第2章 6話『天使の飛翔・VSアオイ』
ナオカタウンジム……今まさにユキナリとアオイの戦いが始まろうとしていた。公式ルールにて、2人はそれぞれ3匹のポケモンを使って戦う。
どちらかのポケモン3匹が全て敗れた瞬間、勝者が決定するのだ。ゲンタとのジムバトルの時も試合の行方を見守っていたユウスケが一時的に審判を務める。
「では、互いのポケモンをバトルフィールドに出してください!」
水色の床に互いのモンスターボールが落ち、閃光と共にポケモンが出現する。ユキナリが出したのは口は悪いが血気盛んなノコッチ。
アオイが出したのは鳥ポケモンのホーホーだった。
「1本足の鳥ポケモン……?」
「いえ、ちゃんともう1本の足がありますよ。ホーホー、片方の足で立たずに、足を見せてあげてください!」
『ホー、別にいいですけどー』
ホーホーは両方の足で立ったが、すぐまた1本足で立つ。
「ユキナリ君、ホーホーにはそう言う習性があるんだよ。図鑑で確認してみればすぐに解るから」
ユキナリは何時もの様にポケモン図鑑を開いた。ポケギアにホーホーの姿が映り、説明が開始される。
『ホーホー、1本足で立っているのは知能を高めるホーホーなりのやり方。木の枝に立ったまま、数時間動かずに瞑想にふける事がある』
「知能か……」
「知能が高いと言う事は、とくこうが高いと言う事です。とくこうと言うのはつまり、間接的な攻撃を指すんですよね。
私のホーホー、素早さもとくこうも結構高いですよ!」
『くだらねえ事言ってねえで、さっさと始めろや!ケケケ、俺は早くコイツをいたぶりたくて仕方が無えんだからよ……』
対するノコッチは素早さと驚異的な攻撃力を持つ。反面、とくぼうはあまり強くない。とくぼうの強いホーホーと戦うのは、少し分が悪かった。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
ユウスケはジムバトルにかかせない開始ボイスを待った。
『試合開始!』
機械的な声と共に最初のバトルが始まる。ここはノコッチで先制をしたい所だが、勝ち負けはやってみないと解らない。ユキナリはとにかく命令を下した。
「ノコッチ、どくどくで相手のHPを奪うんだ!」
ノコッチの戦法、それはノコッチ自身が言う様にとにかくじわじわ相手をいたぶっていく攻撃方法だった。
ノコッチの口から、人間が浴びても致命傷になりかねない紫色の毒液が発射される。だがホーホーは1本足で立ったままそれをジャンプして避けてしまった。
『てっ、てめえ!ふざけやがって!!』
ノコッチは飛びかかって毒液を吐くが、ホーホーはまるでここが森であるかの如く俊敏に動いた。
「ノコッチ、あまり深追いするのは危険だ!」
『五月蠅え、こんな鳥になめられてたまるかよ!』
毒液とホーホーの戦いはホーホーが制していた。どう飛んできてもホーホーは避ける。ひたすら避ける。
「ユキナリ君、マズイよ。ノコッチが興奮すればするほどホーホーは攻撃を当てやすくなる!」
『こっちですよー。ホー、ホー……』
「ホーホー、みらいよちを使ってください!」
『…………』
毒液を避けながらホーホーは目を閉じ、瞑想した。その間、ノコッチは絶え間なく毒液を吐き続けている。
『全然当たらねえ、どうしたって言うんだ?』
「ノコッチ、一旦退がってチャンスを待つんだ!」
『ケッ、解ったよ……マスター』
気がのらないのか、ノコッチはイヤそうな表情をして身を引いた。しかしその瞬間、急にノコッチの周りが歪み始める。ノコッチは痛みに顔を歪めた。
『な、何だ?何だってんだよ!!』
「みらいよちの力です。数ターン後に確実なダメージを与える攻撃……その代わり、ダメージ自体は少ないんですけどね」
「みらいよち……」
「ユキナリ君、ホーホーの特殊能力を確認してないんじゃない?」
「そうか、何か対抗策が見つかるかも……」
ユキナリはポケギアで相手ポケモンの特殊能力をチェックした。
『考察・ターンごとに守備力がかなり減るが、その代わりにとくこうと素早さが上がっていく』
「攻撃を当てれば勝てる……でも、当てない限り攻撃されてしまったら思い切り不利になるのか!」
ノコッチは激昂してさらに毒液を吐きまくった。
『テメーの逃げる位置を予想して毒液を吐きゃ当たるだろ!絶対逃がさねーぞ!シャ、シャ、シャ……』
ノコッチは不気味な笑い声を発すると、作戦を変更した。今ホーホーのいる位置に毒液を吐くのでは無く、移動するであろう位置に毒液を吐くのである。
「ホーホー、逃げ続けてもう1度みらいよちを!」
『ホーホー、解りましたよー』
「ノコッチ、ホーホーがどく状態になってバランスを崩したら、その時がチャンスだ!」
『ケケ、その時に噛みつきゃいいんだろ?面白くなってきやがったぜ……ケッ、ケッ』
ノコッチは醜悪な欲望により冷静さを取り戻した。蛇特有の残忍な性格で、確実に獲物をしとめようとする。
一方ホーホーは再び瞑想に入り、みらいよちを繰り出した。念を込めるとホーホーの周りに七色の靄が見える。
それが消えると、数ターン後に攻撃が必ず当たるのだ。
「ノコッチ、とにかく攻撃を続けてくれ。当たるまでずっとだ!」
「ユキナリ君、今度のみらいよちは危険だよ。さっきよりとくこうが上がっているハズだ。
守備力の下がったホーホーを先に攻撃して倒さないとノコッチが深刻なダメージを受けてしまう!」
その時、ホーホーにとって予想もしていなかった事態が発生した。不意にバランスを崩し、転倒してしまったのだ。
素早さが売りのホーホーにとって、これは非常に珍しいミスである。しかも、それが命取りになった。
「ああ、ホーホー!」
アオイは予期せぬ事態に慌てた。しかし、命令を出す前にノコッチの毒液が思い切りかかる。
『ホ、ホ、ホー……!』
どく状態になり、起きあがれなくなるホーホー、その一瞬の隙をノコッチが見逃すハズが無かった。
『ケケ、運がいいぜ!!俺様の攻撃をくらえるんだからよ!』
ノコッチは大きくジャンプして弧を描き、鋭い牙でガッチリとホーホーに噛みついた。『ポイズンキラー』だ。
そのまま猛毒を注入すると、ホーホーはみるみる弱っていく。だがその瞬間、みらいよちの攻撃が始まった。
とくこうが上がっているだけに、先程とは比べモノにならない位の凄まじいダメージが間接的にノコッチを襲う。
ノコッチがホーホーを押さえつけているのにも関わらず逆にノコッチがダメージを受け、ホーホーに突き飛ばされてしまった。
「ノコッチ、大丈夫か?」
『くそっ、もう少し発動が遅けりゃトドメを刺してやれたのに……』
痙攣するノコッチ。ホーホーも猛毒が体の中を巡っていると言うのに雄々しく立ち上がった。
が……そこでどく状態によるダメージがホーホーに最後の一撃を与え、ホーホーは戦闘不能状態になり、倒れてしまう。
「ホーホー……頑張ってくれましたね。本当に有難う。暫くの間ゆっくり休んでくださいね!」
ホーホーをボールに戻すと、アオイは笑った。
「流石です、ユキナリさん。ここまで強いなんて……正直、考えていませんでした。貴方のお兄さんにも負けない位の腕前です!」
「に、兄さん?アオイさん、兄さんに会ったの?」
「ジムバトルで負けてしまいました……悔しかったです。でも、2度も負けるワケにはいきません。
貴方がいかにポケモンを育てていようと、私は兄さんとの約束を果たします!」
そう言うとアオイは別のボールをフィールドに向かって投げた。出てきたのはノコッチよりは少し大きい、これも鳥ポケモンだった。
優雅な印象を見せる、美しい青色のポケモンだ。
「オオスバメだ……」
さらに白熱したポケモンバトルが展開しそうだった。
モンスターボールから出現したオオスバメは、優雅さ、美しさ……気品を持っている様に見える。
「へえ、凄い綺麗な鳥ポケモンなんだね……」
「ユキナリ君、オオスバメの図鑑と、特殊能力をチェックしてみてよ!」
「そうだね。調べてみよう」
ユキナリはポケギアでオオスバメの能力と特徴を確認した。
『オオスバメ、餌となる虫を探して大空を自由に飛び回るポケモン。伝書鳩代わりにも使われている』
『特殊能力・白麗飛翔……ひこうタイプの攻撃力が少し上がる』
「もともとひこうタイプのポケモンがひこうタイプの技を使うと威力が増すんだ。それがさらに増すって事は攻撃力は半端じゃ無さそうだよ、ユキナリ君……」
(オオスバメか……体力をかなり削られているノコッチが、このポケモンを倒すのは難しい。どうしようか……)
「ここで貴方の快進撃を止めて見せます!」
アオイはすでに準備万端だった。
『試合開始!』
スピーカーから機械音が響いた時、オオスバメはもう動き出していた。高くジムの天井近くに舞い上がり、そのまま待機する。
「ユキナリ君、そらをとぶだ!一旦上に上がって敵の攻撃をやりすごし、一気に急降下するひこうタイプの技だよ!」
『クソ、この体がもう少しマシに動けたら……』
「ノコッチ、もう僕達が勝つ方法は1つしか無い。捨て身で相手の喉にかみつくしか無いんだ!出来るだけ、最後の力を振り絞って攻撃してくれ!」
『ケケ、まだ諦めちゃいねえよ。俺は、もうあんなヘマはしねえんだからな……』
ノコッチの脳裏に、ザングースと戦ったあの時の自分の無様な姿が思い出された。もう失態は見せたくない。それは、覚悟のアタックだった。
「オオスバメ、そらをとぶ攻撃!」
『行きますよ、マスター!』
凛とした声でオオスバメはそれに応え、尖った嘴を前に向けて急降下してくる。ノコッチがその攻撃を受ければ間違いなく戦闘不能だ。
「今だ、ノコッチ!」
その瞬間、ノコッチは空に向かってジャンプしていた。
「な、何をする気ですか?」
ノコッチにもう攻撃を避ける程の体力は残っていない。ならば、全ての意識を攻撃に集中させるしか無いのだ。
高くジャンプしたノコッチは空中でオオスバメの体の上に着地し、そのまま喉笛に噛みつく。
『クッ!』
『シャ、シャ、捕まえたぜェ!』
そのままガッチリ牙で噛みつき、毒液をオオスバメの体内に注入していく。
『オ、オオオ……』
体が確実に弱っていく。ユキナリがポケギアで確認すると、体力が奪われていく様がよく解った。
『は、離せ、離せっ!』
必死に空中に舞い上がり、素早く動いて振り落とそうとするが、ノコッチも体力が少ないので必死にくらいついたまま離さない。
「オオスバメ、急降下してノコッチを地面に叩きつけてください!」
『解りました……マスター』
オオスバメはそのままジムの床に向かって急降下する。だがノコッチはオオスバメの上に乗って噛みついていたので、地面に激突するのはオオスバメだけだった。
それに気付き、慌てて空中に舞い上がるオオスバメ。もう、毒が体中にまわり、フラフラになってしまっている。
「ユキナリ君、オオスバメが落ちていくよ!」
ポケギアはオオスバメの体力が残り少なくなっている事を確認した。このままではノコッチも一緒に地面に叩きつけられてしまう。
「ノコッチ、オオスバメが床に落ちる前に着地しろ!」
しかし、ノコッチにもジャンプする体力は残されていなかった。オオスバメと一緒に、喉に噛みついたまま落下していく。
『このまま道連れにしてやる……!』
『ケッケッ……それで充分さ。お前を倒せたんだからな。後は他の仲間がなんとかしてくれるだろうよ。しっかり命令して、勝てよ。マスター……』
「ノコッチ!」
床に同時に倒れ込むノコッチとオオスバメ。『ポイズンキラー』にて体力を全て奪われたオオスバメと、最後に地面に叩きつけられたダメージでトドメを刺されたノコッチ……
結果、2匹は同時に戦闘不能となった。
「アオイさんの残りポケモンはあと1匹……勝てるチャンスは充分にあるよ、ユキナリ君!」
「ノコッチ……僕の命令より良い動きをしてくれて有難う。絶対にこの努力を無駄にはしない!」
「追い詰められてしまいましたね……でも、私にだって誇りがあります。兄さんは優れたポケモントレーナーです。
四天王になる前、兄さんはジムリーダーとしてこの街を活気づけました。強いジムリーダーがいる事で、この街を救ったんです。
過疎の街になりつつあったこのナオカタウンがここまで発展したのも兄さんのおかげ……私は、兄さんの様に強い事で人を救えるトレーナーになりたいんです!
ココで、その夢を諦めるワケにはいきません!」
アオイが取り出したのは、色が違うモンスターボールだった。中央に天使の羽が描かれており、上の色が水色、下の色が白の美しいボールだ。
「あれは……」
「きっと、ゲンタ君が持ってたサークルボールみたいに、ひこうタイプのポケモンを捕まえる為のボールなんだよ……」
「バードボール。優れた鳥ポケモンはこのボールにより、強さを上げます。私の最後の切り札……ピジョットの威力を見てください!!」
閃光と共に現れた鳥ポケモンは、非常に大きく、人が1人乗っても平気な位だった。アオイはピジョットに飛び乗る。
「ア、アオイさん!ポケモンバトルの時ポケモンに乗るのは危険ですよ!」
「これが……私の最後の切り札。最強の鳥ポケモン。そして、私のバトルスタイルを貫きます!」
ユキナリは理解した。これが、アオイの真価を発揮するバトルスタイル……鳥ポケモンに搭乗する事で、より命令がしやすくなり、互いの信頼度も上がる。
アオイにとって、それは『最もベストな戦い方』だった。ユキナリはあと2体、アオイはピジョットのみ。
だが、有利に立っているにも関わらずユキナリは自分が勝てるのかどうか解らなくなってきていた。
(この巨大な鳥ポケモン……ゲンタ君の時のカビゴンを彷彿とさせる……勝てるのか?僕の力と、ポケモンの力で……!)
ナオカジムの最後の決戦が始まろうとしていた。
ピジョットは何者をも退けると言わんばかりの神々しさに満ちていた。アオイの表情も先程より険しくなってきている。
「ユキナリ君、鳥ポケモンの最強格、オニドリルをも超えるポケモン……それが、あのピジョットなんだ」
(ピジョット……大きいし、それにカビゴンの様な鈍くささは感じられない。辛い戦いになりそうだぞ……)
「とにかく、特殊能力をチェックしなきゃ」
ユキナリは自分の心を落ち着けた。
(大丈夫、ノコッチの健闘を無駄にするワケにはいかない……)
『ピジョット、美しさも身のこなしも鳥ポケモン中1番だとされている優雅なポケモン。
巨大な体にトレーナーが乗り込むと空を飛んで色々な街に連れて行ってくれる。総合的な戦闘能力はかなり高い』
『特殊能力・タッグコンディション……トレーナーが乗り込んで指示を与えると、普段より総合的な攻撃力が上がる。ただし、トレーナーの安全は保証出来ない』
(覚悟の戦い方か……僕に、それをうち破る程の力があるんだろうか?ポケモンとのコンビネーションが……)
今でもユキナリは、ゲンタに勝ったと言う気がしない。いや、勝てる程の力量を持っていたとは思えなかったのだ。
ゲンタのカビゴンとの戦いは運で勝った様なもの……そして今、目の前には遙かに強いオーラを放つピジョットとそれに乗り込んでいるアオイの姿があった。
(負けたくない……例え負けたとしても、絶対悔いは残さないと、僕が僕に約束する!)
ユキナリはモンスターボールを投げた。フィールドに落ちたボールからポケモンが出てくる。
『う、うわぁっ!!ちょ、ちょっとユキナリ!このポケモンと戦うの?む、無理だって!!』
「無理を承知で頼みたいんだ。出せる力だけでいい。ジム戦の真剣勝負なんだ。相手に背中は向けられないよ!」
ハスボーはピジョットを見た。ピジョットは見下す様にハスボーを睨み付ける。
『私と戦うのですか?抗いなさい、立ち向かいなさい。けれど、貴方には勝ち目はありません!』
それは、威厳を持った女性の声だった。ハスボーは怯えていたが、そのままなんとか睨み返す。
『僕だって……戦うんだ!ユキナリが僕を認めてくれているのなら、僕はそれに応えたい!!』
『頑張る事です。勇気を持つ事です。そうすれば、勝機は見えてきます……後は、心の問題ですね』
『試合開始!』
ピジョットはアオイと共に空中に舞い上がった。ユキナリはハスボーに命令する。
「巨大な嘴が当たったら致命的だ。ハスボー、とにかく遠距離攻撃で出来る限り相手のHPを削ってくれ!」
『解った、とにかくやってみる!』
「ピジョット、そらをとぶ攻撃!」
ピジョットはアオイに対して頷くと、いきなりハスボーに向かって急降下した。ハスボーは反射的にそれを避ける。
間一髪の所でハスボーはジャンプして避ける事が出来た。
『ならば、追い回すのみです!』
ピジョットは滑空し、そのままハスボーに向けて体当たりをしけけてきた。ハスボーはそのままピジョットの前を逃げる状態に陥る。
「ユキナリ君!なんとか対応策を考えないと……」
『うわあああ!』
ハスボーは必死に走り、ピジョットは低空飛行のまま追いかける。タチの悪い鬼ごっこだ。
「ハスボー、右か左に急に曲がれば相手も体勢を立て直す!とにかく攻撃出来る体勢を整えるんだ!」
ハスボーは闇雲に走った。ピジョットは確実にハスボーの後ろについている。
『何処まで逃げても無駄だと言う事が解らないのですか?』
ピジョットは茶番を終わらせようとスピードを増した。その時、床に足を取られてハスボーは体勢を崩してしまう。
『わっ……!』
しかしのけぞった瞬間、ハスボーはジャンプする格好になり、ピジョットの嘴を逃れ、そのままピジョットの頭の上に着地した。
「ユキナリ君、チャンスだよ!ノコッチの時と同じだ!」
『……離れなさい!』
しかし、それ程甘くは無かった。
ハスボーは必死にしがみついていると言うのに、ピジョットが軽くあしらう格好で頭をブンと横に振ると、ハスボーは簡単に床に飛ばされてしまったのである。
『僕だって、やる時はやるよ!』
飛ばされた瞬間、ハスボーは『はっぱカッター』を繰り出していた。元々がくさとみずを扱うポケモンなだけに、この技も覚えていたのだ。
『無駄なあがきです!』
ピジョットは空に舞い上がって攻撃を避けた。しかし、全部を避けきると言うワケにはいかず、ピジョットの足に草のカッターが飛んできて、切り裂く。
「だ、大丈夫ですか?ピジョット!」
『軽い怪我です。心配はありません』
だが、それはただの怪我では無かった。さらに上に上がり、そらをとぶ攻撃の準備に移ろうとしたピジョットは、何故か上手く飛ぶ事が出来ない。
「や、やっぱり足の怪我はダメージが大きいですよ!」
『気にする事はありません……私達ポケモンは、人間と違って治癒能力が遙かに高いのです。
この戦いに勝利したら、すぐにカプセルに入りますから、安心してください……マスター』
アオイは、兄の悪夢を思い出していた。あの時の涙が蘇る様な気がして、心が張り裂けそうだった。
「ハスボー、相手は上手く飛べていない!今がチャンスだ!さらにはっぱカッターでダメージを与えろ!」
『このチャンス、僕は逃さないよ!』
冷や汗をかいていたが、ハスボーは確実に成長していた。だんだん、戦う事への意味を見いだしているかの様に。
はっぱカッターを再び繰り出し、ピジョットにぶつける。
『小癪な、これしきの事で私が弱ると思っているのですか?』
ピジョットは横に移動して攻撃を避けようとしたが、足に怪我をしたのはやはり致命的だった。上手く飛べず、今度は全身にカッターの洗礼を受ける。
『マスター、お怪我はありませんか?』
「ピジョット、私は気にしないで、今は逃げる事に集中してください!」
「ユキナリ君、なんか様子が変じゃない……?」
『僕だって、勝てるよ。それを証明したいんだ!』
ハスボーははっぱカッターを連射した。ポケギアを見ると、ピジョットの体力は半分近くにまで減ってしまっている。
『マスター、ポケモンは大丈夫です。でも貴方は攻撃が当たれば致命傷になりかねない。私が貴方を守らなければ……』
「いいえ、私が決めた事です。このバトルスタイルは、ずっと前から貴方としていた事……
誇りをかけて、戦いましょう!私の事は気にしないで、攻撃に集中してください!」
その時、ピジョットの眼孔が一段と鋭くなった。
『攻撃は最大の防御です。攻撃が止まればいいのですから……!』
そのまま墜落するかの様にピジョットはハスボーに向かって突っ込んできた。
攻撃に集中していたハスボーは、攻撃を避けられる体勢では無かったので、ダメージを受けてしまう。
『うわっ!』
床すれすれの所でピジョットは体勢を立て直し、強烈な衝撃波をハスボーにぶつけた。嘴が当たり、ハスボーは衝撃波の勢いで壁に向かって飛んでいく。
『ユキナリ、後は任せたよ!最後の1匹にバトンタッチだ!』
ハスボーは最後にみずげいを出し、ヨロヨロと地面すれすれの所で浮いているピジョットに最後の攻撃を当てた。
水で切り傷から流れている傷が流され、そのままポタポタと床にたれていく。もはや目は鋭いと言う表現を超えていた。
それは瀕死寸前の荒武者の様な、玉砕覚悟の目つきである。
『見事です。しかし……私には誰も勝てません』
床に叩きつけられ、ハスボーはトドメをさされ、力尽きた。
「ハスボー!」
ユキナリは戦闘不能になったハスボーをすぐにボールに戻した。そして、ピジョットの方を見る。
アオイは傷1つ負っていなかったが、ピジョットは優雅さが消えていた。その代わりに、恐ろしい程のオーラが感じられる。
ユキナリとユウスケが唖然とする程恐ろしい形相だった。
『私はマスターと共に戦っています。マスターの気持ちが折れない限り、私は絶対に負けてはならないのです!』
「ユキナリさん……本当に凄いです。チャンスを掴むテクニック、形勢を逆転させる運……それは私に無い貴方のスタイルです。
でも、私のスタイルはそれを上回ります、私の敗北は私だけの敗北じゃ無いんです!」
「私だけの敗北じゃ……無い?」
ユキナリは思い出していた。アオイは兄に心の中で負けぬ事を告げていたと。ホクオウに敗れた事がショックだったのだろうと。それならば……
「僕だって、色んな物を背負っています。誰かに認められたいワケじゃない。ただ、自分が何処まで進めるのか、確かめたいだけなんです!」
ユキナリは紅蓮のボールを見つめた。
(ノコッチがホーホーとオオスバメを倒し、ハスボーがピジョットの体力を半分削った。ここからが正念場だ。コエンに全てを託して、最後の勝負をするしか無い!)
「結局、ここまでもつれこんじゃったね、ユキナリ君。僕、今凄いワクワクしてるんだ。どっちが勝つかまるで解らない勝負が始まろうとしてるんだから!!」
ユキナリはピジョットを見つめた。ピジョットと同じ、自分の力を確かめたい猛者の目……ユキナリは、ポケモントレーナーとしての『目標』を見つめていた。
そして、ボールをフィールドに、投げる。