第1章 1話『始まりの風』
オーロラの輝きと共に現れる北風を司る神、スイクン……雷(いかずち)と共に現れる雷を司る神、ライコウ……
マグマと共に現れる火山を司る神、エンテイ……ジョウトの歴史に刻まれている伝説のポケモン達。
しかし、まだ伝説に記されていないもう一匹の神がいた……
吹雪と共に現れ、雪の結晶を司る神、その名は
「おい、起きろユキナリ!フタバ博士が呼んでたぞ!」
「えー……まだ眠いよ兄さん……今何時なの?」
「8時だ。もう起きるには充分な時間だぞ!さあ早く!」
ここはシラカワタウン。ポケモンという不思議な動物達が人間と共に暮らしているパラレルワールド。
ポケモンとは、野生の動物達のように普段は森の中や海の中で暮らしているが、
特殊な操り球である『モンスターボール』によって自由を奪われ、人間の奴隷として生きなければならない生物である。
その奴隷となったモンスターを人は道具として使う。悪戯に戦わせたり、ペットにしたり、生態を研究したり……
捕まえるまでポケモンは人間に対して敵意を感じたりするが、一旦捕獲されると自我を失ってしまう。
その為、人間は彼等を『友達』だと思い込んでしまっているのだ。野生のポケモンと親しく接する事が出来る人間は少ない。
シラカワタウンは、トーホクという大きな『エリア』である。トーホクの南にはポケモンのメッカ『カントー』があり、
そのカントーの左側には伝説のポケモンのエリアである『ジョウト』がある。
ジョウト・カントー・トーホクにはそれぞれエリアごとに『ポケモンジム』が8箇所ある。
ポケモンには様々な種類があり、種類を1つに絞って頂点を極めた者がそのジムの「ジムリーダー」となる。
性別、年齢、職業は問わない。とにかく自分が捕獲したモンスターを上手く飼いならし、他のトレーナーには負けない実力のある者がリーダーとなるのだ。
そしてエリアにはリーグが1箇所設置されている。ココは1つの属性のポケモンを極めた者達が集う闘技場。
四天王とリーグ覇者が新参トレーナー達の挑戦を待っている。そんなポケモンが生活の一部になっているこの世界で、今新たな伝説が生まれようとしていた……
「いきなり博士から電話がかかってきたから、大急ぎで朝御飯作ったんだけど……味はどうかしら?」
「大丈夫。美味しいよ母さん……だけど急になんだろう、こんな朝早くから僕を呼ぶなんて……」
「俺も呼ばれたんだよ。隣のユウスケもだ。また新しいポケモンの発見か?」
シラカワタウンは雪が1年中降っている街。都会から離れ、人々はポケモンと共に気ままに暮らしている。
ココに住んでいるのは、ユキナリ。そしてホクオウと、彼等の母親。隣の家にはユキナリの親友、ユウスケが暮らしていた。
ユキナリは今12歳。兄のホクオウとも丁度12年歳が離れている。ポケモントレーナーに憧れながらも、まだ1匹もポケモンを持っていない。
正義感が強く、とても優しい心を持った少年である。兄のホクオウは24歳。世界中の山を制覇した一流の登山家である。
家に帰るのはあまり好きでは無く、この日も午後には出発する予定だった。長い登山の旅を続けるもう1つの理由。それは母親に会いたくなかったからである。
ユキナリにとっては本当の母親だが、ホクオウにとっては赤の他人なのだから。ホクオウの母親は、ホクオウが10歳の時に死んでしまっていたのである。
その後父親は若い妻と再婚。それから5年後に父親も後を追って他界した。父親の事を考えると気が滅入ってしまう。
新しい母親も好きにはなれなかった。2人の母親は今年で30歳。16歳の若さで結婚した頃とあまり変わっていない。
自分の子供ではないホクオウにも、優しく接している良き母親だ。
隣に住んでいるユウスケはユキナリと同い年。ポケモンの科学者を目指して独学で知識を持った。
現時点で学会に報告されているポケモンなら、生態系や覚える技をすべて把握しているという天才である。
だが生まれつき体が弱く、相棒の草ポケモンと一緒によく風邪をひいていた。気も弱く、人見知りしがちで、今の所親友と呼べるのはユキナリだけだった。
「おはようございます。呼ばれて来ました……何の御用ですか?」
3人はこの街では一番大きな建物であるフタバ博士の研究所にいた。
ユウスケはユキナリと同じく、なかなか布団から起きれないタイプの人間である為、まだ欠伸ばかりしている。
「こんな朝早くにごめんなさいね。私も連絡を受けたのよ。貴方達にその事を伝えなきゃと思って」
フタバ博士は若くしてトーホク内では右に出る者がいないと言われているポケモン研究者である。
彼女の名が全国に広まったのは彼女自身が発見したある『発表』がもとであった。
この『トーホク』は全ての街、野原、道路に雪が降り続けている不思議なエリアだ。
太古の昔からずっと降り続けているこの雪がポケモンの進化に多大な影響を及ぼしたのである。それは『変種』の誕生だった。
このエリアではなんと全てのポケモンがポケモンの1つのタイプである『こおり』を持っているのだ。
カントーやジョウトではノーマル・ひこうが当たり前なポッポも常識が覆され、『ひこう・こおり』になってしまっている。
毛も白く、口から吐く息は冷たい。そんな変種を詳しく研究したフタバ博士は、さらなる『発表』で世のポケモン学者を驚嘆させる事となる。
『変種』となったポケモンの一部が、普通の進化とは別の進化を遂げていたのだ。
現にユウスケが持っている『ボタッコ』は、白い変種ワタッコからさらに進化したポケモンである。
そして変種とは関係無いトーホクのみで発見された新種の研究……謎はたくさんあった。
今まで発見された種類も含めるとトーホクに生息しているポケモンの数は変種を合わせて400種以上と言われている。
フタバ博士は先程も書いたがトーホクポケモン研究者。日夜変種の生態系や変種進化の原因について調べている。
だが彼女はもともとトーホク出身者では無い。数年前から研究を行う為にトーホクに永住する事を決意した学者の鑑である。
理知的で物事を解決するのも得意。タウンの住民の悩みもヒマな時なら相談に乗ってくれる。(最近は殆どヒマな時が無いが)
ジョウトのベイビィポケモン発見者であるウツギ博士とは親しい。新しく開発された液晶テレビ電話付きポケギアでよく意見の交換を行っている。
カントーの四天王カンナの双子の妹で、顔が知られている為都会に出ると勘違いされるのが悩みの種だった。
「連絡って……何の事?」
「3人全員に報告よ。ウツギさんからの映像がここに残っているわ」
ユウスケの質問に対して、フタバ博士は答えなかったが、その代わり机の上に置いてあったパソコンを操作した。
『重要報告・ウツギ』と書かれている項目をクリックする。画面が暗くなり、すぐに3人ともよく知っている人物が現れた。
「この人、前に博士と研究室で話してた……」
「そう。若手ポケモン研究者の中では私と同じ位の位置にいる、ウツギ博士ご本人よ」
『フタバ博士、急に連絡を入れてしまって申し訳ありません。ウツギです。
この度、連盟長の教授が新たなプロジェクトを立ち上げたので、是非それを伝えておきたかったんです。
今フタバ博士がいるトーホクで、今一体何匹の変種と、トーホクの新種、それに変種進化のポケモンがいるのかという問題に直面しました。
カントーでは151匹、ジョウトでは251匹のポケモンが生息していますが、トーホクはそれを遥かに上回ると思われます。
それを確認したのはレッド君と、うちのゴールド君。とにかくポケモンが大好きな子供達が確認に協力してくれました。
ですが、今回ばかりはあまりにも数が多すぎて、1人では到底図鑑の完成は望めません。
そこで教授と相談した結果、2人のシラカワタウン出身者に手分けして図鑑を完成させてもらいたいと思ったんです。
多分、今君達はこの映像を見ているんじゃないかな……そう、ユキナリ君と、ホクオウ君が選ばれたんです!』
ユキナリはあっけにとられて、しばらくは声も出ない状態が続いた。
ユウスケは(じゃあ何故僕も呼ばれたんだ?)という様な表情をしている。
『明日には、インプット用ポケモン図鑑内蔵の新型ポケギアを2個、そちらにお届け出来ると思います。
そうそう、それからユウスケ君。君は、ユキナリ君ともう一つの仕事をやってもらう事にしたよ。
君はポケモンを持っていたよね?確か……ボタッコだったかな?ユキナリ君はまだポケモンを持っていないようだから、
フタバ君、君が持ってる奴を一匹プレゼントした方がいいかな……』
ユキナリはまさかと思った。出来すぎた夢かとも思った。だが、それは現実に他ならなかった。
『そう。オーキド博士の提案で、ユキナリ君、ホクオウ君、ユウスケ君の3人には、トーホクのウオマサ高原にあるポケモンリーグのチャンピオンに挑戦してもらう事にしたんだ!
確かホクオウ君も、登山のお供にポケモンを携えていたよね。今度はそれを頂点に立つ為に使ってみないか?』
夢にも思わなかった誘い。ユキナリは胸がいっぱいになった。リーグを制覇した人達と、同じ旅が出来るなんて!
『話が長くなってしまったね。というワケで、3人共頑張ってくれ!図鑑もリーグ、どちらも大変だけど、君達なら2つ共成し遂げられるさ。
すぐポケギアを持って出発してくれ!トーホクのポケモン研究発展に関わる大切な仕事だ!!』
フタバ博士は画面を閉じた。
「ポケギアと、ユキナリ君のポケモンはもう用意してあるわ。ウツギさん、時々こっちに寄るって行ってたから、会った時はよろしく言っておいてね」
その言葉の通り、机の上には水色に光っている最新型のポケギア2個と、3個のモンスターボールが置かれていた。
「1つ、選んで頂戴。皆トーホクで発見された新種ばかりよ」
ほのお・こおりタイプ こぎつねポケモン コエン
みず・こおりタイプ こくじらポケモン ホエルコ
くさ・こおりタイプ こがらしポケモン カレッキー
「あ、僕これ持ってる!」
ユウスケはカレッキーを指差した。そう。それはユキナリも知っている。
兄のホクオウの相棒であるマッコは、ホエルコの進化形態だ。ならば、彼の選ぶポケモンは1匹に絞られる。
コエンだ。ユキナリは躊躇う事無くコエンを受け取った。
「出発は……明日ね。誰かさんは他の準備でもう出発出来るみたいだけど」
「そうだな。俺は今日行くよ。丁度家を出る他の口実を探してた所だ。その任務に参加させてもらう」
ホクオウはポケギアを腕にはめた。彼の手持ちのポケモンもうずうずしている様だ。
「お前等は2人で協力しろよ。多分すぐまた会えるさ。方向は同じなんだから……」
ホクオウは研究室を後にした。荷物はユキナリの家に置かれたままだったので、それを取りにいったのだろう。
「もう少し詳しく説明させてもらうと、この新型はトーホクのラジオ番組を聞く事が出来るの」
フタバ博士は残された1個のポケギアを腕にはめた。
「このボタンでチューナーを操作出来るわ。それと、これはテレビ電話も搭載済み。私のポケギアの機能も付いてるの」
博士は自分の研究室の電話番号を登録した。
「この青いボタンでラジオとテレビ電話の切り替えをするの。誰かから電話がかかってきたら、自動的に電話に切り替わるからね」
ユキナリは驚嘆した。まさに最新鋭のポケギアである。
「これがトーホク地図機能。セカイっていうDJが担当してるラジオ番組は聞いておいて。随分役に立つと思うわ」
フタバ博士はポケギアをユキナリに手渡した。ユウスケもポケギアをまじまじと見つめている。
「それと……勿論インプット機能付き最新ポケモン図鑑。500匹以上のデータを入れられるようにしてあるみたい。
これの凄い所は……そうね。見たり聴いたりした方が早いわ。ユキナリ君。早速コエンをボールから出してみて頂戴」
ユキナリはちょっと恥ずかしかった。まだポケモンを手にした事が無かったからだ。
モンスターボールには2つのボタンがある。
1つは中央に付いているボタン。これで操られたポケモンを外に開放する。
もう一つのボタンはそのすぐ近くにあるボタン。
穴状になっていて、エンピツなどの尖った物で刺さないと押せない。それは解放ボタン。
モンスターを本当の意味で解放し、野生の本能を取り戻させるボタンである。滅多に押される事は無い。
とにかく、ユキナリは中央のボタンを押した。閃光と共に、コエンが出現する。その途端、ポケギアが反応した。
図鑑画面に切り替わり、機械的な声で説明を始める。
『コエン。こぎつねポケモン。死の予兆と言われる人魂らしき物を常に近くに浮かばせている。
人を化かすのが得意で、よく飼い主に化けてトレーナーを驚かす。キタキツネと生態が似ており、
かまくらを自分で作って寒い冬を越す。ロコンとの関連性も否定できない。進化するに従って尻尾が増えるのは一緒である』
確かに、図鑑が言う通りコエンは青白い人魂を2つ浮かばせていた。尻尾が2本あり、2足歩行のポケモンの様だ。
「ユキナリ君。ボタンで選んで、そこの『コミュニケーション』と書いてある項目にチェックを入れてみて頂戴!」
フタバ博士は笑いを隠しきれずにいる。とても嬉しそうだ。ユキナリは少し躊躇った。
「ユキナリ君、やってみてよ!!」
ユウスケも興味津々だ。とにかくユキナリは言われた通りにその項目をチェックを入れてみる。
『フタバ博士、このコが僕の新しい飼い主なんですか?』
「ええ。ユキナリ君って言うの。さっきから聞いていたと思うけど」
『ああ、聞いてました。ちょっと久しぶりに外に出させてもらったものだから、名前しか聞いてませんでしたけど』
ポケギアから出てきた声は、キーキー声とでも言うのだろうか。とにかく狐の様な甲高い声だった。
「……な……!?」