ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

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ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第4章 5話『最後の花火』
「今実物を見せてやるとするか。行け、グリニトロ!」
 リッパーが片手で放ったボールから出てきたのは、ぶよぶよしたエメラルドグリーン色のゼリー生物であった。
 ドロドロしていると言うより、プルプルしていると言う表現の方が合っている。
「ばくはつタイプ……僕も見た事無いポケモンだよ。新種って事なのかな」
「俺が花火を打ち上げていた時に寄ってきやがった仲間達さ。花火と同じで良い衝撃を生み出してくれる。
 学会で発表すれば俺は大金持ちになれるかもな。へ、へッへ……」
 相変わらず嫌な薄笑いを浮かべているリッパーであったが、目だけは据わっていた。
「ユキナリ、気を付けろ。奴は決して油断しているワケでは無い。本気の目だ……あれは」
「解っています。ただ……ばくはつタイプが一体どんなタイプなのか調べない事には……」
 ユキナリはポケギアにてグリニトロを調べようとしたが、『不明』とだけ表示された。
「ユキナリ君、博士か助手に電話して聞いてみようよ!」
「俺は待っててやるぜ、好きにしな……」
 ユキナリは急いでポケギアの通信機能を使った。博士に繋がる。
『あら、ユキナリ君……貴方からかけてくるのはこれで2回目ね。何かあったの?』
「新種の、ポケギアでも調べられないポケモンが相手なんです。どうすれば良いか……」
『どれどれ……珍しいわね。ばくはつタイプなんて』
「え?博士、ご存知なんですか?あのポケモンの事……」
『私の恩師である教授がとっくに発見してるわよ。イミヤタウンにいるんだけどね……ポケギアにはアップデータ機能がついているの。
 教授がいる研究所から発信されていて、新しく発見されたポケモンのデータが解析出来る様になるわ』
 イミヤタウンといえば、まさにココでは無いか。目立った建物は無かったと思っていたのだが……
「……研究所って、まさかあそこの事かい?てっきり、変人爺さんの家だとばっかり思ってたよ」
 メグミには心当たりがある様であった。今はゆっくりしていられない。早速博士の言葉通りに図鑑をさらに完璧なものにする為のデータ増加を開始した。
 場所が近かった為だろうか、あっという間にそれは終了し、再度ポケギアで調べると今度はしっかり出る。
『グリニトロ・えきじょうポケモン……うっかり刺激を与えると何が何でも『だいばくはつ』してしまう危なっかしいポケモン。
 爆発しても何度でも再生出来るが、『じこさいせい』は使えない。ダイナマイトの爆発からたまに生まれる事があると発表され、学界でも話題になった』
「じゃあ、どんなポケモンなのかを調べなくちゃ……」
『ばくはつタイプ・みずとほのお、でんきに弱く、いわ・はがね・こおりに強い』
「特殊能力はっと……」
『特殊能力・ぶよぶよ……通常攻撃のダメージ軽減』
 衝撃を与えるとすぐにでも爆発してしまうと言うのが厄介であった。
 戦いが有利に進んでいてもたった1回の攻撃が当たっただけで引き分けに持ち込まれてしまう。それは避けたい。
「最初に、自分の切り札を出してはいけない。ルールでは最後のポケモンが引き分けに持ち込む技を使うと反則負けになる。つまり、最後のポケモンだけは無事なのだ」
「俺にルールが通用すると思ってるのか?お前のポケモンが1匹でもHPを残して立っていなかったら、俺はこのスイッチを押すぜ。それが嫌だったら、勝ってみせるんだな」
「アタイの部下達を人質に取ろうってのかい。それに街の皆も……ユキナリ、こんなフザけた奴なんか、アンタなら一捻りだろう!さっさとやってしまいなよ!!」
「どうかな……奴の自爆技が大きく関わってくるとなると、こりゃ厄介だぞ……」
 オチは雪の中、マントをはためかせ、格好良く佇んでいた。ユキナリにとっては、たとえホウに負けていたとしても、理由はどうあれ自分を導いてくれた指標だ。
 その人物の前では負けたくないと言う意地がふつふつと湧き上がってきた。
「ユキナリ君、最初のポケモンは、何にする?皆強いけど……」
『……ヒュードロを使うよ。爆発しても、回避出来る可能性があるし……』
 ユキナリはそう言うと、宣言通りヒュードロをモンスターボールから出現させた。……が、ヒュードロは瀕死状態のままだ。
 ホウと戦ってから回復させてはいない。
「それじゃ勝負にならねえじゃねえか。センターで回復させてこいよ……なぁに、焦らなくても時間はタップリある……へッへッへ……」
 その瞬間、ユキナリは街へとダッシュで走っていった。そのまま何も出来ずにユキナリを見送るユウスケ達。だがリッパーは爆破装置があるからか余裕の表情だ。
「生憎、そう簡単に外せるモンじゃねえからな……いや、俺にしかあの爆弾は解体出来ねえ。下手に外そうとすればドカンだ。小僧が妙な事をすればそれまでよ」

 数分後、ユキナリはダッシュでセンターから帰還してきた。何をするでもなく、ただ回復させただけで帰ってきたのだ。勿論、その選択は正解だった。
「よおし、改めてバトル開始といこうじゃねえか。いいぜ、先攻でも後攻でも……好きに戦ってみな。どうせ勝つのは俺さ……ヘヘヘッ……」
「ヒュードロ、シャドーボールで上空から攻撃するんだ!」
 遠くから攻撃すればポケモンが起爆しても大丈夫、ユキナリはそう判断したのだ。
 出てきていたヒュードロは相手が空を飛びそうに無い事を確認すると、シャドーボールを思い切って連発してみる。
 ハイパーボイスは残念ながらノーマルタイプの通常技なのでグリニトロには大した効果は無い。
『いっくよ〜。爆発は怖いけど、ここまでは届かないだろうしね〜』
 シャドーボールがグリニトロ目掛けて飛んでいく。ユキナリはある程度の手応えを感じたハズであったが……
「へッ、グリニトロ……ぶよぶよばくだんをお見舞いしてやれ……」
『OKデス。私ハ、決シテ攻撃ニハ怯ミマセンヨ』
 ちょっと可愛らしいが機械的な声で応えると、グリニトロは自分の体をちぎって次々ヒュードロへと投げつけてきた。シャドーボールは逆に意外と俊敏な動作に当たってはくれない。
 ヒュードロは軽々と避けてみせたが、何とシャドーボールとは違い、外れても追ってくるではないか!
「アイツが操っている体の一部だ……勿論小規模の爆発だがダメージを与える。俺達を甘く見ると、骨まで粉々に砕けちまうぜ……ヘヘッ……」
「ヒュードロ、引き続き避けながらシャドーボールを撃つんだ!」
『そ、そんな事を言われても、逃げるので精一杯で……ロクに集中なんか……』
 それでも何とか衝撃を与えて爆発させようとボールを放つが、精神集中をしていないシャドーボールの動きは予想以上に鈍かった。
 だがぶよぶよした爆弾はかなりのスピードで追ってくる。しかしユキナリの頭にはある案が浮かんだ。
「分身なんだから、それだって衝撃を与えれば爆発する!シャドーボールをばら撒いて爆発させるんだ!それ程近くじゃ無ければ、被害を受けずに済む!」
『そ、そっか〜……フフフ、覚悟しろよ〜。このぶよぶよめ〜!』
 素早く掌底から小さなシャドーボールをいっぺんに作り出すと、そのまま追ってくるゼリーの群れに投げつける。ボンボンと良い音を立てて分身は一斉に爆発した。
『よし、これでまた狙える様になったよお〜』
「!!違う、逃げるんだヒュードロ!まだ攻撃が終わっていない!」
『へ?』
 爆発したゼリーがまた1つに集まってぶつかってきたのだ。完全に不意をつかれたヒュードロはまともにその爆発を受けてしまう。
「くッ……この男、流石にポケモンベレーの兵士に相応する実力は持っているな……」
 オチが歯噛みしながら呟く。細目の顔が険しくなり、その目が一層細くなった。
「どうした、お前のポケモンが悲鳴を上げてるぜ……ヘッヘッヘ……」
『ハア……ハア……この位のダメージ、何回だって味わってきたモンね〜……』
「ヒュードロ……」
 ヒュードロにはまだ力が残っていた。その力を最後のシャドーボールに込める。
『……!?』
『マスターの為に、道を開いておくからね……絶対に、また勝ってよ……』
 遠ざかる事が出来るのならば、逆に近付く事も可能だ。攻撃させる隙を作らずに近付くと、ゼロ距離でシャドーボールを放つ。勿論ゼリーは爆発した。
「な……犠牲を出して俺のポケモンを逆に利用しやがった……!」
『これが……僕達の……チカラだ……』
 少しだけ動揺しているリッパーに向かって不敵に笑うと、そのままヒュードロは倒れて瀕死状態となった。慌ててユキナリはポケモンをボールに戻す。
「ねえ、今の……見えた?僕には全然……」
 (ヒュードロの素早さは、とんでもない数値に達しているに違いない……こんなに強くなるなんて思ってなかった……まだ1回だって進化していないのに……)
 誰にも、目視確認が出来なかった。ホイホイとシャドーボールを避けていたあのグリニトロでさえも、先程のゼロ距離を突き放す事が出来なかったのだ。
『クッ……へッへ、まあ、不利にはなってねえよなあ……次行くぜ、次』
 リッパーは不敵な笑いを取り戻すと、へらへら笑いながら次のポケモンを出した。閃光と共に現れたのは……マルマジロの様な外見をしたポケモンだ。
 体は針やゴツゴツした肌では無く、手榴弾の様な灰色に包まれている。
『マスター、俺の獲物はどいつだ。早く勝負させやがれ!』
 気性が荒いポケモンの様で、怒りながら地面をガシガシ引っ掻いている。ユキナリもポケモンを出した。ユキナリが出したのはコシャクである。
『ユキナリさん、この人は……リッパーさんですね。今戦っているんですか……』
「うん。偶然出会っちゃって……逃げるワケにはいかないんだ。見てよ、あれ」
 ユキナリが指し示す方向には、爆破装置を握っているリッパーの手が見えた。
『成程……それじゃ僕も、しつこく食い下がるとしますか……』
 青色の鬼火オーラを出して相手を威嚇するコシャク。一方アルマジロみたいなポケモンは、灰色の体が少しオレンジ色になっていた。興奮しているせいだろうか。
「あのポケモンは……あれもばくだんタイプだろうな……」
『ダイナモ・かやくポケモン……体になっている巨大な手榴弾はそれに匹敵した爆破力を誇る。興奮するとボンと爆発する危険なポケモン。体色が赤色になったら要注意だ』
「じゃあ、特殊能力は……?」
『特殊能力・激昂……『激怒』状態に入ると必ず通常より攻撃力の増した『大爆発』を使う』
「怒らせると相手の思う壺って事か……コシャク、とりあえず一緒に戦おう!」
『任せてください。相手を翻弄する事にかけては僕の方が数倍も勝っています!』
「へッへ、炎ポケモンか……タイプ的には不利だが、こいつを怒らせたらその努力もあっという間に水泡に帰すぜ……さあ、お前の実力を見せてみろ……」
 対峙するダイナモとコシャク。2匹の思いは同じ。ただ『勝ちたい』と言う欲望のみである。
「コシャク、火炎放射で一気にダメージを与えるんだ。激怒を使わせるな!」
 通常の火炎放射とは違う、青い炎がコシャクの口から吹き出して、ダイナモを取り囲む。
『こ、この野郎……!』
 炎に取り囲まれ絶大なダメージを与えられるダイナモ。あっという間に体が赤くなっていく。
「まだだ、ダイナモ……チャンスを待て……そのままでは何も出来やしねえぞ」
『ユキナリさん、このまま一気に決着をつけましょう!』
「油断しないで。近くに来られたら爆発の巻き添えで引き分けになってしまうからね」
 やはりコシャクの攻撃力は凄まじいものがあった。ダイナモを一旦閉じ込めてしまうと反撃のチャンスを与えない。
 炎はそのままギュルギュルとダイナモの体に巻きつき、締め付ける。
『フへへ……どうやら、俺の実力を解っていないらしいな。思い知らせてやるッ!!』
 ダイナモは体を丸めると、その瞬間高く飛び上がった。炎から抜け出したついでに、プレスでコシャクを潰そうとする魂胆であろう。
 コシャクもそれを理解していたから、その攻撃を避けた。だが、そうやって近くに来る事こそがダイナモの狙いであった。
 今ならコシャクを巻き込んで自爆する事が出来る。どんな手強い敵が相手でも引き分けに持ち込めばこっちのものだ。
『うおおお――ッ!!』
 ダイナモは『激怒』状態に入った。体が真っ赤に膨れ上がり、爆発する……コシャクがそれを見抜いていたとすれば、やはり知性が高いと見るべきであろう。
 素早く『化かす』を繰り出して、相手を混乱状態に陥れる。ダイナモは爆発出来ずに地面を転げ回った。
「クソ、面倒な事になりやがった。あれじゃ混乱が解けた直後に爆発しちまう……」
「コシャク、チャンスだ!火炎放射をトドメとして使え!」
『了解です。今なら安心ですよ。混乱が抜ける前に倒せれば……!』
「ダイナモ!……命令を聞いてねえ……へッへ、ミスったぜ……」
 火炎放射が再びダイナモを包み込む。元々かなりのダメージがあったダイナモの体は真っ黒に燃え上がった。最早HPは風前の灯である。
『ウッ……グウ……ガルルル……』
 理性を失ったダイナモは、混乱が解けても『大爆発』が発動しなかった。先程のグリニトロと同じ様に衝撃を与えればすぐにでも爆発してしまうだろう。
 攻撃する相手の姿すらも見失い、ダイナモは滅茶苦茶に攻撃しまくった。だがそこには戦っている相手の姿は無い。コシャクの勝利は確実だと思われた。
『コレで最後です、鬼火!』
 紫色の火の玉が最後のダメージを与えに飛んでいった。ダイナモには打ち出してきた方向からコシャクの位置が解る。
 最後の賭けとばかりにダイナモは丸まって転がった。鬼火がヒットするのとコシャクに近付くのとがほぼ同時だったのが痛かったであろう。
 もしココで鬼火を使わなかったら最後のダメージを与えられなかっただろうが、同時にコシャクに位置を知らせてしまう結果となった。
 ぶち当たってダメージを受ければそこまでの被害は無かったものを……そのまま大爆発して、コシャクとダイナモの戦いは引き分けに終わった。
 今度はリッパーが起死回生の一手を打ったと言える。
「へッへッへッへ……やはり爆発物の扱いにかけては俺の方が上だな……」
 (このまま引き分けが続いてはダメだ。何としても勝たなければ皆を救えない!)
「ヤバイね、アイツのペースだよ……ユキナリの強さが通用してない……」
「厄介な相手だ。相手が強かろうが弱かろうが、大爆発では殆どのポケモンが無条件で瀕死状態になる。勝つと言う事がこれ程難しい課題だとは……」
 オチとメグミも不安の表情で2人の戦いを見守っている。ホウはあくまで起死回生の手段として大爆発を使おうとしたが、リッパーにとっては爆発こそがメインだ。
 どんな手を使っても相討ちを狙おうとする。勝つ事では無く、負けない事を目標としているのだ。こういう相手とはあまり戦いたくは無い。
「ユキナリ君、どうしよう……リッパーさん、最初から自爆する気だ……これじゃいくらユキナリ君のポケモンが強くても……」
「勝てる方法を探すしか無いさ。ユウスケ……この戦いだけは何が何でも負けられないんだ!人の命がかかってるんだから!」
「へッへ、言うねえ……正義感の塊か。オメーももう少し大人になった方が良いかもしれねえな。人の命なんざ軽いモンだって事をよ……」
 その時、一瞬だけリッパーの顔が曇った様な気がしたが、また見てみると不敵な顔つきに戻っていた。彼も、何か辛い過去を背負っているのかもしれない。
 モンスターボールが投げられ、出てきたのは……上手く例えるならば巨大なボム兵だ。いや、もうそっくりだと言って構わない。
 違うのはゼンマイが無く、代わりに導火線が長く伸びていると言う事だけだ。
『俺の仲間の中では副将とも言えるビックボムだ。爆発力が半端じゃ無いぜ……』
「何処かで見た様な感じがするね、ユキナリ君」
「き、きっと既視感って奴だよ。それより、ポケギアで能力をチェックしなきゃ……」
 ユキナリの隣ではドシャヘビが呼び出され、ビックボムに挑発の言葉を投げかけていた。
『おい、何とか言ったらどうなんだ!俺と勝負するんだぜ。少しはビビッてみたらどうだ!!』
『……愚者ハ、ソレ相応ノ台詞シカ吐カナイト言ワレテイルガ、ソノ通リダナ……』
『何だと、テメェ……後で吠え面かくんじゃねえぞ!ぶっ殺してやる!!』
『ビックボム・タイマーポケモン。体内にはグリニトロを形成する為の成分が満タンになるまで入っており、爆発力は凄まじい。
 ターンごとに導火線がどんどん燃えていき、導火線が到達すると絶対に爆発する様になっている。外側は鋼鉄の様に固いが、内側は意外と脆い』
「ドシャヘビには、鋼鉄を齧ってもらわなくちゃいけなくなるな……特殊能力は?」
『特殊能力・タイマー……爆発するまでの攻撃手順が決まっていて、オートで行動する』
「必勝の方程式って奴よ……絶対に引き分けにする為の秘策って事だ……へへへ……」
 ビックボムは最早有利であろうと爆発すると言うのだ。完全にバトルの目的を見失っている。
 だがその掟破りなポケモンバトルが逆にユキナリを追い詰めてもいた。負けないバトルと言う現実がまだ理解出来ていないのだ。勝たなければならないと焦るあまりに引き分けに持ち込まれる。
『デハ、始メヨウカ……貴様カラ攻撃シテキテモ構ワナイゾ、愚者ヨ……』
『癇に障るヤローだ……フザけんな、テメーこそ愚者だって事を思い知らせてやる!』
 ビックボムとの戦いはまた、熾烈を極める戦いになりそうであった。

 ビックボムとの戦いはドシャヘビの猛攻から始まった。
『オラオラオラァ!そのご自慢の装甲を傷だらけにしてやるぜ!』
 ポイズンクローでビックボムの鋼鉄に確実なダメージを与えていく。その力は凄まじいもので、鋭い爪の跡がハッキリと残る程であった。
 だが、それはあくまで外側の傷。致命傷とはなっていない。
「ユキナリ君、ドシャヘビは頑張ってるけど……このままじゃあ……」
「解ってるよ。ドシャヘビ!このままじゃ確実に引き分けに持ち込まれる!僕達は負けるワケにはいかないんだ!」
『だからっておいそれと逃げちゃ誇りが泣くぜ。俺は絶対にコイツを自力で倒す!』
『クックック……マサニ猪ト言ッタ所カ……学習能力ハ皆無ノ様ダナ。主ノ命令スラ聞ケントハ……』
「違うな……奴はユキナリを尊敬している。それ故に、高みを必死に目指そうとしているのだろう」
「でも、勇気と無謀は別物だよ。アタイだったら、あんな無茶はさせない……」
 そう言おうとしたメグミはユキナリの顔を見てそれ以上言うのを止めた。嬉しそうな表情……自分の為に全ての力を発揮し、懸命に戦ってくれている相棒を応援している。
 これこそが、ポケモンバトルのあるべき姿なのだと思った。この少年は、もう戦いのやり方を見抜いている。
『まだだ、俺の実力は、まだこんなもんじゃねえ!』
 さらに攻撃を続けるドシャヘビに対抗せず、ビックボムはひたすらに爆破の時間を待っている。
「へッへ……どんなにあがいた所で、相討ちからは逃れられねえ。花火と心中しやがれ……」
 自分の中で勝ったと思われた時、彼は躊躇無くボタンを押すだろう。人の命を何だと思っているのか。
 彼にとっては住民達はただの駒に過ぎないのだ。彼の『お遊び』に巻き込まれた哀れな登場人物達……
 (違う……このままリッパーさんの思い通りになんかさせない。僕達には、運命を……変える力がある!)
「ドシャヘビ、もう1度、渾身の力を込めて、装甲を引っぺがせ!君にならきっと出来る!」
『元からそのつもりだ……抗えばな、何だって思った方向に転がっていくんだよ!』
 尖った爪がさらに鋭さを増し、ビックボムめがけて突っ込んでいく。
『運命ニ抗ッタ所デ、何ガ変ワルモノカ……貴様ノ様ナゴミニハ痛ミヲ教エテヤラントナ……』
 その瞬間、ビックボムは巨体であるにも関わらずジャンプし、ドシャヘビの頭上にいた。
『て、テメエがのしかかりだとッ……!』
「ビックボムの力量を見誤った様だなあ……へッへッへ。見かけで判断するのは素人考えって事だ」
 (もう、避けられない……)
 タイマーはもうゼロになっていた。ビックボムが全体重をかけてプレスする瞬間に爆発が起こり、その真下にいたドシャヘビも当然『だいばくはつ』のダメージを受ける。
「ん?……のしかかりは失敗だったか……まあ良い。どっちにしろ瀕死だろ……」
 (ドシャヘビ……僕は、どうすれば良いんだ……!)
 ユキナリは絶望感に包まれていた。どう頑張っても戦況は変わらない。どちらもHPがゼロになってしまう。それではダメだ。勝たなければならないのに!
「ユキナリ君……ココで諦めちゃダメだよ。最後の勝負が残ってる。ナックラーがいるじゃないか」
『俺を忘れるなよ……シャ、シャ、シャ……奇跡の生還、って所か?』
「!?まさか、馬鹿な……俺のポケモンの大爆発を受けて瀕死にならねえってのか!?」
 リッパーが初めて動揺を見せた。へらへら笑っていた顔つきが一瞬醜悪な憎しみの顔へと変化する。
「俺の花火から逃げられると思うなよ……ダメージをくらってはいるハズだ……」
「ドシャヘビ、大丈夫かい?……でも、凄いよ。よく帰ってきてくれた……」
『奴が逆にジャンプしたのが幸いした。転がって直接的なダメージは避けられたが……』
 ポケギアで確認してみると、HPは殆ど残っていない。近くにいたせいで爆風をくらったのだ。
「ユキナリ君。ここで最後のポケモンとドシャヘビが上手く戦ってくれたら、変わってくるかもしれない……
 そう、相手を爆発させればナックラーを出す事無く勝てるんだ!」
 無敵の爆発戦法を破る一筋の光が見えてきた。相手を逆に何らかの方法で爆発させれば、ナックラーが1匹残る事になる。
 引き分けにはならない。それでリッパーに勝利した事になる。
「ココが正念場と言った所か……勝てる!特性さえ有利であれば……」
「アタイでも苦戦しそうな敵を前に、ここまで粘るなんて流石だよ。勝っちまいな、ユキナリ!」
「勝てるよ、きっと勝てるって!」
 トレーナー達の声援がユキナリに最後の力を与えてくれる。逆に孤立しているリッパーはどんどん追い詰められていく感覚を味わっていた。もう笑ってはいない。
「俺が負けるだと……爆破部隊のトップに立っていた俺が負ける……そんな事はありえねぇ!」
 炎の様に燃え盛る瞳がユキナリを本気で睨んだ。平静ではいられなくなったのだろう。本気を出すつもりだ。
「僕はこのまま、ドシャヘビに戦ってもらいます!」
「……俺が負けない為には、まずぶっ潰して、花火を見せてやらねえとな……」
 まさにリッパーは狂気の男であった。興奮したり突然冷静になったりと、掴み所が全く見当たらない。
 リッパーがボールを投げると、閃光と共にダイナマイトに手足がついたかの様なポケモンが顔を出す。
 だが、ただのダイナマイトでは無く、その体は黄色で、右手と左手の色がそれぞれ違っていた。
「最後は運勝負だ。右手か左手、どちらかに衝撃を与えると『だいばくはつ』する。ただし、爆発しない方を破壊すればもう爆発はしねえ。お前は勿論爆発する方を選びたいワケだが……」
「……確認しておきます。」
『ブルレイド・どうかせんポケモン……手足が直接爆破スイッチの代わりになっており、毎日何処を攻撃すると爆発するのかは変化する。黄色の体は導火線に火をつけさえすれば爆発』
「導火線に火をつける、か……ドシャヘビはどくタイプだ。火はつけられない……」
『特殊能力・大花火……自分で『大爆発』が使えない代わりに、攻撃力は上昇する』
「大爆発以外の攻撃も強くなるって事だね。気を付けないと……」
 ドシャヘビの目標は、瀕死に近い自分と相手を爆発に巻き込む事。相手の目標はドシャヘビを難なく倒し、最後のナックラーと心中する事だ。どちらも難しい目標となる。
 リッパーの目標にだって穴があるのだ。ナックラーは穴を掘る事が出来るのだから……
「行け、ブルレイド!まずはその蛇をれんぞくビンタで沈めるんだ……」
『OKボス。作戦B発動……距離確認、相手のポテンシャル、激しく不調……』
 ニヤリと笑ったブルレイドが繰り出してくるれんぞくビンタを避けながら、どちらにするかドシャヘビが聞いてきた。避けるだけで精一杯と言った所だ。
『マスター、どっちだ。どっちの手に噛み付けば爆発すると思う!』
 (……間違えれば不発。間違えなければ爆発だ……でも不発になってしまったら、逆にナックラーを出す事が不利になってしまう。
 その選択で勝つか負けるかが決まるも同然だ!……赤か、青か……僕はどちらを選べば勝てる?)
 悩んでいる時間は無い。精神力を使っているドシャヘビが、このままでは相手の攻撃でKOされてしまう事は確実。それでは運を天に任せる事すら出来ない。
「……赤だ、赤を狙って噛み付いてくれ!」
『解った。赤だな?そうと決まれば・・・もう覚悟は出来てるぜ!瀕死になっても俺はすぐ回復出来るからな。マスター……俺はアンタと一緒に伝説を作るんだ!!』
 ポイズンキラーの為に跳躍し、赤い手を狙うドシャヘビ。だが攻撃の為に繰り出した青い左手が咄嗟に差し出された為、否応無しに左手に噛み付いてしまう。
『!?……どうだ。青ならどうなるんだ!!』
 光った。体が光りだした。結局、ユキナリは最高に運が良かったのだ。
「爆発だと……へッへッへ。もうこうなりゃヤケクソだ。消してやる!」
 閃光の中、皆の目が眩んでいるのを良い事にリッパーは起爆スイッチを押そうとした。だが、そのスイッチは正確な軌道を描いて飛んできた石に弾かれてしまう。
「見苦しいぞ、リッパー……負けは負けと素直に認めろ」
「敵前逃亡って手もあるぜ。じゃあな!」
 凄まじい爆発だった。規模の大きい爆発に、林も燃え出す。炎で完全にリッパーを見失ってしまった。いや、このままではユキナリ達も確実に炎に囲まれてしまう。
「逃げられた……とにかく、街にある爆弾を何とかしなければ!」
「アタイのポケモン達が逃げ道を作るよ。アンタ達は連絡して街に戻っておいてほしい……アタイは、奴を追う!また沢山の人間が犠牲になるのはゴメンだからね」
「メグミさん、僕も一緒に行きます!」
 メグミの繰り出したサンドパンが砂をかけて火を消し、ダグトリオが穴を掘っていく。
 ユキナリは黒焦げになってしまっているドシャヘビをボールに戻すと、メグミと共にリッパーを追いかけた。残されたユウスケは急いでオチと共に街へ戻ろうとしたが……
「あれ?オチさん……いなくなってる!……って、のんびりはしてられないよ。解除出来はしないなんて言ってたけど、その場合はどうすれば……」
 消えたオチを捜索するヒマなど無かった。ユキナリは穴に潜り込んで街を目指す。

『姐さん、大丈夫でしたか?奴等のアジトは……』
「そんな事は今問題じゃ無いんだ。急いで消防車を呼びな!水ポケモンが街に残っているならそいつ達にも応援を要請するんだ……林が燃えてるんだよ!」
『近くの雑木林ですかい?そりゃ大変だ。で、姐さんは今何処に?』
「……林の中さ」
『ちょっ、それはどういう……』
 メグミはユキナリから借りたポケギアの電源を一旦OFFにした。
「ユキナリ、奴の姿は見えるかい?」
「いえ、全然……何処に逃げたんでしょうか」
「ポケモンは全員瀕死のハズ。逃げるといっても走るしか無い。おのずと逃げられる場所は限られてくるよ……ココはアタイの庭みたいなモンだ。
 後悔しておいた方が良いよ、あの男……」
 メグミは相当に怒っていた。当然であろう。何せ部下達を殺そうとした男だ。卑怯にも負けて起爆スイッチを押そうとした卑劣漢でもある。
「メグミさん、声が聞こえますよ!」
 (追い詰めたぞ。最早逃げ道など無い。大人しくしているのだな)
 (へッへッへ……ロケット団の残党がよくそんな台詞を吐けたモンだ。捕まるのはアンタも同じだぜ。アンタこそ逃げた方が良い)
「崖っぷちか……どうやらあの男が追い詰めていてくれたらしい」
 (オチさん……)
 走って走って林を抜けると、そこには断崖絶壁があった。下には岩しか見えない。落ちれば死は免れないであろう。崖の上にはオチとリッパーが立っていた。
「……疲れたなあ。アンタもそう思うだろ」
「何を言っているのか……」
「トボけんなよ。ずっとカオスへの復讐に魂を燃やしつつ、あっけなく負けちまった。今アンタは自分がどう生きれば良いのか途方に暮れている。
 主への忠誠も、消え失せちまった哀れな鎧だ。俺と同じじゃねえのか?」
「貴様……私と奴との戦いまでも見ていたと言うのか!」
「……そんな事はもうどうだって良いさ。ポケモンは今や皆爆発。ポケモンセンターに連れてってやりたい所だがそれも出来ねえ。
 ……崖っぷちに立たされた犯罪者は、どうすれば逃れる事が出来ると思う?」
 リッパーはニヤリと笑うと、ズボンのベルトに付けてあったダイナマイトを取り出した。
「何、貴様!」
「どうだ、俺と一緒に死ぬ覚悟はあるか?」
 既に導火線には火がついている。そのままスタスタ歩いてオチの方へと近付いた。
「馬鹿な真似はよせ!苦し紛れの逃げ方を考えたとしても無駄だぞ!」
「本物だぜ。正真正銘のな……人生から逃れる方法として、これ程素晴らしい方法は無えと思わねえか?オチ……最後の花火だ!」
「オチさん、離れて!」
「いや、偽物だったら逃げられてしまう。私は……」
「そんな事を言って、本当はお前も死にたいと思ってるんだろ?俺には解るぜ。同じ犯罪者の思いだ。目的を見失い、全てを諦めた男は……こうする!」
 リッパーはくるりと振り返ると猛然と崖に向かって走り、そのまま飛び降りた。
「逃げて……どうする……ッ!!」
 オチはリッパーを止める事が出来なかった。ユキナリとメグミが急いで崖下を見る。落下していくリッパーは、最後まで狂気の微笑を浮かべていた。
 そして……リッパーの体は、先程のビックボムの様に地面に着く前に爆発したのだ……

「死んだ……リッパーさんが死んだ……」
 ユキナリは呆然としていた。警察に逮捕してもらって、とか良識的な事しか考えていなかった彼にとって、目の前で人が死ぬと言う鮮烈な出来事が頭から離れない。
 しかも、悪人とはいえさっきまで戦っていた対戦相手だったのだ。驚きは隠せなかった。
「最後まで何を考えているのか解らない奴だったね。結局、コレは自暴自棄の自殺、って事になるのかどうか……アタイには理解出来ないよ」
「とにかく、警察に連絡を入れておいた方が良い……私は裁きを受けようと思う」
「オチさん!そんな……僕達を助けてくれた人を……」
「ユキナリ……まだ、私の罪は時効を迎えてはいない。8年と言う歳月は長かったが、それでも15年には至っていないのだよ……人殺しには、それなりの罰が下る」
「アンタ……人を殺した事があるのかい?」
 メグミは驚愕した。こんな優しい目をした男が、人を殺したとは思えなかったからだ。
「あの御方の右腕として私は汚れた。それは私自身が望んで行った犯罪の結果だ。抵抗する勢力を片っ端から力で押さえ付けたのだからな……
 そういう点では、リッパーとも何ら変わりは無い。逃げ続けてきた。だが……もう逃げる意味が無くなった」
 ホウさんに敗北したからだな、とユキナリは心の中でそう思った。
「カオスは今や昔の最盛期ロケット団よりも遥かに強い勢力を誇り、ロケット団以上の悪事を重ねている。敵討ちは果たせなかったが、止める事が出来る少年を知った。それだけで充分だ」
「僕……の事ですか?オチさん……」
「そうだ。君にならカオスを止められる。そんな気がする……幹部連中を倒しているのだから尚更だ。この世界はバトルさえ強ければ運命を変えられる。君が歴史を変えてくれる気がするのだ」
「…………」
「爆弾も解体されるだろうし、林にも消防隊が向かっているハズだ。この街にも平和が戻ってきた……私の様な亡霊は、昔の遺物は……消えなければならない」
「逃げてください……」
「……ユキナリ君?」
「オチさん、逃げてください!僕の為じゃない、皆の為に逃げてください!貴方はもう光の騎士じゃない。悪の組織に立ち向かったトレーナーなんだ!」
「ユキナリ君……」
「アタイも見逃すよ。アンタはこの街を救ったヒーローなんだ。もっと困っている奴等はいるハズさ……少なくとも刑務所に入ってちゃいけない。さあ、行くんだ!」
「……私は……答えを探せなかった。ならば……答えを探したい。身勝手だが、君達がそう言うのならば、私は旅を続けよう……
 もう、私はあの御方から離れた……ロケット団では無い。目的が果たせない幹部など、あの御方には必要無いであろうからな。これからはトレーナーとして……生きよう……」
 純白のマントを翻して、オチは足早に去っていく。その目には涙が光っていた。

「メグミさん……」
「アタイも元々、アイツの事嫌いじゃ無かったよ。話してて解った。本当に悪い奴じゃ無いって……ま、コレがバレたら大変な事になるけど……」
「そういう意味では運命共同体って奴でしょうか、僕達」
「逃げたって言えば良いだけでしょ。さて、アタイ達も街に戻らなきゃ……」
 メグミとユキナリは街に向かって歩き出した。勿論、2人の思いは重なる。『どちらが上なのかハッキリさせなければ』と言う、純粋な思いであった。

夜月光介 ( 2011/06/02(木) 21:43 )