第2章 7話『渡された思い』
紅蓮のボールは地面に落ち、閃光と共にコエンが現れた。
『ユキナリさん、今の状況は?』
「ジムバトル中、ノコッチが1匹を倒して2匹目と相打ち。3匹目のピジョットが強くて、ハスボーはHPを半分しか削れなかった」
『相当強いんでしょうね……勿論、相手に不足はありませんよ!ノコッチさんもハスボーさんも頑張ってくれたみたいですし……必ず勝ちましょう!』
濡れた体のまま、コエンを睨んでいるピジョット。必ず相手を倒すと言う信念が伝わってくる。
「ユキナリ君、相手のピジョットはかなり弱ってる。油断さえしなければきっと勝てるよ!」
ユキナリはずっとコエンに助けられていた。最後の最後、コエンは他のメンバーが託した思いを全て受け取ってくれる。そう、『勝利』と言う願いがかなうのだ。
(全て、僕の命令にかかってる……下手な命令は出来ない。コエンと僕とで、ノコッチとハスボーの戦いを価値あるものにするんだ!)
ココで負ければ、2匹の努力は水泡に帰す。正念場だった。
「ピジョット……相手は1匹です。私達の力を十二分に発揮すれば、負ける心配はありません!」
『最初からそのつもりですよ……マスター』
ピジョットは大きく羽を広げて威嚇した。
『例えどんなに傷を負おうが、勝つのは私です!覚悟を決めてかかってきなさい!!』
『試合開始!』
フィールドに緊張感が走る。ユウスケが見守る中、アオイとユキナリの本当のラストバトルがスタートしたのだ。
「コエン、鬼火でピジョットに攻撃するんだ!」
コエンは俊敏な動きで素早く鬼火を繰り出すと、その青白い炎を息を吹くかの様にスッと投げた。その炎の速さは見ているユウスケを圧倒させる程だ。
ゲンタ、ユウスケ、オチ……トレーナーのポケモンとのバトルが、着実にコエンのレベルを上げている。
素早さを売りにしているピジョットも、この素早い炎の球は避け切れず当たってしまい、ダメージを受ける。
『は……速い!』
「反撃開始です。ピジョット、かぜおこし!」
こちらも負けじと攻撃を繰り出す。翼を一閃させ、小さな竜巻を作ると、それを何個もコエンに投げつけた。
「コエン、攻撃を避けながらピジョットに近づけ!」
ジグザグに動きながら風の攻撃を避けていく。その速さに、アオイも実力を認めざるを得なかった。
「ピジョット、距離を取ってください!」
床に立っているピジョットに向かってくるコエンをあしらうかの様に、ピジョットの体は空中へと舞い上がった。
『ユキナリさん、もう1度鬼火を出しますか?』
(ピジョットはかなりのダメージを負っている……特に足に受けてしまったダメージが功を奏してハスボーはあれだけのダメージを与えた……
ココは一気に勝負をつけたいけど、回り道をして確実な勝利を掴めばいい)
「コエン、化かすで相手を混乱させてから攻撃だ!」
空中に舞い上がったピジョットも、その言葉を聞いた。
『マスター、私に考えがあります。このままではただ攻撃を受けて負けてしまうだけでしょう』
「……突っ込むんですね。一気に……」
『幸い、相手のHPはそれ程高くありません。ごり押しで攻めれば、勝機が見えてきます!』
ポケギアで見ると、あと2回あたり鬼火の攻撃がピジョットに当たれば戦闘不能になる計算だった。
対するピジョットは、HP満タンのコエンに玉砕覚悟でぶつかり、そのまま力技で流れを変えるつもりだ。
「ピジョット、そらをとぶ攻撃!」
ピジョットは滑空し、そのままコエンめがけて突っ込んできた。しかし、コエンは靄を作り出し、そのままピジョットに投げる。
突っ込んできたピジョットは、為す術も無くその靄の中に入ってしまった。しかも視界が効かなくなった為、コエンにぶつからずにまた空中に上がってしまう。
『マスター、気分が……』
足の痛みもだんだん酷くなってきた。これ以上飛んでいると、バランスを崩して転落してしまう恐れがある。
そうなればアオイが危険だ。ピジョットを倒しても、彼女を助ける事が出来なければ真の勝利とは言えない。
「もう少し頑張ってください、ピジョット!」
『こんらん』状態になったピジョットはもはや上下の感覚も掴めなくなっていた。天井にぶつかる程フラフラと上がったかと思えば、床に落ちそうな程急に落ちる。
「コエン、鬼火を当てるんだ。2回当てれば僕達の勝ち……最後の攻撃はピジョットが床につきそうな程落ちてから当ててくれ!」
『解りました、ユキナリさん!』
コエンは1回目の鬼火を出現させた。フラフラと上がりきった所を狙い、ピジョットに向けて投げる。
「ピジョット、相手の攻撃が……!」
『マスター……私は、残念です。最後まで、せめて納得がいく戦いがしたかった……』
鬼火が当たる。全身に悪寒が走り、その瞬間ピジョットの『こんらん』状態が治った。
「ピジョット、大丈夫ですか?」
『ハア……ハア……頭がハッキリしてきました。もう、こうなれば相打ちを狙って飛び込むのみです!』
ピジョットは傷だらけの翼を大きく広げ、天井近くまで舞い上がると、アオイを乗せたまま急降下してきた。
コエンにぶつかれば自分も無事では済まない。相打ちで再戦に持ち込めば、望みが出てくる。自分の全体重を風に乗せて、そのまま流れ星の様に落下するピジョット。
「コエン、避けるんだ!」
コエンはユキナリに命令され、慌てて落下してくるピジョットから距離を取った。
『覚悟の攻撃に、失敗はありえません……』
ピジョットの目が鷹の様に鋭く光り、ピジョットはアオイを乗せたまま床すれすれを飛んだ。先程の落下スピードを殺さずに、そのまままっすぐコエンに向かって飛んでいく。
『僕より、遙かに速いスピードですよ!』
コエンは歯を食いしばり、恐怖の表情を浮かべながら必死に逃げたが、鬼の顔をしたピジョットから逃れる事は出来なかった。
「コエン!」
「ユキナリ君、これでもしコエンのHPがゼロになったら、互いの切り札を回復させて再戦する事になるよ!
……再戦にもつれこんだら勝てるかどうか……」
そう、ハスボーの健闘があったからこそコエンは有利に戦いを進めていた。もしここで再戦と言う事になれば、圧倒的にコエンが不利な状況へと追い込まれる。
『仕切り直せば、貴方に負ける様な戦いにはならないでしょう……』
ピジョットはコエンを壁際に追い詰めた。ユキナリはハッとした。アオイがまだピジョットに乗っているのだ。
このままピジョットが玉砕覚悟でぶつかればアオイの命は保証出来ない。
「アオイさん、ピジョットから降りるんだ!」
「……あれ?ユキナリ君。アオイさん……あそこにいるよ?」
見ると、先程のスピードについていけずに振り落とされたのか、アオイは床に尻餅をついていた。苦痛に満ちた顔をしている。
それは床に落ちた痛みだけでは無かった。最後までピジョットと共に戦えなかった事への後悔だった。
『ま、マスター?』
急に重みが失せた事に気付いたピジョットは慌てた。だがそれがいけなかった。もうコエンが立っている壁際は目の前だったのだ。
『それっ!』
コエンは土壇場で横に飛び、そのままピジョットの突撃を避ける。一方ピジョットはもう止まれなかった。
『ヌオオオオオッ!』
ピジョットは気力で体を傾けると、コエンが逃げた方向に位置を変える。そしてそのまま壁に激突した……
「こ、コエン!」
「うわ、凄い煙だ……」
ぶつかった途端、凄まじい煙が壁から吹き上げた。衝撃で壁が壊れ、白煙で辺りが見えない。
それが晴れると、そこには頭から血を流して倒れているピジョットと、腹に頭突きを受けて痙攣しているコエンの姿があった。
ピジョットの攻撃を避けきる事が出来なかったのだ。
「ユキナリ君、ポケギアで確認しなきゃ……!」
「うん、コエンのHPは……」
ポケギアで2匹の体力を確認するユキナリ。コエンの体力はかなり削られていたが、残っていた。一方のピジョットは……戦闘不能状態だった。
あの体で、玉砕出来たのが不思議な位だ。
「……勝った……」
ユキナリは気が抜けてしまいそのまま床に座り込む。
「ハ、ハハ……」
「ユキナリ君、大丈夫?ユキナリ君!!」
ユキナリの精神力も限界だった。そのまま意識が薄れていく……そして、ジムバトルは終了した。
ユキナリが目覚めた時、ユキナリがいる所はジムでは無かった。
「あ、目が覚めたよ!」
「本当かい?……ああ良かった。随分疲れたみたいだね。ゆっくり休むと良い。急ぐ旅でも無いんだろう?」
ユキナリはおでこに濡れた冷たいタオルの感触を感じた。どうやらココは……フルサトの育て小屋らしい。
傍らにはユウスケとフルサトがいた。隣のベットではアオイが寝言を呟きながら眠っている。
(ピジョット、私も最後まで貴方と一緒に戦いたかったのに……でも、負けた事は素直に認めなければ……)
「アオイさん、大丈夫なんですか?」
「アオイさん、ピジョットが負けたのを確認すると倒れちゃって……疲れが一気に出たのかもね。
ユキナリ君もそうなっちゃって……僕、自転車を走らせてフルサトさんに来てもらったんだ」
「心配したよ。2人とも倒れていたんだからね。でも無事で良かった。アオイ君も熱くなりすぎたよ。
もしピジョットの背中に最後まで乗り続けていたら、大変な事になっていたかもしれないし……」
ユキナリはあの時の光景を思い出す。アオイは非常に悔しがっていた……ピジョットと共に戦っていたと言う自負があったので、自分が許せなかったのだろう。
「とにかく、おめでとう。ユキナリ君……ナオカタウンの住民としてはあまり良いニュースでは無いけれど、君はよくやった。
アオイ君を倒すなんて相当バトルを積んできたんだね。今まで誰にも負けなかったのに……そう、君ともう1人のトレーナーが来るまではね」
(ユキナリ君、きっとホクオウさんの事だよ)
小声でユウスケが囁いた。
(兄さん、今何処にいるのかな……)
「ほう、なかなかの面構えだな。俺に挑むには充分の風格だ。だが、格好だけでは俺には勝てんぞ!」
青い色の壁、それは海の色……淡い水色や、濃い青……様々な色が壁に塗られている。フィールドは巨大なプールになっていた。
「海……か。俺は行った事は無いが、その大きさは知っている。お前がその海に惹かれた男だと言うのなら……」
青年は男を指さした。
「全力でお前を倒す。俺自身に誓った目標の為にな!」
「お前の様な輩は嫌いじゃ無いが、甘いな。お前の実力は認めてやろう。だがな、俺を今までのジムリーダーと同じだと思うのは大きな間違いだぞ!」
その男は水泳帽を被った、ヒゲ面の男だった。体格も良く、筋肉質の体は荒涼とした海の男のイメージを彷彿とさせる。
腕を組み、鋭い目つきで青年を睨み付ける海パンをはいた男は、プールサイドにいた少女からボールを受け取った。
「さあ始めようぜ、でっかい海の戦いをな!!」
青年は頷き、プールに向かってボールを投げる……
しばらくすると、アオイも眠りから覚めた。
「ユキナリさん……お見事です。貴方とポケモンとの絆……それは私以上に深くなっていました。
自分の信念を貫けない者が勝利する事は出来ませんよね。……もう1度、最初からやり直します」
「アオイ君、敗北は無駄な物じゃない。それを覚えておきなさい。どんな人間の人生でも、敗北が無かった事は無い。
問題は、その敗北を次にどう活かせるかと言う事なんだ」
アオイは微笑んで頷いたが、それは快活な笑顔では無かった。
「本当に……勝てる望みがあっただけでした。再戦にもつれこんでいたら……きっと僕は勝てなかったでしょう。
ハスボーが頑張ってくれなかったら、ノコッチが2匹も倒してくれなかったら……僕の実力なんて、本当は貴方に及ぶものじゃ無いんです……」
「それがトレーナーなのさ、ユキナリ君。実力もあるが、勝負は何時も逆転劇がある。
流れが少しでも変われば、1匹のポケモンで3匹のポケモンを倒す事だって出来るんだからね。
それが出来るのは、優れたトレーナー。思いやりを持ったトレーナーにしか出来ない。君はポケモントレーナーの第一歩を無事に踏み出したんだ」
フルサトはユキナリに向かって優しい顔を見せると、近くにあった椅子に座った。
「アオイ君に勝った後は、この先にあるシオガマシティに向かうといい。大きな所だから、迷わない様にね。
ジムリーダーはミズキ。海の男と呼ばれている……アオイ君とはまた違った強さを持っているから頑張って勝つんだよ。私も応援させてもらうからね……」
フルサトはこう思ったに違いなかった。(アオイ君が負けた程のトレーナーならば、きっとこの先も勝ち進んでいけるだろう)と。
そんな時、ポケギアが鳴った。電話だ。ユキナリは布団の中からポケギアを急いで引っ張り出すと、電話を受ける。テレビ画面に男が映った。
『やあユキナリ君、僕だよ。覚えてるよね?』
「ホンバさん!」
『ハハハ、久しぶり。僕は今フタバ博士の命令でシオガマシティに来ているんだけど……君達は今何処にいるんだい?』
「ナオカタウンです」
『そうか……実は明後日、シオガマシティに有名なトレーナーが沢山来るんだよ。
ジョウト四天王とホウエン四天王、それにそれぞれのリーグチャンピオンがシオガマシティで交流会を開くらしいんでね』
「し、四天王とチャンピオン!?」
『毎年行われている行事の1つなんだ。今年はジョウトとホウエンなんだけど……
前の年ではザキガタシティでリューキュー四天王とトーホク四天王、そして2人のチャンピオンが色々話し合っていたらしいよ』
「す、凄い……会えるチャンスなんて滅多に無いよ……」
『シオガマシティはサギーの湖を越えればすぐだから、明後日には間に合うんじゃ無いかな。僕はポケモンセンターで待ってるよ。それじゃ!』
ホンバ助手からの通信が終わった。
「四天王……!!凄い、僕達が会えない様な人がトーホクにやってくるんだ!」
「ユキナリ君、僕サイン欲しいな!どんな人達なのか、会ってみたかったんだよねー」
盛り上がる2人を後目に、フルサトは笑っていた。
「随分楽しそうだね。私も行ければいんだけど……アオイ君もこの街から離れる事は許されていないし。是非、感想を聞かせてもらいたいなあ……」
「ユキナリさん……後でジムバッチと技マシンを渡します。ついてきてくれますよね?」
「勿論です。あと……ユウスケとも戦ってくれますか?」
「ピジョットもカプセルで元気になったみたいですし、何よりユキナリさんが推薦する位のトレーナーなら、お手合わせ願いたい所ですよ。挑んできてください!」
ユウスケが喜んだのは言うまでも無い。そして数十分後、3人はジムに戻っていた……
ジムの中に戻ると、アオイはユキナリを奥の部屋に案内した。
「私がジムリーダーになってから、この部屋に入るのは2回目になりますね……貴方と、もう1人の男の人……」
「僕の兄さんじゃ無いでしょうか……兄さんはとても強い。僕が勝負を挑んでも負けるのが目に見えてます」
「お兄さん……フフ、私とユキナリさんって似てるんですね。お互いに立派な兄を持つと、それに恥じない自分でいたい……
私はそう思って、ずっと敗北を恐れてきました」
奥の部屋には背負える程大きいゲンタのジムにあった様な技マシンが積まれていた。ゲンタのジムと同じく、相当人が入っていなかったのか、冷たい空気が流れている。
「これが、私が渡す技マシンです。大事に使ってください」
アオイは『エアロブラスト』と書かれた技マシンをユキナリに渡した。もう片方の手には、銀色に輝く翼をかたどったバッチがキラキラ光っている。
「バードバッチ。兄さんと私のジムのリーグ公認バッチです。これがあれば、リーグに行く資格があります……
頑張ってくださいね。私もミズキさんとは何度か戦った事があるんですけど……やっぱり強かったですよ。
兄さんがジムリーダーを務めていた頃、私は1回もミズキさんに勝てませんでした」
(アオイさんが何度も負ける程のジムリーダーって……)
不安はだんだん大きくなってくるが、後戻りは出来ない。
それに、シオガマシティには『リーグ公認ポケモンドーム』、『トーホクラジオ塔』『太公望爺の家』『シオガマデパート』など、観光地としても有名な場所が沢山ある。
ホウエン四天王とジョウト四天王が集結するのならば、行かないワケにはいかなかった。
「俺の勝ちだな」
「……良い戦いだったぜ。ホラ、バッチを受け取れ」
「やはりジムリーダーは強い……だが俺の目指している場所はリーグ本部だ。ここで負けていたら、挑戦する事など最初から出来ない。とっくに諦めているだろう」
ホクオウはバッチを握りしめ、歩き出した。
(待ってろユキナリ。お前も戦っているんだろうな……だが兄の意地がある。リーグで会った時、それがお前と俺との実力を知る機会なんだ!)
シオガマシティジムリーダー、ミズキ。海の男を倒したホクオウは一路イミヤタウンへ向かう。
だがホクオウはマウンテンバイクを持っていないので、回り道をする事にした。道無き道をひたすら歩くのみである。
……ユキナリ、ユウスケ、ホクオウ。3人の歯車が動き出し、そしてもう1人の歯車も動き出そうとしていた……
その後……ユウスケとアオイのポケモンバトルが行われ、ユウスケが勝利した。
ユキナリと互角の戦いを繰り広げたユウスケは、やはりそれ相応の実力を秘めているのだ。
そのまま夜を迎え、2人はフルサトの育て小屋に戻り、別れの夕食を食べた。
「ユウスケ君も勝ったか……君達はいいライバルになれそうだね。お互いにリーグを目指すのなら、何時かは本気で戦わなければならない。
どちらがチャンピオンになれるのか……私はそれも期待しているんだよ」
「そ、そんな!別に僕はまだそんなに強くなんか……」
「私は貴方の強さが解りましたよ。私に勝った実力があるんですから、この先も無事に進んでいけるでしょう。
シオガマシティは港町。カントーに通じているので、人々の出入りも多い活気に溢れた街です。色んな人に会って、旅の楽しさを実感出来ると思いますよ!」
アオイはユウスケの肩を叩いた。ユキナリの親友であり、引っ込み思案でもありながら闘志は強いユウスケ。
そう、ユキナリもリーグに挑むのならば彼とも何時かは争わねばならない。チャンピオンの座を目指して……
「ホンバ助手が待っててくれるって言ってたけど、明後日までにシオガマシティにつくかな……」
「ナオカタウンからシオガマシティまでは、49番道路、サギーの湖、50番道路がある。
シオガマシティから続く道は『マウンテンロード』だったから、君達はラッキーだったね。
自転車を持っていないと、あそこは危なくて通れないから……」
そう、ユキナリとユウスケは幸運にも『オイカゼのマウンテンショップ』で『青空』と『緑芝』を貰っていたのだ。
自転車さえあれば、シオガマシティから無事に進めるハズなのだが……
「サギーの湖って、どんな所なんですか?」
「釣りの名所だよ。サギーと言うポケモンが大量にいて、食料にもなるから釣り人が連日釣っているんだ。
不思議な事に釣っても釣っても数が減らないらしい。そこもこのトーホクの名所の1つだね」
「サギーか……どんなポケモンなんだろうね」
「それは見てみないと解らないよ。明日、確認出来ると思うし……」
夕食が終わり、2人はシャワーを浴びると来客用寝室に入った。明日からまた重い荷物を背負って自転車を走らせなければならない。
辛くもあったが、人とのふれあいも彼等を元気にする要因の1つだった。
そのまま泥の様に眠り、朝を迎える……
「お世話になりました。フルサトさん!」
「いやいや、トレーナーをもてなすのも私の仕事だからね。当然の事をしたまでさ。……近くに寄ったら、また足を運んでくれ。何時でも歓迎するよ!」
荷物を背負い、2人は粉雪の降る中立っていた。育て小屋の前で2人はフルサトに別れを告げ、一路シオガマシティを目指して走り始める。
「応援してるぞー!」
後ろからフルサトの声が響き、そして消えた。
「ユキナリ君、そう言えば昨日の夕食の後から、アオイさんの姿が見えなかったよね……見送りにも来てくれていなかったし……」
「アオイさんにだって都合はあるよ。僕達はただ、彼女と戦ったあの瞬間を忘れない様にすればいい。
絶対、また会って戦いたいよ。バトルをしてて、本当に楽しかったから……!」
「ユキナリさーん、ユウスケさーん!!」
頭上で声がしたので、2人は慌てて自転車を止めて空を見上げた。
そこには、雪の降る中をハンググライダーを使って飛んでいるアオイの姿と、最後までコエンを苦しめたピジョットの姿が見える。
足の怪我もすっかり治ったらしく、また美しく雪の空を舞っていた。
「言い忘れてましたけど、バードバッチを持っているトレーナーは、リーグから『そらをとぶ』と言う秘伝マシンを使う事が許されるんです!
覚えておいてください!」
「秘伝マシン?」
「何回使っても無くならない技マシンだよ。
そらをとぶには通常の攻撃の他に、ポケモンに乗り込んでポケギアに登録された『行った事のある街』に行けると言う追加能力があるんだ……
でも、僕達はまだそれを手に入れていないんだけどね」
「本当に御二人とも強いです、兄さんがもし戻ってきたら、是非貴方達と勝負させたい!
私はリーグに挑戦出来ませんが、貴方達にはその資格があります。自らの夢を実現させてみてください!!」
「解りました、僕達……とにかく前進します!」
アオイに別れを告げ、2人は自転車に乗って次の街を目指す。四天王が集まると言うイベントを見に行く為に。
そして、ミズキに挑戦する為に!
粉雪の降る中、2人は自転車を走らせていた。青く光る『青空』も、緑が綺麗な『緑芝』も快調な速度で走り続けている。
「ユキナリ君、朝から出てきたのはいいけど……ポケモンも探したいな。まだ時間はあるし」
ホンバ助手が教えてくれた『覇者達の会談』は明日。
今日の朝から草むらの中を飛ばし続けたが、そろそろポケモンを捕まえる為に自転車を停めても良い頃だった。
「そうだね。とりあえず、ココの説明を聞いてみようか……」
ユキナリは自転車を停めると、ポケギアで『トーホクぶらり旅』の過去データを聞いてみた。
『49番道路か……俺も昔行った事があるよ。サギーの湖って言う、サギー釣りの名所の近くなんだ。
サギーは焼いても美味しいし煮ても美味しいしおまけにポケモンバトルでも使える優れもので、トレーナーの間では注目の的になっている。
おっと、出現するポケモンを紹介しないとな。変種ナゾノクサ、変種ニャース、変種オニスズメ、変種アメタマ、それにヒュードロ……』
「ヒュードロってどんなポケモンなんだろ?」
「確か……ゴーストタイプのポケモンだった気がする。道行く人を驚かすのが大好きだって本で読んだハズなんだけど……思い出せないなあ」
ユキナリは手を頭の上にやった。
「まあ、とりあえずユタカさんのヒットナンバーチャートを聞いてみようよ」
ポケギアの画面で『ヒットナンバーチャート』を選ぶ。勿論1週間も経っていないので『疾風』が流れ始めた。
「そう言えば、この曲でのポケモン遭遇率は相当高いんだったよね」
「うん。きっと、ポケモンが現れてくれる……ん?ユキナリ君、あそこに誰かいるよ?」
ユウスケは草むらの中に立っている人影を見つけた。座り込んでいるらしく、その場からピクリとも動かない。
「こんな雪が降っている所(何時も降ってるけど)でジッとしていたら風邪ひいちゃうよ……いや、もしかして具合でも悪いのかな?僕、ちょっと見てくる!」
ユウスケは向こうの方へ走っていく。
(こんな所に座り込んでいる人がいるかな……)
ユキナリは怪しんだ。人影は見えるが、人とは断言出来ない。さっきユウスケはこう言っていた。
『ヒュードロは道行く人を驚かす』と……
「ひゃあああ!」
ユウスケが尻餅をつく音が聞こえた。
ユキナリが急いでユウスケのもとへ向かうと、怪しげな炎に包まれた、額烏帽子を頭に付けている青白いポケモンがケタケタ笑っている。
水色の体色で、出しているベロは紫色だった。急いでユキナリはポケギアの図鑑項目を確認する。
『ヒュードロ。夜中によく人を驚かしていたポケモン。恐怖を具現化する力を持ち、性格はやんちゃで悪戯好き。
死んでしまった子供の霊がポケモンになったと言う意見もある』
「とにかく、ポケモンを出して捕まえなきゃ……」
ユキナリは紅蓮のボールを取り出し、投げた。草むらに放り出されたボールの中からコエンが出てくる。
『今日も寒いですね……あれ?ユキナリさん、また新しいポケモンを見つけたんですか?』
「うん、とにかく捕まえたいんだ!」
『見たところゴーストタイプのポケモンみたいですね。私の能力を発揮出来る戦いになりそうですよ!』
「どういう事?ユキナリ君、コエンの能力って何だったっけ……」
ユウスケは震えながら質問をする。ユキナリは笑いながらクルクル回っているヒュードロを時折見ながらポケギアでコエンの特殊能力をチェックした。
『天武の才……ゴーストタイプのポケモンやエスパータイプのポケモンから受けるダメージが減る。
ただし格闘タイプや鋼タイプのポケモンから受けるダメージは増えてしまう』
「へえ、今まで確認してなかったけど、コエンにはそんな特殊能力があったんだ……特に格闘タイプには気を付けないと」
『じゃあ、いきますよ!』
コエンは炎を繰り出すと、ヒュードロに投げつける準備をした。ヒュードロは相変わらずケタケタ笑い続けるだけだ。
「コエン、鬼火だ!」
炎を投げつけるコエン。しかし……
『ケラケラケラ……』
ヒュードロは姿を消し、コエンの後ろ側に回り込んだ。
『ケッケケケーーッ!!』
急にヒュードロは大声を出した。あまりの五月蠅さにコエンも耳を塞ぐ。ポケギアを見ると、コエンの体力は減っていた。
「『ハイパーボイス』だ。大声で攻撃するノーマルタイプの攻撃だよ!……僕、腰が抜けちゃって立てないや……」
ユウスケは冷や汗をかきながら情けない声を出した。
『ケケケ、ケケッ、ケーッ!』
ヒュードロは耳を塞いだまま動きを止めたコエンに向かって、漆黒のボールを作り出し投げてきた。
『うわっ!』
腹にヒットし、コエンはのけぞって地面に倒れる。
「『シャドーボール』だね。鬼火と攻撃方法は似てるけど、属性は完全に『ゴースト』だよ」
「予想以上に素早いんだね……」
『不覚です……私はこれ位ではまいりませんよ!』
「コエン!鬼火を何度も出して相手の動きを止めるんだ!」
コエンは連続で青白い炎を投げつけるが、あっさりとヒュードロはそれを避けてしまう。
早朝からコエンとヒュードロのポケモンバトルが始まった……
先程のハイパーボイスとシャドーボールのダメージが効いているのか、コエンは確実に動きが鈍くなってきていた。
『ユキナリさん、このままじゃ……』
ヒュードロはコエンに向かって舌を出す。
『ケーッ、ケケケーッ!』
「コエン、化かすで相手の動きを止めて、そこから一気に鬼火を当てるんだ!」
コエンはその命令を受け、ヒュードロに向かって靄を放った。しかしヒュードロはそれを楽に避けてしまう。
「ユキナリ君、ちょっと待って!」
やっとの事でフラフラと立ち上がったユウスケがユキナリを止めた。
「ヒュードロは『人の心が解る』ポケモンなんだ。人間が命令した攻撃が解る……
つまり、ユキナリ君が命令するとヒュードロにはコエンが繰り出す攻撃が解る事になる!」
「で、でも!」
「何も考えないで、コエンに任せた方が良いと思うよ。ヒュードロは『ポケモンの心』が解らないんだから……」
『ユキナリさん、命令を一旦止めてみてくれませんか!』
ユキナリは迷った。ポケモンに命令をする行為が無ければ、自分はただの少年でしか無い。
コエンは強い。でも、己の命令あってこその強さなのでは……
しかし、ヒュードロを捕まえたいと言う気持ちの方が強かった。コエンを瀕死状態にさせるワケにもいかない。
「じゃあ、命令を止めるよ……」
「ユキナリ君、頭の中で命令を出すんだ。きっとヒュードロはコエンの動きとユキナリ君の思考とのずれでダメージを受けるハズ!」
『遠慮なく、戦わせてもらいますよ!』
『ケケ……ケッケー!』
ヒュードロは口を開くと、また『ハイパーボイス』を出そうとした。
コエンは素早く走ると、ヒュードロに組み付き、口を塞ごうとする。しかしコエンが飛びつこうとするとヒュードロの身体をすり抜けてしまった。
「そうか、ゴーストタイプのポケモンには実体が無い!」
ヒュードロにはあらゆる物理的攻撃が効かない。身体に触る事は出来ないのだ。
故に、ヒュードロの攻撃を止める事は出来ない。轟音が鳴り響き、思わず2人は耳を覆った。
『クッ……やっぱり、私には無理なんでしょうか……』
ポケギアを見るとコエンの体力はかなり減らされていた。このまま攻撃をくらい続ければ倒れてしまう。
だがユキナリが命令すれば相手には攻撃方法が筒抜けだ。
(どうすればいいんだ……このままじゃコエンが……でも僕が命令するワケにはいかない……)
「ユキナリ君、僕名案を思いついたんだけど」
「え?」
「ヒュードロは『人の心が解る』んだ。何もユキナリ君だけの心だけを理解出来るだけじゃ無い。
この場にいる人間……そう、僕の心を読む事だって出来るハズだ!」
その時、ユキナリにはユウスケの『名案』が解った。相手の性質を逆手に取る……
それは、バトルにおいてとても大切な事。忘れていた『基本』だ。
「コエン、僕だけの声を聞いてくれ!」
そう呼びかけると、コエンはワケが解らないと言う顔をした。
『それ、どういう意味ですか?』
2人は大きく息を吸い込むと、一斉に大声で命令をした。ユキナリは本当の命令を。ユウスケはデタラメに命令を無茶苦茶に叫び続ける。
ヒュードロは途端にフラフラと体を揺らし始めた。
『?……ケケ……ケ……?』
「いいぞ、僕達の心を読んだせいでパニックになってる!」
「もっと叫び続けるんだ、ユウスケ!」
コエンの耳は研ぎ澄まされており、ユキナリの命令がシッカリと頭の中に入ってきた。
(「コエン、自分が思った通りに攻撃してくれ!」)
(『解りましたよ……私が出来る事なら、何でも!』)
コエンは身体を震わせると、青白い炎を多数出現させた。まだ頭を振っているヒュードロに向けて一斉に炎を放つ。
『?……!!ケッ、ケケケー!?』
ヒュードロは炎に包まれ、叫び声をあげた。当然攻撃出来ず、ダメージを受けるだけだ。コエンはもう1度鬼火を出し、攻撃の準備をしたが……
「あれ?ユキナリ君、ヒュードロ……凍ってるよ?」
ヒュードロは鬼火の追加効果を受けて凍ってしまっていた。低確率とはいえ、ありえない事では無い。
ダメージを与えずとも、もう勝負は決まってしまっている。
「ユキナリ君、ボールを!」
モンスターボールがヒュードロの身体に当たり、そのままヒュードロを包み込んで吸い込んだ。ボールは暫く動いていたが、やがてランプが消えて動きが止まる。
「捕まえた……」
ユキナリはホッと一息ついてボールを拾い上げた。
『やりましたね、ユキナリさん!頼りになる仲間が増えましたよ!!』
コエンもダメージをかなり受けていると言うのに相当嬉しそうだ。無理をしているのか胸に手を当てている。
「街についたらすぐにセンターで回復させるからね……」
ユキナリはコエンをボールに戻した。
「これでユキナリ君がゲットしたポケモンの数は5匹か。僕も早くメンツを揃えないとなあ……」
ユウスケは雪の降る空を見上げた。
草むらに停めてあった自転車を再び走らせ、2人はサギーの湖に向かった。
その湖を迂回するルートをとれば、シオガマシティへと向かう為の50番道路に着く。新たなポケモンを捕まえ、はりきるユキナリであった。
ユウスケは50番道路で草ポケモンを捕まえようと考えているらしい。ともかく、サギーの湖を越えてからの話だ……