ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第7章 1話『兄と言う巨大な山』
 先に仕掛けたのはプラスル&マイナン組の方だった。まずプラスルは『こうそくいどう』を使って素早さをグーンと上げ、マイナンは『あまごい』で雨を呼ぶ。
 小さな雨雲が彼等だけの頭上に出現した。そして雨が降る。
 (あまごいからのコンボはかみなりに間違いないな。必ず当たるワケだから対処のしようが無い。こうなったら相手が攻撃する前に攻撃だ)
「ドシャヘビ、素早さを上げていないマイナンに対して『ポイズンクロー』で攻撃しろ!」
「ボタッコ、前面に出て相手の電気技を受けきるんだ!」
 マイナンの前に立ちはだかったプラスルが『でんじは』を使ってドシャヘビの妨害にかかる。ボタッコの方はマイナンの呼んだ『かみなり』をくらって足止めされてしまった。
「相手を麻痺させれば牽制が出来るって事だな。今度はボタッコにも『でんじは』だ!」
『OKマスター、ボク達の力を見せますよ!』
『マイ君、足止めお願いね!』
『俺達をこけにしやがって……なめるな―――ッ!!』
 飛び掛ろうとしたドシャヘビは麻痺の影響で動けない。その間に再びかみなりがヒットした。普通のダメージとは言え攻撃力が半端では無い。
 一方ボタッコはかみなりのダメージで既にレッドゾーンに突入していた。ピンチだ。
「ドシャヘビ、ポイズンクロー!」
 今度は動けた。マイナンに対しての攻撃はしっかりヒットし、ダメージを与える。
『マイ君!こうなったら私が守ってあげなきゃ!』
 プラスルも『かみなり』を覚えていたのだ。何とかドシャヘビの猛攻から身を守らせようと落とすが、今度はレッドゾーンに突入していたボタッコが身代わりに攻撃を受けて倒れる。
『後は、任せたよー……マスター……』
「戻れボタッコ!……3匹目のポケモンならもう用意してるよ!」
 ユウスケは間髪入れずにポケモンを投入する。出現したのはマドラゴンだった。
「マッドが最終進化にまで達したのか……とにかく麻痺している間は守ってくれないと……」
 今度はマドラゴンが『ハイパーボイス』でかみなりを再び落とそうとしているプラスルに攻撃した。その間にドシャヘビが何とか体を動かしてマイナンにとどめをさす。
 素早さではドシャヘビも決して負けてはいなかった。プラスルは激昂して再度かみなりを仕掛けてくる。
『マイ君の仇!』
 素早さを大きく上げていた為、またマドラゴンが放った『ハイパーボイス』を避けてみせた。続いて麻痺して動けなくなっているドシャヘビに対してかみなりを放つ。だがその時……
「マナブヤバいよ、雨雲が消えちゃった……」
 あまごいで呼んだ雨雲の効果が消えてしまったのだ。かみなりの命中率は下がり、見当違いの方向に落ちてしまう。このチャンスをユキナリが逃すハズは無かった。
「プラスルに対してポイズンクローだ!」
「マドラゴンはもう1度ハイパーボイスを使って!」
 体が動いたドシャヘビはプラスルに向かって爪を向けた。それを軽く避けてみせるが、2つの攻撃には1度に対処出来ない。ハイパーボイスをくらって吹っ飛んでしまう。
「ああ、プラスル!」
 アキコの奮闘もむなしく、吹っ飛んだ所にドシャヘビが噛み付いてきた。『かみくだく』でHPをゼロにされてしまう。HPと防御力の弱さが仇になってしまった様だ。
『シャ、シャ、シャ……かなり苦戦したが仕留めたぜェ。これで俺様もまた株が上がったかな……』
『オロロロローン……そうだよな、アンタ頑張ったよな』
「んなバカな……もう俺達戦うポケモンが……」
「3匹大差つけられて負けちゃったわよ……あーあ……マナブ、もう行きましょう!」
 呆然としているマナブを引っ張って再び車に乗り込むアキコ。
「楽しかったわよー。でも今度戦う時があったら、絶対やっつけちゃうんだからね!」
「負けたのか……何て説明すりゃ良いんだ……ガキに負けたなんて……」
 車が遠ざかっていった後、ドシャヘビは光りだし変化を始めた。これでビブラーバ以外のポケモンは最終進化に達した事になる。
 ドシャヘビの体は大きくなり、そして目つきも獰猛さを増した。
『シャー、シャッシャッシャッ!マスターよお、俺をここまで育ててくれてありがとな。まあこれからも宜しく頼むわ。嫌な相手が出てきたら俺に任せてくれ。相手の悲鳴を聞かせてやるからよ……』
「ガシャークだね。ユキナリ君。これで不安要素は殆ど無くなったんじゃない?」
「どうかな……あの2人と戦っただけじゃやっぱり挑むには早いと思うよ。進化した後もポケモンは強くなるんだ。育てて育てて、ビブラーバを進化させてからでも遅くは無いと僕は思う」
 ユキナリはとりあえずガシャークの項目を参照した。
『ガシャーク・残虐ポケモン……相手をじわじわいたぶる事に無上の快感を得るサドなポケモン。どく攻撃で相手を苦しめ、爪で相手の頚動脈を攻めるやり方は『暴君』の称号を受けるに相応しい。
 ドシャヘビよりも一回り大きくなった為若干スピードは落ちるが、その牙から繰り出される攻撃力は凄まじい。意外とオールマイティな活躍を見せるポケモンだ』
「特殊能力は……」
『特殊能力・ポイズンピル……相手の特殊効果をどく状態になる事で打ち消す事が出来る』
「メロメロとか麻痺の場合は、進んでどく状態になっても充分お得な能力だね」
「まだまだココで満足してちゃいけないんだ。僕達が目指すリーグの壁は高いんだから……」

 アキコとマナブが去った後、ユキナリ達はカイザーシティでポケモンを回復させ、再び道路でレベルアップを図る作戦を取る為に先を急いでいた。遠くの方にゴウセツ山が見える。
「カイザーシティの向こう側にあの山がある。でも、それだけにミサワタウンへはあの山を登らないと辿り着けない……誰か助っ人がいれば助かるんだけど……」
「何とか兄さんに会えば道が開けるよ。兄さんは登山のプロだしね。案外、山の麓で待っててくれたりしないかなあ……僕達がリーグに向かっているのも当然承知してるだろうし」
 傷付いたポケモン達を早く回復させてレベルアップを図りたい。その思いに突き動かされる様に自転車のスピードは速くなった。夕刻になった頃、そのままカイザーシティへと到着する。

「うわぁ、シオガマもザキガタも大きな街だったけど、ココは凄いね……」
 高いビルが無数に建っており、その全ては近未来を感じさせるデザインにまとまっている。そう、まさに未来都市と言った風情だ。あまりにもビルが大き過ぎて自分がちっぽけな存在に見える。
「ねえ、ユキナリ君……コレ動く歩道だよ?」
 シティの玄関口からずっと動く歩道が続いていた。方向を間違えるとずっとセンターに辿り着けそうも無い。
 ユキナリ達は看板で方向をしっかり確認すると自転車を降りて持ったまま移動する事にした。他の人達は自転車など持っていない。
 動く歩道から降りてセンターの玄関口へと辿り着き、そのままドアを開けるとまた大勢のトレーナー達が回復を頼んでいた。列になってしまっている。
 シティの住民と他から来たトレーナーの区別はすぐついた。シティの住民の服装はまたもや近未来チックなものばかりなのだ。
「未来都市カイザーシティか……」
「ユキナリ、待っていたぞ」
 そんな時後ろから肩を叩かれて振り向くとそこにはホクオウの姿があった。
「兄さん!久しぶりだね。僕達も兄さんを頼ろうと……」
「解ってるさ。しかしまだ山の方へは行けないだろ?俺もジムリーダーに挑む事を躊躇してるからな……いや、偽ジムリーダーと言うべきか……」
 ホクオウの後ろには近未来的な服装をした青年が立っていた。容姿端麗で、水色の髪である事を除けばどことなくセイヤに似ている。
「……彼等が君の期待していたトレーナーかい?確かに随分強そうだ……」
「紹介しよう。この人がカイザーシティのジムリーダー、セツナさんだ」
「貴方が、カイザーシティの……」
「だが今はジムに入る事も出来ないただの一般人さ。悪霊のせいでジムの運営が滞ってしまっている……かと言ってリーグ本部の人間に頼めば責任を追求されてしまう……
 僕はそれが怖くて、ずっと彼女を倒せるトレーナーを待っていたんだ」
「ポケモンを回復したら、俺と一緒にセツナさんの自宅へ行こう……ポケモンはしっかり育っているか?不安なら、俺と手合わせしてレベルを上げておくと良い」
 何時も以上にホクオウは優しかったが、どうやらユキナリを2人とも頼りにしているらしい。まだ状況が把握出来なかったものの、ポケモンを回復させた後2人は後についていく事にした。

 センターを抜けて動く歩道に乗り、ジムを通り過ぎる。
「な、何で氷に包まれてるんだ……?」
「彼女の力だ。彼女が招き入れない限りドアは開かない」
 そのままセツナの住んでいるビルの一室まで案内された。自転車を置き、高層ビルの上までエレベーターで一気に移動する。
 部屋に案内されるとそこは本棚が置かれた談話室であった。テーブルと椅子が置かれており、そこにセツナが2人を座らせる。
「……実力者であるホクオウさんが君達を信用しているからこそ話せる事なんだが、今僕の運営しているジムは悪霊に乗っ取られて完全に凍結してしまっている」
 セツナは本棚から本を取り出して開くと、あるページをユキナリ達に見せた。
 そのページには数年前の遭難事故の様子が書かれており、恋人同士が雪山で遭難するも男性のみ帰還。と言う記事が載っている。
「悪霊はその遭難したスキーヤーの女性だ。名前はユキエ。その男性は救出された数ヵ月後に発狂して謎の死を遂げた。それからジムがあの状態になってしまったんだ。
 挑むトレーナーは皆帰ってこない。僕も挑もうとはしたんだが扉は開かなかった。妹にも無茶だと止められてね……君達の実力を見込んで、ジムの解放を頼みたいんだ」
 セツナは小さく溜息をつくと、窓の外を見下ろした。
「彼女の怨念は予想以上に強い。噂によるとあのジムに挑んだものが帰ってこないのは、負けて死んだか氷漬けにされているんだろうと言う話だ。
 この僕でもかなわない程の強い執念があそこに溜まっている……まるで伝説の悪霊ポケモンの様にね」
「伝説の悪霊ポケモン?」
 ユキナリが聞き返すと、ホクオウは笑った。
「ゴウセツと同じ伝説さ。守り神か邪神かと言う違いしか無いだろう」
「……いや、僕は現実に存在していると信じている。ただ、誰にも見つけられないだけさ。真っ暗な闇の中でチャンスをひたすら待っていると思う。勿論、復讐の為だろうけど……」
 セツナはそう言うと記事がスクラップされていた本を戻すと、別の本を取り出した。カバーデザインはエターナルシティで見かけたものとよく似ている。
 ページを開くとそこには大きな笑う影が描かれていた。悪魔の姿がそのまま影になった印象を受ける。
「僕はジムリーダーでありながら、このヒョウテイと言うポケモンに興味を持って独自に調べを進めている。研究者の様な調べ方じゃない。
 ただ、その伝説を追っていくと、どうもただの昔話と片付けるには早計の様な気がしてならないんだ」
 セツナは本を開いて重要な部分だけをまとめて読んでくれた。それによるとヒョウテイは人の嫉妬心や哀しみ、怒り、あらゆる負のエネルギーが生み出した魔物だと言われているらしい。
 ヒョウテイは見境無く負のエネルギーをむさぼり、ついには大衆を不幸にする事で自ら率先的に負のエネルギーを集め始めたと言うのだ。
 負のエネルギーが吸収されればされる程ヒョウテイは爆発的に戦闘力を上げていく。それに恐怖した古代の民達はヒョウテイを氷の結晶の中に閉じ込めたと言う。
「ヒョウテイが閉じ込められた場所も載っている。今で言うペンペルの洞穴内だ。だが巨大な結晶は影も形も無かった。無論ヒョウテイなんていなかった。
 ……考えられる事は2つ。最初からいなかったか、氷が溶けたか……僕は洞穴の近くに住んでいる友人に洞穴の中を調べてもらったんだよ」
「それで、何か解ったんですか?」
「……うん。巨大な結晶の溶け跡が見つかった。客観的に見てもそれは人為的に溶かされたものだと言う。自然に溶けたものじゃ無かった。だから僕は今ココにヒョウテイがいると信じているのさ」
「セツナさん、そんな事より今はアンタのジムを取り戻す事が先決だろう。だからこそ俺は弟を待っていたんだ……ユキナリ、今の事はあまり深く考えるな、今はユキエを倒す事に集中しろ」
 話を遮ったのはホクオウだった。ホクオウはユキナリやユウスケとは違い、大分現実主義であった。何が起こってもおかしくない世界に生きていると言うのに、伝説のポケモンの話には懐疑的になる。
「兄さん、兄さんでも……どうにもならなかったの?」
「俺も死ぬのは御免だ……挑む勇気が出ない。だが、俺はお前の強さを知っている。俺よりトレーナー歴が浅いお前が、破竹の勢いでジムを制覇していった事を……お前ならきっとジムを救える」
 調子の良い意見だった。兄でなければ意気地なしとか、人任せな男だと思っただろう。だがユキナリも兄の強さを幼い頃からずっと見て知っている。
 その兄が今、年が離れた弟に頼み込んでいるのだ。
「7番目のジムリーダー、セツナさんですらかなわない悪霊……」
 脳裏に浮かんだのは醜悪な顔で皆をせせら笑ったスイヨウの姿であった。

 そのまま夜を迎え、3人はセツナの住んでいる部屋の隣に案内されていた。
「今日はとりあえずこのホテルの1室で過ごして欲しい。来客用にリーグが提供してくれた部屋なんだが、ホクオウさんとの相部屋で3人一緒にいて欲しいんだ。見れば解るけど、あそこは……」
 窓から見える凍りついたジムの近くにあるトレーナー誘致施設も一緒になって凍り付いていた。
 セツナはこおりポケモン使いのジムリーダーである事を知ってはいたが、いくらなんでもこりゃやり過ぎだと思ってしまう。俯瞰で見ているとまるで悪夢を見ている様だ。ホクオウは静かに頷いた。
「今日は俺が料理でも作ってやろうか。お前達、食料はリュックの中に入っているんだろう?」
「兄さん昔から山登りしてたから自給自足生活に慣れてるんだよね」
「まあな。特に雪山は体力勝負だ。いかに体力を削らずに食料を温存し、体力を温存するかにかかっている。それに、雪山で眠る事が=死亡とは限らない」
「そうなの?」
「短時間の睡眠であれば効果的だ。間隔を空けて眠る。タイマー付きの腕時計は効果的だ。まあそもそも、登山は時期を見極めてサッサと登ってしまえば危険性はグッと低くなるんだが」
 ユキナリが幼い頃からホクオウは山への夢を持っていた。日本エリアにある全ての山を登りきった登山家として今でも多くの登山家達にとっては英雄である。
 だが、ホクオウはトレーナーとして世界一になってみたかった。その為の足がかりとしてジムを勝ち進んでいったワケなのだが……
「こんな所で足止めをくらうとは思っていなかった……ゴウセツ山の向こうにあるミサワタウンの方でも不穏な動きがあるらしい。
 セツナは妹と現在全く連絡が取れていないそうだ……何かがおかしいのは確かなのだが、それを全てポケモンのせいだと片付けてしまうのには問題がある」
 フライパンで肉を焼きながらホクオウは力説した。だが、2人はその意見には賛同出来なかったのだ。
「ところで、お前達のポケモンは強くなったか?まあ、ここまで来たんだから強くはなっているんだろうが……」
「ビブラーバ以外はもう進化しない所まで行ったよ。ビブラーバがフライゴンに進化すればグッとパーティ全体が強くなると思う。レベルがまだ皆足りないんだ……」
「……そうか。食べ終わったら俺と勝負でもするか?」
「兄さんと?」
「レベルアップの踏み台になってやろう。お前の為にも、このカイザーシティの皆の為にもな。ただ、手加減はしない。お前の強さを肌で感じておきたいんだ」
 (兄さん……)
 ホクオウと戦うのは実際始めてだ。漠然とした強さしか頭の中には残っていない。実力を知りたかった。
 兄の実力も、そして今の自分が本当に兄に勝てるかどうかと言う事を知りたかったのだ。

 夕食をとった後、3人はカイザーシティにある公園に立っていた。子供トレーナー用にフィールドが地面に描かれている。
 丁度今夜は満月にあたり、満天の星空と月の光がしっかりと3人を照らしていた。ついこの間までは太陽や月は雪雲に隠れて全く見えなかったのだが……
「使用ポケモンは6体。7番目と8番目のジムリーダーと同じルールで行う。入れ替え制で6体全てが体力ゼロになるまで勝負を続けよう。異論は無いな?」
「それで充分だよ兄さん」
 既に6匹の体力は全快している。兄であるホクオウのお株はセツナと同じく氷がメインだ。
 どちらかと言えば父であるアオヤマのスタイルを正統に受け継いでいるとも言えるだろう。
 (ユキナリ君とアオヤマさんが戦った時よりも白熱しそうだなあ……)
 ユキナリにとってホクオウの存在は『憧れ』であった。登山家としてもトレーナーとしても知名度があり、評価を受けている。
 そんな兄が心底羨ましかった。腹違いであるとかそんな事はどうでも良かった。ただ、強いトレーナーはユキナリの指標であったのだ。
 オチにせよアオヤマにせよホクオウにせよ、善悪関係無しに強いトレーナーを超える夢を決して忘れはしなかった。
 (明日僕は、兄さんを超えるポケモントレーナーとしてユキエさんに挑みたい!)
「良い顔をしているな……ユキナリ。俺もお前と戦う事が出来るのを誇りに思う。ここまで来たのだ。俺を感服させる戦いを見せてもらおう。ココからは兄弟を越えた『勝負』の世界だからな!」
 ホクオウはオーロラボールを取り出した。氷ポケモン御用達のボールで、この街にしか売っていない代物だ。解放ボタンを押すと地面にポケモンが出現する。
 巨大なポケモンであった。とても巨大な……人が数十人乗ってもまだ足りないのでは無いだろうか。
「まずは3匹のモンスターから俺が選んだシロナガスと戦ってもらおう」
『マスター、ここまで育ててもらって……本当に感無量だぁ。オラ頑張るだよ』
 ホエルコだ。変種進化の過程でここまで大きくなったのか。巨大な体躯に完全に圧倒されてしまう。
 フィールドから完全に体がはみだしているでは無いか。狭い部屋で出現させたら大変な事になる。
 (シロナガス……勿論、みず・こおりタイプのポケモンなんだろうけど……僕にはでんきポケモンがいない!)
 いわを出せばみずに倒され、くさを出せば氷にやられる……となれば出せるポケモンは1匹しか無い。
「頼むぞ、エビワラー!」
 出現したエビワラーは早くもファイティングポーズを取っていた。油断はしていない。
『でけぇ……こんなにでけぇと殴って効くのか不安だぜ……まあ精一杯やるだけなんだがな』
 ユキナリは早速ポケギアでシロナガスの生態をチェックする。
『シロナガス・変種ポケモン……ホエルコの最終進化系。トーホクではマッコ、シロナガスとその大きさをどんどんと上げていく。
 シロナガスは現在発見されているポケモンの中では一番大きく、またその体重もカビゴンを越える500kgと言う代物。得意技はその体力をフル活用する『しおふき』』
「特殊能力は……」
『特殊能力・脂肪吸収……打撃技のダメージを軽減する』
 (そんな……まるで死角が無いって事じゃないか!おまけにあの体躯に相応しいHPの量……なまじ効果抜群でもスタミナ切れで負ける可能性が……)
『諦めんなマスター。無謀に思える事だって意志がありゃ乗り越えられる』
 エビワラーは鋭い眼光で阿呆みたいな顔をしているシロナガスを睨みつけていた。
『ラッシュかけりゃ相手だって何も出来ねえだろう。マスター、命令頼むぜ』
 (!そうか、相手に足りないのはその素早さだ!シロナガスは絶望的なまでに素早さが低い!)
「ほう、エビワラーか……素早さも高く効果も抜群。考えたな、ユキナリ」
 (ユキナリ君、看破されてるよ……作戦。ホクオウさんは余裕の表情だ……)
 ユキナリにもエビワラーにも迷いは無かった。作戦はそれしか無い。それだけにホクオウはたかをくくって油断していた。シロナガスへの過信は命取りになりかねない。
「エビワラー、けたぐりを連発して相手のHPを削るんだ!ばくれつパンチに繋げろ!」
『おう、その命令を待ってたぜ!』
 その瞬間にエビワラーは攻撃に移っていた。パンチの威力が強いのがエビワラーだが、キックが出来ないワケでは無い。格闘スタイルはムエタイに近い『キックボクシング』の形態である。
『うおおおおおおおお!!』
 ひたすら相手のぶよぶよした体に打撃を浴びせるエビワラー。跳ね返ってくるばかりで手応えがまるで感じられない。それでもHPはじわじわと確実に減っていった。
「シロナガス、波乗りでエビワラーを突き放せ!」
『マスターの命令だから勘弁してくんろ。オラも勝ちてえし……』
 地面から水が噴出し、そのままエビワラーを突き放して流していった。だがその激流に流されても隙は見せていない。ダメージをくらいながらも相手の様子を見ている。
「そのままのしかかりだ!」
 シロナガスが波に乗ってエビワラーに近付いていった。そしてその巨大な体からは想像も出来ない程のジャンプを見せる。エビワラーは波に足を取られてなかなか逃げる事が出来ない。
「ふんばるな!そのまま流されてでも攻撃を受けてはいけない!」
 その言葉に反応し波の流れのまま離れたのと、シロナガスが着地したのはほぼ同時だった。目の前に再び現れたシロナガス。これは勿論打つしか無い。
 エビワラーはメガトンパンチを見舞った。衝撃でそのぶよぶよの体が大きく揺れる。そして再びキックの嵐だ。
 ココまででダメージは確実に蓄積されイエロー中間を越えたが、エビワラーも波乗りで大方のHPを失っていた。
『何ででけぇ一撃なんだ……体の大きさに比例する攻撃力なのは頭が痛いぜ……』
 それでも一歩も引くワケにはいかなかった。相手が再びモーションの大きい技を繰り出してくる前に出来る限りのダメージを与えるしか勝つ方法は無い。打ち続ける他無かったのだ。

 技の一撃が大きいシロナガスだが、その動きの遅さ故にアドバンテージを奪われやすい。だがそれは同時にエビワラーのスタミナを削り取っている事を示唆していた。
 相手に攻撃を当てようと必死になる程、拳がどんどん鈍ってくる。今や気力のみで無意識に乱打を繰り返している状態であった。
「このままではいかんな……シロナガス、再びのしかかってエビワラーを戦闘不能にするんだ!」
『これでしめぇだな。悪いけど、勝ちてぇんだオラは……』
 相手に1発でも大きいダメージを……意識を集中させているエビワラーにはもうシロナガスの動きが見れない。
「エビワラー、避けろ!またのしかかりが来るぞ!」
『負けてたまるか……俺が負けてたまるか―――ッ!!』
 エビワラーはそのままもう1度メガトンパンチを見舞った。その威力は再びジャンプしようとしていたシロナガスを躊躇させる程強力なもので、シロナガスはそのまま乱打を受け気絶してしまった。
『ハァ……ハァ……どうだ!俺は強い!マスターの為なら、何処までだって強くなってみせる!』
「……ユキナリ、やはり俺が見込んだ弟だ。絆は予想以上に深い様だな……だが俺もリードを許してはおけない。次の戦いで戦況をこちらのペースに引き戻すぞ!行け、アイロクス!」
 エビワラーの眼前に姿を現したのは正六面体の巨大な氷の塊であった。黒い眼窩が無表情のままエビワラーを見つめている。重力を無視するかの様に浮いたまま微動だにしない。
 (また随分大きなポケモンだな……シロナガスよりは小さいけど、兄さんの身長の2倍はある……)
 背の高い兄が小さく見える。ユキナリはポケギアの図鑑項目で相手の力量を探った。
『アイロクス・せいろくめんたいポケモン……ミステリーサークルの中心によく立っている謎のポケモンで、宇宙から来たポケモンなのでは無いかと推測されている。
 体を構成する物質は鋼鉄の要素と硬い氷の要素を併せ持ったこの地球上には無い物体が大部分を占めており、食事や睡眠も取りはしない。上級トレーナー向きのポケモンである』
 (特殊能力は……)
『特殊能力・引寄磁場……一度相手のポケモンが登場するとどちらかが倒れるまで絶対に逃がさない』
 (途中でポケモンの変更は出来ないって事か……タイプははがねとこおり……タイプだけ見るならエビワラーに絶対有利だ。しかし、問題はHP残量が少ないって事だよな……)
 エビワラーはシロナガスとの戦いでほぼ瀕死に近い。防御力の高そうなアイロクスを倒せる見込みはあまり無かった。その後登場させるべきはやはりコセイリンであろうか。
 (大丈夫だ。4倍ダメージを上手く与えさえすればエビワラーが活躍するチャンスはまだ残っている。エビワラーを信じて頑張らないと……)
『来るか、強き者よ……お前の覚悟を見せてみるが良い!』
 先に仕掛けてきたのはアイロクスの方だった。こおりタイプの中ではかなりの大技に値する『れいとうビーム』を放ってくる。エビワラーはサッと横に飛んでそれを回避した。
「よし、エビワラー……けたぐりで4倍ダメージを与えるんだ!」
『マスター、俺はもう体力なんか残ってねえ。やるなら最強の技で決着を付ける!』
 エビワラーの拳に黄金のオーラがまとわりついた。一瞬アイロクスが動揺する。
『死に掛けであると言うのに何と言う強き信念なのだ……素晴らしい……』
『俺はこの力を捧げて、マスターと一緒に最強への道を切り開くんだッ!』
 腹に1発。ばくれつパンチが当たった。確率的には非常に低い攻撃が当たったのだ。
『見事だ。強き者よ……だが、私もまたマスターへの恭順を頑なに誓っている……』
 4倍ダメージ&強力な攻撃はいくら防御力が高くとも相手のHPを赤く染め上げる。だがエビワラーにはもうそれ以上の力は残されていなかった。そのまま倒れてしまう。
 (コレだ……ユキナリのトレーナーとしての強さとは!俺が見込んだ通りの絆を持っている……決して退かない信念が、相手を貫き流れを変えてしまう程の力となると言う事なのか……)
 ホクオウは複雑な心境だった。弟の強さに惚れ惚れしながらも、また自分がリーグを目指している身である事を解っている。
 本当ならば、自分がジムに乗り込んで戦える程の実力を持っていれば良かったのだ。だが、目の前でそれを見せ付けられては認めないワケにもいかなかった。
「お前と同じだ。最後まで俺は何があっても退かない!窮地に追い込まれようとも、死力を尽くして戦うのみだからな……俺達の父親の血は、確実に俺達2人にも宿っている!!」
 ユキナリにもホクオウにも、生粋のトレーナーであったアオヤマの血が確かに流れていた。どちらかと言えばユキナリはそれ程好戦的では無いものの、バトルにかける情熱は自分の兄や父をも上回っている。
「ユキナリ君、ホクオウさんのポケモンはかなり弱ってきてるよ。ラッシュをかけなきゃ!」
 (兄さんの持っているポケモンは全て氷タイプが入っている……そう考えると今ココで出すべきはコセイリンじゃ無い。レッドゲージでもかろうじて相討ちと思われるビブラーバを出すべきだ!)
 ユキナリはドリルボールを投げた。閃光と共にビブラーバが顔を出す。
『ジー……かなり弱ってるのが相手なんだな。だが、俺の苦手な相手ではある……』
 (運が良ければ相討ちって所かな。でも、そのままアッサリ倒されてしまう危険性だって充分にある。氷タイプから受けるダメージはさっきと同じ4倍だからな……)
 (ほう……ドラゴンタイプのポケモンまで配下に加えていたのか。バランス的には申し分無いな。ただ、ドラゴンタイプのポケモンであるが故にあの偽ジムリーダーに対抗出来るかどうか……)
 両者の声に出さない読み合いは重要だった。ココでビブラーバがアッサリ倒れると少々ユキナリにとっては辛い展開になる。なんとか相討ちに持ち込みたかった。
 互角になっておくだけでも流れが全く違ってくる。
 (ビブラーバも攻撃力と素早さに秀でてるからなあ……相手は防御力が高いけど1発当たりさえすれば倒れてくれるだろうね。とにかくユキナリ君が先手必勝出来るかどうかにかかってくると思うんだけど……)

 ビブラーバ自身はとにかく攻撃を当てる事のみに意識を集中させていた。相手の攻撃が当たっても構わない。今回は捨て駒に甘んじてでもマスターの期待に応えるべきだ。
「よし、ビブラーバ……じしんで相手を攻撃しろ!」
『!そうか、その手があったぜ!!』
 近付かなくとも攻撃出来る技があった事は幸運だった。だが相手も遠距離攻撃を持っている。させまいと吹雪を放ってきた。だが地震で相手に与えたダメージの方が遥かに大きい。
『戦略、絆、実力……どれを取っても見事な腕前よ。精進して覇を目指せ……』
 アイロクスはあっさり倒れてしまう。吹雪のダメージは倒れた事により掠った程度で済んだが、それでも大きなダメージを負ってしまった。4倍ダメージの強さをまざまざと見せ付けられた格好だ。
「素晴らしいぞユキナリ。しかし実力は未だ伯仲と言った所だろう。俺が出す次のポケモンで流れを引き戻す。行け、ライラック!」
 ホクオウがフィールドに登場させたのは雷雲の様な毛に覆われた獣であった。鋭い目つきとその鬣は百獣の王ライオンを連想させる。パチパチ電撃を飛ばしていながらも吐く息は白くて冷たかった。
 (兄さんとのポケモンの差は殆ど無い……だけどでんきタイプが混じっている様だ。でんきと言えばじめんタイプの技は良く効く……相手がこおりタイプの攻撃を仕掛けてくる前にじしんを繰り出せば!)
 ユキナリはポケギアの図鑑項目でライラックの情報をインプットした。
『ライラック・ひょうポケモン。放たれる電撃が常に吐いている氷の吐息と融合し化学反応を起こして雹に変化する。その雹を変幻自在に操るポケモン。
 プライドが高く、縄張り争いに五月蝿いポケモンだが、優れたトレーナーには絶対服従する優秀なポケモン。上級者向けのポケモンだろう』
 (さて、特殊能力は……)
『特殊能力・威嚇……相手に向かって咆哮し相手の攻撃力を下げる ただしバトル中使えるのは最初だけ』
 (厄介な特殊能力だ……コレでダメージが与えられると言ってもそれ程でも無くなってしまったって事になる……いや、ダメだ。頭で考えてちゃ。僕等は前進するしか道は無い!)
「ホクオウさんのポケモンは兵揃いだ。ココで少しでも優位に立っておかないと……逆に優位に立っても全然油断出来ないって事だろうけどね……」
『フー……来るか、マスターに認められし強敵よ……私のマスターが認める男の下にいる事で本当に強くなっているのか……見せてもらおう……』
 (畜生、体中が寒くて痛ぇ……さっき掠っただけだってのにココまでダメージがデカイとは……相討ちを狙うしか無えな……最も、それだって無理かもしれねえが……)
 ビブラーバは頗る体力を消耗していた。だがここで再び『じしん』が当たりさえすればでんきタイプを持つライラックに大きなダメージを与える事が出来る。コレは最早賭けであった。
 (少しでも多く……少しでも優位に!兄さんに勝つ為にはそうするしか無い……)
「よしライラック、威嚇した後一気に攻め潰せ。れいとうビームだ!」
 ホクオウの命令通り、ライラックは威嚇でビブラーバを怯ませた後、反撃を許さぬとばかりにれいとうビームを放ってきた。だが最初から動かなくともビブラーバは相手を攻撃する事が出来る。
『マスター、俺の頑張りをを無駄にするんじゃねえぞ!ジー……くそったれがぁ!』
 れいとうビームが当たる寸前に繰り出したじしんはビブラーバが瀕死になった事もありそれ程強いパワーを持っていなかった。
 それに威嚇のせいもあり攻撃力が大分弱まっている。効果的な一撃を与える事は出来なかった。それでもまたリードはしている。
 (戻された……コレで兄さんがまた僕に近付いてくる。追われる側になったと言う事なのか……でも、受けて立つしかない。ココで勝たなければ僕は決して先へは進めないんだ!)
 でんき・こおりに対抗出来る相手……ビブラーバはこの戦いでは捨石同然の役目しか果たせないが他のポケモンはそこまで致命的な弱点を抱えてはいない。
 この局面で出すべきポケモンは既に決まっていた。
「ヤナギレイ、頑張ってくれ!」
 相手に効果的なダメージを与えられるワケでは無いが、同時に相手から致命傷を負うリスクも無い。ヤナギレイが気をつけるべきはあくとゴーストだ。
 エスパー・ゴーストと言うタイプを併せ持ったポケモンはあくとゴーストから4倍のダメージを受けてしまう。
『相手の素早さもかなりのものですね……でも、私にはかないませんよ♪』
『鍛え上げられているな、流石だ……女だからとは言え容赦はせんぞ。寧ろ女と言う盾を持って自己を守ろうとする愚者は捨て置けぬがな……』
「ヤナギレイか……随分珍しいポケモンを仲間にしたんだな。技の種類も多岐に渡っているが技のタイプにあまり特徴が無い。弱点が多いのに相手に与える力が不足しているだろう」
 (兄さんには見抜かれている……!相手の素早さはヤナギレイとほぼ互角だ。だけど、まだ威嚇をくらわないだけマシだろう……互いに攻め合えばどちらも倒れるから、チャンスが生まれる!)
 (凄い……互いに一歩も引いてない……コレが兄弟同士の対決なんだ……僕はこの2人よりも高い場所に行けるんだろうか?……いや、行ってみせる。越えてみせる!)
 特殊能力もヤナギレイの自慢だが、直接攻撃等してこない相手にとっては無意味だ。純粋に力を計りあう事になる。互いに隙を伺い、そして……
『ウオッ!!』
『くらってくださいッ!』
 シャドーボールの嵐をかいくぐりながら距離を取るライラック。相手の特殊能力を心得ているかの様に全く隙を見せない。そして再びれいとうビームを放ってきた。ヤナギレイはそれをと咄嗟に避ける。
『なかなかやるではないか、素晴らしいぞ……』
『貴方こそ、私のシャドーボールを全て避けきれるとは思っていませんでした』
『では、コレはどうかな?』
 突如上空に雷雲が姿を現した。突如背後を取られ、慌てるがもう遅い。雷が落ちてきた。
 ヤナギレイはそれをすんでの所で避け、今度はエアロブラストで応戦するが、ライラックはそれを……避け切れなかった。渦に巻き込まれ天高く宙を舞う。
 しかし技が当たって油断したのが命取りとなる。ヤナギレイの背後で再び雷が落ちたのだ。今度はまともにくらってしまった。
 地面に叩き落されたライラックと、髪がボロボロになったヤナギレイは、ゆっくり同時に立ち上がる。
『技の切れが冴えている……相手の動きをしっかりと捉えているのか……』
『いえ、貴方の奇襲攻撃もなかなかですよ。おかげで私の肌がちょっと焼けちゃいました』
「良い仲間だな。ユキナリ……俺が認める弟だけある……だからこそ俺はリーグに挑もうと決意した。再びお前に、兄の威厳を見せ付ける為にだ!」
「とっくに解ってるよ、兄さん……兄さんの強さは嫌と言う程知ってるんだ。だからこそココで越えたい……僕はゲンタ君やアオイさんの思いを背負ってきた!」
 (今の雷直撃は痛かったけど、エアロブラストを受けたライラックのダメージだって相当大きいハズだ……両者は一歩も引いてない。このままだとやっぱり相討ちか……)
『久しぶりに実力を示せる相手と出会えて嬉しいぞ。マスターと共にジムを突破してきたが、骨のある者は一人としていなかった……私の前では全ての相手が有象無象の連中だったが……』
『有象無象……ですか。メグミさんや、オモリさんのポケモンがそれ程弱いと?私はそうは思いません。強さは人を認める事で初めて手に入れられるものです……マスターだって!』
 ヤナギレイはサイコキネシスの領域にまで近付き、ライラックをその中に閉じ込めた。
『な、何だと?こ、こんなバカな事が……』
『はあッ!』
 それは超能力現象そのものであった。紫色のオーラから爆発が起き、ライラックは無様に地面に転がる。
『……マスターと一緒に、私はリーグを目指します。強い相手に挑んでこそ強くなれるハズですから!』
『思い上がるな女よ……お前にそれ程の強き力なぞ、無い!』
 れいとうビームはヤナギレイ目掛けて飛んでいったが、その瞬間構えを取ってヤナギレイはそのままビームを体全体で受け止めてみせた。防御姿勢に入っていた為ダメージは少ない。
『全てを受け止める事は出来ん……技は守れても、業だけは……』
 ライラックは言い切る前に力尽きた。ヤナギレイの勝利だ。だが互いに攻撃を当てあった戦いであったが故に次の戦いを全力で乗り切る余力は残されていなかった。
「これまでの道程で色々な事があったんだろうな……その全てがお前を精神的にも肉体的にも強くしていった。
 そして勿論お前と仲間達の絆も一層深まっただろう。だがそれは俺も同じ。状況だけを見るならばまだ勝負は五分に極めて近い!最後の蓋を開けてみるまでまだ決着は付かないハズだ!」
「……兄さん……」
 兄としてのプライド、意地が彼にそう叫ばせていた。だが、ホクオウが勝負を挑んできた理由はそれだけでは無い。
 ユキナリの実力を知っているからこそユキエに勝てると踏み、そして自らを弟のポケモンの経験値稼ぎに用いている様なものだ。勝っても負けてもそれだけは揺らがなかった。
 (ホクオウさんのポケモンは確かに強い……ポケモンは強いレベルの相手と戦えば戦う程経験値も溜まっていき最終的には最強へと上り詰めていく……
 結局ホクオウさんは自分の力をある程度知っている……今が最盛期だと思っているふしがあるのかもしれない……)
「次で4匹目か……流石に6匹連続のバトルは辛いだろう。精神的にも疲労は激しい。だが、リーグではこの長丁場が5回も続く事になるんだ。
 つまり、30匹ものポケモンと連続して戦わなければならない!これ位でへばるな。身がもたんぞ!!」
 (勿論そうだ……ポケモンの回復はあっても人間の回復は無い……命令を間違えて致命的なミスをすればそれは四天王戦での命取りになる……しゃきっとしろ!
 こんな所で疲れている場合じゃ無いだろユキナリ!僕は今、心から尊敬する自分の兄と戦っているんだぞ!)
「次はコイツでどうだ?ユキナリ。行けッ、ビャッカミ!」
 フィールドに出現したのは唸り声を上げている純白の獣であった。いや、どちらかと言えば銀色が少し混じっている様である。
 そう、雪の中に埋もれてしまえば全く解らないであろう色をしていたのだ。
『ガルルル……マスター、俺の相手はコイツなのか……?』
「全力で倒せ。お前の全てを相手に見せ付けるんだ。解ったな……」
『ヘッ、随分色気の無え女だな。くすぶっちまってやがる。シャーッハッハッハ!』
『そっ、それはさっき雷の攻撃をまともに受けたからです!普段は結構綺麗なんですからね!』
「相手の挑発に乗らない方が良いよ。それに……今は本気を出してかかった方が良い」
 ユキナリは再びポケギアの画面を見た。
『ビャッカミ・どうもうポケモン……北国に生息する獣で、全身が純白の毛で覆われている。性格は粗暴、残酷で群れで狩りをする。
 相手を集団で追い詰め、追い詰めた先に仲間が待っている為追われたポケモンは成す術無く餌になってしまう。
 飛び掛るスピードは瞬間的にF1カーを越えるとまで言われているので捕まえる時には自らが餌になってしまわない様注意が必要』
(粗暴で、スピードはトップクラスか……ただ、空中戦はあまり得意じゃ無いだろう……)
 タイプはこおり・あくであった。性格と能力値だけを見ればガシャークと大差は無い。
 (このポケモンなら接近戦を選ぶだろう……相手がヤナギレイならば有利に働くハズだ。)
 ユキナリは特殊能力をチェックした。
『特殊能力・ゆきふらし……登場したターンからしばらく『あられ』状態となる』
 (霰……!霰と言えば毎ターン少しずつこおりタイプ以外のポケモンにダメージを与える天候の事だ……効果が無いはがねタイプのポケモンは持ってない……
 なるべくなら戦いを引き延ばして次の戦いにまで霰を持ち込まない様にしないと……)
 ユキナリは近くにいたヤナギレイにそっと耳打ちした。
「とにかく時間を稼いで霰がおさまるまで甘んじてくれ。攻撃はまず当たらないだろう」
『大丈夫ですよマスター。空中に浮かんでいる私とあの地上でしか戦えないポケモンでは差があります。長引かせるよりか一気に決着をつけてしまえれば楽でしょう』
 そう言って再び空に舞い上がったヤナギレイ目掛けて、ビャッカミが飛び掛ってきた。
『この野郎、俺を高見の見物とは良い度胸してるじゃねえか。俺の跳躍力を見せてやるぜ!』
 確かに後ろ足がバネで構成されているのではないかと思う程の跳躍力であった。
 一気にヤナギレイの腹に噛み付いて致命傷を与えようとしてきたが、ヤナギレイは逆にその攻撃を利用して耳元で大声を上げた。『ハイパーボイス』だ。
『ガアッ!?』
『貴方耳が良さそうですもんね。意外と効いたんじゃないですか?アハッ♪』
『ふざけやがって……ヘッだがな、忘れちまったんなら先に言っておく事があるぜ……てめえのその素早い回避力も霰のせいで台無しになっちまうって事をよぉ!』
 油断して相手を挑発したのがまずかった様だ。ビャッカミは激昂して再び飛び掛ってきた。再度避けようとした時に霰が頭にぶつかり、回避が遅れる。
 その瞬間鋭い牙がヤナギレイの腹に……噛み付いた。
『な……マスター……申し訳ありません……』
『どうだ、4倍ダメージの味は!』
 ヤナギレイに対してのかみくだくは有効過ぎる程であった。ハイパーボイスでダメージは与えたものの、ヤナギレイはそのまま倒れてしまう。だがその時ユキナリは大事な事を思い出した。
 (……そうだ!この局面で、このポケモンに対抗出来るポケモンを僕は持っている!)
 ヤナギレイをボールに戻すと、今度はコセイリンをフィールドに出現させた。
「忘れてたなんて……どうかしてる。気が動転してたんだ……」
『ユキナリさん、今の状況は?』
「……兄さんと戦ってる。今兄さんは4匹目のポケモンを場に出してる所だよ」
『ホクオウさん……ですね。お久しぶりです』
「コセイリンか……俺が出会った頃はコエンだったな。懐かしい顔じゃないか」
『研究所にいた時度々ホクオウさんは博士の所に立ち寄っていましたから……』
「ビャッカミで、お前がどれ程ユキナリと一緒に強くなってきたかを見てやろう」
 (そうか、元々コエンは僕が捕まえたポケモンじゃなかったんだよな……でも、今の絆は誰にも負けないハズだ。保管していたフタバ博士よりもきっと強い絆が!)
『チッ、こおりタイプを持っていやがる様だな……厄介な相手だぜ』
 (それだけじゃない。ユキナリ君が最初に手に入れたコエン、今のコセイリンはほのおを持っている。こおりタイプとあくタイプならむしろコセイリンは一方的に有利だ。勝てる!)
「ヤナギレイも強かったが……やはり致命的な弱点を持っているポケモンは扱いが難しい。特に明日お前が挑むであろう相手もこおりタイプのポケモンを次々繰り出してくるだろう。
 その時にビブラーバを、タイプ的に不利なポケモンをどう戦わせるかにかかっている……考えるんだ、相手に有効な攻撃とタイプを掴みさえすればグッと強くなれるハズだからな!」
 (兄さんだって充分強いよ……例え僕がこの戦いで勝ったとしてもその溝は埋まらない。だから僕は兄さんを心から尊敬出来る……そして、最大のライバルの1人だと胸を張って言える!)
 コセイリンの驚異的な強さをユキナリは知っていた。それも運なのかもしれない。ただ、それだけでは片付けられない実力と言うものを確実に得てきたのも確かなのであろう。
「行くぞビャッカミ!霰は無効だ。相手が攻撃を繰り出す前に噛み付いて仕留めろ!」
『マスター、最善を尽くすぜ……俺は!!』
 確かに速かった。一気に距離を縮め、ビャッカミはコセイリンへと飛び掛る。だが、飛び掛る方と迎撃する方、どちらが強い攻撃となるか……それは明らかであった。
『申し訳ありませんが……僕も貴方と同じ様に戦わなければならないんです!』
 コセイリンの口から灼熱の炎が飛び出した。相手の喉笛を狙っていたビャッカミはあろう事かその攻撃が直撃してしまう。火炎放射がビャッカミの体を覆い、地面をのたうち回らせた。
『クソ野郎が……こんな攻撃で終わりになってたまるかよ……』
 白目を剥いた状態でビャッカミが再び飛び込んできた。しかし属性的にも不利で、こおり攻撃が相手に効かない状態では勝ち目は無かった。そのまま再び火炎放射の歓迎を受ける。
『あ……相手が……悪かった……ぜ……』
 戦闘不能状態となったビャッカミをボールに戻すとホクオウはほうっと息を吐いた。霰が止んだが息は白い。
「また、雪が降ってくるかもしれんな……降り出す前に勝負を決めたいものだ……」
 フィールドにためらい無くボールを再び投げ入れる。出現したのは体格の立派な雪獅子だった。とは言ってもさっきの獅子とは違い、姿は我々の世界でお馴染みの『獅子舞』に近い。

夜月光介 ( 2011/07/12(火) 19:50 )