第3章 9話『交錯する運命』
ジムに戻るとミズキが待っていた。
「どうだ、ちゃんと入ってたか?」
「はい、50万円が残高として入れられていました」
「そうか……良かったな、ユキナリ!」
「ミズキさん、こっちは準備出来てるよ!」
「おお……すまねえが、あっちの部屋で終わるまで待っててくれねえか。さっきと同じだ」
プールサイドの向こう側にはユウスケがいて、すでに臨戦態勢の様子だ。
ユキナリは買い物に出かけたナギサとカイトを待ちながら向こうの部屋で休む事にした。
数十分後、ナギサとカイトが控え室にやってきた。
「さっきこの部屋でラジオを聞いてたんですか?」
「そう、あそこにあるでしょ?」
ナギサは買ってきた食料を床に降ろすと棚の上に乗っているラジオを指さす。
「姉さん、重かったよ〜……やっぱりちょっと買い物してきた分のお釣りが欲しい!」
「ダメよ、父さんだってそんなにホイホイお駄賃あげてたらカイトが図に乗る事、知ってるんだから!」
「姉さんは僕より力があるからまだいいけど、僕は小さいんだよ?この荷物の方が僕の身体より大きいよ!!」
カイトの言う通り、ビニール袋には大量の食材が入っており、担ぎ上げていた荷物を降ろしたカイトはゼーゼー荒い息を吐いていた。
「魚とか、買ってきたんですね」
「ええ。お祝い事の時には父さん何時も海の幸を買ってこいって……私達にはもうお馴染みの事だけれど」
「今日は父さん相当お金を使ってるよね。2人がどれ位食べるか知らないけど、相当量買い込んだよ」
(別にそんなに気を使わなくてもいいのに……)
実力で金を手にしたワケでは無い。ただの運だと言うのに……ユキナリは椅子に座り込むと溜め息をついた。
シラカワタウンからココまでの道のりは通過点でも無い。通過点となるのはイミヤタウンだ。じめんポケモン使いのメグミ……一体どんな人物なのか気になる。
「メグミさん……って知ってる?」
ユキナリはカイトに聞いてみた。
「ああ。僕達前メグミさんに会った事があるよ。姉さんはメグミさんと戦って勝ったけど、僕は負けちゃった」
「イミヤタウンのタウン改造計画に参加してて、今凄い建物を建設してるって聞いたわ。勝てたのは相性が良かったからかもしれない……
ユキナリ君。あの人は強いわよ、とっても」
「じめんタイプのポケモン使いですからね……」
みずはじめんに強いが、くさに弱い。どんなポケモンにも弱点があり、また相性が良い時がある。
ユウスケはくさタイプのポケモンのみを使っているが、それだと苦戦するハズだった。あまり相性が良い組み合わせだとは思えない。
「じめんタイプはほのおに対して耐性を持っているわ。あ、そう言えば貴方4匹ポケモンを持ってる?」
「一応持ってます、でもコエンはほのおタイプで……」
「新しいポケモンを捕まえて育てておいた方がいいかもね。メグミさんは『4vs4バトル』のジムリーダーなのよ」
「そうか、使用するポケモンが増えるんだ。でも、コエンを活躍させたいなあ……」
「他のトレーナーとバトルして経験値を稼ぐしか無いね。他にもほのおはいわやみずに弱いよ」
「カイト、みずはもう解ってると思うわよ」
とにかくヒマなので3人は色んな事を喋っていた。隣のプールではミズキとユウスケの戦いが繰り広げられている。
「父さんは凄いよ」
ぽつりとカイトが言葉を漏らした。
「母さんが死んじゃった後、父さんはジムリーダーと父親の両方を務めてくれた。
母さんがいない分だけ愛情を注いでくれる傍ら、僕達を後継者にしたいとポケモンバトルを教えてくれた。
だから、僕は父さんの意志を継いで立派なジムリーダーになりたいんだ!」
「私とカイトは後継者争いのライバルってワケ。お互いに譲る気は無いわ。競争こそ腕を上げるチャンスだって父さんも言ってるからね……
そう、父さんの夢をかなえてあげたいの。自分の子供を後継者にするって言う夢を!」
ユキナリは兄の顔を思い浮かべていた。兄は可能性を信じた。登山者としての一生を終えるより、リーグ覇者になると言う夢に挑戦したかったハズだ。
(僕も、必ず兄さんに追いついてみせるからね……)
ユキナリはそれを心に誓っていた。
ユキナリがナギサ・カイトと共にユウスケの試合終了を待っていた頃、イミヤタウンでは1人の若者がジムに来ていた。
「アンタ、やるじゃないか。負けた戦いをいちいち蒸し返すのは嫌いでね。とっときな!」
建設現場で被る黄色の帽子を付けた褐色の肌をした女性はジムバッチを投げ、それを男は受け取った。
「何処まで行くつもりだい、アンタは」
男は指で上を指した。
「そりゃいいね。あたいが行けない道だ……頑張りな。一応アンタの武運を祈らせてもらうよ!」
「お前もなかなか手強かったよ、だが……こんな所でつまづくワケにはいかないんでな。先を急がせてもらう」
ジムを後にする青年。メグミは彼が立ち去った後自然と笑みが浮かんでいた。
「面白いじゃないか。あんなに強いトレーナーがいたなんて。今度は誰がアタイに挑戦しに来るか……楽しみになってきたよ」
イミヤタウンジムリーダー、4人目の最強を名乗る者……メグミ。大地を知り尽くした女性は仕事の合間にバトルを行っていた所だった。
彼女にはやり遂げなければならない大プロジェクトがある。この街を変える計画の為に。
夜……ユウスケはミズキに勝利した。
ユウスケ曰くまたもや『紙一重の勝利』だったそうだが、ユキナリはそれを見ていなかったので、納得する事も反論する事も出来ない。
「お前達に会った時から、ただのトレーナーじゃ無えって事は解ってたんだ。ガッカリしなくて良かったぜ!」
控え室。先程3人が待っていた場所にユウスケとミズキも集まり、5人でのお祝いパーティーが行われていた所だった。
「それにしても、凄い偶然だったよね。僕達のくじが当たったなんて……ううん、ユキナリ君のおかげだよ。
僕は適当に写しただけだから……本当に有難う!」
「パソコンで残高を確認したハズなのにまだ実感が湧かないんだ……変だよね。50万円って言う金額のせいかな?」
「そうじゃないよ、そんな幸運に普段巡り会った事が無かったからじゃない?」
机の上には刺身がズラリ。ナギサとミズキで協力し捌いたモノだ。あぶった魚や照り焼きにした魚達が並ぶ。
カイトは丁度皿の上に乗っている鯛の丸焼きを食べている所だった。口に運びやすい用あらかじめカットされている。
「ユキナリ君、ユウスケ君。この先はもっと強い人達が待ち構えているわよ。それに、立ち往生してしまう時もあるかもしれないわ。頑張ってリーグを目指してね!」
「ナギサさん……僕、シラカワタウンを出た時からずっと心に決めてました。挑戦するまでは家に帰らないって」
「ま、ホームシックにならん様にな。俺は昔独り身の頃色んな所を旅して腕を上げたが、特に海だ。海には普段からみずポケモンと戦ってる強者がいる。
軟弱なジムリーダーは可愛さを全面に押し出すが、それは違う。みずは元来凶暴なモンだ。
人々の生活に無くてはならないものだが牙を向けば誰にも止められねえ。そう、荒くれた傷を作っているポケモンこそみずポケモンの証ってモンよ」
ユキナリとポケモン達が戦ったハリーセン、サメハダー、ニョロボン……3匹それぞれ風格があり、そして底知れぬ闘志があった。
可愛ければそれでいい……そんな妥協はどこにも見受けられない。
「その点ナギサはその軟弱さに染まりつつあるな。俺は賛成出来ねえが、確かに実力はある。
例え見た目が女どもにキャーキャー言われようとも、魂を分かち極限まで鍛え抜いて共に戦うのならそれは構わねえと思うぜ」
「極限まで……共に戦う……」
全てのポケモントレーナーが全力を尽くして戦っている。己のプライドの為、友として戦い続けるポケモンの為、誰かの為に戦う者もいれば、自分の為に戦う者もいるハズだ。
ユキナリは自分の為に戦っているのだろうか。だが時には人の為に戦う時もある。ユウスケはその『人の為に戦う』時のユキナリが頼もしく、また羨ましかった。
(勇気……それだけの勇気が僕には無い……イザと言う時ユキナリ君の足を引っ張ってしまって……)
「ユウスケ、どうしたの?」
「う、ううん。何でも無いよ」
「今夜は無礼講だ。食べて飲んで歌って、気の済むまではしゃぎまくろうぜ!」
5人全員がジュースの入ったコップを合わせた。
「……くん……ユキナリ君!」
ナギサに起こされ、ユキナリは目が覚めた。何時の間にか夜中の1時だ。
「宿舎に戻って休んだ方が良いと思うんだけど……風邪ひいたら大変よ?カイトと父さんは私がベットに連れて行くから、貴方はユウスケ君を宿舎に運んで」
「解りました……ふあーあ……」
目をこすりながらユウスケを起こしにかかる。
「ユウスケ、起きて。起きて!」
「……むにゃむにゃ……もう食べられないよ……」
「ダメだこりゃ……」
ユキナリは呆れた。騒ぎすぎて泥の様に眠ってしまったのがマズかったらしい。おぶって宿舎に連れて行く事にした。
「じゃあ私はあっちで寝てくるから、おやすみなさい……」
「おやすみなさい」
ユキナリは眠ってしまいたかったが、なんとか目を自力で開けて宿舎に向かった。
(こんなに散らかってる……後で掃除しなきゃ……)
ジュースがこぼれていたり皿の上の刺身が散乱していたりと、なかなか凄い様子だった。だが今は宿舎に戻って眠りたい。
ユキナリはユウスケをおぶったまま宿舎を出た。暗闇の中舞い落ちてくる雪を払いながらなんとか宿舎に辿り着く……扉の前に人が立っていた。
「誰……ですか?」
暗がりの中、人物の声だけがハッキリ聞こえる。勿論その声は目の前の人物が喋っている声だ。
「こんな所にいたのか……ジムはもう突破したのだな」
「オチさん!?」
その声はオチのものだった。暗がりにマントが見える。
「私は私の道を行く……お前と同じ、1つの道標があり、それを進むだけだ。あの方に忠誠を誓った以上、カオスを壊滅させなければなるまい。
命を助けられた者ならば、その命をあの方の為に使うのは当然!」
「その……『あの方』とは誰なんですか?」
「偉大で崇高で……私や君が挑んでも到底かなわぬ人物だよ。ユキナリ……君が考えている以上に私はあの方をお慕いしている。
仕えている以上、あの方の果たせなかった復讐を成就させるべきなのだ……」
「オチさん、何を言っているんですか!」
「私と君とは立っている世界が違うのだよ……だが、君の様な光あるトレーナーは嫌いでは無い。その余りある正義感が自らを滅ぼさぬ様、祈るだけだ……」
オチは闇夜にモンスターボールを出し、地面に投げた。いきなり現れたその正体不明のモンスターに飛び乗ると、オチはゆっくりと空中に上がっていく。
「何故か最後に君達の顔を見ておきたくてな。何時死んでもおかしくない戦いをしていると言うのに……」
「オチさん、貴方は一体……」
そのままオチは闇夜の空に消えていってしまった。
「……手紙?」
オチが偶然落としたものだろうか、手紙が地面に落ちていた。片手でそれを拾い上げると、ユキナリは宿舎のドアを開け中に入る。
すぐにベットにユウスケを寝かせると椅子に座りその手紙を読み始めた。どうやら、手紙はオチが何者かにあてた手紙の様だ……
『ついに、我等の悲願が達成されようとしております。貴方をお助け出来なかった苦悩の日々にも負けず、私は貴方と誓った復讐を成就する手前までこぎつけました。
カオスは私の手で必ずや滅ぼしてみせましょう。そして貴方を今度こそ助け出し、組織を復活させるのです。
私の他にも影で組織復活を望んでいる者がいるはず……その為には貴方の力が必要なのです。強力な結束を約束してくれる貴方様が……
私は全てを貴方に捧げます。この命、忠誠心、そして悪の力……何者にも負けぬ輝きの力を使わせていただきたい。
待っていてください、必ず私は牢獄からの脱獄を手伝います。
追伸・誰かに読まれてしまう危険があった為、貴方の名前を伏せさせてもらいました。誰よりも貴方に仕える者。オチ』
「カオスを、滅ぼす……」
ユキナリの脳裏にはセイヤの顔が浮かんでいた。冷酷非情ではあるが、過去の事件は彼を変えるに充分すぎる程だった。
悪人であるのに可哀想でならない……ユキナリは組織壊滅を願うものの、彼の寂しげな顔を思い出すとそれを躊躇してしまうのだった。
だがオチは問答無用でカオスを消そうとしている。何故?誰の為に?
机の上に置かれているその手紙は勿論『あの御方』に出す為の手紙だったのだろう。それほどまでにオチが忠誠を誓っている人物とは誰なのか……
とても正義のある手紙とは思えない。カオスに対する憎しみを感じ取る事が出来る。だが、考えていてもどうにもならない。
ユキナリはベットに移るとそのまま深い眠りに落ちていった……
翌朝……
「ふあーあ……」
「おはよう、ユウスケ……」
朝早く2人は目覚めた。雪が降っているにも関わらず鳥ポケモンの囀りが聞こえてくる。窓の外は何時もと変わらぬ雪景色だった。
(あれ、あの手紙は!?)
ユキナリが机の上に広げて読んでいた手紙が消えている。封筒ごとだ。ユウスケに聞いてみるも、手紙はユウスケが先に起きた時には無くなっていたと言う。
(カギ、かけておいたハズなんだけどな……)
カギ穴を通れる位小さな物体でもいれば話は別だが……
(……いや、待てよ!)
ウミホタ……オチが持っていたポケモンの1匹ならば可能かもしれない。
(あの後、急いで取りに来たのかな……)
結局、誰にも手紙の内容は話せなかった。リュックを背負い自転車を持ち出すと、2人はマウンテンロードに向かう前にとミズキ達に別れを告げようとする。
ジムの扉の前にはすでにミズキ、カイト、ナギサがおり2人の姿を確認すると近寄ってきた。
「もう行くのか。俺に勝ったし、この街には用も無いだろう。思いっきり暴れてこい!俺に勝った分だけ頑張るんだぜ!」
「ユキナリ君、ユウスケ君……忘れないで。あいつはまだこの近くにいるハズよ。ドームの事件、私は絶対に許せない。会ったら、すぐに倒しちゃいなさい!」
「姉さんと僕も、父さんには負けるけど結構強かったでしょ?まだまだ僕達より強いトレーナーは沢山いるんだ。きっと面白いバトルが待っていると思うよ!」
「ミズキさん……僕、貴方の生き方が好きです。最強である事を追い続けていて……僕も今、同じ所に立ってるから、貴方の気持ちが良く解ります。
機会があったら、もう1度戦いましょう!」
「カイト君とナギサさん、苦戦したよ。2人のコンビはやっぱり伊達じゃ無かった。コボクの活躍が無かったら勝てていたか自信が無いしね……」
「ホラ、行ってこい。2人共!マウンテンロードはここからずっとまっすぐ行った所にある。幸運を祈ってるぜ!」
ミズキは2人を押しだし、ユキナリとユウスケは笑って最後にしっかりお辞儀をし、自転車を漕ぎ出そうとする。
「あ、最後に私からちょっとプレゼントがあるの!」
ナギサは慌ててポケットから2つの光る石を取り出した。青く光るその石は水滴の様な形をしている。
「みずのいしよ。特定のポケモンを進化させる事が出来るわ。きっと何かの役に立つと思うの」
「ありがとうございます、ナギサさん」
ナギサからユキナリ達は2個の『みずのいし』を1個ずつ受け取った。
「じゃあ、僕達はこれで……また、きっと会いましょうね!」
2人は自転車をしっかり漕ぎ出し、ミズキ達の前から走り去っていった。
ミズキは見えなくなるまで手を振っていたが、見えなくなると感慨深げに腕組みをして喋り始めた。
「特別な力を感じるんだ。単なる強いポケモントレーナーじゃ無え。本当の力を持ったトレーナーの目をしてやがった。
ユキナリも、ユウスケもだ。内に秘めている熱さは同じだ……何時かあの2人が真っ向勝負を繰り広げるんだろうな。楽しみだぜ!」
「リーグではあの2人、敵同士だものね……でも父さん、本当にリーグまで行けるのかしら……」
「僕は行けると思うよ。だって、2人の強さは僕達が今まで戦ってきたトレーナーの腕を凌駕してたんだから!」
シオガマシティとイミヤタウンを結んでいるのは自転車の道、マウンテンロード。
その真っ直ぐな一本道は走る際自転車を自然に加速させ風を起こす。だが雪の為そんなに早く走るワケにはいかない。
ユキナリとユウスケは丁度そのロード入り口手前にさしかかっていた所だった。
「野生のポケモンはいるのかな?」
「さあ……車で言えば高速道路と同じだし、僕はポケモンがいるとは思えないんだけど」
確かに綺麗に舗装された道は走りやすいがとても草むらの様にポケモンが暮らしているとは考えにくかった。
「とにかく、ココを抜ければイミヤタウンだ。着いたらまた宿舎でやる事を考える余裕が出来るかな」
「ユキナリ君、そのまま走り抜けても良いと思うよ!」
2人は自転車のスピードを出して入り口から道路に出た。そのまま道を走りイミヤタウンを目指す。
とにかくマウンテンロードは真っ直ぐな道だったが、その長さは圧倒される程。何せ遠くに小さく見える街が確認出来るのだから。
2人はひたすら何も考えずに走っていた。だが、この道はただの自転車道では無かったのだ……
2人はマウンテンロードを走っていた。舗装されている道以外は土が剥き出しになっており、そこに雪が落ちて薄い膜を作っている。
歩く時より寒さを感じるが、この長い道をゆっくり走っていたら朝から出発したと言うのに日が暮れてしまうだろう。
「ユウスケ、さっき貰ったみずのいし、ちゃんと持っておいた方がいいね」
「パソコンに預けておいた方がいいかもしれないよ。大事な道具は例え持ち運べても危険だから……」
そんな普通の会話をしながら走っている時だった。遠くから聞き慣れない音が聞こえてきたのだ。
思わず2人は自転車を止め、その音に耳をすませる。
「何だろ、この音……エンジン音みたいだけど」
「車の音じゃないよ。バイクかな?それも1台じゃ無い……」
そう、その音はユキナリ達が進もうとしているイミヤタウン側から響いてきた。
だんだん音がハッキリしてくるにつれ、その小さい影がこちらに向かってくるのが解る。
「こっちに来るよ!」
近づいてきたのは何十人と言うバイクの集団だった。
乗っているのは皆若者で恐ろしい顔つきをした者ばかり。腕に入れ墨がある者やバンダナを巻いている者。
片手に大きな旗を持っている者もいた。その旗には『ポイズンロッド』と文字が書かれている。
「ユウスケ、もしかしてあの人達って……」
「暴走族?ねえ暴走族なの?」
ユウスケの顔が蒼白になった。先頭を走っていたのは水色のシャツを来た髪の形に特徴のある青年だった。
頬に傷、片手にはサバイバルナイフを持ち髪の毛は黄色の様にも見え金色の様にも見えた。
あっという間に2人はバイクの集団に取り囲まれる。バイクから降りたのはそのシャツを着た青年だけだった。
間近で見てみるとどうやら髪の色は黄色の様だ。
「またカモが来やがったぜ、なあお前等!」
「やりましたね、トサカさん!」
トサカと呼ばれた男はナイフをユキナリの方へ向ける。
「見た所お前等はトレーナーだな。ポケモンを持ってるのか?」
「ハイ、持ってます」
ユキナリは怖かったが弱味を見せるのも怖かったので毅然とした態度で質問に答えた。ユウスケは膝が笑い過ぎて死にそうな状態だ。
歯がカスタネットの様にカチカチ鳴っている。
「俺とゲームをしようじゃねえか。俺様もポケモンを持っている。勝負してお前が勝ったら何も言わずにココを通してやるよ。
だがお前が負けたら有り金は全部俺達『ポイズンロッド』がいただく。文句は無しだぜ!」
「へへ、ココを通ってトサカさんに勝った奴はいねえんだぞ!」
「大人しく金を出せば痛い目を見ないで済むぜ!!」
バイクにまたがった他の男達が2人に向かって叫んでいる。どうやらこのトサカと言う青年はこの暴走族のリーダーの様だった。
「貴方は暴走族のリーダーなんですか?」
「ああそうだ。俺の名はトサカ。トーホク暴走族『ポイズンロッド』リーダー。そしてもう1つの顔は最強のどくポケモントレーナーだ。覚えておきな!」
このまま黙っていれば命の保証も無い。ココは飛び込むしか無い。そうユキナリは決断した。
「貴方はポケモンを何匹持っているんですか?」
「今は4匹だ……まあ手頃に3vs3バトルでもしようぜ。俺に勝てたら通してやるよ。無理だとは思うがな……」
鋭い目つきは鷹の様で、その口は獲物を捕らえて喜んでいる蛇の様に裂け……ている様に見えた。
出会った人間を恐怖に陥れる様な独特のオーラを放っているのだろうか。
「戦うまでは勝負の行方なんか解りません。貴方と戦わせてください!」
「へへ、トサカさんに勝つ気だぜ、あのガキ……」
「今までそう言って何人ものトレーナーが身ぐるみはがされやがった。しかも今回はヒヨッ子と来たもんだ。これで勝ったら奇跡だよ。ヒヒヒ……」
ぐるりと2人を取り囲んでいる輪の中から嫌な言葉が聞こえてくる。ユキナリはひたすら集中力を高めていた。
「今まで俺に勝てた奴はいねえ……どんなトレーナーも俺の前にひれふさせてやる。そう、例えリーグチャンピオンでもな!!ハハハハハ……」
その言葉を聞いた瞬間、ユキナリの闘志が燃えた。彼がチャンピオンに勝つ自信があるならば、勝ちたい。
少しでも上に上がっておきたい。そう思ったのだ。ユウスケはもう怯えてしまってパートナーであるポケモンに命令する事など無理そうだった。
つまりユキナリは当然だがトサカと1対1で戦わなければならない。
「僕が勝ったら、潔く道を開けてくださいね」
「俺も男だ。約束は守るぜ……勝つ気があるんなら、全力でかかってきやがれ!お前の希望、コナゴナに砕いてやるぜ!所詮夢なんて幻にしか過ぎねえんだよ!」
ユキナリは自転車にまたがったまま、トサカは路面にしっかりと立ってスタンバイした。
それぞれどのポケモンを出すか考え、そして互いのポケモンをフィールドに出す。
「輪を広げろ!満足な戦いが出来ねえじゃねえか!」
暴走族の下っ端達は皆トサカの指示に従った。
「こいつ等は皆俺に倒されて俺に忠誠を誓った野郎達だ。俺より強いとかぬかしやがるからな。拳での勝負とポケモン同士の勝負で理解させてやったのさ。
所詮お前は俺に及ばねえんだってな……」
「どんな苦境に立たされても、最後まで諦めません。オチさんが、ゲンタが、アオイさんが。ミズキさんがその事を教えてくれました。
あの人達の為にも負けたくありません!」
「ほー……ジムリーダーと戦って勝ったってのか。俺も勝ったぜ。この通り8つのジムバッチがある」
トサカはバイクの後部座席からバッチを取り出して見せた。
「なッ……!?」
「せいぜいお前は2,3個ってとこだろうな。それで『負けたくない』……理想論は聞き飽きてるんだ。見せてみな、根性だけじゃ俺には勝てねえぜ!」
(僕より遙かに上にいる人……でも、僕は今1人じゃ無い。現にユウスケも危険に晒されているんだ。守らなきゃ……
例え負けるかもしれない戦いを強いられても、逃げるワケにはいかないよ!)
モンスターボールを投げる。中から出てきたのはハスブレロだった。
『おっと、随分外が賑やかだと思ってたら……こういう事だったんだ。任せといてよ。とりあえず勝つから!』
「頼むよ、ハスブレロ。この勝負は負けたら後が無いんだからね……」
「俺も呼ぶぜ。出てきやがれマタドガス!」
トサカは紫色に光るモンスターボールを投げた。閃光と共に出現したマタドガスはどくポケモンらしく常に汚いガスを放出し続けている。
『呼んだのかー、トサカあ』
「そうだ。ちょっと痛い目にあわせたい奴がいるんでな。協力してもらうぜ……ま、イヤとは言わねえか」
トサカはナイフをクルクル回していた。
(マタドガス……どくタイプのポケモンか)
「ゆ、ユキナリ君・・・くさはどくに不利だよ。」
「みずタイプでなんとかなると思う。使うのは勿論みずタイプの技さ。先に白星を挙げておきたい所だけど……」
相手は全てのジムバッチを手に入れている男。だが自分の力に酔いしれ、もっと強くなる事を考えていない。
対するユキナリは今その最強を決める渦の最中にいて、ずっと最強を追い求めてジムリーダー達と戦ってきた。
心の強さならトサカに勝てるかもしれない。そして、トサカとのバトルは幕を開けた……