ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第5章 3話『堕落からの脱却と狂信的な崇拝』
 道場を出て、ポケモンセンターに到着したユキナリは、ポケモンの回復を行った。
 ポッドに入れられて疲れた体を休めているポケモンを見守りながらロビーで待っていると、外で何やら騒ぐ声が聞こえてくる。その声はセンター内に入ってきた。
「何!?……ああそうだよ。全部のバッチは取った……先に言っておいてくれたって良いじゃないって、お前なあ……そもそも本当は行く予定は無かったッつーの。ケジメなんだよ。ケジメ!」
 入り口で少し話した後、青年は乱暴にポケギアのスイッチを押した。最新機能は搭載されていないものの、市販のポケギアならば会話する事は出来る……いや、彼は……
「トサカさん!」
「……!テメエか、ユキナリ!まだこんな所でチンタラしてやがんのかよ」
「チンタラって……遊んでいるワケじゃありません!ちゃんとジムリーダーと勝負してます!明日だって、この街のジムリーダーのトウコさんと戦う事になってますし……」
「ケッ、遅いぜ。遅過ぎる!だーかーらチンタラしてるってんだよ。トウコなんざ俺はあっと言う間に倒せるぜ……多分な。俺がバッチを取った時にゃ確かそいつの親父と戦ったハズだから……」
 (エンカイさんを倒したのか……数年前には現役のジムリーダーだったんだな……)
「屈辱は忘れちゃいねーぜ。ユキナリ……リーグで会う時には決勝戦で戦う時だ。その時には絶対に倒してやる。忘れんじゃねーぞ!」
「僕も、その時は全力で戦わせてもらいます!……楽しみにしてますよ!」
 ユキナリは嬉しそうに笑った。戦いに対して何処までも純朴で素直だ。
「……ヘッ、昔の俺みたいな面しやがって……そういや俺にも、そんな時期があったんだよな……」
「そう言えばさっき、誰と話してたんですか?」
「昔の馴染みのヤローだ……俺はトーホク出身者じゃねー。ココから、少し前は船が出ててよ。ホッカイまで行けたんだが、そこのツンドラタウンで生まれたんだよ、俺は」
 サバイバルナイフを掌で弄びながらトサカは遠くを見る様な目をしていた。昔を懐かしんでいる様な、優しい瞳……ユキナリは一瞬だけ彼に『少年』の面影を見た。
「ツンドラタウンじゃいくら強くても名が売れねえ。俺はガキの頃からリーグに挑める実力があると踏んでいた。だから幼い頃にホッカイを飛び出してこっちに来たんだが……慢心してたんだな。
 お前が気付かせてくれた……だから、俺は昔語り合った夢を……現実のものにしてやるんだ!」
 ニヤリと笑うと、トサカは向こうの方へ歩いていき、ポケモンをセンターの係員に渡した。そして戻ってくると、ユキナリの隣の席にどっかと腰を下ろす。
「結果的にはお前のおかげで、挑戦する意欲がわいてきたって所か……」
「きっと……その約束を果たせますよ。どんな結果になったとしても……」
「少なくとも奴には勝っておかねえとな。リーグの四天王の1人が俺の幼馴染なんだ。すっかり忘れて……いや、忘れようとしてた。あいつの声を、無視してた……」

 暫くトサカと会話していた時、センターに肩を震わせて入ってきた人物がいた。
「ココにいたのね!」
 その後ろにはユウスケがいる。印可状を貰った様なのだが、かなり怯えている様だ。
「ユ、ユカリさん……」
「認めない!アンタがトウコ姉様に挑むなんて早過ぎるわ!10年、いや何年経ったって同じよ!絶対負ける……リターンマッチよ!今度は1対1の真剣勝負を!」
 どうやらユウスケもユカリと戦って勝っている為、さらに機嫌が悪くなっているらしい。
「ほう、ここいらで聞いたがテメーがトウコをヨイショしてるユカリってヤローか。信奉するのは勝手だが、ユキナリに負けた事を認めないのはおかしいと思うぜ」
「が、外野が勝手にしゃしゃり出ないでよっ!私が戦おうとしているのは、あくまでもユキナリとなんだから……」
「へへ、まさか……俺と戦うのは怖いのか?俺だってコイツに負けているが、捌いた数からしてこっちの方が実力は上だろう……
 持ち上げられて良い気になってんじゃねーぞクソガキ!テメーみたいな実力過信野郎は俺の敵じゃ無え!……慢心は無くした。今の俺ならテメーごとき簡単に潰せる!……どうだ、戦うか?」
「……良いわ。私の怖さを教えてあげる。姉様にお願いしてジムのフィールドを貸してもらうから」
「やる気になったか……ユキナリ、俺の実力を見せてやるぜ。確かに今の俺はお前には勝てねぇかもしれんが、少なくとも苦戦したって言うこの女なら勝てると踏んでいる」
 ユキナリは困惑していた……トサカはユキナリに自分の実力を見せ付けようと言う腹だ。だがユキナリもユウスケも、トサカと戦ってかなり痛い目にあっている。
 比較的楽に倒せたユカリと比べると、トサカの勝利は歴然と思われた。トサカの強さをもう1度この目で確認したい。
「年上だからって調子に乗らないでよね!姉様仕込みの紫炎拳の強さ、見せてあげるわ!」
「ユキナリから聞いた所によると、『どくどく』ごときで痛めつけられたらしいな。それで俺に勝てると思ってんのか?こっちは『毒』のスペシャリストだぜ?こっちが本家なんだ!」

 印可状をリュックにしまうと、2人は自転車が置いてあるザキガタジムに戻ってきた。とは言っても道場に先程いたばかりなので、ちょっと時間が経過したばかりである。
 ユキナリとユウスケのポケモンは既に回復していた。トサカとユカリのポケモンも同様だ。
「お前が苦戦し、敗北をも覚悟したトレーナーと、私の妹弟子が戦う事になろうとはな……お前は実に見事だったと父上から聞かされた。印可状を持っているな?」
「ハイ、ユウスケもユカリさんに勝ちました」
「力は決して私に劣ってはいない。だが精神力はユキナリ、お前より下だ……まだ一人前とは到底呼べぬ。この戦いで、少しは己の慢心を自制してくれれば良いと思っているのだが……」
 戦いを見守っているのはトウコとユキナリ、そしてユウスケだった。トウコ自身もこの戦いに興味を持ち、快くジムの場所を貸してくれたのだ。
『修練も終わったし、挑戦者はお前とそこにいる緑髪だけだからな。私も見るべき試合だと思う』
 そう言って彼女はココを貸してくれた。トサカが誰かと戦う場面を見るのは勿論初めてだ。コレで、客観的にトサカの強さを見る事が出来る……!
「サシでバトルだと言ったよな……?」
「勿論。本命を使ってよね」
「テメエ、後悔するなよ……思い知らせてやるぜ!」
 トサカはフィールドにドロドロンを出現させた。彼の本命だ。
『んあー。久しぶりだなお前等……何だトサカ。奴とリ・マッチするのかあ?』
「ちげーよ!こっちだこっち!あの生意気そうにしてるガキの事だ!」
『あー……そうかあ、そうかあ……トサカ、そんな趣味があったのかあ……』
「何を勘違いしてやがるんだよ!サッサと戦闘準備に入らねえか!」
『解ってるよー……解ってる……ブクブク……』
「はあ……相変わらず話の通じねえヤローだぜ……」
「相性最悪じゃない。こんな奴にさっきのユキナリって言う挑戦者が苦戦したってワケ?大した事無いわね!」
 (違う……見掛けで判断しちゃいけない。ゲンタ君のカビゴンやドロドロンは相手を油断させているだけだ……気付かないと絶対に勝てない!)
「油断は愚策……己の力を弱めるだけよ……故に私も敗北した……」
 一瞬、トウコは歯をくいしばった。負けず嫌いな点はやはりどのトレーナーにでもある様だ。ただ、自信を持ち過ぎれば持ち過ぎる程負けた時のダメージは大きい。
『マスター、こんな気持ち悪いのが相手なの?嫌ねえ、お肌が汚れちゃうわ』
「泥パックってのがあるじゃねーか。テメエら2人、まとめて汚泥に沈めてやるぜ!まずは先制攻撃だ。ドロドロン、ヘドロ爆弾を見舞ってやれ!」
『んあー』
 ドロドロンは空中に汚泥をぶちまけた。それが分散してバラバラに降り注ぐ。
『こんなもの、簡単に避けられるわ!そして……スローモーな相手には必ず当たるッ!』
 相手のエビワラーがすかさずチャンスと感じて、マッハパンチをドロドロンに叩き込む。だが、直接攻撃など不定形なドロドロンには大して通じはしない。
「かかったな!ドロドロン、のしかかりでその生意気なエビワラーを押し潰せ!」
 ぶよぶよのヘドロに包まれたエビワラーの体は猛毒に侵されていく。抜け出す事も出来ず、ただ闇雲にもがくばかり。相手は『メロメロ』にもかからなかった。
『そ、そんなッ……何故……』
「これが、テメーと俺の年季の差って奴だ!本気を出せばチョロいモンだぜ!」
「くうッ……エビワラー、かみなりパンチで相手を痺れさせて抜け出しなさい!」
 ユカリの命令に呼応してエビワラーがドロドロンの腹にスタンガン並みの高電圧をくらわした。打撃が殆ど効かないドロドロンでもこれは効いた様だ。
 ブルブルと震え、エビワラーを離してしまう。だが抱きつかれたのが不味かったのか、既にエビワラーの体内には猛毒が巡っていた。フラフラの状態である。
「やっぱりトサカさんは強い……あのユカリさんをあそこまで追い詰めるなんて……」
「ほぼ一方的だからな。戦いは流れを掴んだ者が勝利する……奴は、流れを掴むコツを熟知している様だ。父上に勝利しただけの事はある、か……」
 ユカリは狼狽していた。今まで自分より圧倒的に強い実力を持つトレーナーと対戦した事が無かった。そういう意味では井の中の蛙であったトサカと全く同じだと言える。
 負けず嫌いな所も同じであった。気付くのが、早いか遅いかだけの違いだとも取れるだろう。
「この私が……トウコ姉様の寵愛を受けて頑張ってきた私が……こんなチンピラごときに負けるワケにはいかないのよッ!この自尊心、プライドにかけて……!!」
『マスター……命令を、早く私に命令を下して……ください……』
「……こうなったら、いちかバチかよッ!エビワラー、ばくれつパンチ!」
「させるか!ドロドロン、もう一度ヘドロ爆弾だ!」
 上空に放たれた汚泥が宙を舞い、エビワラーに襲い掛かる。何処に着地するかは解らないが、エビワラーには最早選択の余地は無い。HPが残っているうちに攻撃を当てなければ……
『私と……マスターの魂を込めた一撃を……くらいなさいッ!ガッ……』
 その瞬間勝負は完全に決まっていた。ヘドロ爆弾を避けながら相手に拳を当てる事に集中していたエビワラーは、黒い影となって再び覆いかぶさってくるドロドロンの姿に気付かなかったのだ。
『うあー、あのキツネに負けたのは悔しかったけど、コレで気分が晴れたぞー……』
「どうだよ、ガキ風情が俺様に勝とうとするなんてはえーはえー。もっと腕を磨くんだな!」
「……み……とめないッ……こんなの、無効よッ!私が、負ける……なんて……」
 エビワラーをボールに戻し、ユカリはガックリと膝をついた。魂が抜けてしまった様な表情で涙を流している。ユキナリは少し胸が痛くなった。僕も、負けたらああなるんだろうか……
「見苦しいぞユカリ。勝負は公正なものであった。お前の負けには相違あるまい」
「……姉様なら、勝てるよね?……こんな金髪、姉様なら簡単にやっつけちゃうよね?」
「やってみなければそんな事は解らない。私は……彼とは戦う理由を持たぬ。既に彼は父上を下した……解らないとは言っているが、正直戦えば私が負けるだろう……」
「そんな、どうして!?トウコ姉様は、世界で一番強い格闘使いのトレーナーよ!姉様のお父様だって、トウコ姉様の力を認めてくれていたじゃない!」
「……ユカリ……考えてもみてくれ。私はお前と同じ井の中の蛙だ。トレーナーの踏み台でしか無い……シティから離れる事が出来ぬ故、実力を上げる事も出来ん……切磋琢磨するにも限界がある。
 私はあくまで『5人目のジムリーダー』であるのだ。四天王や覇者にはまるで届かぬのだよ……」
「嘘よ、嘘……!姉様は、誰にも負けない……明日の試合だって、ユキナリを倒してくれる……だって、今までトウコ姉様は負けた事が1回だって無いんだから!」
 (え……?)
 一瞬、ユキナリの頭の中に疑問がわいた。既に彼の兄はココを通過している。勝っているハズだ。目撃していないとしても、トウコの様な気高い女性が負けた事を彼女に隠すだろうか……?
「……明日の試合は全力で挑む。だから今日はもう休んでくれ、ユカリ。私の戦いを見守ってくれるだけで良い……お前の方が羽ばたけるだけ強いのだ。私よりか遥かに……」

 涙を抑えて立ち去ったユカリがいなくなったのを確認すると、トウコはほうっと溜息をついた。既に時計は正午を過ぎた事を知らせている。早起きしたのに時間が経つのはかなり早い。
「すまないユキナリ……お前の兄には申し訳ないと伝えてくれ……私は、ユカリに負けた事をまだ伝えていない……」
「どーせそんなこったろうと思ったぜ。やけにテメーの事になると五月蝿くなりやがって。ありゃ尊敬を超えて狂信の域に入っちまってるな。随分甘やかされて育ったんじゃねーか?」
「……そうだ。トサカの言う通り、ユカリは私と父上の寵愛を受けて育った……祖父のジサイしかいない彼女にとってこの街で信頼を置くべきは私と父上しかいなかったのだから……
 彼女の実力は折り紙付きではあるが、やはり傲慢さが命取りになる……油断が全てを台無しにする……ユカリが負けたのも自信過剰なせいだ……気付けば彼女を天狗にしていた……」
「だから……どうしてもホクオウさんに負けた事を報告出来なかったんですね」
「私を尊敬している彼女にとって支えになっているのが私だ……だから、私が倒れれば彼女は自信を失うだろう。実力がある彼女を失うのは絶対に避けなければならんと、だから……」
「親父と共謀して無かった事にしたんだな?……なあユキナリ。誰かに頼って生きてんのは無駄なんだよ。
 まあ、全く頼らねえ人間はいやしねえが、逆にすがりついて幻想を見ちまったら終わりだ……強さが誰かの強さと共にある様な人間は、伸びやしねえさ……」
 ユキナリもそう思った。自分の強さは自分自身の心が決めるものだ。ユカリは間違っている。
「信奉するあまりに自分を見失っているとしたら……それは非常に残念な事だと思います。人は、自分が強いからこそ輝ける……ハズですから」
「そうだ……だから、そろそろ決着を付けようと思っている……お前達がシティに来たのも何かの縁だったのかもしれないな……明日の勝負で、私を倒してくれ。
 出来れば、完膚なきまでにな……八百長はしない。全力で戦う。だが、本当は負けたい」
 トウコは敗北を望んでいる。全力は出すが負けたいと。自分を超えてくれと……
「解りました。ユウスケもきっと、トウコさんに勝って先に進めると思います」
「どちらかだな……私が勝って幻想が強固なものになるか、負けて全てが崩れるか……」

 トウコに一旦別れを告げ、ジムを後にした3人は再びセンターに足を運んでいた。ドロドロンを回復させたトサカは自動販売機でホットコーヒーを購入し飲んでいる。
「結構、トウコさんも切実なんだね……」
「うん。僕もそう思った……まあ、なる様になるよ。きっと勝てるんじゃないかって思う。僕やユウスケは今までだって全力を尽くしてきたから勝ってこれたんだ」
「オイ、お前等にも買ってきてやったぜ。外は大分冷え込んできてるからな。ちっと雪が強くなってきてるみてーだ。だんだんノベに近付くにつれ寒くなってきやがる」
 外を見ると確かに小降りだった雪が少し強くなってきている様だった。ココは潮風がまともに吹き付けるので寒さもかなりのものだろう。止めておいた自転車が気になった。
「下手すりゃココで一晩、って事もあるかもな……畜生、こんな所で足止めくらってるワケにもいかねえってのに……」
 センターの中には、一応明日舟を出してくれるハズのコユキもいた。他センターの職員を合わせると十数名がココにいる事になる。早くに戻っていれば良かったかもしれない……

 夜になっても雪は治まる事無く降り続けた。既に街中が真っ白に染まっている。
 トウコから自転車を移動させておいたとテレビ電話が入り安心はしたが、最後に一番大切になってくるのは勿論自らの命と体である。
 暖房は効いているので即凍死と言うワケでは無いが、電気が止まったりしたらと思うとかなりマズイ。
「ったく、結局ココで今夜は夜明かしか。やってらんねーなー」
 トサカは嫌な顔をしながらも仕方が無いと言った風で居眠りを始めていた。いや、もうこのまま朝まで眠ってしまう腹なのかもしれない。センターの中にはシャワーは無かった。
「浴びておきたかったねえ……ユキナリ君」
「私も、自分の家に早く戻っておけば良かったです……」
 コユキが賛同する。既にセンターの入り口は閉じられ、外の状況をセンターの職員が必死に調べていると言う予断を許さぬ状況であった。他の客も皆心配そうだ。
 こういう不安な時には会話をしていた方が心が安らぐ。
「そう言えばコユキさんは、舟を出してホッカイまで僕達を運んだら、引き上げちゃうの?」
「いえ、私の方のお客は滅多にいませんし……どんどん減ってきちゃって。それに帰る手段が無いのも困るでしょう。ですから数日間であれば私もホッカイだけ同行させて頂きます」
「有難うございます。凄い助かりますよそれ……ねえユウスケ」
「そうだね。コユキさんがついてくるとなればちょっと旅の雰囲気も変わってくるかもしれないし」
 トサカが近くでかなり大きい鼾をかきはじめた。迷惑だが他の場所で眠ってくれとも言えない。
「疲れてるのかな、トサカさん……僕達と初めて出会ってから全然見てなかったけど……」
「そうかもしれないね。リーグを目指してる僕達のライバルなんだ。鍛錬してるんだろうな……」
 話をしている最中に電話が鳴った。ポケギアのテレビ電話からだ。
「あ、母さん!」
『ユキナリ、そっちは大丈夫?フタバ博士から聞いたのよ。今貴方達がザキガタシティにいて、そっちが大降りになってるから不安だって……とりあえず元気そうで良かったわ』
「うん。暖房が効いてるから大丈夫だよ。大変な事になったらまずそっちにかけてるもの」
『それもそうね……あら、ユウスケ君の隣にいるのは?』
「あ、私コユキって言います。ザキガタシティ在住の船頭です」
『あら、そんな若い女の子が船乗りやってるなんて、時代は変わっていくものなのね。旅の途中で可愛いトレーナーと意気投合したのかと思っちゃったわ。
 ユキナリにはまだちょっと早いものねえ。恋人は20歳になってからよ、良い、解った?』
「そんな、母さん……別に僕はそんなつもりで旅をしてるんじゃ無いってば!」
 (ユキナリ君のお母さん、何時もこんな感じなんですか?)
 (うん。心配性と言うより相当のお節介焼きだよね……優しいっちゃ優しいんだけど……)
「ユウスケとも上手くやれているし、大丈夫だよ。うん、また連絡するから……」

 深夜。既にセンターの職員も皆眠りこけている。ユキナリ達も同様だ。その雪の中、武装した防寒着の男達がゆっくりと音を立てない様に近付いてくる。
「レイカ様。この様な大降りの日こそカオス暗躍には絶好のチャンスですな」
「フン……解っているでしょうけど、失敗は絶対に許さないわよ。証拠を残さず消えていかないとまた足跡を辿られて面倒な事になるわ。
 セイヤもホウも足跡を残したせいでドジを踏んだ……あんな調子で私達がいる本部の位置を知られたら面倒では済まないわよ。さあ、さっさとポケモン達を捕獲してきなさい!」
「ハッ、必ず証拠を残さず捕獲して参ります、レイカ様!」
 カオスの下っ端達は頷き合うと素早く建物へと走っていった。
「ユキナリとか言ってたわね……今は見逃してあげるけど、アズマ様の邪魔をする奴は絶対に容赦しない……潰す!どんな卑怯な手を使ってでも!」
 レイカは握り拳を掲げた。カオス旗揚げの日からずっと約束してきた。どんな事があっても組織を全力で守り抜くと……我々カオスと人間達の輝ける明日を掴むまでは……
「ポケモンは単なる獣……人間が放置しておけば怪物となり恩を忘れて襲い掛かる……私はそれを経験した……
 心に残る程に、傷になる程に、この世から消えてしまいたいと思う程に!もう、誰にもあんな思いをさせてはいけない……絶対に!」

 翌日……センターは入り口が殆ど雪に埋まっている様な状態であった。かなり雪の降り方がおだやかになったとは言え、今尚予断を許さない状況である事には変わりが無い。
「ふあああ……おはよう、ユウスケ……」
「おはよう、随分雪が積もってるね……朝から試合する予定だったから、どうやって出るのか……」
「チッ、自分の持ってるポケモンの属性も解らねえのかお前等。コシャクがいるだろうが!」
 既に起きていたトサカはユキナリの腰にぶらさがっているモンスターボールを指差した。
「私も、舟の準備をしておかないと予定通りに出発出来そうもありませんからね……」
 コユキも心配そうに外を見渡している。センターの職員がポケモンと一緒に必死で雪かきを行っていた。街の皆もポケモンと共に屋根の雪を落とそうとしていたのだが……
「俺の持ってたモンスターボールが……根こそぎ盗まれてやがるぞ!」
「なんてこった。モンスターの力が無ければ雪かきにどれ程時間を費やす事か……誰の仕業だ。急いで警察に届け出ないと大変な事になるぞ!」
 カオスの下っ端達は雪で侵入が困難になっていたセンターとジムを諦め、家に押し入り多くのポケモン達を盗んでいったのだ。それは家に帰っていたジサイとユカリも同様であった。
「外が何だか騒がしいね……」
「ポケモンがどうとかって言ってやがるな。何か事件でも起きたのか?」
「!!また、あの人達の仕業かもしれない……」
 ユキナリはセイヤとホウの嘲笑う顔を想像した。今まで通りの展開でいけば近くにアジトがあり、本部へポケモンを供給しているハズだ。だが、今回の場合はアジトは無かった。

 雪をコシャクに溶かしてもらった後、ユキナリはユウスケと共に戻ってシャワーを浴び、身支度を整えてから改めて外へ出た。
 コユキは出発の準備を進める為に自宅に戻り、トサカの方は別れてリーグ方面へとバイクで走っていく。
 2人はとりあえずポケモンの捜索に移ろうと思ったのだが、ユカリとジサイに出会いそれが出来なかった。
「トウコ姉様との約束を破る気!?時間厳守は鉄則でしょ?」
「で、でもユカリさん、貴方達のポケモンも盗まれてしまったんじゃあ……」
「ワシ等の方は大丈夫じゃ。既にアクア平和グループが事件の解明に向けて動き出しておる。それよりもトウコ様との対決の方が大事だとワシは思った。お主達の力を見てみたい」
「こっちの心配するより、アンタ達の方が心配と言えば心配だけど。私に勝ったからって良い気になってると痛い目を見る事になるわよ」
 アクア平和グループと言えば、シオガマシティで出会ったアオギリが率いている特殊警察の事だ。あらゆるエリアの治安を守る為にみず使いのエリート達が事件解明に全力を注ぐと言われている。
 既にリッパーの事件は自殺と言う形で幕を下ろしており、現在はカオスの幹部連中、そして総帥を逮捕する為に動いていると聞いていた。だが、本当に大丈夫なのだろうか……
「今はコユキさんも待っているし、ツンドラタウンに行くチャンスを逃したらマズイ事になるよ」
 ユキナリはユウスケの意見を尊重し、それ以上は何も言わずにジムへと向かった。

 ポケモンはセンターにて回復している為、準備は完全に整っている。用意されたフィールドは畳の上では無く、フローリングの床で構成されていた。これもまた柔道を彷彿とさせる。
「うむ、定刻通りの到着だな……昨日はジサイやユカリを倒し、見事私と戦う権利を得た事は賞賛に値しよう。だが、私に勝てるかどうかはまた別……互いに全力を尽くして戦おうではないか!」
「姉様との試合は4VS4バトルよ。メグミの所で学んだハズだからルールは把握してるわよね」
 (とにかく最初は様子を見る事が肝心だ……ヒザガクンは切り札にとっておくとして……)
 フィールドにそれぞれがボールを投げ、同時に閃光が走って2匹が姿を現す。
『まずは……俺の出番ってワケよ、なあマスター。同じ格闘タイプなんて俺の敵じゃ無いぜ』
『ムウ……ただならぬ戦闘力を感じますぞマスター。ココは本気を出していかなければ……』
 トウコ側が出したのはサワムラーだった。『キックの鬼』と呼ばれる格闘タイプお馴染みのポケモンだ。
 (バルキーとサワムラーか……やはり問題は伸びる足かな……ポケギアで調べておこう)
『サワムラー・キックポケモン……両足から飛び出す蹴りは鋭く、伸ばした足は地球を一周出来る。
 その卓越した足さばきからキックの鬼と呼ばれているが、蹴り以外にもあらゆる空中殺法を使用する事が可能。IQも極めて高い』
「特殊能力は……」
『特殊能力・闘神降臨……『蹴り』での攻撃力が通常の1.5倍になる。ただし相性が悪いキャラクターでは0.5倍になってしまう』
 (通常だからやはり蹴りは要注意だ……足での攻撃をかいくぐる素早さはバルキーにしか無い!)
『正々堂々の勝負を楽しみましょうぞ!』
『ヘヘ、ちょっと燃えてきちまったかな?久しぶりに強い敵と戦えるんでワクワクしてるぜ……』
 格闘タイプのモンスターは戦う事に喜びを感じる。それが強ければ強い程喜びも上がるのだ。サワムラーもまた同様であった。この勝負、素早さと卓越した足さばきが勝敗を分ける事になる。
「私のサワムラーとお前のバルキー……どちらが個々の素質を見抜き、それを出せるかが要となるか……」
「姉様、頑張って!」
「ジサイさん、最初の勝負、どうなるんでしょうね……」
「実際にユキナリ殿と試合をしてみて気付いた事が1つある。彼には大いなるポテンシャルがあると思うのじゃよ。
 トレーナー自身の精神力もバトルを有利に運ぶ為には必要じゃ。トウコ様もそれに劣ってはおらぬからの……最初の試合は両者互角、と見る」
『ただいまより、ザキガタシティジムリーダーであるトウコ様と、挑戦者のユキナリによる4VS4バトルを開始致します!
 ポケモンは勝ち抜き式で交代は勝ったか負けたかした時に行ってください……それでは、ファーストバトル開始!』
 トウコの部下である格闘家が叫んだ瞬間に両者は動き出していた。
 懐に飛び込んで一撃を当てようとするバルキーと、中距離に追い込んで得意の蹴りを見舞おうとするサワムラーの激しい攻防戦が始まったのだ。
「凄い……バルキーはバルキーで速いけど、サワムラーもそれについていっている……互角だ……」
「やはりこうなったか……スタミナはサワムラーに軍配が上がるじゃろうから、いかに隙をつくかが重要となるワケじゃ」
 両者共に相手の攻撃を紙一重で避けている。だがバルキー自身は全く懐に飛び込む事が出来ない。
『疲弊を狙ってやがるな……なら、油断させてやるまでよ!』
 バルキーは無理に懐へと飛び込む仕草を見せた。サムワラーの体が敏感に反応し蹴りを放つ。
「今だ、そこでマッハパンチ!」
 ユキナリの命令を受けて、バルキーは一気に加速した。サワムラーの足を見抜き、わき腹を掠める程度のダメージで攻撃を受けると、もうそこは懐だった。
 受けたダメージより向こうに与えるダメージの方が上になるハズだ。
『しゃああッ!』
 バルキーの渾身の一撃がサワムラーの腹にヒットする。のけぞったサワムラーはこれ以上の追撃をくらうまいと手でバルキーを弾いた。
 手刀は大したダメージにもならず、バルキーはそのまま受身を取る。
『成程……随分鍛えたものですな……私の蹴りを掠っても平気で懐に飛び込めるとは……
 マスター、今の攻撃でHPを少々失いました。ですがまだ向こうには余裕があります……』
「柔よく剛を制すとはよく言ったもんじゃ。力関係では明らかに上であるサワムラーを翻弄しておる。じゃがサワムラーも全く動揺はしていない……コレがトウコ様のポケモンと修練者達のポケモンの違いじゃな」
 (初戦から凄い戦いになってるけど、やっぱりサワムラーの方が有利だよ……どう跳ね返すつもりなんだろう?)
 ユキナリも相手の実力を解っていないワケでは無かった。既にゲンタのカビゴンであればサワムラーに一撃で沈められていてもおかしくない相手だ。
 だがHP上では一応優位に立っている。すぐにでも取り返されそうな優位ではあるのだが……
『マスター、とにかく攻撃あるのみだ。今度は逃さねえ、追撃も決めてみせるぜ!』
『なかなか良い腕前ですが、その力で私を倒そうと思ってもらっては困りますな。フッ!』
 ヒュッと、ユキナリの目の前で突風が吹いた気がした。バルキーは受身の態勢を取り、それを甘んじて受ける。
『見えない蹴りか……今全くアンタの蹴りが見えなかったぜ……』
『ダメージは受身のおかげで少なくて済んだ様ですな。これを貴方の鳩尾に決めてみせましょう』
 またシュッと残像の様に襲い掛かってくる蹴りをバルキーは避けた。数回の蹴りを横に回転して避ける。
『ほほう。見上げた身体能力の高さですぞマスター。是非我々の道場で修業させたいものですな。彼は伸びる』
「ケンゴのポケモンだろうな。これ程に鍛えているのだから……薬を多量に投与させているに違いない」
 サワムラーはまた蹴りを入れた……が、既にバルキーの姿はそこに無い。
『後ろだ!』
 背中に一撃を決められ、あまりの激痛に膝をつくサワムラー。今度は頭に『けたぐり』をくらわせる。
「バ……バカなッ……私にも見えなかった……コレがケンゴの特訓の成果だとでも言うのか?」
 トウコは狼狽していた。あの蹴りの鋭さでは誰にもひけを取らないハズのサワムラーがバルキーに一蹴されている……ホクオウとの戦いではあまりの防御力の高さにサワムラーが疲弊して負けたのだが……
『マスター、まだ充分にHPは残っております。相手に一撃を入れれば一瞬の勝利の可能性も残っています故、まだこの勝負を諦めるワケにはいきませんぞ!』
 サワムラーはヨロヨロと立ち上がった。手負いの相手ほど注意してかからなければいけないものは無い。
「バルキー、そこで勝利を確信するな!サワムラーは一撃でお前のHPをゼロに出来るんだぞ!」
『解ってるさマスター。だが、相手の心が折れかかっている時に仕留めなけりゃ結局負ける事になる!』
 そのまま立ち上がっているサワムラーの足を『けたぐり』で転ばせると、垂直落下して腹にマッハパンチを叩き込んだ。だが叩き込んだ瞬間、手刀で弾かれ、蹴りを放たれる。その蹴りはバルキーの鳩尾を突いた。
『突くと……言った……ハズですぞ……』
『やってくれるじゃねえか……魂は折れないとは、泣かせるぜ……』
 同時に倒れこむバルキーとサワムラー。両者は最後まで互角であった。
『両者戦闘不能!次のポケモンを、共に出して戦ってください!』
「見応えのある試合であった。流石ユキナリ……4人ものジムトレーナーを倒しここまでやってきただけの事はある……しかしだ。
 大勢の修練者が私とお前の勝負を見守っている以上、簡単に負けるワケにはいかん!」
 (あれ……?トウコ姉様、今までは『絶対に負けるワケには』って言ってたのに……)
 ユカリはトウコの心を覗き見た様な気がして怖くなった。
 (大丈夫よユカリ。姉様は八百長なんてする人じゃない。全力を出し切ればあんなトレーナー、すぐにやっつけてくれるハズ……)
「次はやっぱり、好戦的なポケモンを使うべきか……相性はなかなか合うみたいだ……」
「それは奇遇だな。私も気性が荒い弟子を使おうと思っていた所だ」
 両者の投げたボールから今度は、ドシャヘビとオコリザルが姿を現した。
『ブシシ、マスター……なかなか見所がありそうなヤツッスね。まあ、俺に勝てるかどうかは別問題ッスけど……』
『シャ、シャ、シャ……言ってくれるじゃねえか。今までのジム戦で勝利に貢献してきたのは全て俺様よ……』
 舌をチロチロさせながら出現したドシャヘビも、飛び掛るスピードはピカイチだ。
 対するオコリザルは『パンチの鬼』と呼ばれるエビワラーよりスピードは落ちるものの、1発あたりの破壊力が大きくなっている。
「オコリザルか……どんな特殊能力を持っているんだろう……」
『オコリザル・ぶたざるポケモン……所構わず相手を殴る気性の荒い性格。少しでも気に入らない事があると暴れだす為トレーナーが優秀でないと命令を聞いてくれない。
 激昂状態になると全てを蹴散らす破壊神と化す』
「特殊能力、特殊能力っと……」
『特殊能力・激怒状態……HPが残り少なくなると直接攻撃のパワーが2倍になる代わりに、混乱状態となる』
「赤まで下がると発動するワケじゃな。相手にとっては嫌な能力じゃ……何とか黄色の時に倒してしまいたくなるじゃろう。トウコ様のオコリザル相手に、それが出来るかどうかは解らんが……」
「混乱状態になるから、攻撃は当たりにくくなりますね……ユキナリ君、とにかく相手に半端なダメージを与えると逆効果だ!大技で一気に攻めかかって倒さなきゃ!」
 ユキナリもそれは飲み込めていた。しかし、ドシャヘビは相手を毒状態にしてジワジワ相手のHPを削り取るのが得意なモンスター。その作戦が上手くいくかと言われれば勝算はあまり無い。
 (見誤ったか……でも、選んでしまったものは仕方が無い。ドシャヘビだって僕の仲間だ。やってくれるさ!)
『両者、オコリザルとドシャヘビ……戦闘開始ッ!』
「まずはポイズンクローで相手の威力を削ぎ、それからねつのどくえきを使えば良い!」
『解ってるぜマスター。一撃必殺は俺の持ち味じゃ無えんだが……今はそんな事を言ってられねえしな』
『ブシィ!ブシィ!ブッセエエエイ!』
 グローブで固められた拳がドシャヘビ目掛けて繰り出されるが、動きは鈍い為簡単に避ける事が出来る。
「動きは鈍いが近距離で相手を捕まえられる動体視力の高さが自慢だ。一度掴まれたらまず抜け出せない」
 ユキナリの兄はこのオコリザル相手に防御を敢行し勝利している。だがドシャヘビにはそれに耐えうる程の防御力は持っていない。それ故に相手のHPを減らす方が重要であった。
『遅いぜ!欠伸が出ちまう……しかし厄介な相手だぜ。直接攻撃しかロクに使えない俺にとっては懐に飛び込むだけでも命懸けか。スローモーでも当たれば負けるからな……』
「ドシャヘビ、ねつのどくえきを吐いて相手を怯ませるんだ!場合によっては遠距離攻撃の代わりになる!」
 ユキナリの言う通りに、ドシャヘビは毒液を吐いた。高熱を併せ持つ猛毒は相手の皮膚を溶かしつくす強酸並みの威力を持っている為、当たれば致命傷は免れない。
 だがその放たれた毒液もそれ程速く飛ぶワケでも無く、オコリザルも充分に避けられる程度のスピードだった為難なく避けられてしまった。
『チッ、当たらねえか……何とかヤツの動きを封じる事が出来れば良いんだが……』
「回避に回っていても勝てんぞ。オコリザル、あのドシャヘビに向かってメガトンパンチを見舞うのだ!」
『ブッセエエエイ!マスターと俺ッチの特訓の成果、思い知れば良いッス!』
『!?やべえッ!』
 油断していたドシャヘビは相手の攻撃を許してしまった。物凄い一撃がドシャヘビに当たる。腹を少々掠めた程度ではあったが、それだけでもドシャヘビのHPを半分方削ってしまったのだ。寒気がする程強い。
『シ……シシ……ヤベエな、掠っただけだってのに腹から煙が出てやがる……完全に当たってたらアウトだった……』
『ブシシ……しぶといヤツッスね。でもまあ、コレでお得意のスピードも大幅に殺されたハズッスよ……』
 オコリザルはゆっくりとドシャヘビに向かってくる。対するドシャヘビは傷の痛みに立ち上がれていない。
「不味い……ココで一発くらってしまえばオコリザルが無傷でドシャヘビを倒してしまう……それだけは避けなきゃ!」
「かと言ってもだ、ユキナリ。お前の弟子は身動きが取れない程深手を負ったハズ。とどめの一撃に入るのは自然な事と言っておこう。このまま私を追い詰めれずに終わってしまうのか?」
 (そうよ、コレが姉様の真骨頂なんだから!私なんて足元にも及ばない最強のトレーナーなのよ!)
「それはどうかな……」
「おやおやエンカイ様、随分遅かった様ですな……試合は必ず御覧になると仰っておられましたのに」
「なに、何時もの果たし状が来てな、それに対する返事を書いていたので遅くなった。ケンゴは何時になっても私に勝てるとぬかしておる。今日の朝来ると言っていたので待っていたのだが、来ないので放っておいたわ」
「あ、エンカイさん!」
 ジムの闘技場に父親のエンカイがやってきたのを見てトウコは少々動揺した。彼女にとっては師匠であり、そして経験豊富な実力者として尊敬している対象でもある。ますますミスは許されない。
「今、トウコさんのオコリザルがユキナリ君のドシャヘビにとどめをさそうとしている所です……」
「何、オコリザルが……?!いかん、トウコ!それは罠だ!急いで距離を取る様に命令せい!」
『もう、遅いぜ!』
 ドシャヘビはその瞬間『立てないフリ』を止め、オコリザルの頭に強烈な一撃を放った。猛毒が体内に注入される。
『バカな……確かに掠っていたハズなのに……それにあの煙は……』
『シシシ、毒ってのはなあ、俺には効かねえが相手を幻惑するのにも使える高性能な武器なんだよ!』
 (そうか、毒液を腹に垂らして煙を出し、オコリザルを完全に油断させていたんだ……まだ勝機はある!)
「ドシャヘビ!噛み付いたまま相手に対してポイズンクローだ!激怒状態を許すな!」
『シャ、シャ、シャ、シャ……』
 頭の上にいるドシャヘビに対して、グローブをはめているオコリザルはそれを弾く事が出来ない。しかも一度組み付いたが最後、ドシャヘビは毒の牙を相手の皮膚に突き刺す為容易には外せないのだ。
「クッ……誤算であった……オコリザルも近距離でしか戦えない事を計算に入れていなかった……!」
『い……意識が……遠くなって……』
 オコリザルはポイズンクローを連発され、つんのめって倒れた。HPは既にゼロになっている。
『オコリザル、戦闘不能!よって挑戦者はドシャヘビを次の戦いに持ち込む事が可能です!』
「ドシャヘビのHPは半分残っている……これなら充分次の戦いにも持ち込めるよ!」
「ユキナリ殿も、なかなかやりますなあ……」
「何、娘の修行が足りなかっただけの事よ。向こうは勝機を掴むタイミングを心得ていると見える」
 (そんな……嘘よ!……心配する必要は無いハズ。次に姉様が出してくるのはカポエラー、変幻自在のトリックスターなんだから!さっきの様な失敗はしないって、言ってくれるよね?姉様……)
 ユカリは狼狽していた。今までトウコに挑んできた猛者達は全員サワムラーとオコリザルにチームを壊滅させられていたからだ。ココまで食いついてくるトレーナーは初めてだった……
「次のポケモンは私の2番弟子だ。少々トリッキーな動きはするが、道場の教えには忠実でな……」
 閃光と共にモンスターボールからカポエラーが顔を出す。出てきた瞬間からトリッキーな動きをしていた。頭で地面を擦って回転している。
『喧嘩では無く、勝負ですもんね!まあ気張らず頑張りましょう、お互いに悔いを残さない様に!』

夜月光介 ( 2011/06/19(日) 20:54 )