第6章 1話『エターナルシティ』
3人はシズカとトサカの実家を後にして、さらに歩き続けた。夜6時頃やっとツンドラタウンに到着。彼等はポケモンセンターに入った。
回復ポッドでポケモンを回復させている間3名は椅子に倒れこみ、肩で息をして少しでも疲れを取ろうとする。
「……帰りも……こんなに歩く事になるのかな……」
「嫌だよ。せめて『空を飛ぶ』があればなあ……」
センターの職員とユキナリ達以外の客はおらず、ただ外の夜空だけが明るく地面を照らしている。
「月が出てますよ、月なんて初めて見ました……煌々と光ってます……星も……」
ユキナリは立ち上がるとPCに向かい、先程の撮影した写真をミズキに送った。
「喜んでくれると良いなあ。海も綺麗になっていたし……」
回復が終わった為、ユキナリ達はジムに向かった。銀色に輝く巨大なジムである。
「あのー、挑戦者のユキナリとユウスケと言う者ですがー……」
ジムの中は広いのに返事は無かった。真っ暗で何も見えない。
「夜ですからねえ……明かりは無いんでしょうか?」
「ユキナリ君、コシャクの鬼火で辺りを照らしてみようよ」
ボールから早速コシャクを出し、ユキナリはジムの中を照らさせた。
『ジムリーダー、自宅に帰っちゃってるんじゃないですか?ユキナリさん』
「いや、そんな事は無いハズなんだけど……まだ時間は……」
ユキナリは隅の方でうずくまっている青年を見つけた。髪を肩まで伸ばし、銀縁の眼鏡をかけている神経質そうな青年だ。
「貴方がジムリーダーなんですか?」
「……そうだけど……き、君達は……挑戦者?」
何かに怯えている様に青年は話した。時折肩がビクっと震える。
「トレーナーのユキナリと、こっちはユウスケです」
「ぼ、僕は……オモリって言うんだ。よ、宜しく・・・ご、御免。僕あんまり……ひ、人と話すの得意じゃ、な……無いんだ……」
酷い怯え様である。こんな感じで戦うのだろうか。
「もう、き、今日は日も、く、暮れているから……し、施設に泊まっていってくれ……
あ、明日でも……あ、明後日でも……別に……だ、大丈夫だからね……何時でも……た、戦うよ……」
「わ、解りました。それじゃ、今日はこれで……」
そそくさとジムを出て行く3人。それを見てオモリは溜息をついた。
「……やっぱり……友達にはなってくれそうもないな……」
「怪奇映画のゾンビみたいな人でしたね……」
「僕もそう思う。僕やユキナリ君はあんな人と戦うの?嫌だなあ……」
「立て看板を見たら鋼使いなんだって。ダイゴさんも鋼使いだったけど、強そうには見えなかったなあ……まあ、見かけで判断するのは良くないけど……」
「そう言えばこの島、綺麗な観光名所がいっぱいあるそうですよ!雪も降っていないし、色々明日は見て回りませんか?」
「賛成!ちょっと一息置いてからでも遅くないよ!そうでしょ、ユキナリ君」
「そうだね、それにポケモンを育ててからでも遅くは無いと思う」
施設の前でしばらく話をした後、コユキとは別の宿泊施設に入った。小屋には変わりは無いが、女性と一緒の小屋だと色々気を使うので面倒くさいと思ったのだ。
「うーん……あの人、本当に強いのかな……あ、そう言えば観光の前に、社に行って神器を奉納しなきゃ。まあ、地図を見てもココから近いからすぐ出来ると思うけど」
「ついにこんな所まで来たんだね。シラカワタウンからどれ位離れてるんだろう?母さんも心配してるんだろうな……」
その時、ポケギアが鳴り出した。電話だ。ユキナリはテレビ電話に切り替える。
『やあユキナリ。久しぶりだね。アタイだよ、アタイ』
「メグミさん!」
『その様子だと、無事にツンドラタウンまで着いたみたいだね。疲れてるだろう?バアちゃんもアンタ達に余計な仕事を押し付けたもんだ……
どちらにせよジムリーダーがいるから行かなきゃいけなかったんだろうけどね』
「メグミさん、オモリさんに会ったんですけど、本当に彼は強いんですか?」
『そりゃアタイより実力は上さ。攻撃のダイゴ、防御のオモリって所かな。鉄壁の称号を貰っているからね。
ロクにダメージを与える事も出来ずに敗北したトレーナーも数多くいるらしい。アタイが挑んでも多分負けるだろうし』
「やっぱり強いんですね……」
『今までに発見されているはがねタイプのポケモンがいかんせん少ないからかもしれないけど、鋼使いのジムリーダーは随分少ないんだ。
だけどオモリはその中でかなり重要視されている。そもそもタイプ自体が鉄壁のスタイルに合っているんだ。殆どの技を受け付けないし、また防御力が高いポケモンが多いからね』
「今のままで勝てるでしょうか……」
『結論から言えば勝てない……だろうね。ゆっくりやりな。アタイだって積み重ねでココまで来れたんだから。それにしても、随分変な夜だね今日は。
昼からずっと変だったけど……満月が見えてるよ。何処も同じく晴天なんだってさ。何百年振りだって聞いたけどね……バアちゃんが喜んでたよ。海神様が応えてくれたとか言ってるんだ』
ユキナリは頷いた。確かに海神はユキナリ達の思いに応えてくれたのだ。
『やっぱり、いるんだねえ……アタイは信じてなかったけどさ。シンリュウか……ゴウセツだの何だのって、このエリアには謎が多過ぎるんだよ。昔はそこまで寒くなかったって言うし……』
シンリュウが現れてから不思議な事が立て続けに起こっている。何か関係があるのだろうか。そんな事をメグミと話し合いながら夜は更けていった……
翌朝……ユキナリとユウスケは朝食を取り、シャワーを浴びて着替え、表に出た。
太陽が眩しく光っている。本当にこんな光景を実際に目にするのは生まれて始めてだ。
「暖かいねえ……一体どうしちゃったんだろう、こんな事になって……」
「昨日の写真、ミズキさんは喜んでくれたかなあ。あ、コユキさん!」
「おはようございます!」
3人は連れ立って早速観光……と行きたかったがまずは社に赴く事にした。少しタウンから離れた所に神社の鳥居が立っており、そこが目印になっている。そこには『雪神神社本館』と書かれていた。
「本館……?」
「おや、こんな寂れた神社に参拝者とは珍しいですな。ご観光ですか?」
1人の老人が箒で付近を掃除しており、声をかけてくる。
「あの、トコヨさんに頼まれて3種の神器を持ってきたんですけど……」
「おお、貴方がユキナリさんですか。話はトコヨから伺っております。やっと、トーホクが悪魔の呪縛から解き放たれる時が来たのですな。嬉しい限りですぞ」
「悪魔の呪縛……って、何ですか?」
「話はこちらで……まずは、神器を祠に収めていただかない事には……」
3人は本堂らしき場所に案内された。巨大な木像の前に石が置かれており、その石には神器にはまるくぼみの様なものがあった。
神器を3人がそれぞれ用意して型にはめると、光っていた神器がさらに激しく光りだし、そして色がエメラルドブルーに変化した。
(……シンリュウの鱗の色になった……)
「コレで安心出来ます。悪魔の勢力が強くなっている今、神器の結束が大切になりますからな。
元々、3種の神器はココに置かれていたのですが、ずっと昔、雪神様が悪魔からこの地を守る為に神器を巫女3名に預けたと言う伝説が残っているのです……
その悪魔は、私にもよく解ってはいません。ただ、永遠に雪が降り止まなかったのは、悪魔の仕業であると言われてきました。神器の結集により、その呪縛が解けたのでしょう」
「呪縛が……」
「私達、トーホクの存在を守る立場に立っていたんですね、何時の間にか……」
「いえ、もう大丈夫だと思います。ただ気がかりなのは、伝説が真であったとして、神器の結集のみで悪魔が消え去るかと言う事……思い過ごしであれば良いのですが」
老人はそう言うと目をつぶり、空を見上げた。
「目をつぶっても空が明るいのがよく解る……こんな日々が来れば良いなと思ってはいましたが……」
ユキナリ達は社を後にして、3名で何処へ行こうかと相談しあっていた。
「ユキナリ君、この『トワの湖』って所、エリアで一番綺麗な所なんだって。興味あるなあ……ねえ、行ってみようよ!」
「私は断然『クナ島』ですよ。今ヒダカ祭って言うポケモンと一緒に遊ぶお祭りがあるらしくて、それ楽しそうじゃないですか!
しかもクナ島には温泉があるんですよ!美容と健康にもバッチリですって!ユキナリさん達の旅の疲れを癒しておきましょうよ!」
「うーん……野生ポケモン達の憩いの場か……一番綺麗な湖……祭……」
ユキナリは観光するのも良いとは思っていたが、あまり騒がしい場所は好きでは無かった。
そこまで皆と一緒に騒ぐのも好きでは無い。落ち着いた場所こそ彼の望む場所である。
「湖に行きたいな」
「じゃ、決まり!……ねえ、コユキさんも一緒に行こうよ!静かで落ち着くよ?」
「うーん……私、温泉には必ず入ろうと思っていたんですよね……温泉街もあって綺麗になる絶好のチャンスだと思っていましたから……やっぱりクナ島に行きます」
「そこ、日帰りで戻ってこれるんですか?」
「船の運航が再開したらしいので、今日の夕方までには戻ってこられると思いますよ」
「じゃあ、今日の6時辺りには3人全員戻っていれば大丈夫だね」
ユキナリとユウスケは彼女と別れ、島の中心部にある『トワの湖』へと向かった。常緑樹に囲まれた森の中にその巨大な湖はあると言う。
ユウスケが湖に行きたいと言い出したのもそれがあるからなんじゃないかとユキナリは思っていた。
「綺麗な場所でゆっくりするの好きなんだ。心が洗われるって言うのかな……」
「解るよ、その気持ちは。暖かい太陽、新緑の下で湖を見る、か……」
何時の間にか2人にとって徒歩は自転車での移動と同じ様に全く苦にならなくなっていた。
寧ろ歩きながらの会話は2人とも好きだったので、殆ど時間を感じる事なく湖に辿り着く。時刻は午前10時を少し回った位であった。
「うわ、凄い……」
柵に囲まれた湖は美麗の一言であった。濁りの無い鏡の様な水面に言葉を失う。ゴミ等周辺には1つも無く、木々の美しさと完全に調和していた。
まるで絵画の中に入ってしまったかの様だ。映画のワンシーンと言っても通じるだろう。
「綺麗な色だね……コレも写してミズキさんに送ってあげたら?」
「そうだね。撮っておこうか……僕達も記念に撮っておきたかったからね……」
ユキナリはポケギアを構えて写真を撮った。何枚か撮った後で改めて湖を見渡す。
「でも、観光客が全然見当たらないね……ちょっと綺麗過ぎて戸惑う人が多いのかな?」
「ゴミも迂闊に捨てられないもんね。まあ、非常識過ぎる人はやるかもしれないけど……」
「貴方達はどうなのかしら?絶対にそんな事をしないって言える?」
何時の間に隣に立っていたのだろう。オレンジ色の髪が美しい女性が2人に向かって微笑みかけていた。ライフジャケットの様な衣服を羽織っている。
「こんにちわ、僕ポケモントレーナーのユキナリって言います。こっちは親友のユウスケ」
「あら、随分礼儀正しい坊や達ね。アイツとは違って人間が出来てるじゃない。嗚呼、何であんな礼儀を知らない奴が頂点に立っちゃってるのかしら。頭が痛いわ……」
「あの……どなたですか?」
「私?……まあトーホクやホッカイじゃあのおっさんの方が私より有名みたいだしね。いいわ、教えてあげる。私はカスミ。カントーでジムリーダーをやってるの」
「ジムリーダー?ホッカイに来ていていいんですか?規定が……」
「私は大丈夫なの。ちゃんと留守は妹に任せてあるから。それにしても昨日から変な事ばかり起こってるみたいね。私、今日の早朝出た船で来たのよ。
昨日まではずっと船が出なくてね……そう、数ヶ月は待たされたかもしれないわ」
「数ヶ月も……トワの湖を見にですか?」
「ええ。私はずっと前からこの場所に興味を持っていたの。無理やりにでも時間を作って見に行きたいってね。水ポケモン使いにとっては聖地みたいな場所なのよ、ココは」
そういうとカスミは微笑んで2人を見つめた。だがその瞳は彼等自身を見てはいない。
「何か雰囲気が似てるな、って思うの。見かけとか性格は全然違うけど、アイツに似てる。私の知り合いにレッドって奴がいるんだけどね。何かがソックリと言うか……上手く説明出来ないけど」
「レ、レッドさん!?」
ユウスケは仰天してユキナリに耳打ちした。
(ねえ、レッドさんってカントーを代表する伝説のトレーナーだよね。確か今は……)
「行方不明、でしょ?全く18歳にもなるってのに何処をうろついてるんだか。私はともかくマリンにまで便りをよこさないなんて。人が心配してるって言うのに……」
カスミはそう言うと髪を掻きあげ、面倒くさそうな表情を見せた。
「まあ、アイツも色々やってんでしょ、私の知らない所で。修行だとか何か言ってるんでしょうけど。
……最強だなんて、羨ましいわ。アイツみたいになりたいって時々思うけど、1つのタイプに固執している限り不可能なのよね……特に『伝説』となる為には」
「でも、カスミさんだってカントーを代表するトレーナーじゃないですか。本で見た事あるんです。ミズキさんとも何度か戦っているんですよね、休暇を利用して。でも……」
「それ以上言わないで……今年こそは勝つわよ。あのクソ生意気な親父に私の強さを今度こそ刻み付けてやるわ。まああの子達は可愛いから良しとしても……
ああッ、みずポケモンに『逞しさ』とか『格好よさ』なんて必要無いのよ!!本当に必要なのは……」
「……ねえ、ユキナリ君。湖が……震えてる……」
「え?」
ユキナリとカスミは湖の水面が確かに震えているのに気付いた。おかしな事に湖の中心から波紋が広がっている。何かが落ちてもいないのに、ずっとだ。
「何よ、あれ……」
湖が波立ち、突然激しい風が巻き起こった。湖の中心から渦が出来、そしてそれが漆黒の穴を形作った瞬間、その渦の中に引き込まれていく。
「うわあああ!!」
「ちょ、貴方達、しっかりとしがみついているのよ!」
「駄目だ、柵も千切れる!」
柵にしがみついていた3人は柵ごと湖の中に出来た渦に飲み込まれてしまった。突然に、である。それは、たった1日の大冒険の始まりを示す証でもあった……
『特別編 −永遠の街の妖精− スフィア』
うっそうと生い茂る植物……湿った空気の中を蠢く黒い影があった。湿地帯を移動するその影は、まっすぐにある場所を目指して突っ走っている。
『貴様……まだ解らんのか……』
「!?」
『フン。貴様の気持ちは汲んでやろう。だが、神聖なるこの場所に立ち入る事は断じて許さん!』
「五月蝿い、私は帰りたいのよ!その為にも、エターナルパワーが必要なのッ!!」
『罰を受けるがよい!』
「グアアアアア!」
黒い影はうずくまり、その場に倒れこんでしまう。彼女の目指していた方向から声がした。
『……侵入者ですか?』
『また、入り込んできた様です。この小娘……罰を与えておきました』
『……貴方にこの様な仕事を請け負わせてしまって、申し訳なく思っています、でも……』
『いえ、スフィア様がいなければあの街の崩壊は必死。この世界が存在し続ける為にも貴方に、この世界に危険が降りかかる事だけは避けなければなりません』
「ふ……復讐してやる……絶対に復讐してやるッ!!」
しわがれた声が響き、影はよろめきながら湿地帯を去っていった。
『……また、侵入者か……』
残された黒い影は足早に湿地帯を歩き出していた。
「痛い……何処よ、ココ……」
「ユキナリ君、足、踏んでる……」
「ゴメン。でも高い所から落ちてよく平気だったよね……」
ユキナリ達は渦に飲み込まれた後、闇を猛スピードで落ちていたのだ。そして固まって地面に墜落した。それでも全く怪我はしていない。
カスミは腰をはたいて立ち上がると、辺りを見渡した。見渡す限り植物だらけだ。
「ココは……どうやら湿地帯みたいね。泉の周辺に生える植物ばかりだわ」
「でも、こんなの植物図鑑で見た事ないや。新種なのかな?」
幼い時から植物図鑑を読破してきた草マニアのユウスケが言うのだから相当であろう。ユキナリ達も立ち上がり、近くに人はいないかと辺りを見渡す。
「と、とにかく、連絡を取らなくちゃ……」
カスミは腕に付けていたポケギアで誰かと連絡を取ろうとしたらしいが、諦めてお手上げのポーズを取った。ユキナリ達のポケギアも電波が届かないのか電話機能が全く使えない。
「ハア……とにかくココは何処なの?まさか異世界に迷い込んじゃったワケじゃないでしょうね!」
『残念だが、そのまさかだ』
カスミの後ろに背の高い黒いフードを被った男が現れた。カスミは慌てて振り向く。男はかなり威圧感があった。フードで目が見えない分気味の悪さも相当なものだ。
『お前達は飛ばされてきた……50年に一度の『大渦』に巻き込まれてな』
「大渦?何なのよそれ」
『私にもよくは解らない。少なくとも別次元からやってきた者は大勢いる。だが彼等は帰れない。私が帰してやる事も出来ない。だが少なくとも死は免れる』
「か、帰れないって……困るのよ!そんなの!」
『私に言われても困ると言っただろう。とにかく、ココはお前達が入ってはいけない聖域なのだ……今街に送ってやる。街の者にでも聞くが良い……』
男は3人の前に掌をかざすと、力を込めて叫んだ。
『ハアッ!!』
「大丈夫かい?」
気絶していた3人は青年に助け起こされた。随分快活そうな青年だ。
「もう……今日は本当に厄日だわ。ついてないわよ、本当に……」
「ココは何処なんだ……?また変な所に着いちゃったよ……」
3人はフードの男によってココに飛ばされたのだと推察したが、まだ全然自分達が今置かれている状況を把握出来ずにいた。
「あの、ココは一体何処なんですか?」
『永遠の都市(エターナルシティ)スピリアスさ。スフィア様が作り上げた黄金都市なんだ」
「スピリアス?スフィア?あーもう、ワケが解らないわ!!」
無理も無い。こんな状況下で気が動転しない人間がいたら見てみたいものだ。青年は3人を自分の家に案内すると言って歩き出した。3人はとにかく彼の後についていく。
青年の家に着くと、青年は3人に改めて自己紹介をした。
「僕の名前はロント。エターナルシティで生まれてもう140歳位になる」
「え?ひゃくよんじゅっさい??」
どう見ても目の前にいる青年は20歳そこそこにしか見えない。
「冗談言ってるんでしょ。並みの人間がそんな長生き出来るわけ……」
「教えてあげるよ。どうして僕がそんなに長生きしているのか」
彼は台所にある蛇口をひねって水を出した。透き通った水が出てくる。
「あれ……?この水、何処かで見た様な……」
そう、その水はトワの湖の水によく似ていた。全く濁りの無い水だ。
「この水は『命の泉』の主、僕達の世界を創造したスフィア様が提供してくれる水なんだ。この水を飲み続けていれば絶対に歳をとらないし、死ぬ事も無いんだよ」
「ほ、本当ですか?この水の成分とか解ったら大金持ちになれるんだろうな……」
「歳もとらない?バカな事言わないでよ、じゃあ、アレは何なのって話!」
カスミが指差した先には老婆が座っていた。ブツブツと何か呟いている。耳をすますとそれは呪詛の言葉に似ていた。憎悪の感情が彼女の心を支配している感じだ。
「……スイヨウは、門番のダレスに罰を受けたんだ……永遠に老婆でいろと……」
「スイヨウ?スイヨウですって!?」
カスミは目の前の老婆を見て首をかしげた。解らないと言った顔だ。
「……スイヨウ。本当にアンタなの?」
老婆はビクッと体をこわばらせたが、すぐに顔を上げた。少なくとも90歳は超えているのではないかと思う程皺が刻まれている。
総白髪であったがニタリと笑ってみせるその顔に、何か鬼気迫るものを感じた。老婆の表情とはとても言い難い。
「カスミ……アンタも飛ばされてきたの?良い気味だわ。ココへ来た以上、絶対に帰れないんだから。唯一の脱出口には悪魔の門番が待ち構えているのよ」
しわがれた声でそう言うと、老婆はクックッと自嘲気味に笑ってみせた。恐ろしい顔だ。
「相変わらず良い性格してるわよアンタも……やっぱり、ココはトーホクでもホッカイでも無いみたいね。まさかスイヨウがココに来ているなんて……」
「この人、一体誰なんですか?」
「ロケット団の大幹部よ。いや、元って言った方が正しいかしら?今じゃサカキもトーホクのアバシリー刑務所に入っているらしいし、事実上ロケット団は崩壊したも同然ね」
「そう……サカキ様は刑務所に……私の知らない間に色々な事があったみたいね……カスミ、私がココへ来てからアンタ達の世界では何年経ったの?教えてよ……」
「スイヨウはね。丁度今から数えて8年前、ロケット団の大幹部としてサカキの手伝いをしていたの。
ロケット団はポケモンの密売を一手に引き受けていた暗黒の組織だったんだけど、レッドがサカキを倒して事件は解決。その時マリンや私と戦ったのが彼女ってワケ。
水ポケモン使いで相当自己中心的な性格だったわ。まあ、変わっているとは思えないけど」
「じゃあ、8年間もココにいるって事なんでしょうか……」
「組織が崩壊した直後、逃亡している時に渦に飲み込まれたのよ……帰りたい……私にだって仲間がいたのよ!仲間の安否も気になるし、家族だって……!」
「自業自得よ……まあ、私達も同じ轍を踏んでる事には変わりないんだけどね」
カスミは窓の外を眺めた。全体的に白い建物が目立つ。大理石で出来ているのだろうか。
無機質な、まるで人が機械的に生活している様なイメージが頭の中に浮かび上がり、慌ててそれを払拭しようとするが、なかなか頭から離れてはくれなかった。
「エターナル・シティか……」
街には人がいるにはいるのだが、皆表情はあまり無く、まるでロボットみたいな喋り方をしている。ロントは普通の快活そうな青年ではあるが、その他の人間達は何か違和感を感じさせた。
「とにかく、ココから帰る方法を見つけなきゃ大変な事になるわ。何年も待っていられないもの」
「そんな事言ってもなあ……この街にはスイヨウみたいに何処かから迷い込んできた人達も結構いるんだ。その人達の中には何十年もココで暮らしている……
いや、暮らさなければならなくなった人が実際にいるから……でも、『命の泉』にさえ行ければ何かが掴めるかもしれない」
ロントはそう言うと窓から遠くを指差した。
「この街を出て草原を歩き続けると湿地帯がある。その湿地帯の中に『命の泉』があるんだ。だけどそこは聖域で、この街に住む人間は立ち入りが許されてはいない。
門番のダレスは容赦の無い男だ……スイヨウも罰を受けてこんな姿にされてしまったし……」
ユキナリは椅子に座って何事かぶつぶつと呟いている老婆を見つめた。彼女は元々若かった。
それが呪いによって髪は白髪と化し、皺が一瞬にして刻まれたと言うのだろうか。ユキナリにはどうしてもそれが信じられなかった。
スイヨウは「許さない……絶対に復讐してやる……」と呪詛の様に、うわ言の様にその言葉を繰り返し繰り返し呟いている。
「湿地帯と言うと……私達が最初に来た所じゃない?あの黒いフードを被った男にも会ったわ」
「彼がダレスだよ。この世界を創造したスフィア様の護衛を務めている……一体何者なのか誰も知らない。スフィア様の姿を実際に見た者も恐らくはダレスだけだろう」
そう言ってロントは、本棚から一冊の古びた本を取り出した。表紙には『永遠の世界』と書かれている。
「スフィア様のお姿が載っている唯一の古書だ……ただ、コレが本当の姿なのかは解らないけどね」
ロントは再び窓の外に目を向けて広場に置いてある噴水の像を指差した。
「この古書を元にスフィア様の姿を青銅で製作したんだ。あそこにある水浴びの像がそれさ」
ユキナリ達は目を見張った。像はポケモンと言うより、幼い裸の少女の様だ。羽が生えている事を除けばとてもポケモンとは思えない姿をしている。神話の世界に出てくる『ニンフ』を連想させた。
「そのスフィアってのがこの世界の創造主なのだとしたら、当然外の世界との繋がりも知っているハズ……もし今すぐには帰れないとしても、何もしないワケにはいかないわ。お願い、命の泉を案内して!」
「……案内するだけなら、僕は構わない。ただし、僕は湿地帯の外で待っているよ」
ロントは立ち上がり、ユキナリ達に背を向け、外へ出た。
「行こう。命の泉までの道のりは一本道だ。迷う事は無い」
その頃先程ユキナリ達が訪れていた湿地帯では、スフィアとダレスが話し合っていた。相談している様子だ。
『今、先程湿地帯に飛んできた者達が出発しました。真っ直ぐこちらに来るつもりです。……いかがなさいますか?スフィア様。』
『……彼等には邪心が全く感じられません。ロントが彼等を信用するのであれば、特に私達が彼等の思いを阻む必要は無いでしょう。ただ、試練は受けてもらいます』
『解りました。また動きを知り次第お伝え致します故……』
「スイヨウさんはあのまま放っておいて大丈夫なんですか?」
「心配はないさ。次が無いって事位彼女にだって解るだろう。街の住民はダレスを非常に恐れている。彼にはスフィア様から与えられた強大な魔力が備わっているからね」
ユキナリ達は無機質な街を出て、薄い緑色に囲まれた草原を歩いていた。
「ユキナリ君。まるでパステルカラーで描かれた絵の中を歩いているみたいだね」
「うん。少なくともこの世界が、僕達がいた世界とは違うのは解るよ」
「ホント、夢の中を歩いているみたいだわ。こんな世界で何年も生きてたら、あんな風になってしまうのも解らなくは無いわね……だからこそ、何とか帰る為の手がかりを見つけたいんだけど……」
その時突然、影が沢山草むらから飛び出してきてユキナリ達を囲みこんだ。
「ポケモン……!?いや、何か違う……ポケモンの姿をした影だ……」
黒い塊は様々なポケモンの形をしているが、影の様に時折ゆらゆらと動いている。
「仕方ないわね。ゴルダック、マリルリ!私達の力を見せ付けてあげなさい!」
カスミはダイブボールを2つ腰のベルトから外すと、2匹のポケモンをボールから出現させた。
「ゴルダック、サイコキネシスよ!マリルリは波乗りをお願い!」
『姐さん、俺に任せてくださいよ!こんな奴等……アレ?』
マリルリの出した攻撃が影に当たるが、すり抜けてしまうのを見てゴルダックは動きを止めた。
「ね、ねえ……カスミさんの出したポケモンの攻撃が通じてないよ?」
「コイツ等は『悪しき幻影』。この世界が生み出した魔物さ。四散させるにはコレしかない!」
ロントは純白のボールを取り出すと草むらにポケモンを出現させた。大きな発光蝶だ。
「ミルドレー、闇を照らして幻影を追い払え!」
ブーン、ブーンと音を出しながらその巨大な蝶は周囲全体を明るく照らした。周辺が強い光に包まれると、彼等はたじろぎ、何処かへ消えてしまう。
「……助かったわ……でも、見た事が無いポケモンね……しかも、それ……モンスターボール?」
ユキナリ達が普段扱っているモンスターボールとは随分デザインが変わっていた。放出する為のボタンの代わりにボールの蓋を止めておくストッパーが付いている。
「ポケモン……スイヨウもそんな事を言っていたな……僕達の世界には今までそんな名称は無かったんだ。
あの幻影達は『闇』、そして僕のパートナーである蝶のミルドレーは『光』に属している。光あれば闇がある。
スフィア様も『光』に属しておられるからこそ、エターナルシティを守護する事が出来るんだよ。」
「ひかり・ひこうタイプのポケモンって事ね……新種発見だけど、みずタイプじゃないのが残念だわ」
ユキナリは新種の発見に燃えているフタバ博士の顔を思い浮かべていた。新種を見つけたと報告したら博士はどんな顔をするだろう。
きっとホンバ助手がまた怒られるんだろうなぁと心の中で笑った。
「と言う事は、スフィアってポケモンもひかりタイプのポケモンなのかなぁ……そもそも、ココは僕達の住んでいる世界じゃないから、僕達の概念が通用するかどうかは解らないけど……」
「……マズイ。大きな幻影が迫ってきた。皆、全速力で走って!」
後ろを振り向くと、ミルドレーでもどうしようもなさそうな、巨大な影が地響きを立てて迫ってきているのが見えた。ユキナリ達はロントと一緒に全速力で駆け出す。
ボールに戻されていない2匹もそれに続いた。
「アンタ達、ボールに戻ってなさい!……何なのよもう、影のくせに何で地響きが立つの!?
あの真っ白な街と言い影と言い、もう滅茶苦茶だわ!そのポケモンに会ったら絶対文句を言ってやるんだから!」
十数分は走り続けただろうか。ユキナリ達はようやく影の追撃を振り切って湿地帯へと辿り着いていた。
「はあはあ……やっと着いたわ……さっきと同じ所じゃない……」
「ココから先は君達だけで向かってくれ。僕はココで待っているよ」
湿地帯は高い植物が邪魔をして遠くが全く見えなかった。この中に『命の泉』があるハズだ。
「さっきあったあの人に、また飛ばされなければいいけど……僕達も老人にされたらたまんないよ。一旦街に戻って対策を……」
「ユウスケ、またあの影と追いかけっこをする力は無いよ。それに、話し合えばきっと悪意は無いって解ってもらえると思う。スフィアさんに会えば、きっと何かが解ると思うんだ」
ロントを残して3人は湿地帯の中へと入っていった。
うっそうと茂った湿地帯の周辺は、何やら薄紫色の靄がかかっており薄気味が悪かった。湿気が高く少し暑い。生暖かい風も吹いてくる。居心地は最悪だった。
「何でわざわざホッカイに来た時にこんな目にあるのかしら。嫌になっちゃうわ……」
『嫌になるのはこちらの方だ。またノコノコとやって来たのだからな』
突然目の前に黒いフードを被った男が再びユキナリ達の前に姿を現した。
「出たわね、ダレスとやら!飛ばすつもりなら私達の話を聞いてからにしなさい!」
『話を聞く必要は無い。お前達の心に直接問うてみれば解る』
ダレスは手をかざし、ユキナリの胸に手を当てた。フードから覗くのは黒い手袋だ。
「アンタ、暑くないの?よくココでそんな格好をしていられるわね……」
『黙れ……ふむう……成程、光に満ち溢れておる……勇気もある……そちらの少年もお前にも闇は感じられない……良いだろう。スフィア様がお前達に会いたいそうだ。
光栄に思うが良い。今まで一度たりともスフィア様が人間の侵入を許した事は無かったからな』
そう言うとダレスは踵を返してユキナリ達に手招きをした。ついてこいと言っているのだ。
「ココまで来たからには会うしかないでしょう……この世界の親玉にね」
ユキナリは頷くと、少し怖がっているユウスケを連れてダレスの後についていった。
『ココが命の泉だ』
ユキナリ達は、ココで初めて湿地帯が侵入者を寄せ付けない箇所になっている事を悟った。
「そうか……ドーナツ型に湿地帯があって、泉の周辺には高い植物が無いんだ……」
命の泉は、規模こそトワの湖には及ばないものの、鏡の様な水面は湖に勝っていた。信じられない様な美しさである。泉の底にある石の1つ1つまでもが鮮明に見えていた。
『先に言っておくが、くれぐれも泉には近付くな。スフィア様自らが近付いてこられるからな』
泉の向こうから飛び出してきた影が、飛んでこちらに近付いてくる。それは、街で見たスフィアの姿そのままの姿をしていた。
ただし今度は色まで解る。水の様な薄い青色の肌、透き通った美しい虹色の羽根……紺碧の髪と体は泉の水に濡れて少し艶っぽくも見える。
ユキナリ達が言う所の裸とは少し違い、乳首も無かった。言うなればゾーラ族と同じ様なものである。
『スピリアスへの来訪を心より歓迎致します。貴方がユキナリですね?』
スフィアは濡れた指でユキナリを指差した。それでもある程度の距離を置いて話している。
『ロントから聞いて知っているとは思いますが、私の名はスフィア。貴方の予想は外れてはいませんよ。
……確かに私は貴方達が言う所の『ポケモン』に属しています。タイプで言うならばみず・ひかりです』
「へえ、水ポケモンなんだ……私水ポケモンが大好きなの!何だか仲良くなれそうね!」
『コラ!スフィア様に向かってその無礼な口のきき方はなんだ!少し自重しろ!』
『いえ、良いのですよダレス。彼等にとって私は特別な存在ではありませんから。私に感謝すると言うよりも迷惑していると言った感じですからね。そうなのでしょう?』
「どちらかと言えばね……教えて頂戴。私達は何故ココに来たの?そして、何時帰れるのか教えて!」
『……貴方達がココへ来たのは偶発的なものです。時空の穴は何処で開くのか私にも解りませんから。貴方はスイヨウに会ったと思います。
貴方達が言う『カントー』や『ジョウト』等の地域でも、穴は開いているのです。ただ、帰る為の穴は50年に1度しか開きません。しかも、何時開くかは誰にも解らないのです……』
『空いた時から5分の間に呼び寄せるとしても、エターナルパワーを狙う者は後を絶たない故、50年の間に帰す者を選別しなければならんのだ。
帰る為の穴は今から丁度2年前に空いている。あと48年は待たねば……』
「ひ、48年!?そんな長い時間、何もしないで待っていろって言うの!?」
『死ぬ心配はありません。私がこの泉で何百年間も水浴びを続けた結果、この泉には特別な力が備わりました。
流れていく間に能力は薄れていきますが、街の飲み水さえ飲んでいれば歳を取る事は無いのです。そして病気にもならず永久的に生きていく事が出来ます』
「スイヨウさんは、何故2年前に帰ってこれなかったんですか?」
『奴は邪心を持っていた。底知れぬ邪心をな。支配欲に溢れた女を元の世界に帰せば元の世界が危うくなる。外の世界との繋がりを持っている以上外の世界の安全も守らなければならんのだ』
「それで、スイヨウさんは帰れなかったのか……」
『私も貴方達の様な心の綺麗な方々にこんな事を言うのは酷だと思います。しかし……私にもどうしようもないのです。私自身には時空の穴を空ける程の力はありません』
「私が開けてやる……時空の穴を開けてみせるッ!!」
その瞬間、湿地帯を抜けて走ってくる老婆の姿が見えた。スイヨウだ。
『懲りぬ奴だ!』
ダレスは杖を振り上げ、彼女を殺そうと身構える。だが彼女を追いかけてきたロントが彼を押し倒した。
「殺させるものか!彼女は殺させない!」
『貴様……あの女に恋心を抱いていたのか……読めなかった……』
『お待ちなさい、この泉に飛び込めばどうなるかはよく解っているハズです!』
「解っているわよ……アンタ達が恐れていた事態が起きる……でもそれは私にとって不利益な話ではない!」
スイヨウは服を着たまま命の泉に飛び込んだ。
『止めろ!原液に飛び込めば命は無いぞ!』
ダレスの言葉は届かなかった。だがすぐに影が空中に上がる。
「フフフ……ホーホッホッホ!やったわ……望んでいた力が、私のものに!!」
「スイヨウ……」
スイヨウの姿は老婆から青黒い髪を持つ女性へと姿を変えていた。いや、戻っていた。目の下には赤いくまの様な模様が浮かび上がっている。彼女は狂喜の笑い声を上げた。
「コレで良い!復讐してやる……コレで何時でも私は帰れる!帰れるのよ!!」
「スイヨウ!昔の姿に戻れて嬉しい?ちょっと気持ち悪い顔になってるけどね!」
「あら、カスミ。コレでやっと久しぶりと言えそうね。初めて貴方と会った時には貴方は10歳だったから、今は同い年って所かしら?私達の邪魔をしてくれた御礼をしなくちゃね……」
彼女の体からはドス黒い紫色のオーラが出ていた。完全に『闇に染まって』しまっている。
「ロント……どうなるのか解っているのか!エターナルパワーを手に入れた人間は、スフィア様にも止められぬ程の強い魔力を手に入れてしまうのだ!
悪しき心を持った者がそんな力を手に入れたらどうなると思う!」
「……だからって、アンタみたいに簡単に人を殺せる人間にはなりたくないな!」
ロントは吼えた。ダレスを突き飛ばすと、立ち上がりそのまま彼女を見据える。
「僕は君の事が好きなんだ……昔からずっと……君がこの街に来てからずっと君と一緒にいた……食事を作り、たわいも無い話をし、慰めた……
その間に恋をしている自分に気付いたんだ!こうなった以上は、僕が責任を持って君を止めてみせる!」
「フン、どうせココの人間は皆殺しにする予定なのよ。ロント、アンタだってそう。引きとめようとしたって無駄なんだから。この世界を破壊しつくしてもお釣りが来る力……
見せてあげるわ、貴方達の冥土の土産にね!!」
スイヨウはスッと片手を街の方向へ向けると衝撃波を放とうとした。
『いけない!』
スフィアは彼女の手を叩いて軌道をずらした。だが放たれたエネルギー弾は遠くで大爆発を起こす。強大な力だ。これ程のパワーが原液に溜まっていたとは……
「どいてなさいな、スフィア!」
彼女はスフィアの頬をビンタしただけだと言うのに、スフィアは泉に向かって吹っ飛ばされてしまった。着水し、そのまま顔を出して気絶してしまう。
『スフィア様!おのれ……』
「勝負してみる?今ならアンタなんかに負けないわよ……素敵ね、この溢れんばかりの強大なパワー……
ロケット団が崩壊したのなら、今度はサカキ様に代わってこの力を糧に私が世界を征服するってのも一興かもしれないわ。ホホホ……」
「スイヨウ!馬鹿な真似は止めなさい!……アンタの気持ちはよく解る!」
「ふざけた事言ってんじゃないわよ。8年間もずっとこんな牢獄に閉じ込められていたのよ。
しかも2年前には帰る為の穴が開いていたってロントから聞いた時には頭に血が上る思いだったわ。だからこそ……復讐してやるのよッ!この世界全てにね!!」
スイヨウは眼下に見えるユキナリ達を眺めながら、ほくそ笑んだ。
「さてと……今のままじゃちょっと面白みが足りないわね。もっと素敵にいかなくちゃ……そうだわ!凄く強いポケモンでも召還しちゃおうかしら!」
スイヨウは指で円を描いた。すると巨大な時空の穴が空中に出現し、そこから巨大な影が姿を現す。