第四章 転回【4】
4
なんだか煮え切らない思いでカナワタウンを後にした。サンゲン団は解散し、これからの行動を控えるように言ったが、実際どうなるかは分からない。ジュンサーを呼ぼうかと考えてみたが、あれだけのことを三元院に言われたら、解散させる以上のことはできなかった。
相変わらず陽気なイオを除いて、しんみりとした雰囲気の三人と、しばらく休んでいるうちに復活したアイは、ほとんど貸し切りの状態でトレインに乗った。車輌には五人しか乗っていない。解放感はこの上ないはずなのに、みながそれぞれ縮こまって押し黙る。各々が思考を巡らせ、三元院が提示したものに何かしらの答えを見つけようとして、結局自分たちの無力さを思い知る。
ライモンシティに着くと、何をしようかと話し始めるまでもなく、五人はポケモンセンターに向かった。とりあえず休めるところと言えば、ポケモンセンターくらいしか思い浮かばなかったからだ。
ポケモンセンターに設置された宿泊施設を利用しようとして、チェックインの手続きをする。ケースケが名前を書いたところで、受付のジョーイに声をかけられた。
「ケイさん……ケースケさんですよね?」
ケースケ、と呼ばれるということは、恐らくまた預かり物か何かだろう。はい、そうですけど。簡単に返事をすると、ジョーイさんは手紙を差し出してくる。差出人の名前はだいたい予想できていた。三元院であることはまずないだろうから、ユウくらいしか思い当たる人物はない。宛名の書かれた面を裏返すと、そこに名前は書かれていなかったが、封を開けて手紙を広げるとやはりユウからだったと分かる。広げた手紙とは別にもう一枚あったが、それはいったん封筒の中に戻した。
文面を追い、冒頭を読んだだけで一度手紙を畳む。
「ありがとうございます」適当にお礼を言ってチェックインを済ませ、鍵を貰って部屋に向かう。普段はほとんど埋まっているが、たまたま大きな部屋が空いていたので五人は同じ部屋に泊まれることになった。
部屋に入って扉を閉めると、アルが口を開く。
「ユウからだったんだろ。見せてくれ」
「あぁ、いや、俺が読むよ」
手紙の文面を追う。
いきなり居なくってしまってごめん。ユウです。
あの場で出て行かないと、ぼくは抜ける機会を失うと思ったんだ。
ぼくには確かめなければいけないことがある。それはきっと、ぼくにしかできないことで、ぼく一人じゃないとできないことなんだ。だから急に居なくなったことを許してほしい。
決勝戦のときまでには終わらせて戻るから、会場でまた会おう。
それと、もう一枚別に手紙が入ってるんだけど、どっちから先に読んでいるのかな。
もしもこっちを先に読んだなら、もう一枚はケースケ一人が読んでほしい。こっちじゃない方を先に読んでしまったのなら、それはそれでもいいけど……あまり読まれてほしくないな。
でもたぶん、こっちの方を先に読んでいるよね。
それじゃあ、次会うときには色々なことが話せるようになっているといいな。ばいばい。
「なんだそれ」
聞いた後でもアルはよく分からなかったようで、そう言ってすぐにケースケから手紙を取った。
「確かにちょっと分からないですよね……」
ケイも考え始め、イオは既に考えるのを諦めたのか、逆立ちして部屋の中を歩いている。
「とりあえず、ケースケ。もう一枚の方を読んでみてくれ。話せる内容だったら教えてくれよ」
「わかった」黙って読み始める。
ケースケ、できればこっちの方は君一人に読んでもらいたい。ユウです。
本当は面と向かって話ができればそれが一番良かったんだけど、そんな時間もないみたいだし、向かい合って話すときにちゃんと言えるかどうか分からなかったから手紙にしてみたよ。
ケースケってさ、将来はチャンピオンになることが夢だって言ってたよね。修行のついでとか、色んなこと言ってたけど、本当はチャンピオンになりたいんだよね。
正直なことを言うと、君のその能力ならチャンピオンになることも難しくはないと思う。
でもさ、そんな能力を使ってチャンピオンになって、結局君はどうしたいの?
三元院だって、自分の夢を壊されてしまったよね。でも君にはまだチャンスがある。そのチャンスを活かすのもいいよ。でもそれはさ、三元院と違って簡単すぎるんだ。君にとっては、君のその能力にとっては、簡単すぎることだと思うんだよ。時間さえあればなんとかなるじゃないか。そんな小さな夢を達成して、何になるの? 君は、もっと大きなものを見えてないんじゃないかな。そんな小さなものしか見えないのかな。
ねぇ、ぼくたちはこんなふうにして大人になるんじゃないだろう?
目立つように書かれた最後の一文を見て、ケースケは手紙をぐしゃりと握りつぶした。
「おい、どうしたんだ」
アルの声を無視して手紙をさらに小さく丸めて、ポケットに突っ込む。
「なんて書いてあったんだよ」
「知らなくていい。きっと何かの間違いだ」
夢が否定された。
「見せたくないならいいけど……気にくわないことでも書いてあったか?」
返事をしないで二段ベッドの下段に飛び込む。掛け布団をかぶって音を遮断しても、アルの咎めるような雰囲気の声は聞こえてきた。よく聞き取れなくても内容くらいはだいたい分かる。でも見せてやらない。何かの間違いに決まっているのだから。
次にユウと会うのは、決勝戦の会場だ。そのとき、どんな顔をして会えるのだろう。
○
その日の夜は早めに夕食をすませて、五人とも部屋に揃ってだらだらと話をしていた。
二段ベッドが三台。最大で六人が泊まれるそこそこ広い部屋。ケースケが寝るベッドの上段は、手も付けられずに空いている。
「あーユウがいないとつまんねーなー」
「いいじゃねえか、たまには。他の男で我慢しろよ」
「その言い方、気持ち悪いんだけど」
「何? アイがまた変なこと考えてる?」
「あんまりアイさんをいじめないでください。嫉妬は醜いですよ、アルさん」
「あ、やっぱり嫉妬だったんだ」
「どういうことだ?」
「嫉妬なんてするわけねぇだろ! 頭の中腐ってんだろ!」
「君たちさ、苦情が来る前に静かにしてくれよ」
ケースケの一言で静かになると、アイが忍び笑いを洩した。つられて部屋中が笑いに満ちて、ケースケも自然と顔をほころばせる。子どもだけで部屋を取って、寝る場所を付き合わせて語り合う。その特別な感じに胸が高鳴る。それにどこか懐かしい。昔、どこかで繋がっていたはずのものが、一度ばらばらになって、また巡り会って結ばれるような感じ。そう、なくしたものが見つかったような嬉しさだ。無意識にこうした仲間たちを求めていたのではないかと考える。
「ねぇ」
アイが笑いを抑えて口を開いた。
「私たち、こんなことしてていのかな。三日後には決勝戦なんだよ?」と、抑えようとした笑いが完全に引っ込まなくて、半笑いになってしまう。
「いいんじゃないのか、アイの相手だってここで笑ってるんだし」
「笑ってないって。いいじゃんか、三角関係」
「だから違う! 気持ちわりい!」
これにはさすがのイオも気づいたようで苦笑いだ。
それからも夜はふざけた会話の応酬が続いて、いつの間にかイオがいびきをかき始め、ケイが会話に入ってこなくなった頃になって消灯。あっという間に翌日の朝になって、飛ぶようにして日にちは過ぎ、特に修行だとか言ってポケモンバトルをすることもなく、なんとなく過ごしていたら決勝戦の前日になってしまった。
その夜、消灯後の部屋で自分だけ眠れないと思っていたケースケは、暗闇の中でアイに声をかけられた。
「起きてる?」
誰に向けて言ったのか分からなかったけど、「起きてるよ」と答えたら、布団のずれる音がして、「ちょっと外に出よう」と言われた。
「いいよ。眠れないし」
他の三人は規則正しい寝息をたてていて、ケースケとアイが部屋を抜けるその時も、寝息のリズムは狂わなかった。
「涼しいね」
今は夏だ。けれど夜になると気温もいくらか下がって、涼しくなる。長袖長ズボンのスウェットを着ているケースケにはちょうどいいくらいだ。逆にアイは半袖のTシャツにスウェットの長ズボン。腕が寒いかもしれない。
ポケモンセンターを出て、どちらから何を言うわけでもなく歩き出す。静寂に満ちた街の中を通り抜け、二人はどうしてだか遊園地の方へ足を運んでいた。電気の落ちた観覧車が目に入ったからかもしれない。どうせ乗れないのは分かっていても、二人は観覧車のすぐ下まで来て、コンクリートの上に座った。
「明日は決勝だもんな。やっぱり眠れないか」
「うん。これでスクール対抗大会が終わっちゃうんだもんね。覚えてる? 私とケースケが出会ったときのこと」
覚えていないはずがない。
「もちろん覚えてる。あのとき、能力を使えなくてびっくりした。負けたし、ほんと最悪だった」
アイが照れ笑いのような微笑をこぼした。
「あのときね、私も能力使えなくてびっくりしたけど、それ以上にケースケの落ち込み具合にびっくりしたよ」
いいや、そんなに落ち込んでないだろう。と思って考えてみたけれど、確かにびっくりされるくらい落ち込んでいたような気もする。でもそれからちょっとは成長したはずで、負けも認められるようになったし、能力ばかりに頼らないということも覚えた。
「ほんとに懐かしいね」
ただ一つの大会が始まって終わる程度の期間で、本当に多くのことがあった。大会が終わるということは、そろそろ夏休みも終わるということだ。また学校が始まって、旅の途中で巡り会った仲間たちとは別れなければいけなくなるのだ。
「ねぇ」
アイが言った。
「ちょっとだけ、迷惑かけてもいいかな」
「ん? いいけど。アイらしくないね」
いつものアイと違って、しおらしい言い方だった。そんなことを断らなくても、もっと堂々と言うのがアイなのに。だから、なんだか大変なことを言おうとしているのだろうな、という予感があった。
「もしも明日の決勝戦で私が勝ったら、言いたいことがあるんだ」
それが果たして大変なことなのかどうか、ケースケには分からない。でも、そうか。思考の隅で何かに対して小さく納得した。
「わかった」と返事をすると、「ありがとう」と返ってきた。
「明日は全力でかかってきて」
「もちろん。手加減なんてするわけない。全力でいくよ」
言った途端に鼓動が早くなった。
深呼吸をして夜空を仰ぐと、観覧車が見下ろしていた。
――――もしも明日の決勝戦で私が勝ったら、言いたいことがあるんだ。
夜空を背負った観覧車と供に、アイの言葉は記憶に残っていくような気がした。