第4章 7話『トーホクの重鎮』
ボールから出てきたドシャヘビは、相手のHPが減っている事を確認するとホッと溜息をついた。
『危ねえ所だったぜ。ガチンコだったら確実に負けてる所だ。だが……コレなら次に繋ぐ事が出来るかもしれねえ。マスター、俺に任せろ!』
属性的に不利なのは充分に解っているが、戦わなければならないのだ。
一方メグミの方はダグトリオに発破をかけていた。ココで負けるとかなり不利な状況に追い込まれる。何としてもココでドシャヘビを倒しておかなければならない。
「解ってるだろうね。アタイ達には手持ちが残されていないんだ。後はアタイの切り札だけさ……ココでアンタに勝ってもらわないとヤバイ事になる」
『解ってますよ……ただ、奴もかなり素早そうだ。さっきみたいにスピードで優位に立つ事は難しいでしょう。でも、勝ってみせますって!』
「ユキナリ君、何とかして勝ってもらわないと……」
「地の利を利用するんだ。ドシャヘビにもこの乾いた地面で活躍する術はあるに違いない!僕はそう思う」
2匹の試合はドシャヘビの猛攻から始まった。地面に潜って体当たりをくらわそうとしているダグトリオに必死に喰らいつこうと、恐ろしい形相で向かっていく。
「ドシャヘビ、そこでかみつく攻撃だ!ダグトリオの反撃を許してはいけない!」
『へへっ、解ってるさそんな事位……流石に俺の速さにお手上げか?』
「今だよ、敵は打撃でしか攻撃出来ない。地面に潜って地震を見舞ってやるんだ!」
『な、何ぃ!?』
『この時を待ってましたぜ姐さん!一気に勝負をつけちまいましょう!』
地面に潜って致命傷を与えようと一気に潜るダグトリオ。ドシャヘビは口を慌てて離すものの、ダグトリオと一緒に穴の中へと消えていく。
そのまま真っ暗な穴の中で何かが起こった。ユキナリとユウスケの立っている地面が物凄い勢いで揺れ始めたのだ。メグミは慌てずに構えている。
「安心しな、このジムは地震には特別強い様に作られてる。地震の度に脆くなっちゃあ、このジムを任された意味が無いからね……それより、ダグトリオは!?」
ポケギアを確認すると、ドシャヘビのHPとダグトリオのHPがゼロになっていた。両者地震と噛み付くで共倒れになってしまったのだろうか。
「出てこないね……しくじったのかもしれない。アタイも落ち目かな?」
それにしては変だ。ドシャヘビは先程穴に落ちる瞬間、口を離していた。地震でHPがゼロになったのなら、ダグトリオは先程の噛み付かれたダメージしか受けないハズだろう。
それなのにHPがゼロになっている。地震以外の何かがあったのだろうか?メグミはダグトリオをボールに戻し、状態を確認した。体中が水で濡れている。
「もしかして……ハスブレロが撒き散らしたあの水かな?」
完全に土が乾ききったワケでは無かったらしい。地下水の様に下に溜まり、その水溜りに落ちていったのだろう。ダグトリオも運が無かったとしか言い様が無い。
「攻撃以外の……まきびしの様な間接攻撃を繰り出すとはね。まさに地形を利用したあっぱれな勝ち方だったよ。まあ、アタイが諦めたとは思わない方が良い」
そうだ。切り札が強敵ならばユキナリにだって後は無い。ヒュードロが倒れてしまえば後に残っているのはナックラーだけだ。大して育ってもいないナックラーでは絶望的ですらある。
(ドシャベビが持ちこたえればまだ流れはこっちに傾いていたとも言えるだろうけど……)
地面タイプに関して『ふゆう』特性を持つヒュードロなら、地面の攻撃を簡単に跳ね除けられる。
「上手くいけば絶対に勝てる!ヒュードロ、任せたよ!」
ユキナリはボールを思い切りフィールドに投げた。メグミも最後のポケモンを投げる。メグミの切り札は……ドンファンであった。
「ユキナリ君、メグミさんには悪いけど……この勝負はもうもらったも同然だよ!」
地面タイプの技位しか覚えないドンファンとヒュードロなら、勝ちは見えている。攻撃が当たらないのなら尚更だ。だがメグミはそれでも決して諦めた表情をしてはいなかった。
(メグミさんには何か策があるに違いない……とにかくチェックだ)
『ドンファン・岩の様に固い鱗の様な体は、意外と柔らかい部分もあり、ダンゴ虫の様に丸まって体当たり攻撃も出来る。牙はダイヤモンドの様に硬いが、それ故に脆い事も……』
特殊能力のチェックを行う。
『特殊能力・まるまり……『ころがる』攻撃で防御力が上昇する』
(待てよ、転がるはいわタイプの技だ……ふゆうを持っていても、結局は普通に効くじゃないか!)
「飛んでいるからって調子に乗ってないかい?アタイのドンファンは『がんせきふうじ』も覚えてる。アンタのポケモンの素早さを下げてから、防御力を上げてじっくり攻めるとするさ……」
『グブルルル……俺を甘く見るな……』
前足を蹴って砂を飛ばし、ヒュードロに対して威嚇するドンファン。だが空こそが最大の領域であるヒュードロにとっては、この戦いが有利になる事は確実だと思っていた。
『攻撃を避けて攻撃するだけさあ〜。ボクの強さを見せられる最高のチャンスだよ〜♪』
「オッケー……ヒュードロ、勝てるんだね?僕は君を信じるよ。ココまで来たんだ。3人の思いを背負って、僕は貴方に勝つ!」
「アタイ相手にココまで来たんだ。本当に凄いトレーナーだよ、アンタは。でもね、アタイにも背負ってる者がある。
自分自身の誇りの為にも、アタイだって負けるワケにはいかないのさ!」
兄貴達が一斉にメグミに向かって拍手を送る。ユキナリの方は、ユウスケが肩を押してくれていた。
(ライバルとかじゃなくて、僕は自分の親友に後押しされているんだ。ユウスケだってこれからメグミさんと戦うプレッシャーはあるハズなのに、それでも僕を応援してくれている。
勝たなければ、勝たなければならないんだ!)
「ヒュードロ、シャドーボールを連続で撃ってドンファンの動きを封じるんだ!」
「ドンファン、転がってシャドーボールを蹴散らしな!そのまま一気に体当たりをかますんだ!」
その命令に合わせて2体は同時に動き出した。上空でシャドーボールを作り出し、相手に向かって放つ時には既に体をギュルルルと回転させ、ドンファンが攻撃を全て弾いていた。
『なかなかやるね〜。でも、波動を受ける事は出来るかな〜?』
「そうだ、ヒュードロ!そこでハイパーボイス!」
空中に飛び上がって体当たりをくらわそうとしていたドンファンは、その強烈な音の波動から逃れる為に周囲を回転しまくった。地面の砂が舞い上がり、土煙が超音波を無力にしてしまう。
さらに、土煙は霧の様になって地面の様子をすっかり隠してしまっていた。ヒュードロは目でしか相手の動きを認識していない。ユキナリが命令する事で位置を把握する事が出来た。
「ヒュードロ、後ろから来るぞ!」
だが、反射神経の速さでヒュードロを超えられるポケモンはそうそういない。
完全に無防備な背中を攻撃しようと飛び掛ってきたドンファンを横っ飛びで避けると、その瞬間に特大のシャドーボールを作ってぶつけた。
その衝撃でジムの壁に叩きつけられ、一瞬完全に気を失ってしまうドンファン。そのチャンスを逃すまいとさらに連続でシャドーボールを投げ続ける。
だが、ゴースト属性の技は効果抜群と言うワケにはいかなかった。HPを2/3削った所でドンファンは目を覚まし、その直後に『がんせきふうじ』を繰り出してくる。
巨大な岩がシャワーの様に次々とヒュードロ目掛けて降り注いできた。だがその攻撃もヒュードロにとっては止まっているみたいであった。楽々避けてみせる……
しかし、ドンファンの強さはココにあった。避けるだけで精一杯になるヒュードロに対して、またもやころがるを使ってきたのだ。
避ける位置が限定される事を予想して狙った一撃が、見事にヒュードロの体を直撃する。とは言っても最初の攻撃だ。そこまでのダメージは無い……が。
「フフン……1発当たればこっちのペースさ。地獄のコンボを味わいな!」
当たった瞬間によろけたヒュードロに岩が当たり、素早さが鈍った。動きが遅くなったヒュードロに追い討ちをかけるかの様にころがるがまたヒットする。
勿論技の特徴により攻撃力が増していた。連続でどかどかところがるをくらい、ヒュードロのHPが減っていく。
「黄色、赤……ああ、もう1発当たったら……あれ?ユキナリ君……見てよ!」
「ヒュードロ……捨て身で最後の攻撃を仕掛ける気だ……」
『……空は……ボクの領域さ……勝とうと思うなんて、結構甘いよ〜……』
眼前に見えたドンファンに向かって、ヒュードロは捨て身の一撃を放った。超巨大に膨れ上がったシャドーボールと、喉を潰さんばかりのハイパーボイスが同時に炸裂する。
いや、ほぼ同時だった。シャドーボールによって吹き飛んだドンファンにとどめを刺す形で、ハイパーボイスの衝撃が体全体を覆いこむ。その瞬間、ドンファンのHPはゼロになった。
『まだ……ボクのHPは残ってるよ〜……』
フラフラとユキナリの方へ倒れこむヒュードロを抱きしめて、ユキナリは涙を流した。
「本当に有難う、ヒュードロ……勝てた、勝てたよ!」
「参ったね……負けるなんて思ってなかったよ。確かにアンタを認めはしてたんだが……」
「その時に、もう負けてたんじゃないですか?姐さん」
「……そうかもしれないね。実力を認めちまったから、花を持たせちまったのかも……まあ、負けは負けだよ。アタイも力を出し切った。それで負けるなら仕方が無いさ」
兄貴達に励まされながら、メグミは苦笑してユキナリにバッチを手渡した。
「アタイに勝った証、ドリルバッチだよ。ココが丁度リーグに挑む為の中間地点だね。
この街ではアタイが一番強いけど、リーグには、アタイじゃどうしようも無い程強い力を持った奴等が5人もいる。そいつ等を倒して、爽快な気分に浸ってきな!」
メグミはユキナリの頭を撫でてやった。ちょっと恥ずかしそうに照れ笑いするユキナリ。その時、ほぼ瀕死状態になっていたヒュードロに変化が起こった。
「そろそろ、確かにヒュードロも進化する頃だとは思ってたけど……」
閃光に包まれ、体が一回り大きくなった。青色の髪も生えている。
『やった、ボク進化したんだね〜!これからもマスターの為に頑張るよー!!』
「名前も変わってるハズだけど……ヒザガクン?随分変な名前になったなあ。」
『大丈夫大丈夫。ボクはもう一段階進化するから、その時にはまともな名前に戻るよ』
「そうなんだ。最終的には……へえ、ヤナギレイって言うポケモンになるのか……」
『ヒザガクン・幽霊ポケモン……夜道にて人の膝を砕いて喜んでいる悪戯ポケモン。ハッキリした名称が思い浮かばなかったのか、公式にこの名前で通用している。
妖力と素早さは他のゴーストポケモンの追随を許さない。強力な特攻能力を持つ』
「特殊能力は、何になるのかな?」
『特殊能力・エアロブレイク……ふゆう状態。さらに格闘ポケモンに攻撃すると攻撃力アップ』
「エアロブレイク……ふゆうの特殊能力は引き継ぐんだ……」
メグミはポケギアを見ていたが、はにかんだ感じで笑った。
「引き当てたね。良い特殊能力じゃないか。アタイの次に挑んでくるのはかくとうタイプ使いのトウコだよ。このポケモンがバトルの主軸になってくれる」
(トウコさん……今度も女性のジムリーダーみたいだな……)
ユキナリの方を向いてメグミが指をさした方向には黄土色の扉が見える。
「それと……技マシンだね。今アイツ達が取りに向かってるよ」
兄貴達が運んできた『あなをほる』技マシンが与えられ、その後でユウスケとメグミの試合が行われた。元々草は地面に対して有利だった事もあり、ユウスケも勝利。
その後2人は宿舎に戻り、次の街への出発準備を整えていた。あっという間に夜になってしまう……
「ちょいと邪魔するよ……何だい、もう次の街へ行く準備をしてるんだね」
8時頃、仕事が終わったのか宿舎にメグミが訪ねてきた。リュックの中身を整理していたユウスケとユキナリは顔を上げて笑う。
「はい、ツンドラタウンへ行って……トコヨさんに頼まれた仕事を終えなくちゃいけないので」
「バアちゃんに?それは随分難儀な仕事だね。うちのバアちゃん。自分に出来ないからって大層な仕事を毎回押し付けるモンだから皆にはあんまり良く思われてないんだよ」
「でも、シンリュウを鎮めなきゃいけないって言う大事な仕事らしいので……」
「ホントにいるかどうかも怪しいけどねえ。最近口煩くなるばっかりで、アタイの事なんか考えも、心配もしてくれてないって感じでさ……」
2人が顔を見合わせたのを見て、メグミは苦笑した。
「……いや、別にね。アタイバアちゃんの事嫌いなワケじゃないんだよ。でも……昔みたいに本気でアタイの思いを理解してくれる事が無くなってさ。
アタイが本気で、正しいと思った事に対しては暖かい目をしてくれてたんだ。だけど……」
メグミは断固とした口調でこう言った。
「ニュータウンの計画に関しては、もうアタイが中止すれば良いなんて言う生易しい問題じゃ無いんだ。タウン皆の思いを一心に背負ってる。
ココが賑やかになれば皆だって嬉しくなるし、交流によってシオガマシティの人達がザキガタに行きやすくもなるんだよ!」
そこには決意の表情があった。賛成も反対も出来ない立場であった2人には、最早どう言う事もほぼ不可能であったが。
「次の街は賑やかな場所さ。港があるから交通の要でね。人も多い。次々に新しい情報が入ってきて、皆の生活が潤っている。
ザキガタシティは海が見える街だけど、ま、海水浴なんて洒落た真似は出来ないねえ。入ったら凍死しちまう」
ユキナリとユウスケは顔を見合わせた。冗談だろうが、ツンドラタウンへは否が応にも船を使って行かなければならなくなる。
どちらの手持ちにも、『そらをとぶ』を覚えそうなポケモンがいないからだ。いや、いたとしても1回来ている街にしか飛べないのだ。何らかの交通手段を用いて、海を渡る以外に道は無かった。
「メグミさん。今日の戦い、お見事でしたよ。僕ももっと、自分らしい戦いがしたいと思っていますから。貴方の戦いはまさに『自分の戦い方』でした」
「よしてくれよ。アンタの方が、それを上回る力を見せ付けたんだ。特にアタイの戦法を逆手に取った作戦は凄く良かった。
相手を翻弄させればそれだけ自分が有利になるって言う事を、アンタはそれだけ解ってるって事だと思う」
メグミは他のジムリーダーと同じ様に強かった。追い詰められた時に思うのは、戦ってきた人達の決意に満ちた表情。負けたくないと言う強い信念。
ユキナリがそれを受け継いで、戦っていこうと思いココまで来れた。進まなくてはならないのだ。
「ユキナリ君。中間地点まで来て結構ホッとしてるんじゃない?こんな遠い所まで来たんだからさ。お母さんにでも連絡してみたらどうかな」
ユウスケの提案には賛成だった。母親も心配しているだろうし、何より自分の近況を一番大切な人に聞いてもらいたかったからだ。
ポケギアの電話に繋ぐと、テレビ電話に切り替わり、画像が送られてくる。泣きボクロが印象的な何時もの彼女だ。
『あら、ユキナリ……貴方だったの。さっきホクオウからも電話を受けたわ』
「兄さんから?……母さん、今僕が何処にいるか解る?イミヤタウンだよ。もうメグミさんに勝って4つ目のバッチを手に入れたんだ!」
『……博士から色々聞いて心配していたけど、やっぱりお父さんの血なのかしらね。そこまで遠くに行って、戦っているなんて……本当に昔を思い出すわ』
ユキナリの母親には、ユキナリの後ろにいるユウスケとメグミが見える様であった。
『メグミさん……ですか?貴方が』
「アタイがメグミだけど。聞きたい事でもあるのかい?」
『……夫を……見かけませんでしたか』
「アンタの夫?名前は何て言うんだい。ユキナリの父親って事だね」
『ヒョウガ……いえ、旧姓の方が解り易いでしょう。アオヤマ……です』
「アオヤマ……!?な、成程……通りでアタイが負けるハズだ」
メグミはユキナリの方を見ると悔しそうにそっぽを向いた。
「アオヤマさんが……こっちに来たって言うんですか?」
『ホクオウが、『父さんを見た』って言ったのよ……普段は滅多に私になんか電話をかけてこないものだから、おかしいなとは思っていたんだけれど……』
「父さんが、こっちに来た……?」
トーホクでは知らぬ者がいないと言われている伝説のトレーナーがいる。その実力はあの少年、レッドにも勝ると噂され、連戦連勝。
リーグを制した後トレーナー復帰宣言をし、ユキナリ達の下へ帰ってきた。だがユキナリが父親の顔を覚える前に、雪崩に巻き込まれて行方不明になっていたのだ。
勿論当時は死んだとされていたし、ユキナリも父親はもうこの世にいないものと思っていたのだが……それは、本当にユキナリの父親なのであろうか。
『もし、そうだと解る人がいたら……メグミさん、私に教えていただけませんか。夫が生きているのであれば、どうして家に帰ってこないのか解らないんです……』
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。アタイは確かにアオヤマの顔は知ってる。でもあの事故からかなり経つんだ。
生きていたとしても顔だって随分変わってるだろうし、第一、息子かその友達が顔をしっかり覚えているモンだろう!」
「……僕達、父さんの顔、全然見た事無いんです……昔のアルバムとかでも。写真が嫌いみたいで、母さんも結局父さんの顔が解る物を持てはしなかった……」
「……まさに伝説だね。いや、アタイもそうなんだ。実際にこの目で見ただけで写真とかで見た覚えは全然無い。ラジオやテレビへの出演依頼もまとめて断ってたらしいし」
そう、完全に謎に包まれたトレーナーだったのだ。長く付き合っている者にしか、もう彼だとは把握出来ないかもしれない。それほどまでに人の前に姿を現さない男だったのだ。
「とにかく、この街での情報網はアタイが掴んでるんだ。何かそういう情報が入ったら、真っ先に伝える事にするよ……ユキナリ、アンタのポケギアちょっと貸して」
ユキナリからポケギアを受け取ると、メグミは早速電話番号を登録した。
「何かあったら連絡するから、アンタからアンタの母親に伝えてやれば良いよ」
「あ、ハイ!ありがとうございます!」
『ユキナリ、寂しくなったら何時でも電話してね。母さんも1人で寂しいの……2人とも、リーグにかける情熱があるわね……本当に昔のあの人を見てるみたいだわ。気を付けて……』
電話を終え、さらにユキナリは自分の父親の事を知りたいと質問した。
「本当に父さんは強かったんですか?あの……レッドさんみたいに……」
「伝説のトレーナーと呼ばれていた程だからねえ。あのレッドだって、そう呼ばれて贔屓されてたけど今じゃ何処を旅してるのか。気の向くままに諸国を漫遊してるって話さ……
アンタの父さんも、生きていれば同じ様にしてるんだろうね。家に帰らないのは、何か帰れない事情があるからなのかも……それとも、今更帰るのは辛いとか」
「父さん……生きているとするならば、何処にいるんだろう……」
ユウスケも、実の息子であるユキナリですらも知らない父親。そうやって強いと言われていた事だけしか知らない人物に、父親と言う感情を抱けるのであろうか。
ユキナリが思い返していたのは、顔をしっかりと覚えている兄の事であった……
「これ程までに、強いとは……!」
「悪いな。俺の目指している場所は……ココより遥かに遠いモンでね」
ホウオウはパートナーのポケモンをボールに戻し、しっかりと相手を見つめた。メグミよりも少し年上であろうか。
対照的に白い肌が目立つ柔道着姿の女性は、諦めたと言う風にバッチを投げ、それを彼はしっかりと受け取った。
「素晴らしい。技の切れ、相手を翻弄する戦略……そして何より勝利へのあくなき欲望……全て私よりも上回っている。だからこそ強い」
「まあ……ココまで来ると一筋縄ではいかないな。アンタには少し梃子摺った。もっと強い奴が待っているんだろう?楽しみになってきたよ……」
目深に帽子を被ると、ホクオウはそのままジムを去ろうとした。
「ま、待ってくれ!お前の名は何と言う!」
「……ホクオウだ。もしかしたら、このエリアでは知らない者がいない名前になるかもしれない。覚えておいてくれ……」
翌朝、ユキナリとユウスケはポケモン達の成長を確認していた。これからもっと強力な敵が待ち構えているだろう事を考慮して、さらなる戦闘力の上昇を狙う。
かと言って、レベルアップする為には誰かと戦うほか無いのだが。
「僕の主戦力は今の所ナックラー、ヒザガクン、ハスブレロ、ドシャヘビ、コシャクの5匹だ。コヤマタウン以降使用頻度が減ったジグザグマはベンチ入りになる」
「ユキナリ君。ザキガタシティのトウコさんとはまだ4VS4バトルだけど、先の事を考えるとあと1匹は主戦力になるポケモンがいた方が良いね。
僕もボタッコ、コボク、モンジャラ、マドラゴン、トロピウスが仲間になってくれているから、ザキガタシティに着く前にはあと1匹でも仲間になってくれると心強いんだけど……」
そう、あと1匹のメンバーが主戦力になれば、その時点でリーグの攻略法が決まってしまう。タイプに応じたポケモンを使用しない事には、勝ち上がる事など到底無理だからだ。
「四天王と覇者は全員6匹ポケモンを持っている。それぞれ部屋に回復用のポッドがあるけど、1人にでも負けてしまったら挑戦権は剥奪。
また1からジムを回らなければならないんだ。厳しい戦いになるけど、僕達ならきっと5人に勝てる!ハズだよ……」
ユウスケも流石に不安を隠せない様子であった。四天王はジムリーダーとは格が違うとまで言われている者達だ。
その中には、伝説のトレーナーをも上回るとまで噂されている人物もいる。それ程の猛者に挑んで勝てるのだろうかと言う不安であろう。
「自分と仲間を信じて、今は前進しよう。メグミさんだって応援してくれるハズだし……」
「そうだね。僕達を後押ししてくれている博士や、沢山の人達の為にも負けられないよ!」
イミヤタウンのニュータウン建設は滞り無く大きな峠を越えた。遂にニュータウン計画の象徴とも言うべきビルが完成したのである。
これからはこの完成を皮切りに、次々と人々の交流となるべき施設を建設していくのだとメグミは言った。だが、その表情は祖母との確執故か少し寂しそうにも見えたのだが……
「アタイはココで、コイツ達と一緒に建設の指揮を取りながら、これからもジムとの兼任を果たすよ。アンタ達の活躍が生で見れないのは少し残念だけど……」
「何か伝える事があったら、僕のポケギアに何時でもアクセスしてくださいね。母さんも、父さんの情報を少しでも多く知りたがっているみたいなので……」
「解った。何かあったら真っ先に伝えてあげるよ。アンタ達も何か見つけたらすぐにアタイに教えな!解ったね!!」
「ハイ、姐さん!」
ダンジョンから1発で抜け出せる技『あなをほる』は、地面タイプのナックラーが既に習得しているものの、便利な技である。2人はとりあえずパソコンに預けた。
草タイプしか持っていないユウスケにとっては、ほぼ無用の長物だったのだが。タウンの出口にはトコヨも来ていた。ニュータウンのビルを眺めながら、祈りを捧げている。
「雪神様の冒涜によりシンリュウが荒れておる。影に隠れた神社は災いをもたらす元凶となろう……ユキナリよ。
その斧と釣竿、決して失うで無いぞ!御霊と共鳴させ、荒ぶる神を鎮めるのじゃ!お主ならばきっと出来る!」
ツンドラタウンまではまだまだ遠い。だが出来るだけトコヨの願いを聞き届けてあげなければと思っていた。
2人とも、この願いがとても神秘的だが現実に起こりうる事だと信じていたのだ。現に災いは訪れていた。カオスの来襲、そしてリッパーの爆弾騒ぎだ。
ユキナリ達の活躍が無かったら、イミヤタウンのポケモンは根こそぎ奪われ、この街全体も灰燼に帰していた事だろう。
そう思うとゾッとする。これ以上の悪夢を防ぐ為にも、何とかして神器を持っていかなければと思っていた。
センターでポケモン達の回復を既に済ませていた2人は、メグミ達と別れ、次の目的地ザキガタシティへ向かっていた。
現在51番道路からペンペルの洞穴を抜け、52番道路を経由してシティの玄関口へと進む最短ルートを進んでいる。
「洞窟の中にいるポケモンは、まだ捕まえてないよね。タイプが被るのも戦いでは不利になるし……まずは洞穴に入って、探索してみよう!」
「まあ、いざとなったらナックラーの技で洞穴の入り口まで戻れるからね。でも、洞穴の中に草タイプのモンスターなんているのかなあ……」
ユウスケの不安は当然であった。氷の洞穴と呼ばれている岩と氷だらけのダンジョンの中に、果たして植物の1本でもあるのであろうか。非常に疑問である。
「それにしても、誰とも出会わないね。僕達みたいなトレーナーが同じ道を通っていたとしても全然おかしくないと思っていたんだけど……」
ユキナリの言葉通り、雪の降る51番道路には人気が全く感じられなかった。驚く程寒くて静かである。静寂の中、2人のズサッズサッと言う足音だけが響く。
「洞穴の中が、暖かければありがたいんだけどなあ……」
「そうだったら苦労しないよ、ユキナリ君……でも僕もそう思う」
2人はとりあえずこの寒さを忘れようと、親友同士の楽しい話し合いを始めた。物心ついた時から一緒にいた仲なので相手の事は何でも知っている。
それだけに腹を割って話せる唯一の友達でもあるのだ。そうやって話しながら歩いていると、1人、同じ方向を歩いている登山者ルックの男が見えた。
やっと人を見つけたと、2人は喜んで男に話しかける。
「良かった、僕達だけが歩いているので……道を間違ったのかと思いましたよ!貴方もザキガタシティへ向かっているんですか?」
振り向いた男は見事なまでのヒゲ面であった。ミズキと良い勝負だ。だがミズキより大分面長な顔に、鋭い目がしっかりと彼等を見据えている。
その鋭さの中に、何故だがユキナリは暖かさを感じた。
「ああそうだ。私も同じ場所を目指している……君達はトレーナーかな?」
「ハイ。僕はユキナリ……こっちが同じリーグ挑戦者のユウスケです」
その名前を聞いた時、彼の顔が変わった。少し驚いている様でもあった。
「ユキナリ……か。良い名前だな。私の名はアオヤマ。あても無い旅を続けている。このトーホクで成さねばならん事は沢山ある。それを探している最中と言うワケだ」
「アオヤマ……!?」
ユウスケは彼の顔をまじまじと見つめた。ユキナリもハッとして彼を見る。
彼こそが、伝説と呼ばれたユキナリの父親なのか。その一瞬、降る雪の勢いが強くなった様に感じられた。もしかしたら彼の方もとっくに気が付いているのかもしれない。
「……アオヤマさん。いや……父さん。何故、家に帰ってきてくれないんですか?母さんが貴方を待っている。貴方は……母さんや僕に必要とされている人間なんだ!!」
「……やはりユキナリだったか。私は帰れないよ……どの面を下げて帰れると言うのだ。
家庭を顧みずにただ勝負にだけ固執して生命の危機に晒された私だ。それに、死んでいるとされた方が私にとっては好都合なのでな……
ちやほやされる事も無く、ただ純粋に勝負に挑む事が出来る。だから私はあの時から姿を消した。まだ、最強に固執している……」
「父さん、僕は貴方を探していました。でも、父さんがそうやって帰りたくないと言うのなら……父さんの大好きな勝負で、父さんの道を決めましょう!僕が勝ったら、家に戻ってください!」
「大きく出たな。流石は父さんの息子だ……ユキナリ。私の実力を知らないワケではあるまい。トーホクでは名を馳せた私が、トレーナーに負けると思っているのか?」
「それは、貴方に挑んでからの話です!」
「あくまで勝つと言う気概で挑んでくるか……是非も無し。良いだろう。その勝負受けて立とう。
4VS4バトルでどうだ。お前は私と戦う前に、既にそのバトルに勝利しているハズだからな」
アオヤマは、ユキナリがここにいる事から既にメグミを制した事を見抜いていた。4つのバッチを持っている事を確認したうえで勝負を承諾したのだ。よっぽどの自信があるのだろう。
ユウスケはいきなり勝負の提案を仕掛けたユキナリに驚き、ただただ呆然と成り行きを見守っている。
「僕は父さんを……伝説を越えてみせる!母さんや、僕と戦ったジムリーダー達の為にも!」
「ユキナリ……最盛期の強さは失っているとは言え、今の私であればお前は倒せる。君も見ているが良い。伝説と呼ばれた男の実力をな!」
フィールドでのバトルは、天候に大きく左右される事が多い。トーホクでは天気は何時でも何処でも関係なく『雪』。それ故にこおりポケモンの戦闘力は相当上昇する。
だがアオヤマが最初に繰り出してきたのはいわポケモンのノズパスであった。
「最初に言っておこう。私はこおりタイプといわタイプの併用トレーナーだ。防御力に関しては抜け目が無いぞ……
お前の手持ちにはがねタイプのポケモンがいるならば少しは有利になるだろうがな」
ユキナリの手持ちにははがねタイプを持つポケモンはまだ1匹もいない。だがいわタイプのノズパスに対して有利に戦えるポケモンならばいる。
「ハスブレロ、君の出番だ!」
ハスブレロを出現させた後、ポケギアでノズパスの戦闘力、及び特殊能力を確認する。
『ノズパス……磁力で手足と鼻がくっついており、同じノズパス同士だと反発したりくっつきあったりするので非常に不便。覚える技の中にも磁力に関係した技がある』
「特殊能力は?」
『特殊能力・じりょくのからだ……でんきタイプの技のダメージを受けない』
(でんきタイプの技を覚えるポケモンはこっちにはいない……ハスブレロの攻撃で押し切れれば大丈夫そうだけど……父さんの自信はかなり強いみたいだ)
アオヤマのノズパスは通常のノズパスより一回り大きく、暗闇の目から時折パチパチと軽い火花が出ていた。よっぽど強く育て上げたのだろう。
「やはり属性を重視するか……賢明な判断だ。だがそれを打ち破るのもバトルの醍醐味……」
不利な戦いになる事を知りつつも、アオヤマは顔色1つ変えない。
「雪の舞い落ちる中で水タイプの技を出すのは効果が薄い。ハスブレロ、はっぱカッターだ!」
ユキナリの先制は成功した。もともと動きは鈍いノズパス。防御力の高さが強味であるが、効果が抜群ならばそれも崩せる。風を切って飛んできた葉の嵐にノズパスは手痛いダメージを受けた。
「ユキナリ君。やっぱり君のポケモンは相当腕を上げてるよ、力の差は歴然だ!」
「果たして、本当にそうかな……?」
ノズパスは攻撃を受けていたが、そのまま諦める様子は見受けられなかった。素早さの高いハスブレロの動きについていけないと言うのに、その闘志は全く鈍らない。
『マスター……愚かな者は救えませぬなあ!ただ、闇雲に叩いて倒せると思っている輩は!』
最後の一撃がクリーンヒットした……と思ったのに、何とノズパスはHPを1残していた。
「ユキナリ、ノズパスは『こらえる』を習得する事が出来る。さらに……」
ノズパスは漆黒の瞳を閉じて、グーグー眠り始めた。
「!不味い!!ハスブレロ、とにかく攻撃を続けて!」
体力が全回復した瞬間にはもうハスブレロが先に動いていた。はっぱカッターを連射し、相手が特殊攻撃を仕掛けてくる前に倒すしか方法は無い。
だが間接攻撃は強力なもので、ノズパスのHPを半分減らした時、ハスブレロも同等のダメージを受けていたのだ。
『やはり鼾か……このままじゃ相討ちになる!』
「眠りから覚められたらまたコンボを使われてしまうんだ、一気に倒して!」
ハスブレロは眠りから覚めていないノズパスを攻撃した。風に舞う葉がノズパスを斬っていく。流石のノズパスも寝ている間は『こらえる』は使えない。
だがハスブレロも相応のダメージを受け、何とかノズパスを撃破した。岩タイプにとってかなり有利なポケモンのハズだったが……
「ほう、私の作戦を見抜いたか……」
「父さん、それは貴方の十八番じゃ無い。ゲンタ君の使っていた常套手段だ!だから気付けた!!」
(ゲンタ君と戦っていなかったら、初戦でハスブレロを潰されていたかもしれない……運が良かったよ、ユキナリ君!でも、ハスブレロも体力はレッドゾーン突入か……)
「流れる様な戦略……コンボ技……確かに父さんは凄い。普通なら負けてる……でも勝てた!それは僕が父さんの子供だからかもしれない。一気に押し切る!」
「息子と言えども容赦出来ないか。確かにメグミを撃破しただけの事はある……私のポケモン達が、お前の戦いを早く見たいとせがんでいるぞ……次は、コイツを使わせてもらおう」
アオヤマが次に投げたボールから出現したのは、雪の結晶の様なクリスタルイワークであった。
「このイワークは私がトーホクで発見した変種だ……ただの色違いでは無い。こおりの属性も備えている。それ故に不利な属性も増えたりはするがな……」
「ノズパスより素早さは高そうだ……さっきのノズパスが小さく感じるよ」
巨大な岩の竜が雪原に立っていた。雪の中、鋭い眼差しでユキナリを見つめている。
『私が次の相手だ……少年よ。先程は素晴らしい戦いを見せてくれたな……私もその礼をしなければならない様だ。お前の真価を、私に向かって証明してみるが良い!』
「クリスタルイワークか……トーホク図鑑のバージョンアップデータで見れるかな?」
ポケギアで詳しく検索してみると、その項目は『最近発見された変種』と出ていた。
『クリスタルイワーク……岩石の様に硬い氷柱の集合体と噂されている全く新しいイワーク。食べる物も岩では無く氷を常食している。
冬眠期間の間に硬度がさらに増し、見た目の美しさが上がるらしい。一般のイワークよりもさらに獰猛な為、優秀なトレーナーで無いと捕まえる事はおろか、ダメージもロクに与えられない』
「それじゃあ、特殊能力は……」
『特殊能力・氷柱硬度……『こおり』タイプの攻撃を受けると防御力がUPする』
「問題は無さそうだ……ハスブレロが上手く戦ってさえくれれば……」
問題はクリスタルイワークの戦闘値と、技の種類である。戦闘値は表示されたが、技の種類は表示されなかった。どうやらアオヤマがブロックをかけている様である。
(さっきはラッキーだった……ゲンタ君と戦っていて、あの悪夢のコンボを知っていたから……ボーッとしてたら回復されて負けていたかもしれないんだ。もっと学ばなくちゃ……)
ポケギアに表示された戦闘値はノズパスよりも上であった。素早さが若干伸びている。
「よし、ハスブレロ!はっぱカッターとみずげいを連射して、イワークが動きを見せる前に体力を出来るだけ削っておくんだ!」
「甘いな、それを許すと思っているのか!イワーク、りゅうのいぶき!」
「りゅ、りゅうのいぶきだって!?」
ユウスケが冷や汗をかいたのも無理は無い。ドラゴンタイプの技には死角があまり無く、どんな相手にも大体は通常のダメージを確実に与える。
それだけオールマイティに動けるのだ。しかもこの技は相手を倒せなくとも、麻痺状態にしてしまう可能性がある。オレンジ色の炎がハスブレロに向かって飛んでいった。
だがハスブレロは慌てずに、口から水を噴出して攻撃の軌道を無理やり変えた。相手が移動したハスブレロを狙う前に、はっぱカッターをヒットさせる。
「相手は巨大で戦闘力も高いけど、小さいポケモンにはそれ相応の戦い方がある!素早さと戦略で相手を翻弄して、ダメージを蓄積させていく戦い方がね……」
まんまと背後を許してしまったイワーク。相手の姿を見失っている間に攻撃が重なる。だが流石に防御力に関してはイワークの方が格段に上だ。
こおりといわと言う打たれ強いタイプが2つ合わさる事で、壁の如きダメージ軽減を実現している。攻撃力の高さも相まって、ハスブレロはこの戦い、常に背水のまま挑まなければならなかった。
「フン、それならば何処にいても当たる技をくらわせてやれば良いだけの事。イワーク、地震でその小さいハスブレロを沈めてやれ!」
『コオオオオオ……ガアアアア!!』
クリスタルの輝きに包まれたイワークの立っている地面が、凄まじい勢いで揺れだした。
辺りに建物がたっていないだけ安全ではあったが、その力はまじまじと実感出来る。
2人はガクンと膝をつき、全く立ち上がる事が出来なかった。一方アオヤマの方は慣れているのか微動だにしていない。
やがれ揺れがおさまり、イワークは倒れているでだろうハスブレロの確認を始めた。
『必中の攻撃ですか?戦いにおいて、絶対なんて言葉は存在しないんですよ!』
その瞬間ユキナリはイワークの頭上にハスブレロがいる事に気付いた。逆に間合いを詰められると満足に攻撃する事が出来ない。ハスブレロのみずげいとはっぱカッターのダブルパンチをモロにくらった。
目に入る水鉄砲に視界が少しの間奪われ、イワークは闇雲に頭をブンブン振り回した。先を見越していたハスブレロは地面に降りると、はっぱカッターをイワークの胴体直結部分に当てる。
蓄積したダメージはすでにイエローゾーンの後半まで体力を削っていた。アオヤマも焦りを隠しきれない。
「これ程までとは……我が息子の実力を見誤ったか!何故、ポケモンがここまで動ける!」
『ユキナリ君を、心から信頼しているからこそだよ。貴方はポケモンと共に修羅場を乗り越えてきたかもしれないけど、どちらも最強を目指していたから信頼関係が築けなかった。そこが違うんだ!』
『私と……マスターの間に信頼関係が無かった……だと!?違う!信頼が無ければ、マスターは伝説と慕われる事は無かった!私がいて、マスターがいたからこそ伝説を成し得たのだよ!』
イワークは自分の強さを誇示するかの様に体を雄々しく震わせ、空中から岩の塊を降らせてきた。
最早お馴染みの『いわなだれ』だ。避け慣れているハスブレロにとっては、目をつぶっていても避ける事が出来る。しかし、その『いわなだれ』をハスブレロをある場所に追い込む様に降ってきた。
「誘導されてる……危ない、ハスブレロ!イワークの尻尾を避けるんだ!」
そう言われてもハスブレロにはもう道が無い。尻尾の攻撃を避けようとして無理に飛べば、岩が体に当たって瀕死状態に陥るからだ。
最後の抵抗とばかりに技を繰り出して、ハスブレロは尻尾に叩きつけられる方を選んだ。イワークのHPはもうレッドゾーン手前まで削られている。
「何と……今まで鉄壁の防御力を誇ってきたハズのイワークがここまで追い詰められるとは……それに、お前はまだ1匹しかポケモンを瀕死にさせていない。
強くはなった様だな……だが、あくまでも今までの戦いはお前のポケモンが属性的に有利だったから優位に進んだ。ここまで押してきた事は評価に値するだろうが、これでお前の抵抗も終わりだ……」
確かに、ユキナリの手持ちには属性有利なポケモンがハスブレロしかいない。……いや、いた。ホウを苦しめた程の潜在能力を持つあの負けず嫌いのナックラーが……
(まだ……終わってないよ。父さん……可能性が残っている限り、無謀と言われても貴方に挑むしか無いんだ!この戦いには必ず勝ちたい!母さんを安心させたいから……!!)
ユキナリの手にはナックラーの入ったドリルボールが握られていた。