ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第6章 2話『帰りたい』
「カイオーガよ、今こそその余りある力を、破壊の為に用いなさい!」
『い、いかん!!』
 ダレスはフードのまま泉に飛び込むと、凄まじい速さで気絶しているスフィアを抱きかかえ、泉から這い上がった。その瞬間にカイオーガが泉に着水する。
 凄まじい水しぶきが上がるが、ダレスの力によってユキナリ達に水がかかる事は無かった。
「あら、私と同じ力を持つ人間が生まれるのが怖いのかしら?まあ、確かに私もアンタ達に水がかからない様にしたけど。この力は私だけのものなのよ。そう、私だけの……」
『ハア、ハア……大丈夫ですか、スフィア様……』
『ダレス、フードが……』
『今はそんな事を気にしている場合ではありません。奴を止めなければ……』
 フードが外れたダレスは濡れた体を何とか立ち上げた。その肌はスフィアと同じ色をしている。
「お……お前は……スフィア様と同じだったのか!」
『そうだ。ずっとお前達には隠していたがな……私はスフィア様の護衛を父上に任されていた。かつては我々の種族もこの世界に大勢住んでいたのだが……』
「さあカイオーガ!その水ポケモントレーナーの誰もが憧れる力を見せて頂戴!」
「こうなったら、あのカイオーガを止めるしかないわね。ユキナリ君、ポケモンを出せるだけ出して!」
「わ、解りました!」
 ユキナリ達の持っているポケモンが一斉に登場する姿は圧巻だ。
『……コレ、僕達が戦ってなんとかなる相手ですか?』
『まあ、それをなんとかするのがマスターに仕える私達の仕事じゃないですか』
 コシャク、ヤナギレイ、ドシャヘビ、ナックラー、バルキー、ルンパッパと言うそうそうたるメンバーが一同に会した。
 そしてユウスケの方もカレヤナギ、ボタッコ、モンジャラ、トロピウス達を従えている。
「OK。私の手持ちは心許無いわね。でもマリルリとゴルダックさえいればなんとかなるでしょ」
『私達も全力でカイオーガを止めなければ!戦いましょう、ダレス!』
『それしかない様ですな、スフィア様……』
「ハッ!雑魚が何匹集まろうが同じ事よ!しかもこのカイオーガは私の力の影響を受けて大きくパワーアップしているわ!どれだけ粘れるか見物ね!」
『いっちょやりますか!』
『腕がなるワイ!!』
『俺っちのくさ攻撃で参ったって言わせてみせるッスよ!』
 ポケモン達は一斉にカイオーガに向かって突っ込んでいった。それぞれが一番強力な技を惜しげも無く披露する。ロントもミルドレーを使って戦いを挑んだが、いかんせん相手が強過ぎた。
 原液に漬かったカイオーガの色は青から紫へと変化し、目の色も赤一色に染まっていく。
 永遠の力を手に入れたカイオーガの体力は全く減らなくなり、吐き出すエネルギー弾で次々にポケモンが戦闘不能に陥ってしまっていた。このままでは全滅も時間の問題だ。
「貴方達が見る最後の光景ね!よく目に焼き付けておきなさいな。貴方達の力が無くなった後、街を一発で消して、貴方達も殺してあげる。そして、私は世界を征服する為に凱旋するのよ!」
「そんな事にはさせない……守らなくちゃ、皆を守らなくちゃいけないんだ!」
 だが既にユキナリのポケモン達は倒れ、残るはナックラーやバルキーなど、取り立てて動きの素早いポケモン達のみ。ヤナギレイやコシャクも意地を見せていたが限界が近付いていた。
『これ程強いポケモンが、この世に存在していたなんて……!』
『コシャクさん、確かにカイオーガは強いですが、あの原液がカイオーガの思考を狂わせているんです。原液に完全に染まる前にカイオーガを泉から引きずり出せれば、まだ勝負になるかも……』
『ヤナギレイさん、僕達だけでは無理です。スフィアさんにそれを提案しましょう!』
「何の作戦を立てようとも、無駄よ!それにカイオーガを倒した所で私がいるじゃない。私のこの強大な力で全てをねじふせてあげるわ!でもその前にカイオーガに消されちゃうかもね……」
 スイヨウは高みの見物と言った様子でかなり余裕を見せているが、実際ユキナリ達は劣勢だった。
 スフィアとダレスも必死に戦ってはいたのだが、戦いには慣れていないのかどんどん力を失っていく。
『スフィア様は命の泉にいるからこそ強大な力を発揮出来る……そして私に力を与えてくださる……
 カイオーガが泉を占拠してしまえば当然力を発揮するのはカイオーガだ……だが、それももうすぐ終わる』
「終わる……?それはどういう事ですか?」
『裁きの時が迫ってきているのだ。彼女に、光の鉄槌が下される事になるだろう』
「何を馬鹿な事を!フン、その五月蝿い口を一瞬で塞いであげるわ、死になさ……」
 ゴフッ!!と力強く彼女は吐血した。その瞬間カイオーガがフッと泉から消えてしまう。
「な……ど、どういう……こ……」
 また吐血。スイヨウはフッと意識を失い、草むらに向かって落ちていく。ロントがすんでの所で彼女を抱きかかえた。ダレスとスフィアは哀しそうな表情を浮かべている。
『……だからこそ、泉の水を人間が浴びてはいけないのだ。スイヨウよ……』
「ガハッ……ガ……どういう……意味なの……説明しなさいよッ!!」
『我々はエターナルパワーを持つ一族の末裔だ。その力を狙って大勢の仲間が殺され、私にスフィア様を託した王も殺されてしまった……
 ポケモンと呼ばれる生命体が何故不死に近い能力を持っているか……それは我々の能力に大きな秘密があったのだ……』
 そう、ポケモンは非常に強い生命力を持っている。ミュウツーに至っては『不老不死』の能力を持ち、その力を悪用しようと沢山の悪者達が思案を巡らせ、捕獲する為に暗躍を続けていたのだ。
『そもそもポケモンは……我々スピリアス一族が生み出したものとも言える……我々は不死では無い。その代わり不老だ。不死に近い生命力もある。
 その力を生命力のある生き物に分け与えれば、我々の助けになるだろうと思って……この『命の泉』とスピリアスを創造したのだ……』
 ダレスの話は続いた。
『生き物は命の泉の源泉からやってくる薄れた水を飲み続け力を得た……不死に近い生命力と人間よりも遥かに強い力を持つ生命体が増え続けた……
 その中には突然変異によって細胞が変質し、ついには不老不死の力を手にしたものも出てきた……
 ただしそれは何百年にも渡って水を摂取し続けた場合の話だ。お前達の言うポケモンは、長い進化の歴史の中でその力に対応すべく生き続けてきた……
 源泉に何の耐性もついていない人間が飛び込んだらどうなると思う?』
「……体内で……力が爆発するって……事?」
『簡単に言えばその通りだ。そしてお前は力を使い過ぎた。急激に体内の細胞は活性化し、力を使ったが為に体の中で凄まじい老化現象が起きる。見かけは若くても最早手遅れだ』
「嫌……そんなの嫌……死にたくない……死にたくない……ガアッ!!」
 弱った彼女の体に追い討ちをかけるかの如く血が口から出てくる。もう息も絶え絶えだった。彼女の頬は既に涙で濡れている。彼女は嗄れた声で叫び続けた。
「帰りたい……死ぬのは嫌……何の為に……8年間も……苦渋を……」
「スイヨウ!死ぬな、死なないでくれ!!」
「ロント……優しいんだね、アンタ……アンタ達を……殺そうとしたのにさ……」
 スイヨウは血にまみれた顔を歪めてみせた。少し微笑んでいる様にも見える。
「……私の負けか……どうせ死ぬなら……最後は、私のいた世界で眠りたかったな……」
「スイヨウ……死なないでよ。アンタは私の敵でしょ!?敵ならもう少し粘りなさいよ!アンタは公の場で裁かれるべきなんだから!そう、戻って……」
「カスミ……アンタは待てるの?48年間も……私が待った8年の6倍も長い時を……帰れないなら……死んだ方が……マシだって思った時もあったわ……」
「スイヨウ、スイヨウ!」
 彼女は微笑んだまま息絶えていた。辺りを沈黙のみが支配する。
「うああああ――――ッ!!」
 ロントは叫んでダレスにくってかかった。ダレスの首根っこを掴んで揺さぶる。
「アンタが、アンタがスイヨウを追い詰めたんだ!呪いだか邪心だか知らないが、追い詰められた彼女がこの方法以外を選ぶ道は無かったんじゃないか!!」
『ロント、落ち着け!どちらにせよ彼女は外の世界で悪事の限りを尽くしていた女だった。帰せなかった……実力行使でしか彼女を抑える事は出来ないと思ったんだ!!』
 ロントはその場から崩れ落ちて号泣した。ユキナリもユウスケも、他のポケモン達も彼の悲痛な叫びを聞いて胸が痛くなる思いであった。
 そう、ポケモンは強い。人間は笑ってしまいたくなる程脆いのだ。簡単に死んでしまう。
 ポケモンは胸にナイフが刺さった位では死なない。よっぽどの致命傷を負わない限り復活するのだ。人間にはそれが無い。再生もしない。

「……何だ、コレ……」
 泉の水が突然渦を巻き始めた。あの時と全く同じ状況ではないか!
「帰れるの?もしかして帰れるの?」
『スイヨウが時空に開けた穴が、空間を歪ませたのか……皮肉な話だ……』
『5分間しか猶予はありません。帰るなら今しかありませんよ!』
「スフィアさん……カスミさん、早く飛び込みましょう!他の人達だって帰りたいハズです!」
『解った。この間に出来る限り外から来た者達を帰そう』
「……ロントさん。スイヨウは、私達の世界で眠らせますから」
 カスミはスイヨウの動かなくなった体を持ち上げる。驚く程遺体は軽かった。
「……頼むよ……きっと彼女も、それを望んでいるだろうから……」
「お世話になりました、スフィアさん、ダレスさん!……僕達は、帰ります!」
 3人はポケモンを全てボールに戻すと、そのままぽっかりと空いた穴の中に飛び込んでいった。
『しかし凄まじいな……命の泉がただの大穴に変わってしまう程の時空の歪みが発生するとは。この勢いならばまだ開いたままかもしれん』
『彼女も……皮肉な話ですが結局彼等に協力してしまったんですね……』
「……僕は待つ。スイヨウの生まれ変わりがここに来る確率が1%でもあるならば、ずっとこの世界で生き続けてみせる!……だから、戻ってきてくれ……」
 人の思いは時に独善的で傲慢である。だからこそスイヨウは命を落としてしまった。しかしそうでなければ人間では無いのも事実である。人間は、本来人の為には生きない。

 今から丁度2年前、スイヨウがまだ18歳の年齢を保っていた時、時空の穴は確かに開いた。
「許してくれ……僕もついさっき聞いたばかりなんだ。穴が開いたって……50年振りらしい」
「……何で……何でアイツは帰らせてくれなかったのよッ!私が、私が力を望んでいるから?私が元々悪者だからって言いたいわけ?
 ……帰してくれるんだったら、文句なんて言わずに帰るわよ……う……ううッ……また、50年も待つなんて……私には、出来ない……」
「今度は僕も掛け合うよ。僕自身は穴が開く事をすっかり忘れていた……今度は君の為に50年後を忘れない様にする。約束するよ。……絶対に君を元の世界に帰してあげるから」
「誰が生き残っているの!?50年経った後帰ったとしても、私の周りにいた人間はことごとく死んでいるのよ?今帰らなければ意味が無いの!意味が無いのよ……」
 あの時はスイヨウが号泣していた。ロントは心の中では安堵していた。感情の板挟みに苦しんでいたのは彼だけだ。帰してやりたいとも思うし、帰ってほしくないとも思ってしまう。
 彼女を追い詰めていたのはダレスだけではなかった。ロントもまた、彼女を追い詰めていたのだ……

「……大丈夫ですか?しっかりしてください!」
「う、ううん……」
 ユキナリは聞き覚えのある声で目を覚ました。また気絶してしまっていたのだろうか。
「コユキ、さん……」
「ビックリしましたよ。タウン近くの草むらで倒れていたって言うんですから。あと、ユウスケさんとカスミさんも……あとあの死体。女の人が口を真っ赤にして倒れていて……」
「信じてくれるかどうかは解らないけど、説明は出来るよ……ユウスケは何処?」
「あそこにいますよ、ホラ」
 見るとカスミとユウスケが警察に質問攻めにされていた。自分の目が覚めるのは遅かったのか。
 コユキは温泉街を楽しんできたのか少し前より肌がつやつやしていた。心なしか少し嬉しそうでもある。
「殺人事件があったワケじゃないの。確かに私はスイヨウに会ったわよ、でも……」
 質問攻めは朝まで続きそうだな、とユキナリは思った。外は真っ暗だ。時計を見ると9時を指している。
「いやしかし、大変だねえ。あんな仏さんと一緒に倒れていたなんて」
 近くにいた男がユキナリに声をかけてきた。白いスーツに身を包んだ、謹厳実直そうな青年だ。
「一応検死に参加した事はあったけど酷いもんだよ。まだ解剖はしていないらしいんだが、体中の細胞が殆ど死滅してるらしい。見た目は18歳なのに中身は100歳以上の細胞だそうだ」
「貴方は?」
「ああ、彼女と知り合って色々話をしたんだけどね。僕はこういうものだよ」
 彼が渡してくれた名刺には『ツンドラタウン生物研究所所員・エリモ』と書かれていた。
「要するに生物なら何でも研究対象なんでね。ポケモンだろうが人間だろうがお構い無しに調べているのさ。良かったら明日、見学にでも来るかい?まあ、出来ればだけど……」
 2人がてんてこまいしている様子を見るに、今日の質問は署内で行われる可能性も高そうだ。
「でも、嘘を言ったって怪しまれるだけだもの。本当の事を言った方が良いよ……」
 我々の世界とは違い、ポケモンの世界は何が起きても不思議では無い世界だ。人間を神隠しにあわせるポケモンもいれば、別次元からやってきたポケモンなんてのもいるのだから。

 数十分後、ユキナリ達の事情聴取は終了した。外傷がまるで見当たらない事と、過去に起きた『神隠し事件』の内容と照らし合わせ、警察はスイヨウ殺害には3人は関っていないと判断したのだ。
 トワの湖にて突然起こった突風も計測されており、この事件を通常の殺害事件として捜査するには値しないとして3人は無事に解放された。今後はスイヨウの遺体を調べ、死亡原因を追究する構えらしい。
 とにかく3名にとってはどうでもよい話でしか無かった。ユキナリ達は疲れ果てていたし、少し休んでからジムリーダーに挑戦しようと言うコユキの発案には2人も納得し、そのまま寝て朝を迎える事になる。

「おはよう、ユキナリ君……」
「ふああ……昨日はホントに大変だったねえ……」
 カスミは急ぎトーホクからカントーへと引き返した。事情聴取でカスミが話した事なのだが、彼女は『アクア平和グループ』の支部会員なのだそうだ。
 トーホクから検知された邪悪な波動の検知場所が『トワの湖』である事を確認した支部長のアダンは、カスミにトーホクへ赴き波動の正体を突き止めよと命じたらしい。
 カスミはポケギアでアダンに事件の概要を伝えた後、急ぎカントーへと帰還したのだった。今日も雪は降っていない。
「そう言えば、昨日エリモさんが明日『生物研究所』の見学に来ないかって言ってたっけ……」
「面白そうじゃない。コユキさんと一緒に行ってみようよ!」
 シャワーを浴び服を着替え汚れた服を備え付けの洗濯機に突っ込む。朝食をとった後2人はポケモンセンターへと向かった。
 コユキはセンターで寝泊りしているので、迎えに行き一緒に研究所の前まで向かった方が良いと考えたからだ。それにポケモンも昨日の戦いでかなりの深手を負っていた。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「疲れていたからグッスリだったよ。スイヨウさんの事は残念だったけど……今こうしていると昨日の事が本当にあったのかどうかハッキリしないんだ。夢みたいだよ。戻ってくると……」
 だが現実にスイヨウの遺体はユキナリ達が倒れていた草叢の近くで発見されていた。頬には涙の跡があり、同じ衣装を着ていた為それが夢だったとは逆に考え難くなったのだ。
「エリモさんは研究所の入り口で待っていてくれているみたいですので、なるべくなら早めに向かった方が良いと思います。回復を済ませたらすぐに……」
「うん。解ってるよコユキさん。多分ミズキさんから秘伝マシンの『なみのり』が送られているハズなんだけど……」
 職員にボールを預けたユキナリはセンターにあるPCの道具倉庫を開いた。パスワードを入力して一覧を見てみると『なみのり』が確かに1個あった。
 何度でも使える秘伝マシンなので勿論ユウスケのポケモンにも技を覚えさせる事が出来る。だがユウスケはくさポケモン使いなので無用の長物だった。
 (ミズキさん、喜んでくれたかなあ……)
 ユキナリのポケモンの回復が終わり、ユウスケのポケモンが回復ポッドに入れられた。センターに人が集まってきて賑やかになる。
 一昨日到着した時には夜だった為、ツンドラタウンのセンターが賑やかになるのを見たのは初めてだった。ユウスケのポケモンも回復が終わり、3人はセンターを後にする。

 生物研究所はタウンの北東に位置する大きな建物だった。俯瞰で見ても3階建て位はある。
「やあ、よく来てくれたね3人共。君達がココへ来るのを楽しみにしてたんだよ!」
 入り口前にはエリモが立っていて3人を歓迎してくれた。立ち話も何だしと彼は3人を研究所の中に案内する。自動式のドアを抜けた先には長い廊下と沢山のドアがあった。
「この研究所では生物の生態を様々な観点から調べる為にテーマ別の研究室を数多く作っている。特にポケモンに関しては今尚謎が多い生命体だからね。
 特段に強い生命力は、人間の寿命を伸ばす鍵になるんじゃないかと思っているんだ。DNAの謎が解けさえすれば……」
 歩きながら3人を廊下を奥へと案内するエリモ。プレートに『バイオバンク』と書かれた扉の前で立ち止まると、彼はその中に彼等を入れた。中には沢山の巨大な試験管が置かれている。
「凄いですね……全部液体が入っていますけど、コレは何なんですか?」
「培養液さ。現在法律ではポケモンの複製体……つまりコピーを作る事が禁じられているんだが、ポケモンの生命力の謎を探る為にはやはり複製を作らなければならないと僕は思っている」
 数名の職員が培養液の入った液体の中にある小さな卵に刺激を加えており、エリモが近付くと職員達は会釈をして現時点での報告を始めた。
「複製生成禁止法によりココまでが限界なのですが、やはりヒトとポケモンのDNAを組み合わせると凄まじい力を持つ別種の生物が誕生すると思われます。勿論、未だ見立てにしか過ぎませんが」
「そうか……やはり人間とポケモンはDNAでも深い繋がりを持っていたのだな……今度の教授連盟でコオリヌマ教授に是非我々の研究の成果を発表してもらおう。
 危険を承知で研究を進めなければ、前に進む事は出来ない。人間の寿命を伸ばす、いやもしかしたら不老にする事も可能なのかもしれない」
 ユキナリの脳裏にスイヨウやスフィアの影が浮かんだ。人間には不老の力を得る事は出来ない……だが、ポケモンはその力を制御出来るだけの耐性がある。つまり、両者の長所を兼ね合わせれば……
 背筋が少し寒くなった。人間の知能とポケモンの強大なパワーを持つ別種の生物が生まれると言うのだろうか。
「ねえ、ユキナリ君。エリモさん達の研究って、昨日の事と……」
「解ってるよ。でも今の所は実験で留まっているみたいだ。ポケモンのコピーを作ってはいけないと言う決まりがあるからね。ココは連盟の認めている建物みたいだから、滅多な事はしないと思うし……」
「とにかく、凄い研究をしているんだなって事は解りました」
「やっぱりコユキ君もそう思うかい?……ポケモンは太古の昔から人間と共に暮らしてきた。何故ポケモンだけが、人間より強大な力を持っているのか。
 その謎を解く為には、複製体の成長を観察するのが一番の近道だと思うんだよ……まあ、今実際にそれをやったらロケット団と同じだと非難されるのが関の山だろうけどね。
 僕達は金儲けの為に研究を続けているワケじゃない。それだけは理解してくれ」
 熱弁を振るうエリモは誰よりも熱かった。その熱さは戦うトレーナーも顔負けの迫力である。
 ユキナリとユウスケには、その謎の一端が明かされてはいたのだが、確たる証拠も無しにエリモにそれを話すのも躊躇われた。大人しく彼の後を再びついていく事にする。

 『化石復活ポッド』と書かれた部屋に入ると、今度はポケモンセンターでよく見かける回復ポッドと似た形の装置が何台も置かれており、そこで研究員達が色々な化石を復活させていた。
「ポケモンの生命力を知る手がかりの1つだよ。太古の昔に絶滅した古代種を復活させ生態を調べる事で、一体何時頃から凄まじいパワーをポケモンが得たのか調査しようとしているんだ」
 見た目には色違いとしか思えないポッドだが、岩の塊に似た化石を入れスイッチを押すとたった数分でポケモンが姿を現す。その古代種達はモンスターボールに収められていた。
「この部屋全体を特殊な磁場が覆っているんだ。強力な力を持つ生命体のみが磁場の餌食となり、ああやってさしたる抵抗も無しに捕まってしまうんだよ。
 モンスターボールに入れた後は屋外の調査室でパワーを細かく分析するんだ。その後は化石に戻したり、別の部屋で管理したりするんだけど」
「あの……エリモさん。実は僕も化石を手に入れたんです。ポッドを貸してもらっても良いですか?」
 ユキナリはユウスケの言葉を聞いて洞窟での一件を思い出した。化石を発見したではないか!
「ほう……コレはまるで見た事も無い化石だね。化石だと言う事は判別出来るが、何のポケモンだかが掴めない。ひょっとしたらひょっとするぞ……ポッドに入れてみてくれ」
 ユウスケは頷き、リュックの中から取り出した化石をポッドの中に入れた。数分後、ポッドの中から椰子の実の様なポケモンが姿を現した。見た目には非常に可愛らしいポケモンだ。
「これは……!!凄い、今まで存在する事は解っていたが、化石が発見出来なかったカラミクスだ!古代種のポケモンの中では最大の大きさを誇るポケモン『クスボック』に進化するハズだぞ……」
 エリモは眼鏡をしっかりかけ直し、目の前で跳ねているカラミクスをじっくりと眺めていたが、ユウスケからボールを借りるとボールの中に入れてユウスケに渡した。
「大事に育てるんだよ。古代種ポケモンは謎が多いがそれだけに潜在能力の高さが重要視されている。心を込めて育てればきっと君の力になってくれるハズだ。いやしかし参ったなあ……」
 エリモは頭を掻いた。興奮する姿はまるで子供だ。科学者と言うのは何処か純朴で暖かい。
 そんな目をするフタバ博士やホンバ助手を子供の頃から見慣れていたユキナリにとっては別に驚く事でもなかったが、コユキは意外そうな顔でエリモの顔を見つめていた。

 ユウスケもユキナリもリーグに挑む為のポケモンは揃った。後は育てて戦い続けるのみである。
 研究所を出てコユキと共にタウンを出た時太陽は既に真上に登っていた。昼だと認識出来る事さえ珍しいと言うのに、何だかとても暖かく、変な気分だ。
 3人はさらなるレベルアップを図る為にタウンの外で野生ポケモンを探そうとしていた。ココまで来ると野生ポケモンのレベルはグンと向上する。
「とりあえずポケギアで野生ポケモンが出現しやすくなる曲でも探そうか……」
「ご無沙汰だったねえ、ユタカさんの『ヒットナンバーチャート』がまた役に立つよ」
「あ、ラジオですね?私テレビもラジオも大好きなんですよ!特にポケモン塾のコーナーは毎週聴いてて……」
 ところが、ラジオを聴こうとポケギアのモード変更を行っても音が全く拾えない。妙な雑音が入ってくる。
『ピー……ガガガガ……ガガ……ピー……』
「あれ、おかしいな。ちゃんとそれぞれのチャンネルに合わせてあるハズなんだけど……」
「ユキナリ君。何か、音が大きくなったり小さくなったりしてるよ」
 確かに、音は離れた所から受信されている様で、ただの雑音とも少し違う様だ。
「……変な気配を感じます。シンリュウ様と関係があるのでしょうか……こちらの方から……」
 そう言うとコユキは踵を返して歩き始めた。真っ直ぐその気配の方向へと歩いているのだろうか。
 慌てて2人が後を追うと、近くの海岸にまで辿り着く。しばらく波打ち際を歩いていると岩で塞がれた洞窟を発見した。その洞窟に近付くと雑音は鮮明なノイズへと変化していく。
『……ヒ……カ……リ……アラワレシ……トキ……ココロ……トキハナタレル……イマ……タタネバ……ココロハ……キエル……ダレカガ……コノコエヲ……ヒロワナケレバ……』
「やはり、ポケギアから聞こえてきているノイズの発信源はこの中みたいですね」
「でも、こんな岩で塞がれちゃっていたらどかせないよ。ダイナマイトでも無いと……」
 だがコユキはさして慌てる事も無く、紫色の結晶で出来たイヤリングを外すと穴を塞いでいる岩にその結晶を当てた。すると目の前にあったハズの岩が消えてしまう。
「な、何で……!?」
「……シンリュウ様と共にこの地を守る神がいると、私は聞いています。雪神様とは違う、本当の護り神であると……
 シンリュウ様の御心を伝えるべく、選ばれた者達を待っていると……私達守の民に伝わる伝承の1つなのですが……」
 洞窟の奥に広がる暗闇が光ると、ゆっくりその奥から巨大なポケモンが姿を現した。太陽の光を受けて体が様々に光り、そして体の中央には特徴的な点が並んでいる。
「レジダイヤ様……」
 コユキは跪くとイヤリングを耳にはめ、目を閉じて祈りを捧げ始めた。一方ユキナリとユウスケは展開についていけず呆気に取られている。
『……守ノ民ノ生キ残リガ、マサカココヘ来ルトハ思ワナカッタゾ。オ主達ハ闇ノ力ニ狙ワレテオル。ワシハソレヲドウシテモ伝エ、守ノ民ヲ守ラナケレバナラント思ッテイタ……』
 成程、確かにこのポケモンの体はダイヤで出来ている様だった。ダイヤと言えばこの世で最も硬度のある宝石。無色透明な宝石は角度にとって様々な表情を見せてくれる。
『オ主達ノ持ッテオルソノ『ぽけぎあ』ナル物ヲ利用シテココヘオ主達ヲ呼ビ寄セタノダ。今、コノエリア全体ヲ揺ルガス強イ力ニ対抗スルニハ、ワシノ光ヲ受ケル他手段ハアルマイ』
 レジダイヤは大きく手を広げ、太陽の光を全身で受けた。体が七色に輝いている。
『サア、守人ノ生キ残リヨ、ソノイヤリングヲ太陽ニカザスガ良イ。力ヲ授ケテシンゼヨウ』
 コユキは言われるがままにイヤリングを太陽に向けて掲げてみた。その瞬間レジダイヤはイヤリングに向かって吸い込まれ、消えてしまう。
 だがユキナリ達の頭の中で響いていた声は消えてはいなかった。イヤリングの中央に先程レジダイヤの頭に見えていた点の列が浮かび上がる。
『オ主達ノ旅ノ安全ヲ確保シタ。ワシガコノ中ニ宿ッテイル限リ邪ナ力ニ邪魔ハサセン。ワシノ盟友シンリュウハワシニ全テヲ託スト言イ放チ空ヲ飛ンデイッタ。
 悪戯ニ人ノ目ニ触レヌ様ニトズットコノ洞窟ノ中ニ身ヲ潜メテイタガ、ヨウヤク役目ヲ果タス時ガ来タヨウダ』
「ちょっと前から不思議な事ばかり起きてるよ……シンリュウを見た時から伝説のポケモンばっかりに出会ってる。これってただの偶然なのかな?……そうとは思えないけど」
「ユキナリさん……きっとシンリュウ様が私達を導いてくれているのですよ。レジダイヤ様は先程も申しあげた通りシンリュウ様の言葉を伝え光を与えてくださる神聖なポケモン……
 やはり、貴方がたが巻き込まれた事件以外の何か巨大な力が蠢いている様です。」
 カスミはその邪悪な気を追ってホッカイに渡ってきた。トーホク全体が今大きく変わりつつある。
 ……常識が何度も覆り、そして何かが迫っていると聞かされ、ユキナリはどうすれば良いのか途方に暮れていた……勿論、リーグの覇者になると言う目標を忘れたワケでは無いが。

『コユキト申シタナ、アノ者達トポケモンノ調和、見事ナモノヨ。アノ者達ノ名ハ何ト申ス?』
「ユキナリさんとユウスケさんです。どちらも相当にお強いポケモントレーナーですよ」
『ホウ……『とれえなあ』トハ一体何ノ事ダカ、解る様ニ説明シテクレナイダロウカ』
「えーとですね、ポケモンをモンスターボールで捕まえて、一緒に戦う人の事を……」
 ユキナリ達が野生ポケモン達と戦いひたすらレベルアップに励んでいる間、コユキはイヤリングに宿ったレジダイヤの質問攻めにあっていた。相当昔から洞窟に潜んでいたのだろう。
 今エリア全体がどう変わったのかまるで把握していないらしい。だがコユキは格上であるレジダイヤに対して常に親切丁寧に色々な事を教えていた。座って休みながらではあったが。
「ナックラー、そこでかみくだくだ!」
『ココで俺の強さを上げとかねえと、他の連中の足手まといになっちまうからな!』
「カラミクス、とどめのはっぱカッター!」
『OKです。しかし、しばらく寝ている間に随分仲間の種類が増えたものですなぁ……』
 太陽が沈むまで野生ポケモンとの戦いは続き、ナックラー達のレベルは格段に向上した。

 再びタウンに帰還したユキナリとユウスケはポケモンをセンターのポッドに預け一息ついていた。
 コユキはイヤリングに眠っているレジダイヤと心で会話を続け、黙って椅子に座っているまま動かない。
「野生のポケモンが沢山出てきたけど、随分眠そうにしてたね」
「冬眠中だったんじゃないかな。たまたま時期が重なって空が晴れたものだから、這い出してくる他無かったんだろうと思う……
 でもそれよりも僕は、『キメラ』の事がどうしても気になるんだ」
 ユウスケは結構楽天的な性格ではあるものの、やはり暗い問題が頭から離れてくれなかったらしい。
「エリモさんじゃなくても、もう誰かがその研究を何処かで行っているかもしれないんだ。もしそんな怪物が僕達の世界に放たれたらと思うと、やっぱり心配で……」
「僕達は、今目の前の問題を解決する事だけで精一杯だよ。とにかくある程度の準備は整った。まだ進化してないポケモンも経験が溜まっているからもうすぐ進化すると思う。
 リーグに挑んで優勝したい。その夢の為の事を……まずは明日の事を考えよう」
 ポケモンを受け取った2人は一旦コユキと別れリーグ挑戦者の為の施設に入った。洗濯物は既に乾いている。思えば随分長く旅を続けられてきたものだとユキナリは思った。
 ここまで頑張ってこれたのも全て執念の結果である。勝ちたい、自分の実力を知りたいと言う欲望が彼等をリーグへと引っ張ってきている。ただ、何も問題を抱えていないワケでは無かった。
 (……カオスの最後の幹部の行方が解らなければ、ポケモン達はずっとカオスの手駒扱いだ……そんな事は許せない。
 ポケモンを道具にしてエリアの支配を企もうとするのなら、誰かが、僕達がそれを止めなくちゃいけないんだ!)
 そんな事を考えながら彼等の夜は更けていった。

 翌朝……既に着替えを済ませたユキナリとユウスケ、そして傍観者であるコユキはジムの前に立っていた。あの時会っただけのジムリーダー、オモリと戦ってエージングバッチを手にする為である。
 (はがねに有利なのは勿論ほのおだけど、いわタイプや地面タイプを併せ持つはがねポケモンが殆どだ……それがほのおタイプが有利と言う部分を消している。
 それなら僕はルンパッパを勝負に使うしか無い!)
 銀色の金属で覆われた室内はまるでガラスの様に彼等をしっかりと映し出していた。天井、壁全てに金属が使われていると、まるで巨大な箱の中に閉じ込められたかの様な錯覚に陥ってしまう。
「……やあ……ま、また会ったね……随分う、腕を上げてきたみたいだけど……ボ、ボクに勝てるかな?」
 ふらりと立ち上がった長髪の青年は、銀縁眼鏡の奥にある細い目を一層細くした。
「て、鉄壁のガードを、見せてあげるよ……」
 オモリはポケットからリモコンらしき物を取り出すと、ボタンを押した。その瞬間に彼の立っていた近くの床が一部せり上がり、モンスターボールが置かれた台が姿を現す。
「うわ、格好良いですね、今の見ました?」
「モンスターボールは5個……と言う事は、5VS5バトルと言う事ですね?」
「そうだよ……は、はがねタイプのポケモンはき、極めて珍しい奴等ばかりだからね……だ、だからこそ皆、ボ、ボクのガードに翻弄されて、ま、負けてしまう……君はどうやってた、戦うのかな?」
 オモリは神経質そうに眼鏡の端を上げると、片手でモンスターボールを握り締めた。色が銀色だ。
「じゃあ、こ、小手調べといこうかな……き、君の実力をボクの目で、た、確かめてあげるよ……」
 銀色のボールから閃光と共に飛び出してきたのは巨大な蛇だった。いや、蛇ではあるが体が鋼で構成されている。出現した鋼の大蛇はいきなり凄まじい雄叫びを上げた。
『グウウウ……ゴアアアア―――ッ!!ゴフウウ……フー……フー……』
 あまりにも巨大なその姿に躊躇するものの、ユキナリは物怖じする事無くボールを投げた。
『ほお……デケえな、こりゃ……コレが鰻だったらどんぶり何個分の鰻重が出来るもんかね』
 自分の何倍も大きい敵と戦い、それを打ち倒してきたバルキーの可能性に賭けようと思ったのだ。
 (それに、何に進化するかは解らないけどもうすぐ進化するハズ。ココで流れをこちら側にたぐりよせていかなきゃ……)
「バルキーか……フ、フフフ……どうやら一寸の虫にも五分の魂と言う言葉を、か、過信しているみたいだね……教えてあげるよ。な、何故ボクがて、鉄壁の鋼使いと言われているかを!」
 ユキナリは素早くポケギアの図鑑ページを開いた。
『ハガネール・てつへびポケモン……1000年もの長い間地中で鉄分を土から摂取し続けてきたイワークが突然進化したもの。その巨大な体は鉄鉱石をどんどんと食べて自分の体を硬くしていく。
 桁外れの防御力と攻撃力を持つが、唯一の弱点はその巨大な体。特に食べ過ぎたハガネールは満足に体を動かせない事が多い』
「特殊能力は……」
『特殊能力・だっぴ……状態異常になっても次のターンで回復出来る』
 (バルキーの魅力はその素早さと純粋な攻撃力にある!その特殊能力はバルキーに対しては効果的じゃない!)
「レジダイヤ様……ユキナリさんは、オモリさんに勝てるのでしょうか……」
『バトルハ蓋ガ開イタ時カラ閉ジル時マデ読メン。例エレベルガ絶望的ニ離レテイテモ勝ッタトレーナーヲワシハ見タ事ガアル……2人ノ実力ハドチラモ折リ紙付キダカラナ。実力伯仲ト言ッタ所カ……』
「ユキナリ君、僕も後で頑張るから、オモリさんに必ず勝ってね!」

「そ、それじゃあ、何時でもどうぞ……」
 バルキーの視点から見ればハガネールはまるで巨大な山の様であった。顔で楽々バルキーの体を飲み込んでしまえそうである。
 だが戦いで勝つ事を何よりも誇りとするバルキーにとっては、むしろ願っても無いチャンスであった。マスターを勇気付ける最大の山場を作ろうと身構える。
 (……奴は鈍重だ。戦う前から恐れれば負ける……ひたすら攻撃を当てれば必ず倒れるハズだからな!)
『おらああああ!!』
 完全に手薄になっているハガネールの腹に、ひたすら拳を当て続けるバルキー。だが鋼の体が攻撃を通す事も無く、拳は血でだんだんと滲んでくる。一方ハガネールの方は悠然と欠伸すらしていた。
『ZZZZ……』
『ちッ畜生、馬鹿にしやがって!起きやがれこの野郎!!』
 メガトンパンチも鋼には無力同然だった。キックもパンチもまるで効き目が無い。そのうちだんだんとバルキーの素早さも落ちてくる。逆にダメージを負う程相手が硬いのだ。
「ど、どうだい?ボクのハガネールは……て、鉄壁と言われる理由が、こ、コレで解っただろう?」
 (そ、そんな馬鹿な……いくら攻撃してもバルキーを疲れさせているだけだ……しかもハガネールのHPはまるで減っていないなんて……)
『……お師匠……こんなに硬い野郎が相手だなんて、やっぱり俺には荷が重かったのかな……』
 手が痺れる。体がふらつく。普通なら圧倒的優位に立っているハズのバルキーが疲労により逆に背水へと追い込まれていた。ケンゴの姿が脳裏をよぎる。
 (イヤ、まだだ……お師匠は絶対に諦めるなってそう言ってくれた……マスターだって俺の事を信頼してくれているからこそこの相手と戦わせてくれたんじゃねえか……
 俺は昨日何を学んだんだ?ただポケモンと悪戯に戦っただけじゃねえ……)
「そ、それじゃあ飽きてきちゃったし、そ、そろそろフィニッシュを決めようか……アイアンテールだ!」
 大欠伸をして目覚めたハガネールは面倒くさそうに尻尾をバルキーに向けて振った。だが、バルキーは壁にぶつかって倒れる事無く、全身でその攻撃に耐える。
「あ、あれ……?おかしいな、そ、そんな体力はもう残っていないとばかりお、思っていたけど……」
『……格闘技を……舐めんじゃねえ―――ッ!!』
 バルキーの体が白い光に包まれ、そして身長が人間の大人と同じ位になった。血で傷付いた拳はボクシンググローブに覆われ、金色のオーラが一気に体から放出される。
「エビワラーに進化したんだ……サワムラーやカポエラーはトウコさんとの戦いで嫌と言う程強さを知っているけど……ユカリさんとの戦いではそこまで苦戦はしなかった。大丈夫かな……」
『任せておいてくれ、マスター……こいつは責任を持って俺がぶっ倒す!』
 グローブ同士を合わせ、臨戦態勢に入ったエビワラーはすかさずハガネールの体に一撃を加えた。
『ガ……?』
 先程かすり傷も負わなかった鋼の鎧が醜くへこんでしまっている。魂が鉄壁すらも弾き返したと言うべきだろうか。狼狽したハガネールははかいこうせんを放った。
『破壊力は認めるが、その攻撃は簡単に避けられるんだぜ!』
 攻撃を避けて大きくジャンプをしたエビワラーは、滑空速度と合わせた強烈な一撃をハガネールの頭部に直撃させてみせる。ハガネールは痛みを受けて完全に怯んでしまった。
「エビワラーになった時から戦闘力の数値が大きく変わっているけど……ここまで違うなんて……やっぱりケンゴさんの鍛えが相当凄かったんだろうなあ……
 さっきまで優位だったハズのハガネールが全く攻撃を当てる事無くダメージを受けている……もう瀕死直前だ……」
「よし、エビワラー!とどめはばくれつパンチだ!でっかい一撃を当ててくれ!」
『さっきの礼を、たっぷり返してやるぜ!くらえ!!』
「フ、フフ……ハガネール、『はがねのシールド』!!」
 オモリがそう叫んだ瞬間、銀色に光る膜がハガネールの体を覆った。ばくれつパンチは確かに当たったが、同時にエビワラーも一緒になって倒れてしまう。
『グ……グフフ……ガ……』
 気絶したハガネールをボールに戻すオモリ。ユキナリは一瞬何が起こったのか全く解らなかった。
「攻撃によるダメージは受けていなかったハズなのに、何でエビワラーが倒れたんだ……?」
「か、かかったね、ユキナリ君……ボクはこう見えても一流のジムリーダーだから、色々手は用意してある……は、鋼のシールドと言う技は単に防御力を上げるだけじゃ無い。
 は、はがねタイプを持っているポケモンがそれを使った場合、ぼ、防御力の高さで相手にダメージを与えるのさ……」
 (はがねのシールド……随分厄介な技だな……この分だとポケモン全てに覚えさせている可能性もある……次のポケモン次第では、出すポケモンを練り直さないと……)
「やっぱり、バルキーだった時に負ったダメージが多過ぎたんだ……でも、エビワラーに進化したね。
 僕のポケモンも進化してるポケモンが増えてきたし、トレーナーが嬉しい気分になる出来事だから他人のポケモンが進化しても嬉しい気分になれるな……」
「やっぱり、そう簡単にはバッチを渡してくれる相手では無いですよね……」
『ウム。洞窟デズット外ノ様子ヲ眺メテイタガ、オ主ノ住ンデイル街ノジムリーダート今ココニイルジムリーダーガ戦エバ、恐ラクココニイルジムリーダーガ勝ツダロウ。ソレ程強イノダ……』
「お、面白くなったきたね……や、やっぱり何だかんだ言っても5人ものジムリーダーを倒してきたと、トレーナーだもの……ボクは少々き、君の事を見くびっていたみたいだ……」
 卑屈っぽく笑うとオモリは次のボールを取り出した。ユキナリ達に緊張が走る。
「て、手加減はしないよ。それはトレーナーの君にとって、し、失礼にあたるからね……」
 オモリの投げたボールから出現したのはフォレトスだった。硬い殻に包まれた体をクルクル回転させている。先程のハガネールとは違い多少動きは早そうだった。

夜月光介 ( 2011/06/27(月) 20:54 )