わない……」
「その覚悟は見事ね。ハッキリ言って、並のトレーナーだったら尻尾巻いて逃げ出している所よ」
「レイカさん……!」
ゴウセツ山のアジトで対決した時と全く同じ姿で、彼女はそこに立っている。ただ、何故か言葉に出来ない何かが変わっている様な気がした。
彼女の全身を包む何かが変わっている様な気がするのだ。それを、どうしても言葉で説明する事が出来ない。
「ホントに並のトレーナーじゃない。ココまで来たんですもの。腕を大幅に上げたセイヤやホウを圧倒し、そして私の所まで辿り着いた……褒めてあげるわ」
「貴方ともまた、戦わなくてはいけないんですか?レイカさん……」
「通すワケにはいかないのよ。アズマ様に忠誠を誓った以上、この階段を登らせるワケにはいかない。私のプライド、組織の理念、そして貴方に対する敵意がそれを許さないから!」
相変わらずゴーグルのせいで表情を窺い知る事は難しい。だが言葉から彼女が怒りを露わにしている事だけは伝わってきた。あの時より感情がハッキリしている。それでも心は冷え切っていた。
「今度は総力戦で挑ませてもらうわ。6VS6バトルで決着を付けましょう。このリベンジバトルが3幹部最後の戦いになる……貴方はアズマ様に挑む事無くココで終わりを迎えるのよ!」
「ココまできて退くワケには行きませんよ。僕はアズマさんと戦いたい。その為には貴方を倒さなければならない……本当ならば戦いたくはありません。過去を背負い、必死になっている貴方と戦うのは……」
「その偽善が気に食わないのよ。そのポケモンやら人間やらを思いやる心……馬鹿げてるわ。そんな心が私を滅ぼし、私に一生涯消えない傷を刻み付けた……貴方が偽善の象徴なのよッ!
それを倒すと言う事は、過去の私と決別し、完全なる今の私を手に入れる事と等しい……!!」
セイヤもホウも、同じ事を考えていたのかもしれない。
かつてはユキナリと同じフィールドに立っていた彼等が、立ち直れない程の深い傷と哀しみを負って、復活し、今度はそのフィールドにいる人間を滅ぼそうとしている。
ユキナリ達が過去の自分達だから、余計に許せないのだろう。
「ポケモンバトルには偽善も、お互いの戦う理由も関係ありませんよ。僕は貴方と僕……どちらが強いのかをハッキリさせたい。その上で……アズマさんと戦って、勝ちたいんです!」
「その勝ちたい理由ってのがこの組織の崩壊に繋がるのよ。だから、余計負けるワケにはいかないって事ね……ユキナリ君、ニューフェイスが増えたから、頑張りなさいな!」
レイカの口が少し吊り上がった様な気がした。フィールドにボールが投げ入れられ、ポケモンが姿を現す。出現したのは前に戦った事のあるチリーンだった。
『ほよよーん。今回ばかりはレイカ様の意地がかかってますからね。簡単には負けられませんよおー』
(エスパータイプとは言え、1回しか進化しないチリーンは他のメンバーより若干攻撃力が劣っている……全てのポケモンを出さなければならない総力戦では、やはり出すしか無い……か)
ユキナリは決意すると、目の前にある回復ポッドに6個のモンスターボールを入れ、回復を行った。
「僕にも貴方にも、絶対に負けられない理由があります。貴方は貴方の理想の為……僕は皆を守って、頂点を目指したいが故に負けられない……退く事も出来ない!」
「崇高な理想も理解出来ないトレーナーがよく言うわね。ただ、強くありたいと言う思いは私も同じよ。
我々3人はアズマ様を守る盾ともなれば、各地に散らばり思いを共に果たそうとする矛にもなる。それでも、弱いと言う矛盾を内包しているならば、この戦いで打ち壊す!」
ユキナリは回復が済んだボールの1つを自分のフィールド内に投げ入れた。
『マスター、少々分が悪ィが……全力で行かねえとヤバそうだわ、こりゃ……』
厳しい表情を浮かべているエビワラーの眼前で、チリーンが楽しそうに浮かんでいる。
「ハッ!エスパータイプのチリーンに対して、愚の骨頂ね!ココは圧倒させてもらうわ」
(ノーマルタイプのメガトンパンチさえ使えば、相手に与える攻撃は普通になる……エビワラーのステップの早さを信じて、強気に行くしか方法は無い)
ユキナリにとっても苦渋の選択であったが、エビワラーを後に残しておくのも問題だった。相手の強さがまだそれほど発揮されていない時にかくとうタイプのポケモンを出しておくしか無い。
それがユキナリが下した最良の戦法であった。
「チリーン、貴方の力が飾り物で無いと言う事を、見せ付けてあげなさい!」
『ほよよーん』
チリーンは距離を取り、十八番のサイコキネシスを繰り出す為にエビワラーから離れた。だが、エビワラーもそう簡単に距離を取らせるワケにはいかない。
ステップで位置をずらしながらジグザグに動きあっと言う間に射程距離へと侵入する。
『今回ばかりは、俺も余裕無えんだよッ!』
チリーンの頬を拳が捉えた。スクリューのかかったメガトンパンチが炸裂し、まともにくらったチリーンは豪快に壁へぶち当たる。隙を見せまいとそれを追いかけるエビワラー。
(凄い、今のメガトンパンチだけで半分削った……もう1発クリティカルヒットすれば勝つのも夢じゃないぞ……かくとうタイプがノーマルタイプに勝つ事が出来るかも……!)
『よぉし、覚悟は良いか?』
チリーンの飾りの様になっている短冊の様な部位を掴むと、もう片方の手はしっかりと握り締められている。このまま勝負が決するかと思われたその時……
『至近距離でも、出せるんですよおー。サイコキネシスは……』
口をパカッと開くと、凄まじい超音波の様な紫色のオーラが噴き出し、エビワラーを襲った。勿論かくとう以外のタイプを持ち合わせていないエビワラーにとっては激痛以外の何物でもない攻撃である。
だが格闘のプライドなのか、それでもエビワラーは決してチリーンを逃がそうとはしなかった。もう1発殴る。
『ブッ!』
頬を再び殴られ攻撃を途中で止めてしまうチリーン。チャンスとばかりにマウントポジションのエビワラーが一方的に殴る展開へと移行していた。こうなればこちらの勝利である。
『やられてたまるか、こんな所で師匠との誓いを破るワケにはいかねぇ!』
数発殴った所で透明なタオルが投げ込まれた。チリーンは顔が元と判別不可能な程に膨れ上がり、ますます風鈴の様になってしまっている。
対するエビワラーはたった1発のサイコキネシス(しかも途中で止めた)でレッドゾーン近くまで体力を奪われてしまっていた。
『運が良かっただけか……こりゃ次の戦い持ちそうに無ェな……マスターすいません。もう俺限界です……後は他の仲間に任せます……』
「出来るだけ、粘って欲しい。次の戦いでもダメージを与えられれば有利になる」
(と言っても、確かにあの状態じゃチリーンに勝てて御の字って所だ……ラッキーだったと思うしか無いな。勿論ココで欲が出てしまうのはトレーナーの性なんだけど……)
「チリーン、戻りなさい!……まさか、格闘タイプがそこまでの動きを見せるとは予想外だったわ。序盤戦にしては面白い展開になってきたわね。
抜きつ抜かれつのデッドヒートになる事は予想してた……最後は私が抜いてゴールする、それだけよ」
次のポケモンが場に出現する。今度のポケモンは非常に特徴的な形をしていた。
『ブウーン……ホーホーホーホー……』
(あのポケモンは初めて見る。ポケギアでチェックしておかないと……)
『ルナトーン・みかづきポケモン……満月の夜になると妖しく光り輝き、何かを待っているかの様に集まって一斉に発光を始める。
体が特殊な石で構成されており、それが地球上に今まで無かった物体である事から、ポケモン研究者の中では宇宙から来たポケモンなのではないかと推測されている』
(特殊能力は……)
『特殊能力・よるのひかり……吸い取る系の攻撃ダメージを半分にする』
(吸い取る攻撃が無効って言うのは厄介だな……とりあえずルンパッパは使わないでおこう)
『限界なんて言ってられねぇのに……体が満足に動かねェ……マスター、今回ばかりは許してくれよな……』
「一撃たりとも攻撃はさせないわ。かくとう技も当たってしまうルナトーンの方が、今度は一切手加減出来ないって事よ。覚えておいて頂戴」
『貴方ノ努力ハ認メマスガ、ソレデモ越エラレナイ壁ハアルノデス』
満身創痍のエビワラーに対して容赦無くサイコキネシスが放たれる。フラフラの状態で場に立っているエビワラーがコレを回避出来るワケが無かった。瞬く間に倒れて戦闘不能状態になる。
『無理だよなァ……』
「戻ってくれエビワラー。本当によくやってくれた……」
意識はあるエビワラーをボールに戻し、ルナトーンを見るユキナリ。いわタイプを含有しているからには、大技『いわなだれ』を習得している可能性が高い。
その他に関しては特に推測する事は出来なかった。ココはオールラウンドに戦える、言わば互角に戦える者を出すべきだ。
(……まだチーム内に癌がいる……何とかして不利な状況を打開しなきゃ……)
ユキナリは気持ちを切り替えると、ボールを投げポケモンを出現させた。
『オイオイ冗談キツイぜ。またエスパーと戦うってのか?まあ、どちらにせよ潰すけどな。シャ、シャ、シャ……』
『ソレデモ私ノ対戦者ナノデスカ?モウ少シ物腰柔ラカニシテモライタイモノデス』
(戦法は、あの時と同じがむしゃらにかみくだくを狙う方向で攻める。ガシャークも不利な相性である事を理解しているハズだ……また削り合いになるのは避けたいけど……)
「ルナトーン、攻撃を当てて動きを封じ、一気に決着を付けなさい。貴方の力は先程のチリーンより上……それをわきまえて動いてもらわないとね」
『承知シテオリマス、レイカ様……』
『シャ、シャ、シャ……マスターの為にも勝つ。俺様の力を思い知らせてやるぜェ……』
どちらも相手の攻撃を受けてしまえば手痛い。それであるならば、如何にダメージを受けずに当てるかと言うバトルの根本的な部分に到達する。
しかし、その基本が大切なのだ。ユキナリもレイカも基本的に傍観者同然の部分があるので、理解していようがいまいが大した違いは無かった。
「ガシャーク、かみくだくで相手を怯ませて一気に決めろ!」
『硬そうな奴だぜ。コナゴナに砕いてやろうか、シャハハ――ッ!!』
飛び掛ったガシャークに対してルナトーンはただ冷静にサイコキネシスを放った。
勿論それを心得ているガシャークは飛んできたオーラの方向とは逆向きに軌道を変え、相手が攻撃の方向を変えていないうちにルナトーンに噛み付く。
『何ィ!?ガ、ソンナ、馬鹿ナ……』
『岩が喋ってんじゃねえよ。サッサと眠りな。安らかになぁ!シャ、シャ、シャ……』
そのまましがみつく何時もの戦法を取ろうとしたものの、ルナトーンの硬さに対して牙で楔を打つ事が出来ず、大ダメージを与えたものの距離を取らざるを得なかった。
「ルナトーン、貴方の実力はまだまだこんなものでは無いでしょう?」
『不覚デシタガ、次ハソウハイキマセン……』
ガシャークはまだダメージを受けていない。幸先の良いスタートを切れた。
「よしいいぞガシャーク!このまま相手を翻弄して、ノーダメージで勝つんだ!」
『マスター、野暮な事命令するんじゃねえよ。当然だろ?シャ、シャ、シャ……!』
『私ヲ愚弄スルノハ神ヲ冒涜スルノト大差ハアリマセンヨ……』
ルナトーンはその表情の窺い知れない瞳でガシャークを捕捉すると、狙いすました一撃を瞳から放った。相手の動きを封じる為のスピードスターだ。
『追尾機能とはやるじゃねえか。だが、それ自体の攻撃力が低いってのは知ってるのかよ』
100%のダメージ保証のスピードスターは確かに必ず命中するが攻撃力は低い。それを熟知していたガシャークの立ち回りは見事だった。
背後に回り再びかみくだくを見舞わせる。相手が仰け反っている間にスピードスターが当たり、隙を突かれる事は無かった。
(スピードスターのダメージは大した事無いな……2発で戦闘不能ギリギリ……出来る事なら2発で倒したかったけれど……反撃が無いとは考えにくい。注意しなきゃ……)
『ヤルジャ……ナイ……デスカ……容赦……シマセン……』
瞳から放たれたサイコキネシスがガシャークを襲う。だがレッドゾーン、戦闘不能に限りなく近いHPまで落とされたルナトーンに対して、毒液が当たればそれで充分だった。
サイコキネシスは受けてしまったものの、毒液が当たった瞬間にルナトーンはくずおれて床に落ちコナゴナになる。
『チッ……今のは流石に痛かったが、倒せただけマシか……俺様もまだまだだな……』
(イエロー……やっぱりガシャークはエビワラーに比べると戦って勝った確率が高い故にレベルアップもしている。この調子で行けば、レイカさんとの戦いにおいて有利になれるぞ……)
「半分近くも相手のHPを残してしまうなんて……情けないわね。挽回しないと……アズマ様に挑むには100年早いって事を身を持って味あわせてあげるわ。絶対に!」
ルナトーンをボールに戻し、次のポケモンをフィールドに出す……さっきのポケモンに非常に似ているポケモンだ。形こそ違うものの、戦闘力自体にさほどの違いは見られない。
(対になっているポケモンか……ダブルバトルに適したタイプのポケモンだな)
『ソルロック・たいようポケモン……ソルロックを山中で見かけている時、絶対にルナトーンは姿を現さないと言われている。
太陽が顔を出している間体を発光させ蓄光を行い、曇りの日には太陽に負けない位の眩しい光を生み出す。この行動には未だに謎が多い』
(特殊能力は?)
『特殊能力・たいようのひかり……常に『ひざしが強い』状態になる』
(ひざしが強い状態と言えば、炎タイプの攻撃力が上がる状態の事だ……ずっとそれが続けば良いんだけど、多分そうもいかないよな……)
天井を見れば蛍光灯の光とは別に、小さな太陽の様な球体が眩しく辺りを照らしている。暑くなる様な日差しが彼等を照りつけ、ユキナリは軽い眩暈を感じた。
「ソルロックの特殊能力はより実用的なのよ。それを、教えてあげるわ」
『シャ、シャ、シャ……同じ様なポケモンじゃねえか。こりゃ楽勝だな』
『ブーン、ブーン、ゴウ、ゴウ……』
ユキナリは嫌な予感がした。実用的な使い道と言えば炎技を使う以外に有名なコンボが1つだけある。前にケンゴとの戦いでそのコンボを使われた事があった。
『行くぜェ―――ッ!!!』
「待て、ガシャーク!無闇に飛び込むのは危険だ。迂闊に動けば……」
相手の思う壺、と言うまでも無かった。ソルロックの瞳から巨大な光が放たれ、太い光の束がガシャークを貫く。黒焦げになったガシャークは倒れてそのまま戦闘不能状態になった。
(ソーラービーム……!)
強力だが装填にターンを要するソーラービームの無敵の必殺技にする方法。それが『ひざしが強い』状態にする事……
充填無しででいきなり放たれるソーラービームは脅威以外の何物でもない。この戦法を取られてはガシャークが敗北するのも無理は無かった。
「さて、どうするのかしら……ユキナリ君?大技連発でも全くこっちは痛くないのよ。」
(ソーラービームにある程度の耐性を持っているルンパッパならば何とかなる……相手の相性でもバッチリだ。草でも水でもHPを存分に削れる……任せるしか無い!)