一話 漂流者
「ちょっと、あんた大丈夫?」
…………?
「おーい」
……誰か俺を呼んでる? 空耳か?
「起きなさいってば!」
「ぐほぉっ!?」
突然腹に鈍い痛みが走った。なにが起きてんだ? 感覚的に考えて蹴られたのか?
「って! なにすんじゃい!!」
「あんたがそんなとこで寝てるからよ!」
なんだその理不尽っぷりは!? って……ん?
「ピカチュウ……?」
「そうだけど、なに?」
だよなぁ……どう見てもピカチュウだな……黄色いし耳も長いし。
いや、問題なのはそこじゃねぇ……。
「ポケモンが喋ってるですとーーー!!?」
「……はぁ?」
思いっきり怪訝そうな顔をされてしまいましたはい。
だって普通に考えてもみろよ! ポケモンが喋るわけねえだろ!!
「なんで人間の俺がポケモンの言葉がわかるんだ……?」
「なんでって……あんたリオルでしょ?」
はい? リオル? なに言ってんだ?
「いや、だから俺は人間だっての」
「バカじゃないの? あんた自分の体を見てみなさいよ」
ピカチュウに促されるように、俺は自分の体を確認した。
人間が持つ肌色の体は影も形も無く、青を基調とした体になっていた。
顔に手を当ててみると、長く垂れ下がった耳に触れることもできた。
……こりゃ夢でも幻でもなさそうですなぁ……。
「あんた怪しいわね。なにを企んでるの?」
「おいおい、いきなり人様を疑うのは良くないぜ?」
「あんた人じゃないじゃない」
全くもってその通りです……反論の余地もないわ。
「んで、その元人間のあんたの名前は?」
「俺か? 俺はリュウ」
「そう。どこから来たの?」
どこから……どこからねぇ……あれ、全然わからねぇんだが?
「……あー……わからん!」
「はあ?」
またしても怪訝な顔をされてしまった。
「本当なんだって! 信じてくれよ〜!」
「そんな涙目にならなくても……」
今度は哀れむかのような目で見られてしまった。
うぅっ何で名前以外思い出せないんだ? これって……所謂記憶喪失ってやつなのか!?
「まあ……少なくとも悪者には見えないわね」
「うんうん」
「まあいいわ。私はピカチュウのココロ。最近悪人が増えてきてるから、あんたもあんまり怪しまれるようなこと言うんじゃないわよ」
ややぶっきらぼうに自己紹介をするピカチュウ……いや、ココロか。
てか人(ポケモン?)のこと疑っといて謝りもなしか?
「なによ?」
なんか……ピカチュウってもっとかわいいイメージがあったんだけど、全然そんなことないな……性格きついし、目付きも少し鋭いし。
「疑っといて謝りもなしかい?」
「あっあんたが疑われるようなこと言うのが悪いんでしょ!」
まさかの逆ギレっすか!?
「わっ悪かったわよ……」
「なんか言ったか?」
「悪かったって言ってるのよ!!」
顔を赤くしながら、大声で言うココロ。急に大声出すからビックリしたぞ!
「あんた、なんでここに倒れてたか少しでも記憶ないの?」
記憶……無いねぇ、ものの見事に。思い当たる節がまるで頭から抜け落ちちまったみたいだ。
「ああ……」
「完全に打つ手なしじゃないの」
「だなぁ」
うーんどうしたらいいんだろな……。
うんうん唸っていると、いつの間にかココロの後ろに知らないポケモンが二匹立っていた。
なんなんだこいつら?
そう思った刹那、片方の丸っこいポケモンが、ココロに向かって体当たりしてきた。
「キャア!」
「おっとゴメンよ!」
結構勢いよくぶつかったのか、ココロは吹っ飛ばされてしまった。慌てて俺はココロを受け止めた。
「なにするのよあんた!」
「ヘヘッ、なーにお前のあるものに用があってね。それお前のだろ」
もう片方のポケモンの目線の先、そこにはさっきぶつかった反動で、ココロの荷物が散乱していた。
その中でも、そいつの視線は、一つの石に向けられていた。
「あっそれは!」
「ケッ、これは貰っていくぜ。スモッグ!」
丸っこいポケモンは、黒いガスを噴き出すと、俺たちの視界を妨げた。
くそ〜なんにも見えねえぜ……。
煙が晴れると、そこには奴らはいなくなっていた。
「やられた……絶対に許さないわよ!」
「お、おい!」
今すぐにでも走り出そうとするココロを俺は止めていた。
頭に血が上っていたら冷静な判断はできねえしな!
「なによ! 私急いでるの!」
「落ち着けって。俺も行くぜ?」
「はあ? なんでよ。私一人で十分よ」
「おいおい、相手は二匹だぜ。俺もいたほうがいいっしょ」
そういうと、仕方ないようにうなずいた。
「仕方ないわね……どうしても来たいなら好きにしなさいよ!」
「よっしゃ決まり! んじゃ行きますか!」
俺たちは気合を入れなおすと、奴らの向かったと思われる、海岸にある洞窟を目指して走り出した――