第5章 2話『勝ち抜き戦の行方』
「ハスブレロはもう充分力をつけたと思う。ヒザガクンはエアロブラストを覚える事が出来るし……トウコさんに挑む為にはやっぱり相応の備えをしなきゃ駄目だよ!」
ユキナリは頷くと、早速技マシンを取り出した。『エアロブラスト』と『ハイドロポンプ』だ。そして……水の石。ハスブレロをルンパッパに進化させる為には必要なアイテム。
ミズキに勝った戦利品の1つだ。ハスブレロとヒザガクンをボールから出す。
『ユキナリ君……遂にこの時が来たんだね……僕が進化すれば、あのミズキさんに貰ったハイドロポンプを覚える事が出来ると思うよ。進化したって、頑張るからね!』
『エアロブラストを覚える事が出来るなんて、幸せだねえ〜。まだボクは進化して強くなる事が出来るけど〜……でもま、今回はボクが勝負の切り札になるよぉ〜!』
勝った分だけポケモンは成長し、勝った事でさらにポケモンを強くする事が出来る。ユキナリはこの戦いこそ今までの戦いから飛躍するチャンスだと思っていた。
もっと強くなる時だ。今こそ一気に力を上げなければ!ハスブレロは石をそのまま飲み込んだ。
ヒザガクンはリュック型の技マシンを背負い、ヘルメットの様な機械を頭に被せる。白い光に包まれたハスブレロはそのまま形を変え、大きくなり……進化した。
『ヌハハハハハ!いやはや、ココまで進化するとは思わんかったゾイ!これからもよろしく頼むぞ、マスター。ガーッハッハッハッハ……』
進化したポケモンは姿形だけで無く、性格も大きく変化する。
少々引っ込み思案で弱気であったハスボーはルンパッパに進化した事でようやく楽天的で陽気な性格になる事が出来た。
『そういやマスター、ワガハイの為に使ってくれると言う技マシンはコレか?』
「そうだよ。水タイプ最強の技だからね。ミズキさんに使われて苦戦したっけ……」
昨日話したミズキとの戦いが思い出される。ヒザガクンはもうエアロブラストをマスターした。
「ユキナリ君、僕のくさポケモンも持ってる『ギガドレイン』が技に追加されてるよ!」
ポケギアをチェックすると、どうやらルンパッパに進化した事で技を覚えた様子であった。草ポケモンお得意の吸い取り攻撃だ。『ひざしがつよい』と効果が倍増する。
最強の技を2つも習得出来た事でルンパッパの戦意も格段にアップした様だ。ヒザガクンも新しく覚える事が出来た技を少し試している。他のポケモンもHPは満タンであった。
「もう大丈夫です。僕の準備は出来ました!」
「じゃあユキナリ君……僕が調整している間に戦っててくれないかな」
「うん。僕の後にユウスケってのは何時もの事だけど。構わないよ!」
ユキナリはイゾウと呼ばれた青年の前に立った。金属質の床が気持ちを奮い立たせる。
「準備は出来た様だな……まずは同時にポケモンを出すんだ。勝ち抜きなのでポケモンは倒れるまで使っても構わない……4匹倒れた時点で敗北となる」
(最初は小手調べだ……ポケモンの実力を見る為にも、バルキーを使ってみたい!)
ケンゴに貰ったバルキーは成長させれば相当強くなりそうであった。いや、貰った時からステータスは相当上であった事を記憶している。何処まで通用するのか確かめたかったのだ。
互いにボールを投げあい、同時に出現するポケモン。相手側のポケモンは……
『ン――?乱取り中じゃあ無かったんですかいダンナ。自主トレーニングしてたんですぜ!』
「解っている。まあ落ち着け。トレーニングよりも実践だ。客人が来ているのでな」
『ああ、それなら結構ですぜ!あそこにいる……なーんだ、バルキーですかい!』
現れたのは人間の様な背格好をしているバシャーモだった。葉巻煙草を口に咥えて煙を吐き出している。大きさはバルキーを格段に上回っていた。
「バシャーモ……ホウエン地方でしか見れない貴重なポケモンだ……」
ポケギアでバシャーモの情報をインプットし、早速閲覧してみる。
『バシャーモ・もうかポケモン……強靭な足腰は高層ビルの頂上に飛び上がり、頂上部分を破壊してしまう程強力。ひたすらに強い相手を求め、相手が強ければ強い程喜びを感じる。
気合を入れると手首に始まり全身が激しく燃え上がり、非常に美しい』
「ほのお、かくとうタイプか……珍しいタイプだよね、やっぱり……特殊能力は?」
『特殊能力・猛火・・・HPが3分の1以下に下がると炎の攻撃力大幅アップ』
「流石ホウエンの希少ポケモン……特殊能力は誰と戦っても通用するものか……」
今度は新しく仲間になってくれたバルキーの能力をチェックしてみる。
『バルキー・けんかポケモン……傷を作って強くなる喧嘩好きのポケモン。
格闘ポケモン使いの入門ポケモンとしても親しまれているが、実力の無いトレーナーの指示には従ってくれない。戦闘力が劣る分、素早さと小さな体で相手を翻弄するのが得意』
「えっと、特殊能力は……」
『特殊能力・根性一徹……ポケモンを入れ替えて回復する異常系の技を受けると攻撃力が増す』
「つまり、こんらんとかメロメロとかだね。チャンスに活かせるかどうかは運次第だと思うよ!」
PCとにらめっこを続けているユウスケがそう呼びかけた。
『まあ任しておいてくれよマスター。アンタの強さは解ってる……こんなデケーの俺の敵じゃあ無えさ。アンタはノンビリしててくれれば良い。簡単にぶちのめしてやるぜ』
『おチビさん、言ってくれるねえ。あっしの方が断然ポケモンとしては優れてまさあ。ダンナ、圧倒的な力ってのを見せてやりましょうや。簡単に決着を付けれる力をね……』
格闘ポケモン同士故か、既に戦う前から互いの自信を見せ付け合っている。一方ユキナリはそんなバルキーの自信そっちのけで技をしっかり確認していた。
『バルキーの技 けたぐり マッハパンチ』
(どちらも攻撃力は低いけど、マッハパンチは先制に使える……先に相手が弱ればバルキーだって充分に戦えるかも……)
『どうした?サッサとかかってこいよウスノロ。うどの大木かあ?その図体は飾りなのかよ!』
『そうまで言われたら、あっしも手加減出来ませんぜ。悪いが相手側のトレーナーさんよ、少々回復が遅くなる程のダメージを与える事になりそうですんで、覚悟しておいてくだせえ』
(あーあ、いがみ合っちゃって……これじゃどっちもまともな戦いは望めないよ……)
「冷静になるんだバシャーモ。落ち着け……激昂すれば戦闘力を大幅に下げる事になる」
『言われなくとも……解ってますよ!』
試合開始の旗と同時に動いたのはバシャーモだった。先制攻撃とばかりに火炎放射を出し、避けざるをえないバルキーの位置をあらかじめ想定しておいてブレイズキックを繰り出す。
だが大振りなキックは小さいバルキーには当たり辛い。当たれば致命傷は免れないだろうが、ケンゴに鍛え抜かれドーピングをしまくったバルキーは既に格闘の感覚を掴んでいた。
「よし、バルキー。そこでマッハパンチだ!」
『そらよっ!!』
音速の如き勢いで繰り出された素早い拳は、位置が位置だった故に金的となった。
『ガアッ……!!』
『へへ、ルール無用な戦いなのは解ってるだろ?何処に当たろうがダメージは一緒だ!だが……精神的なダメージは数値化されねえからなあ……ざまあみやがれ!』
『き……きっさまあああ!も、もう絶対に許さんぞ!バラバラに砕いてやる!』
怒りのあまり口調が変わったバシャーモは、怒りに任せて炎を噴き出し、やたらめったら拳を連打する。
だがそれは強そうに見えても狙いが定まらない偽りの拳。バルキーの身のこなしにかかれば簡単に避ける事が出来る哀しい攻撃であった。
『興奮すると長生き出来ねえって、小さい頃ママに教わらなかったのか?ええ?』
「怒るな!これは奴の作戦だ!実力では勝てないと踏んで、心理戦に持ち込もうとしているのが解らないのか!今すぐ正気を取り戻せ……」
だが怒りに震え完全に理性を失ってしまったバシャーモには聞こえない。そう言えばこの常套手段を見たのは初めてでは無かった事に気が付いた。
殆どの自信過剰なポケモンには有効な手段なのだろう。バルキー自身は自信過剰とは言え、戦い方を心得ていた。
『ぶっ潰してやる!』
物凄い速さで向かってくるバシャーモをバルキーは『けだぐり』で軽く一蹴した。地面を転がり、無様に壁に激突するバシャーモ。
既に急所が効いたのか相手のHPは残り少ない。と言う事は……炎タイプの攻撃がパワーアップした事に他ならない。
『ふひひ……調子に……乗り過ぎだったんじゃねえのかい……このクソチビがあ――ッ!!』
攻撃力が増したとは言え、判断力を失っているバシャーモとバルキーでは勝負が見えていた。
繰り出される『だいもんじ』も軽く避けられ、視界を狭めたバシャーモには背後からの攻撃が面白い程よく当たった。再びマッハパンチが繰り出される。金的の急所ヒット並みだ。
『うごお……ッ、油断してるんじゃあないですかい?』
その瞬間肘の1発をくらってバルキーは大きく吹っ飛ばされた。壁にこそ激突しなかったものの、地面に無様に転がり、立ち上がるのに時間がかかった。
そうなるとバシャーモのペースになる。バシャーモは素早く近付き、立ち上がろうとしたバルキーの背中を踏みつけにした。流石に体重の重いバシャーモの足から逃れる事は出来ない。
バシャーモは嬉しそうにグリグリ足を動かしてバルキーの顔を床にこすりつけた。
『そのザマは何ですかい……先程まであんなにあっしの事を馬鹿にしていたのに……ここで背中をグッと踏みつけられたら背骨が何本折れるんだろうねぇ……クックック……』
「ああ、バルキー!!」
「よし、よく捕まえた。そのまま踏みつけて戦闘不能にしてしまえ!」
『嫌ですよ。あっしも金的をくらわされたんだ。全力の炎で黒焦げにしてやらねえと気が済みませんぜ……ダンナ、よく見ていてくだせえよ、これがあっしの全力で放つ……』
掌で燃える炎が勢いよく振り下ろされる……が、見当違いの方向に向かった。
『ギャアアア!』
足を噛まれたバシャーモが痛みに耐え切れず飛び上がってしまったのだ。拳も無茶苦茶な方向へ振られる。その隙をついてバルキーは鳩尾を思いっきり殴りつけた。
『うごッ……オオオ……オ……』
意識を失ったバシャーモはそのまま倒れた。HPゼロ。バルキーの勝利が確定する。
「何と言うザマだ、イゾウ!ポケモンへの鍛錬が不十分にも程がある!動揺により激昂し、チャンスを無にする余裕など、精神力が無い証拠では無いか!お前自身の鏡でもあるのだぞ!」
「も、申し訳ございませんエンカイ様!……あ、後で厳しく躾けておきますので……」
「下がっておれ!次の挑戦者がトレーナーと戦う為に準備を整えておる!」
「は、はい……」
辛そうな顔をして青年はそそくさと退散した。バシャーモはボールに戻される。
『な?敵なんて怒らせちまえばこっちのモンよ!これからもよろしく頼むぜ!』
「う、うん!ありがとうバルキー。とりあえずまずは1勝したね……」
『だが……やはり力は強大だな……俺も肘の一撃を腹にくらった……あと1発くらったら倒れちまう……情けねえよ。もっと強くならなきゃな……』
バトルフィールドに姿を現した青年は、既に相方であろうゴーリキーを連れていた。
「よう坊主。次の対戦相手はこの俺だ……少なくともバルキーは仕留めさせてもらう。」
『俺様の怖さをとくと教えてやらぁ!覚悟しておけ!』
(ゴーリキーか……攻撃力は高いけどやっぱり隙が大きい。カイリキー程じゃ無いだろう……)
バルキーは腹に手痛い一撃をくらっている。ゴーリキー相手でもダメージを与える事は出来るハズだが、勝つ事は出来ないだろう。一方的な試合にはもうならない。
『ゴーリキー……腰に巻いているパワーベルトは特別製で、溢れ出す強大なパワーを押さえ込む為に着用していると言う。
素手でビルを破壊し、本気になれば地球にヒビを入れる事さえ可能と言われているが、真偽は定かでは無い。パワーベルトを外すと自我を失い、好き勝手に暴れ回る』
(さて、特殊能力はどうなっているのかな……?)
『特殊能力・ばかぢから……HPがレッドゾーンに突入すると攻撃力大幅アップ』
(一気に決める必要があるって事か……でも、バルキーなら黄色にするだけで精一杯だろう……)
『さあて……サッサと片付けちまおうぜマスター。ヘヘ、この痛みを抑えてこそ強くなれるってモンだ』
バルキーは鳩尾を押さえながらゆっくりとバトルフィールドに足を踏み入れた。他の門下生達が青年の方に声援を送っている。エンカイの方はただ黙って戦いを見守る構えを見せている様だ。
「ゴーリキーの攻撃力は非常に高い!バルキーも格闘タイプだから効果抜群にはならないけど、とにかく当たらない様にしよう!バルキーのHPから考えても、当たったらその時点で敗北だ!」
ユウスケの何時ものアドバイスは正しかった。攻撃をくらった事で素早さも鈍ってきているハズだ。ポケモンにも精神力と体力が密接に関わっている。例外は再生能力を持つポケモンだけだ。
『それでは……始めェッ!』
『まずはデモンストレーションといこうかおチビさんよ。俺様のパワーをとくと見やがれってんだ!』
試合開始後、ゴーリキーは強力を誇示せんとばかりに空中から大岩を出現させ、その岩を一撃で粉々にしてみせた。その粉々になった岩をつぶてにしてバルキーの方へと誘導する。
『随分凝った演出の岩雪崩じゃねえか。確かにてめえが強力の持ち主なのはよーく解った。だが、足元がお留守になってちゃその力だって全く役に立たねえんだぜ!』
向かってくるつぶてを素早く避けると、バルキーは背後に回ってゴーリキーの背中にしがみついた。
「よし、そこでマッハパンチだ、バルキー!」
『そらよッ!』
大量の石つぶてがゴーリキーの腹に命中し、飛び退ったバルキーの一撃が背中にヒットした。
『馬鹿が、自分の出した技で自爆しやがった!』
……だがゴーリキーは倒れない。それどころか冷静に腹についたままのつぶてを払い落とすとニヤリと笑った。背中に受けたダメージも皆無に思える。
ポケギアのHP表示も黄色にすらなっていなかった。ちょっと転んだ程度のダメージしか受けていなかったのである。
『まだ攻撃力が完全じゃあ無えみたいだな。今度は……本気で行かせてもらうぜ!』
バルキーはほぼダメージを受けていないゴーリキーに動揺し、隙を作ってしまった。硬直し驚愕するバルキーの両手を素早く掴むと、そのままパイルドライバーで地面に叩きつける。
「ちきゅうなげか……ゴーリキーのレベル分だけ相手にダメージを与える技だ!」
『へッへッへ……自慢のちょこまかした動きも最早出来まい。所詮、俺様の敵じゃ……』
『ま、だ……だ……俺の魂はまだ……生きてる……』
ゴーリキーはフフンと鼻を鳴らした。固定ダメージを与えるちきゅうなげでは、致命傷を与えたものの、HPを1桁残す結果に終わる事を見抜いていたのである。
だがケンゴに鍛え抜かれた頑丈な肉体と、最後まで決して諦めない不屈の精神がバルキーにチャンスを与えた。
『よし、とどめは俺様の超特大必殺技、クロスチョップで締めだな!ガッハッハッハ!』
慢心にて飛び込んだゴーリキー。その拳から繰り出された2発の強烈なチョップを紙一重で避け、バルキーは完璧に懐へと潜り込む事に成功した。最後の力を拳に集中させ、マッハパンチを放つ。
『コレが……ケンゴ師匠に鍛え抜かれた俺の拳だ――ッ!』
また鳩尾にくいこんだ拳から同時に放たれた衝撃波が、慢心したゴーリキーをそのまま道場の壁に叩き付けた。
門下生達が呆気にとられて見守る中、レッドゾーン一歩手前になっているゴーリキーがヨロヨロと立ち上がる。
『……や……やってくれるじゃねえか……師匠がケンゴだと?通りで強気なワケだ……ふ……ふへへ……だがよ、今の俺でも限界にあるお前を楽に潰せるんだぜ……』
立っているのがやっとのバルキーに近付くと、ゴーリキーは指でバルキーの額をバチッと弾く。その額に受けたダメージでバルキーのHPはゼロになり、そのまま体勢を崩して倒れこんでしまった。
「指で、やられた……でも、バルキーが踏ん張ってくれたおかげで、次の戦いは大分楽になりそうだよ……」
「ゴーリキー、次の戦いは負けると覚悟しておけ。だが少なくとも小僧をトウコ様に挑ませるワケにはいくまい。次に出てきたポケモンを出来る限り痛めつけろ。ダメージ無しは許さんぞ!」
『わーかってますってマスター……不穏な予感がしますぜ……今度出てくる相手はバルキーとは比べ物にならねえオーラを感じる……
弱音を吐く様で申し訳ありませんが、フルパワーで戦いたかったですね……』
ユキナリはバルキーをボールに戻すと、次のポケモンを場に出す為ボールを投げた。ユキナリがボールから出してきたのはトサカ戦にてその強さをアピールしたコシャクだった。
コエンの頃からパーティ内でも抜きん出た強さを発揮していたが、今回のバトルでは格闘が相手ゆえ、少々分が悪い。
『ユキナリさん、相手は岩雪崩を覚えているみたいですね……それに当たらなければ一方的に攻める事が出来ると思います。問題は、次に出てくるポケモンでしょう……やはり切り札はヒザガクンですか?』
「特殊能力のエアロブレイクと、エアロブラストを考えるとね……君に負けない程の素早さがあると思う。地上戦はコシャク。空中戦はヒザガクンと考えても良いだろう。でも、君の強さにも期待してるんだ」
『解っていますよ。ゴーリキーは敵じゃありません。特殊能力も厄介ですから、一撃で仕留めないと!』
レッドゾーンに突入させると非常にマズイ事は先刻承知だ。コシャクにはゴーリキーをその1発で沈める程の技がある。ただし技の発動が少々遅い為、当たるかどうかがこのバトルの問題であった。
『今度は随分口調が丁寧な奴が相手なんだな……だが、窮地に追い詰められても冷静でいられるかな?』
『お手柔らかにお願いします……仮にも道場の門下生のパートナーなのですから、貴方は』
『気に入ったぜ!俺様がもっとバトルを盛り上げてやるよ!さあ、かかってきな!』
そう言われてもコシャクには策があった。正面から格闘タイプとぶつかるのは避けなければならない。ならば相手に隙を作らせる事が何よりの得策。相手から攻撃を仕掛けてもらった方が都合良い。
『来ないのか?……だったらこっちから行くぜ!』
ゴーリキーも筋肉だけがとりえでは無い。相手の弱点を考慮していきなり岩雪崩を仕掛けてきた。空中から突如出現した岩がそのままコシャクに向かって飛んでいく。コシャクはこれを待っていた。
「コシャク、そのまま火炎放射だ!」
体を引き締め放たれた火炎放射は岩雪崩の威力を相殺してお釣りが来る程の威力であった。だが相殺した火炎放射では余剰分でしかダメージを与える事が出来ない。
あくまでも火炎放射は相手を怯ませる囮なのだ。
「今だ、鬼火!」
炎を口から吐き出しながら妖力を使い青い炎を掌底から放つ。既に灰となっていた岩を避けてストレートにゴーリキーの頭を焦がした。流石のゴーリキーもこのコンボにはかなわない。そのまま倒れ込んでしまう。
「よし、やった!」
『当たれば儲け物と言った感じでしたが、上手く引っかかってくれてラッキーでしたよ』
「ば、馬鹿な!俺のゴーリキーが抵抗も出来ずに……!?」
(フウム……掌底から放たれた蒼き炎……威力は私の紫炎拳と同格と言った所か……コレ程の実力を持つポケモンを見るのは初めてだ。
それに、あの少年の才能、熱意……また随分早く戦わせ甲斐のある人物がトウコの前に現れたな。是非2人の戦いを見てみたいものだ……)
「ち、畜生、今度戦う時には逆の立場にしてやるからな!」
捨て台詞を吐いて退場する青年。今度は年配の男性が姿を現した。
年配の男性はそのまま青年と交代すると、ユキナリの目の前に立った。
「ワシの名は雹璽斉。簡単にジサイと呼んでくだされ……しかしユキナリ殿。貴殿もなかなかのポケモン使いですのお。
じゃがワシもココの道場では一応師範代を任されている身ゆえ、簡単に負けるワケにはいかぬ。さあ、お手合わせ願おうかの!」
現在ユキナリの傍らにいるのはコシャク。バルキーは1勝をあげ、そのまま気持ちよくコシャクにバトンタッチしていた。何戦ものバトルを勝ち抜いてきたコシャクには並々ならぬ力がある。
(師範代がいきなり3戦目で出てくるなんて……じゃあ4人目は一体誰が?)
ジサイはモンスターボールを畳の床に投げつけた。閃光と共に姿を現したのは……
『チャーレム!……確かに厄介な相手でしたね。僕が苦戦をしたポケモンと同じとは……』
「おお、そう言えばケンゴも同じポケモンを持っておったのう。あ奴のポケモンはチト動きにキレが無い。がむしゃらに攻めては勝てんからの。ワシは常に堅実をモットーとする。攻めより守りじゃ」
「攻めより、守り……」
『守りを重視していては、僕の攻撃に耐えうる事は出来ませんよ!』
『……果たしてそうかな?ジサイ様の持論は正しい……私がそれを証明してみせよう……』
チャーレムはステップを踏みながら身構えた。常に動きながら戦うのは非常に正しい。攻撃を避け易くなるし、その隙をついて攻撃する事もまた容易くなる。だが動きながら守るとは……?
「コシャク、考えていたって埒があかない。ココは連続攻撃で相手の反撃を許しちゃいけないんだ!」
『解ってますよユキナリさん。僕が成長した証、充分に発揮してみせましょう!』
チャーレムは身構えたままクイクイと手でコシャクを挑発した。ブルース・リーがよくやるアレである。
(熱くなっちゃダメだ。バルキーがそれを実証してる。落ち着いてバトルに挑まないと……)
ユキナリはポケギアにチャーレムの情報をインプットした。説明が出てくる。
『チャーレム……サイコパワーと格闘技を併せ持つ非常に珍しいポケモン。互いのタイプが弱点を補う為弱点も非常に少なくなっている。
岩山や滝で1人瞑想を続け、己の限界を常に超える事を最大の目標としており、その戦闘力はかなり高い。総合的にも評価出来る連撃を持つ』
(連撃……そうだ、ケンゴさんとの戦いの時もそうだった……)
『特殊能力・サイコシールド……特殊攻撃のダメージを若干軽減する』
(特殊攻撃はあくまで相手の目くらましにしか使えない、と言う事か……)
「ユキナリ君、チャーレムの力は本当に強い!まともに戦うと手痛いダメージを受けるよ!」
「うん、解ってる……でも、それを許してくれる程素早さは低くないよね……」
チャーレムは全神経を集中させコシャクを見つめている。コシャクの出方次第、と言った所か。
「よし、コシャク……鬼火でチャーレムの動きを止めて、そのまま火炎放射!一気に攻め落とすんだ!!」
『はい、ユキナリさん!』
ステップを続けているチャーレムに向かって鬼火を飛ばすコシャク。鬼火は回転しながら丸みを帯び、チャーレムの顔にヒットした。崩れるチャーレムに間髪入れず火炎放射。
その後煙の中に突っ込んでいってパンチを……だが突っ込もうとしたコシャクの動きが止まった。
『ハア―――……』
腕を×の字に交差させ、チャーレムは憤怒の形相でコシャクを睨み付けていた。
「そ、そんな……ダメージをさほどくらってない……」
「今じゃ!相手に反撃を許さぬ様全力で挑め!相手に禍根を残すな!」
その瞬間、チャーレムは一気にコシャクの眼前に迫っていた。
『クッ!』
水平になぎ払った手刀はチャーレムの腹を掠めたが、ひるまずにチャーレムは腹に蹴りを入れた。
『ガアッ!』
つんのめって飛んでいくコシャクよりも速く飛んだチャーレムは、コシャクの腹の上に足を下ろす。
『バ……カな……速過ぎる……』
『フンッ!』
足に力を込めると、そのままコシャクは仰向けの姿勢のままフィールドの畳の上に倒れ込んだ。
「運が良かったのう。これが石だらけの地面であったら致命傷になっていた所じゃ」
『ガ……ううッ!』
痛みに耐えて苦し紛れに出した拳も空しく宙を舞った。その時にはチャーレムは距離を置いて立っていたのだ。ユキナリにもユウスケにも、コシャクにも全くその動きが見えなかった。
「つ……強過ぎる……師範代でこんなポケモンを持っているなんて……」
『ハア……ハア……ですがダメージはそれ程くらっていませんよ……素早さを高めた為に戦闘力が低くなっているのでしょう……ケンゴさんのチャーレムと同じ様に!』
「ケンゴと違う点があるとするならば、やはり防御力かの。鉄壁の防御。そして相手を翻弄し目にも見えぬ程の連撃を叩き込めれば、いかに攻撃力が低かろうと結果は同じじゃよ」
『……なら僕は、その攻撃力の高さで戦いましょう!』
口を開き、全身全霊の火炎放射を放つコシャク。眼前にいたチャーレムはニヤリと笑うとそれを防御した。だが……その威力は凄まじく、チャーレムは後ろに押されたあげく少々焦げ付いた。
「……おお……何と素晴らしい……ワシのチャーレムが、動揺しておるとは……」
チャーレムから黒煙が立ち上る。ブスブスと焦げる音がハッキリ聞こえた。やはりコシャクの攻撃力は通常のポケモンを遥かに上回っている。ユキナリの切り札として申し分ない存在であった。
『成程……お前の持ち味は把握した……だが所詮は攻撃力。繰り出す隙を与えさえしなければ脅威では無い。私には蛮勇を誇るべき力がある。その実力を垣間見ただけに過ぎん……』
チャーレムはしっかりと構えると、その体勢のまま突進してきた。だが直進の軌道は見えなくても掴める。横に飛び退ったコシャクのすぐ横を風が吹き抜けていった。その風の終着点にチャーレムはいる。
『僕は負けない!ユキナリさんが望む場所へ、必ず一緒についていく為に!』
火炎放射が再びチャーレムにヒットした。急所ヒットだ。だがその瞬間、炎に包まれたチャーレムが全力の足蹴りをコシャクに浴びせた。つんのめって倒れるコシャクをさらにチャーレムが追い詰める。
『私が……求める場所は……マスターと……同じ……場所だあッ!!』
倒れたコシャクの鳩尾に当たる拳。だがその拳を当てた瞬間、バッタリとチャーレムは倒れこんでしまった。
コシャクも仰向けの状態のまま白目をむいて倒れている。引き分けに終わったのだ、この戦いは。
「……力と技は互角に終わったか……見事な戦いを見せてくれましたな、ユキナリ殿。いやはやまことにあっぱれなパートナーをお持ちだ。その力、トウコ様に向けられれば良いですな。本当に……」
ジサイは会釈をすると、そのまま笑って去っていった。そして最後のトレーナーが目の前に現れる。
「え……女の子……?」
「自分だって男の子のくせに何言ってるのよ。私はユカリ。お爺ちゃんより実力は上なんだからね!ハッキリ言ってこの場にいる全員、私の敵じゃ無いわ。私を超えるのはトウコ様だけ」
ユキナリは呆気に取られていた。紫色に髪を染めた少女は普通の洋服を着て、台の上に立っている。だがジサイも他の門下生達も、当たり前の様に頷いていた。賛同の意を示さなかったのはエンカイだけだ。
(じ、実力はある……間違いない。ジサイさんの孫だ!僕と同い年、いや……上かな?)
「ユキナリ、ユカリはお前と同じ12歳だ。格闘ポケモン使いとしては一流だが、我が流派紫炎拳を覚えるにはまだ体力も精神力も足らぬ……お前の最後の相手としては一番相応しいだろう」
エンカイは少し涼しげな眼差しを見せ微笑むと、また厳しい表情に戻った。
「お前の真価が試される時は来た!ユカリを倒してこそトウコに挑む権利がある!」
(ユカリ……さんに、勝てば……そうだ、彼女は4人目のトレーナーだった。だけど僕にはまだ2匹出せる余裕はある。2匹が全力を出せば、絶対勝てるだろう。この勝負もらった!)
トウコと戦う為にも、切り札の存在は隠しておきたかった。ヒザガクンはここ、ザキガタシティでは文句無しの大活躍を見せてくれるハズである。その為には、他のポケモンを使わなければ……
「頼むよドシャヘビ、君の力を精一杯発揮してくれ!」
ボールから飛び出してきたドシャヘビはケタケタ笑った。
『ギャハハハハ!おチビちゃんよお。テメエのポケモン如き、俺とマスターにかかればチョロいモンだぜ。なあ、そうだろ?かるーくあしらってやるぜ……』
「口の悪いポケモンね。まあマスターの育てがなってない証拠だけど……私のポケモンをなめてかかると痛い目を見るわよ。いきなさい、エビワラー!」
閃光から飛び出してきたポケモンは、胸の出ている大人びたエビワラーであった。♀だ。
『あら、随分可愛い坊やが相手になってくれるのね。可愛がってあげるわ。うふふふ……』
『坊やだあ!?俺を格下に見やがって、後悔する事になるぜ!』
涼しい顔をして髪を掻き揚げるエビワラー♀に向かって、ドシャヘビはシュルシュルと舌を出して威嚇した。通常のエビワラーとは随分違う姿をしている。
(さて……とにかくまずは情報収集だ……エビワラーは……)
『エビワラー……『パンチの鬼』とも言われ、拳を極めたバルキーが突然進化すると言われている。素早さと攻撃力がトップクラスでかなり打たれ強いポケモン。
覚える技もサワムラーと比べると豊富だが、代名詞である格闘タイプの大技を覚えられないのが弱点』
(パンチの鬼か……バルキーは確かエビワラーかサワムラー、カポエラーになるんだったっけ……)
『特殊能力・雌ノ色気……攻撃が当たるとたまに相手を『メロメロ』状態にする』
『さ、始めましょ。言っておくけど私はかなり強いわよ!』
『上等だ……テメエのそのキレーな面、恐怖で歪ませてやるぜ、覚悟しろ!』
互いに睨み合いを続ける両者。ユキナリもユカリもかなりの手練である為、こういう場合先に飛び出させた方が不利になるであろう事は解っていた。
勢いを殺す方がダメージを多く与えられる。
「ユキナリ君!ドシャヘビが『メロメロ』状態になったら、技が当たる確立が半々になるんだ!気を付けて……!」
「まずは軽くジャブで相手を……この攻撃なら反撃は受けないわ、エビワラー、マッハパンチよ!」
『シッ!』
目視確認出来ない程の強烈な拳がドシャヘビの腹を掠めた。すかさずドシャヘビが間髪入れずに『ポイズンクロー』を繰り出す。攻撃が深く入っていたら攻撃を出す事は出来なかったであろう。
『シャアッ!』
猛毒が染み込んでいる爪が彼女の脇腹を切り裂いた。ダメージは大した事は無いが、猛毒が恐ろしい。
『マスター、私の考え違いだったかしら……本気で行った方が賢明みたい……』
「遠慮せずに、致命傷を与えなさい!メガトンパンチよ!」
重い一撃を放たんと、エビワラーが近付いた時には、既に肩めがけてドシャヘビの牙が迫っていた。
『甘いわ!』
攻撃を避け、見当違いの方向へ着地しようとしたドシャヘビの背中に、強烈なボディーブローがヒットした。そのままドシャヘビが床に叩きつけられる。畳の床を少し削った。
「ダメージはかなり酷い……ドシャヘビ、今度はどくどくで確実に相手を……ああッ!」
『い……今の攻撃で……俺恋に落ちちまった……惚れ惚れする様なお姿……神々しいぜ……』
「マズイ……ドシャヘビが『メロメロ状態』になっちゃった……ユキナリ君のポケモンは僕と同じで皆♂……メロメロを防ぐ手立てが無い!これがユカリさんの切り札か……」
(状態異常か……相手も状態異常にしたいのに……半々なんて厳し過ぎる!)
ユキナリは命令を下すが、ドシャヘビは混乱と同じ様に命令を無視してエビワラーに擦り寄った。
『さっきは悪かったぜ……悪口言っちまって……どうだいこれから食事でも。馴染みの店が……ブガッ!』
『悪いけど……爬虫類は私の恋人には相応しくないのよ。それに今は敵同士……ね?』
『そ、それでも俺は……アンタが好きだ――ッ!』
「どくどく!ドシャヘビ、どくどくをくらわすんだ!」
『くどい!』
その瞬間、キックを繰り出した彼女の踝にドシャヘビはキス代わりとばかりに噛み付いた。
『これは……俺の愛の証だ……受け取ってくれ……猛毒を……』
『遠慮……しておくわッ!』
ブンッと風を切る様に足を振るとドシャヘビはまたもや床に叩きつけられた。瀕死状態だ。だがその表情は何時もの顔とは違い、非常に満足げな表情をしていた。偽りの恋に落ちたのである。
「どくどくは成功した……削った……これなら最後のポケモンで勝てる!」
『マスター、相手の力量を見誤ったわね……まさか猛毒まで……』
踝の噛み跡は紫色に変色していた。猛毒が全身を駆け巡り、徐々にHPを奪っていく。だがそれはエビワラーの相手が現れた場合の話だ。ユキナリはまだ1匹ポケモンの控えがある。
バルキー、コシャク、ドシャヘビが勝ち取った勝利を、最後で無駄にするワケにはいかない。
「ココは確実に勝てる実力を持ったポケモンにするしか無いな……」
ヒザガクンを切り札として取っておくのを誤魔化す為にも、現時点では有力なポケモンをバトルに投じておいた方が良い。そうすればトウコを牽制する事にもなる。
「行けっ、ルンパッパ!」
畳のバトルフィールドに姿を現したのは蓮で出来た受け皿を持つ体格の立派なポケモンだった。
『ちーっと、負ける気がせんのう。どれ、ワシの実力を見せてやるとするか……』
『随分調子に乗ってるみたいね……猛毒をくらい手負いとは言え、私の敵じゃ無いわ!』
「気を付けてエビワラー。今までの相手よりHPが高い……最高レベルまで進化してるから覚えている技も半端じゃ無いハズよ。ハンデがある分、また翻弄していきましょう!」
作戦を伝えても、避けれる事が決まっている事にはならない。どんな作戦でも封じられる時は封じられてしまう。ポケモンバトルは実力だけでは無くコンディションと相性、運が大きな鍵を握るのだ。
「敵は弱っているけど実力者である事には変わりが無い。とにかく反撃の隙を与えちゃ駄目だよ!特にさっきもくらった『メロメロ』には充分注意するんだ!」
(解ってるよ、ユウスケ……とにかく物理攻撃は相手の思う壺だ。幸いルンパッパは遠距離攻撃に優れている……相手に触れずして倒す攻撃ばかりが揃っているんだ)
ユキナリはバトルを始める前にポケギアでルンパッパのチェックを行った。
『ルンパッパ……リズムに乗る事が大好きなポケモン。大らかな性格でとても優しいが、ハスブレロと同じ様に蓮の中の水が少なくなると弱ってしまう。
大柄な体格を活かしてののしかかりや頭突きは迫力満点。草と水の大技を覚える珍しい種類のポケモンでもある』
「特殊能力は……っと……」
『特殊能力・あめうけざら……フィールドが『雨』状態になっている時か、水攻撃をくらうとHPが回復する。
雨の場合は全体HPの4分の1で、攻撃の場合は受けるハズのダメージの2分の1となっている』
(水攻撃しか覚えていないポケモンはいないだろうし、雨も室内じゃ無効だからな……)
だが、特殊能力があまり秀でていなくてもその体力と攻撃力は脅威だ。今チームの中では2番目だと思われる能力値である。それを手負いのエビワラーにぶつけるのだ。
『試合開始!』
エンカイが鋭い声でそう言い放つといきなりエビワラーが防御姿勢に入った。
「まずは相手の技を避けるか跳ね返すかして、隙が出来た所で『メロメロ』よ!」
「ユキナリ君、相手はかなりルンパッパの攻撃力を見くびっているみたいだ。新しく覚えさせたあの技を使ってみようよ!」
「OK。ルンパッパ、ハイドロポンプだ!」
『承りましたワイ……若いの、少々痛いかと思うが、我慢するんじゃぞ!』
そう言うとルンパッパは受け皿を相手の方に向け、凄まじい水流を発生させた。渦を巻いて突進する鉄砲水がエビワラーにぶち当たり、ジリジリと後退させていく。
『グ……こ、この攻撃は……ガード……しきれないかも……しれないわね……』
「ミズキさんから貰った技マシンの威力だ!そう簡単には避けれないと思うよ!」
ユキナリは胸を張った。ミズキと戦ったあの時のハイドロポンプよりも、ルンパッパの放ったハイドロポンプの方が若干弱めではあったものの、手負いのエビワラーには充分な効果があった。無様に吹っ飛ばされてしまう。
『そんな……馬鹿なア――ッ!』
壁に激しく叩き付けられ、一瞬白目を向いたものの、エビワラーは何とかハイドロポンプから抜けた。猛毒の効果もあって最早HPはポケギアで確認出来ない程になっている。
『……ユカリ……様の、為にも……負けられない……わ……絶対!!』
執念のマッハパンチが空を切った。ルンパッパの頬を掠めるも、殆どダメージを与えられない。ただ、それがまともに当たっていたらかなりのダメージを負っていただろう。
負けはしないにしても……ユキナリは彼女とポケモンの勝利に対する執念を間近に見て、呆然としていた。
『……もう……し……わけ……』
そのままフッと意識が遠のいたエビワラーはその場にくずおれて動かなくなった。ユキナリが勝ち抜き試合に勝ったのだ。これで、トウコへの挑戦権を得る事が出来る。
「見事だ。流石勝ち進んできたトレーナーよ……ユカリ、そのザマは何だ!正々堂々とした勝負こそ我等が道場の掟。相手を幻惑させ、実力を出させずに勝ったとあっては恥よ!」
「……師範に何が解るって言うのよ!……覚えておきなさい、絶対このままで終わらせやしないんだから!エビワラー、戻って!……私が、負けるなんて……」
悔しそうな表情を浮かべたユカリはエビワラーを戻すと、怒りのオーラを出しつつ道場を飛び出していった。
酷だったのかもしれないが、ユキナリも勝たなければならなかった事に違いは無い。何時も勝負は運や、相手の動揺によって勝っている部分も大きいのだから。
「勝ち抜きの試練に耐え、よくぞ己に打ち勝った!自らの邪な心に勝つ事こそ勝利。勝利の味に溺れてしまっては自らの勝つ目的、最終的には魂をも失ってしまう事になりかねん。
お主は甘んずる事無く、最後まで立派に戦い抜いた……コレが挑戦権の印可状だ。娘によろしく言っておいてくれ。
私も是非見に行きたいものだが、まだ戦いの本質が解らん門下生ばかりだからな……次はユウスケ、お主に試練を与えるとしよう。前へ!」
「ポケモンを回復させてくるよ、ユウスケ」
「大丈夫……僕も勝つから安心して行ってきてね。後で冷たい飲み物でも飲もうよ」