ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

小説トップ
ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第7章 4話『失われた存在意義 VSレイカ』
 ヤナギレイもチリーンもエスパータイプのポケモン。相手の弱点も互いに心得ている。
「いきなり私と同じタイプのポケモンを使ってくるとは思わなかったわ。よほど自信があるのかしら?
 同じエスパー対決であるならば絶対にひけは取らないわよ、攻めなさい……チリーン」
 チリーンは空中に浮かんだまま口からシャドーボールを繰り出してきた。間髪入れずに放ったヤナギレイのシャドーボールに打ち消される。相手とはHPの壮絶な削り合いになるだろう。
「ヤナギレイ、パワーもスピードも最終進化のお前の方が有利なハズだ!頑張ってくれ!」
『まずは白星を決めておきたい所ですよね♪』
 ヤナギレイはクスリと笑うと両手から次々に小型のシャドーボールを生み出し投げつけた。スピードの速い相手の場合、動きを止めるか怯ませるかして相手を押さえ付けなければならない。
「動きはなかなかのものね。ジムリーダー7人抜きはそうでなくちゃ……でも、速さだけならこっちだってひけは取らないわよ?そうよね、チリーン……」
 チリーンはことごとくそれを避けると、素早く相手の後ろに回りこんでシャドーボールを放った。
 だが後ろから投げられるのは慣れている。後ろ手でシャドーボールを作って盾にすると、方向を考え目測で撃った。それが逆に相手の避ける方向へと飛んでいき命中する。
『うわッ、ヤバイ……』
 怯んだ瞬間をヤナギレイが見逃すハズが無かった。前に回りこむと腹を押さえて呻いているチリーンの頭に直接手を置き、シャドーボールを放って爆発させる。
『や、やったなぁ――ッ!お返しだ!』
 大ダメージをくらって吹き飛んだチリーンがその瞬間に放ったシャドーボールが命中した。だがダメージをくらったのが災いしたのか彼女の身体を掠めただけ。
 ヤナギレイは動揺せずにもう1度シャドーボールを放ち見事に命中させた。そのままチリーンは倒れて戦闘不能状態となる。
 (やっぱりユキナリ君は最初の時とはもう全然違う……ポケモンが必死になって戦ったせいもあって大幅な戦闘力の向上がここまで目立っているなんて……やっぱり僕はユキナリ君に及ばないのかな……)
「戻りなさい、チリーン」
 レイカは椅子に座ったままチリーンをボールに戻した。
「初手は上々よ。良い手応えを感じたわ……確かに貴方は12歳のポケモントレーナーとしては驚異的な力を秘めている様ね。同年代の者と比べても明らかに違う……
 その力はやっぱり誰かを守りたいと言う純粋な思いなのかしら?ならば、私と貴方との間に隔たりは無いハズ!」
 真剣な言葉だった。『自分も守りたい人がいる』と発言しているのと同じ真摯な言葉……圧倒的な力を初戦で見せ付けたユキナリであったがまだ油断は出来ない。
「次に行こうかしら。交代は無し?」
「このままヤナギレイと一緒に戦わせてもらいます」
「それじゃあ次は……エーフィ、貴方が戦って頂戴!」
 フィールドに出現したのは紫色に光る猫の様なポケモンだった。凛とした表情を浮かべている。
 (エスパータイプオンリーなら、シャドーボールで一方的に攻められるハズだ……このままヤナギレイが倒れるまで使い続けるしか無いだろう)
 ユキナリは腕のポケギアを操作し再び図鑑項目を開いた。
『エーフィ・たいようポケモン……太陽の申し子と言われている神秘的なポケモン。ブラッキーが影ならばエーフィは光。
 朝露を飲んで生きる事が出来る希少なポケモンで、現在絶滅危惧種に認定されている。額に付いている宝石の様な物体からサイコエネルギーを放出して戦う』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・あさのひかり……フラッシュ系の技でダメージを受けると攻撃力が倍加する』
 (ひかりタイプのポケモンだったら苦戦するんだろうけど……こっちは影で攻めるんだ!)
「エーフィ、相手はもう作戦を決めているみたいよ……私達は一辺倒にならず、じわじわ追い詰めていきましょう。さっきのお返しをしなくてはね」
『了解しました。マスター……』
 (エーフィの強さはすなわち特殊攻撃の強さに集約される……相手に出来るだけ距離を取らせない事が肝要だ。上手くユキナリは距離を縮める事が出来るか……)
 先程と違いヤナギレイには空中と言うアドバンテージが生まれた。エーフィは空中に浮いてはおらず、そういう点では実際攻撃する際には不利である……通常攻撃だけならば。
「ヤナギレイ、さっきと同じで大丈夫だ!エーフィはチリーンと同じ純粋なエスパータイプ!シャドーボールを的確に当てていけば倒せる。自分の力を信じて頑張ってくれ!」
『ええ、マスターのお仲間を人質に取るような卑怯な相手マスターに、力の差を見せてあげましょう!』
 挨拶代わりとばかりにシャドーボールをエーフィに向けて見舞ったが、飛び退かれて避けられてしまう。
「意外と、空中にいる相手の方が苦戦するのよ。遠距離攻撃を持つ飛ばないタイプって言うのはね」
 エーフィの額で輝いている紫色の宝石が輝き、その瞬間無数の煌きがヤナギレイに向かって飛んでいく。
『必中の技、スピードスターで相手を封じ込め……そして私の奥の手を見せてやる!』
 ヤナギレイでさえも、必中のスピードスターを避ける事は出来なかった。だが必中であるが故に攻撃力は低く、相手を怯ませる繋ぎにしかならない。
 ヤナギレイが仰け反っている間に宝石が暗黒に染まり始めた。
『電磁砲!!』
 低く唸り頭を低くしたエーフィの額から凄まじい電撃の渦が巻き起こった。命中率が低い大技であるが故にスピードスターの怯みはそれを見越しての作戦であったのだ。
 電撃は掠っただけで大元のダメージを受けてしまう為、避けるのが間に合わなかったヤナギレイはまともにそれをくらってしまった。
 (敵ながら見事……コンボを上手く使っている。だがチームワークでの勝利では無い。連携が決まってこそポケモンバトルは優位に立てる。ポケモンの頭脳に過信を覚えれば命取りになるのは必然!)
『狡い幽霊が、私の策にかなうと思っていたのか!今とどめを刺してやる……』
 含み笑いを浮かべたまま鋭い牙をちらつかせ、ゆっくりと黒焦げになったヤナギレイに近付いていくエーフィ。確かにポケギアで見てもまたHPはレットゾーン。まだ戦闘不能状態にはなっていない。
『砕け散れ!』
 噛み付く為に飛び掛ったエーフィの額に、ヤナギレイの手が触れた。
『……地雷を……踏みましたね……』
 最後の力を込め、全身全霊で掌底からシャドーボールを繰り出すヤナギレイ。噛み付こうとしていたエーフィはその爆発で吹っ飛び、無様な格好で床に転がった。額の宝石にヒビが入っている。
『お前如きに……マスターであるレイカ様の特殊訓練を積み、戦闘兵器として完成した私が……倒せると思っているのか――ッ!!私は……無敵だ、無敵の太陽神なのだ!』
 激昂したエーフィは、その言葉とは裏腹に今の一撃だけで半分程ダメージを負ってしまっていた。額の宝石の割れ目から怒りを体現するかの様に蒸気が噴出し、その宝石がドス黒く染まっていく。
『お前如きには体得出来ぬ、闇の力を見せてくれよう!』
 エーフィの体から黒いオーラが噴出した瞬間、ヤナギレイは青色の血を吐いて戦闘不能状態となった。
「な、なんだ……今のは……」
 ポケギアを見るとそのインパクトの瞬間、エーフィのHPが減っているのが確認出来る。
『ダークラッシュ……怒りに囚われたポケモンが使用出来る闇タイプの技だ……闇に身を焦がす事で相手の全身に衝撃を与えて倒す。私のHPもその分だけ減ってしまう諸刃の刃だがな……』
「本気になるなんて大人気無い……それでも私の下僕なの?もっと真面目に戦って頂戴」
 椅子に頬杖をつく格好でレイカは溜息をついた。心底失望させられた……と言う様な表情を浮かべている。
 ゴーグルの奥に光る目が鋭くなっていたのをユキナリは見逃さなかった。
 (やはりレイカさんもユキエさんと同じ、相当な負けず嫌いらしい……手に負えない相手じゃ無ければ良いんだけど……とにかく、現在の所はリードを取れたのか。次は……)
 ダークラッシュ発動の際に相当の肉体的ダメージがあるらしく、エーフィは元の姿に戻っていた。先程噴出した蒸気のせいか宝石の傷だけは元に戻っている。
 だがあの一撃と反動で受けたダメージは元のままだ。ユキナリはヤナギレイをボールに戻すと次のポケモンをフィールドに出現させた。
『シャ、シャ、シャ……こりゃまたいたぶり甲斐のある奴が相手なんだな。面白そうだぜ……』
 醜悪な表情を浮かべているガシャークには、強力な攻撃が揃い、エスパーを相手にした場合は『かみくだく』で2倍のダメージを与える事が出来る。
 だが逆にガシャーク自身のタイプは『どく』・『ノーマル』なので、エスパー技をまともに受ければ2倍ダメージは避けられない。
「あら、なかなか見応えのある戦いになりそうじゃないの。私のポケモンと貴方のポケモン……どちらが一方的に削っていけるかが勝負の分かれ目になりそうね。せいぜい頑張って頂戴」
 レイカの口が片方だけ少し吊り上がった。かなり余裕だと宣言している様なものだ。
 (確かに同じ地上戦に立てば接近戦よりサイコキネシスを使うエーフィに分があるだろう……この戦いはスピードで決まる。ガシャークのスピードはチーム内でもトップクラスだけど大丈夫かな……)
『少々体力が少なくなっているのが残念だ……お前の様な強い相手に温存しておきたかったぞ』
『シャ、シャ、シャ……解ってくれてるじゃねえか。俺は強い、今からそれを見せてやるぜ!』
 最初に飛び掛ったのはガシャークの方だった。『かみくだく』を相手に当てる為には接近しなければならない。一方エーフィの方は相手の接近を一切許してはならなかった。宝石に神経を集中させる。
『素早さだけじゃ無えんだぜ!』
 エーフィから放たれたサイコキネシスを甘んじて受けながら、相討ち覚悟で突っ込んだ事が幸いした。HPは大幅に減ったが頭に噛み付きそのまま相手の宝石をコナゴナに砕く勢いで何度も噛み直す。
『敗北を恐れない相手程、恐ろしい相手はいない、か……』
 エーフィは倒れ戦闘不能状態となった。レイカは黙ったままボールでエーフィを回収する。ガシャークは今の一撃が近距離で命中したせいかHPをかなり減らしていた。
 既にHPはイエローゾーンに達している。ゼエゼエと重苦しい息を吐いており、体力的に相当疲れた様子であった。
 (ガシャークも長くは活躍出来まい。エスパータイプのポケモンが必ずと言って良い程技に入れているのは『サイコキネシス』だ。使い勝手が良く威力も高い。殆どのエスパータイプがあの技を持っているからな)
 レイカはまだ余裕を見せていた。表情からもそれが窺える。
「大切な人を助けたい思いと、大切な人を守りたい思い……どちらが強いのか白黒ハッキリさせましょう。その、偽善ぶったポケモンバトルのやり方が、正しいのか正しくないのかも」
 フィールドに現れたポケモンは尻尾がバネになっており、何回も空中を飛び跳ねていた。
 (ブーピッグか……中堅のエスパータイプだけど意外と強力な技を覚える伏兵。油断は禁物だよ!)
「私の手駒であるブーピッグは『ねむる』と『いびき』のコンボを持っているわ。ただ、追い詰められない限り使わないとは思うけど……自ら不利な状況を作り出そうとする程馬鹿じゃ無いハズですもの」
 (とにかく今は、勝つ事を考えて少しでも相手の情報を見なきゃ……)
 ポケギアが無ければ相手とのバトルで作戦を立てる事が出来ない。ユキナリはフタバ博士達に感謝しなければならなかった。
『ブーピッグ・あやつりポケモン……おでこと腹にある黒真珠がサイコパワーの源。心臓を動かし体中の血液を循環させる為、常に飛び跳ねていないと力尽きてしまう。
 飛び跳ねるごとにパワーも蓄積される為、野生のブーピッグは強敵に出会うと飛び跳ねて逃げながらチャンスを窺う』
(特殊能力は、と……)
『特殊能力・うごくしんぞう……飛び跳ねるを使わないとターン毎に少しずつ体力が減っていく』
 (そういう事か……食べ残しを持っていたカビゴンとは反対にどんどんHPが減っていくんだな)
 そうなればよほど窮地に陥らない限り無理に回復に持ち込む事は無いと見込み、ユキナリはガシャークに攻撃の命令を出す。
 とにかく体力の少なくなったガシャークには出来るだけ粘ってもらいたかった。優位に立っておかなければ安心出来なかったのである。
「しっかしアイツ、随分頑張るじゃねえか。レイカ様と互角、いやそれ以上か?」
「まさか……レイカ様の実力は折り紙つきよ?簡単に負けるハズが無いじゃない」
 フィールドの周りに集まっているカオスの団員達もだんだん猜疑心を隠せなくなってきた。圧倒的な実力を持っているレイカが若干押されている。
 それは、団員達が束でかかっても負けるかもしれない相手であると言う事である。驚くのも無理は無いだろう。
 (だんだん、奴等にもユキナリの強さが解ってきた様だな。フ……羽交い絞めにしているハズの腕が鈍ってきたんじゃないのか?
 隙を見て逃げ出せ、ユウスケ!何とかココを脱出して突破口を開いてくれ!)
 だがホクオウと願いとは裏腹に、ユキナリとレイカのバトルに魅入っているユウスケは呆然としながらも戦いを冷静に眺めていた。的確なアドバイスが頭の中に浮かんでは消える。
『まだ俺は戦える、俺は戦えるぜ!』
 口を開き、飛び掛るガシャークを見たブーピッグは尻尾のバネでそれを避け、ダイビングプレスを綺麗に当てて見せた。一揆にガシャークの体力がレットゾーンに達する。
「か、回避と攻撃を同時に行った……!?」
「これはコンボと言うより、『一挙両得』の戦法ね。1つの技を使うにしても組み合わせる事だけがバトルの策では無いわ。貴方にこの発想があったのかしら?」
 再びブーピッグはジャンプしてとどめを刺そうと落下してきた。ガシャークはすんでの所でそれを避けて牙から毒液を吐く。至近距離にいたブーピッグはそれを受けてしまった。
『私の頬に毒液を引っ掛けるとは、何と礼儀知らずな若造なんでショ!』
 苛々したブーピッグはそのまま体の大きさが彼から見て2分の1しか無いガシャークを踏みつけ、そのまま戦闘不能状態にさせた。その後すぐに眠り、体力を完全に回復する。
「貴方が次のポケモンで大きく差をつけようとしても、こちらには『いびき』があるわ。眠りながら攻撃出来る唯一の攻撃方法よ。コレがバトルの真骨頂!……
 まあ、体力は回復しきった後徐々に減っていくけど、そこまで減りはしない。さあ、どうするのかしら?」
 椅子に座ったままレイカはニヤリと笑ってみせた。振り出しに戻った状態からブーピッグとのバトルを再開しなければならない。相手が起きてまた眠れば一方的にダメージを与えられるだけだ。
 (ココは相手を一撃で沈める程の威力を持ったポケモンに頼るしかないか……そうだ、いたぞ!)
 ユキナリは戦局を打開する為にフィールドに向かってボールを投げた。閃光と共にビブラーバが顔を出す。『かみくだく』を覚えているエスパー対決に有利なポケモンだ。
 氷タイプ相手との連戦で黒星ばかりのビブラーバだが、それはあくまでも相手が強力な氷タイプのポケモンだったからに過ぎず、むしろ総合的な戦闘力を比べればビブラーバは最強クラスのポケモンなのである。
『Zzz……Zzz……』
 ターンは凍結しているのでビブラーバが攻撃に移った瞬間からカウントが始まる。
『ジージー……やっと俺様が力を発揮する時が来た様だな。氷との連戦で良い所を他の面子に取られてばっかりだったが、今回はそうはいかねえ。氷が相手じゃ無けりゃ最強って所を見せてやるぜ!』
「ドラゴンタイプ……珍しいポケモンを見つけたものね。セイヤとホウが負けたのも、やっぱりそういう戦闘力が高いポケモンがいたからなのかしら?
 結局貴方もポケモンを使って勝っている事には変わりないのよ……認めなさいな」
「違う、僕の夢を一緒に追いかけてくれる大事な仲間なんです!大切な仲間だからこそ、一緒に歩いていく!」
『ああ、俺達は仲間だ。自分の夢目指して困難に立ち向かってきたお前だからこそ俺達はついてきた!』
 ビブラーバは無防備に眠っているブーピッグに向かって飛んでいった。既にターン開始が始まっており、ココから少しずつブーピッグの体力が減っていく。と同時に『いびき』がビブラーバの鼓膜を刺激した。
『五月蝿え野郎だ!』
 一方的に何度も噛み付くビブラーバ。圧倒的な力と技の相性もあってみるみるうちに相手のHPが減っていくのが確認出来る。ついには彼が目を覚ます前に噛み続けて戦闘不能にしてしまった。
『Zzz…………』
『チッ、どうせ眠ってやがるのなら少し静かにしたらどうだ。意外にくらっちまった……』
 近距離の攻撃をしている最中に『いびき』をくらった為、ビブラーバのHPは4分の1程減ってしまっていた。レイカがポケモンをボールに戻し舌打ちしたその時……
 (ビブラーバが……ついに最終進化を迎える!)
 ユウスケ達の目の前でビブラーバが白い光に包まれ、そして進化が滞りなく終了した。
『……私をここまで育てて頂いて本当に感謝しております。これからもリーグ制覇に向けて共に歩み続けましょう。このフライゴンと共に!』
 粗野な印象は消え、後には荘厳なイメージが漂う神秘的な姿が目に踊っていた。今まで通りドラゴン・じめんタイプである事には変わりが無いが、技を2つ取得した様である。
「ドラゴンクローとりゅうのいぶきか……麻痺の追加効果と攻撃力、どちらを取るかで大分変わってきそうだね……そうだ、ポケギアでしっかりと調べなくちゃ……」
『フライゴン・せいれいポケモン……『砂漠の精霊』と呼ばれる伝説のドラゴンポケモンで、砂嵐で遭難している人を助けたと言う伝説が残っている。
 穏やかで争いを好まない優しいポケモンだが、自分のテリトリーを無闇に荒らそうとする者には死の制裁をも厭わないと言われている』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・エメラルドのかぜ……ドラゴンタイプのモンスターを相手にした場合攻撃力増加』
 (近いうちにドラゴンタイプのトレーナーと戦う事になるだろうから、ありがたい特殊能力だな……)
「運が良いわね。このタイミングで進化するなんて……HPも攻撃力も大幅に増しているわ……全てのステータスが並より遥かに上……諦めないわよ、私は!」
 どうやら彼女が付けているゴーグルはただのゴーグルでは無く、ポケモンの戦闘力を検知出来るタイプのゴーグルらしい。
 ポケモンの姿やユキナリの顔も、あんな濃い色のゴーグルで判別しているのだろうか……ユキナリはふと、彼女は自ら孤独を気取っているのではないかと思った。
「負けてなるものですか……私はあの方に忠誠を誓った……あの方と貴方を戦わせてはならないと、私の直感が告げている。ココで私は勝って、貴方の幕を降ろさなければならないのよ!」
 レイカはそう言うと立ち上がり、相手のポケモンに指を刺して叫んだ。
「いくら強い力を持とうとも、貴方が勝てないポケモンもいるわ……それは『貴方自身』よ!」
 もう片方の手でボールを投げ、フィールドにそれが落ちてポケモンが出現する。
 (成程。チト厄介な相手が出てきたワケだ……まさに己自身。鏡を相手に戦うとは……)
 ホクオウが見るその先にはソーナンスが立っていた。何時も哀しそうな表情を浮かべているポケモンだ。ユキナリはポケギアを開いてソーナンスの能力を確認した。
『ソーナンス・がまんポケモン……我慢して我慢して、その受けたダメージを全て相手に跳ね返すと言う特異な才能を持つポケモン。跳ね返せたダメージは2倍になる。
 己から攻撃する事は出来ず、とにかくチャンスをひたすら窺う。防御と体力に優れ、少々の攻撃では絶対に倒れない』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・臥薪嘗胆……ミラーコート、カウンターで跳ね返した攻撃力が増加する』
 (二者択一……特殊攻撃か通常かで大きく分かれる事になる……勿論倒れてしまえばダメージは受けないが、半端なダメージを与えてはダメだ。一撃で倒してダメージ無しで済ませたい……)
 しかし、それは無理な相談だった。現在フライゴンが覚えている技は全て通常攻撃。
 じしん・かみくだく・ドラゴンクロー・りゅうのいぶき全てが通常なのでカウンターで跳ね返されてしまう。
 奇跡が起こるとするならば初動だ。レイカのゴーグルがフライゴンの技を見破ったとしても彼女はプライドが邪魔してそれをソーナンスに教える事を躊躇するだろう。
 とすると後はソーナンスの判断に委ねられる。もしソーナンスが相手が特殊攻撃を出してくるだろうと見越してミラーコートを繰り出せば勝ち。セオリー通りにカウンターを出せば呆気無く倒れる事もあるだろう。
『難しい局面ですな、マスター……ココはよく考えて、私に命令を出して頂きたいものです。じしんは大技ですが相手には普通。かみくだくであれば2倍……それで充分かと存じますが』
「うん、そうだね……相手のHPが残ればそこでフライゴンが負けてしまう。それを考えれば絶対に崩せると思える技を出した方が無難だ……フライゴン、かみくだくを使ってくれ!」
 ソーナンスが白い『必勝』と書かれた鉢巻を付け、どんな攻撃にも耐えて見せようとふんばる姿勢を見せている。さっきから何も喋らず、ただ相手の挙動を見守る事だけに専念している様子であった。
(?待てよ……あの白い鉢巻、何処かで見た様な……)
「行け、フライゴン!」
『すまないが負けてほしい。私はマスターの為に、常に命を賭して戦いに挑まねばならぬのだ!』寡黙を守っているソーナンスの腹に、見事クリティカルの一撃が決まった。
 反撃を許さずに倒せるハズ……とユキナリは確信していたが、ポケギアの相手の体力ゲージは1で止まった。
「嘘だろ……?」
『道具か……気付いて然るべきであった……』
 その瞬間フライゴンは自分が与えたダメージの2倍以上はあろうかと言う衝撃波により無様に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
 まだまだ大丈夫だと思われていたHPもあっと言う間に消えてしまう。ユキナリはフライゴンをボールに戻した。
 (思い出した、『気合の鉢巻』だ!一定確率でHPを1残す事があると言う……)
「リーグでも公式に道具の携帯が認められている今、何も持たせずにバトルさせるのは愚かな行為よ。道具によるコンボも計算に入れなければ、決して最強にはなれないわ!
 万が一私を倒したとしてもね!」
 ユキナリは拳を握り締め、苦悶の表情を浮かべていた。気付いていたら、防げていただろうか……?答えは否だった。ココまで闇雲に突っ走ってきた事で、大切な事を忘れている。
 自分には最強に挑もうとする勇気はあれどその備えが足りなかった。資金はあった……それなのに。
 (僕に足りないものがある……当たり前だ。足りなうものを補う為に戦っているんだから。だけどコレは例外だ。補えるのに僕はそれを忘れていた……だけど、ココで退けば大切な人を失う事になる。
 僕はこの身を犠牲にしてでも、プライドや仲間、自分の世界を守らなくちゃいけないんだ!)
 誰しも強さに酔う者は自己中心的な性格になる筈である。大なり小なり相手を過信評価したり自分の強さを誇示したりする。
 ユキナリは自分のそういう卑小な部分を認める事で、常に前へと進んでいく事が出来た。自分の世界があるのは誰も同じだ。僕は強くなって我を通すと。
「コレで貴方のポケモンは2匹、私も2匹……それでも大差が開いている事には変わりがないわね。
 それでも最後まで絶対諦めないわ。貴方がそうである様に、私も我を通したいの」
 ユキナリは頷くと、自分のフィールドにボールを投げ入れた。

 フィールドに顔を出したルンパッパは気合充分と言った様子であった。
『ワッハッハ、腕がなるワイ!ワシの力を見くびると怪我するゾ!』
 HPを1残しただけのソーナンスでは、ルンパッパにダメージを与える事は出来ない。何せソーナンスは攻撃ダメージを受ける事で真価が発揮されるポケモン。
 倒れてしまっては元も子も無い。それにソーナンスが攻撃をもし『気合の鉢巻』で防いだとしてもダメージを与える事は出来ないだろう。2匹同士残ってはいるもののレイカの劣勢は明らかであった。
 (このまま最後の1匹に持ち込めば、勝ちは決まるハズだ!問題は、レイカさんの切り札がどれ程強いかと言う事……エスパータイプのポケモンに有効な技を持つポケモンはもういない。
 下手に強ければ戦いが膠着する事も考えられる。慎重に戦わなければ……)
 ソーナンスは相変わらず黙ったまま攻撃を耐えようと身構えている。だがそれはもう殆ど無意味な構えである事は明白であった。
 ルンパッパは遠くからハイドロポンプを繰り出し、そのままソーナンスを押し流してHPをゼロにしてしまう。レイカはソーナンスをボールに戻した。
「……まさかこの私が、ココまで追い詰められるとは思っていなかったわ……貴方はカオスにとっての強敵。私がアズマ様の手を煩わせる事無く倒さなくては……カオスの野望を成就させる為にも!」
 レイカは最後のボールを握り締めていた。通常のボールとは色・形が少し異なっている。
「私がカオスに入った頃から育てていた最後の切り札よ。特殊攻撃の強さと素早さは他の追随を許さないわ……恐れおののきなさい、我々カオスに逆らった事を後悔しながらね!」
 フィールドに投げられるボールから出現したのは少年位の大きさをした可愛いポケモンだった。
 (パラケラスか……確かに奴の切り札には相応しい。強力な技をどんどん覚えていく扱いやすさ、バトルにおける戦略の柔軟性……どれを取っても一流レベルのポケモンだからな……)
「一体、このポケモンは……」
 ユキナリは最早定例になっている図鑑チェックを行った。
『パラケラス・なだれよちポケモン……雪山でこのポケモンを見かけると数日後に雪崩が発生する事から雪崩を起こす害獣だと思われていた。
 しかし近年の調査でこのポケモンは雪崩を予知する強力なサイコエネルギーを持つ事が証明され、学会でも話題となっている。
 そのサイコエネルギーは雪崩を予知するだけのエネルギーに留まらず、あらゆるESP能力を瞬時に発揮するらしい』
 (特殊能力は?……)
『特殊能力・予測予知……氷タイプの攻撃を行う際の命中率が上昇する』
 (自分の能力を上げるタイプの敵は弱点を突くのが難しい……それにルンパッパの場合はこおり攻撃も普通にしか効かないからそこまでの脅威では無いだろう……
 問題は勿論凍ってしまった時の対処だよなあ……コセイリンの様に氷を溶かせる技さえ持っていれば……)
「ステータスを見れば解るでしょうけど、パラケラスの特殊攻撃値と素早さの値はずば抜けて高い……ココまで育てるのには苦労したわ。
 勿論、私の手駒として今までに何人ものカオスに反対する不届き者を討ち果たしてきた……貴方も同じ運命を辿る事になるのよ!」
 窮地に立たされていると言うのに、レイカは余裕たっぷりの表情を見せている。不味いかもしれない……そんな思いがふとユキナリの頭をよぎった。
 しかしココで負ければユキナリの命だけでは無く、兄と親友の命さえも奪われてしまう事になる。どうあっても負けられない、負けたくないと言う思いがユキナリの胸を再び熱く燃え上がらせた。
 (セオリー通りに攻めるだけ……尻込みしていたって勝てない!前進するしか無いんだ!!)
「ルンパッパ、まずはハイドロポンプで相手を一蹴しろ!」
 エスパー・こおりタイプと言うパラケラスには普通に効くハズだ。まともに当たればHPを削ってくれるのは間違いない、しかし……
『ボクにそんな攻撃は当たらないよ!』
 瞬間移動(テレポーテーション)を使ったパラケラスは攻撃を避けると同時に背後に回った。動きが鈍いルンパッパにとって背後を取られると言う事は負けますと言っているに等しい。
 パラケラスの両手から虹色の光線が発射され、ルンパッパはその攻撃をまともにくらってしまった。
 (ラスターパージ……!相手の特殊防御を50%の確率で下げる大技か……ユキナリ君の計算が立たなくなる可能性が出てきたって事になる。不味いよ、コレは……)
 大きなダメージを受けてしまったルンパッパは慌てて後ろを振り向きもう1度ハイドロポンプを繰り出すものの、大幅に力を失った肉体から出てくるパワーはかなり弱くなっていた。
 おまけにそれを当てる事も出来ずにいる。先程の攻撃でルンパッパの特殊防御も下げられていたのだ。
『どうだい?コレはボクと君との差ってワケだよ。ボクの速さには誰もついてこれない!』
 パラケラスは笑いながら相手をなめる様にゆらゆらと攻撃を避け続けた。素早い動きについていけないルンパッパは精神力を徐々に使い果たしていく。この勝負は既に決着が見えていた。
「ルンパッパ、ギガドレインを使え!」
『おっと、そうはさせないよー!』
 両手を広げ、緑色のオーラを出し相手からHPを吸い始めたルンパッパ。それをさせじとパラケラスは完全な無防備状態にあるルンパッパ目掛けて『れいとうビーム』を見舞った。
 氷タイプの技が殆どの確率で命中すると言う能力を持っていられては尚更当たるに決まっている。普通にダメージを与えられ瀕死に近付いたが、それでも耐えてパラケラスのHPを吸い取った。
「イエローゾーン手前って所ね……これ以上相手に余裕を与えてはこちらが不利になるわ。さっさと決めちゃって頂戴、パラケラス。解ってるわよね?」
『マスター、ボクの力を見くびらないでくださいよ。ちょっと油断しただけですってば』
 そう言うとパラケラスはルンパッパに向かって『吹雪』を放ち、完全に彼を瀕死状態へ追い込んだ。
『全ては最後の者に……託しましたぞ、マスター……』
 ルンパッパは氷漬けにされて気絶してしまった。ユキナリは何も言わずにルンパッパをボールに戻す。
 (仇は僕とコセイリンで取る。勿論、こおりタイプを併せ持つパラケラス相手なら勝てるさ、絶対!)
 氷に対して4倍の耐性を持つコセイリンであれば、特殊能力を持つパラケラスにも対応出来る。勿論エスパーが決まってしまえば危険だが、リスクを伴わないバトル等この世界には存在しない……
「行けッ、コセイリン!」
 フィールドにボールを投げ込み、そこからコセイリンが姿を現した。レイカとのファーストバトルはコレで決着が付く。勝つか負けるかがこの試合で決まってしまうのだから期待は大きい。
『ユキナリさん……ココで僕達が勝てば、無事にゴウセツ山を下ってミサワタウンに着けます。そうなれば後は最後のジムリーダーとの決戦あるのみ!負けてなんかいられませんよ!』
「そうだね。頑張らなくちゃ……絶対勝って先に進まなくちゃいけないんだ!」
「褒めてあげるわよ、この無謀さと、勇気をね……私だって一歩も引けないわ。私も守るものがある!私の憎悪とアズマ様の野望は誰にも止められない……いえ、止まらせるものですか!!」
 先に動いたのはパラケラスの方だった。素早い瞬間移動を織り交ぜながら攻撃が確実にヒットする場所まで近付こうとしてくる。だがコセイリンの素早さもそれに負けなかった。
 先手を取ったパラケラスに負けじとひたすら様子を窺いながら走り続ける。先に接近を許してしまえばそれだけでバトルの勝敗が決まりそうな様相を呈してきた。
 (素早さは全くの互角!……コセイリンの強さは桁外れだ。俺がユキナリと戦った時もそうだった……誰かの為に強くなれる。そういうタイプだからな……絆の無いパラケラスとは違う!)
『へえ、やるじゃない。さっきのノロマな亀と違って素早いんだ。じゃあ、これはどうかな?』
 パラケラスは片手でクイっとコセイリンを引っ張る仕草をした。その瞬間コセイリンが見えない力でそちらの方に引っ張られていく。
「な、何だ!?」
『ボクのESP(特殊能力)は全部で3つある。瞬間移動と透視、そして物体移動だよ!』
 引っ張っている片手の奥には、既に力を蓄えているもう片方の手が見えていた。
『射程距離に入ってしまえば脆いものさ!くらえ!』
『……貴方の射程距離は、僕の射程距離でもあるんですよ!』
 至近距離で紫色のオーラと青色の炎がぶつかり合った。牽制し合ったまま2人は離れない。やがてどちらも一旦距離を置く為に攻撃をストップして離れた。
『やるじゃん、君!ボクをこんなに楽しませてくれる相手は生まれて初めてだよ!』
『貴方も相当お強いんですね……正直みくびっていた部分もあったのですが、これ程までとは……』
 2匹は互いを認め合い、そして向かい合って構えた。コセイリンはせいなるほのお、パラケラスはサイコキネシスを放つ為に力を溜めている。
「……互いに力を認め合う、か……」
 レイカが呟き、その後黙ってユキナリの方を向いた。いや、正確に言えば向いたのだがユキナリとは違うものを見ている様だ。そう、過去を見ている様な、そんな目が見えた様な気がしたのだ。
『くらえ――ッ!!』
『こっちも、行きますよ!』
 互いに放ちあったサイコエネルギーと炎はぶつかり合って力の摩擦を発生させていた。その熱によるスパーク現象が互いの身体を照らしている。純粋な力と力のぶつかり合いだ。
『こりゃ凄い……ボクより強い相手なんていないと思っていたのに……』
『何処までだって強くなってみせますよ……ユキナリさんが僕の傍にいる限りね!』
 せいなるほのおが分裂し、サイコキネシスを放つので精一杯のパラケラスの腹に直撃した。その瞬間パラケラスはフッと意識を失い、青い炎の中へと飲み込まれてしまう。
『勝ったかな……』
 コセイリンがそう思った瞬間、炎が弾け飛んだ。ブスブスと煙を立てているパラケラスが荒い息を立てながら立っている。その形相は相手を動揺させるに充分な顔つきとなっていた。
『ボクは……ハア、ハア……負ける……ワケには……いかないんだ……コレは……ボク達ポケモンの贖罪……を、償う為に……マスターの……涙を……拭う為にィッ!!』
 紫色のオーラが彼の全身を覆い尽くし、力を抑え切れなかった部分がコセイリン目掛けて襲い掛かってきた。慌てて炎を繰り出しそれを弾くが次々と飛んできてキリが無い。
『ボクは、マスターに冷遇されている……いや、全てのポケモンがマスターにとっては敵だから……その罪を贖う為ならば、どんな事だってやれる!勝てる、勝てる!!』
 ユキナリがポケギアのステータスを見てみると相手のHPはたった5しか残っていない。
「コセイリン、相手は瀕死寸前だ!一発当てれば勝てる!!」
『ええ、そうしたいんですが……相手に攻撃するチャンスが巡ってこないんですよ……何とか相手を怯ませて倒したいんですけどね……そうだ!』
 コセイリンは上に向かって手を上げ、力を込めると雲を作った。その雲を投げ、パラケラスの真上に持っていく。そして手を叩くとその雲から熱湯が降ってきた。
『凍ってしまった時にも対処できる技ですが、これなら確実なダメージを与えられるハズです!』
 ねっとうシャワーを浴びたパラケラスはついに力尽き、倒れこんでしまった。
「勝った……僕達が勝った!」
「……負けたわ……ココは退いてあげる……」
 肩を落としたレイカはパラケラスをボールに戻すと、タイツ姿の下っ端連中に2人を解放する様命令を出した。連中は大人しくそれに従い、縄を解く。ようやくユウスケとホクオウは自由になれた。
「昔の私を見ている様だわ……貴方には恐れが無い。相手を信じ、自分を信じる事で迷いを断ち切っている……若いわね……そう、昔は私もそうだった……」
「レイカさん……貴方は……どうしてポケモンを奴隷にしようとしているんです?」
 レイカはユキナリを見据えると、ゴーグルを外ししっかりと彼を見つめた。美しいが、陰りのある瞳だった。この世に絶望している様な、真意の見えない冷たい瞳……ユキエと同じ冷めた瞳だ。
「私も昔は貴方と同じ様な、世俗的な価値観しか持ち合わせていなかったわ……ポケモンは私達の味方であり、家族であり、仲間であると……
 でもね、私の立場に立ってみればそんな事は2度と思わなくなる……獣よ、貴方は。全てのポケモンがそうなの!」
 レイカが冷たい瞳のまま指差した先にはコセイリンがいた。気まずくなったユキナリは慌ててコセイリンをボールに戻す。レイカはフンと鼻を鳴らした。
「ポケモンは野生にいれば人間に害を与え、家畜であれば従順……それならば何故人間はポケモンを道具として扱わないの!?
 私を玩具の様に弄んだポケモンの様に!!……私はポケモンに襲われたの。大切な、私自身のプライドを盗まれた様なものよ……」
 何時の間にかレイカはその冷たい瞳に涙を流していた。
「私は昔……画学生だったわ……数年前まで……自然とポケモンの調和をテーマとした絵をずっと描いていた……将来はやっぱり画家になりたかったわ……
 それでも、運命はそれを許してくれなかった。吹雪が少し弱くなっていた頃、私はこの山の風景とポケモンを描く為に山に登ったの。
 頂上までは登らなかったけど途中でテントを張って寝袋で寝ていたわ……明日はどんなポケモンを描こうかと夢を見ていた……それなのに!!」
 レイカは涙を流しながら激昂した。その瞬間冷たかった瞳が燃え上がる。
「深夜、ビャッカミの集団を引き連れたハカイグマが私のテントを襲ったのよ!彼等は食料が欲しいのでは無く、私の体が目当てだった……それから私は朝まで奴等の性欲処理に付き合わされたわ……
 身体も心も壊されて、自殺だって考えた……でもその時、アズマ様は私に近寄ってきてこう言ったわ。
 『復讐しないのかね?我々を苦しめたポケモンをのうのうと野放しにしていては、また私や君の様な被害者が出る。我々が時代を変え、人々を救い世界を平和にしなくてはならないのだ!』と……」
 レイカは涙を浮かべてユキナリをせせら笑った。
「だから貴方みたいな、一方的な正義に囚われている相手には負けたくなかった……負けたくなかった……貴方はポケモンの真実の姿を知らないのよ!だからそうやって平気で信じていられる……」
 レイカは過去を思い出した事でより一層敵意をあらわにした様子であった。ユキナリに向けビーム銃を構え、そして……

 その瞬間凄まじい唸り声が聞こえ、下っ端連中もレイカも一瞬動きを止めた。
「逃げろ!!今のうちだ!」
 その瞬間、命を奪われそうになっていたユキナリをホクオウが捕まえて走り出したのだ。ユウスケもそれに続いて下っ端の集団をすり抜けていく。
「……ゴウセツ……そうだわ、ゴウセツなら……!」
「レイカ様、奴等を取り逃がしてしまっては不味いのでは……」
「構わないわ。大丈夫……どうせ出口は頂上にしか繋がっていない。ゴウセツの餌食になって終わりよ……もしゴウセツが逃がす様な事になるなら……
 私がまた勝負を挑んで絶対に決着を付けてやるわ!撤退するわよ!!」
 レイカの命令で下っ端連中はどやどやと荷物をまとめ始めた。沢山のポケモン達がボールに戻され箱に詰められていく。それを背負って次々に走り出すのだ。
 一方3人は数名の下っ端に追いかけられながらも出口らしき扉を見つけた。
「飛び込め!」
 その部屋に飛び込んで『閉』のボタンを押すと扉がギリギリで閉まった。
「た、助かった……」
「よくやったぞユキナリ。レイカは強敵だったが何とか倒せたな」
「……兄さん、今のレイカさんの話……」
「にわかには信じられんな。ポケモンが人間を襲って獣姦するなど……俺は聞いた事が無い。だが、あの瞳は嘘をついている様な瞳には見えなかった」
「そうだよね……」
 レイカは叫ぶ。ポケモンは性欲に飢えた獣でしか無いと。本能に従って生きている動物は、必ず人に危害を及ぼす。ペット等言語道断……
 いっそその力をカオスの為に捧げろと……
 (間違ってる……理由はあるだろうけど、結局カオスはその力でポケモンを、人間を苦しめようとしているだけに過ぎない!どんな理由があったって、許されるべき事じゃ無いんだ、でも……)
 セイヤは恋人を奪われ、ホウは家族を奪われ、レイカは自尊心を奪われた。ポケモンが仲間である事が、本当に100%正しい事なのかと言われればそうは言えなくなってくる。
 嘘とは思えなかった。彼等の涙が偽者だとは……
 ドアが閉まった後、その部屋は密室状態のまま上へ上へと進んでいくらしかった。
「エレベーターか……突き当たりに逃げ込んだだけだったが、恐らくこの場所からすると……出るのは頂上付近になるんじゃないか?」
 ホクオウは素早くジャケットを着込むとユキナリ達にも防寒着を着用する様に言った。突然移動が止まり、扉が開く……思った通りゴウセツ山の頂上に着いてしまった様だ。
「ど、どうしよう……だって、このまま降りるのは……」
 寒いと言うより、痛いと言うべき冷たさが肌を貫いていた。吹雪が強くて何も見えない。そう思っているうちにエレベーターも下に降りていってしまった。
「奴等がボタンを押したんだろう。どちらにせよ戻る事は出来ん。このまま山を降りるしか道は無いだろう。はぐれない様にしっかり捕まっていろ!」
 素人2人が、ガッシリとした体格の玄人に捕まって歩いている。あては外れてしまった……この猛吹雪では崖から転落してしまう危険性も充分にある。ホクオウは焦っていた。
 (畜生、ユキナリとユウスケは登山には不慣れだ……このまま犬死させてなるものか!折角奴等から逃げおおせたと言うのに……!ん?)

 吹雪の向こうから、黒い影がユキナリ達の方に歩いてきた。それはだんだんと形を見せ、ユキナリ達の眼前に立ち塞がる。
『貴様がユキナリか……』
 喉の奥から搾り出されている様な、そうまさに吹雪いている風の音の様な低い声。ポケギアを介してでは無く、彼自身がそう喋っている。その巨大な体躯を震わせて……
「ゴウ……セツ?」
 ホクオウは思わずそう呟いていた。
『我はずっと探していた……我と対等に戦える兵を……貴様ならば戦える……ずっと見ていた……遠くから、お前の戦いをずっと見つめていた……』
 背中には巨大な棘にも似た氷柱が何本も生え、口からは吹雪と同じ氷の吐息が吐かれていた。ユキナリ達を悠然と見下ろしている。巨大過ぎるその体躯……
「僕を……選んだんですか?」
『いずれ我と貴様は死力を尽くして戦う事になるだろう……だがココにいれば死ぬやもしれぬ……戦わずして死なせるにはあまりにも惜しい……』
 ゴウセツの背後から虹色に光輝く沢山のアンノーンが出現した。
『我は待つ……アズマのいる場所で……貴様を待っている……』
 3人はグルグル回るアンノーンを見ているうちに気が遠くなっていった……

「ちょっとアンタ達、大丈夫?」
 女性の声で目覚めるとそこは既にゴウセツ山では無かった。
「ココは……何処ですか?」
「55番道路よ、私はルナ……街の奴等が光と共に落ちていくのを見たって言うんで、こっちに駆けつけてきたの。ホラ、あそこにも……」
 彼女が指差す先にはホクオウとユウスケが倒れていた。
「兄さん、ユウスケ!」
「気絶してるだけよ。大丈夫、すぐに意識を取り戻すと思うわ……でもどうして空から降ってきたの?見た所普通のトレーナーと変わりないみたいだけど」
「ゴウセツに会ったんです。急に飛ばされて……待てよ、55番道路?そうか、ココはミサワタウン側の道路なんだ。それじゃあ……」
「ミサワタウンはすぐそこよ……もしかして、ジムに挑もうってつもりじゃないでしょうね」
「勿論そのつもりですよ」
 ルナは兄とは対照的な紫色の髪を掻いた。
「今は無理……と言うか、この状態が続けばずっとそうかも……私が本当のジムリーダーなんだけど、ジムを突然カオスの連中に乗っ取られて、今こっちに逃げてるの」
「カオスが……?」
「街ごとそっくり奪われちゃってね……見て頂戴。あそこにいるのは皆私と同じミサワタウンの住人達なの。警察に助けを求めたんだけど、あまりにも警備が厳重過ぎて入れないらしくて……」
「でも、僕は……7個のジムバッチを手に入れたんです!今更退けません!」
「何とかなるさ、強行突破しなくとも道はあるハズだ」
 ユキナリの肩を叩いたのはホクオウだった。その後ろにはユウスケが立っている。
「兄さん!」
「ゴウセツが本当に存在するとはな……あれはまさしく伝説のポケモンに相応しい貫禄だった……とにかくミサワタウンに入らないと先には進めん。最後のジムリーダーとも戦えない……」
「いや、本当のジムリーダーは私だけど、結局ジムバッチも技マシンも全部タウンのジムにあるから、勝負をしてもバッチを渡せなくて、だから勝負も軽々しくは……」
 ルナは周りを見てから溜息をついた。
「逃げ出せたのは幸運だったと思うけど、もうそろそろ私もタウンの住民も限界よ……ありったけ持ってきた食料ももうすぐ無くなるわ……
 兄さんとも連絡を取ろうと思ったんだけど、おかしな電波で通信を妨害されるし、鳥ポケモンに伝書を持たせても相手のミサイルで落とされてしまうの……」
「警察はミサワタウンにカオスの本拠地がある事を知らないんだな?」
「ええ。誰かが伝えてくれれば良いんだけど……」

 その頃、カオス団員専用大型地中艦『モグタンクG』はユキナリ達がいる55番道路の下を掘って掘ってミサワタウンへ向かおうとしていた。
「全てのポケモンを乗せています。ですが、あの小僧達を捕まえられなかったのが痛手でしたね……もし奴等が警察にでも駆け込んだら、もうゴウセツ山の支部は使えなくなっちまいますよ」
「解ってるわ。そんな事位……それより急ぎアズマ様のもとへ!奴等は必ずミサワタウンへ出向くハズ!勿論……今度こそ倒してやるわ、完膚無きまでにね!!」
 (アズマ様の手を汚すワケにはいかない……私があの方を守る!)
 レイカは部下にそう言い放つと貨物室へ向かった。貨物室では部下達がポケモンの種類チェックを行っている。ボールからポケモンを出して名前の確認までキッチリ行っているのだ。
「レイカ様、予定通り全てのポケモンを運び込めた様です。もうバッチリですよ!」
「ご苦労様。アズマ様にお届けするまでは油断しないで頂戴ね」
 その時、小規模な地震がモグタンクを襲った。地上では小さな揺れでも震源に近い地中の方が揺れは激しい。その揺れでボールが転がり、大型のポケモンが出てきてしまった。
『ガルルルル……』
 数匹のビャッカミが彼女の前に姿を現す。その瞬間、彼女は昔の記憶が鮮明に蘇った。
「おえッ……」
 我慢しようとしたが手遅れだった。あの時以来、彼女は大型のポケモンを近くで見ると条件反射的に嘔吐してしまう。彼女の後遺症は深かった。
 部下が慌ててモンスターボールにビャッカミを戻す。レイカはゼエゼエと涙を流しながら荒い息を吐いていた。
「申し訳ございません……」
「貴方の……せいじゃ無いわ……それより、急いで……アズマ様の……下へ……」
 涙を流しながら口を拭き、レイカは操舵室へと向かった。後に残った吐瀉物は清掃ロボットが自動的に拭き掃除をしてくれる。部下は頭を抱えた。
「……何と辛い人生を歩まれた事か、あの御方は……!」
 その部下の目にも涙が溢れていた。モグタンクは彼女と沢山の部下を乗せて地中を進む。確実にミサワタウンへと近付いていく……

夜月光介 ( 2011/07/20(水) 20:09 )