第5章 1話『荒ぶる神々』
「ま、眩しい……!」
「洞穴の中がこんなに明るく……擬似太陽でもこんなに焦がすのか……」
キノガッサの放った光球は氷を全て溶かし、トーホクでは考えられない程の暑さを生み出していた。
ユキナリとユウスケはジャケットを脱ぎたくなったが、外はココの暑さと全く関係無い。素直に脱げば洞窟から抜けた時に凍りつく事は解りきっていた。
『よし、太陽光線は集まった……技の威力は大幅にアップするよ!』
キノガッサが構えた時にはコシャクがもう技を繰り出していた。『かえんほうしゃ』だ。
『にほんばれを繰り出してしまったのは逆効果でしたね。僕の攻撃力も上昇するんですよ!』
だが火炎放射がキノガッサに命中する前に、ギガドレインが発動した。相手のHPを吸い取るくさタイプの技は相性こそ悪いものの、ダメージアップによりコシャクを苦しめる。
『攻撃の手を……緩めるワケにはいきませんよっ!!』
HPを削られても、コシャクは痛みをこらえて火炎放射をし続けた。攻撃力が大幅に上昇した火炎放射は、HPを回復したキノガッサの体力をも完璧に失わせてしまう。
擬似太陽はまだ洞窟内を照らしていた。まだ消えそうに無い。コシャクは手痛いダメージを受けながらも、にほんばれによる攻撃力増加のおかげで何とかキノガッサを撃破する事が出来た。
「くさタイプで押そうとしたが、裏目に出ちまったか……仕方ねぇ。コレも俺の判断が甘かったせいだ。だが、この遅れは俺のチャーレムで取り戻してやる!覚悟しておけ!!」
ケンゴがコシャクを指差すと、既に洞窟内にいたチャーレムがステップを踏みながらコシャクの前にやってきた。攻撃力が増している今のコシャクになら、簡単に撃破出来るかもしれない。
(慢心するな。最後まで決して気を緩めない事だ。そうしなきゃ勝てない……)
ポケギアで詳しくコシャクのHPを調べてみると、かなりの痛手を負ったものの、レッドゾーンには到達していない。これである程度ダメージを与える事が出来れば、勝てるだろうと思われた。
(バルキーは貴重な格闘ポケモン……もし貰う事が出来たならば作戦の幅が大きく広がる!)
「ユキナリ君、チャーレムは弱点も少ないしステータスも高いポケモンだ。よくよく注意しないと窮地に立たされるかもしれないよ!」
「うん……でも今は、チャンスを利用してダメージを与える……それだけしか考えない!」
コシャクは構えを取り、軽やかなステップを踏んでいるチャーレムをしっかりと見据えた。
「コシャク、『かえんほうしゃ』で大ダメージを与えるんだ!今ならまだ攻撃力も上がる!」
『はい、解りましたユキナリさん!』
口から発射される灼熱の炎が、『にほんばれ』の効果でさらに火力を増し、チャーレムに襲い掛かる。だがチャーレムはステップでそれを避けると、いきなり飛び蹴りをぶつけてきた。
コシャクは真横に吹き飛ばされてしまう。
『ぐうっ!』
怯んだ瞬間、まるで残像が見えるかの如きスピードでチャーレムはコシャクの眼前に迫っていた。鋭い打撃でコシャクの体勢を崩し、完全に無防備になってしまったコシャクを一方的に攻め続ける。
『つ……強い……!』
目の前にいたハズのチャーレムに再び『火炎放射』を当てようとするものの、顎を平手で打たれ、上空に炎を吹いてしまった。足払いを受け、転ばされたコシャクの腹に『ねんりき』がヒットする。
「どうだ、俺のチャーレムは!戦闘力こそ犠牲にしたが、スピードと技の出はトップクラスなんでな。それに鍛え抜かれた鋼の肉体は、少々のダメージなどものともしねぇ!」
「こんなに打撃を受けているのに、ユキナリ君のコシャクにはまだHPが残ってる……コシャクの防御力が高いのか、それともチャーレムの戦闘力が弱いのか……とにかくまだ反撃出来るよ!」
『反撃の隙など与えんぞ!私の超能力格闘の真髄を知るが良い!』
チャーレムは腹を押さえて荒い息を吐いているコシャクを尻目に『瞑想』を始めた。合掌して己の特殊能力を高める技……つまり、自分の限界を引き出す為の技である。
「チャーレムの特攻が上昇する技だ、コシャクが危ない!」
『凄い……ですよ、貴方は……でも、ユキナリさんをどうしても勝たせたいんです!』
瞑想を続けているチャーレムに向かって放たれた火炎放射……だがその時、『にほんばれ』の効果が消えた。
光の球が消え、洞窟は元通りの寒さをあっという間に取り戻す。汗をかいていたので2人は余計に寒くなり、体を縮こませた。今度こそ間違いなくヒットした、ハズだったのだが……
『ハア……心頭滅却すれば火もまた涼し……これぞ超能力格闘の奥義なり!』
「た……大したダメージを受けていない……ほのおの技じゃ無理なのか……」
チャーレムは炎の中から何事も無かったかの様に飛び出てきたが、勿論ダメージは受けていた。とは言うものの、このダメージでは手痛い一撃を与えられたとは到底考えられない。
『確かに素晴らしき精神力だ……マスターの為に己を犠牲にするその心意気は認めよう。だが……少なくとも技の技術、そして心の鍛錬においては私の方が上だッ!』
その瞬間、コシャクにはチャーレムを捉える事が出来なかった。まるで一瞬消えて、眼前に現れたかの様な錯覚すら感じる。瀕死する直前に見えたのは、物凄い速さで迫り来る膝だった。
『ガッ……アア……』
腹を直撃した飛び膝蹴りは、コシャクを瀕死にするには充分過ぎる程の攻撃力であった。コシャクはその瞬間に気絶し、膝をついて地面に崩れ落ちてしまう。コシャクの敗北が決定した。
(残っているのは、ユウスケが貸してくれたボタッコのみか……ひこうタイプの技を覚えていてくれると嬉しいんだけど……)
ボールを投げ、ボタッコが出現すると、ユウスケがボタッコに状況を説明した。
「ユキナリ君の手持ちポケモンが弱っているんだ。力を貸してあげてほしい」
『おっけー、ボクに任せてよ!ユキナリ君ならきっとマスターと同じ位の判断力があるだろうしー』
ポケギアでボタッコの技を確認してみると、やはりジム戦を何度も突破してきただけの事はある。立派に成長し、数々の強力な技を新たに習得していた。これなら勝てるかもしれない。
ユウスケのボタッコ
のしかかり(ノーマル・80)
つめたいといき(こおり・60・・・15%の確率で相手を『氷』状態にする)
かぜふうしゃ(ひこう・75)
メガドレイン(くさ・60・・・相手に与えたダメージの半分だけ回復出来る)
(やっぱり、姿は多少違えどワタッコの変種……ひこうタイプの技をしっかり覚えている!)
技の種類も万全で、ノーマル・くさ・こおり・ひこうと一通りの技がちゃんと揃っているので安心だ。ひこうタイプの技ならばチャーレムでも2倍のダメージを与える事が出来る。
「これなら勝てるかもしれない……最後まで気を抜かずに頑張らなくちゃ!」
「甘いな……そちらさんのタイプはくさとこおり……与えるダメージこそ少ないが、ボタッコへのダメージも同じく2倍だ。攻撃が当たりさえすれば勝てるぜ!」
(そ、そうか!チャーレムは勿論『格闘』タイプの技を覚えているポケモンだった!)
「よし、チャーレム!今度はこっちから攻めかかってやれ!もう1度飛び膝蹴りだ!」
『フッ!』
飛び掛ってきたチャーレムであったが、ボタッコは体が小さい故に、攻撃が当たりにくかった。コシャクの身長であれば腹にヒットするものを、ボタッコがかがんだ為に頭を掠めた程度に終わってしまう。
その瞬間、チャーレムは無防備な背中を晒してしまった事に気付いたが、もう遅い。
『し、しまった!』
「今だ、ボタッコ!かぜふうしゃをチャーレムに向けて全力で放て!」
『ユキナリ君、このチャンスを逃すハズは無いよねえー!』
ぶわっと両手から巻き起こった小規模の竜巻がチャーレムを包み込み、ダメージを与える。流石に相性が悪いとくらうダメージも相当のモノであった。地面に倒れこみ、呻き声を発するチャーレム。
『このまま、一気に決めちゃうよー!』
突進して勝負を決しようと再び『かぜふうしゃ』を放つボタッコ、チャーレムに向かって飛んでいく……と、その瞬間倒れこんでいたハズのチャーレムの姿が掻き消えてしまった。
『?ど、どういう事ぉ?』
『甘かったな、残像だ!』
今度は逆にボタッコが何時の間にか背後を許してしまっていた。
『今度は背後など晒さんぞ。先程のお返しをしてくれる!』
反撃の一手。チャーレムの足蹴りでボタッコは弧を描いて飛び、地面に思い切り叩きつけられる。両者共にボロボロになってしまった。
肩で息をしながら、ヨロヨロと立ち上がり相手をキッと睨み付ける。その激情だけでトレーナーの方は圧倒されそうだ。
「ボタッコ……ココまで強くなっていたなんて……また戦う時には手強い相手になっていそうだな……」
『なかなかやるではないか……戦いを修羅と見切っているのか、兵よ……』
『兵なんかじゃ無い……ただ、ボクはマスターの、ユウスケの願いを叶えてあげたいだけだ!!』
『ならば……己の力を使い私を倒してみるが良い!真剣勝負に待ったは無いぞ!』
どちらもレッドゾーンに到達していたので動きは鈍っていたが、それでも自分の欲望を吐き出すかの様に吼え、突撃していく。
チャーレムは再度足蹴りを放つ為、ボタッコはかぜふうしゃを当てる為に。
「チャーレム、一旦距離を置け!全身に傷を負っていては満足な攻撃は出来まい!」
『マスター……勝負を決すのは、今なのです。私の傷は、自然に治るワケではありませんので……』
チャーレムがそう受け応え、前をしっかり向いた瞬間であった。いきなり空中から奇襲攻撃が襲い掛かってくる。強烈なのしかかりだ。この不意打ちは効いた。腹に大砲の弾をくらったかの様な衝撃が走る。
『な……しまった、慢心していたか……不覚!』
ボタッコはまだHPが残っているチャーレムから距離を取ろうとしたが、意識が飛びそうなチャーレムから放たれた拳を頬に受け、近くに転がってしまった。双方最早限界だ。
「ボタッコ、もう1度『のしかかり』で確実なとどめをさせ!」
最後の一撃とばかりに、チャーレムは動かない体を無理に起こして片手から『ねんりき』を放った。それに当たっても急降下するボタッコの動きは止まらなかった。
再び腹に衝撃が駆け抜ける。そして、ボタッコとチャーレムはほぼ同時に意識を失ってしまった……
「……引き分け、か。どうしたもんかな……こりゃ」
ケンゴは頭を掻きながら瀕死状態になったチャーレムをボールに戻した。ユウスケもボタッコをボールに戻す。壮絶な試合にユキナリも息をのんでいた。
「流石トレーナーを誇るだけはある……人間同士の勝負なら負け知らずなんだがな。引き分けに持ち込まれただけでも俺はお前を認めるよ。バルキーを……受け取ってくれ」
ケンゴはユキナリの近くに歩み寄ると、キックボールを渡した。この中にバルキーが入っているのだ。
どうやら登録はされておらず、ポケギアにて登録すればすぐにユキナリのポケモンになりそうだ。ユキナリはそれをしっかりと受け取った。
「僕は、貴方に勝てませんでした……その分までバルキーを、責任を持って育てたいと思います」
「期待してるぜ。お前程の腕なら、きっと良い成長を遂げるだろうよ。喧嘩ポケモンの名の通り最初は育てにくいとは思うが頑張って育ててみてくれ。
それに、何に進化するかもお楽しみって所か……へへ、久しぶりに良い勝負が出来たぜ!ありがてえ!」
バルキーはサワムラーかエビワラーかカポエラーに進化する。何に進化するかは、トレーナーがどの様に育てるかにより変化するのだ。防御力と攻撃力が関係しているらしいが……
「やったね、ユキナリ君!これで戦えるポケモンが6匹揃ったよ!」
「うん……これでチームは決まったかな。後はとにかく育てるだけだ。ユウスケの方も6匹揃ったんじゃないの?リーグに挑むだけの準備は整ったんだね……」
そう思うと、急に目指しているリーグへの夢が現実に近付いた気がして、ユキナリは少し嬉しくなった。ユウスケも化石が入っているリュックを見ながら感慨深そうな顔をしている。
2人の夢は同じ、『自分の実力が何処まで通用するか確かめたい』と言う事。その為に旅を続けているのだから。
物心ついた時から2人は共に遊び、そして同じ夢を抱いた。つまり図らずも何時かは敵同士になってしまうと言う事なのだが。だが今のユキナリとユウスケには戸惑いは無かった。進むしか無い。
「ザキガタに向かうのか。俺もそろそろ道場に戻って、生徒に教えなきゃいけねえなあ。それじゃ、一緒に行こうぜ。出口を俺が案内してやるよ。ガハハ、心配すんな!」
豪胆な人だ。会った時から彼自身の力は相当のモノだろうと言う事が推測出来たが、まさに臆する事が無い人であろう。洞窟内の構造には詳しいと思われた。
置いておいた自転車のハンドルを持ちながら、ユキナリ達は洞窟を抜け、再び道路を歩き始めていた。
通路の横には草が生い茂り、地平線の向こうには港町が見えている。ザキガタシティだ。
「交通の要だからな、あの街は。海の向こうから色んな奴等がやってくる賑やかな街だぞ!お前達の知り合いもあそこにいるかもな。何せポケモントレーナー達の坩堝と言われている場所だから……」
「そんなに沢山のトレーナーが来ているんですか?」
ユキナリの質問に対して、ケンゴは笑ってそれに応える。
「世界中から商人やらトレーナーやらが集まってくる場所なんだよ。トーホクのトップエリアと言えばカイザーシティだろうが、賑やかで活気に満ち溢れた街ってのはココだけだろうさ」
ユキナリとユウスケは新たな出会いに心を躍らせた。
(きっと凄いトレーナーが、僕達を待っている……!)
胸の高鳴りを抑える事が出来ない。バトルによって得れる物を知ったからこそ、2人にはバトルと言う交流が大切な手段であると思っていた。それはこの世界においては決して間違いでは無い。
「そろそろ夕方か。シティの夕日はトーホク1!だと俺は思っているが……水平線に浮かぶ太陽が赤く染まって彼方へ消えていくのがとても綺麗でね……心の疲れを癒してくれるのさ」
だんだんと、景色が近付いてくる。街の声が、楽しそうな笑い声が大きくなる。2人の思いもより一層高まった。世界と繋がる街が、彼等を誘っている……
3人は日の沈む頃、ザキガタシティへと到着した。5人目のジムリーダーが待っている街だ。早速宿を確保する為、2人はケンゴと別れてザキガタジムへと向かう。
地図も無しに街を彷徨う事に慣れ始めたのか、案外簡単にジムを見つける事が出来た。
「格闘使いのトウコさんが運営しているジムだ。ケンゴさんと同じ様な戦い方が出来れば良いんだけど……」
「とりあえずジムの場所は解ったんだし、センターでポケモンを回復させようよ」
ジムの隣に位置していたポケモンセンターに入ると、そこには大勢のトレーナー達が列を作っていた。今までのセンターでは考えられない光景だ。
「ええ――ッ!?こ、こんなに沢山のトレーナーがいるの……?」
「と、とりあえず並ぼうよ……何時までやってるのかな、このセンターは……」
ユキナリとユウスケはクネクネと曲がりくねっている道順に並んだ。向こうの方ではセンターのお兄さん、お姉さん達がポケモンの回復を大急ぎで行っている。
ポッドの数もセンターの人員の数も、今までのセンターとは比べ物にならない程多かった。
「さ、流石港町……トレーナーが沢山いるってのは本当だったんだね、ユキナリ君……」
「たはは……でも、待ってる間どうしても暇になるなあ……誰かに話しかけてみない?」
ユキナリは前にいた男性に、ユウスケは後ろにいた女性にそれぞれ話しかけてみた。どちらも当然ポケモンを持っていたが、男性の方はトレーナーでは無かったらしい。
「どちらから参られたのですか……」
「シラカワタウンから、リーグに挑戦する為にやってきました!」
「それは遠い所から……大変だったでしょうね。私はこの街に住んでいて、あまり他の街へ出向いた事はありませんが……」
白髪のシルクハットを被った老人はにこやかに笑うと、名刺を見せた。
「私の名はスイセン。この街で『トーホクポケモンクラブ』の会長を任されております。どうぞお見知りおきを……貴方も、相当ポケモンに愛情を注いでいると見える……」
一方ユウスケの後ろにいた女性は、姿格好こそ違うものの雰囲気がアオイに似ていた。
「僕はポケモントレーナーのユウスケです!……貴方はこの街の人ですか?」
「ええ。その様子を見ると随分遠い所から来たみたいですが……大変だったでしょう。私はコユキ。この街で渡し舟の船頭をしている『守』一族の末裔です」
「ああ、貴方があの!」
ユキナリとユウスケは同時に叫んでいた。両方共に存在を知っていたからだ。
「僕はリンドウさんって言う人に、シティに出向く事があったら会うと良いと言われてました……」
「メンバーのポケモンを救ってくれた方だったのですね。本当にありがとうございました。リンドウも心から貴方の誠意を喜んでくれていましたよ。何かお礼をせねばなりませんね……」
ユウスケもコユキに渡し舟の事を頼んでいた。
「2つの神器は揃っているんです。後は貴方が持っていると言う『海神の御霊』をツンドラタウンの神社に持っていくだけ……荒れ狂う海を鎮める事が出来るのは僕達だけだって言われたんです!」
「まあ、やはり夢のお告げは本当だったんですね!今の荒波を乗り越える事が出来るのは神器を集めた者達だけだと伝承にありましたが……
もしそうならこれで海の安全を確保する事が出来ます!先祖もきっと喜んでくれる事でしょう!……神器を見せて頂けませんか?」
それから1時間後、無事にポケモンを全員回復させた2人は夜にジムの前に集まる事を約束して、それぞれの場所に案内されていった。
ユキナリはトーホクのポケモンだいすきクラブへ。ユウスケはコユキの船着場がある家にだ。
「皆さん、我等がクラブのメンバーを救ってくださった英雄の到着ですよ!」
スイセンがそう言うと、広い部屋の中にいたメンバー達が拍手でユキナリを迎えてくれた。
「いや、僕はただとても見過ごせないなって思って、当たり前の事をしただけです」
「その勇気こそが大切なのですよ。君は本当に良い心を持っている。感心な若者と言えるでしょうね」
「貴方がユキナリ君なのね?シティでは貴方の噂も結構流れていたのよ!何でも、疾風の如き勢いでジムを制覇しつつあるんですって?
まあ、この街のジムリーダー、トウコ様には苦戦すると思うけど……」
「サインくれよユキナリ君!君が有名になった時には家宝にする予定なんだ!」
思わぬ歓迎を受けてユキナリは戸惑ってしまった。街についた途端にこうまで歓迎されるとは……
「話によるとあの緑色の髪の少年も君と一緒に悪を撃退したそうですね。我々からの心ばかりのお礼を、どうか受け取ってください……」
そう言うとスイセン会長は、奥にある戸棚から何かを取り出すと、それをユキナリの手にしっかりと握らせた。七色に輝くパスポートだ。
「今は遠くの海が荒れていて運航はしていませんが、『高速船スターライン』に乗る為のレインボーパスです。これさえ持っていれば、何処のエリアにでも行けるでしょう
……まあ海外に渡る事までは出来ませんが……2枚分、君達にあげましょう。大事に使ってくださいね」
「港町であれば、何処のエリアの船着場にも行けると言う事ですか?」
「そうですよ。クチバシティやミナモシティ、キンブシティにも行く事が出来るでしょう」
(リーグでもし優勝出来たら、他のエリアにいるトレーナーさん達とも戦ってみたいなあ……)
見果てぬ夢……ユキナリは常に戦いを欲していた。バトルによって得られるものがとても大きく、自分をさらに強くしてくれる事を知っていたからだ。
純粋に、自分より強い者がこの世界にいると思うだけでワクワクしてくる。リーグの次は……エリアに出向いて自分の実力を確かめてみたい。
ユキナリは決心を固めていた。どんな辛い旅路が待っていようとも、乗り越えて見せると誓って。
絶え間なく雪が降る中、ユウスケとコユキは船着場近くの小屋に辿り着いていた。
「ここが『守』一族が代々使用している渡し舟の置き場所です。私の家の金庫に御霊があるのですが、まずは貴方の神器を確認させてもらいましょう……」
小屋の中は暖房が入っておらず、少々寒かったがユウスケは驚いてそんな寒さを感じる余裕が無かった。立派な渡し舟が小屋の中にどかっと置いてあったからだ。
それは木材で出来たものであるにも関わらず、触るとまるで金属の様に固かった。客と船頭合わせて12人程は乗れそうである。ユウスケはこの固さのワケを尋ねてみた。
「ツンドラタウンにある『神樹海』の神木を材木として利用したものです。もともと鉄の様に固いのですが油に浸す事でさらに強固で、頑丈なものになります。ただし炎には弱いんですけどね」
拳で叩くと拳の方が痛くなりそうな程固い。だがこんな渡し舟で、本当にツンドラタウンまで辿り着けるのだろうか?だがコユキはユウスケの不安を察したのかこう言った。
「怖がる事はありませんよ。今まで一度として転覆した事はありません。私達一族にはシンリュウ様のご加護がありますから……荒波だろうと同じ事ですよ」
「この舟で、ツンドラタウンまで行くのか……高速船は運航していなかったし……」
高速船乗り場は船着場とほぼ同じ位置にあって高速船が停泊していたのだが、ツンドラタウンに向かう途中、酷い嵐に巻き込まれて危うく転覆しかけたのだと言う。
ほうほうのていで引き返してきたそうなのだが、この舟ならば『シンリュウ』の加護を受けて沈まないと言う事なのだろうか……
「えっと……とりあえず、もう1度しっかり私自身の目で検分したいと思います。神器の2つを取り出して、私に見せてください。本物ならば御霊をお貸ししますので……」
ユウスケはリュックの中から『釣竿』と『斧』を取り出した。あらかじめユキナリにも言っておいたのでリュックの中には両方の神器が入っている。あの時よりも紫色の斑点が目立っていた。
「……確かに本物です。邪悪な『毒』によって色が変わっていますが……この毒は相当強力な呪いがかけられている時にしか現れないモノ……
何者が、この荒波を引き起こしたのかもしれません……」
ユウスケは口をあんぐりと開けた。イミヤタウンのニュータウン計画故に異変が起こったとトコヨは言っていたが、そうではなく、何かが作為的にその嵐を作り出した可能性があると言うのだ。
「3種の神器がツンドラタウンに再び奉納される事を恐れている者がいるのかもしれません。邪悪な魔力は聖なる光によって大幅に力を失いますから……闇を繁栄させる為の陰謀かも……」
暫くコユキは考え込んでいたが、顔を上げると微笑む。
「あ、申し訳ありません……何時までもここにいるワケにはいきませんよね。私は自宅に戻り『御霊』を出しておきます。
明日の朝ココに来ていただければ、出発の日取り決めや御霊の受け渡し等を行いますので必ずもう1人の方にも来てもらってください……」
ユウスケはコユキと別れた後、ジムの前で再びユキナリと合流した。既にポケモンも回復しているので準備は万端と言った所である。
ユキナリの方はポケモンクラブの方々から2人の夜食にと豪華な弁当を貰っていた。2人分キッチリある為、今日2人で食べてしまおうと思っていたのである。裏手に回るとトレーナー用の宿舎があった。
「明かりが付いてるね。誰か僕等の他にもトレーナーがいるのかな?」
宿舎は5つ程あったが、その内の1つには既に明かりがついている。誰がいるのか気になったユキナリは宿舎のドアをノックしてみた。ドアが開く。
「お前達……トレーナーだな?宿舎に来たのとその格好ですぐに解ったぞ」
中にいたのは胴着を着た黒髪の女性だった。メグミとは違い雪の様な白い肌をしている。長い黒髪は肩どころか彼女の胸の位置程までに伸びていた。
純白の胴着とは対照的な黒帯を付けている。武道を極めた者の証となる黒帯だ。
「私はトウコ。このジムのリーダーを任されている……このザキガタシティは海から多くの猛者が来て集う場所故、相応の力を持った者しか私には勝てん」
鋭い目つきは威厳と同時に相手へプレッシャーを与える為故意にしているのだろうか。厳しそうな女性だった。見ただけで、その『強さ』を思い知らされる。
(少なくとも、トウコさん自身は切磋琢磨していそうだ……胴着の上からでも筋肉が確認出来る……細い体を締め上げただけだから、男の人程はついていないけど……)
「お前達の名は何と言う」
「ポケモントレーナーのユキナリです。こっちが親友の……」
「自分の名は自分で名乗れ!」
一喝され、動揺するユキナリであったが、慌ててユウスケがフォローに回った。
「お、同じくポケモントレーナーのユウスケです。よろしくお願いします!」
「……それで良い。男たる者自らの言葉には責任を持たねばならないからな。私も男に生まれていたらそうしただろう。父上も男子として完成されている……」
トウコはほうっと息をつき、ユキナリ達を宿舎の中に入れると入れ替わりで外へ出た。
「このジムは自らの精神、体力を養う道場も兼ねている。そちらの方は父上が道場主であるから一度見てみるが良い。学ぶものも多々あろう……
私と勝負したいのならばまず父上の門下生達と戦ってみるが良い。見事勝ち抜き、父上から挑戦権の証である札を受け取ったならば、私はお前達と全力を尽くし戦おう。お前達の挑戦を楽しみに待っているぞ……」
そう言うとトウコは踵を返してジムの方へと戻っていった。緊張が切れ、そのままがくんと床に尻をつく2人。これ程までに厳格なリーダーだとは思っていなかったのだ。
「はは……ちょ、ちょっと厳しい人だったね……怖い位に……」
「あんまりいないよ、ああいう自分にも他人にも厳しい人。機嫌を損ねない方が良いかもね……」
かくとうタイプのジムリーダーとは言え、そのリーダー自身も格闘家の誇りに満ちた女性であった。さっきの言葉からすると、どうやら明日、『父上』に会ってみた方が良さそうである。
「僕はスイセンさんの所に行ってレインボーパスを2人分貰ってきたよ。ユウスケは?」
「コユキさんと一緒に船着場まで行ったよ。ツンドラタウンへ渡る為の舟も見てきた」
「それで……大丈夫かなあ?『そらをとぶ』でも辿り着けない程の嵐だって……」
「バラバラにはならないだろうけど、転覆する可能性は捨てきれないね……明日の朝、ユキナリ君も連れて一緒に来てくれって言われたよ。御霊を見せてくれるって言ってたし……」
今はまず、トウコに勝ってからの話である。かくとうタイプのトウコにはエスパータイプやひこうタイプの技が効果的だ。アオイに貰った技マシン『エアロブラスト』が頭をよぎる。
(エアロブレイクになったヒザガクンに、もしかしたら覚えさせる事が出来るんじゃないかな……)
シャワーを浴び、スイセンさんに貰った弁当をレトルトの代わりに取る。パジャマに着替え、歯磨きをしてさて寝ようか……と思った時、電話がかかってきた。
まだ眠くはなっていなかった為、ユキナリが電話に出る。ポケギアテレビ電話の画面に映ったのは、ミズキだった。
『よう!元気にしてたか!ジムの仕事が忙しくてよ。こんな時間になっちまった。ま、勘弁してくれや!ガハハハ……』
快活な笑い声に2人はほっと溜息をついた。ミズキと話をする方が気分が楽で良い。
「ミズキさん、お久しぶりです!僕達はもうザキガタシティに到着してますよ!」
『ああ、お前達の知り合いっつーか、あの若い奴がいただろう。短パン姿の。
あいつに今お前達が何処辺りにいるかなと聞いたらそう言ったんで、急いで電話しないとと思ったんだよ。ツンドラタウンに着く前に言っておいた方が良いと思ってな』
ホンバ助手の事だろう。シオガマシティでは彼とある程度行動を共にしていた。
「それで……何ですか?用事って……」
『おう、それなんだがな、ちょいとノロケ話が入る……コレを見てくれ』
そう言うとミズキは写真を画面に見せる様にした。綺麗な若い女性が微笑んでいる。麦藁帽子を被り佇んでいるその女性は何処と無くナギサに似ている様な気がした。
『……俺の家内だ。コレはずっと若い頃のモンだがな。風景を見てくれ。綺麗な海だろ……雪が降っていても青く輝く海だ。新婚旅行の思い出だった……ホッカイの砂浜さ』
ホッカイと言えば、ツンドラタウンがある島だ。そこに2人は行こうとしている。
『今となってはジムリーダーの仕事があって旅行も出来ねえ。だが、今海がどうなっているかどうしても気になっちまってな。お前達に写真を撮ってきてもらおうと思ったワケよ』
ミズキは頭の後ろを手を当てて苦笑いを浮かべた。大した用事でも無いのにすまないと言った表情だ。だがミズキの世話になった恩を返す為にも、2人は是非ミズキの願いをかなえてあげようと思った。
それに別段難しい事でも何でもない。インスタントカメラで写真を撮ればいいだけの話だ。2人はミズキに必ず写真を撮ってくると約束した。
『センターで俺の荷物管理ページにアクセスして、写真をこっちに転送してくれ。別にお礼が無えワケじゃねえぞ。つい最近この秘伝マシンが手に入ってな……』
ミズキは画面に『なみのり』と記された背負い式の秘伝マシンを見せた。
「うわ、秘伝マシンじゃないですか!誰がこれを?」
『俺の知り合いに釣り好きな爺さんがいるんだがよ。そいつが『ユキナリ君に渡して欲しい』って言って置いていったんだ。タダで渡すのもちょっとな……と思ったんだが』
「タイコウさんだ……やっぱり僕達の事を案じてくれてたんだなあ……」
『まあ……それはもういいとして、お前達……トウコに勝つ自信はあるか?』
「アオイさんに貰ったエアロブラストを、使う時が来たと思ってます」
『ひこうタイプだな。俺もアオイにゃ負ける……俺の切り札がニョロボンだから尚更だ。そんな理由でトウコの父親とも適当に連絡を取ってるワケよ。
道は違えど、ひたすら高みを目指して頑張っている事に関しては同じだからな』
「トウコさん、女性トレーナーにしては随分厳しい方ですね……メグミさんは勝気で快活で、まだ話しかける事が出来たんですが……正直怖いです……」
『まあしゃあないわな。父親があんな厳格親父だったら娘だって固くなっちまう。俺はあそこまで娘を追い込む必要は無えと思うがな。確かに強くなくてはいけない理由はあるが……
ユキナリ、紫炎拳って知ってるか?数々ある武道の流派の中でも有名な一派が使う拳だ』
「紫炎拳……?」
「ユキナリ君、博士から聞いた事があるよ。人間がポケモンと対等に戦う為に編み出した格闘技の1つだって……体力と精神力が通常レベルを超えていないと無理らしいけど」
『俺達の周りには『オーラ』と言うモノが存在する。それは気持ちによって強くなったり弱くなったりするんだ。激昂すればオーラは強くなるし、落ち込めばオーラも弱くなる。
ポケモンはその『オーラ』により技を出している時もあるのさ。ナイトヘッドやサイコキネシスなんかがそうだ。人間も同じ様に鍛えれば、ポケモンの技を使える……』
「じゃ、じゃあ……その格闘技はポケモンの技を人間が使って……」
『いや、もっと単純なものだ。精神力を統一させ、オーラを拳に集中させる。そして一気に爆発させる事によって、拳から紫色の炎を放つ事が出来るんだ。当然攻撃力も倍増する』
「そ、そんな技を人間が……」
『トウコはその紫炎拳の正統伝承者だ。親父のエンカイがそうだったからな。男子に恵まれなかった奴は、娘であろうとも人智を超えた格闘技を伝承させる事は可能と考えた。
つまり、女性でも男性に勝てる合気道の様なモノなんだな、紫炎拳ってのは』
「人間が、ポケモンみたいに体から炎を出すなんて……」
『そりゃ俺もそんな事出来やしねえと思ってたぜ?でもな、奴は実際に使ってるんだ。娘もな。むしろ精神力の統一こそ極意と言っていたから、お前も使える……かもしれねえ』
これが全く知らない人間からの話だったら信じる事は出来なかったろうが、ユキナリは信じた。ミズキは嘘をつく様な人間では無いし、嘘をつく理由も無い。
『明日にでもジムに行ってみな。あそこは道場も兼ねてるらしいが……道場破りは父親が、トレーナー挑戦は娘が引き受けているそうだ。
ま、タダじゃあ挑戦を受けてくれるとは思えねえが。きっと何かしら課題を出されるんだろうぜ。俺みたいにな』
「もう課題を出されてます。門下生と戦って勝ち抜けって……」
『門下生も侮るな。紫炎拳は門外不出の秘伝だから格闘技のみだろうが、その腕を使ってポケモンと稽古をしているハズだ。当然ポケモンも鍛え上げられている』
だが、それを聞いても尻込みするワケには行かなかった。海の安全を保障する為にも、リーグに挑戦する為にも、絶対にここのジムを避けるワケにはいかないのだ。
「ミズキさんと戦った時みたいに、全力を出せばきっと答えが返ってきてくれますよ!」
『へっ、言うじゃねえか。確かにあの時は負けちまったが……今度は負けねえ!また立ち寄る事があったら親善試合でもしようぜ!また、全力投球でな!』
「勿論ですよ!また戦いましょう……写真も忘れずに撮っておきます!」
『……楽しみにしてるぜ。あいつとの思い出の場所なんでな。ナギサもカイトも知らねえ、綺麗な思い出だ……今度は、あいつ等も連れて旅行に行ってみたいもんだぜ……』
「リーグは1年に1回、10日間だけ長期休暇に入るんだ。その時だよ、きっと」
最後のミズキの言葉は、豪快な何時もの調子とは違い、昔を懐かしむ様な寂しい響きであった。ユキナリ自身は彼の妻がどうして死んでしまったのかは解らない。
だが、それによりミズキの心に少しだけ穴が開いている事は解った。奥さんに成長したナギサやカイトを見せたいと思っているのだろう。だがそれはかなわない。せめて思い出の一片だけでも……
(約束しますよ、ミズキさん。必ず写真を撮って、ツンドラタウンの海を届けますから)
ユキナリだって是が非でもツンドラタウンに向かわねばならなかった。ホッカイと言う北方の島へ赴き、そこに神器を奉納したり、ジムリーダーと戦わなければならない。
「勝つんだ……何としても。勝たなきゃ何も始まらないんだから……」
新しく仲間として加わったバルキーを入れて完璧なチームは完成した。タイプが重なっている事はこれから無くなっていくハズだ。
6匹全員トレーナーとして責任を持って育て、共に戦っていかなければならない。布団に潜り込みながらそう真剣に考えていたが、ユウスケと同じ様に深い眠りへと意識は落ち込んでいった……
翌朝、8時12分に起床した2人はとりあえず朝食をとり、着替えるとリュックを背負って船着場近くの小屋へ向かった。宿舎の壁にもたれかかっている自転車を確認する。
「鍵もセットで付けてくれたのは幸いだったね、ユキナリ君」
「こんな良い自転車、簡単に盗まれちゃいそうだけどね。運が良かっただけなのかな……」
2人が小屋の中に入ると、既にコユキが中で彼等を待っていた。早速御霊を見せる。エメラルドグリーンの輝きを放つ、美しい宝玉であった。
中を覗き込むと炎の様なモノが舞っているのがよく見える。2つの神器を近付けると3種の神器は共鳴し合い激しく震えた。
「この中には海神であるシンリュウ様の魂が1部切り離されて眠りについていると聞かされています。つまり、シンリュウ様は今激しく動揺なされていると言う事……
なるべくなら早くに神器を奉納し、海を治めなければならないのですが……貴方達の事情もあるでしょう。そこでホッカイへ出向く為の日取りを決めたいと思っているのですが……」
「少なくとも、ジムリーダーに挑戦する為には何日か必要だと思っています」
「この日を入れ、3日の猶予があれば……ジムリーダーに挑戦し、勝つ事が出来ると思いますか?」
「今日、道場の門下生の方達と戦おうと思っています。勝てればきっと明日に試合が望めるハズです。ですから……多分、その計算で大丈夫だとは思っていますが……」
「解っています。間に合わなければ私が先に舟を出しますので、大幅に貴方達の予定が狂う事になるハズです。ですから、本来ならば間に合った方がお互いの為になると思いますが」
「……そうですね。貴方が舟を出して帰ってくるまでには時間がかかる。それまで足止めをくらう事になってしまうワケですから。何とか日程は合わせます」
「助かります……それでは、神器を私にお渡しください。出発する直前まで、共鳴により毒の除去を行いましょう……無論私も念を込め、出来る限り神器を浄化しなければなりません」
ユキナリ達が神器を渡すと、彼女は微笑んで2人を見やった。
「頑張ってくださいね……私も会っていますが彼女も貴方と同じ様に強い魂を持っている御方……勝てるかどうかは魂の強さによる部分も大きいと、私は考えます……」
穏やかな口調に、ユキナリはアオイの様な優しさを感じた。お礼を言うと小屋を出て次の場所へ向かう。勿論、ジムの『道場』で門下生達と会い、戦わねばならないからだ。
「押忍!」
「押忍!」
「両者挨拶を忘れるな!乱取り始めい!!」
ジムの入り口を通ると2つのドアがあった。『道場』と記されたドアをくぐると、男達の威勢の良い声が響き渡る。
白の胴着を着た格闘選手達の奥に、一際強そうなオーラを放つ男性が正座をしていた。女性の様に髪を伸ばしているが、眼鏡と長い顎ヒゲが印象的な顔はすぐに男だと解る。
口ヒゲも顎ヒゲも、ミズキの様に好き放題伸ばしているのでは無く、キッチリと揃えている事から、彼女と同じ様に厳格な人物なのだと言う事が窺い知れた。
「ポケモントレーナーのユキナリです!」
「同じくトレーナーのユウスケです!」
男達に負けない位大きな声でそう挨拶すると、奥にいた男性は微笑んだ。
「来たか……娘から話は聞いたぞ。他の者からもな。疾風の如き勢いでジムを連覇するとはなかなかの腕よ。今の若者には無いあっぱれな精神だ。
だが……やはり娘に挑むには若過ぎる!ある程度経験を積んだのかどうか……確かめさせる必要がありそうだな」
正座したままそう言った男性はピッと手を上げて門下生の1人を指差した。
「イゾウ、この者達の相手をしてやれい。ただし、使うのは1匹のみだ」
「解りました……それではまず、ユキナリと申したな。ここへ!」
門下生達が隅に寄ると前面畳張りの床が引っくり返り、あっという間にバトルフィールドに様変わりした。よく見てみると回復用のポッドも端に設置されている。
「ジムリーダーのトウコ様は4匹ポケモンを使用される。そこで、俺達と戦う事でエンカイ様はお前達の真価を確かめたいそうだ。準備を整えたいならば俺は待つ。
4人勝ち抜けたならお前達はエンカイ様に認められると言う事だ。解ったな?」
「は、はい……」
「回復用ポッドの横にPCがあるだろう。ポケモンを引き出すなり、技を覚えさせるなりした方が有利になる。弟子は皆私を越えるとは言わないでも、ポケモンバトルに関してはかなりの腕前だ。
まあそう言うと門下生達自身は納得出来ないだろうがな……」
「あ、当たり前ですよエンカイ様!俺達個人の腕は使ってるポケモンを下回るって事じゃないですか!」
「フッ……仕方があるまい。ポケモンの戦闘力は人間を超えたもの……それに近付こうとしているだけなのだから。ポケモンを越えられる人間はいないと言っても過言ではあるまいよ」
「エンカイ様……」
ユキナリはお言葉に甘え、早速PCにてポケモン達の調整を行う事にした。