第4章 2話『雪神ゴウセツ・海神シンリュウ』
「バアちゃん、昔はアタイの考え、汲み取ってくれてたのになあ……」
椅子にどっかと座っている少女、メグミは頭を少しだけ掻いた。
「ねえユキナリ君、そう言えばイミヤタウンのジムリーダーの名前、何て言ったっけ?」
「確か……メグミさんって名前じゃなかったかな。あっ、そうか!」
思い出した。と言う事は目の前にいるこの気の強い女性がメグミなのか。
ユキナリはメグミに近付き、ジムでの勝負をお願いしようと話し掛けた。
「僕、ポケモントレーナーのユキナリって言います!こっちは相棒のユウスケ……4つ目のジムバッチがどうしても必要で……
バトルをしてくれませんか?僕達、ウオマサリーグに挑んで、自分の力を試してみたいんです!」
「トレーナーか……ゴメンよ。アタイ今ちょっと忙しくてね……
少なくとも終わらせなくちゃならない工程がかなり残ってるから、少なくとも2日はジムに戻れないんだ。
アタイは代役を用意してるワケじゃ無いし……アンタ達、ニュータウン計画って聞いた事ある?」
ユキナリとユウスケには初耳であった。どんな計画かも解らない。
「いえ、全然……」
「イミヤタウン、今凄い過疎化が進んでいてね……このままじゃ誰もいなくなってしまう。
アタイの生まれ育った村が消えるなんてアタイにはどうしても納得がいかない。活性化を図る為に今あのビルを建設してるのさ。
あそこに建設途中の骨組みが見えるだろ?」
(あの巨大な工事現場でビルを建設してるのか……)
ユキナリは完成したビルの姿を想像した。あれなら100階建てより上かもしれない。
「あのビルは手始めでさ。この村を変えて、もっと多くの人達が集える、活気のある街にしたいんだよアタイは。
ちなみにアタイがこの計画の立案者で、工事現場の主任でもあるんだけど」
「さっきのトコヨさんと言う方は……?」
「アタイの計画に大反対してるウチのバアちゃん……ココの雪神神社の巫女でもあるんだ。
この村は聖地であって、それを穢すなどもってのほかだって言ってる……
雪神神社は別の場所に建て直すし、他の重要施設はちゃんと残すって何度もアタイが説明してるのにだよ?」
ユキナリは自分が口を挟むべき事では無いと考え、何も言わなかった。
「だからさ……悪いんだけど今日を入れて2日間、この村でのんびりしててくれない?
アタイもこんなに忙しくなるなんて思わなかったからさ。アンタ達が来るのは解ってたんだけど……」
「僕の兄さんが教えてくれたんですね」
「ああ、やっぱりアンタあいつの弟だったのか。通りで雰囲気が似てると思ったよ。
顔は全然違うけどさ。アンタにもあいつにも決意を感じたから……」
顔が違うのは当然であるが、ユキナリは何故か少し哀しくなっている自分を感じた。
「何も出来ないのは辛いですから、観光名所とか教えてもらえると嬉しいんですけど……」
「ココはねえ……ニュータウン計画完了の暁には名所が増えてるとは思うんだけど……
今の所は雪神神社とエプシロンショップ、後うちのジムと建設途中のあのビル位かもね」
2人は顔を見合わせた。雪神神社以外は全て窓の外を見れば見える建物ばかりだ。
「ま、バアちゃんも話し相手が欲しいだろうから、まずは神社に行ってみるといいんじゃない?
あとショップとかで準備を整えておきな……それに建設中の現場、アタイの部下達が沢山いるから話相手には困らないと思うよ」
一気に喋ると、メグミは椅子から立ち上がりニヤッと笑った。
「じゃあね。アタイはまた仕事があるから……宿舎は開けとくから勝手に使っていいよ。そんじゃ!」
本当に豪胆で男勝りな人だ。しかもさっぱりしていて明るい。
(ナギサさんをパワーアップさせた感じなんだろうか……)
ユキナリはただ、自分の心の中だけにその考えをしまっておこうと思った。
「ユキナリ君。それじゃあ、何処か行ってみる?ココでだらけていても暇だし……」
「そうだね、経験値を稼いだり色々な人に会ったりしようよ。逆に2日間あると思わなくちゃ」
ユキナリとユウスケは回復した自分のポケモン達を受け取ると、今度はPCの前に座った。
「まずはショップに足を運んでみようよ。当選金額からちょっと引き出してさ……」
『貯金残高・500000円カラドレ程オ引キ出シ致シマスカ?』
パスワードを入力し、そのまま認証画面にて金額を決め、引き出す。
あっと言う間にユキナリの財布の中には4500円(残った500円と合わせて5000円)が入っていた。
ユウスケも同じ分だけ引き出し、どちらも5000円を手元に持っている事になる。
「僕はまだあのモンスターボールが4個も残ってるんだ……でもユキナリ君はハスブレロ、ヒュードロ、ノコッチ、ジグザグマを捕まえる為にボールを使ったから、あと1個しか無いよね」
「うん。まだポケモンが6匹に足りていないし、パーティを状況に応じて変更出来る位にはしておきたいな……だから、まずはボールを買わないと……」
早速2人はセンターを後にして、イミヤタウンにあるエプシロンショップに向かった。
エプシロンショップでは、様々なトレーナーがアイテムを買っている。
品揃えや店の大きさはシオガマデパートにかなうものでは無かったが、それでもやはりそのタウンだけのアイテムが人気なのだ。
「ユキナリ君、ホラディグダ人形があるよ!可愛いねー」
「こっちにはドリルボールがある……じゃあ、メグミさんから受け取るのはドリルバッチか……」
ユキナリはとりあえずドリルボールを1個購入してみる事にした。地面タイプのポケモンを捕まえやすくなるボールだ。
その他には特に限定のアイテムがあるワケでも無い。
『ハイパーボール・1200円』
「やっぱり特価じゃないのか……でも、必要だからなあ、ボールは……」
ハイパーボールは現在4個買って使ってはいない。だが4個で足りるとは考えていなかった。
3個を買っておつりが900円。ユキナリはドリルボールをもう1個買って買い物を終えた。
一方ユウスケの方はハイパーボールを4個購入。これでユウスケは合計8個のハイパーボールを所持している事になる。
それぞれ400円と200円のおつりとなった。
「現地の特別なボールは、全部500円で売られているんですか?」
ユキナリがエプシロンショップの店員に尋ねると、店員は笑ってこう答えた。
「あんまり他の街に行った事が無いからハッキリとは言えないんだけど、凄い限定ボールがあるって話を聞いた事があるよ。確かそれは、タウンじゃ無かった様な……」
特殊なモンスターボールがタウン以外にある……2人はそれが何処にあるのか気になったが、深く追求しても店員は答えられないと思い、店を出た。
「あるんだね、もっと凄いボールが……どんななのかな?」
「限定ってだけの理由で高かったら嫌だけどね。とにかく、今は先に進む事を考えなくちゃ……」
ショップを後にした2人は、今度は観光とリーグ制覇祈願を兼ねて雪神神社に行く事にした。
何かご利益があるだろうと言い出したのはユウスケの方である。
「何処でも雪は降ってるけど、ココは随分寒いね……」
防寒着に少し顔を埋めながらユウスケは寒さに震えた。
「雪神神社か……真っ白な鳥居だ。普通は真っ赤なのに……」
雪が積もっていて白く見えたワケでは無かった。純白の鳥居を潜り抜けると、社と賽銭箱が見えてくる。2人はその前で立ち止まった。
「階段を昇って、鳥居をくぐって……普通の神社と何が違うんだろ?」
まずリーグ制覇祈願をしなければと思い、ユキナリは財布から100円玉を取り出した。ユウスケもそれに習い、2人で一緒にお金を投げいれる。
賽銭箱にお金が落ちていくのを確認すると、2人は鈴を鳴らして祈りを捧げた。
(……トーホクウオマサリーグの、チャンピオンになれます様に……!)
2人とも同じ願いだった。こういうのは気休めにしか過ぎない。結局は実力が自分の願いをかなえてしまうのだ。だが、2人にはそれ相応の実力があった。
「かなうといいね。僕達の願い……」
「うん。どちらか1人の願い事しか、かなわないかもしれないけれど……」
親友とは言え、譲れない願いがあった。2人は良きライバルでもあり、リーグに挑戦する際には2人も戦う事になるだろうと、どちらもそう考えていた。
「……ほう、ココに参拝者が来るとは。久しぶりの参拝客じゃな……」
後ろから声がして、ユキナリは慌てて後ろを振り向いた。立っていたのはセンターでメグミと口論をしていたあの老婆だ。
「殊勝な心がけじゃぞ。この神社で願い事をすれば、お前達自身の思いも一層強くなり、かなう確率も高まるじゃろう。雪神様のご加護を得れる……」
「雪神様?この神社は、その神様を祭った神社なんですか?」
「ほほ、まあ神様と言っても人間の姿はしておらんがの。トレーナーが言う所の『伝説のポケモン』がこの神社の神様じゃ」
「伝説の、ポケモン……!」
ユキナリ達はその話に興味を持った。一体、どんな伝説のポケモンがココに祭られているのだろう。
それに、『海神』との共通点があるのかも気になる。ユキナリのリュックの中には、あの『海神の釣竿』が入れられたままだ。
「話を、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「ワシは暇での、話し相手が丁度欲しかった所じゃ。ついてくるが良い。家の中でゆっくり話す方が気楽じゃからな……」
老婆は意外とかろやかな足取りで鳥居の方に向かって歩いていった。慌てて2人も後を追う。
階段を降り、ジムを通り過ぎ、人気のある場所から少し離れた所で彼女は足を止めた。
「ワシの家じゃ……ワシと孫が一緒に住んでおる」
その時、少し辛い表情を見せたのをユキナリは見逃さなかった。
(メグミさんとの事、やっぱりトコヨさんも辛いんだろうな……)
トコヨはそのまま家に入ると階段を昇り、落ち着いた雰囲気の部屋に2人を案内した。
畳が敷かれており、床の間には立派な掛け軸がかかっている。伝統的な日本の部屋と言う感じだ。2人は慣れない場所にちょっと焦った。
「まあ、まだ作法を習う年齢でも無かろう。正座をせずとも良いぞ」
とは言いつつも、彼女はしっかり正座したまま微動だにしていない。
「えっと……トコヨさん、でしたよね?ポケモンセンターでお見かけしたんですけど……」
「お主達に見られておったか……情けない所を見せてしまったのう。じゃが、あのままでは大変な事になる。
老婆の戯言と思って聞き流す者もおろうが、コレはこのタウンだけの問題だけでは無いのじゃ……まずは雪神様の事から話してみようかの」
トコヨは淡々と語り始めた。家の中にいると言うのに、まるで洞窟の様な冷気を感じる。
「雪神様の俗名は『ゴウセツ』と言うてな。あらゆる冬の天候を自在に操る伝説のポケモンと言われておる。
このトーホクが雪と共にあるのは解っておるじゃろうが、それだからこそ雪神様を崇め、災害が起こらん様にと祈るべきなのじゃ」
ゴウセツ……ユキナリはフタバ博士から昔、そんなポケモンがいるらしいと言う事は教わっていた。だが、まさか神様扱いされる程だとは……
(とてつもなく強いんだろうね、ゴウセツって言うポケモンは……)
(そうだね。普通のこおりポケモンの強さの比じゃ無いかも……)
「雪神様は、トーホク全土の空と地上を見守っておる。雪神様も流石に海にまで手を出す事は出来ん。強大な力を持った海神様がおられるのじゃからな」
「海神……?」
「海神様も伝説のポケモンで、俗名は『シンリュウ』と呼ばれておる。海と陸は絶妙のバランスで今まで安定を保ってきた。
じゃが、この場所をいじくる事でバランスが崩れてしまうのじゃ……この『海神の斧』も、それをしっかりと告げておる。
見てみるが良い。特別な時にしか神社には飾らぬのじゃがな……」
トコヨはそう言うと、床の間の隅に置かれた桐の箱から、エメラルド色に輝く美しい斧を取り出した。
だが、その美しさも毒々しい紫色の斑点のせいで輝きを半分程失ってしまっている。
「この神社の取り壊しが決定した時から、海が怒りで荒れるのは解っておった。神社に奉納する場所が変わってしまったのじゃからな。
ともかく、3神器を揃え、ツンドラタウンにある『海神神社』の神棚にそれを全て奉納せぬ事には怒りは収まってはくれぬ……
実際、手遅れなのじゃ。孫に五月蝿く言っておるのは、これ以上の災厄を防ぐ為でしか無い……どうすれば良いのかのう……」
「ユキナリ君、あの釣竿も同じ事になってるんじゃないかな」
「そうか、もしかしたら……!」
ユキナリは急いでリュックから『海神の釣竿』を取り出してみた。やはり釣竿もエメラルドグリーンの輝きが斑点により失われてしまっている。
「な……!お主、何故その神器を!その神器は、選ばれた者にしか渡されぬ3神器の1つなのじゃぞ!……誰から譲り受けたのじゃ?」
「タイコウさんと言うお爺さんから受け取ったんです」
「ほうほう、あの男とな。やはり奴が持っておったか……お主が選ばれたとなると、ワシもコレを渡した方が良さそうじゃな」
そう言うと、トコヨは神器をユキナリに手渡した。一方手渡されたユキナリの方は急に神器を渡されてしまい慌ててしまう。
「え?……僕に、『海神の斧』を渡すんですか?」
「頼みがあるんじゃ。その釣竿、斧……そして『海神の御霊』と呼ばれる宝玉が3神器と呼ばれているのじゃが、何とか残りの1つを探し出しツンドラタウンの神社に奉納してくれんじゃろうか?」
「ツンドラタウン……」
「ジムがあるトーホクエリアの島だよ。僕達も、結局はそこに行かなきゃいけないんだ。でも、御霊って言われても何処にあるのか……」
困惑するユウスケに、トコヨは微笑んでこう言った。
「大丈夫じゃ。探し出すと言っても、御霊を持つ事を許されているのは『守の一族』のみ……ワシもタイコウもその一族の末裔じゃからな。
確か、ザキガタシティにその守の一族の末裔がいたハズじゃ。探して見つからない神器でも無かろう……
まあ、3つ全てが揃っても問題はまだ残ってはいるんじゃがな……」
「問題?」
「……ツンドラタウンに行く時に解るじゃろう。海神様の怒りが、お主達を阻むじゃろうが、決して負けるで無いぞ!
ワシはとてもそこへ行ける程の体力は残っておらぬ。若いお主達が、選ばれたお主達こそが3神器を奉納する役目を背負ったのじゃ!」
話の展開についていけなくなっている2人だったが、とにかく神器を渡されてしまった以上、努力はしなければならないと思った。
2人とも真面目で責任感が強かったのだ。
2人は斧を受け取った後、トコヨの家を出て、建設現場の方に向かった。斧はユウスケのリュックに入れられている。
「この斧重いね……鉄より重いのかな?綺麗は綺麗だったけど……」
「釣竿も普通のよりかは重いよ。ここまで背負ってこれたのが嘘みたいだ。重いんだけど、何でだかしっかり担いで来れた……
不思議な力って、やっぱりあるのかなあ……」
トコヨの家から大分離れた所、ジムの近くが建設現場になっており、沢山の男達が働いていた。骨組みは完成しており、土台はコレで完璧に仕上がっている。
「あん?坊主達、ポケモントレーナーか?」
筋肉質な青年が2人に声をかけてきた。逞しい体のせいかかなり体が大きく見える。
「あ、はい。そう、ですけど……」
2人とも威圧感に負けて、声が自然と小さくなってしまった。
「そんなにビビらなくても大丈夫だって。俺達は鬼とかじゃ無いんだぜ?トレーナーっつー事は、姐さんに挑みに来たんだろ。姐さんはかなり強い!
地面ポケモン使いとしちゃトーホクNO.1の実力だからな」
「そんなに強いんですか?」
「俺達が束になってかかっても姐さんの地面ポケモンにはかなわねえだろうな。何しろ土木作業をやらせてるんで筋肉がついちまった。
人間の筋力なんかよりもずっと強いし……しかも姐さんに似て頭も働くんだ。俺達とはもうそこから違う」
青年は頭に被っているヘルメットをコンコンと叩いて見せた。
「俺達は物心ついた時から姐さんの先代、つまり姐さんの親父の世話になってたからな。頭が良くないんで、大工修行で体働きばかりしてた。
俺は今でも単純な計算だって難しい位なんだ。ロクに勉強なんかしなかった罰が当たったんだろうが……姐さんは俺達より遥かに優れた人間だぜ。
とにかく知性的でその辺の男より腕っ節が強いのも凄いし、何より俺達のリーダーとジムリーダーを兼任出来るってのはもう神業に近ぇよ……俺達の憧れだよな、姐さんは……」
ユキナリは、先程のメグミを見てその強そうな雰囲気を充分見たつもりだったが、彼の話を聞いているとさらに彼女が自分達より頑張っている事を知り驚いてしまった。また不安になってくる。
「メグミさんは今ココで指揮を取っているんですか?」
「いや、今は確か……ニュータウン計画の会議に出席してるハズだ。タウンの村長と上役達が沢山集まってるのに、姐さんは全然不安にならねえ。
それどころか、そいつ等を圧倒する程に新しいアイディアをバンバン出してるって聞いた事がある……世界が違うんだよ。俺と姐さんじゃ」
(世界が違う、か……)
ユキナリは不安ではあったが、自信もついていた。シラカワタウンを出た時よりは、3人の強敵との戦いで、勝利した実力が自分の力となってくれている。
それはユウスケにとっても同じだった。
「おーい、ハスダ!お前もこっちを手伝え!時間が無いのは解ってるハズだろ!」
上司に呼ばれ、青年は笑って2人を見つめた。
「じゃあ、俺はこれで……頑張れよ、お前達!姐さんに勝った奴はまだ数える程しかいねえんだ。お前達もその中に入るのか、楽しみにしてるぜ!」
そう言うと、青年は慌てて走っていった。
「優しい人だったね、ユキナリ君」
「うん。このイミヤタウンも、優しい人が多いみたいだ。僕達の街と同じで、静かで凄く心が落ち着くよ。これで雪が無ければもっとゆっくり出来るんだろうけど……」
空を見上げると、粉雪がサラサラ舞い降りてくるのが見える。何処も雪が降り止まない。寒さがまるで永遠に続くかの様に感じられるエリア。
そこで生まれ育ったユキナリ達にとっては当たり前の事であったが、カントーの者達にとってはかなり驚く事に違いあるまい。
だがその寒さが、確実に2人を強くしていた。
2人はジムリーダー不在のイミヤタウンジムの裏手にあるトレーナー用の小屋に入っていった。中は、シオガマシティのものとあまり変わりは無い。
「ストーブ焚こうよ。寒くてダメだ……部屋にいる時位は暖かくしておかないとね」
やがて部屋が暖かくなり、2人はベットに横たわって他愛も無い話をただ何をするでも無く話し合っていた。眠気が襲ってきて、そのまま……
「だ、誰かー!コイツを捕まえてくれー!!」
叫び声で2人は唐突に目を覚ました。
「ユキナリ君……」
「うん、とにかく行ってみようよ!」
小屋を飛び出して叫び声のした方を目指すと、そこは先程ユキナリ達が青年と話をしていた建設現場であった。
かなり眠っていたのか、もう空は夕闇に包まれようとしている。
「ああもう!何処から来たんだか!アンタ達、何とかしておくれよ!」
「そんな事言ったって、こいつ穴を掘って隠れやがるから……」
「使えない奴等だね、それでも男かい?……もう良い。アタイが何とかするから、アンタ達は下がってな!」
ユキナリ達は建設現場がどうしても気になって、入っていってしまった。
中では大量の穴を見て呆れ果てているメグミと、大勢の男達が何かを捕まえようとしている様だ。
「ん?……何だ、アンタ達か。立ち入り禁止と書いてあっただろ?まあ仕方無いか。気になっただろうしね」
「何があったんですか?メグミさん」
「いや、何処から来たのか知らないけど、野生のナックラーが暴れているんだよ。
工事を進めなきゃいけないってのに、地盤がこう穴ぼこだらけになっちゃかなわないからね。早く捕まえないと……」
「……僕が捕まえたら、僕の仲間にして良いですか?」
「捕まえる気かい?……面白いじゃないか。アンタの実力を知るには良い機会だ。そうだね、アタイは待っててあげるから捕まえてみなよ。
普段から鍛えまくってるコイツ等が梃子摺る相手だからね。それを捕まえたなら、アンタの実力はかなりあると見て良い」
「おいおい、面白そうな事になってきやがったぞ!」
「姐さんに、お前の実力を見せる良いチャンスだぜ!頑張りな!」
ユキナリはボールを投げ、ハスブレロを出現させた。
「ナックラーはどんなポケモンなんだろう……?」
早速ポケギアの図鑑項目にてチェックを行う。
『ナックラー・ありじごくポケモン……多くは乾燥した土地に生息。穴を掘るのが得意で、小動物を砂地の穴に誘い込んで食料とする。
まだ幼虫で、何度も脱皮を繰り返しながら成長しなくてはならない』
「じゃあ、特殊能力は……」
『特殊能力・巨大牙噛……直接攻撃の攻撃力がターンごとに上昇していく』
「それなら、やっぱりハスブレロだ。普通のフィールドじゃなくて地面フィールドだって言うのがちょっと厳しいけど……」
対峙するハスブレロとナックラー。つぶらな瞳で睨みつけてくるナックラーを見てもハスブレロは動じはしない。強くなっていた。
「まずは先制攻撃だ、ハスブレロ、みずげい!」
ナックラーに放水したが、ナックラーはサッサと穴の中に隠れてしまった。
『ユキナリ君、何処に隠れたんだろうね……』
「穴の中に入るのは危険過ぎる。目をこらして、出てきた所を叩くんだ!」
ナックラーが工事現場を穴だらけにしたのは、自分のフィールドを作ると同時に、敵に襲われにくくする為でもあった。
これだけ穴が多いともぐら叩きの様だ。出てくるのは1匹だけのハズだが……突然、穴からナックラーが飛び出してきた。
「ハスブレロ、みずげい……ッ!?」
ユキナリは我が目を疑った。穴から沢山のナックラーが……?いや、砂の塊だ。ナックラーに似せて作った粘土細工ではないか!
ハスブレロが攻撃している間に、本物のナックラーが噛み付いてきた。不意の攻撃に成す術も無く、噛み付かれてダメージを負ってしまう。
『こ、このおッ!』
反撃する間も無くナックラーは笑いながら穴の中に隠れてしまった。
『ガ……ガガガ……』
「な、ナックラーがこんな事を仕掛けてくるなんて……」
「それで参ってちゃトレーナーとは言えないね。ジムバトルなら反則だろうが、これはモンスターとの通常戦闘なんだ。
不測の事態なんてよく起こる。アンタの力を見せな、ユキナリ!」
腕を組んだメグミがユキナリに発破をかけた。
「ユキナリ君、なんとか本物と偽者を見分けなきゃ……」
ポケギアで確認すると、ハスブレロはかなりのダメージを負ってしまっていた。通常攻撃なのだから尚更だ。
『ど、どうするの?ユキナリ君……』
「僕が合図したら、穴の中に飛び込むんだ。良いね……」
穴の中に入る事はナックラーのフィールドに踏み込む事になる。ユウスケや工事現場の男達も耳を疑った。
「虎穴に入れなければ虎子は得られない、って事かい……」
だが、メグミだけはユキナリの真意を読み取っていた。その作戦が、全部彼女には解り切っていたのだ。
「今だ!」
ハスブレロが穴に飛び込んだのは、穴から偽者と本物が飛び出してきた瞬間だった。
ナックラーは攻撃するハズの相手がいないのに気付かず、つんのめって地面に倒れてしまう。
「ハスブレロ、穴から飛び出してみずげいを出せ!」
ナックラーは穴に逃げる事を許されずに、じめんタイプとは相性抜群の水攻撃を受けてしまった。
ハスブレロが穴から飛び出して放った攻撃が見事にナックラーを貫く。
『ガ……ガガ……』
まだ動いているナックラーに水をかけ続けると、ナックラーはそのまま気絶してしまった。ヒクヒク痙攣している。
ユキナリは純白に輝くナックラーめがけてボールを放った。ドリルボールはナックラーを飲み込み、暫くランプが点滅してはいたが、やがてそれが止まった。
「やった、ナックラーを捕まえたよ!」
ユウスケはユキナリと手をとって喜び合った。
「そう、既成概念に囚われてちゃ何時まで経っても勝てやしない。臨機応変に考えて答えを出す。それが真のトレーナーさ……」
メグミはユキナリとの戦いを決意していた。これだけの力と知恵があれば、自分と戦うに相応しいと思ったのだ。
「ハスブレロ、センターに行って回復しよう!」
騒ぎがおさまらない工事現場を抜け出して、2人は再びポケモンセンターへと戻った……
センターに行くと、既に先客がいた。ボールを看護士に預けている。その顔に2人は見覚えがあった。笑う事の無いその硬い表情……
「オチさん!」
「……お前達も来ていたのか。まあそうだろうな。この街にもジムはある……」
「貴方もジムに挑戦しに?」
「いや、私の力は充分誇示したハズだ……ジムリーダーにも、あいつ等にもな」
「あいつ等……」
「ユキナリ、明日はこの街が荒れる。君達は避難していなさい……汚れるのは、私だけで充分なのだから……」
オチはポケモンを受け取ると、そのままマントを翻して出て行ってしまった。
「何時も以上に、謎めいている人だね、ユキナリ君……」
「うん。オチさん、何をしにこの街へ来たんだろう……」
ユキナリはあの手紙を読んでいた。カオスを壊滅させる……と言う事は、この街にカオスの団員が潜伏しているのだろうか?
「もしかしたら、本当に明日、大変な事になるかもしれないね」
「ユキナリ君……オチさんの言葉に心当たりがあるの?」
「うん。また、誰かと戦わなくちゃ……」
セイヤの様な哀しい人物が、まだカオスの中にいるのだろうか。そう想像しただけで、ユキナリ自身もまた哀しくなってきてしまうのだった……
そのまま夜を迎え、ユキナリ達は雪の振る窓の外を見ながら休んでいた。
「何にせよ、明日もメグミさんは忙しいらしいけどね……」
「初めてになるよ、4vs4のバトルだ。長期戦になる分、トレーナーの冷静な分析と精神力が大事になってくるから気を付けないと!」
「うん。コシャクは今回のバトルには向いていないからパスするとして……やっぱりハスブレロはかかせないな。それにヒュードロ……
ノコッチとして……ナックラーの実力も知りたいな」
「じゃあ、今ちょっとコミュニケーションをとってみようよ!」
ユキナリはスーパーボールからナックラーを出した。
『ガガッ!俺を捕まえるとは大した奴だ!』
閃光と共に出てきた純白のナックラーはカラカラと笑った。
「これからよろしくね、ナックラー」
『ガガガ……俺もずっと地面を掘ってばっかりだったからな。たまには思いっきり暴れてやるか!ガッガッガッ……』
「覚えている技は・・・」
かみくだく
すなあらし
じしん
あなをほる
『すなあらしってのは、いわ・じめんタイプ以外のポケモンにだけ毎ターンじわじわとダメージを与えていく技だぜ、ガガッ!』
「でも、明後日戦うメグミさんは地面使いだよね……」
『使うなって事だな、ガガガ……』
「後、自分のポケモンだってダメージを受ける可能性があるから、使い所が凄く難しい技なんだ。上手くいけば役に立つけど……」
ユキナリは座りながら考え込んでしまった。
(使い所を見極めないといけないのか……ちょっと難しそうだ……)
「ナックラーは、順調に進化すればドラゴンポケモンに進化するハズだから、育てて損は無いポケモンだね」
「ドラゴンポケモンになるんだ……」
そう言えばと、ユキナリはポケギアで見た説明を思い出していた。脱皮を繰り返して進化するのだ。姿形が大いに変わるに違いない。
『ガ、ガ……まあ、腕の良いトレーナーだと思ってるからな。期待してるぜ!』
ユキナリはナックラーをボールに戻した。
「とりあえず、ご飯も食べたし……もう寝ようか」
「うん。明日も大変な事になるって言うし……ちゃんと寝ておかなきゃあ……」
電灯を消して、2人はそれぞれのベットに潜り込んで眠りにつく……
「ホウ様、セイヤ様からの情報を無視してもよろしいのでしょうか……」
「決行に適しているのは奴等が忙しくしている今しか無い。小僧が来ようが、仮面の男が来ようが、最早計画を中止するワケにはいかんのだ!」
工事現場の下……ナックラーの掘った穴よりももっと深い場所にカオスは勝手に秘密基地を作っていた。
イミヤタウンの住民達のポケモンを捕獲する為だ。その準備は既に整っていた。
「各自、外に出て家屋に侵入し、モンスターを奪え!トレーナーが抵抗するならば、容赦無く撃退せよ!我々の恐ろしさをしっかりと思い知らせてやる……」
下っ端達が次々と梯子を上っていく。
「アズマ様、俺に力をください……奴等を上回る力を……!」
短く髪を刈り上げた男は、座りながら祈りを捧げていた。