第3章 3話『2枚の紙』
3人はトーホクラジオ塔の中枢とも言うべき、収録部屋に向かっていた。ココでは毎日様々な情報がトーホク全土に向けて発信されている。
ポケモンの事なら何でもござれ。ポケモンくじの情報もかかさない。
「実際、僕達1度も収録現場なんか見た事無いんだよね……」
ユウスケは小声でユキナリに囁いた。大声を出して良い雰囲気では無いのだ。
「うん、でも大体予想はつくよ。DJさんが座ってて……」
「そう、マイクに向かって喋るハズだね。収録は何時もぶっつけ本番みたいなモノだろうから、皆相当苦労しているんだろうな……」
ホンバ助手は上を指さした。3人は丁度階段の踊り場、2階に通じている所まで来ていたのだ。
(さて、今度は何処を紹介しようか。リクエストの葉書がいっぱい来ているけど、この中から選ぶのも気が引けるね。
だって、選ばれた人は嬉しいだろうけど、他の人は皆ガッカリしちゃうんだから。おっと、一旦CMが入るよ!)
「ユウスケ、この声……何処かで聞いた覚え無い?」
「覚えも何も、聞いてるじゃない!ホラ、トーホクぶらり旅のDJさんだよ!」
「今仕事中みたいだね、セカイさん。まあ局長さんも言ってたから解っていたけど、ハリのある声だねー」
ホンバ助手は感心して上を見上げた。階段を上りきり2階に着くと、セカイの顔が見える位置までやってきた事がよく解る。
セカイは黒髪とつりあがった目が特徴的で、怖い感じもするがお茶目な印象もあった。髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。
「疲れないのかな、ユキナリ君……」
「だって、毎日こんなに声を出してるんでしょ?僕だったらダウンしちゃうな……仕事って言っても……」
「慣れた人じゃないと無理かな。やっぱり。僕も好きな職業ではあるけれど、今のままで良いよ。博士の怒鳴り声を聞かされる方がよっぽどマシだしね……」
彼は溜め息をついた。
「やあ、こんにちわ。見学に来たんだね……」
廊下を歩いてくる人影が見え、やがて金髪の男性だと解った。橙色のサングラスをかけ、顎にはホンバ助手と違い金色のヒゲが生えていた。にこやかな顔をしている。
「俺はユタカ。ここでDJをやってるんだ」
「ユ、ユタカさん?あの、ヒットナンバーチャートの!?」
「聞いてくれてるんだ。嬉しいなあ。ま、見た所君達トレーナーみたいだし、上手く使ってくれよ。
ポケモンと会いたくない時にも、逆に会いたい時にも俺の番組は使えるから……ケースバイケースだけど」
「でも、なんか有名人に会えたみたいで、ビックリしちゃいました。全然顔とか見れないから……」
「そうだろうね。そこがラジオの醍醐味なのさ。俺達の顔を想像したりして、ますます興味が沸いてくるんだよ。音だけの世界は、また違った面白みがあるんだ」
ユタカは2人を収録スタジオに連れて行った。
「ココが俺の番組、『ヒットナンバーチャート』の収録部屋。今は休み時間だから見ていきなよ。音楽機材以外は全部セカイが使ってるやつと同じなんだけど……」
「うわぁ、レコードがあるよ!」
「あ、このプレーヤーで音楽を流してるんだ……」
はしゃぐユキナリとユウスケ。
「ホントにすみませんね。ラジオ塔見学をお願いしちゃって……」
「いいんですよ。普段もこうやって色んな人がココを見学していってくれるんです。だから全く構わないんですよ。
それに、Dr.フタバがそう言うのなら見学させた方が良い。俺だって、あの人の偉大さは承知してますから」
「偉大さ、ね……」
ホンバ助手にも彼女の賢さはイヤと言う程解っていた。劣等感を感じたのも1度や2度の事では無い。そんな博士の助手をやれるのも、ラッキーなのかな。
と彼は何時も自分を励まして各地を駆けずり回されているのだ。
「あれ?お客さん……ですか?」
ユタカのスタジオに、ブルーの髪が美しい女性が入ってきた。オドオドしていると言うか、気弱なイメージが目立つ。
「ああ、紹介しよう。彼女は俺の仕事仲間のエミだ。ポケモンくじの抽選発表をしてる。仕事は少ない方だけど、絶対に番号を間違えられない重大な仕事さ」
ユキナリはまだエミの放送を聞いた事は無かったが、とにかく礼儀を大切に挨拶した。
「おはようございます、エミさん!」
「あ……どうも。宜しく……お願いします」
「もっとハキハキ喋れよ、エミ!」
「すみません……私、あんまり人と喋るの得意じゃ無くて」
ユタカに何か言われるだけでビクッとする。やはり彼女は人見知りしてしまうタイプなのだろうか。
「とりあえず……僕達、まだ貴方の放送を聞いていません。絶対、聞きますから。ね、ユキナリ君!」
「そうだね……ねえホンバさん、ポケモンくじって何?」
「シオガマデパートで売られている宝くじの一種だよ。ポケモンの種類が決まっていて、そのくじを買ったら好き勝手に並べて名前を書くんだ。
例えば、イシツブテ・エネコ・マクノシタ・イーブイ……とかね。
書く場所は5個あって、全部名前と場所が一致すると賞金50万円。前後賞は25万円……だったかな」
「ええ……間違いありません……その通りです」
「自分で幸運を掴める様なモノだから、結構ハマるんだなコレが。一枚500円と、お手ごろ価格でもあるしね」
「へえ……後でデパートに寄る時、買ってみようかな・・・」
「俺も挑戦してるんだけど、彼女の発表にガッカリしてるよ。彼女はただ、デパートから来た順番を発表してるだけなのに妙に彼女に対して腹が立っちゃうんだ」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、理不尽な事は俺も解ってるから構わないけど」
「ジョバンニ先生とヨーコさんは3階で?」
「ああ……そろそろ終わる頃なんじゃないかな。セカイはまだしばらくかかるだろうけど」
「じゃあ、3階に行ってみますか……」
ホンバ助手は立ち上がり、2人に声をかけた。
「ユキナリ君、ユウスケ君!そろそろ3階に行くよ!」
「あ、ハイ!!」
「どうもご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ、俺達こういうの凄い好きっすよ。なあエミ」
「やっぱり……子供達がラジオを聞いていてくれる事が……解るだけでも……とても嬉しいですからね」
エミは微笑むと、ペコリとお辞儀した。慌てて3人も御辞儀を返す。
「ジョバンニ先生……ポケモン塾の先生だね」
「ジョウトからテレビで番組に参加してるらしいよ。ヨーコさんはちゃんといるんだろうけど……」
収録部屋を抜けて、3人は3階に向かう。ヨーコとはどんな人物なのだろうか?
3階への階段を3人が上がっていくと、声が聞こえてきた。
『今日も先生と楽しく、ポケモンの生態を勉強出来ましたね!夕方も皆この放送を聞いて、よりポケモンの事を知ってください!じゃあ、今日はこの辺で!』
「あ、丁度終わったみたいだよ」
ジョバンニ先生の声は聞き取れなかったが、とにかくヨーコは休み時間に入った様だ。
階段を上がりきり、収録部屋の方を見ると入り口から女の人が出てくるのが見えた。
髪は左右でカールされているのか丸まっており、髪の色は赤と紫の中間あたりの色だ。丸メガネをかけている。
「ふぅ……これでちょっと休めるかな……」
「あの、ちょっといいですか?」
ホンバ助手が言葉をかけると、ヨーコは振り向いた。
「あ、見学の子供達ね。フタバさんから聞いてたわ!可愛いわねー。まだ小学生位かしら……ポケモントレーナーに年齢は関係無いって言うけど」
「貴方が、『ポケモン塾』のヨーコさんですか?」
「ええ、そうよ。貴方の名前は?」
「ユウスケです。……こっちはユキナリ君」
「トーホクラジオ塔へようこそ!私や沢山のスタッフは、日夜ここでラジオ番組をどうすれば盛り上げられるか考えてるわ。
先生も塾との掛け持ちで疲れてるみたいだけれど、それでもこの番組にはかかさず出演したいって言ってるの!やっぱり、偉い人ってのは違うわねー……」
「ジョウトに住んでるんですよね、先生は」
「ジョバンニ先生とはテレビで会話しているの。あそこの放送機材の中に大きいテレビがあるでしょう。取材用に大きくしたふしもあるけど……
だから、先生はジョウトにいながらこのラジオ番組にも出演出来るってワケ」
「へえ……」
「先生はどんな方ですか?」
「一緒に番組をやっていて2年になるけど、私の持っているポケモン知識がいかに希薄なのかと言う事を思い知らされたわ。
君達も放送を聞いていてくれてると思うから解るでしょうけれど……博識、よね」
ユウスケもユキナリも『ジョバンニ』の名を知らぬハズが無かった。3つの顔を持つ男。
ゲンタと同じ『最強ノーマルポケモントレーナー』としても有名で、もう1つはラジオでお馴染みの『ポケモン博識者』としての一面。
最後に塾によって確立されている『ポケモントレーナー育ての天才』という点だ。
ポケモン塾での素人ポケモントレーナー達の成長はめざましいらしい。親も子供達をチャンピオンにと思って塾に入らせるので、今やポケモン資産家でもある。
多才でとにかく有名なジョバンニ先生がラジオ出演……トーホクラジオ塔の局長がどんなに喜んだ事だろう。
何故彼がそこまでしてトーホクラジオ塔に肩入れしてくれているのかは解らないが、これだけはハッキリ言える。
彼のおかげでラジオは確実に皆の家庭に置かれているのだ。彼とヨーコの番組を聞いていると、自然に他のチャンネル……
すなわちユタカやエミ、セカイの番組にも興味が沸いてくる。そのおかげでラジオ塔は急成長を遂げたのだ。
「このラジオ塔の救世主だったわ……あの人は。私にとっては今でも尊敬の対象だし、これからもそれはきっと変わらないでしょうね。
君達にもいるでしょう?憧れの人、手が届かないからこそ尊敬する様な人が……」
ユキナリには憧れの人がいた。勿論オチだ。そしてその実力の差も、『手が届かない』人物だろう。
彼は純粋に格好良かった。そして自分より遙かに上の場所で戦っていた。それが羨ましかったのだ。
(何時か、オチさんを超えたい。オチさんと同じ土俵に立って、正々堂々勝負して……勝ちたい!)
引き分けに終わったあの戦いはユキナリに大きな影響を与えた。
つまり……『最後まで決して諦めない』と言うふんばりと、『闘争本能』と言うユキナリの心の奥に眠っていた1つの思いである。
「そう言えば……今日は特別な日になりそうね。トーホクテレビ局のアナカメコンビも昼頃こっちに到着するらしいわよ。やっぱり、動向が気になるのかしら……」
「リーグの話し合いですか?」
「君達も見に行くんでしょう?」
「ハイ、勿論です!」
2人は声を揃えて答えた。
「それなら、声をかけてほしい人がいるのよ。私達ラジオ塔のスタッフとは親しくて、商売敵。
マイ&エイゾーの凸凹コンビって言ったら、すぐ教えてくれる人がいると思うわ。その人達が何をリポートしていたのかも教えてほしいわね……
そうだ、私のポケギアの電話番号を教えるから、会議が終わった後連絡してくれない?」
「解りました。マイさんと……エイゾーさん、ですね」
「そう。あの2人が今回のリーグ会議『独占リポート』って事になっちゃって……でも、ジョバンニ先生と私の番組で一応どんな様子だったか報告したいのよ。
お願い出来るかしら……」
「僕がしっかり覚えておきますから。2人にちゃんと確認させますよ」
ホンバ助手は何故かはりきって胸をはった。
「おっと……そろそろ見学も切り上げた方が良さそうだ。2人共、そろそろデパートに行くよ!」
「あ、ハイ!」
「それじゃ、よろしくね……ポケギア番号、君のポケギアに入れておいたわ。そっちからかけて頂戴。私達の番組、これからも宜しく頼むわよ!!」
ホンバ助手が階段を駆け下り、2人がついていく。シオガマデパート開店の時刻に合わせて、3人はラジオ塔を後にした。
これから、トーホク最大の品揃えを誇る『怪物商店』に出向く事になる……
トーホクラジオ塔の者達に別れを告げると、3人は店が開いたばかりの『シオガマデパート』に入り、買い物を楽しむ事にした。
自動ドアを開けて中に入ると、ユキナリ達は肩についた粉雪を払い落とす。
「毎度の事ながら、外は寒いですね……」
「まあ、この程度ならドームで行われるリーグの親睦会に支障が出る事は無いだろうけど。僕も寒いのは苦手なんだよね」
2人はホンバ助手を見つめた。寒いと思うんだったらその短パンとサンダルを何とかした方が良いと言う心のメッセージがオーラとなって出ていたが、彼は気付かなかった。
店内は明るく、沢山の人が買い物をしている。トーホク全土から、たまにはカントーやジョウトの人間も来るかもしれない品揃えの多さには定評があった。
早速、2人はボールを購入する事にする。
『マリンボール・600円』
「何だろ、このボール……」
「確か、みずタイプのポケモンが捕まりやすくなるボールだった気がするよ。と言う事は、今回僕達がゲットしなきゃいけないジムバッチは『マリンバッチ』なんだ……」
ユウスケはそう呟くと、美しい青色に染まっているボールを手に取って眺めた。綺麗な色をしている。
「ユキナリ君、ユウスケ君!これがポケモンくじだよ!」
ホンバ助手が向こうの方から2人に呼びかけてきた。2人がそちらに向かうと、ガシャポンの機械の様な物が壁に設置されており、500円玉を入れる穴が開いている。
「出てきた紙に、ポケモンの名前を入れるんですか?」
「ホラ、あのポスターに描かれているポケモンなら、何を書いてもいいんだよ。ただし、同じポケモンは2度書けないけどね」
設置されている機械の上、壁に貼られた大きなポスターに30匹程ポケモンの絵が描かれていた。
「とりあえず、僕はきんのたまをお金に換えてくるよ!」
カウンターの方に向かって、ユウスケは走っていった。
ホンバ助手と2人で暫く待っているとウツギ博士の顔が描かれている5000円札を2枚持って、ユウスケが戻ってきた。息を切らしている。
「あ……そう言えば、500円玉に換えなきゃいけないんだったっけ?」
「どうする?買ってみるかい?」
ホンバ助手は笑ってユキナリに質問した。
(夢を買うのも悪くないよね……)
「1枚、買ってみます!」
その言葉が、後々2人に幸運をもたらす事になる……
近くに換金ボックスがあったので両替すると、ユキナリとユウスケはポケモンくじを1枚ずつ購入した。
「適当に選んでもいいよね……」
目に飛び込んできたポケモンからデタラメに記入していき、ユキナリは5つのスペースを全て埋めた。
ユウスケは面倒くさいからと、ユキナリと同じ記入をする。ユキナリは少し呆れたが、当たるワケでもないやと気にしなかった。
ホンバ助手も1枚購入し、彼はユキナリとは違うポケモンを選んだ。
「これをカウンターに持っていくんだ。確か当選発表は明日の昼頃……
もしもだよ、当選していた場合は当選金額が自動的に当たった人のパソコンに届くって言うシステムが採用されている」
「あのエミさんのラジオで?」
「毎週放送してるよ。カウンターで自分のパソコンのIDを伝えればいいんだ。銀行と協力してるから、当選者のIDさえ解ればお金が届くってワケ」
「へえ……じゃあとにかく、カウンターに持っていこうよ!」
3人はカウンターに出向くと、それぞれのIDとパスワードを係員に伝え、くじを差し出した。
「当たっているといいですね」
カウンターの女性が微笑みながら、メモにIDとパスワードを記入していた。もし当選していれば、あの数字が使われる事になる。
「1000円札はフタバ博士が印刷されてる……」
「1万円円札は確か……コオリヌマ教授が描かれているハズだよ。ポケモン研究者の権威で、オーキド博士と同じ位ポケモンの研究に没頭しているらしいね。
フタバ博士の師匠だって聞いてるけど……」
ホンバ助手はそう言うと、2人の肩を叩いた。
「残っているのは2人共その1000円札4枚と、500円玉1枚か……何か、他に買う物はあるかい?」
「ハイパーボールを買おうと思っています」
「うん、僕も!」
ハイパーボールは1個1200円と高いが、ポケモンが殆どの確率で捕まる高性能なボールだ。多少高くとも買う価値は充分にある。
ボール売り場に戻ってハイパーボールが入っているコーナーを見てみると、『特価1000円』と紙に書かれている。
「4個買って、500円余るね」
「ありがたいんじゃないかい?500円玉だったら、ポケットに入れてても大丈夫そうだしね」
それもそうだと、2人はハイパーボールを4個即座に購入した。これで怪しいおじさんにもらったお金はくじとボールで殆ど消えた事になる。
「他に見たいコーナーはあるかな」
2人は考えた。別に見る意味は無いかもしれない。
「あとどれ位でリーグの人達がドームに来るんですか?」
「うーん……あと1時間半位かな。そんなに早く行っても疲れるだけだと思うんだけど……でも、行きたいのなら僕は構わないよ」
時計は10時30分を指していた。正午あたりに来るらしい。
「ドームに行って、待っていたいです」
「僕も同じ」
「それじゃあ、彼等が来るのを待つとしますか。ドームの中も随分暖かいみたいだから、ココで時間を潰すのと大して変わらないし」
ホンバ助手は2人を連れてデパートを出た。
外に出てしばらく道を歩いていると、ドームに群がっている大勢の人達が見えた。
「うわ、やっぱりデパートで買い物してる場合じゃ無かったみたいですね……」
「こりゃ、凄いな……予想以上だ。リーグの人達がドームに来るって言うの、あんまり一般の人は知らないハズなんだけど……マスコミにばれでもしたのかな?」
その大勢の人だかりの中に、マイクを持った若い女性と、テレビ撮影用の大型カメラを抱えた男性がいた。
「マイさーん、こっち、こっちッスよ!」
「凄い人だかり……やっぱり宣伝は功を奏したわね。これでなくちゃ、放送する意味が無いってものよ」
女性は人々に揉まれながらも、なんとかドームの入り口が見える場所に着き、現場リポートを始めた。
『ついに来てしまいました!あの、ジョウトとホウエンの猛者達が、このシオガマシティにあるリーグ公認ドームにて話し合いをする時が、あと1時間程でやってきます!
我がトーホクテレビ局では独占生放送、彼等の話を全てお届けします。リポーターは私、マイ……』
後ろの男性の背中に押されてマイはのけぞった。カメラを持った男性も後ろから来る人々に押されそうになっている。
「エイゾー、なんとかしてよ!」
「俺に言われたって困るッスよ。俺だって朝からカメラ持ってスタンバイしてて、大変なんスから……」
カメラを持った男性は溜め息をつきながら愚痴をこぼした。
『……失礼しました。リポーターは私マイが担当致します!先程お伝えしました通り、凄い人だかりがこのドーム周辺に集まっています。
トーホクの各地からやってきた家族、リーグの夢を目指すトレーナー達など、彼等の姿を一目見ようと集まってきた人達でしょう。
私も、こうして待っているのですが、ちょっと混雑が……激し……』
「ま、マイさん!何処へ行くんスか!?」
「ちょっ……どいてってば!離れちゃうじゃないの!!」
マイは人混みの流れに逆らおうとしたが健闘虚しく流されていってしまった。
「ハア……あの、一旦そっちに返します。またマイさんが流されちゃって……ハイ、そうです」
カメラを持った男性は人混みの中に入っていった。
「あの中に入るの?揉みくちゃにされちゃうよ……」
「大丈夫。僕等は事前に許可をもらってるから、特別にリーグの人達と目の前で話せるんだ。いやあ、やっぱりフタバ博士は顔が広いよ」
ホンバ助手は感慨深げだった。ユキナリとユウスケは恐ろしい人だかりを眺めながら、呆然としていた。
(え?まさかそんな、特別扱いなの?)
「君達がプロジェクトに参加しているからこそだよ。フタバ博士がジョウトのウツギ博士に連絡して、取りはからってくれたみたいでね。
僕もちょっと半信半疑なんだけど……でも、僕達は確実にリーグの猛者に会えるハズなんだよ」
そう、プロジェクトが始まる前にフタバ博士はこの親睦会の事をウツギ博士から聞いて知っていたのだ。
ユキナリとユウスケがこの時ほどフタバ博士に感謝した時は無かったに違いない。そのまま1時間、粉雪の降る中で待たなければならなかった事も全く苦にならなかった。
1時間後……3人は人混みを避けて、リーグ入り口の反対方向、裏口へと足を向けていた。
「本当に、僕達だけでいいんですか?」
「大丈夫だよ、ラジオ塔と同じく事前に許可をとってるんだ。僕に……いや、フタバ博士に感謝しないとね」
ホンバ助手は苦笑すると裏口のドアを叩いた。裏口は固く閉ざされており、ドームスタッフの専用出入り口となっている。
勿論VIPである彼等はこの裏口から玄関口に回り中に入る事が出来るのだ。
「あの、フタバ博士からの連絡があったと思うんですが……」
ノックしながら呼ぶと、ドアが開いた。
「ユキナリ様と……ユウスケ様。それに、一応保護者扱いにさせていただきます、ホンバ様……ですね?お待ちしておりました」
ドアを開けたのは若い女性の清掃員だった。片手にはバケツと濡れた雑巾を持っている。廊下に入ると、壁に箒が立てかけてあった。
流石に1時間、雪の降る中で待ち続けたせいか、ユウスケの唇は紫色になってしまっている。
ホンバ助手など、体中ブルブル震えていた。
「私はただの清掃員なんですけど……こうやって特別扱いされているお客様を部屋に案内する事も担当しています。やっぱりいいですよね、特別扱いって……」
彼女は3人を羨ましそうに見つめる。ユキナリは正直、自分が情けなかった。自分が本当に特別扱いされるべき人間なのかと考え、否である事に悩んでいたのだ。ユウスケも同様だった。
リーグチャンピオン……博士のはからいとはいえ、そんな人物と対等では無いのに2人は目の前で対面する事になる。ホンバ助手も彼等に会うのは初めてらしい。
「緊張するね……僕はもう24だって言うのに。世界が違う人達と会うっていうのはとても緊張する」
「ホンバさん、ホントに僕達だけなんですか?」
「いや、一般の方々も見れるよ……ただし、僕達とは違って会話したりする事は出来ないけどね。ああ、そう言えば『独占取材』があったね……
入り口でリポートしていたあのリポーターとカメラマンも、テレビ局のお偉いさんの命令で僕達と同じ場所から中継するらしい」
ヨーコが言っていた、『凸凹コンビ』の事なのか……2人は頭の中がぐちゃぐちゃになっている気がした。何を考えればいいのかさっぱり解らない。
だが、廊下の先の部屋に出た途端一気にそれは吹っ飛んだ。