第3章 4話『兵達』
案内された部屋は公認ドームのど真ん中で、既にドームに入っている一般客はその部屋を囲む様にベンチに座って、彼等が来るのを待っていた。
沢山の人々が一挙一動を見逃すまいと中央部分を見つめている。
「僕達、皆から見られちゃう位置にいるって事……?」
ユウスケは呆然として呟いた。
「こ、こんなに沢山の人が……」
「ホンバさん、僕怖いよ……まだ僕達2人は駆け出しのトレーナーでしか無いんだ。
プロジェクトに参加したからって四天王やリーグチャンピオンと対等だとは思えない。こんな事って……」
ドームに人が集まっていた以上、こうなる事は予想出来たハズだったが、2人はそのまま床にへたりこんでしまった。
「とにかく、覚悟を決めよう。周りを気にしないで……彼等に伝えたい事は全て伝えるつもりでいるんだ。唯一のチャンスなんだからね」
ホンバ助手も観衆の多さに圧倒されている様だ。清掃員は何時の間にかいなくなっていて、代わりに裏口からあの2人が駆け込んでくる。
「やっと……ココに来れたわ……」
「しっかし、大変ッスね。これからこんな大勢の人達に見られながらのリポートッスか。正直……カメラで良かったッス。ここまで多いとは……」
「無駄口叩いてる暇があったら、ドームの入り口をしっかり見ていて!彼等が入場すると同時にリポートを始めなきゃいけないんだから!」
マイは自分達以外の待遇者がいる事を知ると驚いた顔のままこちらに近付いてきた。
「貴方達は?招待でもされたの?」
「あ、僕はホンバと言います。この子達はフタバ博士とウツギ博士のポケモンプロジェクトに参加していて……」
彼が説明している間も、2人は理由の解らぬ息苦しさに怯えていた。早く、始まって欲しい……四天王達がいない事が余計にその恐怖心を煽る。
自分達はただのトレーナーでしか無いのに……そんな時、ついに彼等が姿を現した。
急に入り口のドアが開き、中から10名の男女が入ってくる。全員威厳を備えており、観客席からの声援は凄まじかった。
銀髪の男性、茶色と赤の混じった髪の男性、赤髪の女性、紫色の髪の女性、若草色の髪の女性、青バンダナの男性、船長服を着込んだ老人、白髪の老婆、ヘルメットを被った男性……
最後に笑いながら入場していた老人が入り、入り口が閉まった。
「来たわよ、来たわよ!」
「OK、スタンバイ完了ッス!」
「あの人達が、ジョウト・ホウエン四天王とそれぞれのリーグチャンピオン……」
名前も、何使いなのかも解らない10人の男女。解っている事は、彼等がエリア最強の者達であるという事だけである。
交流会の日にココにいるというこの現実に2人はどうしても納得する事が出来なかった。
「僕も初めて会うよ、しかもチャンピオン以外の人達、四天王全員の名前は知らないんだ……」
ユキナリはようやく思い出した。そう……チャンピオンは2人の男。ホウエン四天王のダイゴ、ジョウト四天王のアカギである。
それにジョウト四天王にはアオイの兄、トビオがいるハズだった。車椅子に乗って移動しているのですぐに解る。
マイが必死にリポートしていたが、会場が盛り上がりすぎているので何を喋っているのか2人には殆ど聞こえなかった。
エイゾーの目も輝いている。ココにいれる事自体名誉な事なのかもしれない……
10人の男女は中央にやってきて、5人ずつ、机の横に用意されている椅子に座った。彼等がそれぞれ他のリーグメンバーを確認出来る位置にいる事になる。
「君達が……Dr.フタバの所にいるトレーナーかい?」
5人の中央席に座っていた銀髪の男性がユキナリに声をかけてきた。容姿端麗で、指には銀色の指輪がはめられている。
「はい、そうです」
「なんか、どう贔屓目に見ても子供じゃない人がいるみたいだけど、どーいう事かしらね……」
彼の右隣に座っている紫色の髪の女性が嫌味たらしく文句を言ってきた。綺麗な顔立ちだが嫌悪感をもたらす表情をしている。
「僕は、一応2人の保護者扱いと言う事でフタバ博士から依頼されているんですけど……助手の、ホンバと言います」
「フン、あの博士が連れてくるのは、どーせうだつの上がらない男だと思ってたけど、正解だったみたいね……」
「やめてよ、ヨミ!交流会が始まったばかりなのに……」
紫色の髪の女性……ヨミと呼ばれた女が座っているさらに右隣の端に座っている燃える様な赤毛の女性が彼女をたしなめた。
黒字に炎がプリントされたシャツを着ている。
「ま、こっちに来なよ。君達が招待されたトレーナーか……良い顔してるよ。俺の妹とは勝負したのかい?」
ユキナリ達の方に振り向いたのはヘルメットを被った車椅子の男性だった。アオイと同じ様なゴーグルをかけている。
(トビオさんだ……こんな人だったんだな……)
とにかく2人は周りの視線を気にしながらも、彼等と会話してみたいと思って近づいていった。
「最初に紹介しておこう。僕の名前はダイゴ。僕の右隣にいるのがゴースト使いのヨミ。さらに右隣にいるのがほのお使いのアスナ君だ。
左隣にいるのがみず・あく使いのアオギリ、さらに左隣にいるのがでんき使いのテッセンさんだよ」
銀髪の男、ダイゴはそう言い終えると、アカギの方を見た。
「俺の名前はアカギ。俺の右隣にいるのがひこう使いのトビオで、さらに右隣にいるのがくさ使いのミドリだ。
左隣にいるのがゲンジで、その左隣にいるのがシラヌイ」
茶髪に赤が混じった髪の男は息を吐いた。
「しかし、我々新ジョウト四天王と新ホウエン四天王が顔を合わせるのはお互い初めてでは無いか?ワシはお主等の名を今聞いた所だぞ」
船長服を着たゲンジは老人で、立派な白髭と白い顎髭を蓄えていた。鋭い目つきが沢山の戦いの証に見える。
「そうじゃなァ……ワシはお主を知っておるが、逆にアカギやミドリ達の事は全然知らんぞ。やはり、今日の交流会は開くべきだったのだな」
「そうね。ホウエンとジョウトのリーグ運営の全権を任されているのはそれぞれのチャンピオンだけだから、今まで顔を会わせる機会が無かったもの」
テッセンと呼ばれた老人は優しい顔をしていた。薄茶色のジャンパーを着込み、腕には稲妻型のマークが描かれている。
「俺達も今回の企画には賛成だったよ……まさか、全く関係無いトレーナーが参加するなんて知らなかったけどね」
トビオは不安げに彼等の近くに立っている2人を見つめた。
「す、すみません……」
ユウスケがその場の重い雰囲気に耐えられず、思わず謝ってしまったが、それをアオギリがとりなした。
「いやいや、我々は歓迎するよ。昔の私を見ている様だ。私達と違って君達には選択肢が山の様にあるのだからね。
正直、少し羨ましいかもしれないな……」
「そう?とにかく、私はこういう話し合いは苦手なのよ。出来れば早く終わらせて欲しいんだけど……」
探検家が着る様な服、帽子を被っている若草色の髪をしたミドリはイライラしている様だった。時折辺りを見回し、ペンを指でクルクル回したりしている。
「ではまず、我々の今年度エリアごとに割り当てられたリーグ支給金の話だが……」
ダイゴは手に持っている紙を机の上に広げ、全員に見せた。
「ホウエン、ジョウト共に同じ金額だ。異論は?」
そう言うとヨミが質問をした。
「トーホクとカントーの支給金はいくらなの?」
「……それは……」
「俺から言おう……トーホクとカントーのリーグ支給金は、全エリアのリーグ運営会の判断により、俺達ジョウトとホウエンのそれより多くなっている。
防衛回数を考慮した結果だそうだ」
「はあ?何言ってるのよ!私達だって立派に防衛してるじゃない!」
「回数の問題だ。我々に挑む実力のあるトレーナーが少なかった。文句は、そちらに言ってくれ……だとさ」
アカギは腕を組んで目をつぶった。
ユキナリとユウスケ、そしてホンバ助手はずっと、彼等の談合を聞いていた。
リーグの方針、これからの運営方法の是非など、その話し合いは相当長いもので、3人は彼等に何も話す事が出来なかった。
一方この話題を何処よりも早く独占でお茶の間に届けようと、リポーターのマイ、カメラマンのエイゾーは嬉々として彼等の話を撮影していた。
時折マイが小声で説明を入れる。ユキナリはそれを聞いていたが、あまり耳には入っていなかった。憧れの覇者達が、自分のすぐ目の前にいる。
夢では無いか……そう、思うのだった。
「一応、これで一段落ついたかな……」
ダイゴが伸びをして喋ったこの一言でユキナリ達への質問が始まった。
「ところで、君達はフタバ博士のプロジェクトに参加しているんだよね。どんなポケモンを持っているんだい?」
アスナ、テッセン、ヨミ、アオギリが彼の方を見た。彼等もこの2人に興味を持っていた様だ。
「えっと……」
ユキナリは唐突に質問され、あたふたしながらも自分の持っているポケモンを挙げていった。そしてユウスケも話す。
「マッド……それに預かっているクロバーです」
「誰からの預かり物なんだ?」
「ナオカタウンのポケモン育て屋からなんですけど……」
その時、暇そうにしていたミドリが彼の方を見た。
「クロバー……ですって?ナオカタウン……そのクロバー、ちょっと私に見せてくれないかしら」
さっきまで退屈で仕方なく、苛立ってばかりだったミドリが急に真剣な表情になったので、他のメンバーは驚いて彼女の方に目がいった。
ユウスケがボールからクロバーを出す。人のポケモンで、今まで一度も他人のポケモンと戦わせた事は無い。
「……フォース……フォースなの?」
ミドリがその名前を呼ぶと、クロバーは彼女の方を見た。
「私には解る。貴方はもう忘れてしまったかもしれないけれど……ミドリよ、貴方とずっと一緒にいた!」
クロバーは悩んでいる様子だった。ユウスケはフルサトの言葉を思い出す。
(数年経っても、彼女はクロバーを取りにこなかった……)
じっと彼女を見つめていたクロバーは急に彼女に抱きついた。涙を流しながら、甘える様に葉っぱを揺らす。
「フォース……!もう離さないわ。何があったって、貴方を預けたりしない!約束するから……」
ミドリもしっかりクロバーを抱きしめ、涙を流していた。トビオは呆気に取られた顔で彼女を見ている。
「貴方が……育て屋にクロバーを預けた女の子だったんですね」
「女の子なんて、言えなくなってしまったけどね。そう、育て屋なら知ってるわ。昔その近くに住んでいたから……」
ミドリは涙を拭き、ユウスケに向かって頭を下げた。
「本当に有難う……私、フォースに再会出来るなんて思ってもみなかった。てっきり、野生に返されてしまったものだとばかり……」
「ミドリさん、僕じゃなくて……お礼はフルサトさんにした方が良いと思います。だって、フルサトさんがずっとクロバーを預かっていたんですから」
「おい、それって……」
「よせアカギ。今更何を言おうが関係の無い話じゃ。ワシはそんな事をいちいち咎めるつもりは無いぞ」
「……解りましたよ……」
「ミドリ、良かったわねえ……私はずっと信じていましたよ。貴方の大切な思い出は、まだ消えてはいないって……」
白い服に身を包んだ穏やかな老婆、シラヌイはにこやかな表情でミドリに笑いかけた。とても慎ましやかな女性に見える。
「本当に……有難う。何度お礼を言っても言い足りないわ。ユウスケ君……だったわよね。コレを……受け取ってくれないかしら」
そう言うと、ミドリは深緑色のボールを取り出し、ユウスケの手に握らせた。
「私が育てていたポケモンだけど……フォースが帰ってきた以上、誰かに育ててもらわないといけないの。リーグでは必ず6匹しか出せないから……」
ユウスケはそのモンスターボールを見つめた。
「僕も……草ポケモンを育ててるんです。クロバーを返せた事はとても嬉しいけど……勿論、僕だってポケモンが必要で……貰っても、いいですか?」
「ええ、育ててちょうだい。何時か私に挑める位にね」
ユウスケは頷くと、ポケットにそのボールを入れた。ユキナリはやっと、覇者達と自分達は同じ人間なのだと言う事を認識出来た。
とても近寄れない様な人達なのだとばかり思っていたが、そう……この人達にも伝えなければならない事がある。それを思い出したのだ。
「トビオさん、僕……貴方に会いたがっている人に会わせたいんです。電話だけですけど、話してもらえませんか?」
ユキナリはポケギアを取り出し、登録番号を入力すると有無を言わせずトビオにそのポケギアを受け取らせた。
「それは一体、誰なんだい?」
ずっと横で2人の行動を見ていたホンバ助手が尋ねてきた。
「トビオさんなら、すぐ解ると思います。貴方を世界で誰よりも尊敬している方なんです……」
トビオはポケギアを耳に当て、電話の向こうの人物が電話を取るのを待った。
『……もしもし?』
トビオはその人物の声を知っていた。いや、忘れるハズが無かった。心配しどうしだったからだ。
「ア、アオイ!」
『兄さんですか?』
「久しぶりだな……今、ジムにいるのか?」
『勿論。だって……ユキナリさん達がシオガマシティに出向く事が解ってたからずっと待っていたんですよ?』
「ユキナリ……君が、そうか……」
トビオはユキナリの方を見て、すぐに違う方向に視線を移した。
「元気でやっているか?」
『兄さんがいなくても、大丈夫ですよ。でも、やっぱり兄さん程の力は無かったみたいで……ユキナリさんとユウスケさんに負けちゃいました』
(ユキナリと、ユウスケ……?)
トビオはもう1度2人を見た。
(妹より強いのか、この2人は……)
そう、ここに彼等がいる事自体、そうに違いなかったのだが、いざそれが本当だと知るとショックを隠せなかった。
トビオの才能を受け継いでいるアオイに勝ったトレーナー……トビオが考えるに、化ける可能性のある2人だと推測出来た。
「負けても、次がある。やれるだけの事をすればいい。諦めなければ、俺よりかもっと強いジムリーダーになれるかもしれないんだからな……」
『兄さんの声、久しぶりに聞けて本当に嬉しいです。ユキナリさんがポケギアで私と話してくれって言ったんでしょう?ユキナリさん、やっぱり優しくて……
強かった。そう、本当に強かったんです。』
(ユキナリ……か。こいつ、本当に凄い奴になるかもしれない……大化けするかも……)
トビオはその勘が的中する気がしてならなかった。ユキナリの優しさ、そして底に秘めたる闘志が燃えているその事自体が何かを起こすだろう事が想像出来たからだ。
ユキナリ自身は、自分の実力を肯定してはいないのだが、トビオはユキナリが強くなるだろうと確信していたのだ。
トビオがユキナリのポケギアでアオイと話している間、2人は他の四天王、チャンピオンと話をしていた。
今日1日は滞在し、宿には夜に行けば良いので、会議の終わった彼等は暇を潰したかったのだ。
「君達はやっぱり、トーホクリーグに挑戦するのかい?」
ダイゴの質問に2人はしっかり頷いた。
「我々も認めている者達だ。今この場で紹介出来ないのが非常に残念だよ……我々と同格、いや……
実際に戦った事が無いのでそれはハッキリしないが、その実力は知りうる所だ。今まで1度も新しく編成された四天王を倒した者はいない」
「私達も見習った方がいいかもしれませんねえ……私も彼等と戦ってみたいのですが、リーグの決まり事でもありますから……」
「フン、どうせ私が勝つに決まってるわよ!誰に挑んだとしてもね。当然の結果に終わるわ……」
シラヌイはトーホクリーグの者達を認めている様だったが、ヨミは違う様だった。先程から何かと人を馬鹿にしてばかりいる。
「それは、戦わなければ解らない事じゃ。確かにお前は強い……しかし、誰にも負けぬ者などおらぬ!」
テッセンはヨミを真剣な表情で見据えた。
「私が最初に『誰にも負けない者』になってみせるわ。私にはその資格が充分にあるハズだもの……」
ヨミは冷笑を浮かべた。その場の全員が凍り付く程の嫌な笑いだった。
「……まあそれはいいとしよう。君達は旅をしてジムに挑んでいるんだよな。そうだろ?」
その沈黙を破ったのはアカギだった。
「俺達、トレーナーと戦ったりはするけど、そいつ等が
旅をしてここまで来ている……って実感がわかないんだよな。ちょっと、君達のバッグの中身、見せてくれる?」
「え、今は持ってきていないんですけど……」
「じゃあ、思い出せるだけ言えばいいじゃないか」
「えーと、レトルトカレーに……」
ユウスケが先に言い、ユキナリも殆ど中身が同じだった為後から言い出した内容はユウスケが持っていない物となった。
「タイコウさんから貰った『海神の釣り竿』……」
その時、アオギリが顔色を変えた。
「海神……?それは、どんな釣り竿なのかね」
「神秘的な緑色の釣り竿です。魚が凄く釣れて……」
「緑色……そうか、シンリュウの御霊を鎮める為の物なのだろうな。私がコレを持っている様に……」
そう言うとアオギリはポケットから青く光る球を取り出した。
「それは、何ですか?」
ユキナリの質問にアオギリは静かに答えた。
「……数年前、私がまだ四天王では無かった頃の話だ……ホウエン地方で突如伝説のポケモン、グラードンとカイオーガが目覚め、エリア全土を壊滅に追いやる程の被害をもたらした。
このままではホウエンに住んでいる全ての人々が死んでしまう。私はマツブサと言う男と結託し、おくりび山の御霊を手に入れた……
その1つがこの『藍色の霊』なのだよ」
神秘的な海の色……深海を思わせるその輝きに、ユキナリは息を呑んだ。
他のホウエン四天王メンバーは驚きもしなかったが、ジョウトメンバーはユキナリ達と同じ反応を示す。マイとエイゾーもその御霊を撮影していた。
「この『藍色の霊』と、マツブサが持っているであろう『紅色の霊』の力で、私はカイオーガとグラードンを鎮める事が出来た……そして、ホウエンは救われたのだ。
その後、私は2度と同じ過ちを繰り返さぬ様に藍色の霊をこうして何時も持つ事を許されている。また伝説が蘇ろうとも、私はマツブサと協力すれば鎮める事が出来るのだ……
君が持っているその釣り竿も、シンリュウと関係があるに違いない」
「トーホクにいる、伝説のポケモンの事ですか?」
「そうだ。カイオーガと同じく、トーホクの海の始祖と呼ばれているポケモン……私はカイオーガの文献を調べている時にその名を知った。シンリュウ……
海を司り、水を操る者。みず・あくを使っている私の興味を引くポケモンでもある」
アオギリは手に持っている『藍色の霊』を見つめた。
「2度とあの様な悪夢を見たくは無い……我々も壊滅的な被害を受けたハズだ。今ホウエンにあるリーグは修理された建物……
殆どの建物が破壊され、多数の人々がその犠牲になった。私は彼等を忘れはしない……」
「僕も絶対に忘れはしないよ。そうだろう?アスナ、ヨミ、テッセンもあの悪夢の目撃者だ。
カイオーガの津波で人々が流されたり、グラードンの起こす熱気で沢山の者が倒れていった……」
ユキナリとユウスケは悲痛な気持ちでその話を聞いていた。
「君達も知っておきたまえ。シンリュウもその力を持ったポケモンだ。聞く所によると、トーホクの海が荒れに荒れているらしい。その前兆を予感させる……
君が持っているその釣り竿は、きっと誰かが必要としている。そんな気がしてならないのだよ……」
ユキナリはジムの宿舎に置いてきたバッグに入っている、あの釣り竿がどんな色をしていたかを思い出していた。
「シンリュウを鎮める色は緑だ。それはシンリュウの体色に関係している。……私が聞いた話では、3種の神器が揃うとシンリュウは深海に戻っていくらしい」
「3種の神器……」
海神の御霊、海神の釣り竿、海神の斧……
2人はタイコウの言葉を思い出していた。それが揃えば、シンリュウは鎮まると言う。しかし他の2つは何処に?
「……そう言えば、私がずっと昔に住んでいたトーホクのイミヤタウンの神社に、綺麗な緑色の球が祭られていた気がします。
それもその神器の1つなのでしょうかねえ……」
シラヌイはゆっくりと静かに、おごそかな雰囲気を漂わせながら話した。彼女の使うポケモンの属性はオチと同じ『ひかり』。
優しいトレーナーにしか従わないと言われているだけある。
「私もトーホクにいたから知ってるわ。でもナオカタウンに住んでいただけだから、シラヌイさん程詳しくは無いけれど……
そう、悪い事をするとシンリュウに殺されるって、タウンの親達が言い聞かせていた覚えがあるのよ」
ミドリはまだポケギアで妹と話しているトビオを横目で見ながらそう言った。先程からずっと喋り続けている。
ずっと会えなかった分、話したい事が山程あるのかもしれない。
「ワシはカイオーガの事しか知らないが……シンリュウがそれと同等の力を持っているのならえらい事になるぞ。悪夢が始まる前に止めなければ……」
2人は全く知らなかった。それぞれのエリアは独立しているのでホウエンでの悲惨な事件を知りようが無かったのだ。それだけに相当ショックも大きかった。
「じゃあ、機会があったらまた……体調とか、崩すなよ。お前は俺の代理みたいなモンなんだから……
いや、大丈夫さ。お前は俺より才能があると思う」
トビオはそう言い終わるとポケギアの電話を切り、ユキナリに返した。
「しかし、先程からずっとお主等2人をみていたが……どうもあいつの事を思い出してしまうな。その、抗う勇気を持った瞳が凄く似ている気がするのだ」
ゲンジはユキナリとユウスケの方を向くと、そう喋った。ユキナリは質問をする。
「あいつ……って、誰の事ですか?」
「ワタルの事だろ?」
話に割り込んできたのはアカギだった。目を細め、さらにこう言い足す。
「確かに……似てるよ。俺はあいつとよく会ってたからな。解る気がする……ああ、特にその真っ直ぐな瞳がそっくりだ。正義感……つーのかな」
ゲンジは頷くと、話し始めた。
「ワタル……ドラゴン使いのポケモントレーナーで、ワシの教えを受け成長していった……今はいないのだがな……行方不明なのだ」
「行方不明……どうしてですか?」
「長くなるが……お前達が生まれる前の事だ……ワシ等はその頃、竜を扱える才能のある子供を発掘しようとしていた。
老いを感じたワシは、現役であるうちに、そんな子供を見つけ、ワシの力の全てを受け継がせたいと思っていた……そして、3人も見つけたのだ」
「ワタルさんがその中に……」
「ああ。今生きているとすれば、ダイゴやアカギより少し年上だろうな。とにかく、奴は飲み込みが早く、誰よりも竜を愛し、共に戦っていた。
今思えば、奴だけを育てていれば不幸を防げたのかもしれん」
「ワタルさんの他に育てた人……ですか?」
「ワタルの妹ともう1人いた……ワタルの妹もその男もよく頑張った。しかし……その2人がワタルの腕を上回ってしまったのだ」
「上回った……」
ゲンジは暗い表情だった。アカギとダイゴは事情を知っているらしく、時折哀しい顔を見せる。
「ワタルはワシと同等……いや、それ以上に成長した。そしてジョウトのリーグチャンピオンになり、強者を退けていたのだが……
ある日、ワシが教えたもう1人の男がワタルに勝負を挑んできたのだ。そう、ドラゴン使いとしてのプライドを賭けて……」
「ドラゴン使いとしてのプライド?」
「竜を極めし者は竜を極めた者と壮絶に戦い続けた。そして……負けたのはワタルだった」
「ワタルさんが、負けた……」
ユキナリは知らなかったが、ユウスケは知っていた。ワタル突然の失踪。ニュースで大きく報じられたのは数年前の事……
テレビで初めてワタルの顔を見た時、その顔写真から強い決意と信念を感じたものだ。どんなポケモントレーナーも彼を恐れ、そして尊敬する。
彼が負けて、姿を消したとは信じられなかった。
「その男はワタルを倒し、事実上のドラゴン使い最強の男となった……今戦って、ワシが奴に勝てるかどうか自信は無い。
唯一奴と対等に渡り合える可能性がある者……ワタルを除けば1人しかいない。ワタルの妹だ」
「ゲンジさんがその技と力を教えた最後の1人……」
「彼女は怒りに燃えている。事実上、兄の竜使いとしての全てを壊したのはワシの教え子だ。
妹として、カントー竜使いの全てを賭けて何時か奴と対戦する時が来るだろう……その時、どちらが勝つのかワシには解らない。
ワシは少なくとも、2人に勝てないかもしれないのだからな……」
「ワタル君……ですか。僕も会った事がありますよ。リーグチャンピオンをしていた頃の彼はとても勇敢で、何にも動じない強い人物だと感じましたが……」
「ホンバさん……会った事があるんですか?」
「フタバ博士もワタル君とは面識があるハズだよ。この四天王とチャンピオンを含む10人のメンバーは全員彼の名を知っているさ。会った事もある」
ユウスケはユキナリと違い、彼の事を知っていただけにショックも大きかった。
とても強すぎて、自分には手の届かない存在だと思っていたにも関わらず、彼は最大の敗北を味わったのだ。
竜を使う者にとってこの敗北は生涯最高の屈辱だったに違いない。
「それで……さっきから気になっていたんですけれど、ワタルさんの妹の名前、そしてワタルさんを倒したゲンジさんの弟子の1人……
彼の名前を聞いていないんです……教えてもらえませんか?」
「お主達もいずれ戦う事になる。その時に奴の力を目の当たりにするだろう……ワタルの妹の名だけ教えても構わないだろうな。彼女の名は……」
ゲンジがその名を口にしようとした時だった。急にドームの全体を覆う放送が聞こえてくる。