第7章 3話『白い吐息の結末』
フィールドに対峙するコセイリンとパルシェン。コセイリンの体力は少なくなっていたが、通常ならばまだ充分に戦える程度は残されていた……通常ならば。
(とにかく、どうあがいてもコセイリンに勝ち目は無い……出来るだけ多く、少しでも多くダメージを!)
試合開始と同時にまず動き出したのはパルシェンの方だった。ミサイルばりを撃ってくる。細い針は肉眼で捉えにくくまだスピードも早かった為、コセイリンは逃げる事も出来ずに壁に捕らえられた。
『脆いねえ……終わりにさせてもらうぜ!』
パルシェンはすぐさま『波乗り』を発動した。波の一撃をくらい、コセイリンは呆気無く倒れてしまう。
「ああ……!」
『属性的に有利な時は本当に儚く散ってくれるわ……フフ……』
これでもまだ、ユキナリには若干有利な展開になっているのは間違いない。ただ、残り3匹中有利に立てるポケモンは傷を負っており、残り2匹は互角に戦えるだけである。戦いが膠着しそうだった。
(ユキナリ君の手持ちはヤナギレイとガシャーク、そしてエビワラー……エビワラーはまだ体力を充分に残しているけど、バトルの展開次第では厳しい状況に立たされるかもしれない……気を付けて!)
「まだ、僕は諦めてはいませんよ。行けっ、ヤナギレイ!」
フィールドに出現したヤナギレイは美しい美貌をパルシェンに見せ付けた。パルシェンも少し気が引けるのか黙ったままである。ヤナギレイの場合は特殊能力に期待がかかっていた。
『私に任せてください。この勝負で決着を付けるつもりで戦います!』
『チッ、ちょっと可愛いからってこの俺が絆されるとか思ってんのか!?そりゃ大きな間違いだぜ!』
「ヤナギレイ、相手のペースにならなければ動きの早い君が勝てる。頑張って!」
『ハイ、マスター!私、頑張っちゃいますよ♪』
『雑魚が、吼えるなァッ!』
最初に攻撃を仕掛けてきたのはパルシェンの方だった。先程と同じ様にミサイルばりを放ってくる。
だが傷も無く動体視力のあるヤナギレイは簡単にそれを避けてしまう。挨拶代わりにと『ハイパーボイス』を見舞った。
『ラララ―――ッ!!!』
美しいソプラノの声が大音響でジムの中に響き渡る。ユキナリとユウスケはあまりの轟音に耳を塞いだ。ユキエだけが平然としている。幽霊には外からの五感が薄いのだ。故に音も小さく聞こえる。
『……五月蝿え音を聞かせやがって!サッサと片付けてやる!』
パルシェンはれいとうビームを放ったがそれも避けられてしまった。彼女は微笑む。
『ちょこまかと動き回る蝿如きに、俺様が翻弄されるだと……んなワケ、無えだろうがッ!!
ヤナギレイは特大のシャドーボールを作り出し、パルシェンに放った。ヤナギレイも進化してから凄まじい戦闘力の増加が目立っている。
素早さと攻撃力はバトルの流れを決める重要なファクターだからだ。特にヤナギレイの回避力はユキナリの手持ちポケモンの中で群を抜いていた。
『次、行きますよ!』
その場から殆ど動けないと言うパルシェンの弱点は致命傷だった。遠くからの攻撃に全く対処出来ていない。ヤナギレイが放つ紫色のオーラがパルシェンを覆い尽くし体力を削っていった。
このままでは負けるのを待つしか無い。パルシェンは激怒し、回転しながら闇雲にミサイルばりを連発した。
『し、しま……』
壁に叩き付けられ身動きを奪われるヤナギレイ。動けなくなっている所にれいとうビームが当たった。
「ヤナギレイ、何とかそこから脱出するんだ!」
『駄目です。動けなくって……』
『さんざんいたぶってくれたじゃねえかよ、オイ!今度は俺様の番だ。後悔しな!!』
もう1度……と思った所でパルシェンは『てんしのびぼう』に引っかかった。攻撃を当てた事により『メロメロ』状態に陥ってしまう。その隙にヤナギレイは口から再び『ハイパーボイス』を当てた。
『グウッ、てめえ……美人じゃねえか。俺様は……いやいや、ココで負けてたまるか!』
既にパルシェンはボロボロだった。あと1発でも攻撃を受ければどの攻撃でも負けてしまう。パルシェンは渾身の力を込めて身体を回転させ防御体勢に入った。
再びハイパーボイスを放つが効いていない。そのまま壁に磔にされたヤナギレイに体当たりして自爆した。
「あ、相討ち……!」
木っ端微塵に砕けた貝殻の破片と、床に落ちたヤナギレイの黒焦げになった姿があった。
『だ、大爆発とは……流石に私も耐えられませんでした……』
白目を剥いたヤナギレイ。コレで戦いはユキエの切り札を倒した時点で終わりになる。両者がポケモンを戻し、そして向かい合った。
『まずは褒めておくわ。貴方ほど私に刃向かえたトレーナーもいないでしょう……このゲームの勝者は私か貴方か……面白くなってきたわね』
「ゲームとか、遊びだとか……ポケモンバトルを冒涜しないでください。
僕は今まで沢山の人達の思いをバトルと言う形で受け取ってきた……勝ってきたからには、貴方の様な冷たいトレーナーに負けたくありません!」
『フフ……そういう瞳、とっても綺麗で素敵よ……飾りたくなっちゃう位にね……私は人であった頃、その思いと言うのを失ったわ。醜い恋人の裏切りと言う形でね……
所詮絆なんて脆いもの。そういう理論は豊かな生活の中でのみ成立するの。人間の本性は残酷な生き物だって事を、知りなさい……』
ユキエはオーロラボール最後の1個を取り出した。ユキナリもボールを手に持つ。
『どちらにせよこのゲーム、貴方が負けるか貴方が勝つかのどちらかよ。せいぜいふんばりなさいな……』
互いのフィールドにボールが投げ込まれ、そしてそのボールから互いの思いを背負ったポケモンが飛び出す。現れたのはペンペルの洞穴で見かけたペンペルによく似た、鳥ポケモンであった。
「ユキナリ君、ペンギペンだよ……ひこう・こおりって言うデリバードと同じタイプだけど……」
『デリバードとは覚えている技が違うわ。戦闘力に秀でて、バトルに特化している。まさに理想のこおりポケモンよ。流石カイザーシティジムのジムリーダー、セツナの切り札だけはあるわね』
(そうだった……今まで戦ってきたポケモンは全て、セツナさんのポケモンだったんだっけ……なまじ相手がユキエさんだったから優位を保ってこれたものの、もしセツナさんと直接対決していたら……)
ユキナリは背筋が凍りついた。自分のフィールドに出しているのはガシャークだ。
『クオーッ!まさかこの私がフィールドに立つ事になるとは!貴方かなり育ててるね!最高だよ!!』
『マスター、ココで決めてやる!あの格闘バカの出番は無いぜッ!シャシャーッ!!』
ガシャークはじわじわと相手をどく状態にして追い詰めていくのが理想の戦い方だ。果たして飛行タイプを持つペンギペンにもその戦略が通用するのだろうか……
「まずは調べてみない事には……」
『ペンギペン・こうていポケモン……美しい頭の羽根と翼が生えているポケモンで、進化すると『そらをとぶ』を覚えられる様になる。
氷柱がある様な寒冷地帯の洞穴に多く生息しており、たまに外へ出てきてメトラや草食ポケモンを捕食している。
ポケモンフードとの相性は抜群らしい。翼を広げて威嚇し、鋭い嘴で獲物の胸を貫き息の根を止める』
「特殊能力は?」
『特殊能力・鋭い眼差し……相手が自分のステータスを変える技を使ってきた時、それを跳ね返してしまう』
(しまった!ひこうタイプが付いているペンギペンとエビワラーでは不利だ……出すポケモンの順番を見誤ったか。どうしよう……ただ、ガシャークのふんばりさえあれば勝てる!)
『マスター……俺を信用しろよ。あんな鳥風情、蛇が食らってやるだけの話だ』
『その蛇を鷹は喰らう!爪を立ててね……思い知らせてあげるよ!』
まず最初に動いたのはペンギペンの方だった。空に羽ばたいて相手の攻撃を許さない構えを見せる。
『チッ、高みの見物とは良い度胸じゃねえか!』
『このまま急降下して貴方掴んで、一気に床に叩き付けてやります!』
無闇に攻撃するのは自殺行為だった。相手に隙を見付けられて捕まってしまう。攻撃が当たらない事を知っていて、ガシャークはまだ動かなかった。攻撃を受ける側は死んでいる攻撃を利用する。
『クオーッ!』
一気にガシャークの胴体目掛けて急降下してくるペンギペンの腹に全神経を集中させ、ガシャークは勇猛果敢に飛び掛った。見事に腹に喰らいつく事に成功する。
『クオッ、クオッ!放せ、放せ!何と言う動体視力の持ち主ですか!私ビックリしたね!』
『伊達に今まで戦ってきたワケじゃ無えんでな。待ち受ける側と成り上がる側は違うんだよ!背負っているモンとかがな!……猛毒が既に回ったか。アンタもコレで終わりだ!』
噛み付いた牙から猛毒の液体がペンギペンの全身を巡っていく。身体に若干の痺れを感じ、ペンギペンはヨタヨタと降りていった。渾身の一振りでガシャークを振り払う。
『受けたダメージはそれ程では無いわ!猛毒のダメージが追加される前に、一気に勝負を決めなさい!』
『クオッ!解ったね……蛇なのになかなかやるじゃないですか!私をココまで追い詰めるなんてね……』
ペンギペンは地上に降り立つと、翼を広げて構えを見せた。そのまま黄金のオーラに包まれて動かない。
「ま、不味い!ゴットバードだ……ガシャーク、奴の動きを止めてくれ!」
『1ターンの間は攻撃を溜めてる状態だからな!猛毒のダメージと俺の爪をくらいやがれ!』
近距離戦が彼の真骨頂と言う部分が、ユキナリのチームの中で唯一異彩を放つ存在だった。
他のポケモンが皆遠距離から攻撃を仕掛けられるのに対し、ガシャークは威力は高いものの離れられては当たらない近距離の技しか使えない。
例外は『ねつのどくえき』だけだった。それ自体の攻撃力は低いのだが……
『シャ――ッ!』
腹を掻っ捌く様に爪が一閃した。ポイズンクローの攻撃がクリティカルヒットする。が、既にゴットバードの溜めは完了していた。
そのままガシャークを抱きかかえて壁にぶん投げ、黄金のオーラを纏ったまま頭突きを行う。
『ガ……』
白目を剥いて意識を失ったチャンスを見逃す事無く、今までのお返しとばかりにふぶきを見舞った。元々氷に覆われていたジムがさらに氷に覆われる。元々雪に弱い爬虫類にとどめを刺す攻撃となった。
『ハアハア……ま、ざっとこんなモンですねー』
戦闘不能となったガシャークをボールに戻し、ユキナリは必死に考えていた。
(……傷を負っているエビワラー。対してペンギペンは猛毒のダメージ、噛み付かれた時のダメージ、クリティカルヒットしたポイズンクローのダメージが蓄積され、既にレッドゾーンに突入している……
勝てる!1発当てれば、いや……数ターン耐え抜くだけで勝ちが決まる!)
『……使えない切り札が!』
ユキエはペンギペンの弱さに激しく叱責した。だがペンギペンはまだ若干の余裕を見せている。
『わ、私見てたよー。次の相手が最後で、エビワラーね。かくとうタイプで傷を負っているならば、まだチャンスは充分。マスター、諦めちゃ駄目ねー』
『……そう、そこまで蛮勇を誇れるならば見せて頂戴。ゲームだけれど、負けるのは悔しいから』
ユキエは冷徹な眼差しを保っていたが、こうして急に激昂する等感情の起伏が激しい所があった。それが一層彼女の恐ろしさを感じさせている。力を持った人間程傲慢になる生き物はいない。
(……元からあんな性格だったとしたら、そもそも恋人と仲良くなれるものなんだろうか……)
ユキナリの頭にそんな疑問が浮かんだが、ユウスケがユキナリの肩を叩くとユキナリはバトルをしていると言う現実を思い出した。ココではとにかく勝つ事だけに集中しなければならない。
ユキナリはバトルフィールドにエビワラーを出現させた。若干の傷を負っているもののまだ充分に戦える範囲内での話である。既に反撃さえ受けなければ勝ちは決まったも同然だった。
『ココで俺の強さを証明し、マスターへの恩義を果たす時だ!見ていてくれ、ケンゴ様!!』
『クオックオックオッ……まだですよ、勇猛なる格闘家さん。最後の力を使います!』
エビワラーは素早くけたぐりを繰り出したが、空に舞い上がったペンギペンを捉える事は出来なかった。
(フフ……コレで猛毒のダメージが追加されようが死ぬワケではありません。このターンでくらっても次のターンで空を飛ぶ攻撃、ENDと言うワケですよ。クオックオックオッ……)
『……迎撃の構えは既に出来ているんでな。このターンに全神経を集中させ、一撃を放つのみ!同じ轍を踏むとは哀れじゃねえか……
ガシャークがお前をココまで追い詰めてくれた時点で貴様の負けは決まっていたんだよ。今更あがくんじゃねえ!』
『ほざけェェェ!』
滑空してきたペンギペンの姿はエビワラーにハッキリと見えていた。そのまま『メガトンパンチ』を繰り出し、先程ガシャークが与えた傷に向かって一撃を浴びせる。
そのまま壁にぶち当たってペンギペンは戦闘不能状態となった。
『……使えない屑が!屑が!屑が!!何が策ありだ!使えない、使えない、使えない――ッ!!!』
鬼の形相となったユキエが彼女の為に従っていたハズのペンギペンを踏みつけにしていた。凄まじいその行動にユキナリも震えが止まらない。ユウスケも思わずユキナリにしがみついていた位だ。
『ハア、ハア、ハア……本当に、使えないわね……まあ良いわ。負けた事には変わりないもの』
また彼女は冷静さを取り戻し、冷たい瞳でユキナリを見据えた。
『さて、ゲームは私の負けね……私は退散させてもらうわ。皆を元の状態に戻してあげる。悔しいけど、貴方は意外と強いわ。今度機会があればまた会いましょうね……』
「ま、待ってください!」
背を向けていた彼女はゆっくりと振り向いた。
『……何かしら?ユキナリ君……』
「……貴方は間違っている!!バトルをゲームと考え、弱い者を切り捨て、感情のままに行動する……そんな貴方に、誰が懐いてくれるんですか?負けるのだって当然だ!愛が無いからでしょう!」
『私は裏切られた事で変わったの。愛なんて信じない。実力があるポケモンを傀儡にして私が強いトレーナーになってみせる……誰にも文句は言わせないわ。それにバトルなんて所詮ゲームよ?
だって、互いの命を賭けてるワケじゃ無い。闘犬と一緒。ポケモンは何度でも蘇るのよ!』
さらにジムの中が寒くなった様な気がした。話して解る様な相手では無い。
『強いからって調子に乗らない方が良いわよ……何時か必ず貴方を私の前で跪かせてみせる……屈服させてみせるわ。楽しくなってきたわね。やりたい事が増えたんですもの……』
吹雪が舞い上がったと思った瞬間、ユキエの姿は消えていた。次の瞬間、ジムの中の氷が消えた。沢山のトレーナー達が床に叩きつけられる。
「あれ?俺何してたんだっけ……そうだ、ポケモンバトルで負けたんだ!」
「君が彼女を倒してくれたのか!凄いな……俺だって叶わなかったのに……」
いきなり沢山のトレーナーがユキナリに集まってきたのでユキナリは動揺した。入り口からホクオウとセツナが飛び込んでくる。勝った事を伝えるとセツナは涙を流して感謝した。
「君達を危険な目に遭わせてしまってすまなかった……僕では彼女に対抗する術が無かったんだ……本当にありがとうユキナリ君。ユウスケ君!君達には早速バッチを渡そう……」
「違います!ユキナリ君だけです。彼女と戦ったのは……僕は横で震えていただけで……」
「とりあえず彼等には一旦帰ってもらおうか。騒々しくてかなわん」
氷の中に閉じ込められていたトレーナー達は皆無事だった。彼等がジムを出た後ユウスケはセツナと戦う。
ジムの中に回復ポッドがあった為、セツナのポケモンもユキナリのポケモンも、ユウスケのポケモンも全て回復出来た。そして改めてバッチと技マシンの部屋に案内される。
「ユキナリ君……君は僕もかなわなかったユキエを倒し、僕の持っていたポケモン達と戦った。君に感謝の意を表す為にこれをあげよう。オーロラバッチだ」
キラキラと七色に光るオーロラを模したバッチがユキナリとユウスケの手に渡された。
「そして技マシンだが、『吹雪』をあげよう。少々命中率は低いかもしれないが抜群の攻撃力を持っている。四天王にはドラゴンタイプを使ってくる者がいるから、覚えさせておいた方が良い」
「有難うございます!」
「今夜は使える様になった施設で休んでくれ。明日ホクオウさんが君達をゴウセツ山に同行させると言っている。山に慣れないトレーナーが山を登るのは危険だと思うしね」
「そうだ。今雪は降っていないと言うが、ゴウセツ山の頂上では酷い吹雪になっているらしい。防寒着をしっかり着込んで山に向かおう。
何、越えさえすればあとはミサワタウンだ。ノベロードも少し吹雪いているらしいが巨大な施設になっているから室内を歩くだけで良い。帰りは『そらを飛ぶ』で一気に帰れるからな」
「解ったよ兄さん……でも、ユキエさんは何処かに行っちゃった。また何処かで悪事を働くかも……」
「その時はその時だ。お前ならきっと勝てるさ……そういやリーグ四天王の中には悪霊除霊に長けた巫女がいるらしい。彼女に頼めば何とかなるかもしれないぞ」
「四天王がだんだん見えてきたねユキナリ君!チャンピオンに挑む時が!」
後はミサワタウンのジムリーダーだけだ。一気に夢が膨らんでいく。
その頃……ミサワタウンではタウンのジムである場所に巨大な暗黒の建造物が建っていた。
4階建ての巨大な建造物は毒々しい紫色に塗られ、来る者を拒むかの様に入り口には怪しい黒タイツの男達が見張りをしている。そしてそこに1人の女性が入っていった。
彼女はカードキーを使用するとエレベーターを使い一気に4階まで到達。そこには紫色の髪をした男が高級そうな黒革の座椅子に座っていた。
綺麗に整えられた口ヒゲと顎鬚を生やし、傍らには1匹のグラエナを従えさせている。黒タイツの女性はその男に報告を行った。
「君は誰だったかね……」
「ハッ、大幹部レイカ様の部下、シブメと申します!」
「うむ。ところで戦果があったと報告があったよ。君が来る前に……」
「はい、レイカ様は同じく大幹部であるセイヤ、ホウ様が集められたポケモン達をゴウセツ山に集め、実地訓練を行わせております。いずれ大勢のポケモン達が我々の奴隷になるかと……」
「結構結構。1日も早くトーホク中のポケモンを我等がカオスに屈服させねばならないからね。私も楽しみだよ……コレは、人類の未来の為なのだ。解るね?」
男は全身紫色に包まれていた。青紫色のキッチリとしたスーツとズボンを着用し、首には赤紫色のネクタイを締めていた。仕事が出来そうな重役と言うイメージを彷彿とさせる。
黒いサングラスの奥に映るのは、黒いタイツに身を包んだ美しい女性の姿だけだった。
「ハッ!それがアズマ様の悲願でありますれば、カオスの組員全員がそう思っておりますでしょう!」
「……そう言えば、セイヤやホウから聞いたよ……我々の邪魔ばかりしている少年がいると……」
「我々が独自に調べを進めた所、どうやら一介のポケモントレーナーの様です。名前はヒョウガユキナリ。コレと言って目立った特徴も無いどちらかと言えば弱そうな少年で……」
「侮ってはいかんね。私達が常に邪魔を嫌がる事は解るだろう?カオスの発展の為にはいかなる小さな障害も放っておくワケにはいかない。後に巨大な敵となって我々の前に立ち塞がる前に……
舞台から消えてもらう。それが一番利口なやり方と言うものだよ」
アズマはグラエナの喉をくすぐってやった。まるで猫の様にグラエナがリラックスして喜んでいる。
「ともかく、急ぎレイカにその事を伝えてくれないかね。私は一刻も早くその『事態の収拾』を望んでいると……」
「了解致しました。ココの警護はどういたしますか?」
「既にセイヤとホウがこちらに向かっている様だ。安心してくれたまえ。その少年が来ても勝てる様に訓練を積ませた様だ……まだ、終わるワケにはいかないからな。終わるワケには……」
片手は黒椅子に、もう片方の手は火を付けたばかりの葉巻煙草に添えられていた。威厳を感じさせる大悪党が、ユキナリと全てを賭けて決戦する時も、着々と近付いていたのだ……
ユキナリ達3人はリーグ用宿舎内で明日の準備を進めていた。
「基本的に絶対離れてはいけない。酷い凍傷にならない様に全身を覆いつくせるタイプの防寒着が必要だ。勿論、その為のゴーグルやマフラーも忘れてはいけない。
足元が滑らない様にスパイクが付いた登山靴を2人分余計に用意しておいたのが幸いしたな。
靴のサイズは博士から聞いて購入した……ともかく一旦ミサワタウンへ着いてしまえばそれ程辛い場面はもう無いだろう。ココが旅一番の難所となる」
「コセイリンがいれば凍死する心配はなさそうだよね、ユキナリ君!」
「うん……ちょっと不安は残るけど、先に進まなければリーグに挑めないワケだし……」
ポケモン面でもぬかりは無かった。今までに手に入れた技マシンを新たにポケモン達に覚えさせようと思ったのだ。ばくれつキックと吹雪。コレをエビワラー、コセイリンに覚えさせた。
特に吹雪はドラゴンポケモンと戦う際の切り札となり得る技である。勿論ビブラーバがフライゴンになりさえすれば1匹頼れるポケモンが登場するだろう。だがそれでは足りなかった。
(ビブラーバもあと一押しでフライゴンになれるんだ……今までで一番進化が遅い分、パワーアップも他のポケモン以上に果たすと信じたい……)
「あと少し気になったんだが……あまり人が立ち入らないゴウセツ山の麓で何回か不審な人物が目撃されているんだそうだ。良い情報では無いが……とにかく、何にせよ気を付けなければ……」
ユキナリとユウスケは顔を見合わせた。今までの経験から行くと不審な人物なんてそう何度もお目にかかっていない……あの組織以外は。
(勿論、きっと近い内に決着を付ける事になるかもしれない……カオスとの)
夜……支度を整えていた2人のもとにセツナが訪れた。
「こんな遅くまで大変だね……おや、もうホクオウさんは……」
「兄さんはもう準備を済ませて眠ってます。普段から山登りばかりしているから、そういう準備は何時も万端なんです。でも僕達は山登りなんて今回が初めてだから……」
「成程……いやしかし見事なものだ。君が来なかったらまだ僕は戦々恐々の思いだったろう……」
軽い鼾を立てて眠っているホクオウの顔を見やると、セツナはクスリと笑った。
「まあ、他力本願だった事は事実だ。否定する気はさらさら無いよ……僕の妹の方もヤバイ気がするんだ。ポケギアでの連絡が全く出来ずに数ヶ月が経過した。便りも無い。
こっちと同じ様に何か大変な事が起こっているのかもしれないね……」
セツナは心配そうな表情を浮かべていた。セイヤと違って無表情では無い所が救いになる。
「最近、トーホクで暗躍していると言う噂の『カオス』が、かなり目撃されているらしい……警察も本腰を上げて捜査を進めている様だが、そう簡単に倒れるものかどうかも疑わしいんだ」
セツナの片手にはあの本がしっかりと握り締められていた。
「まやかしでも何でもない、伝説のポケモンの力は強大だ……ただ、その力を何故悪い方向へと向けたがるのか。僕には理解出来ないよ……その力を、恒久的な平和利用に出来ないなんて、ね」
ユキナリにもそれは解る。強大な力を持つポケモンをもし捕まえられたとしたら、人はその力に溺れて必ず道を踏み外す事になるだろう。人には大なり小なり野心がある。
ユキナリだって、善の道ではあるが力に頼りここまでやってきた。そういう意味での『野望』を考えるならば、カオスとそれ程の大差は無いのかもしれない。だがユキナリはかぶりを振った。
(でも……分かり合えない時だってある……だからって、全てを否定するワケじゃ無い。困っているのはトレーナーの人達だ……ポケモンを奪われて泣いている人は沢山いる。
涙を流させる権利は、あの人達にだって無いハズだ!守らなくちゃいけないんだ、色々なものを……)
ユキナリは正義だの、そういうものが常に不完全なものである事を重々理解しているつもりだった。しかし、トレーナーである以上は自分がそういった大義の中に生きている事を実感しなければならない。
矛盾の中に彼はいた。やるべき事はある。だが、それは本当に正しい事なのだろうかと……
「明日の用意は、とりあえずコレで何とかなりそうだね……ユキナリ君」
傍らにはユウスケがいて、布団の中で寝息を立てている兄の姿も映っている。正義とか悪じゃ無い……守りたいものがある。それだけだとユキナリは心の中で頷いた。
翌朝、晴れた空の下、ユキナリ達はセツナに見送られ、街の出口付近に立っていた。
「くれぐれを気を付けて。遭難して彼女の様にならない様に……」
「俺がいる。大丈夫だ。いざと言う時は素直に引き返すしか無いさ……」
「ホクオウさんがいれば、きっと何とかなりますよ!僕達だけじゃどうしようも無かったけど……」
それは真実であるとユキナリは思う。ユキエを倒す実力はあっても、山に登るのをポケモンに任せるワケでは無い。己の足と体力だけが命運を握っている。
そんな時に登山家である兄が傍にいてくれる事が、今は何よりも心強かった。彼さえいれば何とかなると言う安心感があった。
「また気が向いたら何時でもこっちに来ると良い。その時は全力で、僕が相手をしてあげるよ」
「ありがとうございましたセツナさん。何から何まで……妹さんに必ず会って、勝ってきます!」
手を振り別れ、セツナは自嘲気味に微笑んだ。
「勝ってくる、か……確かに彼女を倒したトレーナーだ。まだジムリーダーになって日が浅いルナが1人で勝てるかどうか……そのままリーグだろうな。楽しみになってきたよ」
リーグに挑む挑戦者は、この数年間全く出てきていなかった。リーグ挑戦者が四天王やチャンピオンに挑むとなるとエリア中に生放送される事になる。いや、世界中が彼に注目する事になるのだ。
「ユキナリ君も勿論、リーグに憧れてココまで来たんだろう。なら……必ず行ける。僕はそう思う……」
遠くに見える3人の影を一瞥すると、セツナはやれやれと言った風に肩を下ろし、ジムへと戻っていった。
1人の少年の勇気と努力によってこのカイザーシティは救われたのだ。勿論、それは解っていた。
自分が築き上げてきた力や、様々な思い出も、あの少年の前では無力と化す……自分の限界を知った様な気がしたのだ。
一方ユキナリ達はセツナと別れ、ゴウセツ山に向かう為の道路を進んでいた。
「今歩いている54番道路からゴウセツ山までは一直線だ。山を越えれば55番道路、ミサワタウン、ノベロードとなっている……だんだん、リーグへの夢も現実のものとなってきたと言う事だな。旅の終わりも近いぞ」
ホクオウはそう言って微笑むと、ユキナリの頭を撫でた。
「あの戦いの様に、リーグでは敵同士だ。だが、俺達が腹違いであっても兄弟と言う事には変わりが無い。ユウスケもそうだろう。リーグで負けてもまた親友同士で、何時までもユキナリの良き友達であってくれ」
「うん。僕は何時までも、ユキナリ君の親友でいたいよ!だから、全力で戦うんだ。絶対悔いは残さない!」
ユキナリも同じ気持ちだった。兄や親友、それにトサカと言う強敵もきっとリーグに立つだろう。
誰か1人がチャンピオンを倒し暫定リーグチャンピオンとなれば、次に四天王を倒したトレーナーがその人物に戦いを挑まなければならない。それがリーグの掟であり、『全力を尽くす事』が定められている。
ただ、傷付くのはポケモンだけであり、本人達が殴り合うワケでも無いので、絆がそう簡単に切れてしまう事は無いであろう。ユキナリ達の様に幼い頃からしっかりと繋がっていれば尚更である。
だが1回のバトルが人生をも変えてしまうと言うのはこの世界ではよくある事だ。少しは、心配しておかなければならない事でもあった。
「ゴウセツ山は登山のメッカだったんだが、この所頂上が荒れていて登山客も足を踏み入れないと言う……だが俺は吹雪の山を何度と無く踏破してきたんだ。今度だって何とかしてみせる。お前達の為にもな」
決意に満ちた表情を浮かべる兄の顔はとても凛々しかった。ユキナリにとっても、彼は憧れの存在の1人であったのだ。
それに彼はユキナリと違い、リーグチャンピオンでは無いにせよ名声を得てきた男だ。彼の登山話に誰もが心を奪われ、雑誌やTVで兄の登山風景が何度と無く放映された。
強力なバックアップを約束するスポンサーも付き、順風満帆である事は最早疑い様が無かった……登山家としての活動を続けてさえいれば。
今彼はそれを捨ててまで、将来性の少ないリーグ制覇と言う厳しい道のりを選んだのである。登山家として活動していれば安泰であったものを……
その気概にもユキナリは憧れを感じていた。並の人間ならば人生を狂わせてしまうかもしれない挑戦はしない。だが、彼自身は何度と無く挑戦を繰り返してきたのだ。
「エリアの山と言える山には登ったな……シロガネ山にもおつきみ山にも、標高は関係無かった。ただ全てを踏破する事だけが大きな目標だった。だが今は違う。
お前が目を輝かせたリーグへの栄光の道……俺も兄として黙って見ているワケにもいかなくなった。お前の実力自体が素晴らしかったから尚更だ……」
そうやってユキナリに語りかけるホクオウは、もうとっくに二十歳を超えていると言うのに子供の様な無邪気な部分があった。負けず嫌いとか、そういう部分は誰にでもある。
だが彼の場合は自分より一回りも年が離れた少年に、弟に軽い嫉妬心を感じたのである。その負けず嫌いさは尋常では無いだろう。
時折出現する野生ポケモン達を蹴散らしレベルを向上させながら、ユキナリ達は道路を進んでいった。
やがて目の前に強大な山が見えてくる。標高4000mはあるであろうと思われる巨大な山だ。
「登山学者の計測によると、ゴウセツ山の標高は約4444m。シロガネ山の3776mを遥かに凌駕する標高だ。お月見山の標高は2000m弱だから、それの2倍以上はある事になる。
ちなみに南米のエリアではギアナにあるテーブルマウンテンが全エリアの最標高だな。確か、5000m以上はあっただろう」
ユキナリは気が遠くなる様な気分に陥った。4444mとは……流石にユウスケも驚きを隠せないでいる。
「まあ、お月見山は観光地として有名だから洞穴を掘ったりして登山せずとも通過出来る様にはなっている様だが……ココは少し厄介だ。雪神の祟りを恐れて地元の人間が開発せずに放置しておいたらしい」
そう、雪神神社があった様に、ゴウセツは神として祭られているのだ。そんなポケモンが住んでいると言われるゴウセツ山を勝手に掘ったりしたらどんな祟りがあるかもしれない。それを恐れて開発を断念したのだろう。
「まあ、俺はゴウセツに関しては懐疑的なんだがな……さてと、行くしか無いだろう。標高が上がるにつれて寒さも酸素濃度もきつくなるから、酸素ボンベと防寒着を俺が用意してやったハズだ」
「うん、解ったよ兄さん。登らなければミサワタウンに行けない……ルナさんとも戦えないんだから。ただ、帰りが楽だって言うのには救われる思いだけどね……」
「……まあ、本当にリーグチャンピオンになってしまったら迂闊に里帰りする事も出来なくなってしまうがな」
そうだった。帰りを心配していると言うのは負けるかもしれないと言う事なのだ。プラス思考で考えなくては……
リーグチャンピオンになると挑戦者の事を考慮してリーグ施設での恒久的な生活が始まる事になる。1年に連続10日、しかも一斉にしか里帰りが許されない厳しい世界だ。
その代わり多大なる名誉と、リーグ収益金から分配された多量の金を手に入れる事が出来る。勿論、エリアにチャンピオンが1人しか出ないのだから、その人物が金持ちになってしまうのは当たり前の事なのだが……
3人は歩き続け、ようやっとゴウセツ山の麓に辿り着いていた。ゴウセツ山の頂上は雪雲で見えなくなっており、局地的な雪は頂上では殆ど降っていない事になる。
生まれて初めて、雲を見下ろす事になりそうだった。
「ここからが勝負だ。絶対に離れない様に腰にきつくロープを巻こう。転落死を免れる為にはピッケルが必要だ。雪の斜面に対して啄木鳥の様に突き刺す。
こんな感じだ。雪目を防ぐ為にもゴーグルを着けよう。あまり深く息を吸い込んではダメだ。肺に冷たい空気が大量に入り込むと急激に体温が低下するからな。それに……」
「兄さん、兄さん!」
「何だユキナリ。今大事な説明の最中じゃないか。何があったと言う……!?」
その瞬間ホクオウも黙って物陰に急いで隠れた。遠くから全身黒タイツの男がやってくる。男の胸には『COS』と書かれたバッチが付けられていた。
(カ、カオスの団員か……!!)
(こんな所にまで団員が来るなんて……どうしよう……)
彼に聞こえない様に喋る3人。黒タイツの男は何かを聴いているのかヘッドホンを着用し、かなりノリノリで歩いている。
歩いていくその方向は明らかに登山への道なのだが、あんな軽装で山を登れるハズは無い。基地があるのだと解った。
(そうか、ゴウセツ山は開発されていない。カオスの基地を設立するにはうってつけの場所じゃ無いか!滅多に人が立ち寄らなければ警察だって……盲点だ。きっと地下にまた秘密基地がある!)
ユキナリはホクオウとユウスケを伴って静かに、気付かれない様にと慎重に彼の後を追いかけていった。
丁度切り立った小さな崖の様な場所に辿り着くと、壁の一部分を開き、暗証番号を入力していく。
男の入力していくキーの順番をホクオウは見逃さなかった。『CHAOS』と入力すると今度は数字のキーを『5001』と打ち、後ろに下がるとその瞬間土壁だとばかり思っていた部分が扉の様に開いたのだ。
「さて、レイカ様のご機嫌を伺いにでも行くとしますかね……」
黒タイツの男はそのまま扉の向こうに消えていってしまった。数秒後自動で扉が閉まり、また元の何の変哲も無い土壁に戻った。
ホクオウは周囲に監視カメラが無いかどうか確かめると、ユキナリ達と共に隠れていた草むらから飛び出す。
「まさか、カオスの建物がゴウセツ山の地下に隠されていたとは、盲点だった……いや、それならば逆にこの基地を利用して、向こう側に行けるのかもしれん。山頂に登らなくても……」
1人頷くとホクオウは先程男がしたのと同じ様に暗証番号を入力し、扉を開け2人と共に通路の中へと入っていった。ユキナリとユウスケも驚きを隠せない。
「兄さん、レイカさんの基地って事は……ココに盗まれた殆どのポケモン達がいるって事じゃない?」
「うーん……確かにこの地下は山を使っているからな……かなり広く出来るだろう。奴等の本拠地と思っても案外間違いでは無いかもしれん。まあ良い。俺から離れるなよ」
ホクオウの手には既にモンスターボールが握られていた。もしもの時にと用意しているのだ。ユキナリとユウスケもそれに習ってポケモンを用意した。
通路は薄暗く長かったが、突然光の当たる広い場所へと到達した。急いで物陰に身を潜める。そこはメインの休憩室になっている様で、カオスの団員達が椅子に座って大きなテレビモニターを凝視していた。
「奴隷となったポケモンの有効利用には、やはり発電等の力を使わせるんだな」
「電気タイプのポケモンならばそのまま使い、ばくはつタイプのポケモンならば原子力に代わる発電も可能だろう。今まで他の奴等はポケモンをそういう形で有効利用してこなかった。
常に人間のパートナーだと信じて可愛がってきた……この結果が今の世の中だ。ポケモンは人間に何時か牙を剥く時が来る。甘えられて育てば直の事俺達の命令を無視する様になるだろう。
その前にポケモンに、自分達の置かれている立場を理解させなきゃならない。だろ?」
「戦わせるだけじゃ能が無いわ。戦争を早くに終結させる為の切り札にもなるハズよ……トレーナー同士でバトルしないで、ポケモン同士の大規模な戦いで勝敗を決めれば、人間達もずっと被害が少なくて済むでしょうに……
ポケモンはどうせ傷を負ってもよっぽどの事が無い限り死なないんだから」
ユキナリは歯噛みしていた。彼等の言う事が完全に間違いであるとは思わない。それも1つの意見であろう。だが、ポケモンと共にココまで来たユキナリにとっては理解出来そうも無かった。
コセイリン達が戦ってくれてきたおかげで自分はココに立っていられる。沢山の出来事があって、自分は、ユウスケは、兄はポケモンに助けられてきた。
ポケモンは彼にとってはやはりパートナーであったのだ……
(……さて、どうしたものか……このまま見つかって捕まる前に、何とか奴等の親玉を人質に取ってでも安全に通りたいものだが……発炎筒でも持ってくりゃ良かった……)
(ホクオウさん、僕のマドラゴンの力で皆気絶させるって言うのはどうです?)
(こっちにも耳栓は無いんだ……強行突破出来る様な広さじゃ無いが……仕方あるまい。ユキナリ、ユウスケ。ココは2手に別れよう。
俺は何とか脱出口を探してみる。お前達は親玉を探して決着を付けてくれ……まず俺が囮になって奴等の注意を引くから、その隙にあの扉の向こうへ!)
そう言うとホクオウはメインルームにいた5名のカオス団員の前に躍り出た。
「な、何だお前は!何処から入ってきやがった!?」
間髪入れずに女性2名、男性3名を気絶させるホクオウ。身のこなしは誰よりも素早かった。
「行け、走れ――ッ!!」
ホクオウと別れて別の扉を開け、そのまま走る2人。だが通路を半分程通過した所で女性の団員と鉢合わせしてしまった。
「ちょ、ちょっとアンタ達……どっから入ってきたワケ?」
ユキナリ達はそれに構わず間をすり抜けて走った。だが女性団員は追いかけてくる。
「レイカ様、侵入者です!2人の少年で……ハイ、ユキナリか、ですって!?私は顔写真を見せてもらって無いんですよ。いや、言われれば確かに年恰好は近いかと……」
逃げて逃げて、突き当りの部屋に飛び込んだ。女性団員はすっ転んで後から2人を追いかけてきた団員を下敷きにしてしまっている。その部屋の中にも数名の団員とポケモンがいた。
「やべぇ、レイカ様に知れたら大変だ。ココは俺達が食い止めねえと!」
「ユキナリ君……ココは任せて。あの扉からさらに奥へ!」
「待った!通さないわよ!!」
先程出会った黒タイツの女性が追いかけてきた。万事休すか……だが彼女の首に鋭い上段の蹴りが命中し、彼女は崩れ落ちた。
「怯むな!後は俺に任せて先へ進め!!」
ホクオウだった。やはり心配になって後を追いかけてきたのだ。
「解ったよ兄さん!……ユウスケ、行こう!」
2人は追いかけてくる団員の追撃を振り切ってさらに奥の通路に飛び込めた。『モニター室』と書かれたドアの向こうに滑り込むと、ハアハア息を立てて座り込む。
「息が切れちゃうよ……何とかして脱出口を探さなきゃ……」
「通してあげるわよ、私に勝てたらね……」
ユウスケの眼前に、2人を嘲笑う紫色の髪をした女性が立っていた……
数分後……2人はその女性に案内されてバトルフィールドに立たされていた。既に観客席となっている場所には大勢のカオス団員が座って、彼女の事を応援している。
隅の柱には縄で縛り付けられているホクオウの姿があった。
「兄さん!」
「多勢に無勢でな……不覚を取られた。出来ればお前達だけでも逃がしたかったのだが……」
「レイカ様、この男……ユキナリの実兄と思われます。有名な登山家です」
「あら、そうだったの……手荒な真似をしてごめんなさいね。展開によっては、ココで最期を迎えるかもしれない人にそういう事をするのは本意じゃ無いんだけど……」
特殊なゴーグルを付けて目を隠している女性から、感情を探るのは極めて困難であった。だがユキエと違いハッキリとした感情は感じられる。
彼女は胸のベルトに付いているモンスターボールをかざした。
「既に大幹部の2人から名前だけは聞いているでしょうけれど、私の名前はレイカ。カオス大幹部最後の1人よ。まさかこの基地までも見つけられてしまうなんて……
迂闊だったわ。ココには沢山のポケモン達が保管されているんですもの。通報されでもしていたら面倒な事になる所だったわ……さあ、バトルを始めましょうか?」
彼女は薄ら笑いを浮かべてユキナリを凝視している様だった。戦え、さもなくばお前の兄の命は無いぞ。とでも言っている様だ。ユキナリは覚悟を決めた。
「戦わせて頂きます」
(スゲエぞあのチビ。無謀だと解って言っているんだか、それともただの馬鹿なのか……)
(レイカ様はアズマ様に次ぐ実力の持ち主。次の総帥候補とまで言われている御方だ……)
「貴方の実力は聞いているわ。セイヤとホウに勝っているし、既に7つのバッチを手に入れている実力者……私は貴方に勝つ事で、アズマ様に自らの実力を誇示したい!
そう、願っていたの。まさかこんな早くに貴方と戦えるチャンスが巡ってくるなんて……!」
レイカはそう言うとボールを掌で弄び、中央に設置されているモニターを示した。
「ルールは5vs5バトル。交換制よ。どちらかのポケモン全匹が倒れるまで試合を続行するわ。もし貴方達が勝ったら何も言わずに黙ってこの基地から出させてあげる。
ただ、貴方が負けたら……」
彼女が指を鳴らすと団員達がやってきて、縛られているホクオウに狩猟用の銃を付きつけた。
「兄さん!!」
「貴方の大切なお兄さんと、もう1人……」
後ろにいたハズのユウスケも団員に羽交い絞めにされナイフを突き立てられていた。
「どう、戦う気になったでしょう?」
「勿論です……勝ちます、絶対!」
「勇ましいのね。貴方みたいな熱いトレーナーと戦うのは久しぶりよ。セイヤとホウを倒したその実力……嘘じゃ無いって所を是非見せてもらいたいわ!」
レイカの風貌から見ると、エスパータイプが妥当な所だった。とにかく様子見で使うポケモンを選ぶしか無い。
もしエスパータイプであるならば、ヤナギレイを出してみるのが妥当であった。ユキナリとレイカは同時にフィールドに向かってボールを投げる。
『ほよよ――ん。マスター、戦う相手はあのヒトですかぁ?』
「そうよ、勝手にやって頂戴。命令無しでも立派に戦えるでしょ?」
そう言うとレイカはフィールドから少し離れた場所にある椅子に座った。セイヤさんと同じだ……とユキナリは思った。信頼関係などゼロに近い。
レイカからポケモンに指示を出す事は無いだろう。目が窺い知れないのが残念だが、彼女には明らかにポケモンに対しての憎悪があるに違いあるまい。厳しい表情を浮かべている。
(ポケモンが……私に手を差し伸べてくれた事なんて無かった。私はポケモンに大切な自分と言う存在を踏み躙られた!……だからこそ私は、証明しなければならないのよ……
この世で最も忌むべき存在であるポケモントレーナーを完膚なきまでに叩きのめす事……それが出来さえすればあの御方にきっと喜んでもらえるわ……あの御方もそうだった……)
相手のバトルフィールドに登場したチリーンを見てヤナギレイは微笑んだ。
『あら、チリーンじゃないですか。私と同じ系統のポケモンですよ、珍しい……もしかしたら、あのチリーンも♀かもしれませんね、マスター。うふふ……』
「エスパータイプか。読みは当たったかな……そうなるとやはり、シャドーボールで一気に片付ける事も不可能じゃ無いと思うんだ……」
今回はユウスケからのアドバイスを受ける事も出来ない。完全に孤立した中で戦わなければならないのだ。その孤軍奮闘の中でも何とか勝っておきたかった。いや、勝たなければならない。
(チリーンの特殊能力を探らなきゃ……)
急いでユキナリはチリーンの特殊能力・データを探った。
『チリーン・ふうりんポケモン……太い木の枝にぶらさがって風流な音を響かせるのが大好きなポケモン。
その風流な音から主にお年寄りに愛好されているポケモンであるが、怒ると空気を体の中で循環させ超音波を発すると言う攻撃的な面も持ち合わせている。意外とファンが多い』
(特殊能力は……)
『特殊能力・ふゆう……ひこうタイプの技を受け付けない』
(こっちはゴーストタイプの技で攻めれば問題は無いだろう……それに進化しないチリーンのHPはかなり低い。攻撃力にだって限界がある……まずはココで勝っておかないと……)