第4章 1話『捨てたはずの過去』
「いいぞー、トサカさん!やっちまえ!!」
「そいつのポケモンを、抵抗出来なくなるまで押しつぶしてやってくださいよ!良い見せしめになりますって!」
ユキナリとユウスケは完全に暴走族のバイク集団に囲まれていた。
逃げる事は許されない。この場から逃げ出すたった1つの方法……この輪を取り仕切っているリーダーと戦う事だ。
「怖じ気づきやがったのか?もう遅いぜ。お前はこれから敗北の味を嫌と言う程味わうんだ。逃がさねえぞ……」
『プフー!弱そうな奴だ。俺の毒ガスの餌食になっちまえ……まあ、ちょっとは手加減してやるさあー』
不敵に笑い体内から常に毒ガスを吐き出し続けているマタドガス。ユキナリはポケギアで特徴・特殊能力を確認した。
『マタドガス・球形の体内の中にはインド象を一撃で倒す程の猛毒が入っている。だが噴出するガスはそれより弱く、殺傷能力もバトル用に押さえられているらしい。
ドガースが分裂したか合体した姿だと言われているが、詳細は不明』
(特殊能力は……?)
『猛毒噴射……毎ターン場に出ている相手モンスターに少量のダメージを与える。相手がどく状態になった場合でも上乗せされ、相手が倒れるまでその効果は続く』
(ゲンタ君のカビゴンとは違って攻撃してくるのか……その点相手のHPが増えないから逆に安心出来るけど……)
「オラ、さっさと始めねえか!俺は待たされるのが嫌いでな」
トサカはナイフを空中で一閃してみせた。
(長期戦にもつれこませない様にすれば勝てるかも……)
「ユキナリ君……本当に大丈夫?」
「任せて。トサカさん、準備は出来ました!」
「よし、マタドガス。スモッグで相手の命中率を下げろ!」
(!?命中率を下げる攻撃だって?)
『わかったあー』
マタドガスは大きく体を膨らませると濃い紫色のガスを周囲に思い切り散布し始めた。
「ユキナリ君、ハスボーに距離を取らせないと……」
「ハスブレロ、そのガスから逃げるんだ!」
『わ、解った!』
慌ててガスから逃げようとするハスブレロだが、そんなに後退する事も出来なかった。
後ろには暴走族がいて、近付こうとする者には容赦はしないとでも言わんばかりにバットなどの道具を持って野次を投げている。
「オラ、逃げんなー!」
「トサカさんの攻撃を避けようなんて土台無理な話だっての!!」
散布された目くらましのガスは周囲に広がり、トサカと2人の場所にも散布された。
「うわ、前が見えない……」
「気持ち悪い匂いがするよ。吐きそう……」
「クソッ、俺の所にまで撒き散らしやがって……まあ良いか。どちらにせよマタドガスには相手の居場所が手に取る様に解る。マタドガス、ヘドロばくだんだ!」
とにかく2人は一寸先も見えない状態にまで追い込まれた。これではマタドガスは勿論、相棒であるハスブレロの姿も確認出来ない。
「ハスブレロ、はっぱカッターで相手の攻撃を止めるんだ!」
『で、でも何処にいるか解らないから攻撃のしようが無いよ!」
「デタラメで良い。相手に先手を取られたら一方的にやられてしまう。ココはとにかく相手の動きを止める事だけ考えるんだ!」
『OK。じゃあ、やってみるよ!』
ハスブレロは所構わずはっぱカッターを連射した。勿論視界が効くハズも無いので闇雲に攻撃するしか無い。
その刃は敵味方関係無く襲ってくる。
「な、何だ!俺のシャツが……」
「髪の毛がちょっと切られた!」
「俺のバンダナに傷を付けられたぞ!一体何を狙ってやがるんだバカ野郎!」
「ハスブレロ、相手の位置をよく考えて攻撃するんだ!」
『でも、相手の顔が見れないから探しようが……しかもだんだん苦しくなって……』
闇雲にカッターを連発するごとにターンが経過し、みるみるうちにハスブレロのHPが少しずつではあるが減っていく。
「マタドガスが僕達から何処にいるか解れば……」
「ユキナリ君、音だ。相手の声やガスを噴出している音とかで場所を特定するしか無いよ!」
トサカの命令が他の声に紛れて聞こえなかったのか、ハスブレロの攻撃に怯んだのかマタドガスは攻撃をしてこなかった。
だがポケギアではマタドガスのHPはまだ少しも減っていない。
(?そう言えば……くさタイプの攻撃は効きにくいんだったっけ……)
「ハスブレロ、今度はみずげいで輪の中全てに放水するんだ!」
ハスブレロの姿は見えなかったが、命令は聞こえた様で、放水している音が聞こえてきた。あちこちでまた声があがる。
「冷てぇ!何だ、今度は一体何をしてるってんだよ!」
「服が濡れちまう!一旦距離を……」
「黙れ!取り囲んだ時からこんな事は考慮してるハズだろうが!……ったく。ピーピー五月蝿い手下共だぜ!」
その時毒の霧が晴れ、トサカは自分の手駒であるマタドガスを見た。
『くそおーっ、全体攻撃なんかしやがって……しかも水がスモッグの発生を止めているじゃないかあああ……』
ハスブレロはみずげいを続けていた。マタドガスのHPも減っていくが、マタドガスの特殊効果によりハスブレロにもダメージが追加されていく。
膠着状態の中、先に倒れたのはマタドガスだった。
スモッグの発生を止められたせいで狙いをつけられてしまった為、攻撃がクリティカルヒットしていたのだ。
『ム……ウウウ……』
「クッ、なかなかやるじゃねえか!だがな、お前のポケモンも瀕死に近い!
次のポケモンで劣勢を簡単に跳ね返してやるぜ!ついでに1匹差でもつけてやろうか!!」
トサカは自信過剰であったが、それなりの根拠と実力を確かに併せ持っていた。
ハスブレロは息も絶え絶えだが、ユキナリは敢えて交換を控え、最後まで戦わせる作戦をとる。
(どくタイプの使い手なら、そもそもハスブレロは不利だったんだから……次のポケモンがとどめを刺す前に出来るだけ引き離すしか無い!)
「ユキナリ君、大丈夫?」
「任せといてよ。僕は、皆を必ず守ってみせるから!」
「へへ、口の減らねえヤローだぜ!」
「てめえらは黙ってろ!久しぶりにまともな奴と戦えるんでワクワクしてるんだ。もっと実力を見せてみろ!そんなもんじゃ無えハズだ!」
次のスーパーボールを持ったトサカはニヤリと笑った。
「出てきやがれ、アーボック!」
地面に投げられたボールから出てきたのは大きなアーボックであった。舌をチロチロさせ、自分の残忍さをアピールしている様にも見える。
ユキナリは図鑑でアーボックの事を調べてみた。
『アーボック……どくヘビポケモン。鋭い牙で獲物を捕らえ、丸呑みにしてしまう凶悪さを持つ。
腹の模様は敵を威嚇する為についているもので、同じアーボックでも少しずつ違ってきている』
「特殊能力は……」
『特殊能力・致死毒牙……かみついた相手を必ず『どく』状態にする』
『美味そうな相手だ……トサカ、喰って良いか?』
「こいつらが負けたら好きなだけ食べろよ。金もポケモンも皆奪ってやらあ!」
(完全に僕を見下してる……勝てない相手じゃ無いハズだ。僕が願えば……)
ハスブレロはユキナリの思惑を感じ取り、笑んで頷いた。
(うん、きっと勝てる!思いの強い方が勝つ!)
「ハスブレロ、みずげい!」
『うあああーーーッ!!』
最後の力を振り絞り、ハスブレロは水を撒き散らした。だがアーボックはその水を避けると、飛び掛って噛み付こうとしてきた。
「避けるんだ!ハスブレロ!」
「馬鹿が……」
「!?」
『クッ!』
紙一重で避けたかに見えたハスブレロであったが、何とアーボックはジャンプ中に軌道を変えて、無理やりハスブレロにアタックしてきたのだ。
それを避ける体力までは残されておらず、思いっきり噛み付かれたハスブレロは瀕死となった。
「ざまあねえな小僧。お前の覚悟ってのはその程度なのか?」
「違う!……まだ、まだ負けてはいない!」
「寿命が延びただけだ……このまま一気に叩き潰す!」
残忍な笑いを浮かべるトサカ。このままでは自分はおろかパートナーであるユウスケ、ポケモン達にまで毒牙が襲い掛かる。
ポケモントレーナーとしての意地が爆発した。
「行けッ、ヒュードロ!」
『まかせといてよー。こんなスローモー、避けるのラクチンだもんねえー』
『なめやがって……幽霊は喰えねえが、昇天させてやる事なら出来るハズだぜ!』
先に動いたのはヒュードロの方であった。シャドーボールを連発する。
『グガガガガッ!』
避けようとはするものの、狙いすました1発は見事にヒットした。HPを大きく削る。
『てめえの幽体、真っ二つにちぎってやる!』
逆上したアーボックは地面を這って一気に飛び掛るが、上空での戦いを得意とするヒュードロの方が圧倒的有利であった。
我を忘れていたアーボックはそれに気が付かなかったのだ。
「あの野郎……冷静さを失いやがって!おいアーボック、深追いするんじゃねえ!」
『勝ちゃいいんだろ勝ちゃ!この俺に傷をつけやがって……雑魚如きがッ!!』
「全く、猪突猛進とはこの事だぜ……俺の下僕としては救えねえなあ」
タバコを取り出し、トサカはそれを美味そうに吸い始めた。
(まだ余裕があるんだ……じゃあ最後はどんなポケモンを使ってくるつもりなんだろう?)
結局地面から飛ぶしか無いアーボックと、空を自在に飛べるヒュードロとでは勝負は見えていた。
幾らタフであろうとも、HPは確実に減らされている。一方ヒュードロはまだ無傷であった。
「真打はこんなモンじゃねえぜ。せいぜい勝って喜んでおきな。地獄を見る前によ……」
背筋が寒くなった。一体どんなどくポケモンだと言うんだ?どんな……
『ウガウッ!』
やっとの思いでアーボックはヒュードロの腕に噛み付いた。そこから猛毒を注入しようと……
『フフ……これでもう外さないからねえー』
『!!やべえ!てめえ、まさか!』
『ジ・エンドだよー!』
そう、ヒュードロは最高威力のシャドーボールを確実に当てる為、ワザとアーボックに腕を噛ませたのである。
タフなアーボックとダラダラ戦っていたのでは逆に不利になる事をヒュードロは心得ていたのだ。だからこそ、多少のダメージを受けてでも倒そうとしたのだ。
「ユキナリ君、命令しなかったのに、勝てるよ……」
「ヒュードロ、凄いな……潜在能力がどれ位あるんだろう……進化したらもっととんでもない事になるかも……」
もう一方の腕から特大シャドーボールをくらわせると、アーボックは黒焦げになって倒れこんだ。
「チッ、使えない下僕だ……まあ良い、俺も最後まで楽しみたかった所だからな……地獄を見せてやると言っただろ?今それを証明してやる……」
そう言い放つとトサカはタバコを地面に捨て、踏みにじった。
「お前の出番だ、ドロドロン!」
(へ、変種進化ポケモン!?)
閃光と共に現れたのはベトベトンに似てはいるが、雪が解けた状態の様なポケモンであった。
腐臭はしないものの汚れ方は流石と言った所で、泥や砂利が体に混ざってしまっている。
「ユ、ユキナリ君……図鑑をチェックしてみて……」
「うん、解った……TVとかでも見た事が無いポケモンだなんて……」
急いで新型のポケギアをチェックすると、『変種進化』の文字が画面に現れた。
『ドロドロン・近年フタバ博士が発見した珍しいポケモン。通常ベトベターはベトベトンに進化するが、トーホクでは稀にドロドロンに進化する事がある。
どく・こおりタイプ。雪崩を引き起こす原因とされ、雪崩の中に紛れ込んで人間を襲うなどと言った噂話がある様だ』
「と、特殊能力は……?」
『特殊能力・雪原融解……相手の攻撃を避けやすくなる』
(どんなタイプにも有効な能力だ……HPも攻撃力も高過ぎる……防御も……)
「変種進化したポケモンは能力値が極端に高いんだよ……コレが、切り札なんだね……」
「そうともよ!このドロドロンを出させたのはお前達が始めてだがな!
暴走族のリーダーになってから骨のある奴なんか誰一人ココを通りゃしねえ。コイツの力で全てを終わらせてやるぜ……」
『んあー。トサカよお。コイツが対戦相手かあ?』
「随分眠ってた様だが……それだからこそコンディションは完全に整っているハズだ……」
「どうしよう、まともにやりあったら勝ち目なんか無いよ?」
「うん……正直言うと今の状態じゃ勝てない……でも、僕は前に進むって決めたんだ!」
「勝てねえ戦いをする気か?泣かせるじゃねえか。さて、お前等の金が俺の物になるのも近いぜ……」
トサカはせせら笑った。だがまだユキナリの方がリードしている。勝敗は決したワケでは無い。
トサカの切り札、ドロドロンの圧倒的な力の前に畏怖しながらも、ユキナリ達は戦わねばならぬ事を悟っていた。
「ヒュードロ、やっぱりさっき噛み付かれた時に毒を……!」
『あのまま下手に長引いてたら、こっちも危ないと思ったからねえー……』
ゼエゼエと喘ぎながら苦しそうにヒュードロは応えた。早く勝負を始めなければこちらの不利は増すばかりだ。
「オイ、このままじゃつまらねえ勝負になっちまいそうだな。誰か解毒薬を渡してやれ!」
「え、ええっ!?良いんですかいトサカさん。圧倒的有利なのに……」
「ココまで俺を追い込んだんだ。圧倒的優位じゃ面白く無えからな」
「わ、解りました……へへ、しっかり受け取れよガキ!」
暴走族の手下が投げた解毒薬をユキナリはしっかり受け取った。
「あ、有難うございます……!ヒュードロ、早く!」
HPは回復しなかったものの、猛毒状態から抜け出せたのはバトル上で大きな変化となり得る。ヒュードロはまだ体力を半分以上は残していた。
「トサカさん……」
「礼は言うなよ。面白くならねえと思ってそうしたんだ。それじゃ、早速始めようぜ!」
『んあー、早く終わらせてサッサと寝ちまいてえねえなあ……』
「ヒュードロ、出来る限り粘って相手の体力を削ってくれ!」
『勝ちに行く位の気持ちが無きゃダメでしょー。コエンだって万能じゃないんだからさー』
対峙するヒュードロとドロドロン。互いに相手の出方を伺い、合図を待つ。
「ヒュードロ、シャドーボールで先制攻撃!」
先にポケモンを動かしたのはユキナリの方であった。だがトサカはその攻撃を簡単に一蹴してしまう。
「ドロドロン、溶けてやり過ごせ!」
『んあー、ブクブク……』
地面に沈んだドロドロンは地面に向かって飛んできたシャドーボールを難なく避けてしまった。
「そ、そんな……!」
「ユキナリ君、『溶ける』は攻撃力を一気に上げる技なんだ!このままだと……」
「よし、地面に隠れたままヘドロ爆弾をお見舞いしてやれ!」
『んあー』
「……ヒュードロ、ハイパーボイス!!」
『おっけー』
地面をビリビリ震わせる程の叫び声を発し、隠れている相手にもダメージを与えようと言う作戦だ。コレは見事に当たった。
『いてええ、あんな技があったなんて……』
たまらず飛び出したドロドロンにシャドーボールが飛んでくる。
「ヒュードロ、とにかく連発するんだ!出来るだけダメージを与えて!」
幾らHPが高いとは言え、ただでさえ動きが鈍いドロドロンに連続ヒットすれば、抜け出せない蟻地獄と化す。
『んあああ……』
「ユキナリ君、これでもまだ4分の1程度だよ、相手が固すぎるんだ……」
「今頃気付いたのか、バカな野郎だ!こっちはHPが潤沢なんでな。お前のポケモンが疲れるのを待って、攻撃してやったって良いんだぜ?」
ヒュードロも流石にシャドーボールの連発で精神力を使い果たしたのか、攻撃を止めてしまう。そこですかさず攻撃力を高めたヘドロ爆弾が投下された。
『あ、後は頼んだよお……』
そう言うとヒュードロは瀕死状態となった。すぐにユキナリはモンスターボールの中にヒュードロを戻す。
「コレでお前も後が無くなったワケだな……すぐにケリをつけてやる……」
「クッ……!」
頼みの綱はコエンただ1匹。今の所メンバーの中では最高の実力を持っているのだが……
「ユキナリ君……」
周りの暴走族達もユキナリ達の敗北を今か今かと待ちわびていた。
「絶対、最後まで諦めないよ……ユウスケ!」
「うん!ユキナリ君を信じてる」
「そろそろ終わりにしようぜ!さあ、お前の最後のポケモンは一体何だ?」
ユキナリはフィールドにコエンの入ったボールを投げた。閃光と共にコエンが顔を出す。
『ユキナリ君……これは……』
「今僕達凄い危機的状況に立たされてるんだ。君がもう最後なんだよ……」
暴走族の男達に囲まれ、リーダーと戦っている旨を伝えると、コエンはしっかりと頷いた。
『解りました。僕は……やるだけやってみます!』
「ヘッ、無駄な足掻きだ……ドロドロン、容赦するんじゃねえぞ!」
『んあー、解ってるっての。さっきHPを削られたからな。充分注意するべきさあ……』
HPが潤沢なドロドロンとHPが満タンのコエン。それでも互角……いや、ややこちらの方が分が悪いかもしれない。
それ程にドロドロンは強いのだ。
「よし、先制攻撃と行こうぜ!ドロドロン、ヘドロ爆弾だ!」
『んあー』
戦闘開始と同時にドロドロンが雪のヘドロを撒き散らし始めた。コエンはそれを避けるのが精一杯で攻撃出来ない。
だが図体がでかいせいなのか、動きが鈍くて隙がある。
「コエン、『化かす』で相手の攻撃を封じるんだ!」
『解りました!それっ!!』
やはり動きが鈍いだけあってドロドロンはあっさりと『こんらん』状態になった。
『んお?おおお……』
「ちいッ!あんな攻撃を持ってやがったのかよ!だが、混乱だからこそ生きる事もある!」
『おお……おおお……』
混乱状態になってもなお、ドロドロンはヘドロ爆弾での攻撃を続けていた。
いや、混乱しているので滅茶苦茶に攻撃している。もはやコエンを狙ってはいない。
それが逆にコエンを苦しめる結果となった。運任せな攻撃にどう避ければ良いのか解らず、ダメージを受けてしまったのである。
『ガッ……これ位ならば……』
ダメージは少なかったものの、コエンは状態異常を起こしていた。『猛毒』だ。
「へへ、あてが外れちまったかな?」
(こ、こんな……!凄い、窮地を逆に利用して僕達を追い詰めている。やっぱり僕とは違って、ポケモンバトルに精通してるんだ……!)
「コエン、こっちも『鬼火』を連発するんだ!攻撃しなきゃ!」
『ええ、解ってます……このまま苦しんでいるだけでは負けますから……!』
鬼火を作り出し、そのまま何発もドロドロンにぶつける。
『どく・こおり』なドロドロンには効果抜群で、HPが確実に減っていた。
「相性が悪いな……だが、このままなら勝てるぜ!」
HPが徐々に減っていくコエン。対するドロドロンにはまだ若干の余裕が残っている。
しかも状況は悪くなる一方で、ドロドロンの混乱が治ってしまっていた。
「俺に戦いを挑んだ無謀は褒めてやるが……所詮コレが素人トレーナーの限界だ!」
『負けたくない、僕は……負けたくなんか……』
コエンは必死に祈っていた。もっと力が欲しい。ユキナリを守れる力が欲しいと渇望する。
『そろそろ勝負を決めるかあー。トサカ、後でゴミ一杯ご馳走しろよおー』
「ああ、好きなだけ食べさせてやるぜ……ん?」
「ユキナリ君、コエンが、進化してる……!!」
光に包まれたコエンが形を変えていた。体が少し大きくなり、尻尾の数も……
思えばコヤマタウンやナオカタウン、色々なトレーナーとの戦いで経験値は既に溜まっている。この戦いで成長しても不思議な事では無かったのだ。
『……僕は……進化したんですか……?』
「ユキナリ君、ポケギアで詳細を見なきゃ!」
「う、うん!」
『コシャク・きつねポケモン……人魂を数個浮かべ、人語を解する貴重な生物。人語を解してはいるものの、喋る事は出来ない様だ。尻尾の数も5本に増えた。
寒い地方で育った為ほのお・こおりタイプは消えない。ロコンの変種だと言う科学者ともともといた新種だと言う科学者達の論議が盛んに行われている』
「特殊能力は……」
『特殊能力・聖なる守り 状態異常にならない また炎攻撃の威力が少し増す』
そして、新しい技も覚えていた。
『かえんほうしゃ・口から凄まじい炎を吐き出して相手を攻撃する大技。だいもんじと比べると威力は劣るが、その代わり命中率はかなり高い』
「こんな局面で進化しやがるとは……運が良かったな!」
トサカは憎らしそうにコシャクを見つめた。
「ユキナリ君、コエン……いやコシャクの総合戦闘力が大きく増した……これならきっとトサカさんに勝てる!絶対勝てるよ!」
『僕も、勝てる気がしてきました。新しい技で決着をつけましょう!』
コシャクに進化した為、状態異常からも解放された。HPも少しだけ回復している。
「相手が何だろうと俺は勝つ!ドロドロン、あいつらに死の雨を浴びせてやれ!」
『んあー……俺が負けるなんておかしい話だなあー』
少し怒ったドロドロンは思いっきりヘドロを撒き散らして相手を闇雲に攻撃した。
だがコシャクの素早さはコエンを大きく上回っており、相手を圧倒している。
「ユキナリ君、凄いよ。1回進化しただけでこんなに強くなるなんて……もしコセイリンに進化したら一体どうなっちゃうんだろう……」
『僕はユキナリ君を守る!ユキナリ君と共に戦う!そう決めましたから!』
避けた後すぐにコシャクは火炎放射をくりだし、それをドロドロンにヒットさせた。動きが鈍いのでのたうち回る事も出来ず、また逃げる事もままならない。
『そんな、バカなあ……この、俺がああ……』
黒焦げになったドロドロンのHPは、ゼロになった。
「……ドロドロンが、俺が……負けた……?」
「約束ですよ!ココを通らせてください!」
『トサカさん!暴走族だって約束は守るんでしょう?』
「……ああ、解ってるさ……通れよ……」
「リ、リーダー!このままじゃ……」
「負けは負けだ!誰がどう言おうとこの結果は覆らねえ!それに俺は約束を破る程愚かな男じゃねえぜ!」
「リーダー……」
暴走族は俯きながらも大人しくユキナリ達の為に道を開けた。
「お前、何て名前だ?」
「さっきからずっとユウスケが言ってませんでした?僕の名前はユキナリ。リーグチャンピオンになりたくて旅を続けてます!」
「ユキナリ……か。覚えておくぜ、その名前……」
トサカとユキナリは互いのポケモンをボールに戻した。
「トサカさん……貴方は確かに強い……でも、きっと貴方には何か足りないものがあるんじゃないですか?何か忘れてしまっているものが……」
「……そうかもな……だが、次に会う時は……」
トサカは思い切り地面を蹴り上げた。地面の雪が弾けて砕け落ちる。
「必ず勝ってやるぜ、覚悟しておきやがれ!」
「ハイ!」
ユキナリは何故か妙な高揚感を感じている自分に動揺していた。怖かったけど、強い人が沢山いる……それを超えたいと願う自分の純粋な心に動かされていた。
自転車でそのままイミヤタウンへ向かう2人。4人目のジムリーダー撃破を目指して。まだ先は長い……
『トサカ……きっと帰ってきてね!チャンピオンになって!』
今までずっと心の中に覆い隠していた自分の弱さが現れた。
自分の強さに溺れて何時しか目的を見失い、暴走族の頭に成り下がってしまった自分が……このままでいいのだろうか?
「俺は……ずっと自分より上の奴なんかいねえと思っていた……
ジムリーダーを全員楽勝で撃破したは良いが、リーグに挑む実力が無くて逃げていただけじゃ……?
そうだ、俺は負け犬だったんだ……このままじゃあいつに合わす顔が無ェ……」
「リーダー、行ってきてくださいよ」
「何?」
「俺達、リーダーの格好良い所に、強いリーダーに惚れたからこうやってリーダーを守っているんです。だから……
挑んでくださいよ!リーグの奴等にリーダーの強さを教えてやりましょう!」
「そうですよ!それで決勝戦であの生意気な小僧に、誰が一番なのか教えてやればいいじゃないですか!」
「お前等……」
「俺達、リーダーが帰ってこなくても良い。ただ、自分を誇らしげに思うリーダーの、胸がすく様な活躍をもう1度見たいんですよ!」
「……腹は決まった。俺は一介のトレーナートサカに戻る。リーダーはそうだな……ゲッコウ、お前に任せよう。
俺は……リーグに挑む。そして覇者になってあいつに俺の強さを証明してやるんだ!」
トサカがまだ幼かった頃……トサカには幼馴染のライバルがいた。そのライバルに誓いを立てた。必ずトーホクで覇者になってみせると。
今こそその約束を果たす時が来たのだとトサカは思った。
あの少年を破り、リーグを制覇すればきっとあいつも納得してくれる。
(あいつが来なかったら転機は無かった。感謝すべきなのかもしれねえな……)
仲間であった暴走族に見送られ、今トサカは旅立つ。思い出したのだ。
自分が抱いていたあの熱い情熱を。あの思いを果たしに行きたいと純粋に願った結果であった。リーグにはすぐ着く……
一方コシャクのおかげで窮地を乗り切ったユキナリ達は、イミヤタウンへと自転車を走らせ、辿り着いていた。タウンと言うより静かな村の様だ。
「人、少なそうだね……」
「施設もポケモンセンターとショップ位しか見当たらない……あれ?でもあの建設途中の建物、凄く大きなビルになりそうだよ!」
雪の中工事は着々と進んでいる様子だった。筋肉隆々の屈強な男達が懸命に資材を運び、ドリルで穴を開け、それぞれの資材を組み合わせていく。
「とりあえずセンターに行こう。ポケモンを回復させなくちゃ……」
2人はコシャク達を休ませる為にセンターへと向かった……
「回復には少々時間がかかりますが、お時間の方は宜しいですか?」
センターの看護士お兄さんにそう言われ、ユキナリはこくんと頷いた。待合室には色々な人がいて、退屈そうに世間話をしている。
だがその中に、世間話とは程遠い大きな声で対立している2人がいた。
「ニュータウンの建設まであと少しなんだ!頼むから、もうアタイを困らせる様な事はしないでくれ!このタウンの為なんだからさ……」
「何を言うか!この村の雪神様を愚弄するかの様な建物を建てようとしとるから反対じゃと言っておるんではないか!
それに、この村には歴史的価値のある建物が沢山残っておる!ニュータウン計画なぞ断固として認めんぞ!」
騒いでいる内の1人は先程の男達に負けない程の雪焼けした肌が眩しい健康的な黒髪の少女であった。
メットを深く被っているので今は顔がよく見えない。もう1人は対照的に蒼白とも言える肌の色をした白装束の老いた女性で、何やら揉めているのはすぐ解った。
だがセンターの中にいる人達は気にも留めていない。きっと何度と無くこの様な2人の喧嘩を見てきたのだろう。
「困ります、メグミ様……それにトコヨ様。ここでは静かにしていただかないと他のお客様のご迷惑になりますので……」
センターの看護婦が飛び出してきて2人を仲裁しようとした。
「ご、ゴメン。アタイのポケモンを回復させようと来ただけなんだ。なのにうちのバアちゃん。いきなり出会うとすぐコレだから……」
「ワシが何か変な事を言っているとでも言うのか!あのビル……それにニュータウン計画なんぞ今すぐ中止すべきじゃ!
この村に災いを招きたいのか!アンタも知っているじゃろう!この村の伝説がどんなものであるかは!!」
「トコヨ様……申し訳ありませんが……」
「……後悔しても知らんぞメグミ!孫の為を思って言うておるのに……」
捨て台詞を吐きながら老婆はセンターを後にした。一方メットを被った少女の方は溜息をついて椅子にどっかと座り込む。
綺麗な少女なのだが、気も強いし雰囲気はまさに男勝りと言った様子だった。
「凄い対照的だね。アオイさんとは全然タイプが違う人だよ……」
2人はまだ気付いていなかった。この少女こそが、イミヤタウン一のポケモントレーナー、すなわちジムリーダーであるメグミだと言う事に……