第四章 転回【3】
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壇上で追い詰められた三元院は力が抜けて椅子に崩れた。豪奢な椅子が今ではひどく安っぽい物に見える。四人に囲まれ、それでも不遜な態度で足を組んでいる。ユウは後ろで未だに起きないアイの傍にいる。
「ぼくをどうしようって言うんだい?」
「まずは質問からだ」
ケースケが口を開く。
「なんで俺たちを襲ってきたんだ」
「それはこっちが聞きたいくらいだね。なんで邪魔なんてしてきたんだ? 邪魔者がいたら排除する。あまりにも自然すぎるだろう」
「じゃあ、あのフードの集団はなんだよ。排除するでも掴まえるでもなかった」
それを聞くと三元院は怪訝な表情をして黙った。少しだけ考えて「何のことだ?」と言う。
「何のことだ、じゃないだろ。俺たちと同じポケモンを持って襲ってきたフードのやつらだ」
「残念だが、フードの集団なんて知らないね」
「とぼけるなよ!」
とうとう激昂してしまった。
「お前らじゃなかったら何だって言うんだ!」
「いいかい。ぼくはケースケくんを狙っていたんだ。他の子どもたちは一緒にいたからおまけなんだよ。ケースケくんとアイって言ったかな、その子は大会や試し岩のところでポケモンを見て覚えているから、分からないでもない。でも他の子どもはどうだ? 手持ちなんて分かるわけないだろう」
絶句した。考えてみれば当たり前のことではないか。最初から三元院の狙いは自分だったのだ。ケースケの思考がぐるぐると巡り出す。手紙でおびき出されたのは二度だ。その二度とも宛名は自分だ。確かに最初の頃にいたメンバーならまだしも、後から加わったメンバーは襲われる決定的な理由がない。
――フードの集団は、サンゲン団じゃ、ない?
そんなケースケの表情が変わったことに気づいたのだろう。三元院は鼻で笑った。
「だから言ったじゃないか」
「じゃあ……誰なんだよ、あいつらは」
「他に君たちを気にくわない連中がいるってことさ。子どもたちは大変だね」
三人も少なからず驚いた表情をしていて、ユウはどうだろうかと振り向いてみる。
大きな扉の前にはポケモンたちが倒れていて、戦意を喪失した団員たちが座り込んでいる。そこから離れた部屋の中央にはアイが寝ていて、
「……ユウ?」
ユウはいない。
「あれ、ユウはどこに行った?」
イオも気づいた。いくら見渡してもユウはどこにもいない。アルが壇から降りて、扉の前に座り込む団員に声をかけた。恐らくユウのことを聞いたのだろう。一言二言話して、すぐに戻ってくる。
「ユウは扉から出て行ったみたいだ。たぶん先に戻ったんだと思う」
「こんなときにか……」
と、言いながらイオもこんなときに逆立ちを始めた。それでも顔は至って真剣で、何かを考えているふうだった。
「どうしたんだい、子どもたち」
憎らしい笑みを浮かべる三元院。それに苛立ってヘッドセットのスイッチを入れた。天井近くで飛んでいたプテラが急降下してきて、三元院の目の前に着地。鋭利な翼を首元に突きつけた。
「今度は脅しかい?」
三元院は少しも怯まなかった。
「どうせ君たちには人を殺せないよ。君たちくらいの子どもなんて、結局そんなもんさ」
「黙れよ」
悟ったふうに語り出す三元院は確かに大人だ。だからこそ腹が立つ。見た目の決定的な差からも、子どもと大人の違いが分かってしまう。このどうしようもない違いが嫌だ。
「最後の質問だ。お前たちの目的は何だったんだ」
「今さらだね。でも教えてあげよう。どうせ質問の後はサンゲン団を解散しろとか言うんだろ?」
ケースケが頷いたのを見て、三元院は話を続ける。
「まあ、それが懸命だね。ぼくもそろそろお遊びは止めにするさ。ぼくたちの目的は、全国のポケモンセンターを使えなくすること。それは回復機能の停止じゃない。ボックス機能の停止だ」
「ボックス機能だと」
予想を外してしまったアルが口を挟む。
「そう。ボックス機能。それが停止されることによって、イッシュ地方で捕獲されているほとんどのポケモンはボックスに閉じ込められる。そして最後はサンヨウシティのボックス管理人の家を襲撃して全てが終わりさ。ポケモンたちを解放し、N様が目指した世界へ。それも今は夢のあとさきだけれどね」
「それがサンゲン団の目的……」
「そうさ。それがぼくたちの夢だった。よかったね、子どもたち。君たちはぼくらの夢を奪って、それから君たち自身の明るい未来へ歩んでいくんだ。さぞ楽しいことだろう」
ケースケは二の句が継げなくなった。夢を奪う。そんなつもりじゃなかったし、サンゲン団の夢はどう考えても悪いことだったのだ。間違ったことなんてしていない、そのはずだ。
「騙されるかよ。お前たちがやっていたことは、悪事なんだぞ」
アルが低い声で言った。
「悪事? 何を言っているんだ。たとえ君たちから見て悪事だとしても、ぼくらからしてみれば正義なんだよ。サンゲン団にどれだけの団員、同志がいると思っているんだ? 君らは自分たちの正義によって、ぼくらの正義を打ち砕いた。ただ目指すものが違っただけだろう」
それを聞いて分からなくなった。自分たちがやっていたことは結局何だったのだろうか。色んな事件が起きた。色んな事件がこれから起こるはずだった。自分たちはそれを未然に防いだ。しかし、防いだからこそまだ何も起きていないのだ。つまりプラスにもならなかったし、マイナスにもならなかった。その間で闘って、誰かの夢を壊して、結局何にもならなかった。
「何やってるんだ、俺たちは」
思考していたはずが思わず呟いてしまった。
「君たちは正しいことをした。そう思っているはずだろう?」
「ケースケ、こんなやつの言葉に乗せられるな。俺たちは事件が起きるのを防いだんだ」
「事件。確かにそうかもしれない。けれど、ポケモンが解放された後の素晴らしき世界を称賛する人間は少なくないはずだ。望んでいる人もいっぱいいるかもしれない。結局、君たちはやりすぎたんだよ。子どもたちがこんなことに関与する必要なんてなかった」
まったくその通りな気がした。なんで大人たちはもっと積極的に行動しなかったのだろうか。それは、三元院の言ったようなことが分かっているからではないだろうか。やりすぎた、本当にそうなのかもしれない。
「子どものくせに、世界を変えられるだなんて思い上がるなよ」
三元院の言葉が冷たく刺さった。