ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−

小説トップ
ポケットモンスタースノウホワイト −吹雪の帝王ゴウセツ−
第3章 5話『宴の終わり』
『ヘヘ、ヘヘッ……ヘヘヘヘ……』
 身も凍る様ないやらしい笑い声が響き渡り、ユキナリ達は思わず立ち上がった。マイとエイゾーも音のした天井部分を見上げる。
『俺はボマー……お前達が言う所の花火屋だ。このドームの何処かに爆弾を仕掛けた。猶予は5分。
 逃げられる奴は勝手に逃げろ。5分後、俺がスイッチを押せばこのドームは粉々だ。さあ、お遊戯の時間だぜ!ヘヘヘ……ヘヘッ……』
 放送が途絶えると、ドームの中にいた観客は一瞬静まりかえった。
「誰かの悪戯か?」
 ダイゴは持っていた連絡無線でリーグスタッフと交信しようとした。だが、通じない。
「電波障害よ、無線を通じさせなくしてるんだわ!」
 ミドリはドームの観客に呼びかけた。
「皆、よく聞いて!これが冗談にせよ本気にせよ、私達は全員避難した方がいいわ!!スタッフの誘導で、全員速やかに入り口から出て頂戴!」
 観客は一気にパニック状態になった。我先にと入り口に殺到する。
 ダイゴとアカギは目配せすると、ユキナリとユウスケ、ホンバ助手と報道コンビを呼び寄せた。
「さっき君達が使った裏口から一緒に避難するんだ!」
 突然の爆破予告に戸惑うユキナリ。
 (な……一体何が起こったんだ?)
「ユキナリ君、ユウスケ君!とにかく、裏口から外へ出よう!話はそれからだ!!」
 ホンバ助手に促され、2人は四天王、チャンピオンメンバーと共に走り出した。

 2分後……ドームの外へ出る事が出来たユキナリ達は、入り口から出てくる人達に必死の呼びかけを行っていた。
 観客達の混乱を出来るだけ鎮めようと懸命に呼びかける。
「慌てるとますます皆が脱出出来なくなります!落ち着いて、速やかにドームの外へ避難してください!!」
「しかし、厄介な事になったのお……何も起きなければ良いのじゃが……」
 テッセンが腕組みをし、シラヌイは祈りを捧げていた。
「どうか、無事に皆が避難出来ます様に……」
 先程ユキナリ達が利用した裏口からも大勢の観客が出てくる。巨大な津波の如く、入り口付近は我先にと逃げ出す観客達で溢れていた。
「ダイゴさん、入り口を広げたり出来ないんですか?」
「無理な相談だよ。あれでも広い方なんだ」
「ダイゴ、あと2分しか無いぞ!」
 ユキナリ達は先に脱出出来たから傍観していられるものの、この中に自分がいたらと思うと背筋が凍らずにはいられなかった。
「ユキナリ君……」
「僕達が何を出来るワケでも無いんだ。見守るしか無いよ……」
「ユキナリ君、あと1分半しか無い!」
 ホンバ助手は歯を食いしばり、祈る様な表情で皆が逃げる場面を見ていた。
 その阿鼻叫喚の中から、2人の人物が駆け寄ってくる。
「急に放送が始まって……一体どうなってるのよ!」
「姉ちゃん、怖いよ……体中が震えるんだ……」
「カイト君、ナギサさん!」
 入り口から逃げ出してきたと思われる2人はボロボロだった。人々に揉まれたせいで服がしわだれけになり、ズボンも所々汚れている。
「父さんはジムで待ってるハズなんだけど……まさか、来てたりなんかしないよね……」
 ナギサの顔は恐怖で青くなっていた。
「信じるしかないわね……」
 ヨミも、先程とは違い、神妙な表情を浮かべている。
「あと30秒……まだ、観客の3分の2も逃げられていない状態だぞ!」
 ホンバ助手の顔が蒼白になっていた。ただ腕時計を見つめているだけの状態となっている。
「早く、逃げて……!」
 ユキナリとユウスケも、ただ彼等が全員助かる事を祈っていた。何かの冗談であってほしい、そう願っていたのだ。

「さてと……花火はやっぱり散る側と楽しむ側に分かれなきゃな……じゃあ、打ち上げるとするか!」
 男は残忍な表情で、迷う事無くボタンを押す。丁度放送から5分が経過した時だった。
 ユウスケが見ている目の前で、ドームが突如視界から消えた。煙と炎、そして一瞬の光がドームを覆ったのだ。
 ドームは崩れ落ち、逃げ遅れた者はその下敷きとなったり爆発で吹っ飛んだりした。まさに地獄絵図さながらの大惨事だった。
「ひ……酷い……酷いよ……こんな……」
 ユキナリは自然に涙が溢れだし、止まらなくなった。ユウスケも涙を拭い、ホンバ助手はしばらく呆気に取られ動けずにいる。
「なんと惨い事をするのだ……」
「我々も一歩間違えれば同じ事になっていただろうな」
「こんな……事って……」
「俺はこんな事認めねーぞ、大勢の人間を殺しやがって!」
 アカギは拳を振り上げ、激昂した。マイとエイゾーは報道の義務だと考え、早速現場リポートを始めている。
『シオガマシティのドームが、何者かの手によって……』
「やめて!」
マイクを払い落としたのはナギサだった。
「気持ちは解るけど、一刻も早くこのニュースを伝えないと皆が怒るッス……これは、正しい報道ッスよ!」
 エイゾーは真面目な顔で力説したが、ナギサは認めなかった。
「やめてあげて……お願い……」
 ユキナリとユウスケの眼前には、瓦礫があった。焼けた匂いが鼻につく。大勢の死体が……つい先程まで生きていた人間が……大勢の人間が息絶えていた。
 (何で……罪も無い人達が死ななきゃならないんだ……何で!)
 悪魔の笑い声が聞こえた気がした。罪も無い一般市民が殺される……あってはならない事が起きてしまった。
 しばらく彼等はその現場に立ちつくしたまま、微動だに出来なかった。そして……全ての元凶は騒ぎに紛れその場を立ち去ったのである。

 崩れ落ちたドーム……救援隊が到着し、生存者を捜索している。その光景をただ、ユキナリは涙を流しながら見ていた。
「アオギリ様、ご無事でしたか!」
 アオギリのもとに数人の男女が走ってきた。皆それぞれ青色のバンダナを巻いている。
「ウシオ、イズミ。誰がこんな事を!」
「先程警察の方々に話を聞いたのですが、どうやらトーホクで起きている連続建物爆破事件の犯人である可能性が高いと……」
「連続爆破事件だと!?」
「はあ、予告状など一切出さず、目的もなしに建物を次々と爆破している様です。誰かは解っている様なのですが、全く捕まえられず……」
「その犯人の名前は?」
「リッパー。元トーホク自衛隊の爆発処理隊に所属していた下っ端だったそうです。
 数年前、発作的に処理隊長を撲殺し、精神鑑定の結果精神異常が認められた為無罪に……数ヶ月前に病院を脱走したとの事で……」
「その男が公認ドームを爆破したと言うのか……これだけの破壊力があれば、どんな建物も危険だ。絶対に野放しにしておくワケにはいかない!」
 アオギリは普段見せている優しい表情とは違い、激情に身を任せている様だった。ダイゴとアカギも憎悪の表情を浮かべている。
「だが、我々はリーグ運営の義務がある……お前達だけで爆弾犯を探し出し、警察へ連行するんだ。解ったな!」
「解りましたアオギリ様。ちなみにこれは奴の顔写真だそうで……」
 ユキナリとユウスケはその写真を見た。迷彩服に身を包んだアーミーが写っていた。気持ちの悪い笑いを浮かべている。
 金色の長髪、茶色のサングラス……金色の顎髭を生やしていた。
「我等アクア平和グループの名にかけて、全力でリッパーを探し出せ!だが、絶対に殺すな。法の裁きを受けさせるんだ。
 もし奴が精神薄弱を武器にするのなら、私が直接法廷に出向いてこの被害状況を証言してやる!」
 ウシオとイズミはお辞儀すると、すぐに走り去っていった。
「お前のグループが奴を見つけられるかどうか……」
「大丈夫さ、なんとかなる。あの時と同じだ。」
 ナギサ達と凸凹コンビはまだもめていた。
「お願い、これを伝えなければまた被害が出るかもしれないのよ!トーホクの皆が警戒を強めないと……」
「そもそも、貴方がこんなに派手な宣伝をしなければここまで人が死ぬ事なんて無かったのに……!!」
 ナギサは泣きながら激昂していた。沢山の罪の無い者達が自分の目の前で無情にも殺されてしまったのだ。
 八つ当たりしてしまうのも無理は無かったが、マイは言い返す事は出来なかった。
「そ、それは……」
 言葉を詰まらせるマイ。
「マイさん、どうします?俺は伝えた方が良いと思うんスけど……この娘の訴えも解る気がして……」
「……私にも解らないわ、狂ってる……世の中、何でこんなにおかしくなっちゃったの!?」
 マイは頭を抱えた。

「生き残っている人達は……?」
「ドームの中にいた者達の生存は絶望的だそうだ……だが、爆発に巻き込まれた入り口付近の人間は生きている可能性があるらしい。祈るしか無いが……」
「ユキナリ君、悔しいよ……僕達には何も出来ない。無力なんだ!助ける事が出来なかった……」
 悔しかった。確かに自分達は助かった。だが、もっと人を救えたのでは無いか?自分達がギリギリまで粘って誘導すれば、多くの人々の命を救えたかもしれない……
「ホンバさん、これからどうすれば……」
「僕はここで暫く調査する事があるんだ。センターに戻るよ。君達は宿舎に戻った方が良い……」
「ダイゴ、俺達はそろそろ宿に行こう。チェックインを済ませていないんだから……」
 アカギが呼びかけるが、ダイゴには聞こえていなかった。
「ダイゴ、おいダイゴ!」
「そっとしておいてあげなさいよ。彼は大きなショックを受けたわ。私達と同じ、いえ……それ以上かもしれないわ。
 アスナとテッセン、ヨミに任せて私達は先に行きましょう……残念だわ」
 悲痛な表情でミドリは焼けたドームを眺めていた。ミドリ、トビオ、アカギは先にチェックインを済ませる為、宿へと向かう。
 一方ダイゴとゲンジ、シラヌイ、ホウエン四天王はその場に立ちつくしたままだった。
「そろそろ我等も、追うとするか……」
「ホラ、しゃきっとしなさいよ。男でしょ?」
 ヨミがダイゴの頬を叩くと、ダイゴは我に返った。
「あ、ああ……僕も行くよ」
「君達も気をつけるんじゃぞ。爆弾犯は今もこの付近にいるかもしれん。くれぐれも寝首をかかれん様にな……」
 テッセンとアスナがダイゴの肩に腕をまわし、彼と共に歩き始めた。溜め息をつきながらヨミが後に続く。
「お主達の冒険を応援させてもらうぞ……ただ、何処まで続けられるかはお主達次第だがな」
 最後にシラヌイがユキナリに声をかけた。
「嫌な空気が流れていまわ……貴方達、気をつけなさい。海の神が怒りに震えている……イミヤタウンに強い悪が巣くっているのが伝わるの……」
 そして、四天王達は全員ユキナリ達と別れた。
「宿舎まで送るよ。ナギサさんも……」
「姉さん、立てる?」
「う……うん……父さんは?父さんはドームに来てないよね?ねえ?」
「姉さん、父さんは来てないよ。そう、信じようよ……」
 カイトも一抹の不安がどうしても拭えない様だ。マイとエイゾーはまだ報道するべきか悩み、瓦礫の山を見つめ続けている。
 ユキナリ達はその場を後にした。

「ユキナリ君、大変な事になってしまったけれど……ジムに挑戦するのかい?」
「僕の夢は……かなえたい。でも、凄い哀しくて……何でこんな事になっちゃったのか、解らなくて怖いんだ」
「僕も同じだよ。憧れの人達に会えた楽しい思い出になるハズだったのに、僕達の目の前で大勢の人達が亡くなった。
 しかも、たった1人の人間の手によって……」
「正直ショックだわ、ドームはこんな事に対応してはいなかっただろうけど……もし少しでもパニックに対処出来るシステムがあったなら、皆助かったハズなのに……」
「それはどうかな」
 ホンバ助手は厳しい顔をしていた。
「僕達は多分、彼にとっての『観客』だったと思う。自分がドームを爆破するのを目撃する沢山の観客を彼は必要としていたんだ。
 パニック状態に陥った大勢の人達が5分間では全員ドームの外には逃げ出せない事を知っていたんだよ……
 狂ってると言ってたけど、きっと犯人は冷静に狂ってるんだ。頭の良い狂人ほどタチの悪い者はいない。次の獲物を狙っているハズだ。僕達で止めないと……」
 ホンバ助手は空を見上げた。雪は変わりなくユキナリ達の頭上に降りてくる。
「何があっても、この天気は変わらない……何故だろう。お門違いなのは解る。でも悔しくて……」
 ナギサはまだ涙を流し、カイトは彼女の手をしっかり握って誘導していた。ユキナリとユウスケは宿舎に戻る。
 最悪の事件を目撃した彼等の足取りは非常に重かった……

 ユキナリとユウスケ、ナギサとカイトはシオガマシティのジムに向かって歩いていた。
 ホンバ助手は途中でセンターに向かい、彼等と別れてセンターに泊まるらしい。
 父親の無事を確認するまでは安心出来ないと言うかの様に、ナギサは時折ジムに向かって駆け出しそうになったりした。
「姉さん、落ち着いて。明かりはついてるよ!」
 確かにその通りだった。夕闇に染まるジムの明かりはこうこうと光っている。中に誰かがいるのだ。
 ユキナリとユウスケの頭上に舞い落ちる雪……トーホクではこの天気が永遠に変わらない。それゆえ異なるポケモンの進化を育んできたのだ。
 だが何故か今日はその雪が死神の迎えに見える。
 (沢山の魂が舞い降りているみたいだ……)
 とにかくジムリーダーがあそこにいるのか確かめねばならない。最悪のシナリオだけは避けたいのだが、それは自分達では変えられないのだ。
 もう運命は決まってしまっている。ジムの入り口に辿り着くと、ナギサはドアを開けた。
「父さん、父さん!?」
 ジムに入った途端、巨大な四角いプールが目に飛び込んできた。温度が一定に保たれているらしく、部屋の中は非常に暖かい。外の寒さとは大違いだ。
 ユキナリ達は辺りを見回した。……プールの中に誰かいる。どうやら、潜ったまま泳いでいる様だ。
「父さん?」
 その人影はこちらに近づき、ユキナリ達の目の前で姿を現した。
「遅かったな、2人共。楽しかったか?」
 真っ青な水泳帽を被った海パン姿の男……彼の姿を見た途端、カイトはへたりこんだ。
「良かった、父さん……父さん!」
 ナギサは父親の手を握ると大声で泣き出した。彼はキョトンとした顔でナギサを見つめている。
「おい、どうしたんだ。別に何かあったワケでも無いんだろ?俺はココでずっと泳いでたんだ」
 シオガマシティジムリーダー、ミズキはそう言うとユキナリ達の方を見た。
「お?お前達、俺に挑戦しに来たのか」
「あ、あの……」
「よし、良いだろう。明日ナギサとカイトに腕試しをさせる。もし2人に勝ったら……」
「話を聞いてください!」
 ユキナリが叫ぶと、ミズキはますますキョトンとした。
「わ、解った解った。まずは、何でナギサが泣いているのか、その理由を説明してくれ!」

「そんな事が……あったのか」
 ミズキは驚愕していた。公認ドームが粉々に吹っ飛んで多数の死者が出るなど、とても考えられない事だったからだ。

「ナギサさん、ずっとミズキさんは大丈夫かって、色んな人に聞いていたんです。もしリーグ交流会を見に行っていたとしたら……」
「フ、問題無いぞ。ナギサ!俺がそんなヤワな男に見えるか?もし四天王達の会合を見に行っていたとしても、爆発する前に逃げれていたさ。そうだろう?」
「父さん……」
 ナギサは笑い泣きしながら父親の手をしっかり握った。
「俺も嬉しいよ。お前達が助かっていなかったらと思うとゾッとする。お前達2人の後を追っていたかもしれん……」
 ミズキはナギサを力強く抱きしめた。
「無事で良かった!」
「ホントだよね。やっぱり、僕が姉さんの手を引っ張って急がなかったら……僕に感謝してほしいよ」
「何ですって!」
 ナギサはカイトを追いかけ、カイトは笑いながら逃げる。プールサイドを駆け回る2人の姿を見て、ユキナリとユウスケは救われた気分がした。
 (誰も助からなかったワケじゃ無いんだ。そうだよな……)
「とにかく、お前達はこっちで休め。挑戦者は宿舎で寝泊まりしてもらう事になっている。リーグの決定事項なんでな……すまんが、そうしてくれ」
「ええ、解ってます。行こうか、ユウスケ」
「うん!」
 ユウスケと共にジムを出て、裏手の宿舎へと向かうユキナリ。彼等の笑顔が、今日の憂鬱を吹き飛ばしてくれるかの様だった。

 2人は宿舎の前にいた。
「コレが鍵だよ。鍵穴に……あれ?」
「どうしたんだい、ユウスケ」
「鍵が……開いてるんだ」
 それに、宿舎に明かりがともっている。
「誰か、いるみたいなんだけど……」
 まさか、爆弾犯?そんな思いが頭を掠めた。
「ど、どうしよう……」
「リュックの中には食料があるし、犯人が目をつけたとしてもおかしくない。とにかく、ポケモンを出して突入しよう」
 2人はそれぞれ1匹ずつ、ボタッコとノコッチを出した。
『ふえー。何かあったの?』
『こんな時間に起こしやがって……何だってんだよ!』
「とにかく、あの部屋の中に一斉に飛び込むんだ。相手がビックリしたスキに飛びかかる。いいね?」
『だ、誰がいるの?』
「解らない。ただ、カギも開いてるし、明かりがついてるんだ。絶対に怪しい人物である事は確かだよ」
『暴れてやるぜ。思いっきりな!』
 ノコッチはすでに準備万端の様だ。
「それじゃ……開けるよ……」
 とにかく、タイミングがずれれば命取りになりかねない。2人はカギが開いているドアを一斉に素早く開け、ポケモンと共に部屋の中に踏み込んだ。
「やあ……隣の部屋が五月蠅くてね。僕達は宿舎のカギの合い鍵を何時も携帯してるから、それでお邪魔させてもらおうと思ったんだ」
 部屋の中にはダイゴとアカギがいた。ユキナリはヘナヘナと倒れ込む。
『何だよ、悪人じゃ無えのか?』
「悪人どころか、僕達の憧れの的だよ……お願いですから、驚かさないでください……」
「悪かったな、2人共。俺達をリッパーだとでも思ったのか?心外だな。まあ疑われても仕方ねーか……」
 聞けば、それぞれの部屋でヨミとミドリが酔っぱらってとても休める様な状況では無いと言う。とにかくアスナやゲンジ達に任せて自分達だけ逃げてきたらしい。
 ユキナリとユウスケはポケモンをボールに戻すと、床に座り込んだ。緊張が一気にほぐれたので今日の疲れがどっと出てきてしまった様だ。
「僕達は隣の部屋で休むから、勝手にやってていいよ」
「すまねえな。今度は俺達がお客様ってワケか……」
 暫く2人は声を出す事も出来なかった。

「君達はどうしてリーグチャンピオンになりたいと思ったんだい?」
 唐突にダイゴは2人に対して質問してきた。
「それは……やっぱり僕はポケモンと一緒に勝ち進んでいきたい。何処まで自分の力が通用するのか、試してみたいからです」
「僕達も昔は君みたいな熱い眼差しをしていたな……何時からこう空虚な気持ちになっていまったんだろう……」
「ダイゴ、俺達はもう上に行けねえんだ。頂点についたら後はその頂点を死守するだけ。追う者が追われる者になれば、自然とやる気も変わってくる」
「そうだよな。君達が何時かそこまで辿り着いてしまったら、どうするんだい?その後、どうしたい?」
 その質問にユキナリは困ってしまった。もし、もしリーグチャンピオンになれたとしよう。トーホクではユキナリより強い者がいないとされる。
 一方的に挑戦される。挑戦される側は毎日頂点を死守していると疲れてくる。そして、何時しか歴史の表舞台から消えていく……それは確かな事だった。
 (そう……僕がもし覇者になれたとしても、それは永遠じゃ無い。せいぜい2年か3年が良い所だ。そこまで神経をすり減らす場所に辿り着きたいんだろうか?)
 ユキナリは最初から答えが出ている。だからこそ、怯まずにこう答える事が出来た。
「僕だって終わりは見えてます。でも、僕がポケモントレーナー最強であったと言う歴史を残したいんです。
 例え数年でも構いません、誰かの心に残ってくれれば……僕はそれで満足です」
「ダイゴ、こいつ良い台詞言うじゃねえか。その通りだよ。俺達がチャンピオンだったと言う事が重要なのさ……」
 アカギはそう言うとニッと笑った
「そうだね。君達が目指す最強の地は、僕達とは違うけれど……強い思いは何にでも勝てる。夢さえあれば、きっと覇者になれるさ。僕はそう思う」
 ダイゴは窓の外を見た。
「トーホクリーグのウオマサ高原……僕は彼に会った。覇者と四天王に。良い表情をしていた。僕は正直勝負をしたかった。
 だけどリーグの掟を破るワケにはいかない。あのチャンピオンのオーラが僕を一瞬奮い立たせたんだ……あの時の事はハッキリ覚えている」
「俺も戦った事は無えけど、新編成された5人が全員負け無しって所を考えると、俺が挑んで勝てるか微妙な所だ。ま、俺は負けるなんで思って無えけど」
 ユキナリが目指す場所……そこを守る者……
 その場所にいる者を倒して、自分が自分である事を証明したい。ユキナリがリーグに挑む目的はこれだった。
「で、そっちのくさポケモン使いの坊主は何でリーグに挑みたいんだ?教えてくれよ」
 アカギはユウスケの方を見た。
「僕は……今までずっと身体が弱くて、満足に走る事も出来ませんでした。ユキナリ君の方が僕より強くて、悔しかったんです。
 僕だって何か出来るハズだと思って僕はこのチャンスに飛びつきました。僕だって最強を目指せる。それを証明したかった……それだけなんです」
 (ユウスケ……)
 彼はずっと劣等感を抱えて生きてきた。人より弱く、ポケモンがユキナリ以外の友達だった。
 自分は人より優れていたい……劣等感を克服したいが為に、ユウスケはポケモンと共にリーグに挑む事を決意したのだ。
 幼い頃から一緒に遊んでいたユキナリを追い越したいと言う思いもあった。何時かユキナリを越える……!
 リーグのチャンピオンを目指している彼を越えたいのならば、勿論ユウスケもそれに挑む必要があった。
 そして、ユウスケはその目的を達成する為にココにいるのだ。
「理由は何であれ……俺達と同じ場所に立てばそれなりのリスクが待っている。有名になる反面狙われる。最強の称号を手に入れる代わりに何時か転落も訪れる。
 俺達は何故そこまでしてその地位を掴みたかったか……言葉で説明出来るか?ダイゴ。衝動的なモノも確かにあったんだ。自分の強さを確認したかった……」
「僕もアカギの意見に賛成だね。ポケモントレーナーになって色々な人に会って、自分の価値観を変えたいと思った。その為に何が出来るか……そこが重要な所でね。
 なりたいだけじゃない。なる為に何をしなければならなかったのか、そこまでの道が大切な事なんだよ」
 ダイゴはそう言うと、ベットに横たわった。
「明日僕達は帰る。僕達がずっと望んでいた場所へ……今は僕達の家同然なんだ。あそこは……」
「最初は夢だった。いきなり現実になったんだ。そのギャップに苦しんだが、お前達はそれに耐えられるかな……現実は甘くは無えんだ。でも、希望はある」
 アカギも寝入り、ユキナリとユウスケは疲れ果てたのか、座ったまま静かに眠りにつく。色々な事があったせいか2人の顔はひどくやつれていた。
 疲労困憊……しかし、彼等はまだ諦めはしない。何時か望んでいた場所に辿り着く為、懸命になって1日1日を生きているのだ。

 翌朝……ユキナリとユウスケはカイトに起こされ眠りから覚めた。
「大丈夫?随分疲れてるみたいだけど……」
 宿舎の壁にかけられている時計はすでに10時を指している。
 (やっぱり、昨日は辛かったのかな……)
 自分の身体の事であっても、解らない事はある。ユキナリは大きく伸びをすると立ち上がった。ベットを見るとすでにダイゴとアカギはいない。
「カイト君、このベットに誰かいなかった?」
「その事だけど、何で2人共ベットで休まなかったのさ!ベットは2つあるし、2人の近くにあったベットは誰かが寝ていた跡がある。
 僕が来た時には誰もいなけったけど……誰か寝てたの?ココで……」
 ユキナリは苦笑した。近くのベットにあの2人がいなかったら、疲労していたとしてもベットで寝れただろう。
 2人には隣の部屋にあるベットまで歩いていく体力は残っていなかったのだから。
「そっか、きっともうこの街にはいないよ。帰ったから」
「誰の事?」
「気にしないで、ねえユウスケ」
「う、うん……そうだね」
 ユウスケはユキナリ程すぐに覚醒する事が出来ず、座ったままぼんやりしていた。
「……まあいいや。これ、父さんがあげてこいって……」
カイトはツナと玉葱がパンに挟まれているサンドイッチを2つ手渡した。どちらも結構大きい。
「有難う」
「それを食べたらジムに来て。父さん、あの時いなかったから僕達と違って凄い元気なんだ。僕と姉さんに戦えって言うし……」
「それ、どういう事?」
「テストなんだ。ジムリーダーの父さんと勝負する為には、必ずダブルバトルで僕達2人に勝たなきゃならない」
「ダブルバトル?」
「君達は2人だから、それぞれのポケモンを1体ずつ出し合って戦うんだ」
 (ああ、そう言えばカオスの下っ端2人と戦った時、僕とユウスケでポケモンを出し合って攻撃してたな……コヤマタウンの時もそうだった……
 あの時は相手のポケモンが1体だけだったけど)
「僕と姉さんは2体ずつポケモンを持っている。そっちも2体ずつポケモンを用意してもらって戦うんだ。ルールは単純。
 開始と同時に攻撃を始めて、相手を攻撃する。2人で協力して1体を攻撃するもよし。1人が仲間を庇ってダメージを軽減させるもよし。
 戦略がバトルに大きく関係してくるんだ」
「それで、もし勝てたら?」
「父さんと3vs3のポケモンバトル。勿論ダブルバトルじゃ無いよ。好きな順番で構わない。父さんに勝てれば『マリンバッチ』をゲット出来るけど……
 半端じゃ無く強いよ。僕達2人が束になっても父さんのポケモン1体に苦戦しちゃう程だから……」
 (そ、そんなに強いの……?)
「僕は先にジムに行って待ってるよ。ナギサ姉さんも父さんも待機してるから、早く来てね」
 カイトはそう言うと、宿舎を出ていった。
「ダブルバトル……」
 まだボンヤリしつつもサンドイッチを食べているユウスケをユキナリは立たせた。
「昨日の疲れが抜けないのは解るけど、僕とユウスケが協力しなきゃ勝てないんだ。しっかりしてよ!」
 軽く頬を叩くと、ようやくユウスケは通常状態に戻った。
「あ……ゴメン。ちょっとまだウトウトしちゃってて……ダブルバトルだよね。くさポケモンを出せるから、大分有利になると思うんだけど……
 ユキナリ君は誰と誰にする?」
 (コエンは相性が悪い、ノコッチは短気だ……気弱なハスボーとノコッチで悩む所だけど、ヒュードロは相当頑張れそうだ、ヒュードロは入れよう。
 2匹目が決まらない……どっちにすれば……)
 ユキナリはジムに着いてから考える事にした。サンドイッチを食べ終え、一息ついた後2人はそれぞれのリュックを背負い、宿舎を出る。
 シオガマシティジムは宿舎の前にあるのですぐ扉の前に着ける。2人は正面の扉を開けた。

夜月光介 ( 2011/04/24(日) 07:00 )