第4章 3話『激闘・轟きのホウ』
誰もが寝静まっている深夜、カオス3幹部のホウの命令にて派遣された下っ端達は、ポケモン達を盗み出して労働力とする為に動き出していた。
ジムや施設には頑丈な鍵がかかっていたが、普通の家には簡単に侵入出来る。ユキナリ達が寝ている宿舎の方にも魔の手が迫っていた……
「ふあーあ……」
尿意を催したユウスケは目を覚ました。まだ半分夢の中だが、外にトイレがある事は認識している。そのまま不用意にドアを開けた。
その瞬間、思いっきり下っ端と頭をぶつけ合ってしまったのだ。
「うがっ!」
軽く鈍い音がして、2人とも痛みをこらえてしゃがみこんでしまった。
「な、何だ?入り口に何か立てかけてあったのか?」
雪が降る曇り空の下でも月の光は微かに照らす。とは言え、ジムの影に隠れて宿舎辺りは真っ暗であった。電気をつけていないと何があるかさっぱり解らない程暗いのだ。
「痛ッ……だ、誰かいるんですか?」
慌ててユウスケは宿舎の電気をつけた。明かりに照らされた黒ずくめの男はずっと暗い場所にいたため目が眩んでしまい、立ちすくむ。
「か……カオスの団員だ!」
ユウスケは物凄い勢いでベッドに戻り、ユキナリを叩き起こした。咄嗟に転がっていた枕を掴んでユキナリの頭をバンバン叩いたのである。
「ゆ、ユウスケ!?何するんだよ!」
「カオスの団員だよ!本当にこの街に潜伏していたらしいんだ!」
慌ててパジャマのまま飛び起きるユキナリ。団員はやっと目が慣れたらしく、少年2人を凝視していたが、納得した様な風にこう言った。
「そうか!貴様等だな?セイヤ様を撃破したと噂されていた小僧2人と言うのは!ジムの宿舎にいたのだから大方間違いあるまい。
お前達を倒せれば俺の出世は約束されたも同然だ!いや、もしかしたら幹部になれるかも……」
夢心地で自分が様付けされる事を考えている下っ端を無視してユウスケはトイレまで全力疾走した。ユキナリはコシャクを出して準備を整える。
「貴方がカオスの団員であるならば、僕は容赦しませんよ!」
「フン、セイヤ様も落ちぶれたものよ。こんなガキ相手に負けてしまわれるとは……今の俺は絶好調だ。小僧2人ごとき片付けてくれる!」
カオス団員はモンスターボールからグライガーを出現させた。
『カカカ……キシャーッ!俺の敵じゃねえな!キシャシャシャ……』
『それはどうですかね。もうすぐ私達の援軍が到着しますよ!』
トイレから戻ってきたユウスケはコボクを引き連れていた。
「ゴメンユキナリ君。さっきからトイレに行きたくて……」
「いいよ。今は敵を倒す事に集中しよう!」
ユキナリはポケギアでグライガーの情報をインプットして閲覧した。
『グライガー・とびさそりポケモン。猛毒の尻尾から出る毒液は象を3秒で殺すと言われている程強力。
羽根がついているがあくまで高い所から滑空する為のものであり、飛べるワケでは無い。砂漠の砂地から勢い良く飛び出して不意打ちを仕掛ける戦法を得意としている』
「じゃあ、特殊能力は……?」
『特殊能力・どくのキバ……どく属性の技が当たると必ず『どく』状態になる』
「どく状態はまずいな……敵は1体しか出してないんだし、どっちから先にやってみる?」
「じゃあ、僕からやらせてよ!自信があるんだ!」
ユウスケは胸を叩いたが、実際の所、グライガーは本来ならば『じめん・ひこう』と言う属性のポケモンである。
草ポケモンを扱うユウスケにとってはかなりの強敵であった。どくもくさに対してはかなりの威力を発揮する。
「じゃあコボク、戦ってみようか!」
『OKッスよマスター。どくを使ってこようが勝つ時は勝つんスから!』
「小癪な奴め、グライガー、早速空を飛ぶを使って攻撃開始だ!」
けたたましい笑い声を発しながらグライガーは闇夜に消えた。フィールド的に不利と言えばそうである。
コボクからの視点では空中に舞い上がったグライガーを発見する事は出来ない。
「コボク、宿舎の明かりはついてるんだ!影から判断して避けて!」
コボクは足元に向かって飛んでくる影を見つけて急降下してくる位置の検討をつけた。ギリギリで避けた、と思ったのだが……
「間抜けが!角度調整はこっちの専売特許だぜ!」
あくまでもコボクに狙いを定めていたグライガーは角度を変えて突っ込んできたのだ。コボクの横っ腹に全体重が激突する。
『グッ……!なかなか、やるッスね……』
『俺を誰だと思ってやがるんだ?キシャ、シャ、シャ……』
コボクの受けたダメージは通常の2倍で、かなり手痛いものだった。
また壁をつたってあっと言う間に闇へと消えていくグライガーを追う事も出来ない程弱ってしまっている。
『キシャーッ!!』
完全に勝利を確信したグライガーの叫びは逆効果であった。
滑空してきたグライガーを避けられないのならば、背中に飛び移るしか無い。
アオイとの戦いの時にユキナリが用いた戦法である。叫び声から位置を把握すると、寸前で飛び上がり背中にひっついた。
「コボク、そのままグライガーに向かって草吹雪だ!」
さらに渾身の力をこめてジャンプしたコボクは、グライガーの背中に向けて草吹雪を放った。
背後から思いっきりヒットしたその攻撃を受けて、グライガーは無様に雪の積もった地面に激突してしまう。
『キイイイ……こんな、ハズじゃ……』
グライガーはヨロヨロと立ち上がった。激突したダメージも加算された為、若干コボクよりも多いダメージを受けている。
「チッ、戻れグライガー!このまま勝負を続けるのは時間の無駄だ!」
カオスの団員はグライガーをボールに戻して、別のボールを取り出した。
「今度は一筋縄じゃあいかねえぞ、行けヘルガー!」
閃光と共に現れたのは黒い煙を口から吐き出す不気味な番犬であった。
黒い体からは時折真っ赤に燃えた炎が噴き出し、その黒い煙がさらにそのポケモンの恐ろしさを体現していると言える。
『死にたい奴は前に出ろ……』
ヘルガーの背中に雪が付着するが、あっと言う間に蒸発していく。闇夜は雪の中に佇むヘルガーの威圧感を煽るには充分な効果を発揮していたのだ。
「ね、ねえユキナリ君。ちょっと、ヤバくない……?」
カオスの下っ端であるのにこのポケモンは随分強そうに見える。だがユキナリは動じなかった。コシャクと共に立ち塞がる。
「次は、僕達が相手だ!」
『良い度胸だ……その無謀さだけは賞賛に値する……』
フーフーと煙を吐きながらヘルガーが迫ってくる。見た目は恐ろしいがコシャクとそこまで実力に差があるワケでは無い。
ポケギアからもそれは良く解っていた。さらに確認を取る為に急いで情報を収集する。
『ヘルガー・死を司るケルベロスによく似ている通称地獄の番犬。口から吐いている煙は体内で燃え盛る炎が不完全燃焼を起こしている為に出る廃棄物。
スモッグを超える程の不可視力を持ち、自らの火力を上げる働きをも併せ持つ戦いたくないポケモンと言える』
「じゃあ、特殊能力は……」
『特殊能力・じごくのほのお……相手の炎攻撃を吸収して攻撃力を上げてしまう』
「困ったな……コシャクを使うのはマズイんだ……ここは、ヒュードロに任せよう!」
ユキナリは素早くポケモンを交換した。今度はヒュードロと共に前に立つ。
『なっかなか強そうだね〜。でも僕だってやる時はやるんだよ〜♪』
『フン、その戯言は……地獄で好きなだけ吐いてこい!!』
ヘルガーは卑怯にも準備が出来ていないヒュードロめがけて火炎放射を仕掛けてきた。
『おっと、危ない♪』
ヒュードロは難なく攻撃を避けた。
戦闘力を見る限りヒュードロのステータスは低かったが、自分の戦闘ペースに持ち込む事に関しては天才的な腕を発揮する。ユキナリはそれを見抜いていた。
「ヒュードロ、ハイパーボイスで相手を攪乱させるんだ!」
『アイアイサ〜♪スウゥゥゥゥ……ガアアアアアーーッ!!』
人間の鼓膜が破れそうな程の大声はヘルガーにもダメージを与えた。もともと犬のポケモンなので聴覚が異常に発達しており、それが逆にさらなるダメージを追加する。
『グウ……弱い下等生物の分際でェェェ!!』
ヘルガーは少しヨロヨロしながらも空に向かって火炎放射を放った。だが素早さに秀でているヒュードロの事だ。夜なのでさらに明るい攻撃を避けやすくもある。
「いいぞヒュードロ!そのままシャドーボールだ!」
『おっけ〜♪もうフィニッシュしちゃおうか!』
手を合わせ、巨大な闇の球を作り出すヒュードロ。当たりさえすれば勝ったも同然だ。
「ヘルガー、まだだ。お前はそんな簡単にくたばる奴じゃねえだろ?」
『解っている……私は、最強なのだ……誰にも負けはすまい……!』
ヘルガーは飛んできたシャドーボールに向かって煙を放ち、位置を相手に教えずそのまま回避した。
『うーん……じゃあ、これならどうかな?』
ヒュードロは時間をかけてさらに巨大なシャドーボールを作ろうと身構える。
しかしこの決断はマズかった。ヘルガーにとってはまたとないチャンスだったのだから。
『愚かな奴だ!自らとどめを刺す為に墓穴を掘るとはな!この戦もらった!』
ヘルガーは最大火力でヒュードロに向かって究極技『ブラストバーン』を放った。
巨大な炎の塊がヒュードロに向けて飛んでいく。ヒュードロはニヤリと笑うと瞬間移動をしてそれを難なく避けてみせた。
『ばっ、馬鹿な!私の究極技が避けられるとは!』
『こうしてくる事を見切ってたからね〜♪残念だけど、もう時間切れだよ!』
既に両手で抱え上げなければ保っていられない程大きくなったシャドーボールが浮いている。
『吹っ飛んじゃえ〜!』
飛ばした特大シャドーボールを避ける力は残されておらず、ヘルガーは直撃して大ダメージを受けた。
だが、プライドがそうさせたのかその攻撃をくらってもまだHPがゼロにはなっていない。白目をむきながら必死に耐えていた。
『ハア……ハア……マダ……ダ……』
ヘルガーは唐突に火炎放射をヒュードロに向けて放った。
全く予期しなかった攻撃を咄嗟に避けるのはとても難しい。ヒュードロは何とかそれを避けようとしたが、半分方くらってしまう。
『な……!?』
『私ハ……グウウ……地獄ヲ見テキタ王者ダゾ!負ケナド、考エテオラヌ!』
何処からそんな力が出るのだろうか。今や半分アンデットの様なヘルガーは気絶していながらも無作為に炎弾を連発した。それは意地なのだろうか。
それとも瀕死に近付く事でヘルガーの真価が発揮されようとしているのだろうか?
『うわっ!』
先程とは比べ物にならぬ程の速さにヒュードロは慌てた。たかをくくって慢心している時ほど混乱から抜け出すのに時間がかかるものだ。
1発の弾にかすり、そして最後の弾はヒュードロの腹に直撃する。
『急に強くなるなんて……流石、地獄の番犬と呼ばれるだけの事はあるね〜……』
減らず口を叩くが、体力は限界に近付いていた。一気に劣勢に持ち込まれた事でヒュードロの顔つきも真剣な表情になっている。
次の1発が勝負を決めるのだろう。だが、その時……
「おい、てめえら!ふてえ真似しやがって!ひっ捕らえて巡査に突き出してやる!」
遠くから大勢の怒号が聞こえてきた。下っ端は慌てて
「ま、不味い!気付かれたのか!!た、退却しねえと……」
そう言うとヘルガーをボールに問答無用で戻し、すたこらと逃げ始めた。慌ててユキナリとユウスケは後を追ったが、流石雑魚キャラだけあって逃げ足は天下一の腕前だ。
もう闇夜に紛れてしまっていた。
「メグミさん!」
「おう、アンタ達かい。このクソ忙しい時にポケモン泥棒だなんて……アタイとした事が情けないね、民家に侵入してる事に気付けなかったよ」
先頭はメグミ、そしてその後に控えていたのはメグミの部下達だ。
「畜生、もう少し早けりゃ1人位は捕まえてアジトの場所を吐かせてやったのによ!」
「だが変じゃねえか?あれだけ大勢の奴等が何処に隠れてたってんだ。検討もつかねえぞ……なあお前等はどう思う?」
「僕達、前にもカオスの団員と戦った事があるんですけど、その時は地下にカオスの仮設アジトがありました。逃げられてしまいましたけど……」
「地下か……ありそうな話だね。よし、かなりの被害が出てるんだ!今から総出でアジトを捜索しな!もうポケモン達が別の場所に送られているかもしれないんだよ!」
そう言うとメグミは部下達を率いて足早に走っていってしまった。
「どうしようユキナリ君。メグミさんについていこうか?」
「ダメだ。さっきの戦いで疲れちゃって、それに眠いよ……」
12歳の少年であるユキナリにとって睡眠不足は大敵である。勿論ユウスケの瞼もかなり危険な状態であった。
このままだらだらとしていたら地面に突っ伏して寝てしまいかねない。2人は仕方なくしっかりと睡眠を取る事にした。
翌朝……宿舎のベットで目を覚ましたユキナリとユウスケは朝食を摂り、歯磨きをしてシャワーを浴びて着替えて外に出た。
起きてから30分で全部の工程を済ませた事には敬意を表すべきであろう。
急いで工事現場の方向へ向かっていると、人だかりが出来ているので2人は近付いてみた。
「ユキナリ、やっと見つけたよ……何てこった。バアちゃんの言ってた『災厄』ってのはコレの事だったのかい……」
見るとニュータウン建設の要となっていた高層ビルの工事現場から地下へと掘られている穴があった。
ナックラーの掘った穴と混じっていたので解らなかったのだろう。その穴からは冷気が漂ってきていた。
「見つけられなかったのは、きっと何かで蓋をしていたからだろうね。
うう……アタイがこんな大規模な工事をしなければ、カオスの連中に隙を作る事なんて無かったのに……悔しいよ!」
メグミは地団太を踏んで悔しがった。きっとナックラーが蓋を壊したのだ。
もしその穴だけを掘ったのなら簡単に見つかったのだろうが、昨日の騒ぎで穴を調べる時間が無かったとも言える。
とにかくカオスは今回もまんまと住民達のポケモンを盗んでいってしまったのだ。
「具体的にどれ位の被害が出ているんだい!」
「……かなり酷いですぜ、姐さん。一軒家で飼っていたポケモンはほぼ全滅、俺達の中にも不意をつかれて盗まれちまった奴がいる程なんで……」
「ほんっとにアンタ達はアタイの部下かい?情けないねえ。ユキナリ、ユウスケ!アンタの実力をさらに知りえる良い機会だ。
アタイと一緒についてきな!ふざけた連中をぶっ潰してやるんだよ!」
そう言うとメグミはその穴に飛び込んでいった。かなり身軽だ。その後にユキナリとユウスケが続いていく。
屈強なメグミの部下達も中に入ろうとしたが、入り口で完全に体が詰まってしまった。
「おい、早く入れよ!」
「だ、ダメだ。……つーか周りを掘ってくれ!出られねえんだよ!」
「あーあ……」
「姐さんとあの小僧達、大丈夫かなあ……まあ、姐さんがいるんだから滅多な事は無いと思うけど……」
3人は洞窟の様になっている狭い穴を進んでいった。
「ちょっ、ユキナリ!それともユウスケかい?アタイのヘルメットを踏み台にしないでおくれ!落ちちゃうじゃないか!」
「ご、ごめんなさい!足が滑っちゃって……」
通路はほぼ垂直になっており、入り口からすぐに梯子があったのでそれを使ってゆっくりと降りていく事が出来た。
上を見上げるがもう真っ暗で何も見えない。
「あれ、もう上の光が見えない所まで来たのかな?」
入り口を屈強な男1人が塞いでいるだけなのだが……それに、何時彼が落下してくるのかも解らない為、本来ならばもっと急いで降りなければならないハズだ。
「面倒な通路だね。アタイはこんな退屈な通路作ったりはしないな。そうだね……やっぱりガラス張りの円柱型エレベーターなんて斬新かも……」
ウットリとするメグミだが、考えに集中していると他の事に鈍るものだ。簡単に手を滑らせて落下した。
「メグミさん!」
慌てて手を伸ばしたが真っ暗だったので掴もうにも掴めない。メグミは数メートル落下した後自力で取っ手を掴んで事なきをえていた。
「あ、危ない危ない……アタイ、ちょっと反省……」
そんなやりとりをしながら3人は無事にアジトの前に辿り着いた。
「あれ……暗証番号を入力してください、だって……」
『暗証番号を入力してください。1回でも間違えると警報が鳴ります』
「ああ、イライラさせてくれるじゃないか!一体何なんだい!」
ユキナリは下に落ちている紙切れを見つけてそれを拾い上げた。
『暗証番号は……覚えてられないからメモしておこう。セイヤ様の人生を滅茶苦茶にしたポケモンの名前だったハズだ……』
「と、言う事は……」
ユウスケは迷わずに『オニドリル』と暗証番号を入力した。
『パスワード入力完了。ドウゾ、オ通リクダサイ』
あっけなく自動ドアの様に扉が開いた。3人が中に入ると扉が閉まり、また真っ暗になってしまう。
「これじゃ何にも見えないね。明かりは無いのかい?」
「メグミさん。僕達の持ってるポケモンで何とかしますよ」
すかさず、ユキナリはコシャクとヒュードロを出現させた。どちらも明るい鬼火を通常装備している為、周りがぱあっと明るくなる。
『ず、随分冷えてる所に、来たんだね……』
「あ、そうだ!ヒュードロは回復してないんだった……どうしよう!」
「しょうがないね。アタイの回復薬をあげるから、それで治しな!」
ユキナリはヒュードロに回復薬を投与した。あっと言う間に元気になる。
「あれ?向こうの方も何か光ってるよね……そ、それにさ……」
ユウスケは壁際で気絶している沢山のカオス団員を指差した。
「僕達の前にもう誰かが来ているみたいだよ……?」
オチさんだ。ユキナリは何故か確信しつつそう思った。向こうに見えている光も、きっとウミホタの光に違いあるまい。
「とにかく、あの光っている所まで行ってみようよ!」
3人が走り出した時、不意にメグミは何者かの気配を感じた。
「ふ、伏せてッ!」
危ない所だった。トレーナーに向けて岩石を投げてきたポケモンがいたのだ。勿論そのポケモンを操っているトレーナーもいた。
カオスの団員で既にかなりの重傷を負っている。その為に見境が無かったのかもしれない。
「お前達も、あの騎士の仲間か……」
「ちょっと待っておくれよ!騎士って……誰の事だい?」
「とぼけるな!俺にこんな傷を与えておいて……容赦せんぞ……」
下っ端が出していたのはノズパスであった。かなりレベルは高そうだ。
「アンタ達2人は先に行ってな!こいつはアタイが片付ける!」
「わ、解りました!で、でも光が……」
「光がそんなに大事なら、付けてやるぜ……」
下っ端は震える手でアジトの電源スイッチを入れた。あっと言う間に明るくなる。
「と、盗電かい……ますます腹が立つ連中だね!」
「これで俺も戦いやすくなったってモンだ……それにもうこのアジトの存在を知っても遅い。
ホウ様はとっくに奪ったポケモン達をレイカ様の指揮しているカオスの本部に送っている頃だろう。ハハハ……」
3人は唖然としてしまった。やはりアジトの場所を見つけるには遅すぎた。手遅れになってしまっていたのだ。
「まあ良いさ。ユキナリ、アンタが頼りだよ。頑張りな!」
「はい!とにかく……そのホウさんと戦ってきます!」
2人はとにかく走った。長い廊下をひたすら走った。後ろで戦っている2人の声や音が聞こえていたが、それを気にせずに走り続けた。
そして、突き当りの部屋に駆け込むと……
そこにはセイヤとの戦いで見た事がある転送装置が設置されており、台座に座っている無精ひげを生やした青年と、純白の鎧に身を固めた男が対峙していた。
その男の足元にはウミホタが転がって呻き声を上げている。
「どうだ、もう降参する気になったか?俺のポケモンはなかなか強いだろう」
「その通りだな……サカキ様、無念でございます。結局、仇を討つ事は出来ませんでした……このウォリック、一生の不覚……」
彼の鎧兜からは、涙と思われる液体が零れ落ちていた。この声には聞き覚えがある。それに彼のポケモンにも見覚えがあった。
「オチさん!」
そう呼ばれると彼はビクッと全身を震わせて振り向いた。振り向くとそこにはユキナリとユウスケがポケモンを引き連れて立っている。
「……君達か……無様な姿を見せてしまったな……」
彼は自ら兜を脱いだ。その顔はやはりオチ以外とは考えられない。
「どうして、オチさんが……貴方はロケット団だったんですか?」
「そうだ。私は光の騎士ウォリック……ロケット団の大幹部だった男だ。あのレッドと言う忌々しい小僧のせいで組織は壊滅。
サカキ様も捕まり組織崩壊のショックで言葉を失われてしまった……のうのうとカントーを狙おうとしているカオスが許せなかったのだ……
だが、復讐はもう終わりだ。負けた者は去るのみ……後は、君達がカオスを……倒してくれ……」
オチはウミホタをボールに戻すと、そのまま入り口へ歩いていこうとした。
「待て!」
だがカオスの大幹部はそれを許さなかった。ボタンを叩くと開きっ放しになっていたドアが閉まり、ビクともしなくなる。
「このガキに命運を託すなら、見物していけウォリック!お前と同じで、この2人も俺の実力を嫌と言う程知る事になるんだ!」
「クッ……良いだろう。言っておくが、今の段階ならばユキナリはお前よりも強いハズだ。私のレベルもとうに超えているかもしれんな……」
「フン、そんな戯言……俺は信じねえな!」
青年とは言えどセイヤよりは年上だろう。濃い青色の制服を着ており、カラーデザイン以外はセイヤが着ていた物と殆ど変わらない。
「さて……どっちのガキが俺と勝負するんだ?言っておくが、このカオス大幹部のホウ様はそう簡単には倒れねえぞ!セイヤと同じじゃねえぜ。
まあ、少しは楽しませてくれねえと困る。退屈だったからな……」
ホウはニヤリと笑うとボールを地面に向かって投げた。
『キュイ……キュ、キュルルル……』
閃光と共に出現したのはまるでイソギンチャクの様なポケモンだった。ユラユラと揺れているそれは触手と呼んでしまって全く差し支え無い。
「リリーラだよ!いわ・くさタイプの凄い珍しいポケモンだ!大昔のポケモンでもう絶滅したって図鑑に書いてあったけど……」
「アズマ様が俺に化石を復活させてくれる科学者を提供してくださったんでな。この他にも太古の昔に暴れていたポケモンが大勢揃ってるぜ!」
「オチさん、じゃあ、この人の扱っているのは……」
「岩タイプだ。あまり彼を甘く見ない方が良い。私もたかをくくってしまったせいであっさりと敗北してしまった……全力で挑まんと奴には勝てないぞ!」
オチ程の強者が負けるなんて……ユキナリの表情が硬くなった。だが、そこで恐れていても前には進めない。彼はトサカとの戦いでそれを理解していた。
「僕が戦います!」
ユキナリはコエンをボールに戻すとヒュードロを前に出した。
「小僧……お前の名前は?」
「ポケモントレーナーのユキナリです!」
「ほう、なかなか良い名前じゃねえか。ユキナリ……このホウ様に戦いを挑もうとした事に関しては褒めてやるが、それは無謀ってモンだ!」
リリーラがヒュードロに向かってのそりのそりと這ってくる。
「リリーラの特殊能力は……」
『リリーラ・かせきポケモン……人間がまだ生まれていなかった頃、海の中でプランクトンなどを常食していたポケモン。触手で獲物をからめとり、そのまま養分を全て吸収してしまう』
ユキナリはさらにポケギアで特殊能力を確認した。
『特殊能力・吸い取り再生 体力吸収系の技を使ってヒットすると状態異常も回復する』
「くさ系の吸収能力を使ってくるのか……でも、効果抜群にはならないぞ!」
「ユキナリ君、頑張って!」
「よぉし、まずは小手調べと行くか。リリーラ、ようかいえきだ!」
『キュ……キュキュキュキュキュキュ……』
ポケギアの翻訳機能を使ってもリリーラの言語を理解する事が出来ない。多分今のポケモンと使っている言語が全く異質なものなのだろう。
だが、やはり古代ポケモンもトレーナーの命令を聞くだけの知能はしっかりと備えている様だ。這いながら触手は常にヒュードロをロックオンして視界から外そうとはしない。
『気持ち悪い奴だね〜。まあ僕は勝たせてもらうけど……』
「ヒュードロ、溶解液を避けて、シャドーボールを連発するんだ!」
飛んできた溶解液は実に正確にヒュードロを狙って放たれた攻撃だった。夜中に襲ってきたヘルガーより命中率は高くなる。それでもヒュードロは回避能力の高さを見せつけた。
『飛んでいっちゃえ〜!』
小粒なシャドーボールをヒュードロはリリーラに向かって何度も放った。リリーラは回避能力どころか動こうともしない。攻撃は綺麗に全部ヒットした。
「リリーラの防御力を甘く見るなよ。吸盤のおかげでどんな攻撃を受けてもただひたすらに攻撃を当てる事のみに集中出来るのさ。今度は外すな、ようかいえきだ!」
確かにリリーラは大したダメージを受けてはいない。研ぎ澄まされた感覚は逃げるヒュードロを上回り、溶解液を確実にヒットさせる。
『うわっ!何だよコレ〜!』
肩にぶち当たった溶解液はしゅうしゅうとヒュードロを溶かして苦しめていった。動きが鈍くなった所を見計らってホウがさらに命令を出す。
「よーし、今度はギガドレインで相手の体力をいただいちまえ!」
ヒュードロはダメージを受けたせいで逃げる事もままならなかった。あっという間に相手の吸収オーラにはまってしまい、エネルギーを吸収されてしまう。
「へっへ、戦闘兵士として訓練を受けたリリーラの強さはどうだ!お前達の様にポケモンを仲間として扱っているから対応出来なくなる。
ポケモンはな、仲間じゃねえ。俺達人間の為に生きて死ぬ奴隷、駒なんだよ!」
セイヤと同じ事を言っていた、とユキナリは思った。確かに情をかけずにひたすら怪物として酷使させれば強くはなるだろう。
だが、大切なものを与えられていないポケモン達は、トレーナーの願いを真剣に聞いてくれる事は絶対に無い。
「ヒュードロ、何とかギガドレインの範囲から逃げ出すんだ!」
ヒュードロは歯を食いしばって必死に姿勢を戻した。そのまま渾身の力を込めて腕を伸ばし、リリーラめがけて巨大シャドーボールを放つ。
「な、何であんな力が残ってやがるんだ?理論値じゃあもう反撃も出来ねえハズだぞ!」
ホウは慌ててリリーラに後退しろと命令しようとしたが、手遅れだった。
リリーラにそのシャドーボールが直撃し、つんのめってギガドレインの範囲が後ろに下がる。その一瞬が勝負だ。吸盤を持つリリーラは簡単に体勢を立て直せる。
立て直されてはもう勝機は無い。速く、もっと速いシャドーボールを立て続けに放つのだ。
「ヒュードロ、シャドーボールでもう1回攻撃して下がり、ハイパーボイスを使うんだ!」
『……リリーラに、耳があるとは思えないよ〜♪』
ヒュードロは敢えてトレーナーの命令を無視した。勝つ為にはさらにシャドーボールを連発するしか方法は無い。
ユキナリはハイパーボイスの強力な点は覚えていたが、耳のあるポケモンにしか効かないと言う事を忘れていたのだ。
「そ、そうか!」
命令を変更し直す前に、ヒュードロは既に動いていた。反撃など許さぬと、後退しながらシャドーボールを連続で放つ。
だがその威力自体はエネルギーを溜める時間が無い為に低いものだ。それを見越したリリーラはなんとか体勢を立て直す為に触手を伸ばした。
「よーし良いぞリリーラ!そのまま締め付けて倒しちまえ!」
だがリリーラの触手が掴んだのはヒュードロの胸であった。締め付けても両手がちゃんと使える。ヒュードロは力を振り絞って最後のシャドーボールを作った。
「なっ、馬鹿な!畜生、リリーラ!奴を壁に叩きつけろ!投げさせるな!」
ブンッとリリーラはヒュードロを振り回して投げたが、もうシャドーボールは放たれていた。ヒュードロの渾身の一撃がリリーラの体を貫く。
傷だらけになってしまったリリーラは吸盤のおかげで立ったまま瀕死状態になっていた。
一方投げられたヒュードロの方は壁にぶつかる瞬間、壁に向かってシャドーボールを放ち逆噴射の要領でなんとか瀕死を免れる。
2人のトレーナーは互いの力量を見極めようとしていた。
(さすがカオスの幹部だ。強い……でも、愛の無いトレーナーと戦うからには勝たなくちゃ!)
(フウム……セイヤの言う通り手強いトレーナーだな。まあ切り札が登場すればあっと言う間に俺の勝ちだ。負けるワケが無ぇ……)
「ユキナリ、君は私と戦った時より遥かに強くなっている……今私と戦えば間違いなく君が勝つだろう……差が付き過ぎてしまった……何が君をここまでに変えたのだ?」
ユキナリはオチの質問に答えた。
「きっと……貴方との出会いが、沢山の素晴らしい人達との出会いが僕を刺激して、導いてくれたんだと思います。僕もユウスケも、もっと強くなりたいんですから!」
『とりあえず、次も僕が相手だよ〜♪』
肩にダメージを負いながらも、決定的なダメージを受けていない為まだ戦えるのは解っていた。
そして、彼がユキナリの命令を無視してまで、自らの勝利に突き進んだ理由も……
「僕が、負けられない状況だったから命令を無視した、そうだよね?もし僕が君の立場だったら、相手を思いやって君と同じ様に命令を無視したハズだから……」
『……ゴメンねマスター。怒らせちゃったかな〜……』
「大丈夫だよ。僕が悪かったのは解るし。次の戦いに集中しよう!」
「よおし、今度の俺が出す戦士は……コレだ!」
ホウがモンスターボールを地面に投げつけると、黒っぽい怪獣の様なポケモンが現れた。
『ギャオーース!!グオオオオオ……』
「アーマルドだ!これも古代ポケモンだよ、ユキナリ君!」
先程のリリーラとは大きさが違う。天井に頭がついてしまいそうな程な巨体を揺らし、大声で叫ぶ姿は映画の怪獣を彷彿とさせる。放射能火炎を吐きそうな感じだ。
「アーマルド……どんなポケモンなんだろう?」
ユキナリは再びポケギアでアーマルドの情報をインプットして閲覧した。