第3章 1話『太公望爺との出会い』
2人は自転車を走らせ、49番道路からサギーの湖へとやってきた。突然目の前に現れた湖はカチンカチンに凍り付いている。
スケートをしても全然平気そうだった。
「こんな所で魚ポケモンが釣れるのかな……?」
「釣ってるって人達、今日はいないのかな……全然姿が見えないよ」
雪の降る中、2人はシオガマシティへ向かう為、この湖を迂回して50番道路へ向かう事にした。誰もいない様なので、安心してスピードが出せる。
「ユキナリ君、僕も50番道路でポケモンを捕まえたいんだけど……ちょっと、待っててくれる?」
「うん、50番道路についても、その時はまだお昼だろうしね。問題無いよ。僕だけなのも不公平だし……」
雪が2人の肩に付き、スッと溶けていく。粉雪が降ってはいるが、風が無いので凄く寒いというワケでも無い。
だが、自転車のハンドルを持つ手は震えていた。
「コラ、何をやっとるんじゃ!!」
急に後ろから声をかけられ、2人はビックリし、そのまま自転車のバランスを崩して転んでしまう。
「イタタタ……だ、誰です?」
痛みをこらえてユキナリが立ち上がると、目の前に釣りをする格好をした白髪の老人が立っていた。
白ヒゲが口の周辺全体に生え、そのまま下に向かって垂れ下がっている。
「ワシはタイコウ。この先のシオガマシティの『太公望爺の家』に住んでいる釣り好き爺さんじゃ。
全く、スピードを出しおって……おかげでかかりそうだったサギーが振動に驚いて逃げてしもうた」
「サギー?」
「何じゃお主等、サギーと言うポケモンを知らんのか。見た所ポケモントレーナーじゃろ?
それ位知っておってもおかしくないと思うのじゃが……」
「いえ、サギーは知ってます。ただ、こんな凍った湖で大量に釣れるのかと……」
ユウスケもゆっくりと立ち上がった。2人自身、それに自転車にも怪我は無い。
草が沢山生い茂っている所に倒れ込んだので衝撃を緩和する事が出来たのだ。
「サギーは湖に穴を開けて釣るんじゃ」
「穴……」
「釣り方も知らんのか。情けないのう……どうじゃ、お主等もサギー釣りに挑戦してみる気は無いかの」
「サギー釣り……」
「でもユキナリ君、早く50番道路に……」
「大丈夫だよ。時間はある。今日の夜までにポケモンセンターに着いていればホンバさんに会えるんだ。
ちょっと、やってみたい気もするし……」
「おお、お主等。挑戦してみるか!最近の若いモンは根性があるのう!
最近は皆、寒さに負けてサギー釣りをしたがらない輩が多くて憤慨しとったが、やはりワシだけが親しむ匠の世界では無い。
誰かにその伝統を伝えていかんと風習はすたれてしまうからのう……」
「風習?」
「一時期はココも大勢の人で賑わっていたが、サギー釣りは難しいうえに寒さが襲う。
そのうち負けてワシ以外の釣り人は皆やめてしもうた。じゃが、ワシは昔からずっとサギーを釣ってきた。
今更、止める事など出来ないんじゃよ。やはり、頭が固いのかもしれん」
そう言うと、タイコウはカラカラと笑った。剛胆な人柄……ユキナリはこの元気な老人が気に入った。
年をとっているのは見た目からでもよく解るのだが、『老人』と言う印象はまるで無い。体つきもガッシリしており、背も相当高い。
目つきはあのピジョットの様に眼光鋭く、獲物を捕らえて離さない様な執念を感じる。
「じゃあ、ワシの釣り場所に向かおうかの。何、ここから1分もかからんぞ。あそこに穴が見えるじゃろう」
そう言うとタイコウは湖を指さした。確かに、凍った湖の端、丁度ユキナリとユウスケから見て目と鼻の先に小さな穴が開いている。
「あそこから釣り糸を垂らして釣るんじゃ。コツさえ解れば、面白い様に釣れる。とにかく挑戦あるのみじゃな」
「よし、やってみよう!」
「ユキナリ君……はあ、仕方無いけどね……」
成り行き上、断ると言うワケにもいかなかったし、何よりユキナリはサギー釣り自体に興味がわいている。
2人はタイコウの後についていき、湖の近くに『青空』と『緑芝』を停めた。
「ワシの愛用しておる『海神の釣り竿』を貸してやろう。この釣り竿でワシは積み上げれば山となる程のサギーを釣ってきた。
釣り竿の方が釣り方を覚えているのでは無いかと疑う程よく釣り上げられる」
タイコウは手に持っていた淡いエメラルドグリーンに輝く釣り竿をユキナリに貸してくれた。不思議な輝きを放っている。
「うわあ、凄い綺麗……」
「釣り方を、教えてください」
「まず、この錐で穴を開ける」
タイコウは背中の赤いバッグから大きな錐を取り出した。ドリルの様な構造をしている。
「持ち手を握ってこの方向に回すんじゃ。しっかり回せばそれだけ大きな穴が開くぞ」
タイコウは空中で錐を回して見せた。
「とりあえず、やってみます……」
凍った湖に錐を突き立て、隣のタイコウが開けた穴からかなり離れた所で錐を回す。ある程度一生懸命回していると、急に手応えが無くなった。
「どうやら、凍っていない水に無事到達した様じゃな」
錐を抜くと、結構大きな穴が開いている。
「この椅子に座って、釣り竿を垂らす。餌のキミズは、この箱の中に入っておるから付けてみるんじゃ」
ユキナリが釣り竿を扱うのはこれが初めてだった。だが兄であるホクオウが釣り竿を持っていたので大体の感覚は掴めている。
餌を付ける練習をしている兄をよく見かけたものだ。
「箱にキミズが……」
小さな木の箱を開けると小さなポケモンがワラワラ姿を現した。中でニュルニュル動いている。ポケギアを開くと図鑑が反応した。
『キミズ・釣り道具の餌用に使われてしまうポケモン。大きさはマッチ棒ほどしか無いが、進化するとその大きさ、体長共に大きく変わる。
土の中で動き回り、大地を豊かにしてくれるポケモンだ』
「とにかく、それを釣り針に刺して……」
ユキナリは手でそれを掴むと、針に刺した。
『キュー、キュキュキュー』
「うわあ、気持ち悪い……」
見ていたユウスケは気味悪がったが、タイコウは見慣れているだけあって針に刺されているキミズを見ても全く動じていない。
「それを穴の中に入れて、少しでも気配を感じたら引っ張り上げるんじゃ。そうすれば必ずサギーが釣れる」
ユキナリは釣り糸を湖の中に入れた。タイコウが用意していた椅子に座らせてもらうと、釣り竿を持ったまま待ち続ける。
「待ち続ける忍耐と、すぐに釣り上げる為の素早さが必要となる。しかし、慣れればサギーの方から食いついてくるんじゃ。そこまでになるのは難しいぞ……」
タイコウはユキナリを見た。真剣な表情で釣り竿を握りしめている。かかってくれば何時でも釣り上げる準備が整っているのだ。
(この少年、出来る……!)
ユウスケは退屈だったので思わず立ったまま欠伸をしてしまった。ちゃんと手で押さえてではあるが。
(音を立てるといけないんだったよね……)
自転車の地面を走る音にも反応するのなら、些細な音も出してはいけない。ユキナリはそのまま微動だにせず、サギーが餌に食いついてくるのを待っていた。
ユキナリが釣りを始めてから数分が経過した。粉雪舞う中、ユウスケは白い息を吐きながら立っている。
その近くにはタイコウがおり、ユキナリの真剣な目つきを見据えたまま微動だにしなかった。
「ん?」
突然、椅子に座っていたユキナリの釣り竿を持つ手が引っ張られた。何かが餌に食いついている。
「こ、コレは大きいぞ……!」
冷たい水の中で何かが逃げようともがいている。もがけばもがくほど釣り針は深く刺さり、離れはしない。
「そのまま一瞬の剛力を使って引き上げるんじゃ!」
タイコウの言うまま、ユキナリは腕に力を込めてヒュッと釣り竿を力一杯引っ張った。
『キー、キー!』
針に刺さっていたのは白に金色の鱗が美しい、痩せている魚だった。体長はかなり長い。
「それがサギーじゃ、開始から数分でこんな大物を釣り上げるとは!お主、才能があるのう!」
「そ、そうですか?」
「ワシが釣った今までの最高記録のタイ……いや、それより少し小さい程度じゃ。立派な大物じゃよ。」
「これが、サギー……」
確かに金色の鱗は美しかったが、痩せぎすでみるからに弱そうなこの魚が本当に強いのか、ユキナリは半信半疑だった。
「進化するとグッと強くなるんじゃ。この状態じゃと、逆に味が引き締まっていてとても美味い」
タイコウは舌をペロッと出すと、タイコウが開けたと思われる穴の隣にあったクーラーボックスの中にユキナリが釣ったサギーを入れた。
冷たい氷水の中に入れられると、ゼーゼー荒い息を吐いていたサギーも元気を取り戻し何事も無かったかの様に泳ぎ始める。ユキナリは図鑑を見た。
『サギー、金色の鱗の成分は本当の純金。しかし1匹のサギーから取れる金が極端に少ないので金は取られていない。
もっぱら食用として使用され、トレーナーの間では頼れるポケモンに進化すると重宝されており色々な用途に使用されるポケモンである』
「うーむ……素質がある。ワシよりもっとこの釣り竿を使いこなせる素質が……お主の様な才能のある若者を待っておったぞ。この釣り竿、お主に授けよう」
そう言うと、タイコウは緑色に怪しく輝く釣り竿を指さした。まだユキナリが手に持っている。
「ええっ?そ、そんな!悪いですよ!それに、この釣り竿が無くなったらタイコウさんは……」
「いやいや、ワシは釣り竿を沢山持っておるよ。じゃが……この釣り竿は特別な物じゃ。持ち主の技量が試される。
それに、若い者ほど飲み込みが早い……決してお世辞で言っているワケでは無いぞ。ワシはお主を見込んだのじゃ。
この『海神の釣り竿』はお主の旅にとって重要な物になるかもしれん……そう、思ったんじゃよ」
タイコウはそう言うと、後ろのリュックから普通の釣り竿を出した。黒い漆で塗られている。
「さあ、そうと決まったらワシと一緒にどんどん釣るんじゃ。まだ太陽は真上。夕暮れまではまだ相当の時間があるぞ!
ワシがお主にしっかり教え込んでやるからな、サギー釣りの極意を!!」
「え、でも僕達は……」
「海神の釣り竿でお主がこれからどんなポケモンを釣るのかが実に興味深いのう。実は、ココに生息しているのはサギーだけでは無い。
オッタゴ、トト、テッポウオ……冷たい湖の中で暮らしているポケモンが勢揃いじゃ!」
タイコウは立ったまま穴に釣り糸を垂らした。
(ど、どうしよう……突然釣り竿を貰ってしまった手前、この誘いを断れないけど、ユウスケとの約束も果たしたい。そう、夜までに向かわなきゃ……)
ユウスケは迷っているユキナリを見ていた。傍らには元気にクーラーボックスの中で泳いでいるサギーが見える。
(……ユキナリ君は釣りの才能もあるんだ……僕もユキナリ君が色んな事をする事に異議なんか無い。寧ろ、応援してあげなきゃ!)
「ユキナリ君、僕……先に50番道路に行ってポケモンを探してみるよ。ユキナリ君はタイコウさんと一緒に来て。
タイコウさんはシオガマシティに家があるハズだから……」
敢えてユウスケはユキナリと一旦離れ、ユキナリの才能を開花させたいと思ったのだ。
自分には無いものを沢山持っているユキナリは羨ましくもあったが、その反面、自分の親友なのだと言う誇らしい気持ちもあった。
「ユウスケ……」
「ワシ達もそんなに時間はかからんよ。何か、用事でもあるのかね?」
「今日の夜までに、シオガマシティのポケモンセンターに寄らなくてはいけないんです」
「それなら充分間に合うさ。どんな結果でも、ワシはお主達の旅を邪魔するつもりは毛頭無いぞ……」
「じゃあ、先に行って待ってるから!」
自転車に飛び乗り、走り出すユウスケ。何故かその背中が哀しく見えた。
(ユキナリ君、君は何にでもなれる。僕は、絶対に君を応援するよ……でも、僕だって、目指したい夢はあるんだ!)
リーグチャンピオンへの道。ユウスケが何故そこまでしてチャンピオンにこだわるのか……
彼は生まれつき病弱だった。よく風邪をひいた。幼い頃は家の中でポケモン図鑑を広げ、草ポケモンに興味を持ち……やがて、夢を見る様になる。
(僕は強く無いけれど、ポケモンは強い。だったら、僕の心が強くなる事でポケモンが成長すればいいんだ!)
ポケモントレーナー。ユウスケの夢は決まった。
何時の日か、自分の弱さを克服出来る日が来ると信じてユキナリとの旅に参加した彼だが、やはりユキナリと共に行動している事が楽しくもあり、また辛くもあった。
(僕は僕に出来る事をしなきゃ……)
ユキナリの夢を消したくは無い。ユウスケの事を1番大切にしてくれているユキナリなのだから。
だが自分の夢もまた捨てられない。リーグの夢は2人共持っている……1人にしか与えられない『夢』だった。
その為には、ポケモンを捕まえ、育てなければならない。50番道路で、ユウスケはポケモン探しをしようとしていた……
ユウスケが50番道路に向かった後、ユキナリはタイコウと共に再びサギー釣りをしていた。
「友人が心配なのじゃな?」
「……いえ、ユウスケは僕より強いですから。1人で行動していても何も心配無いと思います」
(ユウスケ……自分の弱さを克服する為に精一杯頑張ってる……それに比べて僕はなんだ……紙一重の勝利で必死に食い下がってきただけじゃないか!)
ユキナリもユウスケが羨ましかった。ユウスケとの勝負……あの戦いでユキナリは親友の強さを知った。
あの時……ユウスケの存在が随分遠くに感じられたものだ。ユキナリよりも知識を持ち、安定した戦いが出来るユウスケ……
ユキナリのサポートと言うよりかは、ユキナリがユウスケのサポートをしている様なものだ。
ユキナリにとってオチは指標であったが、ユウスケは近くにいる強敵だった。親友でありながら、夢を勝ち取る為の椅子は1つ……
(もし僕がユウスケと正面衝突して戦ったら……リーグで僕は勝てるのだろうか?)
嫉妬では無かった。ただただ自分が情けなかった。
(ユウスケは出来る事をちゃんとしている。でも僕は目的を見据えず、ただ夢に向かって猛進しているだけ……僕がジムリーダーに勝てているのも、夢に思えてくる……)
「お主に授けたその釣り竿……色々と面白い由来があってな」
タイコウの声でユキナリは我に返った。自分の暗い考えを振り払うと、タイコウの言葉に耳を傾ける。
「昔、トーホクの海には伝説の龍がいた。海の守護神。波を司る『海神』(カイシン)と呼ばれていてな。
そのポケモンがいる事でトーホクの海は守られていた。しかし、そのポケモンがいなくなった事で急にトーホクの海は渡る者を寄せ付けぬ魔の海域と化したのじゃ。
ポケモンを海に戻す為、トーホクの人々は3つの神器を作った。すなわち、『海神の御霊』『海神の斧』、そして……
今お主に渡した釣り竿がその神器だと言われておる。あくまでも伝説に過ぎない事じゃがな」
「ええ?そんな大切な物を僕に渡していいんですか!?」
「伝説じゃよ。第一、この『海神の釣り竿』が本当に伝記に記されている神器なのか確証は無いんじゃ。
それに、お主が持っていた方が良い気がする。これはワシの……勘にしか過ぎんがのう」
タイコウはそう言うと、釣り竿をじっと見つめた。
「不思議な力を感じるんじゃ。きっと、シンリュウがお主に力を与えてくれる。ワシが太公望爺と呼ばれる様になったのも、この釣り竿のおかげなのかもしれん」
「シンリュウ……」
「その海神の名前じゃ。トーホクの人間で古い文献を読んだ者は必ず知っておる。シンリュウは海神の御霊が失われると暴れだし、海を魔物に変える。
その荒波に立ち向かえるのはこの世の中を見張る守の一族だけと聞いた事があるのう……」
その時、ユキナリの釣り竿がまた強く引っ張られた。
「引け、思いっきり強く!勝負は1回きりじゃぞ!!」
ユキナリは歯を食いしばると、大声をあげて勢い良く釣り竿を引っ張った。すると今度はサギーとは別のポケモンが湖から引きずり出される。
「トトじゃ。刺身にすると美味いぞ!うーん、やはりワシがここまで釣りの腕を上げられたのもその釣り竿のおかげじゃろう。
ワシの意志を継いで、釣りを楽しんでくれ!ワシはサギーを釣る事が大好きなんじゃ!」
タイコウはユキナリに向かってまるで純粋無垢な子供の様な眩しい笑顔を見せた。
(このお爺さん、本当に釣りが好きなんだな……)
ユキナリは笑い返すと、また真剣な表情になる。
(この人の期待を裏切りたくない。絶対に!)
太陽は少し西の方へと傾いていた。
一方ユウスケは先程通った49番道路と外観は大差無い、50番道路に着いていた。
「出現するポケモンは違うのかな……?」
ユキナリから貸してもらったポケギアで確認する。
「この道路で出現するモンスターはっと……」
ユウスケは『セカイのトーホクぶらり旅』を探した。
(やっぱり、僕は草ポケモンを捕まえたいな……僕の大好きなタイプのポケモンだし、何より僕は草ポケモンと相性が良いんだ……)
そう思いながらポケギアを操作している時……急に空を飛ぶポケモンが見えた。風をきり、まるで矢の様に一直線上に飛んでいく。
そのポケモンが急に向きを変えると、ユウスケの方に向かって降りてきたのだ。
「な、何だ?」
驚き慌てるユウスケの目の前にポケモンが着陸する。優しい青い目をした。草タイプのポケモンだった。
「草……だよね。何で空が飛べるの?」
ユウスケが目で見る限り、明らかにそのポケモンは草タイプだった。だが巨大な葉っぱの様な翼があったり、トロピカルな花が美しく咲いていたりする。
それに、体色が普通だった。白くは無い。
(まさか、カントーやジョウトからここまで飛んできたのかな?……いや、ポケモンがそんな事をする理由なんて……)
『ピオーッ!』
急に周囲に響き渡る様な大声を出すと、ポケモンはユウスケにすり寄ってきた。
「お、大きいなあ……」
子供を、いや大人が2人乗ったとしても平気そうだ。いやにユウスケの事を気に入ったらしく、ユウスケに向かってニコッと笑ってみせた程だ。
「一体、君は……」
何処から来たのかも、野生なのか飼い主がいるのかも解らない謎のポケモン。突然の出会い……そして、ユウスケはこのポケモンに好かれている様だった。
「でも、捕まえなきゃ……」
ユウスケは本来の目的を思い出した。ポケモンを発見したからには、捕まえたい。それに自分の持ち味を活かせるタイプならば尚更だ。
ユウスケはキョトンとしているポケモンに向かってモンスターボールを投げた。手前で地面に落ち、中からカレッキーが現れる。
『どうしたんスか?マスター』
「このポケモンを捕まえたいんだ。協力してくれない?」
『勿論ッスよ。仲間が増えるのは大歓迎ッス!』
カレッキーはポケモンを仰ぎ見た。
『しっかし、これはまた大きなポケモンッスねー。俺っちの何倍……いや、マスターを2,3人乗せても大丈夫そうな背中じゃないスか!』
「うん……でも、ポケモンを捕まえる為には体力を弱らせなきゃならない。だから……」
『解ってるッスよ。俺っちも日頃の感謝があるッスからね。この図体はちょっとビックリッスけど、何とかなる……多分なんとかなるッス!』
カレッキーはユウスケにすり寄っているポケモンから距離を取った。しかし……
『マスター、ポケモンから離れてくださいよ。それじゃマスターまで攻撃しちゃうじゃないスか……』
「でも、離れないんだよ。全然」
『ラブラブッスねー、案外……そのままモンスターボールを投げても大丈夫そうッスけど……やってみるッスか?』
「それは……どうかな……」
とにかく、ポケモンは何故かユウスケと初対面であるにも関わらずユウスケに好意を抱いている。これではカレッキーは戦う事が出来ない。
そのまま、しばし時が流れた。
50番道路にて、ユウスケとカレッキーは困り果てていた。
巨大なポケモンはユウスケの事がよほど気に入ったのか、喜んでユウスケに擦り寄ってくる。これでは立場が逆だ。
「どうしよう……何か、全然敵意とか無いみたい」
『うーん……マスター。ボールをそのまま投げてみたらどうッスか?だって、コイツ明らかにマスターを気に入ってる……大丈夫ッスよ、きっと!』
しかしユウスケもそんな賭けに乗る勇気は無い。ボールを無駄にしてはならないのだ。失敗するだけで1つのボールは粉々に壊れてしまう。
「でも……」
『どっちにしろ、このままじゃ俺っちが攻撃出来ないッス……離れてもくっついてくるんスよ?ついていきたいって証じゃ無いッスか!!』
(何でこのポケモン、僕に擦り寄ってくるんだろう……野生のポケモンが人間になつくなんて事は珍しいのに……
それに、初対面だぞ……僕は、このポケモンと会った事があるのだろうか?)
いくら考えても記憶の中からこのポケモンの姿は見えない。しかし現に草ポケモンはユウスケを信頼、いやそれ以上の何かを信じている様だった。
もしかしたら、このポケモンがユウスケを一方的に知っているのかもしれない。
『キュー、キュー……』
すっかり和んで、ユウスケにおぶさってくるポケモン。ユウスケは押し潰されそうになり、慌てて身を引いた。
地面にドシーンと地響きを立てて俯せになるポケモン……
「本当に僕の事が好きなのかな……」
『そうッスよ!このままイチャイチャしてても仕方が無いッス、ここはボールで……』
ユウスケはコクリと頷くと、モンスターボールをリュックの中から取りだした。
「……君を捕まえるけど、いいかい?」
俯せになったまま動かずにこやかに笑っているポケモン。その微笑みはフルサトの笑顔に似ていた。
『ピオー、ピオ、キューキュッキュキュー!』
ポケモン自体の言葉はよく解らないが、それはユウスケにはこう聞こえた。
『大丈夫だよ、僕は君にどこまでもついていくから』
(……そう、だよね……)
ユウスケは覚悟を決めるとボールを投げた。HPは少しも減っておらず、おまけに状態異常でも無い。
ポケモンが自分から捕まる事を望まぬ限り、捕まえる事は不可能である。しかしユウスケは自分の勘を信じた。
ボールはしばらくモゾモゾ左右に揺れていたが、やがてランプが消え、ポケモンは自ら進んで捕獲される。
(やっぱり……僕に捕まる事を望んで……)
ユウスケは急いでポケモンをボールから出し、代わりにカレッキーをボールに入れた。
『ユウスケ君……だよね?ホント、会えて嬉しいよ』
「君は、一体……」
ユウスケはポケギアを取り出し、図鑑項目を開く。
『トロピウス・身体から生えてくる巨大な葉っぱを翼の様にしならせて空を飛ぶ。飛行速度は最大で音速に近づく。遠い所へも楽に行けるので重宝されている』
『忘れちゃったかな……僕はしっかり覚えていたんだけど……僕はユウスケ君に命を助けられた事があって、恩返しがしたかったんだ。
必ず再会して、君の為に頑張ろうって……』
「僕が、君を助けた……?」
全く記憶が無いユウスケは妙な顔をした。
『君がまだ幼かった頃、僕は赤ん坊だった。でもその時の事はハッキリと覚えてるよ……シラカワタウンの草叢にあったタマゴから僕は生まれた……
近くには父親も母親もいない……今から考えてみるときっと僕の両親はタマゴを落としちゃったんだよ……
だから僕はタマゴから生まれた後、身動きも出来なかった。そんな時、肉食のシロカミが僕の方に来たんだ……』
草叢の方に近寄ってくるシロカミ。このままでは発見され、そのまま食べられてしまう。
唸り声をあげながらシロカミはトロピウスのいる場所に近付き、そのまま草をかきわけようとした……
『ウー、ダメッ!』
大声が聞こえ、振り向くシロカミ。ポケモンの後ろにはまだ2,3歳であろうユウスケが立っていた。勿論まだメガネもかけていない。
まだユウスケよりも小さかったシロカミは驚いてそのまま逃げていってしまった。ユウスケは幼いながらもトロピウスがいる事に気付いていたのだ。
『モウ、アンシンダカラネ』
まだ上手く喋れてはいないが、ユウスケの優しい言葉にトロピウスは涙を流して感謝した。
『おーい、ユウスケー!!』
『ア、パパー!!』
ユウスケはそのまま家の方へと戻っていく――
『……始まりの森で僕は育ち、そのまま色んな所を飛んでまわったんだ。早いうちからカントー、ジョウトを巡ったから、僕の属性はくさ・ひこうのままで……』
「全然記憶に無いんだ、ゴメン……」
『でも、それは本当にあった事。貴方が僕の命を救ってくれた……
もしあの時助けてくれなかったら、僕は今こうしてユウスケ君と話している事も出来ない……ホント、昔と全然変わっていないね』
トロピウスは草の羽を大きく広げた。
『だから、今度は僕がユウスケ君の手伝いをする番さ。きっとバトルでも役に立つと思うよ!』
「トロピウス……」
ユウスケは彼に心から感謝しているトロピウスを見た。ただただ、自分も覚えていなかった恩だけに感謝して自分に味方してくれるなんて、嬉しくて仕方が無い。
「これから、ずっと一緒だよ!」
『うん、勿論だよ……ユウスケ君!』
ユウスケに新たな仲間が加わった。