第一章 旅をする子どもたち【6】
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「よっしゃー! 余裕勝ち!」
隣のバトル場からイオの雄叫びが聞こえた。少し遅れてケースケとアイも勝利。
三人にユウを加えた四人は、サンヨウシティのジムに来ていた。ジムリーダーが三人居ると聞いて、待ってるのも暇だからという理由で、アイの提案した同時バトルが行われ、三人はあっさりと勝利した。能力者二人と、能力者の可能性がある一人を相手にしたら、苦戦を強いられるのも当然だ。
嵐の到来で口数の少ないジムリーダーたちを尻目に、四人はバッジを手にしてさっさとジムを後にする。
「次は、シッポウジムだろ? ノーマルタイプだったよな、よゆーよゆー」
スカイアローブリッジを越えるアイのようなテンションで、イオが先導を切ってシッポウシティへの道を行く。その横を楽しそうなユウがついていく。ケースケとアイは疲れを顔に見せて後ろをついていく。
「ほら、アイも昨日のテンションみたいに跳ねて踊って歌えよ」
「そんなことした覚えはないんだけど」
「でもテンションは高かっただろ」
まあね、と昨日の快活で嬉々とした少女とは別人のような様子で呟く。
「さすがに、あの二人の間に入る気にはなれないわ……」
見ると二人で楽しそうにスキップしている。横にいるのはカポエラーとチラチーノ。やっぱり跳ねている。なぜあそこまで楽しそうなんだろう。まあ、四人でどんよりしているよりは、幾分ましではあった。
「そうだ、アイには言っておこうと思う」
ケースケが重い足を前に運びながら、そう切り出す。
なに? 返事があったのを確認してから小声で話し始めた。
「イオのことなんだけど。もしかしたら、能力者かもしれない」
「えっ、能力者? 確かに強いけど……どうして?」
驚いて足を止めたアイを歩くよう促して、話を続ける。
「昨日の……なんだっけ、あいつ」
「マゾヒスト」
「そう、そいつらとバトルしてたとき、能力を使ってみたんだ。俺の能力ってほら、目だからさ。ちょうど視界にはイオが入ってたんだけど、能力使ったら消えたんだ」
「それって……」
そう、ケースケは頷く。
「干渉できなかったんだ。たぶんイオは能力者なんだと思う」
「でも、そんな素振り全く見せてないよ?」
「にしても、あの強さはやばいだろ。なんかあるんだよ」
アイが悩み始め、しばらくして口を開こうとしたところで、先を歩いているイオが振り返った。
「着いたぜ! おれたち先にポケセン行ってるから!」
そう告げると、なぜか二人と二匹は走ってシッポウシティに消えた。なんだそれ。返事をする間もなかった。
「おもしろいやつだよな」
「能力よりも、あの奇妙な性格の方に興味が湧くわ」
○
さっきまではしゃいで居たかと思えば、今度はロビーのソファで鼾をかいて寝ていた。イオだけじゃなく、ユウもだ。ユウは鼾なんてかいていなかったが、あの騒音の隣で寝られるのはそれだけで才能と言っていい。
「もしかしたら、あの陽気さが能力なのかもよ?」
呆れたように言ったアイに、ケースケは「間違いない」と返した。実際、どんな能力を持っているのか判断するには、本人に聞いてみる他ないだろう。
それからポケモンを預けて回復してもらう。二人だけでジムに入るのもなんだか悪い気がしたので、寝ているイオとユウを待つことにする。鼾がうるさいのは仕方がない。ケースケとアイはテーブルを挟んで、ソファに座った。
「これじゃあ、今日中にシッポウジムは無理だね」
そう言われて外を見る。確かに日が落ちてきている。視線をイオに映すと、やっぱり起きる気配はない。ケースケは苦笑して、ソファに身を預けた。
○
二人が目を覚ましたのは完全に日が暮れた後だった。外は真っ暗でポケモンセンターには淡い灯りがともる。子どもだけで夜のポケモンセンターに居るのは、合宿のようで、疲れ気味だったケースケは時間が経つにつれて胸が高鳴るのを感じていた。
四人は今日もカフェソーコに入る。イオが昨日のように様々なパフォーマンスで場を盛り上げ、惜しみない拍手を浴びていた。ユウは誰よりも称賛を送って、拍手も一番大きな音を立てていたと思う。パフォーマンスが一つ終わるたび、イオの方もユウに親指を立ててよこした。
「もう付き合っちゃえばいいのに」と、アイが言ったのは当然冗談だったのだが、ユウは顔を真っ赤にして、「僕にそんな趣味はない!」と声を張り上げていた。ここまで仲が良いのだから、当然イオも旅のメンバーに加わるのだと思っていた。が、夕食を済ませて、夜風を当たるためにカフェソーコを出たイオの言葉は、予想の真逆をいった。
「明日にはお別れだわ」
へへっ、と笑いながらイオは言った。
え、と一番驚いていたのは当然ユウで、一緒に旅するんじゃないの? と聞いたのもユウだ。
「明日はヒウンシティに行かなきゃいけないんだ。ダンスグループとの予定が入っててさ」
ダンスグループ、という言葉が出てくると妙に納得できる。
「それなら、僕もついてくよ!」
おいおい……と、これにはさすがのケースケも口を挟んだ。
「さすがに迷惑じゃないか? それに、ユウが行っちゃったら、アイと二人になっちまうんだけど」
そっかぁ、とユウは残念そうに言う。
「まぁ、そういうことで、本当は今日中にシッポウジム行ければよかったんだけどな。俺は明日、朝一で出てくから、ジムには行けないわ」
だったら、聞くのは今しかないだろう。今聞かなければ、イオは寝るためにカフェソーコに戻ってしまう。次会えるのはいつか分からないのだし。
「わかった。えっと、それでさ」
ケースケが切り出した。
「イオって、能力者なの?」
イオはきょとんとした顔になった。
「能力者? なんだそれ」
それはとぼけているのか、それとも本当に能力者という単語に心当たりがないのか。アイがすかさず反応した。
「私とケースケには不思議な能力があるの。イオもバトルの時に発動する不思議な能力があるでしょ?」
早口でまくし立てても、知らないものは知らないらしい。イオは本当に悩みだして、結局、わからん、と一言だけ答えた。
仕方がないから、なぜそう思ったのかを事細かく説明したのだが、それでもやっぱり心当たりはないらしい。
「ほら、ケースケの見間違いってこともあるだろう?」
確かに、その可能性もなくはない。
「だったら、確認してみようぜ」
イオがそう言って、口の端を持ち上げた。
「バトルしようぜ、ってことか」
ケースケもにやりと笑う。
翌日の早朝、四人は試し岩のある場所に向かった。
○
「カポエラー、トリプルキックだ!」
先手を打ったイオの指示に、ケースケは身構える。やはり、能力は発動しない。
「やっぱり、発動しない」
「気にすんな! 最後までバトルしようぜ」
「へへっ、もちろんだ」
もうアイの時のように気負ったりはしなかった。なぜならここには秘密の共有者が、少なくとも三人いる。それにイオも加えれば四人。誰もケースケのことを咎めたりしないのだ。
ケースケがヘッドセットを通して、エテボースに回避の指示を出した。カポエラーの俊敏な動きが、エテボースを捉えようと無秩序に踊る。翻弄されたエテボースは動けなかった。カポエラーが弾かれた駒のように跳んで、空を切り裂くような勢いで蹴りを繰り出す。風切り音を聞いたかと思えば、次の瞬間には、カポエラーの足がエテボースを横から叩いた。鈍い音を伴って、エテボースは宙に飛ばされる。
どうだ! イオが叫んだ。ケースケはほぞを噛む。調子に乗ってエテボースで立ち向かうのが悪かったかもしれない。二匹目を出すのは、ケースケにとって初めてのことだった。
ケースケの二匹目はライチュウ。
「また珍しいポケモンだな」
イオが言うように、ケースケが持っているポケモンはイッシュ地方で珍しいポケモンばかり。そう言うイオだって、珍しいポケモンを持っているじゃないかと、ケースケは思う。
「カポエラーほど珍しくはないよ」
珍しいだけでなく、イオのカポエラーはかなり強い。これで能力者じゃないなんて、嘘に決まっている。そう思いたいのに、イオは単純に攻撃を指示するだけで、それ以上のことはしていない。純粋に強い。
ライチュウに指示を出した。遠距離から繰り出せる電気技。十万ボルト。
すぐさま空気中の微量な電気を集め、電気袋を放電して一気に増幅。目に見えるほどの電力をカポエラーに放つ。聞くだけで身震いしたくなるような電気の音が辺りに響く。小規模な稲妻から枝分かれするように電流が分離していく。
細い電気の糸を、カポエラーは回転しながら避けた。間髪あけずに二撃、三撃、四撃しても当たらない。カポエラーが距離を詰めてくる。
「跳べ! じしんだ!」
指示を受けてカポエラーは重心を斜めにしながら跳び上がった。回転が増す。ケースケは、やばいと思った。出来ることは何か。カポエラーが跳躍した時点で何もかもが遅い。
だからケースケに出来ることは、カポエラーの着地点を予想して、そこに十万ボルトを放つ指示をするだけだった。十万ボルトとカポエラーが同時に一点で重なる。地面が揺れて、ライチュウの足下を割れた地表が突き上げた。ライチュウが倒れるのに続いて、カポエラーも倒れる。直前に放った十万ボルトが決定打になったらしい。
「やるな」
「イオの方こそ、ここまで強いとは思わなかった」
ケースケが素直に感想を言うと、イオが照れたように笑った。続けて出してくるのはエビワラー。まさかと思ってケースケは疑問を口にする。
「残りの一匹はサワムラーだったりするの?」
「おう、もちろん。三匹とも俺のお気に入りだ」
自分の拘りを貫いているくせに、バトルの実力は相当なもの。恐らくゴーストタイプなど、相性の悪い相手でも、難なく立ち向かって行けるのだろう。
「でも、俺の三匹目には勝てないよ」
イオの表情が真剣になった。ケースケが出したポケモンは、他の二匹よりも殊更に珍しいポケモン。ぱっと見ただけでは、石がそのまま恐竜の形をして動いていると思っても不思議ではない。灰を浴びたかのような翼を広げ、矢印状の尻尾を振り上げ、天を仰ぎ咆哮を上げる。翼を広げて素早く旋回すると、紫をした内翼が見えた。
「プテラ……これは、大変な相手が出てきたな」
驚きを隠せずに言ったイオは、頭上を飛ぶポケモンから目を離せなかった。
ケースケが指示を出す。直後、プテラは旋回からスピードを上げて、一気に降下。気づいたイオがエビワラーに声を飛ばした。
「れいとうパンチで迎え打て!」
エビワラーの拳に冷気が帯びる。空気中の水分が凍って、ぱりぱりと音を立てながら細かい霧になった。
プテラが翼を翻した。斜めからエビワラーの懐まで降下し、そのまま返した翼で切り上げる。石の翼は鋭利だった。構えた「れいとうパンチ」を打ち出せずに、エビワラーは腕をだらりと下げて地面から浮く。そして着地のときにエビワラーの意識はなくて、ただ全身を地面に打ち付けるばかりだった。
「さすが、強いな」
ケースケの三匹目があっさりとエビワラーを破り、続いて出てきたサワムラーと対峙する。
二人の間でにらみ合う二匹。二人はほとんど同時に声を上げた。
そして、ほどなくして決着がつく。
○
「まさか負けるとは思わなかったぜ」
四人はポケモンセンターに集まっていた。バトルが終わってすぐのときは、イオも悔しそうにしていたのだが、ポケモンセンターに戻ると、さすがに吹っ切れたようだった。
「まぁ、相性もあったよな。俺だって勝てるとは思ってなかったし。にしても、イオは強いね」
と言うと何故かユウが喜ぶ。にやにやと顔を綻ばせて、ほら見ろ、っていう顔をする。そのイオに勝ったのは俺なんだよね。そう言いたいのを我慢する。
「旅をするには、ポケモンも強くないとな。旅は道連れ世は情けってやつだ!」
「さすが、イオだね!」
何が情けで何がさすがなんだろう。微妙に意味が違うような気がするイオの語彙にも、そろそろ慣れてきた頃で、ケースケは適当に頷いて流した。
「じゃ、俺は予定通りヒウンシティに行くぜ! 世話になったな、またどっかで会った時はよろしく!」